説明

底生性微細藻類の培養方法およびこれに利用する培養装置

【課題】 底生性微細藻類であるP.リマを大量かつ高密度で培養する技術を見出し、オカダ酸やその類縁化合物の大量生産を可能とすること。
【解決手段】 底生性微細藻類の培養容器として底の浅い平底容器を用い、当該培養容器と循環可能に設置された吸着剤カラムを通して培養液を浄化しつつ、植物育生蛍光灯を照射することを特徴とする底生性微細藻類の培養方法および上部に植物育生蛍光灯を設置した底の浅い平底容器、培養液貯槽、培養液循環ポンプおよび吸着剤カラムを有し、前記平底容器と培養液貯槽は、前記培養液循環ポンプを介して循環可能に連通し、前記吸着剤カラムと前記培養液貯層も培養液が循環可能に連通されたことを特徴とする底生性微細藻類の培養装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、底生性微細藻類の培養方法に関し、更に詳細には、増殖効率が高く、生産性が非常に優れた底生性微細藻類の培養方法およびこれに利用する培養装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
オカダ酸(okadaic acid,C44H68O13)は、タンパク質脱憐酸化酵素2A型酵素を強力かつ特異的に阻害するので医学・生化学実験で多用されている。また、オカダ酸とその誘導体は世界的に多発する下痢性貝毒の主要成分としても知られ、広く分析の対象とされており、分析標準品としての需要も高い。
【0003】
従来、オカダ酸の供給源は、オカダ酸を蓄積するクロイソカイメン等の海綿動物であった。しかし海綿動物の大量採取は生態系破壊をもたらすために抑制され、供給が縮小したために価格の高騰を招いている。そこで、オカダ酸の代替供給源として、培養可能な底生性微細藻類であり、海産渦鞭毛藻に属するプロロセントラム・リマ(Prorocentrum lima;以下、「P.リマ」という)が注目されている。
【0004】
しかしながら、このP.リマ等の底生性微細藻類は、容器底部に付着生育するので通常の培養容器の大型化では対応できないという問題があった。すなわち、底面積の広い容器では、P.リマを均一に分布生育させることが困難であった。また、通常の培養容器では雑菌の混入防止のために上部を首型に細くして綿栓などで外部と遮断するが、底の広い容器でこのような形状にすることは困難であった。このような培養の非効率性が、底生性微細藻類の利用の障害となっていた。
【0005】
加えて、容器培養での最大細胞密度も、底生性微細藻類として代表的なP.リマでは約6,500細胞/mLと低く、培地容量100L当たり得られるオカダ酸の収量は500μg、ディノフィシストキシンー1(DTX−1)の収量は100μgであり、共に極微量しか得られなかった。
【0006】
このように、従来の底生性微細藻類であるP.リマの培養や、そこから生産されるオカダ酸類の単離量には問題があり、その解決が求められている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記実情に鑑みなされたものであり、底生性微細藻類であるP.リマを大量かつ高密度で培養する技術を見出し、オカダ酸やその類縁化合物の大量生産を可能とすることをその課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、培養容器として浅い平底容器を用い、間欠的に植物生育灯で照射し、更に培養液を吸着剤カラムを通して循環させながらP.リマを培養することにより、従来方法と比べ、P.リマの細胞数が増加すると共に、オカダ酸の収量が増加することを見出した。
【0009】
更に、培養容器を多段形式とし、かつ、培養容器上部の培養液を穏やかに循環させることにより、よりP.リマの細胞数が増加し、オカダ酸の収量も著しく増加することを見出し本発明を完成した。
【0010】
すなわち本発明は、底生性微細藻類の培養容器として底の浅い平底容器を用い、当該平底容器と循環可能に設置された吸着剤カラムを通して培養液を浄化しつつ、植物育生蛍光灯を照射することを特徴とする底生性微細藻類の培養方法である。
【0011】
また本発明は、上部に植物育生蛍光灯を設置した底の浅い平底容器、培養液貯槽、培養液循環ポンプおよび吸着剤カラムを有し、前記平底容器と培養液貯槽は、前記培養液循環ポンプを介して循環可能に連通し、前記吸着剤カラムと前記培養液貯層も培養液が循環可能に連通されたことを特徴とする底生性微細藻類の培養装置である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、P.リマ等の底生性微細藻類を大量かつ高密度で培養することができる。この結果、この培養液から、大量のオカダ酸やその類縁化合物を得ることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の底生性微細藻類の培養方法は、その培養容器として底の浅い平底容器を用い、この培養容器と循環可能に設置された吸着剤カラムを通して培養液を浄化しつつ、植物育生蛍光灯を照射することにより実施される。この底生性微細藻類の培養に用いる培養液としては、天然海水や、人工海水が利用され、必要により栄養塩(ビタミン、金属塩等)等を加えても良い。
【0014】
また、培養容器として利用される底の浅い平底容器(以下、「平底容器」という)としては、培養液を入れた時の表面積が広く、表面が平滑であり、広い開口部を有するものが挙げられ、その深さは12ないし15cm程度のものが好ましい。また、その容量や材質は特に制約はないが、取り扱い性から30L〜60Lのプラスチック容器であることが好ましい。
【0015】
この平底容器は、1つだけ用いても良いが、培養効率を高めるためには、複数個を用いることが好ましく、占用面積を少なくするために、ラック等を利用し平底容器を上下に重ねた立体的な多段培養とすることが好ましい。
【0016】
また、この平底容器に培養液を流通させるに際しては、その流入口および流出口を容器側面の中心より上側に設けることが好ましい。このような位置に流入口および流出口を設けることにより、容器底面で生育する底生性微細藻類を流し出すことなく、培養液を循環、撹拌することができ、栄養分等の補給や、培養液の老廃物の排出が可能となる。なお、平底容器を流れる培養液の量は、10L/分ないし20L/分程度とすることが好ましい。
【0017】
この平底容器に連通して設けられる吸着剤カラムは、主に培養液中に蓄積する培養老廃物を除去する作用を有するものである。このカラムに充填される吸着剤としては、合成樹脂吸着剤、例えば、ダイヤイオンHP−20、逆相系充填剤ODS等が好ましい。この吸着剤カラム処理により浄化された培養液は、ポンプ等を利用して平底容器に戻される。
【0018】
なお、平底容器が立体的に多段に設けられている場合は、吸着剤カラム処理された培養液を、最上段の平底容器に戻し、ここから順次、平底容器中をゆっくりと流れるようにすればよい。
【0019】
本発明の底生性微細藻類の培養に当たっては、植物育生蛍光灯や白色蛍光灯等により光を照射することが必要である。このうち植物育生蛍光灯は、430nmないし660nm程度の波長の光を照射することができるものであり、白色蛍光灯を利用した場合より、底生性微細藻類の増殖性が高い。また、光の照射は、連続的に行うより断続的に行うことが好ましい。例えば、植物育生蛍光灯を利用した場合は、14ないし18時間連続照射(明時間)した後、10ないし6時間照射を止める(暗時間)というサイクルを繰り返すことが好ましい。なお、この光照射は、各平底容器の上部から行う必要があり、汚れの混入や水分の蒸発を抑制するため、各平底容器の開放部(上面)は透明なプラスチック、例えばアクリル樹脂板やガラス等の光透過性カバーで蓋をしておくことが望ましい。
【0020】
次に、図面を挙げ、本発明方法を実施するために好ましく利用できる培養装置の一態様について説明する。
【0021】
図1は、底生性微細藻類の大量培養装置の構成を示す図面である。図中、1は平底容器、2は培養液流入口、3は培養液流出口、4は配管、5は培養液排出口、6は培養液貯槽、7は培養液貯槽出口、8培養液循環用ポンプ、9は培養液浄化装置(吸着剤カラムおよび循環ポンプ)、10は培養液浄化装置循環配管、12は温度調整装置、13は植物育生蛍光灯、14は光透過性蓋を示す。
【0022】
図1の装置は、底生性微細藻類を培養する3つの平底容器1を多段に重ねた構造を有するものである(ラック等は省略)。そして、これらの各平底容器1には、それぞれ、バルブを有する培養液流入口2、培養液流出口3および培養液排出口5が設けられている。これら培養液流入口2および培養液流出口3は、いずれも平底容器1の側面の中央より上に設けられており、これらの管を通って培養液が流入しても、平底容器1の底部で生育する底生性微細藻類が流出等の影響を及ぼさないようになっている。一方、培養液排出口5は、平底容器1の底に接して設置されており、培養途中では、培養液のみを交換可能とするとともに、培養が終了した後に、簡単に底生性微細藻類を採取できるようにしている。
【0023】
上の平底容器の培養液流出口3と下の平底容器の培養液流入口2は、配管4aで順次連通されており、最下段の平底容器1から流出する培養液は、配管4aを通じて培養液貯槽6に入る。この培養液貯槽6の中の培養液の一部はそのまま循環用ポンプ8により、配管4bを通って最上段の平底容器1に送られる。これにより、3つの平底容器1と、培養液貯液の間で、閉鎖循環系が形成される。
【0024】
一方、培養液貯槽6中の一部の培養液は、培養液浄化装置循環配管10aを通って培養液浄化装置9に至る。この培養液浄化装置9は、吸着剤カラムおよび循環ポンプ(共に図示せず)で構成されており、ここで培養液中の老廃物は除去され、再度循環ポンプにより、循環配管10bを通って培養液貯槽6に戻る。
【0025】
各平底容器1の上には、それぞれ植物育生蛍光灯13が設けられており、底生性微細藻類の生育に必要な光を照射する。また、各平底容器1の開放部は、光透過性蓋14により、カバーされている。
【0026】
次に、上培養装置を利用した、底生性微細藻類の培養方法の一例について説明する。まず、循環用ポンプ8および培養液浄化装置9中の循環ポンプを停止し、静地培養環境とした後、各平底容器1に底生性微細藻類(例えば、微細藻類P.リマ)の懸濁液を入れ、その状態で24時間放置し、底生性微細藻類を各平底容器1の底面に付着増殖させる。この際、培養液貯槽6にも培養液を入れておく。
【0027】
底生性微細藻類が各平底容器1の底面に充分付着した状態を確認した後、循環用ポンプ8を作動させ、培養液の上半分を穏やかに循環させる。また、培養液浄化装置9中の循環ポンプも作動させ、ダイヤイオンHP−20等により、培養水中の老廃物の吸着を行う。
【0028】
培養の終了は、培養日数と藻体色の退色具合、細胞密度の計測等により判断し、増殖したP.リマ等の底生性微細藻類を、平底容器1の底面からシリコンゴム製スクレーバー等で剥離し、培養液排出口5から収穫する。
【0029】
以上のようにすることにより、通常の培養と比べ、格段に多い量の底生性微細藻類の培養が可能となる。そして、この底生性微細藻類を、“Tetrahedron”,Vol.50,No.30,p9175-9180(M.Norte et.al.,)等に記載の方法で抽出することによって高収率でオカダ酸や関連化合物を得ることができる。
【実施例】
【0030】
次に実施例および参考例を挙げ、本発明を更に詳しく説明する。
【0031】
参 考 例 1
3L容のかぶ型フラスコを3つ用意しHP−20の利用によるP.リマの増殖試験を行った。それぞれのフラスコに、培養液としてES−1メディウム 2.2Lを入れ、一つにはガーゼに包んだ3gのダイヤイオンHP−20樹脂を培養液に浸漬するよう吊り下げ、他の一つには、ダイヤイオンHP−20樹脂3gを充填したカラムと循環ポンプで、培養液が循環可能とした。残り一つは、HP−20を使用しない対照とした。
【0032】
これらにP.リマ PL296株を初期濃度800細胞/mL(9,000細胞/mLの濃度の種株200mLを2L培地に加えた)で接種し、25℃で7日間培養した。培養終了後、各フラスコ中のP.リマの細胞数を測定したところ、表1の通りであった。
【0033】
【表1】

【0034】
次いで、各フラスコでの培養物(培養液、細胞抽出液およびHP−20抽出液)を、公知の抽出法(メタノールまたはアセトン等の溶媒で抽出後、遠心沈殿を行い、得られた上清を測定に使用)で抽出し、オカダ酸の生産量を調べた。オカダ酸量の測定は、LC/MSにより下記条件で測定した。この結果を図3に示す。
【0035】
LC/MS条件:
カラム: カプセルパック C18 MGII(Φ1.5×150mm)
溶離液: A,HO B,MeOH/MeCN(8:2)(共に2mMギ酸アン
モニウムおよび50mMギ酸含有)
グラジュエント: 15分で、Bが55%から100%となる
流 量: 0.2mL/分
インジェクション量: 5μL
オーブン温度: 40℃
【0036】
表1および図3の結果から明らかなように、HP−20を利用した培養では、P.リマの数が増加すると共に、オカダ酸の生産量も、1.7倍ないし2.3倍に増加することが示された。
【0037】
実 施 例 1
図1に示す多段循環式培養装置を用い、P.リマの培養試験を行った。培養槽(平底容器)として、30L容のプラスチック容器を用い、培養液として人工海水にES−1栄養塩を20mL/Lで添加したものを100L使用した。また、ダイヤイオンHP−20は、100g用い、培養液貯槽との間の流量は、20L/分とした。
【0038】
上記の培養槽中に、L.リマ PL197株を初期濃度1,100細胞/mL(12,000細胞/mLの濃度の種株200mLを2L培地に加えた)で接種し、24±0.5℃の温度で62日間培養した。培養期間中、培養槽は植物育生灯により、14時間明期、10時間暗期のサイクルで照射した(1,600〜2,000lm/m)。
【0039】
培養終了後、P.リマを採取し、これからオカダ酸およびオカダ酸関連化合物であるディノフィシストキシン1(DTX1)を抽出したところ、図2示すような結果が得られた。
【0040】
従来法であるカブ型フラスコ法では、培養後のオカダ酸の生産量が500μg/100L培養液、DTX1の生産量が100μg/100L培養液であるので、本発明方法により、収量がそれぞれ28倍および93倍に向上したことがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明により、従来法と比べ、格段に優れた収率で、オカダ酸やその関連化合物であるDTX1等を得ることができる。また、この方法によれば、多数容器の滅菌操作などが省略され、作業効率が著しく改善されると共に、藻体を抽出原料とするために、少量の試料から出発でき、また、不純物の種類と量もすくないので、精製に要する時間の短縮、装置の小型化、溶剤等のコストの低減が達成される。
【0042】
そして、本発明方法により、付着性渦鞭毛藻が生産するオカダ酸やシガトキシン等の貴重な生理活性物質を商業的ベースで生産することが可能になり、海洋天然物に基づいた商品開拓と生化学研究を進めることが促進される。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】本発明の底生性微細藻類の培養装置の一態様の構成を示す図面である。
【図2】実施例1において、各画分毎のオカダ酸およびDTX1の産生量を示す図面である。
【図3】参考例1において、HP−20の利用方法の相違によるオカダ酸の産生量の相違を示す図面である。
【符号の説明】
【0044】
1……平底容器
2……培養液流入口
3……培養液流出口
4……配管
5……培養液排出口
6……培養液貯槽
7……培養液貯槽出口
8……培養液循環用ポンプ
9……培養液浄化装置(吸着剤カラムおよび循環ポンプ)
10……培養液浄化装置循環配管
12……温度調整装置
13……植物育生蛍光灯
14……光透過性カバー

以 上


【特許請求の範囲】
【請求項1】
底生性微細藻類の培養容器として底の浅い平底容器を用い、当該平底容器と循環可能に設置された吸着剤カラムを通して培養液を浄化しつつ、植物育生蛍光灯を照射することを特徴とする底生性微細藻類の培養方法。
【請求項2】
更に、培養容器中の培養液の上半分を穏やかに循環させる請求項1記載の底生性微細藻類の培養方法。
【請求項3】
底の浅い平底容器が、深さ12ないし15cm程度のものである請求項1または2記載の記載の底生性微細藻類の培養方法。
【請求項4】
吸着剤カラムが合成樹脂吸着剤カラムである請求項1ないし3記載の何れかの項記載の底生性微細藻類の培養方法。
【請求項5】
植物育生蛍光灯を、14ないし18時間明期、6ないし10時間暗期のサイクルで点灯、照射する請求項1ないし4記載の何れかの項記載の底生性微細藻類の培養方法。
【請求項6】
底生性微細藻類が、プロロセントラム・リマである請求項1ないし5の何れかの項記載の底生性微細藻類の培養方法。
【請求項7】
上部に植物育生蛍光灯を設置した底の浅い平底容器、培養液貯槽、培養液循環ポンプおよび吸着剤カラムを有し、前記平底容器と培養液貯槽は、前記培養液循環ポンプを介して循環可能に連通し、前記吸着剤カラムと前記培養液貯層も培養液が循環可能に連通されたことを特徴とする底生性微細藻類の培養装置。
【請求項8】
底の浅い平底容器が複数設置され、これらの間を培養液が一方向に穏やかに流れるよう連通されている請求項7記載の底生性微細藻類の培養装置。
【請求項9】
底の浅い平底容器の培養液の流入口および流出口を、容器側面の中心より上側に設けた請求項7または8記載の底生性微細藻類の培養装置。
【請求項10】
培養液貯槽に加熱手段が設けられた請求項7ないし9の何れかの項記載の底生性微細藻類の培養装置。
【請求項11】
底の浅い平底容器の上面を、光透過性蓋で覆った請求項7ないし10の何れかの項記載の底生性微細藻類の培養装置。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−118785(P2009−118785A)
【公開日】平成21年6月4日(2009.6.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−296756(P2007−296756)
【出願日】平成19年11月15日(2007.11.15)
【出願人】(592234908)株式会社トロピカルテクノセンター (14)
【Fターム(参考)】