説明

微量物質検出素子

【課題】局在プラズモン共鳴を用いて微量物質を高感度で検出するために用いる素子について、その性能を更に向上させて微量物質を高感度で測定することを可能とする。
【解決手段】基板と、該基板の一面に形成された複数の微小突起部又は微細孔と、該突起部の上面及び基板面上に形成された金属層、又は該微細孔の周辺部及び底面に形成された金属層と、を有するプラズモン共鳴を利用する微量物質検出用素子であって、
該突起部の上面に形成された金属層と基板面に形成された金属層とが非接触状態であるか、或いは、該微細孔の周辺部に形成された金属層と微細孔の底面に形成された金属層とが非接触状態であることを特徴とする微量物質検出用素子。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、局在プラズモン共鳴を用いて微量物質を高感度で検出するための素子及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
表面プラズモン共鳴とは、金属表面に光が入射した場合に金属表面の自由電子の粗密波、すなわち表面プラズモン波と、入射光によるエバネッセント波との共鳴によって発生するものであり、入射波長、入射角度、金属表面の媒質の屈折率等に依存し、それらをパラメーターとして共鳴条件が敏感に変化する。よって、反射光の強度をモニターすることによって、金属表面の物質の状態変化を解析できる。
【0003】
表面プラズモン共鳴を起こす方法として、プリズム光学系と回折格子光学系がある。前者は単純な全反射にもとづくものであり、プラズモン共鳴場のエネルギーは非常に小さく、また、共鳴条件を満足する入射角度に自由度がないという欠点がある。一方、回折格子光学系(下記特許文献1、特許文献2等参照)は、共鳴場の高強度化という観点では有効なものの、プリズム光学系と同様に励起光が回折格子と結合する条件に制約があるため、回折格子の作製が極めて難しいという問題がある。
【0004】
一方、金属微粒子あるいは金属ナノ構造を基板上に配置して、そこに励起光を照射することによって誘起される局在プラズモン共鳴を利用して、金属近傍に存在する物質を高感度で検出する方法が知られている。例えば、微細孔が形成された陽極酸化アルミナ基板を用いて、微細孔の中と微細孔の周囲の各々に不連続的に金を配置し、細孔内の金微粒子および細孔周囲の金薄膜のそれぞれによって発生する局在プラズモン共鳴場を利用して、微量物質の検出をする方法が知られている(下記特許文献3参照)。
【0005】
また、基板表面上に2次元的に配列した孤立金属ナノドット同士のギャップをナノレベルで制御し、その間隙に発生する局在プラズモン共鳴場を利用して、核酸、糖鎖、タンパクなどの生態物質、あるいは、PCB,ダイオキシンなどの非生態物質の検出ができるという提案もある(例えば、下記特許文献4参照)。
【0006】
しかしながら、陽極酸化アルミナ基板を利用する場合は、微細孔の形状、配列周期などの制御が難しく、被測定物質の導入排出系や励起光の入射光学系などの集積化も困難である。また、2次元的に配列した孤立金属ナノドットを利用する場合は、ギャップの距離をナノレベルで厳密に制御するという観点で、大面積化に限界がある。
【特許文献1】特許1903195号
【特許文献2】特許2502222号
【特許文献3】特開2004−232027号公報
【特許文献4】特開2007−218900号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記した従来技術の問題点に鑑みてなされたものであり、その主な目的は、局在プラズモン共鳴を用いて微量物質を高感度で検出するために用いる素子について、その性能を更に向上させて微量物質を高感度で測定することを可能とすることである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は上記した目的を達成すべく鋭意研究を重ねてきた。その結果、基板上に複数の微小突起部又は微細孔を形成し、該突起部の上面と基板面、或いは、該微細孔の周辺部と底面に非接触状態で金属層を形成する場合には、光照射時に金属層間のギャップ内に電場が発生し、ギャップの大きさを調整することによって、電場の強度を大きく向上させて微量物質を高感度で測定することが可能となることを見出した。また、この様な構造の素子の製造方法として、基板上に湿式エッチングに対するエッチング速度の速い層と遅い層を順次積層した後、この積層部分に微小突起部又は微細孔を形成し、その後、湿式エッチングを行うことによって、突起部の上面と基板面との中間部分、又は微細孔の表面と底面との中間部分にエッチングが進行した部分を形成できることを見出した。そして、この様にして突起部又は微細孔が部分的にエッチングされた基板に対して気相法によって金属層を形成する場合には、エッチングされた部分において金属層の析出が防止されて、上記した構造の微量物質検出用素子を簡単な方法で製造できることを見出した。本発明は、これらの知見に基づいて、更に研究を重ねた結果完成されたものである。
【0009】
即ち、本発明は、下記の微量物質検出用素子及びその製造方法を提供するものである。
1. 基板と、該基板の一面に形成された複数の微小突起部と、該突起部の上面及び基板面上に形成された金属層とを有するプラズモン共鳴を利用する微量物質検出用素子であって、
該突起部の上面に形成された金属層と、基板面に形成された金属層とが非接触状態であることを特徴とする微量物質検出用素子。
2. 突起部が、突起部の上面と比較して直径が小さい部分を少なくとも一カ所含むものである上記項1に記載の微量物質検出用素子。
3. 突起部の上面に形成された金属層と基板面に形成された金属層との最短部分の間隔が5nm〜10μmである上記項1又は2に記載の微量物質検出用素子。
4. 基板と、該基板の一面に形成された複数の微細孔と、該微細孔の周辺部と微細孔底面に形成された金属層とを有するプラズモン共鳴を利用する微量物質検出用素子であって、
該微細孔の周辺部に形成された金属層と、底面に形成された金属層とが非接触状態であることを特徴とする微量物質検出用素子。
5. 微細孔内に、微細孔表面と比較して孔径が大きい部分が少なくとも一カ所存在する上記項4に記載の微量物質検出用素子。
6. 微細孔の周辺部に形成された金属層と微細孔の底面に形成された金属層との最短部分の間隔が5nm〜10μmである上記項4又は5に記載の微量物質検出用素子。
7. 金属層が金、銀、銅又はこれらを含む混合物からなるものである上記項1〜6のいずれかに記載の微量物質検出用素子。
8. 下記の工程からなる上記項1〜7のいずれかに記載された微量物質検出用素子の製造方法:
(1)基板上に、湿式エッチングによるエッチング速度が異なる少なくとも二層を、エッチング速度が速い層が基板面に近い位置となるように形成する工程、
(2)上記(1)工程で基板上に形成された層をドライエッチングして、微小突起部又は微細孔を形成する工程、
(3)上記(2)工程で微小突起部又は微細孔が形成された基板を湿式エッチングに供する工程、
(4)上記(3)工程でエッチング処理を行った基板に、蒸着法又はスパッタリング法によって金属層を形成する工程。
9. 基板がシリカガラス板又はシリコン板であり、基板上に形成される層のうちの少なくとも一層が、シリカガラスからなる層又はフッ素を含むシリカガラスからなる層であり、湿式エッチングをフッ酸水溶液で行う上記項8に記載の方法。
【0010】
以下、まず、本発明の微量物質検出用素子の製造方法を説明し、次いで、該素子の構造を説明する。
(1)微量物質検出素子の製造方法
(i)本発明では、まず、基板上に、湿式エッチングに対するエッチング速度の異なる層を少なくとも二層形成する。この際、エッチング速度が速い層が基板面に近い位置となるように各層を形成する。図1は、基板1上に、エッチング速度が速い第一層2と、第一層と比較してエッチング速度が遅い第二層3が積層された状態を示す概略図である。
【0011】
基板1としては、特に限定はなく、後述する製造工程において変質すること無く、また、測定対象の微量物質を含む溶液によって侵されることのないものであれば特に限定なく使用できる。例えば、市販品として入手しやすいシリコン、ガラス、各種樹脂等を用いることができる。既知のフォトリソグラフィーや電子線リソグラフィー、インプリントによるパターニング、および、その後のドライエッチングや湿式エッチング工程を考慮すると、基板は光学的に平坦な面を有していることが好ましい。
【0012】
基板上に形成する層の種類については特に限定はなく、後述する微小突起部又は微細孔の形成工程、及び湿式エッチングによる突起部又は微細孔の断面形状の調整工程において適度な作業性を有する材料から選択すればよい。
【0013】
例えば、基板1としてシリカガラス又はシリコン板を用いる場合には、基板上にはフッ素を含むシリカガラスからなる第一層2を形成し、この上に第二層3としてシリカガラス層を形成すれば、第一層2のフッ素含有量を調整することによって、第一層2のエッチング速度を簡単に制御することができる。
【0014】
また、基板1としてシリコンを用いる場合には、基板上に第一層2としてSiO層を形成し、その上に第二層3としてシリコン層を形成することによって、SiO層のエッチングを優先的に進行させることができる。この場合、第一層のSiO層にフッ素原子を添加すれば、更に、第一層2のエッチング速度を調整することが可能となる。
【0015】
基板1上に形成する層2,3の厚さについては特に限定はないが、最終的に目的とする素子における突起部又は微細孔の形状等に応じて適切な膜厚を決定すればよい。
【0016】
なお、本発明では、基板上に形成する層は二層に限定されず、エッチング速度の異なる層を三層以上積層してもよい。この場合にも、エッチング速度が速い層と遅い層が、エッチング速度が速い層が基板面に近い位置となるように積層されている部分があればよい。
【0017】
上記した各層の形成方法については、特に限定はなく、例えば、CVD法、蒸着法、スパッタリング法などの各種気相法やスピンコーティング法などの湿式コーティング法などを適用できる。
【0018】
(ii)次いで、上記した方法で基板上に形成された層に対して、ドライエッチング法によって複数の微小突起部又は微細孔を形成する。
【0019】
微小突起部又は微細孔の大きさについては特に限定的ではないが、できるだけ高密度に突起部又は微細孔を形成することによって、高い電場強度を得ることが可能となる。加工性を考慮すると、通常、突起部の直径又は微細孔の孔径は、20nm〜100μm程度であることが好ましく、50nm〜10μm程度であることがより好ましい。また、隣接する突起部同士又は微細孔同士の最短距離については、通常、5nm〜500nm程度とすればよく、好ましくは10nm〜200nm程度とすればよい。
【0020】
なお、突起部及び微細孔の基板面に平行方向の断面形状については特に限定はなく、完全な円形であってもよく、或いは多角形であってもよい。この場合、突起部の直径又は微細孔の孔径とは、突起部又は微細孔について、基板に平行な断面の最大長さをいう。
【0021】
また、突起部の上面については、完全な平面でなくてもよく、後述する湿式エッチングによって曲面状態となっていてもよい。また、微細孔の底面についても、同様に完全な平面でなくてもよく、曲面状態となっていてもよい。
【0022】
上記した突起部又は微細孔は、周知のパターニング技術とエッチング技術を利用することによって容易に形成できる。例えば、まず、基板表面にフォトレジストをスピンコートした後に、例えば、波長325nmのHe−Cdレーザー光を用いた干渉縞を、所定時間、照射し、現像することによって、所定のパターンの開口部を有するフォトレジスト層を形成することができる。
【0023】
図2は、微細孔を形成するためのフォトレジスト層が形成された状態を示す概略図である。基板1上に、第一層2及び第二層3が積層されており、この上に所定のパターンの開口部5を有するレジスト層4が形成されている。
【0024】
図3は、微小突起部を形成するためのフォトレジスト層が形成された状態を示す概略図である。基板1上に、第一層2及び第二層3が積層されており、この上に形成される突起部の断面形状に一致するパターンを有するレジスト層6が形成されている。
【0025】
その後、例えば、HやCHFなどのフッ素系ガス、Clなどの塩素系ガス等を用いたプラズマエッチングを行うことによって、基板上に目的とする大きさ、周期の突起部又は微細孔を形成できる。また、電子線レジストをコートした後に電子線描画とドライエッチングを行っても、同様な形状の突起部又は微細孔を形成できる。
【0026】
図4は、基板1の一面に微細孔が形成された状態の概略を示す断面図である。図4では、第一層2及び第二層3を貫通する状態で基板1の表面まで達する微細孔が形成されている。
【0027】
形成される突起部の高さ又は微細孔の深さについては、エッチング条件を適切に設定することによって容易に調整できる。後述する様に、本発明の目的とする局在プラズモン共鳴を用いた微量物質検出素子では、局在プラズモン共鳴の電場強度を向上させるためには、金属層間の最短部分の間隔が5nm〜10μm程度の範囲にあることが好ましい。このため、突起部の高さ又は微細孔の深さについては、後述する方法で形成される金属層の厚さに応じて、金属層を形成した後の金属層間の最短部分の間隔が5nm〜10μm程度、好ましくは20nm〜2μm程度となるように調整することが好ましい。但し、作製の難易度を考慮すると、突起部の高さ又は微細孔の深さは、50nm〜2μm程度であることが好ましい。突起部の高さ又は微細孔の深さが上記範囲より小さい場合には、金属の成膜の際の膜厚制御が困難となる。また上記範囲を上回ると、エッチングの際の基板とレジストとのエッチング速度差に限界があるため、レジスト以外の金属系材料、例えば、クロム、ニッケル、タングルテンシリサイドをマスクとして使用する必要があり、さらに、後の金属層の成膜時間が長くなるという問題点がある。
【0028】
(iii)次いで、上記した方法で微小突起部又は微細孔が形成された基板を湿式エッチングに供する。これにより、突起部が形成されている場合には、突起部の側壁部分において、エッチング速度の速い第二層2のエッチングが進行して、突起部の上面と比較して、直径が小さい部分が形成される。また、微細孔が形成されている場合には、微細孔の側壁部分において、エッチング速度の速い第二層2のエッチングが進行して、表面部分の孔径と比較して孔径が大きい部分が微細孔内に形成される。
【0029】
図5は、複数の微細孔が形成された基板について、湿式エッチングを行った後の状態を模式的に示す平面図及び断面図である。図5では、基板1上に形成された第一層2と第二層3を貫通する微細孔において、エッチング速度が速い第二層2のエッチングが進行して、第二層2の部分の微細孔の孔径が、表面部分の孔径と比較して大きくなっている。
【0030】
図6は、複数の微小突起部が形成された基板について、湿式エッチングを行った後の状態を模式的に示す平面図及び断面図である。第一層2と第二層3が積層された部分に形成された微小突起部において、エッチング速度が速い第一層2のエッチングが進行して、この部分の直径が、突起部の上面部分の直径と比較して小さくなっている。
【0031】
微小突起部又は微細孔の側壁部分のエッチングの程度については特に限定的ではなく、後述する気相法による金属層の形成工程において、側壁への金属の付着を防止して、突起部の上面に形成される金属層と基板面に形成される金属層、又は微細孔の周辺部に形成される金属層と底面に形成される金属層との接触を防止できる程度に、突起部の側壁部分又は微細孔の側壁部分がエッチングされていればよい。
【0032】
尚、エッチングされた部分の浸食状態は、側壁部分の全体において均一でなくてもよく、側壁の一部のみがエッチングされていてもよい。或いは、側壁部分が階段状、曲線状等の各種の形状でエッチングされていてもよい。この様な側壁の不均一なエッチング状態は、例えば、後述する方法でフッ素添加シリカガラス層を形成する際に、該シリカガラス層の厚さ方向において、フッ素添加量を部分的又は傾斜的に変化させてエッチング速度を調整することによって容易に形成することができる。
【0033】
湿式エッチングの方法については、特に限定はなく、第一層2及び第二層3を形成する材料の種類に応じて、第一層2のエッチングが優先的に進行する様にエッチング液及びエッチング条件を採用すればよい。
【0034】
例えば、基板1としてシリカガラスを用い、第一層2をフッ素添加シリカガラスで形成し、第二層(表面層)3をシリカガラスで形成した場合には、フッ酸水溶液を用いてエッチングを行うことによって、第一層2のフッ素添加シリカガラス層のエッチングを優先的に進行させることができる。
【0035】
シリカガラスにフッ素を添加すると、得られるガラスのフッ酸に対するエッチング速度が、フッ素添加量に応じて増加することはよく知られている(参考文献:Antireflection microstructures fabricated upon fluorine-doped SiO2 films. Opt. Lett., 26, 1642-1644, 2001. K. Kintaka, J. Nishii, A. Mizutani, H. Kikuta, H.Nakano.)。このようなガラスは、化学気相法で容易に作製することができる。フッ素添加量としては、シリカガラス全体を基準として、0.5〜10モル%程度、好ましくは1〜6モル%程度とすればよい。フッ素添加量が上記下限よりも少ない場合は、後のフッ酸でのエッチングの際に、表面層であるシリカガラスとのエッチング速度差が小さ過ぎることがあり、また、上限よりも多い場合には、シリカガラスとの膨張率差が大きくなり、基板が反る場合があるので好ましくない。
【0036】
さらに、最上面を形成する第二層3をシリコン等のフッ酸でエッチングされにくい材料で成膜する場合には、第一層2をフッ素を添加しないシリカガラスで形成することも可能である。この場合にも、エッチング液としてフッ酸水溶液を用いることによって、シリコン層と比較してシリカガラス層のエッチングを優先的に進行させることができる。
【0037】
以上の通り、第一層2をフッ素添加シリカガラス又は純粋シリカガラスで形成する場合には、エッチング液としてフッ酸水溶液を用いることができる。フッ酸水溶液の濃度については、シリカガラス中のフッ素の添加量にも依存するが、通常、0.1〜10重量%程度とすればよい。エッチング速度は、該水溶液の濃度と、溶液温度で制御することができる。好ましいエッチング条件は、温度15〜25℃程度、時間5秒〜10分程度である。
【0038】
(iv)上記した方法で湿式エッチングを行った後、微小突起部分の上面と基板面、或いは、微細孔が形成された基板の微細孔の周辺部と微細孔の底面に金属層を形成する。
【0039】
金属層は、例えば、真空蒸着法、スパッタ法などの気相法によって形成することが好ましい。これにより、微小突起部の上面と基板面、或いは微細孔の周辺部と底面に金属層が形成され、突起部の側壁又は微細孔の側壁では、第二層2に相当する部分がエッチングされていることによって、この部分への金属の付着が防止される。その結果、微小突起部分の上面に形成された金属層と基板面に形成された金属層、或いは、微細孔の周辺部の金属層と微細孔底面に形成された金属層は、互いに非接触状態となる。
【0040】
図7は、微細孔が形成された基板に金属層を形成した状態を模式的に示す断面図である。図7において、微細孔の周辺部と、微細孔の底面に金属層7及び8が形成されており、両者は非接触状態となっている。図8は、微小突起部が形成された基板に金属層を形成した状態を模式的に示す断面図である。図8では、微小突起部の上面と基板面に金属層9及び10が形成されており、両者は非接触状態である。
【0041】
金属層の種類については、光照射によって強いプラズモン共鳴場が得られるものであれば特に限定はなく、例えば、金、銀、銅、これらの混合物などを用いることができる。
【0042】
金属層の厚さについては、基板上に形成された突起部の高さ、或いは微細孔の深さに応じて、突起部の上面に形成された金属層と基板面に形成された金属層との間の最短部分の間隔、或いは、微細孔の周辺部に形成された金属層と微細孔の底面に形成された金属層との間の最短部分の間隔が5nm〜10μm程度、好ましくは20nm〜2μm程度となるように調整することが好ましい。
【0043】
金属層間の最短部分の間隔を上記範囲とすることによって、検出測定時に光照射する際に金属層間に発生した電場の強度が著しく増強されると共に、間隔を開けて形成されている金属層の両方において増強されたシグナルを同時に観測することが可能となり、微量物質を高感度で検出することができる。尚、真空蒸着法、スパッタ法などの気相法を採用することによって、形成される金属層の膜厚の制御が容易となる。
【0044】
この場合、金属層間の最短部分の間隔とは、例えば突起部の上面と基板面上に金属層が形成されている場合において、突起部上面に形成された金属層の下面のエッジ部分と、基板面に形成された金属層の上面のエッジ部分とが最短距離となる場合には、これらのエッジ部分間の間隔をいう。
【0045】
また、金属層の膜厚は、光照射によってプラズモンが発生する以上の厚さであればよく、例えば、10nm程度以上とすればプラズモン共鳴を得ることができる。
【0046】
(2)微量物質検出用素子の構造
上記した方法によれば、基板と、該基板の一面に形成された複数の微小突起部と、該突起部の上面及び基板面上に形成された金属層とを有し、該突起部の上面に形成された金属層と、基板面に形成された金属層とが非接触状態であるプラズモン共鳴を利用する微量物質検出用素子、或いは、
基板と、該基板の一面に形成された複数の微細孔と、該微細孔の周辺部と底面に形成された金属層とを有し、該微細孔の周辺部に形成された金属層と、底面に形成された金属層とが非接触状態であるプラズモン共鳴を利用する微量物質検出用素子が得られる。
【0047】
これらの微量物質検出用素子の内で、微小突起部を形成した素子では、該突起部には、該突起部上面と比較して直径が小さい部分が少なくとも一カ所存在する。また、基板面上に微細孔を形成した素子では、微細孔内に、微細孔表面と比較して孔径が大きい部分が少なくとも一カ所存在する。この様な素子は、従来知られていない新規な構造を有する素子である。
【0048】
上記構造の本発明の素子では、突起部を有する素子については、突起部の上面と基板面に金属層が形成され、微細孔を有する素子については、微細孔の周辺部と底面に金属層が形成されており、光照射によって生じるプラズモン共鳴場はこれらの金属層のエッジ部分に局在する。そして、微小突起部の上面と基板面に形成された金属層間の最短距離、或いは、微細孔の周辺部と底面に形成された金属層間の最短距離を所定の範囲、特に、5nm〜10μm程度に調整することによって、局在プラズモン共鳴場の電場強度を著しく向上させることができる。
【0049】
この様な突起部の上面と基板面に形成された金属層間のギャップ、或いは、微細孔の周辺部と底面に形成された金属層間のギャップ、即ち、高さ方向における金属層間のギャップを調整することによって、局在プラズモン共鳴場の電場強度を向上させた微量物質測定用素子は、従来全く知られていない新規な構造の素子である。
【0050】
上記した特徴を有する本発明の微量物質測定用素子は、時間領域差分法での計算結果によれば、平坦な金属面に発生するプラズモン共鳴場と比較して、その電場強度は、10倍以上に増強される。従って、本発明の微量物質検出素子を用いれば、従来の10−5以下の濃度の微量物質を高感度に検出できるばかりか、マイクロ流露などのその他の分析デバイスへの集積化も可能となる。
【発明の効果】
【0051】
上記した通り、本発明の微量物質検出用素子は、局在プラズモン共鳴を利用するセンサに用いられる検出用素子であって、従来にはない新規な構造を有し、局在プラズモン共鳴場の電場強度を向上させて、微量物質を高感度に検出することを可能としたものである。
【0052】
また、本発明の微量物質検出用素子の製造方法によれば、上記した新規な構造を有する検出用素子を、気相法と湿式エッチングを利用した比較的簡単な製造方法によって、精度良く製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0053】
以下、図面を参照しつつ、本発明の実施例を詳細に説明する。
【0054】
以下の実施例では、基板としてシリコン又はシリカガラスを用い、その表面に、中間層としてフッ素添加シリカガラスを成膜し、最表面層にシリカガラスを成膜した場合について説明する。本発明に係る微量物質検出素子は、下記形態に限定されるものではなく、例えば、基板/中間層/最表面層の順に、シリコン/シリカガラス/シリコン、シリコン/シリカガラス/窒化ケイ素、シリコン/樹脂/シリカガラス、樹脂/シリカガラス/樹脂、などの様々な組み合わせの層を積層させた基板を用いて、下記実施例の方法を応用することによって製造できる。
【0055】
実施例1
実施例1では、複数の微細孔を形成した基板を用いて、微量物質検出用素子を作製した例を示す。基板上に形成される微細孔は、孔径150nm、深さ100nm、隣接する微細孔間の間隔が300nmである。このような形状の素子は、以下の工程を経て再現性よく作製できる。なお、以下で述べる作製条件は、本発明に使用した装置における代表的な例であり、本発明を限定するものではない。
【0056】
(1)基板として光学研磨されたシリコン板を用い、該シリコン板の表面に、プラズマCVD法でフッ素添加シリカガラス膜を50nm成膜した。フッ素原料としてはCガスを用い、シリカ原料としてテトラエトシキシランを用いて、これらの原料を酸素プラズマ中で分解して基板に堆積させた。
【0057】
(2)次に、フッ素原料であるCガスを止め、純粋なシリカガラス層を連続して50nm堆積させた。得られたガラス層の屈折率をエリプソメトリーで測定したところ、フッ素添加シリカガラス膜は1.42、シリカガラス層は1.47であり、フッ素添加によって屈折率が低下していることを確認した。また、ESCAで前者のフッ素含有量を測定したところ、約6モル%であった。
【0058】
図1は、シリコン基板上にフッ素含有シリカガラス膜とシリカガラス膜を積層した状態を示す概略図である。
【0059】
(3)上記(2)工程で得られたシリカガラス膜にi線レジストを400nmの膜厚になるようにスピンコートし、波長325nmのHe−Cdレーザー(約200μW/cm)の干渉光を90秒照射した。その後、シャッターを一旦閉め、基板を90度回転させてから、再び同時間の照射を行った。照射後に、3分間の現像を行い、目的とするレジストパターンを得た。図2は、現像後のレジストパターン膜が形成された状態を示す概略図である。
【0060】
(4)次いで、レジストマスクを介して、上記(1)工程及び(2)工程で成膜したガラス層をドライエッチングした。ドライエッチングの条件は、高周波誘導プラズマパワー200W、バイアス高周波パワー100W、チャンバー内圧力1Paとして、エッチングガスとしてAr:70cc/分、C:30cc/分を導入した。エッチング中の基板温度を5℃に設定し、10分エッチング、60秒冷却のサイクルを複数回繰り返した。
【0061】
(5)次いで、バイアスを印加しない酸素プラズマ(パワー300W、圧力100Pa)中で10分程度のアッシングを行い、表面に残留するレジストを除去した。図4はドライエッチング後の微細孔が形成された構造体を模式的に示す断面図である。
【0062】
(6)得られた構造体を、20℃に保った0.5%フッ酸水溶液に10秒間浸積後、素早く蒸留水で洗浄し、図5に示すような、微細孔側壁のフッ素含有シリカガラス膜部分が湿式エッチングされた構造体を形成した。
【0063】
(7)次いで、エッチング後の基板表面にスパッタ法で金を40nm成膜した。成膜条件は、以下の通りである。また、図7は金の成膜後の構造体の模式的に示す断面図である。
【0064】
ターゲット 金(2インチφ)
基板温度 室温
ターゲット−基板間距離 150mm
基板回転 無し
導入ガス アルゴン50cc/分
成膜時の圧力 4Pa
成膜時間 4分
(8)上記した方法で金を成膜して得られた構造体を、図9に示す光学系に設置し、基板と対物レンズの間隙に、濃度10−8モル/リットルのピリジン溶液を滴下して、波長785nmのレーザーを励起光とするラマン散乱分光スペクトルを測定した。その結果、図10に示すとおり、波数1023cm−1にピリジン骨格に由来するピークが検出できた。
【0065】
実施例2
実施例2では、複数の微小突起部を形成した基板を用いて、微量物質検出用素子を作製した例を示す。基板上に形成される突起部は、直径150nm、高さ100nm、隣接する突起部の間隔が300nmである。このような形状の素子は、以下の工程を経て再現性よく作製できる。なお、以下で述べる作製条件は、本発明に使用した装置における代表的な例であり、本発明を限定するものではない。
【0066】
(1)実施例1と同様にしてシリコン基板上にフッ素含有シリカガラス膜とシリカガラス膜を積層した後、i線レジストを400nmの膜厚になるようにスピンコートし、波長325nmのHe−Cdレーザー(約200μW/cm)の干渉光を120秒照射した。その後、シャッターを一旦閉め、基板を90度回転させてから、再び同時間の照射を行った。照射後に、3分間の現像を行い、目的とするレジストパターンを得た。図3は現像後のレジストパターンが形成された状態を示す概略図である。
【0067】
(2)次いで、レジストマスクを介してフッ素含有シリカガラス膜とシリカガラス膜をドライエッチングした。ドライエッチングの条件は、高周波誘導プラズマパワー200W、バイアス高周波パワー100W、チャンバー内圧力1Paとして、エッチングガスとしてAr:70cc/分、C:30cc/分を導入した。エッチング中の基板温度を5℃に設定し、10分エッチング、60秒冷却のサイクルを複数回繰り返した。
【0068】
(3)次いで、実施例1と同様にして、酸素プラズマアッシング、フッ酸エッチングを行い、図6に示すような、突起部側壁のフッ素含有シリカガラス膜がエッチングされた構造体を形成した。
【0069】
(4)次いで、エッチング後の基板表面にスパッタ法で金を40nm成膜した。成膜条件は実施例1と同様である。図8は金の成膜後の構造体を模式的に示す断面図である。
【0070】
(5)上記した方法で金を成膜して得られた構造体を、実施例1と同様な光学系に設置し、基板と対物レンズの間隙に、濃度10−8モル/リットルのピリジン溶液を滴下して、波長785nmのレーザーを励起光とするラマン散乱分光スペクトルを測定した。その結果、図11に示すとおり、波数1023cm−1にピリジン骨格に由来するピークが検出できた。
【0071】
比較例1
光学研磨されたシリコン基板に、実施例1における(7)工程と同様の方法で厚さ40nmの金を成膜した。次いで、金を成膜したシリコン基板を実施例1と同様の光学系に設置し、基板と対物レンズの間隙に、濃度10−8モル/リットルのピリジン溶液を滴下して、波長785nmのレーザーを励起光とするラマン散乱分光スペクトルを測定したところ、ピリジン骨格に由来するピークは検出できなかった。
【0072】
また、同様の方法で12モル/リットルのピリジン溶液を測定したとこと、図12に示すとおり、実施例1,2と同じ波数位置にピークが検出された。
【0073】
以上の結果から、実施例1及び2で得た素子では、10−8モル/リットルという低濃度のピリジン溶液中のピリジンを検出することが可能であるのに対して、比較例1で得た素子では、この様な低濃度のピリジンを検出できないことがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0074】
【図1】エッチング速度が速い層とエッチング速度が遅い層を基板上に積層した状態を示す概略図。
【図2】微細孔を形成するためのフォトレジスト層が形成された状態を示す概略図。
【図3】微小突起部を形成するためのフォトレジスト層が形成された状態を示す概略図。
【図4】基板の一面に微細孔が形成された状態を模式的に示す断面図。
【図5】複数の微細孔が形成された基板に対して湿式エッチングを行った後の状態を模式的に示す平面図及び断面図。
【図6】複数の微小突起部が形成された基板に対して湿式エッチングを行った後の状態を模式的に示す平面図及び断面図。
【図7】微細孔が形成された基板に金属層を形成した状態を模式的に示す断面図。
【図8】微小突起部が形成された基板に金属層を形成した状態を模式的に示す断面図。
【図9】実施例1で用いたラマン散乱スペクトル測定用光学系の模式図。
【図10】実施例1で測定したラマン散乱スペクトルを示す図面。
【図11】実施例2で測定したラマン散乱スペクトルを示す図面。
【図12】比較例1で測定した濃度12モル/リットルのピリジン溶液において検出されたラマン散乱スペクトルを示す図面。
【符号の説明】
【0075】
1 基板
2 エッチング速度が速い層
3 エッチング速度が遅い層
4 レジスト層
5 レジスト層の開口部
6 レジスト層
7,8,9,10 金属層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と、該基板の一面に形成された複数の微小突起部と、該突起部の上面及び基板面上に形成された金属層とを有するプラズモン共鳴を利用する微量物質検出用素子であって、
該突起部の上面に形成された金属層と、基板面に形成された金属層とが非接触状態であることを特徴とする微量物質検出用素子。
【請求項2】
突起部が、突起部の上面と比較して直径が小さい部分を少なくとも一カ所含むものである請求項1に記載の微量物質検出用素子。
【請求項3】
突起部の上面に形成された金属層と基板面に形成された金属層との最短部分の間隔が5nm〜10μmである請求項1又は2に記載の微量物質検出用素子。
【請求項4】
基板と、該基板の一面に形成された複数の微細孔と、該微細孔の周辺部と微細孔底面に形成された金属層とを有するプラズモン共鳴を利用する微量物質検出用素子であって、
該微細孔の周辺部に形成された金属層と、底面に形成された金属層とが非接触状態であることを特徴とする微量物質検出用素子。
【請求項5】
微細孔内に、微細孔表面と比較して孔径が大きい部分が少なくとも一カ所存在する請求項4に記載の微量物質検出用素子。
【請求項6】
微細孔の周辺部に形成された金属層と微細孔の底面に形成された金属層との最短部分の間隔が5nm〜10μmである請求項4又は5に記載の微量物質検出用素子。
【請求項7】
金属層が金、銀、銅又はこれらを含む混合物からなるものである請求項1〜6のいずれかに記載の微量物質検出用素子。
【請求項8】
下記の工程からなる請求項1〜7のいずれかに記載された微量物質検出用素子の製造方法:
(1)基板上に、湿式エッチングによるエッチング速度が異なる少なくとも二層を、エッチング速度が速い層が基板面に近い位置となるように形成する工程、
(2)上記(1)工程で基板上に形成された層をドライエッチングして、微小突起部又は微細孔を形成する工程、
(3)上記(2)工程で微小突起部又は微細孔が形成された基板を湿式エッチングに供する工程、
(4)上記(3)工程でエッチング処理を行った基板に、蒸着法又はスパッタリング法によって金属層を形成する工程。
【請求項9】
基板がシリカガラス板又はシリコン板であり、基板上に形成される層のうちの少なくとも一層が、シリカガラスからなる層又はフッ素を含むシリカガラスからなる層であり、湿式エッチングをフッ酸水溶液で行う請求項8に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2009−222507(P2009−222507A)
【公開日】平成21年10月1日(2009.10.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−66260(P2008−66260)
【出願日】平成20年3月14日(2008.3.14)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(504173471)国立大学法人 北海道大学 (971)
【Fターム(参考)】