説明

心不全の予知・検査方法及びこれに用いる心不全検査試薬

【課題】 簡便かつ迅速に急性心筋梗塞をはじめとする心不全を判定する心不全の予知及び検査方法及びこれに用いるための試薬組成物を提供することを目的とする。
【解決手段】 心臓組織において糖代謝に関与する酵素類またはその断片の体液中における濃度もしくは活性を測定することを特徴とする心不全の予知及び/または検査のための方法並びにそのための試薬。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、心不全の予知及び検査方法及びこれに用いる心不全検査試薬に関する。
【背景技術】
【0002】
心不全、中でも急性心筋梗塞(AMI:acute myocardial infarction)は、近年の食生活等の欧米化により、日本においても急激に増加している。不安定型狭心症を含めた急性冠症候群、さらに各種の心筋症は、現在の心臓病の中で、大きなウェートを占める重要な病気であり、その診断ニーズはますます増加している。また、急性心筋梗塞の経過は早く、約50%が病院到着前に死亡し、約25%が病院到着後、24時間以内に死亡している。従って、救命のためには、迅速かつ的確な判定とそれに対応した適切な処置を施すことが重要である。
【0003】
しかし、特に急性心筋梗塞の場合、典型的な強い胸部痛ではなく、左肩や顎への放散痛、歯痛や腕のしびれのみが症状として現れることもある。糖尿病患者では痛みなどの自覚症状の乏しいこともあり、めまい、嘔吐、心窩部痛(みずおちの痛み)など不定愁訴として症状が現れることも多い。さらに、症状を訴えない患者が20%存在する。
【0004】
また、急性心筋梗塞の判定自体は、心電図検査等で比較的容易に行い得るが、生死にかかわる病気であるため、特に明確な症状がない場合には患者も軽々に異常を訴え難いという問題がある。
【0005】
このため、緊急に判定が必要とされる疾患であるにも拘わらず、症状が見過ごされて死に至るケースも少なくない。従って、より簡便な方法、例えば、生化学的マーカーの測定によって心不全の判定が簡易かつ迅速に行えるようになれば、症状が明確でない場合でも早期に他の疾患との鑑別が可能となり、救命率の改善につながると考えられる。
【0006】
また、心臓の造影法は、心筋梗塞予後の経過を見る上で適確かつ必要不可欠な検査法である。例えば、冠動脈の狭窄が発生し、ステントを導入した患者は一定期間後、狭窄部位を冠動脈造影により、狭窄程度の再確認を行っている。しかし、心臓の造影法ではヘパリンの大量投与が必要である。ところが、ヘパリンは心筋梗塞誘発物質であるプラスミノーゲンアクチベータインヒビター(PAI-1:plasminogen activator inhibitor -1)と極めて類似した構造を有することから、ヘパリンによる心筋梗塞誘発が問題視されている。しかも、およそ90%の患者では狭窄部位が改善されており、あえて危険を伴う造影を行う必要性もない。このため、造影の必要性を判断できる検査の確立は大変有用であり、予後の検査を行なう上でも生化学的マーカーの利用が必要である。
【0007】
従来、急性心筋梗塞等の生化学的マーカーとしては心筋逸脱酵素、心筋構造蛋白及び心筋細胞質蛋白が知られている。具体的には、心筋逸脱酵素としてクレアチンキナーゼ−MB(CK-MB:creatine kinase-MB)、アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(AST:aspartateaminotransferase)、乳酸デヒドロゲナーゼ(LD:lactate
dehydrogenase)、ホスホグリセリン酸ムターゼ(PGAM:phosphoglyceric acid
mutase)等が知られている。また、心筋構造蛋白としてはミオシン軽鎖(MLC:myosin light chain)、トロポニンT(TnT:troponinT)、トロポニンI(TnI:troponinI)等が、また心筋細胞質蛋白としては、ミオグロビン(Mb:myoglobin)、心筋型脂肪酸結合蛋白(H-FABP:heart-type fatty
acid-binding protein)等が知られている。
【0008】
しかし、これらの生化学的マーカーは、急性心筋梗塞発症後の経過において、それぞれ特徴的な血中への出現および消失パターンを示し、現実的には、1つのマーカーのみでの正確な急性心筋梗塞の判定は困難である。そこで、実際の臨床の場では、複数のマーカーを測定し、それらの値を総合的に判断して急性心筋梗塞の判定が行なう必要がある。
【0009】
しかも、例えば、Mbは急性心筋梗塞 発症後比較的速やかに血中へ出現するが、それでも、発症後1〜3時間で上昇し、6〜10時間で最高値になる程度である。また、そもそも梗塞部位では血流量が著しく低下し、実際、CK-MB、AST、LD、トロポニン、ミオシン軽鎖などは再灌流後に大量のマーカーが流出してくる現象が知られている。このように、心筋特異性の高いものであっても、血流量が極めて低下していると血中で検出されないため、これら従来既知のマーカーの測定では発症直後の疾患の判定は難しい。
【0010】
以上のほか、C-reactive protein (CRP)は心筋梗塞を予知可能のあることが報告されている。心筋梗塞も炎症疾患の一つで、心筋梗塞発症後の壊死細胞にCRPが付着していることから、心筋梗塞発症前の炎症発症時に肝臓からのCRP輸送が活発となることから予知物質になると報告されている。しかし、心筋梗塞前の変化が小さいのに対して、様々な炎症疾患による変化が大きいため、正確に心筋梗塞を予知することは困難である。
【0011】
さらにまた、これらの生化学的マーカーは、心筋から逸脱した物質であり、予後の狭窄程度の確認・検査を行なうためのマーカーとしては適当ではない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、簡便かつ迅速に急性心筋梗塞をはじめとする心不全を判定する心不全の予知及び検査方法及びこれに用いるための試薬組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、血液中の心不全マーカー、心筋梗塞マーカーや各種酵素活性を検討した結果、細胞のエネルギー源であるグルコース代謝・供給系の酵素で、血液の供給が乏しくなった場合に誘導されるある種の酵素が心不全(急性心筋梗塞に限られない)の発症「以前」に血中に出てくること、これらの酵素活性または蛋白量を測定する事により、心不全の予知が可能であることを発見し、本発明を完成するに至った。
【0014】
すなわち、本発明は以下の心不全を予知ないし検査する試薬組成物並びにこれを用いた心不全の予知及び検査方法を提供する。
1.心臓組織において糖代謝に関与する酵素類またはその断片の体液中における濃度もしくは活性を測定することを特徴とする心不全の予知及び/または検査のための方法。
2.前記酵素が、冠動脈血流量の低下に起因して誘導される酵素である前記1に記載の方法。
3.前記酵素が、ホスホグルコムターゼ2e(PGM2e)、ホスホグルコムターゼ2f(PGM2f)及びホスホグルコムターゼ3(PGM3)から選択される一種以上の酵素である前記1に記載の方法。
4. 体液が人血清または人血漿である前記1〜3のいずれかに記載の方法。
5.被検者から採取した体液試料を電気泳動により分離し、これに前記酵素に対応する活性染色法を適用して体液中における濃度もしくは活性を測定する前記1〜4のいずれかに記載の方法。
6.被検者から採取した体液試料の濃度及び/または活性を抗原抗体反応を用いて免疫学的に測定する前記1〜5のいずれかに記載の方法。
7.心臓組織において糖代謝に関与する酵素類またはその断片を定性及び/または定量的に検出する試薬を含む心不全の予知及び/または検査のための試薬。
8.前記酵素が、冠動脈血流量の低下に起因して誘導される酵素である前記7に記載の心不全の予知及び/または検査のための試薬。
9.前記酵素が、ホスホグルコムターゼ2e(PGM2e)、ホスホグルコムターゼ2f(PGM2f)及びホスホグルコムターゼ3(PGM3)から選択される一種以上の酵素である前記7または8に記載の心不全の予知及び/または検査のための試薬。
10.前記酵素が触媒する反応の基質及び酵素反応の進行に応じて構造の変化を起こして反応の進行量を表示する検査試薬を含む前記7〜9のいずれかに記載の心不全の予知及び/または検査のための試薬。
11.前記酵素またはその断片に親和性を有する一以上の抗体を含む前記7〜9のいずれかに記載の心不全の予知及び/または検査のための試薬。
12.抗体がモノクローナル抗体またはポリクロナール抗体である前記11に記載の心不全の予知及び/または検査のための試薬。
13.急性心筋梗塞の予知、発症直後における他の疾患からの鑑別、予後における再狭窄の検査に用いられる前記7〜12のいずれかに記載の心不全の予知及び/または検査のための試薬。
【発明の効果】
【0015】
本発明は、心不全の発症「以前」から血中に現れる心不全マーカーを測定する。また、本発明で用いる心不全マーカーは、血流遮断による血中濃度低下の影響を受けにくく、他の臓器の不全から明確に区別できる特異性を有する。このため、発症直後の段階において迅速な判定を行うことができる。発症の予知も可能である。さらに、本発明では、心不全や冠動脈狭窄患者における冠動脈血流量の低下を検出できるため、処置ないし術後の狭窄程度の確認にも有効に用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
I.心不全の予知及び検査方法
本発明は、心臓組織において糖代謝に関与する酵素類またはその断片の体液中濃度もしくは活性を測定することを特徴とする。
【0017】
心筋内では心筋の収縮を伝達する神経組織がグリコーゲンからエネルギーを獲得する性質がある。このため他組織に比べグリコーゲン利用頻度が高い。また、神経組織に沿ってグリコーゲンの蓄積も知られている。一方、冠動脈の狭窄は様々な問題の原因となる。また、狭窄を起こしている血管内皮表面が粥状化していることが心筋梗塞発作の誘発に繋がることも周知の事実である。このような狭窄は血液運搬の低下を来すため、心筋への糖供給が低下し、心筋中に蓄えられているグリコーゲンを消費するが、この時心筋細胞にグリコーゲン代謝酵素の誘発が生じると考えられる。
【0018】
すなわち、α−ホスホグルコムターゼ(PGM:phosphoglucomutase;EC5.4.2.2)は動物の組織中にかなり普遍的に存在し、特に肝臓組織中には活性が高く蛋白質としても多いことが知られている酵素であるが、本発明者は心不全患者の発作前からの血清中に、グリコーゲン代謝酵素であるPGM活性を追跡していたところ、発作前から急激にPGM活性が上昇した現象を発見し、さらにそのPGM活性を電気泳動にて詳しく調べたところ、心臓組織由来のPGMアイソザイムが血中に多く出現していることを発見した。また、ラットの心臓を薬物により狭窄したところ、同様な酵素が出現し、狭窄によるエネルギー代謝への影響により、PGMやホスホリラーゼ(GPL:phosphorylase)の誘導を行っている事実を見出し、これら心臓由来のPGMやGPLを測定することで心不全や心臓発作の直前の予知が可能であることを見出した。
【0019】
従って、本発明において心臓組織において糖代謝に関与する酵素類の好ましい例としては、ホスホグルコムターゼ(PGM)またはホスホリラーゼ(GPL)の心筋特異的なアイソザイムが挙げられる。
【0020】
例えば、ヒトホスホグルコムターゼのアイソザイムとしては、PGM1〜PGM4の4種のタイプのアイソザイムが知られており、これらはそれぞれ複数のアイソザイム(PGM1a〜PGM1d、PGM2e〜PGM2g等)に分けられる(例えば、日本臨床第53巻.1995年増刊号pp. 210-214参照)。本発明では、こうしたアイソザイムであるホスホグルコムターゼ2e(PGM2e)、ホスホグルコムターゼ2f(PGM2f)および3(PGM3)が、上述の心臓組織特異アイソザイムとして挙げられる。これらのアイソザイムは、アガロースゲル電気泳動法にて区別できる。なお、ここでアルファベット記号は原点側をaとして付されている(上記文献p.211参照)。
【0021】
以下の説明では、心臓組織において糖代謝に関与する酵素類またはその断片を、単に「本発明マーカー」という。なお、断片は心臓組織に特異的に存在するアイソザイムに特徴的な部位を含んでいればよい。
【0022】
本発明マーカーの検出はいずれの方法により行ってもよい。例えば、急性心筋梗塞の判定は、検出された生体試料中の本発明マーカー量を健常者の場合と比較し、その値よりも高い場合に急性心筋梗塞に罹患していると判定することができる。また、本発明マーカーの検出限界が健常者レベル以上である本発明マーカーの定性的な検出方法を採用すれば、急性心筋梗塞の陽性、陰性の判定も可能である。さらに、予め求めておいた本抗原量と梗塞巣の大きさとの関係から、本疾患の重症度を推定することもできる。
【0023】
例えば、血清を電気泳動し、ホスホグルコムターゼの基質(G1P、G1,6P)、およびG6PDHとその基質(NADP)、ジアホラーゼとその基質(MTT)が入った活性染色液にて活性染色し、PGM2e、2f、3に相当する位置の活性を検出すればよい。電気泳動は、プレート上に展延したゲルを用いたものでもよいし、毛管電気泳動でもよい。
【0024】
また、本発明マーカーを認識する抗体、ポリクロナール抗体や特にモノクローナル抗体が有する特異反応を利用する免疫学的方法が挙げられる。抗体を作成するには、例えば人心臓組織や人血清を精製して、これらの心臓組織特異的な酵素を取得し、または遺伝子組み換え技術により製造し、この抗原を適当なアジュバントとともに、例えば、ヤギ、マウス、ラット、ウサギ等に免疫して血液を採取し、IgG画分を精製することによりポリクロナール抗体を得ることができる。モノクローナル抗体は、上記のような動物の皮下に注射して免役し、抗体価が上昇したところで、その脾臓からB細胞を取り出して、肝癌細胞と融合させ、モノクローナル抗体を産生する細胞をマウスの腹腔内に注射して増殖させたり、通常の細胞培養液中にて培養して細胞を増殖し、産生する抗体を取得する手法が用いられる。
【0025】
用い得る免疫学的方法としては、標識抗体を用いる方法と用いない方法の両者が含まれる。標識抗体を用いる免疫学的な方法としては、酵素免疫測定法(EIA法)、放射性免疫測定法(RIA法)、蛍光免疫測定法(FIA法)、ルミネッセンス免疫測定法、スピン免疫測定法などが挙げられる。この中で好ましいのはEIA法である。2種類の抗体、特にモノクローナル抗体を用いたサンドイッチEIA法が抗原に対する特異性および検出操作の容易性において更に好ましい。
【0026】
サンドイッチEIA法による本発明マーカーの検出は、本発明マーカーの異なるエピトープを認識する2種類の抗体、すなわち固相化抗体と酵素標識抗体との間に本発明マーカーを挟み込み(サンドイッチ)、本発明マーカーに結合した標識抗体の酵素量を測ることにより行うことができる。例えば、ホスホグルコムターゼ2e(PGM2e)の例で言えば、ホスホグルコムターゼに共通の抗体を固相化抗体として用い、アイソザイム2e(PGM2e)に特異的なモノクローナル抗体等を標識抗体とすることができる。あるいは、上記のようにして得られた抗体を固相化し、検体を添加して抗原抗体反応させ、洗浄後、酵素標識化されたポリクロナール抗体又は固相化された抗体とは違うエピトープを持つモノクローナル抗体を反応させた後、これら動物抗体に対する酵素標識化された別の動物抗体を反応させ、最終的に標識酵素に基質を反応させて酵素反応によるシグナルを検出する。酵素基質としては、選択した標識酵素に応じて適当なものが選ばれる。例えば、酵素としてアルカリフォスファターゼを選択した場合においてはp−ニトロフェニルフォスフェート(PNPP)等が挙げられる。また、パーオキシダーゼを選択した場合においては基質として過酸化水素が挙げられ、この際発色剤としてo−フェニレンジアミン、テトラメチルベンチジン(TMB)などが用いられる。
【0027】
固相化担体は、目的に応じて適当なものを用いればよく、例えば96穴マイクロプレートのような所定数の穴(ウエル)を設けたプレート等を用いることができる。
【0028】
また、サンドイッチ法を原理とする別の方法として、いわゆるイムノクロマト法があり、本方法の実施には特別な測定機器は不要であるため、迅速な診断を必要とする本疾患の判定には有利な方法である。
【0029】
標識抗体を用いない免疫学的方法としては、抗体感作ラテックス粒子と抗原との凝集反応を利用したラテックス凝集法、抗原抗体複合体形成に伴う濁度を測定する比濁法、抗体固相膜電極を利用し抗原との結合による電位変化を検出する酵素センサー電極法等があり、いずれの方法によっても本発明マーカーを検出することができる。
【0030】
なお、以上に挙げた方法は例示であって、このほかにも表面プラズモン共鳴バイオセンサー(SPRセンサー、例えば、特開平11-023575参照)等を利用することも可能である。
【0031】
本発明における検体試料としては血液、尿、唾液等の液体試料が挙げられ、特に血液が好ましく、血清や血漿を用いるのが最も好ましい。
【0032】
なお、本発明の予知及び検査方法は、ヒト及び心不全を発症する他のすべての動物に対して適用可能であるが、特に、ヒトの心不全に対して有用性が高い。
【0033】
また、本発明において、心不全とは、急性及び慢性の心筋梗塞及び各種の心筋症を含む。これらの疾病は、冠状動脈内の血管壁の変化による血液流路の狭窄、心臓内部での血液の停滞、血管外部からの圧迫による血液流路の狭窄等、その発生機序は異なるが、本発明では心筋への血流の低下すべてを検知できるため、いずれの疾患にも適用可能である。従って、急性心筋梗塞の予知、発症直後における他の疾患からの鑑別、予後における再狭窄の検査に用いることができる。
【0034】
急性心筋梗塞の予知の場合、概ね発症前、数日から数時間以内に本発明マーカーの顕著な上昇が見られるため、本発明の方法によるモニタリングは極めて有効である。また、このように、本発明マーカーは、急性心筋梗塞の発症以前から増加し、発症時において既に相当量が血中に存在しているため、心筋梗塞の判定に極めて有効である。さらに、本発明マーカーは、心筋の壊死等に至る以前の血流の低下を示すため、各種の心不全の予後における検査にも有効に用いることができる。
【0035】
II.心不全の予知及び/または検査のための試薬
本発明の検査試薬は、上記の説明に従って構成することができる。すなわち、例えば、本発明マーカーである酵素が触媒する反応の基質及び酵素反応の進行に応じて構造の変化を起こして反応の進行量を表示する検査試薬や本発明マーカーである酵素またはその断片に親和性を有する一以上の抗体を含む。
【0036】
また、本発明の検査試薬は、必要に応じて、他の部材を含み得る。例えば、電気泳動による分離工程を含む場合は、電気泳動に必要なプレートや毛管を含むキットとして構成してもよい。あるいは、免疫学的方法では、一次抗体等を担持するためのマイクロウエルプレートやビーズ、ストリング、ラテックス粒子等を含み得る。
【0037】
さらに、本発明の検査試薬は本発明マーカーの検査試薬のみを含むものでもよいが、既知の心不全マーカーと組み合わせてもよい。また、本発明マーカー自体も複数を組み合わせて検出し得ることが好ましい。
【実施例】
【0038】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、これらは本発明を制限するものではない。なお、以下の例において、PGMの確認のためには、アガロースゲル電気泳動(図1及び図4ではホルマザン染色)を用いた。
【0039】
参考例1:PGMアイソエンザイムの測定
図1(便宜上、図1A及び図1Bに分けて示す。)に、心筋梗塞患者と肝疾患患者の血清、また、対照としてウシ心臓の抽出液と健常人の血清を電気泳動し、活性染色を行った泳動像を示す。これらの試料と各図中の符号の対応は以下の通りである。
図1A中の1と2:心筋梗塞患者血清
図1A中の3と4:ウシ心臓の抽出液(ホモジェナイズ)
図1B中の1と2:肝疾患患者血清
図1B中の3:健常者血清
なお、図1Aと図1Bは、いずれも一の電気泳動の結果を示すものであり、図1Aと図1Bを横方向に連続して見る。また、図中上側から下側に向けて電気泳動を行っており、図で2fとして示した下側には有意なスポットは認められなかったため、図示を省略した。
ウシ心臓の試料については、これを前記文献(日本臨床第53巻.1995年増刊号pp. 210-214)記載の方法での結果と対比することにより、それぞれ、3つのスポットがPGM1、PGM2eとPGM2fであることを確認した。
図1の結果に見られるように、PGM1はどの泳動像にも見られた。しかし、心筋梗塞患者及びウシ心臓抽出液ではPGM1以外に2つのバンド(PGM2eとPGM2f)が認められた。すなわち、図1Aの3と4より、心臓中には、PGM1、PGM2eとPGM2fの3種類のアイソザイムが存在することがわかり、また、図1Aの1と2より、心筋梗塞患者では血清中にこれらの3種のアイソザイムが存在することがわかる。
一方、図1Bの3(健常者血清)ではPGM1は認められるものの、PGM2eとPGM2fは認められない。つまり、健常者の血清にはPGM2eとPGM2fは認められない。従って、上述の図1Aの結果と合わせて考えると、PGM2eとPGM2fは心筋梗塞患者では疾患に起因して血清中に存在する可能性が考えられる。さらに、図1Bの1と2(肝疾患患者であって心筋梗塞患者でない者の血清)でもPGM2eとPGM2fは認められず、また、図1A中の1と2の試料を採取した患者においては、心筋梗塞以外に共通する疾患は診断されていないことから、図1A中の1と2におけるPGM2eとPGM2fは心筋梗塞に起因して血清中に存在していると考えられる。
つまり、PGM2eとPGM2fは心筋梗塞に特異的なマーカーとして利用できることが示された。
なお、PGM3は存在するとすれば図示していない範囲に現れるものであるが、この電気泳動においてはほとんど確認できなかった。
【0040】
参考例2:人為的に冠動脈を狭窄させたラット心臓に誘発された蛋白の確認
一酸化窒素NOは冠動脈の拡張作用を有することが知られている。そこで、L-NAME(NOS阻害剤)を摂取させることにより血管の拡張を阻害し、人為的に心筋梗塞を発症させることができる。
このようにして人為的に心筋梗塞を発症させたラットの心臓組織200 mgをライシス緩衝液(pH 8.9)中でホモジナイズし、3,000 rpmにて遠心分離した上清を寒天ゲル
(pH 5-8、ATTO)にスポッティングし、1次元目として電気泳動システムで300 Vの定電圧で210 min泳動した。続いて2次元目としてe-PAGE(ATTO)にて20 mA定電圧で90 min泳動し、活性染色した。結果を図2Bに示す。
また、L-NAMEを摂取させず、従って、心筋梗塞に罹患していない対照ラットについても同様の実験を行なった。結果を図2Aに示す。
なお、スポットを同定するため、市販されているウサギ骨格筋由来のPGM(骨格筋中に含有されているPGM)についても上記の2例と同様に2次元電気泳動像を行なった。結果を図2Cに示す。
これらの図を比較すると、図2Bと2Cには矢印で示す部位にPGM活性スポットが認められるのに対し、図2Aでは対応する箇所(同じく矢印で示す)にはスポットは認められない。参考例1のウシ心臓ホモジェナイズの例で示されるように、心筋中には本来、PGMは含有されているはずであり、図2Aの健常ラットでPGM活性スポットが認められないのは、試料の量が少ないためと考えられる。にも拘らず、心筋梗塞ラットでPGM活性スポットが認められるのは、健常ラットに比べ、多量のPGMが生成しているためであろう。すなわち、健常ラット心臓中のPGM量は実質的に確認できない程度に微量であるのに対し、心筋梗塞ラットでは、心臓中のPGM量が明確に判定できる程度に増大していることがわかる。
【0041】
参考例3:PGM2、3に対するポリクロナール抗体の取得
ヒト心臓由来の組織を約10 gをライシス緩衝液(10 mmol/LTris、0.5%CHAPS、2 mmol/Lチオ尿素、10 mmol/L Sodium Orthovanadate、10% Glycerol、5 mmol/L EDTA-Mgを含有する)10 ml中でホモジナイズし、18,000 gにて15分遠心分離した上清をMinicon B15(MILLIPORE社)にて5倍に濃縮し、DISMIC-13cp 酢酸セルロース膜0.45μm(ADVANTEC)にて濾過した。濾液をDEAE-5PW(TOSO)を用いてクロマト分画した。溶出液は次の2液を用いてグラジエント溶出した(流速1.0 ml/min、0-20minで緩衝液Bを0%から20%に増加)。
【0042】
緩衝液A:pH=8.0、10 mmol/LTris-HCl、2 mmol/Lチオ尿素、8%グリセリン、1 mmol/L EDTA-Mg
緩衝液B:緩衝液Aに250
mmol/L NaClを溶解
【0043】
PGM2およびPGM3はNaCl濃度220-280 mmol/Lの画分に出現した。
得られた画分をAmicon MW 30Kに入れ、TOMY社RX-200遠心分離器で4,400 rpmにて40分間遠心した。この濃縮サンプルを、さらにHydroxyapatite Column(TONEN社)に、緩衝液C、Dにてグラジエント溶出した。流速は0.7 ml/min 緩衝液Dを0%から100%に増加で通過し精製した。
【0044】
緩衝液C:20
mmol/L MOPS (pH=6.8 0.5% CHAPSを含む)
緩衝液D:緩衝液Cに100
mmol/L KPO4を溶解
【0045】
PGM2、3はNaCl濃度約40-75 mmol/Lの画分に分離して出現した。画分は酵素活性にて確認し、最終的には脱塩した。
得られたPGM2およびPGM3をマウスまたはヤギに免役し、免疫力価が上昇したものから血清を採取し、定法にて精製抗体を取得した。
【0046】
実施例1
心筋梗塞を2回連続して発症した患者の発作前から発作後、再発作前後に至る各時点に採取した血清を用いてPGM活性とCK活性を測定した(図3)。図中、黒色の縦棒として示したものがPGMであり、白色の縦棒として示したのが、従来、心筋梗塞の生化学的マーカーとして使用されているクレアチンキナーゼ(CK-MB;クレアチンキナーゼにもいくつかのアイソザイムが存在するが、心筋梗塞の生化学的マーカーとして用いるのはCK-MBである。以後は特に混乱を招かない限り、単にCKという)である。
図中、血清中のCK濃度は最初の発作(first attack)前24時間(図中横軸に「-24」として示す)では低い(図中の値でほぼ0.5)が、発作が起こった時点では急速に濃度が増大し、以後、急速に濃度が低減して矢印の時点で(第1回発作後96時間)ほぼ正常値(図中の値でほぼ0.5)に復帰している。第2回の発作(second attack)でも同様の推移を示している。すなわち、第2回発作(second attack)前48時間(図中横軸に「-48」として示す)では低いが、発作が起こった時点では急速に濃度が増大し、以後、急速に濃度が低減している。この患者は2回目の大きな発作後死亡した。
これに対して、血清中のPGM濃度は最初の発作(first attack)前24時間(図中横軸に「-24」として示す)で既に高い値(図中の値でほぼ7)を示している。むしろ発作前(黒枠で囲った)の方が発作時点よりも高い。その後、矢印の時点で(第1回発作後96時間)ほぼ正常値(図中の値でほぼ1)に復帰しているが、CK濃度と異なり、第2回発作(second attack)前48時間(図中横軸に「-48」として示す)で再び増大を示した。
以上の結果から、PGM濃度では極めて特異な現象として発症後ではなく発症前から増加していることがわかる。
同じ試料を参考例1と同様に電気泳動し、染色した結果を図4(図4A及び図4B)に示した。
図4Aの黒枠内はPGM2eとPGM2fに相当する領域であり、最初の発作(first
attack)前24時間、第2回発作(second attack) 前48時間以後はいずれも有意なスポットが認められる(図中矢印)。一方、図4Bでは、図中下側にCK-MBに相当する領域が存在するが、CK-MBがかろうじて認められるのは2回目の発作の後に採血された2回の試料で観察した場合(黒枠内)のみである。
以上の結果から、本発明におけるPGM(心筋梗塞特異的にはPGM2eとPGM2f)は、心筋梗塞の起こる以前から血中濃度の増大が認められ、診断マーカー、特に、予知マーカー(発作発生が迫った状態を示すマーカー)として極めて有効であることがわかる。
【0047】
電気泳動はバルビタール緩衝液(pH 8.6)に寒天を溶解したゲルにスポッティングし、電気泳動システムで120 Vの定電圧で20 min泳動した。またPGM活性染色は試薬1として、0.1%のTriton-X 100、0.4 mmol/LのNADP、75 mmol/LのEDTA-Mg、0.24 mmol/LのN-Acetyl Cystein、120μmol/LのG1.6P、2.4 U/mLのGlucose-6-Phosphate Dehydrogenaseを含有する100 mMのTris-HCl緩衝液(pH 8.0)、試薬2として15 mmol/LのG1P、0.1%のTriton-X100を含有する100 mMのTris-HCl緩衝液(pH 8.0)を用意し、試薬1/試薬2=8/1に混合した液にジアホラーゼを5 U/mL、MTTを0.01 mg/mL溶解して染色液とした。染色条件は37℃、30分とした。CK活性測定方法はヘレナ研究所より市販されているアガロースゲルと蛍光測定用試薬を用い、指示された方法に従い測定した。
【0048】
実施例2
心筋梗塞発作を発生した患者32名から採取した血清試料について実施例1と同様に電気泳動及び活性染色を行なった。発作発生から発作発生5時間以内に採血できた全例でPGM2とPGM3のバンドが確認できた。また、心不全患者30名の測定ではほとんどの患者でPGM2が確認され、PGM3も検出された。一方、健常人58名ではPGM2もPGM3も認めることができなかった。これらの結果から、PGM2及びPGM3が心不全マーカーとして一般的に有用であることがわかる。なお、
【表1】

※評価基準
肉眼的に認められない :A
わずかに認められる :B
はっきりと認められる :C
【0049】
実施例3
フナコシ(株)の販売しているヒト由来PGM3に対するマウスのモノクローナル抗体(商品コードH00005238-M01)および参考例2で得られたヒトPGM2に対するマウスモノクローナル抗体を使用し、NUNC社マイクロプレートに定法で固相化し、非特異を除くためBSAにてブロッキングした。また、標識は参考例2で得られた抗ヒトPGM2、PGM3ヤギポリクロナール抗体に、同仁化学社製パーオキシダーゼ標識キットを使用して標識し標識抗体とした。
【0050】
実施例2にて使用した検体の一部を使用し、PBSにて10倍希釈して血清サンプルとし、一方参考例2にて取得したPGM2、3をPBSにて10倍希釈して標準サンプルとした。上記固相化マイクロプレートにサンプルを入れ、37℃にて1時間反応させ、PBSにBSAを1 mg/dL溶解した液を洗浄液として2回洗浄し、次に上記標識抗体を反応させ、洗浄液にて2回洗浄した。パーオキシダーゼの発色基質として市販オルトフェニレジアミン溶液を添加して37℃30分間反応させ、発色した色素を450 nmにてマイクロプレートリーダーで測定したところ次表に示す結果を得た。なお、表中の「心不全」患者は脳性Na利尿ペプチドが上昇した不安定狭心症患者を指す。
【0051】
【表2】

【0052】
この結果に示されるように、本発明の検出試薬を用いれば、心筋梗塞発作患者を確実に識別可能である。また、PGM2とPGM3とを組み合わせれば、心筋梗塞患者とその他の心不全患者の識別も可能である。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1A】心筋梗塞患者の血清PGMのアイソザイムを比較した電気泳動図(図中、1及び2は心筋梗塞患者血清であり、3及び4はウシ心臓ホモジェナイズである。)。
【図1B】肝疾患患者の血清PGMのアイソザイムを比較した電気泳動図(図中、1及び2は肝疾患患者血清であり、3は正常血清である。)。
【図2A】コントロールラット心臓抽出液の2次元電気泳動図。
【図2B】L-NANE急性投与ラット心臓抽出液の2次元電気泳動図。
【図2C】ウサギ筋肉由来PGMの2次元電気泳動図。
【図3】心筋梗塞発症患者におけるPGM及びCK活性の経時変化を示すグラフ。
【図4A】図3の心筋梗塞発症患者におけるPGM活性のアイソエンザイム像(アガロース電気泳動図)。
【図4B】図3の心筋梗塞発症患者におけるCK活性のアイソエンザイム像(アガロース電気泳動図)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
心臓組織において糖代謝に関与する酵素類またはその断片の体液中における濃度もしくは活性を測定することを特徴とする心不全の予知及び/または検査のための方法。
【請求項2】
前記酵素が、冠動脈血流量の低下に起因して誘導される酵素である請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記酵素が、ホスホグルコムターゼ2e(PGM2e)、ホスホグルコムターゼ2f(PGM2f)及びホスホグルコムターゼ3(PGM3)から選択される一種以上の酵素である請求項1に記載の方法。
【請求項4】
体液が人血清または人血漿である請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
被検者から採取した体液試料を電気泳動により分離し、これに前記酵素に対応する活性染色法を適用して体液中における濃度もしくは活性を測定する請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
被検者から採取した体液試料の濃度及び/または活性を抗原抗体反応を用いて免疫学的に測定する請求項1〜5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
心臓組織において糖代謝に関与する酵素類またはその断片を定性及び/または定量的に検出する試薬を含む心不全の予知及び/または検査のための試薬。
【請求項8】
前記酵素が、冠動脈血流量の低下に起因して誘導される酵素である請求項7に記載の心不全の予知及び/または検査のための試薬。
【請求項9】
前記酵素が、ホスホグルコムターゼ2e(PGM2e)、ホスホグルコムターゼ2f(PGM2f)及びホスホグルコムターゼ3(PGM3)から選択される一種以上の酵素である請求項7または8に記載の心不全の予知及び/または検査のための試薬。
【請求項10】
前記酵素が触媒する反応の基質及び酵素反応の進行に応じて構造の変化を起こして反応の進行量を表示する検査試薬を含む請求項7〜9のいずれかに記載の心不全の予知及び/または検査のための試薬。
【請求項11】
前記酵素またはその断片に親和性を有する一以上の抗体を含む請求項7〜9のいずれかに記載の心不全の予知及び/または検査のための試薬。
【請求項12】
抗体がモノクローナル抗体またはポリクロナール抗体である請求項11に記載の心不全の予知及び/または検査のための試薬。
【請求項13】
急性心筋梗塞の予知、発症直後における他の疾患からの鑑別、予後における再狭窄の検査に用いられる請求項7〜12のいずれかに記載の心不全の予知及び/または検査のための試薬。



【図3】
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【図1A】
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【図1B】
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【図2A】
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【図2B】
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【図2C】
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【図4A】
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【図4B】
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【公開番号】特開2009−183247(P2009−183247A)
【公開日】平成21年8月20日(2009.8.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−28865(P2008−28865)
【出願日】平成20年2月8日(2008.2.8)
【出願人】(598041566)学校法人北里研究所 (180)
【Fターム(参考)】