説明

塑性加工用金属材料およびその製造方法、並びに塑性加工製品

【課題】リン酸等のような環境負荷物質を含まず、(リン酸塩+石鹸)皮膜と同等或いはそれ以上の潤滑性および耐焼付き性を発揮する皮膜を形成した塑性加工用金属材料、並びにこうした金属材料を製造するための有用な方法を提供する。
【解決手段】本発明の塑性加工用金属材料は、母材金属の表面に潤滑皮膜を形成した塑性加工用金属材料において、前記母材金属の表面に、第1層として硫酸塩皮膜が形成されると共に、この第1層の表面に第2層として石灰石鹸等の皮膜が形成されたものであり、こうした塑性加工用金属材料を製造するに当り、母材金属を、硫酸水素塩水溶液に浸漬して母材金属表面に硫酸塩皮膜を第1層として形成した後、液状または固体状の石鹸等と接触させて前記第1層上に、石灰石鹸等の皮膜を第2層として形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、引き抜き、伸線、圧造、鍛造等の塑性加工を行うのに有用な塑性加工用金属材料、およびこうした金属材料を製造するための有用な方法に関するものであり、殊に金属材料表面に特定構成の皮膜を形成することによって、耐焼付き性、潤滑性、耐食性等に優れると共に、熱処理時の浸リン現象をも回避することのできる塑性加工用金属材料およびその製造方法に関するものである。また本発明は、塑性加工用金属材料から得られる塑性加工製品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
例えば、冷間伸線加工を行って得られる金属線材は、その後様々な用途に応じて更に冷間鍛造等の冷間加工が施されるのが一般的であるので、被加工材である金属線材(以下、一般的に「金属材料」と呼ぶことがある)の表面に耐焼付き性と潤滑性を兼ね備えた皮膜を形成する必要がある。
【0003】
上記の様な皮膜を形成することにより、塑性加工用工具と金属材料との直接接触が回避されると共に加工発熱が抑制され、これによって焼付きの発生が防止され、更に被加工材表面の摩擦係数が低下するので、加工負荷が緩和され、加工エネルギーが低減されることになる。
【0004】
ところで、上記のような皮膜を形成する処理材(潤滑剤)としては、ステアリン酸カルシウム等の金属石鹸とキャリア剤としての水酸化ナトリウムを含有した粉末状の潤滑剤が使用されるのが一般的である。しかしながら、このような粉末状の潤滑剤を用いて冷間伸線加工を行った場合には、冷間伸線加工後に例えば冷間鍛造加工等の厳しい加工工程において、表面に形成されていた皮膜の潤滑性が冷間伸線加工により不十分なものとなり、焼付き等の欠陥が発生するという問題がある。
【0005】
こうしたことから、例えば冷間鍛造加工用材料のように、高い潤滑性と耐焼付け性を有する皮膜の形成が要求される場合には、予め母材表面にリン酸塩化成処理にて化成皮膜を形成し、その上にステアリン酸亜鉛とステアリン酸ナトリウムからなる石鹸層を形成して、(リン酸皮膜+石鹸層)の皮膜とすることによって、その要求特性に対応しているのが一般的である。特に、鋼材のボルト加工のように厳しい条件での加工が必要とされる場合には、潤滑油だけによる潤滑では不十分なものとなり、リン酸塩処理のような化成処理は必要な工程となっている。また、(リン酸亜鉛+石鹸)皮膜を予め形成した鋼材も、製品として出荷されているのが実情である。
【0006】
上記のような(リン酸亜鉛+石鹸)皮膜は、冷間鍛造加工等の厳しい加工に対しても十分に追従できる高い潤滑性と耐焼付き性を有すると共に、優れた防錆性を有するものとなる。しかしながら、リン酸塩処理を施した場合には、冷間伸線加工後の最終製品を熱処理するに際して、リン酸塩皮膜中のリンの拡散(以下、この現象を「浸リン」と呼ぶ)による遅れ破壊が例えば高張力ボルト等において発生しやすいという問題がある。
【0007】
尚、リン酸亜鉛等のリン酸塩を用いる場合には、潤滑性(加工性)や加工後の耐食性に優れてはいるものの、煩雑な液管理や多くの工程を必要とするという欠点も指摘される。また、被加工材との化学反応によって大量のスラッジが発生し、その処理に労力と費用が要するという問題もある。
【0008】
高張力ボルトに関して、JIS B1051において「12.9級強度区分のおねじ部品には、引張応力が働く表面に光学顕微鏡で確認できる白色のリン濃化層があってはならない。」と規定されている。こうしたことから、リン酸塩を使用せずとも優れた潤滑性を発揮するような表面処理剤(非リン系潤滑剤)についてもこれまで様々提案されている。
【0009】
こうした技術として、例えば特許文献1には、石灰石鹸を主成分とする塑性加工用水系潤滑剤組成物について提案されている。また特許文献2には、アルカリ金属ホウ酸塩を主成分とする皮膜を被加工材表面に形成する技術について提案されている。更に、特許文献3には、ケイ酸カリウムを含む第1層と、各種ステアリン酸とフッ素系樹脂を含有する第2層を金属線材面に形成することによって金属材料の潤滑性と耐焼付き性に優れたものとする技術について提案されている。
【0010】
これらの技術では、通常の塑性加工においては、比較的優れた効果を発揮するものとなっているのであるが、冷間鍛造の様に厳しい加工環境下においては、潤滑性、耐焼付き性、耐湿性および防錆性について十分な性能が発揮されているとは言えない状況である。
【特許文献1】特開平9−3476号公報
【特許文献2】特開2002―192220号公報
【特許文献3】特開2003―53422号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は上記の様な事情に着目してなされたものであって、その目的は、リン酸等のような環境負荷物質を含まず、(リン酸塩+石鹸)皮膜と同等或いはそれ以上の潤滑性および耐焼付き性を発揮する皮膜を形成した塑性加工用金属材料、並びにこうした金属材料を製造するための有用な方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、前記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、金属材料の母材金属表面に硫酸塩皮膜を第1層として形成すると共に、その第1層表面上に、石灰石鹸等の皮膜を第2層として形成したものでは、(リン酸塩+石鹸)皮膜に匹敵する程度にまで潤滑性および耐焼付き性を発揮し得ることを見出し、本発明を完成した。
即ち、本発明に係る塑性加工用金属材料とは、母材金属の表面に潤滑皮膜を形成した塑性加工用金属材料において、前記母材金属の表面に、第1層として硫酸塩皮膜が形成されると共に、この第1層の表面に第2層として、石灰石鹸皮膜、金属石鹸皮膜、或いは石鹸皮膜が形成されたものである点に要旨を有するものである。
【0013】
上記本発明の塑性加工用金属材料で用いる硫酸塩としては、アルカリ土類金属の硫酸塩または芳香族アミンの硫酸塩等が好ましいものとして挙げられる。また好ましい硫酸塩としては、母材金属元素の硫酸塩;或いは母材金属の硫酸塩と、アルカリ土類金属の硫酸塩および/または芳香族アミンの硫酸塩との混合物;或いは母材金属と、アルカリ土類金属および/または芳香族アミンとを含む複合硫酸塩も挙げられる。
【0014】
上記のような塑性加工用途金属材料を製造するに当たっては、母材金属を、硫酸水素塩水溶液に浸漬して母材金属表面に硫酸塩皮膜を第1層として形成した後、液状または固体状の石灰石鹸等と接触させて前記第1層上に石鹸皮膜を第2層として形成する様にすればよい。
【発明の効果】
【0015】
本発明においては、母材金属表面に第1層として硫酸塩皮膜が形成され、この第1層の表面に第2層として石鹸皮膜を形成するようにしたので、前記第1層の効果によって母材金属と潤滑性皮膜との良好な密着性が達成され、これによって潤滑性および耐焼付き性に優れた塑性加工用金属材料が実現できた。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
従来の非リン系潤滑剤としては、石灰石鹸、ホウ酸塩、ケイ酸塩等を主成分とするものが知られているが、これらの潤滑剤では十分な性能が発揮されているとは言えない。本発明者らは、これまでの潤滑剤では十分な効果が発揮されない理由について、様々な角度から検討した。
【0017】
その結果、これまで提案されている潤滑剤では、(リン酸+石鹸)皮膜と比べて母材金属表面との密着性が低いものとなるからであるとの着想が得られた。即ち、(リン酸+石鹸)皮膜では、リン酸亜鉛が金属材料母材表面との化学反応によって形成されることによって、皮膜が強固に付着した状態になるのであるが、従来の非リン系潤滑剤では母材金属との化学反応が殆ど進行せず、皮膜成分が母材金属表面に物理的に接触しているだけで相対的に弱く付着しているだけである。
【0018】
これに対して本発明の塑性加工用金属材料では、非リン系潤滑皮膜と母材金属表面との付着性を向上させるために、水不溶性の硫酸塩皮膜を母材金属表面に強固に形成することができたのである。また上記のような硫酸塩皮膜を形成するには、硫酸水素塩水溶液に母材金属を浸漬すればよい。
【0019】
例えば、硫酸塩皮膜として硫酸カルシウム皮膜を形成する場合には、硫酸カルシウムを硫酸に溶かすことによって生成する硫酸水素カルシウム[Ca(HSO42]を用いることによって、下記(1)式の様な反応が鉄との間で進行し、化成皮膜[下記(1)式中のCaSO4]が形成されることになる。このとき用いる水溶液は硫酸水素塩水溶液であるが、この溶液において硫酸水素カルシウム[Ca(HSO42]中のHSO4-が反応に寄与する。
Fe+Ca(HSO42→FeSO4+CaSO4+H2 …(1)
【0020】
なお硫酸カルシウムと硫酸水素カルシウムとの反応は可逆的な反応であるため、必ず硫酸カルシウムのみが形成するわけではなく、硫酸が高濃度や高温での処理条件では硫酸鉄のみ;または硫酸鉄および硫酸カルシウムの混合物;またはさらに反応して鉄とカルシウムとの複合硫酸塩が形成されることもある。
【0021】
また硫酸塩皮膜として芳香族アミンの硫酸塩を形成する場合には、例えば硫酸メラミンを硫酸に溶かすことによって生成する硫酸水素メラミン水溶液[(C3663)・(HSO43]を用いることによって、下記(2)式の様な反応が鉄との間で進行し、化成皮膜[下記(2)式中の(C3663)・(SO4)]が形成されることになる。このとき用いる水溶液は硫酸水素メラミン水溶液であるが、この溶液においてHSO4-が反応に寄与する。
3Fe+2(C3663)・(HSO43→3FeSO4+2(C3663)・(SO43+3H2 …(2)
【0022】
なお硫酸メラミンと硫酸水素メラミンとの反応は可逆的な反応であるため、必ず硫酸メラミンのみが形成するわけではなく、硫酸が高濃度や高温での処理条件では、硫酸鉄のみ;または硫酸鉄および硫酸メラミンの混合物;またはさらに反応して鉄とメラミンとの複合硫酸塩が形成されることもある。
【0023】
水溶液中の硫酸水素イオンは母材金属表面に作用して、水素ガスを発生させると共に、硫酸イオンを生成し、それが水不溶性の硫酸塩皮膜に変化する。この水不溶性硫酸塩皮膜は、リン酸亜鉛皮膜類似の化成皮膜となって、母材金属表面との密着性が優れたものとなる。
【0024】
本発明で用いる硫酸塩皮膜として、上記硫酸カルシウム以外に、硫酸ストロンチウム、硫酸バリウム等の硫酸アルカリ土類金属塩を用いることができ、これらを硫酸に溶かして生成した硫酸水素塩水溶液体と母材金属とを反応させることによって、水不溶性の硫酸アルカリ土類金属塩皮膜となる。
【0025】
また本発明で用いる硫酸塩皮膜としてメラミンの硫酸塩以外に、ジアミノベンゼンの硫酸塩皮膜をも形成することができる。これら芳香族アミンの硫酸水溶液と母材金属とを反応させることによって、水不溶性の芳香性アミンの硫酸塩皮膜となる。
【0026】
また硫酸塩皮膜として、母材金属元素の硫酸塩;或いは母材金属の硫酸塩と、アルカリ土類金属の硫酸塩および/または芳香族アミンの硫酸塩との混合物;或いは母材金属と、アルカリ土類金属および/または芳香族アミンとを含む複合硫酸塩が形成されることもある。なお母材金属が鋼材である場合、母材金属元素の硫酸塩は、主として硫酸鉄であるが、鋼材成分によっては、硫酸クロム、硫酸マンガン、硫酸モリブデンなどが存在する場合もある。
【0027】
本発明において第1層の「硫酸塩」とは、第1層断面をエネルギー分散型X線分析装置(EDX)またはX線マイクロアナリシス(EPMA)により測定し、硫酸部分を示すSおよびOがいずれも1atom%以上検出されるものをいう。即ち本発明の硫酸塩は、化学量論的に成分比が崩れたものも包含する。例えば硫酸カルシウムであれば、CaSO4だけでなく、硫酸部分が欠乏した成分比のものも、上記定義を満たせば、本発明における「硫酸塩」とみなす。また上記定義を満たせば、非晶質状態のものも、本発明における「硫酸塩」とみなす。第1層断面のEDXまたはEPMAで検出される母材金属の主成分元素、アルカリ土類金属元素または芳香性アミンの必須元素であるNによって、第1層の種類や構成を判定することができる。
【0028】
母材金属としてFe、第1層の処理として硫酸水素カルシウム、第2層の処理としてCa(OH)2を含む金属石鹸を使用して得られる塑性加工用金属材料断面の模式図を、図1に示す(図1中、縦線部分は母材金属を、横線部分は硫酸塩を、白抜き部分は石鹸成分を表す。この硫酸塩皮膜を第1層とし、硫酸塩皮膜よりも上にある石鹸成分を第2層とし、第1層の下にある石鹸成分を、第1層に入り込んだ第2層成分とする)。この場合、硫酸塩皮膜である第1層として、Fe−S−O皮膜またはFe−Ca−S−O皮膜が形成される。この第1層は、母材金属に近い位置ではS量が多く、Caが存在しないことが多く、母材金属から遠い位置ほど、S量が少なく、Caが存在することが多い。Fe−S−O皮膜としては、硫酸鉄および酸化鉄の混合物、Fe−Ca−S−O皮膜としては、硫酸鉄、酸化鉄、硫酸カルシウムおよび酸化カルシウムの混合物、FeSO4・CaSO4のような複合硫酸塩、またはFeO・CaO若しくはFe23・CaOのような複合酸化物などが考えられる。しかし第1層の皮膜は薄く、非晶質であり、現行の汎用分析技術ではそれらの同定ができない。そのため本発明では、SおよびOがいずれも1atom%以上検出されるものを、一括して「硫酸塩」と呼称する。
【0029】
第1層の厚さは10〜1000nmであり、且つ前記第1層中に、断面の面積率換算で1〜50面積%の第2層成分が入り込んでいることが望ましい。即ち第1層は、10〜1000nmの厚さの多孔質層であって、且つ第1層の孔に、第2層成分である石灰石鹸、金属石鹸或いは石鹸が浸透していることが好ましい。潤滑皮膜がこのような構造であると、母材金属と潤滑皮膜(第1層および第2層)との密着性がさらに高まり、塑性加工の際に剥離しにくくなる。
【0030】
第1層の厚さが10nm未満では、第1層は、多孔質にならず、第2層成分が入り込むことができない。一方、第1層は、実質上1000nmより厚くなることはほとんどない。しかし第1層が、1000nmよりも厚い多孔質になると、第2層成分が母材界面まで浸透することができず、第1層の母材に近い部分では空洞が残る可能性がある。このようなことから、第1層の厚さは、好ましくは10nm以上(より好ましくは100nm以上)、好ましくは1000nm以下(より好ましくは750nm以下)である。
【0031】
第1層が多孔質である場合、第1層中の第2層量は、実質上、1面積%以上となる。しかし第2層成分の面積率が1面積%未満である場合、第1層と第2層との密着性が低下し、塑性加工時に第1層と第2層との間で剥離が生ずるおそれがある。また第1層中の第2層成分の面積率が50面積%を超えると、母材金属と第1層との密着性が低下し、塑性加工時に母材と第1層との間で剥離が生じ、加工性に悪影響が生ずる。従って第1層中の第2層成分は、断面の面積率換算で、好ましくは1面積%以上(より好ましくは5面積%以上)、好ましくは50面積%以下(より好ましくは20面積%以下)である。なお第1層が、微細な孔を有する多孔質であることが望ましい。
【0032】
第1層として形成される硫酸塩の種類によって、第1層の構造が異なる。しかし第1層の厚さ、多孔質形状、および第1層中における第2層成分の面積率(第1層の気孔面積率)は、母材金属を硫酸水素塩(硫酸塩+硫酸)で処理する際の温度および時間、硫酸濃度によって制御することができる。
【0033】
硫酸塩皮膜を形成するときの処理温度(水溶液温度)は、30〜80℃程度であることが好ましい。この温度が30℃未満では、温度制御が困難であり、80℃を超えると反応が激しく進行し過ぎて皮膜が粗になることがある。この温度のより好ましい下限は40℃程度であり、より好ましい上限は60℃程度である。
【0034】
水溶液中の硫酸濃度は、0.01〜5mol/L(リットル)程度が好ましい。この濃度が0.01mol/L未満となると、化成処理反応が遅く、5mol/Lを超えると化成処理皮膜は形成されるものの金属材料表面の溶解が激しくなるので、皮膜付着量が減少することになる。より好ましい下限は0.1mol/Lであり、より好ましい上限は3mol/L程度である。
【0035】
化成処理時間については、1〜10分程度であることが好ましい。この処理時間は1分未満では、皮膜付着量が少なくなり、10分を超えて処理しても、皮膜付着量は増加しないことになる。処理時間のより好ましい下限は2分程度であり、より好ましくは5分程度である。
【0036】
上記のような硫酸塩からなる第1層を金属材料表面(母材金属表面)に形成した後、潤滑性を持った石鹸皮膜を第2層として形成することによって、潤滑性および耐焼付き性に優れた皮膜となるのであるが、このとき形成される第2層の成分としては、ステアリン酸ナトリウム等のナトリウム石鹸(通常の石鹸類)、ステアリン酸アルミニウム等の金属石鹸、石灰石鹸などを用いることができる。
【0037】
本発明で用いる石鹸は、脂肪酸のアルカリ金属塩の意味であり、こうした観点からアルカリ金属以外の塩である金属石鹸と区別されるのであるが、本発明においては実質的な差異はない。但し、こうした石鹸類による皮膜を第2層として形成する場合には、上記通常の石鹸では石鹸溶液に母材金属を浸漬すればよいが、金属石鹸では一般的に固体状であるのでこうした固体状石鹸に接触させることによって、第2層としての石鹸皮膜を形成することができる。
【0038】
また石灰石鹸は、アルカリ石鹸に対して過剰な生石灰(酸化カルシウム)を加えて水中で反応させることによって得られるものであり、通常、水酸化カルシウム、ステアリン酸ナトリウムおよび水を含んだものとなる。この石灰石鹸は、大気中の二酸化炭素を吸収して炭酸カルシウムを含んだものとなることがある。
【0039】
本発明の金属材料において、その表面に形成される皮膜には、防錆剤として、モリブデン酸塩やバナジン酸塩、ポリアクリル酸、シリカ、ベンゾトリアゾール等を適宜含有させることもできる。
【0040】
本発明で用いる金属材料母材は、特に限定されるものではなく、鋼材(炭鋼、低合金鋼、ステンレス鋼)、アルミニウム等、様々な金属材料が使用できる。このうち好ましいのは、鋼材である。また金属材料として使用される形態についても、塑性加工されるものである限り特に限定されるものではなく、例えば、ボルト、ナット、ばね、PC(prestressed concrete)鋼線、スチールコード、ビードワイヤ等を製造するための線材や棒材が挙げられる。
【0041】
本発明の塑性加工用金属材料の表面に形成される潤滑性皮膜については、その組成や付着量については下記の方法によって、測定することができる。
【0042】
[皮膜の組成測定法]
皮膜を形成した鋼材をそのまま、或いは皮膜を金属片で削り取ったものをサンプルとし、X線回折(XRD)によって硫酸カルシウム等のアルカリ土類金属の硫酸塩、芳香族アミンの硫酸塩、水酸化カルシウム(石灰石鹸由来のもの)、および硫酸鉄等の母材金属元素の硫酸塩等が同定できる。また削り取ったサンプルを用いて赤外分光分析計(IR)およびガスクロマトグラフ質量分析計(GC−MS)を適用することによって、石鹸、金属石鹸が同定できる。
【0043】
但し第1層の硫酸塩が結晶質で無い場合や、第1層が薄い場合、XRDでは同定できないことが多い。その場合、皮膜に垂直方向の断面におけるEDXまたはEPMAによって、第1層の分析を行えばよい。硫酸部分を示すSおよびOが、いずれも1atom%以上検出されるものを硫酸塩とみなし、あわせて検出される母材金属の主成分元素、アルカリ土類金属元素または芳香性アミン必須元素のNにより、その硫酸塩の種類を判定できる。
【0044】
[皮膜の付着量測定法]
皮膜の付着量については、直径:10mm、長さ50mm程度のサンプルの全周に亘り、金属片等を用いて皮膜を削り取った後、50℃の1N硫酸に水素の泡が発生するまで浸漬し、水洗・乾燥し、皮膜除去後の質量変化から皮膜の付着量を測定することができる。
【0045】
また第1層厚さは、皮膜に垂直な方向の断面で、500〜1000nm長さの3視野で透過型電子顕微鏡(TEM)による観察を行い、図2のように、視野毎に無作為に5箇所の測定を行い、得られた値を平均することによって求めることができる。
【0046】
第1層中の第2層成分の面積率は、上記TEM視野にて、第1層の下側に入り込んだ第2層成分の面積を割ることにより求めることができる。具体的には、上記TEMの3視野にて、蛍光X線分析でのSおよびOの元素マッピングを行う。そしてS≧1atom%且つO≧1atom%の部分を第1層とし、それ以外の部分を第2層成分とし、蛍光X線マッピング図を画像解析(例えば市販のフリーソフトImageJで二値化)することによって、第1層中の第2層面積率を求めることができる。
【0047】
本発明は、上記塑性加工用金属材料によって製造された塑性加工製品も提供する。本発明の塑性加工製品を製造するためには、該技術分野で周知の方法を、適宜採用すれば良い。上述の潤滑皮膜を有する本発明の塑性加工用金属材料から製造された本発明の塑性加工製品は、該皮膜を有していても良く、また該皮膜を酸やアルカリ水溶液を用いて除去されていても良い。さらに本発明の塑性加工製品における潤滑皮膜は、塑性加工後に熱処理を施されて、変質されていても良い。例えば本発明の塑性加工用金属材料がボルト用鋼の場合、塑性加工後に焼き入れ、焼き戻しが実施されることが多い。その結果、本発明の塑性加工製品には、第1層の硫酸塩は残存するが、第2層の石鹸等では水および有機分が蒸発する。塑性加工用金属材料の第2層が石灰石鹸皮膜や石鹸皮膜である場合、熱処理後に第2層は、アルカリ金属、アルカリ土類金属の酸化物、複合酸化物、炭酸塩を含有する皮膜として存在する。また塑性加工用金属材料の第2層がアルミニウム金属石鹸である場合、熱処理後に第2層は、アルミニウムの酸化物、複合酸化物、炭酸塩を含有する皮膜として存在する。
【0048】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例】
【0049】
実施例1
鋼種SCM435よりなる熱間圧延線材(線径:10mm)を760℃で球状化焼鈍し、この熱処理後の線材を酸洗して脱スケールし、次いで水洗した後、下記表1に示した条件(第1層処理条件および第2層処理条件)で浸漬処理して第1層および第2層を順次形成した。このとき実験No.11、12の第2層については、補助潤滑剤であるステアリン酸カルシウム(ステアリン酸Ca)の粉体を第1層の上に擦り付けることによって形成した。全皮膜の付着量(測定方法は前記の通り)は約8g/m2である。尚、比較のために、線材表面に、リン酸亜鉛処理を下記の条件で施したものについても作製した(実験No.14)。
【0050】
[リン酸亜鉛処理方法]
線材を15%塩酸溶液(50℃)中に10分浸漬した後、水洗し、その線材にリン酸亜鉛処理剤[「パルボンド181X」(商品名):日本パーカライジング(株)製]を用いて、90g/L(リットル)、80℃、5分間の条件で化成処理を行った。次いで、石鹸潤滑剤[「パルーブ235」(商品名):日本パーカライジング(株)製]を用いて、70g/L、80℃、5分間の条件で石鹸処理を行った。全皮膜の付着量は約8g/m2である。
【0051】
【表1】

【0052】
上記各種処理を行った伸線用線材について、潤滑性(伸線性)を評価した。上記実験No.1〜10のものでは、潤滑性は補助潤滑剤を用いることなく潤滑性を評価した。また実験No.11、12のものでは、補助潤滑剤としてステアリン酸カルシウムを用いて、直径:10mm(10mmφ)の処理材を、9.5mmφ、8.3mmφ、7.45mmφ、6.3mmφ、4.9mmφ、3.6mmφと順に段階的に伸線加工を行い、伸線最終段階の荷重を測定すると共に、伸線加工後の表面状態(表面疵)を観察した。これらの結果を、下記表2に示す。
【0053】
【表2】

【0054】
この結果から、次のように考察できる。実験No.1〜12のものでは、比較的低い伸線荷重であっても良好な伸線可能ができ、いずれも表面疵が発生していなかった(伸線加工性良好)。これに対して、硫酸塩の第1層が存在しない実験No.13のものや、リン酸亜鉛処理層だけを形成した実験No.14のものでは、伸線加工時に焼付きが発生し、表面疵が発生していた。
【0055】
これらの結果から明らかな様に、線材表面に硫酸塩からなる第1層と、それを覆う第2層として、石鹸(金属石鹸も含む)や石灰石鹸等の潤滑皮膜を形成することによって、伸線加工性(即ち、潤滑性)が向上できていることが分かる。また本発明で形成される潤滑性皮膜はリンを含まないので浸リン現象を発生させることもない。
【0056】
実施例2
鋼種SCM435よりなる熱間圧延線材(線径:10mm)を760℃で球状化焼鈍し、この熱処理後の線材を酸洗して脱スケールし、次いで水洗した後、下記表3に示した条件(第1層処理条件および第2層処理条件)で浸漬処理して第1層および第2層を順次形成した。全皮膜の付着量は約8g/m2である(測定方法は前記の通り)。
【0057】
【表3】

【0058】
上記各種処理を行った伸線用線材について、線方向の切断面を切り出し、TEM観察した。多孔質である第1層と、第2層との区別は容易に付いた。3万〜15万倍の倍率で観察を行い、3視野について、それぞれ無作為に5箇所の第1層の厚さを測定し、平均したものを「第1層の厚さ」とした。結果を、下記表4に示す。
【0059】
また第1層(硫酸塩)のEDX分析を、3視野でそれぞれ無作為に3箇所測定し、SおよびOが、いずれの場所でも1atom%以上検出されることを確認した。あわせて検出される母材金属の主成分元素、アルカリ土類金属元素または芳香性アミンの必須元素であるNから、第1層(硫酸塩)の種類を判定した。結果を、下記表4に示す。
【0060】
SおよびOが、いずれも1atom%以上検出される場合、第1層の硫酸塩とし、それに該当しないとき第2層の石鹸が入り込んだ部分として、上記TEMの3視野にて、蛍光X線分析でのSおよびOの元素マッピングおよび画像解析(ImageJによる二値化)を行って、第1層中の第2層面積率を求め、平均したものを「第2層成分の面積率」とした。結果を、下記表4に示す。
【0061】
上記各種処理を行った伸線用線材について、補助潤滑剤を用いることなく、潤滑性(伸線性)を評価した。直径:10mm(10mmφ)の処理材を、9.5mmφ、8.3mmφ、7.45mmφ、6.3mmφ、4.9mmφ、3.6mmφと順に段階的に伸線加工を行い、伸線最終段階の荷重を測定すると共に、伸線加工後の表面状態(表面疵)を観察した。これらの結果を、下記表4に示す。
【0062】
【表4】

【0063】
この結果から、次のように考察できる。実験No.15〜24は、いずれも伸線が可能で、表面疵が発生していなかった(伸線加工性良好)。しかし第1層の厚さが薄い実験No.19、並びに第1層中の石鹸面積率が50%より大きい実験No.16、18および22は、それらの伸線荷重が高めであり、実験No.15、17、20、21、23および24よりも伸線加工性に劣ることが分かる。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】母材金属としてFeを、第1層の処理として硫酸水素カルシウムを、第2層の処理としてCa(OH)2を含む金属石鹸を使用して得られる塑性加工用金属材料断面の模式図である(縦線部分は母材金属を、横線部分は硫酸塩を、白抜き部分は石鹸成分を表す。この硫酸塩皮膜を第1層とし、硫酸塩皮膜よりも上にある石鹸成分を第2層とし、第1層の下にある石鹸成分を、第1層に入り込んだ第2層成分とする)。
【図2】第1層厚さの測定法を説明するための、塑性加工用金属材料断面の模式図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材金属の表面に潤滑皮膜を形成した塑性加工用金属材料において、前記母材金属の表面に、第1層として硫酸塩皮膜が形成されると共に、この第1層の表面に第2層として、石灰石鹸皮膜、金属石鹸皮膜或いは石鹸皮膜が形成されたものであることを特徴とする塑性加工用金属材料。
【請求項2】
前記硫酸塩は、アルカリ土類金属の硫酸塩または芳香族アミンの硫酸塩である請求項1に記載の塑性加工用金属材料。
【請求項3】
前記硫酸塩は、母材金属元素の硫酸塩;或いは母材金属の硫酸塩と、アルカリ土類金属の硫酸塩および/または芳香族アミンの硫酸塩との混合物;或いは母材金属と、アルカリ土類金属および/または芳香族アミンとを含む複合硫酸塩である請求項1に記載の塑性加工用金属材料。
【請求項4】
前記第1層の厚さは10〜1000nmであり、且つ前記第1層中に、断面の面積率換算で1〜50面積%の第2層成分が入り込んでいる請求項1〜3のいずれかに記載の塑性加工用金属材料。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の塑性加工用金属材料によって製造された塑性加工製品。
【請求項6】
母材金属の表面に潤滑皮膜を形成した塑性加工用金属材料を製造するに当り、母材金属を、硫酸水素塩水溶液に浸漬して母材金属表面に硫酸塩皮膜を第1層として形成した後、液状または固体状の石灰石鹸、金属石鹸、或いは石鹸と接触させて前記第1層上に石灰石鹸皮膜、金属石鹸皮膜、或いは石鹸皮膜を第2層として形成することを特徴とする塑性加工用金属材料の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−188673(P2008−188673A)
【公開日】平成20年8月21日(2008.8.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−1326(P2008−1326)
【出願日】平成20年1月8日(2008.1.8)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】