説明

微生物群集構造測定方法及び微生物群集構造測定装置

【課題】検出率や信頼性が高く、労力が小さくて熟練が不要であり、測定対象となる微生物の種類が多い微生物群集構造測定方法を提供する。
【解決手段】微生物群集構造を測定したい試料Xに、電子供与体dと電子受容体aを添加し、電子供与体dの消費から試料Xの微生物群集構造を測定する方法において、少なくとも6本の密閉した容器1a〜1fに試料Xを入れ、各容器1a〜1fごとに、酸素、硝酸イオン、マンガン(IV)塩、鉄(III)塩、硫酸イオン、炭酸イオンからなる6種類の電子受容体aのうち1種をそれぞれ添加し、全ての容器1a〜1fにおける電子供与体dの消費から試料Xの微生物群集構造を測定する方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物の群集構造を測定する技術に係り、特に、微生物の量と汚染物質の浄化との関係などのシミュレーションモデルに入力する各電子受容体利用微生物の存在割合を決めるための微生物群集構造測定方法及び微生物群集構造測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
排水処理設備などの排水処理系や、土壌に代表される地下圏、水圏などの自然環境において、微生物が汚染物質の挙動や移行に及ぼす影響を予測する手段としてシミュレーションモデル(数値モデル)が広く用いられている。このシミュレーションモデルは、例えば、地層汚染などの長期間(数年ないし数十年から数万年)にわたる自然環境や生態系の状況を、微生物を含めて考察する場合に、特に有効である。シミュレーションモデルの影響の大きさ(予測可能性や精度など)は微生物の量に依存するので、微生物量をモデルに入力して解析が行われることが多い。
【0003】
しかし、微生物は多種多様であって、それらを一括して扱うことには問題がある。そこで、いくつかのモデルでは、微生物群集を、活動する際に利用する電子受容体(酸素、硝酸イオン、マンガン(IV)塩、鉄(III)塩、硫酸イオン、または炭酸イオン)によって6群に分けて解析する方法を採っている(非特許文献1,2)。
【0004】
微生物の全量は顕微鏡を用いるなどして測定可能であるが、6群の微生物の存在割合を決めるのは容易ではない。たしかに6群の微生物を培養法で測定することは一応可能である(非特許文献3)。しかし、これは全微生物の1割以下といわれる、培養できる微生物しか測定することはできないし、培養に数日ないし数十日もかかるという問題があった。
【0005】
この労力を軽減するため、微生物の酸化還元反応(微生物の活動状態をよく反映する)を電極で測定する方法(特許文献1)や、蛍光色素で検知する方法(特許文献2)が提案されているが、微生物代謝反応が特定されないと難しいようで、排水処理装置など複合微生物系の群集構造把握にはそのまま適用はできそうもない。
【0006】
メタン生成菌については、その特有の色素で定量する方法(特許文献3,4,5)が、また脱窒菌についてはその活性をORP(酸化還元電位)の変化で測定する方法(特許文献6)が提案されているが、これはメタン生成菌、あるいは脱窒菌にしか適用できない。
【0007】
遺伝子の塩基配列の解析による測定も可能であるが、炭酸イオンを還元してメタンを生成する群を古細菌の遺伝子で、硫酸イオンを還元する群を硫酸還元菌の遺伝子で検出できるものの、6群すべてを測定することはできない。また、装置や測定方法の操作に熟練を要する。
【0008】
一方、容易に測定できる方法として、微生物の代謝活性を酸素消費速度(非特許文献4)やメタンガス発生量(特許文献7,8)で測定する方法が提案されているが、これも、酸素を利用する群、あるいは炭酸イオンを還元してメタンを生成する群にしか適用できない。
【0009】
【特許文献1】特開2003−116591号公報
【特許文献2】特許第3095833号公報
【特許文献3】特公昭63−50999号公報
【特許文献4】特公平4−13655号公報
【特許文献5】特公平4−40654号公報
【特許文献6】特開平9−80015号公報
【特許文献7】特許第3071405号公報
【特許文献8】特許第3608739号公報
【非特許文献1】Mayer,K.U. et al.(2001) Reactive transport modeling or processes controlling the distribution and natural attenuation of phonolic compounds n a deep sandstone aquifer Journal of Contaminant Hydrology.Vol.53,pp.341-368.,Elsevier
【非特許文献2】Wang,Y. & Papenguth, H.W.(2001) Kinetic modeling of microbially-driven redox chemistry of radionuclides in subsurface environments:coupling transport microbial metabolisum and geochemistry. Journal of Contaminant Hydrology.Vol.47,pp.297-309.,Elsevier
【非特許文献3】土壌微生物実験法研究会(1992)新編土壌微生物実験法,養賢堂,東京.
【非特許文献4】日本下水道協会(1997)下水試験方法(上巻)pp.274−275.,日本下水道協会,東京.
【非特許文献5】Musslewhite,C.L.,Mcinerney,M.J.,Dong,Onstott,T.C.,Green-Blum,M.,Swift,D. & Macnaughton,S.(2003) The factors controlling microbial distribution and activity in the shallow subsurface. Geomicrobiology J.20,pp.245-261.,Tayler & Francis
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
以上述べたように、微生物の群集構造を測定する技術としては過去、多くの方法が提案されてきたが、検出率が低い、熟練を要する、対象となる微生物が限定されるなどの問題点があって、よい方法がなかった。
【0011】
そこで、本発明の目的は、検出率や信頼性が高く、労力が小さくて熟練が不要であり、測定対象となる微生物の種類が多い微生物群集構造測定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は上記目的を達成するために創案されたものであり、請求項1の発明は、微生物群集構造を測定したい試料に、電子供与体と電子受容体を添加し、電子供与体の消費から上記試料の微生物群集構造を測定する方法において、少なくとも6本の密閉した容器に上記試料を入れ、各容器ごとに、酸素、硝酸イオン、マンガン(IV)塩、鉄(III)塩、硫酸イオン、炭酸イオンからなる6種類の電子受容体のうち1種をそれぞれ添加し、上記全ての容器における電子供与体の消費から上記試料の微生物群集構造を測定する微生物群集構造測定方法である。
【0013】
請求項2の発明は、上記容器を6本用意し、各容器に上記試料を入れ、
1番目の容器の気相を上記電子受容体としての空気または酸素含有ガスで置換し、
2番目の容器に上記電子受容体としての硝酸塩を入れ、
3番目の容器に上記電子受容体としてのマンガン(IV)塩を入れ、
4番目の容器に上記電子受容体としての鉄(III)塩を入れ、
5番目の容器に上記電子受容体としての硫酸塩を入れ、
2〜5番目の容器の気相をArなどの不活性ガスで置換し、
6番目の容器に上記電子受容体としての炭酸塩を入れてその気相をArなどの不活性ガスで置換し、あるいは6番目の容器の気相をArなどの不活性ガスで置換して上記電子受容体としての二酸化炭素を加え、
1〜6番目の容器のすべての気相に、上記電子供与体としての水素ガスを添加して培養し、経時的に気相中のガス分析をして水素の減少速度を測定し、
これを上記電子受容体を利用する微生物の存在割合の指標とする請求項1記載の微生物群集構造測定方法である。
【0014】
請求項3の発明は、上記6番目の容器に、硫化ナトリウムなどの還元剤をさらに添加する請求項2記載の微生物群集構造測定方法である。
【0015】
請求項4の発明は、上記1〜6番目の容器を2本ずつ合計12本用意し、2本1群で第1〜6群の容器とし、水素ガスを添加した後、各群の一方の容器はそのまま培養し、他方の容器は滅菌して培養する請求項2または3記載の微生物群集構造測定方法である。
【0016】
請求項5の発明は、微生物群集構造を測定したい試料に、電子供与体と電子受容体を添加し、電子供与体の消費から上記試料の微生物群集構造を測定する装置において、上記試料を入れると共に酸素、硝酸イオン、マンガン(IV)塩、鉄(III)塩、硫酸イオン、炭酸イオンからなる6種類の電子受容体のうち1種をそれぞれ添加した少なくとも6本の密閉した容器と、これら容器を培養する培養手段と、培養後の各容器の気相をサンプリングするサンプリング手段とを備えた微生物群集構造測定装置である。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、検出率や信頼性が高く、労力が小さくて熟練が不要であり、測定対象となる微生物の種類が多いという優れた効果を発揮する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明者らは、特許文献1と同じく微生物の活性を酸化還元反応の量で把握しようという発想に立ち、鋭意研究した結果、本発明を完成するに至った。
【0019】
以下、本発明の好適な実施形態を添付図面にしたがって説明する。
【0020】
図1(a)〜図1(f)は、本発明の好適な実施形態である微生物群集構造測定装置と、これを用いた本発明の好適な実施形態を示す微生物群集構造測定方法の手順とを説明する概略図である。
【0021】
図1(a)〜図1(f)に示すように、本実施形態に係る微生物群集構造測定装置10は、試料Xを入れると共に酸素、硝酸イオン、マンガン(IV)塩、鉄(III)塩、硫酸イオン、炭酸イオンからなる6種類の電子受容体aのうち1種をそれぞれ添加した少なくとも6本の密閉した容器1と、これら容器1を回転培養する培養手段としての回転培養器5と、培養後の各容器1の気相g3をサンプリングするサンプリング手段としてガスタイトシリンジ3sと、サンプリング手段でサンプリングした気相g3のガス分析を行う図示しないガス分析手段としてのガスクロマトグラフ(ガスクロ)装置とを備える。
【0022】
また、本実施形態に係る微生物群集構造測定方法は、微生物群集構造測定装置10を用いて行い、微生物群集構造を測定したい試料Xに、微生物が活動する際に利用する電子供与体dと電子受容体(添加物)aを添加し、電子供与体dの消費から試料Xの微生物群集構造を測定する方法である。
【0023】
この微生物群集構造測定方法は、少なくとも6本の密閉した容器(密閉容器、培養容器、バイアル瓶)1に試料Xを入れ、各容器1ごとに、酸素、硝酸イオン、マンガン(IV)塩、鉄(III)塩、硫酸イオン、炭酸イオンからなる6種類の電子受容体aのうち1種をそれぞれ添加し、全ての容器1における電子供与体dの消費から試料Xの微生物群集構造を測定する方法である。
【0024】
試料Xとしては、排水処理設備などの排水処理系や、土壌に代表される地下圏、水圏などの自然環境のサンプルになるものであれば、液体に限らず、いかなるものでもよい。例えば、活性汚泥、活性汚泥処理水、メタン発酵処理水、地下水、河川水、海水などがある。
【0025】
電子供与体dとしては、有機物を用いてもよいが、大部分の微生物にとって利用しやすい水素を用いるとよい。電子供与体dとして水素を使用すると、測定が簡単になる利点もある。
【0026】
電子受容体aを上記の6種類としたのは、これら6種類の電子受容体aで試料X中に存在する微生物の存在割合の指標として必要十分だからである。また、6種類の電子受容体aを用いる方法が、上述したシミュレーションモデルの有力あるいは代表的な方法だからである。
【0027】
用いる電子受容体aとして、酸素では好気性菌、硝酸イオンでは硝酸還元菌、マンガン(IV)塩ではマンガン還元菌、鉄(III)塩では鉄還元菌、硫酸イオンでは硫酸還元菌、炭酸イオンではメタン生成菌が、試料X中に存在していることがわかる。
【0028】
より詳細には、図1(a)に示すように、容器1を6本用意し、各容器1に試料Xを入れ、
1番目の容器1aの気相g1を電子受容体aとしての空気、または酸素含有ガス(例えば、空気+Arなどの不活性ガス)で置換する。後者は、酸素濃度が高いと、種によっては微生物の活動を阻害することがあるので、これを防止するためである。
【0029】
他方、2番目の容器1bに電子受容体aとしての硝酸塩を入れ、
3番目の容器1cに電子受容体aとしてのマンガン(IV)塩を入れ、
4番目の容器1dに電子受容体aとしての鉄(III)塩を入れ、
5番目の容器1eに電子受容体aとしての硫酸塩を入れ、
図1(b)に示すように、2〜5番目の容器1b〜1eの気相g1を、空気パージの目的でArなどの不活性ガスnで置換し、
6番目の容器1fに上記電子受容体aとしての炭酸塩を入れてその気相をArなどの不活性ガスnで置換し、あるいは6番目の容器1fの気相g1をArなどの不活性ガスnで置換して電子受容体aとしての二酸化炭素を加える。
【0030】
厳密に言うと1番目の容器1aや、電子受容体aとして二酸化炭素を加える場合の6番目の容器1fでは、電子受容体aは気体であるが、説明の便宜上、図1では固体の例で示した。
【0031】
図1(c)に示すように、1〜6番目の容器1a〜1fのすべての気相g2に、電子供与体dとしての水素ガスを添加(注入)する。
【0032】
水素ガスの添加量は、微生物の酸化還元反応を促進するため、気相g2に対し、1%以上にするとよい(自然環境では、非特許文献5の約0.026%より低い)。この際、気相g2のpHを調整するために、水素ガスと共に二酸化炭素を水素ガスと同量程度添加するとよい。
【0033】
気相g2に水素ガスを添加するとき、各容器1a〜1f内を微加圧するとよい。各容器1a〜1f内を微加圧状態にすることで、各容器1a〜1f内に空気が混入することを防止できる。
【0034】
その後、図1(f)に示すように培養し、経時的に気相g3中のガス分析をして電子供与体dの消費の目安となる水素の減少速度を測定し、
これを電子受容体aを利用する微生物の存在割合の指標とする。
【0035】
各容器1a〜1fの密閉には、上部が開口した容器の開口部を、容器内の気密を保持するブチルゴム栓2でシールするとよい。不活性ガスnによる気相g1の置換、電子供与体dの添加、気相g3中のガス分析には、それぞれ同様の構造を有するガスタイトシリンジ3n,3d,3sを用いるとよい。また、培養には、回転培養器5を用い、水素ガスの試料Xへの溶解を促進させるとよい。ガス分析は、上述したガスクロ装置を用いて行う。
【0036】
6番目の容器1fには、硫化ナトリウムなどの還元剤をさらに添加してもよい。これは、酸化還元電位を確実に下げる場合に行う。例えば、酸化還元電位が高いと存在できないメタン生成菌などの微生物の群集構造も測定したいときに還元剤の添加が必要である。
【0037】
また、容器1を6本ではなく、1〜6番目の容器1a〜1fを2本ずつ合計12本用意し、2本1群で第1〜6群の容器1A〜1Fとし、水素ガスを添加した後、図1(e)に示すように、各群の一方の容器はそのまま培養し、図1(d)に示すように、他方の容器は滅菌して培養(一部滅菌)してもよい。滅菌には、蒸気滅菌を行うオートクレーブ4を用いるとよいが、ガンマ線滅菌でもよい。
【0038】
本実施形態の作用を説明する。
【0039】
非特許文献5では、固体試料を密閉型の培養容器に入れ、気相には電子供与体として水素を添加して培養し、経時的にブチルゴム栓を通して気相のガスをサンプリングして水素の分析を行い、その消費量から微生物の活性を把握しようとしている。
【0040】
本実施形態に係る微生物群集構造測定装置10を用いた微生物群集構造測定方法では、少なくとも6本の密閉した容器1に試料Xを入れ、各容器1ごとに、上述した6種類の電子受容体aのうち1種をそれぞれ添加し、全ての容器1における電子供与体dの消費から総合的に判断して試料Xの微生物群集構造を測定している。
【0041】
より詳細には、容器1を12本用意し、その2本ずつに試料Xのほか、6群の微生物の各々に特異的な6種類の電子受容体aの1つを添加し、気相g2には電子供与体dとして1%以上の水素を添加し(非特許文献5では0.026%しか添加していない)、微加圧状態として空気の混入を防ぎ、酸化還元電位も下げている。
【0042】
これにより、本実施形態に係る方法は、炭酸イオンからメタンを生成する菌(メタン生成菌)も含めた多種類の微生物の培養を可能とし、さらに各容器1を回転培養して水素ガスの試料Xへの溶解を促進することによって、簡易かつ信頼できる微生物群集構造測定技術を提供するものである。
【0043】
つまり、本実施形態に係る方法は、大部分の微生物にとって利用しやすい電子供与体dである水素の消費量を指標とし、図1(d)および図1(e)の一部滅菌により滅菌系とも比較するので、試料X中に存在する微生物群集構造の測定誤差が生じにくく、信頼性が高い。この測定結果を用いれば、上述したシミュレーションモデルの精度を従来よりも大幅に向上でき、現実や現場との整合性も高まる。
【0044】
特に、一部滅菌すれば、各容器1a〜1f内の反応を微生物反応と化学反応とに区別して測定できるため、一部滅菌しない場合と比べれば、誤差がより生じにくく、信頼性がより高い。
【0045】
また、本実施形態に係る方法における操作は、試料Xへの電子受容体a、電子供与体dの添加が簡単であり、その後、回転培養器5に各容器1a〜1fをセッティングしてしまえば、あとは1日1回程度のガスクロ分析で済み、労力が小さく、また熟練も不要である。
【0046】
さらに、本実施形態に係る方法は、特定の微生物のみでなく試料X中に存在する微生物全体の活性を測るので、測定対象となる微生物が限定されることはなく、測定できる微生物の種類も多い。すなわち、本実施形態に係る方法は、従来にないメリットを備えた測定方法である。
【0047】
より詳細にいえば、本実施形態に係る方法は、特に6種類の電子受容体aを利用する微生物群をすべて測定することによって、次のような効果を生む。
【0048】
例えば、排水処理施設では、従来は排水と微生物の混合液を単に曝気して酸素を供給し、好気性菌により排水中の有機物等を分解するものであったが、最近では何らかの嫌気性工程を組み込む場合が増えてきた。しかも、好気性工程の液と嫌気性工程の液を循環する場合が多い(例えば、硝化脱窒法の循環変法、メタン発酵槽への硝化処理液の循環など)。こういう液中でどういう微生物群がどのくらい占めているかの情報は排水処理設備の管理上、大変重要である。
【0049】
硝酸イオンを利用する硝酸還元菌が多ければ、窒素化合物除去のポテンシャルが高いことがわかる一方、温室効果ガスの亜酸化窒素の放出に配慮しなければならない。硫酸イオンを利用する硫酸還元菌が多ければ、悪臭や腐食の原因となる硫化水素の発生に注意しなければならない。炭酸イオンを利用するメタン生成菌が多ければ、温室効果ガスのメタンの放出への配慮が必要な一方、メタンを回収しエネルギー源として利用する可能性も出てくる。しかも、硝酸還元菌やマンガン還元菌など、よりエネルギー獲得効率のよい微生物群が働けば、よりエネルギー獲得効率の悪い硫酸還元菌は働かず、硫化水素の心配は軽減されるというような微生物群間の相互作用もある。
【0050】
つまり、硫化水素発生可能性を調べるためには、硫酸還元菌の量だけ調べていればよいというものではない。6種の微生物群すべてを調査することによって、排水処理施設で何が起こりうるかを広い視野で予測することができる。
【0051】
汚染土壌や汚染地下水においては別の意味で効果が期待される。汚染物質が流れている場で汚染物質の分解(自浄作用)が起きているとき、その場の微生物の群集構造(6つの群の存在割合)がわかり、ある電子受容体aを利用する群が多いことがわかれば、自浄作用を高く保つような管理が可能になる。その電子受容体aの供給が止まると浄化が遅れること、その電子受容体aを添加してやれば浄化が進むことなどが推定できる。
【0052】
例えば、本実施形態に係る方法により、排水処理装置から採取した処理水を試料Xとし、その微生物群集構造を測定すれば、排水処理装置の浄化槽や活性汚泥の状態(経時変化など)を正確に把握したり、種汚泥の良否、選別などを簡単に判断できる。
【0053】
微生物挙動の長期予測のためのシミュレーションモデルにおいては、この本実施形態に係る測定方法はさらに決定的な役割を果たす。こういうモデルのいくつかでは、6群の微生物量と、各々の増殖に関するパラメータとを入力し、時空間的な環境変化に対応して6群の微生物量がどう変化していくかを予測するが、モデルは現場に適用する前に確証をする必要がある。
【0054】
すなわち、現場や模擬実験装置に、例えばある水質の地下水を流入させて微生物挙動を調べ、一方それと同じ地下水質を境界条件として与えたシミュレーションモデルで解析を行って微生物挙動をアウトプットとして出し、両者がある程度一致することをもって確証とする。その際、本実施形態に係る方法のように、現場や模擬実験装置における6群の微生物量(存在割合)を測定する技術は必須となる。
【0055】
また、本実施形態に係る微生物群集構造測定装置10によれば、上述した微生物群集構造測定方法を簡単にかつ確実に実施できる。
【実施例】
【0056】
本発明者らは、上述した効果を期待し、微生物群集構造測定装置10を用いて実験を行った。
【0057】
まず、12本の容積65mLの培養容器を用意する。操作手順は、各培養容器1に主として排水処理装置から採取した試料Xを30mL入れ、一部のものについては、電子受容体としての添加物を表1にしたがって入れる(あらかじめ入れておいてもよい)。
【0058】
各容器1にブチルゴム栓2をして、試料Xおよび気相g1にArなどの不活性ガスnを送り置換した後、密栓する。その後、表1の気相への注入にしたがって水素等を気相g2に注入する。空気を入れる際は、ブチルゴム栓2を一端外して気相を完全に入れ替えてもよい。
【0059】
より詳細には、第1群の培養容器1AにO2 を10mM、第2群の培養容器1BにKNO3 を3mM、第3群の培養容器1CにMnO2 を7.5mM、第4群の培養容器1DにアモルファスFe(III)を10〜15mM、第5群の培養容器1EにK2 SO4 を1.9mM、第6群の培養容器1FにCO2 :3.75mM+Na2 S・9H2 O:300mg/L+レサズリン1mg/L添加した。電子供与体dとしてH2 を3mM、またはアセテート−Cを9〜10mMとした。気相g2にはpH調整のため、すべてCO2 を3.75mM加えた。これにより、試験例1〜12のサンプルを得た。
【0060】
2本同じものができるので、そのうちの1本はオートクレーブ4で滅菌する。これらを回転培養器5にセットして、一定温度(例えば30℃)で培養し、経時的に(例えば、毎日1回)気相g3のガスをガスタイトシリンジ3で採取し、これを図示しないガスクロ装置に注入して水素濃度を分析し、気相g3中のガス、水質の変化を測定した。
【0061】
電子受容体aとして酸素を用いる場合はただちに、それ以外の場合は気相g3中に当初微量残存している可能性のある酸素がなくなった後、水素濃度の減少量から各電子受容体a存在下の微生物の水素消費速度を測定する。これから、試料X中の微生物群集の構成を推定する。
【0062】
【表1】

【0063】
メタン発酵処理水と活性汚泥処理水の試料Xについて、本実施形態に係る方法を適用し、24h後の結果を図2に示す。図2の横軸では、右に行くほど嫌気性菌が存在する割合が高く、左に行くほど酸化還元電位が高い。
【0064】
図2に示すように、メタン発酵処理水(図2中の◆(滅菌なし))では、6種すべての電子受容体aに対する水素消費活性がそれぞれ高く、一方滅菌系(図2中の◆(滅菌))ではほとんど活性がないことから、これら6種すべての電子受容体aを利用する微生物群がこの試料Xにはそろっていることがわかる。
【0065】
これにより、メタン発酵槽からは硫化水素が発生するおそれがあること、鉄(III)やマンガン(IV)を添加すれば有機物分解が促進される可能性があること、硝酸イオンを流入させれば脱窒で窒素化合物も除去される可能性があること、この処理水をさらに曝気すれば好気性菌を接種しなくても(もともと好気性菌が存在しているので)分解が進むことなどがわかる。
【0066】
なお、■で示す滅菌系のデータでは、硝酸イオンにおける水素消費活性が0になっていないが、これは測定誤差だと思われる。
【0067】
また、活性汚泥処理水(図2中の△)の試料Xでは、4種の電子受容体aを利用する微生物群が存在することがわかるが、炭酸イオンを還元してメタンを発生する微生物群の活性はゼロであり、また総じて、嫌気的条件で利用されやすい硫酸イオン、マンガン(IV)塩などの利用性も悪く、好気的条件に適応した微生物群が育っていること、これをそのままメタン発酵槽の種汚泥には使えないことがわかる。
【0068】
以上のように、本実施形態に係る方法は、様々な場での微生物挙動の予測に必要な微生物の群集構造測定方法として大変有効な方法である。
【0069】
したがって、本実施形態に係る方法は、環境により、異なる電子受容体aごとの活性の相対的関係が異なり、微生物群集の構成の違いを表す指標の1つとなるものである。
【図面の簡単な説明】
【0070】
【図1】図1(a)〜図1(f)は、本発明の好適な実施形態である微生物群集構造測定装置と、これを用いた本発明の好適な実施形態を示す微生物群集構造測定方法の手順とを説明する概略図である。
【図2】実施例の試料について本実施形態に係る微生物群集構造測定方法を実施した結果を示す図である。
【符号の説明】
【0071】
1 容器
1a〜1f 1〜6番目の容器
1A〜1F 第1〜6群の容器
X 試料
d 電子供与体
a 電子受容体
5 回転培養器
10 微生物群集構造測定装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
微生物群集構造を測定したい試料に、電子供与体と電子受容体を添加し、電子供与体の消費から上記試料の微生物群集構造を測定する方法において、少なくとも6本の密閉した容器に上記試料を入れ、各容器ごとに、酸素、硝酸イオン、マンガン(IV)塩、鉄(III)塩、硫酸イオン、炭酸イオンからなる6種類の電子受容体のうち1種をそれぞれ添加し、上記全ての容器における電子供与体の消費から上記試料の微生物群集構造を測定することを特徴とする微生物群集構造測定方法。
【請求項2】
上記容器を6本用意し、各容器に上記試料を入れ、
1番目の容器の気相を上記電子受容体としての空気または酸素含有ガスで置換し、
2番目の容器に上記電子受容体としての硝酸塩を入れ、
3番目の容器に上記電子受容体としてのマンガン(IV)塩を入れ、
4番目の容器に上記電子受容体としての鉄(III)塩を入れ、
5番目の容器に上記電子受容体としての硫酸塩を入れ、
2〜5番目の容器の気相をArなどの不活性ガスで置換し、
6番目の容器に上記電子受容体としての炭酸塩を入れてその気相をArなどの不活性ガスで置換し、あるいは6番目の容器の気相をArなどの不活性ガスで置換して上記電子受容体としての二酸化炭素を加え、
1〜6番目の容器のすべての気相に、上記電子供与体としての水素ガスを添加して培養し、経時的に気相中のガス分析をして水素の減少速度を測定し、
これを上記電子受容体を利用する微生物の存在割合の指標とする請求項1記載の微生物群集構造測定方法。
【請求項3】
上記6番目の容器に、硫化ナトリウムなどの還元剤をさらに添加する請求項2記載の微生物群集構造測定方法。
【請求項4】
上記1〜6番目の容器を2本ずつ合計12本用意し、2本1群で第1〜6群の容器とし、水素ガスを添加した後、各群の一方の容器はそのまま培養し、他方の容器は滅菌して培養する請求項2または3記載の微生物群集構造測定方法。
【請求項5】
微生物群集構造を測定したい試料に、電子供与体と電子受容体を添加し、電子供与体の消費から上記試料の微生物群集構造を測定する装置において、上記試料を入れると共に酸素、硝酸イオン、マンガン(IV)塩、鉄(III)塩、硫酸イオン、炭酸イオンからなる6種類の電子受容体のうち1種をそれぞれ添加した少なくとも6本の密閉した容器と、これら容器を培養する培養手段と、培養後の各容器の気相をサンプリングするサンプリング手段とを備えたことを特徴とする微生物群集構造測定装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−104419(P2008−104419A)
【公開日】平成20年5月8日(2008.5.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−291480(P2006−291480)
【出願日】平成18年10月26日(2006.10.26)
【出願人】(000000099)株式会社IHI (5,014)
【Fターム(参考)】