説明

多剤耐性緑膿菌感染症の治療薬液

【課題】多剤耐性緑膿菌に対する抗菌作用を有し新たな耐性株が発現する可能性の低い多剤耐性緑膿菌感染症の治療薬液を提供する。
【解決手段】硫酸亜鉛、硫酸プロタミンまたはメシル酸ナファモスタットを有効成分として含有して治療薬液を調製する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、日和見感染症や院内感染症の原因菌とされる緑膿菌であって優れた抗緑膿菌作用を有する抗菌薬剤に対して耐性を獲得した多剤耐性緑膿菌(MDRP)による感染症の抗菌療法に用いられる薬液に関する。
【背景技術】
【0002】
多剤耐性緑膿菌は、優れた抗緑膿菌作用を有するフルオロキノロン、カルバペネムおよびアミノグリコシドの三系統の抗菌薬に対しても耐性を獲得した緑膿菌であって、日常的に抗菌薬を使用している病院などにのみ分布する。緑膿菌の病原性自体は低いが、耐性緑膿菌が生存しやすく耐性緑膿菌に接触する機会の多い環境、すなわち病院には、手術後やがん治療中等の入院患者が居り、このような身体の抵抗力が弱まった人に緑膿菌が侵入すると容易に感染症を引き起こしてしまい、敗血症や肺炎などを発症して治療困難に至る、といったことになる。このため、多剤耐性緑膿菌に対する感染対策は、今日の医療現場において極めて重要な課題となっている。
【0003】
ところが、多剤耐性緑膿菌に対しては、現在有効な抗菌薬がほとんど無い、といった情況である。このような現況下において、2種以上の抗菌薬を併用して、その相乗および相加効果により感染症の治療を行う方法が検討されている(例えば、非特許文献1参照。)。また、耐性緑膿菌に対して優れた抗菌活性を有するカルバペネム誘導体等の新規な誘導体を見い出すための研究が種々行われている(例えば、特許文献1参照。)。
【非特許文献1】岡陽子,「多剤耐性緑膿菌に対する抗菌薬の併用効果」,日本化学療法学会雑誌,社団法人日本化学療法学会,平成17年8月,第53巻,第8号,p.476−482
【特許文献1】特開平7−133277号公報(第2頁)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
多剤耐性緑膿菌感染症に対する抗菌療法は、飽くまでも既知の抗菌薬、すなわち抗生物質や合成抗菌剤を用いるものであって、2種以上の抗菌薬の組み合わせによる治療効果を期待するものである。また、カルバペネム誘導体等のように、既知の抗菌物質を化学的に修飾して新規な合成抗菌剤を開発しようとするものである。しかしながら、抗菌薬である以上、それらを使い続けると、薬剤を分解・無毒化してしまう因子を獲得した新たな耐性株を発現させる可能性がある、といった問題点がある。
【0005】
この発明は、以上のような事情に鑑みてなされたものであり、多剤耐性緑膿菌に対する抗菌作用を有し新たな耐性株が発現する可能性の低い多剤耐性緑膿菌感染症の治療薬液を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
発明者は、抗生物質や合成抗菌剤以外であって従来から別の治療目的で用いられている多くの薬液について、多剤耐性緑膿菌に対する抗菌作用を有するかどうかを実験的に確認し、幾つかの薬液が多剤耐性緑膿菌に対する抗菌作用を有することを見出すことにより、この発明をなすに至った。
すなわち、請求項1に係る発明は、多剤耐性緑膿菌による感染症の抗菌療法に用いられる多剤耐性緑膿菌感染症の治療薬液において、硫酸亜鉛を有効成分として含有してなることを特徴とする。
【0007】
請求項2に係る発明は、多剤耐性緑膿菌による感染症の抗菌療法に用いられる多剤耐性緑膿菌感染症の治療薬液において、硫酸プロタミンを有効成分として含有してなることを特徴とする。
【0008】
請求項3に係る発明は、多剤耐性緑膿菌による感染症の抗菌療法に用いられる多剤耐性緑膿菌感染症の治療薬液において、メシル酸ナファモスタットを有効成分として含有してなることを特徴とする。
【0009】
請求項4に係る発明は、請求項2または請求項3に記載の治療薬において、抗菌剤であるセフェピムを含有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
請求項1ないし請求項3に係る各発明の多剤耐性緑膿菌感染症の治療薬液は、多剤耐性緑膿菌に対する抗菌作用を有することが実験的に確認された有効成分を含有しており、その有効成分は、従来から別の治療目的で用いられている注射液の成分であるので、多剤耐性緑膿菌による感染症を治療するための薬液として用いられる可能性を十分に持ったものである。一方、当該有効成分は、抗生物質や合成抗菌剤ではないので、この治療薬液に対して耐性を獲得した耐性株が発現する可能性は低い。
【0011】
請求項4に係る発明の治療薬液では、抗菌剤であるセフェピムとの相乗および相加効果により、多剤耐性緑膿菌に対する抗菌作用がより高められる。このため、治療薬液中の硫酸プロタミンやメシル酸ナファモスタットの含有量を低減させることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
この発明に係る多剤耐性緑膿菌感染症の治療薬液は、抗生物質や合成抗菌剤ではなくて多剤耐性緑膿菌に対する抗菌作用を有する硫酸亜鉛、硫酸プロタミンまたはメシル酸ナファモスタットを有効成分として含有している。硫酸亜鉛は、高カロリー静脈栄養の補給に使用されている無機質注射製剤の微量元素配合剤などとして使用されている。また、硫酸プロタミンは、ヘパリン拮抗剤の注射液などとして使用されており、メシル酸ナファモスタットは、蛋白分解酵素阻害剤の注射液などとして使用されている。
【0013】
硫酸亜鉛を有効成分として含有する治療薬液に、硫酸プロタミン、メシル酸ナファモスタット、塩化第二鉄またはメシル酸ガベキサート等を含有させるようにしてもよい。塩化第二鉄は、高カロリー静脈栄養の補給に使用されている無機質注射製剤の微量元素配合剤などとして使用されており、メシル酸ガベキサートは、非ペプタイド蛋白分解酵素阻害剤の注射剤などとして使用されている。また、硫酸プロタミンを有効成分として含有する治療薬液に、硫酸亜鉛等を含有させるようにしてもよいし、メシル酸ナファモスタットを有効成分として含有する治療薬液に、塩化第二鉄等を含有させるようにしてもよい。これらの場合には、2種の有効成分の相乗および相加効果により、多剤耐性緑膿菌に対する抗菌作用がより高められる可能性がある。
【0014】
また、硫酸プロタミンを有効成分として含有する治療薬液、または、メシル酸ナファモスタットを有効成分として含有する治療薬液に、抗菌剤であるセフェピムを含有させることもできる。この場合には、抗菌剤であるセフェピムとの相乗および相加効果により、多剤耐性緑膿菌に対する抗菌作用がより高められる。これにより、硫酸プロタミンやメシル酸ナファモスタットの含有量を低減させた治療薬液を提供することができる。
【0015】
各薬液成分が多剤耐性緑膿菌に対する抗菌作用を有することは、実験により確認された。以下、確認実験の方法および実験結果について説明する。実験は、ディスク拡散法によった。
〔実験方法〕
和光純薬工業株式会社製の硫酸亜鉛を蒸留水に溶解させて、硫酸亜鉛を17.25mg/ml含有する試験液(以下、「A液」という)を調製し、ヘパリン拮抗剤として使用されている注射液(持田製薬株式会社製、製品名:ノボ・硫酸プロタミン静注用100mg)を蒸留水で希釈して、硫酸プロタミンを10mg/ml含有する試験液(以下、「B液」という)を調製し、蛋白分解酵素阻害剤として使用されている注射液(味の素ファーマ株式会社製、製品名:注射用コアヒビター100)を蒸留水で希釈して、メシル酸ナファモスタットを10mg/ml含有する試験液(以下、「C液」という)を調製した。また、和光純薬工業株式会社製の塩化第二鉄を蒸留水に溶解させて、塩化第二鉄を9.46mg/ml含有する試験液(以下、「D液」という)を調製し、非ペプタイド蛋白分解酵素阻害剤として使用されている注射剤(小野薬品工業株式会社製、製品名:注射用エフオーワイ100)を蒸留水に溶解させて、メシル酸ガベキサートを10mg/ml含有する試験液(以下、「E液」という)を調製した。なお、B液中には、4mg/mlの塩化ナトリウムと10mg/mlのベンジルアルコールが含有されている。
【0016】
直径7mmの円形ろ紙に上記試験液を1回当たり50μl含浸させた後、室温で2時間放置して乾燥させることにより、薬剤ディスクを調製した。そして、ろ紙から薬剤が溶出しないように注意しながら試験液の含浸および乾燥の操作を必要な回数だけ繰り返すことにより、ディスクに担持される薬剤量を変化させて、種々の薬剤ディスク(サンプルディスク)を調製した。調製された薬剤ディスクは、ナンバリングした専用の箱に入れ、6w/v%の次亜塩素酸ナトリウム水溶液100μlを含浸させたガーゼと一緒に袋内に30分間密封して滅菌処理した後、ガーゼを取り除き乾燥剤を入れた袋内に密封してから凍結乾燥させ、この状態で保存し、適宜袋内から取り出して使用した。
【0017】
測定用培地としては、MH培地(ミュラーヒントン寒天培地)(日本ベクトン・ディッキンソン株式会社製)を使用した。また、各種試験液の薬剤感受性の測定は、社団法人京都微生物研究所において2007年7月1日〜7月4日の期間内に分離されたMDRP(多剤耐性緑膿菌)の4株(尿由来の3株W、XおよびYと喀痰由来の1株Z)を対象にして行い、それら4つの菌株に対する薬剤ディスクの阻止円の直径の平均値を算出し、その平均値を用いて評価を行った。
【0018】
薬剤感受性試験は、ディスク拡散法により行った。すなわち、MH培地にMDRPを接種して培地上に薬剤ディスクを密着させた後、フラン器内において35℃〜37℃の温度で16〜18時間、培養した。このとき、薬剤ディスク中の薬剤成分が培地に拡散していき、MDRPは、薬剤のMIC(最小発育阻止濃度)より高濃度の培地部分で発育が阻止され、MICより低濃度の培地部分に発育して、MICに相当する濃度の培地部分を境界として発育阻止円が形成される。そして、培地上に形成された発育阻止円の直径寸法を計測した。評価は、発育阻止円の直径が13mm以下であるときにMDRPの耐性があると判定し、換言すると、発育阻止円の直径が13mmを超えたときにMDRPが薬剤に対して感受性を持つ(薬剤が抗菌作用を有する)と判定することにより行った。
【0019】
〔硫酸亜鉛の抗菌作用の確認〕
円形ろ紙に50μlのA液を1回だけ含浸・乾燥、2回含浸・乾燥、4回含浸・乾燥、6回含浸・乾燥および10回含浸・乾燥させたサンプルディスクをそれぞれ調製した。各サンプルディスクに担持される硫酸亜鉛の量は、それぞれ0.86251mg、1.725mg、3.45mg、5.175mgおよび8.625mgであった。各MH培地にそれぞれ形成された発育阻止円の直径(mm)を表1に示し、硫酸亜鉛量に対する発育阻止円の直径の平均値の変化を図1に示す。
【0020】
【表1】

【0021】
表1および図1に示した結果より、3.45mg以上の硫酸亜鉛を担持させた薬剤ディスクにおいて13mm以上の発育阻止円が形成され、硫酸亜鉛は、MDRPによる感染症の治療薬液として実用化可能な濃度で抗菌作用を有することが分かった。
【0022】
〔硫酸プロタミンの抗菌作用の確認〕
円形ろ紙に50μlのB液を1回だけ含浸・乾燥、2回含浸・乾燥、4回含浸・乾燥、6回含浸・乾燥および10回含浸・乾燥させたサンプルディスクをそれぞれ調製した。各サンプルディスクに担持される硫酸プロタミンの量は、それぞれ0.5mg、1.0mg、2.0mg、3.0mgおよび5.0mgであった。各MH培地にそれぞれ形成された発育阻止円の直径(mm)を表2に示し、硫酸プロタミン量に対する発育阻止円の直径の平均値の変化を図2に示す。
【0023】
【表2】

【0024】
表2および図2に示した結果より、2.0mg以上の硫酸プロタミンを担持させた薬剤ディスクにおいて13mm以上の発育阻止円が形成され、硫酸プロタミンは、MDRPによる感染症の治療薬液として実用化可能な濃度領域で抗菌作用を有することが分かった。
【0025】
〔メシル酸ナファモスタットの抗菌作用の確認〕
円形ろ紙に50μlのC液を1回だけ含浸・乾燥、2回含浸・乾燥、4回含浸・乾燥、6回含浸・乾燥および10回含浸・乾燥させたサンプルディスクをそれぞれ調製した。各サンプルディスクに担持されるメシル酸ナファモスタットの量は、それぞれ0.5mg、1.0mg、2.0mg、3.0mgおよび5.0mgであった。各MH培地にそれぞれ形成された発育阻止円の直径(mm)を表3に示し、メシル酸ナファモスタット量に対する発育阻止円の直径の平均値の変化を図2に示す。
【0026】
【表3】

【0027】
表3および図2に示した結果より、2.0mg以上のメシル酸ナファモスタットを担持させた薬剤ディスクにおいて13mm以上の発育阻止円が形成され、メシル酸ナファモスタットは、MDRPによる感染症の治療薬液として実用化可能な濃度領域で抗菌作用を有することが分かった。
【0028】
〔硫酸プロタミンと抗菌剤の併用による効果の確認〕
抗菌剤であるセフェピム(薬剤記号:CFPM)を含有するKBディスク(栄研化学株式会社の登録商標)(KBディスクろ紙番号:CFP;塩酸セフェピム30μgを含有)を使用し、このKBディスクにB液を1μl、5μlおよび10μl、それぞれ含浸させて乾燥させたサンプルディスクを調製した。各サンプルディスクに担持される硫酸プロタミンの量は、それぞれ0.01mg、0.05mgおよび0.1mgであった。また、抗菌剤を含有しない円形ろ紙にB液を1μl、5μlおよび10μl、それぞれ含浸させて乾燥させた対照ディスクを調製した。各MH培地にそれぞれ形成された4つの菌株に対するKBディスクの阻止円の直径の平均値(mm)を表4に示す。なお、塩酸セフェピムを含有し硫酸プロタミンを含有させない上記KBディスクを使用して行った感受性試験では、MH培地に、4つの菌株に対する直径の平均値が10.75mmである発育阻止円が形成された。
【0029】
【表4】

【0030】
表4に示した結果より、抗菌剤であるセフェピムを併用することにより、MDRPに対する硫酸プロタミンの抗菌作用が高められ、硫酸プロタミンの含有量を低減させても、MDRPに対する抗菌作用を示すことが分かった。
【0031】
〔メシル酸ナファモスタットと抗菌剤の併用による効果の確認〕
抗菌剤であるセフェピムを含有する上記KBディスクを使用し、このKBディスクにC液を1μl、5μlおよび10μl、それぞれ含浸させて乾燥させたサンプルディスクを調製した。各サンプルディスクに担持されるメシル酸ナファモスタットの量は、それぞれ0.01mg、0.05mgおよび0.1mgであった。また、抗菌剤を含有しない円形ろ紙にB液を1μl、5μlおよび10μl、それぞれ含浸させて乾燥させた対照ディスクを調製した。各MH培地にそれぞれ形成された4つの菌株に対するKBディスクの阻止円の直径の平均値(mm)を表4に示す。
【0032】
表4に示した結果より、抗菌剤であるセフェピムを併用することにより、MDRPに対するメシル酸ナファモスタットの抗菌作用が高められ、メシル酸ナファモスタットの含有量を低減させても、MDRPに対する抗菌作用を示すことが分かった。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】硫酸亜鉛を含有する薬剤ディスクを用いて多剤耐性緑膿菌の薬剤感受性試験を行った結果を示し、薬剤ディスクに含有される硫酸亜鉛量に対する発育阻止円の直径の変化を示す図である。
【図2】硫酸プロタミンを含有する薬剤ディスクおよびメシル酸ナファモスタットを含有する薬剤ディスクをそれぞれ用いて多剤耐性緑膿菌の薬剤感受性試験を行った結果を示し、薬剤ディスクに含有される硫酸プロタミン量に対する発育阻止円の直径の変化および薬剤ディスクに含有されるメシル酸ナファモスタット量に対する発育阻止円の直径の変化をそれぞれ示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
硫酸亜鉛を有効成分として含有してなることを特徴とする多剤耐性緑膿菌感染症の治療薬液。
【請求項2】
硫酸プロタミンを有効成分として含有してなることを特徴とする多剤耐性緑膿菌感染症の治療薬液。
【請求項3】
メシル酸ナファモスタットを有効成分として含有してなることを特徴とする多剤耐性緑膿菌感染症の治療薬液。
【請求項4】
抗菌剤であるセフェピムを含有する請求項2または請求項3に記載の多剤耐性緑膿菌感染症の治療薬液。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2009−78996(P2009−78996A)
【公開日】平成21年4月16日(2009.4.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−248420(P2007−248420)
【出願日】平成19年9月26日(2007.9.26)
【出願人】(592159977)
【Fターム(参考)】