説明

密封装置

【課題】回転体102とスリンガ2との金属嵌合部を介して油脂類など内部流体が外部へ滲み出すのを抑制する。
【解決手段】静止側101に取り付けられる複数のシールリップ12,13と、スリーブ21で回転体102に金属嵌合されるスリンガ2を備え、シールリップ12,13がスリンガ2に摺動可能に密接されることにより機内への外部流体の浸入及び機外への内部流体の漏出を阻止する密封装置において、スリーブ21に、シールリップ12,13の間の密閉空間Cに開口した複数の小孔21aが円周方向所定間隔で設けられる。スリーブ21と回転体102との金属嵌合部の微小間隙δへ滲み出した内部流体は、回転停止時の温度低下により負圧になる密閉空間Cへ小孔21aを介して捕捉されるので、機外への滲み出しが抑制される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車や一般機械、産業機械等において軸受等へ異物や泥水等が浸入するのを防止する密封装置であって、特に、回転側に嵌着した金属製のスリンガに静止側のシールリップを摺接させる構造を備えるものに関する。
【背景技術】
【0002】
車輪のハブ用軸受を密封する密封装置には、回転側の金属製のスリンガに静止側のシールリップを摺接させる構造を備えるものが用いられている。図3は、この種の密封装置の典型的な従来例を、軸心を通る平面で切断して示す半断面図である。
【0003】
図3に示す密封装置は、自動車の車輪のハブ用軸受100の外輪101(静止側)の内周に装着される密封装置本体110と、前記軸受100の内輪(回転側)102の外周に嵌着されるスリーブ121及びその一端から延びるフランジ122からなる金属製のスリンガ120を備え、密封装置本体110に設けられたスラストリップ111が、スリンガ120のフランジ122に摺動可能に密接され、密封装置本体110にスラストリップ111の内周側に位置して設けられたラジアルリップ112が、スリンガ120のスリーブ121の外周面に摺動可能に密接される。
【0004】
すなわち、この種の密封装置は、スリンガ120のフランジ122とスラストリップ111の密接摺動部において、内輪102と一体的に回転するフランジ122の遠心力による振り切り作用によって、軸受外部Aから軸受内部Bへのダストや泥水等の浸入を阻止するものである。また、フランジ122とスラストリップ111の密接摺動部からその内周側の密閉空間Cへ、泥水等が僅かに浸入しても、これらはスリンガ120のスリーブ121とラジアルリップ112の密接摺動部においてシールされ、フランジ122の遠心力による振り切り作用によって、スラストリップ111の外周側へ押し戻される。
【0005】
なお、図示の従来例では、スリンガ120のフランジ122の外側面に、磁性粉体を混入したゴム状弾性材料(ゴム材料又はゴム状弾性を有する合成樹脂材料)で円盤状に成形され円周方向交互に異なる磁極が着磁されたパルサーリング123が一体的に接着されており、パルサーリング123の外側には、その外側面に近接対向させて磁気センサ130が配置されることによって磁気式ロータリーエンコーダが構成されている。
【0006】
しかしながら、図示の従来例によれば、スリンガ120のスリーブ121が、内輪102の外周面と金属同士で嵌合しているため、軸受外部Aから飛来する泥水などが、スリーブ121と内輪102との金属嵌合部の微小間隙δから軸受内部Bへ浸入するおそれがあった。また、不図示の車輪と共に軸受100の内輪102が回転しているときは、軸受内部Bの温度上昇によってその内圧が上がるので、軸受内部Bに存在する不図示のグリースから分離した基油が、前記内圧によって、金属嵌合部の微小間隙δから外部へ滲み出すといった問題があった。
【0007】
また、このような問題を解決するため、下記の特許文献1に開示されているように、スリーブ121と内輪102の間にシール部材(弾性部材)を介在させることが考えられるが、この場合は、新たにシール部材を設けることによって部品点数が増加し、あるいは前記シール部材をスリンガ120(スリーブ121)に一体に成形する工程などが必要になるばかりでなく、内輪102にスリーブ121を圧入嵌合する過程でシール部材が擦れて損傷を受け、金属同士での嵌合状態よりもさらに漏れを生じやすくなってしまう問題が指摘される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2001−215132号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、以上のような点に鑑みてなされたものであって、その技術的課題は、金属製のスリンガに非回転のシールリップを摺接させる構造の密封装置において、回転体とスリンガとの金属嵌合部を介して泥水など外部流体が浸入したり、油脂類など内部流体が前記金属嵌合部を介して外部へ滲み出したりするのを有効に抑制することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上述した技術的課題を有効に解決するための手段として、本発明に係る密封装置は、静止側に取り付けられる複数のシールリップと、スリーブで回転体に金属嵌合されるスリンガを備え、前記シールリップが前記スリンガに摺動可能に密接されることにより機内への外部流体の浸入及び機外への内部流体の漏出を阻止する密封装置において、前記スリーブに、前記複数のシールリップの間の密閉空間に開口した複数の小孔が円周方向所定間隔で設けられたことを特徴とするものである。
【0011】
上記構成によれば、回転体の回転時には温度上昇によって内圧が上がるので、内部流体の一部が、スリーブと回転体との金属嵌合部の微小間隙へ滲み出すが、回転体の回転停止時には温度低下によって、複数のシールリップの間の密閉空間が負圧になるため、前記微小間隙へ介入した内部流体が前記スリーブに開設した複数の小孔を介して、前記密閉空間へ捕捉され、機外への滲み出しが抑制される。また、前記金属嵌合部内を機内から前記小孔にかけて導入される内部流体が、前記金属嵌合部への外部流体の浸入を阻む作用を奏する。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る密封装置によれば、回転体とこれに装着されるスリンガとの金属嵌合部を介して泥水など外部流体が浸入したり、油脂類など内部流体が前記金属嵌合部を介して外部へ滲み出したりするのを、前記金属嵌合部にシール部材を介在させることなく、有効に防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明に係る密封装置の好ましい実施の形態を、その軸心を通る平面で切断して示す、軸受への装着状態の片側断面図である。
【図2】本発明に係る密封装置の好ましい実施の形態を、その軸心を通る平面で切断して示す未装着状態の片側断面図である。
【図3】従来の密封装置の一例を、その軸心を通る平面で切断して示す片側断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明に係る密封装置について、図面を参照しながら詳細に説明する。図1は、本発明に係る密封装置の好ましい実施の形態を、その軸心を通る平面で切断して示す、軸受への装着状態の片側断面図、図2は、未装着状態の片側断面図である。
【0015】
まず図1において、参照符号100は自動車の車輪のハブ用軸受であって、自動車の懸架装置における不図示のナックルに固定された外輪101と、車輪側の不図示のハブに一体的に嵌着された内輪102と、その間に転動可能に配置された不図示の多数の鋼球からなる。なお、外輪101は、請求項1に記載された静止側に相当し、内輪102は、請求項1に記載された回転体に相当する。
【0016】
図示の実施の形態による密封装置は、軸受100の内部空間(以下、軸受内部Bという)へ、軸受100の外部空間(以下、軸受外部Aという)からの泥水などが浸入するのを防止すると共に、軸受内部Bに潤滑のために封入されたグリースが軸受外部Aへ流出するのを防止するもので、軸受100の外輪101の内周に取り付けられる密封装置本体1と、軸受100の内輪102の外周に取り付けられるスリンガ2を備えている。なお、グリースは請求項1に記載された内部流体に相当する。
【0017】
密封装置本体1は、図1及び図2に示すように、金属製の補強環11と、この補強環11にゴム状弾性材料(ゴム材料又はゴム状弾性を有する合成樹脂材料)で一体成形されたスラストリップ12、ラジアルリップ13、グリースリップ14、及び外周シール部15を備える。なお、スラストリップ12及びラジアルリップ13は、請求項1に記載された複数のシールリップに相当する。
【0018】
密封装置本体1の補強環11は、金属板のプレス加工等により製作されたものであって、軸心を通る平面で切断した形状(図示の断面形状)が略L字形をなし、すなわち円筒状の外径筒部11aと、この外径筒部11aの軸受内部B側の端部から内径側へ延びる内向きフランジ11bからなる。このうち、外周筒部11aは、軸受100の外輪101の内周面に適当な締め代をもって圧入嵌合されるように、外径が、外輪101の内周面より僅かに大径に形成されており、その先端部には、肉厚を内周側へ減少させた薄肉部11cが形成されている。
【0019】
密封装置本体1のスラストリップ12は、補強環11の内向きフランジ11bにおける軸受外部A側を向いた面にゴム状弾性材料で形成された基部弾性体16から、軸受外部A側へ向けて先端が大径となるような円錐筒状をなして延びており、ラジアルリップ13は、スラストリップ12の内周側に位置して、前記基部弾性体16の内径端部から軸受外部A側へ向けて先端が小径となるような円錐筒状をなして延びており、グリースリップ14は、ラジアルリップ13の軸受内部B側にあって、軸受外部A側へ向けて屈曲すると共にフック状の断面形状に形成されている。
【0020】
また、外周シール部15は、補強環11における外径筒部11aの先端部に形成された薄肉部11cの外周面へ廻り込んだ基部弾性体16の端部に隆起形成されたものであって、軸受100の外輪101の内周面に適当なつぶし代で密接されるようになっている。
【0021】
なお、この密封装置本体1は、所定のゴム加硫成形用金型内に、補強環11を位置決めセットして型締めし、前記金型と補強環11との間に画成された成形用キャビティ内に、未加硫ゴム材料を充填し、加熱・加圧することによって、スラストリップ12、ラジアルリップ13、グリースリップ14、外周シール部15及び基部弾性体16の加硫成形と、補強環11への加硫接着を同時に行って製作されたものである。
【0022】
スリンガ2は、金属板のプレス加工等により製作されたものであって、軸心を通る平面で切断した形状(図示の断面形状)が略L字形をなし、軸受100の内輪102の外周面に適当な締め代をもって圧入嵌合されるスリーブ21と、その軸受外部A側の端部から外径側へ円盤状に展開するフランジ22からなる。
【0023】
密封装置本体1におけるスラストリップ12は、図2に示される原形から軸方向へ適当に変形を受けた状態で、スリンガ2のフランジ22の内側面に、先端部の全周が摺動可能に密接され、ラジアルリップ13は、図2に示される原形から適当に拡径変形を受けた状態で、スリンガ2のスリーブ21の外周面に、先端近傍の内周エッジ部13a(図2参照)の全周が摺動可能に密接される。そして最も軸受内部B側にあるグリースリップ14は、スリンガ2のスリーブ21の外周面とは非接触であって、軸受内部Bに封入されたグリースの一部を、ラジアルリップ13の背面側に保持することによって、ラジアルリップ13の密接摺動部Sの潤滑を維持するものである。
【0024】
また、スリンガ2におけるフランジ22の外側面には、パルサーリング23が一体的に接着されている。このパルサーリング23は、ゴム状弾性材料又は合成樹脂材料にフェライトや希土類等の磁性体の微粉末を添加した磁性材料で円盤状に成形され、S極とN極が円周方向所定ピッチで交互に着磁(多極着磁)されたものである。
【0025】
パルサーリング23の外側には、このパルサーリング23と共に磁気式ロータリーエンコーダを構成する磁気センサ3が非回転状態で配置されている。すなわち、スリンガ2と共にパルサーリング23が軸受100の内輪102と一体的に回転することによって、磁気センサ3の検出面の正面を、パルサーリング23に着磁されたN極とS極が回転方向へ交互に通過すると、これによる磁界の変化に対応した波形のパルス状の信号が磁気センサ3から出力されるので、このパルスのカウントによって回転を計測することができるようになっている。
【0026】
スリンガ2におけるスリーブ21には、図2に示すように、多数の小孔21aが円周方向所定間隔で開設されている。そしてこれらの小孔21aは、図1に示す装着状態において、スラストリップ12とラジアルリップ13によって画成された環状の密閉空間Cに開口している。
【0027】
以上のように構成された密封装置は、軸受100の内輪102と一体回転するスリンガ2のフランジ22と、軸受100の外輪101に取り付けられた非回転の密封装置本体1のスラストリップ12との密接摺動部Sにおいて、遠心力によるフランジ22の振り切り作用によって、軸受外部Aから飛来するダストや泥水等の浸入を阻止するものである。また、ダストや泥水等が、フランジ22とスラストリップ12との密接摺動部Sからその内周側(密閉空間C)へ僅かに浸入したとしても、これらはスリンガ2のスリーブ21とラジアルリップ13の密接摺動部Sにおいてシールされるので、軸受内部Bへ容易に浸入することはできず、結局、フランジ22の遠心力による振り切り作用によって、スラストリップ12の外周側へ押し戻される。
【0028】
一方、軸受100の外輪101と、その内周面に圧入によって取り付けられた密封装置本体1における補強環11の外径筒部11aとの間は、この外径筒部11aに一体的に形成された外周シール部15が、外輪101の内周面と密接することによって密封されているのに対し、軸受100の内輪102と、その外周面に圧入によって取り付けられたスリンガ2のスリーブ21は金属嵌合となっているので、その嵌合面間には微小間隙δが存在している。
【0029】
ここで、不図示の車輪と共に軸受100の内輪102が回転しているときは、軸受内部Bの温度が上昇し、内圧が上昇するので、軸受内部Bに充填されているグリースから分離した基油の一部が、前記内圧や毛細管現象などによって、スリンガ2のスリーブ21と軸受100の内輪102との金属嵌合部の微小間隙δへ滲み出すが、スリンガ2のフランジ22とスラストリップ12の密接摺動部Sで生じる摺動発熱と、スリンガ2のスリーブ21とラジアルリップ13の密接摺動部Sで生じる摺動発熱によって、スラストリップ12とラジアルリップ13の間の密閉空間Cの空気圧が高くなっており、この空気圧は、スリーブ21に円周方向所定間隔で開設された多数の小孔21aを介して、前記金属嵌合部のうち軸受外部A側へ偏在した位置に作用しているので、軸受外部Aへの滲み出しが抑制される。
【0030】
次に、車輪の停止と共に軸受100の内輪102が回転を停止すると、軸受内部Bの温度が低下し、その内圧は低下して行くが、スラストリップ12とラジアルリップ13の間の密閉空間Cの温度も低下してその空気圧が負圧になり、この負圧は、スリーブ21に円周方向所定間隔で開設された多数の小孔21aを介して、スリンガ2のスリーブ21と軸受100の内輪102との金属嵌合部のうち軸受外部A側へ偏在した位置に作用するので、前記金属嵌合部の微小間隙δへ介入しているグリースの基油は、前記多数の小孔21aを介して前記密閉空間Cへ捕捉される。このため、軸受外部Aへの基油の滲み出しが抑制される。
【0031】
しかも、スリンガ2のスリーブ21と軸受100の内輪102との金属嵌合部内には、上述のような作用によって、軸受内部Bから小孔21aの開設位置にかけてグリースの基油が導入されるので、この基油によって、軸受外部A側から前記金属嵌合部への泥水などの浸入が抑制される。
【0032】
なお、この小孔21aは、孔径が大きいほど、スリンガ2のスリーブ21と軸受100の内輪102との金属嵌合部を介して軸受外部A側からの泥水等が密閉空間Cへ入り込みやすくなるため、孔径を0.2〜0.6mm程度とすることが好ましい。また、小孔21aの数が少なすぎると、密閉空間Cへの基油の捕捉が起こりにくくなり、多すぎるとスリーブ21の強度が損なわれてしまうため、図2に示す小孔21a,21a,・・・の開設間隔Pは、1〜3mm程度とすることが好ましい。
【0033】
また、図示の実施の形態は、本発明を、磁気式ロータリーエンコーダが併設された密封装置に適用したものであるが、磁気式ロータリーエンコーダを設けないものについても同様に実施することができる。
【符号の説明】
【0034】
1 密封装置本体
12 スラストリップ(シールリップ)
13 ラジアルリップ(シールリップ)
2 スリンガ
21 スリーブ
21a 小孔
22 フランジ
100 軸受
101 外輪(静止側)
102 内輪(回転体)
A 軸受外部
B 軸受内部
C 密閉空間

【特許請求の範囲】
【請求項1】
静止側に取り付けられる複数のシールリップと、スリーブで回転体に金属嵌合されるスリンガを備え、前記シールリップが前記スリンガに摺動可能に密接されることにより機内への外部流体の浸入及び機外への内部流体の漏出を阻止する密封装置において、前記スリーブに、前記複数のシールリップの間の密閉空間に開口した複数の小孔が円周方向所定間隔で設けられたことを特徴とする密封装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−172710(P2012−172710A)
【公開日】平成24年9月10日(2012.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−33133(P2011−33133)
【出願日】平成23年2月18日(2011.2.18)
【出願人】(000004385)NOK株式会社 (1,527)
【Fターム(参考)】