説明

多価不飽和脂肪酸(PUFA)エステル濃縮物の安定化

多価不飽和脂肪酸のエチルエステル濃縮物に、標準的な脱臭工程の前にローズマリーもしくはセージの抽出物、パルミチン酸アスコルビルおよびトコフェロールの混合物を添加し、脱臭工程の前または後に結晶化防止剤を添加することにより該濃縮物を安定化する方法、このように得られた濃縮物、ならびに食品用途でのその使用。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
現在、不飽和脂肪酸の摂食量を多くすると、血圧、アテローム性動脈硬化症、および血栓形成への作用により、冠状動脈性心臓病による死亡率を減らしうるという合理的な証拠がある。
【0002】
不飽和脂肪酸は、一価不飽和脂肪酸(MUFA)、例えば、オレイン酸およびパルミトレイン酸、ならびに多価不飽和脂肪酸(PUFA)を含む。n−6PUFAの例はリノール酸(C18:2)およびアラキドン酸(C20:4)であり、n−3PUFAの例はα−リノレン酸(C18:3)、エイコサペンタエン酸(EPA、C20:5)およびドコサヘキサエン酸酸(DHA、C22:6)である。近年、特にEPAおよびDHAが食品産業の関心を引いている。これら2種の脂肪酸の最大の供給源は、魚およびそれから抽出した魚油である。
【0003】
二重結合数の増加に伴って、PUFAは酸化分解の増加ならびに望ましくない「不快なにおい(off-flavors)」、主に魚臭および魚味を発生しやすい。PUFA、特に長鎖PUFA(LCPUFA)、例えばEPAおよびDHAに対する関心の高まりが、魚油およびPUFA濃縮物の精製および安定化の方法の研究を促進してきた。
【0004】
精製したての魚油は、当初は不快なにおいならびに魚味および魚臭はないが、酸化による戻りが急速に起こることが、昔から知られている。種々の酸化防止剤またはこれらの混合物の添加により油を安定化する多くの試みがなされてきた。しかし、これらの全ての試みは、これまでは不成功に終わるか、または更なる改良の可能性をまだ残している(例えば、Hamilton, R.J. et al., Journal of American Oil and Chemists' Society (JAOCS), 75, 813-822 [1998]を参照)。
【0005】
欧州特許公開第612346号に記載されている方法に従がって、シリカで処理し、レシチン、パルミチン酸アスコルビルおよびα−トコフェロールの混合物の添加そしてその後の約140〜210℃の温度での穏やかな真空脱臭により安定化した精製魚油は、主に健康食品サプリメント用に、優れたランシマット(Rancimat)安定性および良好な使用性能を示す。しかし、乳製品用途、例えばヨーグルトおよび牛乳飲料中で、この油は強い魚臭および魚味を生ずる。
【0006】
欧州特許公開第340635号に記載されている方法、すなわち真空水蒸気蒸留および吸着剤、例えばシリカゲルまたはケイ酸での処理により処理し、これを脱臭したローズマリー抽出物(HERBALOX "O", Kalsec, Inc. of Kalamazoo, Michigan)もしくはセージ抽出物0.1%で安定化した精製魚油は、食品用途において感知できるハーブの味およびにおいを有している。このハーブの味およびにおいが魚味および魚臭を抑える。しかし、乳製品用途では、魚油中でのHERBALOX "O"およびセージ抽出物の使用は、それぞれ0.03%のように少量でも、この用途でのこの油の使用を妨げる、極めて強いハーブの味およびにおいをもたらす。
【0007】
欧州特許出願公開第999259号によれば、慣用の方法で中和、漂白、および脱臭して十分に精製した魚油は、場合により炭素の存在下、シリカで処理し、ローズマリーもしくはセージの抽出物0.1〜0.4%の存在下、温度約140〜約210℃で真空水蒸気脱臭し、そして、場合により、脱臭後に、パルミチン酸アスコルビル0.01〜0.03%および混合トコフェロール0.05〜0.2%を添加することにより、魚味および魚臭を発生せずに長期間にわたって安定化される。
【0008】
しかし、パイロット試験でPUFAエチルエステル濃縮物にこの方法を適用すると、その結果は、期待はずれであり、そしてこの方法がPUFAエステル濃縮物の安定化には不十分なことをはっきりと示した。エチルEPA40〜50%およびエチルDHA20〜30%を含有する混合物20kgに、ローズマリー抽出物(HERBALOX "O")0.2%を添加した後に、140℃で脱臭し、次いで脱臭後に、混合トコフェロール0.1%およびパルミチン酸アスコルビル0.02%を添加した。脱臭が完了し室温に冷却した直後は、エステルはまろやかな味で魚味はなかった。更なる安定性テストのために、グローブボックス中、窒素下、エステルをアルミニウム容器に詰めた。製造2週間後、最初のサンプリングを行うと、エステルは極めて強い魚味および魚臭を有していたので不合格とされた。
【0009】
しかし、本発明によれば、脱臭工程の前に、ローズマリーもしくはセージの抽出物、混合トコフェロールおよびパルミチン酸アスコルビルを合わせたものを添加すると、魚味がなく化学薬品味がないまろやかな味の生成物をもたらすことが見出された。しかし、この生成物を低温で、特に好ましい温度の約−18℃で貯蔵すると、この生成物はもはや易流動性ではなく濁ったものになり、このことが、それの美観上の魅力を低くし、そしてその均質性の低下のためにそれの取り扱いをより難しくすることが判明した。しかし、この欠点は、脱臭工程の前または後に、濃縮物に有効な量の結晶化防止剤、例えばレシチンまたはレシチン様化合物を添加することにより回避することができる。
【0010】
したがって、本発明は、多価不飽和脂肪酸(PUFA)エステル濃縮物を安定化する方法であって、該濃縮物に、(a)それを標準的な脱臭工程に供する前に、ローズマリーもしくはセージの抽出物、パルミチン酸アスコルビルおよびトコフェロールの混合物を添加し、(b)脱臭工程の前または後に、結晶化防止剤を添加することによる安定化方法、およびこのようにして得られた安定化PUFAエステル濃縮物、ならびにこのような安定化PUFAエステル濃縮物の食品用途における使用に関する。
【0011】
特記しない限り、本明細書および請求項における%は全てw/w基準である。
【0012】
本発明の方法により安定化するエステル濃縮物は、市販されている製品であるか、または当技術分野において周知の方法により、例えば魚油から製造することができる。例えば、製造会社Ocean Nutrition, Canadaは、魚油から、エタノールとのエステル交換反応およびその後の蒸留により製造した濃縮物を販売している。これはエチルEPA約40〜50%およびエチルDHA約20〜30%を含有している。しかし、本発明の方法は、全てのPUFAエステル濃縮物、好ましくはn−3およびn−6PUFAのエチルエステル濃縮物に、特に栄養的な関心を引き重要ではあるが、分解しこれらを食品用途に適さないようにする望ましくない不快においを発生をしやすいものに適用することができる。この点から特に対象となるのは、EPAおよびDHAのエステル、特にエチルエステルである。
【0013】
用語「濃縮物」は、広い範囲の濃度に関連し、単一のエステルまたはPUFAエステル混合物の含量が、天然に産出する産物中におけるよりも高いことを意味する。好ましい濃縮物は、合成的に製造した得た高純度のPUFAエステルからなるものであるか、または天然から得られ、随伴する天然物質がほとんどない精製済みの産物からなるものである。本発明の特に関心を引く実施態様では、安定化される濃縮物中のPUFAエステルの濃度は、50%よりも高く、例えば60〜80%の範囲、好ましくは少なくとも70%である。
【0014】
本発明の文脈において、用語「結晶化防止剤」は、食用油またはその成分が、低温、すなわち室温より低い温度で、特にこのような油を冷蔵庫または急速冷凍庫、すなわち少なくとも−18℃のように低い温度で貯蔵する場合、結晶化するのを防止することが公知でありそのために用いられる全ての化合物を含むものである。結晶化防止剤は、濃縮物に添加すると、油の濃縮物を易流動性相に保つ。本発明の文脈において、有用な好ましい結晶化防止剤の例は、レシチンである。用語「レシチン」は、当技術分野において周知である。しかし、それは厳密に科学的な意味での化合物、すなわち純粋なホスファチジルコリンばかりでなく、種々の成分の混合体(原料およびそれを得る精製方法により規定され、その成分は定性的にも定量的にも一様ではない)である製造物もまた対象として含む(例えば、Kirk-Othmer, Encyclopedia of Chemical Technology, 4th edition, vol. 15, p. 192-194を参照)。したがって、純粋なホスファチジルコリンならびに用語「レシチン」が対象として含む成分の(高度に純粋な天然または合成の)混合体全てを用いることができるが、経済的な観点から、これらの製造物は好ましくは適切に精製、すなわち、それらが実質的に無臭、薄い味、および淡色または無色である程度まで精製されたものであると考えられる。したがって、本発明においては、全ての食品グレードもしくは化粧品グレードのレシチンが使用できる。しかし、市販されている固体および/もしくは液体の食品グレードのレシチンを使用するのが好ましい。このような好ましいレシチンの例は、Epikuron(登録商標)100G(Lucas Meyer, D-2000 Hamburg, Germany)およびTopcithin(登録商標)(Lucas Meyer, D-2000 Hamburg, Germany)である。
【0015】
脱臭工程の前または後に添加する有効な量のレシチンは、当業者は容易に決定することができ、通常0.01〜1.0%、好ましくは0.02〜0.05%の範囲である。
【0016】
市販されているいずれの脱臭容器も、または本発明の方法を成し遂げるのに十分大きく必要な成分に適合するいずれの容器も用いることができる。
【0017】
本発明の方法により、脱臭前にPUFAエステル濃縮物に添加する他の成分も、当業者に周知で市販されている。添加する成分の量は、
−ローズマリーまたはセージの抽出物が、0.05〜4.0%、好ましくは約0.1〜0.2%;
−パルミチン酸アスコルビルが、0.01〜0.04%、好ましくは約 0.025%、
−トコフェロール(α−、β−、γ−、もしくはδ−トコフェロールまたはこれらの混合物)、好ましくはγ−トコフェロールが、0.05〜0.5%、好ましくは約0.2%である。
【0018】
PUFAの劣化を防ぐかまたは遅らせることができる更なる成分を、脱臭工程の前または後に濃縮物に添加することができる。そのような成分は、当業者に知られており、例えば金属錯化剤、例えばクエン酸およびアスコルビン酸を含む。これらは、最終生成物中に0.001〜0.01%の範囲、好ましくは約0.005%で存在する量で添加することができる。
【0019】
公知である、例えば魚油の脱臭のための、標準的ないずれの脱臭方法をも用いることができ、好ましい方法は穏やかな真空水蒸気脱臭である。約5〜10mbarの真空をかけて混合物を脱気した後、水蒸気を注入し、脱臭工程を、真空度およびPUFAエステルの揮発度に応じて、通常0.1〜10mbarで約120〜150℃の温度で1〜5時間、好ましくは2時間行う。約1〜5mbarで、約140℃の温度が通常好ましく、特にEPAおよびDHAのエチルエステル濃縮物の脱臭には好ましい。
【0020】
脱臭後、好ましくは不活性ガス、例えば窒素またはアルゴンの保護下で、生成物を冷却し、適切な場合はろ過した後、好ましくは不活性ガス保護下で、適切な容器に再度詰め込む。
【0021】
Rancimat法(例えば、欧州特許出願公開第999259号に記載されている)を用いて、本方法により得られた生成物の安定性を測定し、その有利な特性を先行技術の方法により得られた生成物と比べることができる。
【0022】
本発明の方法により安定化したPUFAエステル濃縮物を、栄養補助食品および動物飼料製品を含む、食品用途の調製食品用に用いることができる。このような食品用途の例は、例えば、欧州特許出願公開第999259号に示されている。当技術分野において公知の方法を用いて、本発明の安定化PUFAエステル濃縮物を食品に添加することにより、食品はこのエステルで強化され、改良される。
【0023】
実施例:
以下の実施例で用いるエチルエステル濃縮物は、Ocean Nutrition, Canadaから購入した。エステルを、窒素下、酸化防止剤を添加せずに使用前まで保管した。エチルエステル濃縮物の脂肪酸組成を次に示す。
【0024】
【表1】

【0025】
エステルをRancimat酸化に供すると、導電性チャンバ中、空気流量20L/h、水70mL、80℃で、0.25時間の誘導期間を示した。エステルのサンプルを20mLのバイアルに入れ、−18℃に冷却した。サンプルは−18℃で固体の外観を呈し、バイアルから流し出すことができなかった。
【0026】
サンプルの魚味は7であった(数字は次のような関係を有する)。
【0027】
【表2】

【0028】
実施例1
エステル濃縮物500gをとり、混合トコフェロール2000ppm、herbalox1000ppm、パルミチン酸アスコルビル250ppm、およびクエン酸50ppmを加えた。エステルと酸化防止剤との混合物を実験室ガラス製脱臭機に入れ、1〜5mbarの真空をかけた。混合物を加熱した。約60℃で、水蒸気を油状物に導入し、約140℃の温度に達するまで加熱を続けた。混合物をこの条件下で2時間脱臭した後、水蒸気流入を止めて窒素流に置き替えた時に、60℃に冷却した。約40℃で、窒素流入を止め、脱臭機容器を密封し、更なる実験を行うまで暗所で保管した。エステルをRancimat酸化に供すると、導電性チャンバ中、空気流量20L/h、水70mL、80℃で、12.4時間の誘導期間を示した。エステルのサンプルを20mLのバイアルに入れ、−18℃に冷却した。サンプルは−18℃で固体の外観を呈し、バイアルから流し出すことができなかった。サンプルは、魚味がなく、FASTインデックス(Inform 12, 244-249, March 2001を参照)は1(魚臭なし)であった。
【0029】
実施例2
実施例1に従がって実験を行ったが、脱臭前に液体レシチン(Topcithin(登録商標), Lucas Meyer)250ppmを添加した。脱臭したサンプルは11.1時間のRancimat誘導期間を有していた。これは−18℃で液体のままであり、−18℃で容器から容易に流し出すことができた。サンプルのFASTインデックスは1(魚臭なし)であった。
【0030】
実施例3
実施例1に従がって実験を行ったが、脱臭後に液体Topcithin(登録商標)250ppmを添加した。サンプルは11.15時間のRancimat誘導期間を有していた。これは−18℃で液体のままであり、−18℃で容器から容易に流し出すことができた。サンプルのFASTインデックスは1であったが、レシチンに由来する特有の青味臭(beany taste)を有していた。
【0031】
実施例4
実施例1に従がって実験を行ったが、脱臭前に固体のレシチン(Epikuron(登録商標)、Lucas Meyer)250ppmを添加した。サンプルは10.15時間のRancimat誘導期間を有していた。これは−18℃で液体のままであった。サンプルのFASTインデックスによる魚味は1であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
多価不飽和脂肪酸(PUFA)エステル濃縮物に、(a)それを標準的な脱臭工程に供する前に、ローズマリーもしくはセージの抽出物、パルミチン酸アスコルビルおよびトコフェロールの混合物を添加し、(b)脱臭工程の前または後に、結晶化防止剤を添加することによる、該濃縮物の安定化方法。
【請求項2】
PUFAの劣化を防ぐことができる更なる添加剤を、脱臭工程の前または後に、濃縮物に添加する、請求項1記載の方法。
【請求項3】
エステル濃縮物がエチルエステルである、請求項1記載の方法。
【請求項4】
EPAおよびDHAのエチルエステルの濃縮物を脱臭する、請求項1または請求項3記載の方法。
【請求項5】
濃縮物がPUFAエチルエステルを50%より多く含有する、請求項1〜4のいずれか1項記載の方法。
【請求項6】
ローズマリーまたはセージの抽出物を、0.05〜4.0%、好ましくは0.1〜 0.2%添加する、請求項1〜5のいずれか1項記載の方法。
【請求項7】
パルミチン酸アスコルビルを、0.01〜0.04%、好ましくは0.025%添加する、請求項1〜6のいずれか1項記載の方法。
【請求項8】
トコフェロールを0.05〜0.5%、好ましくは0.2%添加する、請求項1〜7のいずれか1項記載の方法。
【請求項9】
結晶化防止剤がレシチンである、請求項1〜8のいずれか1項記載の方法。
【請求項10】
レシチンを0.01〜1.0%、好ましくは0.02〜0.05%添加する、請求項9記載の方法。
【請求項11】
更に、クエン酸を0.001〜0.01%、好ましくは0.005%添加する、請求項2〜10のいずれか1項記載の方法。
【請求項12】
真空水蒸気脱臭を用いる、請求項1〜11のいずれか1項記載の方法。
【請求項13】
真空水蒸気脱臭を、0.1〜10mbar及び温度約120〜約150℃で、最も好ましくは1〜5mbar及び140℃で行う、請求項1〜12のいずれか1項記載の方法。
【請求項14】
請求項1〜13のいずれか1項記載の方法により得られる、安定化PUFAエステル濃縮物。
【請求項15】
食品用途の調製のための、請求項1〜13のいずれか1項記載の方法により得られる安定化PUFAエステル濃縮物の使用。
【請求項16】
請求項14記載の安定化PUFAエステル濃縮物を食品に添加することを特徴とする、PUFAエステルで食品を強化する方法。

【公表番号】特表2007−509213(P2007−509213A)
【公表日】平成19年4月12日(2007.4.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−535999(P2006−535999)
【出願日】平成16年10月13日(2004.10.13)
【国際出願番号】PCT/EP2004/011469
【国際公開番号】WO2005/040318
【国際公開日】平成17年5月6日(2005.5.6)
【出願人】(503220392)ディーエスエム アイピー アセッツ ビー.ブイ. (873)
【Fターム(参考)】