説明

弾性表面波素子、無線通信装置

【課題】 弾性表面波の減衰が小さく、信号出力レベルがほぼ同等の移相器を形成する男性表面波素子と、この移相器を搭載する無線通信装置を提供する。
【解決手段】 弾性表面波素子10は、半導体基板30に形成される弾性表面波素子であって、半導体基板30の表面に形成される圧電体薄膜33と、圧電体薄膜33の表面に形成される櫛歯交差電極からなる入力IDT50と第1の出力IDT60と第2の出力IDT70と、を備え、第1の出力IDT60が、入力信号に対して位相差0°の第1の出力信号を出力し、第2の出力IDT70が、第1の出力信号に対して位相差90°の第2の出力信号を出力する移相器20を形成し、櫛歯交差電極の長さと、入力IDT50と第1の出力IDT60または第2の出力IDT70との距離と、をそれぞれ調整し、第1の出力信号と第2の出力信号の出力電圧を近似させる。無線通信装置300は、この移相器20を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、弾性表面波素子と、この弾性表面波素子を備える無線通信装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の無線通信装置において、主としてデジタル変調方式が採用されているが、このデジタル変調方式の基本技術として直交変調方式があり、I/Q信号の生成に移相器が用いられている。
【0003】
従来、半導体基板上に、所定の周波数特性を有する弾性表面波素子と、弾性表面波の伝搬方向に差動増幅器の差動対を構成する2個のトランジスタが形成され、これらのトランジスタの内部で電子またはホールの走行する方向が弾性表面波の伝搬方向と同じであり、前述のトランジスタのゲートが弾性表面波素子の伝搬方向において、一方のトランジスタは、弾性表面波の時間0(つまり位相0°)、他方のトランジスタは(1/4)λだけ遅れる(位相が90°遅れる)ように配置し、デジタル通信で必要とされるI/Q信号を得る高周波回路素子が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
【特許文献1】特開平10−284984号公報(第5,6頁、図5,6)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
このような特許文献1では、半導体基板上に弾性表面波素子(SAW)を形成した後、トランジスタのゲート電極位置を、弾性表面波素子との距離が(1/4)λ(λは弾性表面波の波長)となるようにして移相器を形成しているが、弾性表面波素子とトランジスタの製造プロセスが異なるため、正確な距離を管理することが困難であり、位相誤差及び振幅誤差を低減することが困難である。このことは、この移相器を無線通信機器等に採用した際に、転送効率が低下するというような課題が考えられる。
【0006】
さらに、この弾性表面波素子は、送信用(励振用)と受信用のIDT(Interdigital Transducer)を備えており、この送信用IDTと受信用のIDTとの距離が長い場合、あるいは、それらIDTと差動増幅器の差動対を構成するトランジスタとの距離が長い場合において、弾性表面波が伝播過程で減衰することがあり、この伝播損失によって信号出力の差異が発生するということが考えられる。
【0007】
本発明の目的は、前述した課題を解決することを要旨とし、弾性表面波の伝播過程での伝播損失の大きさをほぼ平準化し、信号出力がほぼ同じレベルの移相器が形成される弾性表面波素子と、この弾性表面波素子を搭載する小型で、転送効率が高い無線通信装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の弾性表面波素子は、半導体基板に形成される弾性表面波素子であって、前記半導体基板に形成される圧電体薄膜と、前記圧電体薄膜の表面に形成される櫛歯交差電極からなる入力IDTと第1の出力IDTと第2の出力IDTと、を備え、前記第1の出力IDTが、前記入力IDTからの入力信号に対して位相差0°の第1の出力信号を出力し、前記第2の出力IDTが、前記第1の出力信号に対して位相差90°の第2の出力信号を出力する移相器が形成され、前記櫛歯交差電極の長さと、前記入力IDTと前記第1の出力IDTまたは第2の出力IDTとの距離と、をそれぞれ調整し、前記第1の出力信号と第2の出力信号の出力電圧を近似させることを特徴とする。
【0009】
この発明によれば、半導体基板上に圧電体薄膜と入力IDT、第1の出力IDT、第2の出力IDTからなる弾性表面波素子を形成し、この弾性表面波素子が位相差90°の移相器を構成しているため、前述した従来技術に比べ構成部品数が少なく、簡単な構造で、しかも前述した各IDTを半導体製造プロセスで一括形成できるため、それぞれのIDTの形状、IDT間の距離を正確に管理することが可能で、位相誤差や振幅誤差が小さい小型の移相器を構成することができる。
【0010】
また、この弾性表面波素子は、機能回路素子を含む半導体基板に形成するので、1チップICとすることができ、小型で取り扱い易く、コスト低減が可能なデバイスを提供することができる。
【0011】
また、このような弾性表面波素子は、櫛歯交差電極の長さ及び入力IDTと出力IDTとの距離が弾性表面波の伝播損失に影響することが知られているが、櫛歯交差電極の長さと、入力IDTと第1の出力IDTの距離、または第2の出力IDTとの距離と、をそれぞれ調整することによって、第1の出力信号と第2の出力信号とが、ほぼ同レベルの信号出力を得ることができ、信号処理を安定して行うことができる。
【0012】
また、本発明は、前記入力IDTと前記第1の出力IDTと前記第2のIDTとが、弾性表面波の進行方向の範囲内に順次配置され、前記入力IDTの先頭櫛歯電極と前記第1の出力IDTの先頭櫛歯電極との距離をL1=nλ(nは整数、λは弾性表面波の波長)とし、前記入力IDTの先頭櫛歯電極と前記第2の出力IDTの先頭櫛歯電極との距離をL2=mλ±(1/4)λ(mは整数)とする移相器が形成されていることが好ましい。
【0013】
このような、入力IDTと第1の出力IDTと第2の出力IDTの構成により、第1の出力IDTの出力信号は入力IDTの信号と同相、つまり位相差0°の出力信号、第2の出力IDTは、第1の出力IDTの出力信号に対して±(1/4)π(rad)、つまり+90°または−90°の位相差を容易につくり出すことができ、前述したこれらのIDTを半導体製造プロセスで一括形成できるため位相誤差が小さい移相器を実現することができる。
【0014】
また、本発明の構成では、前記第1の出力IDTの櫛歯電極の長さをH1とし、前記第2の出力IDTの櫛歯電極の長さをH2としたとき、H1<H2に設定される移相器が形成されていることが好ましい。
【0015】
詳しくは、後述する実施の形態で説明するが、弾性表面波の伝播損失が、櫛歯交差電極の長さとほぼ反比例する領域が存在し、また伝播損失が、入力IDTと出力IDTとの距離に比例するため、入力IDTと近い位置にある第1の出力IDTの櫛歯交差電極の長さを第2の出力IDTよりも小さく設定することで、第1の出力IDTと第2の出力IDTとの伝播損失をほぼ同じにすることで、第1の出力信号と、第2の出力信号の出力をほぼ同じレベルにすることができる。
【0016】
また、前記第1の出力IDTの櫛歯電極を接続するバス電極が、前記圧電体薄膜の下方の弾性表面波の進行に影響がない位置に配置される移相器が形成されていることが好ましい。
【0017】
前述したように、第1の出力IDTと第2の出力IDTの櫛歯交差電極の長さが、H1<H2に設定されている場合、弾性表面波の進行範囲に第1の出力IDTの櫛歯電極を接続するバス電極があると、弾性表面波の進行を妨げることが考えられるが、このバス電極を弾性表面波の進行に影響がない位置に配置することで、弾性表面波の進行を妨げることがなく、正確な位相差90°の移相器を実現することができる。
【0018】
また、本発明では、前記第1の出力IDTの櫛歯交差電極の対数をpとし、前記第2の出力IDTの櫛歯交差電極の対数をqとしたときに、p<qとなるように設定される移相器が形成されていることが好ましい。
【0019】
前述したように、弾性表面波の伝播損失は、入力IDTと出力IDTとの距離に比例する。詳しくは実施の形態で後述するが、第1の出力IDTより第2の出力IDTの櫛歯交差電極の対数を増加することで、第2の出力IDTに係る伝播損失が減少する。従って、入力IDTとの距離が大きい第2の出力IDTの櫛歯交差電極の対数を多くすることで、第1の出力IDTと第2の出力IDTそれぞれの伝播損失をほぼ同一にすることができ、このことから、第1の出力信号と第2の出力信号との信号出力をほぼ同じになるよう調整することができる。
【0020】
さらに、本発明の構成では、前記入力IDTの両側に、前記第1の出力IDTと前記第2の出力IDTとが配置される移相器が形成されていることが好ましい。
【0021】
このような構成によれば、入力IDTの両側に、第1の出力IDTと第2の出力IDTとを配置することにより、入力IDTと、第1の出力IDTと第2の出力IDTとのそれぞれの距離を短くすることができ弾性表面波の伝播損失を低減することができる。
【0022】
また、このようにすれば、入力IDTと、第1の出力IDTと第2の出力IDTとのそれぞれの距離の差を小さくすることができるので、伝播損失の大きさもほぼ同じとなり、それぞれの信号出力を同じレベルにすることができる。
【0023】
また、本発明の無線通信装置は、デジタル直交変調/復調方式による無線通信装置であって、デジタル直交変調/復調のための同相成分信号または直交成分信号を生成する移相器を備え、前記移相器が、請求項1ないし請求項6のいずれか一項に記載の弾性表面波素子からなることを特徴とする。
【0024】
この発明によれば、半導体基板に形成される弾性表面波素子からなる移相器を備え、デジタル直交変調及び復調を行うため、振幅誤差及び位相誤差を小さく抑えることができ転送効率が高い無線通信装置を提供することができる。
また、半導体基板に弾性表面波素子が形成され、1チップ化しているため、小型化やコスト低減にも寄与できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
図1〜図5は本発明に係る実施形態1の弾性表面波素子が示され、図6には、この弾性表面波素子からなる移相器が搭載される無線通信装置、図7,8には、実施形態2の移相器、図9には、実施形態3の移相器が示されている。
(実施形態1)
【0026】
図1(a)、(b)、(c)は、実施形態1に係る弾性表面波素子を模式的に示す断面図である。図1(a)において、弾性表面波素子10は、基本構成として、半導体基板30の表面に絶縁層31、絶縁層32が層状に形成され、その層間には、配線層101〜103が形成され、絶縁層32の表面には圧電体薄膜33が形成されている。この圧電体薄膜33の表面には、櫛歯交差電極からなる入力IDT50と、第1の出力IDT60と、第2の出力IDT70と、反射器41,42とが形成されている。
【0027】
半導体基板30は、本実施形態ではシリコン(Si)から構成されるが、他に化合物半導体材料(GaAs、GaP、InP、SiGe、ZnSなど)を採用することができる。この半導体基板30には、弾性表面波素子10の駆動回路や信号処理回路等を構成するトランジスタ等の機能回路素子を含む回路100が形成されている。
【0028】
絶縁層31,32は、酸化シリコン(SiO2)またはSi34から形成されるが、他にリンドープガラス(PSG)、TiO2,Ta25、等を採用することができる。また、配線層101〜103は、アルミニウムから形成される。配線層の材料としては他に、アルミニウム合金、Cu,Cu合金、Au、Au合金等から形成され、それぞれビアホール101A,102A,103Aによって回路100の所定の端子に接続されている。
【0029】
さらに、圧電体薄膜33の材料は、弾性表面波を励振可能な圧電体としてZnO、AlN、PZT(Pb−Zr−Ti)等を適宜選択して採用することができる。圧電体薄膜33の厚みは、その材質や結晶性に応じて適宜設定されるが、励起される弾性表面波の1波長以上の厚みに設定される。この圧電体薄膜33の表面に櫛歯交差電極が構成されている。
この櫛歯交差電極からなる入力IDT50と第1の出力IDT60と第2の出力IDT70とから移相器20が構成される。
【0030】
続いて、本実施形態に係る櫛歯交差電極の構成について説明する。
図2は、櫛歯交差電極の構成を模式的に示す平面図である。図2において、入力IDT50と、第1の出力IDT60と、第2の出力IDT70と、が弾性表面波の進行方向に順次配置され構成されている。また、入力IDT50及び第2の出力IDT70それぞれの外側には、反射電極からなる反射器41,42が形成されている。
【0031】
これら、反射器41,42を含んで、入力IDT50、第1の出力IDT60、第2の出力IDT70とは、半導体製造プロセスによって、一括形成される。
なお、反射器41,42は、必ずしも設けなくてもよい。
【0032】
入力IDT50は、櫛歯電極51からなるIN電極と、櫛歯電極52からなるGND(グランド)電極と、がそれぞれ挿間されて櫛歯交差電極をなしている。櫛歯電極51はバス電極57で接続されており、その中間部でIN端子54に接続され、櫛歯電極52はバス電極53で接続され、その中間部でGND端子55に接続されている。
【0033】
櫛歯電極51の2本と、隣り合う櫛歯電極52の2本とで、櫛歯交差電極1対とカウントし、図2では、入力IDT50は3対の櫛歯交差電極で構成されている。なお、櫛歯交差電極は、3対に限定されず、整数倍の構成とすることができる。
【0034】
隣接する2本の櫛歯電極51の次の櫛歯電極までの電極間ピッチはλ(弾性表面波の波長)である。なお、櫛歯電極の幅と隣接する櫛歯電極間の隙間は(1/8)λである。入力IDT50の先頭櫛歯電極56からnλ(図2では、L1で表し、nは整数、nλは入力IDT50の全長より長い)の距離に第1の出力IDT60が形成されている。
【0035】
従って、第1の出力IDT60の出力信号(第1の出力信号)の位相は、入力IDT50の出力信号の位相と同期しているため、同相の信号を出力し、入力IDT50に対しては位相差0°の出力電極であり、第2の出力IDT70に対しては励振電極(入力電極)である。
【0036】
第1の出力IDT60は、櫛歯電極61からなるOUT1電極と、櫛歯電極62からなるGND電極から構成されている。櫛歯電極61は、バス電極63で接続され、そのうちの1本の櫛歯電極65が、OUT1端子64に接続されている。
【0037】
このバス電極63は、前述した圧電体薄膜33の下の絶縁層31の表面に形成され、櫛歯電極61とはビアホール66でそれぞれ接続されている。この断面構造は、図1(b)を参照して後述する。
また、櫛歯電極62は、入力IDT50から延在されるバス電極53で接続されている。
【0038】
櫛歯電極61とGND電極62との組み合わせ、櫛歯電極の幅及び電極間ピッチは、入力IDT50と同様に構成されている。ここで、櫛歯電極61の長さはH1である。
なお、第1の出力IDT60は、図2では、櫛歯交差電極3対で構成されているが、3対には限定されず整数倍の構成とすることができる。
【0039】
続いて、第1の出力IDT60に係る断面構造について図1(b)を参照して説明する。図1(b)において、櫛歯電極61には、櫛歯電極61とバス電極63との交差部に(図2、参照)ビアホール66を設け、圧電体薄膜33と絶縁層32を貫通して、絶縁層31と絶縁層32との層間に形成されたバス電極63と接続されている。
【0040】
また、櫛歯電極61の中央部の櫛歯電極65は、OUT1端子64まで延在され、OUT1端子64からビアホールを経てバス電極63に接続されている。
さらに、バス電極63は、ビアホール105によって、回路100の所定の端子に接続されている。
【0041】
櫛歯電極61の長さ(H1で表される)は、隣り合う入力IDT50の櫛歯電極51や第2の出力IDT70の櫛歯電極71よりも小さいため、弾性表面波の進行範囲にバス電極63が存在することになり、弾性表面波の進行に影響を与えることが考えられる。そのため、バス電極63は、絶縁層31の表面に形成される。
【0042】
第2の出力IDT70は、櫛歯電極71からなるOUT2電極と、櫛歯電極72からなるGND電極と、がそれぞれが挿間されてなる櫛歯交差電極から構成されている。櫛歯電極71はバス電極75で接続されており、その中間部でOUT2端子73に接続され、櫛歯電極72は入力IDT50から延在されるバス電極53で接続されている。
【0043】
この際、第2の出力IDT70の櫛歯電極の長さは、H2で表され、前述した第1の出力IDT60の櫛歯電極の長さH1よりも長く設定されている。
また、櫛歯電極71と櫛歯電極72との組み合わせ、櫛歯電極の幅及び電極間ピッチは、入力IDT50と同様に構成され、第2の出力IDT70は、図2では、櫛歯交差電極3対で構成されているが、3対には限定されず整数倍の構成とすることができる。
【0044】
第2の出力IDT70は、入力IDT50の端部の先頭櫛歯電極56から先頭櫛歯電極74までの距離L2がmλ+(1/4)λ(mは整数、L2はL1+第1の出力IDTの全長より長い)に設定されている。従って、第2の出力IDT70の出力信号(第2の出力信号)の位相は、第1の出力IDT60の出力信号の位相とは+(1/4)πλ(rad)だけずれている。つまり、位相差+90°の出力信号が出力される。
【0045】
なお、L2=mλ−(1/4)λに設定すれば、第1の出力IDT60の出力信号に対して位相差−90°の出力信号を得ることができる。
【0046】
次に、第2の出力IDT70と回路100との接続構造を図1(c)を参照して説明する。第2の出力IDT70は、OUT2端子73の下部に設けられるビアホール68によって、圧電体薄膜33及び絶縁層32を貫通して、絶縁層31と絶縁層32との層間に設けられる配線層104に接続され、さらに、ビアホール106によって回路100の所定の端子に接続されている。
【0047】
入力IDT50と回路100との接続構造は、第2の出力IDT70と回路100との接続構造と同じであるため、図示及び説明を省略する。
【0048】
このように、圧電体薄膜33に形成される入力IDT50と第1の出力IDT60と第2の出力IDT70からなる移相器20は、図3で示すように位相差90°の移相器である。
図3は、前述した移相器20により出力される信号波形を表すグラフである。横軸には時間t、縦軸には振幅stが示されている。図3において、上段にはOUT1端子64に出力される信号波形を示している。
【0049】
この信号波形は、入力IDT50から入力される入力信号と同位相の信号波形である。下段には、OUT2端子73から出力される信号波形であり、グラフに示すように、OUT2端子73から出力される信号波形は、第1の出力IDT60の出力信号に対して位相差+90°を有する。
このようにして、入力信号に対して位相差0°及び位相差+90°の2出力が得られる位相差90°の移相器が形成されるのである。
【0050】
また、前述したように、第2の出力IDTをL2=mλ−(1/4)λに設定することで、位相差−90°の出力を得ることができる。
このように、入力IDT50に対して、第1の出力IDTと第2の出力IDTの構成によって、位相差0°と位相差+90°または−90°の移相器を実現できる。
【0051】
続いて、第1の出力IDT60と第2の出力IDT70それぞれの櫛歯電極の長さH1とH2、第1の出力IDT60と第2の出力IDT70との入力IDT50からの距離と、弾性表面波の伝播損失の関係について説明する。
図4は、櫛歯電極の長さと弾性表面波の伝播損失との関係を示すグラフである。図4において、縦軸に伝播損失(dBで表し、グラフ下方が損失が大きい)、横軸に櫛歯電極の長さを表す。このグラフが示すように、伝播損失は、H0を頂点とする曲線で表され、頂点から下方は、ほぼ直線で近似される領域を有し、H1とH2は、ほぼ反比例の範囲に存在する。前述したように、櫛歯電極の長さは、H1<H2の関係にあり、伝播損失はH2、つまり第2の出力IDT70の方が小さいことを示している。
【0052】
なお、頂点位置H0は、電極材料、半導体基板材料、弾性表面波の振動モードに影響されるが、本実施形態の条件下では、概ね100λ〜数100λの範囲とされる。
【0053】
図5は、入力IDT50と、第1の出力IDT60との距離L1と第2の出力IDT70との距離L2と、弾性表面波の伝播損失との関係を示すグラフである。図5において、縦軸には伝播損失(グラフ下方が損失が大きい)、横軸には入力IDT50からの距離が表わされている。前述したように入力IDT50からの距離は、L1<L2の関係にあり、第1の出力IDT60までの伝播損失の方が、第2の出力IDT70までの伝播損失よりも小さい。
【0054】
従って、前述した櫛歯電極の長さと伝播損失と、入力IDTからの距離と伝播損失と、の関係は逆となり、櫛歯電極を短く設定する場合には距離を短くし、櫛歯電極を長く設定する場合には距離を長くするように調整することにより、伝播損失を同レベルに抑えることができ、このことから、第1の出力IDT60及び第2の出力IDT70との信号出力をほぼ同等にすることができる。
【0055】
続いて、前述した実施形態1に記載の弾性表面波素子からなる移相器を搭載した無線通信装置について図面を参照して説明する。
図6には、本発明に係る無線通信装置300の構成を示すブロック図が示され、特に本発明の要旨である移相器に係る部位の構成を示している。図6において、まず受信側からの信号の流れに沿って説明すると、アンテナ301(ATN)で受信されたデジタル信号は、送受切換器302(Duplexer)から低雑音増幅器303(LNA:Low noise Amplifier)で増幅され、帯域通過フィルタ304(BPF:Band pass fillter)で所定周波数領域の信号のみが通過されてミキサ305,306(Mixer)に入力される。
【0056】
ミキサ305には、電圧制御発信器310(VCO:Voltage controlled oscilator)からの所定の周波数の基準信号が入力され、演算処理される。ミキサ305から出力される信号は同相成分Iであり、差動増幅器309を経て帯域通過フィルタ307を経てベースバンド(Base band)信号が出力される。
【0057】
一方、ミキサ306には、移相器20(Phase Shifter)によって基準信号からつくられた位相差90°の信号が入力され、演算処理される。ミキサ306から出力される信号は直交成分Qであり、差動増幅器309を経て帯域通過フィルタ308を経てベースバンド(Base band)信号が出力される。
このように、入力信号の位相に直交変調をかけて、図示しない信号処理回路によって音声等に変換される。
【0058】
次に、送信側からの信号の流れに沿って説明すると、直交変調されたベースバンド信号のうち同相成分Iは、ミキサ312に入力される。また、直交成分Qは、ミキサ311に入力される。ミキサ312では、移相器20からの位相差90°の信号と同相成分Iとを演算処理し、ミキサ311では、電圧制御発信器310からの基準信号と直交成分Qとを演算処理し、それぞれの信号が合成(直交復調)され、帯域通過フィルタ313において不要な周波数成分が除去されて、電力増幅器314(PA:power amplifier)で増幅されてアンテナ301から送信される。
【0059】
この無線通信装置300を構成する回路素子のうち、アンテナ301と送受切換器302以外は、弾性表面波素子からなる移相器20を含め、半導体基板30内部に内蔵されており1チップの半導体装置(IC)として構成されている。
【0060】
従って、前述した実施形態1によれば、弾性表面波素子10が、半導体基板30上に圧電体薄膜33と入力IDT50、第1の出力IDT60、第2の出力IDT70からなる位相差90°の移相器20を構成しているため、前述した従来技術に比べ構成部品数が少なく、簡単な構造で、しかも前述した各IDTを半導体製造プロセスで一括形成できるため、それぞれのIDTの形状、IDT間の距離を正確に管理することが可能で、位相誤差や振幅誤差が小さい小型の移相器を構成することができる。
【0061】
また、この弾性表面波素子10は、機能回路素子を含む半導体基板に形成するので、1チップICとすることができ、小型で取り扱い易く、コスト低減が可能なデバイスを提供することができる。
【0062】
また、このような弾性表面波素子10は、櫛歯交差電極(櫛歯電極)の長さと、入力IDT50と第1の出力IDT60または第2の出力IDT70との距離と、をそれぞれ調整することによって、第1の出力信号と第2の出力信号とがほぼ同一の信号出力を得ることができ、信号処理を安定して行うことができる。
【0063】
また、前述したように、入力IDT50と第1の出力IDT60と第2の出力IDT70の構成により、第1の出力IDTは0°、第2の出力IDTは、第1の出力IDTに対して±(1/4)π(rad)、つまり+90°または−90°の位相差を容易につくり出すことができ、前述したこれらのIDTを半導体製造プロセスで一括形成できるため位相誤差が小さい移相器を実現することができる。
【0064】
また、櫛歯電極の長さが、H1<H2に設定されている場合、バス電極63を圧電体薄膜33の下方の弾性表面波の進行に影響がない位置に形成することで、弾性表面波の進行を妨げることがなく、正確な位相差90°の移相器20を実現することができる。
【0065】
さらに、実施形態1の無線通信装置300は、半導体基板30に形成される弾性表面波素子10からなる移相器20を備えているので、移相差0°の信号出力と位相差90°の信号出力がほぼ同レベルに設定することができ、安定した信号処理を行うことができる他、この移相器20を備えデジタル直交変調及び復調を行うため、振幅誤差及び位相誤差を小さく抑えることができ転送効率が高い無線通信装置を提供することができる。
また、半導体基板30に弾性表面波素子10(移相器20)が形成され、1チップ化しているため、小型化やコスト低減にも寄与できる。
(実施形態2)
【0066】
次に、本発明に係る実施形態2について図面を参照して説明する。実施形態2は、前述した実施形態1の技術思想を基本に、第1の出力IDT60と第2の出力IDT70の構成を変えたところに特徴を有し、他の構成は実施形態1と同じであるため説明を省略し、共通部分には同じ符号を附して説明する。
【0067】
図7は、実施形態2に係る移相器20の櫛歯交差電極の構成を模式的に示す平面図である。図7において、入力IDT50、第1の出力IDT60、第2の出力IDT70及び反射器41,42の配列は実施形態1と同じである。なお、反射器41,42はなくてもよい。即ち、第1の出力IDT60は、入力IDT50の先頭櫛歯電極56からの距離をL1とし、第2の出力IDT70は距離L2を有して構成されている。
【0068】
ここで、図7では、第1の出力IDT60は、OUT1電極を構成する櫛歯電極61と、GND電極を構成する櫛歯電極62とが挿間される櫛歯交差電極が3対形成されている。しかし交差電極は3対に限らず適宜設定される整数倍のp対とされる。
【0069】
また、第2の出力IDT70は、OUT2電極を構成する櫛歯電極71とGND電極を構成する櫛歯電極72とが挿間される櫛歯交差電極が4対形成されている。しかし交差電極は4対に限らず適宜設定される整数倍のq対とされる。
【0070】
これら第1の出力IDT60の櫛歯交差電極の対数pと第2の出力IDT70の櫛歯交差電極の対数qとの関係は、p<qで表される。この関係について図8を参照して説明する。
図8は、櫛歯交差電極の対数p、qと弾性表面波の伝播損失との関係を表すグラフである。図8において、縦軸には伝播損失(dBで表され、下方が損失大)、横軸には櫛歯交差電極の対数があらわされている。このグラフは、櫛歯交差電極の対数が多くなるに従い伝播損失が減少することを示している。
【0071】
つまり、第2の出力IDT70は、第1の出力IDT60よりも伝播損失が小さいことを示している。実施形態1で示したように、伝播損失は、入力IDT50からの距離に依存し、伝播損失は、入力IDT50からの距離が大きい第2の出力IDT70の方が第1の出力IDT60より大きい。
【0072】
従って、伝播損失は、櫛歯交差電極の対数と入力IDT50からの距離とは逆の関係である。このことから、櫛歯交差電極の対数と入力IDT50からの距離とを適切に調整することにより、第1の出力IDT60と第2の出力IDT70との伝播損失の大きさをほぼ同一にすることができ、このことによって、第1の出力IDT60の信号出力と第2の出力IDT70の信号出力をほぼ同レベルに設定することができる。
(実施形態3)
【0073】
続いて、本発明に係る実施形態3について図面を参照して説明する。実施形態3は、前述した実施形態1の技術思想を基本とし、入力IDT50の弾性表面波の進行方向両側に第1の出力IDT60と第2の出力IDT70とを配置したところに特徴を有する。他の構成は、実施形態1と同じであるため説明を省略し、共通部分には同じ符号を附して説明する。
【0074】
図9は、実施形態3に係る移相器20の櫛歯電極の構成を模式的に示す平面図である。図9において、入力IDT50の図中左側に第2の出力IDT70が配置され、右側に第1の出力IDT60が配置されている。
【0075】
ここで、第2の出力IDT70の先頭櫛歯電極74と、入力IDT50の先頭櫛歯電極56との距離L2は、mλ+(1/4)λに設定されている。従って、入力IDT50に対して+(1/4)πλ(rad)つまり+90°の位相差を有する信号が出力される。
【0076】
また、第1の出力IDT60は、入力IDT50の先頭櫛歯電極56からの距離L1(L1=nλ)の位置に先頭櫛歯電極61Cがくるように配置されている。従って、第1の出力IDT60は、入力IDT50の出力信号と同位相の信号を出力する。ここで、入力IDT50の他方の先頭櫛歯電極58と第1の出力IDT60の先頭櫛歯電極61Cとの距離はL3で表される。
このようにして、第1の出力IDT60からは位相差0°、第2の出力IDT70からは位相差+90°の信号が出力される位相差+90°の移相器20が形成される。
【0077】
この際、前述した(図5、参照)入力IDT50から第1の出力IDT60または第2の出力IDT70までの距離と伝播損失は比例する関係にあるため、L1とL2、L1とL3の値を近づけるように設定することで、弾性表面波の伝播損失の大きさを近似することができる。
【0078】
従って、前述した実施形態3によれば、入力IDT50の両側に、第1の出力IDT60と第2の出力IDT70とをそれぞれ配置することにより、入力IDT50と、第1の出力IDT60と第2の出力IDT70とのそれぞれの距離を短くすることができ弾性表面波の伝播損失を低減することができると共に、第1の出力IDT60と第2の出力IDT70の伝播損失の大きさもほぼ同等になる。このことにより、第1の出力IDT60と第2の出力IDT70それぞれの信号出力を同じにすることができる。
【0079】
なお、本発明は前述の実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる範囲での変形、改良等は本発明に含まれるものである。
例えば、前述の実施形態1(図1(b)、参照)では、バス電極63は、絶縁層31,32の層間に形成しているが、圧電体薄膜33が、弾性表面波の進行に影響がでない範囲の厚みを有していれば、絶縁層32と圧電体薄膜33との層間に形成することができる。
【0080】
また、前述した実施形態1による櫛歯電極の長さH1とH2の関係を実施形態2,3にも応用することができる。つまり、入力IDT50からの第1の出力IDT60または第2の出力IDT70との距離と、櫛歯電極の長さH1とH2の長さを適宜組み合わせることで、さらに第1の出力IDT60と第2の出力IDTとの信号出力のレベルを近づけることができる。
【0081】
また、前述の実施形態1〜実施形態3に示す各IDTの構成は、これに限定されるものではなく、櫛歯電極の材料、半導体基板の材料、弾性表面波の振動モードによって変えられるが、櫛歯電極の長さ、入力IDTと出力IDTとの距離を適宜組み合わせることで、各出力信号のレベルを信号処理がし易いレベルに近似することができる。
【0082】
従って、前述の実施形態1〜実施形態3によれば、、弾性表面波の伝播過程での伝播損失の大きさをほぼ平準化し、信号出力がほぼ同じ移相器が形成される弾性表面波素子と、この弾性表面波素子を搭載する小型で、転送効率が高い無線通信装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0083】
【図1】(a)、(b)、(c)は、本発明の実施形態1に係る弾性表面波素子を模式的に示す断面図。
【図2】本発明の実施形態1に係る櫛歯交差電極の構成を模式的に示す平面図。
【図3】本発明の実施形態1に係る移相器から出力される信号波形を表すグラフ。
【図4】本発明の実施形態1に係る櫛歯電極の長さと弾性表面波の伝播損失との関係を示すグラフ。
【図5】本発明の実施形態1に係る入力IDTと、出力IDTとの距離と弾性表面波の伝播損失との関係を示すグラフ。
【図6】本発明に係る無線通信装置の構成を示すブロック図。
【図7】本発明の実施形態2に係る移相器の櫛歯交差電極の構成を模式的に示す平面図。
【図8】本発明の実施形態2に係る櫛歯交差電極の対数と弾性表面波の伝播損失との関係を表すグラフ。
【図9】本発明の実施形態3に係る移相器の櫛歯交差電極の構成を模式的に示す平面図。
【符号の説明】
【0084】
10…弾性表面波素子、20…移相器、30…半導体基板、33…圧電体薄膜、50…入力IDT、60…第1の出力IDT、70…第2の出力IDT。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
半導体基板に形成される弾性表面波素子であって、
前記半導体基板に形成される圧電体薄膜と、
前記圧電体薄膜の表面に形成される櫛歯交差電極からなる入力IDTと第1の出力IDTと第2の出力IDTと、を備え、前記第1の出力IDTが、前記入力IDTからの入力信号に対して位相差0°の第1の出力信号を出力し、
前記第2の出力IDTが、前記第1の出力信号に対して位相差90°の第2の出力信号を出力する移相器が形成され、
前記櫛歯交差電極の長さと、前記入力IDTと前記第1の出力IDTまたは前記第2の出力IDTとの距離と、をそれぞれ調整し、
前記第1の出力信号と前記第2の出力信号の出力電圧を近似させることを特徴とする弾性表面波素子。
【請求項2】
請求項1に記載の弾性表面波素子において、
前記入力IDTと前記第1の出力IDTと前記第2の出力IDTとが、弾性表面波の進行方向の範囲内に順次配置され、
前記入力IDTの先頭櫛歯電極と前記第1の出力IDTの先頭櫛歯電極との距離をL1=nλ(nは整数、λは弾性表面波の波長)とし、前記入力IDTの先頭櫛歯電極と前記第2の出力IDTの先頭櫛歯電極との距離をL2=mλ±(1/4)λ(mは整数)とする移相器が形成されていることを特徴とする弾性表面波素子。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の弾性表面波素子において、
前記第1の出力IDTの櫛歯電極の長さをH1とし、前記第2の出力IDTの櫛歯電極の長さをH2としたとき、H1<H2に設定される移相器が形成されていることを特徴とする弾性表面波素子。
【請求項4】
請求項1ないし請求項3のいずれか一項に記載の弾性表面波素子において、
前記第1の出力IDTの櫛歯電極を接続するバス電極が、前記圧電体薄膜の下方の弾性表面波の進行に影響がない位置に配置される移相器が形成されていることを特徴とする弾性表面波素子。
【請求項5】
請求項1または請求項2に記載の弾性表面波素子において、
前記第1の出力IDTの櫛歯交差電極の対数をpとし、前記第2の出力IDTの櫛歯交差電極の対数をqとしたときに、p<qとなるように設定される移相器が形成されていることを特徴とする弾性表面波素子。
【請求項6】
請求項1または請求項2に記載の弾性表面波素子において、
前記入力IDTの両側に、前記第1の出力IDTと前記第2の出力IDTとが配置される移相器が形成されていることを特徴とする弾性表面波素子。
【請求項7】
デジタル直交変調/復調方式による無線通信装置であって、
デジタル直交変調/復調のための同相成分信号または直交成分信号を生成する移相器を備え、
前記移相器が、請求項1ないし請求項6のいずれか一項に記載の弾性表面波素子からなることを特徴とする無線通信装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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