説明

培養皮膚の作製方法及びその培地

【課題】 本発明は培養皮膚の表皮形状の向上に関する。表皮角化細胞の培地添加剤として広く汎用されてきた。コレラトキシンは表皮角化細胞の増殖を支持するだけで無く、線維芽細胞の増殖を抑制するという利点がある。しかし、コレラトキシンは細菌毒素であり、安全性の点から恒常的に取り扱うことは問題があった。
【解決手段】コレラトキシンを含まずサイクリックAMPホスホジエステラーゼ阻害物質を含有した培地を使用することを特徴とする培養皮膚の作製方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は培養皮膚の表皮形状の向上に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の培養技術の発展に伴い、培養した表皮角化細胞や線維芽細胞を用いて試験管内で培養皮膚を作製することが可能になった。培養皮膚は形態的にも生化学的にも生体皮膚に近似した特性を有する。そのため、培養皮膚は熱傷、創傷や褥瘡などの皮膚欠損瘡に用いて創傷被覆材として用いられるほか、薬品、化粧品など皮膚に直接適用するものの安全性評価などにも用いられる。
【0003】
かかる培養皮膚の作成方法としてはステファン・ベルの報告以来、いくつかの方法が開発されている。ベルらは線維芽細胞を包埋したコラーゲンゲルを数日間の培養で収縮させたものの上に、培養した表皮角化細胞を播種させ培養皮膚を作製する方法を報告している(特許文献1参照)。ノートン・ゲイルらは三次元構造体に線維芽細胞を増殖させたのち表面部分に培養した表皮角化細胞を播種させ培養皮膚を作製する方法を報告している(特許文献2参照)。諸田らはコラーゲンスポンジに線維芽細胞を培養させたのち表面部分に培養した表皮角化細胞を播種し培養皮膚を作製する方法を報告している(特許文献3参照)。
【特許文献1】特願平2−246000
【特許文献2】特願平9−501790
【特許文献3】特願平6−263047
【0004】
このように、表皮角化細胞を播種する対象は異なるものの、いずれの方法においても培養支持体表面部分に表皮角化細胞を播種することは共通であり、その後も共通した工程を経る。すなわち、表皮角化細胞を播種後、数日間培地中で浸漬培養し、表皮角化細胞が培養支持体の表面を一様に覆うように拡大培養させ、ついで培養表面を空気に曝して空気暴露培養を行い、多層分化した表皮層を形成させる。
【0005】
一方、1970年代にグリーンらによりコレラトキシンが表皮角化細胞に対して細胞増殖能があることが発見された(非特許文献1参照)。以来、コレラトキシンは表皮角化細胞の培地添加剤として広く汎用されてきた。コレラトキシンは表皮角化細胞の増殖を支持するだけで無く、線維芽細胞の増殖を抑制するという利点がある。しかし、コレラトキシンは細菌毒素であり、安全性の点から恒常的に取り扱うことは問題があった。さらに、近年のテロ対策などにより細菌毒素取扱い厳格になる傾向にあり、コレラトキシンの入手、取扱いが困難になってきた。これらの理由からコレラトキシンを代替する物質を探索する必要とさせてきた。
【非特許文献1】Green、H.:Cell,15,801−811,1978
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、培地添加剤としてのコレラトキシンの代替物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を行った結果、予期しないことに、培地中のコレラトキシンを除去した場合に培養皮膚の表皮層の密度むらが高頻度で生じることを見出した。
【0008】
生体に形態的に近似した培養皮膚を作製する上で最も重要な工程は浸漬培養を行う工程である。この工程で表皮角化細胞は培養器材表面に一様に広がり表皮層の基礎となる基底層を形成する。この工程で表皮角化細胞の広がりが不均一であった場合はその後の表皮層形成が不十分で、表皮層の密度にむらができたり、培養支持体の周縁部分まで表皮層が十分に広がらなかったり、伸展が不十分になるなど、十分な品質の培養皮膚を再現性良く得ることができなくなる。
【0009】
そこでさらに本発明者らは、表皮角化細胞に対して細胞増殖能を持つだけでなく、上記のような培養皮膚の表皮層の密度むらを減少させ製造歩留まりを改善する効果を有するコレラトキシン代替物質を鋭意検索した結果、3−イソブチル−1−メチルキサンチンにその効果を見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は:
(1)コレラトキシンを含まずサイクリックAMPホスホジエステラーゼ阻害物質を含有した培地を使用することを特徴とする培養皮膚の作製方法:
(2)サイクリックAMPホスホジエステラーゼ阻害物質が3−イソブチル−1−メチルキサンチンである(1)の培養皮膚の作製方法:
(3)コレラトキシンを含まずサイクリックAMPホスホジエステラーゼ阻害物質を含有した培養皮膚作成用培地:
(4)コレラトキシンを含まずサイクリックAMPホスホジエステラーゼ阻害物質を含有した表皮角化細胞増殖培地:
(5)サイクリックAMPホスホジエステラーゼ阻害物質が3−イソブチル−1−メチルキサンチンである(3)または(4)記載の培地:
に関するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明は、サイクリックAMPホスホジエステラーゼ阻害剤の一種である3−イソブチル−1−メチルキサンチンを使用することで、安全上問題のあるコレラトキシンを使用すること無く表皮むらのない生体皮膚に近似した培養皮膚を提供することができる。また、サイクリックAMPホスホジエステラーゼ阻害剤の一種である3−イソブチル−1−メチルキサンチンを使用することで表皮層伸展を改善することから、こられの薬剤は表皮層の伸展を促進する作用があることが示唆される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明における培養皮膚とは、構成要素として表皮角化細胞の培養物を含むものである。表皮角化細胞としては生物種や由来部位は問わないが、ヒト包皮由来表皮角化細胞、ヒト乳房由来表皮角化細胞、ヒト足裏由来表皮角化細胞などが例示される。このような培養皮膚は、培養した表皮角化細胞を適当な支持体に播種、培養し、多層化したシート状の表皮層を形成させることにより作製される。表皮角化細胞を播種する支持体としてはコラーゲンゲルやコンドロイチン硫酸などの生体親和性高分子のゲルやスポンジ、あるいはそれらに線維芽細胞を播種、内封したものなどが挙げられる。また、ベルらが報告した培養皮膚では支持体として、線維芽細胞とコラーゲン溶液の混合物をゲル化させたものを用いているが、本発明においてもこれを支持体として用いることにより、好適に培養皮膚を作製することができる。
【0013】
本発明において培養皮膚は通常以下の工程により作製される。すなわち、(1)表皮角化細胞を播種するための支持体を作製する工程、(2)支持体に播種するための表皮角化細胞を培養する工程、(3)支持体表面に適当量の表皮角化細胞を播種する工程、(4)浸漬培養により表皮細胞が一様に支持体表面を覆うように培養する工程、(5)表皮角化細胞を播種した表面を空気中で暴露した状態で培養することで多層分化した表皮層を形成させる工程。これらすべての工程が本発明の培養に該当し、各工程で適切な培地が使用される。本発明において、コレラトキシンを含まずサイクリックAMPホスホジエステラーゼ阻害物質を含む培地はいずれの工程でも使用できるが、好ましくは(4)における浸漬培養の工程で使用される。
【0014】
本発明において培地とは細胞の維持・増殖に必要な栄養源、ビタミン類及び無機塩類を含んだもので、具体的にはMEM、DMEM、HamF−12などの市販の動物細胞培養用培地が挙げられる。なかでも、DMEM/HamF−12混合培地が好適に使用できる。更に、血清(0.1〜20%)、インシュリン(1〜100μg/ml)、トランスフェリン(1〜100μg/ml)、亜セレン酸(1〜100nM)などをそれぞれの範囲で添加することがより好ましい。
【0015】
本発明におけるサイクリックAMPホスホジエステラーゼ阻害物質とは、ホルモン作用の二次伝達物質であるサイクリックAMPを細胞内で分解する酵素であるサイクリックAMPホスホジエステラーゼの酵素活性を阻害する作用を有する物質を示す総称である。本阻害剤の作用により細胞内のサイクリックAMP濃度が上昇し種々の生理活性を誘導する。サイクリックAMPホスホジエステラーゼ阻害剤としては塩酸パパベリン、アミノフィリン、テオフィリンなどが挙げられるが、特に3−イソブチル−1−メチルキサンチンは好適に使用される。3―イソブチルメチル−1−メチルキサンチンは1μMから1mM、好ましくは30μMから300μM、より好ましくは100μMの濃度で適用される。
【実施例】
【0016】
次に、本発明を具体的な実施例にて説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
1.培養支持体としてのコラーゲンゲルの作製
オルガノジェネシス社から購入したヒト線維芽細胞を10%ウシ血清含有DMEMで培養した。サブコンフレント状態に達した後、同培地にて細胞を回収し、線維芽細胞懸濁液を得た。
【0017】
コラーゲンゲルの作成方法はベルらの方法(Bell,E.,et al.,Proc.Natl.Acad.USA,76, 1274−,1979)に準じて行った。すなわち、4℃にて9容量のコラーゲン溶液(オルガノジェネシス社製)に1容量の10倍濃度イーグル最小必須培地(EMEM、ギブコ社製)を加え、重曹をpHが中性付近になるまで攪拌しながら加えた。さらに、10%量のウシ血清を加えた後、上記線維芽細胞懸濁液を、最終細胞濃度が2.5×10個/mlになるようゆっくり加え、よく攪拌した。かかる混合溶液を6穴プレートに入ったトランスウェル(コースター社製)の内側に3mlずつ加え、室温にて15分間静置し、ゲル化させ線維芽細胞を含むコラーゲンゲル層を作製した。かかるコラーゲンゲルに10%牛血清含有DMEM培地を静かに添加し、37℃、10%CO2下で5日間培養し、コラーゲンゲルを収縮させた。
【0018】
2.実施例1
表皮角化細胞をコラーゲンゲルに播種した後に浸漬培養を行う場合にCa無添加DMEM:ハムF12培地=3:1を基礎とするエビダーマリゼーション(Epidermalization)用培地(東洋紡製)を用いる。このエピダーマリゼーション培地について、
比較例1:9ng/mlのコレラトキシンを含むエピダーマリゼーション培地
比較例2:コレラトキシンを含まないエピダーマリゼーション培地
実施例1:コレラトキシンを含まず100μMの3−イソブチル−1−メチルキサンチンを含むエピダーマリゼーション培地
を作製した。
【0019】
表皮角化細胞の播種および培養はベルらの方法(Parenteau,N.L.,et al.,J.Cellular Biochem,45,245−,1991)に準じて行った。オルガノジェネシス社から購入したヒト表皮角化細胞をCa無添加DMEM:ハムF12培地=3:1を基礎とするエビターマリゼーション用培地(東洋紡製)に懸濁し、培地を抜き去ったコラーゲンゲルの表面に、前記表皮角化細胞懸濁液を、該細胞が0.5〜1×10個/cmになるように添加した。次いで、比較例1、比較例2、または実施例1の培地を静かに添加し、37℃、10%CO下で5日間培養し、表皮角化細胞を十分伸展させた。次に、Ca無添加DMEM:ハムF12培地=1:1を基礎とする維持(Maintenance)用培地(東洋紡製)を、コラーゲンゲル層が培養液下で、かつコラーゲンゲル層上の表皮角化細胞が空気中に出るように添加して、培養皮膚を作製した。
【0020】
3.培養皮膚の切片観察
作製した培養皮膚をホルマリン固定し、切片作業後、HE染色を行った。組織切片像を図1に示す。比較例1では生体に近似した10層以上の細胞層からなる表皮層が観察された。一方、比較例2では7層程度の細胞層しか観察されず、表皮層の形成が不十分である。これに対して、実施例1では10層以上の細胞層からなる表皮層が観察され、十分に発達した表皮層の形成が見られる。
【0021】
4.培養皮膚の表皮むらの観察
作製した培養皮膚をMTT法により染色し、表皮層の形状比較を行った。MTT法による染色は0.33mg/mlのMTTを含む維持用培地で3時間培養することにより行った。これにより正細胞が青色に染色される。染色した各培養皮膚を図2に示す。濃青色に染色された領域が表皮層である。比較例1では支持体全体に表皮層が広がり表皮むらは観察されない。これに対して、比較例2では支持体の周縁部まで表皮層が伸展していない箇所が見られ顕著な表皮むらが認められる。一方、実施例1では支持体全体に培養皮膚広がり表皮むらは観察されない。
【産業上の利用可能性】
【0022】
本願発明の培養皮膚は形態的にも生化学的にも生体皮膚に近似した特性を有するので、熱傷、創傷や褥瘡などの皮膚欠損瘡に用いて創傷被覆材として用いられるほか、薬品、化粧品など皮膚に直接適用するものの安全性評価などにも用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】比較例1(9ng/mlのコレラトキシンを含むエピダーマリゼーション培地)、比較例2(コレラトキシンを含まないエピダーマリゼーション培地)、および実施例1(コレラトキシンを含まず100μMの3−イソブチル−1−メチルキサンチンを含むエピダーマリゼーション培地)のそれぞれの培地を使用した培養皮膚の切片についてのHE染色像
【図2】比較例1、比較例2、実施例1のそれぞれの培地を使用した培養皮膚をMTT染色像。濃青色染色した部分(白黒写真では黒く見える)が表皮層領域を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
コレラトキシンを含まずサイクリックAMPホスホジエステラーゼ阻害物質を含有した培地を使用することを特徴とする培養皮膚の作製方法。
【請求項2】
サイクリックAMPホスホジエステラーゼ阻害物質が3−イソブチル−1−メチルキサンチンである請求項1の培養皮膚の作製方法。
【請求項3】
コレラトキシンを含まずサイクリックAMPホスホジエステラーゼ阻害物質を含有した培養皮膚作成用培地。
【請求項4】
コレラトキシンを含まずサイクリックAMPホスホジエステラーゼ阻害物質を含有した表皮角化細胞増殖培地。
【請求項5】
サイクリックAMPホスホジエステラーゼ阻害物質が3−イソブチル−1−メチルキサンチンである請求項3または請求項4記載の培地。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−104358(P2008−104358A)
【公開日】平成20年5月8日(2008.5.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−287224(P2006−287224)
【出願日】平成18年10月23日(2006.10.23)
【出願人】(000003160)東洋紡績株式会社 (3,622)
【Fターム(参考)】