説明

強誘電体薄膜素子及びその製造方法

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、強誘電体薄膜素子及びその製造方法に関し、特に、強誘電体単結晶薄膜を用いて構成された強誘電体薄膜素子及びその製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術】強誘電体薄膜素子は、PbTiO3 やPb(Ti1-x Zrx )O3 等の強誘電体材料からなる薄膜を基板上に直接スパッタリングすることにより、あるいは基板上に形成された電極上にスパッタリングすることにより構成されており、例えば焦電現象を利用した赤外線センサーや不揮発性メモリの強誘電体コンデンサ等に利用されている。
【0003】ところで、基板上に形成された強誘電体薄膜の強誘電性を十分に発揮させるには、強誘電体薄膜の分極容易軸が該薄膜の結晶方向と揃えられることが好ましく、従って完全な異方性を有する強誘電体単結晶薄膜を用いることが好ましい。従来、基板上に強誘電体単結晶薄膜を形成する場合、基板材料の選択が極めて重要な問題であった。すなわち、PbTiO3 よりなる単結晶薄膜を得ようとした場合、c軸配向の単結晶薄膜を形成するには、基板として(100)MgO単結晶基板を用いることが不可欠であり、また(111)単結晶薄膜を形成するには、C面またはR面のサファイア単結晶基板を用いることが不可欠であった。これは、基板上において強誘電体単結晶薄膜を形成する場合、基板材料の結晶性の良否が大きな役割を果たしているためと考えられていた。また、強誘電体単結晶薄膜を基板上に形成する場合、強誘電体単結晶薄膜及び基板材料間の熱膨張係数の差が大きく影響することも報告されている(日本応用物理学会誌、第30巻、第9B号、第2145〜2148ページ(1991))。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】上記のように、強誘電体薄膜素子を強誘電体単結晶薄膜を用いて構成する場合、強誘電体単結晶薄膜の結晶性に応じて、特定の結晶方位の基板材料を選択しなければならなかった。すなわち、強誘電体単結晶薄膜を用い強誘電体薄膜素子を製造しようとした場合、基板材料の制約が非常に厳しかった。
【0005】本発明の目的は、基板材料の結晶性についての制約を緩和することができ、従来は用い得なかった基板材料を用いて強誘電体単結晶薄膜が形成されている強誘電体薄膜素子及びその製造方法を提供することにある。
【0006】
【課題を解決するための手段】また、本発明の強誘電体薄膜素子は、幅a及び長さbであり、かつb/a≧5である矩形板状の基板と、キュリー点における熱膨張係数が前記基板を構成する材料の熱膨張係数と異なる強誘電体材料からなり、前記基板上に直接または間接にスパッタリングにより形成された強誘電体単結晶薄膜とを備える、強誘電体薄膜素子である。
【0007】本発明の強誘電体薄膜素子の製造方法は、幅a及び長さbであり、かつb/a≧5である矩形板状の基板を用意する工程と、キュリー点における熱膨張係数が上記基板を構成する材料の同じ温度における熱膨張係数と異なる強誘電体材料を、前記基板上にスパッタリングすることにより強誘電体単結晶薄膜を形成する工程とを備えることを特徴とする。
【0008】
【作用】前述した先行技術に記載されているように、強誘電体単結晶薄膜の形成に際しては、基板材料の熱膨張係数と単結晶薄膜との熱膨張係数との差が大きく影響する。すなわち、この先行技術には、PbTiO3 セラミックスを主成分とするターゲットを用いて石英ガラス基板上にPbTiO3 単結晶薄膜をスパッタリングにより形成した例、並びにMgO単結晶基板上にPbTiO3 単結晶薄膜を形成した例が開示されている。そして、PbTiO3 のキュリー点におけるPbTiO3 、MgO単結晶及び石英ガラスの熱膨張係数は、MgO単結晶≧PbTiO3 強誘電体単結晶薄膜≧石英ガラスの関係にあるため、石英ガラス基板上ではa軸に配向された強誘電体単結晶薄膜が形成され、MgO単結晶基板上ではc軸に配向された強誘電体単結晶薄膜が形成されるとしている。
【0009】すなわち、図1(a)に示すように、石英ガラス基板1上でPbTiO3 単結晶薄膜2を形成した場合には、熱膨張係数がPbTiO3 単結晶薄膜2の方が大きいため、薄膜形成後にキュリー点を通過して冷却されるに際し、引張応力が強誘電体薄膜2側に加えられる。その結果、強誘電体薄膜2がa軸配向の単結晶薄膜となることが示されている。また、図1(b)に示すように、MgO単結晶基板3上にPbTiO3 薄膜4を形成した場合には、キュリー点を通過して室温に冷却されるに際し、上記熱膨張係数差により図示の矢印で示すように強誘電体薄膜4に圧縮応力が加わり、それによってc軸配向の単結晶薄膜が形成されることが報告されている。
【0010】本発明者らは、上記のように強誘電体単結晶薄膜の結晶配向性が、基板材料との熱膨張係数差によって制御されることに着目し、基板材料と強誘電体単結晶薄膜との熱膨張係数差を積極的に利用すれば従来使用し得なかった基板材料と組み合わせた場合でも、a軸またはc軸配向の強誘電体単結晶薄膜を形成し得るのではないかと考え、鋭意検討した。その結果、基板材料の形状を工夫することにより所望の結晶配向性を有する強誘電体単結晶薄膜が得られることを見出した。
【0011】すなわち、本発明では、基板が幅a及び長さbを有し、b/a≧5とされているため、基板上に強誘電体単結晶薄膜をスパッタリングにより形成した場合、冷却に際して上記熱膨張係数差に起因する引張応力または圧縮応力が基板の寸法異方性による応力と相まって強誘電体薄膜に効果的に加えられる。従って、従来使用できなかった組み合わせの基板材料を用いた場合であっても、a軸またはc軸配向の強誘電体単結晶薄膜を製造することができる。なお、基板の厚みtについては、上記幅aに対して、t≦a/2の内側にあることが好ましい。厚みtがa/2を超えると、図1に示した矢印の引張応力や圧縮応力が十分な大きさとなり難いからである。
【0012】
【実施例の説明】実験1まず、図2に示す基板5として、下記の表1に示す5種類の寸法の石英ガラスよりなる基板を用意した。石英ガラスの熱膨張係数は、室温から後述のPbTiO3 系材料のキュリー温度を含む広い温度範囲にわたり、ほぼ0である。
【0013】
【表1】


【0014】次に、上記基板5上に、下記の条件でPbTiO3 をスパッタリングし、膜厚1.5μmの強誘電体薄膜を形成した。
スパッタリング条件■ 使用した装置…RFマグネトロンスパッタ装置■ ターゲット…PbTiO3 セラミックス(c/a比:1.032、キュリー点:320℃及びキュリー点における熱膨張係数:100×10-7/℃)
■ 基板温度…650℃■ スパッタリング・ガス圧…20mTorr■ スパッタリングガス…ArO2 を容量比で90対10の割合で含有する混合ガス■ RFパワー…200W/(径4インチのターゲット当たり)
■ スパッタリング時間…2時間
【0015】上記スパッタリングにより、表1に示すように、b/a≧5を満たす試料番号4及び5の基板を用いた場合には、a軸に配向したPbTiO3 単結晶薄膜が形成された。すなわち、図3に試料番号4の場合に形成された薄膜のX線回折パターンを示すように、a軸配向PbTiO3 が形成されており、反射高速電子回折(RHEED)でスポット状を示し、単結晶薄膜であることが確認された。
【0016】これに対して、b/a<5である試料番号1〜3の基板を用いた場合には、a軸配向PbTiO3 であったが、反射高速電子回折(RHEED)ではリング状を示し、多結晶薄膜であった。これは、以下の理由によると考えられる。PbTiO3 のキュリー点における熱膨張係数は100×10-7/℃であり、同温度における石英ガラスよりなる基板の熱膨張係数よりも大きいため、スパッタリング後の冷却に際し強誘電体薄膜が引張応力を受ける。試料番号4,5では、上記b/a≧5であるため基板5の長辺側と短辺側における上記引張応力に大きな差が生じ、それによって基板5内で2次元的な2方向の引張応力が働き、単結晶化が進行したものと考えられる。すなわち、使用する基板の長さの幅に対する比b/aを5以上とすることにより基板5上に形成される強誘電体薄膜の長辺側と短辺側に加えられるひずみ量に大きな差が生じ、それによって単結晶薄膜が得られていると考えられる。
【0017】実験2次に、上記石英ガラス基板に代えて、下記の表2に示す各寸法のα−クオーツまたはα−クリストバライトを主成分とする結晶化ガラス(熱膨張係数は150×10-7/℃)基板を用い、実験1と同様の条件でPbTiO3 薄膜をスパッタリングにより形成した。その結果、表2に示すように試料番号6〜8では、c軸配向多結晶膜が形成されたのに対し、試料番号9,10ではc軸配向単結晶薄膜が形成された。
【0018】
【表2】


【0019】例えば上記試料番号9において基板上に形成された薄膜では、図4にX線回折パターン図で示すように、c軸配向PbTiO3 が形成されており、反射高速電子回折(RHEED)でスポット状を示し、単結晶薄膜であることが確認された。これは、上記結晶化ガラスのキュリー点における熱膨張係数が150×10-7/℃であり、PbTiO3 に比べて大きいため、スパッタリング後の冷却時に図1(b)に示したような矢印方向に大きな圧縮応力が加わり、強誘電体薄膜がひずんだことによるものと考えられる。そして、試料番号9,10ではb/a≧5の基板を用いているため強誘電体薄膜の長辺側と短辺側においてひずみの大きさに大きな差があるため、基板内で2次元的な2方向の圧縮応力が働き、c軸配向単結晶薄膜が形成されたのに対し、試料番号6〜8では上記長辺側と短辺側のひずみ量の差が小さいため単結晶化には至らなかったものと考えられる。
【0020】なお、上記実験1及び実験2では、それぞれ、石英ガラス及びα−クォーツガラスを用いたが、本発明の強誘電体薄膜素子及びその製造方法では、これらの材料以外の基板材料を用いることができる。また、強誘電体材料についても、PbTiO3 以外の材料、例えばPb(Ti1-x Zrx )O3 等を用いることもできる。要するに、基板寸法比を考慮して強誘電体材料のキュリー点における熱膨張係数>基板材料の同一温度における熱膨張係数の関係にある強誘電体材料及び基板材料を用いればa軸に配向された強誘電体単結晶薄膜を形成することができ、キュリー点における強誘電体材料の熱膨張係数<基板材料の同じ温度における熱膨張係数の関係にある組み合わせを用いた場合にはc軸に配向された強誘電体単結晶薄膜を形成することができる。
【0021】従って、本発明では、従来用い得なかった基板材料を用いてa軸またはc軸に配向された強誘電体単結晶薄膜を形成することができる。上記実験1及び実験2では、基板上に直接強誘電体単結晶薄膜を形成していたが、基板上に電極を形成し、しかる後強誘電体単結晶薄膜を形成してもよい。
【0022】本発明は、強誘電体薄膜素子及びその製造方法に関するものであるが、強誘電体薄膜素子としては、基板上に直接または間接的に上記強誘電体単結晶薄膜が形成された構造を備える限り、その他の構造については特に限定されない。すなわち、図5に示すように、基板11上に電極12を形成し、電極12上に強誘電体単結晶薄膜13を形成し、さらに強誘電体単結晶薄膜13上に電極14を形成した構造等、用途に応じて任意の構造とすることができる。同様に、本発明の強誘電体薄膜素子の製造方法においても、基板上に直接または間接的に強誘電体単結晶薄膜を形成する工程以外については、従来より公知の強誘電体薄膜素子の製造方法に従って行い得る。
【0023】
【発明の効果】以上のように、本発明の強誘電体薄膜素子の製造方法によれば、基板として上記b/a≧5の関係にある形状を有し、かつ強誘電体材料と熱膨張係数の異なる材料からなる基板を用いて強誘電体薄膜が形成されるため、a軸またはc軸に配向した強誘電体単結晶薄膜が基板材料の結晶性に制約されずに形成され得る。よって、従来用いることができなかった材料からなる基板を有する強誘電体単結晶薄膜素子を提供することが可能となる。
【0024】また、本発明の強誘電体薄膜素子では、基板が上記特定の形状を有し、強誘電体材料と上記のような熱膨張係数差を有するため、従来用い得なかった基板材料からなる基板を用いた強誘電体薄膜素子を得ることができるため、基板材料の選択の範囲を広げることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【図1】(a)及び(b)は、それぞれ、基板と強誘電体薄膜との熱膨張係数差に基づく応力が加わる方向を説明するための断面図。
【図2】実施例で用いられた基板の形状を説明するための斜視図。
【図3】実験1で形成された強誘電体単結晶薄膜のX線回折パターン図。
【図4】実験2で形成された強誘電体単結晶薄膜のX線回折パターン図。
【図5】本発明が適用される強誘電体薄膜素子の一例を示す断面図。
【符号の説明】
1…基板
2…強誘電体薄膜
3…基板
4…強誘電体薄膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】 幅a及び長さbであり、b/a≧5である矩形板状の基板と、キュリー点における熱膨張係数が同じ温度における前記基板材料の熱膨張係数と異なる強誘電体材料により構成されており、かつ前記基板上に直接または間接的にスパッタリングにより形成された強誘電体単結晶薄膜とを備えることを特徴とする、強誘電体薄膜素子。
【請求項2】 幅a及び長さbであり、かつb/a≧5である矩形板状の基板を用意する工程と、キュリー点における熱膨張係数が同じ温度における前記基板を構成する材料の熱膨張係数と異なる強誘電体材料を、前記基板上にスパッタリングして強誘電体単結晶薄膜を形成する工程とを備えることを特徴とする、強誘電体薄膜素子の製造方法。

【図2】
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【図4】
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【図1】
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【図3】
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【図5】
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【特許番号】特許第3214031号(P3214031)
【登録日】平成13年7月27日(2001.7.27)
【発行日】平成13年10月2日(2001.10.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願平4−35244
【出願日】平成4年2月21日(1992.2.21)
【公開番号】特開平5−235428
【公開日】平成5年9月10日(1993.9.10)
【審査請求日】平成11年2月17日(1999.2.17)
【出願人】(000006231)株式会社村田製作所 (3,635)