説明

射出成形用組成物

【課題】熱分解性能が高く、加熱時に脱脂変形が生じにくく、肉厚の大きい成形体であっても短時間で健全な脱脂体を得ることができる射出成形用組成物を提供する。
【解決手段】焼結可能な金属粉末と、有機バインダとからなる射出成形用組成物であって、前記有機バインダを構成する成分が、(a)ポリ乳酸、(b)ポリオキシメチレン、(c)ポリプロピレン、(d)150℃における粘度が200mPa・s以下である有機化合物、及び、(e)ビカット軟化点が130℃以下である熱可塑性樹脂から成ることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、射出成形により金属粉末の成形体を製造し、この成形体から焼結体製品を製造する方法に用いるための射出成形用組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、複雑な形状の金属製品を成形するためには、射出成形法が利用されている。この射出成形法では、金属粉末に流動性を持たせるために種々の有機化合物及び熱可塑性樹脂を添加し、加熱混練の後、これを成形用原料として射出成形し、得られた成形体を脱脂・焼結することにより、焼結体製品を得るものである。従来から用いられている射出成形用組成物、なかでも金属粉末を用いた射出成形用組成物では多くの場合、高分子化合物としてポリエチレン、ポリプロピレン、メタクリル酸エステル共重合体及びエチレン‐酢酸ビニル共重合体を用い、低分子量化合物としてパラフィンワックス、カルナバワックス等を用いてバインダとするものであった。
しかし、これらのものを用いた場合には、加熱脱脂温度が高温でないと脱脂率が低いため、焼結体の残留カーボンが多くなるという欠点を有している。また、軟化点が低いために脱脂時に変形を生じやすいという問題があり、脱脂工程が長時間化する要因となっていた。
【0003】
この問題を解決するため、本発明者は、ポリオキシメチレンとポリプロピレンを有機バインダに用いた系を開発した(特許文献1参照)。このバインダ系は加熱脱脂には安全な不活性ガスを用いる事により、大量に成形体を安全に処理できる利点が有る。しかしながら、300℃〜400℃の間でバインダが急速に分解するため、肉厚の大きい成形体を脱脂する場合は、加熱脱脂時間を長時間にしなければ健全な脱脂体が得られないという問題を抱えている(例えば成形体の肉厚が7mmを超える場合、加熱脱脂時間は48時間以上必要となる)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平11−343503号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
したがって、本発明は、金属粉末の射出成形法において、加熱脱脂及び焼結時間を大幅に短縮し、欠陥のない焼結体を得るために、熱分解性能が高く、加熱時に脱脂変形が生じにくい射出成形用組成物を提供すること、特に肉厚の大きい成形体であっても短時間で健全な脱脂体を得ることができる射出成形用組成物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、金属粉末と有機バインダを混合したものを原料(射出成形用組成物)として射出成形し、この射出形成体を脱脂・焼結して目的製品を得る方法において、焼結可能な金属粉末と、有機バインダとからなる射出成形用組成物において、前記有機バインダとして、a:ポリ乳酸、b:ポリオキシメチレン、c:ポリプロピレンを必須成分として含有し、さらに、d:150℃における粘度が200mPa・s以下である有機化合物及び、e:ビカット軟化点が130℃以下である熱可塑性樹脂から構成される有機バインダを用いることにより、前記課題を解決できることを見出した。
【0007】
すなわち、本発明にかかる射出成形用組成物は、焼結可能な金属粉末と、有機バインダとからなり、前記有機バインダを構成する成分が、a:ポリ乳酸、b:ポリオキシメチレン、c:ポリプロピレン、d:150℃における粘度が200mPa・s以下である有機化合物、及び、e:ビカット軟化点が130℃以下である熱可塑性樹脂からなることを特徴とするものであり、当該成形用組成物を射出して得られた成形体を脱脂焼結することにより変形、膨れ及び割れ等の欠陥がなく、バインダからの残留カーボンが非常に少ない金属焼結体を短時間に得ることができた。
【0008】
特に、前記成分(a)、(b)、(c)、(d)及び(e)からなる有機バインダを30〜60体積%含むとともに、この有機バインダの組成比がa:5〜30体積%、b:5〜30体積%、c:5〜30体積%、d:30〜70体積%、及びe:5〜30体積%である射出成形用組成物を用いれば、肉厚7mm以上の成形体であっても、短時間で膨れやクラックのない脱脂体を得ることが可能である。
【発明の効果】
【0009】
本発明にかかる射出成形用組成物によれば、肉厚の大きい成形体であっても、短時間で健全な脱脂体を得ることができ、膨れ、クラックの無い最終製品を製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明にかかる有機バインダの成分(a)ポリ乳酸としては、L−乳酸および/またはD−乳酸を主たる構成成分とするポリマーが用いられる。本発明において、ポリ乳酸は不活性ガス雰囲気下においても400℃以下で速やかに熱分解し、熱分解時に残留しない。このことから焼結時において、不純物として存在せずに健全な焼結体を得ることができる。
【0011】
本発明において、有機バインダの成分(b)として用いられるポリオキシメチレンは成形体の強度を高め、焼結における600℃以下での成形体の変形を防止し、且つ焼結後において残留しない物質として不可欠である。特に、ビカット軟化点が150℃以上のポリオキシメチレンを用いることが、脱脂時の変形を防止する点で好ましい。換言すれば、ビカット軟化点が150℃以上で、しかも、熱分解時に残存しないというこの成分の特徴は、ポリオキシメチレン以外にはほとんど見当たらない。ポリオキシメチレンの添加量が5vol%未満の場合には、成形体の強度が低くなり、また、焼結における600℃以下での変形が大きくなりやすい。また、ポリオキシメチレンの添加量が30vol%を越えた場合には、射出成形時の温度を高くしなければならず、成形体に欠陥が生じやすくなる。また、焼結における600℃以下での急激な熱分解により、割れ、膨れが生じやすくなる。
【0012】
本発明の有機バインダの成分(c)として用いられるポリプロピレンは成形体にじん性を付与し、焼結の割れ及び添加した低融点化合物の分離を阻止する。そして、この樹脂もまた、焼結後において残留しないという特質をもっている。同様の性質は、ポリエチレンやエチレン酢酸ビニル共重合体でも有しているが、軟化点が100℃以下と低いために脱脂途中で成形体が変形しやすい。本発明では、特に、ビカット軟化点が130℃以上のポリプロピレンを用いることが、脱脂時の変形を防止する点で好ましい。ポリプロピレンの添加量が5vol%未満の場合には、成形時にワックスのにじみ出しが大きく、焼結体に欠陥が生じやすくなる。また、ポリプロピレンの添加量が30vol%を越えた場合には、焼結における600℃以下での成形体の変形が大きくなる傾向がある。
【0013】
次に、成分(d)として150℃における粘度が200mPa・s以下である有機化合物を用いることにより、有機化合物が成形体表面ににじみ出し、成形体の焼結における600℃以下の温度における変形並びに割れ、膨れを防止することができる。150℃で粘度が200mPa・sよりも高い有機化合物を用いた場合には、焼結における600℃以下での温度域で成形体からのワックスのにじみ出しがほとんど認められず、焼結体に割れ、膨れ等の欠陥が生じる。
【0014】
本発明の有機化合物(成分d)としては、脂肪酸エステル、脂肪酸アミド、フタル酸エステル、パラフィンワックス、マイクロクリスタリンワックス、ポリエチレンワックス、ポリプロピレンワックス、カルナバワックス、モンタン系ワックス、ウレタン化ワックス、無水マレイン酸変性ワックス、ステアリン酸及びポリグリコール系化合物から選ばれる1種以上を用いることができる。用いられる有機化合物の添加量が30vol%未満の場合には、成形時の流動性が悪くなり、成形体に割れ及びクラックが生じやすくなる。また、添加量が70vol%よりも多くなると、成形時において成形体にバリが発生しやすくなり、成形体の強度が低下する恐れがある。
【0015】
最後に、成分(e)として、ビカット軟化点が130℃以下である熱可塑性樹脂を添加することにより、成形体に柔軟性を付与し、成形時に発生するウエルド、気泡等の欠陥を防止することができる。成分(e)のビカット軟化点は、前記ポリプロピレン(c)のビカット軟化点以下であることが、射出成形を行った製品に柔軟性を付与する点で好ましい。この熱可塑性樹脂(e)の添加量が5vol%未満の場合には、成形体の粘度が高くなり、成形時にウエルド、気泡等の欠陥が生じやすくなる。また、熱可塑性樹脂(e)の添加量が30vol%を超える場合には、成形体が柔らかくなり、焼結における600℃以下での変形が大きくなる傾向がある。この熱可塑性樹脂(e)としては、ポリエチレン、アモルファスポリオレフィン、エチレン酢酸ビニル共重合体、ポリビニルブチラール樹脂、グリシジルメタクリレート樹脂、メチルメタクリレート樹脂、エチルメタクリレート樹脂、ブチルメタクリレート樹脂、エチレングリシジルメタクリレート共重合体、エチレン・アクリル酸・無水マレイン酸共重合体、無水マレイン酸グラフトポリオレフィン樹脂、エチレン・ビニルアセテート・無水マレイン酸共重合体、エチレン・エチルアクリレート共重合体から選ばれる1種以上からなる樹脂を用いることができる。
【0016】
本発明の有機バインダ成分(a)、(b)、(c)、(d)及び(e)の合計が、射出成形用組成物(金属粉末+有機バインダ)全量中で30vol%未満の場合には、成形体が脆くなりやすい。また、成分(a)、(b)、(c)、(d)及び(e)の合計が、射出成形用組成物全量中で60vol%よりも多くなると、焼結における600℃以下の温度域で成形体に変形が生じやすくなる。
【0017】
本発明の射出成形用組成物として、金属粉末に、成分(a)、(b)、(c)、(d)及び(e)からなる有機バインダをバッチタイプもしくは連続タイプの混練機を用いて混練し、これを数ミリの大きさに粉砕し、射出成形を行い、脱脂炉により添加した有機バインダを除去し、脱脂後の成形体は焼結炉を用いて焼結を行い、必要があれば後加工を行い、製品を得る。成形体を焼結する際に、50℃から600℃の間における圧力を0.1〜500torrとすることにより、添加された有機化合物(d)が成形体表面ににじみ出し、気化する。圧力が0.1torr未満の場合には、有機化合物(d)が成形体表面ににじみ出す前に気化が生じ、成形体に割れ、膨れが生じる。また、圧力が500torrを越える場合には、有機化合物(d)のにじみ出しが生じにくく、有機化合物(d)の成形体からの除去が不十分であるために、ポリ乳酸(a)、ポリオキシメチレン(b)、ポリプロピレン(c)及び熱可塑性樹脂(e)の熱分解時に成形体に割れ、膨れが生じる。
【0018】
本発明に用いられる金属粉末はステンレス、鉄系材料、チタン、銅、ニッケル等の粉末が挙げられる。本発明に用いられる金属粉末の平均粒径は1〜30μmが好ましい。粉末の粒径が1μm未満になると、成形に必要なバインダ量が多くなるために脱脂時に変形及び割れ、膨れ等の欠陥が生じやすい。また、粉末平均粒径が30μmを超えると、成形時に粉末とバインダが分離しやすく、また、焼結後の密度が低くなり、得られた焼結体の強度も低下する。ここで、平均粒径とは、レーザー回折・散乱法を使用した粒度分布測定装置を用いて、測定した重量累積50%の平均径を意味する。粒度分布測定装置としては、島津製作所製 SALD−2000型を用いることができる。
【0019】
本発明の上記組成物を射出成形し、得られた成形体を脱脂炉に入れ、処理温度50〜600℃の間において添加した有機バインダを除去する。脱脂後の成形体は900〜1500℃において焼結することにより、変形・膨れ及び割れ等の欠陥がなく、バインダからの残留カーボンが非常に少ない焼結体を短時間に得ることができる。この場合、焼結温度が900℃以下になると焼結体が十分に緻密化しない。また、最高温度が1500℃を越えると、成形体が溶融する恐れがあるため、注意しなければならない。
また添加した有機バインダを加熱処理する機能を具備する焼結炉を用いると脱脂炉と焼結炉を分けることなく同一炉内で焼結体を得ることが出来る。別途、プッシャー式、ウォーキングビーム式のような成形体が自動で炉内を搬送される脱脂炉、焼結炉を用いることで、連続的に成形体の脱脂、焼成が出来る。
【0020】
以下、実施例及び比較例により本発明をさらに説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0021】
[実施例1]
加圧ニーダー中に、まず、ポリ乳酸、ポリオキシメチレンとポリプロピレンを投入し、180℃で溶融させた後、SUS316L粉末(平均粒径:10μm)、パラフィンワックス(融点63℃)、ポリプロピレンワックス及びグリシジルメタクリレートを投入して40分間混練し、取り出した後混練物を粉砕し、成形用組成物を得た。次に、成形温度150℃の条件で射出し、厚さ3mm、幅10mm、長さ60mmの成形体を得た。
成形用組成物
SUS316L粉末 100重量部(58体積%)
全バインダ量 7.8重量部(42体積%)
バインダ組成
(a)ポリ乳酸 15.0vol%
(b)ポリオキシメチレン 10.0vol%
(ビカット軟化点157℃)
(c)ポリプロピレン 15.0vol%
(ビカット軟化点137℃)
(d)パラフィンワックス 40.0vol%
(150℃で粘度100mPa・s以下)
(d)ポリプロピレンワックス 10.0vol%
(150℃で粘度100mPa・s以下)
(e)グリシジルメタクリレート 10.0vol%
(ビカット軟化点100℃以下)
【0022】
[実施例2]
加圧ニーダー中に、まず、ポリ乳酸、ポリオキシメチレンとポリプロピレンを投入し、180℃で溶融させた後、SUS304粉末(平均粒径:12μm)、パラフィンワックス(融点46℃)、カルナバワックス及びポリブチルメタクリレートを投入して40分間混練し、取り出した後混練物を粉砕し、成形用組成物を得た。次に、成形温度170℃の条件で射出し、厚さ3mm、幅10mm、長さ60mmの成形体を得た。
成形用組成物
SUS304粉末 100重量部(60体積%)
全バインダ量 7.8重量部(40体積%)
バインダ組成
(a)ポリ乳酸 15.0vol%
(b)ポリオキシメチレン 15.0vol%
(ビカット軟化点157℃)
(c)ポリプロピレン 10.0vol%
(ビカット軟化点137℃)
(d)パラフィンワックス 40.0vol%
(150℃で粘度100mPa・s以下)
(d)カルナバワックス 10.0vol%
(150℃で粘度100mPa・s以下)
(e)ポリブチルメタクリレート 10.0vol%
(ビカット軟化点80℃以下)
【0023】
[実施例3]
加圧ニーダー中に、まず、ポリ乳酸、ポリオキシメチレンとポリプロピレンを180℃で投入し、溶融させた後、鉄−ニッケル8%粉末(平均粒径:8μm)、グリシジルメタクリレート、パラフィンワックス(融点63℃)、及びカルナバワックスを投入して40分間混練し、取り出した後混練物を粉砕し、成形用組成物を得た。次に、成形温度160℃の条件で射出し、厚さ3mm、幅10mm、長さ60mmの成形体を得た。
成形体組成物
鉄−ニッケル8%粉末 100重量部(55体積%)
全バインダ量 7.0重量部(45体積%)
バインダ組成
(a)ポリ乳酸 15.0vol%
(b)ポリオキシメチレン 15.0vol%
(ビカット軟化点157℃)
(c)ポリプロピレン 15.0vol%
(ビカット軟化点137℃)
(d)パラフィンワックス 40.0vol%
(150℃で粘度100mPa・s以下)
(d)カルナバワックス 5.0vol%
(150℃で粘度100mPa・s以下)
(e)グリシジルメタクリレート 10.0vol%
(ビカット軟化点100℃以下)
【0024】
[比較例1]
実施例1〜3と同様に加圧ニーダーを用い、まず、熱可塑性樹脂であるエチレン−酢酸ビニル共重合体、ポリスチレン及びポリブチルメタクリレートをそのニーダー中に投入して180℃で溶融させた後、SUS316L粉末(平均粒径:10μm)、及びパラフィンワックス(融点46℃)を投入し、40分間混練し、取り出した後混練物を粉砕し、成形用組成物を得た。次に、成形温度140℃の条件で射出し、厚さ3mm、幅10mm、長さ60mmの成形体を得た。
成形用組成物
SUS316L粉末 100重量部(58体積%)
全バインダ量 7.8重量部(42体積%)
バインダ組成
エチレン−酢酸ビニル共重合体 20.0vol%
(ビカット軟化点57℃)
ポリスチレン 15.0vol%
(ビカット軟化点120℃)
ポリブチルメタクリレート 15.0vol%
(ビカット軟化点80℃以下)
パラフィンワックス 50.0vol%
(150℃で粘度100mPa・s以下)
【0025】
[比較例2]
加圧ニーダー中に、まず、熱可塑性樹脂であるエチレン−酢酸ビニル共重合体及び高密度ポリエチレンを投入し、180℃で溶融させた後、SUS316L粉末(平均粒径:10μm)、及びパラフィンワックス(融点46℃)を投入し、40分間混練し、取り出した後混練物を粉砕し、成形用組成物を得た。次に、成形温度140℃の条件で射出し、厚さ3mm、幅10mm、長さ60mmの成形体を得た。
成形用組成物
SUS316L粉末 100重量部(58体積%)
全バインダ量 7.8重量部(42体積%)
バインダ組成
エチレン−酢酸ビニル共重合体 25.0vol%
(ビカット軟化点57℃)
高密度ポリエチレン 25.0vol%
パラフィンワックス 50.0vol%
(150℃で粘度100mPa・s以下)
【0026】
実施例1〜3及び比較例1〜2より得られた射出成形体を脱脂炉内に設置し、50℃から260℃までを昇温速度30℃/hr、窒素雰囲気下5torrの圧力で昇温加熱し、260℃から500℃までを昇温速度50℃/hrで最高温度500℃で2時間保持し炉冷した(脱脂加熱時間:合計13.8時間)。脱脂を終えた成形体はアルゴン雰囲気下で室温から(50〜400)℃/hrで徐々に加速昇温し、最高温度1350℃で2時間保持し、焼結を行った。実施例1〜3においては焼結体に膨れ、クラックのない健全な焼結密度95%以上の焼結体が得られた。しかしながら、比較例1,2においては脱脂時に成形体内部に膨れ、クラックが生じた。
【0027】
[実施例4]
さらに、有機バインダ成分を種々変更して実験を行った。用いた有機バインダの組成を表1に、射出成形用組成物の組成と結果を表2に示す。なお、混練の条件、脱脂の条件並びに焼結の条件は実施例1〜3に準じて行った。成形体の肉厚については3mmで行った。
【0028】
【表1】

【0029】
【表2】

【0030】
(d)成分の一部を粘度の高い材料(d’)に置き変えた場合(試料4および5)には脱脂がスムーズに行われず、脱脂時にクラックが発生した。また、(e)成分をビカット軟化点が高い材料(e’)に変えた場合(試料6および7)には、成形時にクラック・気泡等の内部欠陥が生じた。実施例1〜4の結果およびその他の試作の結果から、(d)の有機化合物として、150℃における粘度が200mPa・s以下である有機化合物、(e)の熱可塑性樹脂としてビカット軟化点が130℃以下である熱可塑性樹脂を用いた場合に、成形・脱脂を欠陥無く安定して行えることが分かった。
【0031】
150℃における粘度が200mPa・s以下である有機化合物としては、本実施例で用いたパラフィンワックス、ステアリン酸の他にも、脂肪酸エステル、脂肪酸アミド、フタル酸エステル、ポリエチレンワックス、ポリプロピレンワックス、カルナバワックス、モンタン系ワックス、ウレタン化ワックス、無水マレイン酸変性ワックスが挙げられ、これらを用いた場合も良好な結果が得られた。なお、粘度はJIS K7199「プラスチックの流れ特性試験方法」で測定した。
【0032】
ビカット軟化点が130℃以下である熱可塑性樹脂としては、本実施例で用いたエチレングリシジルメタクリレート共重合体、ポリビニルブチラール樹脂、アモルファスポリオレフィン、ポリブチルメタクリレート樹脂の他にも、ポリエチレン、エチレン酢酸ビニル共重合体、グリシジルメタクリレート樹脂、メチルメタクリレート樹脂、エチルメタクリレート樹脂、エチレン・アクリル酸・無水マレイン酸共重合体、無水マレイン酸グラフトポリオレフィン樹脂、エチレン・ビニルアセテート・無水マレイン酸共重合体、エチレン・エチルアクリレート共重合体が挙げられ、これらを用いた場合も良好な結果が得られた。なお、ビカット軟化点は、JISK 7206に準じて測定した。
【0033】
[実施例5]
さらに、有機バインダ成分および成形用組成物中の有機バインダの含有量を変えて実験を行った。用いた有機バインダの組成を表3に、射出成形用組成物の組成と結果を表4に示す。金属粉末としては、SUS316LおよびSUS630を用いた。
なお、混練の条件、脱脂の条件並びに焼結の条件は実施例1〜3に準じて行った。成形体の肉厚については3mm、7mm、10mmに変えて成形体を作成した。幅は10mm、長さは60mmに固定して成形体を作成した。脱脂条件は以下の通りで行った。
肉厚3mm:50℃から260℃までを昇温速度30℃/hr、窒素雰囲気下5torrの圧力で昇温加熱し、260℃から500℃までを昇温速度50℃/hrで昇温加熱し、最高温度500℃で2時間保持し炉冷した(脱脂加熱時間:合計13.8時間)
肉厚7mm:50℃から260℃までを昇温速度25℃/hr、窒素雰囲気下5torrの圧力で昇温加熱し、260℃から500℃までを昇温速度40℃/hrで昇温加熱し、最高温度500℃で2時間保持し炉冷した(脱脂加熱時間:合計16.4時間)
肉厚10mm:50℃から260℃までを昇温速度20℃/hr、窒素雰囲気下5torrの圧力で昇温加熱し、260℃から500℃までを昇温速度35℃/hrで昇温加熱し、最高温度500℃で2時間保持し炉冷した(脱脂加熱時間:合計19.4時間)
【0034】
【表3】

【0035】
【表4】

【0036】
表4に示すとおり、ポリ乳酸樹脂(a)を含まないバインダ(エ)においては肉厚3mmの成形体(試料4)では脱脂・焼結時に内部欠陥は生じないが、成形体の肉厚を7mm以上にすると(試料14および試料17)、脱脂時に内部クラックが発生した。また、ポリオキシメチレン(b)を含まないバインダ(オ)及びポリプロピレン(c)を含まないバインダ(カ)においては、成形体の肉厚が3mmの場合にも脱脂時に内部にクラックが発生した。また、成形材料中に占める有機バインダの割合は30体積%〜60体積%が好適であった。
【0037】
[実施例6]
さらに、有機バインダにおける(a)〜(e)の好適な割合を検討した。成形用組成物における金属粉末としてはSUS316L(平均粒径10μm)を用い、成形用組成物中の金属粉末と有機バインダの割合はそれぞれ58体積%、42体積%とし、実施例1に準じて焼結体を作成した(ただし、脱脂工程時の条件は適宜変更した)。用いた有機バインダの組成および結果を表5に示す。本実施例の結果から、肉厚の厚い成形体を製造する場合は、有機バインダの各成分(a)〜(e)の体積比率を、a:5〜30vol%、b:5〜30vol%、c:5〜30vol%、d:30〜70vol%、及びe:5〜30vol%の範囲とすることが好ましいことが分かった。
【0038】
【表5】

【0039】
[実施例7]
さらに、ポリ乳酸樹脂の配合率を種々変化させた有機バインダを作製し、ポリ乳酸(a)の好ましい添加量を検討した。成形用組成物における金属粉末としてはSUS316L(平均粒径10μm)を用い、成形用組成物中の金属粉末と有機バインダの割合はそれぞれ58体積%、42体積%とし、実施例1に準じて焼結体を作成した。ポリ乳酸樹脂以外の有機バインダ成分(b)〜(e)としては、特開平11−343503号(特許文献1)の実施例1に記載された有機バインダ[ポリオキシメチレン 10vol%、ポリプロピレン 20vol%、パラフィンワックス 40vol%、ポリプロピレンワックス 10vol%、ポリビニルブチラール 20vol%の割合で配合したもの]を用いた。肉厚3mm,5mm,7mm,10mm,15mmの成形体を作製し、健全な脱脂体が得られるかを調べた。脱脂条件は以下の通りで行った。
肉厚3mmおよび5mm:50℃から260℃までを昇温速度30℃/hr、窒素雰囲気下5torrの圧力で昇温加熱し、260℃から500℃までを昇温速度50℃/hrで昇温加熱し、最高温度500℃で2時間保持し炉冷した(脱脂加熱時間:合計13.8時間)
肉厚7mm:50℃から260℃までを昇温速度25℃/hr、窒素雰囲気下5torrの圧力で昇温加熱し、260℃から500℃までを昇温速度40℃/hrで昇温加熱し、最高温度500℃で2時間保持し炉冷した(脱脂加熱時間:合計16.4時間)
肉厚10mm:50℃から260℃までを昇温速度20℃/hr、窒素雰囲気下5torrの圧力で昇温加熱し、260℃から500℃までを昇温速度35℃/hrで昇温加熱し、最高温度500℃で2時間保持し炉冷した(脱脂加熱時間:合計19.4時間)
肉厚15mm:50℃から260℃までを昇温速度15℃/hr、窒素雰囲気下5torrの圧力で昇温加熱し、260℃から500℃までを昇温速度30℃/hrで昇温加熱し、最高温度500℃で2時間保持し炉冷した(脱脂加熱時間:合計24.0時間)
【0040】
有機バインダの組成と結果を表6に示す。表6に示すとおり、特許文献1の実施例1に開示された有機バインダ(試料1:ポリ乳酸なし)を用いた場合は、成形体の肉厚が5mm以上の場合、健全な脱脂体を得ることはできなかったが、本発明にかかる有機バインダを用いた場合、より肉厚の成形体であっても、健全な脱脂体を得ることができた。特にポリ乳酸の含有量が12.5〜22.5vol%の場合、肉厚10mmの成形体でも欠陥のない脱脂体を得ることができ、ポリ乳酸の含有量が15〜20vol%の場合、肉厚15mmの成形体でも欠陥のない脱脂体を得ることができた。
【0041】
【表6】

【0042】
なお、上記脱脂加熱条件では、肉厚7mmの成形体を健全に脱脂することができなかった試料3および試料13(ポリ乳酸含有量5%および30%の試料)についても、脱脂加熱条件を変更すれば、肉厚7mmの成形体を健全に脱脂できることが確認されたため、次の実施例において、同じ肉厚の成形体を脱脂するための条件を検討した。
【0043】
[実施例8]
実施例7と同様にしてポリ乳酸樹脂の配合率を種々変化させた有機バインダを作製し、肉厚7mm、10mmの成形体を内部欠陥無く脱脂するための昇温速度・脱脂時間を検討した。昇温速度・脱脂時間以外の条件は、実施例7に準じて行った。結果を表7に示す。
【0044】
【表7】

【0045】
表7に示すとおり、試料1(ポリ乳酸なし)では、肉厚が7mmの場合、平均昇温速度11℃/hr:脱脂加熱時間を43時間としなければならならず、非常に長時間を要した。また、昇温速度・脱脂時間を調節しても、肉厚7mmを超える成形体については健全な脱脂体を得ることができなかった。これに対し、ポリ乳酸を含む場合は、より短い脱脂時間で肉厚7mm、10mmの成形体を内部欠陥なく脱脂することができた。また、ポリ乳酸の含有量が10〜25体積%の場合、昇温速度・脱脂時間を調節することにより、より肉厚の大きな成形体(肉厚12mm〜15mm程度)でも内部欠陥の無い脱脂体を得ることができた。
【0046】
[比較例3]
ポリ乳酸の代わりに他の物質を用いて有機バインダを調製し、実施例7と同じ条件で実験を行った。結果を表8に示す。表8に示すとおり、健全な脱脂体を得ることを目的として、ポリ乳酸以外に様々な物質を試したが、ポリ乳酸以外では、肉厚5mm以上の成形体について、健全な脱脂体を得ることはできなかった。
【0047】
【表8】

【0048】
[比較例4]
特開平7−90314号および特開2004−232055号に、金属粉末射出成形用のバインダ材料としてポリ乳酸を用いたものが開示されているため、これらについても試作を行った。
特開平7−90314号にはポリ乳酸に対して他に使用される樹脂、ワックス等の明示は無く、実施例からポリエチレン、パラフィンワックスが併せて使用されており、この文献に記載のバインダ系で試験片(35×35×3mm)を作成したところ、脱脂時間が毎時20℃以上の昇温速度では変形及び膨れを生じた。
また、特開2004−232055号ではポリ乳酸にポリオキシメチレンを添加したバインダ系を使用しているが、この場合には成形体は非常に硬くなるものの、ワックス等の低分子化合物を添加していないためにバインダ添加量が55vol%以上となり、上記と同様試験片(35×35×3mm)を作成したところ、脱脂時間を毎時20℃以上の昇温速度で行ったところ、成形体にクラックを生じた。このため、昇温速度を速くするといずれの系においても、脱脂工程において変形や膨れが生じやすいと言う問題があった。
一方、ポリオキシメチレンをバインダとして用いたものが特開平4−247802号および特開平5−98306号に開示されているため、これらについても試作を行った。上記文献に記載された有機バインダは、ポリオキシメチレンが持つ、靱性の高さと軟化点の高さ及び、解重合型ポリマーである事により、加熱による脱脂後に残渣が残らず、加熱脱脂を短時間で終えることが出来るとされている。これらの文献では使用するポリオキシメチレンの量が50vol%以上と非常に多いために、金属粉末とこれら有機バインダを混合した成形材料の粘度は非常に高くなるため、金型温度を100℃以上にする必要があり、成形体の冷却までに時間がかかる。また、脱脂の際には硝酸、蟻酸といった強酸性ガス雰囲気下で脱脂処理をおこなうため、分解時に発生するガスも低濃度で爆発する危険があり、成形体を大量にこれら酸性ガス雰囲気下で脱脂処理するには安全面、環境面での問題があった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
焼結可能な金属粉末と、有機バインダとからなり、前記有機バインダを構成する成分が、(a)ポリ乳酸、(b)ポリオキシメチレン、(c)ポリプロピレン、(d)150℃における粘度が200mPa・s以下である有機化合物、及び、(e)ビカット軟化点が130℃以下である熱可塑性樹脂から成ることを特徴とする金属粉末の射出成形用組成物。
【請求項2】
前記成分(a)、(b)、(c)、(d)及び(e)からなる有機バインダを30〜60vol%含むとともに、この有機バインダの組成比がa:5〜30vol%、b:5〜30vol%、c:5〜30vol%、d:30〜70vol%、及びe:5〜30vol%であることを特徴とする請求項1記載の射出成形用組成物。
【請求項3】
前記成分(d)の有機化合物が、脂肪酸エステル、脂肪酸アミド、フタル酸エステル、マイクロクリスタリンワックス、パラフィンワックス、ポリエチレンワックス、ポリプロピレンワックス、カルナバワックス、モンタン系ワックス、ウレタン化ワックス、無水マレイン酸変性ワックス、ステアリン酸及びポリグリコール系化合物からなる群から選ばれる一種以上の物質からなることを特徴とする請求項1または2記載の射出成形用組成物。
【請求項4】
前記成分(e)の熱可塑性樹脂が、ポリエチレン、アモルファスポリオレフィン、エチレン酢酸ビニル共重合体、ポリビニルブチラール樹脂、グリシジルメタクリレート樹脂、メチルメタクリレート樹脂、エチルメタクリレート樹脂、ブチルメタクリレート樹脂、エチレングリシジルメタクリレート共重合体、エチレン・アクリル酸・無水マレイン酸共重合体、無水マレイン酸グラフトポリオレフィン樹脂、エチレン・ビニルアセテート・無水マレイン酸共重合体及びエチレン・エチルアクリレート共重合体からなる群から選ばれる一種以上の物質からなることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の射出成形用組成物。

【公開番号】特開2012−21172(P2012−21172A)
【公開日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−62670(P2009−62670)
【出願日】平成21年3月16日(2009.3.16)
【特許番号】特許第4317916号(P4317916)
【特許公報発行日】平成21年8月19日(2009.8.19)
【出願人】(398041030)株式会社テクネス (10)
【Fターム(参考)】