説明

大入熱溶接用鋼材

【課題】溶接入熱量が300kJ/cmを超える大入熱溶接に適し、造船、建築、土木等の各種構造物に好適な鋼材を提供する。
【解決手段】mass%で、C:0.03〜0.08%、Si:0.01〜0.15%、Mn:1.8〜2.6%、P:0.008%以下、S:0.0005〜0.0040%、Al:0.005%以下、Nb:0.003〜0.03%、Ti:0.005〜0.030%、N:0.0050〜0.0080%、B:0.0003〜0.0025%、必要に応じて、V、Cu、Ni、Cr、Mo、Ca、Mg、Zr、REMの1種または2種以上、Ceq(IIW)が0.33〜0.45、残部Fe及び不可避的不純物の化学成分を有し、溶接入熱量が300kJ/cmを超える大入熱溶接を施したときのボンド近傍の熱影響部組織において、旧オーステナイト粒径が200μm以下、島状マルテンサイト面積分率が1.0%以下である鋼材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、造船、建築、土木等の各種構造物で使用される鋼材、特に溶接入熱量が300kJ/cmを超える大入熱溶接に適した鋼材に関する。
【背景技術】
【0002】
造船、建築、土木等の分野で使用される鋼材は、一般に、溶接接合により所望の形状の構造物に仕上げられる。これらの構造物においては、安全性の観点から、使用される鋼材の母材靱性はもちろんのこと、溶接部の靱性に優れることが要請されている。
【0003】
一方で、これら構造物や船舶はますます大型化し、使用される鋼材の高強度化・厚肉化に伴い、溶接施工にはサブマージアーク溶接、エレクトロガス溶接およびエレクトロスラグ溶接などの高能率な大入熱溶接が適用されている。このため、大入熱溶接により溶接施工したときに、溶接部の靱性に優れた鋼材が必要となっている。
【0004】
しかし、一般に、溶接入熱量が大きくなると、溶接熱影響部(熱影響部、HAZということもある)の組織が粗大化するために、溶接熱影響部の靱性(HAZ靭性ということもある)は低下することが知られている。このような大入熱溶接による靱性の低下に対して、これまでにも多くの対策が提案されてきた。例えば、TiNの微細分散によるオーステナイト粒の粗大化抑制やフェライト変態核としての作用を利用する技術はすでに実用化されている。また、Tiの酸化物を分散させる技術(特許文献1)も開発されている。
【0005】
しかしながら、TiNを主体に利用する技術では、TiNが溶解する温度域に加熱される溶接熱影響部においてはTiが有する上記のオーステナイト粒粗大化抑制効果がなくなり、さらには地の組織が固溶Tiおよび固溶Nにより脆化して靱性が著しく低下するという問題があった。
【0006】
また、Ti酸化物を利用する技術では、酸化物を均一微細に分散させることが困難であるという問題があった。
【0007】
ところで、TiNを主体に利用する技術において、ボンド近傍で脆化の原因となる、TiN溶解に伴う固溶Nを、溶接材料と鋼板に添加したBで固定する技術として特許文献2が知られている。
【0008】
特許文献2では、鋼板中には靭性に悪影響を与えない程度にB添加を行い、溶接金属部にはオーステナイト粒界から生成するフェライトサイドプレートの析出を抑えられるだけの十分なB添加を溶接材料(ワイヤやフラックス)から行い、溶接熱影響部にはTiNの溶解によって生成される固溶Nを固定するのに必要最小限のB量を溶接金属部からのBの拡散によってまかなうことにより、大入熱溶接部の溶接金属、溶接熱影響部及びボンド部のすべてを高靭性とすることができるとしている。
【0009】
一方、降伏強度が460N/mm以上で、比較的C量や合金添加量が多く添加された鋼成分においては、溶接入熱量が300kJ/cmを超える大入熱溶接を施したときのボンド部組織に、島状マルテンサイト(MAということもある)と呼ばれる硬質の脆化組織が数%形成し、これが靭性のさらなる向上を阻んでいることが問題となっている。
【0010】
従って、特に高強度クラスの大入熱HAZ靭性改善のためには、さらなるオーステナイト粒粗大化抑制と、島状マルテンサイトの低減が必要である。大入熱HAZの島状マルテンサイト量を低減する技術として、特許文献3や特許文献4、特許文献5が開示されている。
【0011】
特許文献3では、C量を減らすと同時に、Mn量を増やして変態開始温度を低下させることでCの未変態オーステナイトへの分配を低減し、島状マルテンサイトの生成が抑制できるとしている。
【0012】
一方、特許文献4では、C量、Si量の他にP量の低減が、大入熱溶接HAZ部の島状マルテンサイト量低減に対して重要であるとしている。特許文献5では、Cr、Mo、V等を積極添加することにより、冷却速度が遅くても低温変態ベイナイトが生成できるよう制御し、塊状ではなくフィルム状の島状マルテンサイト組織になる工夫をすると同時に、極低Cとして生成する島状マルテンサイト組織を微細にするとしている。
【0013】
また、特許文献6では溶接入熱が130kJ/cm以下の溶接による溶接熱影響部の島状マルテンサイト分率の上限を規定している。
【0014】
なお、大入熱HAZ靭性の改善を、島状マルテンサイトの制御によらず、HAZ組織の結晶粒径微細化の観点から行うものとして、特許文献7には、TiOを利用した鋼において、Bの微量添加により粒界からの変態を抑制するとともに、Mn添加量の増大によりフェライト変態駆動力を大きくし、TiO−MnS複合析出物の粒内変態核としての効果を増大させ、結晶粒を微細化してHAZ靱性を向上する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】特開昭57−51243号公報
【特許文献2】特許3722044号公報
【特許文献3】特開2007−84912号公報
【特許文献4】特開2008−163446号公報
【特許文献5】特許3602471号公報
【特許文献6】特許2135056号公報
【特許文献7】特開2007−277681号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
特許文献2の技術は、TiNの溶解によりボンド部近傍で靭性に悪影響を及ぼす固溶Nを溶接金属部からのBの拡散によって固定する画期的な技術であるが、TiNの固溶によるオーステナイト粒粗大化抑制効果の低減は避けることができない。また、Ti酸化物を利用する技術では、Ti酸化物を均一微細に分散させることが困難であるという問題は解決されていない。
【0017】
一方、島状マルテンサイトの低減に関する先行文献において、特許文献3は、C含有量低減の代わりに強度補償のためNbを0.03mass%以上必要とするが、これによる島状マルテンサイト生成が懸念される。
【0018】
特許文献4においては、島状マルテンサイトの低減が可能で、かつCaの適正添加により、変態生成核を微細に分散させることが可能であるが、Ni添加が必須であり、合金コストが高いという課題がある。
【0019】
また、特許文献5では、島状マルテンサイトの分率を減ずることよりも、その形態の制御を主目的としており、大入熱HAZ靭性の抜本的な改善が困難である。特許文献6は溶接入熱が130kJ/cm以下での溶接が対象で、島状マルテンサイトがより生成しやすい300kJ/cmを超える大入熱溶接の靭性改善のために参考とすることはできない。特許文献7の技術においては、オーステナイト形成元素であるMn量増大による島状マルテンサイトの悪影響が懸念される。
【0020】
本発明は、合金コストをできるだけ掛けずに、オーステナイト粒の粗大化抑制と島状マルテンサイトの低減を通して大入熱HAZ靭性向上を図るためになされたもので、溶接入熱量が300kJ/cmを超える大入熱溶接で優れたHAZ靭性を備える大入熱溶接用鋼材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本発明者らは、降伏強度が460N/mm以上の高強度鋼に対し、溶接入熱量が300kJ/cmを超える大入熱溶接を施したときの、ボンド部近傍HAZ靭性を向上させるべく鋭意検討した。その結果、1.オーステナイト粒の粗大化抑制には、Ti酸化物とTiNのピニングの併用が効果的であり、2.島状マルテンサイト低減には、これを極力生成させずに強度を効果的にあげる元素としてMnを積極的に添加すると同時に、不純物元素としてのP量を0.008mass%以下にまで低減することが有効で、島状マルテンサイト生成をほぼ抑制できることを知見した。
【0022】
Mnの増加、Pの低減により、大入熱溶接後の冷却中に生ずるC濃度の高い未変態オーステナイトがセメンタイトへ分解しやすくなり、結果として熱影響部組織中の島状マルテンサイトが低減すると考えられる。
【0023】
本発明は、得られた知見をもとに更に検討を加えて完成したものであり、すなわち、本発明は、
1. C:0.03〜0.08mass%、Si:0.01〜0.15mass%、Mn:1.8〜2.6mass%、P:0.008mass%以下、S:0.0005〜0.0040mass%、Al:0.005mass%以下、Nb:0.003〜0.03mass%、Ti:0.005〜0.030mass%、N:0.0050〜0.0080mass%、B:0.0003〜0.0025mass%、Ceq(IIW)が0.33〜0.45、残部Fe及び不可避的不純物の化学成分を有し、溶接入熱量が300kJ/cmを超える大入熱溶接を施したときのボンド近傍の熱影響部組織において、旧オーステナイト粒径が200μm以下、島状マルテンサイト面積分率が1.0%以下であることを特徴とする大入熱溶接用鋼材。
但し、Ceq(IIW)=C+Mn/6+(Cr+Mo+V)/5+(Cu+Ni)/15で各元素記号は各元素の含有量(mass%)を示す。
2.化学成分に、更に、V:0.2mass%以下を含有することを特徴とする1に記載の大入熱溶接用鋼材。
3. 化学成分に、更に、Cu:1.0mass%以下、Ni:1.0mass%以下、Cr:0.4mass%以下およびMo:0.4mass%以下のうちから選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする1または2に記載の大入熱溶接用鋼材。
4.化学成分に、更に、Ca:0.0005〜0.0050mass%、Mg:0.0005〜0.0050mass%、Zr:0.001〜0.02mass%、REM:0.001〜0.02mass%のうちから選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする1乃至3の何れか一つに記載の大入熱溶接用鋼材。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、300kJ/cmを超える大入熱溶接を行っても優れた溶接熱影響部靱性を有する鋼材が得られるので、サブマージアーク溶接、エレクトロガス溶接、エレクトロスラグ溶接などの大入熱溶接により施工される大型の構造物の品質向上に寄与するところ大である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明では成分組成と300kJ/cmを超える大入熱溶接によって形成される溶接熱影響部の組織とを規定する。
[成分組成]
C:0.03〜0.08mass%
Cは、構造用鋼として必要な強度を得るために下限を0.03mass%とし、島状マルテンサイトの生成量を抑えるため、上限を0.08mass%とする。
【0026】
Si:0.01〜0.15mass%
Siは、製鋼工程において脱酸材として0.01mass%以上が必要であるが、0.15mass%を超えると、母材の靱性を劣化させるほか、大入熱溶接熱影響部に島状マルテンサイトを生成して靱性を劣化させるため、0.01〜0.15mass%とする。
【0027】
Mn:1.8〜2.6mass%
Mnは本発明において重要な元素であり、他の合金元素によらず母材の強度を確保するために1.8mass%以上含有することが必要である。Niなど他の合金元素を添加する場合と比較して、大入熱溶接後の冷却中に生ずるC濃度の高い未変態オーステナイトをセメンタイトへ分解しやすく、島状マルテンサイトの生成を抑制して熱影響部の靭性を確保する効果がある。2.6mass%を超えると溶接部の靱性を劣化させるようになるため、1.8〜2.6mass%とする。好ましくは、1.8〜2.2mass%とする。
【0028】
P:0.008mass%以下
Pも本発明において重要な元素であり、0.008mass%を超えると、大入熱溶接後の冷却中に生ずるC濃度の高い未変態オーステナイトがセメンタイトに分解しにくくなり、これがMAとなって靱性を劣化させるため、0.008mass%以下とする。好ましくは、0.006mass%以下とする。
【0029】
S:0.0005〜0.0040mass%
Sは、粒内変態を促進して靱性向上を図るのに有効なMnSあるいはCaSを生成するために0.0005mass%以上必要であり、0.0040mass%を超えると母材の靱性を劣化させるため、0.0005〜0.0040mass%とする。
【0030】
Al:0.005 mass%以下
Al含有量が高いとTi酸化物が生成せず、大入熱溶接ボンド部近傍のオーステナイト粒が粗大化して靱性が低下する。したがって、本発明においては、Ti酸化物を生成させるため、Alは極力含有しないようにするが、0.005mass%までなら含有してもよい。好ましくは0.004%以下である。
【0031】
Nb:0.003〜0.03mass%
Nbは、母材の強度・靱性および継手の強度を確保するのに有効な元素であるが、0.003%未満ではその効果が小さい。0.03mass%を超えて含有すると溶接熱影響部に島状マルテンサイトを形成することにより靱性が劣化するため、0.003〜0.03mass%とする。
【0032】
Ti:0.005 〜0.030mass%
Tiは、凝固時に二次脱酸生成物であるTi酸化物となって分散し、さらにTiNとなって析出し、溶接熱影響部でのオーステナイトの粗大化抑制やフェライト変態核となって高靱性化に寄与する。0.005 mass%に満たないとその効果が少なく、0.030mass%を超えるとTiN粒子が粗大化してオーステナイト粗大化を抑制する効果が得られなくなるため、0.005 〜0.030mass%とする。
【0033】
N:0.0050〜0.0080mass%
Nは、TiNの必要量を確保するうえで必要な元素であり、0.0050mass%未満では十分なTiN量が得られず、0.0080mass%を超えるとTiNが溶解する領域での固溶N量の増加によって溶接熱影響部の靱性が低下し、また溶接金属の靭性も低下するため、0.0050〜0.0080mass%とする。好ましくは0.0052%〜0.0080mass%、より好ましくは0.0055%〜0.0080mass%である。
【0034】
なお、TiNのピニング効果を十分に活用するためには、Ti量およびN量をそれぞれ上述の範囲に制御するとともに、Ti/Nの比を1.3〜2.5の範囲に制御することが、より好ましい。
【0035】
B:0.0003〜0.0025mass%
Bは、溶接熱影響部でBNを生成して、固溶Nを低減するとともにフェライト変態核として作用する元素である。このような効果を得るには0.0003mass%以上必要であるが、0.0025mass%を超えて添加すると焼入れ性が過剰となり靱性が劣化するため、0.0003〜0.0025mass%とする。
【0036】
Ceq(IIW):0.33〜0.45
Ceq(IIW)(=C+Mn/6+(Cr+Mo+V)/5+(Cu+Ni)/15で各元素記号は各元素の含有量(mass%)を示す)が0.33未満であると必要な母材強度が得られない。一方、Ceqが0.45を超えると、大入熱溶接によってボンド部近傍の熱影響部に生成する島状マルテンサイトの面積分率が1.0%を超え、熱影響部の靭性が劣化するから0.33〜0.45に制限し、好ましくは、0.37〜0.42とする。
【0037】
本発明では、さらにフェライト生成核としての機能を有するV、および/または、強度向上などの機能を有するCu、Ni、Cr、Moから選ばれる少なくとも1種または2種以上を含有させることができる。
【0038】
V:0.2mass%以下
Vは、母材の強度・靱性の向上に寄与し、また、VNとしてフェライト生成核として働く。この効果を得るためには0.03mass%以上を含有することが好ましいが、0.2mass%を超えるとかえって靱性の低下を招くため、含有する場合は、0.2mass%以下とすることが好ましい。
【0039】
Cu:1.0mass%以下
Cuは、母材の高強度化に有効な元素である。この効果を得るためには0.2mass%以上を含有することが好ましいが、過剰に含有すると靱性に悪影響を与えるために含有する場合は、上限を1.0 mass%とすることが好ましい。
【0040】
Ni:1.0mass%以下
Niは、母材の高強度化に有効な元素である。この効果を得るためには0.2mass%以上を含有することが好ましいが、過剰に含有すると靱性に悪影響を与えるために含有する場合は、上限を1.0mass%とすることが好ましい。
【0041】
Cr:0.4mass%以下
Crは、母材の高強度化に有効な元素である。この効果を得るためには0.1mass%以上を含有することが好ましいが、過剰に含有すると靱性に悪影響を与えるために含有する場合は、上限を0.4mass%とすることが好ましい。
【0042】
Mo:0.4mass%以下
Moは、母材の高強度化に有効な元素である。この効果を得るためには0.1mass%以上を含有することが好ましいが、過剰に含有すると靱性に悪影響を与えるために含有する場合は、上限を0.4mass%とすることが好ましい。
【0043】
本発明では、さらにCa、Mg、Zr、REMから選ばれる少なくとも1種または2種以上を含有させることができる。
【0044】
Ca:0.0005〜0.0050mass%
Caは、Sの固定、酸硫化物の分散による靱性改善効果を有する元素である。このような効果を発揮させるには少なくとも0.0005mass%以上含有することが好ましいが、0.0050mass%を超えて含有しても効果が飽和するため、含有する場合は、0.0005〜0.0050mass%とすることが好ましい。
【0045】
Mg:0.0005〜0.0050mass%
Mgは、酸化物の分散による靱性改善効果を有する元素である。このような効果を発揮させるには少なくとも0.0005mass%以上含有することが好ましいが、0.0050mass%を超えて含有しても効果が飽和するため、含有する場合は、0.0005〜0.0050mass%とすることが好ましい。
【0046】
Zr:0.001〜0.02mass%
Zrは、酸化物の分散による靱性改善効果を有する元素である。このような効果を発揮させるには少なくとも0.001mass%以上含有することが好ましいが、0.02mass%を超えて含有しても効果が飽和するため、含有する場合は、0.001〜0.02mass%とすることが好ましい。
【0047】
REM:0.001〜0.02mass%
REMは、酸化物の分散による靱性改善効果を有する元素である。このような効果を発揮させるには少なくとも0.001mass%以上含有することが好ましいが、0.02mass%を超えて含有しても効果が飽和するため、含有する場合は、0.001〜0.02mass%とすることが好ましい。
【0048】
本発明において、Oは、Ti酸化物を形成させるために0.0010%以上含有することが好ましい。一方、0.0040%以上含有すると粗大なTiOを生成し、靱性低下の可能性があるため、0.0040%以下が好ましい。
【0049】
[溶接熱影響部の組織]
溶接熱影響部の組織としてボンド近傍の組織を「旧オーステナイト粒径:200μm以下、島状マルテンサイトの面積分率1.0%以下」に規定する。
【0050】
前述したように、本発明は、溶接熱影響部の中でも最も高温に曝され、オーステナイトが粗大化するボンド部近傍におけるオーステナイト粒成長と、島状マルテンサイト生成を抑制することによって、大入熱溶接部における靭性の向上を図る技術である。斯かる効果を得るためには、上記ボンド部近傍の熱影響部における旧オーステナイト粒径を200μm以下、島状マルテンサイトの面積分率を1.0%以下に抑える必要がある。
【0051】
ここで、ボンド近傍の熱影響部とは、ボンド部から500μm以内の範囲の熱影響部を指す。ボンド近傍の熱影響部の旧オーステナイト粒径は、溶接部の断面を研磨・エッチングし、光学顕微鏡で観察することで確認することができる。
【0052】
ボンド近傍の熱影響部の島状マルテンサイトは、同様に溶接部の断面を研磨・エッチングし、SEMで観察することで確認することができる。なお、ボンド部近傍の熱影響部の組織は、上記島状マルテンサイトの外は、アシキュラーフェライトやベイナイトを主とし、フェライトやパーライトなどを含む組織である。
【0053】
本発明に係る鋼材は、例えば、以下のようにして製造される。まず溶銑を転炉で精錬して鋼とした後、RH脱ガスを行い、連続鋳造または造塊−分塊工程を経て鋼片とする。得られた鋼片を再加熱し、熱間圧延を行う。所望する強度、靭性に応じて、熱間圧延後、放冷するか、あるいはまた、前記熱間圧延後に、加速冷却、直接焼入れ−焼戻し、再加熱焼入れ−焼戻し、再加熱焼準−焼戻しなどのいずれかの熱処理を施す。以下に本発明の作用効果を実施例に基づいて具体的に説明する。
【実施例】
【0054】
150kgの高周波溶解炉にて、表1に示す組成の鋼を溶製した後、熱間圧延により厚さ70mmのスラブとし、1150℃に2時間加熱後、さらに熱間圧延を行い、板厚中心温度で850℃において30mmに仕上げた後、8℃/sの冷却速度で加速冷却した。冷却速度は、60mmの板厚の1/4位置の冷却速度を、30mmの板厚中心でシミュレートしたものである。
【0055】
圧延した30mmの板を500℃で10分焼き戻した後、平行部14φ×85mm、標点間距離70mmの丸棒引張試験片と2mmVノッチシャルピー試験片を採取し、母材の強度と靭性を評価した。
【0056】
さらに、これらの鋼板から溶接熱サイクル後の特性を測定するため、幅80mm×長さ80mm×厚み15mmの試験片を採取し、1450℃に加熱後800〜500℃を270sで冷却(エレクトロガス溶接での入熱量400kJ/cmの溶接熱影響部に相当)する再現溶接熱サイクルを付与し、再現溶接熱影響部の靱性を2mmVノッチシャルピー試験にて評価した。
【0057】
再現溶接熱影響部における旧オーステナイト粒径は、ナイタールエッチングによりミクロ組織を現出したのち、光学顕微鏡の100倍写真5枚をトレースしたうえ、それぞれ画像解析を行い、その円相当径の平均値を算出した。再現溶接熱影響部における島状マルテンサイトの面積分率は、2段エッチング法により島状マルテンサイトを現出したのち、SEMの2000倍の写真5枚をトレースしたうえ、それぞれ画像解析を行い、その平均値を算出した。
【0058】
表2に、旧オーステナイト粒径、島状マルテンサイトの面積分率と、再現溶接熱影響部の靱性を母材の機械的性質とともに示す。表2から、発明例ではいずれも旧オーステナイト粒径が200μm以下、島状マルテンサイト面積分率が1.0%以下となっており、良好な再現溶接熱影響部靱性が得られた。
【0059】
これに対し、比較例では旧オーステナイト粒径が200μmを超えるか、あるいは島状マルテンサイトの面積分率が1.0%を超えることによって再現溶接熱影響部の靱性が劣っている。これらの比較例は、C、Si、Mn、P、Al、Nb、Ti、B、N、Ceq(IIW)、選択元素の一つであるCr等の値が本発明範囲を外れるものであった。
【0060】
【表1】

【0061】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.03〜0.08mass%、Si:0.01〜0.15mass%、Mn:1.8〜2.6mass%、P:0.008mass%以下、S:0.0005〜0.0040mass%、Al:0.005mass%以下、Nb:0.003〜0.03mass%、Ti:0.005〜0.030mass%、N:0.0050〜0.0080mass%、B:0.0003〜0.0025mass%、Ceq(IIW)が0.33〜0.45、残部Fe及び不可避的不純物の化学成分を有し、溶接入熱量が300kJ/cmを超える大入熱溶接を施したときのボンド近傍の熱影響部組織において、旧オーステナイト粒径が200μm以下、島状マルテンサイト面積分率が1.0%以下であることを特徴とする大入熱溶接用鋼材。
但し、Ceq(IIW)=C+Mn/6+(Cr+Mo+V)/5+(Cu+Ni)/15で各元素記号は各元素の含有量(mass%)を示す。
【請求項2】
化学成分に、更に、V:0.2mass%以下を含有することを特徴とする請求項1に記載の大入熱溶接用鋼材。
【請求項3】
化学成分に、更に、Cu:1.0mass%以下、Ni:1.0mass%以下、Cr:0.4mass%以下およびMo:0.4mass%以下のうちから選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の大入熱溶接用鋼材。
【請求項4】
化学成分に、更に、Ca:0.0005〜0.0050mass%、Mg:0.0005〜0.0050mass%、Zr:0.001〜0.02mass%、REM:0.001〜0.02mass%のうちから選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1乃至3の何れか一つに記載の大入熱溶接用鋼材。

【公開番号】特開2012−162793(P2012−162793A)
【公開日】平成24年8月30日(2012.8.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−26114(P2011−26114)
【出願日】平成23年2月9日(2011.2.9)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】