説明

塩酸リトドリン注射液製剤

【課題】従来、冷所保存とされていた塩酸リトドリン注射液を室温で長期間安定な製剤とし、かつ使い勝手に優れる製剤を提供すること。
【解決手段】塩酸リトドリンとして1mg/mL〜50mg/mL含有し、亜硫酸塩類等の抗酸化剤を含有しない高圧蒸気滅菌された注射液が充填されたプラスチック製容器と脱酸素剤とが酸素難透過性包材に封入されてなる塩酸リトドリン注射液製剤であって、上記プラスチック製容器が注射器であることが望ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塩酸リトドリンが溶解された液状の薬剤に関する。
【背景技術】
【0002】
塩酸リトドリン注射液は、切迫流産・早産治療剤として使用されている医薬品であり、ブドウ糖またはマルトース注射液に希釈したかたちで点滴静注することにより投与されるものである。塩酸リトドリン注射液の市販品の仕様はガラスアンプル充填品であり、貯法については抗酸化剤として添加されている亜硫酸塩と塩酸リトドリンとの反応生成物が生じないよう、5℃以下の冷蔵保存となっている。さらに、ガラスアンプル製剤であるので容器が割れやすく、さらに混注時にはアンプルカット時に生じるガラス片混入のおそれや、菌による汚染の可能性もある。
このようなガラスアンプル製剤の問題を解決するものとして、塩酸リトドリン0.05〜2mg/mL、亜硫酸塩類0.02〜0.3mg/mLと等張ないし高張濃度のブドウ糖もしくはマルトースを溶解した水溶液のpHを3.0〜4.0に調整し、加熱滅菌した注射剤が提案されている(特許文献1)。この注射剤は、希釈液であるブドウ糖又はマルトース水溶液に予め溶解したプレミックス製剤であり、用事希釈の必要がないが、一方でプレミックス製剤であるが故、製造時に投与時の濃度が予め規定されてしまうことになり、医療現場における使用時に濃度が調整できないために、却って使いづらいものとなっている。また、投与時のpHが3.0〜4.0と、生理的pHと比較して相当低いため、血管痛が起きやすく、患者のQOLの点からも好ましい製剤とはいい難いものであった。
【0003】
【特許文献1】特開平6−298640号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
塩酸リトドリン注射液は、上述したように抗酸化剤との付加反応による反応生成物が問題となっており、冷蔵下にて保管されてきた。より安全に医療現場に提供していくためには、ガラスアンプルではなく、シリンジ、特にプラスチック性のシリンジに充填したプレフィルドシリンジ製剤が求められている。しかし、プレフィルドシリンジ化すると、一般に冷蔵保存下ではアンプル・バイアル形態の品目が主として構成されているため想定外の形状となってしまうシリンジ形態の製剤では保管が煩雑になるので、室温下にて保存可能なプラスチック製のプレフィルドシリンジ製剤が提供されることが医療現場では望まれている。ところが、抗酸化剤との反応生成物が問題となる塩酸リトドリン注射液製剤にとって、より酸素コントロールのしにくいプラスチック容器に充填することは未だ実現されていなかった。従って本発明は、安定で長期間にわたって室温保管可能な塩酸リトドリン注射液製剤を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題に鑑み、塩酸リトドリン自体の分解を抑制するとともに、塩酸リトドリンと他の成分との付加反応生成物の生成を抑制すべく、鋭意検討した結果、本発明者らは、亜硫酸塩類等の抗酸化剤を処方から抜くことで塩酸リトドリン注射液の安定性を保つとともに、抗酸化剤で酸素吸収する役割を脱酸素剤にて担うことを試み本発明を完成するに至った。
即ち、上記課題は、以下の(1)〜(5)によって解決される。
(1)塩酸リトドリンを含有し、抗酸化剤を含有しない注射液が充填されたプラスチック製容器と脱酸素剤とが酸素難透過性包材に封入されてなる塩酸リトドリン注射液製剤。
(2)前記プラスチック製容器が注射器である上記(1)に記載の塩酸リトドリン注射液製剤。
(3)前記抗酸化剤が亜硫酸塩類である上記(1)または(2)に記載の塩酸リトドリン注射液製剤。
(4)前記注射液は高圧蒸気滅菌されたものである上記(1)〜(3)のいずれかに記載の塩酸リトドリン注射液製剤。
(5)前記酸素難透過性包材は遮光性を有するものである上記(1)〜(4)のいずれかに記載の塩酸リトドリン注射液製剤。
【発明の効果】
【0006】
本発明は、抗酸化剤を不含とし、塩酸リトドリン等との付加反応生成物の生成を抑制するとともに、酸化反応の抑制が、室温下において長期間維持されることを可能とし、室温保存可能な塩酸リトドリン注射液製剤を提供するものである。また、容器がプラスチック製であるので、破損のおそれもなく、ガラスフレークが注射液に混入するおそれもなくなった。また、容器をシリンジ等の注射器とすることによって、ブドウ糖注射液やマルトース注射液等の希釈液に短時間で容易かつ確実に混注することができるようになったため、医療現場に更なる安全と安心を提供するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明の塩酸リトドリン注射液製剤は、抗酸化剤を含有しない塩酸リトドリン水溶液からなる注射液をプラスチック製容器に充填し、密封したものを高圧蒸気滅菌したのち、脱酸素剤とともに酸素難透過性材に封入したもので、塩酸リトドリンの分解物や付加反応生成物の生成が抑制された安定な注射液製剤である。
【0008】
上記注射液中の塩酸リトドリンの濃度は、塩酸リトドリンとして1mg/mL〜50mg/mLとすることが望ましい。注射液には、塩化ナトリウム、ブドウ糖、マルトース、マンニトール、ソルビトール、マンノース、クエン酸ナトリウム、酢酸ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム、または乳酸ナトリウム等の等張化剤を適宜配合することができる。また、注射液のpHは特に規定されないが、投与時の低pHに起因する血管痛発生を防止するため、できるかぎりpHを中性域に近づけ、例えばpH4.5〜7.4とすることが望ましい。なお、処方上の他の要因などを考慮すると、概ねpH4.7〜5.5に設定される。また、この注射剤は、酢酸、氷酢酸、塩酸、クエン酸、乳酸、硫酸、コハク酸、L−アスパラギン酸、L−グルタミン酸、安息香酸、リン酸、リンゴ酸、アスコルビン酸、グルコン酸、またはニコチン酸等の酸性物質、水酸化ナトリウム、酢酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、乳酸ナトリウム、リン酸ニカリウム、リン酸三ナトリウム、リン酸水素ニナトリウム、または酢酸アンモニウム等の塩基性物質を添加することができる。なお、必要であればこれらの酸性物質や塩基性物質を用いてさらにpHを調整することも可能であるが、特にpH調整を行わなくとも概ね良好なpHを示す。なお、本発明に係る注射液中には、ピロ亜硫酸ナトリウムや亜硫酸水素ナトリウムに代表される亜硫酸塩等の抗酸化剤を含有していない。このため、本発明の製剤を常温にて保存しても塩酸リトドリンやその分解物と抗酸化剤との付加反応生成物の発生が抑制される。
【0009】
本発明におけるプラスチック製容器としては、ポリプロピレン、環状オレフィンホモポリマー、環状オレフィンコポリマー等の酸素透過性プラスチックを用いることができる。また、容器は、プラスチックアンプル、プラスチックバイアル等の形態とすることができるが、注射器の形態であることが好ましい。注射器としては、先端に注射針が取り付けられているか、注射針の取付部を有する外筒、該外筒の内側面と密接し外筒内部空間の後端開口側を密封するとともに外筒内を摺動可能なガスケット、該ガスケット後端に取り付けられるプランジャー、とで構成されるシリンジ形態のものが好ましい。この場合、注射液は上記内部空間に密封されている。ガスケットとしては上記した機能を有するものであれば良いが、ブチルゴム、イソプレンゴム等の合成ゴムや、スチレン系エラストマーやオレフィン系エラストマーを主成分としたエラストマー組成物などが形成材料として例示される。なお、注射器としては、容器自体を外部から押圧することにより充填された注射液が取り付けられた注射針から吐出するよう構成されているスポイト形状など、公知の種々の注射器の形状を採用することができる。
【0010】
本発明において使用される包材は酸素難透過性を有するものであり、該包材を形成する材料は、酸素透過性が無いか、あっても極めて低いものであり、例えば、アルミニウム箔、アルミ蒸着フィルム、酸化アルミ蒸着フィルム、酸化珪素蒸着フィルム、ポリビニルアルコール、エチレンビニルアルコール共重合体、ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリ塩化ビニリデン、等をガスバリア層として有するラミネートフィルムが挙げられ、包装体としたとき包材の外から内部を視認する必要がある場合は、酸化アルミ蒸着フィルム、酸化珪素蒸着フィルム、ポリビニルアルコール、エチレンビニルアルコール共重合体、ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリ塩化ビニリデン、等の透明性の高いガスバリア層を採用することが好ましいが、必要に応じアルミニウム箔やアルミ蒸着フィルム等を採用して遮光包材とすることもできる。
脱酸素剤としては、水酸化鉄、酸化鉄、炭化鉄などの鉄化合物を有効成分とするもの等を利用できる。その市販品としては、エージレス(三菱ガス化学(株)製)、モジュラン(日本化薬(株)製)およびセキュール(日本曹達(株)製)等が挙げられる。
【0011】
本発明では、上記した脱酸素剤と共に抗酸化剤を含有しない塩酸リトドリン注射液を充填したプラスチック容器を酸素難透過性包材で密封することで、該注射液内の溶存酸素等の酸素を徐々に除去することで塩酸リトドリンの酸化分解を抑制し、上述したように抗酸化剤を含んでいないので塩酸リトドリン等との付加反応生成物の生成も起こらず、室温下であっても長期にわたる保存安定化を可能としている。注射液中や容器内の空間部に存在する酸素による酸化を防ぐために、容器空間部および薬液中のガスを窒素などの不活性ガスで置換することが望ましい。例えば、注射液を窒素バブリングし、容器への充填を窒素雰囲気下行うことなどによって行われる。
【実施例】
【0012】
以下に実施例などにより本発明について具体的に説明するが、本発明は以下の例により何ら限定されない。
(実施例1) 注射用水450mLに塩酸リトドリン5.0g及び塩化ナトリウム1.45gを入れ、攪拌溶解させた。塩酸リトドリン及び塩化ナトリウムが完全に溶解した後、氷酢酸2.2gを加え撹拌し、水酸化ナトリウム1.2gを加えて撹拌した。注射用水を加えて全量を500mLとし、塩酸リトドリン注射液(10mg/mL)を製した。この液を0.2μmの酢酸セルロースフィルターにより無菌ろ過後、溶存酸素を窒素バブリングによって窒素置換してから、容器として先端ノズル部を封止してなる容量5mLのポリプロピレン製シリンジ外筒に5mL充填し、空間部を窒素置換した後、注射液の充填口として用いたシリンジ後端開口からスチレン系エラストマー組成物製のガスケットを挿入し、空間部が極力小さくなるようにして該ガスケットによる施栓を行い、塩酸リトドリン注射液充填プレフィルドシリンジを製造した。
ついで、該塩酸リトドリン注射液充填プレフィルドシリンジを115℃15分間高圧蒸気滅菌し、脱酸素剤(商品名:エージレス、三菱瓦斯化学社製)と共にアルミ蒸着フィルム製ガスバリア層を有するラミネートフィルムからなる酸素難透過性包材に開口をヒートシールすることにより密封包装して、塩酸リトドリン注射液充填プレフィルドシリンジ包装体とした。
【0013】
(比較例1) 実施例1において、注射用水に塩酸リトドリンと塩化ナトリウムを入れた際に、ピロ亜硫酸ナトリウム0.5gを同時に加えた以外は、実施例1と同様にして製造し、塩酸リトドリン注射液充填プレフィルドシリンジ包装体とした。
【0014】
(試験例1) 実施例1および比較例1で得られた塩酸リトドリン注射液充填プレフィルドシリンジ包装体をそれぞれ、40℃75%R.H.にて保存し、製造直後の試験開始時、試験開始より1週間経過後、2週間経過後、3週間経過後、3箇月経過後、6箇月経過後の各時点でのリトドリン含量をHPLCにて測定し、その結果を表1に示した(表中、値はn=3の平均値,単位は%)。また、含量測定と同時に各時点での不純物量を測定し、表2に示した(表中、値はn=3の平均値,単位は%)。
測定にあたっては局外規塩酸リトドリン純度試験を準用し、内標準法にて試験を実施した。リトドリン含量および不純物量は、標準溶液中の内標準物質の面積に対するリトドリンの面積を100として、試料溶液中の内標準物質の面積に対するリトドリンピークの面積あるいは出現した未確認ピークの面積からその割合をそれぞれ、リトドリン含量、不純物量として算出した。
なお、それぞれのpHは次の通りである。実施例1では、高圧蒸気滅菌前が5.25、滅菌後が5.24で、これ以降保存期間中、pHの変動は認められなかった。また、実施例2では、高圧蒸気滅菌前後、保存期間中にわたって5.27であった。
測定の結果、実施例1、比較例1の製剤は、ともに保存条件下6箇月間にわたって有意な含量低下は認められなかった。しかし、比較例1においては3ヶ月経過後および6箇月経過後の不純物の発生が認められ、リトドリン分解物あるいは付加反応生成物の生成が示唆された。
【0015】
【表1】

【0016】
【表2】

※ND:不純物のピークが認められなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
塩酸リトドリンを含有し、抗酸化剤を含有しない注射液が充填されたプラスチック製容器と脱酸素剤とが酸素難透過性包材に封入されてなることを特徴とする塩酸リトドリン注射液製剤。
【請求項2】
前記プラスチック製容器が注射器である請求項1に記載の塩酸リトドリン注射液製剤。
【請求項3】
前記抗酸化剤が亜硫酸塩類である請求項1または2に記載の塩酸リトドリン注射液製剤。
【請求項4】
前記注射液は高圧蒸気滅菌されたものである請求項1〜3のいずれかに記載の塩酸リトドリン注射液製剤。
【請求項5】
前記酸素難透過性包材は遮光性を有するものである請求項1〜4のいずれかに記載の塩酸リトドリン注射液製剤。

【公開番号】特開2006−136490(P2006−136490A)
【公開日】平成18年6月1日(2006.6.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−328272(P2004−328272)
【出願日】平成16年11月11日(2004.11.11)
【出願人】(000109543)テルモ株式会社 (2,232)
【Fターム(参考)】