説明

官能基を有するグラフト鎖が固定された多孔膜、その製造方法および利用

【課題】タンパク質等の目的物を溶液から分離する際に有用な、破過後の目的物の漏出が抑制され、塩溶液等の通液による伸長変形が抑制された、新規多孔膜を提供することを目的とする。
【解決手段】官能基を有するグラフト鎖が固定された多孔膜であって、前記グラフト鎖の少なくとも30%以上が、前記多孔膜の表面に固定されている、多孔膜を提供する。また、最大細孔径0.1μm〜1.0μm、空孔率50%〜95%の多孔膜に、−10℃〜20℃でグラフト鎖の重合反応を行うことにより、グラフト鎖を導入する工程;およびグラフト鎖に官能基を導入する工程;を含む、官能基を有するグラフト鎖が固定された多孔膜の製造方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、目的物と相互作用する官能基を有するグラフト鎖が、多孔膜の細孔内部に固定された多孔膜、その製造方法およびそのような多孔膜を用いた目的物の分離方法に関する。
【背景技術】
【0002】
膜を用いて目的物を分離する分野において、分離対象物および分離メカニズム等の違いに応じ、極めて多様な分離膜が存在する。現在工業的に利用されている分離膜は、その分離メカニズムにより大別すると、(1)分離対象物のサイズを利用してろ過する分離膜(例えば、精密ろ過膜(MF)、限外ろ過膜(UF)、ナノフィルトレーション膜(NF)等)、(2)分離対象物と膜素材との分子レベルでの相互作用および拡散を利用する分離膜(例えば、電解膜(ME)、透析膜(DD)、膜蒸留(MD)、浸透気化膜(PV)等)、の2群に分けられる。また、分離膜の形態により大別すると、多孔質や均質な素材よりなる対称膜および膜の厚みや方向によって孔径分布や材質等が異なる非対称膜に分けられる。
【0003】
一方、目的物の分離技術として、膜を用いた方法以外に吸着による方法も広く工業的に用いられている。例えば、選択的な吸着性を有する樹脂をパッキングしたカラムクロマトグラフィーによるタンパク質の分離精製、モレキュラーシーブによる高度に脱水された有機溶剤の精製、活性炭による有機粒状物質の吸着除去による水処理などは、それぞれの分野において重要な分離技術として活用されている。
【0004】
膜技術と吸着技術の両方の要素を併せ持つ技術、即ち、特定の物質、分子またはイオン等を特異的に吸着する膜は、吸着膜またはアフィニティ膜と呼ばれ、これについても多くの報告がなされている。とくにイオン吸着膜は純水中の金属イオンなどを吸着除去し、超純水を得る方法として水処理の分野で広く工業的に使われている。
【0005】
イオンよりサイズの大きな分子、特にタンパク質を対象とした吸着膜技術も多く報告されている。例えば特許文献1には多孔質基材の細孔表面に負電荷を持つ官能基を固定することにより、水溶液中で正電荷に帯電したリゾチームなどのタンパク質分子を選択的に吸着し、目的とするタンパク質を精製する吸着膜とその分離方法が記載されている。また特許文献2には多孔質基材の細孔表面に正電荷を持つ官能基を固定することにより、水溶液中で負電荷に帯電したエンドトキシンなどのタンパク質分子を選択的に吸着し、目的とするタンパク質を精製する吸着膜とその分離方法が記載されている。
【0006】
非特許文献1〜3は、多孔膜へのタンパク質の吸着量を増やすために、官能基をグラフト鎖に固定し、このグラフト鎖を多孔質基材に固定した多孔膜について報告している。これらの多孔膜では、1本のグラフト鎖に多数の官能基が固定されているため、タンパク質が多孔膜の表面だけでなく細孔内でも立体的に吸着し、吸着量は表面だけの吸着に比べて大きく増加する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特表2003−532746号公報
【特許文献2】特表2002−537106号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Journal of Chromatography A, 689(1995) 211-218
【非特許文献2】Biotechnol. Prog. 1994, 10, 76-81
【非特許文献3】Biotechnol. Prog. 1997, 13, 89-95
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記のように、膜技術と吸着技術を兼ね備えた吸着膜技術については多くの報告がされている。しかしながら、こうした技術が工業的に活用されている例は、例えば医薬品精製プロセスでのカラムクロマトグフィーによる吸着技術の利用に比べると非常に少ないのが現状である。この理由の一つとして、カラムクロマトグラフィーでは、拡散によって細孔内に目的物(タンパク質等)が移動し、接触した官能基に吸着するという拡散の原理に基づいているため、用いる樹脂の比表面積は非常に大きく、それに応じて目的物の吸着量が顕著に多くなるのに対し、吸着膜では対流の原理に基づいて目的物の吸着がなされるため、膜の比表面積はカラムクロマトグラフィーの樹脂に比べて小さく、目的物の吸着量も少ないことが挙げられる。
【0010】
実際、特許文献1および2に報告されたタンパク質吸着膜は、タンパク質を含む水溶液を高流速で通液しても、タンパク質の吸着がなされることから迅速な処理には有効であるが、タンパク質の吸着が膜の表面のみで行われるため、その吸着量は比表面積に依存し、多孔質のビーズを用いたカラムクロマトグラフィーに比べて吸着量は著しく低い。
【0011】
非特許文献1〜3に報告されたタンパク質吸着膜は、表面のみに吸着する膜に比べればタンパク質の吸着量は多いものの、特に低流速においてはカラムクロマトグラフィーの樹脂の吸着量には及ばない。また、塩を含む溶液を通液することは、吸着したタンパク質を溶出するために不可欠な工程であるが、非特許文献1〜3に報告された多孔膜は、塩を含む溶液を通液した際に5%〜10%も伸張変形するという実用上重大な問題が生じる。
【0012】
吸着量の少なさは、高流速で迅速に処理できるという利点で補われると考えられる。しかしながら、タンパク質精製プロセスでは、タンパク質の吸着が進み、破過が開始され、タンパク質が漏出する直前またはそれと同時に通液を停止することが、透過液中から除去することが求められるタンパク質の漏出の制御に必要とされ、高流速での処理の場合、その停止時の判断が容易でない。そのため、実際の工業的な利用では、吸着膜によるタンパク質精製プロセスはカラムクロマトグラフィーによるプロセス以上に、厳密なバリデーションが要求される。このことが、タンパク質精製プロセスでの吸着膜の工業的な利用を妨げる重大な理由となっている。既存のタンパク吸着膜には、デプスろ過膜のように、捕捉した対象物の透過側への漏出を防止する機能が備わっておらず、例えば、特許文献1および2の吸着膜では、官能基が多孔膜の表面にのみ固定されているため、表面の全てにタンパク質等が吸着すると、非吸着のタンパク質等が透過側に漏出する。また、非特許文献1〜3のグラフト鎖を有する吸着膜の場合、グラフト鎖の多孔膜への導入量を多くすると、導入されるグラフト鎖の多くが多孔膜の基材内部に固定されるというその製法の原理上、多孔膜の基材自体が膨張することが避けられず、その結果細孔径が拡大し、グラフト鎖を細孔空間内全体に充填することができず、デプスろ過膜としての機能を付与することができない。
【0013】
かかる状況に鑑み、本発明の解決しようとする課題は、タンパク質等の目的物を含有する溶液からの、高流速での迅速な目的物の分離が可能な多孔膜であって、破過後の目的物の漏出が抑制され、塩溶液等の通液による伸長変形が抑制された、形状安定性の高い、新規多孔膜を提供することである。また、かかる吸着多孔膜を用いた、タンパク質等の粒子状の目的物の分離方法、さらには水と有機溶媒の混合物等の分離方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意検討した結果、官能基を有するグラフト鎖が固定された多孔膜であって、全グラフト鎖の所定量以上が細孔空間内を含む多孔膜表面に固定された多孔膜を製造する方法を見出し、該多孔膜を用いることにより、タンパク質等の粒子状の目的物を、破過後も透過液への漏出なく捕捉できることを見出した。また、該多孔膜を用いることにより、水と有機溶媒の混合液を膜蒸留で分離できることを見出し、本発明を完成した。
【0015】
すなわち、本発明は、官能基を有するグラフト鎖が固定された多孔膜であって、前記グラフト鎖の少なくとも30%以上が、前記多孔膜の表面に固定されている、多孔膜に関する。
本発明はまた、前記グラフト鎖の少なくとも50%〜99%が、前記多孔膜の表面に固定されている、前記の多孔膜に関する。
本発明はまた、前記官能基が、アニオン交換基、カチオン交換基および疎水性基からなる群より選択される、前記の多孔膜に関する。
本発明はまた、前記グラフト鎖の多孔膜へのグラフト率が80%〜300%である、前記の多孔膜に関する。
本発明はまた、前記グラフト鎖がグリシジルメタクリレートの重合体を含む、前記の多孔膜に関する。
さらに、本発明は、最大細孔径0.1μm〜1.0μm、空孔率50%〜95%の多孔膜に、−10℃〜20℃でグラフト鎖の重合反応を行うことにより、グラフト鎖を導入する工程;およびグラフト鎖に官能基を導入する工程;を含む、官能基を有するグラフト鎖が固定された多孔膜の製造方法に関する。
さらに、本発明は、アニオン交換基、カチオン交換基および疎水性基からなる群より選択される官能基を有するグラフト鎖が固定された多孔膜であって、前記グラフト鎖の少なくとも30%以上が前記多孔膜の表面に固定されている多孔膜に、分離目的物含有溶液を通液する工程を含む、目的物の分離方法に関する。
さらに、本発明は、疎水性基を有するグラフト鎖が固定された多孔膜であって、前記グラフト鎖の少なくとも30%以上が前記多孔膜の表面に固定されている多孔膜を介して、有機物−水混合溶液を蒸発させる工程を含む、水または有機物の分離方法に関する。
【発明の効果】
【0016】
本発明の多孔膜を用いることにより、目的物を含有する溶液から、迅速に、目的物の漏出を抑制して、効率よく目的物を分離することができる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を実施するための形態(以下、「本実施の形態」という。)について詳細に説明する。なお、本発明は、以下の本実施の形態に限定されるものではなく、その要旨の範囲内で種々変形して実施することができる。
【0018】
本実施の形態における「官能基を有するグラフト鎖が固定された多孔膜」とは、多孔膜に、官能基を有するグラフト鎖が化学的に固定されている多孔膜を言う。
【0019】
本実施の形態において、多孔膜の基材は特に限定されないが、機械的性質の保持という観点から、ポリオレフィン系重合体から構成されていることが好ましい。ポリオレフィン系重合体としては、例えば、エチレン、プロピレン、ブチレンおよびフッ化ビニリデンなどのオレフィンの単独重合体、前記オレフィンの2種以上の共重合体、または1種もしくは2種以上のオレフィンとパーハロゲン化オレフィンとの共重合体などが挙げられる。これらの重合体の2種以上の混合物であってもよい。パーハロゲン化オレフィンとしては、例えばテトラフルオロエチレンおよびクロロトリフルオロエチレンなどが挙げられる。これらの中でも、機械的強度に特に優れ、かつタンパク質等の分離目的物の高い吸着容量が得られる素材であるという観点から、ポリエチレンまたはポリフッ化ビニリデンが好ましく、ポリエチレンがより好ましい。
【0020】
多孔膜の形態は、溶液の通液または気体の通過が可能な形態であれば特に限定されず、たとえば、平膜、不織布、中空糸膜、モノリス、キャピラリー、円板または円筒状などが挙げられる。これらの形態の中でも、製造のし易さ、スケールアップ性、モジュール成型した際の膜のパッキング性などの観点から、多孔膜は、中空糸多孔膜であることが好ましい。中空糸多孔膜とは、中空部分を有する円筒状または繊維状の多孔膜であり、中空糸の内層と外層が貫通孔である細孔によって連続しており、その細孔によって内層から外層あるいは外層から内層に、液体または気体が透過する性質を有する多孔体を意味する。中空糸多孔膜の外径および内径は、物理的に形状を保持することができ、かつモジュール成型可能であれば、特に限定されない。ポリオレフィン系重合体を用いて中空糸多孔膜を製造する方法は、当業者にとって公知であり、例えば、特開平3−42025号公報に開示される方法などが挙げられる。
【0021】
本実施の形態の多孔膜は、多孔膜に固定された全グラフト鎖(官能基を有するものも有さないものも含む)のうち、30%以上が前記多孔膜の表面に固定されていることを特徴とする。多孔膜において、グラフト鎖は、その表面および内部(すなわち基材の内部)のいずれにも固定されることができるが、この多孔膜に固定された全グラフト鎖のうち30%以上、好ましくは50%〜99%、より好ましくは60%〜95%、さらに好ましくは70%〜95%が、前記多孔膜の表面に固定されている。このような特徴を有する多孔膜は、分離目的物を含む溶液を通液させて目的物を分離する際、破過した時点で、デプスろ過膜のように、目的物の漏出を防止する機能を有する。また、基材の内部に固定されているグラフト鎖の比率が低いため、多孔膜に塩溶液を通液した際の膜の伸長変形が抑えられる。
【0022】
本実施の形態において、「グラフト鎖」とは、上記の多孔膜の基材と同種または異種の分子鎖であり、モノマーの重合体を含む。
【0023】
グラフト鎖を構成する重合体としては、例えば、グリシジルメタクリレート、酢酸ビニル、ヒドロキシプロピルアセテートまたはこれらのいずれか2種以上のモノマーの重合体が挙げられるが、アニオン交換基、カチオン交換基および疎水性基等の官能基を導入しやすいことから、グリシジルメタクリレートの重合体がより好ましい。グラフト鎖を含まない基材重量に対するグラフト鎖の重量の比として表される全体のグラフト率は、例えば後述の実施例等に記載の手法を用いて測定することができ、より高い吸着容量および力学的に安定な強度をともに確保し、また、分離目的物を含む溶液を通液させて目的物を分離する際、破過した時点で目的物の漏出を防止するという観点から、好ましくは80%〜300%であり、より好ましくは100%〜250%であり、さらに好ましくは120%〜200%である。グラフト率が80%未満の多孔膜であっても、塩溶液等の通液による伸張変形が抑制され、形状安定性に優れた多孔膜として使用することができる。
【0024】
グラフト鎖が有する官能基は特に限定されず、例えば選択的に吸着・分離しようとする目的物に応じて適宜選択することができ、実用的な使用を考慮すれば、アニオン交換基、カチオン交換基および疎水性基から選ばれることが好ましい。アニオン交換基は負に帯電した目的物を、カチオン交換基は正に帯電した目的物を、また疎水性基は疎水性の性質を有する目的物を選択的に分離するために用いることができる。
【0025】
アニオン交換基としては、例えば、ジエチルアミノ基(DEA、Et2N−)、四級アンモニウム基(Q、R3+−)、四級アミノエチル基(QAE、R3+−(CH22−)、ジエチルアミノエチル基(DEAE、Et2N−(CH22−)、ジエチルアミノプロピル基(DEAP、Et2N−(CH23−)などが挙げられる。ここで、Rは、特に限定されず、同一のNに結合するRが同一または異なっていてもよく、好適には、アルキル基、フェニル基、アラルキル基などの炭化水素基を表す。四級アンモニウム基としては、例えば、トリメチルアミノ基(トリメチルアンモニウム基、Me3+−)などが挙げられる。グラフト鎖への導入の簡便性および吸着容量の高さという観点からは、DEAおよびQが好ましく、DEAがより好ましい。
【0026】
カチオン交換基としては、例えば、スルホプロピル基(SP、SO3H−(CH23−)、スルホン基(−SO3H)、カルボキシル基(COOH−)などが挙げられる。
【0027】
疎水性基としては、例えば、フェニル基、オクチル基、ブチル基などが挙げられる。
【0028】
以下に、本実施の形態における多孔膜の製造方法について説明する。最大細孔径0.1μm〜1.0μm、空孔率50%〜95%の多孔膜に、−10℃〜20℃でグラフト鎖の重合反応を行うことによりグラフト鎖を導入する工程;およびグラフト鎖に官能基を導入する工程;を含む方法により、本実施の形態に係る、官能基を有するグラフト鎖が固定された多孔膜を製造することができる。上記の方法において、所望の本実施の形態に係る官能基を有するグラフト鎖が固定された多孔膜が得られる限り、多孔膜グラフト鎖に官能基を導入する工程を、多孔膜にグラフト鎖を導入する工程に先立って行ってもよい。
【0029】
上記の本実施の形態の製造方法において、グラフト鎖を導入しようとする多孔膜の最大細孔径は、グラフト鎖が細孔空間内を含む多孔膜表面の全体に固定され、かつ官能基を有するグラフト鎖が固定された多孔膜を溶液が通液可能な範囲であることが好ましい。このような観点から、最大細孔径の範囲は、好ましくは0.01μm〜3μmであり、より好ましくは0.5μm〜2μmであり、さらに好ましくは0.1μm〜1μmである。
【0030】
上記の本実施の形態の製造方法において、グラフト鎖を導入しようとする多孔膜中の細孔の占める体積である空孔率は、多孔膜の形状を保持しかつグラフト鎖が細孔空間内を含む多孔膜表面の全体に固定される範囲となるよう、好ましくは50%〜95%であり、より好ましくは60%〜90%であり、さらに好ましくは60%〜80%である。
【0031】
上記最大細孔径および空孔率の測定は、Marcel Mulder著「膜技術」(株式会社アイピーシー)などに記載されているような、当業者にとって公知の方法により行うことができる。例えば最大細孔径の測定は、後述の実施例等に記載のバブルポイント法による評価を適切に用いることができる。
【0032】
多孔膜にグラフト鎖を導入する方法としては、多孔膜に反応点となるラジカルを発生させ、これを基点として、2重結合を有するモノマーを重合させてグラフト鎖の重合反応を行う方法が挙げられる。この際のラジカルの発生方法としては、酸素を遮断した条件下、多孔膜にγ線または電子線等の放射線を照射し、多孔膜の結晶成分内にラジカルを発生させる方法が好ましい。このときの照射線量は好ましくは10kGy〜500kGyであり、より好ましくは20kGy〜300kGy、さらに好ましくは50kGy〜250kGyである。放射線照射によりラジカルを発生させることにより、多孔膜の基材内部のみならず、0.1μmという小さな細孔径の細孔の側壁にも、容易にかつ均一にグラフト鎖を導入することが可能となる。ラジカル発生後、モノマーの重合反応開始まで、酸素を遮断し、多孔膜の基材のガラス転移点より低温の環境で多孔膜を保持することが望ましい。
【0033】
多孔膜に発生させたラジカルにモノマーを重合させ、グラフト鎖の重合反応を行う際の温度は、好ましくは−10℃〜20℃であり、より好ましくは−10℃〜15℃であり、さらに好ましくは−5℃〜10℃である。重合反応における温度が高すぎると、モノマーが多孔膜内部(基材の内部)にまで浸透しやすくなり、細孔空間内を含む多孔膜表面でなく基材の内部に固定されるグラフト鎖の比率が増加する傾向にある。一方、重合反応における温度が低すぎると、重合反応速度が著しく低下する傾向にある。モノマーがGMAまたは酢酸ビニル、特にGMAである場合に、上記の温度範囲でグラフト鎖の重合反応を行うことにより、全グラフト鎖のうち多孔膜の表面に固定されるグラフト鎖の割合が望ましいものとなることを本発明者らは見出している。重合反応に当たっては、モノマーを2−プロパノールまたはメタノールに溶解し、十分量の窒素気流を流すことにより、溶液内の酸素を除去する必要がある。また、モノマーの濃度は好ましくは1体積%〜20体積%であり、より好ましくは2体積%〜10体積%である。
【0034】
グラフト鎖への官能基の導入は、導入しようとする官能基およびグラフト鎖の種類に応じて、当業者に公知の手法を用いて行うことができる。例えば、官能基としてアニオン交換基を、グリシジルメタクリレートの重合体を含むグラフト鎖に導入する方法として、この重合体が有するエポキシ基を開環し、ジエチルアミンなどのアミンおよびジエチルアンモニウムまたはトリメチルアンモニウムなどのアンモニウム塩を付加することにより、アニオン交換基をグラフト鎖に固定することができる。官能基としてカチオン交換基または疎水性基を、グリシジルメタクリレートの重合体を含むグラフト鎖に導入する場合も同様に、この重合体が有するエポキシ基を開環し、それぞれの官能基を有する化合物と反応させることによって、所望の官能基を導入することができる。例えば、例えばカチオン交換基としてスルホン基を導入する場合には、亜硫酸ナトリウムを反応させ、疎水性基を導入する場合にはアニリン、フェノールなどを反応させて、これらの基をグラフト鎖に固定することができる。
【0035】
グラフト鎖に対する官能基の導入率は、後述の実施例等に記載の手法を用いて測定することができる。より高い吸着容量を得るという観点からは、官能基がアニオン交換基または疎水性基である場合、グラフト鎖に対する導入率は、好ましくは20%〜100%、より好ましくは50%〜100%、更に好ましくは70%〜100%である。官能基がカチオン交換基である場合、グラフト鎖に対する導入率は、好ましくは10%〜100%、より好ましくは15%〜100%、更に好ましくは20%〜100%である。
【0036】
以下に、本実施の形態における、多孔膜を用いた、分離目的物含有溶液からの目的物の分離方法について説明する。上記の本実施の形態における多孔膜に、分離目的物を通液することにより、目的物が官能基と相互作用することによって多孔膜に吸着し、透過液から分離される。このようにして、目的物を分離することにより、分離目的物含有溶液を精製することができる。本実施の形態における多孔膜は、官能基を有するグラフト鎖が、細孔空間内を含む多孔膜表面に密に存在する。そのため、目的物の吸着が進むにつれて細孔が閉塞されれば、通液速度が減少し、好ましくは通液が停止する。これにより、目的物が透過液に漏洩することを抑制することができ、目的物を確実に分離することができる。目的物の吸着が進むにつれて細孔が閉塞されるという観点からは、目的物は粒子状の物質であることが好ましい。
【0037】
上記の実施の形態において、官能基がアニオン交換基である場合、分子量数万程度の分子からサイズが数十nmの粒子状の目的物、例えば、負に帯電したDNA、ウィルス、細菌、タンパク質等が分離目的物として好ましい。
【0038】
官能基がカチオン交換基である場合も同様に、分子量数万程度の分子からサイズが数十nmの粒子状の目的物、例えば、正に帯電したタンパク質、金属イオンを含む無機微粒子等が分離目的物として好ましい。
【0039】
官能基が疎水性基である場合、一態様において、疎水性の性質を有する、分子量数万程度の分子からサイズが数十nmの粒子状の目的物が分離目的物として好ましい。また、別の態様において、例えば疎水性基を有するグラフト鎖が固定された多孔膜をパーベーパレーション膜として用いる場合、水溶性の、分子量が数十程度以上の疎水性物質が、選択的に膜を透過させて分離するための分離目的物として好ましい。
【0040】
以下に、本実施の形態における、多孔膜を用いた、有機物−水混合溶液からの水または有機物の分離方法について、さらに説明する。上記の本実施の形態における多孔膜のうち特に官能基が疎水性基である多孔膜を介して、有機物−水混合溶液を蒸発させることにより、水または有機物が分離される。一態様において、該蒸発に際し、官能基が疎水性基である多孔膜を介して有機物が優先的に蒸発する。このような分離方法により、例えばアルコール水溶液のような、低分子の有機物と水との混合溶液を多孔膜に通液し、パーベーパレーション法、または膜蒸留法により、有機物のみを抽出し水の純度を高めることができる。官能基として疎水性基を有する多孔膜には、疎水性の高い有機物低分子が選択的に吸着される。多孔膜で隔てられた空間の一方(透過側)を減圧するなどの方法で、吸着された有機物を蒸発させることにより、空間の他方(供給側)からは多孔膜に連続的に有機物が吸着し、その結果供給側の有機物−水混合溶液から有機物が分離され、水の純度が向上する。また、透過側に蒸発した有機物蒸気を、冷却等により凝縮させて回収することにより、有機物を分離精製することもできる。すなわち、本実施の形態における多孔膜は、パーベーパレーション膜としても用いることができる。このような分離方法における有機物は、減圧等の方法で蒸発させることができるものであれば特に限定されず、例えば、アルコール、アセトン、ベンゼン、トルエン等が挙げられる。
【実施例】
【0041】
以下、参考例、実施例および比較例(本明細書中において、単に「実施例等」ともいう。)に基づいて本実施の形態をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は以下の実施例のみに限定されない。また、以下の全ての実施例等において、中空糸多孔膜は、基材に細孔が設けられた多孔膜である。
【0042】
[参考例]
(1)バブルポイント法による最大細孔径の測定
中空糸多孔膜の最大細孔径を、バブルポイント法を用いて測定した。長さ8cmの中空糸多孔膜の一方の末端を閉塞し、他方の末端に圧力計を介して窒素ガス供給ラインを接続した。この状態で窒素ガスを供給してライン内部を窒素に置換した後、中空糸多孔膜をエタノールに浸漬した。この時、エタノールがライン内に逆流しないように極僅かに窒素で圧力をかけた状態で、中空糸多孔膜を浸漬した。中空糸多孔膜を浸漬した状態で、窒素ガスの圧力をゆっくりと増加させ、中空糸多孔膜から窒素ガスの泡が安定して出始めた圧力Pを記録した。これより、最大細孔径をd、表面張力をγとして、下記式(I)に従って、中空糸多孔膜の最大細孔径を算出した。
d=C1γ/P・・・(I)
式(I)中、C1は定数である。エタノールを浸漬液としたときのC1γ=0.632(kg/cm)であり、上式にP(kg/cm2)を代入することにより、最大細孔径d(μm)を求めた。
【0043】
(2)透過圧力および伸張変形の測定
官能基を有するグラフト鎖を固定した10cmの中空糸多孔膜の一方の末端を漏れのないように封止した。次に、もう一方の末端から2mL/minの流速で、純水、緩衝液としての20mmol/LのTris−HCl溶液(pH8.0)、または塩溶液としての1mol/LのNaClを20mmol/LのTris−HCl溶液(pH8.0)に添加した溶液の3種類の溶液を通液し、このときの圧力を測定した。また、塩溶液を30mL通液した後の中空糸多孔膜の長さを測定し、純水置換状態に対する塩溶液通液後の中空糸多孔膜の伸張変形を測定した。
【0044】
(3)評価モジュールの作製
実施例に係る官能基を有するグラフト鎖の固定された中空糸多孔膜を3本束ね、中空糸多孔膜を閉塞しないように、ポリスルホン酸製モジュールケースにエポキシ系ポッティング剤で両末端を固定し、有効中空糸多孔膜長が3cmの評価モジュールを作製した。
【0045】
[実施例1] 官能基を有するグラフト鎖が固定された多孔膜の製造
(i)中空糸多孔膜へのグラフト鎖の導入
外径3.0mm、内径2.0mm、参考例(1)に記載のバブルポイント法で測定した最大細孔径が0.3μmのポリエチレン製中空糸多孔膜を密閉容器に入れて、容器内の空気を窒素で置換した。その後、容器の外側からドライアイスで冷却しながら、γ線200kGyを照射し、ラジカルを発生させた。得られたラジカルを有するポリエチレン製中空糸多孔膜をガラス反応管に入れて、200Pa以下に減圧することにより、反応管内の酸素を除いた。ここに5℃に調整したグリシジルメタクリレート(GMA)5体積部、メタノール95体積部よりなる反応液を、中空糸多孔膜の20質量部に注入した後、20時間密閉状態で静置して、反応温度5℃、反応液のモノマー濃度5体積%でグラフト重合反応を施し、中空糸多孔膜にグラフト鎖を導入した。なお、GMAおよびメタノールよりなる反応液は予め窒素でバブリングして、反応液内の酸素を窒素置換した。
【0046】
グラフト重合反応後、反応管内の反応液を捨てた。次いで、反応管内にジメチルスルホキシドを入れて中空糸多孔膜を洗浄することにより、残存したグリシジルメタクリレート、そのオリゴマーおよび中空糸多孔膜に固定されなかったグラフト鎖を除去した。洗浄液を捨てた後、さらにジメチルスルホキシドを入れて2回洗浄を行った。次いでメタノールを用いて同様にして洗浄を3回行った。洗浄後の中空糸多孔膜を乾燥し、重量を測定したところ、中空糸多孔膜の重量はグラフト鎖導入前の248%であり、グラフト鎖導入前の中空糸多孔膜に対するグラフト鎖の重量の比として定義される全体のグラフト率は148%であった。
【0047】
また、グラフト重合反応後の中空糸多孔膜の外径は3.26mm、内径は2.08mmであり、長さは1.08倍に伸長していた。中空糸多孔膜の体積増加は基材内部に固定されたグラフト鎖によると考えることができるので、基材とグラフト鎖の比重は同じと仮定し、基材内部のグラフト率は下記式(II)より37%と算出された。
[{[(OD12−(ID12]×L1/L0}/{(OD02−(ID02}−1]×100・・・(II)
ここで、OD0、ID0およびL0はそれぞれグラフト重合反応前の中空糸多孔膜の外径、内径および長さであり、OD1、ID1およびL1はそれぞれグラフト重合反応後の中空糸多孔膜の外径、内径および長さである。多孔膜の細孔空間内を含む多孔膜表面に存在するグラフト鎖のグラフト率は、全体のグラフト率と基材内部のグラフト率の差より、111%と算出された。
【0048】
以上より、グラフト重合反応によって多孔膜に固定されたグラフト鎖全てのうち、細孔空間内を含む多孔膜表面に存在するグラフト鎖の比率は75%(=111/148×100)であり、基材内に存在するグラフト鎖の比率は25%(=37/148×100)であった。
【0049】
(ii)アニオン交換基(3級アミノ基)のグラフト鎖への固定
乾燥したグラフト鎖を導入した中空糸多孔膜をメタノールに10分以上浸漬して膨潤させた後、純水に浸漬して水置換した。ジエチルアミン50体積部、純水50体積部の混合溶液よりなる反応液を、上記(i)で得られたグラフト反応後の中空糸多孔膜の乾燥重量に対して20質量部、ガラス反応管に入れ、30℃に調整した。ここに純水浸漬後のグラフト鎖を導入した中空糸多孔膜を挿入し、210分間静置して、グラフト鎖のエポキシ基をジエチルアミノ基に置換することにより、アニオン交換基としてジエチルアミノ基を有するグラフト鎖の固定された中空糸多孔膜を得た。得られた中空糸多孔膜は外径3.68mm、内径2.34mmであり、中空糸多孔膜においてグラフト鎖の有するエポキシ基の80%がジエチルアミノ基によって置換されていた。
【0050】
置換率Tはエポキシ基のモル数N0のうち、ジエチルアミノ基に置換されたモル数をN1として下記式(III)を用いて算出した。
T=100×N1/N0
=100×{(w1−w0)/M1}/{w0(dg/(dg+100))/M0
・・・(III)
式(III)中、M1はジエチルアンモニウムの分子量(73.14)、w0はグラフト重合反応後の中空糸多孔膜の重量、w1はジエチルアミノ基置換反応後の中空糸多孔膜の重量、dgは全グラフト率、M0はGMAの分子量(142)である。
【0051】
参考例(2)に従って、得られたアニオン交換基を有するグラフト鎖の固定された中空糸多孔膜の通液圧力および伸長変形を測定したところ、純水の通液圧は0.12MPa、緩衝液の通液圧は0.09MPa、塩溶液の通液圧は0.06MPaであり、塩溶液通液後の中空糸多孔膜の伸張変形は0.9%であった。
【0052】
(iii)カチオン交換基(スルホン基)のグラフト鎖への固定
乾燥したグラフト鎖を導入した中空糸多孔膜をメタノールに10分以上浸漬して膨潤させた後、純水に浸漬して水置換した。亜硫酸ナトリウム10質量部、2−プロパノール15質量部、純水75質量部の混合溶液よりなる反応液を、上記(i)で得られたグラフト反応後の中空糸多孔膜の乾燥重量に対して20質量部、ガラス反応管に入れ、80℃に調整した。ここに純水浸漬後のグラフト鎖を導入した中空糸多孔膜を挿入し、30分間静置して、グラフト鎖のエポキシ基をスルホン基に置換することにより、カチオン交換基としてスルホン基を有するグラフト鎖の固定された中空糸多孔膜を得た。得られた中空糸多孔膜は外径3.51mm、内径2.28mmであり、中空糸多孔膜においてグラフト鎖の有するエポキシ基の30%がスルホン基によって置換されていた。
【0053】
置換率Tはエポキシ基のモル数N0のうち、スルホン基に置換されたモル数をN2として下記式(IV)を用いて算出した。
T=100×N2/N0
=100×{(w2−w0)/M2}/{w0(dg/(dg+100))/M0
・・・(IV)
式(IV)中、M2は亜硫酸ナトリウムの分子量(103.05)、w0はグラフト重合反応後の中空糸多孔膜の重量、w2はスルホン基置換反応後の中空糸多孔膜の重量、dgは全グラフト率、M0はGMAの分子量(142)である。
【0054】
参考例(2)に従って、得られたカチオン交換基を有するグラフト鎖の固定された中空糸多孔膜の通液圧力および伸長変形を測定したところ、純水の通液圧は0.15MPa、緩衝液の通液圧は0.12MPa、塩溶液の通液圧は0.10MPaであり、塩溶液通液後の中空糸多孔膜の伸張変形は0.8%であった。
【0055】
(iv)疎水性基(フェニル基)のグラフト鎖への固定
乾燥したグラフト鎖を導入した中空糸多孔膜をメタノールに10分以上浸漬して膨潤させた後、純水に浸漬して水置換した。アニリン3質量部、水酸化ナトリウム0.4質量部、純水97質量部の混合溶液よりなる反応液を、上記(i)で得られたグラフト反応後の中空糸多孔膜の乾燥重量に対して20質量部、ガラス反応管に入れ、30℃に調整した。ここに純水浸漬後のグラフト鎖を導入した中空糸多孔膜を挿入し、20時間静置して、グラフト鎖のエポキシ基をフェニル基に置換することにより、疎水性基としてフェニル基を有するグラフト鎖の固定された中空糸多孔膜を得た。得られた中空糸多孔膜は外径3.61mm、内径2.31mmであり、中空糸多孔膜においてグラフト鎖の有するエポキシ基の78%がフェニル基によって置換されていた。
【0056】
置換率Tはエポキシ基のモル数N0のうち、フェニル基に置換されたモル数をN3として下記式(V)を用いて算出した。
T=100×N3/N0
=100×{(w3−w0)/M3}/{w0(dg/(dg+100))/M0
・・・(V)
式(V)中、M3はアニリンの分子量(93.13)、w0はグラフト重合反応後の中空糸多孔膜の重量、w3はフェニル基置換反応後の中空糸多孔膜の重量、dgは全グラフト率、M0はGMAの分子量(142)である。
【0057】
参考例(2)に従って、得られた疎水性基を有するグラフト鎖の固定された中空糸多孔膜の通液圧力および伸長変形を測定したところ、純水の通液圧は0.19MPa、緩衝液の通液圧は0.20MPa、塩溶液の通液圧は0.21MPaであり、塩溶液通液後の中空糸多孔膜の伸張変形0.6%であった。
【0058】
[実施例2] アニオン交換基を有するグラフト鎖が固定された多孔膜を用いた、DNA含有溶液からのDNAの分離
参考例(3)に従って、実施例1(ii)で作成したアニオン交換基を有するグラフト鎖を固定した中空糸多孔膜のモジュールを作成した。このモジュールによる負に帯電した微粒子状物質の除去性を確認するために、和光純薬製DNA(デオキシリボ核酸ナトリウム、サケ精巣由来、粉末、分子量30万〜900万)0.2gを2000mLの20mM Tris−HCl(pH8.0)緩衝液に溶解し、塩を含まない0.1g/LのDNA溶液(pH8.0)2000mLを調整した。得られたモジュールに20mM Tris−HCl(pH8.0)緩衝液を20mL通液して平衡化した後、0.3MPaの一定圧力で、調整したDNA溶液を通液した。流速は最初3.7mL/minであったが、通液量とともに減少し、312mL通液したところで、流速は0mL/minとなり通液は停止した。通液が停止するまでに要した時間は208分であり、平均の流速は1.5mL/minであった。得られた透過液の260nmのUV吸光度を、GEヘルスケア製、Ultrospec2100proを用いて測定したところ、吸光度は1mAU以下であり、DNAが漏洩なく除去された透過液が得られた。
【0059】
[比較例1] アニオン交換基を有するグラフト鎖が固定された多孔膜を用いた、DNA含有溶液からのDNAの分離
グラフト重合反応温度を40℃、反応液のモノマー濃度を10体積%とした以外は実施例1(i)および(ii)と同様にして、アニオン交換基を有するグラフト鎖を固定した中空糸多孔膜を作成した。得られた中空糸多孔膜は、全グラフト率158%、細孔空間内を含む多孔膜表面に存在するグラフト鎖は全体の27%、基材内に存在するグラフト鎖は全体の73%であり、アニオン交換基によってグラフト鎖の有するエポキシ基の82%が置換され、また、得られた中空糸多孔膜は外径4.1mm、内径2.6mmであった。参考例(2)に従って、得られたアニオン交換基を有するグラフト鎖の固定された中空糸多孔膜の通液圧力および伸長変形を測定したところ、純水の通液圧は0.02MPa、緩衝液の通液圧は0.03MPa、塩溶液の通液圧は0.02MPaであり、塩溶液通液後の中空糸多孔膜の伸張変形は8.2%であった。得られた中空糸多孔膜を用いて、実施例2と同様にしてモジュールを作成し、0.3MPaの一定圧力でDNA溶液を通液したところ、通液の停止はなく、平均流速8.7mL/minで2000mLのDNA溶液を全て通液した。得られた透過液の260nmのUV吸光度を測定したところ、202mAUであり、0.1mg/mLのUV吸光度270mAUから、透過液中のDNA濃度は0.075mg/mLと求められた。これより、グラフト反応温度40℃にて作成した、アニオン交換基を有するグラフト鎖の固定された中空糸多孔膜は、DNA吸着性はあるものの、破過後にDNAが漏洩していることが確認された。
【0060】
[実施例3] カチオン交換基を有するグラフト鎖が固定された多孔膜を用いた、タンパク質含有溶液からのタンパク質の分離
参考例(3)に従って、実施例1(iii)で作成したカチオン交換基を有するグラフト鎖を固定した中空糸多孔膜のモジュールを作成した。このモジュールによる正に帯電した微粒子状物質の除去性を確認するために、シグマ製リゾチーム(分子量14.4万)1.0gを1000mLの20mM Tris−HCl(pH8.0)緩衝液に溶解し、塩を含まない1.0g/Lのリゾチーム溶液(pH8.0)2000mLを調整した。得られたモジュールに20mM Tris−HCl(pH8.0)緩衝液を20mL通液して平衡化した後、0.3MPaの一定圧力で、調整したDNA溶液を通液した。流速は最初2.5mL/minであったが、通液量とともに減少し、168mL通液したところで、流速は0mL/minとなり通液は停止した。通液が停止するまでに要した時間は187分であり、平均の流速は0.9mL/minであった。得られた透過液の280nmのUV吸光度を、GEヘルスケア製、Ultrospec2100proを用いて測定したところ、吸光度は1mAU以下であり、リゾチームが漏洩なく除去された透過液が得られた。
【0061】
[実施例4] 疎水性基を有するグラフト鎖が固定された多孔膜を用いた、パーベーパレーション
参考例(3)に従って、実施例1(iv)で作成した疎水性基を有するグラフト鎖を固定した中空糸多孔膜のモジュールを作成した。このモジュールの、中空糸多孔膜内径および中空糸多孔膜長から求めた中空糸多孔膜内側の膜面積は6.5cm2であった。エタノール6質量部と純水94質量部からなる混合液100mLを調整し、これを40℃に保持して中空糸多孔膜の内側の片端から供給し、もう一方の片端から取り出すように通液してモジュール内を20mL/minで循環させた。中空糸多孔膜の外側のモジュール内を真空ポンプに接続して減圧し、モジュールと真空ポンプの間に液体窒素で冷却したトラップを取付けて、減圧により中空糸多孔膜の外側から揮発した成分をトラップした。30分間この状態を継続した後、トラップした透過成分の質量を測定したところ、5.89gであり、このエタノール濃度をガスクロマトグラフィーにより測定したところ、76.1質量%であった。これよりパーベーパレーション膜として評価した中空糸多孔膜の透過流速は18.2kg/m2hであり、また供給側のエタノールと水の重量濃度をそれぞれ、X1重量%、X2重量%とし、トラップ中の透過側のエタノールと水の濃度をそれぞれ、Y1重量%、Y2重量%として、α=(X2/X1)/(Y2/Y1)によって計算される分離係数は、195であった。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明の官能基を有するグラフト鎖が固定された多孔膜は形状安定性に優れ、また該多孔膜を用いることにより、目的物の漏洩なく除去することが可能となるという産業上の利用可能性を有する。また、前記官能基が疎水性基である多孔膜は水と有機物の混合物を膜蒸留や浸透気化により分離するパーベーパレーション膜としての産業上の利用可能性も有する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
官能基を有するグラフト鎖が固定された多孔膜であって、
前記グラフト鎖の少なくとも30%以上が、前記多孔膜の表面に固定されている、多孔膜。
【請求項2】
前記グラフト鎖の少なくとも50%〜99%が、前記多孔膜の表面に固定されている、請求項1に記載の多孔膜。
【請求項3】
前記官能基が、アニオン交換基、カチオン交換基および疎水性基からなる群より選択される、請求項1または2に記載の多孔膜。
【請求項4】
前記グラフト鎖の多孔膜へのグラフト率が80%〜300%である、請求項1〜3のいずれかに記載の多孔膜。
【請求項5】
前記グラフト鎖がグリシジルメタクリレートの重合体を含む、請求項1〜4のいずれかに記載の多孔膜。
【請求項6】
最大細孔径0.1μm〜1.0μm、空孔率50%〜95%の多孔膜に、−10℃〜20℃でグラフト鎖の重合反応を行うことにより、グラフト鎖を導入する工程;および
グラフト鎖に官能基を導入する工程;
を含む、官能基を有するグラフト鎖が固定された多孔膜の製造方法。
【請求項7】
アニオン交換基、カチオン交換基および疎水性基からなる群より選択される官能基を有するグラフト鎖が固定された多孔膜であって、前記グラフト鎖の少なくとも30%以上が前記多孔膜の表面に固定されている多孔膜に、分離目的物含有溶液を通液する工程を含む、目的物の分離方法。
【請求項8】
疎水性基を有するグラフト鎖が固定された多孔膜であって、前記グラフト鎖の少なくとも30%以上が前記多孔膜の表面に固定されている多孔膜を介して、有機物−水混合溶液を蒸発させる工程を含む、水または有機物の分離方法。

【公開番号】特開2010−214245(P2010−214245A)
【公開日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−61292(P2009−61292)
【出願日】平成21年3月13日(2009.3.13)
【出願人】(303046314)旭化成ケミカルズ株式会社 (2,513)
【Fターム(参考)】