説明

引張り筋違材

【課題】 構造が単純で製作も簡便であり低価格で高い水平耐力、剛性、優れた復元力特性をもつ引張り筋違材を提供すること。
【解決手段】 ブレースを少なくとも2分割し、一方のブレースの軸方向の一端にチャックバックルを固設し該チャックバックルに、前記一方のブレースと軸心を共有する如くボスを固設するとともにチャックバックルおよびボスの軸心に関し対称となる位置に、ボスの中空部に軸方向に変位自在に遊嵌される他方のブレースを挟持する偏心輪対を回動自在に軸支しさらに、偏心輪対が他方のブレースを把持すべく機能する引張りばねを偏心輪対間に張設し、ブレースに軸方向の圧縮力が作用したときに偏心輪対間が離隔・弛緩して他方のブレースを軸方向に変位自在とし、ブレースに軸方向の引張り力が作用したときは偏心輪対間が縮閉・緊締して直ちにブレースが引張り力に抗するよう構成してなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、建築躯体の地震、強風等に対する水平耐力を増強するための筋違架構等に用いられる引張り筋違材(ブレース)の構造に関する。
【背景技術】
【0002】
建築物において、梁および柱から構成される躯体に、地震、強風等に対する水平耐力を増強する目的で、たとえば図10に示すようなターンバックルで結合されたブレースAおよびブレースBからなるX字形の筋違架構(bracing)が配設される。処で、地震、強風による揺れが建築物に作用するとき、上下の梁に相互に逆向きの水平力Pが作用する。而して、X字形の筋違架構における一方のブレースAには引張り力が作用し、他方のブレースBには圧縮力が作用する。そして、地震等による揺れにおいては、梁および柱から構成される躯体は梁に作用する水平力Pの方向が反転する交番荷重を受けることとなる。
【0003】
このような状態において、X字形筋違架構のブレースの一方において、引張り力と変形の関係は、初め、フックの法則に従って弾性変形し、降伏点を超えると塑性変形域に入り変形が増大する。一定変形量の時点で引張り力を解除すればブレースの伸びは僅かに戻り、次いで圧縮力が作用すると座屈を生じて圧縮力に抗し得ずに変形のみが増大する。
【0004】
次いで、このブレースに引張り力が作用すると、たとえば図11に示すように、−45mmから+6mmまで引張りに対する抵抗力を発揮することなく伸長し、前述の引張り力が解除されブレースの伸びが僅かに戻った点まで変形が進行した後弾性変形を生じ、前回のサイクルにおいて張力が減少してきたときに辿った線上を、今回のサイクルにおいて張力が増加するときに辿ることとなる。その結果、ブレースAは変形(変位)が相当に進んだ後に引張り荷重に抗することとなるから、図12に示すように、ブレースにおける荷重と変形の履歴面積は非常に小さくなり、梁と柱からなる躯体の耐震性を劣化せしめる。
【0005】
上記筋違架構等におけるブレースにあって、引張りと圧縮の交番荷重を受ける場合、圧縮力が作用すると座屈を生じて変形が増大し、次いで、引張り力作用したときに直ちに抵抗することなく変形して一定量の変形の後に抵抗力を生じる。その結果、図12に示すように、ブレースにおける荷重と変形の履歴面積を小ならしめ、躯体の耐震性を損なっていた。このような問題を解決すべく、圧縮力には抵抗せずに短縮し、引張り力が作用したときには即座に抵抗を開始するよう構成したブレースが提案されている(たとえば、特許文献1参照)。
【特許文献1】特開平05−141119号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記先行技術は、ブレースを分割し、一方のブレースに外枠体を固設し、他方のブレースの先端をこの外枠体の中へ挿入し、他方のブレースに装着されたリンク機構によってこのリンク機構に配設されている摩擦板を外枠体内壁面に押圧して双方のブレースを緊締するよう構成したものである。しかしながら、この先行技術によるときは、拡開・縮閉自在なアーム(リンク)を他方のブレースに枢着してリンク機構とするなど構造が複雑であってコスト的にもきわめて不利である。本発明は、構造が単純で製作も簡便であり低価格で高い水平耐力、剛性、優れた履歴減衰特性即ち、広い荷重・変形履歴面積をもつ引張り筋違材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するための本発明は、建築躯体を補強するための筋違架構等に用いられるブレースであって、ブレースを少なくとも2分割し、一方のブレースの軸方向の一端にチャックバックルを固設し該チャックバックルに、前記一方のブレースと軸心を共有する如くボスを固設するとともに前記チャックバックルおよびボスの軸心に関し対称となる位置に、前記ボスの中空部に軸方向に変位自在に遊嵌される他方のブレースを挟持する、偏心輪対を回動自在に軸支しさらに、該偏心輪対が所定の押圧力で他方のブレースを把持すべく機能する引張りばねを偏心輪対間に張設し、ブレースに軸方向の圧縮力が作用したときに偏心輪対間が離隔・弛緩して他方のブレースを軸方向に変位自在とし、ブレースに軸方向の引張り力が作用したときは偏心輪対間が縮閉・緊締して直ちにブレースが引張り力に抗するよう構成してなる引張り筋違材である。
【発明の効果】
【0008】
架構としての復元力特性が紡錘型やバイリニア型となるため、大きな履歴減衰を期待できる耐震部材が実現する。また、ブレース(鋼棒等)が降伏する以前の段階から復元力特性がバイリニア型を示すので小変位域においても大きな履歴減衰が期待できる。さらに、圧縮荷重による座屈を生じないため、ブレースにはらみを生起することがない。また、機構が単純で製作も簡便なため、低価格で高い保有耐力、剛性、大きな履歴減衰をもつ耐震部材を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明をその好ましい実施形態に則して説明する。本発明は、図6に示すように、ブレースAおよびブレースB各々を少なくとも2分割し、一方のブレースの軸方向端部にチャックバックルを固設し、このチャックバックルに前記一方のブレースの軸心に関して対称となる位置に偏心輪対を回動自在に軸支し、この偏心輪対によって他方のブレースの外周面を挟持し、ブレースに圧縮力が作用すると他方のブレースが偏心輪対を相互が離隔(拡開)する方向に回動させて他方のブレースが軸方向に変位自在となり、圧縮力に起因する座屈(buckling)を生ぜしめない。一方、ブレースに引張り力が作用すると、引張りばねによって偏心輪対は他方のブレースを一定の力で把持しているから、他方のブレースが偏心輪対を相互が近接(縮閉)する方向に回動させて他方のブレースを一方のブレースの軸方向端部に固設されているチャックバックルに緊締し、分割された双方のブレースが引張り力に抗するように構成されている。図6において、Pは水平力、Xは梁の変位量である。
【実施例1】
【0010】
図1乃至図5に、本発明の一実施例に係る引張り筋違材の構成を示す。図1は平面図、図2は側面図、図3は図1におけるA−A断面図、図4は正面図、図5は図1におけるB−B断面図である。
【0011】
図1乃至図5において、1は少なくとも2分割された一方のブレースであって、管状を呈しており、その軸方向の一端は建築物の柱、梁および/または交叉部に固設され、他端に、図1に示すように、チャックバックル3がたとえば溶接によって固着されている。チャックバックル3の他端部には、図1乃至図3に示すように、ボス6が、一方のブレース1とその軸心を共有する如く固設されている。また、チャックバックル3には、図1乃至図5に示すように、一方のブレース1およびボス6の軸心に関して対称となる位置に、偏心輪4、4対が軸5によって回動自在に支承されている。
【0012】
偏心輪4には、図1および図4、図5に示すように、充腹部4aおよび空腹部4bが形成され、充腹部4a対において他方のブレース2を挟持している。他方のブレース2は、この実施例においては中実であり、ボス6の中空部に軸方向に変位自在に遊嵌されている。偏心輪4、4は、図1に示すように、外周面を形成する円の中心点と軸5の軸心とが偏心量eだけ偏心してチャックバックル3に軸支されている。
【0013】
偏心輪4、4対間には、図1および図4、図5に示すように、偏心輪4、4対の上下面において引張りばね7が張設され、偏心輪4、4対が所定の押圧力をもって他方のブレース2を常時挟持している。また、この引張りばね7によって、偏心輪4、4対は、ブレース1およびボス6の軸心に関し対称的にその周方向位置を保持される。この実施例においては、図4、図5に示すように、偏心輪4の充腹部4aの外周面は直線(図4、図5でみて鉛直面)となっているけれども、これを弧状凹面として摩擦面を拡大することもできる。また、偏心輪4の充腹部4aの外周面にミリング(ぎざぎざ)加工を施してもよい。
【0014】
而して、ブレース1、2に軸方向圧縮力が作用すると、偏心輪4、4対に挟持されている他方のブレース2がブレース1、2の軸方向圧縮力によって軸方向に変位しようとする。そうすると、他方のブレース2が偏心輪4、4対を回動させ、偏心量eに対応して偏心輪4の充腹部4a外周面間を離隔(拡開)せしめて弛緩し、他方のブレース2を軸方向に変位自在とし、ブレース1、2の全体長さを縮小せしめる。こうして、ブレース1、2に作用する軸方向圧縮力に起因する座屈を回避できる。
【0015】
次いで、ブレース1、2に軸方向引張り力が作用すると、偏心輪4、4対に挟持されている他方のブレース2がブレース1、2の軸方向引張り力によって圧縮の場合とは逆方向に変位しようとする。そうすると、他方のブレース2が偏心輪4、4対を逆向きに回動させ、偏心量eに対応して偏心輪4の充腹部4a外周面間を近接(縮閉)せしめて偏心輪4、4対が他方のブレース2を緊締し、ブレース1、2が引張り力に抗する。
【0016】
本発明の引張り筋違材におけるブレースAおよびブレースBの張力・伸び(変形)関係線図を図7および図9に示す。図7および図9から明らかなように、ブレースAまたはブレースBに軸方向の圧縮力が作用すると、図1に示す他方のブレース2が軸方向に変位して座屈を生ぜしめることがないから、ブレースAは図7に示すように、−40mmの位置まで収縮した後、軸方向の引張り力が作用すると、一方のブレース1と他方のブレース2が緊締されブレースAが即座に引張り荷重に抗するため、図7における第二象限においてブレースAに作用する引張り力が立ち上がっており、30トンの荷重レベルで塑性変形域に入っている。図9に示すブレースBの張力・伸び(変形)関係線図も同様である。
【0017】
而して、ブレースAおよびブレースBからなる筋違架構の復元力特性は、図8に示すように、第一象限から第四象限全域に亘る広い荷重・変形履歴関係域をもつものとなる。従って、復元力特性が正領域から負領域へと連続するバイリニア型となって荷重・変形履歴曲線の面積を拡大でき、履歴減衰の期待できる耐震部材を実現することができる。
【0018】
これを、図11に示す従来のブレースの荷重・伸び関係線図および図12に示す引張り筋違材による筋違架構の復元力特性と対比してみると、本発明の引張り筋違材を用いる筋違架構(図8)は、従来の引張り筋違材による筋違架構(図12)に比し、剛性が約2倍となっている。また、本発明の引張り筋違材を用いる筋違架構(図8)が荷重・伸び関係線図の第一象限から第四象限全域に亘って広い荷重・変形履歴関係域をもつものとなっており大きな履歴減衰を可能ならしめているのに比し、従来の引張り筋違材による筋違架構(図12)では、荷重・変形履歴関係域が荷重・伸び関係線図における第一象限および第三象限に限られて狭いものとなっており、耐震性に劣るものとなっている。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の一実施例に係る引張り筋違材の平面図
【図2】本発明の一実施例に係る引張り筋違材の側面図
【図3】本発明の一実施例に係る引張り筋違材の図1におけるA−A断面図
【図4】本発明の一実施例に係る引張り筋違材の正面図
【図5】本発明の一実施例に係る引張り筋違材の図1におけるB−B断面図
【図6】本発明の引張り筋違材からなる筋違架構を示す模式図
【図7】本発明の引張り筋違材からなる筋違架構における一方のブレースAにおける張力・伸び関係を示すグラフ
【図8】本発明の引張り筋違材からなる筋違架構の復元力特性を示すグラフ
【図9】本発明の引張り筋違材からなる筋違架構における他方のブレースBにおける張力・伸び関係を示すグラフ
【図10】従来の引張り筋違材からなる筋違架構を示す模式図
【図11】従来の引張り筋違材からなる筋違架構における一方のブレースAにおける張力・伸び関係を示すグラフ
【図12】従来の引張り筋違材からなる筋違架構の復元力特性を示すグラフ
【符号の説明】
【0020】
1 一方のブレース
2 他方のブレース
3 チャックバックル
4 偏心輪
4a 偏心輪充腹部
4b 偏心輪空腹部
5 軸
6 ボス
7 引張りばね

【特許請求の範囲】
【請求項1】
建築躯体を補強するための筋違架構等に用いられるブレースであって、ブレースを少なくとも2分割し、一方のブレース(1)の軸方向の一端にチャックバックル(3)を固設し該チャックバックル(3)に、前記一方のブレース(1)と軸心を共有する如くボス(6)を固設するとともに前記チャックバックル(3)およびボス(6)の軸心に関し対称となる位置に、前記ボス(6)の中空部に軸方向に変位自在に遊嵌される他方のブレース(2)を挟持する、偏心輪(4)、(4)を回動自在に軸支しさらに、該偏心輪(4)、(4)が所定の押圧力で他方のブレース(2)を把持すべく機能する引張りばね(7)を偏心輪(4)、(4)対間に張設し、ブレース(1)、(2)に軸方向の圧縮力が作用したときに偏心輪(4)、(4)対間が離隔・弛緩して他方のブレース(2)を軸方向に変位自在とし、ブレース(1)、(2)に軸方向の引張り力が作用したときは偏心輪(4)、(4)対間が縮閉・緊締して直ちにブレース(1)、(2)が引張り力に抗するよう構成してなる引張り筋違材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2006−112084(P2006−112084A)
【公開日】平成18年4月27日(2006.4.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−299097(P2004−299097)
【出願日】平成16年10月13日(2004.10.13)
【出願人】(802000031)財団法人北九州産業学術推進機構 (187)
【出願人】(000125347)学校法人近畿大学 (389)
【Fターム(参考)】