説明

廃棄物からエタノールを製造する方法

【課題】一般廃棄物から抽出した紙パルプを用いた同時糖化発酵反応時に、雑菌の悪影響を抑制することができる、一般廃棄物からエタノールを製造する方法を提供する。
【解決手段】本発明は、廃紙を含む廃棄物中の紙類を紙パルプ原料として回収し、当該紙パルプ原料に対して60℃以上かつ100℃未満の低温熱処理を施し、該低温熱処理物を、発酵に用いられる発酵微生物に応じた成育可能温度域である40〜50℃まで降温させ、その後に、該低温熱処理物に対して、酵素及び発酵用微生物を同時に作用させる同時糖化発酵反応を行い、これによりエタノールを製造する、廃棄物からエタノールを製造する方法において、同時糖化発酵反応を行うに際して、抗生剤を添加することを特徴とする、方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、廃棄物中の紙類から同時糖化発酵反応によりエタノールを製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、焼却処理される一般廃棄物は、環境省の統計によると重量ベースでおよそ半分が紙布類であり、そのうちの大半は紙類である。これらの紙類は、リサイクルに不適な紙類として一般的なリサイクルのルートに乗らなかった紙であるが、一部リサイクルされずに捨てられた紙が混在している。リサイクルに不適な紙類としては、汚れた紙、ざつ紙や他のプラスチックなどとともに加工されている紙などが含まれる。
【0003】
こうした紙類を取り出してバイオマス資源として利用することが検討されており(特許文献1)、パルプ状にして回収することが検討されている。
【0004】
紙類は主に植物由来のセルロースで構成されるため、バイオマスの1種である。他のバイオマスとの相違点は、製紙工程中に脱リグニン処理がなされており、比較的セルロース成分の純度が高いことであり、したがって、酵素による糖化処理を行う場合、他のバイオマスと比べてその処理が容易であるといえる。
【0005】
また、セルロースを多く含むバイオマスを原料としたエタノール製造方法のうち、酵素による糖化を含む方法を選択する場合、酵素反応の生成物による競争阻害の影響を抑制できる同時糖化発酵方法により反応を行うことが有用であると言われている。これは1つの反応槽内で、原料の酵素糖化と、発酵用微生物である酵母などによる糖の資化(エタノール生成)を同時に行う方法である。現在、糖化酵素のコストが高いため、より少ない酵素使用量で反応を進行させるために同時糖化発酵方法は有用であるが、さらに酵素糖化を効率的に行うために、反応は数日間かけて行われる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2002−159953号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ここで、一般廃棄物から抽出した紙パルプを原料として、これを同時糖化発酵させることによりエタノールを製造する場合、数日間の反応では、雑菌の影響が危惧される。
【0008】
他の処理、例えば加圧熱水による加水分解、硫酸などによる酸加水分解、またはこれらの両方を行うことにより糖液を得る場合、雑菌の生存に著しく適さない状態を経るため、後段の発酵において雑菌による影響が起こりにくい。さらに糖液を原料に発酵を行う場合は、滞留時間が数時間、長くても十数時間であるため、雑菌が存在していたとしてもその影響は他の微生物の増殖速度とともに考えると、使用している発酵用微生物との量比により影響を受けない場合がほとんどである。
【0009】
一方で一般廃棄物と共に輸送され、他のごみ類と接触していた場合、その紙類は、紙パルプとして回収する時点で既に多くの雑菌が存在しており、さらに同時糖化発酵は数日間の反応ということもあり、雑菌の存在は大きな影響を与えることとなるため、当該原料をエタノール製造に用いるための雑菌抑制方法が求められる。
【0010】
本発明は、上記事情を考慮してなされたものであり、一般廃棄物から抽出した紙パルプを用いた同時糖化発酵反応時に、雑菌の悪影響を抑制することができる、一般廃棄物からエタノールを製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するため、本願発明者らが鋭意研究を重ねた結果、紙パルプを含む原料の低温熱処理を行ない、且つ同時糖化発酵反応時に抗生剤を使用することで、雑菌の非存在下と同等のエタノール製造効率を得ることができる方法を発見した。
【0012】
すなわち、本発明は、廃紙を含む廃棄物中の紙類を紙パルプ原料として回収し、当該紙パルプ原料に対して60℃以上かつ100℃未満の低温熱処理を施し、該低温熱処理物を、発酵に用いられる発酵微生物に応じた生育可能温度域まで降温させ、その後に、該低温熱処理物に対して、酵素及び発酵用微生物を同時に作用させる同時糖化発酵反応を行い、これによりエタノールを製造する、廃棄物からエタノールを製造する方法において、同時糖化発酵反応を行うに際して、抗生剤を添加することを特徴とする。
【0013】
ここで、廃棄物には、廃棄物処理法の対象となる、一般廃棄物と産業廃棄物とがあり、一般廃棄物として、一般家庭から排出される家庭ごみ、事業所などから排出されるオフィスごみ等が挙げられる。
【0014】
紙類とは、廃棄物中に含まれる紙を指し、紙パルプとはこれら廃棄物中の紙類を水で離解(パルピング)処理して得られる離解液の物理的な脱水処理後に得られるものを指すが、リサイクル用の古紙や製紙工程で発生するペーパースラッジも本発明の処理が適用できることから、紙由来の原料であれば特段限定されるものではない。
【0015】
低温熱処理とは、一般的な滅菌処理が蒸気滅菌を行うことができる100℃以上に対して低温の熱処理であることに由来し、本発明では60℃以上かつ100℃未満、さらに好ましくは70℃以上である。
【0016】
当該低温熱処理は、廃棄物から紙を取り出して原料として用いる一連のプロセス工程のうち、主要工程であるパルピング時に行われてもよく、あるいは、パルピング後のスラリー、脱水後のパルプに対して行われてもよく、さらには、これらの複数工程を通じて熱処理を行ってもよい。
【0017】
熱処理中の熱分布は均一であることが望ましく、その為に機械的な攪拌を伴っても構わない。
【0018】
熱処理の時間は上記の所定の温度に到達してから2時間以上であることが望ましく、さらに望ましくは4時間以上である。一方、施設によるが一般廃棄物の収集はその処理効率の問題より毎日行われていることが望ましい。本発明中の低温熱処理の処理時間は、効果があればその上限に制限を加えるものではないが、上記事情により24時間以内とすることが望ましい。
【0019】
低温熱処理後のパルプを用いた同時糖化発酵反応時に使用される抗生剤は、一般的に抗生物質といわれる物質である。抗生剤は、抗菌スペクトルが広い物質であるほど望ましく、また有効濃度が低い物質であるほど望ましく、生産コストを低くして製造できる物質であるほど望ましいが、特段限定されるものではない。
【0020】
このような抗生剤として、例えばアクチノマイシン、アジスロマイシン、アスポキシシリン、アムホテリシン、アルベカシン、アンピシリン、エリスロマイシン、オキサシリン、オキシテトラサイクリン、カナマイシン、カルベニシリン、クリンダマイシン、クロラムフェニコール、クロルテトラサイクリン、ゲンタマイシン、ゲンタマイシン、シクロセリン、ジヒドロストレプトマイシン、ストレプトマイシン、スペクチノマイシン、セファロスポリン、セファロチン、セファロルジン、セフキノム、タイロシン、テトラサイクリン、ナイスタチン、ネオマイシン、バージニアマイシン、ハイグロマイシン、バシトラシン、パロモマイシン、バンコマイシン、ピューロマイシン、ブラスチシジン、ブレオマイシン、ペニシリン、ポリミキシン、マイトマイシン、ミコフェノール酸、メチシリン、リンコマイシン、およびこれら薬剤の誘導体および塩のうち、少なくとも1種が挙げられる。
【0021】
前記抗生剤は、微生物の生育、増殖など、生命活動の維持に必須な生物反応の阻害を行うことで活性が発揮する。その活性は、一般的に高濃度では殺菌に働き、低濃度では静菌的に働くことが知られているが、本発明の効果を得ることができるようにするためには同時糖化発酵反応に悪影響を与えない程度に静菌的に働くことが求められる。抗生剤によっては1ppm以下でも十分活性を持つものも存在するが、抗生剤自体が分解されることも考慮して、同時糖化発酵反応物全体の重量に対して2ppm以上になるように添加されることが好ましいと考えられる。また、静菌的に働く濃度であれば、低温熱処理によりゼロに近づいた雑菌の絶対数が増殖により増加する前と考えられる同時糖化発酵反応開始時に当該抗生剤を添加することが望ましい。
【発明の効果】
【0022】
本発明により、一般廃棄物中の紙ごみに紙ごみ以外のごみが接触することに由来する雑菌が同時糖化発酵反応に影響することを抑制することができる。その結果、焼却されるのみであった一般廃棄物中に存在する紙類を同時糖化発酵反応原料に適用する際の収率が向上し、安定的な反応を実現できる。収率が向上することにより最終エタノール濃度が向上し、蒸留に要するエネルギーコストが減少するだけでなく、設備コストの占める割合を減じることができる。結果として一般廃棄物中に多く存在する紙類という有機資源をバイオ燃料の原料として利用できる状態に調整することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】実施例1の低温熱処理とオートクレーブ処理におけるエタノール生産性の比較を示すグラフである。
【図2】実施例2の同時糖化発酵反応終了時のエタノール濃度を示すグラフである。
【図3】実施例3のフォトレコーダーによる抗生剤の濃度と雑菌抑制効果を示すグラフである。
【図4】実施例4のフォトレコーダーによる抗生剤の種類と雑菌抑制効果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、実施例および図面に基づいて本発明を具体的に説明する。
【0025】
廃棄物から手選別により抽出した紙類を、パルピング処理し、5mmのスクリーンを通過したパルプスラリーをスクリュープレスにて脱水し、紙ごみパルプを調製した。紙パルプの含水率はおよそ60%であった。得られた紙パルプを用いて以下の実施例1および2を、パルピング時のパルピング水を用いて実施例3および4を実施した。
【0026】
(実施例1)
紙パルプに、パルピング時のパルピング水を加え、スラリー濃度を5%に調整したものを3つ作製し、それぞれについて、60℃、80℃、92℃で6時間熱処理を行った。
【0027】
熱処理後、クリーンベンチ内で紙スラリーを搾り、15%の濃度に調整した紙パルプを用いて同時糖化発酵を行った。糖化用の酵素はジェネンコア社製のセルラーゼであるアクセルレースであり、発酵用微生物はサッカロマイセスセルビジエ酵母であった。同時糖化発酵反応の開始時に抗生剤としてクロラムフェニコールを5ppmとなるように添加し、均一となるよう十分攪拌した後40℃、150rpmで振とう培養を行った。
【0028】
別途対照区として、原料をオートクレーブ処理したものを同条件で同時糖化発酵反応を行った。
【0029】
その結果を図1に示す。
【0030】
同時糖化発酵反応5日目の生成エタノール濃度では、60℃で熱処理した場合に若干低いが、ほぼ同程度のエタノール濃度を確認できた。それ以上の低温熱処理においてオートクレーブ処理と遜色ないエタノール濃度が達成できた。
【0031】
(実施例2)
実施例1で示した低温処理と処理時間の関係をさらに詳細に調べた。
【0032】
廃棄物から調整したおよそ60%のパルプ原料を、パルピング水を用いて20%スラリーに調整したものを4つ作製し、それぞれについて、60℃で2時間、60℃で4時間、70℃で2時間、70℃で4時間、処理を行った。
【0033】
上記4つをそれぞれ2つに分け、一方については、抗生剤(クロラムフェニコール)を5ppmとなるように添加し、他方には抗生剤を添加せずに、その他の酵素種、酵素量、酵母種、酵母量、温度、攪拌は実施例1と同条件で同時糖化発酵反応を行った。
【0034】
別途対照区として、原料をオートクレーブ処理したもの(ポジティブコントロール)、熱による処理を全く行わなかったもの(ネガティブコントロール)、熱処理を行わず抗生剤のみ添加したもの(薬剤のみ)について同時糖化発酵反応を行った。
【0035】
反応は5日で終了した。終了時のエタノール濃度と共に、各反応条件を表1に示し、最終エタノール濃度をグラフにしたものを図2に示す。
【0036】
熱処理及び抗生剤を添加しない場合には最終エタノール濃度が1.4%と明らかな生成量の低下が見られた。その他の条件では、熱処理と抗生剤添加の併用により完全滅菌(オートクレーブ処理)と同等のエタノール濃度が達成できることが示された。
【0037】
【表1】

【0038】
(実施例3)
一般的な酵母培養に用いるYPD培地(グルコース濃度5%)5mLに、パルピング時のパルピング水を0.1mL加え、抗生剤クロラムフェニコールを2−5ppm加え、65℃にした後にバイオフォトレコーダー(ADVANTEC製 BIO-PHOTORECORDER TVS062CA)を用いてOD=600の吸収より雑菌の増殖を調べた。パルピング水は、パルプ製造時に用いていたものであり、パルプに存在する雑菌と同様の組成である。培養の観察結果、2ppm以上で微生物の発生が抑制されることが分かった。
【0039】
(実施例4)
実施例3と同様に、YPD培地(グルコース濃度5%)5mLにパルピング時のパルピング水を0.1mL加え、抗生剤としてアンピシリン、クロラムフェニコール、ストレプトマイシンを5ppm加え、50℃にした後にフォトレコーダーを用いてOD=600の吸収より雑菌の増殖を調べた。その結果、微生物増殖の抑制が確認できた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
廃紙を含む廃棄物中の紙類を紙パルプ原料として回収し、当該紙パルプ原料に対して60℃以上かつ100℃未満の低温熱処理を施し、該低温熱処理物を、発酵に用いられる発酵微生物に応じた成育可能温度域である40〜50℃まで降温させ、その後に、該低温熱処理物に対して、酵素及び発酵用微生物を同時に作用させる同時糖化発酵反応を行い、これによりエタノールを製造する、廃棄物からエタノールを製造する方法において、
同時糖化発酵反応を行うに際して、抗生剤を添加することを特徴とする、方法。
【請求項2】
前記低温熱処理の温度は70℃以上である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記低温熱処理は、2時間以上にわたって行われる、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記低温熱処理は、4時間以上にわたって行われる、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記抗生剤は、アクチノマイシン、アジスロマイシン、アスポキシシリン、アムホテリシン、アルベカシン、アンピシリン、エリスロマイシン、オキサシリン、オキシテトラサイクリン、カナマイシン、カルベニシリン、クリンダマイシン、クロラムフェニコール、クロルテトラサイクリン、ゲンタマイシン、ゲンタマイシン、シクロセリン、ジヒドロストレプトマイシン、ストレプトマイシン、スペクチノマイシン、セファロスポリン、セファロチン、セファロルジン、セフキノム、タイロシン、テトラサイクリン、ナイスタチン、ネオマイシン、バージニアマイシン、ハイグロマイシン、バシトラシン、パロモマイシン、バンコマイシン、ピューロマイシン、ブラスチシジン、ブレオマイシン、ペニシリン、ポリミキシン、マイトマイシン、ミコフェノール酸、メチシリンおよびリンコマイシン、並びにこれらの誘導体および塩からなる群から選択される1種または複数種を含む、請求項1〜4のいずれか1つに記載の方法。
【請求項6】
前記抗生剤は、同時糖化発酵反応物全体の重量に対して2ppm以上になるように添加される、請求項1〜5のいずれか1つに記載の方法。
【請求項7】
前記抗生剤は、同時糖化発酵反応の開始時に添加される、請求項1〜6のいずれか1つに記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−179021(P2012−179021A)
【公開日】平成24年9月20日(2012.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−45126(P2011−45126)
【出願日】平成23年3月2日(2011.3.2)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成22年10月29日 社団法人日本生物工学会主催の「第62回 2010年 日本生物工学会大会」において文書をもって発表
【出願人】(000005119)日立造船株式会社 (764)
【出願人】(504159235)国立大学法人 熊本大学 (314)
【Fターム(参考)】