説明

微細構造複合体及びそれを用いた被放出分子を生体内に輸送する方法

【課題】生体親和性、任意の場所での分子放出機構、観察・追跡可能な発光中心を同時に兼ね備えた微細構造複合体及びそれを用いた被放出分子を生体内に輸送する方法を提供する。
【解決手段】被放出分子P5と結合した切断部位を有するリンカー分子P3と、当該リンカー分子P3と結合したナノダイヤモンド微粒子P1とからなる微細構造複合体及びそれを用いた被放出分子P5を生体内に輸送する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被放出分子と結合した切断部位を有するリンカー分子と、当該リンカー分子と結合したナノダイヤモンド微粒子とからなる微細構造複合体及び当該微細構造複合体を用いて、細胞内若しくは細胞表面の任意の場所でリンカー分子の化学結合を切断して目的分子を放出する被放出分子を生体内に輸送する方法に関する。本発明の被放出分子を生体内に輸送する方法は、生物学的・医学的・薬学的な計測、医療分野での診断、医薬品開発等に応用可能である。
【背景技術】
【0002】
ダイヤモンドは、化学的安定性、生体適合性、半導体特性、硬度、熱伝導性等の物性の高さから、バイオデバイスへの応用が期待されている。生体内でのイメージングや診断に応用する目的で、CdSeに代表される量子ドット用いた研究が数多く行われている(非特許文献1)。400〜1400nmの領域で蛍光を持つII−VI族、III−V族、IV−VI族の化合物を用いて、実際に細胞内や生体内に取り込まれた量子ドットからの蛍光が観察されており、研究分野は大きな広がりを見せている。しかし、量子ドットの化学的安定性および発光センターの特性が原因で、細胞毒性および蛍光の消光、また、蛍光色素と比較して量子効率が低いという問題があった。一般にドラッグデリバリーシステムでは、基体に、脂質や高分子を用いていることが多い(特許文献1)。これらは生体に対して低侵襲性もしくは非侵襲性であり、かつ分子放出機構を有するものであるが、現象を追跡するための発光中心を持たないという問題があった。ドラッグデリバリーシステムでは、これまで、カーボンナノチューブ等の炭素繊維を基体として用いる方法が報告されている(特許文献2〜4)。しかし、カーボンナノチューブ自体の生体に対する影響は最近研究が始められたばかりで、まだ完全に解明されてはいないという問題がある。また、カーボンナノチューブ自体に発光中心は持たないという問題があった。
【0003】
また、酸化チタンを基体として用いる方法が報告されている(特許文献5)。酸化チタンは生体親和性が高く、中空状に加工して分子放出機構を持たせることが可能であるが、発光中心は持たないという問題があった。また、メゾポーラスなシリコン酸化物を基体として用いる方法が報告されている(特許文献6)。しかし、シリコン酸化物表面は強い固体酸性を持つため、生体親和性が低いという問題がある。特許文献7では、良好な分散性を示すナノダイヤモンドの製造方法を提供している。この中で、カルボキシル基で修飾したナノダイヤモンドがドラッグデリバリーシステムに利用可能である旨が記述されている。しかし、これは、カルボキシル基で修飾したナノダイヤモンドが分散性に優れていることをもって、一般的に、ドラッグデリバリーシステムに利用可能であると述べているに過ぎず、ナノダイヤモンドをドラッグデリバリーシステムに利用するためになんら具体的な発明はなされていない。
【0004】
一方、生物学的・医学的・薬学的に細胞内および細胞間での現象を追跡・観察するために、蛍光を発する色素を被導入分子に結合させた分子が用いられている。しかし、このような色素は、色素を励起するための光を照射することにより、観察中に、色素自体の発光が減衰する、もしくは消光してしまうという問題があった(非特許文献2)。
このように、生体適合性を持ち、低侵襲性もしくは非侵襲性であり、かつ分子放出機構を有し、かつ基体に安定な発光中心を有する物質輸送方法はこれまで存在しない。したがって、生体に対して親和性をもたない物質を用いざるを得ないという問題があった。また、安定な発光中心を持たないため、細胞および細胞間で起こる現象を観察・追跡することが困難であるという問題があった。
【0005】
【特許文献1】再表97−30730号公報
【特許文献2】特開2007−22873号公報
【特許文献3】特開2006−36638号公報
【特許文献4】特開2004−16909号公報
【特許文献5】特開2006−104081号公報
【特許文献6】特開2002−173319号公報
【特許文献7】特開2006−239511号公報
【非特許文献1】X.Michalet,F.F.Pinaud,L.A.Bentolila,J.M.Tsay,S.Doose,J.J.Li,G.Sundaresan,A.M.Wu,S.S.Gambhir,S.Weiss,Science307(2005)538.
【非特許文献2】S.−J.Yu,M.−W.Kang,H.−C.ChangK.−M.Chen,Y.−C.Yu,J.Am.Chem.Soc.127(2005)17604.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記問題を解決するためになされたものであり、生体適合性の高いダイヤモンドを基体として用い、細胞等に侵入可能なナノダイヤモンド微粒子を用い、該ナノダイヤモンド微粒子は、任意の場所で切断可能な化学結合を持つリンカー分子で修飾されており、被放出分子がリンカー分子と結合しており、追跡可能で消光しない安定な発光センターを有しているため、生体に安全で、生物・医学・薬学的に観察・計測・追跡可能な微細構造複合体及び被放出分子を生体内に輸送する方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の物質輸送方法は、基体にナノダイヤモンド微粒子を用い、ナノダイヤモンド微粒子は、任意の場所で切断可能な化学結合を有するリンカー分子で修飾されており、被輸送分子はリンカー分子と結合しており、ナノダイヤモンド微粒子内に追跡可能で消光しない発光センターを有することを特徴とするものである。
すなわち、本発明は、被放出分子と結合した切断部位を有するリンカー分子と、当該リンカー分子と結合したナノダイヤモンド微粒子とからなる微細構造複合体である。
また、本発明の微細構造複合体においては、さらに、ナノダイヤモンド微粒子に、生体内の任意の場所で結合することができるアンカー分子を結合させることができる。
さらに、本発明の微細構造複合体においては、該ナノダイヤモンド微粒子の直径は1nm〜1000nmの範囲が好適であり、より好ましくは1nm〜100nmの範囲が好適であり、さらに望ましくは4nm〜50nmとすることができる。
また、本発明においては、発光波長を、550〜1000nmとすることができる。
また、本発明においては、ナノダイヤモンドの発光中心を、窒素原子とこれに隣り合う空孔からなるN−Vセンターおよびニッケル原子とそれを取り囲む窒素原子からなるNi−Nセンターとすることができる。
さらに本発明は、リンカー分子の切断部位を、共有結合、キレート結合、水素結合、イオン結合、静電気的結合、疎水結合からなる群れより選ばれる少なくともひとつとすることができる。
また、さらに本発明においては、被放出分子が蛍光部位を有することができる。
また、本発明は、被放出分子と結合した切断部位を有するリンカー分子と、当該リンカー分子と結合したナノダイヤモンド微粒子とからなる微細構造複合体を細胞内又は細胞間に挿入し、細胞内若しくは細胞表面の任意の場所で、リンカー分子の切断部位の化学結合を切断して、被放出分子を生体内に輸送する方法である。
本発明の被放出分子を生体内に輸送する方法においては、リンカー分子の切断部位の化学結合を切断するのが、イオンによるもの、ラジカルによるもの、光によるもの、酵素によるもの、置換によるもの、pHの変化によるもの電界の変化によるもの、磁界の変化によるもののうち少なくともひとつを用いることができる。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、ナノダイヤモンド微粒子とともにナノダイヤモンド上に固定化されている被輸送分子を、細胞内および細胞間に輸送することが可能であり、任意の場所でリンカー分子の化学結合を切断することにより、被放出分子を、細胞内および細胞間に放出することが可能な、生体に対して低侵襲性な被放出分子輸送方法を提供することができる。
また、本発明によれば、ナノダイヤモンド内に安定で消光しない発光センターを有するため、切り離される前の微細構造複合体若しくは切り離されたナノダイヤモンド部位について、光学的に位置の追跡が可能な物質輸送方法を提供することができる。このため、生物学、医学、薬学的に基礎的な観察および計測に応用することが可能であるだけでなく、医療現場や新薬創成における診断にも応用可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態を説明する。
図1から図3は、本発明の物質輸送方法を示したものである。P1は、ナノダイヤモンド微粒子であり、その直径は1〜1000nmの範囲であることが望ましい。さらに望ましくは、1〜100nmの範囲であり、より望ましくは、4〜50nmの範囲である。また、該ナノダイヤモンド微粒子は550〜1000nmの範囲の発光中心を持つ。発光中心は1個のナノダイヤモンド対して1個であっても良いし、複数個あってもかまわない。ナノダイヤモンドの代表的な発光中心として、N−Vセンターおよび、Ni−Nセンターが挙げられる。550〜1000nmの赤色光および赤外光は生体に対する透過率が高く、発光中心の観察・追跡が外部から可能である。たとえば、パルスオキシメトリ法で動脈血酸素飽和度(SpO2)を測定する場合、665nmおよび880nmの赤色光および赤外光を体外から照射し、体外にて観測することで酸化ヘモグロビン(HbO)と還元ヘモグロビン(Hb)の吸収特性を測定している。本発明におけるナノダイヤモンドの発光中心は、550〜1000nmに中心を持つ1種類の発光中心であっても良く、さらに、複数の異なる波長領域に中心を持つ発光中心であっても良い。
【0010】
P3は、切断可能な化学結合P7を持つリンカー分子であり、ナノダイヤモンドP1と化学結合にて結合している。切断可能な化学結合P7としては、共有結合、キレート結合、水素結合、イオン結合、静電気的結合、疎水結合のうち少なくともひとつを用いることができる。また、刺激による化学結合P7の切断方法が、光によるもの、酵素によるもの、置換によるもの、pHの変化によるもののうち少なくともひとつを用いることができる。たとえば、共有結合であるジスルフィド結合(S−S結合)は254nmの紫外線により切断可能である。また、たとえば、ニトロベンジル基を用いれば、やはり紫外線照射により結合が解裂する。また、キレート結合を用いれば、細胞内および細胞間に存在する他の配位子によって置換されることにより、元の結合が切断される。また、ポリオール部位のエステル結合は細胞内に存在するエステラーゼ等の酵素が分解可能である。また、シクロデキストリンやカリックスレーン等の包摂能力を有する分子を用いることも可能である。包摂されうる分子と被放出分子を化学結合で接続しておけば、pH等の環境変化により、包摂能力を変化させ、被放出分子を放出することが可能である。
P5は被放出分子であり、たとえば、DNAやタンパク質等の物質が挙げられる。本発明において、たとえば、化学修飾されたナノダイヤモンド微粒子の分散液に細胞等を浸漬することにより、ナノダイヤモンド微粒子は、修飾分子と共に、細胞内および細胞間に侵入することができる。図2では、細胞内および細胞間の環境P11において、化学結合を切断しうる刺激P11を与えることにより、被放出分子を任意の場所に放出することが可能である。
【0011】
また、図1に示すように、本発明のナノダイヤモンドは、細胞内および細胞間の特定の部位や、細胞内および細胞間に存在する特定の化学物質と結合もしくは会合体を作るアンカー分子P9で修飾されていても良い。図3に示すようにアンカー分子P9は、細胞内および細胞間に存在するアンカー分子と、結合もしくは会合体をつくる部位もしくは物質P15で任意の場所に固定される。そこで刺激P11を与えることにより、任意の場所に高濃度の被放出分子を放出することが可能である。
本発明は、本実施形態に開示された特定の構成になんら限定されるものではなく、したがって、本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々の態様で実施しうることはいうまでもない。
【産業上の利用可能性】
【0012】
本発明の物質輸送法は、生物学、医学、薬学的に基礎的な観察および計測に応用することが可能であるだけでなく、医療現場や新薬創成における診断にも応用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明に係る化学修飾微細構造複合体を示す図。
【図2】本発明に係る被放出分子を生体内に輸送する方法を示す図。
【図3】アンカー分子を有するナノダイヤモンドを用いた被放出分子を生体内に輸送する方法を示す図。
【符号の説明】
【0014】
P1・・・ナノダイヤモンド微粒子、
P3・・・切断部位を持つリンカー分子、
P5・・・被放出分子、
P7・・・切断部位、
P9・・・アンカー分子、
P11・・細胞内および細胞間環境、
P13・・切断に用いる刺激、
P15・・細胞内および細胞間に存在するアンカー分子と結合もしくは会合体をつくる部位もしくは物質。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被放出分子と結合した切断部位を有するリンカー分子と、当該リンカー分子と結合したナノダイヤモンド微粒子とからなる微細構造複合体。
【請求項2】
さらに、ナノダイヤモンド微粒子に、生体内の任意の場所で結合することができるアンカー分子を結合した請求項1に記載した微細構造複合体。
【請求項3】
該ナノダイヤモンド微粒子の直径が1nm〜1000nmであることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の微細構造複合体。
【請求項4】
ナノダイヤモンドの発光中心の発光波長が、550〜1000nmであることを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれかに記載の微細構造複合体。
【請求項5】
ナノダイヤモンドの発光中心がN−VセンターおよびNi−Nセンターであることを特徴とする請求項4に記載の微細構造複合体。
【請求項6】
リンカー分子の切断部位が、共有結合、キレート結合、水素結合、イオン結合、静電気的結合、疎水結合のうち少なくともひとつであることを特徴とする請求項1ないし請求項5のいずれかに記載の微細構造複合体。
【請求項7】
被放出分子が蛍光部位を有することを特徴とする請求項1ないし請求項6のいずれかに記載の微細構造複合体。
【請求項8】
被放出分子と結合した切断部位を有するリンカー分子と、当該リンカー分子と結合したナノダイヤモンド微粒子とからなる微細構造複合体を細胞内又は細胞間に挿入し、細胞内若しくは細胞表面の任意の場所で、リンカー分子の切断部位の化学結合を切断して、被放出分子を生体内に輸送する方法。
【請求項9】
リンカー分子の切断部位の化学結合を切断するのが、イオンによるもの、ラジカルによるもの、光によるもの、酵素によるもの、置換によるもの、pHの変化によるもの電界の変化によるもの、磁界の変化によるもののうち少なくともひとつを用いる請求項8の被放出分子を生体内に輸送する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−119561(P2009−119561A)
【公開日】平成21年6月4日(2009.6.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−296378(P2007−296378)
【出願日】平成19年11月15日(2007.11.15)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】