説明

微生物による酢酸の製造方法

【課題】二酸化炭素、及び水素を原料として、嫌気性微生物によって酢酸を製造する方法を提供することが本発明の課題である。
【解決手段】本発明者らは、嫌気性微生物の一例としてモレラ (Moorella)属の微生物を用い、酢酸製造の好適な培養条件の検討を行った。
その結果、菌体の比増殖速度はより高温(60℃)の方が速いことが明らかとなったが、増殖に適当な温度よりも低い温度(具体的には50℃付近)の方が、酢酸蓄積濃度が増加、すなわち酢酸製造効率が高まることが明らかとなった。
即ち、本発明者らは、嫌気性微生物を用いた酢酸製造における好適な培養条件の確立に成功した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酢酸生産能を有する嫌気性微生物による酢酸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
人類の経済活動を通じて放出される二酸化炭素は、近年、地球温暖化の原因となっている可能性が指摘され、大気中への放出を抑制することが国際的な課題とされるようになり、いわゆる低炭素社会の実現が叫ばれるようになった。また、環境問題のみならず、二酸化炭素の有効利用は、新たな資源とエネルギーの供給源の提供を意味し、日本だけでなく世界の化学産業の重要なテーマでもある。このような背景の下で、本発明者らは二酸化炭素をバイオマスを経由して利用するのではなく、直接的に工業的原料としての利用する方法を種々検討してきた。その結果、二酸化炭素を同化して生育する微生物を利用することによって、二酸化炭素と水素から穏やかな条件で酢酸を製造しうることに注目した。
【0003】
二酸化炭素を炭素源として酢酸を生産する微生物として、これまで多数報告されているが、例えば次のような微生物が見出されている。
アセトバクテリウム(Acetobacterium)属
クロストリジウム(Clostridium)属
ユーバクテリウム(Eubacterium)属
バクテロイデス(Bacteroides)属
スポロミューサー(Sporomusa)属
アセトゲニウム(Acetogenium)属
モレラ (Moorella)属
サーモアナエアロバクター(Thermoanaerobacter)属
アセトハロビウム(Acetohalobium)属
【0004】
これらの微生物は、いわゆる絶対独立栄養性細菌に分類される。したがって、これらの微生物は、一般的に偏性嫌気性であって、生育系内に酸素が存在すると、その生育は阻害される傾向にある。また、これらの微生物は、二酸化炭素を炭素源とし水素ガスをエネルギー源として生育しながら、ほぼ常温かつ常圧の条件下で酢酸を生産する。このとき、微生物は以下に示す反応にしたがって、二酸化炭素2モルと水素4モルから酢酸1モルを作り出すことが知られている(特許文献1、非特許文献1及び2、他)。
【0005】
2CO2 + 4H2 → CH3COOH + 2H2O
【0006】
このように、微生物の代謝を利用すると二酸化炭素から酢酸ができることはかなり古くから知られているにもかかわらず、現在、世界で工業的に生産されている酢酸の大部分は化学的に合成されたものである。
【0007】
酢酸の合成方法としては、アセトアルデヒド、ブタン、ナフサ、エチレンなどの酸化等を利用する方法が知られている。現在では、メタノールのカルボニル化により酢酸を合成するメタノール法が主流である。メタノール法においては、レアメタルでもあるロジウムやイリジウムなどの金属触媒の存在下で、高温かつ高圧でメタノールと一酸化炭素を混合し、次の反応式にしたがって酢酸が製造されている。
【0008】
CH3OH + CO → CH3COOH
【0009】
化学的な合成方法に代えて、微生物を利用して酢酸を工業的に製造する方法が提供されれば、二酸化炭素からほぼ常温かつ常圧で酢酸を製造することができる。微生物を利用すれば、反応に高温や高圧を必要としないので、エネルギー効率に優れた酢酸の合成方法を実現することができる。また微生物を利用する酢酸の合成方法は、レアメタル等の触媒を必要としないので、原材料においても環境負荷の低い方法といえる。
【0010】
これまでにも、微生物を用いては酢酸を製造する方法が検討されてきたが(特許文献2、非特許文献3)、酢酸製造を行う際により好適な微生物の種類や培養条件の選定が求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開平01-098472
【特許文献2】特開2003-339371
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】J. Biosci. Bioeng., 2005, 99, 252-258
【非特許文献2】次世代産業基盤技術研究開発制度、バイオリアクター研究開発総括報告書、昭和56年度〜昭和63年度(p195-229)
【非特許文献3】Biotechnology Letters,2004,26,1607-1612
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、その目的は、微生物の作用を利用して、当該微生物の最適比増殖速度を示す培養温度より8から12℃低い温度で培養する条件において二酸化炭素等のガスを原料として効率よく酢酸を製造する方法に関する。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記課題を解決するために、鋭意研究を行った。
【0015】
本発明者らは、嫌気性微生物の一例としてモレラ (Moorella)属の微生物を用い、酢酸製造の好適な培養条件の検討を行った。
【0016】
具体的には、モレラ・エスピーHUC22-1株を、水素/炭酸ガス[4:1]のガス存在下及び0〜0.5 MPa加圧下で培養し、培養温度を45〜60℃の間で選択することにより、酢酸製造における好適な培養温度の検討を行った。
【0017】
その結果、菌体の比増殖速度はより高温(60℃)の方が速いことが明らかとなったが、増殖に適当な温度よりも低い温度(具体的には50℃付近)の方が酢酸蓄積濃度が増加、すなわち酢酸製造効率が高まることが明らかとなった。
【0018】
即ち、本発明者らは、嫌気性微生物を用いた酢酸製造における好適な培養条件の確立に成功し、これにより本発明を完成するに至った。
【0019】
本発明は、より具体的には以下の〔1〕〜〔7〕を提供するものである。
〔1〕次の工程を含む酢酸生産能を有する嫌気性微生物による酢酸の製造方法;
(1)最適比増殖速度を示す培養温度より8から12℃低い温度で該嫌気性微生物を、気体状である炭素化合物の存在下で培養する工程、及び
(2)工程(1)の嫌気性微生物が生産した酢酸を回収する工程。
〔2〕工程(1)において、気体状である炭素化合物及び/又は水素を含む混合ガスの存在下で培養を行うことを特徴とする、〔1〕に記載の酢酸の製造方法。
〔3〕前記気体状である炭素化合物が、一酸化炭素又は二酸化炭素から選ばれる化合物である〔1〕又は〔2〕に記載の酢酸の製造方法。
〔4〕前記嫌気性微生物がモレラ (Moorella)属及び/又はクロストリジウム (Clostridium)属に分類される菌であることを特徴とする、〔1〕〜〔3〕のいずれかに記載の酢酸の製造方法。
〔5〕前記嫌気性微生物が、モレラ・エスピー(Moorella sp.)HUC22-1株(NITE P-866)又はこれらの類縁菌であることを特徴とする、〔1〕〜〔3〕のいずれかに記載の酢酸の製造方法。
〔6〕前記嫌気性微生物が、モレラ・エスピー(Moorella sp.)HUC22-1株(NITE P-866)であることを特徴とする、〔1〕〜〔3〕のいずれかに記載の酢酸の製造方法。
〔7〕モレラ・エスピー(Moorella sp.)HUC22-1株(NITE P-866)。
【発明の効果】
【0020】
嫌気性微生物の代謝によって酢酸が製造されることは、学術的にはかねてより知られていた。そして、それを工業的な酢酸の製造技術に応用できれば、環境負荷の小さい製造方法となろうことも考えられていた。しかしながらこれまで、酢酸製造に適した嫌気性微生物及び培養条件については、確立されていなかった。
【0021】
本発明によって、嫌気性微生物代謝を利用した、二酸化炭素を原料とする酢酸の効率的な製造方法が実現できた。
【0022】
酢酸は世界で最も広く生産されている酸であり、酢酸ビニルや無水酢酸、他の酢酸エステルなどの原料として広く用いられている。2008年8月臨時増刊「化学経済」によると、酢酸の最大の需要分野である酢酸ビニルモノマーの需要が好調で、酢酸の消費には大幅な伸びが見込まれている。また高純度テレフタル酸のプラントの新設や増強により、高純度テレフタル酸の製造原料としても酢酸の需要の伸びが期待されている。
【0023】
本発明により、嫌気性微生物代謝を利用した酢酸の工業的な製造技術が提供され、工業原料としての酢酸の需要に応えることができる。二酸化炭素は、地球温暖化の原因の一つとされている。したがって、本発明はその好ましい態様において、二酸化炭素の固定化技術を提供し、地球環境の維持にも貢献する。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明は、次の工程を含む酢酸生産能を有する嫌気性微生物による酢酸の製造方法に関する。
(1)最適比増殖速度を示す培養温度より8から12℃低い温度で該嫌気性微生物を、気体状である炭素化合物の存在下で培養する工程、及び
(2)工程(1)の嫌気性微生物が生産した酢酸を回収する工程。
【0025】
本発明で酢酸の製造に用いられる嫌気性微生物は、40℃以上の温度で酢酸生産能を有する嫌気性微生物である。当該酢酸生産微生物の好ましい酢酸を生産する培養温度は40〜60℃であり、48〜52℃がより好ましい。また生育の最適温度(最適比増殖速度を示す培養温度)は48℃以上であり、好ましくは48℃〜72℃であり、より好ましくは56℃から60℃である。
【0026】
本発明において、嫌気性微生物を培養する際の加圧条件は、当該微生物が生育できる条件であれば特に限定されるものではないが、好ましい加圧条件としては、0.1〜0.5 MPaの範囲を、特に好ましい加圧条件としては0.1〜0.2 MPaの範囲(より具体的には0.15 MPa)を挙げることができる。
【0027】
また、本発明で用いる酢酸生産微生物としては、気体状(ガスともいう)である炭素化合物を原料として酢酸を製造する能力を有するものが好ましい。当該炭素化合物としては、一酸化炭素、二酸化炭素、などが挙げられ、このうち一酸化炭素及び二酸化炭素から選ばれる1種又は2種が好ましい。これらの炭素化合物に加えて、水素、硫化水素等を併用することもできる。混合ガスの例としては、一酸化炭素と水素の混合ガス、二酸化炭素と水素の混合ガス、一酸化炭素と二酸化炭素と水素の混合ガス等が挙げられる。その際には、窒素などの不活性ガスやメタンガス、硫化水素などの他種類のガス等が混合していても酢酸製造に阻害がない限り特に問題はない。
【0028】
また、これらの炭素化合物は、ガス状で添加することも可能であるが、炭酸塩などの二酸化炭素発生源となりうる物質を添加し培養液中で二酸化炭素を発生させてもよい。これらの中で、二酸化炭素と水素の使用が温暖化ガスの削減効果が最も高い。なお、本発明における二酸化炭素や一酸化炭素には、炭素を含む原料、すなわちメタンやエタンなどのガスや石炭や木材などの有機性物質の燃焼などによる酸化によって製造したものも含む。また、本発明における水素には、硫化水素やメタン等の水素を含む物質を酸化して製造したものも含まれる。
【0029】
本発明は、炭化水素化合物のガス化によって得られた水素と二酸化炭素を、酢酸の生産能を有する嫌気性微生物と接触させる工程を含む。本発明においては、二酸化炭素と水素を資化し、酢酸を生産する嫌気性微生物を用いることができる。例えば以下の群から選択される属に分類される微生物が、酢酸生産能を有することが知られている。
アセトバクテリウム(Acetobacterium)属
クロストリジウム(Clostridium)属
ユーバクテリウム(Eubacterium)属
バクテロイデス(Bacteroides)属
スポロミューサー(Sporomusa)属
アセトゲニウム (Acetogenium)属
モレラ (Moorella)属
サーモアナエアロバクター(Thermoanaerobacter)属
アセトハロビウム(Acetohalobium)属
【0030】
したがって、これらの属に分類された微生物から選択され、水素と二酸化炭素を利用して嫌気発酵によって酢酸を生成する微生物は、本発明における好ましい微生物である。中でも、アセトバクテリウム(Acetobacterium)属、クロストリジウム(Clostridium)属、又はモレラ (Moorella)属に属する微生物は、本発明における酢酸産生能を有する微生物として好ましい。微生物が酢酸を生成することは、培養液のpHの低下や微生物を水素と二酸化炭素の存在下で嫌気培養し、培養物中に生成される酢酸を検出することにより確認することができる。より具体的には、例えば、以下の微生物を、本発明における酢酸産生能を有する微生物として利用することができる。
アセトバクテリウム・エスピーNo.446,FERM P-7017
(Acetobacterium sp. No.446,FERM P-7017)
アセトバクテリウム・エスピー MA-1,FERM P-8676
(Acetobacterium sp. MA-1,FERM P-8676)
アセトバクテリウム・ウッディ,ATCC 29683
(Acetobacterium Woodii,ATCC 29683)
クロストリジウム・アセチカム,DSM 1496
(Clostridium aceticum, DSM 1496)
クロストリジウム・グリコリカム,ATCC29797
(Clostridium glycolicum,ATCC29797)
クロストリジウム・エスピーNo.307, FERM P-7487
(Clostridium sp. No.307 FERM P-7487)
クロストリジウム・エスピーNo.484,FERM P-7488
(Clostridium sp. No.484,FERM P-7488)
クロストリジウム・エスピーNo.68-2,FERM,P-7367
(Clostridium sp. No.68-2 FERM,P-7367)
クロストリジウム・エスピーNo.670,FERM P-8047
(Clostridium sp. No.670,FERM P-8047)
クロストリジウム・エスピーNo.672,FERM P-8049
(Clostridium sp. No.672,FERM P-8049)
ユーバクテリウム・エスピーNo.477,FERM P-8045
(Eubacterium sp. No.477,FERM P-8045)
ユーバクテリウム・リモサム,ATCC 8486
(Eubacterium limosum,ATCC 8486)
ユーバクテリウム・リモサム,ATCC 10825
(Eubacterium limosum,ATCC10825)
バクテロイデス・エスピーNo.669,FERM P-8046
(Bacteroides sp. No.669,FERM P-8046)
バクテロイデス・エスピーNo.671,FERM P-8048
(Bacteroides sp. No.671,FERM P-8048)
バクテロイデス・オヴァタス, ATCC 8483
(Bacteroides ovatus, ATCC 8483)
スポロミューサー・スファエロイデス,DSM 2875
(Sporomusa sphaeroides,DSM 2875)
スポロミューサー・オヴァタ,DSM-2662
(Sporomusa ovata,DSM-2662)
アセトゲニウム・キヴィ,ATCC 33488
(Acetogenium kivui,ATCC 33488)
モレラ・サーモアセチカ,ATCC 31490
(Moorella thermoacetica, ATCC 31490)
モレラ・サーモアセチカ,ATCC 35608
(Moorella thermoacetica, ATCC 35608)
モレラ・サーモアセチカ,ATCC 39073
(Moorella thermoacetica, ATCC 39073)
モレラ・サーモアセチカ,ATCC 39289
(Moorella thermoacetica, ATCC 39289)
モレラ・サーモアセチカ,ATCC 49707
(Moorella thermoacetica, ATCC 49707)
モレラ・サーモオートトロフィカ,ATCC 33924
(Moorella thermoautotrophica, ATCC 33924)
サーモアナエアロバクター・キブイ,DSM 2030
(Thermoanaerobacter kivui,DSM 2030)
アセトハロビウム・アラバチカム,DSM 5501
(Acetohalobium arabaticum,DSM 5501)
【0031】
特に以下に記載するモレラ・エスピー(Moorella sp.)HUC22-1株(NITE P-866)又はこれらの菌と同様の種としての性質を有する類縁の菌をより好ましく用いることができる。
(1)NITE P-866
(イ)寄託機関:独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター
(所在地:日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8 郵便番号292-0818)
(ロ)受託日:2010年1月20日
(ハ)受託番号:モレラ・エスピー(Moorella sp.)HUC22-1株(NITE P-866)
【0032】
上記微生物は、その寄託番号に示された寄託機関から入手することができる。各受託番号は、当該微生物が、それぞれ次の寄託機関に寄託されていることを示す。
FERM 特許生物寄託センター;International Patent Organism Depositary (IPOD)
http://unit.aist.go.jp/pod/ci/index.html
ATCC American Type Culture Collection (ATCC)
http://www.atcc.org/
DSM German Collection of Microorganisms and Cell Cultures (DSMZ)
http://www.dsmz.de/
NITE 独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(NPMD)
http://www.nbrc.nite.go.jp/npmd/
【0033】
本発明においては、酢酸生産能を有する嫌気性微生物は、酢酸の生産に適した条件で水素及び二酸化炭素と接触させられ、培養される。本発明における酢酸の生産に適した条件とは、酢酸生成活性を持つ嫌気性微生物の生存と活動が維持されることを言う。より具体的には、嫌気性微生物の生存が可能な嫌気条件が維持され、当該微生物の活性と増殖を支持するための栄養素が与えられることを言う。嫌気性微生物の生存に適した種々の培地組成が公知である。したがって、先に示した酢酸生産能を有する嫌気性微生物について、当業者は、適切な培地組成を選択することができる。
【0034】
例えば、本発明で用いられる培地には、水溶性の有機物を炭素源として加えることができる。水溶性の有機物として、以下の化合物を挙げることができる。
ソルボース
フラクトース
グルコース
メタノール
【0035】
炭素源としての培地に加える有機物の濃度は、効率的に培地中の微生物を発育させるために適宜調節することができる。一般的には、0.1〜10wt/vol%の範囲から添加量を選択することによって、過不足を避けることができる。
【0036】
上記の炭素源に加えて、培地には、窒素源が加えられる。本発明において、窒素原としては通常の発酵に用いうる各種の窒素化合物を用いることができる。好ましい窒素源は、アンモニウム塩、及び硝酸塩である。より好ましい窒素源は、塩化アンモニウム、及び硝酸ソーダである。
【0037】
さらに、炭素源や窒素源に加えて、微生物の培養に適した他の有機物あるいは無機物を培地に加えることもできる。例えば、ビタミンなどの補因子や各種の塩類等の無機化合物を培地に加えることによって、微生物の増殖や活性を増強できる場合もある。例えば無機化合物、ビタミン類、動植物由来の微生物増殖補助因子として以下のものを挙げることができる。
無機化合物 ビタミン類
リン酸二水素カリウム ビオチン
硫酸マグネシウム 葉酸
硫酸マンガン ピリドキシン
塩化ナトリウム チアミン
塩化コバルト リボフラビン
塩化カルシウム ニコチン酸
硫酸亜鉛 パントテン酸
硫酸銅 ビタミンB12
明ばん チオオクト酸
モリブデン酸ソーダ p-アミノ安息香酸
塩化カリウム
ホウ酸等
塩化ニッケル
タングステン酸ナトリウム
セレン酸ナトリウム
硫酸第一鉄アンモニウム
動植物由来の微生物増殖補助因子
酵母エキス
肉エキス
ペプトン類
【0038】
これらの無機化合物やビタミン類、あるいは増殖補助因子を添加して培養液を製造する方法は公知である。培地は、液体、半固体、あるいは固体とすることができる。本発明の酢酸の製造方法において、好ましい培地の形態は、液体培地である。
【0039】
本発明において、嫌気性微生物は、公知の嫌気性微生物の培養方法にしたがって培養することができる。工業的な製造には、培地や基質ガスを連続的に供給することができ、かつ培養物を回収するための機構を備えた連続培養システム (continuous fermentation system)が好適である。
【0040】
嫌気性微生物の培養においては、連続培養システム内への酸素の混入を防ぐことが必要である。培養器は通常用いられる培養槽がそのまま利用できる。嫌気性微生物の培養にも利用することができる培養タンクは市販されている。培養槽内に混入する酸素を、窒素などの不活性気体あるいは基質ガスなどで置換することにより、嫌気的な雰囲気を作ることができる。
【0041】
例えば、嫌気培養ジャー(anaerobic jar)を、嫌気性微生物を培養するためのバイオリアクターとすることができる。嫌気培養ジャーは、金属、ガラス、あるいは合成樹脂製の気密容器で構成され、内部を大気中の酸素から遮断することができる。さらに、嫌気培養ジャーは、嫌気培養ジャー内部の空間や培養液中に含まれる分子状酸素を除去するための機構を備えることができる。例えば、嫌気培養ジャー内部を吸引する真空ポンプを接続して吸引し、酸素以外の気体を供給することで、内部を嫌気状態に維持することができる。
【0042】
本発明においては、培養槽に付加的な機能を与えることができる。例えば、通常使用される撹はん混合槽のほか、気泡塔型、ドラフトチューブ型の培養槽も利用できる。液体培地に吹き込まれる二酸化炭素と水素によって微生物は遊離分散され、微生物と培地を十分に接触させることができる。また、バイオトリックリングフィルター(biotrickling filter)のように通気性の高いスラグ、その他セラミック系の無機充てん物、あるいはポリプロピレン等の有機合成物質の充てん層に、水分を滴らせながら微生物を生息させ、そこにガスを通気しながら培養することもできる。さらに、使用する微生物は常法によりカラギーナンゲル、アルギン酸ゲル、アクリルアミドゲル、キチン、セルロース、寒天などに固定化して用いることもできる。
【0043】
当業者は、生成した微生物と培養生成液を分離するため、公知の方法を用いることができる。好ましい分離の方法は、ろ過性能、濃縮性能を有するホローファイバー型限外ろ過あるいは精密ろ過膜を利用する方法である。また、微生物と該生成液の分離に十分なろ過速度を得るためには使用する微生物に応じて適当な分画分子量の膜を選択すれば良い。培養槽から限外ろ過膜を通して分離された培養液から酢酸を回収することができる。酢酸の精製方法は公知である。例えば、培養物を遠心分離などで菌体を除き、鉱酸類で酸性化した後、アミン類、トリオクチルホスフィンオキシド、酢酸エチル、ベンゼンなどの溶媒による抽出を行い、次いで、蒸留などによって行うことができる。
【0044】
本発明において、嫌気性微生物に供給される炭素化合物の組み合わせは特に制限されるものではないが、例えば、水素(H2)と二酸化炭素(CO2)を混合して原料として用いることができる。
【0045】
上記の場合、嫌気性微生物に供給される水素(H2)と二酸化炭素(CO2)の割合は、モル比で水素/二酸化炭素が1:1〜10:1が好ましい。より好ましくは、モル比で水素/二酸化炭素が1.5:1〜4:1である。また、効率よく酢酸を回収するためには、基質ガスの培養槽への通気量は0.2〜20ガス量/液量/分が好ましい。
【0046】
培養槽の形状によっては、培地を十分に撹はんするため、撹はん機等を利用することもできる。培養槽内の培養物を攪拌することによって、培地成分や基質ガスを嫌気性微生物に接触させる機会を増やして、酢酸の生成効率を最適化することができる。また基質ガスをナノバブルとして供給することもできる。
【0047】
微生物の十分な生育のため、培養物のpHは、3.0〜8.0が好ましく、4.5〜7.5がより好ましい。また、酢酸の回収量を増加させるため、培養槽の温度は25℃〜70℃が好ましく、30℃〜60℃がより好ましい。上述した通り、生育の最適温度(最適比増殖速度を示す培養温度)の8から12℃低い温度で培養槽を設定することが好ましい。連続培養システムにおいては、培養槽には新鮮な培地が連続的に供給される。効率よく酢酸を回収するため、培養槽に供給される新鮮な培地の量は、培養槽内の培養物における希釈率が時間当たり0.04〜2/hrが好ましい。より好ましい希釈率は0.08〜1/hrである。
【実施例】
【0048】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが本発明はこれら実施例に制限されるものではない。
【0049】
〔実施例1〕
モレラ・エスピー(Moorella sp.)HUC 22-1株(NITE P-866)を以下のように培養した。表1に示す培地を調製後、20分間沸騰した湯浴中に置き、脱気した。炭酸ガスを通じながら冷却し、100 mLバイアル瓶(マルエム製)に20 mLずつ分注後、ブチルゴム栓で密栓し、121 ℃、15分間滅菌した。冷却後、気相を無菌水素/炭酸ガス[4:1]のガスで十分に置換した後、さらに0.15 MPaまで加圧した。次いで、同培地で予め培養を行った同菌の培養液1 mLを滅菌シリンジにて添加してそれぞれ45、50、55、60 ℃で160 spmで7日間振とう培養した。培養期間中、24時間ごとに1 mLをサンプリングし、菌の生育(濁度)、pH、酢酸濃度を測定した。また、気相が陰圧になっていたら水素/炭酸ガス[4:1]のガスを補充し、0.15 MPaまで再度加圧した。
【0050】
サンプリングした培養液は遠心分離機にて菌体を分離し、上清を適宜移動相で希釈後、高速液体クロマトグラフィーにより酢酸の定量を行った。各温度での最大酢酸濃度を比較した結果を表2に示す。この結果から50℃が最も酢酸濃度が高くなることが分かった。
【0051】
【表1】


【0052】
【表2】

【0053】
〔実施例2〕
実施例1と同様の培地を調製した。次いで、同培地で予め培養を行ったモレラ・エスピー(Moorella sp.)HUC 22-1株(NITE P-866)を菌の培養液1 mLを滅菌シリンジにて添加してそれぞれ45 、50、55、60 ℃で160 spmで振とう培養した。培養開始後0、24、36、48、70、96時間にサンプリングし、菌の生育(660 nmの濁度)を測定し、対数増殖期の各温度の比増殖速度を測定した。結果を表3に示す。60℃での増殖が最も速いことが分かり、実施例1と合わせると、増殖に適当な温度よりも低い温度の方が、酢酸蓄積濃度が増加することが明らかとなった。
【0054】
これまで、本微生物の培養においては、単離時点から55℃という培養温度が採用されていた(Biotechnology Letters, 2004, 26, 1607-1612)。それは本微生物の生育は45〜60℃の範囲で行われ、45℃以下ではほとんど生育が見られず、温度が高い程生育状態が良好であったからである。
【0055】
これらのことから、酢酸の製造において好適な培養温度条件は、育成状態が良好となるより高温(55〜60℃)が最適であると推察された。しかしながら、予想に反し少し生育状態が低下する50℃付近が、酢酸製造においては好適であることが本発明において初めて明らかとなった。
【0056】
【表3】

【0057】
比増殖速度は下記式で表される。
【0058】
【数1】

【0059】
〔実施例3〕
実施例1と同様の培地を調製した。次いで、同培地で予め培養を行ったモレラ・エスピー HUC 22-1株を菌の培養液1 mLを滅菌シリンジにて添加して50℃で160 spmで振とう培養した。培養開始後24時間ごとにサンプリングし、菌の生育(濁度)、pH、酢酸濃度を測定した。また、気相が陰圧になっていたら水素/炭酸ガス[4:1]のガスを補充し、0.15 MPaまで再度加圧した。
【0060】
培養の経過〔pH、濁度(OD660)、酢酸濃度〕を表4に示す。
【0061】
【表4】

【0062】
〔実施例4〕
実施例3で培養した培養液を取り出し、遠心分離機で菌を除いた。この10 mLを硫酸でpH 2に調整した後、抽出剤としてトリオクチルホスフィンオキシドをケロシンで15wt%に希釈した液10 mLを加え、分液ロートで十分振り混ぜ、分液させた。ガスクロマトグラフィーで定量した結果、有機溶剤層には2.41 g/Lの酢酸が抽出されていた。
〔ガスクロマトグラフィー条件〕
カラム:ガスクロパック54(60/80、1 m×3 mm)
キャリアガス:ヘリウム
流速:44 mL/min
注入口温度:230 ℃
カラム温度:180 ℃
検出:FID
サンプル量:1 μL
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明によって、嫌気性微生物を利用して酢酸を好効率で製造することができる。
【0064】
さらに、原料に二酸化炭素等を利用した場合には、本発明によって、大気中の二酸化炭素を酢酸に固定することができる。さらに、本発明にしたがって製造された酢酸が、工業原料として種々の化合物の合成に利用されれば、結果として、大気中の二酸化炭素が安定な状態で固定されることになる。したがって、本発明の酢酸の製造方法は、大気中の二酸化炭素の固定技術として利用することもできる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
次の工程を含む酢酸生産能を有する嫌気性微生物による酢酸の製造方法;
(1)最適比増殖速度を示す培養温度より8から12℃低い温度で該嫌気性微生物を、気体状である炭素化合物の存在下で培養する工程、及び
(2)工程(1)の嫌気性微生物が生産した酢酸を回収する工程。
【請求項2】
工程(1)において、気体状である炭素化合物及び/又は水素を含む混合ガスの存在下で培養を行うことを特徴とする、請求項1に記載の酢酸の製造方法。
【請求項3】
前記気体状である炭素化合物が、一酸化炭素又は二酸化炭素から選ばれる化合物である請求項1又は2に記載の酢酸の製造方法。
【請求項4】
前記嫌気性微生物がモレラ(Moorella)属及び/又はクロストリジウム (Clostridium)属に分類される菌であることを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載の酢酸の製造方法。
【請求項5】
前記嫌気性微生物が、モレラ・エスピー(Moorella sp.)HUC22-1株(NITE P-866)又はこれらの類縁菌であることを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載の酢酸の製造方法。
【請求項6】
前記嫌気性微生物が、モレラ・エスピー(Moorella sp.)HUC22-1株(NITE P-866)であることを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載の酢酸の製造方法。
【請求項7】
モレラ・エスピー(Moorella sp.)HUC22-1株(NITE P-866)。

【公開番号】特開2011−223888(P2011−223888A)
【公開日】平成23年11月10日(2011.11.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−94096(P2010−94096)
【出願日】平成22年4月15日(2010.4.15)
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【出願人】(000002901)ダイセル化学工業株式会社 (1,236)
【Fターム(参考)】