説明

外部シゲラタンパク質F(OSPF)の治療的な使用

シゲラ・フレクスネリのospF遺伝子は、ホスファターゼをコードする、ホスファターゼの新規クラスのメンバーである。OspFホスファターゼは、直接的なタンパク質修飾又は転写減少制御の何れかによって、幾つかのタンパク質の活性を阻害する。これらのタンパク質には、MAPキナーゼ、IL−8、CCL20、IL−20、AP1、CREB,RPAp32及びBCL2関連タンパク質が含まれる。OspFホスファターゼを用いて疾病を治療する方法、OspFホスファターゼの活性を調節する因子を同定する方法、OspFホスファターゼの活性を模倣する因子を同定する方法及びOspFホスファターゼを含む免疫原性組成物が提供される。不活化されたospF遺伝子を含有するシゲラ・フレクスネリの株も提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二重特異的ホスファターゼの新規クラスのメンバー、前記ホスファターゼを用いて疾病を治療する方法、ホスファターゼの活性を調節する因子を同定するための方法、ホスファターゼの活性を模倣する因子を同定するための方法、免疫応答を制御するための方法及び前記ホスファターゼを含む免疫原性組成物に関する。本発明は、不活化されたospF遺伝子を含有するシゲラ・フレクスネリの株及び不活化されたospF遺伝子を含有するシゲラ・フレクスネリの株を含むワクチンにも関する。
【背景技術】
【0002】
シゲラ・フレクスネリは、大腸の上皮細胞に感染することによって、ヒトに細菌性赤痢を引き起こすグラム陰性細菌病原体である。シゲラは、主に、腸上皮細胞(IEC)に感染する(Jung etal.,1995)。シゲラは、食作用を介する、宿主細胞中への細菌の取り込みを誘導するエフェクターを送達するための機序を与える幾つかのタンパク質を発現する。これらのタンパク質は、III型分泌系(TTSS)を形成し、220kbの病原性プラスミドによってコードされる。次いで、シゲラ細菌は、食作用性液胞を溶解し、次いで、近くの他の細胞の感染を可能とする移動性表現型を発現することによって、細胞質に到達する。
【0003】
首尾よく感染を確立するために、シゲラは、宿主の免疫応答、特に、炎症をもたらす免疫応答を精緻に制御しなければならない。サルモネラ・チフィムリウム(Salmonela typhimurium)とは対照的に、シゲラは、分極されたIECの頂極に侵入する効率が低い。代わりに、シゲラは、上皮の障壁を破壊して、上皮細胞の側底極(basolaterla pole)を介した細胞の侵入を促進するために、多形核白血球(PMN)の血管外移動を必要とする(Perdomo et al.,1994)。自然免疫系の細胞によって促進された宿主の炎症性応答は、炎症の部位にPMNを惹きつける。従って、感染の初期段階で炎症の引き金を引くことが、シゲラによる細胞侵入のために必要とされる。IECの細胞内区画に到達する細菌は、宿主免疫防御から保護された細胞から細胞へと、増殖し、伝播する。しかし、感染したIECは、細菌の侵入を検知する番人として、及び主要な媒介物質源(特に、炎症性応答を媒介するサイトカイン及びケモカイン)として、炎症性過程において大きな役割を果たす。これらの媒介物質には、粘膜の炎症を開始し、組織化するサイトカイン及びケモカインが含まれる(Jung et al.,1995)。IECによる細菌の認識は、微生物のモチーフであるペプチドグリカンを感知する細胞質分子Nod1/CARD4を介して、主に、細胞内で起こる(Giradin et al.,2003)。NodIの活性化は、インターロイキン8(IL−8)などのケモカインの発現をもたらすNF−κB及びc−JunN末端キナーゼ(JNK)を含む(Philpott et al., 2000)、他の炎症促進性シグナル伝達経路を誘導する。これらのケモカインは、病原体の根絶のために極めて重要である(Sansonetti et al.,1999)。従って、過剰な炎症の引き金を引くことは、宿主におけるシゲラの生存にとって有害である。生き残るために、この細菌は、炎症促進性遺伝子の転写を調節するための戦略を進化させた。
【0004】
植物及び動物病原体は、免疫を抑制するための様々な戦略を発達させてきたが、TTSSを介したエフェクタータンパク質の転位は、多くの細菌性病原体が宿主の自然免疫応答を支配する機序である。シエラIII型によって分泌されたOspG分子は、そのユビキチン化を遮断することによって、lκB−αの分解を拮抗することを示し、これにより、微生物が炎症性応答を制御する可能性を秘めていることを示した(Kim et al.,2005)。エルシニア偽結核症から得られるYopE、T及びHのような幾つかのTTSSエフェクターは、主に、食作用から免れるための方法として、アクチン重合を標的とし(Cornelis,2002)、他のTTSSエフェクターは、自然免疫応答によって媒介される炎症促進性防御応答を抑制する。後者の事例では、これらのエフェクターの多くは、防御シグナル伝達経路の不可欠な成分を標的とするシステインプロテアーゼである。例えば、シュードモナス・シリンガエ(Pseudomonas syringae)のエフェクターAvRpt2は、基底防御の制御因子であるアラビドプシスRIN4タンパク質の排除を開始する(Axtell and Staskawicz,2003)。他のエフェクターは、可逆的なタンパク質修飾を誘導する。YopJ/P/AvrBsTは、ユビキチン様タンパク質SUMOのカルボキシ末端を標的タンパク質から切断し、これにより複数のシグナル伝達経路を妨害するシステインプロテアーゼのファミリーである(Orth et al.,2000)。また、YopJは、様々なキナーゼの活性化ループドメインをアセチル化することにより、複数のシグナル伝達経路を妨害する(Mukherjec et al.,2006)。これらのエフェクターが特定の宿主遺伝子の発現を修飾する過程に裏に潜む機序は、現在不明である。
【発明の開示】
【0005】
発明の要旨
シゲラは、宿主細胞の感染を開始するために炎症応答を必要とするが、同時に、強力な炎症応答が起こると、細菌が根絶される。従って、炎症応答に関与し、最終的に、細胞応答ではなく、液性応答に対する養子免疫応答に影響を与えるケモカイン発現に関与する遺伝子を制御することは、細菌にとって有利である。本発明者らは、シゲラがこれらの宿主遺伝子の発現を制御する機序を決定するように努め、その過程で、二重特異的ホスファターゼ(DSP)の新規クラスのメンバーであるホスファターゼを同定した。
【0006】
ospF遺伝子は、シゲラの病原性プラスミド上に存在する(Buchrieser,2000)。現在まで、この遺伝子によってコードされるタンパク質の機能は不明であった。本発明は、ospFがホスファターゼをコードすることを明らかにする。哺乳動物DSP間のアミノ酸配列比較は、触媒性活性部位配列モチーフHis−Cys−Xaa−Arg−Ser/Thr内及びすぐ周囲内の類似性を明らかにする。このシグナチャー配列モチーフは、他の真核生物及び原核生物に記載されている全てのチロシンホスファターゼ中にも存在する(Kennelly,2001)。驚くべきことに、ospF遺伝子によってコードされるホスファターゼであるOspFホスファターゼは、このシグナチャー配列を含有しておらず、何れのDSP又は他のチロシンホスファターゼとも、顕著な配列類似性を示さない。従って、OspFホスファターゼは、DSPの新規クラスのメンバーである。シゲラが宿主遺伝子を制御する機序の理解は、シゲラによって引き起こされる赤痢に対するより効果的な治療及びOspFホスファターゼが制御する宿主遺伝子によって媒介される疾病に対する治療をもたらすことができる。
【0007】
本明細書に記載されている実施例は、ospF遺伝子がホスファターゼをコードしていること、並びにこのホスファターゼが、細胞外シグナル制御キナーゼ(Erk)及びマイトジェン活性化タンパク質キナーゼ(MAPK)を含むシグナル伝達経路を妨害できることを示す。以下の実施例は、OspFホスファターゼが、c−fos及びIL−8をコードする遺伝子など、様々な宿主遺伝子の転写を減少させ得ることも示す。IL−8発現の場合、実施例は、NF−κB及びRNAポリメラーゼII(RNAPII)のような転写タンパク質をIL−8プロモーターに接近できるようにするために必要とされるクロマチン構造の変化を妨げることによって、OspFホスファターゼが、IL−8遺伝子の転写を減少させることを示す。さらに、実施例は、OspFホスファターゼが、インターロイキン12(IL−12)の発現を減少制御し、Th2型養子免疫反応を誘導することも示す。
【0008】
この理解に基づいて、本発明は、OspFホスファターゼを用いて疾病を治療する方法、OspFホスファターゼの活性を調節する因子を同定する方法、OspFホスファターゼの活性を模倣する因子を同定する方法、免疫応答を制御する方法及びOspFホスファターゼを含む免疫原性組成物を提供する。本発明は、不活化されたospF遺伝子を含有するシゲラ・フレクスネリの株、この株を含むワクチン及び赤痢を治療する方法にも関する。
【0009】
具体的には、ある種の実施形態において、本発明は、OspF又はOspF活性を模倣する物質を含む組成物を哺乳動物に投与することを含む、哺乳動物における癌を治療又は予防する方法を提供する。ある種の実施形態において、本発明は、OspF又はOspF活性を模倣する物質を含む組成物を哺乳動物に投与することを含む、炎症性疾患を治療又は予防する方法も提供する。ある種の実施形態において、本発明は、OspF又はOspF活性を模倣する物質を含む組成物を哺乳動物に投与することを含む、移植に関連する疾患を治療又は予防する方法を提供する。ある種の実施形態において、本発明は、OspF又はOspF活性を模倣する物質を含む医薬組成物を哺乳動物に投与することを含む、免疫応答を制御する方法を提供する。
【0010】
ある種の実施形態において、本発明は、
(A)培養された細胞に化合物を添加すること;
(B)異なる時間にわたって、細胞を温置すること;
(C)前記細胞において、1つ又はそれ以上のOspFタンパク質制御活性を検出すること;
(D)前記化合物のタンパク質制御活性を、OspFのタンパク質制御活性と比較すること;及び
(E)OspF活性を模倣する化合物を同定すること;
を含む、OspF活性を模倣する化合物を選別する方法を提供する。
【0011】
ある種の実施形態において、本発明は、
(A)培養された細胞に化合物を添加すること;
(B)異なる時間にわたって、細胞を温置すること;
(C)前記細胞において、1つ又はそれ以上のOspFタンパク質制御活性を検出すること;
(D)前記細胞において、1つ又はそれ以上のOspFタンパク質制御活性を変化させる化合物を決定すること;及び
(E)OspF活性を調節する化合物を選択すること;
を含む、細胞におけるOspF活性を調節する化合物を選別する方法を提供する。
【0012】
ある種の実施形態において、本発明は、OspF又はOspF活性を模倣又は調節する物質を含む医薬組成物を提供する。ある種の実施形態において、本発明は、ospF遺伝子が不活化されている、シゲラ・フレクスネリ(Shigella flexneri)の株を提供する。ある種の実施形態において、本発明は、シゲラ感染によって引き起こされる赤痢の治療又は予防を必要としている患者を、ospF遺伝子が不活化されている、シゲラ・フレクスネリ(Shigella flexneri)の株で予防接種することを含む、シゲラ感染によって引き起こされる赤痢を治療又は予防する方法を提供する。ある種の実施形態において、本発明は、OspF又はOspF活性を模倣する物質を含む医薬組成物を含む、抗癌治療、抗炎症治療又は移植に関連する疾患に対する治療を提供する。ある種の実施形態において、本発明は、シゲラ感染を治療又は予防することを必要としている患者に、OspF活性を減少させる化合物を投与することを含む、シゲラ感染を治療又は予防する方法を提供する。
【0013】
図面の簡単な説明
本特許又は出願書類は、カラーで作成された少なくとも1つの図面を含有する。カラー図面を伴う本特許又は特許出願公報のコピーは、請求及び必要な料金の支払いを行えば、米国特許商標庁によって付与される。
【0014】
図1は、シゲラが核内のErkを不活化することを示している。(A)HeLa細胞は、処理しないままとする(ns)、又は、表記時間にわたって、非病原性株(VP−)若しくは病原性シゲラ株(WT)の何れかに感染させた。抗ホスホMEK1(pMEK1)、MEK1、ホスホ−Erk(pErk)、Erk、ホスホ−c−Jun(pc−Jun)、c−Jun又はlkB−α抗体を用いて、ウェスタンブロット分析を行った。(B)VP−又はWT株に、HeLa細胞を感染させ、表記時間にわたって、PMA(1μg/mL)によって同時刺激した。抗ホスホスレオニン183(pT183)及びホスホチロシン185(pY185)Erk抗体を用いて、ウェスタンブロット分析を行った。(C)表記の時間にわたって、PMAによってHeLa細胞を刺激し、又はWT株に感染させた。MEK1抗体を用いた免疫沈降に、可溶化液を供し、GST−Erk2K52Rを基質として使用するインビトロキナーゼアッセイを行った。抗ホスホ−Erk(pErk)抗体を用いて、ウェスタンブロット分析を行った。(D)表記の時間にわたって、(C)におけるように、HeLa細胞を処理した。抗Erk1抗体を用いた免疫沈降に、可溶化液を供し、ミエリン塩基性タンパク質(MBP)を基質として使用して、インビトロキナーゼアッセイを行った。抗ホスホスレオニン98MBP(pMBP)抗体を用いて、ウェスタンブロット分析を行った。リン酸化されたMBPの基底レベルは、アスタリスクで示されている。(E)HeLa細胞は、非処理のまま放置し(ns)、又はPMA、VP株若しくはWT株によって、30分間刺激し、又はPMAによって、15分間、前処理し、VP株若しくはWT株によって、15分間感染させた(PMA+WT)。モノクローナル抗ホスホErk(赤/右パネル)及びポリクローナル抗Erk抗体(緑/左パネル)を用いて、免疫蛍光(IF)を実施した。
【0015】
図2は、OspFホスファターゼが、Erkを直接脱リン酸化する二重特異性ホスファターゼであることを示している。(A)ホスホErk2−GSTを基質として使用し、様々な細菌株からの上清を用いて、インビトロホスファターゼアッセイを行った。抗ホスホ−Erk(pErk)抗体を用いて、ウェスタンブロット分析を行った。(B)それぞれ、OspF、OspG又はIpaH融合タンパク質のGST又はヒスチジンタグ化バージョンを用いて、インビトロホスファターゼアッセイを行った。(A)におけるように、ウェスタンブロット分析を行った。(C)1mMオルトバナダート又は3nMオカダ酸の存在下又は不存在下において、30℃で1時間、OspFの500ngを、ホスホErk2−GSTの50ngと混合した。抗ホスホスレオニン183(pT183)及びホスホチロシン185(pY185)Erk抗体を用いて、ウェスタンブロット分析を行った。(D)細菌によって発現された精製Erk2を、実施例1に記載されているように、MEK1によってリン酸化した。33P標識されたErk2の3μgを、30℃で30分間、OspF又はMKP1の1μgとともに温置すると、SDS−PAGEによって示されたように、基質のゲル移動度の増加がもたらされた。(E)ホスホErk2抗体を用いて、pT183又はpT185残基において33P標識されたErk2の脱リン酸化を確認するウェスタンブロット。(F)OspFによるErk2脱リン酸化の定常状態速度論分析。33P標識されたErk2基質の様々な濃度とともに、30℃で10分間、100nMOspF(実線)又はMKP1(破線)の存在下で、二つ組みにて、反応を行った。実施例1に記載されているとおりに、無機ホスファートの放出を測定し、ソフトウェアKaleidagraphを用いて、Michaelis−Menton方程式に、データをフィットさせた。(G)pRK5myc−ospF、ospF(H104L)、ospF(H172L)の漸増用量で、HeLa細胞を形質移入し、PMAで刺激した。抗ホスホ−Erk(pErk)、抗Erk1/2又は抗OspF抗体を用いて、ウェスタンブロット分析を行った。(H)GST−OspF又はGST−OspF融合タンパク質を、30℃で15分間、50ngのpErk2−GSTと混合した。(A)におけるように、ウェスタンブロット分析を行った。(I)様々なホスファート類縁体によるOspF活性の阻害。10mMバナダート、ベリロフルオリド(1mMフッ化ナトリウムと100μM塩化ベリリウムの組み合わせ)、フッ化アルミニウム(1mMフッ化ナトリウムと100μM塩化アルミニウムの組み合わせ)とともに、30℃で10分間、pErk2−GSTの50ngを予め温置した。
【0016】
図3は、OspFホスファターゼが、インビボで、Erk及びp38MAPKを選択的に不活化することを示している。(A)pRK5myc−OspFの漸増用量で、HeLa細胞を形質移入し、PMAによって刺激した。抗ホスホ−Erk(pErk)又は抗Erk1/2抗体を用いて、ウェスタンブロット分析を行った。(B,C)pRK5myc−OspFの漸増用量で、HeLa細胞を形質移入し、TNFによって刺激した。(B)では、抗ホスホp38(pp38)及び抗p38抗体を用いて、(C)では、抗ホスホJNK(pJNK)及び抗p46/p54JNK抗体を用いて、ウェスタンブロット分析を行った。(D,E)野生型(WT)ospF(ospF)又はトランス相補された株(ospF/pUC−OspF)の何れかで、Caco2細胞を感染させた。(D)では、抗ホスホ−Erk(pErk)又は抗Erk1/2抗体を用いて、(E)では、抗ホスホp38(pp38)又は抗p38抗体で、ウェスタンブロット分析を行った。(F)WT、ospF変異体又はトランス相補された株(ospF/puc−OspF)の何れかに、Caco−2細胞を感染させた。抗ホスホJNK1/2(pJNK1/2)又は抗JNK1/2抗体を用いて、ウェスタンブロット分析を行った。(G)50nMpErk2−GST、ホスホp38−GST又はホスホJNK1ヒスチジンを用いて、インビトロホスファターゼアッセイを行った。パート(A)におけるように、ウェスタンブロット分析を行った。(H)HeLa細胞を、処理しないままとするか(ns)、又は、表記の時点で、WT若しくはospF株によって刺激した。抗OspF抗体を用いてIFを行った。(I)HeLa細胞を、未処理のままとするか(ns)、又は、WT若しくはospF株によって45分間刺激した。抗核膜孔複合体(NPS)(赤)及び抗OspF抗体(緑)を用いてIFを行った。
【0017】
図4は、遺伝子アレイ分析における、OspFで調節された遺伝子の階層的クラスター形成を示している。WT、ospF変異体又はトランス相補された株の何れかに、Caco−2細胞を、2時間感染させた。各列は遺伝子を表し、各行は試料を表す。カラースケールについては、青及び赤は、それぞれ、低いシグナル発現値及び高いシグナル発現値を表す。
【0018】
図5は、OspFが、免疫応答に関与する極めて重要な遺伝子の発現を妨害する転写抑制因子であることを示している。(A)表記時点における、WT又はospF株に感染させたCaco2細胞中でのmRNA発現のRT−PCR経時分析。(B)表記の時点における、WT又はospF株に、Caco2細胞を感染させた。ウェスタンブロットによるc−fosタンパク質発現の経時変化。(C)5時間にわたって、Caco2細胞をWT、ospF株又はトランス相補された株に感染させた。酵素結合免疫吸着検定法(ELISA)によって、培養上清中へのIL−8分泌を測定した。(D、E)WT又はospF株に、Caco2細胞を感染させた。(D)ゲルシフトアッセイによって分析されたNF−κB活性化の経時変化。(E)刺激されていない細胞(ns)又はWT又はospF変異体株に1時間感染させた細胞から得られた核抽出物から、スーパーシフトアッセイを行った。免疫前血清(PI)又はp50若しくはp65抗体とともに、核抽出物を予め温置した。免疫前血清(PI)は、矢印によって示されているように、非特異的なバンドをもたらす。抗p50スーパーシフトバンド()及び抗p65スーパーシフトバンド(−)が示されている。(F)Caco2細胞を、未処理のまま放置し(ns)、又は、表記時点で、WTシゲラ株に感染させ、若しくはospF株に感染させた。抗lkBα抗体を用いて、ウェスタンブロット分析を行った。
【0019】
図6は、OspFが、MPAK依存性様式で、ヒストンH3のセリン10のリン酸化を標的とすることを示している。(A)HeLa細胞を、処理しないままとし(ns)、又は、表記の時点で、WT若しくはospF株に感染させた。抗ホスホ−ヒストンH3S10ポリクローナル抗体を用いて、間接的免疫蛍光検出を行った。(B)二重チミジンブロック(2mMチミジン)によって、HeLa細胞を同期化させ、非処理のままとし(ns)、又は表記の時点で、WT若しくはospF株に感染させた。抗H3ホスホS10(H3pS10)、抗H3メチルK9−ホスホS10(H3metK9−pS10)、抗H3ホスホS10アセチル−K14(H3p−S10/Ac−K14)、抗ヒストンH3ポリクローナル抗pp38及びpErk抗体で、イムノブロットをプローブした。(C)HeLa細胞を、pRK5myc−OspFベクターで形質移入し、200nMオカダ酸で3時間処理した。抗myc(赤)及び抗H3メチルK9−pS10(緑)抗体を用いて、IFを行った。(D,E)OspFは、ヒストンH3のセリン10を直接脱リン酸化しない。(D)ウシ胸腺ヒストン(Sigma)1μgを、His−OspFの300ng又はλホスファターゼ120Uとともに、30℃で2時間温置した。抗metK9−pS10抗体を用いて、ウェスタンブロットを行った。(E)30℃で2時間、緩衝液、OspF5μg/mL又はλホスファターゼ2000U/mLとともに温置されたニトロセルロース膜上に、ペプチドmetK9−S10の1μgを滴下した。抗metK9−pS10抗体を用いて、ウェスタンブロットを行った。(F)MEK1阻害剤U0126(10μM)又はp38阻害剤SB203180(2.5μM)又は両者の何れかとともに、HeLa細胞を、60分間、前処理した。細胞を、処理しないままとし(ns)、又は、30分間、ospF株に感染させた。抗H3メチルK9−pS10抗体を用いてIFを行った。(G)HeLa細胞を、pRK5myc−OspFベクターで形質移入し、オカダ酸(200nm)で3時間処理した。抗myc(赤)及び抗H3メチルK9−pS10(緑)抗体を用いて、IFを行った。
【0020】
図7は、OspFが、IL−8プロモーターにおいて、ヒストンH3のリン酸化及びNF−κBの動員を選択的に妨害することを示している。(A)音波処理された、架橋されたクロマチン断片から単離されたDNAを、2%アガロース/TAEゲル上で走行されるチップアッセイのための入力として使用した。(B)処理しないまま放置した(ns)、又は、表記の時点で、WT若しくはospF株に感染させたCaco2細胞から、架橋されたクロマチン断片を調製した。各時点に対して、無関係なIgG、抗H3メチルK9−pS10又は抗p65抗体を用いて、分取試料を免疫沈降させた。ヒストグラムは、IL−8のプロモーター領域から得られたアンプリコンを用いたリアルタイムPCR分析によって得られた結果を示している。データは、同じ時点で免疫沈降された対応するIgGで得られた結果と比較した相対濃縮として表されている。下側のパネルは、1時間の細菌攻撃誘発後に得られたPCR産物のアガロースゲル電気泳動を示している。(C)分取試料が無関係のIgG又は抗RNAPII抗体で免疫沈降されたことを除き、データは、図(B)におけるように記されている。右側のパネルは、1時間の細菌攻撃誘発後に得られたPCR産物を示している。(D、E、F)無関係なIgG又は抗H3メチルK9−pS10抗体を用いて、分取試料を免疫沈降させた。ヒストグラムは、CD44(D)、RLP0(E)又はlkB−α(F)遺伝子のプロモーター領域から得られたアンプリコンを用いたリアルタイムPCR分析によって得られた結果を示している。右側のパネルは、1時間の細菌攻撃誘発後に得られたPCR産物を示している。(G)OspF変異体の間接的免疫蛍光検出。pRK5myc−ospF、ospF(H104L)又はospF(1−221)でHeLa細胞を形質移入した。抗OspF抗体を用いてIFを行った。(H)pRK5myc−WTospF、ospFH104L、ospF(1−221)でHeLa細胞を形質移入し、表記の時点でTNF−αによって刺激した。無関係なIgG又は抗OspF抗体を用いて、分取試料を免疫沈降させた。ヒストグラムは、IL−8、CD44、RLP0及びlkB−α遺伝子のプロモーター領域から得られたアンプリコンを増幅するリアルタイムPCR分析によって得られた結果を示している。
【0021】
図8は、感染から24時間後に、2つの株に感染した肺からの細胞区分けによって回収されたマクロファージ及び樹状細胞(DC)によって、サイトカインが産生されることを示している。37℃で24時間、これらの細胞をエキソビボで培養し、その後、ELISAによってIL−10及びIL−12産生を測定した。細胞ソーティングの効率は、FACSによって測定した。
【0022】
図9は、WT及びIL−10ノックアウトマウスが、BS176又はM90T株の何れかに感染したことを示している。感染後の異なる時点で、肺を採取した。細菌の負荷量は、プレーティングアッセイを用いて測定したのに対して、IL−12及びIFN−γの産生はELISAによって測定した。
【0023】
図10は、感染から24時間の時点で、M90T又はospF株に感染した肺からのサイトカインの産生が、肺の採取及び均質化後にELISAによって測定されたことを示している。
【0024】
図11は、保護アッセイの結果を示している。3つの群が分析された。第一の群には、M90T株を感染させ、第二の群には、ospF株を感染させ、第三の群には、水を感染させた(対照群)。マウス当り10個の細菌でマウスに予防接種し、3週後に、マウス当り10個の細菌でマウスに強化免疫を施した。強化免疫から8週後、細菌の致死用量(5×10細菌/マウス)でマウスを攻撃し、生存について記録した。
【0025】
図12は、OspFがヒストンH3の特定の座を標的とし、炎症促進性シグナル伝達経路によって誘発される遺伝子活性化の程度を調節することを示すモデルである。ospF株を用いて得られたデータから、シゲラは、未だ不明な機序によって、シグナル伝達経路の引き金を引き、MAPKの活性化をもたらす。H3pS10を誘導するためには、p38及びErkキナーゼ活性の両者が必要とされる。このリン酸化は、K9上でメチル化され、及びK14上でアセチル化されたヒストンH3尾部上で起こり、クロマチンの脱凝縮及びNF−κBのような転写機構の主要成分の動員を促進するヒストンコードを与える。WT株は、そのTTSSを通じてOspFを注入する。OspFは、核内のMAPキナーゼを不活化し、選択された遺伝子に対してH3pS10を阻害する。この修飾は、クロマチンの凝縮を促進し、転写機構へのプロモーターの接近を阻害する。WT株による感染後のヒストンH3のアセチル化及びメチル化状態は、なお不明であるが、OspFは、K14上でのアセチル化に対して、直接的に影響を及ぼさない。
【0026】
図13は、他の病原性タンパク質候補とのOspFホスファターゼ相同性を示している。シュードモナス・シリンガエ(Pseudomonas syringae)から得られた2つの病原性タンパク質候補Psyr T DC3000(NP 790745)及びPsyr B728A(ZP 00128143)、クロモバクテリウム・ビオラセウム(Chromobacterium violaceum)から得られたVirA(NP 900978)、サルモネラ・エンテリティカ血清型チフィ(Salmonella enteritica serovar typhi)から得られたSpvC(NP 490528)との、OspFの配列アラインメント。同一のアミノ酸は赤で記されており、保存的置換は青で記されている。
【0027】
図14は、OspFが多形核白血球動員を抑制し、腸上皮の細菌侵入を制限することを示している。WT株(A,E)、ospF変異体株(B、C、F)又はトランス相補された変異体株(B、G)に8時間感染させたウサギの結紮された回腸ループの組織病理的切片。(A−D)では、実施例1に記載されているように、抗LPS免疫染色を行った。(A、B)では、矢印は、WT及びトランス相補株に共通する、類似の局在化された上皮膿瘍を示している。(C、D)では、矢印は、ospF変異体株での感染後における、上皮下固有層中での細菌の大規模な拡散及び管腔中への炎症性細胞の広範な蓄積の領域を表している。(E−F)抗NP−5免疫染色を行い、WT及びpuc−OspFでトランス相補されたospF(E、G)を用いて観察された限定的な浸潤と比べて、固有層の大規模なPMN浸潤及びPMNの広範な転位が、ospF変異体株(F)で感染されたループにおける腸管腔内に存在しないことを確認した。バーは、10μmに等しい。
【0028】
発明の詳細な説明
細菌性赤痢(Shigellosis or bacillary dysentery)は、腸内細菌科に属するグラム陰性腸内細菌であるシゲラによって引き起こされる赤痢性症候群である。このヒトの疾病は、基本的に、発展途上国で発生し、5歳未満の子供が標的となる。侵入プロセスの分子的及び細胞的な基礎は、主に、近年になって研究された(Nhieu,1999及びParsot,1994)。一連の複雑な工程によって、細菌は、腸の障壁を横切り、腸の上皮細胞に侵入することが可能となり、これにより、腸の障壁の大規模な破壊をもたらす急性炎症を誘発する。シゲラ感染の確立に、炎症は重要な役割を果たしているが、激しすぎる炎症反応は感染を払拭し得る。このため、シゲラは、特有のDSPであるOspFホスファターゼを介して、炎症応答を微調整するための機序を進化させている。本明細書で使用される「Ospホスファターゼ」及び「OspF」という用語は、ospF遺伝子によってコードされるタンパク質を表す。4つのシゲラ種、すなわち、S.フレクスネリ(S. flexneri)、S.ソンネイ(S. sonnei)、S.ディセンテリアエ(S. dysenteriae)及びS.ボイディイ(S. boydii)が存在する。好ましい実施形態において、シゲラは、S.フレクスネリ(S. flexneri)である。
【0029】
シゲラospF遺伝子の配列は、Buchrieser,2000に開示されたばかりである。シゲラの病原性プラスミド上に位置するospF遺伝子は、このホスファターゼをコードする。哺乳動物のDSP間のアミノ酸配列比較は、触媒性活性部位配列モチーフHis−Cys−Xaa−Arg−Ser/Thr内及び該モチーフのすぐ周辺の類似性を明らかにしている。このシグナチャー配列モチーフは、他の真核生物及び原核生物において記載された全てのチロシンホスファターゼ中にも存在する(Kennelly、2001)。驚くべきことに、ospF遺伝子によってコードされるホスファターゼ(OspFホスファターゼ)はこのシグナチャー配列を含まず、且つ、何れのDSPとも、又は他のチロシンホスファターゼとも著しい配列類似性を示さない。従って、OspFホスファターゼは、DSPの新規クラスに相当する。様々なプロテオバクテリアから得られた機能が未知の数個のタンパク質は、サルモネラ・エンテリティカ血清型チフィ(Salmonella enteritica serovar typhi)の病原性プラスミドによってコードされるOspF(図13):SpvC(63%配列同一性)、クロモバクテリウム・ビオラセウムによってコードされたVirA (67%配列同一性)及びシュードモナス・シリンガエの2つの株から得られる2つの病原性タンパク質候補(40%配列同一性)と類似性を示す。これらのタンパク質の機能は不明である。
【0030】
細菌のホスタファターゼの一次構造は極めて多様であるが、比較分析によって、これらのタンパク質は、真核生物におけるそれらの対応物と類似する構造的特徴を示すことが示されている(Kennelly,2001)。現在まで、それらの触媒機序及び活性部位の配列を共通に有するタンパク質チロシンホスファターゼ(PTP)の3つの異なるファミリー(従来型PTP、低分子量PTP及びCdc25PTP)が同定されてきた。YopH及びSptPを含む従来型PTPは、ホスホTyr残基に対する選択性の高い程度を示す(Kennelly,2001)。非病原性シアノバクテリウムのノストク・コミューン(Nostoc commune)から得られるIphPは、哺乳動物のDSPと幾らかの機能的及び構造的類似性を共有する唯一の記載された原核生物PTPである。本タンパク質は、ホスホセリン及びホスホチロシン残基をともに加水分解する(Potts et al.,1993)。従って、細菌におけるDSPは、ほとんど性質決定されておらず、このような二重特異性の生物学的な関連性は、なお不明なままである。
【0031】
OspF及び他のDSPとの間に相同性又は類似性が欠如しているため、OspFは真核生物起源ではないと主張されている。それにも関わらず、他のプロテオバクテリア由来の病原性タンパク質候補との、OspFの顕著な類似性は、細菌に対して「選択上の有利性」として獲得及び維持されてきた可能性がある共通の先祖の存在を示唆する。ノストク・コミューンの非病原性株由来のlphPタンパク質は、染色体によってコードされた唯一の公知のDSPであり、そのホスファターゼ活性は、病原体機序にとって重要な内在性細菌タンパク質を標的とし得る(Potts et al.,1993)。これに対して、OspFは、種の侵入表現型をコードする220kbのプラスミドによってコードされる。従って、OspFは、これまでに同定された病原性プラスミドによってコードされる最初のDSPに相当する。シゲラが細胞に感染すると、OspFが宿主細胞中に注入され、核内に転位し、そこで、核内のMAPキナーゼを脱リン酸化することによって、哺乳動物のDSP機能を模倣する(図12)。
【0032】
OspFタンパク質配列は公知であり、受託番号CAC05773でNCBIデータベース(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgiから入手可能)において入手可能である。ある種の実施形態において、本発明は、シゲラの変異株によるOspFホスファターゼ発現を抑制するために、ospF遺伝子が破壊されている、シゲラの変異株を提供する。このospF変異体は、ブダペスト条約の規定に基づき、2005年7月12日に、受託番号CNCMI−3480で、Collection Nationale de Cultures de Microorganismes(CNCM)、28,Rue du Docteur Roux, Paris, Franceに寄託された。本発明は、シゲラ感染によって引き起こされる赤痢を治療又は予防するためのワクチンとしてのこのospF変異体の使用にも関する。ある種の実施形態において、本発明は、OspFを発現するプラスミドpuc−OspFも提供する。ある種の実施形態において、本発明は、OspF−GST融合タンパク質を発現するプラスミドpGEX4T2を提供する。ある種の実施形態において、本発明は、OspF−ヒスチジン融合タンパク質を発現するプラスミドpKJ−OspFを提供する。ある種の実施形態において、本発明は、myc標識とともにOspFを発現するプラスミドpRK5myc−OspFを提供する。このpRK5myc−OspFプラスミドは、ブダペスト条約の規定に基づき、2005年9月12日に、受託番号CNCMI−3496で、Collection Nationale de Cultures de Microorganismes(CNCM)、28, Rue du Docteur Roux, Paris, Franceに寄託された。
【0033】
OspFは、このホスファターゼが、2つの異なるアミノ酸残基スレオニン及びチロシンを脱リン酸化できるという点でDSPである。多くのタンパク質活性が、OspFの発現によって影響を受け得る。以下の実施例において示されているように、OspFは、シグナル伝達経路及び遺伝子転写を実行する異なる機序を介して、タンパク質機能を制御し、最終的に、シゲラ感染に対する免疫応答に関与するタンパク質の制御をもたらす。
【0034】
第一の機序は、そのアミノ酸残基の1つ又はそれ以上を脱リン酸化することによって、タンパク質の直接的な不活化を伴う。例えば、多くの炎症促進性遺伝子の発現を制御する転写因子AP−1は、JunとFosファミリータンパク質の間でのホモ又はヘテロ二量体化によって形成される。シゲラ感染は、フォルボールミリスチン酢酸(PMA)がAP−1の活性化を誘導する能力を妨害し、MAPKErkの不活化を通じて、c−Fosの転写誘導を抑制する。OspFの不活化は、PMAがc−Fos発現を誘導する能力を回復し、以下の実施例に示されているように、OspF発現は、シゲラ感染時に、Erkが細胞質から核へ移動できるようにする。しかし、OspFによる脱リン酸化のために、Erkは、核内において、その不活化された状態のままである。OspFは、ErkのキナーゼサブドメインVIIIの活性化ループ内に位置する重要なホスホトレオニン及びホスホチロイン残基を脱リン酸化する。さらに、OspFは、Erk及びp38MAPKを不活化するが、JNKは不活化しない点で、基質特異性を示す。
【0035】
第二の機序において、OspFは、細胞の転写機構の一部であるタンパク質が遺伝子のプロモーターに接近できるようにするために必要とされるクロマチン構造の変化を妨げる。実施例が示すように、OspFは、このようにして、IL−8を制御する。遺伝子は、転写、プレmRNAプロセッシング、メッセンジャーリボヌクレオタンパク質粒子(mRNP)の輸出及び翻訳の協調された過程の結果として発現される。さらに、遺伝子の転写状態は、そのクロマチンの構造に密接に関連している。真核生物ゲノムのクロマチンへの詰め込みは、転写に不可欠な多くの制御タンパク質がゲノムDNAに接近する能力を制限する。4つのコアヒストン(H2A、H2B、H3及びH4)のアミノ末端がヌクレオソームから突出しており、アセチル化、リン酸化及びメチル化など、様々な共有性翻訳後修飾に対してこれらのヒストンを利用可能としている。これらの修飾は、クロマチン繊維の帯電された環境を変化させ、又はクロマチン再構築因子及び/又は遺伝子発現を制御する転写因子に対するドッキング部位として、ヒストンが作用できるようにする(Cheung et al.,2000)。
【0036】
重要なことに、特異的なヒストン尾部の修飾は、クロマチン関連タンパク質に対する相乗的又は拮抗的相互作用親和性を生じることが可能であり、次いで、これは、転写的に活性なクロマチン部位と転写的にサイレントなクロマチン部位間での動的な遷移を規定する。ヒストンタンパク質の修飾状態は、転写又は翻訳レベルで生じる遺伝子制御を超える遺伝子制御の別の層又はコードを与える(概説について、Jenuwein and Allis,2001参照)。従って、この「ヒストンコード」は、所定の遺伝子の転写状態を決定する。
【0037】
例えば、リジン9において既にメチル化されたヒストンH3尾部上のセリン10のリン酸化は、ヘテロクロマチンタンパク質1(HP1)中に含有されるクロモドメインとの相互作用を優先する。しかしながら、アセチル化されたリジン14に関しては、このリン酸化現象は、タンパク質の非局在化をもたらすので、HP1によって媒介されるクロマチン凝集及び遺伝子サイレンシングを克服し得るヒストンコードモチーフの形成を示唆する(Mateescu et al., 2004)。セリン10のリン酸化は、c−fos及びNFκB依存性の炎症促進性サイトカインの亜群及びIL−8などのケモカイン遺伝子のような前初期(IE)遺伝子のプロモーターと関連するH3分子の少数においても起こる(Clayton et al.,2000;Saccani et al.,2002;Clayton and Mahadcvan,2003)。何れの事例でも、セリン10のリン酸化は、刺激に応じて、Erk又はp38MAPKシグナル伝達経路によって誘導され得る(Thomson et al.,1999)。重要なことに、MAPKによって誘導されるH3リン酸化は、未だ不明な機序を通じて、プロモーター特異的な様式で起こる(Saccani et al.,2002)。これらのプロモーター上では、ヒストンH3のセリン10でのリン酸化は、次いでリジン14をアセチル化するヒストンアセチルトランスフェラーゼ(HAT)に対するドッキング部位を作出する。これらの修飾は、ヌクレオソーム構造を破壊することによって、プロモーターの接近性を増加させるクロマチン再構築酵素の結合を優先し得る(Saccani et al.,2002)。従って、MAPK依存性のヒストンH3リン酸化は、選択的なプロモーター部位でのクロマチン再構築を誘導するための中心的な現象であると思われ、免疫応答に関与するNFκF応答性遺伝子のサブセットの発現を選択的に制御するための効率的な調節戦略を与える。
【0038】
実際、実施例が示すように、OspFは、核内のErk及びp38MAPKを直接脱リン酸化することによって、IL−8発現を制御して、ヒストンH3のセリン10でのリン酸化を妨害する。OspFは、標的細胞中に注入され、核内に転位され、核内で、クロマチン再構築並びにNF−κB及びRNAポリメラーゼIIのような転写機構の不可欠な成分の動員を変化させる。細胞刺激は、IL−8プロモーターなどの選択されたプロモーターへのOspFの直接的局在化を誘導して、OspFが、遺伝子特異的な様式で、MAPK依存性H3リン酸化を妨害することを可能にする。IL−8を負に制御するOspFの能力と合致して、OspFは、多形核白血球の動員を負に制御し、腸細胞の細菌侵入を制限することに寄与する。OspFによるヒストンコードの変化によって、シゲラは、免疫応答に主として関与する遺伝子の選択的プールを抑圧することが可能となり、感染を確立するためのシゲラの要求に最も適合する転写応答を「作り出す」ための精緻な戦略を与える。
【0039】
ヒストンH3は、DSP活性に対する直接的な基質となり得る可能性がある。しかしながら、OspFは、Erkとp38MAPK経路をともに遮断することができるので、Ser10でのヒストンH3リン酸化を妨げる可能性がより高い。実際、これら2つのMAPKは、ヒストンH3のSer10を直接リン酸化する主なヒストンキナーゼであることが知られている核キナーゼMSK(有糸分裂促進因子及びストレス活性化キナーゼ)の主要な2つの活性化因子である(Thomson et al., 1999)。その結果、シゲラは、リン酸化されたヒストンH3の形成を効率的に妨げる武器としてOspFを使用することが可能である。
【0040】
重要なことに、ヒストンH3リン酸化に対するOspFのこの効果は、ランダムに分配されず、特異的なプロモーターに対して標的化される。この特異性は、OspFのMAPK遮断能の結果であり得る。MAPKは、S.セレビシアエp38MAPK相同体であるHog1に対して示されたように、配列特異的転写因子との相互作用を介して、各プロモーターへ動員され得(Alepuz et al.,2001)、部位特異的修飾をもたらすシグナル伝達経路を開始し得る。さらに、高解像度共焦点顕微鏡によるアプローチは、活性化されたMSK1が、未だ不明な機序によって、ヒストンH3の特異的な群をリン酸化することを示しており(Dyson et al.,2005)、ヒストンキナーゼが特定の座へ空間的に分布することによって、部位特異的なヒストンH3リン酸を決定し得ることを示唆する。その結果、OspFを注射することによって、シゲラが、遺伝子の限られた群、特に、IL−8のように、遺伝子転写が成功するために、プロモーターでのクロマチンの圧縮解除を必要とする遺伝子を抑圧することが可能となる。
【0041】
IL−8遺伝子の場合、ヒストンH3のホスホアセチル化は、プロモーターを完全に露出させることに関与し、NF−κBを首尾よく動員させ得る、クロマチン再構築タンパク質のブロモドメインに対してドッキング部位を提供することが示唆されている(Saccani et al.,2002)。一般に、ブロモドメインは、ヒストンにおけるアセチルリジン部分を認識することができる保存されたタンパク質ドメインである。ブロモドメインは、多くのクロマチン再構築タンパク質中に存在し、ヒストンのアセチルリジン残基と相互作用する。実施例に記載されている結果は、このモデルと合致し、K9上でメチル化された、ホスホアセチル化されたヒストンH3の形成は、クロマチンの圧縮解除を促進することによって、プロモーターでのNF−κB及びRNAポリメラーゼII(RNAPII)の付随的動員を促進する組み合わせパターンであることを示す(図12)。
【0042】
図4の遺伝子アレイ分析は、OspFが、AP−1、CREB、BCL2に関連する抗アポトーシスタンパク質並びにCCL20及びIL−8のような主要な炎症促進性遺伝子などの主な転写活性化因子の発現を特異的に減少制御することを示している。AP−1は、c−fosを含む炎症促進性転写因子のファミリーである(図4では、v−fosFBJマウス骨肉種ウイルス発癌遺伝子相同体と称される。)。図5Bは、RT−PCRによって、OspFの不活化がc−fosmRNA発現を強力に増加制御したことも示している。AP−1転写因子の過剰発現又は過剰活性化は、多くの癌で、広く記載されている。例えば、AP−1は、結腸直腸癌に関与している(Ashida,2005)。
【0043】
CREBに関していえば、ATF3が、転写因子のCREBファミリーのメンバーであり、図4に示されているように、OspFは、そのmRNA発現を減少制御した。
【0044】
抗アポトーシスBCL2関連タンパク質に関しては、図4に示されているように、OspFは、BCL−2抗アポトーシスタンパク質のメンバーであるMCL−1(骨髄系細胞白血病配列)の発現を減少制御した。MCL−1の増加制御は、リンパ腫(Bai,2006)及び肝細胞癌(Fleischer,2006)など、様々な癌に関与している。図4は、OspFがケモカイン(C−Cモチーフ)リガンド20とも称されるCCL20を減少制御したことも示している。CCL20は、インターフェロンγの産生を誘導することによって、細菌の内転移の調節において重要な役割を果たしていることが知られている樹状細胞(DC)化学誘引物質である。CCL20は、効率的な1型養子反応の発達にも関与している。しかしながら、クローン病(CD)又は潰瘍性大腸炎(UC)のような炎症性腸疾患(IBD)では(Lee,2005)、DCによるT細胞の活性化は、疾病の誘発及び維持において中心的な役割を果たしていると考えられている。従って、このケモカインの発現はIBDにおいて分析され、本疾患におけるその過剰発現が同定された(Kaser,2004)。
【0045】
IL−8に関しては、シゲラの場合、IL−8発現が、細菌の根絶のために極めて重要である。IBDにおけるように、UC及びCDの両者で、疾病の活動度と相関する上昇した腸のIL−8濃度が見出された(Nielson,1997)。
【0046】
図10に示されているようにOspFは、インビボで、IL−12産生も減少制御した。CDは、インターロイキン12(IL−12)の増加した産生によって生成された、過剰なT−ヘルパー1サイトカイン応答と関連していることが示唆されている(Schmidt,2005)。抗IL−12抗体は、現在、臨床試験で検査されている(Ardizzone,2005)。
【0047】
CCL20発現及びIL−8発現に影響を与えることに加えて、シゲラは、他の方法でも、宿主の免疫応答を制御するように作用する。自然免疫が、一次感染の回復のために不可欠であり、養子免疫の誘導において中心的な役割を果たしている(概説については、Janeway、2002を参照されたい。)。哺乳動物は、自然免疫、すなわち、侵入する病原体に対して一般的に作用し、リンパ球によって直接媒介されない免疫の全ての側面を含む免疫応答によって保護されている。貪食マクロファージ及びナチュラルキラー細胞などの細胞は、「獲得免疫」とは異なる生得的応答を媒介する。獲得免疫は、特定の病原体に対して特異的である免疫系の成分を含む。これらの成分には、細胞性免疫と液性免疫が含まれる。細胞免疫では、T細胞は、感染された細胞によって提示された特異的抗原に応答する。液性免疫では、B細胞は、特異的な病原体上の抗原に結合する抗体を産生する。サイトカイン及びケモカインは、自然免疫と養子免疫間の主要な関連の1つである(Mackay,2001)。炎症性プロセスの誘導に加えて、シゲラ感染は、特異的な液性免疫も誘導する。液性応答は、腸のレベルで、特異的な分泌IgA(SIgA)の産生によって、及び血清中でのIgGの産生によって特徴付けられる(Phalipon,1999)。
【0048】
生弱毒化ワクチンを用いたヒトでのワクチン試験は、誘導された液性応答の強度が、ワクチン株によって誘発された炎症性応答の強度に依存することを示した。換言すれば、高度に弱毒化された生ワクチン候補は、弱い炎症性応答を誘導し、従って、弱い液性応答を誘導する(概説については、Phalipon、2003を参照されたい。)。しかしながら、シゲラによる天然感染時に誘導された液性保護は持続時間が短く、細胞性免疫の開始が非効率であることを示唆している。本発明者らは、一次感染時にシゲラによって誘導された急性炎症が、特異的免疫及び保護的免疫の発達に対して及ぼす影響を調べた。
【0049】
以下の実施例に示されているように、OspFは、上皮細胞内で、炎症促進性応答を調節するための転写抑制因子として作用する。OspFは、おそらく樹状細胞によるものと推定される、感染後の初期の時点で観察されるIL−12産生の調節のためにも必要である。OspFによって誘導されたIL−12阻害は、シゲラ感染にとって有害なサイトカインであるIFNγ産生の阻害をもたらす。シゲラは、宿主内での生存を可能とするために、好ましくないTh1型応答の誘導を阻害する。IL−10は、感染後の初期の時点で、侵入性の株によって産生される主なサイトカインであるので、このTh1型経路は、続いて、免疫抑制環境において、養子免疫を液性応答の方向に強制する。このように、シゲラは、細菌感染に対して有効である細胞性免疫応答の生成を回避する。
【0050】
実際、転写分析は、OspFが、IL−8及びCCL20などの免疫遺伝子並びに炎症促進性AP−1ファミリーメンバーであるc−fosなどの幾つかの炎症促進性初期応答遺伝子及び初期増殖因子ファミリーメンバーをコードする遺伝子の発現を減少制御することを示している。OspFは、シュードモナス・シリンガエpv.トマトから得られる機能が未知の2つの病原性タンパク質候補と顕著な相同性を有している。P.シリンガエは、多くの植物において、黒葉枯れ病及び関連疾患の原因因子である。植物病原体は、耐性(R)タンパク質と称される植物防御系の成分によって認識されるので、当初非病原性(Avr)タンパク質と名づけられた幾つかのIII型エフェクターを注入する。Rタンパク質は、Nodタンパク質などの、病原体に対する哺乳動物受容体と構造的な相同性を有しており、植物防御応答の引き金を引く(Nurnberger et al.,2004)。興味深いことに、シュードモナス・シリンガエHopPtoD2III型エフェクターは、未だ不明な機序によって、Avr媒介性植物免疫応答を抑制することができるチロシンホスファターゼであり、Avrシグナル伝達経路を打ち消すように作用するさらなるIII型エフェクターを獲得することによって、病原体が、自然免疫系の真核生物監視系を回避する能力を回避するというシナリオが示唆される(Espinosa et al.,2003)。類推により、シゲラは、NodIによって開始された炎症促進性シグナル伝達経路を打ち消すように作用することができるOspFのような幾つかのIII型タンパク質エフェクターを獲得して、上皮細胞中で典型的な転写シグナチャーを付与した可能性がある(図12)。
【0051】
IL−8をインビボで中和することによって、固有層中での細菌の過剰増殖及び腸間膜血液に通じる腸の上皮障壁を通じた大規模な転移がもたらされるので、シゲラに対する生物学的な利点は、それ自身の生存である(Sansonetti et al.,1999)。しかしながら、Il−8は、上皮細胞の側底極を介した細菌の侵入を容易にする多形核白血球(PNN)に対する重要な化学誘引物質であるので、シゲラ感染の初期段階において、重要な役割を果たす。従って、OspFによるIL−8転写の制御は、一時的に制御され得る。病原体は、自身のエフェクタータンパク質の半減期を調節するために、宿主のタンパク質分解機構を活用して、病原性エフェクター機能の一時的な制御を与え得ることが、巧妙な研究によって示された(Kubori and Galan,2003)。
【0052】
OspF自体に加え、本発明は、OspFの活性を模倣する物質も提供する。ある種の実施形態において、OspFの活性を模倣する物質は、上記タンパク質制御活性の1つ又はそれ以上を有する。ある種の実施形態において、OspFの活性を模倣する物質は、上記タンパク質制御活性の2つ又はそれ以上を有する。ある種の実施形態において、OspFの活性を模倣する物質は、上記タンパク質制御活性の3つ又はそれ以上を有する。タンパク質制御活性とは、タンパク質の活性を制御する能力である。このような制御は、例えば、脱リン酸化など、タンパク質の直接的な修飾を含む(但し、これらに限定されない。)異なる機序を介して、又はタンパク質をコードする遺伝子の発現の制御を介して達成され得る。OspFの活性を模倣する物質は、別のタンパク質に限定されず、例えば、化学的物質でもあり得る。幾つかの実施形態において、タンパク質制御活性には、AP−1、CREB、RPAp32(STAT活性化因子)、BCL2に関連する抗アポトーシスタンパク質並びにCCL20、IL−8及びIL−12のような主要な炎症促進性遺伝子のタンパク質発現及び/又は活性の制御が含まれるが、これらに限定されない。
【0053】
化合物が、OspFのタンパク質制御活性の少なくとも1つを増加又は減少させることが可能である場合に、この化合物はOspF活性を調節する。ある種の実施形態において、本発明は、シゲラ感染を治療又は予防することを必要としている患者に、OspF活性を減少させる化合物を投与することを含む、シゲラ感染を治療又は予防する方法を提供する。ある種の実施形態において、OspF活性を増加させる化合物は、OspFと組み合わせて、又はOspFを模倣する化合物と組み合わせて、医薬組成物中で使用される。
【0054】
幾つかの実施形態において、OspFの活性を模倣する物質は、OspFバリアントである。本明細書において使用される「OspFバリアント」という用語は、OspFのアミノ酸配列に対する1つ又はそれ以上の欠失、置換又は付加を有するアミノ酸配列を有するタンパク質を表す。幾つかの実施形態において、OspFの活性を模倣する物質は、OspF断片である。本明細書で使用される「Osp断片」という用語は、アミノ末端及び/又はカルボキシ末端の欠失を有するOspFタンパク質を表す。ある種の実施形態において、断片は、少なくとも5から238アミノ酸長である。ある種の実施形態において、断片は、少なくとも5、6、8、10、14、20、50、70、100、150、200又は238アミノ酸長であることが理解される。
【0055】
幾つかの実施形態において、OspFの活性を模倣する物質は、OspFペプチド模倣物である。本明細書において使用される、「OspFペプチド模倣物」という用語は、非ペプチド性構造要素を含有し、OspFの生物学的特性の1つ又はそれ以上を模倣する化合物を表す。このような化合物は、しばしば、コンピュータ化された分子モデリングの助けを借りて開発される。治療的に有用なペプチドと構造的に類似するペプチド模倣物は、類似の治療効果又は予防効果を生じさせるために使用し得る。一般的に、ペプチド模倣物は、OspFなどの模範ポリペプチド(すなわち、生化学的特性又は薬理学的活性を有するポリペプチド)と構造的に類似するが、本分野で周知の方法によって、−CHNH−、−CHS−、−CH−CH−、−CH=CH−(シス及びトランス)、−COCH−、−CH(OH)CH−及び−CHSO−から選択される結合によって、場合によって置換された1つ又はそれ以上のペプチド結合を有する。ある種の実施形態において、コンセンサス配列の1つ又はそれ以上のアミノ酸を同種のDアミノ酸で体系的に置換すること(例えば、L−リジンに代えてD−リジン)は、より安定な化合物を作製するために使用し得る。
【0056】
OspFが、Erk並びにp38並びにIL−8、IL−12及びCCL20などの免疫調節サイトカインの活性を制御できるということは、OspFがErk又はp38シグナル伝達が関与する疾病及び炎症が関与する疾病に罹患した患者に対して有益な治療を与え得ることを示唆する。このような疾病には、大腸癌及び膵臓癌などの(但し、これらに限定されない。)癌並びにクローン病が含まれるが、これらに限定されない。ある種の実施形態において、OspFは、移植拒絶の重度を抑制又は減少させるための免疫抑制剤として使用される。ある種の実施形態において、OspFは、免疫応答を制御するために使用される。
【0057】
一実施形態において、本発明は、哺乳動物における癌を治療する方法であり、OspF又は癌を有する患者に対するOspF活性を模倣する物質を含む組成物を哺乳動物に投与することを含み、治療が疾病の軽減をもたらす前記方法を提供する。一実施形態において、本発明は、癌を発症するリスクがある哺乳動物における癌を予防する方法であり、OspF又は癌を有する患者に対してOspF活性を模倣する物質を含む組成物を哺乳動物に投与することを含み、治療が疾病の予防又は発症の遅延をもたらす前記方法を提供する。疾病の低減は、疲労の軽減又は腫瘍サイズの低下など、癌の症候の低減を含む幾つかの指標によって表され得る。有効量とは、症候の低減又は症候の根絶を引き起こす量である。当業者は、関与する疾病の種類、治療の開始時における疾病の段階並びに患者の年齢及び体重などのその他の因子に基づいて、適切な用量がどのようにあるべきか及び投与の計画を決定することが可能である。幾つかの実施形態において、本発明は、OspF又はOspF活性を模倣する物質を含む医薬組成物を含む抗癌治療を提供する。幾つかの実施形態において、本発明は、OspF又はOspF活性を模倣する物質を含む医薬組成物を含む抗炎症性治療を提供する。幾つかの実施形態において、本発明は、OspF又はOspF活性を模倣する物質を含む医薬組成物を含む移植に伴う疾患に対する治療を提供する。
【0058】
幾つかの実施形態において、本発明は、OspF又はOspF活性を模倣する物質を含む組成物の有効量を哺乳動物に投与することを含む、炎症性疾患を治療する方法を提供する。幾つかの実施形態において、本発明は、OspF又はOspF活性を模倣する物質を含む組成物の有効量を、炎症性疾患を発症するリスクがある哺乳動物に投与することを含む、炎症を予防する方法を提供する。炎症性疾患には、クローン病、関節リウマチ、骨関節炎、炎症性腸疾患、潰瘍性大腸炎、多発性硬化症、乾癬及び増殖性ループス腎炎が含まれるが、これらに限定されない。
【0059】
幾つかの実施形態において、本発明は、OspF又はOspF活性を模倣する物質を含む組成物の有効量を哺乳動物に投与することを含む、移植に関連する疾患を治療する方法を提供する。幾つかの実施形態において、本発明は、OspF又はOspF活性を模倣する物質を含む組成物の有効量を、移植を受ける予定の哺乳動物に投与することを含む、移植に関連する疾患を予防する方法を提供する。このような疾患には、移植片対宿主病、心臓、肝臓、皮膚、腎臓、肺(肺移植気道閉塞)などの固形臓器移植又は骨髄移植及び遺伝子治療などの他の移植から生じる合併症が含まれるが、これらに限定されない。
【0060】
一実施形態において、本発明は、
(A)培養された細胞に化合物を添加すること;
(B)異なる時間にわたって、細胞を温置すること;
(C)前記細胞において、1つ又はそれ以上のOspFタンパク質制御活性を検出すること;
(D)前記細胞において、1つ又はそれ以上のOspFタンパク質制御活性を変化させる化合物を決定すること;及び
(E)OspF活性を調節する化合物を選択すること;
を含む、細胞におけるOspF活性を調節する化合物を選別する方法を提供する。
【0061】
ある種の実施形態において、細胞は、HeLa細胞、Caso2細胞及び免疫系の細胞から選択される。免疫系の細胞には、T細胞、B細胞及び抗原提示細胞が含まれるが、これらに限定されない。
【0062】
一実施形態において、本発明は、
(A)培養された細胞に化合物を添加すること;
(B)異なる時間にわたって、細胞を温置すること;
(C)前記細胞において、1つ又はそれ以上のOspFタンパク質制御活性を検出すること;
(D)前記化合物のタンパク質制御活性を、OspFのタンパク質制御活性と比較すること;及び
(E)OspF活性を模倣する化合物を同定すること;
を含む、OspF活性を模倣する化合物を選別する方法を提供する。
【0063】
細胞中におけるOspFタンパク質制御活性には、AP−1、CREB、RPAp32(STAT活性化因子)、BCL2に関連する抗アポトーシスタンパク質及び主要炎症促進性遺伝子(CCL02、IL−8及びIL−12のような)のタンパク質の発現及び/又は活性の制御が含まれるが、これらに限定されない。ノーザンブロット及びPCRをベースとしたRNA検出を含む遺伝子転写制御を検出するために、当業者は、本分野で周知の技術を使用することが可能である。OspF発現によって影響を受けるタンパク質をコードする核酸配列は公知であるので、当業者は、各タンパク質標的のmRNA配列の一部又は全部を増幅するPCRプリマーを定型的に設計することが可能である。当業者は、以下の実施例で使用されているウェスタンブロット技術など、脱リン酸化を検出するための周知の技術を使用することも可能である。
【0064】
幾つかの実施形態において、医薬組成物は、OspF及び/又はOspF活性を模倣若しくは調節する物質と、並びに医薬として許容される担体とを含む。医薬として許容される担体は、本分野において公知である。ある種の実施形態において、医薬組成物における主要なビヒクル又は担体は、水性又は非水性の性質であり得る。例えば、ある種の実施形態において、適切なビヒクル又は担体は、非経口投与用組成物と共通の他の材料を補充し得る、注射用の水、生理的食塩水溶液又は人工脳脊髄液であり得る。ある種の実施形態において、中性に緩衝化された生理的食塩水又は血清アルブミンと混合された生理的食塩水は、さらなる典型的ビヒクルである。ある種の実施形態において、医薬組成物は、約pH7.0から8.5のTris緩衝液又は約pH4.0から5.5の酢酸緩衝液を含み、これらの緩衝液は、ソルビトール又は適切なソルビトール代替物をさらに含み得る、ある種の実施形態において、医薬組成物は、約pH4.0から5.5の酢酸緩衝液、ポリオール(ポリアルコール)を含み、場合によって界面活性剤を含む水性又は液体製剤であり、前記組成物は、塩(例えば、塩化ナトリウム)を含まず、前記組成物は患者に対して等張である。典型的なポリオールには、スクロース、グルコース、ソルビトール及びマニトールが含まれるが、これらに限定されない。典型的な界面活性剤には、ポリソルベートが含まれるが、これに限定されない。ある種の実施形態において、医薬組成物は、約pH5.0の酢酸緩衝液、ソルビトール及びポリソルベートを含む水性又は液体製剤であり、前記組成物は、塩(例えば、塩化ナトリウム)を含まず、前記組成物は患者に対して等張である。ある種の典型的な組成物は、例えば、米国特許第6,171,586号に記載されている。追加の医薬担体には、石油、動物油、植物油、落花生油、大豆油、鉱油、ゴマ油などの油が含まれるが、これに限定されるものではない。水性デキストロース及びグリセロール溶液は、特に注射可能な溶液に対して、液体担体として使用することも可能である。ある種の実施形態において、少なくとも1つの追加の治療剤とともに、又は少なくとも1つの追加の治療剤なしにOspFを含む組成剤は、純度の所望される程度を有する選択された組成物を、凍結乾燥されたケーキ又は水溶液の形態の、場合によって使用される製剤因子(Remington’s Pharmaceutical Sciences、上記)と混合することによって保存のために調製され得る。さらに、ある種の実施形態において、少なくとも1つの追加の治療剤あり又はなしでOspFを含む組成物は、適切な賦形剤溶液(例えば、スクロース)を希釈剤として用いて、凍結乾燥物質として調合され得る。例えば、医薬組成物は、OspFが、他の補助成分と協調して、抗原に対する免疫応答を制御する佐剤であり得る。
【0065】
本明細書を通じて引用されている参考文献に対する完全な引用は、本明細書の末尾、特許請求の範囲の直前に記載されている。本発明が属する分野の技術水準をより完全に記載するために、これらの公報の開示内容全体が、参照により、本願に組み込まれる。組み込まれた参考文献の教示が、本願の教示と抵触し得る程度まで、本願の教示は、組み込まれた参考文献の教示に優越するものとする。
【0066】
以下の実施例は、ospF遺伝子がホスファターゼをコードすること、並びにタンパク質修飾及び転写抑制を介して、このホスファターゼがタンパク質機能を制御することを示すために与えられている。これらの実施例は、OspFホスファターゼを使用する上で、当業者を補助することを意図しており、いかなる意味においても、その他、開示内容の範囲を限定することを意図したものではない。
【実施例1】
【0067】
材料及び方法
細胞培養。大腸癌由来のヒト腸管上皮細胞系Caco−2及びHeLa細胞を使用した。二重チミジンブロックによる細胞の同期化は、既に記載されているとおりに実施した(Harper,2005)。
【0068】
細菌の株
シゲラ・フレックスネリ(S.flexneri)5a血清型の野生型(WT)浸潤株及び220kBの病原性プラスミドを欠如するWT株の非浸潤性バリアント(VP−)を使用した。ipa変異株は既に記載されている(Mavris et al.,2002a)。ospF変異体を構築するために、ospFのヌクレオチド61から420を包含する、PCR増幅されたDNA断片を、自殺プラスミドpSW23TのXbaIとEcoRIとの間でクローニングし、pSWOspFTrを作製した。WT株WT−Smへの抱合によって、このプラスミドを転移させた。pUC18のEcoRI部位とHindIII部位との間にospF遺伝子を包含するPCR断片を挿入することによって、ospF遺伝子を発現するプラスミドを構築し、pUC18−OspFを形成した。ospF変異体を補完するために、このプラスミドを使用した。
【0069】
プラスミド及びタンパク質精製。ospFをコードする配列をPCRにより増幅させ、pKJ1のNcoI部位とBglII部位の間にクローニングして、OspF−HisをコードするpKJ−OspFを構築した。同様に、ospFをコードする配列を担持するPCR断片を、pGEX4T2のBamHI部位とEcoRI部位との間でクローニングして、GST−OspFをコードするpGEX4T2−OspFを構築した。pKJ−OspF又はpGEX4T2−OspFを有するイー・コリ(E. coli)の誘導体から、Hisタグ及びGSTタグが付加されたOspF組換えタンパク質を精製した。ospFコード配列を担持するPCR断片を、pRK5mycのBamHI部位とEcoRI部位の間にクローニングして、myc標識されたOspF(myc−OspF)をコードするpRK5myc−OspFを構築した。Quick−Change部位特異的変異誘発キット(Stratagene)の標準的な手法に従って、点変異を作製した。
【0070】
間接的免疫蛍光法。PBSにおける3.7%パラホルムアルデヒドで細胞を10分間固定し、PBSにおける0.5%トリトン−Xで透過処理した。以下の抗体、すなわち抗ホスホp42/p44抗体(Sigma)、抗p42/p44抗体、抗ホスホヒストンH3S10抗体(Upstate Cell Signaling)、抗アセチルヒストンH4(Lys14)抗体(Upstate Biotechnology)を使用した。抗H3メチルK9ホスホS10抗体は以前に性質決定された(Mateescu et al.,2004)。製造元(Eurogentec)に従って、完全な分子でマウスを免疫化することによって、抗OspF抗体を産生した。
【0071】
33P標識されたErk2キナーゼ基質の調製。ビーズへ連結された精製GST−Erk2の500μgを、100μMのATP(γ−33P ATP、3000Ci/mmol)を含有するキナーゼ緩衝液(50mMトリスpH7.5、2mM DTT、10mM MgCl)における20μgのHis6タグ付加された、活性化されたMEK1(Upstate Cell Signaling)とともに、30℃で2時間温置することによって、GST−Erk2融合タンパク質のインビトロでのリン酸化を実施した。1×PBS30mLで5回、前記ビーズを洗浄し、50mMトリスpH8、10mMグルタチオン及び10%グリセロール中で溶出した。画分を一晩透析し、50mMトリスpH8、50mM NaCl及び10%グリセロールにおける残余ATPを除去した。
【0072】
インビトロホスファターゼアッセイ。100nMOspF又はMPK1(Upstate Cell Signaling)とともに温置された、33P標識されたErk2の様々な濃度を含有するホスファターゼアッセイ緩衝液(0.1M酢酸ナトリウム、50mMトリスpH8)において、33P標識されたErk2ホスファターゼアッセイを実施した。予備実験において、OspFによる33P標識されたErk2脱リン酸化の時間経過を測定し、基質の加水分解の最大速度に10分で到達することを示した。従って、ホスファターゼの添加により反応を開始し、30℃で10分間温置し、200μLの冷20%トリクロロ酢酸を添加することによって終結させた。10,000×gで試料を遠心分離し、上清200μLをシンチレーション液5mLと混合し、放射能測定を行った。生じた産物(無機ホスファート)を、初期基質濃度の5%未満に維持した。Erk2基質とホスファターゼを有さない緩衝液とを含有する反応物を、各データ点に対するブランクとして使用した。Kaleidagraphソフトウェアを使用して、データをMIchaelis−Menten式へ当てはめた。
【0073】
キナーゼアッセイ。キナーゼアッセイを記載のとおり実施した(Philpott et al.,2000)。ミエリン塩基性タンパク質(MBP)5μg又は位置52のLysがArgに変化している(Lys52Arg)Erk2の不活性形態2μgを基質として使用した。
【0074】
ゲルシフト実験及びスーパーシフト実験。核抽出物を使用するゲルシフトアッセイを、記載のとおり実施した(Philpott et al.,2000)。スーパーシフトアッセイのため、抗p50(1141)抗体及び抗p65(1207−2)抗体または無関係なIgGの存在下で、核抽出物を温置した。
【0075】
ウェスタンブロット分析。尿素緩衝液(8M尿素、10mMトリスpH7.4、1mMEDTA、1mMDTT及びプロテアーゼ阻害剤)中に細胞を溶解することによって、ヒストンの可溶化物を得た。以下の抗体、すなわち抗ホスホErk1/2抗体、抗ホスホp38抗体、抗ホスホSAPK抗体、抗ホスホMEK1/2抗体(Cell Signaling Technology)、抗ホスホスレオニン183抗体(Promega)及び抗ホスホチロシン185(Upstate Cell Signaling)Erk抗体、抗lκB−α抗体(Santa Cruz Biotechnology)、抗ホスホ(S10)−アセチル(K14)ヒストンH3ポリクローナル抗体(Upstate Biotechnology)及び抗ヒストンH3抗体(Abcam)を使用した。
【0076】
遺伝子チップハイブリド形成及び分析。RNAの合成、ハイブリド形成及び標識を、記載のとおり実施した(Pedron et al.,2003)。ベースライン(WTに感染した細胞)及び実験(変異株又はトランス相補された株に感染した細胞)間でのdChipソフトウェア(Li and Wong,2001)による比較分析は、0.05のp値閾値及び0.6のシグナル対数比(SLR)閾値を用いた対応のないWelchのt検定を使用して、dChipを用いて行った。SLR閾値は、1.5倍の変化に相当した。このソフトウェアは、ユークリッド距離及び平均を連結方法として使用する階層的クラスター分析に対しても使用した。クラスター分析の前に、平均を0にするために、全ての試料にわたって、1つの遺伝子に対する発現値を標準化する。次いで、増加又は減少した値を並べて、この平均と比較した。
【0077】
クロマチン免疫沈降及び定量的リアルタイムPCR(QPCR)。固定されていない成分を除去するために、ホルムアルデヒドで固定したCaco2細胞を抽出した。無関係なIgG3μg、抗H3メチルK9−pS10ポリクローナル抗体、抗p65(1226)ポリクローナル抗体及び抗RNAポリメラーゼIIポリクローナル抗体(SC−899 Santa Cruz Biotechnology)を使用する免疫沈降へ、5×10個の細胞に相当する超音波処理されたクロマチンを供した。徹底した洗浄の後、架橋を逆転させ、フェノール/クロロホルム法によって核酸を単離した。QPCRのために、分取試料を使用した。製造元の説明書に従い、SYBR Greenキット(Applied)を使用して、QPCRを実施した。以下の特異的プロモーターを使用した。
【0078】
IL−8:センス5’−AAGAAAACTTTCGTCATACTCCG−3’(配列番号1)
アンチセンス5’−TGGCTTTTTATATCATCACCCTAC−3’(配列番号2)
CD44:センス5’−TCCCTCCGTCTTAGGTCACTGTTT−3’(配列番号3)
アンチセンス5’−CCTCGGAAGTTGGCTGCAGTTT−3’(配列番号4)
hRLP0:センス5’−ACAGAGCGACACTCCGTCTCAAA−3’(配列番号5)
アンチセンス5’−ACCTGGCGAGCTCAGCAAACTAAA−3’(配列番号6)
lκB−α:センス5’−ATCGCAGGGAGTTTCTCCGATGA−3’(配列番号7)
アンチセンス5’−GGAATTTCCAAGCCAGTCAGACCA−3’(配列番号8)
95℃で10分間、PCR試料を予め温置した後、94℃で15分間、60℃で50秒間、72℃で60秒間の45周期を実施した。最後の周期の後、72℃で10分間の最終伸長温置を実施した。
【0079】
インビボ感染及び組織学。ウサギ腸管ループ感染を、記載のとおり実施した(Perdomo et al.,1994b)。5×10個の細菌の懸濁液(0.5mL)を5cmのウサギ小腸ループ中へ注射した。ループを腹腔へ戻し、8時間後にウサギを安楽死させた。各細菌株を3羽のウサギ中で検査した。ヘマトキシリンによる組織染色及び組織病理学的分析を、記載のとおり実施した(Perdomo et al.1994b)。抗シゲラフレックスネリ5aLPS抗血清を使用して、免疫標識実験を実施し、PMNを抗NP5抗血清(Pharmingen)で染色した。
【実施例2】
【0080】
シゲラは、Erkを不活化し、Erkを核内に隔離する
MAPK経路は、転写因子、共制御因子及びクロマチン再構築成分をリン酸化することによって、真核細胞中での遺伝子発現を制御する上で重要な役割を担う。哺乳動物細胞におけるMAPKの3つの主要なサブファミリーは、Erk1及び2、JNK1、2及び3、並びにp38タンパク質(p38α/β/γ/δ)を含む。MAPKキナーゼ(MAPKK)は、MAPKの活性化ループドメイン中に配置されたTEY配列におけるスレオニン(Thr)及びチロシン(Tyr)をリン酸化することによって、MAPKを活性化する。MAPKKは、次に、MAPKKキナーゼ(MAPKKK)によって行われるセリン(Ser)残基及びThr残基でのリン酸化により活性化される。静止状態の細胞では、MAPKの2つのイソフォームであるErk1及びErk2は不活性であり、それらの上流活性化因子であるキナーゼMEK1との直接的な結合を介して、細胞質中に保持される。細胞が活性化すると、活性化されたMEK1が、TEY配列上のErk1及びErk2をリン酸化し、MEK−Erk複合体の解離後にErkが核内へ転位する(Burack and Shaw,2005)。以下の実験は、シゲラがHeLa細胞中でMAPKの活性化をどのように調節するかを示す。
【0081】
野生型浸潤性シゲラ株(WT)又は病原性プラスミドを欠如する非浸潤性VP株にHeLa細胞を感染させた。病原性プラスミドの除去を確認するために、c−Junのリン酸化をモニターした。浸潤性WT株は、JNKキナーゼの主な標的であるタンパク質c−Junのリン酸化を誘導するのに対して、非浸潤性VP株は、c−Junのリン酸化を誘導しなかった(図1A、レーン5及び10を比較されたい。)。WT株での感染によって、lκB−αの分解も生じ、既に記載されているとおり(Philpott et al.,2000)、IF−κB(IKK)経路の活性化に関する証拠を提供した。
【0082】
サブドメインVIIIの活性化ループにおける2つのSer残基(S217及びS221)において二重にリン酸化されたMEK1に特異的な抗体又はT183EY185配列において二重にリン酸化されたErk1/2に特異的な抗体の何れかを使用することによって、2つのキナーゼMEK1及びErk1/2のリン酸化に及ぼすシゲラ感染の効果を測定した。シゲラ感染は、MEK1の2つのセリン残基においてリン酸化されたMEK1の活性形態の形成を誘導した(図1A、レーン7ないし11)。しかしながら、活性型MEK1は、Erkリン酸化を誘導しなかった(図1A)。更に、Erk1/2のホスホThr183(pT)又はホスホTyr185(pY)の何れかを検出する抗体で示されたように、Rafキナーゼの強力な活性化因子であるPMAは、WTに感染した細胞において、両残基でのErkリン酸化を有意には誘導しなかった。これに対して、VP株に感染した細胞は、Erkリン酸化を示した(図1B、レーン2ないし4を6ないし8と比較されたい。)。総合すると、これらの結果は、WT株がMEK1から下流のシグナル伝達経路を中断する能力を有することを示唆した。実際、キナーゼアッセイは、シゲラが迅速且つ強力なMEK1活性化因子である(図1C、レーン4ないし6)が、奇妙なことにErkの下流の酵素的活性化を誘導できないことを確認した。
【0083】
シゲラは、その空間的局在性を変化させることによって、又はその重要なホスホスレオニン残基及びチロシン残基の二重脱リン酸化に必要とされる細胞内ホスファターゼ活性を制御することによって、Erkを不活化し得る。哺乳動物において、MAPキナーゼホスファターゼ(MKP)は、様々なMAPキナーゼに対して基質選好性を示し、異なる細胞内区画を占有するDSPである。従って、MKP−3が専ら細胞質性であると思われるのに対し、MKP−1及びMKP−2は、核中に局在し、脱リン酸化された形態でErk1/2を核内に蓄積する(Volmat et al.,2001)。シゲラ感染後のErkの細胞内局在化を評価し、総Erkの局在化を活性なErkの局在化と比較した。PMA刺激は、リン酸化された活性な形態でErkの完全な核内転位を誘導した(図1E)。興味深いことに、シゲラによる感染は、Erkの核内蓄積を誘導するが、Erkの脱リン酸化された不活性な形態では誘導しなかった。シゲラの存在下で行われたPMA刺激は、修飾されていないErk核内局在をもたらすが、核は、リン酸化されたErkを欠如したままであった。この効果は、VP株による感染の間には観察されなかった。
【0084】
これらの結果は、浸潤性シゲラタンパク質が一度核内へ転位すると、浸潤性シゲラが、Erkを標的とする核ホスファターゼ活性の引き金を引き得ることを示唆した。核内でのErk不活化の候補となり得る哺乳動物MKP−1又は2は、様々な刺激に応答して新たに合成される(Brondello et al.,1997)。しかし、シゲラ感染後のタンパク質合成を遮断するためのシクロヘキシミド処理によって証明されたように、シゲラによるErkの不活化は、新たなタンパク質の合成とは無関係である。これらの見解に基づいて、病原性プラスミドによってコードされる細菌タンパク質エフェクターは、TTSSを介して細胞内へ注入され、Erkの核内不活化を誘導し得る。
【実施例3】
【0085】
ospF遺伝子は、直接及び二重にErkを脱リン酸化する細菌ホスファターゼをコードする
上皮細胞表面に接触すると、シゲラTTSS装置は活性化し、分泌を通じて、約20個のタンパク質が分泌される。TTSS装置は、インビトロにおける37℃での細菌増殖中に弱い活性を有し、ipaB遺伝子又はipaD遺伝子の不活化によって調節解除される(Menard et al.,1994)。
【0086】
哺乳動物に関して記載された主要なErkホスファターゼは、可溶性酵素であるので、ipaB遺伝子が不活化され(ipaB2株)又は破壊されて、ipaBタンパク質の末端切断型(ipaB4株)をもたらす、調節解除された変異株由来の細菌上清を使用する、細菌DSP候補を同定するための戦略が開発された(Mavris et al.,2002a)。市販のホスホErk2−グルタチオンSトランスフェラーゼ(pErk2−GST)融合ペプチドを基質として使用して、ホスファターゼ活性に関してこれらの変異株由来の上清をアッセイした。
【0087】
両ipaB変異体由来の上清は、pErk2−GSTを強く脱リン酸化した(図2A、レーン1ないし2を3ないし4と比較されたい。)。これらの結果は、分泌された細菌タンパク質がErkホスファターゼとして作用できることを示した。ipaA、B、C及びD遺伝子(デルタipaABCD変異株)の不活化は、上清による基質の脱リン酸化を損なわず(図2A、レーン6)、IpaAないしDタンパク質がこの過程に関与していないことを示した。
【0088】
シゲラタンパク質エフェクターの転写は、転写調節因子のAraCファミリーに属する病原性プラスミドによってコードされる転写活性化因子であるMxiEの調節下で、分泌活性によって制御される。MxiEは、分泌されたタンパク質をコードする11個のプラスミド遺伝子の発現に必要である(Mavris et al.,2002b)。興味深いことに、ipaB4mxiE二重変異株の上清にはホスファターゼ活性が存在しない(図2Aレーン5)。これらの結果は、MxiEによって転写調節される11個の分泌されたタンパク質の1つがホスファターゼであることを示した。
【0089】
精製されたタンパク質を使用して、これらの11個のタンパク質のうちの3つであるOspG、OspF及びIpaHをホスファターゼ活性に関して検査した。精製されたOspFは、Erk2を直接脱リン酸化した(図2B)。活性化ループドメインのTEY配列に位置するホスホThr183(pT183)又はホスホTyr185(pY185)の何れかを検出する抗体を使用して、Erkのこれらの残基における特異的脱リン酸化を検出した。OspFは、Thr残基とTyr残基の両者を脱リン酸化した(図2C、レーン2)。従って、OspFは、二重特異的ホスファターゼであった。OspFのホスファターゼ活性は、チロシンホスファターゼ阻害剤であるバナダートによって阻害された(図2Cレーン3)が、セリンスレオニンホスファターゼ阻害剤であるオカダ酸によっては阻害されなかった(図2Cレーン4)。
【0090】
OspFによって触媒される脱リン酸化の速度論的パラメータを決定するために、キナーゼMEK1を使用するインビトロリン酸化によって組換えErk2を33P標識し(図2D、レーン1)、pT183残基又はpY185残基においてリン酸化されたErk2が生成されることを、リン酸特異的Erk2抗体を用いて検証した(図2E、レーン1)。OspF又は対照としての公知の二重特異的ホスファターゼMKP1とともに、基質を温置した。ホスホ−Erkシグナルの強力な阻害とともに、SDS−PAGE/オートラジオグラフィー及びウェスタンブロッティングにおいて明らかにされた基質のゲル移動度の増大によって、両酵素によるErk2の脱リン酸化を確認した(図2D及び2E、レーン1をレーン2及び3と比較されたい。)。
【0091】
放射性無機ホスファートの生成を追跡することによって、速度論的パラメータを測定した。図2Fは、MPK1と比較した、pH8及び30℃での初速度と組換えpErk2濃度の典型的なセットを示す。Michaelis−Menten式へ、データを、直接カーブフィッティングさせると、それぞれ9.89pMs−1、204nM、及び0.0001s−1のVmax、K、及びkcatが得られた。これらの値は、MKP1で観察された値(それぞれ6.01pMs−1、229nM、及び0.0006s−1のVmax、K、及びkcat)と似ていた。従って、OspFによって触媒されるErk2の脱リン酸化に対する速度論的パラメータは、哺乳動物DSPMKP1で得られた値と同程度である。特筆すべきことに、OspFの一次アミノ酸配列は、全てのDSP中に存在する標準的な触媒的活性部位の配列His−Cys−Xaa−Arg−(Ser/Thr)を含有していない(総説に関しては、Zhang,2002を参照されたい。)標準的触媒モチーフ内で、システイン(cys)残基は、基質によって提供されるホスファートに対する共有結合を形成し、従って触媒作用に必須である。そのイミダゾール環がCysと相互作用し、ホスファターゼのPループ中にこの残基の適切な位置を維持するので、ヒスチジン(His)も、触媒作用において中心的な役割を担っている(Kim et al.,2001)。
【0092】
触媒作用部位において起こり得るそれらの関与を探索するために、OspFの保存されたCys残基(Cys88、163、及び180)並びにHis残基を、それぞれセリン(Ser)及びロイシン(Leu)へ変異させた。これらの各変異体のための発現プラスミドを、HeLa細胞中へ形質移入した。OspFの3つのCys残基のSerへの変異(C88S、C163S、及びC180S)は何れも、PMA刺激後にErkを二重に脱リン酸化するタンパク質の能力を損なわなかった。同様に、位置172でのHisからLeuへの変異は、ホスファターゼ活性を保持する結果となった(図2G、レーン13ないし17)。これに対して、His104残基のLeuへの単一点変異(H104L)は、インビボでErkを脱リン酸化するOspFの能力を損なった(図2G、レーン8ないし12)。並行して、H104L変異体は、GST融合タンパク質として精製された。このタンパク質は、高濃度においてさえ、組換えホスホErk2基質を脱リン酸化できなかった(図2H、レーン7ないし11)。総合すると、これらの結果は、OspFがCysをベースとしたPTPではないことを示しており、ホスファターゼの活性にHis104が必要であることを示唆する。
【0093】
DxDGSの配列モチーフが、OspFのC末端ドメイン中に特定された(Asp217−X−Asp219−Gly−Serモチーフ)(配列番号9)。この配列は、第一のアスパラギン酸塩が、触媒作用中に、金属によって補助されるリン酸化を経験するのに対して、第二のアスパラギン酸塩は、一般的な酸として作用するアスパラギン酸塩をベースとしたPTPにおいて見られるDxDG(T/V)保存モチーフと類似している(Collet et al.,1998、総説に関してはAlonso et al.,2004)。酵素のこのクラスは、ホスホアスパラギン酸塩中間体を構造的に模倣することがわかっているベリロフルオライド(beryllofluoride)陰イオンBeF3−によって阻害される(Cho et al.,2001、Kamenski et al.,2004、Yan et al.,1999)。同様に、OspF活性は、オルトバナダート、フッ化アルミニウム及びベリロフッ素等の様々なホスファート類縁体によって阻害され、触媒作用性アスパラギン酸塩残基の存在を示唆した(図2l、レーン4ないし9)。しかし、その活性がEDTAによって遮断されなかったので、OspFは、金属とは無関係な様式で作用する。更に、2つのアスパラギン酸塩残基D217及びD219のアスパラギンへの保存的変異は、GST−Erk2基質に対するホスファターゼ活性を損なわなかった。従って、OspFのホスファターゼ活性は、新規の反応機構に依存し、OspFはおそらく、チロシンホスファターゼの新たなクラスに相当する。
【0094】
OspFがインビボでホスファターゼ活性を有するか否かを研究するために、myc標識されたOspFをコードするプラスミドの増大する量をHeLa細胞に形質移入し(これは、免疫検出可能なタンパク質の用量依存的な増大をもたらした。)、PMA(図3A)又はTNF(図3B及びC)によって刺激した。myc標識されたOspFの発現は、内因性Erk(図3A)及びp38MAPキナーゼ(図3B)の両者のリン酸化を妨げたが、p46及びp54JNKキナーゼのリン酸化は妨げなかった(図3C)。
【0095】
ospFの内部断片を担持する自殺プラスミドの挿入によって、ospF遺伝子の不活化が得られ、遺伝子発現の破壊がもたらされるospF変異株(ospF株)を構築した。ospF変異体は、上皮細胞中への移行及び細胞から細胞への細胞内細菌の播種に関して、野生型の株と比較して全く差異を呈さなかった。ospFでトランス相補されたospF株(ospF/pUC−OspF)を内部対照として使用した。
【0096】
ospF変異体によるCaco2細胞の感染は、Erk(図3Dレーン7ないし9)及びp38MAPK(図3Eレーン7ないし11)のリン酸化を誘導し、p46及びp54JNKキナーゼのリン酸化状態は、OspFが発現した試料と比較して変化しなかった(図3F)。同様の結果が、HeLa細胞で得られた。OspFでのospF変異体の補完は、この表現型を逆転させ、Erk及びp38MAPキナーゼのリン酸化が生じなかった(図3D及び3E)。従って、OspFは、別個のMAPキナーゼを選択的に不活化する二重特異的活性をインビボで示す。
【0097】
精製されたホスホMAPキナーゼタンパク質に対するホスファターゼ活性をアッセイすることによって、OspFの基質特異性を更に研究した。OspFは、Erkもp38MAPキナーゼも直接脱リン酸化したが、MKP1とは異なり、JNK1を脱リン酸化することはできなかった(図3G)。従って、OspFは、細菌の侵入時に活性化されたMAPKのサブセットを不活化するために必要とされる。
【0098】
図1Eは、MAPキナーゼが、核内で脱リン酸化されることを示唆した。細菌曝露後におけるOspFの細胞内分布を研究した。抗OspF抗体を使用して、間接的免疫蛍光法を実施した。この抗体は、何れの細胞タンパク質とも交差反応せず、細胞中で過剰発現された場合に、OspFと強く免疫反応した。HeLa細胞をWTシゲラ株又は対照としてのospF株で感染させた。これらの細胞において、OspFは、WTによる感染の15分以内に、核内に蓄積したのに対し、ospF欠損株ではシグナルが観察されなかった(図3H)。抗OspF抗体及び抗核膜孔複合体タンパク質(NPC)抗体を用いて行われた二重標識は、シゲラ感染におけるOspFの核局在性を確認した(図3I)。従って、OspFの核局在性は、シゲラ感染後に観察される脱リン酸化された形態のErkの核内蓄積と合致する(図1E)。
【実施例4】
【0099】
OspFホスファターゼは、上皮細胞中でのシゲラ感染の間に免疫遺伝子の遺伝子転写を抑制する
上皮細胞中でシゲラによって誘導される転写反応をOspFが調節するかどうかを研究するため、シゲラのWT、ospF変異体(ospF株)又はトランス相補された株(ospF/pUC−OspF)に2時間感染させたCaco2細胞を使用して、トランスクリプトーム分析を実施した。2つの独立したマイクロアレイハイブリド形成実験を、各系に対して実施した。ospF株での感染時に、(WTと比較して)転写が1.5倍超増加制御された合計46個の遺伝子を同定した(図4)。トランス相補された株に感染させると、わずか3個の遺伝子が増加制御され、変異株で観察された増加制御が、OspFタンパク質の発現が存在しないことを反映することを示した。増加制御された遺伝子は、細胞の生存に関与する幾つかの古典的なMAPK依存性標的遺伝子(BCL2ファミリーのメンバー)並びに早期増殖因子及びAP−1タンパク質をコードする遺伝子等の幾つかの前初期(IE)遺伝子及びCCL−20等の幾つかのNF−κB依存性サイトカインを主として含んだ。調節された遺伝子発現の階層クラスター分析が図4に示されている。Erk又はp38の過剰活性化を伴うかなりの数の炎症性疾患又は癌疾患が存在する。関節リウマチ(RA)及び炎症性腸疾患(IBD)のような慢性炎症性疾患(Waetzig,2002)では、p38有糸分裂活性化タンパク質(MAP)キナーゼは、IL−1β及びTNFαの産生において中心的な役割を占め、両サイトカインは、これらの疾患のための治療標的として明確に同定されている(Miwatashi,2005、Peifer,2006)。
【0100】
ケモカインをコードする遺伝子の場合、OspFの不存在は、WT株によって誘導されたものと類似のmRNA発現パターンをシゲラに誘導させたが、発現レベルは全体的に増加していた。この増加は、樹状化学誘引物質ケモカインCCL20及びIL−8遺伝子の場合に、特に重要であり、炎症性ケモカインの発現を調節する上でのOspFに対する役割を示した。これらの知見は、RT−PCR分析によって確認された。本結果は、ospF変異体が、野生型の株と比較して、c−fos及びIL−8の両mRNA発現を強く増加制御することを示した(図5A)。これらの遺伝子については、タンパク質レベルでの増加制御も観察された。ウェスタンブロット分析は、c−fosタンパク質の蓄積がospF変異体株での感染後の初期時点で強く増加するが、WT株での感染では増加しないことを示し(図5B、レーン2ないし3を6ないし7と比較されたい。)、表現型は、トランス相補された株と正反対であった(図5B、レーン10ないし13)。細菌性赤痢の病変形成におけるIL−8の主要な役割(Sansonetti et al.,1999)を考慮して、IL−8mRNAの発現をモニターした。mRNAをコードするIL−8は、ospF変異系によって強く増加制御された(図5A)。同様に、細菌感染の5時間後に観察されるIL−8分泌のレベルは、WT株及びトランス相補された株と比較して、ospF株に応答して強力に増加された(図5C)。
【0101】
総合すると、これらの結果は、OspFは炎症性反応及び自然免疫反応に主に関与している遺伝子の選択的セットを抑制していることを示す。上皮細胞におけるErk1/2及びp38シグナル伝達経路を標的にすることによって、シゲラは、上皮細胞における炎症促進過程を調節することが可能である。
【実施例5】
【0102】
OspFホスファターゼは、シゲラ感染した細胞において、MAPKの不活化を通じてヒストンH3のリン酸化を妨害する
古典的なMAPK依存性標的遺伝子に加え、OspFもIL−8等の幾つかのNF−κB依存性ケモカイン遺伝子の発現を抑制した。IL−8プロモーターは、この遺伝子の発現に不可欠なNF−κB結合部位を含有する(Hoffmann et al.,2002)。従って、本発明者は、OspFがNF−κBシグナル伝達経路に妨害するかどうかを観察した。Caco2核抽出物を使用して実施される電気移動度シフトアッセイ(EMSA)は、WT株及びospF株が何れも、感染から1時間後に検出される類似の核NF−κB結合活性を誘導することを示した(図5D)。抗p50抗体及び抗p65抗体を用いて実施されるスーパーシフト分析は、両シゲラ株が典型的なp50−p65NF−κB二量体を生じることを示した(図5E)。更に、典型的なNF−κB依存性遺伝子であるlκB−αが、転写レベル及び翻訳レベルで、WT株及びospF株で同様に増加制御されるので、NF−κB転写活性自体は、影響を受けなかった(図5F)。最後に、Caco2細胞中でのOspFの過剰発現は、NF−κBリポーターコンストラクトのTNF−α誘発性活性化を妨害しなかった。これらの結果は、OspFが、シゲラによって誘発されるIKK−NF−κB経路の活性化を妨害しないことを示した。
【0103】
本発明者は、OspFによって媒介されるMAPKの阻害が、NF−κB反応性遺伝子の選択的セットの抑制をどのように生じ得るかについて研究した。MAPKは、IL−8を含むサイトカイン遺伝子及びケモカイン遺伝子のサブセット上のNF−κB結合部位を遮蔽するクロマチン構造を開封するのに必要である(Saccani et al.,2002)。実際、Ser10でのヒストンH3のMAPK誘発性リン酸化等のヒストンの共有結合性修飾は、NF−κB動員のためのプロモーターを遮蔽する(同文献)。更に、このヒストン修飾は、IE遺伝子と相関していた(Clayton et al.,2000)。上述のように、IE遺伝子の誘導は、OspFによって抑制される。OspFは、Ser10でのヒストンH3リン酸化(H3pS10)に関与する主要なMAPK、すなわちp38及びErkを阻害することによって、転写抑制因子として作用し得る。
【0104】
この仮説を調べるために、HeLa細胞をWTシゲラ又はospF変異株に感染させ、抗ホスホヒストンH3Ser10抗体を使用して、免疫蛍光(IF)アッセイを実施した(図6A)。WT株は、Ser10でのヒストンH3のリン酸化(H3pS10)の引き金を引けなかったのに対し、ospF株は、強い一過性のH3pS10シグナルを誘導した(図6A)。同様の結果は、Caco2細胞を使用して観察された。有糸分裂H3pS10の検出を回避するために、二重チミジンブロックを使用して、S期でHeLa細胞を静止させた。前記細胞をospF株に感染させると、ウェスタンブロットによってH3S10のリン酸化の誘導が可視化された(図6B)。WT株による感染の際のH3pS10シグナルの欠如が、エピトープを遮蔽する可能性を秘める修飾によるものではないことを確認するため、二重修飾に特異的な抗体を検査した。図5Bに示されるように、メチル化されたK9及びリン酸化されたSer10の両者(H3metK9−pS10)並びにリン酸化されたSer10及びアセチル化されたK14(H3pS10/Ac−K14)の両者を担持するヒストンH3に対する抗体によって、抗H3pS10抗体と同じ結果が得られた。
【0105】
myc標識されたOspFをコードするプラスミドを使用して、HeLa細胞中にOspFを過剰発現させた。OspFの過剰発現は、デアセチラーゼ阻害剤であるトリコスタチンがK14上で高アセチル化を誘導する能力を損なわなかった。免疫蛍光は、OspFが主として核に局在し、オカダ酸によって誘導されるH3pS10の誘導を効率的に防止することを示した(図6C)。従って、ホスホアセチル化されるヒストンH3のレベルの変動は、OspFがSer10でのリン酸化レベルを低下させる唯一の能力を反映するようである。
【0106】
合せ考えると、これらの結果は、OspFがシゲラ感染におけるヒストンH3S10リン酸化を防止することを示した。この過程に関与する分子機構を同定するため、本発明者は、OspFがH3を直接脱リン酸化するかどうかを決定した。ウシ胸腺から精製されたヒストンH3又は、mctK9−pS10若しくはpS10修飾を有するヒストンH3尾部を模倣する様々なペプチドとともに、精製されたOspFを温置した(図6D及び6E)。これらの結果は、λホスファターゼとは対照的に、酵素濃度が100倍上昇した場合でさえ、OspFがこれらの基質を直接脱リン酸化しなかったことを示す。興味深いことに、ospF株によって誘導されるH3pS10シグナルは、2つの特異的なErk阻害剤及びp38キナーゼ阻害剤であるU0126及びSB203180によって、p38活性化及びErk活性化の両者が遮断されると、完全に阻害された(図6F)。この知見は、これら2つのキナーゼが、ospF株による感染の際に観察されるH3pS10に関与することを示し、MAPKに対するOspFによって媒介されるDSP活性が、ヒストンH3のシゲラ誘発性リン酸化を遮断する上で中心的な役割を担うことを示唆した。
【0107】
ヒストンH3の柔軟なN末端尾部も、Ser10近傍の他の共有結合性修飾が施される。これらの修飾は、転写活性化を伴うLys14(K14)アセチル化、及び抑制の特徴であることが知られているLys9(K9)メチル化を含む。シゲラWT株での感染の際にH3pS10が存在しないことが、エピトープを遮蔽する可能性を秘めている修飾によるものではないことを確認するために、二重修飾に特異的な抗体を検査した。図6Bに示されているように、K9でのメチル化及びSer10でのリン酸化の両者(H3metK9−pS10)を担持し、又は、Ser10リン酸化及びLys14アセチル化の両者(H3pS10/Ac−K14)を担持するヒストンH3尾部に対する抗体によって、抗ホスホヒストンH3Ser10抗体と同じ結果が得られた。
【0108】
これらの結果は、OspFがヒストンH3S10のシゲラ誘発性リン酸化を妨害することを裏付けた。OspFが、Ser10−K14でホスホアセチル化されたヒストンH3の形成を防止したことも示す。しかしながら、OspFを過剰発現させることによって、デアセチラーゼ阻害剤であるトリコスタチンがK14での高アセチル化を誘導する能力が妨害されなかったので、ホスホアセチル化されたヒストンH3のレベルの変動は、OspFがSer10でのリン酸化レベルを低下させる能力を反映するようである(図6G)。これらの結果は、OspFがSer10でヒストンH3を選択的に標的にしていることを示した。
【実施例6】
【0109】
OspFは、遺伝子選択的な様式で、ヒストンH3によってリン酸化されたプロモーターの形成を阻害し、IL−8プロモーター部位でのNF−κB及びRNAポリメラーゼIIの両者の動員を妨害する
OspFが、IL−8プロモーターの近傍でヒストンH3のリン酸化を変化させるかどうかを研究するために、抗H3metK9−pS10抗体又は対照として、アイソタイプが同一の無関係なIgGを使用して、クロマチン免疫沈降(ChIP)アッセイを実施した。超音波処理されたクロマチンの平均の大きさは、約500bpであり、PCR産物(150bp)の分析が可能であり(図7A)、リアルタイム定量的PCRによってデータを分析した。
【0110】
対照として、CD44遺伝子及びリボソームタンパク質ラージP0(RLP0)をコードする遺伝子を使用した。これらの遺伝子は、Caco2細胞中で良好に転写されたが、Erk又はp38MAPKシグナル伝達経路とは無関係であった。RT−PCR分析は、CD44mRNA発現レベルがWT株及びospF株での感染に際して、変化しないままであることを示した(図5A)。本発明者は、リボソームタンパク質ラージP0(RLP0)をコードする遺伝子も検討した。RT−PCR分析は、細菌への曝露が、OspFとは無関係の様式で、RLP0mRNA発現を増加制御し、これらの実験に関する興味深い陽性対照を提供することを示した(図5A)。OspFによって抑制されないNF−κB反応性遺伝子の典型的な一員として、IκB−α遺伝子を検討した。この遺伝子は、樹状細胞において、MAPKとは無関係の様式でH3リン酸化を経験することが既に報告されていた(Saccani et al.,2002)。上述のように、この遺伝子は、転写レベル及び翻訳レベルの両者で、WT株及びospF株によって同様に増加制御された。
【0111】
等電点電気泳動及びウェスタンブロットによって得られるデータ(図6A及び6B)と一致して、ospF株によるCaco2細胞の感染の結果、感染30分以内に、IL−8プロモーターにおいて、Ser10でのヒストンH3リン酸化(H3pS10)のレベルが約400倍増加したのに対し、WT株は、ほぼ全く効果がなかった(図7B、左パネル)。従って、OspFは、IL−8プロモーターでのH3pS10の形成を強力に抑制した。興味深いことに、OspFは、CD44及びlκB−αアンプリコンにおいてH3リン酸化を修飾しなかった(図7D及び7F)。更に、OspFの存在は、RLP0プロモーターと接触するリン酸化されたヒストンH3の両細菌による曝露によって誘導される強固な動員に全く影響を及ぼさなかった(図7E)。これらの結果は、ヒストンH3に及ぼすOspFの効果が遺伝子特異的であることを示した。
【0112】
この遺伝子特異性は、標的プロモーターでの細菌エフェクターの直接的な空間的局在化によって、より容易に達成され得る可能性がある。この可能性を調査するために、WTOspF、触媒作用上不活性型であるOspFH104L又は対照として核へ局在できない、OspFの最後の30個のアミノ酸のC末端欠失変異体(1−221)をコードするプラスミドを、HeLa細胞に形質移入した(図7G)。抗OspF抗体を使用するChIPアッセイのためにこれらのHeLa細胞を処理した。
【0113】
酵母及びヒトの両系における最近の証拠は、一度活性化されると、MAPKは核内に局在し、標的遺伝子を内部に有するクロマチンと安定して結合することを示しており(Alepuz,2001、Pokholok,2006)、キナーゼ活性が、クロマチンレベルでの遺伝子特異的修飾に至るシグナル伝達経路を開始し得る可能性を開いた。OspFは、核内でMAPKを脱リン酸化するホスファターゼとして作用するので、選択されたプロモーターにおいてOspFを標的として、細胞活性化は、H3リン酸化に至るMAPキナーゼシグナル伝達カスケードを中断するであろう。
【0114】
MAPK誘発性H3pS10がIL−8プロモーターの近傍であるかどうかを検討するために、WT spF、又は対照として核内に局在できない最後の30個のアミノ酸のC末端欠失変異体ospF(1−221)(図7G)をコードするプラスミドを発現させるHeLa細胞を、抗OspF抗体を使用するクロマチン免疫沈降(ChIP)アッセイのために処理し、IL−8プロモーターでのOspFの濃縮をリアルタイム定量的PCRにより分析した。更なる対照として、OspFによって抑制されない様々な遺伝子、すなわち、IκB−α、CD44及びOspF非依存性の様式でシゲラ曝露によって転写的に誘導されるリボソームタンパク質ラージP0(RLP0)をコードする遺伝子も、この転写分析において検討した(図5A)。
【0115】
免疫蛍光が、核内へのOspFの強い蓄積を示した(図7G)のに対し、OspFは、刺激されていない細胞中では、IL−8プロモーターにおいて検出できなかった(図7H)。これに対して、TNF−α刺激は、IL−8においてOspFの一過性の動員を誘導したが、IκB−α、RLP0又はCD44プロモーターにおいては誘導しなかった。刺激されていない細胞中では、IL−8プロモーターでシグナルは検出されなかった(図7H)。この結果は、炎症性刺激が、選択されたプロモーターにおいて、このエフェクターを駆動し得る可能性を秘めていることを示唆するものであり、プロモーターレベルでMAPK誘発性H3S10リン酸化の部位特異的減少制御を誘導するための興味ある機構を提供した。従って、細胞刺激は、選択されたプロモーターにおいてOspFを標的にし、特定の座位に対して部位特異的後成的修飾を誘導するための魅力的な機序を与えた。
【0116】
MAPKキナーゼの活性化によるH3のリン酸化が、特定の遺伝子上のNF−κB結合部位を遮蔽しないために必要であることを示唆するモデルが提唱された(Muegge,2002)。主として、薬理学的MAPK阻害剤による細胞の処理がp65NF−κBサブユニットのIL−8プロモーターへの動員を低下させるという事実によって、このモデルは支持された(Saccani et al.,2002)。p38及びErkに対するOspFの高度に選択的なDSP活性によって、このプロセスでのそれらの役割が直接評価することが可能となった。
【0117】
NF−κBのp65サブユニットに対する抗体を使用するChIPアッセイを実施した。CD44アンプリコンはNF−κB結合部位を一切含有しないので、この遺伝子を陰性対照として使用した。図7B(右パネル)において示されるように、ospFの不活化は、シゲラによって誘導されるIL−8プロモーターへのp65の動員をかなり容易にしたのに対し、CD44プロモーターではシグナルを検出することはできなかった。p65サブユニットが、RNAPIIを動員することによって転写を活性化した(Xia et al.,2004)ので、RNAポリメラーゼIIの総プールを免疫沈降させる抗体を使用して、ChIPアッセイを実施した。予測されたように、本実験は、OspFの不存在下で、IL−8プロモーターへのRNAポリメラーゼIIの結合を増大させることを示した(図7C)。従って、OspFは、選択されたプロモーターにおいて主要な転写成分の動員を変化させた。
【実施例7】
【0118】
OspFホスファターゼは、IL−12産生を阻害する
病原性プラスミドを有する浸潤株(INV+)及び非浸潤性無プラスミド株(INV−)に感染した際に得られるプロファイルを比較することによって、シゲラ・フレックスネリに感染した際に誘導されるサイトカイン/ケモカインネットワークを分析した。シゲラ感染の際の特異的宿主免疫応答を分析するための唯一の妥当なモデルであるので、肺感染のネズミモデルを使用した。INV−による感染後に、Th1型ネットワーク(IL−12、IL−18、IFN−γ、CCL9、CCL10、CCL13及びCCL4)が誘導された。これに対して、INV+に感染させると、Th2/Tr1プロファイル(IL−10、CCL1、CCL24及びCCL2)が誘導された。観察された差異は、感染に使用された細菌用量によるものではなく、病原性プラスミドの存在又は不存在に依存した。これらの結果は、浸潤性シゲラが、IL−12/IFN−γの産生を阻害することを示した。
【0119】
感染後の早期の時点で、IL−12の主要源の1つである樹状細胞(DC)は、シゲラによって標的とされた。実際、INV+感染したマウスから回収されたDCは、IL−12を産生しなかったのに対し、INV感染したマウスから回収されたDCはIL−12を産生した(図8)。細菌の感染プロセスを確立するために、細菌は、一次感染の根絶のために必要である。従ってシゲラに対して有害であるIFN−γが除去された好ましい局所的な環境を作り出したという仮設が立てられた(Le Barillec K.,et al.)。他の感染性モデル(McGuirk,2002及びSing,2002)とは対照的に、これらのサイトカインの産生がINV+に感染したIL−10KOマウスにおいてなおも阻害された(図9)ので、IL−10ノックアウト(KO)マウスにおいて、このサイトカインは、IL−12/IFN−γ経路の阻害における中心的な役割を担わなかった。この結果は、1つ又はそれ以上の病原性因子がこの阻害に関与することを示唆した。
【0120】
これらの細菌エフェクターの幾つかは、III型分泌装置によって、宿主細胞内へ注入される。免疫調節に関与する細菌エフェクターがIII型分泌装置によって分泌されるエフェクターであることが、異なる細菌変異体の使用によって明らかとされた。最後に、III型分泌される細菌エフェクターであるOspFは、IL−12産生の調節のために必要であった(図10)。
【実施例8】
【0121】
保護的免疫応答の発達に対するOspFホスファターゼの影響
養子免疫の誘導に及ぼすシゲラ感染に伴う免疫調節の影響を研究した。3つの群を分析した。第1群はM90T株に感染させ、第2群はospF株に感染させ、第3群は水に感染させた(対照群)。1匹あたり10個の細菌をマウスに予防接種し、3週間後、1匹あたり10個の細菌でマウスに追加免疫を行った。追加免疫の8週間後、マウスを細菌の致死量(1匹あたり5×10個の細菌)へ曝露し、生存をモニターした。図11に示されるように、OspF変異体が予防接種されたマウスは、INV+が予防接種されたマウスよりも曝露に対してより効率的に保護された。
【実施例9】
【0122】
OspFは、インビボでの多形核白血球動員の抑制因子である
OspFは、免疫遺伝子のサブセットの発現に影響する。従って、感染のウサギ結紮回腸ループモデルを使用することによって、この制御のインビボでの関連性を研究した。WT株、ospF変異体又は対照としてのトランス相補株(ospF/pUC−OspF)に、ウサギ腸ループを8時間感染させた。ヘマトキシリン染色は、WT株と比較して、ospF変異体がより重度の粘膜障害、絨毛の短縮及び拡大の増大、一般的には膿瘍に相当する上皮破壊のより拡大された領域を引き起こすことを示した。相補された変異体は、WT株の表現型と類似した表現型を回復させた。
【0123】
免疫標識実験のために、抗シゲラフレックスネリ5aLPS抗血清で細菌を染色し(図14AないしD)、多形核白血球(PMN)を抗NP5抗血清で染色した(図14EないしG)が、この抗菌性ペプチドはこれらの細胞において強く発現された。LPS染色は、WT細菌が、膿瘍における上皮領域及び上皮直下領域へ実質的に局在したままであることを示した。これらの膿瘍は、上皮裏打ち構造を破壊し、多くの場合、絨毛構造中に形成される深い陥入の底部に局在した(図14A)。更に、遊走している炎症性細胞の制限された流出がしばしば見られたが、これらの潰瘍病変からの流れであった(図14Aの矢印参照)。NP5染色は、これらの感染領域中にPMNが存在することを確認し、固有層、浮腫状粘膜下組織、及び管腔中にPMN浸潤の幾らかのレベルを示した(図14E)。
【0124】
ospF変異体によって感染された組織の抗LPS染色は、WT感染に伴う表層の潰瘍をはるかに超える、固有層中への大規模な細菌の浸潤物を特徴とする感染の劇的に異なるパターンを示した(図14Dの矢印参照)。並行して、炎症性細胞の大量の管腔流出物が観察され、それらの多くは細菌を伴っていた(図14Dの矢印参照)。NP5染色は、固有層の広範なPMN浸潤及び腸管腔中への大量のPMNの流出を確認した(図14F)。両染色は、トランス相補された変異体が、野生型表現型を回復させたことを示した(図14B、矢印及び14G)。総じて、これらの実験は、OspFが、シゲラに感染した組織におけるPMN動員の主要な負の調節因子であることを示した。
【0125】
結論
グラム陰性動物及び植物病原体は、特殊化された分泌系を使用して宿主細胞中へのエフェクタータンパク質を転位させる。これらのエフェクターの幾つかは、チロシンホスファターゼであり、エルシニア・シュードチュバキュロシス(Yersinia pseudotuberculosis)由来のYopHは、アクチン重合化を抑制し(Andersson et al.,1996)、サルモネラ・チフィムリウム(Salmonella typhimurium)由来のSptPは、アクチン骨格を破壊し(Fu及びGalan,1998)、シュードモナス・シリンゲ(Pseudomonas syringae)由来のHopPtoD2は、植物中でのプログラムされた細胞死の抑制因子である(Espinosa et al.,2003)。IphPタンパク質が、インビトロでホスホSer残基及びホスホTyr残基の両者を加水分解する非病原性シアノバクテリアであるノストック・コミュン(Nostoc commune)を形成することを除き(Potts et al.,1993)、一般的に、これらのエフェクターは、ホスホTyr残基に対して選択性の高い程度を示す(Kennelly,2001)。IphPは、染色体によりコードされ、おそらく周辺質中に局在する。IphPは、哺乳動物DSPと構造上の類似性を共有するが、その機能はまだわかっていない(同文献)。これに対して、OspFは、シゲラの浸潤性表現型をコードする220kbの病原性プラスミドによりコードされる。OspFは、標的真核細胞中へ転位し、本発明において、細菌病原性に関与する第一DSPとして特徴付けられる。
【0126】
興味深いことに、OspFは、全ての他のDSP中に存在する標準触媒活性配列His−Cys−Xaa−Arg−(Ser/Thr)を含有せず、このタンパク質が真核生物起源ではないという議論がなされる。しかしながら、他のプロテオバクテリア由来の病原性タンパク質候補とのOspFの著しい配列相同性(図13)は、これらの細菌に対する選択的利点として獲得及び維持された共通の祖先の存在を示唆する。今日まで、タンパク質チロシンホスファターゼ(PTP)の4つのクラスが、それらの触媒作用ドメインのアミノ酸配列に基づいて同定されている(総説に関しては、Alonso et al.,2004参照)。これらの群のうちの3つは、システインベースのPTPであり、YopH、SptP、HopPtoD2及びDSP等のチロシン特異的な従来のPTPを含む。本発明者は、全てのシステイン残基を変異させたが、触媒活性に対して何ら効果が見出されなかったので、OspFは、これらのクラスの一員ではない。
【0127】
第4のクラスは、RNAポリメラーゼIICTDホスファターゼ及びEyes absentファミリー由来の転写調節因子などのアスパラギン酸塩ベースのPTPを規定する(総説に関しては、Rebay et al.,2005参照)。これらのPTPは、保存されたDxDG(T/V)触媒作用モチーフを共有し、著しくマグネシウム依存性であり、塩化ベリリウムによって阻害される(Cho et al.,2001及びKamenski et al.,2004)。OspF活性も塩化ベリリウムによって阻害され、触媒作用性のアスパラギン酸塩残基の存在を示唆した。更に、OspFは、DxDG(T/V)モチーフに類似する配列を含有する。しかしながら、触媒活性は、この配列に割り当てられることができなかった。総合すると、これらの観察は、OspFが古典的なアスパラギン酸塩ベースのPTPではなく、チロシンホスファターゼの新たなクラスを定義し得ることを示唆する。
【0128】
OspFは、Erk及びp38MAPキナーゼの不活化に対して極めて選択的であり、転写分析は、IE遺伝子及びIL−8のような幾つかのNF−κB応答性遺伝子を包含する、少数であるが必須の遺伝子セットの発現を、OspFが抑圧することを示す。これは、野生型シゲラと比較して、ospF変異体は、PMNによる圧倒的な粘膜浸潤及び腸管腔中へのその後大規模な経上皮遊走を生じることを示すインビボ実験によって反映される。十分な証拠は、IL−8が、実験的なシゲラ感染の経過においてPMN粘膜輸送の主要なエフェクターであり(Sansonetti et al.,1999)、シゲラにより感染したマウスにおける腸管炎症の欠如は、概ね、ネズミの系列における、このケモカインの不存在によるものである(Singer and Sansonetti,2004)ことを示す。OspF等の注射されたエフェクターは、極めて焦点が絞られているが、必須の生理的機能に専ら寄与し、OspF、OspG等の注射された各エフェクター(Kim et al.,2005)、及び最終的には、他のエフェクターの加算的効果が、宿主の転写の生得的反応の非常に特異的な微調整をもたらす可能性が最も高い。
【0129】
OspF不活化の際に刺激されるプロモーターの制限された範囲は、この細菌エフェクターが、MAPK経路によって活性化される可能性を秘めた全ての遺伝子を調節しないことを示唆した。多くの場合、誘導可能なプロモーターが、炎症誘発性刺激によって活性化された更なるシグナル伝達経路に対して応答することができるので、このことは予想されなかった。しかしながら、OspFの特異性は、この細菌ホスファターゼが、標的遺伝子の選択的なセット、より具体的にはNF−κB応答性遺伝子のサブセットの抑圧をどのように確保できるかという問題を提起する。NF−κBが、IL−8のような幾つものNF−κB応答性遺伝子へ結合することをどのように回避するかを説明するために、最近、NF−κBの動員に対して非許容的な特異的なクロマチン立体構造の存在が取り上げられた(総説に関しては、Natoli et al.,2005参照)。これらの遺伝子の場合、Ser10でのH3リン酸化等のMAPK依存的ヒストン修飾は、プロモーター部位でのクロマチンの圧縮解除を促進し、これによりNF−κBを首尾よく動員することができた(Muegge,2002、Saccani et al.,2002)。本発明者らは、ヒストンH3のリン酸化状態に対するOspFの機能的効果を研究し、OspFがSer10でのヒストンH3リン酸化を妨げることを発見した。この効果は、無作為に分布されておらず、むしろ遺伝子特異的である。調節のこのようなレベルは、選択された標的プロモーターにおける細菌エフェクターの直接的な空間的局在化によってより簡単に達成することができた。クロマチン免疫沈降は、TNF−αのような炎症誘発刺激による細胞刺激が、選択されたプロモーターにおけるこのエフェクターの直接的な局在化を誘導することを示した。
【0130】
プロモーター部位でのOspFの存在は、MAPKp38が標的プロモーターへと直接動員され、そこで転写に影響する部位特異的修飾に至るシグナル伝達経路を開始することを示す、酵母及びヒトでの初期の研究と一致する(Alepuz et al.,2001、Simone et al.,2004、Edmunds and Mahedeva,2004)。OspGの遺伝子動員は、関連性するプロモーター部位での核内でのMAPK脱リン酸化を誘導し得、局在化されたH3リン酸化をもたらすタンパク質キナーゼカスケードを不活化する。幾つものプロモーターを調べることによって、不適切なH3Ser10リン酸化がOspFによって制御される遺伝子でのみ観察されることが明らかとなった。総合すると、これらの見解は、OspFによって媒介される選択的転写調節のための1つの重要な機序が、プロモーターレベルでのMAPK誘導性H3Ser10リン酸化の部位特異的減少制御であることを示唆する。明らかに、OspFが、プロモーター結合型転写因子等の他の局所標的も有し得る可能性がある。この点に関して、触媒的に不活性なOspF変異体は、WTOspFよりもIL−8プロモーターとより安定して(少なくとも2時間)結合し、OspFがそれ自体の核アンカーを標的にし得、プロモーター部位でのそれ自体の繋留の脱安定化をもたらすことを示唆した。
【0131】
自然免疫反応、特に感染の初期段階で病原体による粘膜表面での炎症の調節は、感染の過程及び実質的に誘導される養子免疫の性質の両者を確立するための決定的な必要条件である。本明細書の結果は、腸の固有層及び上皮裏打ち構造を通じて、遺伝子、特に、PMN等の炎症細胞の流れを調節するIL−8の特異的プールを制御するために必要とされる正確な後成的修飾をOspFが誘導することを示す。OspFは、抗菌性ペプチド(Hoover et al.,2002)として及び免疫細胞の化学誘引物質(Dieu et al.,1998)として機能するCCL−20等の他の重要な遺伝子も減少制御する。このようにする際に、OspFは、侵入しているシゲラの生存を改良し得、感染部位への樹状細胞の動員を遮断することによって養子免疫反応を低下させ得る。しかしながら、上述の仮説は、OspF変異体が、上皮下組織(すなわち固有層)を通じて、WTシゲラよりも広範囲に散在することを示した逆説的な見解を説明するものではない。本観察に鑑みれば、インビトロモデル及びインビボモデルによって示されるように(Perdomo et al.,1994a、Perdomo et al.,1994b)、腸粘膜中でのシゲラ感染の過程において、腸管腔へと遊走するPMNの流れが、上皮性関門を破裂させ、上皮下組織への細菌の接近を容易にするのを説明する。OspF変異体の場合には、WT株と比較して、過剰な遊走が粘膜の浸潤を増大するはずであることは明確である。
【0132】
宿主免疫反応を制御する必要において、シゲラは、特異的な攻撃を選択しており、外科的な精確さで宿主の免疫系を攻撃する。このようなアプローチは、免疫遺伝子の必須のセットの不活化のために必要とされる遺伝子特異的な後成的修飾を通じて転写反応を再プログラミングするOspFなどの非常に洗練された戦略を想定している。この適応は、微生物病原体とその宿主との相互作用の洗練された性質の例である。
【0133】
参照文献
以下の刊行物のそれぞれの全体の開示に依存し、これら全体の開示を参照によりここに取り込む。
【0134】
【表1】










【図面の簡単な説明】
【0135】
【図1】シゲラが核内のErkを不活化することを示している。
【図1−2】シゲラが核内のErkを不活化することを示している。
【図2】OspFホスファターゼが、Erkを直接脱リン酸化する二重特異性ホスファターゼであることを示している。
【図2−2】OspFホスファターゼが、Erkを直接脱リン酸化する二重特異性ホスファターゼであることを示している。
【図2−3】OspFホスファターゼが、Erkを直接脱リン酸化する二重特異性ホスファターゼであることを示している。
【図3】OspFホスファターゼが、インビボで、Erk及びp38MAPKを選択的に不活化することを示している。
【図3−2】OspFホスファターゼが、インビボで、Erk及びp38MAPKを選択的に不活化することを示している。
【図3−3】OspFホスファターゼが、インビボで、Erk及びp38MAPKを選択的に不活化することを示している。
【図4】遺伝子アレイ分析における、OspFで調節された遺伝子の階層的クラスタリングを示している。
【図5】OspFが、免疫応答に関与する極めて重要な遺伝子の発現を妨害する転写抑制因子であることを示している。
【図5−2】OspFが、免疫応答に関与する極めて重要な遺伝子の発現を妨害する転写抑制因子であることを示している。
【図6】OspFが、MPAK依存性様式で、ヒストンH3のセリン10のリン酸化を標的とすることを示している。
【図6−2】OspFが、MPAK依存性様式で、ヒストンH3のセリン10のリン酸化を標的とすることを示している。
【図6−3】OspFが、MPAK依存性様式で、ヒストンH3のセリン10のリン酸化を標的とすることを示している。
【図7】OspFが、IL−8プロモーターにおいて、ヒストンH3のリン酸化及びNF−κBの動員を選択的に妨害することを示している。
【図7−2】OspFが、IL−8プロモーターにおいて、ヒストンH3のリン酸化及びNF−κBの動員を選択的に妨害することを示している。
【図7−3】OspFが、IL−8プロモーターにおいて、ヒストンH3のリン酸化及びNF−κBの動員を選択的に妨害することを示している。
【図7−4】OspFが、IL−8プロモーターにおいて、ヒストンH3のリン酸化及びNF−κBの動員を選択的に妨害することを示している。
【図7−5】OspFが、IL−8プロモーターにおいて、ヒストンH3のリン酸化及びNF−κBの動員を選択的に妨害することを示している。
【図8】感染から24時間後に、2つの株に感染した肺からの細胞ソーティングによって回収されたマクロファージ及び樹状細胞(DC)によって、サイトカインが産生されることを示している。37℃で24時間、これらの細胞をエキソビボで培養し、その後、ELISAによってIL−10及びIL−12産生を測定した。細胞ソーティングの効率は、FACSによって測定した。
【図9】WT及びIL−10ノックアウトマウスが、BS176又はM90T株の何れかに感染したことを示している。感染後の異なる時点で、肺を採取した。細菌の負荷量は、プレーティングアッセイを用いて測定したのに対して、IL−12及びIFN−γの産生はELISAによって測定した。
【図10】感染から24時間の時点で、M90T又はospF株に感染した肺からのサイトカインの産生が、肺の採取及び均質化後にELISAによって測定されたことを示している。
【図11】保護アッセイの結果を示している。
【図12】OspFがヒストンH3の特定の座を標的とし、炎症促進性シグナル伝達経路によって誘発される遺伝子活性化の程度を調節することを示すモデルである。
【図13】他の病原性タンパク質候補とのOspFホスファターゼ相同性を示している。
【図14】OspFが多形核白血球動員を抑制し、腸上皮の細菌侵入を制限することを示している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
OspF又はOspF活性を模倣する物質を含む組成物を哺乳動物に投与することを含む、哺乳動物における癌を治療又は予防する方法。
【請求項2】
癌が大腸癌及び膵臓癌から選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
哺乳動物がヒトである、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
OspF又はOspF活性を模倣する物質を含む医薬組成物を含む抗癌治療。
【請求項5】
(A)培養された細胞に化合物を添加すること;
(B)細胞を温置すること;
(C)前記細胞において、1つ又はそれ以上のOspFタンパク質制御活性を検出すること;
(D)前記細胞において、1つ又はそれ以上のOspFタンパク質制御活性を変化させる化合物を決定すること;及び
(E)OspF活性を調節する化合物を選択すること;
を含む、細胞におけるOspF活性を調節する化合物を選別する方法。
【請求項6】
タンパク質制御活性が、AP−1、CREB、RPAp32(STAT活性化因子)、BCL2に関連する抗アポトーシスタンパク質及び主要炎症促進性遺伝子(CCL20、IL−8及びIL−12のような)のタンパク質の発現及び/又は活性の制御から選択される、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
細胞が、HeLa細胞、Caco2細胞又は免疫系の細胞である、請求項5に記載の方法。
【請求項8】
(A)培養された細胞に化合物を添加すること;
(B)細胞を温置すること;
(C)前記細胞において、1つ又はそれ以上のOspFタンパク質制御活性を検出すること;
(D)前記化合物のタンパク質制御活性を、OspFのタンパク質制御活性と比較すること;及び
(E)OspF活性を模倣する化合物を同定すること;
を含む、OspF活性を模倣する化合物を選別する方法。
【請求項9】
タンパク質制御活性が、AP−1、CREB、RPAp32(STAT活性化因子)、BCL2に関連する抗アポトーシスタンパク質及び主要炎症促進性遺伝子(CCL20、IL−8及びIL−12のような)のタンパク質の発現及び/又は活性の制御から選択される、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
細胞が、HeLa細胞、Caco2細胞又は免疫系の細胞である、請求項8に記載の方法。
【請求項11】
OspF又はOspF活性を模倣する物質を含む組成物を哺乳動物に投与することを含む、哺乳動物における炎症性疾患を治療又は予防する方法。
【請求項12】
哺乳動物がヒトである、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
OspF又はOspF活性を模倣する物質を含む組成物を哺乳動物に投与することを含む、哺乳動物における移植に関連する疾患を治療又は予防する方法。
【請求項14】
哺乳動物がヒトである、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
OspF又はOspF活性を模倣する物質を含む医薬組成物。
【請求項16】
組成物がアジュバントである、請求項15に記載の医薬組成物。
【請求項17】
組成物がOspF活性を増加させる化合物をさらに含む、請求項15に記載の医薬組成物。
【請求項18】
請求項15に記載の医薬組成物の有効用量を、免疫応答を制御することが必要な対象に投与することを含む、免疫応答を制御する方法。
【請求項19】
ospF遺伝子が不活化されている、シゲラ・フレクスネリ(Shigella flexneri)の株。
【請求項20】
株が、受託番号CNCMI−3480で、CNCMに寄託されている、請求項19に記載の株。
【請求項21】
受託番号CNCMI−3496で、CNCMに寄託されている、myc標識とともにOspFを発現するプラスミド。
【請求項22】
請求項19に記載の株及び医薬として許容される担体を含むワクチン。
【請求項23】
シゲラ感染によって引き起こされる赤痢の治療又は予防を必要としている患者を、請求項19に記載の株で予防接種することを含む、シゲラ感染によって引き起こされる赤痢を治療又は予防する方法。
【請求項24】
シゲラ・フレクスネリが、受託番号CNCMI−3480で、CNCMに寄託されている株である、請求項23に記載の方法。
【請求項25】
シゲラ感染を治療又は予防することを必要としている患者に、OspF活性を減少させる化合物を投与することを含む、シゲラ感染を治療又は予防する方法。
【請求項26】
タンパク質制御活性が、AP−1、CREB、RPAp32(STAT活性化因子)、BCL2に関連する抗アポトーシスタンパク質及び主要炎症促進性遺伝子(CCL20、IL−8及びIL−12のような)のタンパク質の発現及び/又は活性の制御から選択される、OspFのタンパク質制御活性を模倣する物質。
【請求項27】
物質がタンパク質である、請求項26に記載の物質。
【請求項28】
物質が化学物質である、請求項26に記載の物質。
【請求項29】
医薬組成物がOspF活性を増加させる化合物をさらに含む、請求項11、13又は18に記載の方法。

【図1】
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【図1−2】
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【図2】
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【図2−2】
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【図2−3】
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【図3】
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【図3−2】
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【図3−3】
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【図4】
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【図5】
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【図5−2】
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【図6】
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【図6−2】
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【図6−3】
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【図7】
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【図7−2】
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【図7−3】
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【図7−4】
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【図7−5】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公表番号】特表2009−509938(P2009−509938A)
【公表日】平成21年3月12日(2009.3.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−530543(P2008−530543)
【出願日】平成18年9月15日(2006.9.15)
【国際出願番号】PCT/EP2006/066406
【国際公開番号】WO2007/031574
【国際公開日】平成19年3月22日(2007.3.22)
【出願人】(591222762)アンステイテユ・パストウール (7)
【出願人】(500366598)インセルム(アンスティチュ・ナショナル・ドゥ・ラ・サンテ・エ・ドゥ・ラ・ルシェルシュ・メディカル) (17)
【氏名又は名称原語表記】INSERM(INSTITUT NATIONAL DE LA SANTE ET DE LA RECHERCHE MEDICALE)
【Fターム(参考)】