説明

小型球形ウイルスの遺伝子型同定方法

【課題】小型球形ウイルスの遺伝子型同定方法を提供する。
【解決手段】小型球形ウイルス(SRSV)ゲノムのORF2領域の5’末端側の特定の領域の塩基配列に基づいて分子系統解析を行うことにより、SRSVの遺伝子型を同定する。特定の領域の塩基配列は、試料から得られるRNAから逆転写酵素によりcDNAを合成し、これを鋳型として用いてPCRを行い、PCRによって生成する増幅産物の配列決定を行うことにより得ることができる。前記PCRで用いられるプライマーは、SRSVゲノムの特定の領域において保存されている塩基配列に基づいて設定することが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、小型球形ウイルスの検出方法及び遺伝子型同定法に関する。
【背景技術】
【0002】
小型球形ウイルス(small round structured virus; SRSV)は非細菌性の下痢症や急性胃腸炎の患者から検出されている(非特許文献1; 非特許文献2)。このウイルスは約7,500 bpのプラス一本鎖のRNAウイルスであり、その電子顕微鏡像は直径35〜40 nmである(非特許文献3; 非特許文献4)。プロトタイプはノーウォークウイルスで、1968年に米国オハイオ州ではじめて分離され、1972年に免疫電顕下でその形態が明らかになった(非特許文献5)。したがって、形態学的にノーウォークウイルスに似ているが、抗原的に異なるSRSVはノーウォーク様ウイルスと総称されている。SRSVの遺伝子構造については、5'末端から非構造タンパク質、構造タンパク質、機能不明タンパク質をそれぞれコードするORF1(5.4 kb)、ORF2(1.6 kb)、ORF3(0.6 kb)が同定されている(非特許文献3; 非特許文献4)。SRSVは、ゲノグループI(ノーウォーク様(Norwalk-like))、ゲノグループII(スノーマウンテン様(Snow mountain-like))、クラシカルヒトカリシウイルス(classical human calicivirus)(サッポロ様(Sapporo-like))の3種のグループに分類される。
【0003】
日本において1990年から5年間で908件の非細菌性胃腸炎集団発生事例があり、360件で原因ウイルスが同定され、うち330件がSRSV陽性であったことが報告されている。また、1997年1月から11月までに非細菌性胃腸炎集団発生事例で198件の報告があり、不明43件を除く152件が食品媒介とされ、うち71件からSRSVが検出されている(非特許文献6)。
【0004】
現在、SRSVの検出には、主として、発症した患者糞便を試料として酵素抗体法あるいは免疫顕微鏡による検出方法が行われている。酵素抗体法は、SRSVの多様な血清型に対応するだけの抗体が必要であり、今後血清型の増加が予測されることから検査としての実用性は低いと考えられる。また、電子顕微鏡による検出は実施できる施設が限られることや大量処理への対応が難しいことがあり、実用性は低いと考えられる。
【0005】
また、SRSVは食品を媒介してヒトに非細菌性の下痢症や胃腸炎を広域に集団で引き起こす危険性があることから、その予防として感染前に原因となり得る食品から微量のウイルスを迅速にかつ高率に検出できる方法を確立する必要性がある。しかしながら、SRSVの感染源が食品の場合、そのウイルス量は糞便に比べごく微量であると考えられることから、糞便を試料とする検出方法と同様の方法ではSRSVが検出されない可能性が考えられる。
【0006】
最近、試料中のウイルス量が微量でも測定可能な方法として、目的とする遺伝子断片を増幅させて検出するPCR(polymerase chain reaction)法に基づく検出がSRSVについても報告されている。その増幅プライマーは主にORF1(open reading frame 1)に存在するRdRp(RNA-dependent RNA polymerase)領域の一部を増幅させる設定となっている(非特許文献7; 非特許文献8; 非特許文献9; 非特許文献10; 非特許文献11)。
【0007】
また、現在、SRSVについては培養細胞あるいは実験動物を用いての分離増殖法は全くなく、ヒトからのウイルスの同定方法としては、患者糞便を試料とした酵素抗体法、電子顕微鏡法あるいはウェスタンブロットを用いた方法が主に行われている(非特許文献12; 非特許文献13; 非特許文献14; 非特許文献15; 非特許文献16)。しかし、抗
体を用いる方法は、SRSVの多様な血清型に対応するだけの抗体が必要であり、また、電子顕微鏡による方法は実施できる施設が限られ、大量処理への対応が難しいなどの問題がある。
【非特許文献1】J. Clin. Microbiol. 32: 642-648(1994)
【非特許文献2】J. Clin. Microbiol. 27: 1728-1733 (1989)
【非特許文献3】Science 259: 516-519 (1993)
【非特許文献4】Science 250: 158-1583 (1990)
【非特許文献5】J. Virol. 10: 1075-1081 (1972)
【非特許文献6】Infectous Agents Surveillance Report. 19: 1-6 (1998)
【非特許文献7】J. Clin. Microbiol. 30: 2529-2534 (1992)
【非特許文献8】Arch. Virol. 135: 185-192 (1994)
【非特許文献9】J. Clin. Microbiol. 33: 64-71 (1995)
【非特許文献10】J. Clin. Microbiol. 35: 570-577 (1997)
【非特許文献11】Microbiol. Immunol. 42: 439-446 (1998)
【非特許文献12】J. Med. Virol. 2: 97-108 (1987)
【非特許文献13】J. Med. Virol. 17: 127-133 (1985)
【非特許文献14】J. Clin. Microbiol. 22: 274-278 (1985)
【非特許文献15】J. Clin. Microbiol. 24: 456-459 (1986)
【非特許文献16】J. Clin. Microbiol. 10: 730-736 (1979)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明者らは、すでに報告されているSRSVの塩基配列を比較した結果、ORF1には塩基配列の変異が多く、ORF1の塩基配列に基づく従来のプライマーによるPCR検出法には、偽陰性を与える可能性が高いなどの改善すべき点があることを見い出した。
【0009】
従って、本発明は、上記の様な問題点のないSRSVの検出方法を提供することを目的とする。
【0010】
また、本発明は、SRSVの遺伝子型の迅速かつ簡便な同定法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、ORF1の3’末端を含む領域からORF2の5’末端領域までを含む塩基配列中の、ゲノグループI及びIIのそれぞれにおいて保存されている領域の塩基配列に基づいて設定したプライマー、特に、ゲノグループ毎に検出するための逆転写PCR(RT-PCR)反応用のプライマーを用いてPCRを行うことにより、SRSVを特異的に検出できること、及び、ORF2の5’末端領域の塩基配列に基づいて系統分析を行うことにより、SRSVの遺伝子型を同定できることを見い出し、本発明を完成した。
【0012】
従って、本発明は、試料から得られるRNAから逆転写酵素によりcDNAを合成し、これを鋳型として用いてPCRを行い、PCRによって生成する増幅産物を検出することを含む、小型球形ウイルス(SRSV)の検出方法であって、前記PCRで用いられるプライマーが、SRSVゲノムのオープンリーディングフレーム1(ORF1)領域の3’末端約30bp及びSRSVゲノムのオープンリーディングフレーム2(ORF2)の5’末端約20bpを含む領域において保存されている塩基配列に基づいて設定された第1プライマー、並びに、ORF2の5’末端から数えて塩基番号約292〜約313の領域に保存されている塩基配列に基づいて設定された第2のプライマーであり、第1のプライマー及び第2のプライマーはその間の塩基配列を増幅できるように設定されていることを特徴とするSRSVの検出方法(本発明検出方法)を提供する。
【0013】
本発明検出方法において、好ましくは、cDNAの合成が配列番号1に示す塩基配列を有するプライマーを用いて行われ、かつ、PCRが2段階で行われ、第1段階のPCRに配列番号1に示す塩基配列を有するプライマーと配列番号2に示す塩基配列を有するプライマーとが用いられ、第2段階のPCRに配列番号1に示す塩基配列を有するプライマーと配列番号3に示す塩基配列を有するプライマーとが用いられるか、あるいは、前記cDNAの合成が配列番号4に示す塩基配列を有するプライマーを用いて行われ、かつ、PCRが2段階で行われ、第1段階のPCRに配列番号4に示す塩基配列を有するプライマーと配列番号5に示す塩基配列を有するプライマーとが用いられ、第2段階のPCRに配列番号4に示す塩基配列を有するプライマーと配列番号6に示す塩基配列を有するプライマーとが用いられる。
【0014】
本発明は、また、SRSVゲノムのORF2領域の、5’末端から数えて塩基番号約1〜約300の範囲内から選ばれる、分子系統解析によりSRSVの遺伝子型が同定できる塩基配列に基づいて分子系統解析を行うことにより、SRSVの遺伝子型を同定することを特徴とするSRSVの遺伝子型の同定方法(本発明同定方法)を提供する。
【0015】
本発明同定方法において、好ましくは、分子系統解析の対象となる塩基配列は、試料から得られるRNAから逆転写酵素によりcDNAを合成し、このcDNAを鋳型とし、上記塩基配列を増幅できるように設定されたプライマーを用いてPCRを行い、PCRによって生成する増幅産物の塩基配列を決定することによって得られたものである。さらに、好ましくは、前記cDNAの合成が配列番号1に示す塩基配列を有するプライマーを用いて行われ、かつ、PCRが2段階で行われ、第1段階のPCRに配列番号1に示す塩基配列を有するプライマーと配列番号2に示す塩基配列を有するプライマーとが用いられ、第2段階のPCRに配列番号1に示す塩基配列を有するプライマーと配列番号3に示す塩基配列を有するプライマーとを用いられるか、あるいは、前記cDNAの合成が配列番号4に示す塩基配列を有するプライマーを用いて行われ、かつ、PCRが2段階で行われ、第1段階のPCRに配列番号4に示す塩基配列を有するプライマーと配列番号5に示す塩基配列を有するプライマーとが用いられ、第2段階のPCRに配列番号4に示す塩基配列を有するプライマーと配列番号6に示す塩基配列を有するプライマーとが用いられる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によって、食品中のウイルスなどの微量のウイルスも検出可能である、迅速で高率にSRSVを検出する方法が提供される。また、迅速で簡便なSRSVの遺伝子型の同定方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
<1>本発明検出方法
本発明検出方法は、SRSVを高感度且つ特異的に検出することを可能にする方法、すなわち、試料から得られるRNAから逆転写酵素によりcDNAを合成し、これを鋳型として用いてPCRを行い、PCRによって生成する増幅産物を検出することを含む、SRSVの検出方法であって、前記PCRで用いられるプライマーが、SRSVゲノムのORF1領域の3’末端約30bp及びSRSVゲノムのORF2の5’末端約20bpを含む領域において保存されている塩基配列に基づいて設定された第1プライマー、並びに、ORF2の5’末端から数えて塩基番号約292〜約313の領域に保存されている塩基配列に基づいて設定された第2のプライマーであり、第1のプライマー及び第2のプライマーはその間の塩基配列を増幅できるように設定されていることを特徴とするSRSVの検出方法である。
【0018】
試料は、SRSVを含むか又は含む可能性があるものであれば特に限定されないが、例
としては、臨床材料、これらの臨床材料より分離されたウイルス培養液、及び、カキなどの食品を挙げることができる。これらの試料からのRNAの調製は、抽出等の公知の方法により行うことができる。また、RNAからの逆転写酵素によるcDNAの合成方法も公知である。PCRは、このcDNAを鋳型とし、公知のPCRの方法に従って行うことができる。cDNAの合成には、同一の反応系でcDNAの合成及びその後のPCRによる増幅ができるため、第1のプライマーおよび第2のプライマーのうちRNAに相補的なものを使用することが好ましい。
【0019】
第1のプライマー及び第2のプライマーは、その間の塩基配列を増幅できるように、すなわち、センスプライマーとアンチセンスプライマーとなるように設定される。
【0020】
第1のプライマーは、好ましくは、SRSVゲノムのORF1領域の3’末端約30bp及びSRSVゲノムのORF2の5’末端約20bpを含む領域において保存されている塩基配列に基づいて設定される。第2のプライマーは、好ましくは、ORF2の5’末端から数えて塩基番号約292〜約313の領域に保存されている塩基配列に基づいて設定される。
【0021】
上記特定の領域中の保存されている塩基配列の選択およびプライマーの設定は、既知のSRSVのゲノムの塩基配列を参考にして当業者に公知の方法で行えばよい。保存されている塩基配列の選択及びプライマーの設定は、コンピューター検索に基づいて行うことでより効率的となる。
【0022】
プライマーは、SRSVのゲノグループ毎に特異的に設定してもよい。このようにすると、プライマー中の塩基の変異が少なくなり特異性を高めることができ、また、PCR増幅産物の塩基配列を解読しなくても、PCR増幅産物の検出のみで迅速にゲノグループの判定ができる。
【0023】
プライマーは、センスプライマー及びアンチセンスプライマーの一方又は両方について、複数のプライマーを混合したミックスプライマーとして設定してもよい。プライマー設定部分に塩基の変異が存在する場合には、ミックスプライマーを用いることで検出効率を上げることができる。
【0024】
上記プライマーの好ましい例としては、ゲノグループIの場合には、配列番号1又は3に示す塩基配列を有するプライマー及び配列番号2に示す塩基配列を有するプライマーが挙げられ、ゲノグループIIの場合には、配列番号4又は6に示す塩基配列を有するプライマー及び配列番号5に示す塩基配列を有するプライマーが挙げられる。
【0025】
PCRによる増幅は2段階で行ってもよく、ゲノグループIの場合には、例えば、配列番号1に示す塩基配列を有するプライマー及び配列番号2に示す塩基配列を有するプライマーを用いて第1回目のPCRを行った後、配列番号1に示す塩基配列を有するプライマー及び配列番号3に示す塩基配列を有するプライマーを用いて第2回目のPCRを行ってもよい。また、ゲノグループIIの場合には、例えば、配列番号4に示す塩基配列を有するプライマー及び配列番号5に示す塩基配列を有するプライマーを用いて第1回目のPCRを行った後、配列番号4に示す塩基配列を有するプライマー及び配列番号6に示す塩基配列を有するプライマーを用いて第2回目のPCRを行ってもよい。2段階の増幅を行うことによって、一層特異的に目的の塩基配列を増幅することが可能になる。
【0026】
試料から得られるRNAから逆転写酵素によりcDNAを合成し、このcDNAを鋳型とし、上記プライマーを用いるPCRは、公知の方法に従って行うことができ、逆転写PCR(RT-PCR)により同一反応系でcDNAの取得及びDNAの増幅を行ってもよい。この
場合、PCRで使用するプライマーのうちRNAに相補的なものを逆転写酵素による反応に用いることが好ましく、例えば上記の2段階PCRを採用するのであれば、それぞれ、配列番号1に示すプライマー及び配列番号4に示すプライマーが使用される。
【0027】
増幅産物の検出は、アガロースゲル電気泳動及びエチジウムブロマイド染色などの公知の分析方法で行うことができる。通常には、SRSVゲノムの既知の塩基配列と、用いたプライマーの塩基配列とから予測できる長さの増幅産物を検出する。
【0028】
<2>本発明同定方法
本発明同定方法は、SRSVの遺伝子型を同定するために、SRSVゲノムのORF2領域の、5’末端から数えて塩基番号約1〜約300の範囲内から選ばれる、分子系統解析によりSRSVの遺伝子型が同定できる塩基配列(以下ORF2N末領域の塩基配列ともいう)に基づいて分子系統解析を行うことを特徴とする。
【0029】
ORF2N末領域の塩基配列を得る方法は特に限定されないが、遺伝子型の未同定のSRSVを含む試料からORF2N末領域の塩基配列を得る場合には、以下の方法によることが好ましい。すなわち、試料から得られるRNAから逆転写酵素によりcDNAを合成し、このcDNAを鋳型とし、SRSVゲノムのORF2N末領域の塩基配列を含む塩基配列を増幅できるように設定されたプライマーを用いてPCRを行い、PCRによって生成する増幅産物の塩基配列決定を行う方法である。試料からのRNAの調製、cDNAの調製、及びPCRは、上記本発明検出方法について説明した様にして行うことが可能である。
【0030】
ORF2N末領域の塩基配列を含む塩基配列を増幅できるように設定されたプライマーの好ましい例としては、ゲノグループIについては、配列番号1又は3に示す塩基配列を有するプライマー及び配列番号2に示す塩基配列を有するプライマーが挙げられ、ゲノグループIIについては、配列番号4又は6に示す塩基配列を有するプライマー及び配列番号5に示す塩基配列を有するプライマーが挙げられる。
【0031】
PCRによる増幅は2段階で行ってもよく、ゲノグループIの場合には、例えば、配列番号1に示す塩基配列を有するプライマー及び配列番号2に示す塩基配列を有するプライマーを用いて第1回目のPCRを行った後、配列番号1に示す塩基配列を有するプライマー及び配列番号3に示す塩基配列を有するプライマーを用いて第2回目のPCRを行ってもよい。また、ゲノグループIIの場合には、例えば、配列番号4に示す塩基配列を有するプライマー及び配列番号5に示す塩基配列を有するプライマーを用いて第1回目のPCRを行った後、配列番号4に示す塩基配列を有するプライマー及び配列番号6に示す塩基配列を有するプライマーを用いて第2回目のPCRを行ってもよい。2段階の増幅を行うことによって、一層特異的に目的の塩基配列を増幅することが可能になる。
【0032】
逆転写PCR(RT-PCR)により同一反応系でcDNAの取得及びDNAの増幅を行う場合には、PCRで使用するプライマーのうちRNAに相補的なものを逆転写酵素による反応に用いることが好ましく、例えば上記の2段階PCRを採用するのであれば、それぞれ、配列番号1に示すプライマー及び配列番号4に示すプライマーが使用される。
【0033】
増幅産物の取得は、アガロースゲル電気泳動で分離し、ゲルから切り出して抽出精製するなどの公知の方法で行うことができる。通常には、SRSVゲノムの既知の塩基配列と、用いたプライマーの塩基配列とから予測できる長さの増幅産物を取得する。
【0034】
増幅産物の塩基配列の決定は公知の方法によって行うことができる。決定された塩基配列の内、ORF2N末領域の塩基配列を分子系統解析に用いる。ORF2N末領域の塩基
配列は、分子系統解析において有意な結果が得られる部分であり、分子系統解析の対象とする遺伝子型の範囲などに依存して上記の範囲で変動し得るものであるが、適切な部分を選択することは当業者であれば容易である。例えば、ゲノグループIの分子系統解析の場合には、GenBankにAccession No. M87761で登録されている塩基配列中、塩基番号5400〜5629の230bpの塩基配列及び塩基番号5441〜5627の187bpの塩基配列が挙げられ、ゲノグループIIの場合には、GenBankにAccession No. X86557で登録されている塩基配列中、塩基番号5127〜5342の216bpの塩基配列及び塩基番号5156〜5342の187bpの塩基配列が挙げられる。
【0035】
本発明同定方法において、ORF2N末領域の塩基配列に基づく分子系統解析は、公知の分子系統解析法によって行うことができる。このような方法としては、Higgins法、ならびに、2−パラメーター法を用いたUPGMA法及びN-J法などが挙げられ、また、これらの方法により分子系統解析を行うためのソフトウェアが市販されている(DNASIS(日立ソフトウェアエンジニアリング)、SINCA(富士通)など)。
【0036】
遺伝子型は、分子系統解析においてそれぞれの遺伝子型の標準株と一定値以上のホモロジーを示す、又は、一定値以上の確率で他の遺伝子型のクラスターと区別されるか否かによって決定できる。一定値とは、分子系統解析により得られた系統樹において各遺伝子型に属する株がそれぞれ単一のクラスターを形成するような値であればよい。例えば、ブーツストラップ法において100%の確率で交差することなく単一の遺伝子がたのクラスターを形成するような値である。より具体的には80%という値が挙げられる。
【実施例】
【0037】
次に、実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、下記実施例は本発明について具体的な認識を得る一助としてのみ挙げたものであり、これによって本発明の範囲が何ら限定されるものではない。
【0038】
[実施例1] SRSVの検出
(1)プライマーの設定
プライマーは、すでにヒトから検出されているSRSVのゲノムの塩基配列としてGenBank又はEMBLに登録されている塩基配列(DS395: U04469, NV: M87661, KY-89/89/J: L23829, SOV: L07418, BR: X76716, LD: X86557, CW: U46500, TV: U02030, OTH-25/89/J: L23830, MX: U22498, AL: U46039, SMA: L23831, HW: U07611, MS: X81879, MI1/94/Japan:
AB005259)を用いて設定した。
【0039】
すなわち、ゲノグループIのプライマーについては、DS395、NV、KY-89/89/J及びSOVの塩基配列に基づいて、アンチセンスプライマー(G1/R1)5'CCAACCCARCCATTRTACATTT3'(配列番号1)、第1回PCR(1st PCR)反応用にセンスプライマー(G1/F1)5'CTGCCCGAATTYGTAAATGAT3'(配列番号2)、及び、第2回PCR(2nd PCR)反応用にG1/F1よりも内側のセンスプライマー(G1/F2)5'AATGATGATGGCGTCTAAGGA3'(配列番号3)を合成した。また、ゲノグループIIのプライマーについては、BR、LD、CW、TV、OTH-25/89/J、MX、AL、SMA、HW、MS、MI1/94/Japanの塩基配列に基づいて、アンチセンスプライマー(G2/R1)5'TGCATAACCATTRTACATTCT3'(配列番号4)、1st PCR反応用にセンスプライマー(G2/F1)5'GTGGGAGGGCGATCGCAATCT3'(配列番号5)、及び、2nd PCR反応用にG2/F1より内側のセンスプライマー(G2/F3)5'TTGTGAATGAAGATGGCGTCGA3'(配列番号6)の塩基配列を有するオリゴヌクレオチドを合成した。SRSVの遺伝子構造とプライマーの位置の関係は図1に示す通りである。
【0040】
なお、G1/F1、G1/R1及びG1/F2の塩基配列は、GenBankにAccession No. M87661で登録されている塩基配列において、それぞれ、塩基番号5342〜5362、5671〜5650及び5357〜5377
の塩基配列に相当する。また、G2/F1、G2/R1及びG2/F3の塩基配列は、GenBankにAccession No. X86557で登録されている塩基配列において、それぞれ、塩基番号5047〜5067、5384〜5364及び5079〜5100の塩基配列に相当する。
【0041】
これらのプライマーを用いることで、ゲノグループI(DS395、NV、KY-89/89/J及びSOV)については、M87661の塩基配列中、塩基番号5242〜5671に相当する塩基配列が増幅されるようにプライマーを設定した。ゲノグループII(BR、LD、CW、TV、OTH-25/89/J、MX、AL、SMA、HW、MS、MI1/94/Japan)については、X86557の塩基配列中、塩基番号5047〜5384に相当する塩基配列が増幅される。
【0042】
また、G1/F2及びG2/F3はサザンハイブリダイゼーションを行うためのプローブとして使用するため、DIGラベリングを行った。
【0043】
(2)食品(カキ)からのSRSVの検出
カキは、日本におけるSRSV感染源の一つと考えられているため、試料として選択した。5個のカキ中腸腺を摘出しプールして1検体とした。これと等量のTE(10 mM Tris-HCl, 1 mM EDTA (pH 8.0)、和光純薬)を加え、ストマッカーによりホモジナイジングして50%乳濁液を調製し、これを50 mlチューブに移し、4℃、3500 rpmで35分間遠心した。遠心上清2 mlを50 mlチューブに分注し、8 mlのTEを加え、10%乳濁調製液とし、10 mlのHCFC-141b(ダイキン工業)を加え混合し、4℃、3500 rpmで35分間遠心した。Opti Seal(BECKMAN)に500 μlの30%スクロースを分注し、HCFC-141b処理した調製液4 mlを重層して、4℃、40000 rpmで2時間の超遠心を行い、沈殿物に200μlのTEを分注して沈殿物を溶解した。溶解液500μlを、スマイテスト-R Kit(住友金属工業)と50μlのCHCl3をネジ式キャップの1.5 mlチューブに分注したRNA抽出液に添加し、キットの使用法に準じてRNAを抽出した。カキのホモジェネートをHCFC-141b処理及び30%ショ糖密度勾配を用いた超遠心に付して精製してから、RNA抽出用キット試薬を使用することで、cDNA合成とPCRの阻害物質が除去できる。
【0044】
抽出し、乾固したRNAに、60 μlのRNaseインヒビター(40 U/μl)混合TEを加え溶解後、別々のチューブに溶解液10μlを分注し、100 pmol/μlに調製したG1/R1又はG2/R1を、溶解液10μlを分注したチューブに1μl添加して混合後、100℃で2分間加熱し氷中にて急冷した。これに、10×TaqGold Buffer 2μl、10 mM dNTPs 2μl、200 U/μlのM-MLV由来の逆転写酵素1μl、40 U/μlのRNaseインヒビター1μl及び滅菌蒸留水3μlを加え、37℃で60分間の反応条件でcDNAを合成した。合成したcDNAをゲノグループIについては10×TaqGold Buffer 4.5μl、10 mM dNTPs 0.5μl、100 pmol G1/F1 0.5μl、100 mM G1/R1
0.25μl、5 U/μl TaqGold 0.25μl、滅菌蒸留水39μlを混合したPCR反応液に5μl添加して1st PCRを行った。PCR反応の条件は95℃で15分間加熱し、次いで94℃1分、55℃2分、72℃3分の反応を40回行い、その後72℃で7分間加熱した。また、ゲノグループIIについてはG1/F1をG2/F1に、G1/R1をG2/R1に代えて、同様に行った。
【0045】
ゲノグループIの2nd PCRでは、10×TaqGold Buffer 4.5μl、10 mM dNTPs 1μl、100
pmol/μl G1/F2 0.5μl、100 pmol/μl G1/R1 0.5μl、5 U/μl TaqGold 0.25μl、滅菌蒸留水39μlを混合した反応液に1st PCR産物5μlを添加した。ゲノグループIIについてはG1/F2をG2/F3で、G1/R1をG2/R1に代えて同様に行った。2nd PCRの条件は1st PCRの反応条件であった。
【0046】
検体にSRSVが存在した場合、ゲノグループIの1st PCRでは333 bp、2nd PCRでは318 bpのPCR産物が得られ、ゲノグループIIの1st PCRでは338 bp、2nd PCRでは300 bpのPCR産物が得られる。
【0047】
PCR反応液はゲノグループごとに3%アガロースゲルで電気泳動を行いエチジウムブロマイドで核酸染色し、紫外線によりPCR増幅産物を検出した。
【0048】
本実施例で用いた5個のカキ中腸腺をプールしてこれを1検体としたカキ85検体において全体の35.3%が陽性であった。陽性検体の内訳は、ゲノグループIのみ陽性のものが5検体(5.9%)、ゲノグループIIのみ陽性のものが14検体(16.5%)、ゲノグループI及びIIの両方が陽性のものが11検体(12.9%)であった。
【0049】
2nd PCR産物に陽性を認めたものについて、確認のため、サザンハイブリダイゼーションを行った。すなわち、1st PCR産物を泳動したゲルからPCR産物をメンブランに転写した。55℃でプレハイブリダイゼーションを行い、37℃でハイブリダイゼーションを行った。PCR反応でゲノグループIにはDIGラベルしたG1/F2、ゲノグループIIにはDIGラベルしたG2/F3のプローブを使用した。ハイブリダイゼーション後、37℃の洗浄液(0.1×SSC, 1%SDS)で2回洗浄を行い、その後DIGラベリングキットの説明書に準じて反応を行った。標識プローブとのハイブリダイゼーションを認めた検体をSRSV陽性(G1、G2又はG1G2混合)とした。この結果、陽性検体の全てがサザンハイブリダイゼーションにより確認された。
【0050】
PCR産物の電気泳動によるバンドの確認では、非特異的なバンドはほとんど認められず、目的とするバンドのみ検出された。1st PCR反応後の泳動において、目的バンドが肉眼で確認されない検体でも、2nd PCR反応で目的バンドを確認できるものは全て1st PCR産物のハイブリダイゼーションが陽性であった。
【0051】
従って、SRSVゲノムの特定の領域に保存されている塩基配列に基づいて設定されたプライマーを用いるPCRにより塩基配列を増幅し、増幅産物の有無を調べることによってSRSVを検出できることが確認された。
【0052】
[実施例2] 分子系統解析によるゲノグループ及び遺伝子型の同定
実施例1において、サザンハイブリダイゼーションで陽性を認めた2nd PCR産物は、QIAquick PCRピュリフィケーションキット(QIAGEN)を用いてPCR反応後の未反応のプライマー及びdNTPsを除去し、DNA濃度を5 ng/μlとなるように滅菌蒸留水で調整した。塩基配列の解析は、ゲノグループIについては、センス側にG1/F2、アンチセンス側にG1/R1のPCRプライマーを用い、ゲノグループIIについては、センス側にG2/F3、アンチセンス側にG2/R1のPCRプライマーを用いて、ダイデオキシターミネーターサイクルシークエンスキット(PERKIN ELMER)により、373A DNAオートシーケンサー(PERKIN ELMER)で塩基配列を決定した。
【0053】
SRSV塩基配列については1検体、1つの遺伝子型につき、ゲノグループIはG1/F2の3'末端から23 bpとG1/R1の3'末端から20 bpを除いた230 bpの塩基配列、ゲノグループIIはG2/F3の3'末端から27 bpとG2/R1の3'末端から23 bpを除いた216 bpの塩基配列を決定し、決定領域中に決定不能な塩基や欠損のない塩基配列を分子系統解析に使用した。これらの塩基配列は、ゲノグループIについては、GenBankにAccession No. M87661で登録されている塩基配列中、塩基番号5400〜5629に相当し、ゲノグループIIについては、GenBankにAccession No. X86557で登録されている塩基配列中、塩基番号5127〜5342に相当する。この解析した塩基配列について、すでにヒトから検出されたSRSVの、GenBank又はEMBLに登録されている塩基配列の相当する領域の塩基配列とともに、分子系統解析を行い、ゲノグループ及び遺伝子型の同定を行った。
【0054】
系統樹は、2-パラメーター法を用いたUPGMA法、N-J法(SINCA, FUJITSU)のソフトを用いて作成し、作成された系統樹の確かさについてはBootstrap法(SINCA)を用いて系統的評価
を行った。
【0055】
塩基配列の決定の結果、ゲノグループIでは16検体のうち1検体、ゲノグループIIでは25検体のうち6検体のそれぞれが塩基配列の決定が完全にはできなかった。これらは、解析した塩基配列チャートにおいて二つ以上の塩基の同程度のピークが同じ部位で重なっていた。
【0056】
実施例1で得られた陽性検体から得られた塩基配列と、上記ヒト由来のSRSVの塩基配列とを用いて系統樹を作成した(図2)。図2中、検体由来のものには下線が付してある。この結果、ゲノグループのIとIIは100%の確率で分類された。そして、ブーツストラップ法で分類される確率を80%とした場合、実施例1においてゲノグループIで陽性であった16検体は、ノーウォーク型1検体、サウスアンプトン型4検体、チバ型10検体、及び、型が未定のHjgl1検体に分類された。同様に、ゲノグループIIで陽性であった25検体のうち、解析に用いた19検体は、メキシコ型15検体、47型2検体及びハワイ型2検体に分類された。
【0057】
従って、SRSVゲノムのORF2領域中の5’末端側の特定の領域の塩基配列に基づいて分子系統分析を行うことによってSRSVの遺伝子型が同定できることが確認された。また、ゲノグループに特異的なプライマーを用いてPCRを行うSRSVの検出方法により、ゲノグループ分類も可能であることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】SRSVの遺伝子構造とプライマーの位置の関係を示す。
【図2】分子系統解析の結果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
小型球形ウイルス(SRSV)ゲノムのORF2領域の、5’末端から数えて塩基番号1〜300の範囲内から選ばれる、分子系統解析によりSRSVの遺伝子型が同定できる塩基配列に基づいて分子系統解析を行うことにより、SRSVの遺伝子型を同定することを特徴とするSRSVの遺伝子型の同定方法。
【請求項2】
前記塩基配列が、試料から得られるRNAから逆転写酵素によりcDNAを合成し、このcDNAを鋳型とし、前記塩基配列を増幅できるように設定されたプライマーを用いてPCRを行い、PCRによって生成する増幅産物の塩基配列を決定することによって得られたものであることを特徴とする請求項1記載の同定方法。
【請求項3】
前記cDNAの合成が配列番号1に示す塩基配列を有するプライマーを用いて行われ、かつ、前記PCRが2段階で行われ、第1段階のPCRに配列番号1に示す塩基配列を有するプライマーと配列番号2に示す塩基配列を有するプライマーとを用い、第2段階のPCRに配列番号1に示す塩基配列を有するプライマーと配列番号3に示す塩基配列を有するプライマーとを用いることを特徴とする請求項2記載の同定方法。
【請求項4】
前記cDNAの合成が配列番号4に示す塩基配列を有するプライマーを用いて行われ、かつ、前記PCRが2段階で行われ、第1段階のPCRに配列番号4に示す塩基配列を有するプライマーと配列番号5に示す塩基配列を有するプライマーとを用い、第2段階のPCRに配列番号4に示す塩基配列を有するプライマーと配列番号6に示す塩基配列を有するプライマーとを用いることを特徴とする請求項2記載の同定方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−87439(P2006−87439A)
【公開日】平成18年4月6日(2006.4.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−315019(P2005−315019)
【出願日】平成17年10月28日(2005.10.28)
【分割の表示】特願平11−113454の分割
【原出願日】平成11年4月21日(1999.4.21)
【出願人】(591122956)株式会社三菱化学ビーシーエル (45)
【Fターム(参考)】