説明

害虫駆除方法

【課題】ヒトおよび動物に対する吸血性害虫および刺咬性害虫であるトコジラミの駆除に特に好適な技術を開発する。
【解決手段】α−シアノ−3−フェノキシベンジルクリサンテマートを溶解した液化炭酸ガスが加圧充填されてなる耐圧容器から、室内でのα−シアノ−3−フェノキシベンジルクリサンテマートの濃度が0.1〜2.5g/mの範囲内になるように該液化炭酸ガスを噴射する、トコジラミを駆除する方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、害虫を駆除する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトの生活環境において、比較的閉鎖された場所(閉鎖空間)が多数存在する。閉鎖空間は、温度、湿度等の環境が安定しているために、有害生物が繁殖しやすく、特に近年では寝室のベッド、床に敷かれたカーペット等の人に目に触れにくい隙間に棲息するトコジラミの繁殖が大きな問題となっている。このトコジラミによる吸血により、ヒトは血液を失うだけでなく、耐えがたい痒みを感じ、この痒みにより睡眠が妨げられて日常生活に支障をきたしたり、発疹、皮膚炎等が生じたりすることも多い。
【0003】
一般に、有害生物を駆除するために殺虫剤等を散布することが通常行われるが、トコジラミは非常に小さいばかりか、寝具や衣類の縫い目、カーペットなどの人の目に触れにくい場所で棲息、繁殖するなど、蚊やゴキブリなどの他の衛生害虫とは非常に異なった環境で棲息しているため、一般的な殺虫剤の散布による駆除は極めて難しい。また、閉鎖空間であっても、通常の燻煙剤やエアゾール剤による空間噴霧等によってはトコジラミの棲息域まで殺虫剤が十分に行き渡らず、トコジラミに対する有効な駆除方法として十分とは言えなかった。
【0004】
エアゾール剤の噴霧以外による害虫駆除の方法としては、液化炭酸ガスに溶解させた薬剤を噴霧する器具および装置が知られている。特許文献1には、液化炭酸ガスに殺虫成分を溶解した防虫器具が記載されており、ゴキブリに対する殺虫効果が示されている。特許文献2には、有効成分が液化炭酸ガスに溶解されてなる製剤が、耐圧容器に充填された防虫器具が記載されており、ゴキブリおよび蚊に対する殺虫効果が示されている。特許文献3には、殺虫剤等を溶解した液化炭酸ガスを充填した耐圧容器と特定の構造を有する配管とからなる殺虫殺菌装置が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭56−113703号公報(昭和56年9月7日公開)
【特許文献2】特開平2−258702号公報(平成2年10月19日公開)
【特許文献3】特開平3−219828号公報(平成3年9月27日公開)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1〜3に記載の方法は、いずれも蚊やゴキブリなどを対象としているため、薬剤散布量も多く、また、通常これらとは棲息域の異なるトコジラミを対象として使用されることは考えられなかった。
【0007】
本発明は、ヒトに対する吸血性および刺咬性の害虫であって、寝具や衣類の縫い目、カーペットなどの人の目に触れにくい場所で棲息、繁殖するトコジラミの駆除に好適な技術を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明のトコジラミの駆除方法は、液化炭酸ガスに溶解したα−シアノ−3−フェノキシベンジルクリサンテマートを含む殺虫用組成物が加圧充填されている耐圧容器から、室内でのα−シアノ−3−フェノキシベンジルクリサンテマートの濃度が0.1〜2.5mg/mの範囲内になるように、該殺虫用組成物を噴射する工程を包含することを特徴としている。
【0009】
本発明の方法は、上記濃度を30分間以上にわたって維持する工程をさらに包含することが好ましい。また、α−シアノ−3−フェノキシベンジルクリサンテマートは、上記殺虫用組成物中の濃度が0.0001〜1.5重量%の範囲内であることが好ましい。
【0010】
本発明の方法において、上記殺虫用組成物は、α−シアノ−3−フェノキシベンジルクリサンテマートの効力を増強させる因子をさらに含んでいてもよく、上記因子としては、α−シアノ−3−フェノキシベンジルクリサンテマートが有する殺虫力を増強する働きを有する物質であれば、特に限定されず、例えば、N−(2−エチルヘキシル)−ビシクロ[2,2,1]ヘプト−5−エン−2,3−ジカルボキシイミド(以下、「MGK−264」)、チオシアノ酢酸イソボルニル(以下、「IBTA」)、ピベロニルブトキサイド(以下、「PBO」)等が挙げられる。
【0011】
本発明の方法において、上記殺虫用組成物は、溶剤を用いることなく、α−シアノ−3−フェノキシベンジルクリサンテマートを液化炭酸ガスに直接溶解して生成されていることが好ましく、この場合、本発明の方法は、α−シアノ−3−フェノキシベンジルクリサンテマートを液化炭酸ガスに直接溶解して殺虫用組成物を調製する工程をさらに包含してもよい。また、本発明の方法は、殺虫用組成物を耐圧容器内に加圧充填する工程をさらに包含してもよい。
【0012】
また、本発明は、直接に殺虫剤を噴霧できないような狭い隙間に棲息しているトコジラミに対しても有効に駆除できる方法を提供する。
【発明の効果】
【0013】
本発明の方法によれば、ヒトに対する吸血性および刺咬性の害虫であって、寝具や衣類の縫い目、カーペットなどの人の目に触れにくい、隠れた場所で棲息、繁殖するトコジラミを駆除することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の実施の形態について以下のように説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0015】
本発明は、トコジラミを駆除する方法を提供する。トコジラミはトコジラミ科に属し、世界中に広く分布している、体長約5mmの昆虫である。形状は赤褐色の扁平な卵円形であり、尖った管状の口は吸血に適している。主として人家内の寝具や衣類の縫い目、カーペットなどの人の目に触れにくい、隠れた場所に棲息し、夜間に活発に活動し、ヒトの体表に一時的に接触して血を吸い、強いかゆみおよび痛みを生じさせる。
【0016】
本発明の方法は、液化炭酸ガス中にα−シアノ−3−フェノキシベンジルクリサンテマートが溶解されている殺虫用組成物を用いること、該組成物が耐圧容器内に加圧充填されていること、および室内にて該耐圧容器から該組成物を噴射して、該室内でのα−シアノ−3−フェノキシベンジルクリサンテマートの濃度を一定の範囲内にすることを特徴としている。
【0017】
本発明の方法において、上記組成物は、溶剤を用いることなく、α−シアノ−3−フェノキシベンジルクリサンテマートを液化炭酸ガスに直接溶解して生成されていることが好ましく、この場合、本発明の方法は、α−シアノ−3−フェノキシベンジルクリサンテマートを液化炭酸ガスに直接溶解して殺虫用組成物を調製する工程をさらに包含してもよい。上記組成物は、例えば、鉄製またはアルミニウム製などの耐圧容器にα−シアノ−3−フェノキシベンジルクリサンテマートを入れ、さらに液化炭酸ガスを加圧充填することによって調製されてもよい。
【0018】
本発明の方法において、耐圧容器中に加圧充填されているα−シアノ−3−フェノキシベンジルクリサンテマートを溶解した液化炭酸ガスを噴霧した後の、室内でのα−シアノ−3−フェノキシベンジルクリサンテマートの室内濃度は、通常0.1〜10.0mg/mの範囲内である。本発明におけるα−シアノ−3−フェノキシベンジルクリサンテマートの濃度範囲は、特許文献2にて用いられているものよりもはるかに低い。空間濃度をこの範囲内に調整することによって、ヒトの生活環境内に生息するトコジラミを駆除することができる。上記範囲は、好ましくは0.1〜2.5mg/mであり、より好ましくは0.5〜2.5mg/mであり得る。
【0019】
本発明の方法において、耐圧容器内における液化炭酸ガス中のα−シアノ−3−フェノキシベンジルクリサンテマートの含有量(重量割合)は0.0001重量%以上であることが必要であり、上限はその溶解度量以下であれば制限されないが、一般的には1.5重量%である。
【0020】
本発明の方法において、室内でのα−シアノ−3−フェノキシベンジルクリサンテマートの空間濃度を上記した範囲とするためには、上記した耐圧容器内における液化炭酸ガス中のα−シアノ−3−フェノキシベンジルクリサンテマートの含有量(重量割合)および室内空間の広さに応じて、耐圧容器からの液化炭酸ガスの噴射量を適宜調整すればよい。
【0021】
また、本発明の方法において、殺虫用組成物を噴射した後は、室内を可能な限り密閉することが好ましい。室内を密閉することによって、室内でのα−シアノ−3−フェノキシベンジルクリサンテマートの濃度をできるだけ維持し、殺虫効果を増強することができる。室内を密閉する時間は、30分間以上であればよいが、1時間以上がより好ましい。もちろん、長時間であればあるほど殺虫効果は高まるが、不必要に長時間にわたって密閉する必要はなく、長くでも一日以内であれば十分である。
【0022】
本発明の方法において、調製が容易であるという観点から、本発明に用いられる殺虫用組成物は、液化炭酸ガス中にα−シアノ−3−フェノキシベンジルクリサンテマートのみを含んでいることが好ましいが、殺虫用組成物は、α−シアノ−3−フェノキシベンジルクリサンテマートの効力を増強させる因子をさらに含んでいてもよく、上記因子としては、上記化合物が有する殺虫力を増強する働きを有する物質であれば、特に限定されず、例えば、N−(2−エチルヘキシル)−ビシクロ[2,2,1]ヘプト−5−エン−2,3−ジカルボキシイミド(以下、「MGK−264」)、チオシアノ酢酸イソボルニル(以下、「IBTA」)、ピベロニルブトキサイド(以下、「PBO」)等が挙げられる。
【0023】
上述した方法を実現するための構成を備えているキットもまた、本発明の範囲に含まれる。すなわち、本発明は、トコジラミを駆除するためのキットを提供する。本発明のキットは、α−シアノ−3−フェノキシベンジルクリサンテマートおよび液化炭酸ガスを備えており、これらを充填する耐圧容器をさらに備えていることが好ましい。
【0024】
α−シアノ−3−フェノキシベンジルクリサンテマートを溶解した液化炭酸ガスを噴霧する空間と十分繋がっていない狭い隙間に棲息しているトコジラミに対しても本発明の駆除方法を実施することにより、上記隙間に薬剤が浸透して効果を発揮するが、薬剤の空間濃度が同じ場合であっても、例えば液化炭酸ガス中のα−シアノ−3−フェノキシベンジルクリサンテマートの含有量を低くして、α−シアノ−3−フェノキシベンジルクリサンテマートを溶解した液化炭酸ガスの噴霧量を多くして、噴霧空間内の炭酸ガス濃度を高めることにより、上記隙間からトコジラミが炭酸ガス濃度の高い空間、すなわちα−シアノ−3−フェノキシベンジルクリサンテマートを溶解した液化炭酸ガスを噴霧した空間に、移動してきて殺虫有効成分に暴露され易くなり効果の発現がより速く、かつ確実となる。
【0025】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0026】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は、これに限定されるものではない。
【0027】
〔実施例1〕
底面が直径8cmの円形であり、上面が底面よりもやや広い円錐台の透明樹脂製の容器(容積200mL)の上面を開放し、容器の内側面の上方に、虫の脱出防止用のフッ素樹脂を塗布した。2つの容器の一方にトコジラミを、他方にチャバネゴキブリをそれぞれ10匹ずつ入れた。
【0028】
床面積12m(3×4m)で高さが2.3mの試験室の床面中央部付近に、上記容器を設置した。試験室を密閉し、α−シアノ−3−フェノキシベンジルクリサンテマートを含有量(重量割合)が0.6重量%となるように液化炭酸ガスに溶解した製剤(試験製剤1)を、口径5mmの噴射ノズルを用いて試験室内へ4g噴霧した。噴霧量は、噴霧前後の試験製剤の重量減少に基づいて算出した。噴霧の2時間後に試験室を開放して換気し、次いで室内の容器を回収して、別室にて供試虫の動態を観察し、結果を表1に記載した。
【0029】
〔実施例2〕
含有量(重量割合)がα−シアノ−3−フェノキシベンジルクリサンテマート 0.4重量%、ピペロニルブトキサイド 2重量%となるように液化炭酸ガスに溶解した製剤(試験製剤2)を4g噴霧して、実施例1と同様の試験を行った。
【0030】
〔実施例3〕
含有量(重量割合)がα−シアノ−3−フェノキシベンジルクリサンテマート 0.6重量%、MGK−264 2重量%となるように液化炭酸ガスに溶解した製剤(試験製剤2)を3g噴霧して、実施例1と同様の試験を行った。
【0031】
〔実施例4〕
実施例1にて用いた容器の側面に、孔の最下部が容器の底面に接するように直径10mmの孔を設け、アクリル樹脂製の両端が開口した細管(外径10mm、内径5mm、長さ50mm)の一端を容器内に突出しないように上記孔に緊密に挿入し、細管を通じて容器内と外部空間とが連通するようにした。この容器を2つ作製し、一方にトコジラミを、他方にチャバネゴキブリをそれぞれ10匹ずつ入れた後、容器の上部を封止し、細管の開放端をゴム栓で塞いだ。
【0032】
実施例1にて用いた試験室の床面中央部付近に、上記容器を設置した。試験室を密閉し、α−シアノ−3−フェノキシベンジルクリサンテマートを含有量(重量割合)が0.00033重量%となるように液化炭酸ガスに溶解した製剤(試験製剤4)72gを試験室内へ噴霧した。噴霧量は、噴霧前後の試験製剤の重量減少に基づいて算出した。噴霧の3分後に試験室内にてゴム栓を外した。その2時間後に試験室を開放して換気し、次いで、室内の容器、およびこの容器から脱出した供試虫を回収して、別室にて脱出した供試虫と容器内に残った供試虫を、それぞれ別の飼育容器に移して飼育した。24時間飼育した後の供試虫の動態を観察し、結果を表2に記載した。
【0033】
なお、実施例1〜4はいずれも2回ずつ反復した。また、上記各試験製剤は、鉄製の耐圧ボンベに、所定量の薬剤を入れ、さらに所定の薬剤濃度となるように炭酸ガスを加圧充填して調製した。
【0034】
【表1】

【0035】
【表2】

【0036】
〔参考例〕
実施例にて用いた試験室にて、実施例4にて用いた容器にトコジラミを10匹入れ、市販の水添加式の薫煙剤(用法容量:6畳間あたり1缶使用。シフェノトリン含量 0.5g/缶)を2缶用いて、同様の試験を行った。薫煙開始から2時間後に試験室を開放して換気し、次いで、室内の容器、およびこの容器から脱出した供試虫を回収して、別室にて脱出した供試虫と容器内に残った供試虫を、それぞれ別の飼育容器に移して飼育した。24時間飼育した後の供試虫の動態を観察し、結果を表3に記載した。
【0037】
【表3】

【0038】
このように、本発明のトコジラミ駆除方法は、トコジラミに対して非常に特異的でありかつ高効率であることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明は、ヒトおよび動物に対する吸血性および刺咬性の害虫の駆除に有効であり、特に、これまで有効な手段が知られていなかったトコジラミの駆除に好適である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液化炭酸ガスに溶解したα−シアノ−3−フェノキシベンジルクリサンテマートを含む殺虫用組成物が加圧充填されてなる耐圧容器から、室内でのα−シアノ−3−フェノキシベンジルクリサンテマートの濃度が0.1〜2.5g/mの範囲内になるように、該殺虫用組成物を噴射する工程を包含する、トコジラミを駆除する方法。
【請求項2】
室内でのα−シアノ−3−フェノキシベンジルクリサンテマートの濃度が0.5〜2.5g/mの範囲内になるように、前記殺虫用組成物を該耐圧容器から噴射する工程を包含する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記濃度を30分間以上にわたって維持する工程をさらに包含する、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
α−シアノ−3−フェノキシベンジルクリサンテマートが、前記殺虫用組成物中に0.0001〜1.5%溶解している、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記殺虫用組成物が、α−シアノ−3−フェノキシベンジルクリサンテマートの効力を増強させる因子をさらに含んでいる、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記因子が、ピペロニルブトキサイド、およびN−(2−エチルヘキシル)−ビシクロ[2,2,1]ヘプト−5−エン−2,3−ジカルボキシイミドからなる群より選択される化合物の少なくとも1つである、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記殺虫用組成物が、溶剤を用いることなく、α−シアノ−3−フェノキシベンジルクリサンテマートを液化炭酸ガスに直接溶解して生成されている、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。

【公開番号】特開2012−240929(P2012−240929A)
【公開日】平成24年12月10日(2012.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−109716(P2011−109716)
【出願日】平成23年5月16日(2011.5.16)
【出願人】(390000527)住化ライフテク株式会社 (54)
【出願人】(591107034)日本液炭株式会社 (17)
【Fターム(参考)】