説明

対流乾燥による無定形生成物の製造方法

【課題】 生物学的物質、特にヒトタンパク質を埋め込むための、穏やかで、順応性があり、容易に再現可能で、迅速かつ経済的な乾燥法を開発すること。
【解決手段】 生物学的に活性な物質、特に治療的に活性な物質のほかに、安定化のための混合物を含有する乾燥した無定形生成物を製造する方法であって、生物学的物質、及び
(a)炭水化物、及び極性若しくは非極性基を有する少なくとも1つの双性イオン又はその誘導体、及び/又は
(b)極性若しくは非極性基を有する少なくとも2つの双性イオン又はその誘導体、及び/又は
(c)極性若しくは非極性基を有する少なくとも1つの双性イオン、又は極性若しくは非極性基を有する多数の双性イオン若しくはその誘導体、
よりなる混合物の溶液又は懸濁液を製造し、50〜300℃の入口空気温度で固定相の相対含水率を<70%に調整して対流乾燥により乾燥することを特徴とする方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生物学的に活性な、特に治療的に活性な物質のほかに、対流乾燥による安定化のための混合物を含有する、乾燥した無定形生成物を製造するための迅速で容易に再現可能な方法に関する。本発明はまた、この方法により得られる、粉末の形態であり、かつ均一な幾何学的、特に球形の形状を有する、無定形の顕微鏡的に均質な生成物に関する。本発明は更に、噴霧乾燥により、生物学的に活性な物質、特にタンパク質を安定化するための混合物の用途に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質、特にヒトタンパク質を、多数の物質、好ましくは糖類又は糖とアミノ酸の組合せにより、固体調製物中で安定化できることはよく知られている。
【0003】
乾燥した生物学的又は治療的に活性な物質を製造するための、種々の方法及び調合物が報告されている。乾燥物質とは、残存含水率が8%(g/g)を超えない、好ましくは4%(g/g)を超えない、特に好ましくは2%を超えない、物質及び物質の混合物を意味する。凍結乾燥法は、このような調合物を製造するために広く使用されている〔F. Franks, Cryo Lett. 11, 93-110, (1990); M.J. Pikal, Biopharm. 3(9), 26-30 (1990); M. Ilora, Pharm. Research 8(3), 285-291 (1992); F. Franks, Jap. J. Freezing Drying 38, 15-16, (1992)〕が、凍結乾燥には特有の不都合な点がある。凍結乾燥は、大量のエネルギーを消費し、冷媒〔そのいくつかは、環境に有害である(フリージェン(frigens))〕の使用を必要とし、そしてしばしば昇華による比較的大容量の氷を除去する必要があるため時間がかかる。凍結乾燥に必要な凍結工程は、多数の物質、特にタンパク質を不安定にしてしまう。したがってこの方法は、いくつかの生物学的物質にはまるで適用できない。
【0004】
乾燥タンパク質調製物を製造するための凍結乾燥の代替法は、加熱及び/又は真空の使用により物質を乾燥する方法である〔F. Franks, R.M.H. Hatley:酵素の安定性と安定化(Stability and Stabilization of Enzymes); W.J.J. von den Teel, A. Harder, R.M. Butlaar編, Elsevier Sci. Publ. 1993, pp. 45-54; B. Roser, Biopharm, 4(9), 47-53 (1991); J.F. Carpenter, J.H. Crowe, Cryobiol. 25, 459-470 (1988)〕。この関連で言及することができる例は、高温の使用を伴うか又は伴わない真空乾燥、真空及び噴霧法の組合せ使用を含む、広範に改変した噴霧乾燥法、及びドラム乾燥及びほかの薄膜乾燥法がある。
【0005】
J.F. Carpenter, J.H. Crowe, Biochemistry 28, 3916-3922 (1989); K. Tanaka, T. Taluda, K. Miyajima, Chem. Pharm. Bull. 39(5), 10-94 (1991)、DE 3520228、EP 0229810、WO 91/18091、EP 0383569及びUS 5,290,765は、糖類又は糖類似物質を含有する調製物を記載している。しかし、凍結又は真空乾燥による乾燥した炭水化物含有調製物、特に糖調製物の製造は、技術の現状において不都合を伴っている。これらは、とりわけ、許容可能な残存含水率まで乾燥するための大きなエネルギー消費、低い乾燥温度での長い工程時間、非常に粘性の水分含有塊体(「ゴム」と呼ばれる)又はガラス転移温度が室温未満であるガラス状融解物の形成を含む。上述の不都合な点は、このような調製物中の生物学的物質の安定性に著しく影響している。
【0006】
また上記引用文献から、タンパク質を安定化するのに適した調製物は、そのガラス転移温度が意図した貯蔵温度を超える、ガラス状、即ち無定形の構造を有すべきであることが明白である。ガラス転移温度(Tg)は、無定形又は部分的に結晶性の固体が、ガラス状態から流体又は粘性状態に変換する温度(逆もまた同じ)である。このことは、粘度の激烈な変化を必要とし、そしてこれに伴って、その生物学的物質の拡散係数及び動力学的運動性(kinetic mobility)の激烈な変化を要する。硬度及び弾性率のような物理的特徴が変化し、同様に体積、エンタルピー及びエントロピーの熱力学的関数も変化する。例えば、糖含有組成物のガラス転移温度及びその残存含水率は、水分の残存量の上昇がガラス転移温度の低下をもたらす(逆もまた同じ)ように物理的に関連づけられる。したがって、例えば示差走査熱量測定法(DSC)によるガラス転移温度の測定から、ある調製物が、安定化のために適した残存含水率を有するかどうか、即ち、上述のように、乾燥方法が成功したか又はしていないかを推断することが可能である。DSCによるガラス転移温度の測定のほかに、無定形構造の存在を、X線回折調査、光学及び電子顕微鏡検査によって立証することもできる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
したがって、埋め込まれた生物学的物質を室温で長期にわたって安定に維持できるようにするため、生物学的又は薬剤学的に活性な物質のための完全に無定形の補助物質構造を提供することが望まれた。この補助物質構造は、意図的に調整することができる低い残存含水率、及び可能な限り高いガラス転移温度を有すべきである。
【0008】
WO 97/15288は、凍結を伴わない乾燥工程による生物学的物質を安定化するための方法を記載しているが、この方法により部分的に無定形の補助物質構造が得られる。乾燥は、真空乾燥(<50℃のわずかに高温で)として行ったが、均質でない生成物が得られる。
【0009】
WO 96/32096は、噴霧乾燥による吸入用の、均質で分散可能な粉末の製造を記載しており、この粉末は、ヒトタンパク質、炭水化物及び/又はアミノ酸と、ほかの補助物質を含有する。しかし、どの実施例でも無定形生成物は得られないことが明らかになった。
【0010】
EP 0682944 A1は、無定形マンニトール中のタンパク質を含む1つの相、及び結晶性アラニンを含む第2の相よりなる、薬学的に許容しうる補助物質を含む凍結乾燥物を記載している。しかし、これらの調合物は、長期にわたって充分良好に生物学的物質を安定化することはできない。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、生物学的物質、特にヒトタンパク質を埋め込むための、穏やかで、順応性があり、容易に再現可能で、迅速かつ経済的な乾燥法を開発するという目的、及びこの方法に適した安定化マトリックスを発見するという目的に基づく。この方法により、長期にわたって生物学的物質の安定化を可能にする、完全に無定形で均質な生成物の製造を可能にすることが意図される。
【0012】
生物学的物質を含有する無定形調製物を製造するための有効な方法を提供するという本発明の目的は、生物学的物質、及び(a)炭水化物、及び極性若しくは非極性基を有する少なくとも1つの双性イオン又はその誘導体、及び/又は(b)極性若しくは非極性基を有する少なくとも2つの双性イオン又はその誘導体、及び/又は(c)極性若しくは非極性基を有する少なくとも1つの双性イオン、又は極性若しくは非極性基を有する多数の双性イオン若しくはその誘導体、よりなる混合物の溶液又は懸濁液を製造し、50〜300℃の入口空気温度で固定相の相対含水率を<70%に調整して対流乾燥、特に噴霧乾燥により乾燥することを特徴とする方法により達成される。本発明は特に、生物学的物質、特に治療的に活性な物質のほかに、安定化のための混合物を含有する、乾燥した無定形生成物を製造する方法に関し、この方法は、生物学的物質、及び(a)炭水化物、及び極性若しくは非極性基を有する少なくとも1つの双性イオン又はその誘導体、及び/又は(b)極性若しくは非極性基を有する少なくとも2つの双性イオン又はその誘導体、及び/又は(c)極性若しくは非極性基を有する少なくとも1つの双性イオン、又は極性若しくは非極性基を有する多数の双性イオン若しくはその誘導体、よりなる混合物の溶液又は懸濁液を製造し、50〜300℃、好ましくは<200℃の入口空気温度で固定相の相対含水率を<70%、好ましくは<40%、特に<20%に調整して対流乾燥により乾燥することを特徴とする。この乾燥法は、調合物中の生物学的物質の安定性に関して特に有利であることが立証され、収率>90%を確保する。
【0013】
好適に使用される極性又は非極性基を有する双性イオンは、アミノカルボン酸である。使用される(a)群の混合物は、好ましくは、モノ−、オリゴ−、ポリサッカリド、アルギニン、アスパラギン酸、シトルリン、グルタミン酸、ヒスチジン、リシン、アセチルフェニルアラニンエチルエステル、アラニン、システイン、グリシン、イソロイシン、ロイシン、メチオニン、フェニルアラニン、トリプトファン、バリン及び/又はその誘導体を含むことを特徴とする。(b)群の混合物は、好ましくは、アルギニン、アスパラギン酸、シトルリン、グルタミン酸、ヒスチジン、リシン、アセチルフェニルアラニンエチルエステル、アラニン、システイン、グリシン、イソロイシン、ロイシン、メチオニン、フェニルアラニン、トリプトファン、バリン及び/又はその誘導体を含むことを特徴とする。(c)群の双性イオンは、好ましくは、その塩の形態で使用される。好ましくは、アルギニン、アスパラギン酸、シトルリン、グルタミン酸、ヒスチジン、リシン、アセチルフェニルアラニンエチルエステル、アラニン、システイン、グリシン、イソロイシン、ロイシン、メチオニン、フェニルアラニン、トリプトファン、バリン及び/又はその誘導体の塩が使用される。
【0014】
本発明の目的のための生物学的に活性な物質は、タンパク質、ペプチド、糖タンパク質、リポタンパク質、酵素、補酵素、抗体、抗体断片、ウイルス成分、細胞及び細胞成分、ワクチン、DNA、RNA、生物学的治療及び診断物質又はその誘導体の群の1つ以上の物質である。
【0015】
生物学的物質と、(a)及び/又は(b)及び/又は(c)群の混合物との溶液又は懸濁液に、適宜、緩衝化剤、界面活性剤、抗酸化剤、等張化剤、保存料の群からの従来の補助物質を加えることができる。
【0016】
請求項1記載の特色を有する噴霧乾燥により、乾燥が困難な、炭水化物、アミノ酸又はその誘導体を、これらを乾燥することができるように修飾することができるか、あるいは乾燥が可能になり、生じた補助物質構造が無定形で、かつ生物学的物質を埋め込むのに顕著に適するように、炭水化物、アミノ酸又はその誘導体を、Tgを上昇させる物質又は物質の混合物と混合することができる。同等な調合物を真空乾燥すると、ガラス転移温度は低くなる。
【0017】
炭水化物、例えば、ショ糖、フルクトースのような、特に糖類の場合には、これらは、水性又は有機溶液から熱空気床への噴霧後には実際に無定形構造を形成するが、ガラス転移温度が低く(<20℃)、そのため、乾燥すると極めて経済的に不利な収率になり、そして貯蔵の安定性が低い(特に後者は、無定形構造の保持に関連する)が、双性イオン又はその誘導体の添加によって、Tgが非常に上昇(≧20℃)して、良好な収率でこれらを乾燥することができ、炭水化物又は完成した調合物の無定形構造が保持又は安定化されることが見い出された。
【0018】
驚くべきことに、双性イオン又はその誘導体を加えることにより、水性又は有機溶液から熱空気床への噴霧後、生物学的物質を安定化するのに必要な無定形構造で、例えば、マンニトールのような炭水化物を得られることが更に明らかになった。同時に、その中で良好な収率が達成される。双性イオンの添加なしに本プロセスを行うと無定形構造が得られないため、この結果は驚くべきことである。
【0019】
他方では、水性又は有機溶液から熱空気床への噴霧後に乾燥することはできるが、ここから無定形の形態では得られない双性イオン又はその誘導体でさえ、炭水化物又はその誘導体の添加により完全に無定形の形態で得られることが見い出された。
【0020】
無定形構造はまた、水性又は有機溶液から熱空気床への噴霧後に乾燥することはできるが、ここから完全に無定形の形態では得られない双性イオン又はその誘導体を、1つ以上の双性イオンの適切な混合によって完全に無定形の形態に変換できるときにも得られる。無定形構造を製造するために、極性基及び非極性基を有する双性イオンの唯一の組合せを選択することは不必要であり;反対に、極性基のみ又は非極性基のみを有する双性イオンの組合せを使用することもできる。
【0021】
噴霧乾燥することはできるが、無定形の形態では得られない極性若しくは非極性基を有する1つ以上の双性イオン又はその誘導体は、対流乾燥前に溶液又は懸濁液を特定のpH、好ましくは7.0〜7.5のpHに調整することにより無定形状態に変換できることが更に明らかになった。噴霧乾燥前の溶液のpHの特定の調整はまた、無定形構造は得られるが、無定形構造中のタンパク質の安定性を更に改善すべきであるか、又は噴霧された生成物の無定形構造を更に増大させるべきである場合(方法a及びb)にも有益であろう。このようなpHの調整はまた、生理学的理由で必要かもしれない。
【0022】
当業者であれば、上述の方法の適切な組合せにより、既に達成される効果を更に著しく増大させることができる。本特許の教示するところにより、乾燥した混合物が、対応する添加なしの混合物と比較して、上昇したガラス転移温度及び/又は無定形構造を有するように、当業者は、極性又は非極性基を有する双性イオンを選択することができる。
【0023】
本発明の方法により得られる生成物は、0.0005mm〜1mm、好ましくは0.001mm〜0.1mmの粒度範囲の無定形の顕微鏡的に均質な粉末である。本発明の方法により、調整可能で、かつ驚くほど良好に再現可能な粒度範囲で、好ましい球形粒子を得ることが可能である。生じた生成物は、≧20℃、好ましくは≧40℃のガラス転移温度、及び<8%(g/g)、好ましくは<4%(g/g)の残存含水率を有する。その上無定形構造は、少なくとも12ヶ月の貯蔵期間にわたって保持される。凍結乾燥物に比較すると、本生成物は、凍結乾燥物よりも少なくとも1.15(15%)の係数で高い見かけ密度を有し、凍結又は真空乾燥からの生成物に比較すると、同じ調合物では結晶含量が著しく低い。
【0024】
生物学的物質として好ましくはタンパク質を含有する無定形生成物は、生物学的物質と混合物との溶液又は懸濁液を製造し、50〜300℃、好ましくは<200℃の入口空気温度で対流乾燥を行うことにより、対流乾燥、特に噴霧乾燥又は噴霧顆粒化によって本発明により製造されるが、ここで、<4%の限定された生成物の含水率を得るために、固定相の相対含水率を<70%、好ましくは<40%に調整する必要があることが明らかになった。即ち本発明の方法により、最終産物中の必要な残存含水率を計画的に調整することができる。
【0025】
本発明により対流乾燥は、流動化乾燥、リフトエアー(lift air)又はフライト(flight)乾燥により行うことができる。噴霧又は流動床乾燥は、本発明に特に好ましく使用される。
【0026】
噴霧乾燥において、乾燥すべき物質は、それ自体既知の方法で溶液又は懸濁液としてノズルを通すか、又は迅速に回転するアトマイザーディスクにより噴霧して、広い円筒容器の上端で小滴のミストが得られる。生じた小滴のミストは、熱空気又は不活性ガスと混合し、これを霧化ゾーンからドライヤーに送る。2成分ノズル又はディスクによって、ほかは同一条件下で溶液を霧化するならば、噴霧埋め込み物の粒度分布は、(ディスク霧化ではノズル霧化よりも狭いが)粗い領域にシフトする。
【0027】
適切な霧化装置は、渦巻圧ノズル、空気式ノズル(2成分/3成分ノズル)又は遠心分離アトマイザーである。空気式ノズルは、液体1kg当たり霧化のために最大のエネルギー消費を必要とするが、例えば特定の粒度範囲又は特定の粒子の形状を達成するためのそれらの順応性のため、特に適切である。本プロセスはまた、3成分ノズル法の使用により行うことができる。それにより2つの液体を同時に霧化することができる。
【0028】
このため、霧化の2つの方法が可能である:
【0029】
方法1
2つの液体を別々に送り込み、霧化の直前に混合し、次いで霧化する。この方法は、2成分の混合物が1つの液相中で短時間しか安定でないときに優先して使用される。
【0030】
方法2
2つの液体を別々に送り込み、別々に霧化して、ノズルオリフィスに入れる前に混合する。この方法は、2つの混合できない溶液に、又は成分の安定性が固体状態でのみ確保される場合に使用することができる。
【0031】
古典的な2成分霧化とまさしく同様に、本発明にはこれらの特定の型の霧化法を使用することができた。
【0032】
本発明の方法は、100℃〜180℃の間の範囲の入口空気温度で最適である。また入口空気温度が上昇するにつれ噴霧埋め込み物の分解のリスクが生じるため、≧200℃の高温は通常は生産的でないが、特定の応用のためには確かに考えることができる。乾燥のために本発明に使用される熱空気が好ましくは>100℃の温度を有するのに、本調合物中の生物学的物質の安定性が非常に良好であることは驚くべきことである。
【0033】
乾燥後の溶液の噴霧により、調整可能で再現性のある粒度範囲の球形粒子が優先的に生じる。良好な流動性を有する球形の形状及び特定の粒度範囲は、正確に、多くの型の薬剤の応用に特に有利なものである。
【0034】
本発明の方法の乾燥時間は、1分以下である。
【0035】
また、本発明により生物学的物質と混合物との溶液を、0.010mm〜10mm、好ましくは0.1〜1mmの粒度範囲の担体上に噴霧することにより顆粒を製造することができる。
【0036】
即ち本発明の方法により、記載された混合物を使用することによって炭水化物含有組成物の乾燥を決定的に改善することができる。本発明の調合物は、主要な成分として炭水化物、好ましくは糖類、及び極性若しくは非極性基を有する1つ以上の双性イオン又はその誘導体を含有し、そしてこの糖類のガラス転移温度はこの双性イオンの添加により明瞭に上昇する。
【0037】
主要な成分が、極性若しくは非極性基を有する双性イオン又はその誘導体である調合物は、炭水化物の添加により安定な無定形の形態に変換することができる。
【0038】
また、炭水化物の代替物として極性若しくは非極性基を有する双性イオン又はその誘導体又はその混合物を使用することができる。これらの調合物は、極性基を有する少なくとも2つの双性イオン若しくはその誘導体、非極性基を有する少なくとも2つの双性イオン若しくはその誘導体、又は極性及び非極性基を有する少なくとも1つの双性イオンよりなってよい。
【0039】
無定形で乾燥した調合物はまた、単独又は組合せて、極性若しくは非極性基を有する双性イオン又はその誘導体の溶液のpHの特定の調整により得ることができる。
【0040】
本発明により好適に使用することができる混合物は、ショ糖、L−アルギニン、L−フェニルアラニン、L−アスパラギン酸、L−イソロイシン及びその誘導体から選択される少なくとも2つの物質よりなる。
【0041】
実施例に示される組成物のほかに、下記混合物も本発明の噴霧生成物の形成のためのマトリックスとして特に適していることが証明された。
【0042】
混合物(調合物)1:
ショ糖、L−アルギニン及びL−フェニルアラニン、
混合物(調合物)2:
L−アルギニン、L−アスパラギン酸及びL−イソロイシン、
混合物(調合物)3:
L−アルギニン及びL−フェニルアラニン、
混合物(調合物)4:
L−アルギニン、L−フェニルアラニン及びL−アスパラギン酸。
【0043】
本発明はまた、適宜、従来の補助物質及び賦形剤とともに更に処理することによる診断用又は治療用組成物を製造するための、本発明により製造される無定形生成物の用途に関する。
【実施例】
【0044】
実施例1
炭水化物及びアミノ酸(AA)を室温で水に溶解した。使用する生物学的物質に応じてpHの調整を要することもあった。次にこの溶液を噴霧乾燥した。
【0045】
以下の表から、例えば、ショ糖又はフルクトースはガラス転移温度が低いため経済的に良好な収率で乾燥できない(1.1と1.5)が、一方AA添加した溶液は乾燥後良好な収率で微粒子の乾燥粉末として得られる(1.2〜1.4及び1.6)ことが明らかである。更にこの表から、例えばマンニトールのような炭水化物は、乾燥後通常は無定形構造を形成せず、経済的に良好な収率で得られない(1.7)が、双性イオン又はその誘導体の添加により、無定形構造を形成して良好な収率で得られる(このことは生物学的物質の安定化に必要である)(1.8)ことが明らかである。
【0046】
極性/非極性基を有する双性イオンを添加した炭水化物
【0047】
【表1】


* pH7.3±0.2に調整
【0048】
実施例2
アミノ酸及び炭水化物を室温で水に溶解して噴霧乾燥した。以下の表から、純粋なアミノ酸からは結晶性の結晶構造が生じる(2.1及び2.4)が、炭水化物の添加により無定形構造が得られる(2.2、2.3、2.5)ことが明らかである。
【0049】
炭水化物を添加した極性/非極性基を有する双性イオン
【0050】
【表2】

【0051】
実施例3
アミノ酸を室温で水に溶解して噴霧乾燥した。表から、純粋なAAからは結晶構造が生じる(3.1〜3.4)が、第2のAAの添加により無定形構造が得られる(3.5〜3.8)ことが明らかである。実施例3.9〜3.11では、真空乾燥のTg値を示した。比較調合物の真空乾燥のTg値は、本発明の方法の値よりも明瞭に低かった。
【0052】
極性/非極性基を有する双性イオンを更に添加した極性/非極性基を有する双性イオン
【0053】
【表3】

【0054】
真空乾燥
【0055】
【表4】

【0056】
実施例4
アミノ酸を室温で水に溶解して噴霧乾燥した。以下の表から、X線−無定形構造はpHの特定の調節により形成し(4.1及び4.3)、調節しなければ単に結晶性構造のみが得られる(4.2及び4.4)ことが明らかである。
【0057】
極性/非極性基を有する双性イオン
【0058】
【表5】

【0059】
実施例5
炭水化物、AA及びほかの補助物質を室温で水に溶解し、pH7.3±0.2に調整して噴霧乾燥した。
【0060】
以下の表には、本発明の方法による最適化した活性薬剤調合物を示した(5.2〜5.6)。プラセボ調合物(5.1)は比較のために使用した。いずれの調合物でも乾燥後に分解産物はなかったが、調合物5.2〜5.6では0.2%を超えない高分子量(HMW)凝集体及びEPO二量体を検出することができた。3ヶ月間貯蔵後でさえこの値を超えなかった(実施例5.3により示した)。
【0061】
対照的に、本発明によらない調合物では、乾燥の直後でさえ非常に高含量の高分子量(HMW)凝集体及びEPO二量体を示した(5.7)。
【0062】
【表6】

【0063】
冷蔵庫中、室温及び40℃で3ヶ月間の実施例5.3の貯蔵安定性
【0064】
【表7】

【0065】
乾燥直後の本発明によらない調合物中のHMW凝集体及びEPO二量体の含量
【0066】
【表8】

【0067】
実施例6
以下の実施例6〜12では、最終生成物に及ぼす本発明の方法における選択条件の効果を例示した。以下の調合物1〜4を検討した:
【0068】
混合物(調合物)1:
ショ糖、L−アルギニン及びL−フェニルアラニン(5:1:1)
混合物(調合物)2:
L−アルギニン、L−アスパラギン酸及びL−イソロイシン(3:1:1)
混合物(調合物)3:
L−アルギニン及びL−フェニルアラニン(1:1)
混合物(調合物)4:
L−アルギニン、L−フェニルアラニン及びL−アスパラギン酸(3:1:1)
【0069】
混合物1〜4の噴霧乾燥:
【0070】
【表9】

【0071】
実施例7
異なる入口空気温度による噴霧乾燥
4つの混合物を3つの異なる入口空気温度、即ち100℃、140℃及び180℃で噴霧乾燥した。噴霧乾燥における非常に重要なパラメーターは、噴霧乾燥の固定相の相対含水率であった。固定相は、噴霧された粒子を乾燥するプロセスが完了し、乾燥した噴霧された粒子にかかる温度ストレスが最大に達する乾燥セクションであると見なした。固定相の相対含水率は、乾燥後の生成物の含水率を決定した。この場合に選択すべき相対含水率は、調合物の組成に依存した。4つの混合物についての固定相の相対含水率は、本発明により40%未満(具体的にはこの場合約10%)と非常に低くなるように選択した。これにより、混合物1〜4の噴霧乾燥が実際になおも可能であるかどうかを確認した。4つの混合物の噴霧乾燥は、上述の条件下で充分に可能であった。全ての場合に、微細粉末噴霧埋め込み物(SE)は良好な収率(>90%)で得られた。タワーコーン及びパイプラインに沈積物はなく、生成物の放出は、低いダスト/空気比(<<50g/Nm3(STP))にもかかわらず、充分に可能であった。
【0072】
相対含水率10%
【0073】
【表10】

【0074】
実施例8
噴霧埋め込み生成物(SE)に対する試験
a)pH、密度、含水率、オスモル濃度
【0075】
【表11】

【0076】
水に溶解した噴霧埋め込み物は、pH、密度及びオスモル濃度について初期溶液と同一の値であった。噴霧埋め込み物の含水率は、入口空気温度が上昇するにつれわずかに低下したが、固定相の相対含水率は不変を保った。特に混合物1は、全ての入口空気温度でほぼ一定の含水率を示した。
【0077】
b)結晶構造
入口空気温度に関係なく、初期混合物と比較すると全ての噴霧埋め込み物はX線で無定形であった。
【0078】
c)電子顕微鏡写真
混合物1からの噴霧埋め込み物の電子顕微鏡写真は、SE粒子がほぼ理想的な完全な球形の形態であって、入口空気温度が上昇すると表面がゴルフボールに似た質感から平滑な外観に変化していることを示した。完全な球形が存在することを証明するために、噴霧埋め込み物を粉砕した。断片から完全に球形の形状を明白に推理することができた。霧化の様式(ノズル又はディスク霧化)は、SE粒子の形状に何ら影響しなかった。
【0079】
d)粒度分布
混合物1を使用して、異なる噴霧速度でも粒度分布がほぼ一定を保っていることを証明した。
【0080】
【表12】

【0081】
また、同じ入口空気温度及びほぼ同じ噴霧速度により、実質的に同一の粒度分布が得られることを確認した。
【0082】
【表13】

【0083】
実施例9
示差走査熱量測定法(DSC)によるガラス転移温度(Tg)の測定
乾燥した試料のガラス転移、及び結晶化及び融解ピークを測定するために、液体窒素によるCCA7低温コントロール(メッサー(Messer)、グリースハイム(Griesheim))のついたパーキン−エルマー(Perkin-Elmer)(ユーバーリンゲン(Ueberlingen))からのDSC7装置及びTAC7/DXシグナル変換器を使用した。試料の重量は5〜20mgの間であり、自動天秤のAD4微量天秤(パーキン−エルマー(Perkin-Elmer))を使用して前もって秤量したアルミニウムるつぼ(パーキン−エルマー(Perkin-Elmer))に秤量して入れた。次にるつぼを万能密閉プレス(パーキン−エルマー(Perkin-Elmer))を使用してふた(カバー(Cover)、パーキン−エルマー(Perkin-Elmer))で堅く閉め、窒素でフラッシュした測定セルに入れて10℃/分の加熱速度で測定した。
【0084】
混合物1のTgをDSCにより測定した。<4%の含水率で、各Tgは有利なことに室温よりもはるかに高かったが、このことは混合物が生物学的物質、特にヒトタンパク質を安定化するのに非常に適していることを意味した。
【0085】
【表14】

【0086】
実施例10
固定状態における異なる相対含水率
固定相の相対含水率が、ほかの点では一定の条件で、どの程度生成物の含水率及び(そのため)Tgに影響するかを混合物1により証明した。
【0087】
【表15】

【0088】
実施例11
噴霧埋め込み物に及ぼす溶液の初期濃度の効果
溶液の初期濃度の上昇は、原則として補助物質により決定される溶解度の限界まで可能であり、7%強度の溶液とほぼ同じ噴霧埋め込み物の物理的性質が得られた。これを混合物1に基づく以下の表により例証した。
【0089】
【表16】

【0090】
実施例12
a)混合物1を使用する種々の霧化ユニット(2成分ノズル、アトマイザーディスク)の試験
異なる霧化ユニットを使用すると、噴霧埋め込み物の粒度分布に影響があった。
【0091】
【表17】

【0092】
ディスク霧化は、粒度<10μmを要するSE生成物の肺使用には不適切であった。更に、粒度範囲をシフトするためには、2成分ノズルの順応性はディスクの順応性よりもかなり大きかった。2成分霧化の無菌操作では、濾過により霧化媒体を滅菌する必要があることが不都合であった。外観を含めたSE生成物のほかの物理パラメーターは、霧化の様式に依存しなかった。使用することができる霧化媒体は、圧搾空気又は例えば希ガス(ネオン、アルゴンなど)若しくは二酸化炭素のような不活性ガスなどの既知の媒体であった。
【0093】
b)異なるノズルの組合せ
2つの液体を同時に送り込んで霧化するために、特定のノズルの組合せ(3成分ノズル)を使用した。
【0094】
3成分ノズルの両方の方法により得られる噴霧埋め込み物は、2成分霧化から得られた噴霧埋め込み物と一致する物理パラメーターを有していた。Tg及びX線−無定形の形態さえ同一であった。
【0095】
実施例13
同一/異なるバッチサイズによる再現性
混合物1の実施例により証明されるように、本方法は同一又は異なるバッチサイズで再現性があった。全ての場合に得られたSE生成物は、非常に狭い限界内の噴霧埋め込み物の物理パラメーターを有していた。即ち試験的バッチの結果を直接大きなバッチに適用することができ、そのため製造の準備の整ったプロセスが利用可能である。
【0096】
【表18】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
生物学的に活性な物質、特に治療的に活性な物質のほかに、安定化のための混合物を含有する乾燥した無定形生成物を製造する方法であって、生物学的物質、及び
(a)炭水化物、及び極性若しくは非極性基を有する少なくとも1つの双性イオン又はその誘導体、及び/又は
(b)極性若しくは非極性基を有する少なくとも2つの双性イオン又はその誘導体、及び/又は
(c)極性若しくは非極性基を有する少なくとも1つの双性イオン、又は極性若しくは非極性基を有する多数の双性イオン若しくはその誘導体、
よりなる混合物の溶液又は懸濁液を製造し、50〜300℃の入口空気温度で固定相の相対含水率を<70%に調整して対流乾燥により乾燥することを特徴とする方法。
【請求項2】
対流乾燥前に(c)法により調製される溶液又は懸濁液を特定のpH、好ましくは7.0〜7.5のpHに調整することを特徴とする、請求項1記載の方法。
【請求項3】
極性又は非極性基を有する双性イオンとしてアミノカルボン酸を使用することを特徴とする、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
モノ−、オリゴ−、ポリサッカリド、アルギニン、アスパラギン酸、シトルリン、グルタミン酸、ヒスチジン、リシン、アセチルフェニルアラニンエチルエステル、アラニン、システイン、グリシン、イソロイシン、ロイシン、メチオニン、フェニルアラニン、トリプトファン、バリン及び/又はその誘導体を含む(a)群の混合物を使用することを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項記載の方法。
【請求項5】
アルギニン、アスパラギン酸、シトルリン、グルタミン酸、ヒスチジン、リシン、アセチルフェニルアラニンエチルエステル、アラニン、システイン、グリシン、イソロイシン、ロイシン、メチオニン、フェニルアラニン、トリプトファン、バリン及び/又はその誘導体を含む(b)群の混合物を使用することを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項記載の方法。
【請求項6】
双性イオンの塩を含有する(c)群の混合物を使用することを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項記載の方法。
【請求項7】
アルギニン、アスパラギン酸、シトルリン、グルタミン酸、ヒスチジン、リシン、アセチルフェニルアラニンエチルエステル、アラニン、システイン、グリシン、イソロイシン、ロイシン、メチオニン、フェニルアラニン、トリプトファン、バリン及び/又はその誘導体の塩を含む(c)群の混合物を使用することを特徴とする、請求項6記載の方法。
【請求項8】
タンパク質、ペプチド、糖タンパク質、リポタンパク質、酵素、補酵素、抗体、抗体断片、ウイルス成分、細胞及び細胞成分、ワクチン、DNA、RNA、生物学的治療及び診断物質又はその誘導体の群の1つ以上の物質を生物学的物質として使用することを特徴とする、請求項1〜7のいずれか1項記載の方法。
【請求項9】
緩衝化剤、界面活性剤、抗酸化剤、等張化剤、保存料の群からの従来の補助物質を溶液に加えることを特徴とする、請求項1〜8のいずれか1項記載の方法。
【請求項10】
乾燥は、流動化乾燥、リフトエアー(lift air)又はフライト(flight)乾燥により行うことを特徴とする、請求項1〜9のいずれか1項記載の方法。
【請求項11】
乾燥は、噴霧又は流動床乾燥により行うことを特徴とする、請求項1〜9のいずれか1項記載の方法。
【請求項12】
請求項1〜11により得られる、ガラス転移温度≧20℃であり、かつ残存含水率<8%(g/g)である、生物学的に活性な物質及び安定化のための混合物を含有する、無定形の顕微鏡的に均質な生成物。
【請求項13】
ガラス転移温度≧40℃であり、かつ残存含水率<4%(g/g)であることを特徴とする、請求項12記載の無定形生成物。
【請求項14】
0.0005mm〜1mm、好ましくは0.001〜0.1mmの粒度範囲の粉末の形態であることを特徴とする、請求項12又は13記載の無定形生成物。
【請求項15】
診断用又は治療用組成物を製造するための、請求項12〜14の無定形生成物の使用。
【請求項16】
50〜300℃の入口空気温度で固定相の相対含水率を<70%に調整して噴霧乾燥により、生物学的に活性な、特に治療的に活性な物質を安定化するための、
(a)炭水化物、及び極性若しくは非極性基を有する少なくとも1つの双性イオン又はその誘導体、及び/又は
(b)極性若しくは非極性基を有する少なくとも2つの双性イオン又はその誘導体、及び/又は
(c)極性若しくは非極性基を有する少なくとも1つの双性イオンの塩、又は極性若しくは非極性基を有する多数の双性イオン若しくはその誘導体の塩、
よりなる混合物の使用。

【公開番号】特開2010−163456(P2010−163456A)
【公開日】平成22年7月29日(2010.7.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−88665(P2010−88665)
【出願日】平成22年4月7日(2010.4.7)
【分割の表示】特願平10−311629の分割
【原出願日】平成10年11月2日(1998.11.2)
【出願人】(591215177)ロシュ ダイアグノスティックス ゲーエムベーハー (8)
【Fターム(参考)】