強化皮膜の接合界面の改質方法
【課題】コールドスプレー法によって基材上に形成された強化皮膜と、基材との接合界面の強度を向上させることができる。
【解決手段】アルミニウム合金からなる基材の表面にコールドスプレーを用いて強化皮膜を形成した強化部材の前記基材と前記強化皮膜の接合界面の改質方法であって、前記強化皮膜に熱処理を施こすことを特徴とする。
【解決手段】アルミニウム合金からなる基材の表面にコールドスプレーを用いて強化皮膜を形成した強化部材の前記基材と前記強化皮膜の接合界面の改質方法であって、前記強化皮膜に熱処理を施こすことを特徴とする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材と、基材の表面に形成された強化皮膜の接合界面の改質方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属基材の強度を向上させることを目的として、金属基材の表面に金属皮膜を形成する方法として各種の方法が知られている。例えば、金属やセラミクスなどを火炎溶射、プラズマ溶射などの溶射法により母材の表面にコーティングする方法、コールドスプレーなどが知られている。
【0003】
溶射法において、表面に形成する溶射皮膜と母材との接合は、溶射皮膜を構成する粒子と基材の間の投錨効果による機械的結合による。また、溶射皮膜を構成する粒子間の結合も、粒子同士の投錨効果による機械的結合による。そのため、密着力が弱く、高強度な皮膜を得ることができず、皮膜のはく離が問題となる。例えば、金属基材の表面に、熱膨張係数の非常に小さいセラミクス等からなる皮膜を溶射で設ける場合には、熱膨張係数差が大きいことに起因するはく離が常に問題となっている。さらに、高温化溶融状態で皮膜を形成するため、表面に酸化皮膜や気孔の形成、内部に酸化物層の巻き込み、凝固収縮に伴う欠陥が残存し、また、皮膜の成分組成のばらつきが生じる等の問題がある。
【0004】
一方、コールドスプレーは、金属基材の表面に形成する皮膜の成分からなる粉末を、溶融またはガス化させることなく、不活性ガスととともに超音速流で固相状態のまま基材に衝突させて、粉末粒子の塑性変形によって基材表面に皮膜を形成する方法である(特許文献1、特許文献2等参照)。
【0005】
このコールドスプレーは、皮膜を構成する材料からなる粉末を、溶融またはガス化させることなく、不活性ガスと共に超音速流で固相状態のまま基材に衝突させて塑性変形にて皮膜を形成する方法である。このコールドスプレーによって形成される皮膜は、溶射等の溶融プロセスにおける溶融・凝固に伴って酸化皮膜の巻き込み、合金組織中の気孔の生成、合金組成のばらつき等の欠陥を生じない点で、有利である。
【特許文献1】特開2006−176882号公報
【特許文献2】特開2004−76157号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、コールドスプレー等の非溶融プロセスでは、皮膜形成材料の粉末粒子を、溶融またはガス化させることなく、固相状態で基材に衝突させて、粉末粒子の塑性変形を主体とする結合機構によって皮膜が形成される。そのため、図15(a)に示すように、基材51に衝突した粉末粒子52の周辺部のように、大きな塑性変形を示す領域では酸化皮膜が破壊され新生面同士の金属結合が達成される。しかし、図15(b)に示すように、粉末粒子52と基材51の接合領域53の接合界面中央部のように変形が小さい領域では、相互の材料が密着するのみで冶金的な結合が形成されず、接合不完全領域が存在する。また、大きな塑性変形に伴う加工硬化、残留応力も機械的特性に影響を与える。そのため、不完全な結合部に起因して皮膜が低応力で破断する虞があり、高強度な皮膜を得るには粉末粒子52と基材51、さらに、粉末粒子52と粉末粒子52の間の結合状態を改善する必要がある。
【0007】
そこで、本発明の課題は、コールドスプレー法によって基材上に形成された強化皮膜と、基材との接合界面の強度を向上させることができる強化皮膜の接合界面の改質方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するために、本発明者らは、鋭意研究の結果、コールドスプレー法による強化皮膜の形成においては、皮膜形成粒子と基材の間の冶金的な結合が不十分(密着しただけ)な部位が存在することを知見した。そして、皮膜形成後に適宜熱処理を行うことで、原子相互拡散による接合部拡大、成膜時の残留応力の解放、および成膜時の加工硬化の緩和が図られ、基材と皮膜形成材料の粒子との接合界面が改質され、その特性が向上することを知見した。
【0009】
すなわち、前記知見に基づき、請求項1に記載の発明の強化皮膜の接合界面の改質方法は、アルミニウム合金からなる基材の表面にコールドスプレーを用いて強化皮膜を形成した強化部材の前記基材と前記強化皮膜の接合界面の改質方法であって、前記強化皮膜に熱処理を施こすことを特徴とする。
【0010】
この強化皮膜の接合界面の改質方法では、強化皮膜に熱処理を施こすことによって、アルミニウム合金からなる基材と、コールドスプレーを用いて形成した強化皮膜との接合界面を改質し、基材と強化皮膜との間の原子相互拡散による接合部の拡大、強化皮膜の成膜時の残留応力の解放、成膜時の加工硬化の緩和によって、接合界面の強度の向上を図ることができる。
【0011】
請求項1に記載の発明は、前記強化皮膜の接合界面の改質方法において、前記強化皮膜が、準結晶分散合金またはアモルファス分散合金からなることを特徴とする。
【0012】
この強化皮膜の接合界面の改質方法では、準結晶分散合金またはアモルファス分散合金で形成された強化皮膜を熱処理することによって、基材と強化皮膜の接合界面の強度の向上を図ることができる。
【0013】
請求項3に記載の発明は、前記強化皮膜の接合界面の改質方法において、前記熱処理を、300〜400℃で0.5〜200時間施こすことを特徴とする。
【0014】
この強化皮膜の接合界面の改質方法では、300〜400℃で0.5〜200時間熱処理を施こすことによって、基材と強化皮膜の接合界面の強度の向上を図ることができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明の方法によれば、熱処理によって、コールドスプレー法によって基材上に形成された強化皮膜と、基材との接合界面の接合状態を改善するとともに、強化皮膜内部における粉末粒子の接合状態も改善し、高強度かつ高品質な強化皮膜を得ることができる。また、同時に、原子相互拡散による接合部拡大、成膜時の残留応力の解放、および成膜時の加工硬化の緩和が図られ、特性が向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の強化皮膜の接合界面の改質方法(以下、「本発明の方法」という)について詳細に説明する。
【0017】
本発明の方法は、アルミニウム合金からなる基材の表面に形成された強化皮膜と、基材との接合界面の強度を向上させる方法である。強化皮膜を形成する部位は、特に制限されず、高強度が要求される必要部位に必要量だけの強化材料を用いて強化皮膜を形成することによって、アルミニウム合金基材からなる部材の高強度化を低コストで達成することが可能となる。
【0018】
本発明の方法において、基材を構成するアルミニウム合金は、特に制限されず、アルミニウム合金基材からなる部材の形状、使用環境、形態等に応じて適宜選択される。例えば、AC2B、AC4C、AC8C等の汎用の鋳造用アルミニウム合金、ADC1、ADC5、ADC12等の汎用のダイキャスト用アルミニウム合金、あるいは2000系、3000系、4000系、5000系、6000系、7000系等の汎用の展伸材用のアルミニウム合金からなる基材で構成される部材の必要部位に強化皮膜を形成して高強度化を測ることができる。
【0019】
本発明の方法において、アルミニウム合金基材の表面に形成する強化皮膜は、アルミニウム合金基材より高強度な強化材料で形成される。用いる強化材料は、基材が使用される温度域において、所望の強度を有する材料を用いる。例えば、280℃程度の温度域で使用され、引張強度として200MPa程度の強度が要求される部材を、本発明の方法によって強化される基材で構成する場合には、強化材料として高温強度に優れた準結晶分散合金等を用いることができる。また、使用時に加熱および冷却を伴う環境で使用される部材を構成する基材の場合には、加熱および冷却に伴う熱膨張差に起因するはく離を抑制するためには、基材と強化皮膜を形成する強化材料の熱膨張係数が近いことが望ましい。例えば、アルミニウム合金からなる基材に対して、熱膨張係数がアルミニウム合金の1/2以下であるセラミクス、Ti合金、鋼等は不適であり、熱膨張係数が同等である高強度なアルミニウム合金が適している。具体的には、アルミニウム合金からなる基材に対して熱膨張係数の差が±15%以内である強化材料を用いることが好ましい。この強化皮膜の膜厚は、0.25〜1mm程度である。
【0020】
さらに、本発明の方法において、コールドスプレー法では、固相状態で強化材料からなる粉末粒子を基材に衝突させて、粉末粒子の塑性変形を主体とする結合機構によって皮膜が形成されることから、強化皮膜を形成する強化材料としては、塑性変形能を持った金属材料が適している。また、強化皮膜は、耐磨耗性、遮熱性、耐腐食性、高強度化等の各種の目的で基材表面に形成されるが、特に、高強度な強化皮膜を形成するためには、基材との接合性の観点から基材を形成するアルミニウム合金と同系統の合金であることが好ましい。
【0021】
さらに、本発明において、250℃〜300℃程度の高温域で使用され、引張強度、圧縮強度、疲労強度等の機械的強度が求められる基材に形成する強化皮膜では、強化材料として、準結晶分散合金またはアモルファス分散合金を用いることが好ましい。これらの準結晶分散合金またはアモルファス分散合金は、非常に微細な準結晶相またはアモルファス相が、マトリクスを構成する合金結晶または過飽和固溶体相中に強化粒子として分散された合金組織を有するものである。例えば、アルミニウム合金からなる準結晶分散粒子またはアモルファス相が、アルミニウム結晶、またはアルミニウムからなる過飽和固溶体相中に強化粒子として分散された合金組織を有するものである。これらの準結晶分散粒子またはアモルファス相は、溶湯からの急冷凝固時に過冷却液体となった溶液から晶出させることができる。このため、準結晶分散合金またはアモルファス分散合金の合金組織は、非常に微細で、かつ高体積率で準結晶分散粒子またはアモルファス相が分散しているため、強化皮膜の強度向上に対する寄与が大きい。また、これらの準結晶分散粒子またはアモルファス相を有する合金組織は、アルミニウム合金としての高温領域(300℃前後)でも安定して存在するため、高温領域でもその特性を維持することができる。この準結晶アルミニウム分散合金の具体例として、特開2006−274311号公報に記載のアルミニウム基合金が挙げられる。
【0022】
前記準結晶アルミニウム分散合金の具体例として、アルミニウムを主成分とする溶湯が過冷却されてなるアルミニウム基合金であって、溶湯は、準結晶を形成するQ元素と、準結晶の形成を補助するP元素と、溶湯の過冷却状態を安定化させると共に前記準結晶の晶出を遅らせるS元素とを含み、アルミニウム結晶相またはアルミニウム過飽和固溶体相中に、準結晶分散粒子が分散しているアルミニウム基合金が挙げられる。ここで、溶湯は、一般式:AlbalQaPbSc(Q元素:Mn、Cr、V、Li、Pd、Ruから選択される一種もしくは二種以上の元素、P元素:Fe、Mo、Nb、Cu、Au、Mgから選択される一種もしくは二種以上の元素、S元素:Ti、Co、Zr、Si、Ni、Ge、W、Ca、Sr、Baから選択される一種もしくは二種以上の元素、a、b、cは、原子%で、1≦a≦7、1≦b≦6、0.5≦c≦5、balは、元素Q1、元素Q2、および元素P1以外の残部(bal:Balance)としてアルミニウムを含むことを示す)で示されるものである。
【0023】
また、アモルファス分散合金の具体例として、アルミニウムを主成分とする合金溶湯が過冷却されてなるアルミニウム基合金であって、前記合金溶湯は、準結晶相を形成可能な元素Q1と、前記準結晶の形成を補助する元素Q2と、前記合金溶湯の過冷却状態を安定化させると共に結晶相の晶出を遅らせる元素P1とを含み、微細な非晶質相と、アルミニウム結晶相もしくはアルミニウムの過飽和固溶体相との混合組織、または非晶質相のみの単相からなるアルミニウム基合金が挙げられる。このアモルファス分散合金は、下記一般式:AlbalQ1aQ2bP1c
(ただし、前記一般式中、Q1は、Mn、Cr、V、およびLiから選択される一種または二種以上の元素であり、Q2は、Fe、Mo、Nb、およびCuから選択される一種または二種以上の元素であり、P1は、Ti、Co、Zr、Si、Ni、Ge、Ca、Sr、Ba、およびWから選択される一種または二種以上の元素であり、a、b、およびcのそれぞれは、原子%を表し、1≦a≦7、1≦b≦7、1≦c≦10、およびc≧0.75(a+b)の関係を満足する正数であり、balは、元素Q1、元素Q2、および元素P1以外の残部(bal:Balance)としてアルミニウムを含むことを示す)
で示される合金溶湯を、冷却速度1×105〜1×107K/secで冷却して得られたアルミニウム基合金であって、微細な非晶質相と、アルミニウム結晶相またはアルミニウムの過飽和固溶体相中との混合組織、または非晶質相のみの単相からなるアルミニウム基合金である。
【0024】
本発明の方法において、アルミニウム合金基材の表面に形成する強化皮膜は、非溶融プロセスであるコールドスプレー法によって形成される。溶射等の溶融・凝固に伴って酸化皮膜の巻き込み、合金組織中の気孔の生成、合金組成のばらつき等の欠陥を生じる溶融プロセスは、不適である。このコールドスプレー法は、所望の量の強化材料の粉末を、基材を選ばず、任意の基材の表面に堆積させて強化皮膜を形成することができる点で、好ましい。このコールドスプレーは、強化皮膜を構成する材料からなる粉末を、溶融またはガス化させることなく、不活性ガスと共に超音速流で固相状態のまま基材に衝突させて塑性変形にて皮膜を形成する方法である。例えば、特開2004−76157号公報に記載されている方法が挙げられる。
【0025】
図1は、コールドスプレー法を説明する概念図である。
図1に示すとおり、コールドスプレー法においては、コールドスプレーガン1のチャンバ3内に、粉末導入口4から強化皮膜を形成する粉末材料を供給する。そして、加熱ガス導入口5から常温〜900℃程度の不活性ガスを、0.5〜5.0MPa程度の高圧で導入する。チャンバ3内からノズル2の絞り部に向けて圧縮された不活性ガスは、ノズル先端に向けて膨張・加速しながら粉末粒子Pを不活性ガスとともに、超高速で、ノズル2の噴出口6の前に載置された基材Wの表面に吹き付ける。これによって、基材Wの表面に皮膜Mが成膜され、強化皮膜を形成することができる。
【0026】
このコールドスプレー法による強化皮膜の形成においては、強化材料の粉末を、非溶融状態でかつ酸素を遮断した状態で基材の表面に衝突させて、粉末粒子の塑性変形によって、基材表面に強化材料からなる強化皮膜が形成される。そして、形成される強化皮膜の表面や内部に溶融プロセスである溶射皮膜に見られる(酸化皮膜の巻き込み、合金組織中の気孔の生成、合金組成のばらつき等の)欠陥はほとんど存在しない。さらに、基材と強化皮膜の密着形態は、溶射層のように投錨効果によるものではなく、粉末と基材の間の塑性変形に伴う金属結合を主としており、高い密着強度が期待できる。
【0027】
本発明の方法において、コールドスプレー法によって基材表面に形成された強化皮膜は、熱処理が施される。この熱処理は、300〜400℃で0.5〜200時間、好ましくは300〜350℃で1〜10時間、強化皮膜を形成したアルミニウム合金基材を加熱処理することによって行うことができる。このとき、熱処理は、電気炉、ガス炉等を用いて、大気雰囲気中、あるいはアルゴンガス等の不活性ガス雰囲気中で行うことができる。強化皮膜の表面の酸化皮膜の形成を抑制できる点で、不活性ガス雰囲気中で熱処理を行うことが好ましい。また、本発明において、強化皮膜のみを加熱すれば、原子の相互拡散によって、基材と強化皮膜の接合界面の接合状態が改善されるとともに、強化皮膜内部における粉末粒子同士の接合状態も改善され、高強度かつ高品質な強化皮膜を得ることができる。さらに、接合部拡大、成膜時の残留応力の解放、および成膜時の加工硬化の緩和が図られ、特性が向上することから、高周波加熱等を用いて強化皮膜のみを局部的に加熱してもよい。基材に対する熱の影響を最小限に抑えることができることからも、強化皮膜のみを局部的に加熱することが好ましい。
【0028】
本発明の方法において、アルミニウム合金基材の表面にコールドスプレー法によって形成された強化皮膜は、皮膜を形成する強化材料の粉末粒子と基材の間の冶金的な結合が不十分(密着しただけ)な部位が存在する。そこで、皮膜形成後に熱処理を行うことで、原子相互拡散による基材と強化皮膜の接合界面の接合状態の改善、強化皮膜内部における粉末粒子同士の接合状態の改善、接合部拡大、成膜時の残留応力の解放、および成膜時の加工硬化の緩和が図られ、基材と皮膜形成材料の粒子との接合界面が改質され、その特性が向上する。
【実施例】
【0029】
以下、本発明の実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例に限定されるものではない。
【0030】
(実施例1)
準結晶アルミニウム合金粉末の作製
表1に示す成分組成(原子比)の母合金1〜3を高周波溶解炉で溶製した後、各母合金1〜3を、窒素雰囲気中で、高圧水アトマイズ法(水噴霧圧:5MPa、溶湯温度:1200℃)によって急冷して凝固させ、準結晶アルミニウム合金粉末1〜3を作製した。得られた準結晶アルミニウム合金粉末1〜3の平均粒径は約15μmであった。
【0031】
【表1】
【0032】
図2に、得られた準結晶アルミニウム合金粉末1〜3について測定したX線回折スペクトルを示す。図2から、得られた準結晶アルミニウム合金粉末1〜3は、fcc(面心立方格子)構造の微細なアルミニウム結晶相と、微細な正20面体準結晶相とを含む混相組織を有することが分かった。図3において、(111)、(200)、(220)、(311)で示すピークはfcc構造のAl結晶に由来するピークであり、(211111)、(221001)で示すピークは正20面体準結晶相に由来するものである。この図3に示す各ピークの解析より、得られた準結晶アルミニウム合金粉末1〜3が含む準結晶アルミニウム合金相はAl/Cr/Fe=80/13.5/6.5(原子比)の組成であることが分かった。
【0033】
図3に、準結晶アルミニウム合金粉末3について、昇温速度:40K/分で行った示差走査熱分析の結果を示す。図3に示すように、440℃で立ち上がる発熱ピークが確認できる。この発熱ピークは、準結晶相の分解による発熱反応に由来するものである。したがって、得られた準結晶アルミニウム合金粉末の準結晶相の分解温度は440℃であることが分かる。この準結晶相の分解温度:440℃は、アルミニウム合金の使用温度として考えた場合、非常に高い温度であり、優れた高温機械的特性が期待される。
【0034】
コールドスプレーコーティング
前記の準結晶分散アルミニウム合金粉末3を用いて、図1に示すコールドスプレーガンを用いて、表2に示すコールドスプレー条件で、AC2B−T6からなる基材の表面に強化皮膜を形成した。
【表2】
【0035】
図4(a)に、基材表面に形成された準結晶アルミニウム合金粉末3からなる強化皮膜の断面の光学顕微鏡写真を示す。皮膜内部、および皮膜−基材界面に欠陥は確認できず、緻密な皮膜であることが分かる。
【0036】
また、図4(b)に、強化皮膜の内部を透過型電子顕微鏡(TEM)で撮影した結果を示す。その結果、形成された強化皮膜は、アルミニウム合金マトリクス中に準結晶アルミニウム合金粒子が微細分散しており、コーティング後も構造を保持していることが分かる。
【0037】
さらに、図5に、強化皮膜のX線回折による構造解析結果を示す。この解析結果からも、形成された強化皮膜は、準結晶アルミニウム合金粉末と同様に、すなわち、アルミニウム合金マトリクス中に準結晶アルミニウム合金粒子が微細分散した構造を有することが分かる。
【0038】
さらに、強化皮膜のビッカース硬度を測定した。図6に、強化皮膜の硬度の測定結果を示す。この結果から、強化皮膜の硬度は、押し出し成形による固化材より高くなっており、これは準結晶アルミニウム合金粉末の堆積時の塑性変形によりマトリクスが加工硬化していることに起因する、と考えられる。そして、強化皮膜の特性としては、押し出し成形材より高強度である、と推測される。
【0039】
熱処理
表3に示す熱処理条件にしたがって、強化皮膜を形成した基材に熱処理を施した。
【表3】
【0040】
この熱処理に際して、熱処理時間に伴って変化する強化皮膜の硬度を測定した。図7に、300℃および400℃で熱処理した強化皮膜について、それぞれ熱処理時間に伴う強化皮膜の硬度の変化を示す。図7に示すとおり、熱処理前には、強化皮膜を形成する準結晶アルミニウム合金粒子の塑性変形による加工硬化のため、非常に高い硬度を示しているが、熱処理に伴って強化皮膜の硬度が低下していることが分かる。
【0041】
また、熱処理に際して、300℃および400℃で熱処理した強化皮膜について、熱処理時間に伴って変化する強化皮膜の残留応力を、X線回折による構造解析によって測定した。図8に、熱処理時間に伴う強化皮膜の残留応力の変化を示す。図8に示すとおり、熱処理前には、強化皮膜の形成時に蓄積された圧縮による残留応力が残存しているが、熱処理に伴って強化皮膜の残留応力が開放されることが分かる。
【0042】
次に、図9(a)および(b)に、熱処理前後での強化皮膜の内部組織の透過型電子顕微鏡写真を示す。図9(a)に示すとおり、熱処理前の強化皮膜においては、アルミニウム合金マトリクスに、強化皮膜の形成時に導入されたひずみが転位として存在していることが確認できる。これに対して、図9(b)に示す熱処理後の強化皮膜の内部組織の透過方電子顕微鏡写真から、熱処理に伴いマトリクスのひずみが開放されていることが分かる。これは、アルミニウム合金マトリクスの加熱による回復および再結晶挙動に起因する、と考えられる。
【0043】
また、図10、図11(a)、(b)および(c)、ならびに図12(a)、(b)および(c)に、熱処理前後の強化皮膜の断面の光学顕微鏡写真を示す。このとき、強化皮膜の断面は、バフ研磨後、フッ酸水溶液を用いて、25℃で10秒間エッチング処理を施した。
【0044】
図10は、熱処理前の強化皮膜の断面の光学顕微鏡写真を示す。図10から、エッチング処理によって、基材と、強化皮膜を形成する準結晶アルミニウム合金の粒子との間の接合不良部が黒い境界として確認できる。
【0045】
図11(a)、(b)および(c)は、300℃で1時間、10時間および200時間熱処理を施した後の強化皮膜の断面の光学顕微鏡写真である。また、図12(a)、(b)および(c)は、400℃で1時間、10時間および200時間熱処理を施した後の強化皮膜の断面の光学顕微鏡写真である。これらの図11(a)、(b)および(c)、ならびに図12(a)、(b)および(c)から、熱処理の進行に伴って、強化皮膜を形成する準結晶アルミニウム合金の粒子同士の間の接合界面が不明瞭になっていくことが分かる。これは、加熱に伴って溶質原子の相互拡散により、準結晶アルミニウム合金の粒子同士の接合界面が改質されていることを示している。
【0046】
さらに、図13に示すとおり、アルミニウム合金(6061−T6)からなる2本の丸棒31,32(長さ:30mm、外径:24mm)を突合せ、ボルト(図示せず)で固定した。次に、丸棒31と丸棒32の突合せ部33を覆うように、丸棒31,32の表面に、前記のコールドスプレー条件で準結晶アルミニウム合金粉末3からなる強化皮膜(厚さ:500μm)34を形成して引張試験用の試験体35を作製した。
【0047】
次に、試験体35を、大気雰囲気下、表4に示す熱処理条件で熱処理した後、引張試験に供した。引張試験は、300℃および400℃で熱処理した試験体35のそれぞれについて行った。
引張試験は、試験体35の丸棒31,32を固定しているボルトを外し、丸棒31と丸棒32を中心軸の方向に沿って反対方向に引張り、強化皮膜34に引張荷重を加えて、破断応力を測定した。
【0048】
【表4】
【0049】
図14に、引張試験の結果を示す。図14に示す結果から、熱処理によって、熱処理前と比較して強化皮膜の引張強度が向上していることが分かる。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】コールドスプレーによる強化皮膜の形成方法を説明する概念図である。
【図2】準結晶アルミニウム合金粉末について測定したX線回折スペクトルを示す図である。
【図3】準結晶アルミニウム合金粉末の示差走査熱分析の結果を示す図である。
【図4】(a)は、強化皮膜の断面の光学顕微鏡写真、(b)は、強化皮膜の内部組織の透過型電子顕微鏡写真である。
【図5】強化皮膜のX線回折による構造解析結果を示す図である。
【図6】強化皮膜の硬度の測定結果を示す図である。
【図7】300℃および400℃で熱処理した強化皮膜について、それぞれ熱処理時間に伴う硬度の変化を示す図である。
【図8】熱処理時間に伴う強化皮膜の残留応力の変化を示す図である。
【図9】(a)および(b)は、熱処理前後での強化皮膜の内部組織の透過型電子顕微鏡写真である。
【図10】熱処理前の強化皮膜の断面の光学顕微鏡写真である。
【図11】(a)、(b)および(c)は、それぞれ300℃で1時間、10時間および200時間熱処理を施した後の強化皮膜の断面の光学顕微鏡写真である。図である。
【図12】(a)、(b)および(c)は、それぞれ400℃で1時間、10時間および200時間熱処理を施した後の強化皮膜の断面の光学顕微鏡写真である。
【図13】引張試験用の試験体を示す図である。
【図14】熱処理した試験体の引張試験の結果を示す図である。
【図15】(a)および(b)は、コールドスプレーによる皮膜形成材料の粉末粒子と基材との接合状態を説明する概念図である。
【符号の説明】
【0051】
1 コールドスプレーガン
2 ノズル
3 チャンバ
4 粉末導入口
5 加熱ガス導入口
M 皮膜
W 基材
P 粒子
31,32 丸棒
33 突合せ部
34 強化皮膜
35 試験体
51 基材
52 粉末粒子
53 接合領域
54 接合不完全領域
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材と、基材の表面に形成された強化皮膜の接合界面の改質方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属基材の強度を向上させることを目的として、金属基材の表面に金属皮膜を形成する方法として各種の方法が知られている。例えば、金属やセラミクスなどを火炎溶射、プラズマ溶射などの溶射法により母材の表面にコーティングする方法、コールドスプレーなどが知られている。
【0003】
溶射法において、表面に形成する溶射皮膜と母材との接合は、溶射皮膜を構成する粒子と基材の間の投錨効果による機械的結合による。また、溶射皮膜を構成する粒子間の結合も、粒子同士の投錨効果による機械的結合による。そのため、密着力が弱く、高強度な皮膜を得ることができず、皮膜のはく離が問題となる。例えば、金属基材の表面に、熱膨張係数の非常に小さいセラミクス等からなる皮膜を溶射で設ける場合には、熱膨張係数差が大きいことに起因するはく離が常に問題となっている。さらに、高温化溶融状態で皮膜を形成するため、表面に酸化皮膜や気孔の形成、内部に酸化物層の巻き込み、凝固収縮に伴う欠陥が残存し、また、皮膜の成分組成のばらつきが生じる等の問題がある。
【0004】
一方、コールドスプレーは、金属基材の表面に形成する皮膜の成分からなる粉末を、溶融またはガス化させることなく、不活性ガスととともに超音速流で固相状態のまま基材に衝突させて、粉末粒子の塑性変形によって基材表面に皮膜を形成する方法である(特許文献1、特許文献2等参照)。
【0005】
このコールドスプレーは、皮膜を構成する材料からなる粉末を、溶融またはガス化させることなく、不活性ガスと共に超音速流で固相状態のまま基材に衝突させて塑性変形にて皮膜を形成する方法である。このコールドスプレーによって形成される皮膜は、溶射等の溶融プロセスにおける溶融・凝固に伴って酸化皮膜の巻き込み、合金組織中の気孔の生成、合金組成のばらつき等の欠陥を生じない点で、有利である。
【特許文献1】特開2006−176882号公報
【特許文献2】特開2004−76157号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、コールドスプレー等の非溶融プロセスでは、皮膜形成材料の粉末粒子を、溶融またはガス化させることなく、固相状態で基材に衝突させて、粉末粒子の塑性変形を主体とする結合機構によって皮膜が形成される。そのため、図15(a)に示すように、基材51に衝突した粉末粒子52の周辺部のように、大きな塑性変形を示す領域では酸化皮膜が破壊され新生面同士の金属結合が達成される。しかし、図15(b)に示すように、粉末粒子52と基材51の接合領域53の接合界面中央部のように変形が小さい領域では、相互の材料が密着するのみで冶金的な結合が形成されず、接合不完全領域が存在する。また、大きな塑性変形に伴う加工硬化、残留応力も機械的特性に影響を与える。そのため、不完全な結合部に起因して皮膜が低応力で破断する虞があり、高強度な皮膜を得るには粉末粒子52と基材51、さらに、粉末粒子52と粉末粒子52の間の結合状態を改善する必要がある。
【0007】
そこで、本発明の課題は、コールドスプレー法によって基材上に形成された強化皮膜と、基材との接合界面の強度を向上させることができる強化皮膜の接合界面の改質方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するために、本発明者らは、鋭意研究の結果、コールドスプレー法による強化皮膜の形成においては、皮膜形成粒子と基材の間の冶金的な結合が不十分(密着しただけ)な部位が存在することを知見した。そして、皮膜形成後に適宜熱処理を行うことで、原子相互拡散による接合部拡大、成膜時の残留応力の解放、および成膜時の加工硬化の緩和が図られ、基材と皮膜形成材料の粒子との接合界面が改質され、その特性が向上することを知見した。
【0009】
すなわち、前記知見に基づき、請求項1に記載の発明の強化皮膜の接合界面の改質方法は、アルミニウム合金からなる基材の表面にコールドスプレーを用いて強化皮膜を形成した強化部材の前記基材と前記強化皮膜の接合界面の改質方法であって、前記強化皮膜に熱処理を施こすことを特徴とする。
【0010】
この強化皮膜の接合界面の改質方法では、強化皮膜に熱処理を施こすことによって、アルミニウム合金からなる基材と、コールドスプレーを用いて形成した強化皮膜との接合界面を改質し、基材と強化皮膜との間の原子相互拡散による接合部の拡大、強化皮膜の成膜時の残留応力の解放、成膜時の加工硬化の緩和によって、接合界面の強度の向上を図ることができる。
【0011】
請求項1に記載の発明は、前記強化皮膜の接合界面の改質方法において、前記強化皮膜が、準結晶分散合金またはアモルファス分散合金からなることを特徴とする。
【0012】
この強化皮膜の接合界面の改質方法では、準結晶分散合金またはアモルファス分散合金で形成された強化皮膜を熱処理することによって、基材と強化皮膜の接合界面の強度の向上を図ることができる。
【0013】
請求項3に記載の発明は、前記強化皮膜の接合界面の改質方法において、前記熱処理を、300〜400℃で0.5〜200時間施こすことを特徴とする。
【0014】
この強化皮膜の接合界面の改質方法では、300〜400℃で0.5〜200時間熱処理を施こすことによって、基材と強化皮膜の接合界面の強度の向上を図ることができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明の方法によれば、熱処理によって、コールドスプレー法によって基材上に形成された強化皮膜と、基材との接合界面の接合状態を改善するとともに、強化皮膜内部における粉末粒子の接合状態も改善し、高強度かつ高品質な強化皮膜を得ることができる。また、同時に、原子相互拡散による接合部拡大、成膜時の残留応力の解放、および成膜時の加工硬化の緩和が図られ、特性が向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の強化皮膜の接合界面の改質方法(以下、「本発明の方法」という)について詳細に説明する。
【0017】
本発明の方法は、アルミニウム合金からなる基材の表面に形成された強化皮膜と、基材との接合界面の強度を向上させる方法である。強化皮膜を形成する部位は、特に制限されず、高強度が要求される必要部位に必要量だけの強化材料を用いて強化皮膜を形成することによって、アルミニウム合金基材からなる部材の高強度化を低コストで達成することが可能となる。
【0018】
本発明の方法において、基材を構成するアルミニウム合金は、特に制限されず、アルミニウム合金基材からなる部材の形状、使用環境、形態等に応じて適宜選択される。例えば、AC2B、AC4C、AC8C等の汎用の鋳造用アルミニウム合金、ADC1、ADC5、ADC12等の汎用のダイキャスト用アルミニウム合金、あるいは2000系、3000系、4000系、5000系、6000系、7000系等の汎用の展伸材用のアルミニウム合金からなる基材で構成される部材の必要部位に強化皮膜を形成して高強度化を測ることができる。
【0019】
本発明の方法において、アルミニウム合金基材の表面に形成する強化皮膜は、アルミニウム合金基材より高強度な強化材料で形成される。用いる強化材料は、基材が使用される温度域において、所望の強度を有する材料を用いる。例えば、280℃程度の温度域で使用され、引張強度として200MPa程度の強度が要求される部材を、本発明の方法によって強化される基材で構成する場合には、強化材料として高温強度に優れた準結晶分散合金等を用いることができる。また、使用時に加熱および冷却を伴う環境で使用される部材を構成する基材の場合には、加熱および冷却に伴う熱膨張差に起因するはく離を抑制するためには、基材と強化皮膜を形成する強化材料の熱膨張係数が近いことが望ましい。例えば、アルミニウム合金からなる基材に対して、熱膨張係数がアルミニウム合金の1/2以下であるセラミクス、Ti合金、鋼等は不適であり、熱膨張係数が同等である高強度なアルミニウム合金が適している。具体的には、アルミニウム合金からなる基材に対して熱膨張係数の差が±15%以内である強化材料を用いることが好ましい。この強化皮膜の膜厚は、0.25〜1mm程度である。
【0020】
さらに、本発明の方法において、コールドスプレー法では、固相状態で強化材料からなる粉末粒子を基材に衝突させて、粉末粒子の塑性変形を主体とする結合機構によって皮膜が形成されることから、強化皮膜を形成する強化材料としては、塑性変形能を持った金属材料が適している。また、強化皮膜は、耐磨耗性、遮熱性、耐腐食性、高強度化等の各種の目的で基材表面に形成されるが、特に、高強度な強化皮膜を形成するためには、基材との接合性の観点から基材を形成するアルミニウム合金と同系統の合金であることが好ましい。
【0021】
さらに、本発明において、250℃〜300℃程度の高温域で使用され、引張強度、圧縮強度、疲労強度等の機械的強度が求められる基材に形成する強化皮膜では、強化材料として、準結晶分散合金またはアモルファス分散合金を用いることが好ましい。これらの準結晶分散合金またはアモルファス分散合金は、非常に微細な準結晶相またはアモルファス相が、マトリクスを構成する合金結晶または過飽和固溶体相中に強化粒子として分散された合金組織を有するものである。例えば、アルミニウム合金からなる準結晶分散粒子またはアモルファス相が、アルミニウム結晶、またはアルミニウムからなる過飽和固溶体相中に強化粒子として分散された合金組織を有するものである。これらの準結晶分散粒子またはアモルファス相は、溶湯からの急冷凝固時に過冷却液体となった溶液から晶出させることができる。このため、準結晶分散合金またはアモルファス分散合金の合金組織は、非常に微細で、かつ高体積率で準結晶分散粒子またはアモルファス相が分散しているため、強化皮膜の強度向上に対する寄与が大きい。また、これらの準結晶分散粒子またはアモルファス相を有する合金組織は、アルミニウム合金としての高温領域(300℃前後)でも安定して存在するため、高温領域でもその特性を維持することができる。この準結晶アルミニウム分散合金の具体例として、特開2006−274311号公報に記載のアルミニウム基合金が挙げられる。
【0022】
前記準結晶アルミニウム分散合金の具体例として、アルミニウムを主成分とする溶湯が過冷却されてなるアルミニウム基合金であって、溶湯は、準結晶を形成するQ元素と、準結晶の形成を補助するP元素と、溶湯の過冷却状態を安定化させると共に前記準結晶の晶出を遅らせるS元素とを含み、アルミニウム結晶相またはアルミニウム過飽和固溶体相中に、準結晶分散粒子が分散しているアルミニウム基合金が挙げられる。ここで、溶湯は、一般式:AlbalQaPbSc(Q元素:Mn、Cr、V、Li、Pd、Ruから選択される一種もしくは二種以上の元素、P元素:Fe、Mo、Nb、Cu、Au、Mgから選択される一種もしくは二種以上の元素、S元素:Ti、Co、Zr、Si、Ni、Ge、W、Ca、Sr、Baから選択される一種もしくは二種以上の元素、a、b、cは、原子%で、1≦a≦7、1≦b≦6、0.5≦c≦5、balは、元素Q1、元素Q2、および元素P1以外の残部(bal:Balance)としてアルミニウムを含むことを示す)で示されるものである。
【0023】
また、アモルファス分散合金の具体例として、アルミニウムを主成分とする合金溶湯が過冷却されてなるアルミニウム基合金であって、前記合金溶湯は、準結晶相を形成可能な元素Q1と、前記準結晶の形成を補助する元素Q2と、前記合金溶湯の過冷却状態を安定化させると共に結晶相の晶出を遅らせる元素P1とを含み、微細な非晶質相と、アルミニウム結晶相もしくはアルミニウムの過飽和固溶体相との混合組織、または非晶質相のみの単相からなるアルミニウム基合金が挙げられる。このアモルファス分散合金は、下記一般式:AlbalQ1aQ2bP1c
(ただし、前記一般式中、Q1は、Mn、Cr、V、およびLiから選択される一種または二種以上の元素であり、Q2は、Fe、Mo、Nb、およびCuから選択される一種または二種以上の元素であり、P1は、Ti、Co、Zr、Si、Ni、Ge、Ca、Sr、Ba、およびWから選択される一種または二種以上の元素であり、a、b、およびcのそれぞれは、原子%を表し、1≦a≦7、1≦b≦7、1≦c≦10、およびc≧0.75(a+b)の関係を満足する正数であり、balは、元素Q1、元素Q2、および元素P1以外の残部(bal:Balance)としてアルミニウムを含むことを示す)
で示される合金溶湯を、冷却速度1×105〜1×107K/secで冷却して得られたアルミニウム基合金であって、微細な非晶質相と、アルミニウム結晶相またはアルミニウムの過飽和固溶体相中との混合組織、または非晶質相のみの単相からなるアルミニウム基合金である。
【0024】
本発明の方法において、アルミニウム合金基材の表面に形成する強化皮膜は、非溶融プロセスであるコールドスプレー法によって形成される。溶射等の溶融・凝固に伴って酸化皮膜の巻き込み、合金組織中の気孔の生成、合金組成のばらつき等の欠陥を生じる溶融プロセスは、不適である。このコールドスプレー法は、所望の量の強化材料の粉末を、基材を選ばず、任意の基材の表面に堆積させて強化皮膜を形成することができる点で、好ましい。このコールドスプレーは、強化皮膜を構成する材料からなる粉末を、溶融またはガス化させることなく、不活性ガスと共に超音速流で固相状態のまま基材に衝突させて塑性変形にて皮膜を形成する方法である。例えば、特開2004−76157号公報に記載されている方法が挙げられる。
【0025】
図1は、コールドスプレー法を説明する概念図である。
図1に示すとおり、コールドスプレー法においては、コールドスプレーガン1のチャンバ3内に、粉末導入口4から強化皮膜を形成する粉末材料を供給する。そして、加熱ガス導入口5から常温〜900℃程度の不活性ガスを、0.5〜5.0MPa程度の高圧で導入する。チャンバ3内からノズル2の絞り部に向けて圧縮された不活性ガスは、ノズル先端に向けて膨張・加速しながら粉末粒子Pを不活性ガスとともに、超高速で、ノズル2の噴出口6の前に載置された基材Wの表面に吹き付ける。これによって、基材Wの表面に皮膜Mが成膜され、強化皮膜を形成することができる。
【0026】
このコールドスプレー法による強化皮膜の形成においては、強化材料の粉末を、非溶融状態でかつ酸素を遮断した状態で基材の表面に衝突させて、粉末粒子の塑性変形によって、基材表面に強化材料からなる強化皮膜が形成される。そして、形成される強化皮膜の表面や内部に溶融プロセスである溶射皮膜に見られる(酸化皮膜の巻き込み、合金組織中の気孔の生成、合金組成のばらつき等の)欠陥はほとんど存在しない。さらに、基材と強化皮膜の密着形態は、溶射層のように投錨効果によるものではなく、粉末と基材の間の塑性変形に伴う金属結合を主としており、高い密着強度が期待できる。
【0027】
本発明の方法において、コールドスプレー法によって基材表面に形成された強化皮膜は、熱処理が施される。この熱処理は、300〜400℃で0.5〜200時間、好ましくは300〜350℃で1〜10時間、強化皮膜を形成したアルミニウム合金基材を加熱処理することによって行うことができる。このとき、熱処理は、電気炉、ガス炉等を用いて、大気雰囲気中、あるいはアルゴンガス等の不活性ガス雰囲気中で行うことができる。強化皮膜の表面の酸化皮膜の形成を抑制できる点で、不活性ガス雰囲気中で熱処理を行うことが好ましい。また、本発明において、強化皮膜のみを加熱すれば、原子の相互拡散によって、基材と強化皮膜の接合界面の接合状態が改善されるとともに、強化皮膜内部における粉末粒子同士の接合状態も改善され、高強度かつ高品質な強化皮膜を得ることができる。さらに、接合部拡大、成膜時の残留応力の解放、および成膜時の加工硬化の緩和が図られ、特性が向上することから、高周波加熱等を用いて強化皮膜のみを局部的に加熱してもよい。基材に対する熱の影響を最小限に抑えることができることからも、強化皮膜のみを局部的に加熱することが好ましい。
【0028】
本発明の方法において、アルミニウム合金基材の表面にコールドスプレー法によって形成された強化皮膜は、皮膜を形成する強化材料の粉末粒子と基材の間の冶金的な結合が不十分(密着しただけ)な部位が存在する。そこで、皮膜形成後に熱処理を行うことで、原子相互拡散による基材と強化皮膜の接合界面の接合状態の改善、強化皮膜内部における粉末粒子同士の接合状態の改善、接合部拡大、成膜時の残留応力の解放、および成膜時の加工硬化の緩和が図られ、基材と皮膜形成材料の粒子との接合界面が改質され、その特性が向上する。
【実施例】
【0029】
以下、本発明の実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例に限定されるものではない。
【0030】
(実施例1)
準結晶アルミニウム合金粉末の作製
表1に示す成分組成(原子比)の母合金1〜3を高周波溶解炉で溶製した後、各母合金1〜3を、窒素雰囲気中で、高圧水アトマイズ法(水噴霧圧:5MPa、溶湯温度:1200℃)によって急冷して凝固させ、準結晶アルミニウム合金粉末1〜3を作製した。得られた準結晶アルミニウム合金粉末1〜3の平均粒径は約15μmであった。
【0031】
【表1】
【0032】
図2に、得られた準結晶アルミニウム合金粉末1〜3について測定したX線回折スペクトルを示す。図2から、得られた準結晶アルミニウム合金粉末1〜3は、fcc(面心立方格子)構造の微細なアルミニウム結晶相と、微細な正20面体準結晶相とを含む混相組織を有することが分かった。図3において、(111)、(200)、(220)、(311)で示すピークはfcc構造のAl結晶に由来するピークであり、(211111)、(221001)で示すピークは正20面体準結晶相に由来するものである。この図3に示す各ピークの解析より、得られた準結晶アルミニウム合金粉末1〜3が含む準結晶アルミニウム合金相はAl/Cr/Fe=80/13.5/6.5(原子比)の組成であることが分かった。
【0033】
図3に、準結晶アルミニウム合金粉末3について、昇温速度:40K/分で行った示差走査熱分析の結果を示す。図3に示すように、440℃で立ち上がる発熱ピークが確認できる。この発熱ピークは、準結晶相の分解による発熱反応に由来するものである。したがって、得られた準結晶アルミニウム合金粉末の準結晶相の分解温度は440℃であることが分かる。この準結晶相の分解温度:440℃は、アルミニウム合金の使用温度として考えた場合、非常に高い温度であり、優れた高温機械的特性が期待される。
【0034】
コールドスプレーコーティング
前記の準結晶分散アルミニウム合金粉末3を用いて、図1に示すコールドスプレーガンを用いて、表2に示すコールドスプレー条件で、AC2B−T6からなる基材の表面に強化皮膜を形成した。
【表2】
【0035】
図4(a)に、基材表面に形成された準結晶アルミニウム合金粉末3からなる強化皮膜の断面の光学顕微鏡写真を示す。皮膜内部、および皮膜−基材界面に欠陥は確認できず、緻密な皮膜であることが分かる。
【0036】
また、図4(b)に、強化皮膜の内部を透過型電子顕微鏡(TEM)で撮影した結果を示す。その結果、形成された強化皮膜は、アルミニウム合金マトリクス中に準結晶アルミニウム合金粒子が微細分散しており、コーティング後も構造を保持していることが分かる。
【0037】
さらに、図5に、強化皮膜のX線回折による構造解析結果を示す。この解析結果からも、形成された強化皮膜は、準結晶アルミニウム合金粉末と同様に、すなわち、アルミニウム合金マトリクス中に準結晶アルミニウム合金粒子が微細分散した構造を有することが分かる。
【0038】
さらに、強化皮膜のビッカース硬度を測定した。図6に、強化皮膜の硬度の測定結果を示す。この結果から、強化皮膜の硬度は、押し出し成形による固化材より高くなっており、これは準結晶アルミニウム合金粉末の堆積時の塑性変形によりマトリクスが加工硬化していることに起因する、と考えられる。そして、強化皮膜の特性としては、押し出し成形材より高強度である、と推測される。
【0039】
熱処理
表3に示す熱処理条件にしたがって、強化皮膜を形成した基材に熱処理を施した。
【表3】
【0040】
この熱処理に際して、熱処理時間に伴って変化する強化皮膜の硬度を測定した。図7に、300℃および400℃で熱処理した強化皮膜について、それぞれ熱処理時間に伴う強化皮膜の硬度の変化を示す。図7に示すとおり、熱処理前には、強化皮膜を形成する準結晶アルミニウム合金粒子の塑性変形による加工硬化のため、非常に高い硬度を示しているが、熱処理に伴って強化皮膜の硬度が低下していることが分かる。
【0041】
また、熱処理に際して、300℃および400℃で熱処理した強化皮膜について、熱処理時間に伴って変化する強化皮膜の残留応力を、X線回折による構造解析によって測定した。図8に、熱処理時間に伴う強化皮膜の残留応力の変化を示す。図8に示すとおり、熱処理前には、強化皮膜の形成時に蓄積された圧縮による残留応力が残存しているが、熱処理に伴って強化皮膜の残留応力が開放されることが分かる。
【0042】
次に、図9(a)および(b)に、熱処理前後での強化皮膜の内部組織の透過型電子顕微鏡写真を示す。図9(a)に示すとおり、熱処理前の強化皮膜においては、アルミニウム合金マトリクスに、強化皮膜の形成時に導入されたひずみが転位として存在していることが確認できる。これに対して、図9(b)に示す熱処理後の強化皮膜の内部組織の透過方電子顕微鏡写真から、熱処理に伴いマトリクスのひずみが開放されていることが分かる。これは、アルミニウム合金マトリクスの加熱による回復および再結晶挙動に起因する、と考えられる。
【0043】
また、図10、図11(a)、(b)および(c)、ならびに図12(a)、(b)および(c)に、熱処理前後の強化皮膜の断面の光学顕微鏡写真を示す。このとき、強化皮膜の断面は、バフ研磨後、フッ酸水溶液を用いて、25℃で10秒間エッチング処理を施した。
【0044】
図10は、熱処理前の強化皮膜の断面の光学顕微鏡写真を示す。図10から、エッチング処理によって、基材と、強化皮膜を形成する準結晶アルミニウム合金の粒子との間の接合不良部が黒い境界として確認できる。
【0045】
図11(a)、(b)および(c)は、300℃で1時間、10時間および200時間熱処理を施した後の強化皮膜の断面の光学顕微鏡写真である。また、図12(a)、(b)および(c)は、400℃で1時間、10時間および200時間熱処理を施した後の強化皮膜の断面の光学顕微鏡写真である。これらの図11(a)、(b)および(c)、ならびに図12(a)、(b)および(c)から、熱処理の進行に伴って、強化皮膜を形成する準結晶アルミニウム合金の粒子同士の間の接合界面が不明瞭になっていくことが分かる。これは、加熱に伴って溶質原子の相互拡散により、準結晶アルミニウム合金の粒子同士の接合界面が改質されていることを示している。
【0046】
さらに、図13に示すとおり、アルミニウム合金(6061−T6)からなる2本の丸棒31,32(長さ:30mm、外径:24mm)を突合せ、ボルト(図示せず)で固定した。次に、丸棒31と丸棒32の突合せ部33を覆うように、丸棒31,32の表面に、前記のコールドスプレー条件で準結晶アルミニウム合金粉末3からなる強化皮膜(厚さ:500μm)34を形成して引張試験用の試験体35を作製した。
【0047】
次に、試験体35を、大気雰囲気下、表4に示す熱処理条件で熱処理した後、引張試験に供した。引張試験は、300℃および400℃で熱処理した試験体35のそれぞれについて行った。
引張試験は、試験体35の丸棒31,32を固定しているボルトを外し、丸棒31と丸棒32を中心軸の方向に沿って反対方向に引張り、強化皮膜34に引張荷重を加えて、破断応力を測定した。
【0048】
【表4】
【0049】
図14に、引張試験の結果を示す。図14に示す結果から、熱処理によって、熱処理前と比較して強化皮膜の引張強度が向上していることが分かる。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】コールドスプレーによる強化皮膜の形成方法を説明する概念図である。
【図2】準結晶アルミニウム合金粉末について測定したX線回折スペクトルを示す図である。
【図3】準結晶アルミニウム合金粉末の示差走査熱分析の結果を示す図である。
【図4】(a)は、強化皮膜の断面の光学顕微鏡写真、(b)は、強化皮膜の内部組織の透過型電子顕微鏡写真である。
【図5】強化皮膜のX線回折による構造解析結果を示す図である。
【図6】強化皮膜の硬度の測定結果を示す図である。
【図7】300℃および400℃で熱処理した強化皮膜について、それぞれ熱処理時間に伴う硬度の変化を示す図である。
【図8】熱処理時間に伴う強化皮膜の残留応力の変化を示す図である。
【図9】(a)および(b)は、熱処理前後での強化皮膜の内部組織の透過型電子顕微鏡写真である。
【図10】熱処理前の強化皮膜の断面の光学顕微鏡写真である。
【図11】(a)、(b)および(c)は、それぞれ300℃で1時間、10時間および200時間熱処理を施した後の強化皮膜の断面の光学顕微鏡写真である。図である。
【図12】(a)、(b)および(c)は、それぞれ400℃で1時間、10時間および200時間熱処理を施した後の強化皮膜の断面の光学顕微鏡写真である。
【図13】引張試験用の試験体を示す図である。
【図14】熱処理した試験体の引張試験の結果を示す図である。
【図15】(a)および(b)は、コールドスプレーによる皮膜形成材料の粉末粒子と基材との接合状態を説明する概念図である。
【符号の説明】
【0051】
1 コールドスプレーガン
2 ノズル
3 チャンバ
4 粉末導入口
5 加熱ガス導入口
M 皮膜
W 基材
P 粒子
31,32 丸棒
33 突合せ部
34 強化皮膜
35 試験体
51 基材
52 粉末粒子
53 接合領域
54 接合不完全領域
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム合金からなる基材の表面にコールドスプレーを用いて強化皮膜を形成した強化部材の前記基材と前記強化皮膜の接合界面の改質方法であって、前記強化皮膜に熱処理を施こすことを特徴とする強化皮膜の接合界面の改質方法。
【請求項2】
前記強化皮膜が、準結晶分散合金またはアモルファス分散合金からなることを特徴とする請求項1に記載の強化皮膜の接合界面の改質方法。
【請求項3】
前記熱処理を、300〜400℃で0.5〜200時間施こすことを特徴とする請求項1または請求項2に記載の強化皮膜の接合界面の改質方法。
【請求項1】
アルミニウム合金からなる基材の表面にコールドスプレーを用いて強化皮膜を形成した強化部材の前記基材と前記強化皮膜の接合界面の改質方法であって、前記強化皮膜に熱処理を施こすことを特徴とする強化皮膜の接合界面の改質方法。
【請求項2】
前記強化皮膜が、準結晶分散合金またはアモルファス分散合金からなることを特徴とする請求項1に記載の強化皮膜の接合界面の改質方法。
【請求項3】
前記熱処理を、300〜400℃で0.5〜200時間施こすことを特徴とする請求項1または請求項2に記載の強化皮膜の接合界面の改質方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図13】
【図14】
【図15】
【図4】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図13】
【図14】
【図15】
【図4】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2009−191349(P2009−191349A)
【公開日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−36535(P2008−36535)
【出願日】平成20年2月18日(2008.2.18)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年2月18日(2008.2.18)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】
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