説明

埋在性二枚貝の養殖システム

【課題】あらゆる海域で安定して使用でき、手入れが簡単で、低コストで済む埋在性二枚貝の種苗の養殖システム及び養殖用容器を提供すること。
【解決手段】基質を収納する容器の上方開口部に、その全開口面積の15〜30%程度の開口部を有する蓋材を取り外し自在に設け、さらに容器の構成材料に内部に収納した基質が保持できる程度の透水性を持たせる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タイラギ、トリガイ、アサリなどの埋在性二枚貝の種苗を効率的に養殖する方法及び養殖用容器に関する。
【背景技術】
【0002】
アカガイ、ハマグリ、アサリなどの埋在性二枚貝の養殖は、一般に地蒔き式養殖が採用されているが、埋在性二枚貝の一種であるタイラギの養殖は実用化されておらず、天然のタイラギは、近年の沿岸海域の環境の悪変により、大量に瀕死する状況が各地で発生している。瀕死の主な原因は、長雨による淡水化、環境負荷の増大による赤潮や無酸素水貝の発生、温暖化による高水温域の発生などとされる。
【0003】
これらの環境の生息阻害要因を回避する目的で、カキ、ホタテ貝、アコヤ貝などのいわゆる表在性の二枚貝のように養殖用籠内に収納して海中に垂下する養殖方法を採用することが考えられ、上記アカガイ、ハマグリ、アサリなどの埋在性二枚貝のように砂地に生息する貝類では、容器内に砂などの基質を入れて稚貝や子貝を収納していた(特許文献1)。
【0004】
しかし、このようなシステムにおいても、上記生息阻害要因のすべてに対応しているわけではなく、淡水化や高水温に対して無防備な状態である。また、環境に問題のない海域でも、砂などの基質を収納した容器を海中に垂下した場合、波浪や海流などの物理的環境により、容器内の基質や稚貝が流出してしまうという問題があった。
【0005】
このような問題を解決するため、砂や泥を収納する容器としてコップなどの小容器を使用する方法が提案されている(特許文献2)が、この方法によっても、完全に砂や泥の流出を防止することはできず、また、この方法では、タイラギなどの大型二枚貝の養殖には適していなかった。
【0006】
一方、大型の二枚貝の養殖、あるいは多数の小型の二枚貝を養殖するため、容器を大きくすると、容器内が嫌気性となり貝などの排泄物の分解能力が低下してしまうので、容器内に収容する稚貝の個数を制限するか、頻繁に基質を洗浄する必要があった。
【特許文献1】特開昭57−99135号公報
【特許文献2】特開平09−266736号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、あらゆる海域で安定して使用でき、手入れが簡単で、低コストで済む埋在性二枚貝の種苗の養殖システム及び養殖用容器を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、基質を収納する容器の上方開口部に、その全開口面積の15〜30%程度の開口部を有する蓋材を取り外し自在に設けることにより、容器内の基質の流出を大幅に減少させることができ、さらに容器の構成材料に内部に収納した基質が保持できる程度の透水性を持たせることにより、容器内の基質環境が嫌気性となることを防ぐことができることを見出し、本発明に至った。
【0009】
本発明の態様は以下のとおりである。
(1)少なくとも周囲が、透水係数が0.01cm/sec以上であり、かつ内部に収容した基質を長期間にわたって保持し得る材質からなる筒状容器内に、砂と泥の混合物からなる基質を収納した養殖用容器内に、埋在性二枚貝の稚貝または小貝を入れ、海水中に垂下することを特徴とする埋在性二枚貝の養殖方法。
(2)筒状容器の上部開口部に、筒状容器の断面積の15%〜30%の面積の開口部を有する蓋体を容器本体に対して取り外し可能に取り付けたことを特徴とする(1)記載の養殖方法。
(3)筒状容器が可撓性のシートで作成され、上部開口部付近と底部付近に形状保持のための補強部材が取り付けられていることを特徴とする(1)または(2)記載の養殖方法。
(4)基質が、砂100重量部に対し泥30〜50重量部混合したものであることを特徴とする(1)ないし(3)のいずれかに記載の養殖方法。
(5)少なくとも周囲が、透水係数が0.01cm/sec以上であり、かつ内部に収容した基質を長期間にわたって保持し得る材質からなる筒状容器の上部開口部に、筒状容器の断面積の15%〜30%の面積の開口部を有する蓋体を容器本体に対して取り外し可能に取り付けた筒状容器内に、砂と泥の混合物からなる基質を収納した養殖用容器。
(6)基質が、砂100重量部に対し泥30〜50重量部混合したものであることを特徴とする(5)に記載の養殖用容器。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、容器が適度な通水性を有するため、養殖貝の排泄物が容易に分解され、容器内の環境を長期にわたって良好に保つことができ、また、容器内で分解されるので、養殖海域の環境を悪化させることもない。
さらに、容器の上方開口部に蓋材を取り外し可能に取り付けることにより、作業性を確保したまま、容器内の基質の流出を最小限にとどめることができる。
基質として砂と泥を用いるので、泥成分に含まれるベントナイトの保水作用により、基質内の淡水化、無酸素化、高温水化を防止することができ、さらに、容器全体の重量が増すことで、波浪や流れに対する安定性が確保され、基質や貝の流出を防止することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明が対象とする埋在性二枚貝とは、アサリ、ハマグリ、赤貝、タイラギ、トリガイ、ホッキ貝などのように砂地や砂泥地に生息する貝類のことをいい、これらの貝の、天然及び人工増殖によって得られた、月齢4〜6月程度の稚貝を用いる。
【0012】
本発明で使用する基質とは、砂及び泥(シルト、粘土:粒径0.075〜0.005mm)の混合物である。天然の貝が生息する海域の砂や砂泥を使用することもできるが、波・流れに対する容器及び容器内基質の安定性の点から砂成分と泥成分を混合して基質を調製することが好ましい。
砂と泥の混合割合は、養殖する貝の種類によって調整すべきであるが、一般的に、砂1重量部に対し泥0.3ないし0.5重量部程度が好ましい。泥の割合が多すぎると基質全体の流動性が増し、容器から流出してしまう。泥の割合が多いほど、保水能力が高く、栄養分も多いといえるが、あまり多いと上述したように安定しなくなる。基質の安定と通水性、健全性(嫌気状態とならない)を保持できる砂に対する混合割合が、30%〜50%といえる。
【0013】
砂としては、粒径が0.5〜1mm程度の海砂、珊瑚砂、アンスラサイトなどが使用でき、泥としては、シルト、あるいはシルトと粘土の混合物が使用できる。
【0014】
基質を収納する容器は、基質を長期間にわたり保持し、養殖貝の排泄物が容易に分解される程度の好気性が保たれるような通水性を有する材質から構成する。
具体的には、特に泥に含まれる粘土成分が流出しない0.005mm以下の目開きであって、透水係数0.01以上であるシート材である。
ここで、透水係数とは以下のような式で表される。
透水係数=Vt/(S・T) (cm/sec)
Vt:バックに入れた水の体積(cm
S:水が浸透する部分の面積(cm
T:水が無くなるまでの時間(sec)
【0015】
容器の形状は、基質及び稚貝を収納できるよう上方に開口を有するものであればどのような形状でもよいが、基質や稚貝の出し入れの便を考えると、上下方向に断面積が変化しない筒状のものが好ましい。
【0016】
容器の大きさは、基質を容器内に収納した場合の取扱いの便を考えると、50L〜100L程度のものが好ましい。
【0017】
容器の材質は、金属やプラスチックのような剛性を有するものでもシートや織布などの可撓性のものでも、いずれのものでも構わないが、可撓性の材料で作成した場合には、上部の開口部付近と底部付近にその形状を保持する補強部材を取り付けることが好ましい。
補強部材は、海水中での波浪や水流などによる外力が加わっても変形しないだけの強度を有するものであればいずれでも良く、例えば、針金や帯板材をリング状に形成したものが補強材として好適に利用できる。また、底部の補強には、底部断面と同一形状の板材を底部に載置して、補強部材としてもよい。
【0018】
このような補強を設けないと、可撓性容器の場合、海水中に垂下した場合に波浪や海流によって、容器内の基質に移動や変形が生じ、容器全体にねじれや変形が生じる可能性が高くなる。
【0019】
本発明の容器に結合させる蓋体としては、容器の上部開口を覆い、該開口部の面積の15〜30%の開口を有する板状材が好適に使用できる。蓋体の開口面積は、小さいほど、容器内の基質の流出が少なくなるが、養殖貝の餌となるプランクトンなどの流入量も少なくなってしまうので、垂下する海域の、波浪や水流の強さ、及び浮遊プランクトンの量によって上記の範囲で決めればよい。
【0020】
この蓋体は、容器内への基材及び稚貝または成貝の出し入れに際に邪魔となるので、容器に対し取り外し自在とすることが好ましい。
蓋体を容器に取り外し自在に取り付ける手段としては、紐による締結、ホック、ファスナー、針金、インシュロックなど公知の手段が適用できる。
【0021】
蓋体の材質は、容器と同じものでも良いが、可撓性材用からなる容器の場合、剛性を有する板状体から調製し、前記開口部の補強材を兼ねさせることもできる。
【0022】
養殖するに当り、容器内に収容する稚貝の個数は、貝の種類にもよるが、赤貝などの小型の場合、容器50L当り200個程度、タイラギなどの大型貝の場合、容器50L当り20個程度が望ましい。
【実施例1】
【0023】
<養殖用容器の製造>
本発明の養殖用容器の具体的な製造例を図面で説明するが、本願発明はこれに限定されるものではない。
透水係数0.01cm/secのシートとして、土嚢用袋として使用される可撓性シートを利用し直径360mm、高さ520mmの有底筒状の容器1を形成した。
上部開口部と底部に3mmφの針金をリング状に形成した補強部材2,3を取り付けるとともに、上部開口部には、200mmφの開口5を有する蓋体4を、インシュロック6を使用して針金に括りつけることにより着脱自在とした。さらに、容器1の側面には、補強を兼ねた合成樹脂を編んだベルト7を縫い付けるとともに、該ベルトにより上部に取手8を形成し、容器の持ち運びを容易にした。
【実施例2】
【0024】
<容器の透水性の有無による実験>
実施例1で製造した容器と、容器の材質を通水性のない可撓性シーとした以外は実施例1と同じ製造法で製造した容器を用意した。
二つの容器内に砂2に対し泥1を混合した基質を収納し、タイラギを5個づつ入れ、8月間、海中で養殖したところ、透水性を有する容器では生存率90%以上であったのに対し、通水性のない容器での生存率は、80%であった。
【実施例3】
【0025】
<基質組成を変えた実験>
実施例1で製造した容器内に、基質として
(1)砂
(2)砂1に対し泥2
(3)砂2に対し泥1
を収納したものを用意し、タイラギ5個を入れて3月間飼育した。その他に基質を用いず養殖用かご内に直接タイラギを入れて同様に飼育した。
基質を用いなかったものは、貝表面の付着物が多く、また横に寝た状態のため成長が悪く、生残率は90%であった。
(1)の基質として均一な粒度の砂だけを用いた場合は、当初砂の中に貝を収容しても貝が基質の外に出てしまうことがあり、基質なしの状態に近い状況であった。
(2)の泥分が多い基質の場合は、完全に外にでてしまうことはないが、足糸が絡みつく安定した基盤がないため、成長に伴い浮き出る傾向が見られた。その結果、浮き出た部分にフジツボなどの付着物がついたが、生残率は90%であった。
(3)の砂2に対して泥1の割合で混合した基質では、貝は足糸をしっかり基質にからませ、基質内に収まっており、成長も及び生残率も100%と良好であった。
【実施例4】
【0026】
<貝の種類を変えた実験>
実施例1の容器を使用し、砂2に対して泥1の割合で混合した基質とともにトリガイを5個収容した結果、2007年12月に平均殻長49mm、平均重量30gであった貝が、2008年6月では殻長69mm、重量94gにまで成長し、生残率は100%であった。
同様に、実施例1の容器に基質を収容し、アサリを50個収容したバックでは、2008年4月に平均7.5gであった貝が、2008年6月では平均8.5gになり、生残率は50%程度であった。
【実施例5】
【0027】
<蓋の開口面積を変えた実験>
(1)蓋体を設けない場合
開口部に蓋のない150mm径×400mmの塩ビパイプからなる容器を用いた場合、波浪により容器内の基質及び貝が流出し、安定した養殖ができなかった。また、垂下に用いたロープと容器の擦れにより、ロープが切断し、容器が海底に落下する事故が多発した。
(2)蓋体を設けた場合
容器をポリエチレン系の透水性がない素材で製作し、蓋を付けた場合、基質及び貝が流失することは無く、食害等の被害を受けることもなかった。
次に、蓋体の開口部を変化させ、容器の上部面積に対して10%、20%、38%の3種類について、タイラギの飼育を行った。その結果、10%の場合は内部が還元的になり、貝の斃死が多く見られたが、20%、38%については内部の基質によって多少の差があるものの生残率は高い状況が認められた。
【実施例6】
【0028】
<実海域での養殖実験>
実施例1で製造した容器内に、砂2に対して泥1からなる基質と、砂のみからなる基質を収容し、夫々に、タイラギ小貝を55個と39個、合計94個収容し、山口県周防大島海域で垂下養殖を8ヶ月間行なった。当初、殻長108.7mm、殻幅13.7mm、重量19.0gだったタイラギ小貝が、8ヶ月後、砂泥基質の容器が、殻長163.1mm、殻幅23.0mm、重量87.3g、砂のみ基質の容器が、殻長157.6mm、殻幅22.4mm、重量83.1gまで成長した。生残率は、砂泥基質の容器が84%、砂のみ基質の容器が、74%であった。
さらに11ヶ月後には、両者平均値で殻長197.8mm、殻幅30.0mm、重量155.5gまで成長し、生残率も平均77.6%であった。
図2は、本養殖による長崎県小長井町における天然タイラギの成長を比較したもので、垂下養殖により天然貝と同様の成長を確保できることが確認された。さらに8ヶ月後のデータから砂のみより泥を混合したほうが、成長がよいことも確認された。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明は、安価な設備で、手間がかからず安定的に埋在性二枚貝を養殖することができ、漁獲量が減少した天然貝と同等な貝を安定して市場に出荷することができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明の養殖用容器の説明図
【図2】本発明の養殖方法によるタイラギの成長と天然貝の成長との比較
【符号の説明】
【0031】
1 容器
2 補強部材
3 補強部材
4 蓋体
5 開口
6 インシュロック
7 ベルト
8 取手

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも周囲が、透水係数が0.01cm/sec以上であり、かつ内部に収容した基質を長期間にわたって保持し得る材質からなる筒状容器内に、砂と泥の混合物からなる基質を収納した養殖用容器内に、埋在性二枚貝の稚貝または小貝を入れ、海水中に垂下することを特徴とする埋在性二枚貝の養殖方法。
【請求項2】
筒状容器の上部開口部に、筒状容器の断面積の15%〜30%の面積の開口部を有する蓋体を容器本体に対して取り外し可能に取り付けたことを特徴とする請求項1記載の養殖方法。
【請求項3】
筒状容器が可撓性のシートで作成され、上部開口部付近と底部付近に形状保持のための補強部材が取り付けられていることを特徴とする請求項1または2記載の養殖方法。
【請求項4】
基質が、砂100重量部に対し泥30〜50重量部混合したものであることを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の養殖方法。
【請求項5】
少なくとも周囲が、透水係数が0.01cm/sec以上であり、かつ内部に収容した基質を長期間にわたって保持し得る材質からなる筒状容器の上部開口部に、筒状容器の断面積の15%〜30%の面積の開口部を有する蓋体を容器本体に対して取り外し可能に取り付けた筒状容器内に、砂と泥の混合物からなる基質を収納した養殖用容器。
【請求項6】
基質が、砂100重量部に対し泥30〜50重量部混合したものであることを特徴とする請求項5に記載の養殖用容器。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−57441(P2010−57441A)
【公開日】平成22年3月18日(2010.3.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−228096(P2008−228096)
【出願日】平成20年9月5日(2008.9.5)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年7月24日掲載 掲載アドレス http://nrife.fra.affrc.go.jp/seika/H20/H20_seika_index.html http://nrife.fra.affrc.go.jp/seika/H20/2008/2008−5.pdf
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度農林水産技術会議 先端技術を活用した農林水産研究高度化事業「大型二枚貝タイラギの環境浄化型養殖技術の開発」(産業技術力強化法第19条の適用を受けるもの)
【出願人】(501168814)独立行政法人水産総合研究センター (103)
【Fターム(参考)】