説明

塗装方法

【課題】塗装工程内で塗着ノンブラ値を迅速に検出することができ、優れた塗装外観を得ることができる塗装方法を提供する。
【解決手段】ベルカップの回転により霧化された塗料をシェーピングエアで包囲して被塗装面に案内する塗装手段1により回転霧化塗装を行う塗装工程内で、未乾燥の塗膜の赤外線吸光度を測定し、該赤外線吸光度から第1の塗着ノンブラ値を算出する。算出された第1の塗着ノンブラ値を、塗装外観の仕上がりに対応する最適な値として予め設定された第2の塗着ノンブラ値と比較する。前記比較結果に基づいて、前記塗料が前記シェーピングエアにより案内される空間における温度または湿度を制御する。前記塗料が溶剤系塗料であるときに、前記比較結果に基づいて、前記シェーピングエアの温度を制御する。前記塗料が水系塗料であるときに、前記比較結果に基づいて、前記シェーピングエアの湿度を制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車のボディ等に塗装を施す方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、自動車のボディ等の塗装は、一般に回転霧化塗装により行われている。前記回転霧化塗装に用いられる塗装装置は、円筒状の本体と、該本体の先端に回転自在に装着されたベルカップとを備え、該ベルカップの回転により霧化された塗料の周囲をシェーピングエアにより包囲して被塗装面に案内するものである(例えば特許文献1参照)。
【0003】
前記回転霧化塗装では、前記シェーピングエアが周囲の雰囲気を巻き込むので、周囲の雰囲気の温度、湿度等が塗装外観の仕上がりに影響する。そこで、塗装工程内に雰囲気の温度、湿度等が調整されたブースを設け、該ブース内で前記回転霧化塗装を行うことが知られている。(例えば特許文献2参照)。
【0004】
ところが、前記ブース内の雰囲気の温度、湿度等の調整を行うには、大掛かりな装置と多大なエネルギーとを必要とし、コストの増大が避けられない。また、前記ブース内の雰囲気の温度、湿度等の調整を行う際に、調整能力が不足すると、適正な温度、湿度等が得られないことがある。
【0005】
一方、塗装の外観品質を評価する指標の1つとして、塗着ノンブラ値がある。前記塗着ノンブラ値(以下、塗着NV値と略記することがある)は、塗料中の溶剤の乾燥による減量を示す数値であり、次式(1)で表される。
【0006】
【数1】

【0007】
塗装外観は塗着NV値との間に相関関係があると考えられ、塗装の仕上がりにとって非常に重要なファクターである。
【0008】
しかしながら、前記塗着NV値を実測により求めようとするときには、前式(1)から明らかなように、塗着時及び乾燥後の塗膜重量が必要であるという不都合がある。前記塗料の乾燥は、通常は前記塗装工程に続くオーブン等で行われ、時間がかかるため、塗装工程内で塗着NV値を検出することは難しい
【特許文献1】特開平8−108104号公報
【特許文献2】特開2003−154296号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、かかる不都合を解消して、塗装工程内で塗着ノンブラ値を迅速に検出することができ、優れた塗装外観を得ることができる塗装方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
かかる目的を達成するために、本発明の塗装方法は、ベルカップの回転により霧化された塗料をシェーピングエアで包囲して被塗装面に案内する塗装手段により回転霧化塗装を行う塗装工程内で、未乾燥の塗膜の赤外線吸光度を測定し、該赤外線吸光度から第1の塗着ノンブラ値を算出する工程と、算出された第1の塗着ノンブラ値を、塗装外観の仕上がりに対応する最適な値として予め設定された第2の塗着ノンブラ値と比較する工程と、前記比較結果に基づいて、前記塗料が前記シェーピングエアにより案内される空間における温度または湿度を制御する工程とを備えることを特徴とする
本発明の塗装方法は、ベルカップの回転により霧化された塗料をシェーピングエアで包囲して被塗装面に案内する塗装手段により回転霧化塗装を行うものである。本発明の塗装方法では、まず、前記回転霧化塗装を行う塗装工程内で、未乾燥の塗膜の赤外線吸光度を測定し、該赤外線吸光度から第1の塗着ノンブラ値を算出する。前記第1の塗着ノンブラ値は、例えば、前記未乾燥の塗膜の赤外線吸光スペクトルの波数とスペクトル強度とを多変量解析することにより算出される。この結果、前記塗装工程内で、第1の塗着ノンブラ値を迅速に検出することができる。
【0011】
そこで、次に、算出された第1の塗着ノンブラ値を、塗装外観の仕上がりに対応する最適な値として予め設定された第2の塗着ノンブラ値と比較する。そして、前記比較結果に基づいて、前記塗料が前記シェーピングエアにより案内される空間における温度または湿度を制御する。前記温度または湿度の制御は、例えばフィードバック制御により行うことができ、この結果、第1の塗着ノンブラ値を、容易に第2の塗着ノンブラ値に近づけることができる。
【0012】
従って、本発明の塗装方法によれば、厳密に調整された空気条件下でなくとも前記回転霧化塗装により、優れた外観品質を得ることができる。
【0013】
前記温度または湿度の制御は、前記塗料が溶剤系塗料であるときには、前記比較結果に基づいて、前記シェーピングエアの温度を制御することにより行う。また、前記塗料が水系塗料であるときには、前記比較結果に基づいて、前記シェーピングエアの湿度を制御することにより行う。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
次に、添付の図面を参照しながら本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明する。図1は塗着NV値と塗装外観との関係を示すグラフであり、図2は本実施形態の一態様を示すブロック図であり、図3は未乾燥の塗膜の赤外線吸光スペクトルであり、図4はNV値の実測値と計算値との関係を示すグラフである。また、図5は溶剤系塗料を塗装する際のシェーピングエアの温度と塗着NV値との関係を示すグラフであり、図6は水系塗料を塗装する際のシェーピングエアの湿度と塗着NV値との関係を示すグラフである。
【0015】
自動車のボディは、まず、塗装工程において所定の塗装が施された後、乾燥工程に進み、オーブン中で前記塗装の乾燥、焼き付けが行われる。前記塗装と、乾燥、焼き付けとは、一般に下塗り塗装、中塗り塗装、上塗りベース塗装、上塗りクリア塗装等の各塗装毎に繰り返される。
【0016】
前記塗装を、ベルカップの回転により霧化された塗料をシェーピングエアで包囲して被塗装面に案内する塗装装置を用いる回転霧化塗装で行う場合、前記シェーピングエアが周囲の雰囲気を巻き込むので、雰囲気が変動すると所望の塗装外観が得られないことがある。前記塗装外観は、例えば、BYK−Gardner社製ウェーブスキャン(商品名)により測定することにより数値化することができ、このようにして数値化された塗装外観と塗着ノンブラ値(塗着NV値)との間には、相関関係があることが知られている。
【0017】
例えば図1に、1つの塗装における塗装外観と塗着NV値との関係を示す。図1において、塗装外観は、乾燥、焼き付け後の被塗装面の外観を、BYK−Gardner社製ウェーブスキャン(商品名)により測定することにより得られた数値である。また、塗着NV値は、次式(1)で表される数値であり、乾燥、焼き付け後の実測値である。
【0018】
【数2】

【0019】
図1から、塗装外観と塗着NV値との間には、相関関係があることが明らかであり、塗着NV値を用いて、前記塗料が前記シェーピングエアにより案内される空間における温度または湿度を制御することが考えられる。ところが、前記塗着NV値を実測により求めようとすると、前式(1)から明らかなように塗着時及び乾燥後の塗膜重量が必要である。塗着時の塗膜重量を知るには、ボディーのウェット塗膜(未乾燥塗膜)をかき取らなければならず、商品の損傷が避けられないという問題がある。また、乾燥後の塗膜重量は乾燥、焼き付け後でなければわからないので、前記塗着NV値の算出に時間がかかるという問題がある。前記塗着NV値の検出に時間を要すれば、その間に塗装装置周辺の雰囲気が変化することが考えられ、検出された塗着NV値に基づいて前記塗料が前記シェーピングエアにより案内される空間における温度または湿度を制御してみても意味が無い。
【0020】
そこで、本実施形態の塗装方法では、図2に示すように、まず、温度、湿度等の空気条件を厳密に調整していない塗装工程内で、塗装装置1により自動車のボディWに回転霧化塗装を施し、塗装直後のボディWについて、NV値分析部2により未乾燥の塗膜の赤外線吸光度を測定する。次に、NV値分析部2は、測定した赤外線吸光度、具体的には所定の範囲の波数と、該範囲の各波数毎の吸光度(スペクトル強度)とを塗着NV値制御装置3に送る。
【0021】
塗着NV値制御装置3は、NV値検出部4、比較部5、温湿度調節部6、温湿度操作部7を備えている。そこで、NV値分析部2により測定された赤外線吸光度は、NV値検出部4で処理され、第1の塗着NV値が算出される。算出された第1の塗着NV値は、比較部5に送られる。
【0022】
比較部5には、別途、塗装外観の仕上がりに対応する最適な値として予め設定された第2の塗着ノンブラ値が入力されるようになっており、比較部5は、NV値検出部4で算出された第1の塗着NV値と、第2の塗着ノンブラ値とを比較し、その比較の結果を、温湿度調節部6に出力する。
【0023】
温湿度調節部6は、比較部5から入力される第1の塗着NV値と、第2の塗着ノンブラ値との差に基づいて、塗装装置1のシェーピングエアの温度または湿度を変更し、変更された数値を温湿度操作部7に出力する。このとき、温湿度調節部6は、塗装装置1で用いられる塗料が溶剤系塗料である場合には前記シェーピングエアの温度を変更し、塗装装置1で用いられる塗料が水系塗料である場合には前記シェーピングエアの湿度を変更する。
【0024】
温湿度操作部7は、温湿度調節部6から入力されるシェーピングエアの温度または湿度を変更する数値に基づいて、該シェーピングエアの温度または湿度を実際に変更して塗装装置1に出力する。そして、塗装装置1は、変更された前記シェーピングエアの温度または湿度により、次のボディWに塗装を施す。
【0025】
本実施形態の塗装方法において、塗装装置1は、円筒状の本体と、該本体の先端に回転自在に装着されたベルカップとを備え、該ベルカップの回転により霧化された塗料の周囲をシェーピングエアにより包囲して被塗装面であるボディWの表面に案内する構成を備えている。塗装装置1としては、それ自体公知の装置を用いることができる。
【0026】
NV値分析部2は、塗装直後のボディWについて、未乾燥の塗膜の赤外線吸光度を測定する装置である。NV値分析部2により得られた赤外線吸光スペクトルの1例を図3に示す。図3は、溶剤としてのシンナーと、塗膜(塗装の1分後及び6.5分後)との波数毎の吸光度(スペクトル強度)を示すものである。NV値分析部2は、例えば図3に示す赤外線吸光スペクトルをNV値検出部4に出力する。
【0027】
NV値検出部4は、例えば図3に示す赤外線吸光スペクトルから、第1の塗着NV値を算出する。図3から、シンナー、塗装1分後の塗膜、塗装6.5分後の塗膜は、いずれも波数5400〜6400cm−1の範囲でピークを取ることが明らかである。そこで、塗着NV値は次式(2)で表すことができる。
【0028】
【数3】

【0029】
NV値検出部4は、まず、前式(2)を用いて多変量解析を行って、係数A,B,・・・,Nを求め、塗着NV値の計算値を算出する。次に、前記のようにして算出された塗着NV値の計算値と、乾燥、焼き付け後に求められた塗着NV値の実測値との関係を図4に示す。
【0030】
図4から、前式(2)を用いる多変量解析によって算出された塗着NV値の計算値と、乾燥、焼き付け後に求められた塗着NV値の実測値との間には相関関係があることが明らかであり、図4に示す直線を検量線として塗着NV値の計算値から塗着NV値の実測値を求めることができることが明らかである。
【0031】
そこで、NV値検出部4は、前式(2)を用いる多変量解析によって算出された塗着NV値の計算値から、図4に示す直線を検量線として塗着NV値の実測値を求め、該実測値を第1のNV値として、比較部5に出力する。
【0032】
比較部5は、NV値検出部4で算出された第1の塗着NV値と、塗装外観の仕上がりに対応する最適な値として予め設定された第2の塗着NV値との大小を比較する。そして、前記比較の結果として、第1の塗着NV値と、第2の塗着ノンブラ値との差を、例えば第1の塗着NV値が第2の塗着ノンブラ値より大の場合は正の数値として、逆の場合は負の数値として、温湿度調節部6に出力する。
【0033】
温湿度調節部6は、塗装装置1の前記シェーピングエアの温度または湿度を設定する機能を有し、初期状態では、予め第2の塗着ノンブラ値に基づいて前記シェーピングエアの温度または湿度が設定されている。温湿度調節部6では、塗装装置1で用いられる塗料が溶剤系塗料である場合には前記シェーピングエアの温度が設定されており、塗装装置1で用いられる塗料が水系塗料である場合には前記シェーピングエアの湿度が設定されている。
【0034】
そこで、温湿度調節部6は、比較部5から入力される前記正または負の数値に基づいて、前記塗料が溶剤系塗料である場合には前記シェーピングエアの設定温度を変更し、前記塗料が水系塗料である場合には前記シェーピングエアの設定湿度を変更する。
【0035】
前記塗料が溶剤系塗料である場合、塗着NV値と前記シェーピングエアの温度との間には、図5に示すような関係がある。そこで、温湿度調節部6は、例えば、比較部5から入力される数値が正の数値であった場合には、第1の塗着NV値が第2の塗着NV値より大であると判断し、第1の塗着NV値を第2の塗着NV値に一致させるために、前記シェーピングエアの温度を予め設定されている温度よりも低い温度として新たに設定する。また、比較部5から入力される数値が負の数値であった場合には、第1の塗着NV値が第2の塗着NV値より小であると判断し、第1の塗着NV値を第2の塗着NV値に一致させるために、前記シェーピングエアの温度を予め設定されている温度よりも高い温度として新たに設定する。
【0036】
一方、前記塗料が水系塗料である場合、塗着NV値と前記シェーピングエアの温度との間には、図6に示すような関係がある。そこで、温湿度調節部6は、例えば、比較部5から入力される数値が正の数値であった場合には、第1の塗着NV値が第2の塗着NV値より大であると判断し、第1の塗着NV値を第2の塗着NV値に一致させるために、前記シェーピングエアの湿度を予め設定されている湿度よりも高い湿度として新たに設定する。また、比較部5から入力される数値が負の数値であった場合には、第1の塗着NV値が第2の塗着NV値より小であると判断し、第1の塗着NV値を第2の塗着NV値に一致させるために、前記シェーピングエアの湿度を予め設定されている湿度よりも低い湿度として新たに設定する。
【0037】
そして、温湿度調節部6は、新たに設定された前記シェーピングエアの温度または湿度を温湿度操作部7に出力する。
【0038】
温湿度操作部7は、塗装装置1の前記シェーピングエアの温度または湿度を、温湿度調節部6で設定された前記シェーピングエアの温度または湿度とする機能を有し、初期状態では、予め第2の塗着ノンブラ値に基づいて設定された温度または湿度とされている。温湿度操作部7は、温湿度調節部6から新たに設定された前記シェーピングエアの温度または湿度が入力されたならば、それまでの温度または湿度を直ちに新たに設定された温度または湿度に変更して、塗装装置1に出力する。
【0039】
従って、本実施形態の塗装方法によれば、厳密に温湿度を調整していない空気条件下における前記回転霧化塗装でも、塗装直後のボディWについて算出された第1の塗着NV値に基づいて、極く短時間で前記シェーピングエアの温度または湿度を変更することができ、優れた塗装外観を安定して得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】塗着NV値と塗装外観との関係を示すグラフ。
【図2】本発明の一実施形態を示すブロック図。
【図3】未乾燥の塗膜の赤外線吸光スペクトル。
【図4】NV値の実測値と計算値との関係を示すグラフ。
【図5】溶剤系塗料を塗装する際のシェーピングエアの温度と塗着NV値との関係を示すグラフ。
【図6】水系塗料を塗装する際のシェーピングエアの湿度と塗着NV値との関係を示すグラフ。
【符号の説明】
【0041】
1…塗装手段、 2…NV値分析部、 3…塗着NV値制御装置。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ベルカップの回転により霧化された塗料をシェーピングエアで包囲して被塗装面に案内する塗装手段により回転霧化塗装を行う塗装工程内で、未乾燥の塗膜の赤外線吸光度を測定し、該赤外線吸光度から第1の塗着ノンブラ値を算出する工程と、
算出された第1の塗着ノンブラ値を、塗装外観の仕上がりに対応する最適な値として予め設定された第2の塗着ノンブラ値と比較する工程と、
前記比較結果に基づいて、前記塗料が前記シェーピングエアにより案内される空間における温度または湿度を制御する工程とを備えることを特徴とする塗装方法。
【請求項2】
請求項1記載の塗装方法において、前記塗料が溶剤系塗料であるときに、前記比較結果に基づいて、前記シェーピングエアの温度を制御することを特徴とする塗装方法。
【請求項3】
請求項1記載の塗装方法において、前記塗料が水系塗料であるときに、前記比較結果に基づいて、前記シェーピングエアの湿度を制御することを特徴とする塗装方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−93533(P2008−93533A)
【公開日】平成20年4月24日(2008.4.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−276282(P2006−276282)
【出願日】平成18年10月10日(2006.10.10)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】