説明

微生物の還元反応を用いたL−ソルビトールの製造方法

【課題】 環境にやさしい生化学的手法により、目的とするL-ソルビトールを高純度、高収率で製造する方法の提供。
【解決手段】 L-フルクトースからL-ソルビトール生産能を有するオウレオバシディウム・プルランス(Aureobasidium pullulans)LP23(NITE P-20)。原料であるL-フルクトースに微生物を接触させてL-ソルビトールに転換するL-ソルビトールの製造方法において、該微生物としてL-フルクトースをL-ソルビトールに転換する能力を有するオウレオバシディウム属に属する不完全菌を用いることを特徴とするL-ソルビトールの製造方法。上記の不完全菌が、オウレオバシディウム・プルランス(Aureobasidium pullulans)である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、L-ソルビトールの製造方法に関するものであり、更に詳細には、L-フルクトースからL-ソルビトール生産能を有する微生物を用いて、L-フルクトースからL-ソルビトールを製造する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
L-ソルビトールは、糖アルコールに分類される単糖類で、自然界には殆ど存在しない希少糖アルコールである。その製造方法としては、原理的には、有機化学的手法によりD-グロース、L-グルコース等の単糖類を金属触媒の下、高温高圧化で水素を用いて還元して製造することが可能である。しかし、この方法はL-ソルビトールを高収率で製造できるものの、高圧オートクレーブを必要とし、多量の水素やエネルギーを消費するのみならず、防災上からも高度な安全施設や管理を必要とする欠点がある。また、実際には、原料となるD-グロース、L-グルコース等の得ることは極めて困難である。
【0003】
第二の方法は、本発明者等が特許文献1、特許文献2等に記載しているケトース3−エピメラーゼ等を用いる酵素反応により、D-タガトースのエピマー化により得られるD-ソルボースを、上述の有機化学的手法により製造することが可能である。しかし、D-ソルボースを、水素を用いて還元した場合、得られる糖アルコールはL-ソルビトールとD-イジトールの混合物となり、収率の低下、精製分離をしなければならない等の欠点がある。
【特許文献1】特開平6−125776号公報
【特許文献2】特開平8−154696号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
近年、生化学工業が急速に発達し、糖質化学の分野において、従来、殆ど必要としなかった多種類の糖アルコールの需要が興りつつあり、新たな糖アルコールを容易に、安定して製造する方法の確立が望まれている。本発明は、環境にやさしい生化学的手法により、目的とするL-ソルビトールを高純度、高収率で製造する方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者等は、上記課題を解決するために、L-ソルビトールを生化学的手法による大量、安価に製造することを目的に鋭意研究した。その結果、オウレオバシディウム属に属し、L-フルクトースからL-ソルビトール生産能を有する不完全菌が、水溶液中のL-フルクトースを容易にL-ソルビトールに変換することを見出し、これを採取することにより、L-ソルビトールが高収率で製造されることを確認して、本発明を完成した。本発明は、L-ソルビトールの製造方法に関するものであり、更に詳細には、オウレオバシディウム属に属し、L-フルクトースからL-ソルビトール生産能を有する不完全菌を用いて、L-フルクトースからL-ソルビトールを製造する方法に関するものである。
【0006】
すなわち、本発明は、以下の(1)の微生物を要旨としている。
(1)L-フルクトースからL-ソルビトール生産能を有するオウレオバシディウム・プルランス(Aureobasidium pullulans)LP23(NITE P-20)。
【0007】
また、本発明は、以下の(2)〜(7)のL-ソルビトールの製造方法を要旨としている。
(2)原料であるL-フルクトースに微生物を接触させてL-ソルビトールに転換するL-ソルビトールの製造方法において、該微生物としてL-フルクトースをL-ソルビトールに転換する能力を有するオウレオバシディウム属に属する不完全菌を用いることを特徴とするL-ソルビトールの製造方法。
(3)上記微生物との接触が、上記微生物の菌体培養系に原料であるL-フルクトースを添加して培養することにより行なう(2)のL-ソルビトールの製造方法。
(4)上記微生物との接触が、上記微生物を培養して得られた菌体に原料であるL-フルクトースを添加してインキュベーションすることにより行なう(1)のL-ソルビトールの製造方法。
(5)L-フルクトースを含有する水溶液の形で、原料であるL-フルクトースに微生物を接触させる(3)または(4)のL-ソルビトールの製造方法。
(6)上記のオウレオバシディウム属に属する不完全菌が、オウレオバシディウム・プルランス(Aureobasidium pullulans)であることを特徴とする(2)ないし(5)のいずれかのL-ソルビトールの製造方法。
(7)生産したL-ソルビトールを回収することを特徴とする(2)ないし(6)のいずれかのL-ソルビトールの製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明は、従来得ることの極めて困難であったL-ソルビトールを、生化学的方法によって容易に製造する方法を確立するものである。オウレオバシディウム属に属する不完全菌を用いてL-フルクトースを原料としてL-ソルビトールを生産できる、工業的製造法にとって有利であるL-ソルビトールの製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明において、L-フルクトースからL-ソルビトールを製造するのに使用される不完全菌はオウレオバシディウム属に属し、L-フルクトースからL-ソルビトール生産能を有する酵母である。
本発明でいう、オウレオバシディウム属に属し、L-フルクトースからL-ソルビトール生産能を有する不完全菌は、L-フルクトースを含有する水溶液に接触し、L-フルクトースからL-ソルビトールを生産し得る微生物であればよく、例えば、オウレオバシディウム・プルランス、または、この変異株などの不完全菌が好適であり、通常これら不完全菌を栄養培地で培養し、望ましくは、振トウ、通気攪拌などの好機的条件下で培養し、培養中に、または得られた生菌体を用いて、水溶液中のL-フルクトースをL-ソルビトールに変換させ、生成するL-ソルビトールを採取すればよい。
本発明で実施例で用いた微生物は、L-フルクトースからL-ソルビトール生産能を有するオウレオバシディウム・プルランス(Aureobasidium pullulans)LP23である。
【0010】
Aureobasidium pullulans LP23は、PDA培地上での初期のコロニー形状は扁平状,平滑.光沢は輝光,性状は湿潤な白色の酵母様コロニーを示す.後にベルベット状で褐色から黒色を呈する.培養初期には酵母様の単細胞の卵形または楕円形の出芽型の胞子が確認される.菌糸に隔壁を有する.
発酵性はD-グルコース,D-ガラクトース,スクロース,マルト−ス,ラフィノース,トレハロース:−
資化性はD-グルコース:+,ガラクトース:+,L-ソルボース:+,スクロース:+,マルト−ス:-,セロビオース:+,トレハロース:−,ラクト−ス:−,メリビオース:−,ラフィノース:−,メレジトース:+,可溶性デンプン:−,D-キシロース:+,L-アラビノース:+,D-アラビノース:+,D-リボース:+,L-ラムノース:−,エタノール:+,グリセロール:+,エリスリトール:+,リビトール:+,マンニトール:+,ソルビトール:+,サリシン:+,乳酸:−,クエン酸:−,イノシトール:+
37℃での生育:−
上記菌株は、Cletus P. Kurtman and Christie J. Robnett, Identification and
phylogeny of ascomycetous yeasts from analysis of nuclear large subunit(26S)
ribosomal DNA partial sequences. Antonie van Leeuwenhoek 73,
331-371, 1998に準じて26SrDNAのD1/D2ドメインの部分塩基配列を測定し,National Center of Biotechnology Information のNCBI-BLASTを用い,塩基配列の相同性より最終的な菌株の種の決定を行なっている。
【0011】
オウレオバシディウム・プルランス に属する菌株は、このたび特許出願するに際し、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8)に2004年9月6日に国内寄託している(NITE P-20)。
【0012】
培養方法としては、オウレオバシディウム属に属する不完全菌が必要とする栄養源、例えば、炭素源、窒素源、無機塩などを含有する栄養培地、望ましくは、微酸性乃至中性の液体培地に、L-フルクトースからL-ソルビトール生産能を有する酵母を植菌し、温度約30℃で48時間乃至60時間、好気的条件下で培養すればよい。とりわけ、炭素源としてL-アラビノースが最適であり、その他、L-アラビトール、D-キシロース、エリスリトールなども炭素源として好適である。炭素源とともに他の各種栄養源を含有する液体培地で好気的に培養するのが望ましい。
【0013】
前述のような培養方法によって得られた生菌体を、L-フルクトースを含有する水溶液と接触、望ましくは、振トウ、通気攪拌、酸素の圧入などの好気的条件下で接触させ、その糖質を、L-ソルビトールに変換させることができる。この変換に際して、反応液中にエリスリトール、L-アラビトール、D-キシロース等を共存させることにより、L-フルクトースからL-ソルビトールへの変換速度が速くなり好都合である。
【0014】
この変換に用いられる酵母は、培養液中のそれを利用することも、また、培養液から分離された生菌体を利用することも随意である。
【0015】
以上述べた各種の方法により生成、蓄積したL-ソルビトールを含有する水溶液は、適当な分離方法、例えば、遠心分離、濾過などの方法によって菌体など不溶物と分離され、採取される。
【0016】
得られたL-ソルビトール水溶液は、必要により、例えば、硫安塩析、水酸化亜鉛吸着などによる除蛋白、活性炭吸着による脱色、H型、CO型イオン交換樹脂による脱塩などの方法により生成し、濃縮してシロップ状のL-ソルビトール製品を採取することができる。更にイオン交換樹脂を用いるカラムクロマトグラフィーで分画、精製、濃縮することにより結晶化することができ、99%以上の高純度の結晶表品も容易に得ることができる。
【0017】
このようにして製造されるL-ソルビトールは、通常、原料のL-フルクトースに対し80w/w%以上の高収率で得られ、大量、安価に供給する工業的製造方法として好適である。
【0018】
したがって、L-ソルビトールは、試薬用途のみならず、食品工業、医薬品工業、化学工業などの工業用途にその原料、中間体などとして有効に利用できる。
【実施例1】
【0019】
カザミノ酸0.4w/v%、酵母エキス0.1w/v%、リン酸一カリウム0.1w/v%、硫酸マグネシウム・7水塩0.05w/v%、炭酸カルシウム・2水塩0.01w/v%、L-アラビトール1.0w/v%および脱イオン水からなる培養液100mlを500ml容振トウフラスコ4本にとり、121℃、15分間オートクレーブした後、放冷した。これに同培地にて、48時間、あらかじめ培養したオウレオバシディウム・プルランスLP23の培養液を0.1v/v%植菌し、30℃で48時間振トウ培養した。
【0020】
培養後、遠心分離により集菌し、得られた生菌体をL-フルクトース1w/v%、エリスリトール1w/v%を含有する0.05M MES緩衝液(pH5.5)50mlに加え混合し、これを500m容振トウフラスコにとり、30℃、48時間振トウし、L-フルクトースをL-ソルビトールに変換させた。30時間後、遠心分離して菌体を除去した。
【0021】
得られた上清液に25w/v%硫酸亜鉛を1/10容加え、pH7.6に調整し、遠心分離して上清液を採取した。この上清液を、定法に従って、活性炭を用いて脱色し、次いで『ダイアイオンSK1B』(H型、三菱化成工業株式会社製造の商品名)および『アンバーライトIRA611』(CO型、オルガノ株式会社製造の商品名)を用いて脱塩し、減圧濃縮して、濃度約60%の透明なシラップを得た。
【0022】
『ダウエックス50WX2』(Ca型カチオン交換樹脂、ダウケミカル社製造の商品名)を用いるカラムクロマトグラフィーによりL-ソルビトール高含有画分を採取し、これを生成、濃縮し、L-ソルビトールを結晶化させ、分蜜して結晶L-ソルビトールを採取した。結晶L-ソルビトールのL-フルクトースに対する収率は、固形物当たり約60%であった。
【0023】
このようにして得られた製品を同定するために、実験により理化学的性質を調べ、その性質をSigma社が市販しているD-ソルビトールを標準物質として、その測定値と比較した。
【0024】
(1)高速液体クロマトグラフィーによる分析
本製品を高速液体クロマトグラフィー(日立製作所LaChrom:カラム、日立製作所GL−C611;溶離液、10―4M水酸化ナトリウム、60℃;流速、1ml/min;検出、日立製作所L-3350)で分析したところ、その溶出位置は、標準物質/としての試薬D-ソルビトールと同一の26.0分であった。また本製品の融点は97.0℃と試薬のD-ソルビトールと一致した。
【0025】
(2)比旋光度
本製品の測定値[α]D=+2.14°
標準試薬のD-ソルビトールの測定値[α]D=−2.14°
【0026】
(3)赤外吸収スペクトル
KBr錠剤法で測定した本製品の赤外吸収スペクトルを図1に示した。このスペクトルは、図2に示した標準のD-ソルビトールの赤外吸収スペクトルとよく一致した。
【0027】
以上の結果から明らかなように、本製品が、高速液体クロマトグラフィー、融点、赤外線吸収スペクトルについては、標準のD-ソルビトールの値とよく一致し、比旋光度については、標準のD-ソルビトールと本製品の値は一致したが、+、−が逆であり、本発明で得られた製品はL-ソルビトールであると判断される。本製品は希少糖類として試薬用途のみならず、食品工業、医薬品、化学工業などの原料、中間体などとしても利用できる。
【実施例2】
【0028】
実施例1と同組成の培養液を用い、同様の方法で菌体を培養し、次いで遠心分離し、菌体を採取した。得られた生菌体をL-フルクトース5w/v%、エリスリトール1w/v%を含有する0.05M MES緩衝液(pH5.5)50mlに加え混合し、これを500m容振トウフラスコにとり、30℃、48時間振トウし、L-フルクトースをL-ソルビトールに変換させた。変換反応中、共存させたエリスリトールは、12時間毎に反応液濃度が1w/v%となるよう注加した。30時間後、遠心分離して菌体を除去し、実施例1と同様に、定法に従って、活性炭で脱色、イオン交換樹脂で脱塩し、濃縮した。ほぼ100%のL-ソルビトールを含有する濃度約70%の透明なシラップを、原料に対して、固形物当たり約90%の収率で得た。
【0029】
本製品は、食品工業、医薬品工業、化学工業などの原料、中間体などとして有利に利用できる。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明は、従来得ることの極めて困難であったL-ソルビトールを、生化学的方法によって容易に製造する方法を確立するものである。特に、オウレオバシディウム属に属する不完全菌を用いてL-フルクトースを原料としてL-ソルビトールを生産できることを見いだしたことは、L-ソルビトールの製造法にとって、極めて有利である。
すなわち、原料となるL-フルクトースは、本発明者等が特許文献1、特許文献2等に記載しているケトース3−エピメラーゼ等を用いる酵素反応、および特開平11−056583号に記載しているポリオール脱水素酵素を用いる酵素反応により、D-フルクトースを出発原料に、D-プシコース、アリトール、L-プシコースを経て、生化学的方法によって大量生産が可能になったケトヘキソースであるためL-ソルビトールの大量生産が可能となった。従って、本発明の方法は、L-ソルビトールの工業的製造法として好適であり、大量、安価な供給を容易にし、希少糖類としての試薬用途のみならず、従来予想すらできなかった食品工業、医薬品工業、化学工業など広範な工業用途への利用の道を拓くものである。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】生産物のIRスペクトル
【図2】D-ソルビトールのIRスペクトル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
L-フルクトースからL-ソルビトール生産能を有するオウレオバシディウム・プルランス(Aureobasidium pullulans)LP23(NITE P-20)。
【請求項2】
原料であるL-フルクトースに微生物を接触させてL-ソルビトールに転換するL-ソルビトールの製造方法において、該微生物としてL-フルクトースをL-ソルビトールに転換する能力を有するオウレオバシディウム属に属する不完全菌を用いることを特徴とするL-ソルビトールの製造方法。
【請求項3】
上記微生物との接触が、上記微生物の菌体培養系に原料であるL-フルクトースを添加して培養することにより行なう請求項2のL-ソルビトールの製造方法。
【請求項4】
上記微生物との接触が、上記微生物を培養して得られた菌体に原料であるL-フルクトースを添加してインキュベーションすることにより行なう請求項1のL-ソルビトールの製造方法。
【請求項5】
L-フルクトースを含有する水溶液の形で、原料であるL-フルクトースに微生物を接触させる請求項3または4のL-ソルビトールの製造方法。
【請求項6】
上記のオウレオバシディウム属に属する不完全菌が、オウレオバシディウム・プルランス(Aureobasidium pullulans)であることを特徴とする請求項2ないし5のいずれかのL-ソルビトールの製造方法。
【請求項7】
生産したL-ソルビトールを回収することを特徴とする請求項2ないし6のいずれかのL-ソルビトールの製造方法。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−166729(P2006−166729A)
【公開日】平成18年6月29日(2006.6.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−360232(P2004−360232)
【出願日】平成16年12月13日(2004.12.13)
【出願人】(304028346)国立大学法人 香川大学 (285)
【出願人】(592167411)香川県 (40)
【Fターム(参考)】