説明

塗料組成物、塗料組成物を用いた透明性保護膜の製造方法および透明性保護膜を有する有機ガラス

【課題】基材との密着性が高く、高い透明性と高い硬度を共に有する透明性保護膜が得られる新規の塗料組成物、また、その塗料組成物を用いた透明性保護膜の製造方法および透明性保護膜を有する有機ガラスを提供する。
【解決手段】本発明の塗料組成物は、シリル基を有する透明性高分子とポリシラザンとを含む原料高分子と、該原料高分子を溶解する乾燥溶媒と、の混合物からなる。乾燥溶媒に溶解された状態の透明性高分子とポリシラザンは、シリル基とポリシラザン分子との間で物理的に結合する。ポリシラザン分子は、物理的な結合により透明性高分子に固定され、透明性高分子とポリシラザンとの巨視的な相分離が抑制される。その結果、本発明の塗料組成物から得られる透明性保護膜は、ポリシラザンの分子から転化したシリカの粒子による光の散乱が低減され、透明度が高い。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、各種部材の表面を保護する透明な保護膜に関するものであり、保護膜を形成するための塗料組成物、保護膜の製造方法および保護膜を有する有機ガラスに関する。
【背景技術】
【0002】
シリコン系の被膜は、耐熱性、耐摩耗性、絶縁性などに優れているため、各種部材の表面を保護する保護膜として広く用いられている。シリコン系の被膜の成膜方法には、たとえば、ポリシラザン等の前駆体ポリマーが用いられる。ポリシラザンは、常温でもシリカへの転化反応が進み、その結果、石英ガラスと同じ物性のシリカが得られるため、耐熱温度の低い樹脂製の部材にも被膜を形成できる。ところが、シリカの被膜は非常に硬いため、クラックが生じやすく、成膜が難しいという問題がある。また、シリカの被膜は、表面に水酸基を有しない樹脂材料からなる基材の表面に形成されると、基材との密着性が低いという問題もある。
【0003】
上記の問題を解決するために、ポリシラザンとアクリル樹脂などの透明性高分子とを混合した塗料を用いる方法が提案されている。しかしながら、単にアクリル樹脂にポリシラザンを混合しただけでは、相分離をおこし不均一となり混和しない。このような不均一な混合物を塗料として用いても、基材表面に均一に塗装できないばかりか、透明な保護膜が得られない。
【0004】
そこで本発明者等は、水酸基を有する透明性高分子とポリシラザンとを含む原料高分子と、該原料高分子を溶解する有機溶媒と、の混合物からなる塗料組成物およびそれを用いて形成される透明性保護膜を発明するに至った(特許文献1および特許文献2参照)。ポリシラザンは、水酸基をもつ物質と反応して加水分解されるという性質をもつ。そのため、ポリシラザンの分子は、透明性高分子がもつ水酸基と結合して透明性高分子に固定される。その結果、透明性高分子とポリシラザンとの巨視的な相分離が抑制される。透明性高分子とポリシラザンの分子とは微視的に相分離して存在するため、透明性保護膜とした際に、ポリシラザンの分子から転化したシリカの粒子による光の散乱が低減される。その結果、透明性保護膜の透明度が向上する。
【特許文献1】特開2005−232275号公報
【特許文献2】特開2006−328220号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1および特許文献2に記載の透明性保護膜は、高い透明性と高い硬度を共に有し、基材との密着性にも優れる。しかしながら、ポリシラザンと水酸基とを反応させるため、原料高分子の種類や配合量、塗料組成物の調製条件によっては反応が進みにくく、塗布するまでに時間を要することがある。水酸基との反応が不十分であると、透明性保護膜の透明性や硬度が低下することもある。
【0006】
そこで、発明者等は、化学反応を用いることなく、透明性高分子とポリシラザンとの巨視的な相分離を抑制することができる新規の塗料組成物を発明するに至った。本発明は、基材との密着性が高く、高い透明性と高い硬度を共に有する透明性保護膜が得られる新規の塗料組成物、また、その塗料組成物を用いた透明性保護膜の製造方法および透明性保護膜を有する有機ガラスを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は、化学的な結合ではなく、物理的な相互作用により、透明性高分子とポリシラザンとの相分離を抑制できる新規の塗料組成物を発明するに至った。
【0008】
すなわち、本発明の塗料組成物は、シリル基を有する透明性高分子とポリシラザンとを含む原料高分子と、該原料高分子を溶解する乾燥溶媒と、の混合物からなることを特徴とする。ここで、「乾燥溶媒」とは、脱水された溶媒であって、ポリシラザンが加水分解されない程度まで脱水された溶媒を意味する。
【発明の効果】
【0009】
本発明の塗料組成物において、透明性高分子はシリル基を有する。透明性高分子とポリシラザンは、乾燥溶媒に溶解された状態で、シリル基とポリシラザン分子との間の凝集力(ファン・デル・ワールス力などの分子間力)により物理的に結合する。ポリシラザン分子は、物理的な結合により透明性高分子に固定され、透明性高分子とポリシラザンとの巨視的な相分離が抑制される。そして、透明性高分子とポリシラザン分子とは微視的に相分離する。その結果、本発明の塗料組成物から得られる透明性保護膜は、ポリシラザンの分子から転化したシリカの粒子による光の散乱が低減され、透明度が高い。
【0010】
また、シリル基とポリシラザン分子との物理的な結合は、化学反応を伴わず、乾燥溶媒に原料高分子(透明性高分子およびポリシラザン)を混合すると直ちに形成される。つまり、塗料調製後、直ちに、巨視的な相分離が抑制された塗料組成物が得られる。そのため、使用する直前に塗料組成物を調製しても、得られる透明性保護膜の特性に影響がない。
【0011】
ポリシラザンはシリカに転化するため、高硬度の透明性保護膜を得ることができる。さらに、ポリシラザンからシリカへの転化反応は常温でも進むため、高温で処理する必要がない。そのため、塗料組成物に含まれる透明性高分子の熱による劣化が抑制される。また、本発明の塗料組成物であれば、耐熱性が低く高温で処理できない材質からなる基材、移動が困難であったり組み立て後で分解が困難であったりして熱処理し難い装置、等に透明性保護膜を形成することも可能となる。
【0012】
また、本発明の塗料組成物を用いた透明性保護膜の製造方法は、基材の表面に上記本発明の塗料組成物を用いて透明性保護膜を形成する方法である。本発明の塗料組成物を用いた透明性保護膜の製造方法は、シリル基を有する透明性高分子とポリシラザンとを含む原料高分子と、該原料高分子を溶解する乾燥溶媒と、の混合物からなる塗料組成物を不活性雰囲気下で調製する調製工程と、
前記塗料組成物を基材の表面に塗布する塗布工程と、
前記基材の表面で前記ポリシラザンをシリカに転化させて該塗料組成物を硬化させ、透明性保護膜とする硬化工程と、
からなることを特徴とする。
【0013】
また、本発明の透明性保護膜を有する有機ガラスは、透明性を有する樹脂基材の表面に上記本発明の塗料組成物を用いて形成される透明性保護膜を備える。本発明の透明性保護膜を有する有機ガラスは、透明性を有する樹脂からなる透明樹脂基材と、
該透明樹脂基材の表面に塗布された、シリル基を有する透明性高分子とポリシラザンとを含む原料高分子と、該原料高分子を溶解する乾燥溶媒と、の混合物を含む塗料組成物が硬化されてなり、前記透明性高分子からなる有機部と、該シリル基の周囲で前記ポリシラザンが転化したシリカからなる無機部と、をもつ有機−無機ナノコンポジットからなる透明性保護膜と、
を備えることを特徴とする。
【0014】
上述のように、本発明の塗料組成物において、ポリシラザンの分子は、透明性高分子が有するシリル基に物理的に結合する。これを硬化させて形成される透明性保護膜は、シリル基に物理的に結合したポリシラザンの分子がシリカに転化することで、透明性高分子からなる有機部と、シリル基の周囲に位置するシリカからなる無機部と、をもつ有機−無機ナノコンポジットからなる。このとき、無機部は有機部にナノメーターレベルで分散するため、無機部による光の散乱が低減され、透明性保護膜は高い透明度を示す。有機−無機ナノコンポジットからなる透明性保護膜は、有機と無機の性質を合わせもつため、高硬度でありながら、割れや剥がれが生じ難い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下に、本発明の塗料組成物、塗料組成物を用いた透明性保護膜の製造方法および透明性保護膜を有する有機ガラスを実施するための最良の形態を説明する。
【0016】
[塗料組成物]
本発明の塗料組成物は、シリル基を有する透明性高分子とポリシラザンとを含む原料高分子と、原料高分子を溶解する乾燥溶媒と、の混合物からなる。本発明の塗料組成物において、ポリシラザンの分子は、既に述べたように、透明性高分子が有するシリル基に物理的に結合して存在する。
【0017】
透明性高分子は、シリル基を有する透明な高分子であれば特に限定はない。たとえば、シリル基を有するスチレン類、シリル基を有するアクリル系樹脂などが使用できる。このとき、透明性高分子の乾燥溶媒への溶解し易さや成膜性の点から、透明性高分子の数平均分子量が、5,000〜200,000、さらには、8,000〜30,000であるのが好ましい。
【0018】
また、透明性高分子は、シリル基をもつ単量体を含む重合体であってもよい。シリル基をもつ単量体が導入される透明性高分子を、「透明樹脂」と称する。透明樹脂にシリル基をもつ単量体を導入することにより、透明性高分子の分子量、透明性高分子が有するシリル基の量、シリル基の導入位置などを調整することができる。
【0019】
透明樹脂としては、クロロメチルスチレン、α−メチルスチレン、などのシリル基をもたないスチレン類(メトキシスチレンなどのアルコキシスチレン、ブチロメチルスチレンなどのハロゲン化メチルスチレン等を含む)を重合して得られる高分子、メチルメタクリレート、エチルメタクリレート、メチルアクリレート、などを重合して得られる高分子のアクリル樹脂、ポリビニルピリジン、ポリビニルカルバゾールなどが使用できる。また、上記以外にも、たとえば、ポリカーボネート、シクロオレフィン樹脂、脂環式オレフィン樹脂、環状オレフィン樹脂、脂環式アクリル樹脂、ポリアリレート樹脂、オレフィン系マレイミド樹脂、などの透明性を有する樹脂であれば使用することができる。なお、これらの透明樹脂のうちの1種または2種類以上を併用してもよい。
【0020】
透明性高分子のシリル基とポリシラザンの分子とは、それぞれが有する珪素原子の相互作用により、物理的な結合を形成する。そのため、シリル基の種類に特に限定はない。好適なシリル基として、−SiR(Rは、水素原子、アルキル基またはアリール基をそれぞれ独立にあらわす。)が挙げられる。Rがアルキル基であれば、その炭素数は、1〜5であるとよい。また、アリール基は、フェニル基であるのが好ましい。具体的なシリル基としては、トリメチルシリル基、トリエチルシリル基、tert−ブチルジメチルシリル基、トリイソプロピルシリル基、tert−ブチルジフェニルシリル基、等が挙げられ、透明性高分子は、これらのうちの1種以上を1つまたは複数1分子内に有するとよい。
【0021】
したがって、シリル基を有する単量体としては、トリメチルシリル−4−ビニルベンゾエート、1−トリメチルシリルオキシ−4−ビニルベンゼン、1−フェニルビニルトリメチルシリルエーテルなどのシリル基を有するスチレン類、2−トリメチルシリルオキシエチルメタクリレート、トリメチルシリルアクリレートなどのシリル基を有するアクリル樹脂、N(トリメチルシリルオキシ)メチルアクリルアミド、N(トリメチルシリル)メタクリルアミドなどのシリル基を有するアクリルアミド樹脂、イソプロペニルオキシトリメチルシラン、ジメチルエトキシビニルシランなどのシリル基を有するポリビニルアルコール樹脂、等が使用できる。なお、シリル基を有する単量体は、これらのうちの1種または2種類以上を併用してもよい。
【0022】
そして、透明樹脂にシリル基をもつ単量体を導入した重合体(透明性高分子)は、その重合方法に特に限定はなく、透明樹脂およびシリル基をもつ単量体の種類に合った重合方法を適宜選択すればよいが、通常、ラジカル重合や、アニオン重合、カチオン重合、メタセシス重合、リビングカチオン重合、などの方法で合成される。
【0023】
本発明の塗料組成物において用いられるポリシラザンは、(−Si−N−)で表される重合体からなり、通常、Si(珪素原子:4価)の2つの結合手およびN(窒素原子:3価)の1つの結合手には、水素原子や有機基が結合している。また、珪素原子や窒素原子の結合手に他の珪素原子や窒素原子が結合した環状構造や架橋構造を有するポリシラザンもある。そして、ポリシラザンは、水および酸素の存在下で分解して窒素原子と酸素原子とが置換する転化反応により硬化し、シリカとなる。
【0024】
原料高分子として用いられるポリシラザンは、通常、シリカの被膜の形成に用いられているポリシラザンであれば特に限定はない。特に好ましいのは、ペルヒドロポリシラザン(PHPS)である。PHPSは、硬化温度が低いため、本発明に適したポリシラザンである。また、部分メチル化ペルヒドロポリシラザンを用いてもよい。なお、2種以上のポリシラザンを混合して用いてもよい。
【0025】
なお、使用されるポリシラザンの分子量に特に限定はないが、ポリシラザンの乾燥溶媒への溶解し易さや成膜性の点、また、透明性保護膜の透明性の点から、その数平均分子量が、50〜10,000、さらには、500〜2,000であるのが好ましい。
【0026】
シリル基を有する透明性高分子とポリシラザンとの使用割合に特に限定はないが、ポリシラザンの使用割合が多いほど透明性保護膜の硬度は高くなる。具体的には、透明性高分子とポリシラザンとからなる原料高分子を100重量%としたときにポリシラザンが10重量%以上であるのが好ましい。ポリシラザンが10重量%以上であれば、十分な硬度を有する透明性保護膜を得ることができる。また、ポリシラザンが95重量%以下であるのが好ましく、透明性保護膜に生じる割れや剥離が抑制される。したがって、ポリシラザンは10〜95重量%であるのが好ましく、さらに好ましくは15〜95重量%である。
【0027】
また、透明性高分子は、シリル基をもつ成分を2mol%以上含むのが好ましい。ここで「シリル基をもつ成分を2mol%以上」とは、透明性高分子が、透明樹脂にシリル基を1つもつ単量体を導入した重合体である場合には、透明樹脂と単量体との合計を100mol%としたときの単量体の成分量である。そのため、単量体がシリル基を2つもつ場合には、半量でよい。ただし、透明性高分子は、透明樹脂にシリル基をもつ単量体を導入した重合体に限定されない。つまり、本質的には、透明性高分子中のシリル基の数を表している。シリル基をもつ成分を2mol%以上含んだ透明性高分子を用いた塗料組成物は、巨視的な相分離が効果的に抑制され、ポリシラザンの分散性が良好となる。その結果、本発明の塗料組成物より得られる透明性保護膜は、高硬度かつ高透明性を有する。
【0028】
なお、既に述べたように、透明性高分子は、透明樹脂にシリル基をもつ単量体を導入することにより、透明性高分子の大きさや、透明性高分子がもつシリル基の量や位置を調整することができる。その結果、隣接するシリル基の距離を調整することができる。たとえば、同一分子内で互いに隣接する2以上のシリル基とポリシラザン分子とを結合させたり、1つのシリル基に対して複数のポリシラザン分子を結合させたり、透明性高分子の特定の部分にポリシラザン分子を固定させたりすることが可能となる。同一分子内に2以上のシリル基が存在する場合には、隣接するシリル基間の距離を1.5nm以上さらには1.8〜2.5nmとするとよい。さらに、シリル基をもつ単量体の分子量や、単量体の有する官能基を選択することにより、他の機能を付加することも可能である。
【0029】
乾燥溶媒は、原料高分子を溶解し、ポリシラザンが加水分解されてゲル化しない程度まで脱水された溶媒であれば特に限定はない。溶媒が水を含むと、水との反応により塗料組成物のゲル化が進み好ましくないため、乾燥剤を用いるなどの方法により溶媒から水分を除去する。また、ポリシラザンは、水酸基と反応し易いため、水酸基を含まない溶媒を用いるほうがよい。
【0030】
本発明の塗料組成物に用いられる乾燥溶媒は、原料高分子を溶解し、シリル基とポリシラザン分子との物理的な結合を阻害しない必要がある。具体的には、芳香族炭化水素としてはベンゼン、トルエン、キシレンなど、エステルとしては酢酸エチル、酢酸n−ブチルなど、ケトン類としてはアセトン、メチルエチルケトンなど、エーテル類としてはジエチルエーテル、ジオキサン、テトラヒドロフランなど、また、クロロホルムやピリジン等が挙げられる。特に好ましいのは、酢酸エチルおよびテトラヒドロフランであり、上記溶媒のうちの1種または2種以上を混合して乾燥溶媒として用いればよい。塗料組成物が塗布される基材が樹脂であれば、酢酸エチルを用いるのが好ましい。
【0031】
ところが、透明性高分子に対して良溶媒である乾燥溶媒は、耐薬品性の低い材料に対しても良溶媒であるため、たとえば、樹脂基材に塗料組成物を塗布すると塗料組成物との接触面で溶解して劣化する虞がある。そこで、乾燥溶媒として、透明性高分子およびポリシラザンに対して良溶媒である第一乾燥溶媒と、少なくとも透明性高分子に対して貧溶媒である第二乾燥溶媒と、からなる混合乾燥溶媒を用いてもよい。
【0032】
第一乾燥溶媒および第二乾燥溶媒としては、互いに混和し、混合乾燥溶媒としたときに原料高分子を分散可能な溶媒を選択して用いるのが好ましい。第一乾燥溶媒は、透明性高分子およびポリシラザンに対して良溶媒である。したがって、第一乾燥溶媒として好ましい有機溶媒は上記の有機溶媒、つまり具体的には、芳香族炭化水素としてはベンゼン、トルエン、キシレンなど、エステルとしては酢酸エチル、酢酸n−ブチルなど、ケトン類としてはアセトン、メチルエチルケトンなど、エーテル類としてはジエチルエーテル、ジオキサン、テトラヒドロフランなど、また、クロロホルムやピリジン等が挙げられる。第一乾燥溶媒は、透明性高分子およびポリシラザンに対して良溶媒であるため、第二乾燥溶媒と混合された状態であっても、混合乾燥溶媒に原料高分子を溶解することが可能である。
【0033】
第二乾燥溶媒は、少なくとも透明性高分子に対して貧溶媒であればよく、透明性高分子に対して貧溶媒でありポリシラザンに対して良溶媒であってもよい。具体的には、シクロヘキサン、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、デカリン、灯油、石油などを用いることができる。特に好ましいのは、シクロヘキサンおよびデカリンであり、これらのうちの1種または2種以上を併用してもよい。
【0034】
第一乾燥溶媒と第二乾燥溶媒との組み合わせに特に限定はなく、用いる原料高分子の種類や量、成膜時の揮発条件、等に応じて、上記の第一乾燥溶媒の1種以上と上記の第二乾燥溶媒の1種以上と、を適宜選択して混合すればよい。
【0035】
第二乾燥溶媒の割合は、塗料組成物の調製方法、用いる原料高分子の種類や量、溶媒の種類にもよるが、混合乾燥溶媒を100体積%としたときに10〜90体積%であるのが好ましい。第二乾燥溶媒が10体積%以上であれば、塗料組成物を塗装する基材の劣化を良好に抑制することができる。第二乾燥溶媒が90体積%以下であれば、原料高分子のうち特に透明性高分子を高濃度で用いることができる。また、透明性高分子の濃度が高いと、塗料組成物の粘度が高くなるため、一度の塗装により膜厚の厚い塗膜を形成することができる。第二乾燥溶媒は、さらに好ましくは、20〜80体積%であり、基材の劣化をさらに抑制できるとともに、透明性高分子をさらに高濃度で用いることができる。
【0036】
また、塗料組成物を100重量%としたとき、透明性高分子を10〜90重量%、さらには30〜65重量%含むのがよい。透明性高分子の配合量がこの範囲であれば、使用する透明性高分子の分子量にもよるが、塗料組成物は基材に塗布しやすく、成膜性にも優れる。
【0037】
なお、本発明の塗料組成物は、上記の実施の形態に限定されるものではなく、他の機能を追加するために、必要に応じて、乾燥促進剤や紫外線吸収剤、帯電防止剤などの別の物質を混合してもよい。
【0038】
[塗料組成物を用いた透明性保護膜の製造方法]
本発明の塗料組成物を用いた透明性保護膜の製造方法は、上記塗料組成物を調製する調製工程と、塗料組成物を基材の表面に塗布する塗布工程と、塗料組成物を硬化させる硬化工程と、を備える。
【0039】
調製工程は、シリル基を有する透明性高分子とポリシラザンとを含む原料高分子と、該原料高分子を溶解する乾燥溶媒と、の混合物からなる塗料組成物を不活性雰囲気下で調製する工程である。前述したように、ポリシラザンは、水蒸気や酸素が存在する空気中で、ゲル化や転化が進行する。そのため、ポリシラザンの反応性が低い不活性な雰囲気下で、塗料組成物を調製する必要がある。たとえば、水を含まない窒素ガスや希ガスなどの不活性ガス雰囲気中で調製するのが望ましい。ポリシラザンの分子は、調製後直ちに、透明性高分子が有するシリル基に物理的に結合する。
【0040】
ただし、基材が樹脂からなる樹脂基材である場合には、乾燥溶媒は、透明性高分子およびポリシラザンに対して良溶媒である第一乾燥溶媒と、樹脂に対して貧溶媒である第二乾燥溶媒と、からなる混合乾燥溶媒であるのが望ましい。第一乾燥溶媒および第二乾燥溶媒に用いられる有機溶媒は既に述べた通りであり、第二乾燥溶媒に関しては、樹脂基材の種類に応じて選択すればよい。なお、乾燥溶媒として、第二乾燥溶媒を用いる場合には、調製工程において第一乾燥溶媒に原料高分子を溶解して混合物を調製し、その後さらに第二乾燥溶媒を添加するとよい。第二乾燥溶媒の添加は、不活性な雰囲気下で行うのが望ましいが、第二乾燥溶媒中への水の溶解性は低いため、大気中で行ってもよい。第二乾燥溶媒を添加する方法に特に限定はなく、たとえば、所定の量の第二乾燥溶媒を一度に添加してもよいし、少量ずつ分割して添加してもよい。ただし、第二乾燥溶媒を溶液に添加すると、原料高分子に対して良溶媒である第一乾燥溶媒の濃度が低下して原料高分子が析出することがあるが、析出物を除去すれば塗料組成物として良好に用いることができる。
【0041】
塗布工程において、塗料組成物が塗布される基材の種類に限定はなく、たとえば、金属製の基材の他、樹脂基材にも塗布することができる。特に、樹脂基材は、透明性を有する樹脂からなるのが望ましい。樹脂基材としては、ポリカーボネート、ポリアセタール、ポリアミド、ポリメチルメタクリレート、ポリメチルアクリレート、シクロオレフィン樹脂などのエンジニアリングプラスチックなどが望ましい。
【0042】
また、塗布工程は、通常用いられる塗工法であればスプレー法、スピンコート法などが適用可能であるが、ディップコート法またはフローコート法により塗料組成物を塗布する工程であるのが望ましい。ディップコート法やフローコート法は、基材の表面が塗料組成物(乾燥溶媒)に長時間さらされないので、溶媒による基材の劣化が抑制される。
【0043】
硬化工程は、基材の表面でポリシラザンをシリカに転化させて塗料組成物を硬化させ、透明性保護膜とする工程である。塗料組成物中では、透明性高分子とポリシラザンとが溶媒中に微視的に相分離した状態で存在する。硬化工程では、水と酸素の存在下において、乾燥溶媒が揮発すると共にポリシラザンの分子がシリカへと転化することにより、透明性保護膜が形成される。
【0044】
さらに、塗料組成物中の透明性高分子や基材を劣化させない程度の温度であれば、硬化工程において焼成することによりポリシラザンの転化を促進させることも可能であり、より短時間で塗料組成物が硬化する。なお、ポリシラザンのガラス転移温度以下での焼結であれば、塗料組成物がもつ微視的な構造が失われることはない。
【0045】
[透明性保護膜を有する有機ガラス]
本発明の透明性保護膜を有する有機ガラスは、透明性を有する樹脂からなる透明樹脂基材と、透明樹脂基材の表面に塗布された本発明の塗料組成物からなる有機−無機ナノコンポジットからなる透明性保護膜と、を備える。なお、本発明の有機ガラスは、既に説明した本発明の透明性保護膜の製造方法により製造される。
【0046】
本発明の透明性保護膜を有する有機ガラスにおいて、透明樹脂基材は、高透明度を有するエンジニアリングプラスチックなどが好ましく、特にポリカーボネートが好ましい。ポリカーボネートは、寸法安定性に優れ難燃性であるため、有機ガラスの基材として好適であるが、耐薬品性に劣る。そのため、ポリカーボネート板のような透明樹脂基材を用いる場合には、乾燥溶媒として、基材の樹脂に対して品溶媒である第二乾燥溶媒を含む上記の乾燥混合溶媒を用いるのが好ましい。乾燥混合溶媒を用いることで、塗料組成物を透明樹脂基材に塗布する際に発生する白化が低減され透明性が損なわれないため、透明性の高い有機ガラスが得られる。特に、酢酸エチル(第一乾燥溶媒)およびシクロヘキサン(第二乾燥溶媒)を含む混合乾燥溶媒を用いるのがよい。
【0047】
透明性保護膜は、透明樹脂基材の表面に塗布された本発明の塗料組成物が硬化されてなり、透明性高分子からなる有機部と、シリル基の周囲でポリシラザンが転化したシリカからなる無機部と、をもつ有機−無機ナノコンポジットからなる。このような透明性保護膜を有する本発明の有機ガラスは、透明度が高く、また、シリカからなる無機部により表面の硬度が高く耐擦傷性に優れ、軽量で無機ガラスと同等な特性を有する。そのため、バックウィンドウガラスやサンルーフ等の自動車用ガラスとして好適である。
【0048】
また、透明性保護膜は、その膜厚が10μm以下であっても、優れた耐擦傷性を示す。したがって、透明性保護膜の膜厚を増加させる必要がないため、仮に透明性保護膜の透明度よりも樹脂基板の透明度が高い場合でも、樹脂基板の透明性を保持することができ、高透明度かつ表面硬度の高い有機ガラスとなる。透明性保護膜の膜厚に特に限定はないが、0.5μm以上であれば、保護膜として充分な機能を発揮するため好ましい。さらに好ましい透明性保護膜の膜厚は、1〜30μmである。膜厚が0.5μm未満では所望の硬度および耐摩耗性が得られないことがあり、30μmを超えると硬化時に発生する応力によりクラックが発生したり密着性が低下したりすることがある。
【0049】
以上、本発明の塗料組成物および塗料組成物を用いた透明性保護膜の製造方法および透明性保護膜を有する有機ガラスの実施形態を説明したが、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。本発明の要旨を逸脱しない範囲において、当業者が行い得る変更、改良等を施した種々の形態にて実施することができる。
【実施例】
【0050】
以下に、本発明の実施例および比較例を、表を用いて説明する。
【0051】
[塗料組成物の調製]
[塗料1]
透明性高分子としてポリ(メチルメタクリレート-co-2-(トリメチルシリルオキシ)エチルメタクリレート)を原子移動ラジカル重合により合成した。各成分は、メチルメタクリレート:94.3mol%、(トリメチルシリルオキシ)エチルメタクリレート:5.7mol%、数平均分子量は1.45×10であった。なお、透明性高分子の各成分のモル分率はH原子を用いた核磁気共鳴吸収法(NMR)により、また、数平均分子量はゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)により測定した。
【0052】
次に、透明性高分子0.2gを、金属ナトリウムにより脱水された2.25mlの酢酸エチル(第一乾燥溶媒)に溶解した。その後、窒素雰囲気下、室温にて、ペルヒドロポリシラザン−キシレン溶液(AZエレクトロニックマテリアルズ製NN−110;PHPS濃度20重量%、数平均分子量700)を1.59ml加え、10分間攪拌した。なお、キシレンは、透明性高分子に対して良溶媒(第一乾燥溶媒)である。撹拌後の混合溶液に、大気下にて、1.10mlのシクロヘキサン(第二乾燥溶媒)を一度に添加し攪拌して、塗料1を調製した。
【0053】
[塗料2]
各成分が、メチルメタクリレート:88.0mol%、(トリメチルシリルオキシ)エチルメタクリレート:12.0mol%、数平均分子量は1.89×10である原子移動ラジカル重合により合成したポリ(メチルメタクリレート-co-2-(トリメチルシリルオキシ)エチルメタクリレート)を透明性高分子として用いた他は、塗料1と同様にして塗料2を調製した。
【0054】
[塗料3]
各成分が、メチルメタクリレート:86.3mol%、ヒドロキシエチルメタクリレート:13.7mol%、数平均分子量は3.3×10である原子移動ラジカル重合により合成したポリ(メチルメタクリレート-co-2-ヒドロキシエチルメタクリレート)を透明性高分子として用い、NN−110を加えた後の撹拌を24時間とした他は、塗料1と同様にして塗料3を調製した。
【0055】
【表1】

【0056】
[有機ガラスの製造]
調製された塗料1〜3を、調製後直ちに、ポリカーボネート押し出し成形板(三菱ガス化学製ユーピロンシート(NF−2000):150mm×100mm×1.0mm、以下「PC板」と記載)の表面にフローコート法により塗布した。塗布後、室温で24時間乾燥し、PC板の表面に透明性保護膜を有する有機ガラスである試料1〜3を得た。試料1〜3のそれぞれの透明性保護膜を100重量%としたときのシリカの割合(計算値)と透明性保護膜の膜厚を表2に示す。
【0057】
<試料の評価>
上記の手順で得られた試料を評価するために、試料の透明性を測定した。各試料の透明性は、紫外可視分光光度計(日本分光製JascoV−530)を用い、200〜1100nmの測定波長範囲で行った。測定結果を表2に示す。なお、表2において、○はPC板と同等の透明性、△は僅かに不透明、×は不透明、をそれぞれ示す。試料1〜3では、濁りが無く、透明性保護膜に割れや剥がれも見られない良好な外観であった。
【0058】
また、各試料について、透明性保護膜を有する表面の表面硬度および弾性率を測定した。表面硬度および弾性率は、ナノインデンテーション法により測定した。ナノインデンターには、原子間力顕微鏡(AFM:SHIMADZU社製SPM9500J2)に取り付けたHYSITORON社製Toriboscopeを用いた。なお、ナノインデンテーション法によれば、基板の影響を受けずに、透明性保護膜そのものの硬度、弾性率を測定することができる。表面硬度および弾性率の測定結果を表2に示す。
【0059】
試料1〜3は、いずれも高い表面硬度および弾性率を有した。ただし、試料3において、塗料3の調製時の撹拌時間を、塗料1および2と同程度(試料1および2では10分間)とすると、水酸基とPHPSとの化学反応が不十分となり、得られる透明性保護膜の硬度および弾性率は低下する。
【0060】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリル基を有する透明性高分子とポリシラザンとを含む原料高分子と、該原料高分子を溶解する乾燥溶媒と、の混合物からなることを特徴とする塗料組成物。
【請求項2】
前記シリル基は、−SiR(Rは水素原子、アルキル基またはアリール基をそれぞれ独立にあらわす。)で示される請求項1記載の塗料組成物。
【請求項3】
前記アルキル基の炭素数は、1〜5である請求項2記載の塗料組成物。
【請求項4】
前記アリール基は、フェニル基である請求項2記載の塗料組成物。
【請求項5】
前記原料高分子を100重量%としたときに、前記ポリシラザンを10〜95重量%含む請求項1記載の塗料組成物。
【請求項6】
前記透明性高分子は、前記シリル基を有する成分を2mol%以上含む請求項1記載の塗料組成物。
【請求項7】
前記乾燥溶媒は、前記透明性高分子および前記ポリシラザンに対して良溶媒である第一乾燥溶媒と、少なくとも該透明性高分子に対して貧溶媒である第二乾燥溶媒と、からなる混合乾燥溶媒である請求項1記載の塗料組成物。
【請求項8】
前記第一乾燥溶媒は酢酸エチルおよび/またはテトラヒドロフラン、前記第二乾燥溶媒はシクロヘキサンおよび/またはデカリンである請求項7記載の塗料組成物。
【請求項9】
シリル基を有する透明性高分子とポリシラザンとを含む原料高分子と、該原料高分子を溶解する乾燥溶媒と、の混合物からなる塗料組成物を不活性雰囲気下で調製する調製工程と、
前記塗料組成物を基材の表面に塗布する塗布工程と、
前記基材の表面で前記ポリシラザンをシリカに転化させて該塗料組成物を硬化させ、透明性保護膜とする硬化工程と、
からなることを特徴とする塗料組成物を用いた透明性保護膜の製造方法。
【請求項10】
前記基材は樹脂からなる樹脂基材であり、
前記乾燥溶媒は前記透明性高分子および前記ポリシラザンに対して良溶媒である第一乾燥溶媒と、該樹脂に対して貧溶媒である第二乾燥溶媒と、からなる混合乾燥溶媒である請求項9記載の塗料組成物を用いた透明性保護膜の製造方法。
【請求項11】
前記第一乾燥溶媒は酢酸エチルおよび/またはテトラヒドロフラン、前記第二乾燥溶媒はシクロヘキサンおよび/またはデカリンである請求項10記載の塗料組成物を用いた透明性保護膜の製造方法。
【請求項12】
前記塗布工程は、ディップコート法またはフローコート法で塗布する工程である請求項9記載の塗料組成物を用いた透明性保護膜の製造方法。
【請求項13】
透明性を有する樹脂からなる透明樹脂基材と、
該透明樹脂基材の表面に塗布された、シリル基を有する透明性高分子とポリシラザンとを含む原料高分子と、該原料高分子を溶解する乾燥溶媒と、の混合物を含む塗料組成物が硬化されてなり、前記透明性高分子からなる有機部と、該シリル基の周囲で前記ポリシラザンが転化したシリカからなる無機部と、をもつ有機−無機ナノコンポジットからなる透明性保護膜と、
を備えることを特徴とする透明性保護膜を有する有機ガラス。
【請求項14】
前記透明樹脂基材は、ポリカーボネートである請求項13記載の透明性保護膜を有する有機ガラス。
【請求項15】
前記乾燥溶媒は前記透明性高分子および前記ポリシラザンに対して良溶媒である第一乾燥溶媒と、前記樹脂に対して貧溶媒である第二乾燥溶媒と、からなる混合乾燥溶媒である請求項13または14記載の透明性保護膜を有する有機ガラス。
【請求項16】
前記乾燥溶媒は、酢酸エチルおよびシクロヘキサンを含む混合乾燥溶媒である請求項15記載の透明性保護膜を有する有機ガラス。

【公開番号】特開2009−96901(P2009−96901A)
【公開日】平成21年5月7日(2009.5.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−270801(P2007−270801)
【出願日】平成19年10月18日(2007.10.18)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成19年5月10日、社団法人 高分子学会発行「高分子学会予稿集 56巻1号」(CD−ROM)第971ページ
【出願人】(000003218)株式会社豊田自動織機 (4,162)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】