多孔性多層中空糸膜及びその製造方法
【課題】濾過用途等に好適な、高い阻止能と透水性能を併せ持ち、かつ機械的強度に優れた多孔性中空糸膜、およびこれを安定して製造する方法を提供する。
【解決手段】具体的には、同心円状に配置された2つ以上の円環状吐出口を有する中空糸成型用ノズルを用い、該円環状吐出口から、互いに隣り合う円環状吐出口からは互いに異なる組成の熱可塑性樹脂と有機液体との溶融混練物をそれぞれ円環状に吐出して円環状多層溶融押し出しを行い、冷却固化して中空糸状に成型し、しかる後に該冷却固化中空糸状物から有機液体を抽出除去して多孔性多層中空糸膜を製造する方法において、少なくとも一つの円環状吐出口から吐出される溶融混練物が、熱可塑性樹脂と有機液体に加えて無機微粉が混練されており、かつ冷却固化後に有機液体に加えて無機微粉をも抽出除去することを特徴とする、多孔性多層中空糸膜の製造方法。
【解決手段】具体的には、同心円状に配置された2つ以上の円環状吐出口を有する中空糸成型用ノズルを用い、該円環状吐出口から、互いに隣り合う円環状吐出口からは互いに異なる組成の熱可塑性樹脂と有機液体との溶融混練物をそれぞれ円環状に吐出して円環状多層溶融押し出しを行い、冷却固化して中空糸状に成型し、しかる後に該冷却固化中空糸状物から有機液体を抽出除去して多孔性多層中空糸膜を製造する方法において、少なくとも一つの円環状吐出口から吐出される溶融混練物が、熱可塑性樹脂と有機液体に加えて無機微粉が混練されており、かつ冷却固化後に有機液体に加えて無機微粉をも抽出除去することを特徴とする、多孔性多層中空糸膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、濾過用途に好適な、緻密な細孔と高い透水性能とを併せ持ち、かつ強度に優れた、熱可塑性樹脂より成る多孔性多層中空糸膜およびその安定した製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、河川水を除濁して上水等に用いる方法として、処理水の安全性向上や設備の省スペース化という利点を持つ多孔性中空糸膜による濾過方法が広く普及しつつある。多孔性中空糸膜には、クリプトスポリジウムなどのバクテリアや濁質成分を確実に除去できる高い阻止性能、大量の水を処理するための高い透水性能、薬品洗浄や高い運転圧力を含む幅広い運転条件で長期間使用できる高い強度、の3つの性能が要求される。
【0003】
小孔径の阻止層と大孔径の強度支持層とを貼り合わせることで、高い阻止性能と高い透水性能とを併せ持つ多孔性多層中空糸膜を得るアイデアは、例えば特許文献1に開示されている。具体的にはポリエチレン等の結晶性熱可塑性樹脂に溶剤は加えずに溶融押出しを行い中空糸状押出物を延伸開孔法により多孔性多層中空糸膜とする製法が開示されている。延伸開孔法とは中空糸状押出物の長手方向に高倍率延伸を行うことでラメラ結晶スタックを開裂させて開孔させて多孔膜を作製する方法である(非特許文献1)。特許文献1では、同心円状に配置された2つの円環状ノズルから別々に相異なるMI(メルトインデックス)値を持つ結晶性熱可塑性樹脂を溶融押出しを行っている。その理由は、MI値が異なる即ち通常は分子量が異なる樹脂は延伸開孔させると異なる孔径になる性質を利用するためである。この結果、中空糸膜の外層と内層との孔径が異なる多孔性2層中空糸膜が得られる。しかしながら、この製法は、以下のような難点があり、高強度の多孔性多層中空糸膜を得ることができなかった。
(1)高倍率延伸により延伸軸方向の強度は強くなる。しかし濾過を行う上で肝心の、延伸軸とは垂直方向の強度である破裂強度および圧縮強度はむしろ低下しやすい
(2)原理上、外層と内層とでは分子量やポリマー種を変えざるを得ない。しかし分子量やポリマー種によって通常耐薬品性や機械的強度等の必要物性は異なる。そのため強度の低い樹脂を用いた場合、膜全体の強度が低下する
等の難点があり、高強度の膜を得ることができなかった。また、この製法で得られる膜の構造は、膜厚方向の孔径と比べて中空糸長手方向の孔径が大孔径化した構造であるために、破裂強度および圧縮強度が低い膜になってしまう。
【0004】
したがって、今まで、高阻止性能、高透水量かつ高強度の3つの性能を併せ持つ多孔性多層中空糸膜およびその安定した製造方法は得られていなかった。
【0005】
一方、多孔性膜の製法として、上述の延伸開孔法とは異なる製法である熱誘起相分離法が知られている。この製法では熱可塑性樹脂と有機液体を用いる。この有機液体は、該熱可塑性樹脂を室温では溶解しないが、高温では溶解する溶剤、即ち潜在的溶剤となるものを用いる。熱可塑性樹脂と有機液体を高温で混練し、熱可塑性樹脂を有機液体に溶解させた後、室温まで冷却することで相分離を誘発させ、さらに有機液体を除去して多孔体を製造する方法(熱誘起相分離法)は、以下の利点を持つ。
(a)室温で溶解できる適当な溶剤のないポリエチレン等のポリマーでも製膜が可能になる
(b)高温で溶解したのち冷却固化させて製膜するので、特に熱可塑性樹脂が結晶性樹脂である場合、製膜時に結晶化が促進され高強度膜が得られやすい、
上記の利点から、多孔性膜の製造方法として多用されている(例えば非特許文献1〜4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開昭60−139815号公報
【特許文献2】特開平3−215535号公報
【特許文献3】特開2002−56979号公報
【特許文献4】特開4−065505号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】プラスチック・機能性高分子材料事典編集委員会、「プラスチック・機能性高分子材料事典」、産業調査会、2004年2月、672−679頁
【非特許文献2】松山秀人著、「熱誘起相分離法(TIPS法)による高分子系多孔膜の作製」、ケミカル・エンジニアリング誌、1998年6月号、45-56頁、化学工業社刊
【非特許文献3】滝澤章著、「膜」、平成4年1月発行、404-406頁、アイピーシー社刊
【非特許文献4】D.R.Lloyd,et.al., Jounal of Membrane Science, 64(1991)1-11
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、濾過用途に好適な、緻密な細孔と高い透水性能とを併せ持ち、かつ強度に優れた、熱可塑性樹脂より成る多孔性多層中空糸膜、およびその安定した製造方法を提供することを目標とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために、高強度膜を得るに有利と考えられる熱誘起相分離法(非特許文献1〜4)により、緻密な細孔と高い透水性能を併せ持つに有利である多孔性多層中空糸膜およびこれを安定して製造する技術の確立を目指して鋭意検討を重ねた。その結果、隣り合う吐出口から異なる組成の溶融混練物を吐出し、少なくとも一つの吐出口から吐出される溶融混練物に無機微粉が含まれていることが、多孔性多層中空糸膜を安定して紡糸(製膜)するために、さらには、得られる多孔性多層中空糸膜の強度の向上のために、極めて重要であることを見出した。さらに、内外少なくとも2層からなる多孔性多層中空糸膜であって、熱可塑性樹脂からなり、前記2層のうちの少なくとも1層(A)は、等方的な三次元網目構造を有して、かつ表面孔径が断面孔径の0.6倍から1.4倍であり、前記2層の他の1層(B)は、表面孔径が断面孔径の1/2未満であることを特徴とする多孔性多層中空糸膜が阻止性能、透水性能および強度を高いレベルでバランスさせるために有効であることを見出し、本発明に至った。
【0010】
すなわち本発明は以下のものである。
(1)
内外少なくとも2層からなる多孔性多層中空糸膜であって、熱可塑性樹脂からなり、該2層のうちの少なくとも1層(A)は、等方的な三次元網目構造を有して、かつ表面孔径が断面中央孔径の0.6倍から1.4倍であり、該2層の他の1層(B)は、表面孔径が断面中央孔径の1/2未満であることを特徴とする多孔性多層中空糸膜。
(2)
該1層(B)が、等方的な三次元網目構造を有することを特徴とする(1)に記載の多孔性多層中空糸膜。
(3)
該1層(B)の表面孔径が、0.01μm以上5μm未満であることを特徴とする(1)または(2)記載の多孔性多層中空糸膜。
(4)
該断面中央孔径が、0.1μm以上10μm以下であることを特徴とする(1)から(3)の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜。
(5)
該1層(B)の表面開孔率が、20%以上80%以下であることを特徴とする(1)から(4)の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜。
(6)
該1層(B)の厚みが、膜厚の1/100以上40/100以下であることを特徴とする(1)から(5)の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜。
(7)
1層(A)および1層(B)の等方率が共に80%以上であることを特徴とする(1)から(6)の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜。
(8)
膜厚の外表面から内表面の位置による平均孔径の変化量を表す値であるパラメーターQが−0.2≦Q≦0.2となるQの個数が、全平均孔径測定値数に対し80%以上であることを特徴とする(1)から(7)の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜。
(9)
該熱可塑性樹脂が、ポリオレフィンおよびポリフッ化ビニリデンから選ばれたものであることを特徴とする(1)から(8)の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜。
(10)
内径が0.4mm以上5mm以下、膜厚が0.2mm以上1mm以下であることを特徴とする(1)から(9)の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜。
(11)
懸濁物質を含む被処理液の濾過用途に用いられる、(1)から(10)の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜。
(12)
円環状吐出口を有する中空糸成型ノズルを用い、該円環状吐出口から熱可塑性樹脂と有機液体を含む溶融混練物を吐出し、得られた多層中空糸から該有機液体を抽出除去する、熱誘起相分離法により多孔性多層中空糸膜を製造する方法において、該中空糸成型ノズルが同心円状に配置された円環状吐出口を二つ以上有し、隣り合う吐出口からは互いに異なる組成の溶融混練物が吐出され、少なくとも1つの該円環状吐出口から吐出される溶融混練物が無機微粉も含み、得られた多層中空糸状から該無機微粉も抽出除去される事を特徴とする製造方法。
(13)
該円環状吐出口から吐出される該溶融混練物のうち、少なくとも吐出量が最も多い溶融混練物には、該熱可塑性樹脂と該有機液体に加えて、該無機微粉が混練されていることを特徴とする(12)記載の多孔性中空糸膜の製造方法。
(14)
該無機微粉が微粉シリカであることを特徴とする(12)または(13)に記載の多孔性多層中空糸膜の製造方法。
(15)
1つの該円環状吐出口から吐出される溶融混練物に無機微粉が5質量%以上、40質量%以下含まれていることを特徴とする(12)から(14)の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜の製造方法。
(16)
該溶融混練物に対する、有機液体の質量比D、無機微粉の質量比S、および該無機微粉が単位質量当たりに該有機液体を吸油する最大質量Mが、0.2≦(D/S)/M≦2の関係を満たすことを特徴とする(12)から(15)の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜の製造方法。
(17)
隣り合う円環状吐出口から吐出される該溶融混練物に含まれる該有機液体のうち、少なくとも1種類は共通であることを特徴とする(12)から(16)の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜の製造方法。
(18)
隣り合う円環状吐出口から吐出される該溶融混練物に含まれる該有機液体の種類が全て共通であり、その組成比が異なることを特徴とする(12)から(16)の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜の製造方法。
(19)
該溶融混練物の紡口吐出時における線速V(m/秒)を紡口吐出口のスリット幅d(m)で除した、紡口パラメーターR(1/秒)の少なくとも一つが10以上1000以下であるように該溶融混練物を吐出することを特徴とする(12)から(18)の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜の製造方法。
(20)
有機液体および/または無機微粉の抽出除去の前または後に、1.1倍以上3倍以内の延伸倍率で多層中空糸を中空糸長手方向に延伸することを特徴とする(12)から(19)の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜の製造方法。
(21)
熱可塑性樹脂がポリオレフィンおよびポリフッ化ビニリデンから選ばれたものであることを特徴とする(12)から(20)の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜の製造方法。
(22)
(12)〜(21)の何れかに記載の製造方法で得られる多孔性多層中空糸膜。
(23)
(1)から(10)及び(22)の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜を用いて、懸濁物質を含む被処理液を濾過する濾過方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、濾過用途に好適な、緻密な細孔と高い透水性能を併せ持ち、かつ強度に優れた、熱可塑性樹脂より成る多孔性中空糸膜および前記多孔性中空糸膜を安定に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】2層中空糸成型ノズルの例を示す図であり、(a)吐出方向に平行な面で切った断面図、(b)ノズル吐出口の正対図、(c)2層中空糸状押出物を押出方向に垂直な面で切った断面図である。
【図2】2層中空糸成型ノズルの他の例を示す図である。
【図3】等方的三次元網目構造の模式図である。
【図4】球晶構造の模式図である。
【図5】多孔性2層中空糸膜の膜厚方向の孔径変化の例を示した模式図である。
【図6】実施例1で得られた多孔性2層中空糸膜の外表面の倍率5000倍の電子顕微鏡写真である。
【図7】実施例1で得られた多孔性2層中空糸膜の外表面近傍断面の倍率5000倍の電子顕微鏡写真である。
【図8】実施例1で得られた多孔性2層中空糸膜の外表面近傍断面の倍率1000倍の電子顕微鏡写真である。
【図9】実施例1で得られた多孔性2層中空糸膜の断面中央部の倍率5000倍の電子顕微鏡写真である。
【図10】実施例1で得られた多孔性2層中空糸膜の内表面近傍断面の倍率5000倍の電子顕微鏡写真である。
【図11】実施例1で得られた多孔性2層中空糸膜の内表面の倍率5000倍の電子顕微鏡写真である。
【図12】実施例1において、溶融混練物(a)(外層)に黒鉛を混合して得られた中空糸状押出し物の円環断面のマイクロスコープ像である。
【図13】実施例2で得られた多孔性2層中空糸膜の外表面の倍率5000倍の電子顕微鏡写真である。
【図14】実施例2で得られた多孔性2層中空糸膜の外表面近傍断面の倍率5000倍の電子顕微鏡写真である。
【図15】実施例2で得られた多孔性2層中空糸膜の外表面近傍断面の倍率1000倍の電子顕微鏡写真である。
【図16】実施例2で得られた多孔性2層中空糸膜の断面中央部の倍率5000倍の電子顕微鏡写真である。
【図17】実施例2で得られた多孔性2層中空糸膜の内表面近傍断面の倍率5000倍の電子顕微鏡写真である。
【図18】実施例2で得られた多孔性2層中空糸膜の内表面の倍率5000倍の電子顕微鏡写真である。
【図19】実施例2で得られた多孔性2層中空糸膜の円環断面全体の倍率60倍の電子顕微鏡写真である。
【図20】実施例2で得られた多孔性2層中空糸膜の円環断面の倍率300倍の電子顕微鏡写真である。
【図21】実施例2で得られた多孔性2層中空糸膜の断面孔径変化のグラフである。
【図22】比較例2で得られた多孔性2層中空糸膜の外表面の倍率5000倍の電子顕微鏡写真である。
【図23】比較例2で得られた多孔性2層中空糸膜の外表面近傍断面の倍率5000倍の電子顕微鏡写真である。
【図24】比較例2で得られた多孔性2層中空糸膜の断面中央部の倍率5000倍の電子顕微鏡写真である。
【図25】比較例2で得られた多孔性2層中空糸膜の内表面近傍断面の倍率5000倍の電子顕微鏡写真である。
【図26】比較例2で得られた多孔性2層中空糸膜の内表面の倍率5000倍の電子顕微鏡写真である。
【図27】比較例3で得られた多孔性中空糸膜の外表面の倍率5000倍の電子顕微鏡写真である。
【図28】比較例3で得られた多孔性中空糸膜の外表面近傍断面の倍率5000倍の電子顕微鏡写真である。
【図29】比較例3で得られた多孔性中空糸膜の断面中央部の倍率5000倍の電子顕微鏡写真である。
【図30】比較例3で得られた多孔性中空糸膜の内表面近傍断面の倍率5000倍の電子顕微鏡写真である。
【図31】比較例3で得られた多孔性中空糸膜の内表面の倍率5000倍の電子顕微鏡写真である。
【図32】参考例で得られた球晶構造の多孔性中空糸膜の断面中央部の倍率1000倍の電子顕微鏡写真である。
【図33】実施例2で得られた多孔性2層中空糸膜の、パラメーターQの膜厚位置による変動を示す図である。横軸が全膜厚を1としたときの膜厚の位置、縦軸がQを示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明につき、具体的かつ詳細に説明する。
【0014】
熱可塑性樹脂は、常温では弾性を有し塑性を示さないが、適当な加熱により塑性を現し、成型が可能になる樹脂である。冷却して温度が下がると再びもとの弾性体に戻り、その間に分子構造など化学変化を生じない樹脂である(化学大辞典編集委員会編集、化学大辞典6縮刷版、共立出版、860および867頁、1963年)。
【0015】
熱可塑性樹脂の例としては、12695の化学商品(化学工業日報社、1995年)の熱可塑性プラスチックの項(829〜882頁)記載の樹脂や、化学便覧応用編改訂3版(日本化学会編、丸善、1980年)の809−810頁記載の樹脂等を挙げることができる。具体例名を挙げると、ポリエチレン、ポリプロピレンのようなポリオレフィン、ポリフッ化ビニリデン、エチレンービニルアルコール共重合体、ポリアミド、ポリエーテルイミド、ポリスチレン、ポリサルホン、ポリビニルアルコール、ポリフェニレンエーテル、ポリフェニレンサルファイド、酢酸セルロース、ポリアクリロニトリルなどである。中でも、結晶性を有する、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリフッ化ビニリデン、エチレンービニルアルコール共重合体、ポリビニルアルコールなどの結晶性熱可塑性樹脂は強度発現の面から好適に用いることができる。さらに好適には、疎水性ゆえ耐水性が高く、通常の水系液体の濾過において耐久性が期待できる、ポリオレフィン、ポリフッ化ビニリデン等を用いることができる。特に好適には、耐薬品性等の化学的耐久性に優れるポリフッ化ビニリデンを用いることができる。ポリフッ化ビニリデンとしては、フッ化ビニリデンホモポリマーや、フッ化ビニリデン比率50モル%以上のフッ化ビニリデン共重合体が挙げられる。フッ化ビニリデン共重合体としては、フッ化ビニリデンと、四フッ化エチレン、六フッ化プロピレン、三フッ化塩化エチレンまたはエチレンから選ばれた1種以上との共重合体を挙げることができる。ポリフッ化ビニリデンとしては、フッ化ビニリデンホモポリマーがもっとも好ましい。
【0016】
有機液体は、本願で用いる熱可塑性樹脂に対し、潜在的溶剤となるものを用いる。本願では、潜在的溶剤とは、該熱可塑性樹脂を室温(25℃)ではほとんど溶解しないが、室温よりも高い温度では該熱可塑性樹脂を溶解できる溶剤を言う。熱可塑性樹脂との溶融混練温度にて液状であればよく、必ずしも常温で液体である必要はない。
【0017】
熱可塑性樹脂がポリエチレンの場合、有機液体の例として
フタル酸ジブチル、フタル酸ジヘプチル、フタル酸ジオクチル、フタル酸ジ(2−エチルヘキシル)、フタル酸ジイソデシル、フタル酸ジトリデシル等のフタル酸エステル類;
セバシン酸ジブチル等のセバシン酸エステル類;
アジピン酸ジオクチル等のアジピン酸エステル類;
トリメリット酸トリオクチル等のトリメリット酸エステル類;
リン酸トリブチル、リン酸トリオクチル等のリン酸エステル類;
プロピレングリコールジカプレート、プロピレングリコールジオレエート等のグリセリンエステル類;
流動パラフィン等のパラフィン類;
およびこれらの混合物等を挙げることができる。
【0018】
熱可塑性樹脂がポリフッ化ビニリデンの場合、有機液体の例として、
フタル酸ジメチル、フタル酸ジエチル、フタル酸ジブチル、フタル酸ジシクロヘキシル、フタル酸ジヘプチル、フタル酸ジオクチル、フタル酸ジ(2−エチルヘキシル)等のフタル酸エステル類;
メチルベンゾエイト、エチルベンゾエイト等の安息香酸エステル類;
リン酸トリフェニル、リン酸トリブチル、リン酸トリクレジル等のリン酸エステル類;γ―ブチロラクトン、エチレンカーボネイト、プロピレンカーボネイト、シクロヘキサノン、アセトフェノン、イソホロン等のケトン類;
およびこれらの混合物等を挙げることができる。
【0019】
無機微粉としては、シリカ、アルミナ、酸化チタン、酸化ジルコニア、炭酸カルシウム等が挙げられるが、特に平均一次粒子径が3nm以上500nm以下の微粉シリカが好ましい。より好ましくは5nm以上100nm以下である。凝集しにくく分散性の良い疎水性シリカ微粉がより好ましく、さらに好ましくはMW(メタノールウェッタビリティ)値が30容量%以上である疎水性シリカである。ここでいうMW値とは、粉体が完全に濡れるメタノールの容量%の値である。具体的には、純水中にシリカを入れ、攪拌した状態で液面下にメタノールを添加していった時に、シリカの50質量%が沈降した時の水溶液中におけるメタノールの容量%を求めて決定される。
【0020】
無機微粉の添加量は、溶融混練物中に占める無機微粉の質量比率が、5質量%以上40質量%以下が好ましい。無機微粉の割合が5質量%以上であれば、無機微粉混練による効果が十分に発現でき、40質量%以下であれば、安定に紡糸できる。
【0021】
溶融混練における混合割合は、質量を比重で除した容量の比率が、熱可塑性樹脂が15容量%から50容量%の範囲、有機液体と無機微粉の両者の合計が50容量%から85容量%の範囲であることが、得られる中空糸の透水性能と強度のバランス、また溶融押出し操作である紡糸操作の安定性の面から好ましい。熱可塑性樹脂は、得られる多孔性多層中空糸膜の強度と紡糸安定性の点から、15容量%以上であることが好ましい」。また、得られる多孔性多層中空糸膜の透水性能と紡糸安定性の点から、85容量%以下であることが好ましい。
【0022】
熱可塑性樹脂と有機液体および無機微粉の溶融混練は、通常の溶融混練手段、例えば2軸押出機を用いて行うことができる。同心円状に配置された2つ以上の円環状吐出口を有する中空糸成型ノズルを押出機の先端に装着し、それぞれの円環状吐出口にはそれぞれ異なる押出機より溶融混練物を供給押出しできるようにする。異なる押出機より供給される溶融混練物を吐出口で合流させ重ね合わせることで、多層構造を有する中空糸状押出物を得ることができる。このとき、互いに隣り合う円環状吐出口から組成の異なる溶融混練物を押出すことで、互いに隣り合う層の孔径が異なる多層膜を得ることができる。互いに異なる組成とは、溶融混練物の構成物質が異なる場合、または、構成物質が同じでも構成比率が異なる場合を指す。同種の熱可塑性樹脂であっても、分子量や分子量分布が明確に異なる場合は、構成物質が異なるとみなす。層数が2の場合の多層溶融押出しによる多層中空糸状押出物作製要領の概念図を、図1、図2に示す。互いに異なる組成の溶融混練物の合流位置は、中空糸成型用ノズル下端面であっても(図1)、中空糸成型用ノズル下端面とは異なっていてもよい(図2)。ノズル下端面通過前、すなわち冷却されて相分離が始まる前に合流させる図2のノズルを用いるほうが層間の接着性の観点からより好ましい。
【0023】
図1や図2に例示されるような同心円状に配置された2つ以上の円環状吐出口を有する中空糸成型用ノズルを用いることで、少なくとも1つの円環状吐出口からは、熱可塑性樹脂と有機液体に加えて無機微粉が混練されている溶融混練物を押出すことが可能となる。この結果、阻止性能と透水性能および強度が高いレベルでバランスの取れた多孔性多層中空糸膜を容易に得ることができる。
【0024】
無機微粉を添加することで、以下の3つの具体的な効果により、優れた性能を持つ多孔性多層中空糸膜を安定に得ることができる。
(1)多層構造を有する中空糸状押出物の押出しの安定性(紡糸安定性)が格段に向上する。これは、無機微粉を加えることで溶融混練物の粘度が大きく増大するためである。多層押出しは1層押出しに比べると不安定になりやすいが、本発明では貼り合わせる層の少なくとも1つの層が粘度が高く、「硬い」層となるために安定性が付与される。具体的には、真円性が保持されると同時に、層界面の乱れが抑止された多層中空糸状押出物を容易に得ることが可能になる。層界面の波打ちなど、層界面の乱れを抑止することは、多層押出しを行う上で重要である。
(2)孔径分布がシャープになり、阻止性能、透水性能および強度の3つが高いレベルでバランスした膜が得られる。これは、溶融混練物の粘度が高いことにより、あるいは無機微粉の凝集体が有機液体をその内部に吸油することにより、隣り合う層への有機液体の染み出しを抑制し、また隣り合う層から有機液体が染み込んできた場合にも無機微粉が吸油する、すなわちバッファーの役割を果たすためと考えられる。粘度が高いために有機液体の移動が抑えられる、あるいは層間での有機液体の混ざり合いによる膜構造の変化を緩和されるからである。
(3)理由は不明であるが、少なくとも一層に無機微粉を添加した場合、有機液体および無機微粉の抽出除去前においても、抽出除去後においても、膜の機械的強度および化学的強度(耐薬品性)が高くなる傾向がある。
【0025】
上述の3つの効果は、吐出される複数の溶融混練物のうち、最も吐出量が多い溶融混練物に無機微粉が含まれている場合に、より効果が高まるために好ましい。吐出される全ての溶融混練物に無機微粉が含まれている場合が、さらに好ましい。
【0026】
さらに、無機微粉を含む溶融混練物の組成が、有機液体の質量比Dを無機微粉の質量比Sで除し、更に単位質量当たりの前記無機微粉が前記有機液体を吸油する最大質量Mで除した値が、0.2以上2以下の範囲になる組成であれば、溶融混練物間における有機液体の移動を抑止する効果をより高めることができるため、より好ましい。ここでいう有機液体は、溶融混練物に含まれる組成と同一のもの、すなわち、単一のものあるいは混合した有機液体であれば同じ混合比のものである。0.2以上であれば、層界面付近で隣り合う層から有機液体の移動を抑え、緻密な層が形成されず、高い純水透水率が維持される。2以下であれば、無機微粉に吸油されていない有機液体が十分に少なく、界面付近での有機液体の移動が起こりにくくなる。これは膜構造の変化の緩和につながり、結果として阻止性能が維持される。より好ましくは0.3以上1.5以下、より好ましくは0.4以上1.0以下である。この効果も、吐出される複数の溶融混練物のうち、最も吐出量が多い溶融混練物に無機微粉が含まれている場合に、より効果が高まるために好ましくい。吐出される全ての溶融混練物に無機微粉が含まれている場合が、さらに好ましい。なお、ここでいう無機微粉が単位質量あたりに有機液体を吸油する最大質量Mは、無機微粉を混練しながら有機液体を滴下していき、混練時のトルクが最初に最大トルクの70%になったときの有機液体の添加質量を無機微粉の添加質量で除することで求めることができる。
【0027】
また、隣り合う2つの溶融混練物に混練されている有機液体が少なくとも1種類は共通であることも、溶融混練物間における有機液体の移動が起こった際の構造変化の影響が小さくなるため、好ましい。さらに、隣り合う溶融混練物に用いられる有機液体の種類が全て共通で混合比が異なることがより好ましい。有機液体が全て共通である場合には、抽出した有機液体の回収も容易になるのでさらに好ましい。
【0028】
互いに隣り合う溶融混練物を合流させる際の樹脂温度の差は、20℃以下が好ましい。20℃以下であれば、溶融混練物の界面において緻密化やボイド形成が起こりにくい。その結果、高い透水性能や強度の膜を得ることができる。合流時の樹脂温度の差は、より好ましくは10℃以下、さらに好ましくは0℃である。
【0029】
円環状吐出口から溶融混練物を押出す際には、紡口吐出パラメーターR(1/秒)が10以上1000以下の値になるように吐出すると、高い生産性と紡糸安定性さらに高強度の膜が得られるため、好ましい。ここで紡口吐出パラメーターRとは、吐出線速V(m/秒)を、吐出口のスリット幅d(m)で除した値である。吐出線速V(m/秒)は、溶融混練物の時間当たりの吐出容量(m3/秒)を吐出口の断面積(m2)で除した値である。Rが10以上であれば、中空状押出し物の糸径が脈動する等の問題が無く、生産性良く安定に紡糸できる。またRが1000以下であれば、得られる多孔性多層中空糸膜の重要な強度の一つである破断伸度が十分に高く維持できる。破断伸度とは、膜長手方向に引っ張った時の元の長さに対する伸び率のことである。図2に示される紡口ノズルのように、吐出前に溶融混練物が合流する場合は、図2の下端面9における合流後の積層された溶融混練物の吐出線速Vを吐出口のスリット幅dで除した値を紡口パラメーターRとする。なお、図1に示される紡口ノズルのように、吐出と同時、あるいは吐出後に溶融混練物が合流する場合は、図1の下端面9の円環状吐出口11および12におけるそれぞれのd1、d2に対し、紡口パラメーターR1、R2を求める。このような場合には、少なくとも1つの紡口パラメーターRが10以上1000以下であることが好ましい。より好ましくは最も吐出量が多い紡口パラメーターRが10以上1000以下、さらに好ましくは全ての円環状吐出口における紡口パラメーターRが10以上1000以下である。Rの範囲は、より好ましくは50以上800以下、さらに好ましくは100以上500以下である。
【0030】
多層を形成する層の数および各層の孔径や各層の厚みの比率は、目的により適宜設定することができる。例えば2層の濾過膜を目的とする場合であれば、(i)小孔径かつ薄い外層と大孔径かつ厚い内層の組み合わせ、あるいは(ii)大孔径かつ厚い外層と小孔径かつ薄い内層の組み合わせが、緻密な細孔と高い透水性能を併せ持つために有効であり、例えば3層の場合であれば、(iii)小孔径かつ薄い外層および内層と大孔径かつ厚い中間層の組み合わせ、あるいは(iv)大孔径かつ厚い外層および内層と小孔径かつ薄い中間層の組み合わせが、緻密な細孔と高い透水性能を併せ持つために有効である。
【0031】
吐出口から多層構造で押出された中空糸状溶融混練物は、空気中あるいは水等の冷媒を通過して冷却固化され、必要に応じてかせ等に巻き取られる。冷却中に熱誘起相分離が誘発される。冷却固化後の中空糸状物中には、ポリマー濃厚部分相と有機液体濃厚部分相とが微細に分かれて存在する。なお、無機微粉が微粉シリカである場合、微粉シリカは有機液体濃厚部分相に偏在する。この冷却固化中空糸状物から有機液体と無機微粉を抽出除去することで、有機液体濃厚相部分が空孔となる。よって多孔性多層中空糸膜を得ることができる。
【0032】
有機液体の抽出除去および無機微粉の抽出除去は、同じ溶剤にて抽出除去できる場合であれば同時に行うことができる。通常は別々に抽出除去する。
【0033】
有機液体の抽出除去は、用いた熱可塑性樹脂を溶解あるいは変性させずに有機液体とは混和する、抽出に適した液体を用いる。具体的には浸漬等の手法により接触させることで行うことができる。該液体は、抽出後に中空糸膜から除去しやすいように、揮発性であることが好ましい。該液体の例としては、アルコール類や塩化メチレン等がある。有機液体が水溶性であれば水も抽出用液体として使うことが可能である。
【0034】
無機微粉の抽出除去は、通常、水系の液体を用いて行う。例えば無機微粉がシリカである場合、まずアルカリ性溶液と接触させてシリカをケイ酸塩に転化させ、次いで水と接触させてケイ酸塩を抽出除去することで行うことができる。
【0035】
有機液体の抽出除去と無機微粉の抽出除去とは、どちらが先でも差し支えはない。有機液体が水と非混和性の場合は、先に有機液体の抽出除去を行い、その後に無機微粉の抽出除去を行う方が好ましい。通常有機液体および無機微粉は有機液体濃厚部分相に混和共存しているため、無機微粉の抽出除去をスムースに進めることができ、有利である。
【0036】
このように、冷却固化した多層中空糸から有機液体および無機微粉を抽出除去することにより、多孔性多層中空糸膜を得ることができる。
【0037】
なお、冷却固化後の多層中空糸に対し、(i)有機液体および無機微粉の抽出除去前、(ii)有機液体の抽出除去後で無機微粉の抽出除去前、(iii)無機微粉の抽出除去後で有機液体の抽出除去前、(iv)有機液体および無機微粉の抽出除去後、のいずれかの段階で、多層中空糸の長手方向への延伸を、延伸倍率3倍以内の範囲で行うことができる。一般に多層中空糸膜を長手方向に延伸すると透水性能は向上するが、耐圧性能(破裂強度および圧縮強度)が低下するため、延伸後は実用的な強度の膜にならない場合が多い。しかしながら、本願の製造方法で得られる多孔性多層中空糸膜は機械的強度が高い。よって延伸倍率1.1倍以上3倍以内の延伸は実施可能である。延伸により、多孔性多層中空糸膜の透水性能が向上する。ここで言う延伸倍率とは、延伸後の中空糸長を延伸前の中空糸長で割った値を指す。例えば、中空糸長10cmの多層中空糸を、延伸して中空糸長を20cmまで伸ばした場合、下記式より、延伸倍率は2倍である。
20cm÷10cm=2
また、必要に応じて延伸後の膜に熱処理をおこない、圧縮強度を高めても良い。熱処理温度は通常は熱可塑性樹脂の融点以下が好適である。
【0038】
阻止性能、透水性能、および強度が高いレベルでバランスの取れた本願発明の多孔性多層中空糸膜は、少なくとも2層を有する熱可塑性樹脂から成る多層膜である。
【0039】
以下、多孔性2層中空糸膜の模式図(図5参照)を例に、本願の多孔性多層中空糸膜を説明する。
【0040】
2層のうち大きい孔径を有する層を1層(A)、小さい孔径を有する層を1層(B)とする。また1層(A)を内層、1層(B)を外層として説明する。しかし本願発明はこれによって限定されるものではない。例えば1層(A)、1層(B)の間に別の層が存在していても良いし、1層(A)や1層(B)に他の層が積層されていても良い。
【0041】
図5(1)は、1層(A)および1層(B)が共に等方的な三次元網目構造である場合の膜厚方向の孔径変化を示す図であり、図5(2)は、1層(B)が異方的な三次元網目構造である場合の孔径変化を示す図であり、図5(3)は図5(1)の外表面側に孔径が小さい層、すなわちスキン層が形成されている場合の孔径変化を示す図である。図5(1)から(3)にそれぞれの中空糸膜断面の膜厚と断面孔径の関係を表すグラフを示す。グラフの縦軸は断面中央孔径に対する、各断面における孔径の比、横軸は全膜厚を1として、外表面から膜厚方向へ進んだ位置の間の距離を表示している。表面の摩耗が生じても阻止性能が変化しにくいため、1層(A)および(B)共に、等方的な三次元網目構造とするのが好ましい。
【0042】
2層のうちの1層(A)は、いわゆる支持層である。この支持層は耐圧性能等の高い機械的強度を担保すると共に、透水性をできるだけ低下させない機能を有する。
【0043】
この1層(A)は、等方的な三次元網目構造を有する。ここでいう等方的とは、膜厚方向及び膜円周方向及び膜長手方向のいずれに関しても、孔径の変化が小さく、ほぼ均質な構造であることを意味する。等方的な構造とは、マクロボイド等の強度的に弱い部分が生じにくい構造である。よって多孔性多層中空糸膜の透水性を維持しながら、耐圧性能等の機械的強度を高くすることが可能になる。
【0044】
また、本願で言う三次元網目構造とは、模式的には図3で表したような構造を指す。熱可塑性樹脂aが接合して網目を形成し、空隙部bが形成されていることがわかる。また実施例1で得られた実際の多孔性2層中空糸膜における等方的な三次元網目構造の顕微鏡写真の一例を図9に示す。網目を形成する熱可塑性樹脂の太さはほぼ一定である。この三次元網目構造では、図4で模式的に示されるような、いわゆる球晶構造の樹脂の塊状物がほとんど見られない。三次元網目構造の空隙部は、熱可塑性樹脂に囲まれており、空隙部の各部分は互いに連通している。用いられた熱可塑性樹脂のほとんどが、中空糸膜の強度に寄与しうる三次元網目構造を形成しているので、高い強度の支持層を形成することが可能になる。また、耐薬品性も向上する。耐薬品性が向上する理由は明確ではないが、強度に寄与しうる網目を形成する熱可塑性樹脂の量が多いため、網目の一部が薬品に侵されても、層全体としての強度には大きな影響が及ばないためではないかと考えられる。一方、図4で模式的に示されるような、いわゆる球晶構造では、塊状物に樹脂が集まっているため相対的に強度に寄与する熱可塑性樹脂の量が少ないため、一部が薬品に侵されると層全体の強度に影響が及びやすいのではないかと考えられる。参考のため、球晶構造の模式図を図4に示す。図4では、球晶cが部分的に密集しており、その球晶cの密集部分間の間隙が空隙部dであることがわかる。また、後述の参考例1で得られた球晶構造の顕微鏡写真を図23に示す。
【0045】
1層(A)の表面孔径は、断面中央孔径の0.6倍以上1.4倍以下である。1層(A)の表面孔径が断面中央孔径の0.6倍以上1.4倍以下であるのは、1層(A)が等方的な三次元網目構造を有することと整合している。0.6倍以上であれば支持層表面での濾過抵抗が大きくなりすぎず、膜全体として実用上十分な高透水性を発現できる。また1.4倍以下であれば高い機械的強度を発現できる。
【0046】
中空糸膜は、メッシュ状の金属やプラスチック等の支持体上に載せて使用することが一般的である平膜とは異なり、膜自身で濾過圧に耐える強度を発現する必要がある。よって、特に濾過方向に対する強度、すなわち破裂強度および圧縮強度を発現できる膜構造設計が重要である。断面中央付近から中空糸内表面側への孔径の増大を抑止することで、低濾過抵抗と高圧縮強度を両立させることができる。膜断面方向の孔径をこのように制御することにより、高いレベルで阻止性能、機械的強度、透水性のバランスをとることが可能になる。1層(A)の表面孔径は、好ましくは断面中央孔径の0.7倍から1.3倍であり、さらに好ましくは0.8倍から1.2倍である。
【0047】
なお、ここにいう1層(A)の表面孔径とは、中空糸膜を外部から観察する場合に、1層(A)が露出している表面に観察される孔の平均孔径を言う。この平均孔径は、以下のようにして測定する。まず走査型電子顕微鏡を用い、多孔性多層中空糸膜の1層(A)が露出している表面を、極力多数の孔の形状が明確に確認できる程度の倍率で撮影する。次に、その写真上で、縦横方向に直交するように各5本の線をほぼ均等な間隔で引き、それらの線が写真中の孔を横切る長さを測定する。そして、それらの測定値の算術平均値を求め、これを平均孔径としている。孔径測定の精度を上げるために、縦横計10本の線が横切る孔径の数は20個以上とするのが好ましい。孔径が0.1μmから1μm程度であれば、5000倍程度の倍率の電子顕微鏡画像を用いるのが適当である。
【0048】
また、ここにいう断面中央孔径とは、多孔性多層中空糸膜を長さ方向に垂直な断面で切断した場合の断面において、膜厚の中央位置から、全膜厚の10%の範囲内で任意の倍率で走査型電子顕微鏡写真を撮影し、この写真を用いて上記の平均孔径と同様にして孔径の算術平均値を求めたものである。断面中央孔径は、具体的には、0.1μm以上10μm以下であることが好ましい。この範囲で望ましい透水性と機械的強度の良いバランスをとることができる。より好ましくは0.3μm以上8μm以下、さらに好ましくは0.6μm以上6μm以下、さらに好ましくは0.8μm以上4μm以下である。
【0049】
1層(B)の表面における開孔率は、目的により適宜定めれば良く特に限定されないが、懸濁物質等を含む被処理液の濾過安定性の観点からは20%以上であることが好ましく、より好ましくは23%以上、さらに好ましくは25%以上である。なお、表面部分の機械的強度の観点を高める観点からは、開孔率は80%以下であることが好ましい。より好ましくは60%以下であり、さらに好ましくは50%以下である。開孔率は、例えば、国際公開公報PCT/WO 01/53213 A1に記載されているように、電子顕微鏡画像のコピーの上に透明シートを重ね、黒いペン等を用いて孔部分を黒く塗り潰し、その後透明シートを白紙にコピーすることにより、孔部分は黒、非孔部分は白と明確に区別し、その後に市販の画像解析ソフトを利用して求めることができる。
【0050】
2層のうちのもう一つの1層(B)は、いわゆる阻止層である。小さい表面孔径により被処理液中に含まれる異物の膜透過を阻止する機能を発揮する。ここに言う1層(B)の表面孔径とは、中空糸膜を外部から観察する場合に、1層(B)が露出している表面に観察される孔の平均孔径を言う。1層(B)の表面孔径の測定は、1層(A)の表面孔径の測定と同じようにして走査型電子顕微鏡写真を用いて行えばよい。なお、1層(B)の具体的な表面孔径は、0.01μm以上5μm未満であることが好ましい。0.01μm以上であれば、緻密表面の濾過抵抗が小さく、実用上十分な透水性を発現しやすい。また、5μm以下であれば、濾過膜の重要な要求機能である除濁性能の発現が可能になる。より好ましくは0.05μm以上2μm以下、さらに好ましくは0.05μm以上0.5μm以下、もっとも好ましくは0.1μm以上0.5μm以下である。
【0051】
この1層(B)は、その表面孔径が上記断面中央孔径の1/2未満である。これにより、1層(B)が望ましい阻止層として機能する。表面孔径の下限は阻止したい対象物の大きさに合わせて適宜選択すればよい。透水性を確保する観点から断面中央孔径の1/1000以上とするのが好ましい。より好ましくは断面中央孔径の1/3以下1/500以上、さらに好ましくは1/4以下1/100以上である。
【0052】
1層(B)の厚みは、膜厚みの1/100以上40/100未満とするのが好ましい。このように1層(B)の厚みを比較的厚くすることで、被処理液に砂や凝集物等の不溶物が含まれていても使用可能となる。多少磨耗しても、表面孔径が変化しないからである。この厚みの範囲内であれば、望ましい阻止性能と高い透水性能のバランスがとれる。より好ましくは膜厚みの3/100以上20/100以下、さらに好ましくは5/100以上15/100以下である。
【0053】
また、1層(B)は、1層(A)と異なり、個々の孔の径が表面から膜内部に向けて徐々に大きくなる異方的な構造としても良い。または、1層(A)と同様に、個々の孔の径が表面からの距離によらずに均一となる等方的な構造としても良い。1層(B)の好ましい構造は、1層(A)と同様の等方的な三次元網目構造である。これにより望ましい阻止能を維持しながら中空糸膜全体の機械強度を高めることができる。
【0054】
1層(A)と1層(B)の厚みは、以下のように求める。各膜厚部について、実施例の(7)に記載の方法にて各膜厚部の断面孔径を求める。断面中央から1層(B)の表面に向かって、断面中央孔径の0.7倍に最も近い孔径となる膜厚部までの厚みを両層の境界線とし、この境界線から1層(A)の表面までの距離を1層(A)の厚みとし、同様に境界線から1層(B)の表面までの距離を1層(B)の厚みとする。なお、断面中央孔径の0.7倍に最も近い孔径になる断面部が複数ある場合は、断面中央に最も近い点までを1層(A)とする。
【0055】
1層(A)の等方率は80%以上であることが好ましい。これは、1層(A)が極めて等方的な構造であることを意味する。80%以上であれば、高い透水性能を維持しつつ、高い強度が発現できる。1層(A)の等方率は、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上である。
【0056】
なお、1層(A)の等方率とは上記で測定した1層(A)に含まれる各膜厚部のうち、断面中央孔径の0.8倍以上1.2倍以下の断面孔径である膜厚部の数を1層(A)に含まれる膜厚部の総数で除した比率である。
【0057】
また同様に、1層(B)の等方率が80%以上であることも好ましい。これは、同様に、1層(B)が極めて等方的な構造であることを意味する。80%以上であれば、高い阻止性能を発現でき、さらに1層(B)の表面が被処理液に砂や凝集物等の不溶物により磨耗した場合でも阻止性能の低下を極力抑えることができる。1層(B)の等方率は、1層(B)の厚みの1/2にあたる膜厚部における断面孔径を断面中央孔径(B)とし、1層(B)に含まれる各膜厚部のうち、断面中央孔径(B)の0.8倍以上1.2倍以下の断面孔径である膜厚部の数を1層(B)に含まれる膜厚部の総数で除した比率である。1層(B)の等方率は、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上である。なお、1層(B)が全膜厚に対して極めて薄い場合は、1層(B)の断面孔径の点数を増やして本測定をおこなう。両層においてそれぞれ20点以上の断面孔径を測定することが適当である。
【0058】
さらに、1層(A)および1層(B)の等方率が共に80%以上であることが最も好ましい。共に80%以上であれば、阻止層と強度支持層で無駄なく構成された膜構造であるため、阻止性能、透水性能および強度のバランスが高い膜を最も好適に得ることができる。両層の等方率は、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、である。
【0059】
本願で言う等方性は下記に示すパラメーターQで表すこともできる。
【0060】
パラメーターQとは、外表面から内表面に至る膜厚の各位置における孔径の変化率を表す値である。具体的には下記のようにして求める。
【0061】
膜厚の各位置での断面孔径を、外表面から内表面の位置順に並べる。
ここで、外表面孔径をD0、断面孔径を外表面側から順にD1、D2、・・・Dn、内表面孔径をDiとする。
【0062】
このときQは一般式で下記のように表される。
Q=(Dn−Dn-1)/Dn
外表面孔径に関する計算をする場合は
Q=(D1−D0)/D1
内表面孔径に関する計算をする場合は
Q=(Di−Dn)/Di
である。
【0063】
本願発明の多孔性多層中空糸膜は−0.2≦Q≦0.2となるQの個数がQの全測定値数に対し80%以上であることが好ましい。より好ましくは85%以上、さらに好ましくは90%以上である。この範囲であれば、孔径がそろっている部分が膜の大部分を占めるため、阻止性能、透水性能および強度のバランスが高い膜を得ることができる。
【0064】
また、−0.1≦Q≦0.1となるQの個数がQの全測定値数に対し50%以上であることも好ましい。より好ましくは60%以上、さらに好ましくは70%以上である。
【0065】
このパラメーターQが−0.2より小さい、又は0.2より大きい部分は膜厚位置による孔径の変化が特に大きいことが示されている。
【0066】
なおこのときの外表面孔径、内表面孔径は前述の方法で測定し、断面孔径の測定は実施例の測定方法(7)により測定する。
【0067】
なお、1層(A)と1層(B)は、いずれが中空糸膜の外側にあっても良く、目的に応じて適宜配置すればよい。水道用水の濾過用途には、阻止層を中空糸膜の外側に配置するのが、安定した運転を長期間継続する観点から好ましい。
【0068】
中空糸膜の内径は0.4mm以上5mm以下が好ましい。0.4mm以上であれば中空糸膜内を流れる液体の圧損が大きくなりすぎず、5mm以下であれば比較的薄い膜厚で十分な圧縮強度や破裂強度を発現しやすい。より好ましくは0.5mm以上3mm以下であり、さらに好ましくは0.6mm以上1mm以下である。
膜厚は0.1mm以上1mm以下が好ましい。0.1mm以上であれば十分な圧縮強度や破裂強度を発現しやすく、1mm以下であれば十分な透水性能が発現しやすい。より好ましくは0.15mm以上0.8mm以下、さらに好ましくは0.2mm以上0.6mm以下である。
【0069】
このような好ましい構造の中空糸膜は、透水性能と阻止性能と機械的強度とが高いレベルでバランスしており、広い運転条件に対応しながら高い性能を発揮する。また、被処理液に砂や凝集物等の不溶物が含まれていても阻止性能が変化しにくく、高い耐摩耗性を有する。
【0070】
本願発明の目的に対して特に好ましい膜物性は、0.2μmのユニフォームラテックス球の阻止率が95%以上、かつ、純水透水率が5000L/m2/hr/0.1MPa以上、かつ、圧縮強度が0.3MPa以上の膜である。
【実施例】
【0071】
本発明を実施例に基づいてさらに具体的に説明する。以下に諸物性の測定方法について説明する。なお、測定は測定温度の記載があるものを除き、全て25℃で行った。
【0072】
(1)糸径(mm)、偏平率
中空糸膜を膜長手方向に垂直な向きにカミソリ等で薄く切り、断面を顕微鏡で観察した。中空糸の内径の長径と短径、外径の長径と短径を測定し、以下の式により、それぞれ内径と外径を決定した。
【0073】
【数1】
【0074】
【数2】
【0075】
また、内径の長径を内径の短径で割ることで偏平率を決定した。
【0076】
(2)純水透水率(L/m2/hr/0.1MPa)
中空糸膜を50質量%のエタノール水溶液中に30分間浸漬させた後、水中に30分間浸漬し、中空糸膜を湿潤化した。10cm長の湿潤中空糸膜の一端を封止し、他端の中空部内へ注射針を入れた。注射針から0.1MPaの圧力にて純水を中空部内へ注入し、外表面へと透過してくる純水の透過水量を測定した。純水透水率を以下の式により決定した。
【0077】
【数3】
【0078】
ここでいう膜有効長とは、注射針が挿入されている部分を除いた、正味の膜長を指す。
【0079】
(3)破断強度(MPa)、破断伸度(%)
引張り、破断時の荷重と変位を以下の条件で測定した。
サンプル:(2)の方法で作成した湿潤中空糸膜
測定機器:インストロン型引張試験機(島津製作所製AGS−5D)チャック間距離:5cm
引張り速度:20cm/分
以下の式により破断強度および破断伸度を決定した。
【0080】
【数4】
【0081】
【数5】
【0082】
ここに膜断面積は以下の式により求められる。
【0083】
【数6】
【0084】
(4)ラテックス阻止率(%)
粒子径0.208μmの粒径が単分散のラテックス(JSR(株)製、商品名:STADEX、固形分1質量%)を、0.5質量%SDS(ドデシルスルホン酸ナトリウム)水溶液にて希釈し、ラテックス濃度0.01質量%の懸濁液を調整した。100mLのラテックス懸濁液をビーカーに入れ、チューブポンプにて有効長約12cmの湿潤中空糸膜に対し、線速0.1m/秒にて外表面から0.03MPaの圧力にて供給し、中空糸膜の両端(大気開放)から透過液を出すことでラテックス懸濁液の濾過を行った。濾過液はビーカーに戻し、液的に閉鎖系にて濾過を行った。濾過10分後に中空糸膜の両端からの透過液およびビーカーから供給液をそれぞれサンプリングし、吸光度計を用いて600nmの吸光度を測定し、以下の式によりラテックス阻止率を決定した。
【0085】
【数7】
【0086】
(5)圧縮強度(MPa)
約5cm長の湿潤中空糸膜の一端を封止し、他端を大気開放とし、外表面より40℃の純水を加圧し大気開放端より透過水を出した。このとき膜供給水を循環させることなくその全量を濾過する方式、即ち全量濾過方式を取った。加圧圧力を0.1MPaより0.01MPa刻みで昇圧し、各圧力にて15秒間圧力を保持し、この15秒間に大気開放端より出てくる透過水をサンプリングした。中空糸膜の中空部がつぶれないうちは加圧圧力が増すにつれて透過水量(質量)の絶対値も増してゆくが、加圧圧力が中空糸膜の圧縮強度を超えると中空部が潰れて閉塞が始まるため、透過水量の絶対値は加圧圧力が増すにも関わらず、低下する。透過水量の絶対値が極大になる加圧圧力を圧縮強度とした。
【0087】
(6)内外表面孔径および断面中央孔径(μm)
走査型電子顕微鏡により、20個以上の孔の形状が確認できる写真を用いて多孔性中空糸膜の内外両表面孔径および断面中央孔径を測定した。A4版の写真を縦横各々6分割するよう、縦横方向に直交する各5本の線を均等な間隔で引き、その線が写真中の空孔部を横切る長さを測定し、その長さの平均値を算術平均により算出し、それぞれ内外表面孔径および断面中央孔径とした。孔径が0.1μm〜1μm程度であれば、5000倍程度の倍率の走査型顕微鏡像が適切である。なお、断面中央孔径に関しては、膜厚の中央位置から全膜厚の10%の範囲を対象にして測定した。
【0088】
(7)各膜厚部における断面孔径および1層(A)と1層(B)の厚み
走査型電子顕微鏡により、中空糸膜の断面を撮影し、20個以上の孔の形状が確認できる写真を用いた。A4版の写真上で、外表面からの距離が等しい線(すなわち同じ膜厚になる点を結んだ線)を、全膜厚を101等分する間隔で100本引き、その線が写真中の空孔部を横切る長さを測定した。その長さの平均値を算術平均により算出して、各膜厚部における断面孔径を求めた。走査型電子顕微鏡写真の倍率が十分に高い場合は、外表面からの距離が等しい線を直線で近似しても良い。断面中央から1層(B)の表面に向かって、断面中央孔径の0.7倍に最も近くなる点を両層の境界線とし、1層(A)の表面から境界線までの距離を1層(A)の厚み、1層(B)の表面から境界線までの距離を1層(B)の厚みとした。孔径が0.1μm〜1μm程度であれば、5000倍程度の倍率の走査型顕微鏡像が適切である。本願では、全膜厚を14分割して撮影した。即ち、中空糸膜の断面の5000倍の電子顕微鏡写真14枚を用いて前述の測定を行った。また、倍率が十分に高いため、外表面からの距離が等しい線を直線で近似した。
【0089】
(8)1層(A)の等方率(%)
(7)で測定した1層(A)の各膜厚部における断面孔径のうち、断面中央孔径の0.8倍以上1.2倍以下である膜厚部の数を、1層(A)に含まれる膜厚部の総数で除した比率を1層(A)の等方率とした。
【0090】
(9)1層(B)の等方率(%)
(7)で測定した1層(B)の厚みを20等分する間隔で中空糸の断面が示す円と同心円状に線を引き、その線が写真中の空孔部を横切る長さを測定し、その長さの平均値を算術平均により算出し、1層(B)の各膜厚部における断面孔径を求めた。
【0091】
1層(B)の厚みの1/2の厚み部における断面孔径を断面中央孔径(B)とし、測定した1層(B)の各膜厚部のうち、断面中央孔径(B)の0.8倍以上1.2倍以下である膜厚部の数を、1層(B)に含まれる膜厚部の総数20で除した比率を1層(B)の等方率とした。
【0092】
(10)無機微粉が吸油する最大質量M
JIS K6217−4記載の方法を参照し、吸油量測定機(FRONTEX社製S410)を用いて吸油量の測定をおこなった。微粉シリカ5gを試料室に入れ、回転翼を125rpmで回転させながら有機液体を4mL/分の速度で滴下していった。微粉シリカが有機液体を吸油していくとトルクが上昇し、最大値を示した後、低下する。始めにトルクが最大値の70%になった時の有機液体の総滴下質量から、以下の式により無機微粉の単位質量あたりの吸油最大質量Mを求めた。
【0093】
【数8】
【0094】
(11)最大孔径(μm)(バブルポイント法)
ASTM F316−03に準拠し、膜の最大孔径を測定した。
【0095】
(12)平均孔径(μm)(ハーフドライ法)
ASTM F316−03に準拠し、膜の最小孔径層の平均孔径を測定した。
【0096】
(13)紡糸安定性
中空糸膜を8時間連続して紡糸し、溶融混練物が押出され、冷却されて多層中空糸となる工程を目視で観察した。中空糸の糸径が変動せず、界面が乱れず、真円性が保持されていれば優とした。界面は乱れないが、(a)真円性が若干保持されていない場合、(b)糸径が生産に支障の無い程度に変動する場合、などは全て良とした。界面が乱れ、真円性も保持されないものを不可とした。
【0097】
実施例で用いた原材料を下記に示す。
[原材料]
熱可塑性樹脂
(R−1)フッ化ビニリデンホモポリマー(株式会社クレハ製、商品名:KF#1000)
(R−2)高密度ポリエチレン樹脂(旭化成ケミカルズ株式会社製、商品名:SH800)
有機液体
(L−1)フタル酸ジ(2−エチルヘキシル)(シージーエスター株式会社製)
(L−2)フタル酸ジブチル(シージーエスター株式会社製)
(L−3)γ−ブチロラクトン(和光純薬工業株式会社製、特級試薬)
無機微粉
(P−1)微粉シリカ(日本アエロジル株式会社製、商品名:AEROSIL−R972、1次粒子径が約16nmのもの、)
各実施例での配合や製造条件は表1に示す。
【0098】
[実施例1]
熱可塑性樹脂としてフッ化ビニリデンホモポリマー、有機液体としてフタル酸ジ(2−エチルヘキシル)とフタル酸ジブチルとの混合物、無機微粉として微粉シリカを用い、図2に示す中空糸成型用ノズルを用いて押出し機2台による2層中空糸膜の溶融押出しを行った。外層用の溶融混練物(a)として組成がフッ化ビニリデンホモポリマー:フタル酸ジ(2−エチルヘキシル):フタル酸ジブチル:微粉シリカ=40.0:30.8:6.2:23.0(質量比)(容量比で32.2:44.4:8.4:15.0)の溶融混練物を、内層用の溶融混練物(b)として組成がフッ化ビニリデンホモポリマー:フタル酸ジ(2−エチルヘキシル):フタル酸ジブチル:微粉シリカ=40.0:35.1:1.9:23.0(質量比)(容量比で32.0:50.0:2.6:14.9)の溶融混練物を、中空部形成用流体として空気を、それぞれ用い、共に240℃の樹脂温度にて、外径2.00mm、内径0.92mmの中空糸成形用ノズルから、吐出線速14.2m/分、すなわち紡口吐出パラメーターRが440/秒、外層:内層の膜厚比=10:90になるような量比にて押出した。ここでいうノズルの外径とは、図2においては吐出口の最外径を指す。また、ノズルの内径とは内層用溶融混練物吐出口と中空部形成用流体吐出口との間の隔壁下端の最大径を指す。
【0099】
押出した中空糸状押出物は、60cmの空中走行を経た後40℃の水浴中に導き入れることで冷却固化させ、40m/分の速度でかせに巻き取った。得られた2層中空糸を塩化メチレン中に浸漬させてフタル酸ジ(2−エチルヘキシル)およびフタル酸ジブチルを抽出除去した後、乾燥させた。次いで、50質量%のエタノール水溶液中に30分間浸漬させた後、水中に30分間浸漬し、次いで、20質量%水酸化ナトリウム水溶液中に70℃にて1時間浸漬し、さらに水洗を繰り返して微粉シリカを抽出除去した。
【0100】
得られた多孔性2層中空糸膜は、界面の乱れが無く、真円性が高かった。電子顕微鏡での断面観察によると、阻止層、支持層共にマクロボイドの無い等方的な3次元網目構造でであった。得られた膜の外径、内径、偏平率、純水透水率、ユニフォームラテックス球阻止率、破断強度、破断伸度、圧縮強度、外表面孔径(1層(B)の表面孔径に相当)、内表面孔径(1層(A)の表面孔径に相当)、断面中央孔径、外表面孔径と断面中央孔径の比、内表面孔径と断面中央孔径の比、1層(A)および1層(B)の等方率を表2に示す。純水透水率、ラテックス阻止率、各種の機械強度のいずれも優れた値を示した。
【0101】
得られた多孔性2層中空糸膜を、(2)の方法で湿潤させ、遊離塩素濃度が0.5質量%である次亜塩素酸ナトリウムを含む4質量%水酸化ナトリウム水溶液に室温にて10日間浸漬し、浸漬前後での破断伸度を測定したところ、浸漬後の破断伸度は浸漬前の破断伸度の90%の値を保持しており、良好な耐薬品性を有していることがわかった。
【0102】
なお、得られた多孔性2層中空糸膜の外表面の倍率5000倍の電子顕微鏡像を図6に、断面の外表面近傍の倍率5000倍の電子顕微鏡像を図7に、断面の外表面近傍の倍率1000倍の電子顕微鏡像を図8に、断面中央部の倍率5000倍の電子顕微鏡像を図9に、断面の内表面近傍の倍率5000倍の電子顕微鏡像を図10に、内表面の倍率5000倍の電子顕微鏡像を図11に、それぞれ示す。これら図6〜11の電子顕微鏡像から、小孔径の外層と大孔径の内層が形成されていることがわかる。また、1層(B)の表面開孔率は25%であった。
【0103】
また、溶融混練物(a)(外層)に少量の黒鉛を混ぜて2層中空糸を得た(有機液体は未除去)。2層中空糸の外表面は全面が黒色であり、溶融混練物(a)が外表面側全体を覆っていることが確認できた。外表面には、溶融混練物(b)が外表面に露出した欠陥部分を示す白色領域は、2層中空糸の100メートル以上に渡って認められなかった。この2層中空糸の円環断面のマイクロスコープ像を図12に示す。図12より、断面方向においても、黒色層(溶融混練物(ア)の層)が欠陥なく均一な厚みで外表面を薄く覆っていることがわかる。
【0104】
[実施例2]
外層用の溶融混練物(a)として組成がフッ化ビニリデンホモポリマー:フタル酸ジ(2−エチルヘキシル):フタル酸ジブチル:微粉シリカ=34:33.8:6.8:25.4(質量比)の溶融混練物を、内層用の溶融混練物(b)として組成がフッ化ビニリデンホモポリマー:フタル酸ジ(2−エチルヘキシル):フタル酸ジブチル:微粉シリカ=36:35.3:5.0:23.7(質量比)の溶融混練物を用いた以外は実施例1と同様にして多孔性2層中空糸膜を得た。
【0105】
なお、得られた多孔性2層中空糸膜の外表面の倍率5000倍の電子顕微鏡像を図13に、断面の外表面近傍の倍率5000倍の電子顕微鏡像を図14に、断面の外表面近傍の倍率1000倍の電子顕微鏡像を図15に、断面中央部の倍率5000倍の電子顕微鏡像を図16に、断面の内表面近傍の倍率5000倍の電子顕微鏡像を図17に、内表面の倍率5000倍の電子顕微鏡像を図18に、断面の倍率70倍の電子顕微鏡写真を図19に、断面の300倍の電子顕微鏡写真を図20に、それぞれ示す。これら図13〜20の電子顕微鏡像から、小孔径の外層と大孔径の内層が形成されていることがわかる。また、1層(B)の表面開孔率は30%であった。
【0106】
得られた多孔性2層中空糸膜は、界面の乱れが無く、真円性が高かった。電子顕微鏡での断面観察によると、阻止層、支持層共にマクロボイドの無い等方的な3次元網目構造でであった。得られた膜の物性評価結果を表2に示す。純水透水率、ラテックス阻止率、各種の機械強度のいずれも優れた値を示した。また、得られた多孔性2層中空糸膜の断面を100等分し、断面孔径を測定した結果を図21に示す。図5(3)に極めて近い構造の膜であることがわかる。また、パラメーターQを測定した値を図33に示す。
【0107】
[実施例3]
外層用の溶融混練物(a)として組成がフッ化ビニリデンホモポリマー:フタル酸(2−エチルヘキシル):フタル酸ジブチル=40.0:36.0:24.0(質量比)の溶融混練物を用いた以外は、実施例1と同様にして多孔性2層中空糸膜を得た。
【0108】
得られた多孔性2層中空糸膜は、界面の乱れが無く、真円性が高かった。電子顕微鏡での断面観察によると、阻止層、支持層共にマクロボイドの無い等方的な3次元網目構造でであった。得られた膜の物性評価結果を表2、に示す。純水透水率、ラテックス阻止率、各種の機械強度のいずれも優れた値を示した。
【0109】
[実施例4]
内層と外層を逆転、すなわち内層側に組成がフッ化ビニリデンホモポリマー:フタル酸ジ(2−エチルヘキシル):フタル酸ジブチル:微粉シリカ=40.0:30.8:6.2:23.0(質量比)の溶融混練物を、外層側に組成がフッ化ビニリデンホモポリマー:フタル酸ジ(2−エチルヘキシル):フタル酸ジブチル:微粉シリカ=40.0:35.1:1.9:23.0(質量比)の溶融混練物を用い、外層:内層の膜厚比=90:10になるような量比にて押出した以外は実施例1と同様にして多孔性2層中空糸膜を得た。得られた多孔性2層中空糸膜は電子顕微鏡での断面観察によると、阻止層、支持層共にマクロボイドの無い等方的な3次元網目構造であった。得られた膜の物性評価結果を表2、に示す。実施例1と同様に、純水透水率、ラテックス阻止率、各種の機械強度のいずれも優れた値を示した。
【0110】
[実施例5]
外層用の溶融混練物(a)の組成を、熱可塑性樹脂として高密度ポリエチレン樹脂、有機液体としてフタル酸ジ(2−エチルヘキシル)、無機微粉として微粉シリカを用い、ポリエチレン樹脂:フタル酸ジ(2−エチルヘキシル):微粉シリカ=20.0:56.0:24.0(質量比)(容量比で23.5:64.2:12.3)を用いた以外は、実施例1と同様にして多孔性2層中空糸膜を得た。得られた多孔性2層中空糸膜は、電子顕微鏡での断面観察によると、阻止層、支持層共にマクロボイドの無い等方的な3次元網目構造であった。得られた膜の物性評価結果を表2に示す。
【0111】
得られた多孔性2層中空糸膜を、(2)の方法で湿潤させ、遊離塩素濃度が0.5質量%である次亜塩素酸ナトリウムを含む4質量%水酸化ナトリウム水溶液に室温にて10日間浸漬し、浸漬前後での破断伸度を測定したところ、浸漬後の破断伸度は浸漬前の破断伸度の60%の値を保持しており、良好な耐薬品性を有していることがわかった。
【0112】
[実施例6]
実施例2で得た有機液体および無機微粉抽出除去後の有効長10cmの多孔性2層中空糸膜の両端を手で持ち、糸長20cmにまで2倍に延伸した後、両端から手を放した。手を放すことにより糸長が縮み、最終的な糸長は13cmとなった。得られた膜の物性評価結果を表2に示す。
【0113】
[実施例7]
外層用の溶融混練物(a)と内層用の溶融混練物(b)の合流時における樹脂温度をそれぞれ270℃、250℃とした以外は、実施例1と同様にして多孔性2層中空糸膜を得た。得られた膜の物性評価結果を表2に示す。
【0114】
[実施例8]
内層用の溶融混練物(b)として組成がフッ化ビニリデンホモポリマー:フタル酸ジ(2−エチルヘキシル):フタル酸ジブチル:微粉シリカ=40:19.1:1.0:39.9(質量比)の溶融混練物を用いた以外は実施例1と同様にして多孔性2層中空糸膜を得た。得られた膜の物性評価結果を表2に示す。
【0115】
[実施例9]
内層用の溶融混練物(b)として組成がフッ化ビニリデンホモポリマー:フタル酸ジ(2−エチルヘキシル):フタル酸ジブチル:微粉シリカ=40:49.9:2.6:7.5(質量比)の溶融混練物を用いた以外は実施例1と同様にして多孔性2層中空糸膜を得た。得られた中空糸膜は若干偏平していたおり、真円性が保持されていなかったが、問題無い範囲であった。得られた膜の物性評価結果を表2に示す。
【0116】
[実施例10]
外径1.75mm、内径0.92mmの中空糸成形用ノズルを用い、吐出線速20.2m/分、すなわち紡口吐出パラメーターRが814/秒になるように吐出した以外は実施例1と同様にして多孔性多層中空糸膜を得た。得られた膜の物性評価結果を表2に示す。
【0117】
[実施例11]
外径1.75mm、内径0.92mmの中空糸成形用ノズルを用い、吐出線速10.1m/分、すなわち紡口吐出パラメーターRが407/秒になるように吐出し、30cmの空中走行を経た後40℃の水浴中に導き入れることで冷却固化させ、20m/分の速度でカセに巻き取った以外は実施例1と同様にして多孔性2層中空糸膜を得た。得られた膜の物性評価結果を表2に示す。
【0118】
[実施例12]
外径1.75mm、内径0.92mmの中空糸成形用ノズルを用い、吐出線速0.20m/分、すなわち紡口吐出パラメーターRが8/秒になるように吐出し、0.6cmの空中走行を経た後40℃の水浴中に導き入れることで冷却固化させ、0.4m/分の速度でカセに巻き取った以外は実施例1と同様にして多孔性2層中空糸膜を得た。空中走行部において、若干の糸径の変動が見られたが、問題のない範囲であった。得られた膜の物性評価結果を表2に示す。
【0119】
[実施例13]
外径1.75mm、内径0.92mmの中空糸成形用ノズルを用い、吐出線速25.3m/分、すなわち紡口吐出パラメーターRが1017/秒になるように吐出し、75cmの空中走行を経た後40℃の水浴中に導き入れることで冷却固化させ、50m/分の速度でカセに巻き取った以外は実施例1と同様にして多孔性2層中空糸膜を得た。得られた膜の物性評価結果を表2に示す。
【0120】
[実施例14]
外層:内層の膜厚比=5:95になるような量比にて押出し、30cmの空中走行を経た後40℃の水浴中に導き入れることで冷却固化させ、20m/分の速度でカセに巻き取った以外は実施例1と同様にして多孔性2層中空糸膜を得た。得られた膜の物性評価結果を表2に示す。
【0121】
[比較例1]
内層用の溶融混練物(b)として組成がフッ化ビニリデンホモポリマー:フタル酸ジ(2−エチルヘキシル):フタル酸ジブチル=40.0:42.0:18.0(質量比)を用いた以外は実施例3と同様にして多孔性2層中空糸膜を得た。得られた多孔性2層中空糸膜は実施例で得られた多孔性2層中空糸膜とは異なり安定して真円状にはならず、楕円形になったり表面が波状になったりした。得られた膜の物性評価結果を表2に示す。
【0122】
得られた多孔性2層中空糸膜を、(2)の方法で湿潤させ、遊離塩素濃度が0.5質量%である次亜塩素酸ナトリウムを含む4質量%水酸化ナトリウム水溶液に室温にて10日間浸漬し、浸漬前後での破断伸度を測定したところ、浸漬後の破断伸度は浸漬前の破断伸度の20%の値にまで低下していた。
【0123】
実施例1と同様にして、溶融混練物(a)(外層)に少量の黒鉛を混ぜて2層中空糸を得た(有機液体は未除去)。2層中空糸の外表面は全面が黒色にはならず、白い筋や白い斑点が多数見られ、溶融混練物(a)が外表面側全体を完全には覆ってはおらず、溶融混練物(b)(内層)が外表面に露出している部分が多数あることがわかった。また、中空糸断面を割断して断面を観察すると、図12のように黒色層(溶融混練物(a)の層)が欠陥なく均一な厚みで外表面を薄く覆ってはおらず、溶融混練物(a)の層(黒色層、外層)と溶融混練物(b)の層(白色層、内層)の界面が波打っており、一部外層が切れて内層が外表面に露出していることが見て取れた。
【0124】
[比較例2]
外層の溶融混練物(a)の押し出しを行わず、内層の溶融混練物(b)として組成がフッ化ビニリデンホモポリマー:フタル酸ジ(2−エチルヘキシル):フタル酸ジブチル:微粉シリカ=40.0:30.8:6.2:23.0(質量比)の溶融混練物のみを内層側のスリットから押し出した以外は、膜全体の厚みも実施例1と同様にして多孔性中空糸膜を得た。得られた多孔性中空糸膜は電子顕微鏡での断面観察によるとマクロボイドの無い等方的な3次元網目構造であった。得られた膜の物性評価結果を表2に示す。ラテックス阻止率が高く、また、高い機械的強度を示したが、純水透過率が著しく低い結果となった。
【0125】
得られた多孔性中空糸膜の外表面の倍率5000倍の電子顕微鏡像を図22に、断面の外表面近傍の倍率5000倍の電子顕微鏡像を図23に、断面中央部の倍率5000倍の電子顕微鏡像を図24に、断面の内表面近傍の倍率5000倍の電子顕微鏡像を図25に、内表面の倍率5000倍の電子顕微鏡像を図26に、それぞれ示す。
【0126】
なお、得られた多孔性中空糸膜を、(2)の方法で湿潤させ、遊離塩素濃度が0.5質量%である次亜塩素酸ナトリウムを含む4質量%水酸化ナトリウム水溶液に室温にて10日間浸漬し、浸漬前後での破断伸度を測定したところ、浸漬後の破断伸度は浸漬前の破断伸度の90%の値を保持していた。
【0127】
[比較例3]
外層の溶融混練物(a)の押し出しを行わず、内層の溶融混練物(b)のみの押し出しを行った以外は実施例1と同様にして多孔性中空糸膜を得た。得られた多孔性中空糸膜は電子顕微鏡での断面観察によるとボイドの無い等方的な3次元網目構造であった。得られた膜の物性評価結果を表2に示す。純水透過率が高く、また、高い機械的強度を示したが、阻止率が著しく低い結果となった。
【0128】
得られた多孔性中空糸膜の外表面の倍率5000倍の電子顕微鏡像を図27に、断面の外表面近傍の倍率5000倍の電子顕微鏡像を図28に、断面中央部の倍率5000倍の電子顕微鏡像を図29に、断面の内表面近傍の倍率5000倍の電子顕微鏡像を図30に、内表面の倍率5000倍の電子顕微鏡像を図31に、それぞれ示す。
なお、得られた多孔性中空糸膜を、(2)の方法で湿潤させ、遊離塩素濃度が0.5質量%である次亜塩素酸ナトリウムを含む4質量%水酸化ナトリウム水溶液に室温にて10日間浸漬し、浸漬前後での破断伸度を測定したところ、浸漬後の破断伸度は浸漬前の破断伸度の90%の値を保持していた。
【0129】
[比較例4]
外層の溶融混練物(a)の押出しを行わず、内層の溶融混練物(b)のみの押出しを行い、かつ溶融混練物(b)の組成を、ポリエチレン樹脂:フタル酸ジ(2−エチルヘキシル):微粉シリカ=20.0:56.0:24.0(質量比)(容量比だと23.5:64.2:12.3)とした以外は、実施例1と同様にして多孔性中空糸膜を得た。得られた膜の物性評価結果を表2に示す。
【0130】
[参考例]
Journal of Membrane Science,52(1990),239−261頁(D.Lloyd)およびACS Symp. Ser. ,269(1985),229−244頁(W.C.Hiatt et.al.)を参考にして、外層となる溶融混練物(a)の押し出しを行わず、内層となる溶融混練物(b)のみの押し出しを行い、かつ溶融混練物(b)の組成を、フッ化ビニリデンホモポリマー:γ−ブチロラクトン=40.0:60.0(質量比)(容量比で29.4:70.6)とした以外は実施例1と同様にして多孔性中空糸膜を得た。得られた膜の物性評価結果を表2に示す。純水透過率、阻止率、機械的強度のいずれも低い結果となった。
【0131】
得られた中空糸膜は三次元網目構造ではなく、球晶が連結した構造を有する膜であった。得られた多孔性中空糸膜の断面中央部の倍率1000倍の電子顕微鏡像を図32に示す。さらに、得られた湿潤多孔性中空糸膜を、遊離塩素濃度が0.5質量%である次亜塩素酸ナトリウムを含む4質量%水酸化ナトリウム水溶液に室温にて10日間浸漬し、浸漬前後での破断伸度を測定したところ、浸漬後の破断伸度は浸漬前の破断伸度の10%の値まで低下していた。
【0132】
【表1】
【0133】
【表2】
【産業上の利用可能性】
【0134】
本発明により、濾過用途に好適な、緻密な細孔と高い透水性能を併せ持ち、かつ強度に優れた多孔性多層中空糸膜を供給できる。また、該多孔性多層中空糸膜を安定して製造することができる。
【符号の説明】
【0135】
1 押出機A(外層用)の先端部
2 押出機B(内層用)の先端部
3 中空糸成型ノズル
4 外層用溶融混練物吐出口と内層溶融混練物吐出口との間の隔壁下端
5 外層用溶融混練物が流れる空間
6 内層用溶融混練物が流れる空間
7 中空部形成用流体の流路
8 内層用溶融混練物吐出口と中空部形成用流体吐出口との間の隔壁の下端
9 ノズル下端面
10 製造装置
11 外層用溶融混練物の円環状吐出口
12 内層用溶融混練物の円環状吐出口
13 中空部形成用流体の吐出口
20 押出し物(断面)
21 外層
22 内層
23 中空部
30 製造装置
31 外層用溶融混練物吐出口と内層用溶融混練物吐出口との間の隔壁下端
32 内層用溶融混練物吐出口と中空部形成用流体吐出口との間の隔壁下端
【技術分野】
【0001】
本発明は、濾過用途に好適な、緻密な細孔と高い透水性能とを併せ持ち、かつ強度に優れた、熱可塑性樹脂より成る多孔性多層中空糸膜およびその安定した製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、河川水を除濁して上水等に用いる方法として、処理水の安全性向上や設備の省スペース化という利点を持つ多孔性中空糸膜による濾過方法が広く普及しつつある。多孔性中空糸膜には、クリプトスポリジウムなどのバクテリアや濁質成分を確実に除去できる高い阻止性能、大量の水を処理するための高い透水性能、薬品洗浄や高い運転圧力を含む幅広い運転条件で長期間使用できる高い強度、の3つの性能が要求される。
【0003】
小孔径の阻止層と大孔径の強度支持層とを貼り合わせることで、高い阻止性能と高い透水性能とを併せ持つ多孔性多層中空糸膜を得るアイデアは、例えば特許文献1に開示されている。具体的にはポリエチレン等の結晶性熱可塑性樹脂に溶剤は加えずに溶融押出しを行い中空糸状押出物を延伸開孔法により多孔性多層中空糸膜とする製法が開示されている。延伸開孔法とは中空糸状押出物の長手方向に高倍率延伸を行うことでラメラ結晶スタックを開裂させて開孔させて多孔膜を作製する方法である(非特許文献1)。特許文献1では、同心円状に配置された2つの円環状ノズルから別々に相異なるMI(メルトインデックス)値を持つ結晶性熱可塑性樹脂を溶融押出しを行っている。その理由は、MI値が異なる即ち通常は分子量が異なる樹脂は延伸開孔させると異なる孔径になる性質を利用するためである。この結果、中空糸膜の外層と内層との孔径が異なる多孔性2層中空糸膜が得られる。しかしながら、この製法は、以下のような難点があり、高強度の多孔性多層中空糸膜を得ることができなかった。
(1)高倍率延伸により延伸軸方向の強度は強くなる。しかし濾過を行う上で肝心の、延伸軸とは垂直方向の強度である破裂強度および圧縮強度はむしろ低下しやすい
(2)原理上、外層と内層とでは分子量やポリマー種を変えざるを得ない。しかし分子量やポリマー種によって通常耐薬品性や機械的強度等の必要物性は異なる。そのため強度の低い樹脂を用いた場合、膜全体の強度が低下する
等の難点があり、高強度の膜を得ることができなかった。また、この製法で得られる膜の構造は、膜厚方向の孔径と比べて中空糸長手方向の孔径が大孔径化した構造であるために、破裂強度および圧縮強度が低い膜になってしまう。
【0004】
したがって、今まで、高阻止性能、高透水量かつ高強度の3つの性能を併せ持つ多孔性多層中空糸膜およびその安定した製造方法は得られていなかった。
【0005】
一方、多孔性膜の製法として、上述の延伸開孔法とは異なる製法である熱誘起相分離法が知られている。この製法では熱可塑性樹脂と有機液体を用いる。この有機液体は、該熱可塑性樹脂を室温では溶解しないが、高温では溶解する溶剤、即ち潜在的溶剤となるものを用いる。熱可塑性樹脂と有機液体を高温で混練し、熱可塑性樹脂を有機液体に溶解させた後、室温まで冷却することで相分離を誘発させ、さらに有機液体を除去して多孔体を製造する方法(熱誘起相分離法)は、以下の利点を持つ。
(a)室温で溶解できる適当な溶剤のないポリエチレン等のポリマーでも製膜が可能になる
(b)高温で溶解したのち冷却固化させて製膜するので、特に熱可塑性樹脂が結晶性樹脂である場合、製膜時に結晶化が促進され高強度膜が得られやすい、
上記の利点から、多孔性膜の製造方法として多用されている(例えば非特許文献1〜4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開昭60−139815号公報
【特許文献2】特開平3−215535号公報
【特許文献3】特開2002−56979号公報
【特許文献4】特開4−065505号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】プラスチック・機能性高分子材料事典編集委員会、「プラスチック・機能性高分子材料事典」、産業調査会、2004年2月、672−679頁
【非特許文献2】松山秀人著、「熱誘起相分離法(TIPS法)による高分子系多孔膜の作製」、ケミカル・エンジニアリング誌、1998年6月号、45-56頁、化学工業社刊
【非特許文献3】滝澤章著、「膜」、平成4年1月発行、404-406頁、アイピーシー社刊
【非特許文献4】D.R.Lloyd,et.al., Jounal of Membrane Science, 64(1991)1-11
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、濾過用途に好適な、緻密な細孔と高い透水性能とを併せ持ち、かつ強度に優れた、熱可塑性樹脂より成る多孔性多層中空糸膜、およびその安定した製造方法を提供することを目標とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために、高強度膜を得るに有利と考えられる熱誘起相分離法(非特許文献1〜4)により、緻密な細孔と高い透水性能を併せ持つに有利である多孔性多層中空糸膜およびこれを安定して製造する技術の確立を目指して鋭意検討を重ねた。その結果、隣り合う吐出口から異なる組成の溶融混練物を吐出し、少なくとも一つの吐出口から吐出される溶融混練物に無機微粉が含まれていることが、多孔性多層中空糸膜を安定して紡糸(製膜)するために、さらには、得られる多孔性多層中空糸膜の強度の向上のために、極めて重要であることを見出した。さらに、内外少なくとも2層からなる多孔性多層中空糸膜であって、熱可塑性樹脂からなり、前記2層のうちの少なくとも1層(A)は、等方的な三次元網目構造を有して、かつ表面孔径が断面孔径の0.6倍から1.4倍であり、前記2層の他の1層(B)は、表面孔径が断面孔径の1/2未満であることを特徴とする多孔性多層中空糸膜が阻止性能、透水性能および強度を高いレベルでバランスさせるために有効であることを見出し、本発明に至った。
【0010】
すなわち本発明は以下のものである。
(1)
内外少なくとも2層からなる多孔性多層中空糸膜であって、熱可塑性樹脂からなり、該2層のうちの少なくとも1層(A)は、等方的な三次元網目構造を有して、かつ表面孔径が断面中央孔径の0.6倍から1.4倍であり、該2層の他の1層(B)は、表面孔径が断面中央孔径の1/2未満であることを特徴とする多孔性多層中空糸膜。
(2)
該1層(B)が、等方的な三次元網目構造を有することを特徴とする(1)に記載の多孔性多層中空糸膜。
(3)
該1層(B)の表面孔径が、0.01μm以上5μm未満であることを特徴とする(1)または(2)記載の多孔性多層中空糸膜。
(4)
該断面中央孔径が、0.1μm以上10μm以下であることを特徴とする(1)から(3)の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜。
(5)
該1層(B)の表面開孔率が、20%以上80%以下であることを特徴とする(1)から(4)の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜。
(6)
該1層(B)の厚みが、膜厚の1/100以上40/100以下であることを特徴とする(1)から(5)の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜。
(7)
1層(A)および1層(B)の等方率が共に80%以上であることを特徴とする(1)から(6)の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜。
(8)
膜厚の外表面から内表面の位置による平均孔径の変化量を表す値であるパラメーターQが−0.2≦Q≦0.2となるQの個数が、全平均孔径測定値数に対し80%以上であることを特徴とする(1)から(7)の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜。
(9)
該熱可塑性樹脂が、ポリオレフィンおよびポリフッ化ビニリデンから選ばれたものであることを特徴とする(1)から(8)の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜。
(10)
内径が0.4mm以上5mm以下、膜厚が0.2mm以上1mm以下であることを特徴とする(1)から(9)の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜。
(11)
懸濁物質を含む被処理液の濾過用途に用いられる、(1)から(10)の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜。
(12)
円環状吐出口を有する中空糸成型ノズルを用い、該円環状吐出口から熱可塑性樹脂と有機液体を含む溶融混練物を吐出し、得られた多層中空糸から該有機液体を抽出除去する、熱誘起相分離法により多孔性多層中空糸膜を製造する方法において、該中空糸成型ノズルが同心円状に配置された円環状吐出口を二つ以上有し、隣り合う吐出口からは互いに異なる組成の溶融混練物が吐出され、少なくとも1つの該円環状吐出口から吐出される溶融混練物が無機微粉も含み、得られた多層中空糸状から該無機微粉も抽出除去される事を特徴とする製造方法。
(13)
該円環状吐出口から吐出される該溶融混練物のうち、少なくとも吐出量が最も多い溶融混練物には、該熱可塑性樹脂と該有機液体に加えて、該無機微粉が混練されていることを特徴とする(12)記載の多孔性中空糸膜の製造方法。
(14)
該無機微粉が微粉シリカであることを特徴とする(12)または(13)に記載の多孔性多層中空糸膜の製造方法。
(15)
1つの該円環状吐出口から吐出される溶融混練物に無機微粉が5質量%以上、40質量%以下含まれていることを特徴とする(12)から(14)の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜の製造方法。
(16)
該溶融混練物に対する、有機液体の質量比D、無機微粉の質量比S、および該無機微粉が単位質量当たりに該有機液体を吸油する最大質量Mが、0.2≦(D/S)/M≦2の関係を満たすことを特徴とする(12)から(15)の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜の製造方法。
(17)
隣り合う円環状吐出口から吐出される該溶融混練物に含まれる該有機液体のうち、少なくとも1種類は共通であることを特徴とする(12)から(16)の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜の製造方法。
(18)
隣り合う円環状吐出口から吐出される該溶融混練物に含まれる該有機液体の種類が全て共通であり、その組成比が異なることを特徴とする(12)から(16)の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜の製造方法。
(19)
該溶融混練物の紡口吐出時における線速V(m/秒)を紡口吐出口のスリット幅d(m)で除した、紡口パラメーターR(1/秒)の少なくとも一つが10以上1000以下であるように該溶融混練物を吐出することを特徴とする(12)から(18)の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜の製造方法。
(20)
有機液体および/または無機微粉の抽出除去の前または後に、1.1倍以上3倍以内の延伸倍率で多層中空糸を中空糸長手方向に延伸することを特徴とする(12)から(19)の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜の製造方法。
(21)
熱可塑性樹脂がポリオレフィンおよびポリフッ化ビニリデンから選ばれたものであることを特徴とする(12)から(20)の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜の製造方法。
(22)
(12)〜(21)の何れかに記載の製造方法で得られる多孔性多層中空糸膜。
(23)
(1)から(10)及び(22)の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜を用いて、懸濁物質を含む被処理液を濾過する濾過方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、濾過用途に好適な、緻密な細孔と高い透水性能を併せ持ち、かつ強度に優れた、熱可塑性樹脂より成る多孔性中空糸膜および前記多孔性中空糸膜を安定に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】2層中空糸成型ノズルの例を示す図であり、(a)吐出方向に平行な面で切った断面図、(b)ノズル吐出口の正対図、(c)2層中空糸状押出物を押出方向に垂直な面で切った断面図である。
【図2】2層中空糸成型ノズルの他の例を示す図である。
【図3】等方的三次元網目構造の模式図である。
【図4】球晶構造の模式図である。
【図5】多孔性2層中空糸膜の膜厚方向の孔径変化の例を示した模式図である。
【図6】実施例1で得られた多孔性2層中空糸膜の外表面の倍率5000倍の電子顕微鏡写真である。
【図7】実施例1で得られた多孔性2層中空糸膜の外表面近傍断面の倍率5000倍の電子顕微鏡写真である。
【図8】実施例1で得られた多孔性2層中空糸膜の外表面近傍断面の倍率1000倍の電子顕微鏡写真である。
【図9】実施例1で得られた多孔性2層中空糸膜の断面中央部の倍率5000倍の電子顕微鏡写真である。
【図10】実施例1で得られた多孔性2層中空糸膜の内表面近傍断面の倍率5000倍の電子顕微鏡写真である。
【図11】実施例1で得られた多孔性2層中空糸膜の内表面の倍率5000倍の電子顕微鏡写真である。
【図12】実施例1において、溶融混練物(a)(外層)に黒鉛を混合して得られた中空糸状押出し物の円環断面のマイクロスコープ像である。
【図13】実施例2で得られた多孔性2層中空糸膜の外表面の倍率5000倍の電子顕微鏡写真である。
【図14】実施例2で得られた多孔性2層中空糸膜の外表面近傍断面の倍率5000倍の電子顕微鏡写真である。
【図15】実施例2で得られた多孔性2層中空糸膜の外表面近傍断面の倍率1000倍の電子顕微鏡写真である。
【図16】実施例2で得られた多孔性2層中空糸膜の断面中央部の倍率5000倍の電子顕微鏡写真である。
【図17】実施例2で得られた多孔性2層中空糸膜の内表面近傍断面の倍率5000倍の電子顕微鏡写真である。
【図18】実施例2で得られた多孔性2層中空糸膜の内表面の倍率5000倍の電子顕微鏡写真である。
【図19】実施例2で得られた多孔性2層中空糸膜の円環断面全体の倍率60倍の電子顕微鏡写真である。
【図20】実施例2で得られた多孔性2層中空糸膜の円環断面の倍率300倍の電子顕微鏡写真である。
【図21】実施例2で得られた多孔性2層中空糸膜の断面孔径変化のグラフである。
【図22】比較例2で得られた多孔性2層中空糸膜の外表面の倍率5000倍の電子顕微鏡写真である。
【図23】比較例2で得られた多孔性2層中空糸膜の外表面近傍断面の倍率5000倍の電子顕微鏡写真である。
【図24】比較例2で得られた多孔性2層中空糸膜の断面中央部の倍率5000倍の電子顕微鏡写真である。
【図25】比較例2で得られた多孔性2層中空糸膜の内表面近傍断面の倍率5000倍の電子顕微鏡写真である。
【図26】比較例2で得られた多孔性2層中空糸膜の内表面の倍率5000倍の電子顕微鏡写真である。
【図27】比較例3で得られた多孔性中空糸膜の外表面の倍率5000倍の電子顕微鏡写真である。
【図28】比較例3で得られた多孔性中空糸膜の外表面近傍断面の倍率5000倍の電子顕微鏡写真である。
【図29】比較例3で得られた多孔性中空糸膜の断面中央部の倍率5000倍の電子顕微鏡写真である。
【図30】比較例3で得られた多孔性中空糸膜の内表面近傍断面の倍率5000倍の電子顕微鏡写真である。
【図31】比較例3で得られた多孔性中空糸膜の内表面の倍率5000倍の電子顕微鏡写真である。
【図32】参考例で得られた球晶構造の多孔性中空糸膜の断面中央部の倍率1000倍の電子顕微鏡写真である。
【図33】実施例2で得られた多孔性2層中空糸膜の、パラメーターQの膜厚位置による変動を示す図である。横軸が全膜厚を1としたときの膜厚の位置、縦軸がQを示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明につき、具体的かつ詳細に説明する。
【0014】
熱可塑性樹脂は、常温では弾性を有し塑性を示さないが、適当な加熱により塑性を現し、成型が可能になる樹脂である。冷却して温度が下がると再びもとの弾性体に戻り、その間に分子構造など化学変化を生じない樹脂である(化学大辞典編集委員会編集、化学大辞典6縮刷版、共立出版、860および867頁、1963年)。
【0015】
熱可塑性樹脂の例としては、12695の化学商品(化学工業日報社、1995年)の熱可塑性プラスチックの項(829〜882頁)記載の樹脂や、化学便覧応用編改訂3版(日本化学会編、丸善、1980年)の809−810頁記載の樹脂等を挙げることができる。具体例名を挙げると、ポリエチレン、ポリプロピレンのようなポリオレフィン、ポリフッ化ビニリデン、エチレンービニルアルコール共重合体、ポリアミド、ポリエーテルイミド、ポリスチレン、ポリサルホン、ポリビニルアルコール、ポリフェニレンエーテル、ポリフェニレンサルファイド、酢酸セルロース、ポリアクリロニトリルなどである。中でも、結晶性を有する、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリフッ化ビニリデン、エチレンービニルアルコール共重合体、ポリビニルアルコールなどの結晶性熱可塑性樹脂は強度発現の面から好適に用いることができる。さらに好適には、疎水性ゆえ耐水性が高く、通常の水系液体の濾過において耐久性が期待できる、ポリオレフィン、ポリフッ化ビニリデン等を用いることができる。特に好適には、耐薬品性等の化学的耐久性に優れるポリフッ化ビニリデンを用いることができる。ポリフッ化ビニリデンとしては、フッ化ビニリデンホモポリマーや、フッ化ビニリデン比率50モル%以上のフッ化ビニリデン共重合体が挙げられる。フッ化ビニリデン共重合体としては、フッ化ビニリデンと、四フッ化エチレン、六フッ化プロピレン、三フッ化塩化エチレンまたはエチレンから選ばれた1種以上との共重合体を挙げることができる。ポリフッ化ビニリデンとしては、フッ化ビニリデンホモポリマーがもっとも好ましい。
【0016】
有機液体は、本願で用いる熱可塑性樹脂に対し、潜在的溶剤となるものを用いる。本願では、潜在的溶剤とは、該熱可塑性樹脂を室温(25℃)ではほとんど溶解しないが、室温よりも高い温度では該熱可塑性樹脂を溶解できる溶剤を言う。熱可塑性樹脂との溶融混練温度にて液状であればよく、必ずしも常温で液体である必要はない。
【0017】
熱可塑性樹脂がポリエチレンの場合、有機液体の例として
フタル酸ジブチル、フタル酸ジヘプチル、フタル酸ジオクチル、フタル酸ジ(2−エチルヘキシル)、フタル酸ジイソデシル、フタル酸ジトリデシル等のフタル酸エステル類;
セバシン酸ジブチル等のセバシン酸エステル類;
アジピン酸ジオクチル等のアジピン酸エステル類;
トリメリット酸トリオクチル等のトリメリット酸エステル類;
リン酸トリブチル、リン酸トリオクチル等のリン酸エステル類;
プロピレングリコールジカプレート、プロピレングリコールジオレエート等のグリセリンエステル類;
流動パラフィン等のパラフィン類;
およびこれらの混合物等を挙げることができる。
【0018】
熱可塑性樹脂がポリフッ化ビニリデンの場合、有機液体の例として、
フタル酸ジメチル、フタル酸ジエチル、フタル酸ジブチル、フタル酸ジシクロヘキシル、フタル酸ジヘプチル、フタル酸ジオクチル、フタル酸ジ(2−エチルヘキシル)等のフタル酸エステル類;
メチルベンゾエイト、エチルベンゾエイト等の安息香酸エステル類;
リン酸トリフェニル、リン酸トリブチル、リン酸トリクレジル等のリン酸エステル類;γ―ブチロラクトン、エチレンカーボネイト、プロピレンカーボネイト、シクロヘキサノン、アセトフェノン、イソホロン等のケトン類;
およびこれらの混合物等を挙げることができる。
【0019】
無機微粉としては、シリカ、アルミナ、酸化チタン、酸化ジルコニア、炭酸カルシウム等が挙げられるが、特に平均一次粒子径が3nm以上500nm以下の微粉シリカが好ましい。より好ましくは5nm以上100nm以下である。凝集しにくく分散性の良い疎水性シリカ微粉がより好ましく、さらに好ましくはMW(メタノールウェッタビリティ)値が30容量%以上である疎水性シリカである。ここでいうMW値とは、粉体が完全に濡れるメタノールの容量%の値である。具体的には、純水中にシリカを入れ、攪拌した状態で液面下にメタノールを添加していった時に、シリカの50質量%が沈降した時の水溶液中におけるメタノールの容量%を求めて決定される。
【0020】
無機微粉の添加量は、溶融混練物中に占める無機微粉の質量比率が、5質量%以上40質量%以下が好ましい。無機微粉の割合が5質量%以上であれば、無機微粉混練による効果が十分に発現でき、40質量%以下であれば、安定に紡糸できる。
【0021】
溶融混練における混合割合は、質量を比重で除した容量の比率が、熱可塑性樹脂が15容量%から50容量%の範囲、有機液体と無機微粉の両者の合計が50容量%から85容量%の範囲であることが、得られる中空糸の透水性能と強度のバランス、また溶融押出し操作である紡糸操作の安定性の面から好ましい。熱可塑性樹脂は、得られる多孔性多層中空糸膜の強度と紡糸安定性の点から、15容量%以上であることが好ましい」。また、得られる多孔性多層中空糸膜の透水性能と紡糸安定性の点から、85容量%以下であることが好ましい。
【0022】
熱可塑性樹脂と有機液体および無機微粉の溶融混練は、通常の溶融混練手段、例えば2軸押出機を用いて行うことができる。同心円状に配置された2つ以上の円環状吐出口を有する中空糸成型ノズルを押出機の先端に装着し、それぞれの円環状吐出口にはそれぞれ異なる押出機より溶融混練物を供給押出しできるようにする。異なる押出機より供給される溶融混練物を吐出口で合流させ重ね合わせることで、多層構造を有する中空糸状押出物を得ることができる。このとき、互いに隣り合う円環状吐出口から組成の異なる溶融混練物を押出すことで、互いに隣り合う層の孔径が異なる多層膜を得ることができる。互いに異なる組成とは、溶融混練物の構成物質が異なる場合、または、構成物質が同じでも構成比率が異なる場合を指す。同種の熱可塑性樹脂であっても、分子量や分子量分布が明確に異なる場合は、構成物質が異なるとみなす。層数が2の場合の多層溶融押出しによる多層中空糸状押出物作製要領の概念図を、図1、図2に示す。互いに異なる組成の溶融混練物の合流位置は、中空糸成型用ノズル下端面であっても(図1)、中空糸成型用ノズル下端面とは異なっていてもよい(図2)。ノズル下端面通過前、すなわち冷却されて相分離が始まる前に合流させる図2のノズルを用いるほうが層間の接着性の観点からより好ましい。
【0023】
図1や図2に例示されるような同心円状に配置された2つ以上の円環状吐出口を有する中空糸成型用ノズルを用いることで、少なくとも1つの円環状吐出口からは、熱可塑性樹脂と有機液体に加えて無機微粉が混練されている溶融混練物を押出すことが可能となる。この結果、阻止性能と透水性能および強度が高いレベルでバランスの取れた多孔性多層中空糸膜を容易に得ることができる。
【0024】
無機微粉を添加することで、以下の3つの具体的な効果により、優れた性能を持つ多孔性多層中空糸膜を安定に得ることができる。
(1)多層構造を有する中空糸状押出物の押出しの安定性(紡糸安定性)が格段に向上する。これは、無機微粉を加えることで溶融混練物の粘度が大きく増大するためである。多層押出しは1層押出しに比べると不安定になりやすいが、本発明では貼り合わせる層の少なくとも1つの層が粘度が高く、「硬い」層となるために安定性が付与される。具体的には、真円性が保持されると同時に、層界面の乱れが抑止された多層中空糸状押出物を容易に得ることが可能になる。層界面の波打ちなど、層界面の乱れを抑止することは、多層押出しを行う上で重要である。
(2)孔径分布がシャープになり、阻止性能、透水性能および強度の3つが高いレベルでバランスした膜が得られる。これは、溶融混練物の粘度が高いことにより、あるいは無機微粉の凝集体が有機液体をその内部に吸油することにより、隣り合う層への有機液体の染み出しを抑制し、また隣り合う層から有機液体が染み込んできた場合にも無機微粉が吸油する、すなわちバッファーの役割を果たすためと考えられる。粘度が高いために有機液体の移動が抑えられる、あるいは層間での有機液体の混ざり合いによる膜構造の変化を緩和されるからである。
(3)理由は不明であるが、少なくとも一層に無機微粉を添加した場合、有機液体および無機微粉の抽出除去前においても、抽出除去後においても、膜の機械的強度および化学的強度(耐薬品性)が高くなる傾向がある。
【0025】
上述の3つの効果は、吐出される複数の溶融混練物のうち、最も吐出量が多い溶融混練物に無機微粉が含まれている場合に、より効果が高まるために好ましい。吐出される全ての溶融混練物に無機微粉が含まれている場合が、さらに好ましい。
【0026】
さらに、無機微粉を含む溶融混練物の組成が、有機液体の質量比Dを無機微粉の質量比Sで除し、更に単位質量当たりの前記無機微粉が前記有機液体を吸油する最大質量Mで除した値が、0.2以上2以下の範囲になる組成であれば、溶融混練物間における有機液体の移動を抑止する効果をより高めることができるため、より好ましい。ここでいう有機液体は、溶融混練物に含まれる組成と同一のもの、すなわち、単一のものあるいは混合した有機液体であれば同じ混合比のものである。0.2以上であれば、層界面付近で隣り合う層から有機液体の移動を抑え、緻密な層が形成されず、高い純水透水率が維持される。2以下であれば、無機微粉に吸油されていない有機液体が十分に少なく、界面付近での有機液体の移動が起こりにくくなる。これは膜構造の変化の緩和につながり、結果として阻止性能が維持される。より好ましくは0.3以上1.5以下、より好ましくは0.4以上1.0以下である。この効果も、吐出される複数の溶融混練物のうち、最も吐出量が多い溶融混練物に無機微粉が含まれている場合に、より効果が高まるために好ましくい。吐出される全ての溶融混練物に無機微粉が含まれている場合が、さらに好ましい。なお、ここでいう無機微粉が単位質量あたりに有機液体を吸油する最大質量Mは、無機微粉を混練しながら有機液体を滴下していき、混練時のトルクが最初に最大トルクの70%になったときの有機液体の添加質量を無機微粉の添加質量で除することで求めることができる。
【0027】
また、隣り合う2つの溶融混練物に混練されている有機液体が少なくとも1種類は共通であることも、溶融混練物間における有機液体の移動が起こった際の構造変化の影響が小さくなるため、好ましい。さらに、隣り合う溶融混練物に用いられる有機液体の種類が全て共通で混合比が異なることがより好ましい。有機液体が全て共通である場合には、抽出した有機液体の回収も容易になるのでさらに好ましい。
【0028】
互いに隣り合う溶融混練物を合流させる際の樹脂温度の差は、20℃以下が好ましい。20℃以下であれば、溶融混練物の界面において緻密化やボイド形成が起こりにくい。その結果、高い透水性能や強度の膜を得ることができる。合流時の樹脂温度の差は、より好ましくは10℃以下、さらに好ましくは0℃である。
【0029】
円環状吐出口から溶融混練物を押出す際には、紡口吐出パラメーターR(1/秒)が10以上1000以下の値になるように吐出すると、高い生産性と紡糸安定性さらに高強度の膜が得られるため、好ましい。ここで紡口吐出パラメーターRとは、吐出線速V(m/秒)を、吐出口のスリット幅d(m)で除した値である。吐出線速V(m/秒)は、溶融混練物の時間当たりの吐出容量(m3/秒)を吐出口の断面積(m2)で除した値である。Rが10以上であれば、中空状押出し物の糸径が脈動する等の問題が無く、生産性良く安定に紡糸できる。またRが1000以下であれば、得られる多孔性多層中空糸膜の重要な強度の一つである破断伸度が十分に高く維持できる。破断伸度とは、膜長手方向に引っ張った時の元の長さに対する伸び率のことである。図2に示される紡口ノズルのように、吐出前に溶融混練物が合流する場合は、図2の下端面9における合流後の積層された溶融混練物の吐出線速Vを吐出口のスリット幅dで除した値を紡口パラメーターRとする。なお、図1に示される紡口ノズルのように、吐出と同時、あるいは吐出後に溶融混練物が合流する場合は、図1の下端面9の円環状吐出口11および12におけるそれぞれのd1、d2に対し、紡口パラメーターR1、R2を求める。このような場合には、少なくとも1つの紡口パラメーターRが10以上1000以下であることが好ましい。より好ましくは最も吐出量が多い紡口パラメーターRが10以上1000以下、さらに好ましくは全ての円環状吐出口における紡口パラメーターRが10以上1000以下である。Rの範囲は、より好ましくは50以上800以下、さらに好ましくは100以上500以下である。
【0030】
多層を形成する層の数および各層の孔径や各層の厚みの比率は、目的により適宜設定することができる。例えば2層の濾過膜を目的とする場合であれば、(i)小孔径かつ薄い外層と大孔径かつ厚い内層の組み合わせ、あるいは(ii)大孔径かつ厚い外層と小孔径かつ薄い内層の組み合わせが、緻密な細孔と高い透水性能を併せ持つために有効であり、例えば3層の場合であれば、(iii)小孔径かつ薄い外層および内層と大孔径かつ厚い中間層の組み合わせ、あるいは(iv)大孔径かつ厚い外層および内層と小孔径かつ薄い中間層の組み合わせが、緻密な細孔と高い透水性能を併せ持つために有効である。
【0031】
吐出口から多層構造で押出された中空糸状溶融混練物は、空気中あるいは水等の冷媒を通過して冷却固化され、必要に応じてかせ等に巻き取られる。冷却中に熱誘起相分離が誘発される。冷却固化後の中空糸状物中には、ポリマー濃厚部分相と有機液体濃厚部分相とが微細に分かれて存在する。なお、無機微粉が微粉シリカである場合、微粉シリカは有機液体濃厚部分相に偏在する。この冷却固化中空糸状物から有機液体と無機微粉を抽出除去することで、有機液体濃厚相部分が空孔となる。よって多孔性多層中空糸膜を得ることができる。
【0032】
有機液体の抽出除去および無機微粉の抽出除去は、同じ溶剤にて抽出除去できる場合であれば同時に行うことができる。通常は別々に抽出除去する。
【0033】
有機液体の抽出除去は、用いた熱可塑性樹脂を溶解あるいは変性させずに有機液体とは混和する、抽出に適した液体を用いる。具体的には浸漬等の手法により接触させることで行うことができる。該液体は、抽出後に中空糸膜から除去しやすいように、揮発性であることが好ましい。該液体の例としては、アルコール類や塩化メチレン等がある。有機液体が水溶性であれば水も抽出用液体として使うことが可能である。
【0034】
無機微粉の抽出除去は、通常、水系の液体を用いて行う。例えば無機微粉がシリカである場合、まずアルカリ性溶液と接触させてシリカをケイ酸塩に転化させ、次いで水と接触させてケイ酸塩を抽出除去することで行うことができる。
【0035】
有機液体の抽出除去と無機微粉の抽出除去とは、どちらが先でも差し支えはない。有機液体が水と非混和性の場合は、先に有機液体の抽出除去を行い、その後に無機微粉の抽出除去を行う方が好ましい。通常有機液体および無機微粉は有機液体濃厚部分相に混和共存しているため、無機微粉の抽出除去をスムースに進めることができ、有利である。
【0036】
このように、冷却固化した多層中空糸から有機液体および無機微粉を抽出除去することにより、多孔性多層中空糸膜を得ることができる。
【0037】
なお、冷却固化後の多層中空糸に対し、(i)有機液体および無機微粉の抽出除去前、(ii)有機液体の抽出除去後で無機微粉の抽出除去前、(iii)無機微粉の抽出除去後で有機液体の抽出除去前、(iv)有機液体および無機微粉の抽出除去後、のいずれかの段階で、多層中空糸の長手方向への延伸を、延伸倍率3倍以内の範囲で行うことができる。一般に多層中空糸膜を長手方向に延伸すると透水性能は向上するが、耐圧性能(破裂強度および圧縮強度)が低下するため、延伸後は実用的な強度の膜にならない場合が多い。しかしながら、本願の製造方法で得られる多孔性多層中空糸膜は機械的強度が高い。よって延伸倍率1.1倍以上3倍以内の延伸は実施可能である。延伸により、多孔性多層中空糸膜の透水性能が向上する。ここで言う延伸倍率とは、延伸後の中空糸長を延伸前の中空糸長で割った値を指す。例えば、中空糸長10cmの多層中空糸を、延伸して中空糸長を20cmまで伸ばした場合、下記式より、延伸倍率は2倍である。
20cm÷10cm=2
また、必要に応じて延伸後の膜に熱処理をおこない、圧縮強度を高めても良い。熱処理温度は通常は熱可塑性樹脂の融点以下が好適である。
【0038】
阻止性能、透水性能、および強度が高いレベルでバランスの取れた本願発明の多孔性多層中空糸膜は、少なくとも2層を有する熱可塑性樹脂から成る多層膜である。
【0039】
以下、多孔性2層中空糸膜の模式図(図5参照)を例に、本願の多孔性多層中空糸膜を説明する。
【0040】
2層のうち大きい孔径を有する層を1層(A)、小さい孔径を有する層を1層(B)とする。また1層(A)を内層、1層(B)を外層として説明する。しかし本願発明はこれによって限定されるものではない。例えば1層(A)、1層(B)の間に別の層が存在していても良いし、1層(A)や1層(B)に他の層が積層されていても良い。
【0041】
図5(1)は、1層(A)および1層(B)が共に等方的な三次元網目構造である場合の膜厚方向の孔径変化を示す図であり、図5(2)は、1層(B)が異方的な三次元網目構造である場合の孔径変化を示す図であり、図5(3)は図5(1)の外表面側に孔径が小さい層、すなわちスキン層が形成されている場合の孔径変化を示す図である。図5(1)から(3)にそれぞれの中空糸膜断面の膜厚と断面孔径の関係を表すグラフを示す。グラフの縦軸は断面中央孔径に対する、各断面における孔径の比、横軸は全膜厚を1として、外表面から膜厚方向へ進んだ位置の間の距離を表示している。表面の摩耗が生じても阻止性能が変化しにくいため、1層(A)および(B)共に、等方的な三次元網目構造とするのが好ましい。
【0042】
2層のうちの1層(A)は、いわゆる支持層である。この支持層は耐圧性能等の高い機械的強度を担保すると共に、透水性をできるだけ低下させない機能を有する。
【0043】
この1層(A)は、等方的な三次元網目構造を有する。ここでいう等方的とは、膜厚方向及び膜円周方向及び膜長手方向のいずれに関しても、孔径の変化が小さく、ほぼ均質な構造であることを意味する。等方的な構造とは、マクロボイド等の強度的に弱い部分が生じにくい構造である。よって多孔性多層中空糸膜の透水性を維持しながら、耐圧性能等の機械的強度を高くすることが可能になる。
【0044】
また、本願で言う三次元網目構造とは、模式的には図3で表したような構造を指す。熱可塑性樹脂aが接合して網目を形成し、空隙部bが形成されていることがわかる。また実施例1で得られた実際の多孔性2層中空糸膜における等方的な三次元網目構造の顕微鏡写真の一例を図9に示す。網目を形成する熱可塑性樹脂の太さはほぼ一定である。この三次元網目構造では、図4で模式的に示されるような、いわゆる球晶構造の樹脂の塊状物がほとんど見られない。三次元網目構造の空隙部は、熱可塑性樹脂に囲まれており、空隙部の各部分は互いに連通している。用いられた熱可塑性樹脂のほとんどが、中空糸膜の強度に寄与しうる三次元網目構造を形成しているので、高い強度の支持層を形成することが可能になる。また、耐薬品性も向上する。耐薬品性が向上する理由は明確ではないが、強度に寄与しうる網目を形成する熱可塑性樹脂の量が多いため、網目の一部が薬品に侵されても、層全体としての強度には大きな影響が及ばないためではないかと考えられる。一方、図4で模式的に示されるような、いわゆる球晶構造では、塊状物に樹脂が集まっているため相対的に強度に寄与する熱可塑性樹脂の量が少ないため、一部が薬品に侵されると層全体の強度に影響が及びやすいのではないかと考えられる。参考のため、球晶構造の模式図を図4に示す。図4では、球晶cが部分的に密集しており、その球晶cの密集部分間の間隙が空隙部dであることがわかる。また、後述の参考例1で得られた球晶構造の顕微鏡写真を図23に示す。
【0045】
1層(A)の表面孔径は、断面中央孔径の0.6倍以上1.4倍以下である。1層(A)の表面孔径が断面中央孔径の0.6倍以上1.4倍以下であるのは、1層(A)が等方的な三次元網目構造を有することと整合している。0.6倍以上であれば支持層表面での濾過抵抗が大きくなりすぎず、膜全体として実用上十分な高透水性を発現できる。また1.4倍以下であれば高い機械的強度を発現できる。
【0046】
中空糸膜は、メッシュ状の金属やプラスチック等の支持体上に載せて使用することが一般的である平膜とは異なり、膜自身で濾過圧に耐える強度を発現する必要がある。よって、特に濾過方向に対する強度、すなわち破裂強度および圧縮強度を発現できる膜構造設計が重要である。断面中央付近から中空糸内表面側への孔径の増大を抑止することで、低濾過抵抗と高圧縮強度を両立させることができる。膜断面方向の孔径をこのように制御することにより、高いレベルで阻止性能、機械的強度、透水性のバランスをとることが可能になる。1層(A)の表面孔径は、好ましくは断面中央孔径の0.7倍から1.3倍であり、さらに好ましくは0.8倍から1.2倍である。
【0047】
なお、ここにいう1層(A)の表面孔径とは、中空糸膜を外部から観察する場合に、1層(A)が露出している表面に観察される孔の平均孔径を言う。この平均孔径は、以下のようにして測定する。まず走査型電子顕微鏡を用い、多孔性多層中空糸膜の1層(A)が露出している表面を、極力多数の孔の形状が明確に確認できる程度の倍率で撮影する。次に、その写真上で、縦横方向に直交するように各5本の線をほぼ均等な間隔で引き、それらの線が写真中の孔を横切る長さを測定する。そして、それらの測定値の算術平均値を求め、これを平均孔径としている。孔径測定の精度を上げるために、縦横計10本の線が横切る孔径の数は20個以上とするのが好ましい。孔径が0.1μmから1μm程度であれば、5000倍程度の倍率の電子顕微鏡画像を用いるのが適当である。
【0048】
また、ここにいう断面中央孔径とは、多孔性多層中空糸膜を長さ方向に垂直な断面で切断した場合の断面において、膜厚の中央位置から、全膜厚の10%の範囲内で任意の倍率で走査型電子顕微鏡写真を撮影し、この写真を用いて上記の平均孔径と同様にして孔径の算術平均値を求めたものである。断面中央孔径は、具体的には、0.1μm以上10μm以下であることが好ましい。この範囲で望ましい透水性と機械的強度の良いバランスをとることができる。より好ましくは0.3μm以上8μm以下、さらに好ましくは0.6μm以上6μm以下、さらに好ましくは0.8μm以上4μm以下である。
【0049】
1層(B)の表面における開孔率は、目的により適宜定めれば良く特に限定されないが、懸濁物質等を含む被処理液の濾過安定性の観点からは20%以上であることが好ましく、より好ましくは23%以上、さらに好ましくは25%以上である。なお、表面部分の機械的強度の観点を高める観点からは、開孔率は80%以下であることが好ましい。より好ましくは60%以下であり、さらに好ましくは50%以下である。開孔率は、例えば、国際公開公報PCT/WO 01/53213 A1に記載されているように、電子顕微鏡画像のコピーの上に透明シートを重ね、黒いペン等を用いて孔部分を黒く塗り潰し、その後透明シートを白紙にコピーすることにより、孔部分は黒、非孔部分は白と明確に区別し、その後に市販の画像解析ソフトを利用して求めることができる。
【0050】
2層のうちのもう一つの1層(B)は、いわゆる阻止層である。小さい表面孔径により被処理液中に含まれる異物の膜透過を阻止する機能を発揮する。ここに言う1層(B)の表面孔径とは、中空糸膜を外部から観察する場合に、1層(B)が露出している表面に観察される孔の平均孔径を言う。1層(B)の表面孔径の測定は、1層(A)の表面孔径の測定と同じようにして走査型電子顕微鏡写真を用いて行えばよい。なお、1層(B)の具体的な表面孔径は、0.01μm以上5μm未満であることが好ましい。0.01μm以上であれば、緻密表面の濾過抵抗が小さく、実用上十分な透水性を発現しやすい。また、5μm以下であれば、濾過膜の重要な要求機能である除濁性能の発現が可能になる。より好ましくは0.05μm以上2μm以下、さらに好ましくは0.05μm以上0.5μm以下、もっとも好ましくは0.1μm以上0.5μm以下である。
【0051】
この1層(B)は、その表面孔径が上記断面中央孔径の1/2未満である。これにより、1層(B)が望ましい阻止層として機能する。表面孔径の下限は阻止したい対象物の大きさに合わせて適宜選択すればよい。透水性を確保する観点から断面中央孔径の1/1000以上とするのが好ましい。より好ましくは断面中央孔径の1/3以下1/500以上、さらに好ましくは1/4以下1/100以上である。
【0052】
1層(B)の厚みは、膜厚みの1/100以上40/100未満とするのが好ましい。このように1層(B)の厚みを比較的厚くすることで、被処理液に砂や凝集物等の不溶物が含まれていても使用可能となる。多少磨耗しても、表面孔径が変化しないからである。この厚みの範囲内であれば、望ましい阻止性能と高い透水性能のバランスがとれる。より好ましくは膜厚みの3/100以上20/100以下、さらに好ましくは5/100以上15/100以下である。
【0053】
また、1層(B)は、1層(A)と異なり、個々の孔の径が表面から膜内部に向けて徐々に大きくなる異方的な構造としても良い。または、1層(A)と同様に、個々の孔の径が表面からの距離によらずに均一となる等方的な構造としても良い。1層(B)の好ましい構造は、1層(A)と同様の等方的な三次元網目構造である。これにより望ましい阻止能を維持しながら中空糸膜全体の機械強度を高めることができる。
【0054】
1層(A)と1層(B)の厚みは、以下のように求める。各膜厚部について、実施例の(7)に記載の方法にて各膜厚部の断面孔径を求める。断面中央から1層(B)の表面に向かって、断面中央孔径の0.7倍に最も近い孔径となる膜厚部までの厚みを両層の境界線とし、この境界線から1層(A)の表面までの距離を1層(A)の厚みとし、同様に境界線から1層(B)の表面までの距離を1層(B)の厚みとする。なお、断面中央孔径の0.7倍に最も近い孔径になる断面部が複数ある場合は、断面中央に最も近い点までを1層(A)とする。
【0055】
1層(A)の等方率は80%以上であることが好ましい。これは、1層(A)が極めて等方的な構造であることを意味する。80%以上であれば、高い透水性能を維持しつつ、高い強度が発現できる。1層(A)の等方率は、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上である。
【0056】
なお、1層(A)の等方率とは上記で測定した1層(A)に含まれる各膜厚部のうち、断面中央孔径の0.8倍以上1.2倍以下の断面孔径である膜厚部の数を1層(A)に含まれる膜厚部の総数で除した比率である。
【0057】
また同様に、1層(B)の等方率が80%以上であることも好ましい。これは、同様に、1層(B)が極めて等方的な構造であることを意味する。80%以上であれば、高い阻止性能を発現でき、さらに1層(B)の表面が被処理液に砂や凝集物等の不溶物により磨耗した場合でも阻止性能の低下を極力抑えることができる。1層(B)の等方率は、1層(B)の厚みの1/2にあたる膜厚部における断面孔径を断面中央孔径(B)とし、1層(B)に含まれる各膜厚部のうち、断面中央孔径(B)の0.8倍以上1.2倍以下の断面孔径である膜厚部の数を1層(B)に含まれる膜厚部の総数で除した比率である。1層(B)の等方率は、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上である。なお、1層(B)が全膜厚に対して極めて薄い場合は、1層(B)の断面孔径の点数を増やして本測定をおこなう。両層においてそれぞれ20点以上の断面孔径を測定することが適当である。
【0058】
さらに、1層(A)および1層(B)の等方率が共に80%以上であることが最も好ましい。共に80%以上であれば、阻止層と強度支持層で無駄なく構成された膜構造であるため、阻止性能、透水性能および強度のバランスが高い膜を最も好適に得ることができる。両層の等方率は、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、である。
【0059】
本願で言う等方性は下記に示すパラメーターQで表すこともできる。
【0060】
パラメーターQとは、外表面から内表面に至る膜厚の各位置における孔径の変化率を表す値である。具体的には下記のようにして求める。
【0061】
膜厚の各位置での断面孔径を、外表面から内表面の位置順に並べる。
ここで、外表面孔径をD0、断面孔径を外表面側から順にD1、D2、・・・Dn、内表面孔径をDiとする。
【0062】
このときQは一般式で下記のように表される。
Q=(Dn−Dn-1)/Dn
外表面孔径に関する計算をする場合は
Q=(D1−D0)/D1
内表面孔径に関する計算をする場合は
Q=(Di−Dn)/Di
である。
【0063】
本願発明の多孔性多層中空糸膜は−0.2≦Q≦0.2となるQの個数がQの全測定値数に対し80%以上であることが好ましい。より好ましくは85%以上、さらに好ましくは90%以上である。この範囲であれば、孔径がそろっている部分が膜の大部分を占めるため、阻止性能、透水性能および強度のバランスが高い膜を得ることができる。
【0064】
また、−0.1≦Q≦0.1となるQの個数がQの全測定値数に対し50%以上であることも好ましい。より好ましくは60%以上、さらに好ましくは70%以上である。
【0065】
このパラメーターQが−0.2より小さい、又は0.2より大きい部分は膜厚位置による孔径の変化が特に大きいことが示されている。
【0066】
なおこのときの外表面孔径、内表面孔径は前述の方法で測定し、断面孔径の測定は実施例の測定方法(7)により測定する。
【0067】
なお、1層(A)と1層(B)は、いずれが中空糸膜の外側にあっても良く、目的に応じて適宜配置すればよい。水道用水の濾過用途には、阻止層を中空糸膜の外側に配置するのが、安定した運転を長期間継続する観点から好ましい。
【0068】
中空糸膜の内径は0.4mm以上5mm以下が好ましい。0.4mm以上であれば中空糸膜内を流れる液体の圧損が大きくなりすぎず、5mm以下であれば比較的薄い膜厚で十分な圧縮強度や破裂強度を発現しやすい。より好ましくは0.5mm以上3mm以下であり、さらに好ましくは0.6mm以上1mm以下である。
膜厚は0.1mm以上1mm以下が好ましい。0.1mm以上であれば十分な圧縮強度や破裂強度を発現しやすく、1mm以下であれば十分な透水性能が発現しやすい。より好ましくは0.15mm以上0.8mm以下、さらに好ましくは0.2mm以上0.6mm以下である。
【0069】
このような好ましい構造の中空糸膜は、透水性能と阻止性能と機械的強度とが高いレベルでバランスしており、広い運転条件に対応しながら高い性能を発揮する。また、被処理液に砂や凝集物等の不溶物が含まれていても阻止性能が変化しにくく、高い耐摩耗性を有する。
【0070】
本願発明の目的に対して特に好ましい膜物性は、0.2μmのユニフォームラテックス球の阻止率が95%以上、かつ、純水透水率が5000L/m2/hr/0.1MPa以上、かつ、圧縮強度が0.3MPa以上の膜である。
【実施例】
【0071】
本発明を実施例に基づいてさらに具体的に説明する。以下に諸物性の測定方法について説明する。なお、測定は測定温度の記載があるものを除き、全て25℃で行った。
【0072】
(1)糸径(mm)、偏平率
中空糸膜を膜長手方向に垂直な向きにカミソリ等で薄く切り、断面を顕微鏡で観察した。中空糸の内径の長径と短径、外径の長径と短径を測定し、以下の式により、それぞれ内径と外径を決定した。
【0073】
【数1】
【0074】
【数2】
【0075】
また、内径の長径を内径の短径で割ることで偏平率を決定した。
【0076】
(2)純水透水率(L/m2/hr/0.1MPa)
中空糸膜を50質量%のエタノール水溶液中に30分間浸漬させた後、水中に30分間浸漬し、中空糸膜を湿潤化した。10cm長の湿潤中空糸膜の一端を封止し、他端の中空部内へ注射針を入れた。注射針から0.1MPaの圧力にて純水を中空部内へ注入し、外表面へと透過してくる純水の透過水量を測定した。純水透水率を以下の式により決定した。
【0077】
【数3】
【0078】
ここでいう膜有効長とは、注射針が挿入されている部分を除いた、正味の膜長を指す。
【0079】
(3)破断強度(MPa)、破断伸度(%)
引張り、破断時の荷重と変位を以下の条件で測定した。
サンプル:(2)の方法で作成した湿潤中空糸膜
測定機器:インストロン型引張試験機(島津製作所製AGS−5D)チャック間距離:5cm
引張り速度:20cm/分
以下の式により破断強度および破断伸度を決定した。
【0080】
【数4】
【0081】
【数5】
【0082】
ここに膜断面積は以下の式により求められる。
【0083】
【数6】
【0084】
(4)ラテックス阻止率(%)
粒子径0.208μmの粒径が単分散のラテックス(JSR(株)製、商品名:STADEX、固形分1質量%)を、0.5質量%SDS(ドデシルスルホン酸ナトリウム)水溶液にて希釈し、ラテックス濃度0.01質量%の懸濁液を調整した。100mLのラテックス懸濁液をビーカーに入れ、チューブポンプにて有効長約12cmの湿潤中空糸膜に対し、線速0.1m/秒にて外表面から0.03MPaの圧力にて供給し、中空糸膜の両端(大気開放)から透過液を出すことでラテックス懸濁液の濾過を行った。濾過液はビーカーに戻し、液的に閉鎖系にて濾過を行った。濾過10分後に中空糸膜の両端からの透過液およびビーカーから供給液をそれぞれサンプリングし、吸光度計を用いて600nmの吸光度を測定し、以下の式によりラテックス阻止率を決定した。
【0085】
【数7】
【0086】
(5)圧縮強度(MPa)
約5cm長の湿潤中空糸膜の一端を封止し、他端を大気開放とし、外表面より40℃の純水を加圧し大気開放端より透過水を出した。このとき膜供給水を循環させることなくその全量を濾過する方式、即ち全量濾過方式を取った。加圧圧力を0.1MPaより0.01MPa刻みで昇圧し、各圧力にて15秒間圧力を保持し、この15秒間に大気開放端より出てくる透過水をサンプリングした。中空糸膜の中空部がつぶれないうちは加圧圧力が増すにつれて透過水量(質量)の絶対値も増してゆくが、加圧圧力が中空糸膜の圧縮強度を超えると中空部が潰れて閉塞が始まるため、透過水量の絶対値は加圧圧力が増すにも関わらず、低下する。透過水量の絶対値が極大になる加圧圧力を圧縮強度とした。
【0087】
(6)内外表面孔径および断面中央孔径(μm)
走査型電子顕微鏡により、20個以上の孔の形状が確認できる写真を用いて多孔性中空糸膜の内外両表面孔径および断面中央孔径を測定した。A4版の写真を縦横各々6分割するよう、縦横方向に直交する各5本の線を均等な間隔で引き、その線が写真中の空孔部を横切る長さを測定し、その長さの平均値を算術平均により算出し、それぞれ内外表面孔径および断面中央孔径とした。孔径が0.1μm〜1μm程度であれば、5000倍程度の倍率の走査型顕微鏡像が適切である。なお、断面中央孔径に関しては、膜厚の中央位置から全膜厚の10%の範囲を対象にして測定した。
【0088】
(7)各膜厚部における断面孔径および1層(A)と1層(B)の厚み
走査型電子顕微鏡により、中空糸膜の断面を撮影し、20個以上の孔の形状が確認できる写真を用いた。A4版の写真上で、外表面からの距離が等しい線(すなわち同じ膜厚になる点を結んだ線)を、全膜厚を101等分する間隔で100本引き、その線が写真中の空孔部を横切る長さを測定した。その長さの平均値を算術平均により算出して、各膜厚部における断面孔径を求めた。走査型電子顕微鏡写真の倍率が十分に高い場合は、外表面からの距離が等しい線を直線で近似しても良い。断面中央から1層(B)の表面に向かって、断面中央孔径の0.7倍に最も近くなる点を両層の境界線とし、1層(A)の表面から境界線までの距離を1層(A)の厚み、1層(B)の表面から境界線までの距離を1層(B)の厚みとした。孔径が0.1μm〜1μm程度であれば、5000倍程度の倍率の走査型顕微鏡像が適切である。本願では、全膜厚を14分割して撮影した。即ち、中空糸膜の断面の5000倍の電子顕微鏡写真14枚を用いて前述の測定を行った。また、倍率が十分に高いため、外表面からの距離が等しい線を直線で近似した。
【0089】
(8)1層(A)の等方率(%)
(7)で測定した1層(A)の各膜厚部における断面孔径のうち、断面中央孔径の0.8倍以上1.2倍以下である膜厚部の数を、1層(A)に含まれる膜厚部の総数で除した比率を1層(A)の等方率とした。
【0090】
(9)1層(B)の等方率(%)
(7)で測定した1層(B)の厚みを20等分する間隔で中空糸の断面が示す円と同心円状に線を引き、その線が写真中の空孔部を横切る長さを測定し、その長さの平均値を算術平均により算出し、1層(B)の各膜厚部における断面孔径を求めた。
【0091】
1層(B)の厚みの1/2の厚み部における断面孔径を断面中央孔径(B)とし、測定した1層(B)の各膜厚部のうち、断面中央孔径(B)の0.8倍以上1.2倍以下である膜厚部の数を、1層(B)に含まれる膜厚部の総数20で除した比率を1層(B)の等方率とした。
【0092】
(10)無機微粉が吸油する最大質量M
JIS K6217−4記載の方法を参照し、吸油量測定機(FRONTEX社製S410)を用いて吸油量の測定をおこなった。微粉シリカ5gを試料室に入れ、回転翼を125rpmで回転させながら有機液体を4mL/分の速度で滴下していった。微粉シリカが有機液体を吸油していくとトルクが上昇し、最大値を示した後、低下する。始めにトルクが最大値の70%になった時の有機液体の総滴下質量から、以下の式により無機微粉の単位質量あたりの吸油最大質量Mを求めた。
【0093】
【数8】
【0094】
(11)最大孔径(μm)(バブルポイント法)
ASTM F316−03に準拠し、膜の最大孔径を測定した。
【0095】
(12)平均孔径(μm)(ハーフドライ法)
ASTM F316−03に準拠し、膜の最小孔径層の平均孔径を測定した。
【0096】
(13)紡糸安定性
中空糸膜を8時間連続して紡糸し、溶融混練物が押出され、冷却されて多層中空糸となる工程を目視で観察した。中空糸の糸径が変動せず、界面が乱れず、真円性が保持されていれば優とした。界面は乱れないが、(a)真円性が若干保持されていない場合、(b)糸径が生産に支障の無い程度に変動する場合、などは全て良とした。界面が乱れ、真円性も保持されないものを不可とした。
【0097】
実施例で用いた原材料を下記に示す。
[原材料]
熱可塑性樹脂
(R−1)フッ化ビニリデンホモポリマー(株式会社クレハ製、商品名:KF#1000)
(R−2)高密度ポリエチレン樹脂(旭化成ケミカルズ株式会社製、商品名:SH800)
有機液体
(L−1)フタル酸ジ(2−エチルヘキシル)(シージーエスター株式会社製)
(L−2)フタル酸ジブチル(シージーエスター株式会社製)
(L−3)γ−ブチロラクトン(和光純薬工業株式会社製、特級試薬)
無機微粉
(P−1)微粉シリカ(日本アエロジル株式会社製、商品名:AEROSIL−R972、1次粒子径が約16nmのもの、)
各実施例での配合や製造条件は表1に示す。
【0098】
[実施例1]
熱可塑性樹脂としてフッ化ビニリデンホモポリマー、有機液体としてフタル酸ジ(2−エチルヘキシル)とフタル酸ジブチルとの混合物、無機微粉として微粉シリカを用い、図2に示す中空糸成型用ノズルを用いて押出し機2台による2層中空糸膜の溶融押出しを行った。外層用の溶融混練物(a)として組成がフッ化ビニリデンホモポリマー:フタル酸ジ(2−エチルヘキシル):フタル酸ジブチル:微粉シリカ=40.0:30.8:6.2:23.0(質量比)(容量比で32.2:44.4:8.4:15.0)の溶融混練物を、内層用の溶融混練物(b)として組成がフッ化ビニリデンホモポリマー:フタル酸ジ(2−エチルヘキシル):フタル酸ジブチル:微粉シリカ=40.0:35.1:1.9:23.0(質量比)(容量比で32.0:50.0:2.6:14.9)の溶融混練物を、中空部形成用流体として空気を、それぞれ用い、共に240℃の樹脂温度にて、外径2.00mm、内径0.92mmの中空糸成形用ノズルから、吐出線速14.2m/分、すなわち紡口吐出パラメーターRが440/秒、外層:内層の膜厚比=10:90になるような量比にて押出した。ここでいうノズルの外径とは、図2においては吐出口の最外径を指す。また、ノズルの内径とは内層用溶融混練物吐出口と中空部形成用流体吐出口との間の隔壁下端の最大径を指す。
【0099】
押出した中空糸状押出物は、60cmの空中走行を経た後40℃の水浴中に導き入れることで冷却固化させ、40m/分の速度でかせに巻き取った。得られた2層中空糸を塩化メチレン中に浸漬させてフタル酸ジ(2−エチルヘキシル)およびフタル酸ジブチルを抽出除去した後、乾燥させた。次いで、50質量%のエタノール水溶液中に30分間浸漬させた後、水中に30分間浸漬し、次いで、20質量%水酸化ナトリウム水溶液中に70℃にて1時間浸漬し、さらに水洗を繰り返して微粉シリカを抽出除去した。
【0100】
得られた多孔性2層中空糸膜は、界面の乱れが無く、真円性が高かった。電子顕微鏡での断面観察によると、阻止層、支持層共にマクロボイドの無い等方的な3次元網目構造でであった。得られた膜の外径、内径、偏平率、純水透水率、ユニフォームラテックス球阻止率、破断強度、破断伸度、圧縮強度、外表面孔径(1層(B)の表面孔径に相当)、内表面孔径(1層(A)の表面孔径に相当)、断面中央孔径、外表面孔径と断面中央孔径の比、内表面孔径と断面中央孔径の比、1層(A)および1層(B)の等方率を表2に示す。純水透水率、ラテックス阻止率、各種の機械強度のいずれも優れた値を示した。
【0101】
得られた多孔性2層中空糸膜を、(2)の方法で湿潤させ、遊離塩素濃度が0.5質量%である次亜塩素酸ナトリウムを含む4質量%水酸化ナトリウム水溶液に室温にて10日間浸漬し、浸漬前後での破断伸度を測定したところ、浸漬後の破断伸度は浸漬前の破断伸度の90%の値を保持しており、良好な耐薬品性を有していることがわかった。
【0102】
なお、得られた多孔性2層中空糸膜の外表面の倍率5000倍の電子顕微鏡像を図6に、断面の外表面近傍の倍率5000倍の電子顕微鏡像を図7に、断面の外表面近傍の倍率1000倍の電子顕微鏡像を図8に、断面中央部の倍率5000倍の電子顕微鏡像を図9に、断面の内表面近傍の倍率5000倍の電子顕微鏡像を図10に、内表面の倍率5000倍の電子顕微鏡像を図11に、それぞれ示す。これら図6〜11の電子顕微鏡像から、小孔径の外層と大孔径の内層が形成されていることがわかる。また、1層(B)の表面開孔率は25%であった。
【0103】
また、溶融混練物(a)(外層)に少量の黒鉛を混ぜて2層中空糸を得た(有機液体は未除去)。2層中空糸の外表面は全面が黒色であり、溶融混練物(a)が外表面側全体を覆っていることが確認できた。外表面には、溶融混練物(b)が外表面に露出した欠陥部分を示す白色領域は、2層中空糸の100メートル以上に渡って認められなかった。この2層中空糸の円環断面のマイクロスコープ像を図12に示す。図12より、断面方向においても、黒色層(溶融混練物(ア)の層)が欠陥なく均一な厚みで外表面を薄く覆っていることがわかる。
【0104】
[実施例2]
外層用の溶融混練物(a)として組成がフッ化ビニリデンホモポリマー:フタル酸ジ(2−エチルヘキシル):フタル酸ジブチル:微粉シリカ=34:33.8:6.8:25.4(質量比)の溶融混練物を、内層用の溶融混練物(b)として組成がフッ化ビニリデンホモポリマー:フタル酸ジ(2−エチルヘキシル):フタル酸ジブチル:微粉シリカ=36:35.3:5.0:23.7(質量比)の溶融混練物を用いた以外は実施例1と同様にして多孔性2層中空糸膜を得た。
【0105】
なお、得られた多孔性2層中空糸膜の外表面の倍率5000倍の電子顕微鏡像を図13に、断面の外表面近傍の倍率5000倍の電子顕微鏡像を図14に、断面の外表面近傍の倍率1000倍の電子顕微鏡像を図15に、断面中央部の倍率5000倍の電子顕微鏡像を図16に、断面の内表面近傍の倍率5000倍の電子顕微鏡像を図17に、内表面の倍率5000倍の電子顕微鏡像を図18に、断面の倍率70倍の電子顕微鏡写真を図19に、断面の300倍の電子顕微鏡写真を図20に、それぞれ示す。これら図13〜20の電子顕微鏡像から、小孔径の外層と大孔径の内層が形成されていることがわかる。また、1層(B)の表面開孔率は30%であった。
【0106】
得られた多孔性2層中空糸膜は、界面の乱れが無く、真円性が高かった。電子顕微鏡での断面観察によると、阻止層、支持層共にマクロボイドの無い等方的な3次元網目構造でであった。得られた膜の物性評価結果を表2に示す。純水透水率、ラテックス阻止率、各種の機械強度のいずれも優れた値を示した。また、得られた多孔性2層中空糸膜の断面を100等分し、断面孔径を測定した結果を図21に示す。図5(3)に極めて近い構造の膜であることがわかる。また、パラメーターQを測定した値を図33に示す。
【0107】
[実施例3]
外層用の溶融混練物(a)として組成がフッ化ビニリデンホモポリマー:フタル酸(2−エチルヘキシル):フタル酸ジブチル=40.0:36.0:24.0(質量比)の溶融混練物を用いた以外は、実施例1と同様にして多孔性2層中空糸膜を得た。
【0108】
得られた多孔性2層中空糸膜は、界面の乱れが無く、真円性が高かった。電子顕微鏡での断面観察によると、阻止層、支持層共にマクロボイドの無い等方的な3次元網目構造でであった。得られた膜の物性評価結果を表2、に示す。純水透水率、ラテックス阻止率、各種の機械強度のいずれも優れた値を示した。
【0109】
[実施例4]
内層と外層を逆転、すなわち内層側に組成がフッ化ビニリデンホモポリマー:フタル酸ジ(2−エチルヘキシル):フタル酸ジブチル:微粉シリカ=40.0:30.8:6.2:23.0(質量比)の溶融混練物を、外層側に組成がフッ化ビニリデンホモポリマー:フタル酸ジ(2−エチルヘキシル):フタル酸ジブチル:微粉シリカ=40.0:35.1:1.9:23.0(質量比)の溶融混練物を用い、外層:内層の膜厚比=90:10になるような量比にて押出した以外は実施例1と同様にして多孔性2層中空糸膜を得た。得られた多孔性2層中空糸膜は電子顕微鏡での断面観察によると、阻止層、支持層共にマクロボイドの無い等方的な3次元網目構造であった。得られた膜の物性評価結果を表2、に示す。実施例1と同様に、純水透水率、ラテックス阻止率、各種の機械強度のいずれも優れた値を示した。
【0110】
[実施例5]
外層用の溶融混練物(a)の組成を、熱可塑性樹脂として高密度ポリエチレン樹脂、有機液体としてフタル酸ジ(2−エチルヘキシル)、無機微粉として微粉シリカを用い、ポリエチレン樹脂:フタル酸ジ(2−エチルヘキシル):微粉シリカ=20.0:56.0:24.0(質量比)(容量比で23.5:64.2:12.3)を用いた以外は、実施例1と同様にして多孔性2層中空糸膜を得た。得られた多孔性2層中空糸膜は、電子顕微鏡での断面観察によると、阻止層、支持層共にマクロボイドの無い等方的な3次元網目構造であった。得られた膜の物性評価結果を表2に示す。
【0111】
得られた多孔性2層中空糸膜を、(2)の方法で湿潤させ、遊離塩素濃度が0.5質量%である次亜塩素酸ナトリウムを含む4質量%水酸化ナトリウム水溶液に室温にて10日間浸漬し、浸漬前後での破断伸度を測定したところ、浸漬後の破断伸度は浸漬前の破断伸度の60%の値を保持しており、良好な耐薬品性を有していることがわかった。
【0112】
[実施例6]
実施例2で得た有機液体および無機微粉抽出除去後の有効長10cmの多孔性2層中空糸膜の両端を手で持ち、糸長20cmにまで2倍に延伸した後、両端から手を放した。手を放すことにより糸長が縮み、最終的な糸長は13cmとなった。得られた膜の物性評価結果を表2に示す。
【0113】
[実施例7]
外層用の溶融混練物(a)と内層用の溶融混練物(b)の合流時における樹脂温度をそれぞれ270℃、250℃とした以外は、実施例1と同様にして多孔性2層中空糸膜を得た。得られた膜の物性評価結果を表2に示す。
【0114】
[実施例8]
内層用の溶融混練物(b)として組成がフッ化ビニリデンホモポリマー:フタル酸ジ(2−エチルヘキシル):フタル酸ジブチル:微粉シリカ=40:19.1:1.0:39.9(質量比)の溶融混練物を用いた以外は実施例1と同様にして多孔性2層中空糸膜を得た。得られた膜の物性評価結果を表2に示す。
【0115】
[実施例9]
内層用の溶融混練物(b)として組成がフッ化ビニリデンホモポリマー:フタル酸ジ(2−エチルヘキシル):フタル酸ジブチル:微粉シリカ=40:49.9:2.6:7.5(質量比)の溶融混練物を用いた以外は実施例1と同様にして多孔性2層中空糸膜を得た。得られた中空糸膜は若干偏平していたおり、真円性が保持されていなかったが、問題無い範囲であった。得られた膜の物性評価結果を表2に示す。
【0116】
[実施例10]
外径1.75mm、内径0.92mmの中空糸成形用ノズルを用い、吐出線速20.2m/分、すなわち紡口吐出パラメーターRが814/秒になるように吐出した以外は実施例1と同様にして多孔性多層中空糸膜を得た。得られた膜の物性評価結果を表2に示す。
【0117】
[実施例11]
外径1.75mm、内径0.92mmの中空糸成形用ノズルを用い、吐出線速10.1m/分、すなわち紡口吐出パラメーターRが407/秒になるように吐出し、30cmの空中走行を経た後40℃の水浴中に導き入れることで冷却固化させ、20m/分の速度でカセに巻き取った以外は実施例1と同様にして多孔性2層中空糸膜を得た。得られた膜の物性評価結果を表2に示す。
【0118】
[実施例12]
外径1.75mm、内径0.92mmの中空糸成形用ノズルを用い、吐出線速0.20m/分、すなわち紡口吐出パラメーターRが8/秒になるように吐出し、0.6cmの空中走行を経た後40℃の水浴中に導き入れることで冷却固化させ、0.4m/分の速度でカセに巻き取った以外は実施例1と同様にして多孔性2層中空糸膜を得た。空中走行部において、若干の糸径の変動が見られたが、問題のない範囲であった。得られた膜の物性評価結果を表2に示す。
【0119】
[実施例13]
外径1.75mm、内径0.92mmの中空糸成形用ノズルを用い、吐出線速25.3m/分、すなわち紡口吐出パラメーターRが1017/秒になるように吐出し、75cmの空中走行を経た後40℃の水浴中に導き入れることで冷却固化させ、50m/分の速度でカセに巻き取った以外は実施例1と同様にして多孔性2層中空糸膜を得た。得られた膜の物性評価結果を表2に示す。
【0120】
[実施例14]
外層:内層の膜厚比=5:95になるような量比にて押出し、30cmの空中走行を経た後40℃の水浴中に導き入れることで冷却固化させ、20m/分の速度でカセに巻き取った以外は実施例1と同様にして多孔性2層中空糸膜を得た。得られた膜の物性評価結果を表2に示す。
【0121】
[比較例1]
内層用の溶融混練物(b)として組成がフッ化ビニリデンホモポリマー:フタル酸ジ(2−エチルヘキシル):フタル酸ジブチル=40.0:42.0:18.0(質量比)を用いた以外は実施例3と同様にして多孔性2層中空糸膜を得た。得られた多孔性2層中空糸膜は実施例で得られた多孔性2層中空糸膜とは異なり安定して真円状にはならず、楕円形になったり表面が波状になったりした。得られた膜の物性評価結果を表2に示す。
【0122】
得られた多孔性2層中空糸膜を、(2)の方法で湿潤させ、遊離塩素濃度が0.5質量%である次亜塩素酸ナトリウムを含む4質量%水酸化ナトリウム水溶液に室温にて10日間浸漬し、浸漬前後での破断伸度を測定したところ、浸漬後の破断伸度は浸漬前の破断伸度の20%の値にまで低下していた。
【0123】
実施例1と同様にして、溶融混練物(a)(外層)に少量の黒鉛を混ぜて2層中空糸を得た(有機液体は未除去)。2層中空糸の外表面は全面が黒色にはならず、白い筋や白い斑点が多数見られ、溶融混練物(a)が外表面側全体を完全には覆ってはおらず、溶融混練物(b)(内層)が外表面に露出している部分が多数あることがわかった。また、中空糸断面を割断して断面を観察すると、図12のように黒色層(溶融混練物(a)の層)が欠陥なく均一な厚みで外表面を薄く覆ってはおらず、溶融混練物(a)の層(黒色層、外層)と溶融混練物(b)の層(白色層、内層)の界面が波打っており、一部外層が切れて内層が外表面に露出していることが見て取れた。
【0124】
[比較例2]
外層の溶融混練物(a)の押し出しを行わず、内層の溶融混練物(b)として組成がフッ化ビニリデンホモポリマー:フタル酸ジ(2−エチルヘキシル):フタル酸ジブチル:微粉シリカ=40.0:30.8:6.2:23.0(質量比)の溶融混練物のみを内層側のスリットから押し出した以外は、膜全体の厚みも実施例1と同様にして多孔性中空糸膜を得た。得られた多孔性中空糸膜は電子顕微鏡での断面観察によるとマクロボイドの無い等方的な3次元網目構造であった。得られた膜の物性評価結果を表2に示す。ラテックス阻止率が高く、また、高い機械的強度を示したが、純水透過率が著しく低い結果となった。
【0125】
得られた多孔性中空糸膜の外表面の倍率5000倍の電子顕微鏡像を図22に、断面の外表面近傍の倍率5000倍の電子顕微鏡像を図23に、断面中央部の倍率5000倍の電子顕微鏡像を図24に、断面の内表面近傍の倍率5000倍の電子顕微鏡像を図25に、内表面の倍率5000倍の電子顕微鏡像を図26に、それぞれ示す。
【0126】
なお、得られた多孔性中空糸膜を、(2)の方法で湿潤させ、遊離塩素濃度が0.5質量%である次亜塩素酸ナトリウムを含む4質量%水酸化ナトリウム水溶液に室温にて10日間浸漬し、浸漬前後での破断伸度を測定したところ、浸漬後の破断伸度は浸漬前の破断伸度の90%の値を保持していた。
【0127】
[比較例3]
外層の溶融混練物(a)の押し出しを行わず、内層の溶融混練物(b)のみの押し出しを行った以外は実施例1と同様にして多孔性中空糸膜を得た。得られた多孔性中空糸膜は電子顕微鏡での断面観察によるとボイドの無い等方的な3次元網目構造であった。得られた膜の物性評価結果を表2に示す。純水透過率が高く、また、高い機械的強度を示したが、阻止率が著しく低い結果となった。
【0128】
得られた多孔性中空糸膜の外表面の倍率5000倍の電子顕微鏡像を図27に、断面の外表面近傍の倍率5000倍の電子顕微鏡像を図28に、断面中央部の倍率5000倍の電子顕微鏡像を図29に、断面の内表面近傍の倍率5000倍の電子顕微鏡像を図30に、内表面の倍率5000倍の電子顕微鏡像を図31に、それぞれ示す。
なお、得られた多孔性中空糸膜を、(2)の方法で湿潤させ、遊離塩素濃度が0.5質量%である次亜塩素酸ナトリウムを含む4質量%水酸化ナトリウム水溶液に室温にて10日間浸漬し、浸漬前後での破断伸度を測定したところ、浸漬後の破断伸度は浸漬前の破断伸度の90%の値を保持していた。
【0129】
[比較例4]
外層の溶融混練物(a)の押出しを行わず、内層の溶融混練物(b)のみの押出しを行い、かつ溶融混練物(b)の組成を、ポリエチレン樹脂:フタル酸ジ(2−エチルヘキシル):微粉シリカ=20.0:56.0:24.0(質量比)(容量比だと23.5:64.2:12.3)とした以外は、実施例1と同様にして多孔性中空糸膜を得た。得られた膜の物性評価結果を表2に示す。
【0130】
[参考例]
Journal of Membrane Science,52(1990),239−261頁(D.Lloyd)およびACS Symp. Ser. ,269(1985),229−244頁(W.C.Hiatt et.al.)を参考にして、外層となる溶融混練物(a)の押し出しを行わず、内層となる溶融混練物(b)のみの押し出しを行い、かつ溶融混練物(b)の組成を、フッ化ビニリデンホモポリマー:γ−ブチロラクトン=40.0:60.0(質量比)(容量比で29.4:70.6)とした以外は実施例1と同様にして多孔性中空糸膜を得た。得られた膜の物性評価結果を表2に示す。純水透過率、阻止率、機械的強度のいずれも低い結果となった。
【0131】
得られた中空糸膜は三次元網目構造ではなく、球晶が連結した構造を有する膜であった。得られた多孔性中空糸膜の断面中央部の倍率1000倍の電子顕微鏡像を図32に示す。さらに、得られた湿潤多孔性中空糸膜を、遊離塩素濃度が0.5質量%である次亜塩素酸ナトリウムを含む4質量%水酸化ナトリウム水溶液に室温にて10日間浸漬し、浸漬前後での破断伸度を測定したところ、浸漬後の破断伸度は浸漬前の破断伸度の10%の値まで低下していた。
【0132】
【表1】
【0133】
【表2】
【産業上の利用可能性】
【0134】
本発明により、濾過用途に好適な、緻密な細孔と高い透水性能を併せ持ち、かつ強度に優れた多孔性多層中空糸膜を供給できる。また、該多孔性多層中空糸膜を安定して製造することができる。
【符号の説明】
【0135】
1 押出機A(外層用)の先端部
2 押出機B(内層用)の先端部
3 中空糸成型ノズル
4 外層用溶融混練物吐出口と内層溶融混練物吐出口との間の隔壁下端
5 外層用溶融混練物が流れる空間
6 内層用溶融混練物が流れる空間
7 中空部形成用流体の流路
8 内層用溶融混練物吐出口と中空部形成用流体吐出口との間の隔壁の下端
9 ノズル下端面
10 製造装置
11 外層用溶融混練物の円環状吐出口
12 内層用溶融混練物の円環状吐出口
13 中空部形成用流体の吐出口
20 押出し物(断面)
21 外層
22 内層
23 中空部
30 製造装置
31 外層用溶融混練物吐出口と内層用溶融混練物吐出口との間の隔壁下端
32 内層用溶融混練物吐出口と中空部形成用流体吐出口との間の隔壁下端
【特許請求の範囲】
【請求項1】
内外少なくとも2層からなる多孔性多層中空糸膜であって、熱可塑性樹脂からなり、該2層のうちの少なくとも1層(A)は、等方的な三次元網目構造を有して、かつ表面孔径が断面中央孔径の0.6倍から1.4倍であり、該2層の他の1層(B)は、表面孔径が断面中央孔径の1/2未満であることを特徴とする多孔性多層中空糸膜。
【請求項2】
該1層(B)が、等方的な三次元網目構造を有することを特徴とする請求項1に記載の多孔性多層中空糸膜。
【請求項3】
該1層(B)の表面孔径が、0.01μm以上5μm未満であることを特徴とする請求項1または2記載の多孔性多層中空糸膜。
【請求項4】
該断面中央孔径が、0.1μm以上10μm以下であることを特徴とする請求項1から3の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜。
【請求項5】
該1層(B)の表面開孔率が、20%以上80%以下であることを特徴とする請求項1から4の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜。
【請求項6】
該1層(B)の厚みが、膜厚の1/100以上40/100以下であることを特徴とする請求項1から5の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜。
【請求項7】
1層(A)および1層(B)の等方率が共に80%以上であることを特徴とする請求項1から6の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜。
【請求項8】
膜厚の外表面から内表面の位置による平均孔径の変化量を表す値であるパラメーターQが−0.2≦Q≦0.2となるQの個数が、全平均孔径測定値数に対し80%以上であることを特徴とする請求項1から7の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜。
【請求項9】
該熱可塑性樹脂が、ポリオレフィンおよびポリフッ化ビニリデンから選ばれたものであることを特徴とする請求項1から8の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜。
【請求項10】
内径が0.4mm以上5mm以下、膜厚が0.2mm以上1mm以下であることを特徴とする請求項1から9の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜。
【請求項11】
懸濁物質を含む被処理液の濾過用途に用いられる、請求項1から10の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜。
【請求項12】
円環状吐出口を有する中空糸成型ノズルを用い、該円環状吐出口から熱可塑性樹脂と有機液体を含む溶融混練物を吐出し、得られた多層中空糸から該有機液体を抽出除去する、熱誘起相分離法により多孔性多層中空糸膜を製造する方法において、該中空糸成型ノズルが同心円状に配置された円環状吐出口を二つ以上有し、隣り合う吐出口からは互いに異なる組成の溶融混練物が吐出され、少なくとも1つの該円環状吐出口から吐出される溶融混練物が無機微粉も含み、得られた多層中空糸状から該無機微粉も抽出除去される事を特徴とする製造方法。
【請求項13】
該円環状吐出口から吐出される該溶融混練物のうち、少なくとも吐出量が最も多い溶融混練物には、該熱可塑性樹脂と該有機液体に加えて、該無機微粉が混練されていることを特徴とする請求項12記載の多孔性中空糸膜の製造方法。
【請求項14】
該無機微粉が微粉シリカであることを特徴とする請求項12または13に記載の多孔性多層中空糸膜の製造方法。
【請求項15】
1つの該円環状吐出口から吐出される溶融混練物に無機微粉が5質量%以上、40質量%以下含まれていることを特徴とする請求項12から14の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜の製造方法。
【請求項16】
該溶融混練物に対する、有機液体の質量比D、無機微粉の質量比S、および該無機微粉が単位質量当たりに該有機液体を吸油する最大質量Mが、0.2≦(D/S)/M≦2の関係を満たすことを特徴とする請求項12から15の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜の製造方法。
【請求項17】
隣り合う円環状吐出口から吐出される該溶融混練物に含まれる該有機液体のうち、少なくとも1種類は共通であることを特徴とする請求項12から16の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜の製造方法。
【請求項18】
隣り合う円環状吐出口から吐出される該溶融混練物に含まれる該有機液体の種類が全て共通であり、その組成比が異なることを特徴とする請求項12から16の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜の製造方法。
【請求項19】
該溶融混練物の紡口吐出時における線速V(m/秒)を紡口吐出口のスリット幅d(m)で除した、紡口パラメーターR(1/秒)の少なくとも一つが10以上1000以下であるように該溶融混練物を吐出することを特徴とする請求項12から18の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜の製造方法。
【請求項20】
有機液体および/または無機微粉の抽出除去の前または後に、1.1倍以上3倍以内の延伸倍率で多層中空糸を中空糸長手方向に延伸することを特徴とする請求項12から19の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜の製造方法。
【請求項21】
熱可塑性樹脂がポリオレフィンおよびポリフッ化ビニリデンから選ばれたものであることを特徴とする請求項12から20の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜の製造方法。
【請求項22】
請求項12〜21の何れかに記載の製造方法で得られる多孔性多層中空糸膜。
【請求項23】
請求項1から10及び22の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜を用いて、懸濁物質を含む被処理液を濾過する濾過方法。
【請求項1】
内外少なくとも2層からなる多孔性多層中空糸膜であって、熱可塑性樹脂からなり、該2層のうちの少なくとも1層(A)は、等方的な三次元網目構造を有して、かつ表面孔径が断面中央孔径の0.6倍から1.4倍であり、該2層の他の1層(B)は、表面孔径が断面中央孔径の1/2未満であることを特徴とする多孔性多層中空糸膜。
【請求項2】
該1層(B)が、等方的な三次元網目構造を有することを特徴とする請求項1に記載の多孔性多層中空糸膜。
【請求項3】
該1層(B)の表面孔径が、0.01μm以上5μm未満であることを特徴とする請求項1または2記載の多孔性多層中空糸膜。
【請求項4】
該断面中央孔径が、0.1μm以上10μm以下であることを特徴とする請求項1から3の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜。
【請求項5】
該1層(B)の表面開孔率が、20%以上80%以下であることを特徴とする請求項1から4の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜。
【請求項6】
該1層(B)の厚みが、膜厚の1/100以上40/100以下であることを特徴とする請求項1から5の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜。
【請求項7】
1層(A)および1層(B)の等方率が共に80%以上であることを特徴とする請求項1から6の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜。
【請求項8】
膜厚の外表面から内表面の位置による平均孔径の変化量を表す値であるパラメーターQが−0.2≦Q≦0.2となるQの個数が、全平均孔径測定値数に対し80%以上であることを特徴とする請求項1から7の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜。
【請求項9】
該熱可塑性樹脂が、ポリオレフィンおよびポリフッ化ビニリデンから選ばれたものであることを特徴とする請求項1から8の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜。
【請求項10】
内径が0.4mm以上5mm以下、膜厚が0.2mm以上1mm以下であることを特徴とする請求項1から9の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜。
【請求項11】
懸濁物質を含む被処理液の濾過用途に用いられる、請求項1から10の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜。
【請求項12】
円環状吐出口を有する中空糸成型ノズルを用い、該円環状吐出口から熱可塑性樹脂と有機液体を含む溶融混練物を吐出し、得られた多層中空糸から該有機液体を抽出除去する、熱誘起相分離法により多孔性多層中空糸膜を製造する方法において、該中空糸成型ノズルが同心円状に配置された円環状吐出口を二つ以上有し、隣り合う吐出口からは互いに異なる組成の溶融混練物が吐出され、少なくとも1つの該円環状吐出口から吐出される溶融混練物が無機微粉も含み、得られた多層中空糸状から該無機微粉も抽出除去される事を特徴とする製造方法。
【請求項13】
該円環状吐出口から吐出される該溶融混練物のうち、少なくとも吐出量が最も多い溶融混練物には、該熱可塑性樹脂と該有機液体に加えて、該無機微粉が混練されていることを特徴とする請求項12記載の多孔性中空糸膜の製造方法。
【請求項14】
該無機微粉が微粉シリカであることを特徴とする請求項12または13に記載の多孔性多層中空糸膜の製造方法。
【請求項15】
1つの該円環状吐出口から吐出される溶融混練物に無機微粉が5質量%以上、40質量%以下含まれていることを特徴とする請求項12から14の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜の製造方法。
【請求項16】
該溶融混練物に対する、有機液体の質量比D、無機微粉の質量比S、および該無機微粉が単位質量当たりに該有機液体を吸油する最大質量Mが、0.2≦(D/S)/M≦2の関係を満たすことを特徴とする請求項12から15の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜の製造方法。
【請求項17】
隣り合う円環状吐出口から吐出される該溶融混練物に含まれる該有機液体のうち、少なくとも1種類は共通であることを特徴とする請求項12から16の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜の製造方法。
【請求項18】
隣り合う円環状吐出口から吐出される該溶融混練物に含まれる該有機液体の種類が全て共通であり、その組成比が異なることを特徴とする請求項12から16の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜の製造方法。
【請求項19】
該溶融混練物の紡口吐出時における線速V(m/秒)を紡口吐出口のスリット幅d(m)で除した、紡口パラメーターR(1/秒)の少なくとも一つが10以上1000以下であるように該溶融混練物を吐出することを特徴とする請求項12から18の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜の製造方法。
【請求項20】
有機液体および/または無機微粉の抽出除去の前または後に、1.1倍以上3倍以内の延伸倍率で多層中空糸を中空糸長手方向に延伸することを特徴とする請求項12から19の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜の製造方法。
【請求項21】
熱可塑性樹脂がポリオレフィンおよびポリフッ化ビニリデンから選ばれたものであることを特徴とする請求項12から20の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜の製造方法。
【請求項22】
請求項12〜21の何れかに記載の製造方法で得られる多孔性多層中空糸膜。
【請求項23】
請求項1から10及び22の何れかに記載の多孔性多層中空糸膜を用いて、懸濁物質を含む被処理液を濾過する濾過方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図21】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【図27】
【図28】
【図29】
【図30】
【図31】
【図32】
【図33】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図21】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【図27】
【図28】
【図29】
【図30】
【図31】
【図32】
【図33】
【公開番号】特開2010−227932(P2010−227932A)
【公開日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−119802(P2010−119802)
【出願日】平成22年5月25日(2010.5.25)
【分割の表示】特願2007−539955(P2007−539955)の分割
【原出願日】平成18年10月11日(2006.10.11)
【出願人】(303046314)旭化成ケミカルズ株式会社 (2,513)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年5月25日(2010.5.25)
【分割の表示】特願2007−539955(P2007−539955)の分割
【原出願日】平成18年10月11日(2006.10.11)
【出願人】(303046314)旭化成ケミカルズ株式会社 (2,513)
【Fターム(参考)】
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