説明

大気環境中において変色を生じにくいチタンまたはチタン合金

【課題】 チタンを屋根、壁材のような過酷な酸性雨環境中で使用した場合も優れた耐変色性を示し、長期間に亘って意匠性が劣化することのない、大気環境中において変色を生じにくい純チタンまたはチタン合金を提供する。
【解決手段】 純チタンあるいはチタン合金の表面上に厚みが0.1〜1.5μmの窒化チタン層が形成されており、該窒化チタン層中に平均で1〜35原子%の酸素が含有され、かつ、チタン表面から100nmの深さの範囲における平均の炭素濃度が3at%以上15at%以下であることを特徴とする大気環境中において変色を生じにくいチタンまたはチタン合金。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、屋外用途(屋根、壁など)に使用される純チタンあるいはチタン合金(以降、これらを総称して、単にチタンと記載する)に関するもので、大気環境中において変色を生じにくいチタンに関するものである。
【背景技術】
【0002】
チタンは、大気環境において極めて優れた耐食性を示すことから、海浜地区の屋根、壁のような建材用途に用いられている。チタンが屋根材等に使用されはじめてから約10数年を経過するが、これまで腐食が発生したと報告された例はない。しかしながら、使用環境によっては長期間に亘って使用されたチタン表面が暗い金色に変色する場合がある。
変色は極表面層に限定されることから、チタンの防食機能を損なうものではないが、意匠性の観点からは問題となる場合がある。変色を解消するには、チタン表面を硝フッ酸等の酸を用いてワイピングするか、研磨紙、研磨剤を用いた軽い研磨で変色部を除去する必要があり、屋根のごとく大面積なチタン表面を処理する場合には、作業性の観点から問題がある。
【0003】
チタンに変色が発生する原因については、未だに十分に解明されているわけではないが、大気中に浮遊するFe,C,SiO2 等がチタン表面に付着することによって発生する場合と、チタン表面の酸化チタンの膜厚が増加することによって発生する可能性が示唆されている。また、変色を軽減する方法として、特許文献1に開示されるように、チタン表面に10nm以下の酸化膜を有し、かつ表面炭素濃度を30原子%以下(以下at%と記載する)としたチタンを適用することが有効であると報告されている。
【0004】
しかしながら、発明者らが、変色を防止するために日本各地において変色を生じたチタン製の屋根材の表面分析ならびに変色促進試験を用いて、変色に及ぼす酸化膜の厚さおよび表面の炭素濃度の影響を丹念に検討した結果、特許文献1と異なり、酸化膜厚みは、比較的厚いものが耐変色性の向上に有効であることを見出した。また炭素については、表面に濃化した炭素が炭化物を形成することによって変色が促進されることを見出した。その結果、酸化膜厚みが比較的厚く、表面の炭素物濃度を低くしたチタンを非特許文献1で提案した。
【特許文献1】特開2000−1729号公報
【非特許文献1】第142回秋季講演大会、「材料とプロセス」、CAMP-ISIJ Vol.14(2001)、1336〜1339頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記の通り、非特許文献1に開示しているチタンの耐変色性は良好であるものの、酸性雨の過酷な環境では耐変色性をさらに向上させることが望まれてきた。
本発明は、この様な現状に鑑み、チタンを屋根、壁材のような過酷な酸性雨環境中で使用した場合も優れた耐変色性を示し、長期間に亘って意匠性が劣化することのない、大気環境中において変色を生じにくいチタンを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、かかる知見を基に完成したものであって、その要旨とするところは以下の通りである。
(1)純チタンあるいはチタン合金の表面上に厚みが0.1〜1.5μmの窒化チタン層が形成されており、該窒化チタン層中に平均で1〜35at%の酸素が含有され、かつ、純チタンあるいはチタン合金の表面から100nmの深さの範囲における平均の炭素濃度が3at%以上15at%以下であることを特徴とする大気環境中において変色を生じにくい純チタンまたはチタン合金。
【発明の効果】
【0007】
本発明のチタンは、大気環境中において極めて優れた耐食性を有しており、屋根あるいは壁パネルのような屋外環境での用途に特に有効である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
発明者らが、過酷な酸性雨環境でのチタンの耐変色性を向上させるべく鋭意検討したところ、チタン表面に最適な濃度の酸素を含有する窒化チタン層を形成させることによって、著しく耐変色性が向上することを見出した。金属表面への窒化チタン膜の付与は、従来から知られた技術であるが、窒化チタン層中に酸素を含有しない場合、過酷な酸性雨環境を模擬した変色促進試験において窒化チタン層が変質し、所望する耐変色性の向上を達成することができなかった。
さらに本発明者らが鋭意検討した結果、上述のごとく窒化チタン中に一定濃度範囲の酸素を含有させることによって、耐変色性の向上を図ることに成功した。
【0009】
金属表面での窒化チタン層の形成は、耐摩耗性、耐食性の向上に用いられているため、本発明者らは、イオンプレーティング法を用いてチタン表面に窒化チタン層を形成させ、過酷な酸性雨環境の促進試験として、60℃のpH3の硫酸溶液中で浸漬試験を行ったところ、窒化チタン層が微量溶解し、酸化チタン層に変質して変色を生じることが判明した。これに対して、窒化チタン層中に酸素が原子%で平均で1at%以上35at%以下含有することによって、上記の変色促進試験においても耐変色性を格段に向上させることが可能となる。
【0010】
耐変色性が向上する機構については、不明な点が多いが、窒素原子よりも電気陰性度の大きな酸素原子が窒化チタン中に含有されることによって、チタンとのイオン結合性が増大し、窒化チタン自体の化学的安定性が向上するものと推察している。
このような効果を発現させるためには、窒化チタン中の酸素濃度は1at%以上必要となる。ただし、酸素濃度が35at%を超えると窒化チタン自体の特性が損なわれるため、酸素濃度は35at%以下とする。なお、より好ましくは酸素濃度が10at%から25at%の範囲にあると、優れた耐変色性、密着性を得ることができる。
【0011】
また窒化チタン層の厚みについては、薄すぎると膜自体の保護作用が十分ではないため、0.1μm以上の膜厚が必要である。ただし、厚みが1.5μmを超えると膜に作用する応力が増大し、膜に亀裂が発生、あるいは剥離を生じやすくなるため、1.5μmを上限とする。なお密着性、耐変色性の観点では0.2〜0.7μmの厚みが望ましい。
【0012】
さらに、チタン表面に存在するチタン炭化物については、チタン表面から100nmの範囲における平均の炭素濃度で15at%以下に低減させる必要がある。上記で説明した窒化チタン層の形成に加えてチタン表面の炭化物を低減することによって、耐変色性を飛躍的に向上できる。ただし、炭素濃度を3at%未満にすることは製造コストの大幅な増加を招き、また耐変色性を向上させる効果も飽和することから、炭素濃度の下限値は3at%とする。この下限値については、製造コストの面から10at%とすることが好ましい。
【0013】
また、チタン表面から100nmの範囲としているのは、炭化チタンが溶解して酸化チタン層を形成し、干渉作用によって変色を発生するには、少なくとも可視光の半波長以上の厚みが必要であり、100nmより薄い範囲に炭化チタンが存在する場合は、例えその領域の炭化チタンが溶解して酸化チタン層を形成しても、干渉作用を生じることがないことによる。
【0014】
このようなチタン表面での窒化層の厚みおよび窒化層中の成分分析およびチタン表面の炭素濃度は、グロー放電分光分析装置の表面分析装置を用いて測定することができる。その際、0.1μm程度の窒化層あるいはチタン表面の炭素濃度の平均値が求められるように、少なくとも0.1μmの範囲で測定点が10点以上得られることが好ましい。
他の表面分析装置としては、X線光電分光分析装置あるいは、オージェ分光分析装置が一般的に用いられているが、チタンと窒素のピークを分離解析することが難しいことから、グロー放電分光分析装置を用いて測定することが望ましい。
【0015】
なお、窒化チタン層等の厚みを算出するには、エリプソメーターを用いて厚みが既知なSiO2 膜を用いて、同一測定条件でSiO2 のスパッタリング速度(nm/分)を求める。次に、上記の分析において、チタン表面の窒素濃度が半減する位置でのスパッタリング時間を求め、SiO2 を用いて求めたスパッタリング速度と上記素スパッタリング時間を掛け、酸化膜厚みを算出することとする。
ここで、チタン表面の窒素濃度が半減する位置としたのは、分析装置内の真空度に依らず、再現性の高い測定を行うことができることによる。炭素濃度の測定範囲である100nmは、上記の窒化チタン層とチタンの界面より、スパッタリング速度から100nmに相当する時間範囲の炭素濃度の平均値を求めることとする。
【0016】
チタン表面に本発明の窒化チタン層を形成させる方法としては、下地チタンの表面を活性化でき、かつ窒化チタン層中の酸素濃度を制御しやすく、かつ均一な厚み分布の窒化チタン層が得られるイオンプレーティング法が望ましい。蒸着法のような他のPVD(physical vapor deposition )は、下地チタンとの密着性に問題があるケースが多く、適用には、十分な密着性の確保が不可欠となる。CVD(chemical vapor deposition ),PVDを用いる場合、基材を高温に加熱する必要があり、本発明のごとく基材としてチタンを用いる場合には、チタンの機械的性質の低下が懸念される。
【0017】
また、チタン表面に本発明の窒化チタン層を形成させる際に、イオンプレーティング法により製造するための具体的な条件としては、窒素雰囲気中に適切な濃度の酸素をなるべく均一に混入させ、さらに基材チタンを適切な温度に、かつ極力均一に制御し、適切な処理時間を設定することで実施できる。
ここで、窒素雰囲気中の酸素濃度、基材チタンの温度、処理時間は特に規定するものではなく、要求される窒化チタン層の性状に応じて適宜設定すれば良い。
【0018】
なお、酸素をほとんど含有しない窒素雰囲気中での加熱は、比較的容易に窒化チタン層を形成できるが、本発明の様な酸素を適量含有する窒素雰囲気では、酸素が不均一に存在すると、窒化チタン層中の酸素濃度も不均一になり易いため、酸素が極力均一に混入させることが重要である。また、通常は雰囲気中に水蒸気が存在しているため、雰囲気中の露点に応じて、存在する酸素濃度を変化させることも重要である。
【0019】
一方、基材チタンについては、処理時の基材チタンに温度分布が生じると、窒化チタン層中の酸素濃度や窒化チタン層の厚みが不均一になり易いため、基材チタンを適切な温度に、かつ極力均一に制御することも重要である。
特に、処理時間を適切に設定することで、窒化チタン層を所望の厚みに制御できる。
【0020】
以上の通り、窒素雰囲気中の酸素濃度、基材チタンの温度、処理時間等を適切に制御することにより、本発明の窒化チタン層を製造することができる。
一方、チタン表面に存在するチタン炭化物について、チタン表面から100nmの範囲における平均の炭素濃度を本発明の範囲に制御するには、冷間圧延後の洗浄および真空焼鈍条件(焼鈍温度等)を最適化することで実施できる。
【0021】
通常、外装用のチタン板には加工性が要求されるため、不純物元素濃度を低減したJIS 1種の工業用純チタンが用いられるが、本発明のチタンは、強度が必要とされるケースに用いられるJIS 2種から4種の工業用純チタンについても適用できる。
本発明の対象とするチタン合金とは、例えば耐食性を向上させるために、微量の貴金属系の元素(パラジウム、白金、ルテニウム等)を添加したJIS 11種から23種等が挙げられる。
【0022】
なお、合金元素濃度を数%を超えて添加したチタン合金(高強度)では、合金元素によっては(例えばアルミニウム)、チタンの耐食性を劣化させるものがあることから、本発明に従って窒化チタン層を形成したとしても、耐変色性を劣化させる場合もあるため、このようなチタン合金へ本発明を適用する場合は、事前に合金元素の影響を調査しておくことが重要であり、窒化チタン層の厚み、酸素濃度等を適宜調整することが推奨される。
【実施例】
【0023】
表1は、厚さ0.4mmのJIS 1種の純チタン冷延焼鈍板を用いて、チタン表面の窒化チタン層の厚み、平均の酸素濃度、およびチタン表面から100nmの深さの範囲の平均炭素濃度をグロー放電分光分析装置を用いて測定し、これらの試料を、pHが4の硫酸水溶液中で60℃において2週間浸漬試験を実施した(酸性雨の影響を模擬した)時の、試験前後のチタンの色差を測定し、耐変色性の評価を行った結果を示す。
【0024】
試験前後の色差(ΔE)は
ΔE=((L2 −L1 2 +(a2 −a1 2 +(b2 −b1 2 1/2 によって算出した。
ここで、L1 ,a1 ,b1 は変色試験前の色彩の測定結果で、L2 ,a2 ,b2 は、変色試験後の色彩の測定結果で、JIS Z8729法に規定されているL表色法に基づくものである。当然色差の値の少ないものほど耐変色性に優れている。
【0025】
なお、窒化チタン層の形成は、イオンプレーティング法を用いて行った。
まず、本発明の窒化チタンを製造するために、バッチ真空炉の雰囲気条件として、炉内の真空度を1.0×10-2Pa、温度を110℃とし、アルゴンガス流量86ml/min でのアルゴンクリーニングを経て、炉内の真空度を約6×10-1Paの条件で窒素ガスを導入し、さらに蒸発源である純チタンを加熱蒸発、イオン化させ、陰極としたチタン板表面にTiN層の形成を行った。その際、窒素流量を変化させて雰囲気中の酸素濃度を制御しながら、窒化チタン層中の酸素含有量が本発明の範囲内となる様に調整した。
また、窒化チタン層の厚みの制御については、イオンプレーティング処理時間(純チタンを加熱蒸発、イオン化させて処理している時間)を調整した。尚、チタン表面の炭素濃度の制御は、冷間圧延後のアルカリ脱脂洗浄を強化し、さらに真空焼鈍温度を調整することによって行った。
【0026】
これに対して、比較例のものを製造するのに、バッチ真空炉の雰囲気条件として、炉内の真空度を6.6×10-3Paと本発明の条件より下げ、温度110℃でアルゴンガス添加を行わず、イオンボンバードメント処理を経て、上記発明法と同様にイオンプレーティング処理を開始し、本発明の条件と比較して炉圧と窒素流量を変化させて、窒化チタン層中の酸素含有量を変化させた。また窒化チタン層の厚みについては、イオンプレーティング処理時間を変えて変化させた。さらにチタン表面の炭素濃度の制御は、圧延後の通常のアルカリ脱脂洗浄後、真空焼鈍温度を変えて変化させた。
【0027】
その結果、表1に示す様に、チタン表面に0.1〜1.5μmの厚みの窒化チタン層を形成させ、かつ、窒化チタン層中の平均の酸素濃度を1〜35at%の範囲とし、かつチタン表面から100nmの深さの範囲での平均の炭素濃度が3at%以上15at%の範囲にある場合、耐変色性が良好であった。
【0028】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
純チタンあるいはチタン合金の表面上に厚みが0.1〜1.5μmの窒化チタン層が形成されており、該窒化チタン層中に平均で1〜35原子%の酸素が含有され、かつ、純チタンあるいはチタン合金の表面から100nmの深さの範囲における平均の炭素濃度が3原子%以上15原子%以下であることを特徴とする大気環境中において変色を生じにくい純チタンまたはチタン合金。