説明

常温溶射被膜の封孔処理剤及び常温溶射被膜の封孔処理方法

【課題】送電鉄塔など停電時間に制約があり、溶射から封孔処理、上塗り塗装までの施工を短時間で仕上げることが求められる鋼構造物への適用を可能にした防食工法を可能とする封孔処理剤を提供する。この封孔処理剤は、防食性能を長期間維持でき、かつ各種上塗り塗装ができることで景観を向上させることも可能である。
【解決手段】芳香族オリゴマー、エポキシポリオール樹脂、イソシアネート樹脂、顔料及び有機溶剤を含み、エポキシポリオール樹脂とイソシアネート樹脂の合計100重量部に対し、芳香族オリゴマーを10〜100重量部と、顔料を1〜100重量部を含有することを特徴とする常温溶射被膜の封孔処理剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属常温溶射被膜を封孔処理するための処理剤、およびその封孔処理剤を用いることで溶射から封孔処理、上塗り塗装までの防食被覆を短期間に仕上げることを可能とした防食工法とその鋼構造物に関する。また、鉄塔用常温溶射被膜の低温速硬化型封孔処理剤に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼構造物に防食被膜を形成する方法として防食溶射がある。防食溶射とは、亜鉛、アルミニウム、及びその合金等の線材を、加熱して溶融させた後に微粒子化したものを被覆対象物表面に衝突させるものである。衝突によりつぶれた粒子は扁平に凝固・堆積して金属被膜が形成される。
【0003】
この溶射金属は、犠牲防食作用により鋼材を腐食から守るために使用されるものであり、鋼材より卑なる金属であることが必要である。このような金属としては、亜鉛や、亜鉛を主成分とするAl、Mg等との合金、アルミニウム、アルミニウムを主成分とするZn、Mg等との合金等が代表なものとして挙げられる。
【0004】
このようにして得られる防食溶射被膜は内部に気孔を多く含んだ被膜である。そのため溶射金属の表面積が広く、その犠牲防食効果も大きいので、溶射施工した直後は、高い防食性を発現するが、溶射被覆の酸化が短期間に進みやいので、防錆効果もそれにともない低下しやすく、また、気泡を通じて水や酸素が鋼面に到達して腐食を発生するので、そのままでは短期間に鋼構造物の腐食が発生しやすい。この空隙は溶射金属の腐食生成物で長期的には均一に埋められるのだが、初期段階では、腐食因子の水、酸素、塩分などが侵入すると溶射被覆が金属面から浮くような劣化現象が生じることがある。
そこで、溶射被覆の防食効果が長期間維持できるようにするために、これらの気孔に封孔処理剤を塗布することで気孔をふさいでいる。しかし、溶射に多く用いられる両性金属は活性が高いため、封孔処理剤を塗布したときに気孔が十分に封孔されていないと界面で反応をおこして水素ガスが発生し、経時で被膜にふくれを生じるという問題点があった。
一方、溶射被覆に色づけを行ったり、超長期の防食を狙う場合、封孔処理剤塗布面の上に上塗り塗料をかけるが、このときの塗料には強溶剤型塗料を使用することが多く、下地の封孔処理剤を溶かして塗り重ね面での密着不良を起こすことがある。さらに、鉄塔などの補修作業では停電時間などの問題もあり限られた時間で作業を行わなければならないので、すぐに上塗りをかけられる速硬化性の封孔処理剤が求められるが、硬化が速すぎると空隙への十分な浸透ができないという問題があった。
【0005】
このような問題を解決する方法として、リン酸を含有するクロムフリーのブチラール樹脂系封孔材料を用いた封孔処理方法が開示されている(特許文献1)。これらは、ふくれを防止するといった観点では一定の効果が認められる。しかしながら、ブチラール樹脂系封孔処理剤においては、自身同士の塗り重ね時の付着性は良好であるものの、揮発乾燥型の材料であるために他樹脂との塗り重ね、とりわけ強溶剤タイプの塗料を上塗りする際の付着性は不十分であるという問題がある。さらに、防食性も不十分である。これは、これらの封孔処理剤に用いられる樹脂の耐水性が悪く、その防食性能はもっぱら防錆顔料に依存するが、その活性が低減すると防食性能も低下してしまうことに起因すると考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平9−125221号公報
【特許文献2】特開2001−302967号公報
【特許文献3】特開2004−300509号公報
【特許文献4】特開2000−336306号公報
【0007】
この問題を解決するには、エポキシ系樹脂、ウレタン系樹脂などの2液反応硬化型の合成樹脂を有機溶剤に溶解させた架橋硬化型の材料を用いると他樹脂との付着性の問題は解決する。これらの封孔処理剤は、短〜中期間の防食性の改善効果が認められるが、塩水噴霧試験1000時間などでは多量の膨れが発生しており、まだ満足できるものではなかった。気孔への含浸が十分でないことが、溶射被膜の浮き上がり現象に起因すると考えられる(特許文献2)。
【0008】
含浸性だけであれば、シンナーを添加すれば粘度を下げることができ、改善できる。しかし、シンナーを入れすぎると塗装作業時の塗布量が得られにくいために、ある程度の塗布量が必要な立ち上がり面ではたれてしまい、十分に気孔を封孔することができないという問題がある。また、シンナーの過剰混入は、樹脂層が脆弱になり腐食原因物質の水や酸素の侵入を抑制する効果が低下してしまう。さらに、過剰のシンナー添加はVOC悪化の問題もあり、極力抑えておくことも望まれている。
【0009】
含浸性の問題を改善すべくカルボキシル基およびアミノ基を含有する樹脂と、1分子中にエポキシ基および加水分解性シリル基を含有する硬化剤からなる封孔剤を低粘度にしたものと、高粘度にしたものとを2回に分けて塗布することで良好な防食性能を得ることを可能にしている工法も開発されている(特許文献3)。しかしながら、この方法では2回にわたって封孔作業を行う必要があり、天候の影響や施工時間がかかるために屋外鋼構造物への適用においては施工面において課題が残っていた。
【0010】
さらに、キシレン樹脂を溶剤で溶解した樹脂で封孔処理する工法もある(特許文献4)。しかし、この方法ではブチラール樹脂の場合と同様に、他樹脂との付着性が不十分なケースがある。また、エポキシ樹脂を加えることも認めているが、低温硬化性などの屋外での施工に関しては、配慮されていない。屋外での施工においては、天候の変化などの影響を受けるために、短時間で天候の影響を受けないレベルまでの性能に達しておくことが必要である。送電鉄塔など停電時間の制約からトータルの施工時間が決まっているような現場では、さらに短時間で下地処理から溶射被覆、封孔処理、上塗り塗装まで仕上げることが求められているので、速硬化の樹脂を使用したうえで十分な含浸性が必要である。
【0011】
ところで、亜鉛めっきなどにより防食を行っている鋼構造物においては、めっきの減耗による防食力の低下を部材の交換で対応することがある。しかしながらこの方法は、施工性とコストの両面に課題を抱えている。この対策の1つとして、金属溶射被覆によりめっきに相当する防食被覆を復活させる方法が検討されている。この方法は、部材交換と比較して大幅にコストを低減させることが出来る利点がある。
【0012】
ここでポイントとなるのは、最適な封孔処理剤の選定である。十分に気孔に浸透する封孔処理剤であるだけでなく、耐水性良好な樹脂を選定することで、本来の溶射被膜の性能を発揮させることが重要である。また、より長期の防食性を発揮させたり、構造物への色づけをおこなうために、上塗り塗料を適用することがしばしばあるが、これらの材料には、トルエン、キシレン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトンなどといった樹脂を溶かしやすい強溶剤を用いた材料が使われることが多い。封孔処理剤が、強溶剤に溶解しやすい非架橋タイプの樹脂である場合、上塗り塗装により封孔処理剤が溶解して層間剥離に到るケースもある。さらに、これらの材料を塗装する前に、封孔処理剤が硬化乾燥していないと、その上を歩行することができないだけでなく、無理をして歩行すると墜落事故に到るケースもある。常温溶射から封孔処理、強溶剤塗料での上塗り塗装まで含めた短期間で仕上げる防食システムを確立するうえで、封孔処理剤の選定は非常に重要なポイントである。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明では、従来の溶射被膜における封孔処理剤の問題を解決することで、送電鉄塔など停電時間に制約があり、溶射から封孔処理、上塗り塗装までの施工を短時間で仕上げることが求められる鋼構造物への適用を可能にした防食工法を提供することにある。この封孔処理剤は、防食性能を長期間維持でき、かつ各種上塗り塗装ができることで景観を向上させることも可能としている。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者等は、上記課題を解決するために、単なるエポキシ樹脂やウレタン樹脂でなく、低温硬化性と耐食性の両者を兼ね備えるエポキシポリオール樹脂を用い、さらにこれに芳香族オリゴマーを併用した封孔処理剤を開発することで気孔への含浸性、耐水密着性を改善し、上記課題を達成できることを見いだした。
【0015】
本発明は、エポキシポリオール樹脂、イソシアネート樹脂、芳香族オリゴマー、顔料及び有機溶剤を含み、エポキシポリオール樹脂とイソシアネート樹脂の合計100重量部に対し、芳香族オリゴマーを10〜100重量部と、顔料を1〜100重量部を含有することを特徴とする常温溶射被膜の封孔処理剤である。
【0016】
上記芳香族オリゴマーとしては、スチレン系オリゴマー、トルエン樹脂、及びキシレン樹脂から選ばれるものが優れる。また、顔料としては、体質顔料、着色顔料及び防錆顔料から選ばれるものが優れる。また、上記封孔処理剤は、これを常温溶射被膜上に塗布後、5℃で3時間後に歩行が可能な程度に乾燥又は硬化が進行するものが優れる。
【0017】
また、本発明は、構造物の表面に形成された常温溶射被膜に対し、上記の封孔処理剤を塗布することにより封孔処理を施すことを特徴とする常温溶射被膜の封孔処理方法、及び
鋼構造物の表面に形成された常温溶射被膜に対し上記の封孔処理剤を塗布することにより封孔処理を施すことを特徴とする封孔処理した鋼構造物である。
【発明の効果】
【0018】
封孔処理剤中に芳香族オリゴマーを加えることで、これまでエポキシ樹脂では不十分であった気孔への含浸性、耐水密着性を改善し、被膜のふくれも抑制することが可能となる。かつ、エポキシポリオール樹脂を使用することで低温硬化性も良好であり、その日のうちに上塗り塗料を塗装することも可能となる。また、架橋重合する塗料であるために他樹脂との付着性も優れる。
【0019】
一般に、塗料にはミネラルスピリットなどのような樹脂の溶解性が低い有機溶剤からなる塗料を弱溶剤塗料と呼んでいる。一方、トルエン、キシレン、ケトン系溶剤などのように溶解性の高い有機溶剤を多く使用している塗料を強溶剤塗料と呼んでいる。弱溶剤塗料は、下地の塗膜を溶かしてチヂミなどの塗膜異常をおこさないことから補修用塗料として多くの現場で使用されているものの、耐溶剤性が低いうえに、溶解性の問題から使用できる樹脂が限定されてしまうために、強溶剤塗料と比較して耐食性において劣っているのが現状である。そのため沿岸地帯、工業地帯など厳しい腐食環境におかれる構造物の防食塗料として用いる場合には強溶剤タイプの塗料を上塗りすることも多い。
溶射被覆は、金属メッキに相当する優れた防食技術であり、この技術が鉄塔などに適用することができるということは非常に有用なことである。封孔処理剤の速硬化性、浸透性、耐水密着性と、上塗り密着性を両立させることにより、短時間での鋼構造物に対する優れた防食処理を可能とする。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明を詳細に説明する。本発明の常温溶射被覆の封孔処理剤は、ブラスト処理を施した金属表面にアルミニウム、亜鉛−アルミニウム、亜鉛−マグネシウム、アルミニウム−マグネシウムなどの金属を常温溶射してなる常温溶射被膜に塗布することにより封孔処理を施すことが出来る。上記常温溶射被膜を形成する方法としては特に限定されず、例えば、燃焼ガスを用いて高温で行うフレーム溶射、電気によって比較的低温で行うアーク溶射およびプラズマ溶射など挙げることが出来るが、溶射被覆から封孔処理、上塗り塗装までを短時間で仕上げるには、低温アーク溶射をおこなうことで常温溶射後、すみやかに封孔処理をおこなうことが望ましい。
【0021】
本発明の方法において使用される被溶射基材は、鉄、銅、ステンレス、アルミニウムをはじめとする金属素材であり、基材と溶射被膜との密着を良くするために、グリッドブラスト処理によってアンカーパターンを付与したものが望ましい。
被溶射基材は、好適には鋼構造物である。特に、鉄塔や橋梁等に使用される鋼構造物であり、これはそれが現在する現場において施工がなされること、工期が限られることから、施工が早く、しかも外観が良好に仕上がることが望まれる。
【0022】
本発明の封孔処理剤は、芳香族オリゴマー、エポキシポリオール樹脂、イソシアネート樹脂、顔料及び有機溶剤を含む。ここで、エポキシポリオール樹脂は封孔処理剤樹脂の主剤として、イソシアネート樹脂は主剤の硬化剤として、芳香族オリゴマーは改質剤として作用すると考えられる。ここで、本発明の封孔処理剤は、樹脂成分と顔料及び有機溶剤を含み、主剤、硬化剤及び芳香族オリゴマーは樹脂成分となる。
【0023】
本発明の封孔処理剤に使用される樹脂としては、下地との密着性、耐食性、低温硬化性を兼備しているエポキシポリオール樹脂を用いる。エポキシポリオール樹脂はビスフェノールAとエピクロルヒドリンを反応して得られるエポキシ樹脂を、イソプロパノールアミンなどのアルカノールアミンで変性して得られるものやADEKA製のアデカレジンEP−6000シリーズなどが挙げられる。エポキシポリオール樹脂は、イソシアネート樹脂と反応して硬化する。このような観点から、主剤はエポキシポリオール樹脂単独であってもよいが、イソシアネート樹脂と反応して硬化する他のポリオール樹脂を使用してもよい。かかる他のポリオール樹脂には、ポリエステルポリオール、ポリエーテルポリオール、アクリルポリオール、キレート変性ポリオール、ひまし油変性ポリオール等もあり、これらから選択された1種又は2種以上を混合して使用してもよい。防食性の観点から、主剤はエポキシポリオール樹脂を主体とすることが好ましく、エポキシポリオール樹脂100重量部に対して他のポリオール樹脂0〜50重量部の含有量であることが望まれる。
【0024】
本発明の封孔処理剤には、初期の常温溶射被膜への含浸性を改善するため、芳香族オリゴマーを配合する。芳香族オリゴマーとしては、数平均分子量300〜6000、好ましくは300〜1500であることがよい。また、不揮発分50重量%以上で、塗料中の他の配合成分と反応しがたいものや、その変性物などが挙げられる。このような芳香族オリゴマーとしては、トルエン樹脂、キシレン樹脂、液状クマロン樹脂、イソプロペニルトルエンの液状低重合物、イソプロペニルトルエンとα−メチルスチレンとの共重合物、スチレンオリゴマー、スチレン化フェノール、フェノール類で変性されたクマロン樹脂などの1種又は2種以上が挙げられ、好ましくは、スチレンオリゴマー、スチレンホルムアルデヒド樹脂、スチレン化フェノール等のスチレン単位を50wt%以上含むスチレン系オリゴマー、トルエン樹脂、及びキシレン樹脂が挙げられる。芳香族系オリゴマーの配合率は、エポキシポリオール樹脂とイソシアネート樹脂の合計100重量部に対し、固形分換算で10〜100重量部、好ましくは10〜50重量部がよい。これが10重量部より少ないと十分な含浸性が得られず、100重量部を超えると硬化性が低下する。なお、樹脂成分として、上記芳香族系オリゴマー、エポキシポリオール樹脂、イソシアネート樹脂以外の樹脂を配合する場合は、上記を満足し、且つ全樹脂成分100重量部に対し、上記芳香族系オリゴマーを固形分換算で10〜100重量部、好ましくは10〜50重量部、より好ましくは10〜30重量部を配合することがよい。
【0025】
硬化剤として用いるイソシアネート樹脂は、イソシアネート基を1分子中に2個以上有する化合物であればよく、汎用型、難黄変型、無黄変型など、幅広く使用できる。まず汎用型としてはトリレンジイソシアネート(以下、TDIと略称する)、TDIの3量化物であるイソシアヌレート、4,4−ジフェニルメタンジイソシアネート(以下、MDIと略称する)、ポリメリックジフェニルメタンジイソシアネート(以下、ポリメリックMDIと略称する)、また、難黄変型としては、キシリレンジアミン(以下、XDIと略称する)等が挙げられる。更に、無黄変型としては、ヘキサメチレンジイソシアネート(以下、HDIと略称する)、イソホロンジイソシアネート(以下、IPDIと略称する)、水添XDIおよび水添MDIなどが挙げられ、更に上記イソシアネート類をトリメチロールプロパン(以下、TMPと略称する)などの多価アルコール、多価フェノール類で変性したアダクト物も用いられる。
【0026】
特に、コストと性能のバランスの点からTDIのTMPアダクト物及びポリメリックMDIが好ましい。イソシアネート樹脂の使用量は、イソシアネート基(NCO基)/ポリオール樹脂のヒドロキシル基(OH基)が0.3〜1.5 の範囲がよく、更に塗膜性能の面から0.3〜1.0 の範囲が好ましい。
【0027】
本発明の封孔処理剤には、上記樹脂成分以外の成分として樹脂を溶解させるための有機溶剤を加える。有機溶剤としては、樹脂成分を安定的に溶解できるものであればとくに問題なく使用することができ、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトンなどのケトン系有機溶剤、酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸ブチルなどのエステル系有機溶剤、トルエン、キシレンなどの炭化水素系溶剤が挙げられるが、アルコール系の溶剤は、イソシアネート樹脂との間で反応するので使用することができない。また、速硬化性の観点からは沸点が50〜150℃の範囲にあるものが好ましい。
【0028】
前記顔料としては、通常塗料に使用されている各種体質顔料、着色顔料、防錆顔料が使用可能である。代表的には体質顔料として炭酸カルシウム、硫酸バリウム、タルク、シリカ、着色顔料として酸化チタン、ベンガラ、黄色酸化鉄、カーボンブラック、防錆顔料としてジンククロメート、ストロンチウムクロメート、リン酸亜鉛、リンモリブデン酸亜鉛、リン酸アルミニウムなどが挙げられるが、クロム、鉛をはじめとする健康に有害性のある重金属を含有する防錆顔料よりも、安全面に配慮したリン酸系の防錆顔料を使用することが好ましい。この防錆顔料は、空隙に含浸した封孔材料の隙間にて、溶射金属が腐食することをおさえるために有効であり、封孔処理剤が空隙に十分に含浸しきれなかった場合のために、加えておくことが好ましい。
【0029】
本発明の封孔処理剤には、その塗装性能等を改良する目的で各種の他の添加剤を配合することができる。前記他の添加剤としては、シランカップリング剤、顔料分散剤、ダレ防止剤(チキソトロピック付与剤)、消泡剤などが代表的なものとしてあげられる。
【0030】
本発明の封孔処理剤は、エポキシポリオール樹脂、イソシアネート樹脂、芳香族オリゴマー、顔料及び有機溶剤を含み、エポキシポリオール樹脂とイソシアネート樹脂の合計100重量部に対し、芳香族オリゴマーを10〜100重量部と、顔料を1〜100重量部を含有する。封孔処理剤中の固形分は20〜60重量%、好ましくは30〜60重量%が適当である。残りの組成は粘度の調整をおこなうために有機溶剤を使用する。なお、樹脂成分として、上記芳香族系オリゴマー、エポキシポリオール樹脂、イソシアネート樹脂以外の樹脂を配合する場合は上記を満足し、且つ全樹脂成分100重量部に対し、顔料を1〜100重量部、好ましくは5〜20重量部を含有することがよい。
【0031】
芳香族オリゴマー樹脂の添加は、溶射被膜への塗れ性が良くなる効果と耐水性が良くなる効果の両面で大きく寄与していると思われる。この添加量は10重量部未満と少ない場合には、浸透性、耐水密着性への効果が小さくなり、100重量部を超える場合にはエポキシポリオール樹脂とイソシアネート樹脂の反応性を阻害してしまい低温速硬化性の効果がなくなってしまう。
【0032】
封孔処理剤は、スプレー、刷毛により塗布することができるが、その固形分塗布量が50〜150g/m2 となるように常温溶射被膜に封孔する。一般に、エポキシ樹脂とアミン樹脂との反応は10℃以下になると著しく遅くなるが、エポキシポリオール樹脂とイソシアネート樹脂の反応は10℃以下でも速やかに反応が行われる。とりわけ5℃以下の低温環境においても最適な樹脂を選定することで、封孔処理剤の塗布後、5℃、3時間後でも塗布面を歩行することが可能となる。なお、エポキシポリオール樹脂、イソシアネート樹脂は、混合するとすぐに反応がおこってしまうので、使用する直前に混合する2液タイプとすることがよい。
本発明はこのようにして金属常温溶射被膜を封孔処理することで、上塗り塗料の種類を問わずに短インターバルで上塗塗料を塗装することが可能である。
【0033】
本発明の封孔処理方法は、鋼構造物の表面に形成された常温溶射被膜に対し、上記封孔処理剤を塗布することにより行われる。また、本発明の封孔処理した鋼構造物は、鋼構造物の表面に形成された常温溶射被膜に対し、上記封孔処理剤を塗布て封孔処理されたものである。この鋼構造物は更に上塗り塗装することができ、上塗り塗装することにより防食性が更に向上するだけでなく、外観も向上し、鉄塔等の自然環境中に存在する鋼構造物と自然環境が作り出す景観を向上させる。
【実施例】
【0034】
以下、本発明を実施例により、さらに詳細に説明する。なお、実施例における「部」及び「%」はとくに断らない限り重量を基準とする。
【0035】
実施例1〜5及び比較例1〜5
主剤と硬化剤からなる2液型の封孔処理剤を製造する。
エポキシ変性ポリオール、芳香族オリゴマー、各種顔料を規定量加えた後に30分間予備分散をおこなう。その後、1〜2mmφのビーズを等容量加えたのちに1時間ビーズ分散をおこなう。顔料が十分に分散されたことを確認した後に、有機溶剤を規定量加えたものを主剤とする。硬化剤には、イソシアネート樹脂を使用し、試験片作成の直前に、前記主剤に規定量の硬化剤を加えることで実施例1〜5、比較例1〜5の封孔処理剤とする。
【0036】
比較例1〜7
主剤と硬化剤からなる2液型の封孔処理剤を製造する。
エポキシ樹脂、芳香族オリゴマー、各種顔料を規定量加えた後に30分間予備分散をおこなう。その後、1〜2mmφのビーズを等容量加えたのちに1時間ビーズ分散をおこなう。顔料が十分に分散されたことを確認した後に、有機溶剤を規定量加えたものを主剤とする。硬化剤には、イソシアネート樹脂、ポリアミド樹脂を使用し、試験片作成の直前に、前記主剤に規定量加えることで比較例1〜7の封孔処理剤とする。なお、比較例6の封孔処理剤は1液型の市販品の封孔処理剤を使用した。
【0037】
各種試験の方法を次に示す。
(1)気孔への含浸性(白さびの発生度):
気孔への封孔処理剤の含浸性評価の目的で溶射被膜からの白さびの発生にて評価を行った。ブラスト処理した70×150×2 mmの鋼板に亜鉛/アルミ合金常温溶射を200μm厚みとなるように行い、これを評価用の試験片とした。この試験片に、実施例1〜4、比較例1〜7の封孔処理剤を2.0gずつ塗布し、1週間養生したものを試験に供した。この試験片にて塩水噴霧試験(JIS K5600)を1500時間実施した。
○: 白さびの発生がわずかである場合(全面積の0〜20% に白さびの発生)
△: 白さびの発生が目立つ場合(全面積の20〜70% に白さびの発生)
×: 白さびの発生が激しい場合(全面積の70〜100% に白さびの発生)
【0038】
(2)低温踏みつけ試験:
70×150×2 mmのブラスト処理した鋼板に亜鉛/アルミ合金常温溶射を200μm厚みとなるように行い、溶射被膜を作成し、この試験片に実施例1〜4、比較例1〜7の封孔処理剤のいずれかを2.0g塗布したあと、5℃×3時間後に塗膜上を滑らずに歩行が可能であり、且つ上塗り塗料により上塗り可能な硬化状態になっている場合を○、なっていない場合を×とした。
【0039】
(3)上塗り適性:
70×150×2 mmのブラスト処理した70×150×2 mmの鋼板に亜鉛/アルミ合金常温溶射を200μm厚みとなるように行い、この溶射被覆材に実施例1〜4、比較例1〜7の封孔処理剤を2.0g塗布したあと、5℃×3時間後に強溶剤型のエポキシ樹脂塗料を3.0gを上塗り塗布した。強溶剤タイプの塗料との上塗り適性は、23℃×1週間養生後に、23℃で1週間の水浸漬をおこない、その後碁盤目試験(5×5=25マス)をおこない評価した。
○:25/25、 △:15〜25、 ×:15以下/25
【0040】
(4)耐水密着性
70×150×2 mmのブラスト処理した70×150×2 mmの鋼板に亜鉛/アルミ合金常温溶射を200μm厚みとなるように行い、この溶射被覆材に実施例1〜4、比較例1〜7の封孔処理剤を2.0g塗布する。23℃×1週間養生後に、塩水噴霧試験を1500時間おこない、その後塗膜にふくれなどの外観以上の有無を観察した。
外観異常なし:○、部分的にふくれの発生がある場合:△、全面にふくれの発生:×
【0041】
使用した材料と配合を表1に示し、評価結果を表2に示す。また、使用した略号を次に示す。
EP−6021: エポキシポリオールEP-6021、アデカポリオール(ADEKA社製、固形分70%、水酸基価120KOHmg/g)
YD−011−75X: エポキシ樹脂 エポトートYD-011-75X(新日鐵化学社製、固形分75%、エポキシ当量(固形分)475)
SHF: 芳香族オリゴマー ニットレジンSHF(日塗化学社製 スチレンオリゴマー、固形分82%)
Y−50: 芳香族オリゴマー ニカノールY-50(フドー化学社製、キシレン樹脂、固形分100%)
PH−30−90T: 芳香族オリゴマー ニットレジンPH-30-90T (日塗化学社製、スチレン化フェノール、固形分90%)
PK−50: タルク PK−50 (富士タルク工業社製、吸油量30ml/100g)
LL−XLO: 黄色酸化鉄 TAROX LL-XLO (チタン工業社製)
ゼオライト: 脱水剤 (東ソー社製、ゼオラムA-4)
K ホワイト#105:防錆顔料 K ホワイト#105(テイカ社製、トリポリリン酸二水素アルミニウム、平均粒子径1.6μm)
コロネートL: イソシアネート樹脂 コロネートL(日本ポリウレタン工業社製、TDIのTMPアダクト物、75%酢酸エチル溶液)
サンマイド: アミン樹脂 サンマイド305-70(エアプロダクツ社製、ポリアミドアミン樹脂、固形分70%、活性水素当量257)
封孔材料A:MSシーラー(大日本塗料社製、1液性のブチラール樹脂系封孔処理剤、固形分23%)
なお、トルエン、キシレン及びMEKは有機溶剤である。
【0042】
また、強溶剤タイプの上塗り塗料として、3000GWT(日塗化学社製、固形分72%、有機溶剤組成トルエン/キシレン/MEK/MIBKの混合物)100重量部を、有機溶剤(MIBK/プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート=1/1)10部で希釈して使用した(10%希釈)。
【0043】
【表1】

【0044】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
芳香族オリゴマー、エポキシポリオール樹脂、イソシアネート樹脂、顔料及び有機溶剤を含み、エポキシポリオール樹脂とイソシアネート樹脂の合計100重量部に対し、芳香族オリゴマーを10〜100重量部と、顔料を1〜100重量部を含有することを特徴とする常温溶射被膜の封孔処理剤。
【請求項2】
芳香族オリゴマーが、スチレン系オリゴマー、トルエン樹脂、及びキシレン樹脂から選ばれる少なくとも1種である請求項1に記載の常温溶射被膜の封孔処理剤。
【請求項3】
顔料が、体質顔料、着色顔料及び防錆顔料から選ばれる少なくとも1種である請求項1に記載の常温溶射被膜の封孔処理剤。
【請求項4】
常温溶射被膜上に請求項1〜3のいずれかに記載の常温溶射被膜の封孔処理剤を塗布後、5℃で3時間後に歩行が可能な常温溶射被膜の封孔処理剤。
【請求項5】
構造物の表面に形成された常温溶射被膜に対し、請求項1〜4のいずれかに記載の常温溶射被膜の封孔処理剤を塗布することにより封孔処理を施すことを特徴とする常温溶射被膜の封孔処理方法。
【請求項6】
鋼構造物の表面に形成された常温溶射被膜に対し、請求項1〜4のいずれかに記載の常温溶射被膜の封孔処理剤を塗布することにより封孔処理を施すことを特徴とする封孔処理した鋼構造物。

【公開番号】特開2012−251197(P2012−251197A)
【公開日】平成24年12月20日(2012.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−124030(P2011−124030)
【出願日】平成23年6月2日(2011.6.2)
【出願人】(507164722)日塗化学株式会社 (4)
【出願人】(000003687)東京電力株式会社 (2,580)
【Fターム(参考)】