安定な冷陰極電界放出型電子源
【課題】放出電流が安定で低雑音の電子顕微鏡用の冷陰極電界放出型電子源を提供する。
【解決手段】冷陰極電界放出型エミッタ先端503の後方に配置された開口554を有するエミッタ包囲電極552と、引出電極508とにより閉空間を形成し、閉空間の内部に配置された円形フィラメント530を加熱する事により放出される電子520による衝撃と熱的励起により、引出電極508とエミッタ包囲電極552の吸着物質522、526を離脱させ、ギャップ560より排気し除去する。
【解決手段】冷陰極電界放出型エミッタ先端503の後方に配置された開口554を有するエミッタ包囲電極552と、引出電極508とにより閉空間を形成し、閉空間の内部に配置された円形フィラメント530を加熱する事により放出される電子520による衝撃と熱的励起により、引出電極508とエミッタ包囲電極552の吸着物質522、526を離脱させ、ギャップ560より排気し除去する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子源に関し、特に集束電子ビームシステムに適用する冷陰極電界放出型電子源に関する。
【背景技術】
【0002】
集束電子ビームシステムにおいて、カラムは、ビームを用いた画像化及び処理(任意選択)がなされるように、典型的にはターゲットの表面上に電子ビームを集束するように使用される。これらのカラムでは、電子源は初期電子ビームを生成し、次いで初期電子ビームは、電子「銃」に渡され、電子銃は、典型的には、荷電粒子をカラム主体部に入射する略平行ビームに集束させる。熱電子陰極型、ショットキー型エミッタ、及び冷陰極電界放出型エミッタ(CFE)を含む各種の電子源が集束電子ビームシステムに使用されている。これらのうち、CFEは、最大の輝度及び最小のエネルギー幅という特徴があり、最大電流密度でターゲットにおいて最小ビームサイズを実現できる可能性があり、これによって画像分解能を改善できる可能性がある。しかし残念ながら、CFE電子源は、良好な超高真空条件(〜10-10Torr)であってさえも、放出電流が非常に短い時間(〜0.5ないし1.5時間)で失われてしまう傾向が示されている。この問題を解決あるいは改善する試みで、FEI社(オレゴン州ヒルズボロ)は、従来のCFE電子源(非酸化物の先端(tip))よりずっと長期の安定性を示す酸化タングステン(111)のCFEを開発し、特許(TessnerIIらによる米国特許第7888654号「冷陰極電界放出型エミッタ(Cold Field Emitter)」)を取得した。しかしながら、これらの改善されたCFE電子源でも、短時間の電子源操作の後、依然として放出電流の雑音が示される。したがって、低雑音でありながら改善された放出安定性を有するCFE電子源が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】米国特許第7888654号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、改善された放出安定性と低雑音を有する冷陰極電界放出型エミッタ(CFE)の電子源を提供することである。本発明のいくつかの実施形態では、エミッタ包囲電極(emitter enclosure electrode)と引出電極との間に配置されるフィラメントが、エミッタ先端付近の表面をクリーニングするように使用される。いくつかの実施形態では、エミッタ包囲電極と引出電極との間のギャップは、後方散乱電子の経路を制限するように、及び/又は、先端領域へのガス分子の流入を低減するように構成される。本発明の実施形態では、著しくCFEの安定性が向上し、雑音が低減されることが示される。
【0005】
上記は、以下の本発明の特徴と技術的利点を概説したものであり、以下に記載された本発明の詳細な説明をより良く理解するためのものである。その他の本発明の特徴及び利点については以下に説明する。当業者によれば、ここに開示された概念及び特定の実施形態は、本発明と同様の目的を達成するために、改良や他の構成に変形する基礎として容易に利用できるものと理解される。また、当業者は、かかる均等な構成についても、添付された特許請求の範囲に記載された発明の趣旨と範囲から逸脱しないものと理解する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明のいくつかの実施形態によれば、冷陰極電界放出型電子源は、エミッタ先端を形成する先鋭な末端を有する電子エミッタであって、その軸が電子源放出軸を規定する電子エミッタと、前記エミッタ先端の前方に配置される引出電極であって、ほぼ中心に前記電子源放出軸が位置する開口を有する引出電極と、前記エミッタ先端の後方に配置されるエミッタ包囲電極と、を備え、前記エミッタ包囲電極は、ほぼ中心に前記電子源放出軸が位置し、エミッタワイヤの直径より大きい直径の開口を有する。
【0007】
いくつかの実施形態では、冷陰極電界放出型電子源は、前記エミッタ包囲電極と前記引出電極との間に配置されるクリーニングフィラメントを備える。いくつかの実施形態では、前記クリーニングフィラメントは、環状形状を有し、ほぼ中心に前記電子源放出軸が位置する。
【0008】
いくつかの実施形態では、冷陰極電界放出型電子源は、引出電圧源を備え、前記エミッタワイヤと前記引出電極との間に引出電圧を印加するように構成され、前記引出電圧が前記エミッタ先端から前記引出電極に向けて冷陰極電界放出を誘導する。
【0009】
いくつかの実施形態では、冷陰極電界放出型電子源は、フィラメント電流源を備え、前記クリーニングフィラメントを介して電流を提供するように構成され、前記クリーニングフィラメントをジュール加熱する。
【0010】
いくつかの実施形態では、冷陰極電界放出型電子源は、クリーニングフィラメントバイアス電圧源を備え、前記クリーニングフィラメントと前記エミッタ包囲電極及び引出電極の両方との間に電圧を印加するように構成され、前記エミッタ包囲電極及び前記エミッタワイヤに対向する引出電極の表面に衝撃を与えるように前記クリーニングフィラメントから熱電子放出を誘導し、その電子衝撃が前記エミッタ包囲電極及び引出電極からの分子の電子衝突脱離を促す。
【0011】
いくつかの実施形態では、前記エミッタ包囲電極と前記引出電極との間の空間がギャップを規定し、そのギャップの幅は、前記エミッタ先端から離れるにつれて小さくなる。
【0012】
いくつかの実施形態では、前記引出電極は、前記エミッタ先端に対向し、かつ前記電子源放出軸を中心とする窪みを備え、前記窪みは、前記エミッタ包囲電極と前記引出電極との間に向かう前記引出電極で生成された後方散乱電子の量を制限するように構成される。いくつかの実施形態では、前記窪みは、カウンタボアである。
【0013】
本発明のいくつかの実施形態によれば、エミッタ先端を有するエミッタと、エミッタ包囲電極と、引出電極とを含む冷陰極電界放出型電子源の操作方法は、前記エミッタ包囲電極と前記引出電極との間に配置されたフィラメントを加熱し、前記フィラメントの加熱を停止し、前記冷陰極電界放出型電子源から冷陰極電界電子放出を誘導するように前記引出電極に引出電圧を印加する。
【0014】
いくつかの実施形態では、前記エミッタ包囲電極と前記引出電極との間に配置されたフィラメントを加熱する際は、ほぼ中心に前記エミッタが位置する環状フィラメントを加熱する。いくつかの実施形態では、前記エミッタ包囲電極と前記引出電極との間に配置されたフィラメントを加熱する際は、前記引出電極及びエミッタ包囲電極が十分に加熱されるように前記フィラメントを加熱してそれらの上の吸着分子を脱離させる。いくつかの実施形態では、前記エミッタ包囲電極と前記引出電極との間に配置されたフィラメントを加熱する際は、前記エミッタ包囲電極と前記引出電極との間の閉じ込め空間内のフィラメントを加熱する。
【0015】
いくつかの実施形態では、冷陰極電界放出型電子源は、前記フィラメントと前記エミッタ包囲電極及び/又は引出電極との間に電気的バイアスを印加して前記エミッタ包囲電極及び/又は前記引出電極への電子衝撃を誘導する。
【0016】
本発明のいくつかの実施形態によれば、エミッタ先端を有するエミッタと、エミッタ包囲電極と、引出電極とを含む冷陰極電界放出型電子源の製造方法は、エミッタ先端及びエミッタ軸を有するエミッタを提供し、前記エミッタ軸上に開口を有し、前記開口を介して前記エミッタが突き出るエミッタ包囲電極を提供し、前記エミッタ軸に沿って電子ビームが通過する開口を有する引出電極を提供し、前記エミッタ包囲電極及び引出電極が前記エミッタ先端を含む閉じ込め空間を形成するように構成され、前記閉じ込め空間が、前記引出電極から後方散乱された電子の経路を制限すること、及び/又は、前記閉じ込め空間へのガスの流れを低減する。
【0017】
いくつかの実施形態では、前記閉じ込め空間は、前記光軸から離れた点より前記光軸の近くでより広くなる。
【0018】
いくつかの実施形態では、前記引出電極と前記エミッタ包囲電極との間にフィラメントを提供する。いくつかの実施形態では、前記引出電極と前記エミッタ包囲電極との間にフィラメントを提供する際、前記エミッタ軸を中心とする環状のフィラメントを提供する。
【0019】
いくつかの実施形態では、前記エミッタ軸に沿って電子ビームが通過する開口を有する引出電極を提供する際、前記開口の端部での前記引出電極から前記エミッタ包囲電極までの第1の距離と、前記開口から離れたところでの前記引出電極から前記エミッタ包囲電極までの第2の距離とを有する引出電極を提供し、前記第2の距離が、閉じ込め空間を形成するように前記第1の距離より短い。
【0020】
いくつかの実施形態では、前記エミッタ軸に沿って電子ビームが通過する開口を有する引出電極を提供する際、前記開口を中心とする皿穴を有する引出電極を提供し、前記第1の距離が前記皿穴の底部と前記エミッタ包囲電極との間の距離であり、前記第2の距離が前記皿穴の頂部から前記エミッタ包囲電極までの距離である。
【0021】
本発明とその利点をより完全に理解するため、添付の図面と併せて以下の説明を参照されたい。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】軸上の放出電流の安定性を測定するための試験装置における従来の冷陰極電界放出型エミッタ電子源の概略図である。
【図2】従来の冷陰極電界放出型エミッタ電子源の実験結果のグラフであり、放出の消失を示す。
【図3】従来の冷陰極電界放出型エミッタ電子源の実験結果のグラフであり、放出の望ましくない不安定性を示す。
【図4】電子源ベースにおいてガス脱離用フィラメントを有する従来の冷陰極電界放出型エミッタ電子源の概略図である。
【図5】本発明の冷陰極電界放出型エミッタ電子源の概略図であり、ガス脱離モードで操作する。
【図6】本発明の冷陰極電界放出型エミッタ電子源の概略図であり、軸上の放出電流の安定性を測定するための試験装置において冷陰極電界放出モードで操作する。
【図7】本発明の冷陰極電界放出型エミッタ電子源の一部の概略図であり、第1の実施形態のソース先端領域を示す。
【図8】本発明の冷陰極電界放出型エミッタ電子源の一部の概略図であり、第2の実施形態のソース先端領域を示す。
【図9】本発明の冷陰極電界放出型エミッタ電子源の一部の概略図であり、第3の実施形態のソース先端領域を示す。
【図10】本発明の冷陰極電界放出型エミッタ電子源の実験結果のグラフである。
【図11】本発明の冷陰極電界放出型エミッタ電子源の製造方法を示すフローチャートである。
【図12】本発明の実施形態の典型的な操作を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明の実施形態は、改善された放出安定性及び低雑音を有する冷陰極電界エミッタ(CFE)電子源を提供する。実施形態では、CFE電子源の通常の冷陰極電界放出の操作中において、エミッタ先端へのイオン及び中性分子の衝撃のレベルを大幅に低減すると考えられる電子源の構造を提供し、一方で、また、電子ビームによって衝撃を受ける表面上の吸着物の蓄積率を低減する。いくつかの実施形態では、これは、エミッタ包囲電極と引出電極との間のエミッタ先端を囲い込むことによって、そして、電子衝撃と輻射熱との組合せによって内部の表面の両方を完全にクリーニングすることによって達成される。このクリーニングプロセスは、エミッタ包囲電極及び引出電極の内側表面への熱電子放出による衝撃と、これらの表面への熱輻射とを可能とするフィラメントを利用する。電子衝撃及び熱の両方は、電子ビームを生成するCFE放出を開始する前に、これらの表面から実質的にすべての吸着物を除去するのに役立つ。熱電子放出のフィラメントは、環状であり、かつ放出軸を中心としてもよい。あるいは、フィラメントからの放出及び/又は輻射がエミッタ包囲電極及び引出電極の表面に十分に配分されてその表面を適切にクリーニングできれば、任意の形状、任意の配置又は方向であってもよい。
【0024】
いくつかの実施形態では、エミッタ先端に対向する引出電極側におけるカウンタボアや皿穴などの閉じ込め構造は、エミッタに対するCFE電子の衝突によって生成される後方散乱電子(BSE)を制限するのに役立ち、これらのBSEが脱離可能なガス層を有する可能性がある電子銃内の表面に衝突するのを防ぐ。研究によれば、先端における放出の不安定性の原因は、吸着物による汚染、及びイオン衝撃による先端形状の幾何学的変化に起因する局所的な仕事関数及び電界の変化であることが示されている。以下の議論では、これらの影響の要因を考察する。
【0025】
はじめに、従来技術でのCFE放出の安定性及び雑音の測定について議論する。これは、観測された放出の不安定性の要因に関する分析を含む。文脈の中で、実験的に示された本発明の利点を述べるために雑音及び放出の消失の定量的な測定が提示される。次いで、雑音を低減し、安定性を向上させる従来技術の試みについて説明する。これは、CFE電子源についての雑音及び安定性の問題を完全に解決するに際してこれらの試みが失敗した原因を含む。最後に、本発明の電子源構造を提示し、ガス脱離とCFE各モードの両方の操作方法が記述される。
【0026】
[従来技術のCFE電子源の放出電流の安定性の測定]
図1は、軸上の放出電流の安定性を測定するための試験装置における冷陰極電界エミッタ(CFE)電子源100の概略図である。CFEエミッタ先端103ないしその近傍において種々の物理現象が発生すると、走査型電子顕微鏡(SEM)、透過型電子顕微鏡(TEM)又は走査透過型電子顕微鏡(STEM)などの集束電子ビームシステムにおける電子源の安定性及び雑音レベルに有害な影響を与える可能性がある。典型的なCFE電子源では、電子は、支持フィラメント104に接合された指向ワイヤ102の先鋭な端部103から放出される。エミッタ先端103と引出電極108との間に印加されるバイアス電圧は、先端103の表面に非常に強い電界を形成し、これによって、先端の表面において先端103から真空中へ抜け出る電子のトンネリングを引き起こす。これらの放出電子は、図1の右側の方へ向けられるビーム106を形成する。ビーム106の電子の大部分は、引出電極108の領域110に衝突するが、放出の分布の中心の一部は、引出電極108の開口113を通過してビーム112を形成する。放出安定性を測定するための試験装置は、遮蔽板114、及び電流計122に電気的に接続されたファラデーカップ120を備える。収集された電流は、電位計122によって測定され、次いでシステムの接地部124に渡される。典型的な集束電子ビームシステムでは、先端103からの放出分布の中心のごくわずかな部分のみが試料での最終ビーム電流に寄与するので、ここに図示された試験装置は、中心部のみを測定するように構成されているが、実際の装置では拡がりのある放出分布の他の部分は取り除かれる(すなわち、試料を通過することを阻止)。
【0027】
引出電極108の領域110にビーム106が衝突すると、二次電子(SE)160の放出を引き起こす。先端103と引出電極108との間の電位差の大部分は、先端103近傍に電界を形成するが、図1の曲がった軌跡に示されるように、二次電子160(低エネルギーを有する)を引き付けて引出電極108に戻すのに十分な残留の電界が領域100の近くに留まったままとなる。引出電極の領域110にビーム106が衝突すると、また、後方散乱電子(BSE)130の放出を引き起こす。BSEの大部分は、ビーム106からの衝突電子とほぼ同じエネルギーを有し、したがって、図示されたように、領域110での小さな電界ではBSE130が電子銃の空間全体へ向かうのを阻止することができない。一部のBSE130については、先端103から十分遠く離れた電子銃の領域に伝搬して、電子源の操作に明らかな影響を与えることがない。BSE132は、表面136に衝突し、ガス分子134を脱離させると考えられ、このガス分子は、エミッタ先端103に向かって移動し、先端103の構造に対してスパッタによる損傷を与えるか、あるいは先端103上に吸着してしまう可能性がある。先端103の他方の側面では、BSE142は、表面138からの分子144を脱離、イオン化させ、先端103に向かって移動させる。先端103上の負のバイアス電圧によって、イオン144は先端103に向かって加速され、先端103への衝突点近傍の局所的な先端構造に対してスパッタによる損傷を与える可能性がある。なお、表面136及び138は、先端103から冷陰極電界放出を開始する前のクリーニングされていない(すなわち、吸着分子はそこから脱離していない)電子銃内のいずれかの表面を示すものであり、表面136及び138は、典型的な実際の電子源の場合よりも先端103に近くなるように示されている。従来技術では、BSEに曝される可能性がある電子銃内のすべての表面を完全にクリーニングする手段を見出すことは困難であることが分かっている。分極したガス分子150は、局所的な電界の勾配によって、先端103に引きつけられ、先端103上に吸着する可能性があり、これは仕事関数を変化させ、放出電流の変動を引き起こす。引出電極108に対するビーム106の衝突は、引出電極108の領域110からガス分子182を脱離させることもある。これらの分子182は、その後、エミッタ先端103上に吸着する可能性があり、通常、局所的な仕事関数を増大させ、冷陰極電界放出電流を減少させるものとなる。ガス分子184は、ビーム106からの電子186によってイオン化され、次いで、イオン144の場合と同様に、負にバイアスされた先端103に引きつけられる。いくつかの場合では、先端103へのスパッタによる損傷は、電界放出を増加させるような部分的に非常に先鋭な部位を形成する可能性がある。この影響によって、破壊的、瞬間的な電界放出の増大が生じ、アーク放電とそれに続くエミッタ先端103の破壊を導いてしまう可能性がある。
【0028】
図2は、従来技術による冷陰極電界放出型エミッタ電子源についての実験結果のグラフ200であり、図1に示されたCFE電子源及び試験装置で観察され、時刻202の関数である放出の消失を示す。軸204に沿ってプロットされた正規化された電流は、図1の電流計122からの出力を表わす。なお、曲線206、208及び210について、軸204の値「1.0」は、最初に収集された電流を表わし、曲線206、208及び210での絶対値はそれぞれ異なっていることがある。ここで異なる三つの実験を比較する。1)曲線206は、ファラデーカップの電流を約1.5時間に渡って読み出したものであり、各測定(丸印で示す)の間で電子源をオフとした場合であり、初期の放出電流の合計は100μAであった。2)曲線208は、電子源を連続的に操作した場合を表わし、初期の放出電流の合計が80μAであった。そして、3)曲線210は、電子源を連続的に操作した場合を表わし、初期の放出電流の合計が100μAであった。曲線206と208と210との比較からいくつかの重要な結論を引き出すことができる。
1)3つの場合のすべてにおいて、正規化されたファラデーカップ電流は、1.5時間に満たない時間にかけて大幅に低下する。この時間フレームは、典型的な集束電子ビームシステムへ実際に適用するCFE電子源にとっては短すぎる。
2)オフモードの場合(曲線206)では、降下率は小さい。一部の電流の降下は、図1に示したイオン144及び184による先端103への衝撃などのビーム誘起であることが示される。
3)オンモードの場合(曲線208及び210)、降下率は、オフモード曲線206より高い。
4)初期の先端放出の合計がより高い場合(すなわち、曲線208の80μAと比較した曲線210の100μA)、収集された電流の降下は、放出電流の合計が大きい場合、局所的なガスの脱離及びイオンによる衝撃が増加するので、より速くなる。つまり、ビーム誘起プロセスは電流降下に寄与していることが確認された。特に、100μAの曲線210の場合、降下率は極めて急激であり、0.25時間(15分)以内で、ファラデーカップの正規化された電流は約80%も減少した。
【0029】
図3は、図1などの従来の冷陰極電界放出型エミッタ(CFE)電子源についての実験結果のグラフ300であり、雑音の許容できないレベルを表わす。ビーム電流304(nA単位)は、ほぼ10時間の範囲における時間302の関数としてプロットされている。実験の開始時あたりでも、電子源には、0.75時間近くで突然始まり、1.5時間近くで減少し始め、実験において約3.0時間近く続く雑音306が表われる。この雑音は、従来技術のエミッタの特性であり、最終的なビーム電流(すなわち、図1のファラデーカップ120への電流)に寄与するエミッタ先端103上の物理領域が原子サイズに近いという事実から、少なくとも部分的に生じると考えられている。このように、1個の吸着分子でさえも、ここに見られる急速かつ振動性のある電流の変動につながるように、局所的な仕事関数に対して大きな影響を及ぼす可能性がある。この変動は、先端103上の対応する領域への吸着物及びそこから離れるものの速い運動から生じると考えられる。また、先端における速い原子運動は、それ自体、これらの変動に寄与すると考えられる。7.0時間近くでの雑音308のバーストも、急激なターンオン及びターンオフの挙動を表わす。
【0030】
また、雑音は、期間320(4.2〜5.3時間)中も現れており、そして、再び期間322(6.25時間近く)中で現れる。これは、期間306及び308の場合より低い周波数であるが、この低い周波数の雑音もまた、集束電子ビームシステムにおいて許容できない。最後に、右端の7.9時間近くでの時間フレーム330では、さらに大きな放出電流の変動が表われており、これは真空中の高電圧ブレークダウン(アーク放電)によるエミッタ先端の障害に先行する可能性がある。
【0031】
図4は、電子源ベースにおいてガス脱離用のフィラメントを有する従来の冷陰極電界放出型エミッタ電子源の概略図400である。CFEエミッタ先端403は、断面図に示すとおり、指向ワイヤ402の先鋭な末端を含み、典型的には、フィラメント404にスポット接合され、フィラメントは、順に、支柱490及び492に保持され、かかる支柱はディスク480などの絶縁構造体に接続される。フィラメント498は、支柱494と支柱496との間に接続され、支柱494と支柱496との間にはフィラメント498のジュール加熱を誘導するように電圧が印加される。バイアス電圧は、フィラメント498と引出電極408との間に印加される。このバイアス電圧は、引出電極408に向かってフィラメント498から熱電子放出される電子420を引きつけるのに役立つ。引出電極408上の吸着分子422に対する電子の衝突は、電子誘起脱離(EID)を引き起こす。電子420の数が十分な場合、吸着分子422の大部分を取り除くことができる。しかし残念なことに、従来技術では、典型的な電子銃構造内部の他の表面436及び438(実際の電子源の場合より全体的に先端403に近づけて示してある)は、十分な電子420の衝撃の流れを受けることがなく、そのため、434及び444などの元々の吸着物の層の部分がそれぞれ残されたままとなることが分かった。通常の電子源の操作において、これら吸着物434及び444の有害な影響は、図1において検討された。このように、電子源及び電子銃のインサイチュなクリーニングのための従来の方法に伴う根本的な問題は、電子銃内の表面から吸着物を十分に除去することができないことである。電子銃は、その後、エミッタ先端からの初期電子ビームの衝突に起因して引出電極から放出される後方散乱電子によって衝突を受けてしまう。従来技術のCFE電子源及び電子銃の設計において、エミッタ先端を覆う領域と電子銃全体構造との間の排出速度は、周囲ガスが先端から流れ去るようにできるだけ大きくされる。しかしながら、これは明らかにガスが先端に向かって流れることを許容してしまうものでもある。
【0032】
[本発明の実施形態のCFE電子源設計]
図5は、ガス脱離モードで操作される、本発明の実施形態の冷陰極電界放出型エミッタ電子源の概略図500である。CFEエミッタ先端503は先端ワイヤ502の先鋭な末端であり、先端ワイヤ502は典型的にはタングステンなどの高融点の金属の指向ワイヤである。先端ワイヤ502は、絶縁ディスク580に設けられた支柱590及び592によって支持されるフィラメント504にスポット接合されてもよい。エミッタワイヤ502及び先端503をクリーニングするために、支柱590と592との間に電圧を印加することによって、電流がフィラメント504を介して「フラッシュ」させることができ、それによってフィラメント504、ワイヤ502、先端503が、吸着物を除去するのに十分な高温で瞬間的にジュール加熱される。また、それによって、指向ワイヤ502の、又は、米国特許第7888654号(2011年2月15日発行)に記載されたようなワイヤ502及び先端503の酸化タングステン(111)表面の基本の金属の仕事関数によって特徴付けられる、初期のクリーンな先端構造を復元することができる。この先端のフラッシングプロセスは、ワイヤ502及び先端503をクリーニングするのに有効であるが、引出電極508から吸着物を除去できず、また、図1に示したように、引出電極からのBSEが衝突する可能性のある電子銃内の他の表面から吸着物を除去できない。したがって、より完全な電子源及び電子銃のクリーニング方法、つまり、図4に示された従来技術よりも吸着物をより完全に除去できることが好ましい。本発明では、図示のように開口554を有するエミッタ包囲電極552が設けられ、先端ワイヤ502がその開口を介して突き出る(典型的には、1.5mm以内)。先端503から引出電極508までの距離は、典型的には0.75mm以内である。さらに、円形フィラメント530が、エミッタ包囲電極552と引出電極508との間に、先端ワイヤ502から放射状に外側に向かうように配置される。フィラメント530を用いた三つの異なるクリーニングモードが可能である。
【0033】
1)理論的なEID脱離−このモードでは、エミッタ包囲電極552及び引出電極508の内側表面は、フィラメント530(電気回路によって加熱)とエミッタ包囲電極552と引出電極508との間に印加される電圧によってフィラメント530から放出される電子520及び524による衝撃を利用してクリーニングされる。これは熱電子放出の電子520を引き起こすものである。吸着分子522及び526は、次いで、脱離され、排出される。エミッタ包囲電極552と引出電極508の対向する表面間の標準的なギャップは、1.8〜2.2mmの範囲であり、これにより、脱離したガス分子を除去するための十分な放射状の排出速度を可能にする。
【0034】
2)理論的な熱的脱離−このモードでは、フィラメント530はずっと加熱されているが、バイアス電圧は、フィラメント530とエミッタ包囲電極552又は引出電極508との間に印加される必要がない。吸着物質522及び526は、次いで、表面及び分子の熱的励起によって除去される。脱離物の排出は、上記第1のモードと同じである。短時間のうちに、400°C超の温度がエミッタ包囲電極552及び引出電極508上に達して、効果的に吸着分子を除去することができる。
【0035】
3)EID及び熱的脱離の組合わせ−このモードでは、吸着物質522及び526は、フィラメント530からの熱電子放出の電子520及び524の衝突、及び、加熱されたフィラメント530からの輻射熱の両方によって除去される。ギャップ560が、エミッタ包囲電極552と引出電極508との間に形成されている。いくつかの実施形態では、ギャップ562は、開口550からより離れるより、開口550に近づく方が広くなり、エミッタ先端の周囲の領域に部分的な囲い又は遮蔽を形成する。閉空間は、凹形状、すなわち、端部に比べて中央付近がより深くなったものを有してもよい。例えば、図5では、先端503に面する引出電極508の表面は、カウンタボアのような浅い窪み(〜0.45mmの深さ)を有し、このカウンタボアは、その窪みから離れたところでは、エミッタ包囲電極552と引出電極508との間の狭いギャップ560に接続され、先端503の周囲に部分的に閉じた空間を形成する。電子源の操作中、この部分的に閉じた空間は、エミッタ包囲電極552及び引出電極508の表面にイオン分子及び中性分子が生成することを制限するのに役立ち、他方で、窪みの底部で生成されたBSEが電子銃内の他の表面(例えば、図1の表面136及び138)に到達するのを妨げる。エミッタ包囲電極552及び引出電極508の他の形状も同じ目的を達成することができる。例えば、エミッタの周囲に部分的に閉じた空間を形成するために、皿穴、カウンタボア又は曲面をエミッタ包囲電極552及び引出電極508のいずれか又はその両方に組み込むこともできる。
【0036】
図6は、図5のCFE電子源が図1に示された軸上の放出電流の安定性を測定するための試験装置において冷陰極電界放出モードで操作する際の概略図600である。図6を図1と比較すると、従来のCFE電子源を上回る本発明のいくつかの実施形態の利点が示される。図5に示したクリーニングプロセスは、先端503と引出電極508との間に印加される電圧によって誘導される電界により先端503から放出されたビーム602によって衝突を受けるすべての表面から、吸着分子を完全に除去した。したがって、引出電極508の内側表面604では、吸着物についてはあまり考慮しなくてよい。表面604から放出されたBSEは、エミッタ包囲電極552と引出電極508のカウンタボアとの組み合わせによって閉じ込められ、したがって、表面436及び438(図示せず、図1参照)からのガスの脱離は生じない。電流測定の試験装置は、図1と同じである。ビーム602の一部606は、引出電極508の開口550を通過する。その結果生じるビーム606の大部分は、遮蔽板114の領域610で衝突するが、小さな中央の部分612は、開口130を介してファラデーカップ120に伝搬する。ファラデーカップ120によって収集された電流は、電流計122によって測定され、次いで、システムの接地部124に渡される。
【0037】
[エミッタ先端領域の第1の実施形態]
図7は、冷陰極電界放出型エミッタ電子源の一部の概略図であり、エミッタ先端領域の第1の実施形態700を示す。エミッタワイヤ702は、エミッタ先端703と引出電極708との間に印加される高電圧によって先端703に誘起される高電界の影響下で電子710を放出する先鋭な末端703を有する。先端703を囲む空間が、エミッタ包囲電極(EEE)752と引出電極708との内側表面の間に形成される。クリーニングフィラメント730がEEE752と引出電極708との間に示されている。この第1の実施形態の電子源領域の設計において重要な考慮事項は、EEE752及び引出電極708の外形と、EEE752の内側表面と引出電極708の内側表面とを隔てるギャップとのアスペクト比である。このアスペクト比が大きければ、引出電極708の内側表面から生成される後方散乱電子が、図1に示す表面136及び138などの電子銃内の他の表面(おそらくクリーンでない)に衝突するのをもっと防ぐことができる。この第1の実施形態では、EEE752及び引出電極708の内側表面は、その外径近くでは平らな表面として図示されている。したがって、引出電極708上の領域から大きな角度をもって放出された後方散乱電子771は、少数しか、ソース先端の領域から逃れることができない。また、EEE752で大きな角度で反射された後方散乱電子772もまた、少数しか、ソース先端領域から逃れることができない。
【0038】
[エミッタ先端領域の第2の実施形態]
図8は、本発明の冷陰極電界放出型エミッタ電子源の一部の概略図であり、エミッタ先端領域の第2の実施形態800を示す。エミッタワイヤ802は、エミッタ先端803と引出電極808との間に印加される高電圧によって先端803に誘起される高電界の影響下で電子810を放出する先鋭な末端803を有する。クリーニングフィラメント830がEEE852と引出電極808との間に示されている。先端803を囲む空間が、エミッタ包囲電極(EEE)852と引出電極808との内側表面の間に形成される。この実施形態では、引出電極808は外側の遮蔽リング890を有し、これは図示されたように、引出電極808上の領域804から放出された後方散乱電子871の脱出を阻止し、EEE852で反射された後方散乱電子872の脱出を阻止する。この第2の実施形態においてBSEを封じ込めるように改善したことによる利点は、ソース先端領域でのわずかに減少する排出速度に対して釣り合いがとれることである。この第2の実施形態のさらなる利点は、第1の実施形態700の場合のアスペクト比の考慮事項がここでは外側の遮蔽リング890のためそれほど重要でなくなるので、EEE852及び引出電極808の外径をより小さくできることである。
【0039】
[エミッタ先端領域の第3の実施形態]
図9は、本発明の冷陰極電界放出型エミッタ電子源の一部の概略図であり、エミッタ先端領域の第3の実施形態900を示す。エミッタワイヤ902は、エミッタ先端903と引出電極908との間に印加される高電圧によって先端903に誘起される高電界の影響下で電子910を放出する先鋭な末端903を有する。クリーニングフィラメント930がEEE952と引出電極908との間に示されている。先端903を囲む空間が、エミッタ包囲電極(EEE)952と引出電極908との内側表面の間に形成される。この実施形態では、EEE952は外側の遮蔽リング990を有し、これは図示されたように、引出電極808上の領域904から放出された後方散乱電子971の脱出を阻止し、EEE952で反射された後方散乱電子972の脱出を阻止する。この第3の実施形態においてBSEを封じ込めるように改善したことによる利点は、ソース先端領域でのわずかに減少する排出速度に対して釣り合いがとれることである。この第3の実施形態のさらなる利点は、第1の実施形態700の場合のアスペクト比の考慮事項がここでは外側の遮蔽リング990のためそれほど重要でなくなるので、EEE952及び引出電極908の外径をより小さくできることである。
【0040】
[本発明のCFE電子源操作の実験結果]
図10は、本発明を具体化した冷陰極電界放出型エミッタ電子源の態様での実験結果のグラフ1000である。ファラデーカップ120(図1参照)上で収集されたビーム電流は、時間1002(単位hours)の関数として軸1004上にプロットされ、ほぼ9時間の電子源の操作にわたるものである。曲線1006は、図3のデータと比較することができる。雑音の大幅な減少が認められ、特に、操作の最初の5時間については顕著である。ボックス1008は、挿入図1010として拡大されており、曲線1012が曲線1006の一部を4〜6時間に引き延ばされた時間スケール上でこの減少を強調するようにして示されている。本発明の各種実施形態には、したがって、以下の利点がある。
1)エミッタ先端から放出電流によって衝撃を受ける表面−先端に対向する引出電極の表面及び引出電極に対向するエミッタ包囲電極の表面の両方を含む−から吸着物を除去する。
2)エミッタ包囲電極によって、内部に流れるガスから、先端の空間を遮蔽する。
3)引出電極から放出されるBSEから、電子銃の内側表面を遮蔽する。
4)加熱/衝撃のフィラメントが電子源の小さな空間の内部にあり、比較的短い時間で内部表面を十分にクリーニングすることができる。
5)電子源は標準的な電子源設置構造に基づいており、FEI社(オレゴン州ヒルズボロ)より販売されているような商用の電子顕微鏡と互換性がある。
【0041】
図11は、冷陰極電界放出型エミッタ電子源の製造方法1100を示す。ステップ1102では、エミッタ先端及びエミッタ軸を有するエミッタが提供される。エミッタの製造方法は、例えば、参照により本明細書に組み込まれる米国特許第7888654号に記載されている。ステップ1104では、エミッタ軸を中心として、それを介してエミッタが突き出ることができる開口を有するエミッタ包囲電極が提供される。ステップ1106では、エミッタ軸に沿って電子ビームが通過するための開口を有する引出電極が提供される。任意選択のステップ1108では、引出電極及びエミッタ包囲電極との間にフィラメント電極が備えられ、そのフィラメントは放出軸を中心とする環状であることが好ましい。そして、ステップ1110は、サブアセンブリやステップ1102、1104、1106、及び1108で提供された部品を使用して、冷陰極電界放出型エミッタ電子源を組み立てるのに必要なステップを備える。ステップ1110での電子源の組み立てにおいて、エミッタ包囲電極及び引出電極がエミッタ先端を含む閉じ込め空間を形成するように任意の方法で構成され、閉じ込め空間は、引出電極から後方散乱する電子の経路を制限したり、閉じ込め空間へのガスの流れを低減したりする。この閉じ込め空間は、エミッタ包囲電極に対向する窪みを有する引出電極を備えることによって形成されてもよい。
【0042】
図12は、本発明の実施形態の典型的な操作のフローチャート1200を示す。ステップ1202では、はじめにエミッタ先端がフラッシュされ、次いで、クリーニングフィラメントを介して加熱電流を誘導するようにクリーニングフィラメントの両端に電圧を印加し、クリーニングフィラメンを高い温度でジュール加熱する。加熱電流は、典型的には1.5〜5.0Aの範囲とすることができる。任意選択のステップ1204では、クリーニングフィラメントとエミッタ包囲電極及び引出電極の両方との間に、バイアス電圧が印加される。典型的なバイアス電圧は、数Vから数kVの範囲とすることができ、フィラメント上の電圧がエミッタ包囲電極及び引出電極に対して負となる。ステップ1204が省略される場合、ステップ1206での電極のクリーニングは、熱単独(図5のモード2)のものとなる。ステップ1204が省略されない場合、フィラメント上での加熱とバイアス電圧との組み合わせが、ステップ1206においてクリーニングフィラメントからの熱電子放出を引き起こし、エミッタワイヤに対向するエミッタ包囲電極及び引出電極の表面に衝突を与え、電子の衝撃は、エミッタ包囲電極及び引出電極からの分子の電子衝突脱離を促す。これは、図5のモード1又はモード3のクリーニングモードに対応する。なお、エミッタ包囲電極と引出電極の表面からのガスの電子衝突脱離(EID)の場合、ある最小限の電子衝撃エネルギーが必要であり、通常、数eVから数keVまでの範囲である。あるいは、クリーニングされる電極にあるパワー(フィラメントへのバイアス電圧×電子電流の積として計算される)が与えられたとしても、衝撃電子が個々のガス分子を脱離するだけの十分なエネルギーを持たない場合、ガスの脱離は不十分となる可能性がある。反対に、熱によるガス脱離の場合、電極に付与される電力の合計は、クリーニング率にとっては主要な考慮事項である。クリーニングのステップ1206は、典型的には、数分から1〜2時間続く。クリーニングステップ1206の後、ステップ1208では加熱電流及びバイアス電圧はオフとなる。ステップ1210では、エミッタ先端がフラッシュされ、次いで、エミッタ先端から引出電極に向けて電子の冷陰極電界放出を生じさせるように、引出電圧が引出電極とエミッタとの間に印加される(エミッタ側が正の電圧)。引出電圧は、典型的には、100V〜4000Vの範囲であり、より典型的には1000V〜3000Vの範囲である。
【0043】
本発明及びその利点について詳細に説明したが、ここに記載された実施形態に対しては、添付された特許請求の範囲により定められる本発明の趣旨及び範囲から逸脱することなく、様々な変更、置換及び修正が可能であると理解されるべきである。本発明の複数の態様は新規であり、すべての実施形態がすべての態様の使用を必要としているわけではない。例えば、エミッタ先端の後方のエミッタ包囲電極の使用、先端と引出電極との間のフィラメント電極の使用、及びエミッタ先端の周囲の閉空間の使用、及び特許性を有するものすべて。本発明の態様は、ショットキーエミッタなどの他のタイプのエミッタにも適用できる。さらに、本出願の範囲については、本明細書に記載されたプロセス、機械、製造物、組成物、手段、方法及びステップの特定の実施形態に限定されるものではない。当業者であれば、本発明、プロセス、機械、製造物、組成物、手段、方法又はステップの開示によって、既存の技術、又は本明細書に記載された実施形態に対応し、実質的に同じ機能を果たしたり、実質的に同じ効果を奏したりする将来技術についても、本発明に従って利用可能であると容易に理解することができる。したがって、添付された特許請求の範囲は、上記のようなプロセス、機械、製造物、組成物、手段、方法及びステップをその範囲に含むものである。
【符号の説明】
【0044】
500 電子源
502 エミッタワイヤ
503 エミッタ先端
508 引出電極
530 フィラメント
550 開口
552 エミッタ包囲電極
554 開口
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子源に関し、特に集束電子ビームシステムに適用する冷陰極電界放出型電子源に関する。
【背景技術】
【0002】
集束電子ビームシステムにおいて、カラムは、ビームを用いた画像化及び処理(任意選択)がなされるように、典型的にはターゲットの表面上に電子ビームを集束するように使用される。これらのカラムでは、電子源は初期電子ビームを生成し、次いで初期電子ビームは、電子「銃」に渡され、電子銃は、典型的には、荷電粒子をカラム主体部に入射する略平行ビームに集束させる。熱電子陰極型、ショットキー型エミッタ、及び冷陰極電界放出型エミッタ(CFE)を含む各種の電子源が集束電子ビームシステムに使用されている。これらのうち、CFEは、最大の輝度及び最小のエネルギー幅という特徴があり、最大電流密度でターゲットにおいて最小ビームサイズを実現できる可能性があり、これによって画像分解能を改善できる可能性がある。しかし残念ながら、CFE電子源は、良好な超高真空条件(〜10-10Torr)であってさえも、放出電流が非常に短い時間(〜0.5ないし1.5時間)で失われてしまう傾向が示されている。この問題を解決あるいは改善する試みで、FEI社(オレゴン州ヒルズボロ)は、従来のCFE電子源(非酸化物の先端(tip))よりずっと長期の安定性を示す酸化タングステン(111)のCFEを開発し、特許(TessnerIIらによる米国特許第7888654号「冷陰極電界放出型エミッタ(Cold Field Emitter)」)を取得した。しかしながら、これらの改善されたCFE電子源でも、短時間の電子源操作の後、依然として放出電流の雑音が示される。したがって、低雑音でありながら改善された放出安定性を有するCFE電子源が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】米国特許第7888654号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、改善された放出安定性と低雑音を有する冷陰極電界放出型エミッタ(CFE)の電子源を提供することである。本発明のいくつかの実施形態では、エミッタ包囲電極(emitter enclosure electrode)と引出電極との間に配置されるフィラメントが、エミッタ先端付近の表面をクリーニングするように使用される。いくつかの実施形態では、エミッタ包囲電極と引出電極との間のギャップは、後方散乱電子の経路を制限するように、及び/又は、先端領域へのガス分子の流入を低減するように構成される。本発明の実施形態では、著しくCFEの安定性が向上し、雑音が低減されることが示される。
【0005】
上記は、以下の本発明の特徴と技術的利点を概説したものであり、以下に記載された本発明の詳細な説明をより良く理解するためのものである。その他の本発明の特徴及び利点については以下に説明する。当業者によれば、ここに開示された概念及び特定の実施形態は、本発明と同様の目的を達成するために、改良や他の構成に変形する基礎として容易に利用できるものと理解される。また、当業者は、かかる均等な構成についても、添付された特許請求の範囲に記載された発明の趣旨と範囲から逸脱しないものと理解する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明のいくつかの実施形態によれば、冷陰極電界放出型電子源は、エミッタ先端を形成する先鋭な末端を有する電子エミッタであって、その軸が電子源放出軸を規定する電子エミッタと、前記エミッタ先端の前方に配置される引出電極であって、ほぼ中心に前記電子源放出軸が位置する開口を有する引出電極と、前記エミッタ先端の後方に配置されるエミッタ包囲電極と、を備え、前記エミッタ包囲電極は、ほぼ中心に前記電子源放出軸が位置し、エミッタワイヤの直径より大きい直径の開口を有する。
【0007】
いくつかの実施形態では、冷陰極電界放出型電子源は、前記エミッタ包囲電極と前記引出電極との間に配置されるクリーニングフィラメントを備える。いくつかの実施形態では、前記クリーニングフィラメントは、環状形状を有し、ほぼ中心に前記電子源放出軸が位置する。
【0008】
いくつかの実施形態では、冷陰極電界放出型電子源は、引出電圧源を備え、前記エミッタワイヤと前記引出電極との間に引出電圧を印加するように構成され、前記引出電圧が前記エミッタ先端から前記引出電極に向けて冷陰極電界放出を誘導する。
【0009】
いくつかの実施形態では、冷陰極電界放出型電子源は、フィラメント電流源を備え、前記クリーニングフィラメントを介して電流を提供するように構成され、前記クリーニングフィラメントをジュール加熱する。
【0010】
いくつかの実施形態では、冷陰極電界放出型電子源は、クリーニングフィラメントバイアス電圧源を備え、前記クリーニングフィラメントと前記エミッタ包囲電極及び引出電極の両方との間に電圧を印加するように構成され、前記エミッタ包囲電極及び前記エミッタワイヤに対向する引出電極の表面に衝撃を与えるように前記クリーニングフィラメントから熱電子放出を誘導し、その電子衝撃が前記エミッタ包囲電極及び引出電極からの分子の電子衝突脱離を促す。
【0011】
いくつかの実施形態では、前記エミッタ包囲電極と前記引出電極との間の空間がギャップを規定し、そのギャップの幅は、前記エミッタ先端から離れるにつれて小さくなる。
【0012】
いくつかの実施形態では、前記引出電極は、前記エミッタ先端に対向し、かつ前記電子源放出軸を中心とする窪みを備え、前記窪みは、前記エミッタ包囲電極と前記引出電極との間に向かう前記引出電極で生成された後方散乱電子の量を制限するように構成される。いくつかの実施形態では、前記窪みは、カウンタボアである。
【0013】
本発明のいくつかの実施形態によれば、エミッタ先端を有するエミッタと、エミッタ包囲電極と、引出電極とを含む冷陰極電界放出型電子源の操作方法は、前記エミッタ包囲電極と前記引出電極との間に配置されたフィラメントを加熱し、前記フィラメントの加熱を停止し、前記冷陰極電界放出型電子源から冷陰極電界電子放出を誘導するように前記引出電極に引出電圧を印加する。
【0014】
いくつかの実施形態では、前記エミッタ包囲電極と前記引出電極との間に配置されたフィラメントを加熱する際は、ほぼ中心に前記エミッタが位置する環状フィラメントを加熱する。いくつかの実施形態では、前記エミッタ包囲電極と前記引出電極との間に配置されたフィラメントを加熱する際は、前記引出電極及びエミッタ包囲電極が十分に加熱されるように前記フィラメントを加熱してそれらの上の吸着分子を脱離させる。いくつかの実施形態では、前記エミッタ包囲電極と前記引出電極との間に配置されたフィラメントを加熱する際は、前記エミッタ包囲電極と前記引出電極との間の閉じ込め空間内のフィラメントを加熱する。
【0015】
いくつかの実施形態では、冷陰極電界放出型電子源は、前記フィラメントと前記エミッタ包囲電極及び/又は引出電極との間に電気的バイアスを印加して前記エミッタ包囲電極及び/又は前記引出電極への電子衝撃を誘導する。
【0016】
本発明のいくつかの実施形態によれば、エミッタ先端を有するエミッタと、エミッタ包囲電極と、引出電極とを含む冷陰極電界放出型電子源の製造方法は、エミッタ先端及びエミッタ軸を有するエミッタを提供し、前記エミッタ軸上に開口を有し、前記開口を介して前記エミッタが突き出るエミッタ包囲電極を提供し、前記エミッタ軸に沿って電子ビームが通過する開口を有する引出電極を提供し、前記エミッタ包囲電極及び引出電極が前記エミッタ先端を含む閉じ込め空間を形成するように構成され、前記閉じ込め空間が、前記引出電極から後方散乱された電子の経路を制限すること、及び/又は、前記閉じ込め空間へのガスの流れを低減する。
【0017】
いくつかの実施形態では、前記閉じ込め空間は、前記光軸から離れた点より前記光軸の近くでより広くなる。
【0018】
いくつかの実施形態では、前記引出電極と前記エミッタ包囲電極との間にフィラメントを提供する。いくつかの実施形態では、前記引出電極と前記エミッタ包囲電極との間にフィラメントを提供する際、前記エミッタ軸を中心とする環状のフィラメントを提供する。
【0019】
いくつかの実施形態では、前記エミッタ軸に沿って電子ビームが通過する開口を有する引出電極を提供する際、前記開口の端部での前記引出電極から前記エミッタ包囲電極までの第1の距離と、前記開口から離れたところでの前記引出電極から前記エミッタ包囲電極までの第2の距離とを有する引出電極を提供し、前記第2の距離が、閉じ込め空間を形成するように前記第1の距離より短い。
【0020】
いくつかの実施形態では、前記エミッタ軸に沿って電子ビームが通過する開口を有する引出電極を提供する際、前記開口を中心とする皿穴を有する引出電極を提供し、前記第1の距離が前記皿穴の底部と前記エミッタ包囲電極との間の距離であり、前記第2の距離が前記皿穴の頂部から前記エミッタ包囲電極までの距離である。
【0021】
本発明とその利点をより完全に理解するため、添付の図面と併せて以下の説明を参照されたい。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】軸上の放出電流の安定性を測定するための試験装置における従来の冷陰極電界放出型エミッタ電子源の概略図である。
【図2】従来の冷陰極電界放出型エミッタ電子源の実験結果のグラフであり、放出の消失を示す。
【図3】従来の冷陰極電界放出型エミッタ電子源の実験結果のグラフであり、放出の望ましくない不安定性を示す。
【図4】電子源ベースにおいてガス脱離用フィラメントを有する従来の冷陰極電界放出型エミッタ電子源の概略図である。
【図5】本発明の冷陰極電界放出型エミッタ電子源の概略図であり、ガス脱離モードで操作する。
【図6】本発明の冷陰極電界放出型エミッタ電子源の概略図であり、軸上の放出電流の安定性を測定するための試験装置において冷陰極電界放出モードで操作する。
【図7】本発明の冷陰極電界放出型エミッタ電子源の一部の概略図であり、第1の実施形態のソース先端領域を示す。
【図8】本発明の冷陰極電界放出型エミッタ電子源の一部の概略図であり、第2の実施形態のソース先端領域を示す。
【図9】本発明の冷陰極電界放出型エミッタ電子源の一部の概略図であり、第3の実施形態のソース先端領域を示す。
【図10】本発明の冷陰極電界放出型エミッタ電子源の実験結果のグラフである。
【図11】本発明の冷陰極電界放出型エミッタ電子源の製造方法を示すフローチャートである。
【図12】本発明の実施形態の典型的な操作を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明の実施形態は、改善された放出安定性及び低雑音を有する冷陰極電界エミッタ(CFE)電子源を提供する。実施形態では、CFE電子源の通常の冷陰極電界放出の操作中において、エミッタ先端へのイオン及び中性分子の衝撃のレベルを大幅に低減すると考えられる電子源の構造を提供し、一方で、また、電子ビームによって衝撃を受ける表面上の吸着物の蓄積率を低減する。いくつかの実施形態では、これは、エミッタ包囲電極と引出電極との間のエミッタ先端を囲い込むことによって、そして、電子衝撃と輻射熱との組合せによって内部の表面の両方を完全にクリーニングすることによって達成される。このクリーニングプロセスは、エミッタ包囲電極及び引出電極の内側表面への熱電子放出による衝撃と、これらの表面への熱輻射とを可能とするフィラメントを利用する。電子衝撃及び熱の両方は、電子ビームを生成するCFE放出を開始する前に、これらの表面から実質的にすべての吸着物を除去するのに役立つ。熱電子放出のフィラメントは、環状であり、かつ放出軸を中心としてもよい。あるいは、フィラメントからの放出及び/又は輻射がエミッタ包囲電極及び引出電極の表面に十分に配分されてその表面を適切にクリーニングできれば、任意の形状、任意の配置又は方向であってもよい。
【0024】
いくつかの実施形態では、エミッタ先端に対向する引出電極側におけるカウンタボアや皿穴などの閉じ込め構造は、エミッタに対するCFE電子の衝突によって生成される後方散乱電子(BSE)を制限するのに役立ち、これらのBSEが脱離可能なガス層を有する可能性がある電子銃内の表面に衝突するのを防ぐ。研究によれば、先端における放出の不安定性の原因は、吸着物による汚染、及びイオン衝撃による先端形状の幾何学的変化に起因する局所的な仕事関数及び電界の変化であることが示されている。以下の議論では、これらの影響の要因を考察する。
【0025】
はじめに、従来技術でのCFE放出の安定性及び雑音の測定について議論する。これは、観測された放出の不安定性の要因に関する分析を含む。文脈の中で、実験的に示された本発明の利点を述べるために雑音及び放出の消失の定量的な測定が提示される。次いで、雑音を低減し、安定性を向上させる従来技術の試みについて説明する。これは、CFE電子源についての雑音及び安定性の問題を完全に解決するに際してこれらの試みが失敗した原因を含む。最後に、本発明の電子源構造を提示し、ガス脱離とCFE各モードの両方の操作方法が記述される。
【0026】
[従来技術のCFE電子源の放出電流の安定性の測定]
図1は、軸上の放出電流の安定性を測定するための試験装置における冷陰極電界エミッタ(CFE)電子源100の概略図である。CFEエミッタ先端103ないしその近傍において種々の物理現象が発生すると、走査型電子顕微鏡(SEM)、透過型電子顕微鏡(TEM)又は走査透過型電子顕微鏡(STEM)などの集束電子ビームシステムにおける電子源の安定性及び雑音レベルに有害な影響を与える可能性がある。典型的なCFE電子源では、電子は、支持フィラメント104に接合された指向ワイヤ102の先鋭な端部103から放出される。エミッタ先端103と引出電極108との間に印加されるバイアス電圧は、先端103の表面に非常に強い電界を形成し、これによって、先端の表面において先端103から真空中へ抜け出る電子のトンネリングを引き起こす。これらの放出電子は、図1の右側の方へ向けられるビーム106を形成する。ビーム106の電子の大部分は、引出電極108の領域110に衝突するが、放出の分布の中心の一部は、引出電極108の開口113を通過してビーム112を形成する。放出安定性を測定するための試験装置は、遮蔽板114、及び電流計122に電気的に接続されたファラデーカップ120を備える。収集された電流は、電位計122によって測定され、次いでシステムの接地部124に渡される。典型的な集束電子ビームシステムでは、先端103からの放出分布の中心のごくわずかな部分のみが試料での最終ビーム電流に寄与するので、ここに図示された試験装置は、中心部のみを測定するように構成されているが、実際の装置では拡がりのある放出分布の他の部分は取り除かれる(すなわち、試料を通過することを阻止)。
【0027】
引出電極108の領域110にビーム106が衝突すると、二次電子(SE)160の放出を引き起こす。先端103と引出電極108との間の電位差の大部分は、先端103近傍に電界を形成するが、図1の曲がった軌跡に示されるように、二次電子160(低エネルギーを有する)を引き付けて引出電極108に戻すのに十分な残留の電界が領域100の近くに留まったままとなる。引出電極の領域110にビーム106が衝突すると、また、後方散乱電子(BSE)130の放出を引き起こす。BSEの大部分は、ビーム106からの衝突電子とほぼ同じエネルギーを有し、したがって、図示されたように、領域110での小さな電界ではBSE130が電子銃の空間全体へ向かうのを阻止することができない。一部のBSE130については、先端103から十分遠く離れた電子銃の領域に伝搬して、電子源の操作に明らかな影響を与えることがない。BSE132は、表面136に衝突し、ガス分子134を脱離させると考えられ、このガス分子は、エミッタ先端103に向かって移動し、先端103の構造に対してスパッタによる損傷を与えるか、あるいは先端103上に吸着してしまう可能性がある。先端103の他方の側面では、BSE142は、表面138からの分子144を脱離、イオン化させ、先端103に向かって移動させる。先端103上の負のバイアス電圧によって、イオン144は先端103に向かって加速され、先端103への衝突点近傍の局所的な先端構造に対してスパッタによる損傷を与える可能性がある。なお、表面136及び138は、先端103から冷陰極電界放出を開始する前のクリーニングされていない(すなわち、吸着分子はそこから脱離していない)電子銃内のいずれかの表面を示すものであり、表面136及び138は、典型的な実際の電子源の場合よりも先端103に近くなるように示されている。従来技術では、BSEに曝される可能性がある電子銃内のすべての表面を完全にクリーニングする手段を見出すことは困難であることが分かっている。分極したガス分子150は、局所的な電界の勾配によって、先端103に引きつけられ、先端103上に吸着する可能性があり、これは仕事関数を変化させ、放出電流の変動を引き起こす。引出電極108に対するビーム106の衝突は、引出電極108の領域110からガス分子182を脱離させることもある。これらの分子182は、その後、エミッタ先端103上に吸着する可能性があり、通常、局所的な仕事関数を増大させ、冷陰極電界放出電流を減少させるものとなる。ガス分子184は、ビーム106からの電子186によってイオン化され、次いで、イオン144の場合と同様に、負にバイアスされた先端103に引きつけられる。いくつかの場合では、先端103へのスパッタによる損傷は、電界放出を増加させるような部分的に非常に先鋭な部位を形成する可能性がある。この影響によって、破壊的、瞬間的な電界放出の増大が生じ、アーク放電とそれに続くエミッタ先端103の破壊を導いてしまう可能性がある。
【0028】
図2は、従来技術による冷陰極電界放出型エミッタ電子源についての実験結果のグラフ200であり、図1に示されたCFE電子源及び試験装置で観察され、時刻202の関数である放出の消失を示す。軸204に沿ってプロットされた正規化された電流は、図1の電流計122からの出力を表わす。なお、曲線206、208及び210について、軸204の値「1.0」は、最初に収集された電流を表わし、曲線206、208及び210での絶対値はそれぞれ異なっていることがある。ここで異なる三つの実験を比較する。1)曲線206は、ファラデーカップの電流を約1.5時間に渡って読み出したものであり、各測定(丸印で示す)の間で電子源をオフとした場合であり、初期の放出電流の合計は100μAであった。2)曲線208は、電子源を連続的に操作した場合を表わし、初期の放出電流の合計が80μAであった。そして、3)曲線210は、電子源を連続的に操作した場合を表わし、初期の放出電流の合計が100μAであった。曲線206と208と210との比較からいくつかの重要な結論を引き出すことができる。
1)3つの場合のすべてにおいて、正規化されたファラデーカップ電流は、1.5時間に満たない時間にかけて大幅に低下する。この時間フレームは、典型的な集束電子ビームシステムへ実際に適用するCFE電子源にとっては短すぎる。
2)オフモードの場合(曲線206)では、降下率は小さい。一部の電流の降下は、図1に示したイオン144及び184による先端103への衝撃などのビーム誘起であることが示される。
3)オンモードの場合(曲線208及び210)、降下率は、オフモード曲線206より高い。
4)初期の先端放出の合計がより高い場合(すなわち、曲線208の80μAと比較した曲線210の100μA)、収集された電流の降下は、放出電流の合計が大きい場合、局所的なガスの脱離及びイオンによる衝撃が増加するので、より速くなる。つまり、ビーム誘起プロセスは電流降下に寄与していることが確認された。特に、100μAの曲線210の場合、降下率は極めて急激であり、0.25時間(15分)以内で、ファラデーカップの正規化された電流は約80%も減少した。
【0029】
図3は、図1などの従来の冷陰極電界放出型エミッタ(CFE)電子源についての実験結果のグラフ300であり、雑音の許容できないレベルを表わす。ビーム電流304(nA単位)は、ほぼ10時間の範囲における時間302の関数としてプロットされている。実験の開始時あたりでも、電子源には、0.75時間近くで突然始まり、1.5時間近くで減少し始め、実験において約3.0時間近く続く雑音306が表われる。この雑音は、従来技術のエミッタの特性であり、最終的なビーム電流(すなわち、図1のファラデーカップ120への電流)に寄与するエミッタ先端103上の物理領域が原子サイズに近いという事実から、少なくとも部分的に生じると考えられている。このように、1個の吸着分子でさえも、ここに見られる急速かつ振動性のある電流の変動につながるように、局所的な仕事関数に対して大きな影響を及ぼす可能性がある。この変動は、先端103上の対応する領域への吸着物及びそこから離れるものの速い運動から生じると考えられる。また、先端における速い原子運動は、それ自体、これらの変動に寄与すると考えられる。7.0時間近くでの雑音308のバーストも、急激なターンオン及びターンオフの挙動を表わす。
【0030】
また、雑音は、期間320(4.2〜5.3時間)中も現れており、そして、再び期間322(6.25時間近く)中で現れる。これは、期間306及び308の場合より低い周波数であるが、この低い周波数の雑音もまた、集束電子ビームシステムにおいて許容できない。最後に、右端の7.9時間近くでの時間フレーム330では、さらに大きな放出電流の変動が表われており、これは真空中の高電圧ブレークダウン(アーク放電)によるエミッタ先端の障害に先行する可能性がある。
【0031】
図4は、電子源ベースにおいてガス脱離用のフィラメントを有する従来の冷陰極電界放出型エミッタ電子源の概略図400である。CFEエミッタ先端403は、断面図に示すとおり、指向ワイヤ402の先鋭な末端を含み、典型的には、フィラメント404にスポット接合され、フィラメントは、順に、支柱490及び492に保持され、かかる支柱はディスク480などの絶縁構造体に接続される。フィラメント498は、支柱494と支柱496との間に接続され、支柱494と支柱496との間にはフィラメント498のジュール加熱を誘導するように電圧が印加される。バイアス電圧は、フィラメント498と引出電極408との間に印加される。このバイアス電圧は、引出電極408に向かってフィラメント498から熱電子放出される電子420を引きつけるのに役立つ。引出電極408上の吸着分子422に対する電子の衝突は、電子誘起脱離(EID)を引き起こす。電子420の数が十分な場合、吸着分子422の大部分を取り除くことができる。しかし残念なことに、従来技術では、典型的な電子銃構造内部の他の表面436及び438(実際の電子源の場合より全体的に先端403に近づけて示してある)は、十分な電子420の衝撃の流れを受けることがなく、そのため、434及び444などの元々の吸着物の層の部分がそれぞれ残されたままとなることが分かった。通常の電子源の操作において、これら吸着物434及び444の有害な影響は、図1において検討された。このように、電子源及び電子銃のインサイチュなクリーニングのための従来の方法に伴う根本的な問題は、電子銃内の表面から吸着物を十分に除去することができないことである。電子銃は、その後、エミッタ先端からの初期電子ビームの衝突に起因して引出電極から放出される後方散乱電子によって衝突を受けてしまう。従来技術のCFE電子源及び電子銃の設計において、エミッタ先端を覆う領域と電子銃全体構造との間の排出速度は、周囲ガスが先端から流れ去るようにできるだけ大きくされる。しかしながら、これは明らかにガスが先端に向かって流れることを許容してしまうものでもある。
【0032】
[本発明の実施形態のCFE電子源設計]
図5は、ガス脱離モードで操作される、本発明の実施形態の冷陰極電界放出型エミッタ電子源の概略図500である。CFEエミッタ先端503は先端ワイヤ502の先鋭な末端であり、先端ワイヤ502は典型的にはタングステンなどの高融点の金属の指向ワイヤである。先端ワイヤ502は、絶縁ディスク580に設けられた支柱590及び592によって支持されるフィラメント504にスポット接合されてもよい。エミッタワイヤ502及び先端503をクリーニングするために、支柱590と592との間に電圧を印加することによって、電流がフィラメント504を介して「フラッシュ」させることができ、それによってフィラメント504、ワイヤ502、先端503が、吸着物を除去するのに十分な高温で瞬間的にジュール加熱される。また、それによって、指向ワイヤ502の、又は、米国特許第7888654号(2011年2月15日発行)に記載されたようなワイヤ502及び先端503の酸化タングステン(111)表面の基本の金属の仕事関数によって特徴付けられる、初期のクリーンな先端構造を復元することができる。この先端のフラッシングプロセスは、ワイヤ502及び先端503をクリーニングするのに有効であるが、引出電極508から吸着物を除去できず、また、図1に示したように、引出電極からのBSEが衝突する可能性のある電子銃内の他の表面から吸着物を除去できない。したがって、より完全な電子源及び電子銃のクリーニング方法、つまり、図4に示された従来技術よりも吸着物をより完全に除去できることが好ましい。本発明では、図示のように開口554を有するエミッタ包囲電極552が設けられ、先端ワイヤ502がその開口を介して突き出る(典型的には、1.5mm以内)。先端503から引出電極508までの距離は、典型的には0.75mm以内である。さらに、円形フィラメント530が、エミッタ包囲電極552と引出電極508との間に、先端ワイヤ502から放射状に外側に向かうように配置される。フィラメント530を用いた三つの異なるクリーニングモードが可能である。
【0033】
1)理論的なEID脱離−このモードでは、エミッタ包囲電極552及び引出電極508の内側表面は、フィラメント530(電気回路によって加熱)とエミッタ包囲電極552と引出電極508との間に印加される電圧によってフィラメント530から放出される電子520及び524による衝撃を利用してクリーニングされる。これは熱電子放出の電子520を引き起こすものである。吸着分子522及び526は、次いで、脱離され、排出される。エミッタ包囲電極552と引出電極508の対向する表面間の標準的なギャップは、1.8〜2.2mmの範囲であり、これにより、脱離したガス分子を除去するための十分な放射状の排出速度を可能にする。
【0034】
2)理論的な熱的脱離−このモードでは、フィラメント530はずっと加熱されているが、バイアス電圧は、フィラメント530とエミッタ包囲電極552又は引出電極508との間に印加される必要がない。吸着物質522及び526は、次いで、表面及び分子の熱的励起によって除去される。脱離物の排出は、上記第1のモードと同じである。短時間のうちに、400°C超の温度がエミッタ包囲電極552及び引出電極508上に達して、効果的に吸着分子を除去することができる。
【0035】
3)EID及び熱的脱離の組合わせ−このモードでは、吸着物質522及び526は、フィラメント530からの熱電子放出の電子520及び524の衝突、及び、加熱されたフィラメント530からの輻射熱の両方によって除去される。ギャップ560が、エミッタ包囲電極552と引出電極508との間に形成されている。いくつかの実施形態では、ギャップ562は、開口550からより離れるより、開口550に近づく方が広くなり、エミッタ先端の周囲の領域に部分的な囲い又は遮蔽を形成する。閉空間は、凹形状、すなわち、端部に比べて中央付近がより深くなったものを有してもよい。例えば、図5では、先端503に面する引出電極508の表面は、カウンタボアのような浅い窪み(〜0.45mmの深さ)を有し、このカウンタボアは、その窪みから離れたところでは、エミッタ包囲電極552と引出電極508との間の狭いギャップ560に接続され、先端503の周囲に部分的に閉じた空間を形成する。電子源の操作中、この部分的に閉じた空間は、エミッタ包囲電極552及び引出電極508の表面にイオン分子及び中性分子が生成することを制限するのに役立ち、他方で、窪みの底部で生成されたBSEが電子銃内の他の表面(例えば、図1の表面136及び138)に到達するのを妨げる。エミッタ包囲電極552及び引出電極508の他の形状も同じ目的を達成することができる。例えば、エミッタの周囲に部分的に閉じた空間を形成するために、皿穴、カウンタボア又は曲面をエミッタ包囲電極552及び引出電極508のいずれか又はその両方に組み込むこともできる。
【0036】
図6は、図5のCFE電子源が図1に示された軸上の放出電流の安定性を測定するための試験装置において冷陰極電界放出モードで操作する際の概略図600である。図6を図1と比較すると、従来のCFE電子源を上回る本発明のいくつかの実施形態の利点が示される。図5に示したクリーニングプロセスは、先端503と引出電極508との間に印加される電圧によって誘導される電界により先端503から放出されたビーム602によって衝突を受けるすべての表面から、吸着分子を完全に除去した。したがって、引出電極508の内側表面604では、吸着物についてはあまり考慮しなくてよい。表面604から放出されたBSEは、エミッタ包囲電極552と引出電極508のカウンタボアとの組み合わせによって閉じ込められ、したがって、表面436及び438(図示せず、図1参照)からのガスの脱離は生じない。電流測定の試験装置は、図1と同じである。ビーム602の一部606は、引出電極508の開口550を通過する。その結果生じるビーム606の大部分は、遮蔽板114の領域610で衝突するが、小さな中央の部分612は、開口130を介してファラデーカップ120に伝搬する。ファラデーカップ120によって収集された電流は、電流計122によって測定され、次いで、システムの接地部124に渡される。
【0037】
[エミッタ先端領域の第1の実施形態]
図7は、冷陰極電界放出型エミッタ電子源の一部の概略図であり、エミッタ先端領域の第1の実施形態700を示す。エミッタワイヤ702は、エミッタ先端703と引出電極708との間に印加される高電圧によって先端703に誘起される高電界の影響下で電子710を放出する先鋭な末端703を有する。先端703を囲む空間が、エミッタ包囲電極(EEE)752と引出電極708との内側表面の間に形成される。クリーニングフィラメント730がEEE752と引出電極708との間に示されている。この第1の実施形態の電子源領域の設計において重要な考慮事項は、EEE752及び引出電極708の外形と、EEE752の内側表面と引出電極708の内側表面とを隔てるギャップとのアスペクト比である。このアスペクト比が大きければ、引出電極708の内側表面から生成される後方散乱電子が、図1に示す表面136及び138などの電子銃内の他の表面(おそらくクリーンでない)に衝突するのをもっと防ぐことができる。この第1の実施形態では、EEE752及び引出電極708の内側表面は、その外径近くでは平らな表面として図示されている。したがって、引出電極708上の領域から大きな角度をもって放出された後方散乱電子771は、少数しか、ソース先端の領域から逃れることができない。また、EEE752で大きな角度で反射された後方散乱電子772もまた、少数しか、ソース先端領域から逃れることができない。
【0038】
[エミッタ先端領域の第2の実施形態]
図8は、本発明の冷陰極電界放出型エミッタ電子源の一部の概略図であり、エミッタ先端領域の第2の実施形態800を示す。エミッタワイヤ802は、エミッタ先端803と引出電極808との間に印加される高電圧によって先端803に誘起される高電界の影響下で電子810を放出する先鋭な末端803を有する。クリーニングフィラメント830がEEE852と引出電極808との間に示されている。先端803を囲む空間が、エミッタ包囲電極(EEE)852と引出電極808との内側表面の間に形成される。この実施形態では、引出電極808は外側の遮蔽リング890を有し、これは図示されたように、引出電極808上の領域804から放出された後方散乱電子871の脱出を阻止し、EEE852で反射された後方散乱電子872の脱出を阻止する。この第2の実施形態においてBSEを封じ込めるように改善したことによる利点は、ソース先端領域でのわずかに減少する排出速度に対して釣り合いがとれることである。この第2の実施形態のさらなる利点は、第1の実施形態700の場合のアスペクト比の考慮事項がここでは外側の遮蔽リング890のためそれほど重要でなくなるので、EEE852及び引出電極808の外径をより小さくできることである。
【0039】
[エミッタ先端領域の第3の実施形態]
図9は、本発明の冷陰極電界放出型エミッタ電子源の一部の概略図であり、エミッタ先端領域の第3の実施形態900を示す。エミッタワイヤ902は、エミッタ先端903と引出電極908との間に印加される高電圧によって先端903に誘起される高電界の影響下で電子910を放出する先鋭な末端903を有する。クリーニングフィラメント930がEEE952と引出電極908との間に示されている。先端903を囲む空間が、エミッタ包囲電極(EEE)952と引出電極908との内側表面の間に形成される。この実施形態では、EEE952は外側の遮蔽リング990を有し、これは図示されたように、引出電極808上の領域904から放出された後方散乱電子971の脱出を阻止し、EEE952で反射された後方散乱電子972の脱出を阻止する。この第3の実施形態においてBSEを封じ込めるように改善したことによる利点は、ソース先端領域でのわずかに減少する排出速度に対して釣り合いがとれることである。この第3の実施形態のさらなる利点は、第1の実施形態700の場合のアスペクト比の考慮事項がここでは外側の遮蔽リング990のためそれほど重要でなくなるので、EEE952及び引出電極908の外径をより小さくできることである。
【0040】
[本発明のCFE電子源操作の実験結果]
図10は、本発明を具体化した冷陰極電界放出型エミッタ電子源の態様での実験結果のグラフ1000である。ファラデーカップ120(図1参照)上で収集されたビーム電流は、時間1002(単位hours)の関数として軸1004上にプロットされ、ほぼ9時間の電子源の操作にわたるものである。曲線1006は、図3のデータと比較することができる。雑音の大幅な減少が認められ、特に、操作の最初の5時間については顕著である。ボックス1008は、挿入図1010として拡大されており、曲線1012が曲線1006の一部を4〜6時間に引き延ばされた時間スケール上でこの減少を強調するようにして示されている。本発明の各種実施形態には、したがって、以下の利点がある。
1)エミッタ先端から放出電流によって衝撃を受ける表面−先端に対向する引出電極の表面及び引出電極に対向するエミッタ包囲電極の表面の両方を含む−から吸着物を除去する。
2)エミッタ包囲電極によって、内部に流れるガスから、先端の空間を遮蔽する。
3)引出電極から放出されるBSEから、電子銃の内側表面を遮蔽する。
4)加熱/衝撃のフィラメントが電子源の小さな空間の内部にあり、比較的短い時間で内部表面を十分にクリーニングすることができる。
5)電子源は標準的な電子源設置構造に基づいており、FEI社(オレゴン州ヒルズボロ)より販売されているような商用の電子顕微鏡と互換性がある。
【0041】
図11は、冷陰極電界放出型エミッタ電子源の製造方法1100を示す。ステップ1102では、エミッタ先端及びエミッタ軸を有するエミッタが提供される。エミッタの製造方法は、例えば、参照により本明細書に組み込まれる米国特許第7888654号に記載されている。ステップ1104では、エミッタ軸を中心として、それを介してエミッタが突き出ることができる開口を有するエミッタ包囲電極が提供される。ステップ1106では、エミッタ軸に沿って電子ビームが通過するための開口を有する引出電極が提供される。任意選択のステップ1108では、引出電極及びエミッタ包囲電極との間にフィラメント電極が備えられ、そのフィラメントは放出軸を中心とする環状であることが好ましい。そして、ステップ1110は、サブアセンブリやステップ1102、1104、1106、及び1108で提供された部品を使用して、冷陰極電界放出型エミッタ電子源を組み立てるのに必要なステップを備える。ステップ1110での電子源の組み立てにおいて、エミッタ包囲電極及び引出電極がエミッタ先端を含む閉じ込め空間を形成するように任意の方法で構成され、閉じ込め空間は、引出電極から後方散乱する電子の経路を制限したり、閉じ込め空間へのガスの流れを低減したりする。この閉じ込め空間は、エミッタ包囲電極に対向する窪みを有する引出電極を備えることによって形成されてもよい。
【0042】
図12は、本発明の実施形態の典型的な操作のフローチャート1200を示す。ステップ1202では、はじめにエミッタ先端がフラッシュされ、次いで、クリーニングフィラメントを介して加熱電流を誘導するようにクリーニングフィラメントの両端に電圧を印加し、クリーニングフィラメンを高い温度でジュール加熱する。加熱電流は、典型的には1.5〜5.0Aの範囲とすることができる。任意選択のステップ1204では、クリーニングフィラメントとエミッタ包囲電極及び引出電極の両方との間に、バイアス電圧が印加される。典型的なバイアス電圧は、数Vから数kVの範囲とすることができ、フィラメント上の電圧がエミッタ包囲電極及び引出電極に対して負となる。ステップ1204が省略される場合、ステップ1206での電極のクリーニングは、熱単独(図5のモード2)のものとなる。ステップ1204が省略されない場合、フィラメント上での加熱とバイアス電圧との組み合わせが、ステップ1206においてクリーニングフィラメントからの熱電子放出を引き起こし、エミッタワイヤに対向するエミッタ包囲電極及び引出電極の表面に衝突を与え、電子の衝撃は、エミッタ包囲電極及び引出電極からの分子の電子衝突脱離を促す。これは、図5のモード1又はモード3のクリーニングモードに対応する。なお、エミッタ包囲電極と引出電極の表面からのガスの電子衝突脱離(EID)の場合、ある最小限の電子衝撃エネルギーが必要であり、通常、数eVから数keVまでの範囲である。あるいは、クリーニングされる電極にあるパワー(フィラメントへのバイアス電圧×電子電流の積として計算される)が与えられたとしても、衝撃電子が個々のガス分子を脱離するだけの十分なエネルギーを持たない場合、ガスの脱離は不十分となる可能性がある。反対に、熱によるガス脱離の場合、電極に付与される電力の合計は、クリーニング率にとっては主要な考慮事項である。クリーニングのステップ1206は、典型的には、数分から1〜2時間続く。クリーニングステップ1206の後、ステップ1208では加熱電流及びバイアス電圧はオフとなる。ステップ1210では、エミッタ先端がフラッシュされ、次いで、エミッタ先端から引出電極に向けて電子の冷陰極電界放出を生じさせるように、引出電圧が引出電極とエミッタとの間に印加される(エミッタ側が正の電圧)。引出電圧は、典型的には、100V〜4000Vの範囲であり、より典型的には1000V〜3000Vの範囲である。
【0043】
本発明及びその利点について詳細に説明したが、ここに記載された実施形態に対しては、添付された特許請求の範囲により定められる本発明の趣旨及び範囲から逸脱することなく、様々な変更、置換及び修正が可能であると理解されるべきである。本発明の複数の態様は新規であり、すべての実施形態がすべての態様の使用を必要としているわけではない。例えば、エミッタ先端の後方のエミッタ包囲電極の使用、先端と引出電極との間のフィラメント電極の使用、及びエミッタ先端の周囲の閉空間の使用、及び特許性を有するものすべて。本発明の態様は、ショットキーエミッタなどの他のタイプのエミッタにも適用できる。さらに、本出願の範囲については、本明細書に記載されたプロセス、機械、製造物、組成物、手段、方法及びステップの特定の実施形態に限定されるものではない。当業者であれば、本発明、プロセス、機械、製造物、組成物、手段、方法又はステップの開示によって、既存の技術、又は本明細書に記載された実施形態に対応し、実質的に同じ機能を果たしたり、実質的に同じ効果を奏したりする将来技術についても、本発明に従って利用可能であると容易に理解することができる。したがって、添付された特許請求の範囲は、上記のようなプロセス、機械、製造物、組成物、手段、方法及びステップをその範囲に含むものである。
【符号の説明】
【0044】
500 電子源
502 エミッタワイヤ
503 エミッタ先端
508 引出電極
530 フィラメント
550 開口
552 エミッタ包囲電極
554 開口
【特許請求の範囲】
【請求項1】
エミッタ先端を形成する先鋭な末端を有する電子エミッタであって、その軸が電子源放出軸を規定する電子エミッタと、
前記エミッタ先端の前方に配置される引出電極であって、ほぼ中心に前記電子源放出軸が位置する開口を有する引出電極と、前記エミッタ先端の後方に配置されるエミッタ包囲電極と、を備え、前記エミッタ包囲電極は、ほぼ中心に前記電子源放出軸が位置し、エミッタワイヤの直径より大きい直径の開口を有することを特徴とする冷陰極電界放出型電子源。
【請求項2】
前記エミッタ包囲電極と前記引出電極との間に配置されるクリーニングフィラメントを備えることを特徴とする請求項1に記載の電子源。
【請求項3】
前記クリーニングフィラメントは、環状形状を有し、ほぼ中心に前記電子源放出軸が位置することを特徴とする請求項2に記載の電子源。
【請求項4】
引出電圧源を備え、前記エミッタワイヤと前記引出電極との間に引出電圧を印加するように構成され、前記引出電圧が前記エミッタ先端から前記引出電極に向けて冷陰極電界放出を誘導することを特徴とする請求項1に記載の電子源。
【請求項5】
フィラメント電流源を備え、前記クリーニングフィラメントを介して電流を提供するように構成され、前記クリーニングフィラメントをジュール加熱することを特徴とする請求項2に記載の電子源。
【請求項6】
クリーニングフィラメントバイアス電圧源を備え、前記クリーニングフィラメントと前記エミッタ包囲電極及び引出電極の両方との間に電圧を印加するように構成され、前記エミッタ包囲電極及び前記エミッタワイヤに対向する引出電極の表面に衝撃を与えるように前記クリーニングフィラメントから熱電子放出を誘導し、その電子衝撃が前記エミッタ包囲電極及び引出電極からの分子の電子衝突脱離を促すことを特徴とする請求項5に記載の電子源。
【請求項7】
前記エミッタ包囲電極と前記引出電極との間の空間がギャップを規定し、そのギャップの幅は、前記エミッタ先端から離れるにつれて小さくなることを特徴とする請求項1に記載の電子源。
【請求項8】
前記引出電極は、前記エミッタ先端に対向し、かつ前記電子源放出軸を中心とする窪みを備え、前記窪みは、前記エミッタ包囲電極と前記引出電極との間に向かう前記引出電極で生成された後方散乱電子の量を制限するように構成されることを特徴とする請求項7に記載の電子源。
【請求項9】
前記窪みは、カウンタボアであることを特徴とする請求項8に記載の電子源。
【請求項10】
エミッタ先端を有するエミッタと、エミッタ包囲電極と、引出電極とを含む冷陰極電界放出型エミッタ電子源の操作方法であって、前記エミッタ包囲電極と前記引出電極との間に配置されたフィラメントを加熱し、前記フィラメントの加熱を停止し、前記冷陰極電界放出型エミッタ電子源から冷陰極電界電子放出を誘導するように前記引出電極に引出電圧を印加することを特徴とする操作方法。
【請求項11】
前記エミッタ包囲電極と前記引出電極との間に配置されたフィラメントを加熱する際は、ほぼ中心に前記エミッタが位置する環状フィラメントを加熱することを特徴とする請求項10に記載の操作方法。
【請求項12】
前記エミッタ包囲電極と前記引出電極との間に配置されたフィラメントを加熱する際は、前記引出電極及びエミッタ包囲電極が十分に加熱されるように前記フィラメントを加熱してそれらの上の吸着分子を脱離させることを特徴とする請求項10に記載の操作方法。
【請求項13】
前記フィラメントと前記エミッタ包囲電極及び/又は引出電極との間に電気的バイアスを印加して前記エミッタ包囲電極及び/又は前記引出電極への電子衝撃を誘導することを特徴とする請求項10に記載の操作方法。
【請求項14】
前記エミッタ包囲電極と前記引出電極との間に配置されたフィラメントを加熱する際は、前記エミッタ包囲電極と前記引出電極との間の閉じ込め空間内のフィラメントを加熱することを特徴とする請求項10に記載の操作方法。
【請求項15】
前記閉じ込め空間は、前記光軸から離れた点より前記光軸の近くでより広くなることを特徴とする請求項16に記載の操作方法。
【請求項16】
エミッタ先端を有するエミッタと、エミッタ包囲電極と、引出電極とを含む冷陰極電界放出型エミッタ電子源の製造方法であって、エミッタ先端及びエミッタ軸を有するエミッタを提供し、前記エミッタ軸上に開口を有し、前記開口を介して前記エミッタが突き出るエミッタ包囲電極を提供し、前記エミッタ軸に沿って電子ビームが通過する開口を有する引出電極を提供し、前記エミッタ包囲電極及び引出電極が前記エミッタ先端を含む閉じ込め空間を形成するように構成され、前記閉じ込め空間が、前記引出電極から後方散乱された電子の経路を制限すること、及び/又は、前記閉じ込め空間へのガスの流れを低減することを特徴とする製造方法。
【請求項17】
前記引出電極と前記エミッタ包囲電極との間にフィラメントを提供することを特徴とする請求項16に記載の方法。
【請求項18】
前記引出電極と前記エミッタ包囲電極との間にフィラメントを提供する際、前記エミッタ軸を中心とする環状のフィラメントを提供することを特徴とする請求項17に記載の方法。
【請求項19】
前記エミッタ軸に沿って電子ビームが通過する開口を有する引出電極を提供する際、前記開口の端部での前記引出電極から前記エミッタ包囲電極までの第1の距離と、前記開口から離れたところでの前記引出電極から前記エミッタ包囲電極までの第2の距離とを有する引出電極を提供し、前記第2の距離が、閉じ込め空間を形成するように前記第1の距離より短いことを特徴とする請求項17に記載の方法。
【請求項20】
前記エミッタ軸に沿って電子ビームが通過する開口を有する引出電極を提供する際、前記開口を中心とする皿穴を有する引出電極を提供し、前記第1の距離が前記皿穴の底部と前記エミッタ包囲電極との間の距離であり、前記第2の距離が前記皿穴の頂部から前記エミッタ包囲電極までの距離であることを特徴とする請求項19に記載の方法。
【請求項1】
エミッタ先端を形成する先鋭な末端を有する電子エミッタであって、その軸が電子源放出軸を規定する電子エミッタと、
前記エミッタ先端の前方に配置される引出電極であって、ほぼ中心に前記電子源放出軸が位置する開口を有する引出電極と、前記エミッタ先端の後方に配置されるエミッタ包囲電極と、を備え、前記エミッタ包囲電極は、ほぼ中心に前記電子源放出軸が位置し、エミッタワイヤの直径より大きい直径の開口を有することを特徴とする冷陰極電界放出型電子源。
【請求項2】
前記エミッタ包囲電極と前記引出電極との間に配置されるクリーニングフィラメントを備えることを特徴とする請求項1に記載の電子源。
【請求項3】
前記クリーニングフィラメントは、環状形状を有し、ほぼ中心に前記電子源放出軸が位置することを特徴とする請求項2に記載の電子源。
【請求項4】
引出電圧源を備え、前記エミッタワイヤと前記引出電極との間に引出電圧を印加するように構成され、前記引出電圧が前記エミッタ先端から前記引出電極に向けて冷陰極電界放出を誘導することを特徴とする請求項1に記載の電子源。
【請求項5】
フィラメント電流源を備え、前記クリーニングフィラメントを介して電流を提供するように構成され、前記クリーニングフィラメントをジュール加熱することを特徴とする請求項2に記載の電子源。
【請求項6】
クリーニングフィラメントバイアス電圧源を備え、前記クリーニングフィラメントと前記エミッタ包囲電極及び引出電極の両方との間に電圧を印加するように構成され、前記エミッタ包囲電極及び前記エミッタワイヤに対向する引出電極の表面に衝撃を与えるように前記クリーニングフィラメントから熱電子放出を誘導し、その電子衝撃が前記エミッタ包囲電極及び引出電極からの分子の電子衝突脱離を促すことを特徴とする請求項5に記載の電子源。
【請求項7】
前記エミッタ包囲電極と前記引出電極との間の空間がギャップを規定し、そのギャップの幅は、前記エミッタ先端から離れるにつれて小さくなることを特徴とする請求項1に記載の電子源。
【請求項8】
前記引出電極は、前記エミッタ先端に対向し、かつ前記電子源放出軸を中心とする窪みを備え、前記窪みは、前記エミッタ包囲電極と前記引出電極との間に向かう前記引出電極で生成された後方散乱電子の量を制限するように構成されることを特徴とする請求項7に記載の電子源。
【請求項9】
前記窪みは、カウンタボアであることを特徴とする請求項8に記載の電子源。
【請求項10】
エミッタ先端を有するエミッタと、エミッタ包囲電極と、引出電極とを含む冷陰極電界放出型エミッタ電子源の操作方法であって、前記エミッタ包囲電極と前記引出電極との間に配置されたフィラメントを加熱し、前記フィラメントの加熱を停止し、前記冷陰極電界放出型エミッタ電子源から冷陰極電界電子放出を誘導するように前記引出電極に引出電圧を印加することを特徴とする操作方法。
【請求項11】
前記エミッタ包囲電極と前記引出電極との間に配置されたフィラメントを加熱する際は、ほぼ中心に前記エミッタが位置する環状フィラメントを加熱することを特徴とする請求項10に記載の操作方法。
【請求項12】
前記エミッタ包囲電極と前記引出電極との間に配置されたフィラメントを加熱する際は、前記引出電極及びエミッタ包囲電極が十分に加熱されるように前記フィラメントを加熱してそれらの上の吸着分子を脱離させることを特徴とする請求項10に記載の操作方法。
【請求項13】
前記フィラメントと前記エミッタ包囲電極及び/又は引出電極との間に電気的バイアスを印加して前記エミッタ包囲電極及び/又は前記引出電極への電子衝撃を誘導することを特徴とする請求項10に記載の操作方法。
【請求項14】
前記エミッタ包囲電極と前記引出電極との間に配置されたフィラメントを加熱する際は、前記エミッタ包囲電極と前記引出電極との間の閉じ込め空間内のフィラメントを加熱することを特徴とする請求項10に記載の操作方法。
【請求項15】
前記閉じ込め空間は、前記光軸から離れた点より前記光軸の近くでより広くなることを特徴とする請求項16に記載の操作方法。
【請求項16】
エミッタ先端を有するエミッタと、エミッタ包囲電極と、引出電極とを含む冷陰極電界放出型エミッタ電子源の製造方法であって、エミッタ先端及びエミッタ軸を有するエミッタを提供し、前記エミッタ軸上に開口を有し、前記開口を介して前記エミッタが突き出るエミッタ包囲電極を提供し、前記エミッタ軸に沿って電子ビームが通過する開口を有する引出電極を提供し、前記エミッタ包囲電極及び引出電極が前記エミッタ先端を含む閉じ込め空間を形成するように構成され、前記閉じ込め空間が、前記引出電極から後方散乱された電子の経路を制限すること、及び/又は、前記閉じ込め空間へのガスの流れを低減することを特徴とする製造方法。
【請求項17】
前記引出電極と前記エミッタ包囲電極との間にフィラメントを提供することを特徴とする請求項16に記載の方法。
【請求項18】
前記引出電極と前記エミッタ包囲電極との間にフィラメントを提供する際、前記エミッタ軸を中心とする環状のフィラメントを提供することを特徴とする請求項17に記載の方法。
【請求項19】
前記エミッタ軸に沿って電子ビームが通過する開口を有する引出電極を提供する際、前記開口の端部での前記引出電極から前記エミッタ包囲電極までの第1の距離と、前記開口から離れたところでの前記引出電極から前記エミッタ包囲電極までの第2の距離とを有する引出電極を提供し、前記第2の距離が、閉じ込め空間を形成するように前記第1の距離より短いことを特徴とする請求項17に記載の方法。
【請求項20】
前記エミッタ軸に沿って電子ビームが通過する開口を有する引出電極を提供する際、前記開口を中心とする皿穴を有する引出電極を提供し、前記第1の距離が前記皿穴の底部と前記エミッタ包囲電極との間の距離であり、前記第2の距離が前記皿穴の頂部から前記エミッタ包囲電極までの距離であることを特徴とする請求項19に記載の方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2012−174691(P2012−174691A)
【公開日】平成24年9月10日(2012.9.10)
【国際特許分類】
【外国語出願】
【出願番号】特願2012−33973(P2012−33973)
【出願日】平成24年2月20日(2012.2.20)
【出願人】(501233536)エフ イー アイ カンパニ (87)
【氏名又は名称原語表記】FEI COMPANY
【住所又は居所原語表記】7451 NW Evergreen Parkway, Hillsboro, OR 97124−5830 USA
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年9月10日(2012.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−33973(P2012−33973)
【出願日】平成24年2月20日(2012.2.20)
【出願人】(501233536)エフ イー アイ カンパニ (87)
【氏名又は名称原語表記】FEI COMPANY
【住所又は居所原語表記】7451 NW Evergreen Parkway, Hillsboro, OR 97124−5830 USA
【Fターム(参考)】
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