説明

弾性波センサ及び検出方法

【課題】従来システムは、実験室内での実験では好適であるが、溶液フローシステムや恒温槽を必要とするシステムであるため実験室外では使い勝手が悪いという問題があった。そこで、このような問題を解決し、簡便な方法で抗原抗体反応を検出可能な弾性波センサとその検出方法を提供する。
【解決手段】弾性波センサの伝搬特性の変化に基づいて被測定物質を検出する検出方法において、横波型弾性表面波を発生させる励振工程と、被測定物質を希釈するための溶液である基準溶液を被測定物質が固定化された測定用弾性波素子に滴下する前の位相角度を測定する第一の位相測定工程と、基準溶液を測定用弾性波素子に滴下した後の位相角度を測定する第二の位相測定工程と、第一及び第二の位相測定工程で測定した位相角度に基づいて被測定物質の固定化量を推定する固定化量推定工程と、を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被測定物質のセンシングに利用される弾性波センサと被測定物質検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、弾性表面波の医療・環境・バイオ等の様々な分野において、構造が簡単で小型化が期待できる水晶振動子等の音響デバイスを用いたセンサが被測定物質の検出、量、濃度等の測定を行うために使用されている。
【0003】
音響デバイスを用いたセンサの一例として溶液センサがある。この溶液センサは、圧電性基板上にセンシング領域を挟んで、櫛歯状電極指の形状をした励振電極及び受信電極が形成されている。この励振電極に高周波信号が印加されると、電極指間に電界が発生し、圧電効果により圧電性基板が励振されて弾性表面波が発生する。
【0004】
そして、このセンシング領域に被測定物質を含んだ溶液を滴下すると、この溶液の存在により圧電性基板表面を伝搬する弾性表面波の伝搬特性(例えば、表面波速度)が変化するため、この弾性表面波の伝搬特性の変化を検出して被測定物質をセンシングすることができる。
【0005】
また、溶液センサには、特許文献1に示される抗原抗体反応を利用した免疫センサがある。この免疫センサには、励振電極と受信電極との間に、被測定物質に感応する感応膜が形成されている。特許文献1には、ラム波モードの音響デバイスを用いた免疫センサシステムにおいて、バッファ液、抗原を修飾したラテックス溶液および検体溶液を免疫センサの装着された測定用セル内に送り込む溶液フローシステムが開示されている。さらに、反応を安定させるためにセンサ及び測定用セル、および溶液フローシステムが恒温槽内に設置されている。
【0006】
【特許文献1】特開平5−232114号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記の免疫センサシステムは、実験室内での実験では好適であるが、溶液フローシステムや恒温槽を必要とするシステムであるため実験室外では使い勝手が悪いという問題があった。そこで、本発明は、このような問題を解決して、簡便な方法で抗原抗体反応による重量変化を検出可能な弾性波センサとその検出方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
以上のような目的を達成するために、本発明に係る検出方法は、被測定物質に対して吸着性を示す測定用感応膜が圧電性基板上に形成された測定用弾性波素子を用いて、測定用感応膜の変化に伴って生じる弾性表面波の伝搬特性の変化により被測定物質を検出する検出方法において、圧電性基板を励振して横波型弾性表面波を発生させる励振工程と、被測定物質を希釈するための溶液である基準溶液を被測定物質が固定化された測定用弾性波素子に滴下する前の位相角度を測定する第一の位相測定工程と、基準溶液を測定用弾性波素子に滴下した後の位相角度を測定する第二の位相測定工程と、第一及び第二の位相測定工程で測定した位相角度に基づいて被測定物質の固定化量を推定する固定化量推定工程と、を含み、固定化量推定工程は、予め測定された既知の固定化量による位相角度変化と、測定により得られた位相角度変化と、に基づいて推定することを特徴とする。
【0009】
また、本発明に係る検出方法は、被測定物質に対して吸着性を示す測定用感応膜が圧電性基板上に形成された測定用弾性波素子を用いて、測定用感応膜の変化に伴って生じる弾性表面波の伝搬特性の変化により被測定物質を検出する検出方法において、測定用感応膜と同じ感応膜が形成された基準用弾性波素子と、測定用弾性波素子と、が同じ圧電性基板に設けられ、圧電性基板を励振して横波型弾性表面波を発生させる励振工程と、被測定物質を希釈するための溶液である基準溶液を被測定物質が固定化された測定用弾性波素子に滴下した時の両弾性波素子の位相角度を測定する第三の位相測定工程と、第三の位相測定工程で測定された両弾性波素子によって測定された位相角度に基づいて被測定物質の固定化量を推定する固定化量推定工程と、を含み、固定化量推定工程は、予め測定された既知の固定化量による位相角度変化と、測定により得られた位相角度変化と、に基づいて推定することを特徴とする。
【0010】
さらに、本発明に係る弾性波センサは、被測定物質に対して吸着性を示す測定用感応膜が形成された測定用弾性波素子を有する弾性波センサにおいて、圧電性基板に横波型弾性表面波を励振する励振電極と、測定用感応膜が形成された測定領域と、測定領域を伝搬した横波型弾性表面波を受信する受信電極と、を有し、被測定物質を希釈するための溶液である基準溶液によって測定用感応膜が完全に覆われるように圧電性基板上の測定用感応膜を囲む外壁を設けたことを特徴とする。
【0011】
さらにまた、本発明に係る弾性波センサにおいて、基準溶液を測定用弾性波素子に滴下する前の位相角度を測定し、基準溶液を測定用弾性波素子に滴下した後に位相角度を測定する位相測定手段と、位相測定手段によって測定された位相角度に基づいて測定用感応膜に固定化された被測定物質の固定化量を推定する固定化量推定手段と、を有し、固定化量推定手段は、予め測定された既知の固定化量による位相角度変化と、測定により得られた位相角度変化と、に基づいて推定することを特徴とする。
【0012】
さらにまた、本発明に係る弾性波センサにおいて、測定用感応膜と同じ感応膜が形成された基準用弾性波素子と、測定用弾性波素子と、が同じ圧電性基板に設けられ、基準溶液を測定用弾性波素子に滴下した時の両弾性波素子の位相角度を測定する位相角度測定手段と、両弾性波素子によって測定された位相角度に基づいて測定用感応膜に固定化された被測定物質の固定化量を推定する固定化量推定手段と、を有し、固定化量推定手段は、予め測定された既知の固定化量による位相角度変化と、測定により得られた位相角度変化と、に基づいて推定することを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明を用いることにより、弾性波センサに固定化した抗体溶液の抗体濃度がSH−SAWの位相角度変化と比例すること利用し、簡便な方法で抗原抗体反応を検出可能とする効果がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態(以下実施形態という)を、図面に従って説明する。
【実施例】
【0015】
(第1実施形態)
図1には、本実施形態の原理を説明するための測定用弾性波素子30a及び基準用弾性波素子30bを有する弾性波センサ30と、信号発生器11と、位相角度検出回路12と、基準溶液滴下器13と、を含む弾性波センサシステム10が示されている。
【0016】
弾性波センサ30には、櫛歯入力電極14と櫛歯出力電極16との間の弾性表面波の伝搬路上に感応膜22が形成された反応場が設けられている。反応場の構造は、溶液の導電率などの電気的性質の影響を受けない全面金(Au)の電気的に短絡された素子を用いている。また、感応膜22を溶液で完全に覆うため、光感光性エポキシ樹脂を用いてフォトリゾグラフィにより外壁21を作成したが、その伝搬損失は3dB以下であった。
【0017】
弾性波センサの基板25は温度特性が良好な37°回転Y−cut水晶基板を使用し、弾性表面波は水晶基板上の垂直X軸方向に伝搬する横波型弾性表面波(Shear Horizontal−SAW:SH−SAW)を用いている。SH−SAWは、表面に滴下された溶液への縦波放射がなく伝搬減衰が少ないという特徴があり、本実施形態では、例えば、中心周波数250MHzのSH−SAWを使用することにより、波長λは20μm程度で、微少な変化を持つ横波を発生する弾性波センサを用いた。なお、図1において、測定用弾性波素子30aと基準用弾性波素子30bを、同一構造とすることで、温度や湿度の変化を相殺させている。
【0018】
図2は、濃度の異なる抗体溶液を測定用弾性波素子に固定化した後に、基準溶液を測定用弾性波素子に滴下し、滴下していない基準用弾性波素子の位相角度を基準とした場合の時間経過による位相角度の変化を示した特性図である。
【0019】
実験に使用した基準溶液は、10mM,pH7.4のPBSバッファ溶液を用いた。被測定溶液は、CRP抗体(Oriental Yeast Co,Ltd)を基準溶液で希釈し、0.106μg/mlから1060μg/mlの5種類である。次に、5種類の被測定溶液を各弾性波センサの測定用弾性波素子30aと基準用弾性波素子30bとに各20μl滴下して2時間保持し、その後、抗体溶液を取り除き、濃度の異なる抗体を固定化した弾性波センサ30を同様に5種類用意した。なお、滴下した20μlは、感応膜22の全面に溶液が行き渡る容量である。
【0020】
次に、実験の手順を示す。測定を開始して5分後に抗体を含まない基準溶液を基準溶液滴下器13より測定用弾性波素子30aの反応場へ20μl滴下し、抗体分子の表面吸着を弾性波センサシステム10で測定した。図2に示すように、5種類の弾性波センサとも滴下前においては、位相角度の変化は見られないが、滴下後は溶液中の抗体分子の金表面吸着によりSH−SAWの速度が変化し、位相角度の変化が見られた。この現象は、数回の再現実験においても同様に再現し、抗体溶液の抗体濃度の増加にしたがって位相角度の変化量は増加する。
【0021】
また、測定を開始して10分から30分経過すると、さらにその位相角度が変化することも観測された。本発明者は、時間経過に伴い位相角度がさらに変化する原因として、抗体分子の非特異的な吸着現象が影響しているとの仮定の下に、抗原抗体反応以外の吸着を積極的に除去する手順を検討した。
【0022】
図3は、弾性波センサの実験サンプルとして、(I)濃度の異なる抗体溶液を測定用弾性波素子に滴下して2時間保持し、その後、抗体溶液を取り除いて窒素乾燥させたもの(以下(I)と略す)と、(II)抗体溶液を取り除いて反応場表面を純水洗浄した後に、窒素乾燥したもの(以下(II)と略す)との比較を示す特性図である。この手順の追加は、抗原抗体反応による特性変化と、抗体分子の非特異的な吸着による特性の変化を区別するために行った。
【0023】
図3に示すように、抗体溶液を固定化していない弾性波センサに基準溶液を滴下した値を基準として、図3(I)の結果は、図3(II)よりも位相変化が少なく、かつ数値の安定性が増す。このことから、非特異的な吸着を排除することで精度の高い測定が可能であることが明らかになった。
【0024】
図4(A)〜(C)は、本実施形態における濃度の異なる抗体溶液が基準溶液の滴下により横波型弾性表面波の位相角度差として検出可能である理由を模式化した模式図である。図中、ベース部31は、全面金(Au)であり、ベース部31上に感応性の抗原32が設けられ、抗原32の周りに基準溶液35の水の分子が模式的に示されている。
【0025】
図4(A)は抗体が無い状態であり、図4(B)は抗体が少し固定された状態であり、図4(C)は抗体が多く固定された状態の弾性波センサ表面を示している。横波型弾性表面波の波長は20μm程度で表面に滴下された基準溶液への縦波放射がなく伝搬減衰が少ない状態で伝搬する。横波型弾性表面波は基板表面にエネルギーが集中しているため、基板表面に物質が固着すると、固着物質の質量変化やその粘性の変化等によって、その音速が変化する。
【0026】
よって、ベース部31に固定化された抗体や抗原の量によって横波型弾性表面波の音速が変化し位相が変化する。
【0027】
(第2実施形態)
図5には、第2実施形態における弾性波センサを含む弾性波センサシステムの構成図が示されている。図1に示した第1実施形態では、測定用弾性波素子と基準用弾性波素子を有していたが、第2実施形態では、測定時の温度を一定に保つことにより、測定用弾性波素子だけでも同様の精度で測定することが可能となる。このような構成とすることで、弾性波センサの小型化とコストダウンが可能となる。
【0028】
以上、上述したように、本実施形態を用いることにより、弾性波センサに固定化した抗体溶液の抗体濃度の増加にしたがって位相角度の変化量は増加すること利用し、簡便な方法で抗原抗体反応を検出可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明の第1実施形態における弾性波センサを含む弾性波センサシステムの構成図である。
【図2】本発明の実施形態における滴下前の位相角度を基準とした場合の時間に対する位相角度の変化を示した特性図である。
【図3】本発明の実施形態における滴下後10分経過の位相角度の変化を示した特性図である。
【図4】本発明の実施形態における抗原抗体反応の模式図である。
【図5】本発明の第2実施形態における弾性波センサを含む弾性波センサシステムの構成図である。
【符号の説明】
【0030】
10 弾性波センサシステム、11 信号発生器、12 位相角度検出回路、13 基準溶液滴下器、14 櫛歯入力電極、16 櫛歯出力電極、21 外壁、22 感応膜、25 基板、30 弾性波センサ、30a 測定用弾性波素子、30b 基準用弾性波素子、31 ベース部、32 抗原、35 基準溶液。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被測定物質に対して吸着性を示す測定用感応膜が圧電性基板上に形成された測定用弾性波素子を用いて、測定用感応膜の変化に伴って生じる弾性表面波の伝搬特性の変化により被測定物質を検出する検出方法において、
圧電性基板を励振して横波型弾性表面波を発生させる励振工程と、
被測定物質を希釈するための溶液である基準溶液を被測定物質が固定化された測定用弾性波素子に滴下する前の位相角度を測定する第一の位相測定工程と、
基準溶液を測定用弾性波素子に滴下した後の位相角度を測定する第二の位相測定工程と、
第一及び第二の位相測定工程で測定した位相角度に基づいて被測定物質の固定化量を推定する固定化量推定工程と、
を含み、
固定化量推定工程は、予め測定された既知の固定化量による位相角度変化と、測定により得られた位相角度変化と、に基づいて推定することを特徴とする検出方法。
【請求項2】
被測定物質に対して吸着性を示す測定用感応膜が圧電性基板上に形成された測定用弾性波素子を用いて、測定用感応膜の変化に伴って生じる弾性表面波の伝搬特性の変化により被測定物質を検出する検出方法において、
測定用感応膜と同じ感応膜が形成された基準用弾性波素子と、測定用弾性波素子と、が同じ圧電性基板に設けられ、
圧電性基板を励振して横波型弾性表面波を発生させる励振工程と、
被測定物質を希釈するための溶液である基準溶液を被測定物質が固定化された測定用弾性波素子に滴下した時の両弾性波素子の位相角度を測定する第三の位相測定工程と、
第三の位相測定工程で測定された両弾性波素子によって測定された位相角度に基づいて被測定物質の固定化量を推定する固定化量推定工程と、
を含み、
固定化量推定工程は、予め測定された既知の固定化量による位相角度変化と、測定により得られた位相角度変化と、に基づいて推定することを特徴とする検出方法。
【請求項3】
被測定物質に対して吸着性を示す測定用感応膜が形成された測定用弾性波素子を有する弾性波センサにおいて、
圧電性基板に横波型弾性表面波を励振する励振電極と、測定用感応膜が形成された測定領域と、測定領域を伝搬した横波型弾性表面波を受信する受信電極と、を有し、
被測定物質を希釈するための溶液である基準溶液によって測定用感応膜が完全に覆われるように圧電性基板上の測定用感応膜を囲む外壁を設けたことを特徴とする弾性波センサ。
【請求項4】
請求項3に記載の弾性波センサにおいて、
基準溶液を測定用弾性波素子に滴下する前の位相角度を測定し、基準溶液を測定用弾性波素子に滴下した後に位相角度を測定する位相測定手段と、
位相測定手段によって測定された位相角度に基づいて測定用感応膜に固定化された被測定物質の固定化量を推定する固定化量推定手段と、
を有し、
固定化量推定手段は、予め測定された既知の固定化量による位相角度変化と、測定により得られた位相角度変化と、に基づいて推定することを特徴とする弾性波センサ。
【請求項5】
請求項3に記載の弾性波センサにおいて、
測定用感応膜と同じ感応膜が形成された基準用弾性波素子と、測定用弾性波素子と、が同じ圧電性基板に設けられ、
基準溶液を測定用弾性波素子に滴下した時の両弾性波素子の位相角度を測定する位相角度測定手段と、
両弾性波素子によって測定された位相角度に基づいて測定用感応膜に固定化された被測定物質の固定化量を推定する固定化量推定手段と、
を有し、
固定化量推定手段は、予め測定された既知の固定化量による位相角度変化と、測定により得られた位相角度変化と、に基づいて推定することを特徴とする弾性波センサ。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2008−122105(P2008−122105A)
【公開日】平成20年5月29日(2008.5.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−303181(P2006−303181)
【出願日】平成18年11月8日(2006.11.8)
【出願人】(000004330)日本無線株式会社 (1,186)
【Fターム(参考)】