説明

心停止治療用システムおよび処置

心停止下のヒトを蘇生する装置は、機械的に心臓を刺激するための往復手段;心臓を電気刺激するための手段;このような刺激印加を調節して、収縮不全または心室細動時における右心房血液の時間平均容量が50%以上低下したならば、および/または、20ml以上の血液が左室に蓄積したならば、および/または、冠状動脈環流陽圧が実現されたならば、電気刺激が印加されるようにする調節手段;呼吸ガスを導入するための気管チューブ、または顔面マスク等;圧縮呼吸ガスの供給源;供給される呼吸ガス圧の調節手段を含む。さらに、対応する治療法、心停止下のヒトの循環を再確立するための装置、およびディポーザブル気管チューブが開示される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、突然の心停止を治療するための方法および処置に関する。特に、本発明は、心室細動、不全収縮、およびPEA(無脈性電気活動)によって誘発される心停止の治療に関する。
【背景技術】
【0002】
突然の心停止は、一般には、機械的および/または電気的除細動によって治療される。機械的治療は、手動による心臓マッサージ、または、利用可能であれば、機械的な胸郭圧迫と、それに続く受動的または積極的脱圧迫で、圧迫/脱圧迫サイクルの長さが典型的には半秒から1秒の桁となるようなサイクルを含む。心停止下の心臓を機械的に刺激するための装置については、従来技術においていくつかのものが知られている。例えば、空気圧駆動式LUCAS(商標)機械的胸郭圧迫/脱圧迫システム(“Lucas”(商標)は、スウェーデン、ランド、Jolife ABによって製造される心肺救急蘇生(CPR)用の圧迫・生理的脱圧迫装置である)がそうである。具体的に言うと、Lucas(商標)は、患者の心肺救急蘇生用の支持構造および圧迫/脱圧迫ユニットを含む。支持構造は、患者の心臓後部において患者の背中に配置される背面プレート、心臓の前部において患者の胸郭の周囲に配置される前面部分を含み、前面部分は2本の脚を持ち、各脚は、前面部分の少なくとも1個のヒンジに回転可能に接続する第1末端、および、背面プレートに取り外し可能に付着される第2末端を持ち、前面部分は、前面部分が背面プレートに装着された場合に、患者の胸郭を自動的に圧迫または脱圧迫するように配置される前記圧迫/脱圧迫ユニットを受容するように構成される。圧迫/脱圧迫ユニットは下記を含む。すなわち、圧迫・脱圧迫を駆動し制御するように配置される空気圧式ユニット、圧迫/脱圧迫パッドが装着される調節性懸垂ユニット、および、それを用いてパッドの位置を制御することが可能なハンドルである。
【0003】
除細動は、機械的刺激とは独立に、かつ同時に実施することが可能である。機械的胸郭圧迫手段と除細動手段とを組み合わせる装置が、米国特許第4,273,114号(Barkalow et al.)に開示されている。
【0004】
米国特許第6,312,399B1号は、胸郭の圧迫および脱圧迫を反復することによって心肺蘇生を実行して心肺循環を増す方法であって、呼吸筋を電気刺激して患者に喘ぎ呼吸を起こさせ、そうすることによって脱圧迫相における胸郭内陰圧の大きさと持続時間の増大をもたらし、心臓と肺へ流入する静脈血流量を増すことを含む方法を開示する。
【0005】
米国特許第5,692,498A号は、気管内チューブであって、チューブの第1腔に圧反応性バルブを含み、このバルブは、チューブ内の圧が、無呼吸患者に対して施される圧迫および脱圧迫によって形成される胸郭内の、ある陰圧閾値を下回るまでは閉鎖を持続して、呼吸気が肺の中に流入することを防ぎ、チューブ内圧が前記陰圧閾値を下回ると、その時点でバルブが開放され、大気圧下の吸気が肺に流入するのを可能とする気管内チューブを開示する。このために、脱圧迫時の胸郭内陰圧の程度と持続時間が改善され、これは、心肺蘇生術実施時、末梢静脈血の心肺への流入を実現すると言われる。
【0006】
心停止では、できるだけ早く、すなわち、停止の開始から数分以内に十分な循環を再確立することがもっとも重要である。少しでも遅れれば、それは取り返しのつかない組織傷害をもたらすことになる。「十分な循環」とは、生命維持に必須な基本的器官および組織を、(これ以上の)傷害、特に、不十分な酸素補給によってもたらされる傷害から保護するのに十分な循環と理解される。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来既知の方法よりも効率的な、心停止下のヒトにおいて十分な循環を再確立する非侵襲的な方法を提供することが本発明の一つの目的である。
【0008】
前記方法を実行するための手段を提供することが本発明のもう一つの目的である。
【0009】
本発明のその他の目的は、下記の本発明の開示、図で具体的に説明される発明の好ましい実施態様、および付属の特許請求項から明らかとなろう。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明によれば、心停止下のヒトにおいて十分な循環を再確立するための非侵襲的方法が開示される。この方法は、該ヒトの気道に陽圧下の呼吸ガスを供給し、冠状動脈環流陽圧を確立するのに十分な時間前記呼吸ガスの陽圧に抗して該ヒトに吸気・呼気を実行させ、一方、1分当たり60サイクルから1分当たり200サイクルの割合で胸郭を反復的に圧迫・脱圧迫することによって該ヒトの心臓を機械的に刺激することを含む。
【0011】
陽圧を持つ呼吸ガスおよび圧迫/脱圧迫を適用後、心臓のペーシングおよび/または除細動の形で電気刺激を用いてもよい。電気刺激は、機械的刺激および陽圧ガス付加が持続している時でも有用である場合があるが、陽性冠状動脈血圧確立後においてのみ供給される。電気刺激と機械刺激は時間的に交互に与えてもよいし、同時に与えてもよい。
【0012】
本発明の重要な付属的特質は、本法で用いられる呼吸ガスによって駆動される、空気圧式往復手段による心臓の機械的刺激の実行である。特に好ましいのは、呼吸ガスを、空気圧式往復手段を駆動するのに用いた後に、患者による吸引用として用い、空気圧式往復手段から排出されたガスを、患者の気道に圧入させることである。呼吸ガスは、好ましくは酸素、または、好ましくは容量にして50%を越える酸素含量を持つ、不活性ガスと酸素の混合ガスであるが、圧縮状態で、ガス管またはその他の加圧ガス供給源から供給される。本発明の空気圧手段は、患者の胸部に当接するように配置することが可能なパッド、円板、プレート、または類似の物を含む。
【0013】
患者に挿管することによって、または、患者の口および/または鼻を被うマスクを通じて呼吸ガスを供給することが好ましい。挿入管の近位端、またはマスクのガス流入口に、呼吸ガスが、ガス容器または、ガスラインを通じて、好ましくは前述の空気圧式往復手段のガス排気とマスクまたは挿入管を連通するガスラインを通じて供給される。
【0014】
好ましい圧迫深度は、胸骨深度、すなわち、患者が仰臥する床から胸骨までの距離の約20%である。胸骨深度は、成人で約175mmから260mmまで変動する。従って、好ましい圧迫深度は、欧州救急処置会議・アメリカ心臓協会によるガイドラインによれば35mmから52mmとなる。
【0015】
本発明の特質によれば、圧迫および脱圧迫は急激に行われる、すなわち、完全圧迫状態から完全脱圧迫状態へ、またはその逆への移行期間は、圧迫/脱圧迫サイクルの長さに比べて短くなければならない、例えば、サイクルの約6分の1から約10分の1に相当する期間に渡るものでなければならない。言い換えれば、圧迫/脱圧迫サイクルの時間/圧グラフにおける圧曲線は、台形波曲線に近いものでなければならない。一つの圧迫/脱圧迫サイクルは、圧迫相(CP)と、それに続く脱圧迫相(DCP)から成る。圧迫相(CP)は、心臓が次第に加圧されて完全圧迫が達成されるまでの期間である動的部分(DNCP)と、胸郭が完全圧迫状態のままに維持される期間である静的部分(STCP)から成る。同様に、脱圧迫相(DP)は、胸郭の圧迫が次第に解除されて完全脱圧迫が達成されるまでの期間である動的部分(DNDCP)と、胸郭が、完全脱圧迫状態、例えば、胸郭が脱圧迫時そのままに放置されると自然に取る生理的な脱圧迫状態に維持される期間である静的部分(STDCP)から成る。
【0016】
肺の呼吸ガスの平均陽圧は、脱圧迫時、1mmHgから30mmHg、特に約8mmHgから約25mmHg、好ましくは約20mmHgであることが好ましい。従って、脱圧迫相においても陽圧を維持することがもっとも重要である。
【0017】
一旦、冠状動脈環流陽圧が実現されたならば、特に10mgHg、より好ましくは約15mmHg、さらに好ましくは25mmHg以上の冠状環流陽圧が実現されたならば、電気刺激の供給を開始することが好ましい。
【0018】
圧迫相の静的部分(STCP)の最終3分の1において除細動電気刺激(DF)を与えるのが特に好ましい。
【0019】
圧迫相(CP)の開始から脱圧迫相(DCP)の開始までの期間において、より好ましくは圧迫相の動的部分(DNCP)の後半の2分の1から静的圧迫相(STCP)の最初の2分の1までの期間においてペーシング電気刺激(PC)を供給することが特に好ましい。特に好ましいのは、動的圧迫相(DNCP)の終末開始後0.10から0.15秒の時間内にペーシング電気刺激を供給することである。
【0020】
機械的刺激の頻度は、80サイクル/分から120サイクル/分または150サイクル/分であることが好ましいが、60サイクル/分から200サイクル/分であってもよい。
【0021】
機械的刺激のみの期間は、好ましくは最大180秒、より好ましくは最大30秒、さらに、先行して短期の収縮不全、例えば、10秒から50秒持続の収縮不全があった場合には最大30秒以上、先行してさらに長期の収縮不全、例えば、2分以上の収縮不全があった場合には最大5分以上である。本発明者による観察によれば、胸郭をある任意の程度に、例えば、30mmから45mm、または最大50mmまで圧縮するのに必要なパワーは、圧迫の開始時から20から60秒以内に、圧迫開始時に必要であったパワーよりも25パーセント以上減少する。持続的圧迫に必要な補正圧迫維持パワーは、間歇的に胸郭の圧縮抵抗を測定することによって推定することが可能である。従って、空気圧式往復手段の駆動力を、該手段に補正量の加圧呼吸ガスを供給することによって調節することが好ましい。この文意では、呼吸ガスの「補正量」とは、所望の圧迫/脱圧迫プロフィール、特に、全治療期間に渡って実質的に同じ圧迫/脱圧迫プロフィールを維持するのに必要な呼吸ガス量を指す。「圧迫/脱圧迫プロフィール」とは、圧迫深度対時間曲線のプロフィールを指す。この種の調節は圧縮呼吸ガスの節約になる。
【0022】
本発明の第1の好ましい局面によれば、機械的刺激は、電気刺激の実行および循環の再確立以後も持続される。
【0023】
本発明の第2の好ましい局面によれば、電気刺激は、除細動の場合に、例えば、心室細動の場合に行われる。
【0024】
本発明の第3の好ましい局面によれば、電気刺激は、ペーシングの形で、例えば、心室細動が存在せず、収縮不全または徐脈が存在する場合に供給される。ペーシングは好ましくは、一定の基本頻度、例えば、1分当たり約80ビートで供給される。ペーシングは、圧迫頻度がペーシングの基本頻度を越えた場合には、圧迫頻度を追随するように調節される。
【0025】
本発明の第4の好ましい局面によれば、成人の場合は最低20ml以上、子供の場合は対応する容量の血液が左室に蓄積したならば電気刺激の実行を開始する。
【0026】
本発明の第5の好ましい局面によれば、収縮不全または心室細動時における右心房血液の平均容量が50%以上低下したならば、電気刺激の実行を開始する。
【0027】
本発明の第6の好ましい局面によれば、挿管によって供給される呼吸ガスは、雰囲気温未満の温度、特に、雰囲気温よりも5oC、または10oC以上低い温度を持つ。
【0028】
本発明の第7の好ましい局面によれば、患者に対し、担体として働く呼吸ガスを通じて、水性の、例えば、冷却生食液の冷却スプレーが供給される。
【0029】
本発明の第8の好ましい局面によれば、心停止作用を緩和する医薬品、例えば、PCT特許(WO)02/11741に開示される心停止液、および/または、循環の再確立を支援する医薬品、例えば、血管拡張剤またはアドレナリンが、担体として作動する呼吸ガスを介して、および/または、水性スプレーとして患者に投与される。
【0030】
さらに、本発明によれば、心停止下のヒトを蘇生させる装置が提供される。この装置は、心臓を機械的に刺激するための往復手段;心臓の電気刺激手段;時間について機械的刺激と電気刺激の供給を制御する手段であって、収縮不全または心室細動時における右心房の時間平均血液容量が50%以上低下した場合、および/または、成人の場合は20ml以上、子供の場合は対応する容量の血液が左室に蓄積した場合、および/または、冠状環流陽圧、特に、10mmHg,より好ましくは15mmHg、さらに好ましくは25mmHg以上の冠状環流陽圧が得られた場合、電気刺激を供給するように制御する手段;加圧呼吸ガスを前記ヒトの気道に導入するための気管チューブ、または顔面マスク、またはその他の手段、および、蘇生術を受けるヒトに呼吸ガスを供給するための圧縮呼吸ガス供給源であって、気管チューブまたはその他の呼吸ガス導入手段と結合された呼吸ガス供給源、および、該ヒトに供給される呼吸ガス圧を調節する手段を含む。
【0031】
本発明の第9の好ましい局面によれば、圧縮呼吸ガス供給源は、往復手段を駆動するガスを供給するように設計される。
【0032】
往復手段が、1分当たり60サイクルから1分当たり200サイクル、特に、1分当たり約80から約120サイクルの頻度で機械的刺激を供給可能となっていることが好ましい。
【0033】
本発明の第10の好ましい局面によれば、機械的および電気的刺激供給の制御手段は、患者に供給される呼吸ガスの圧を調節するための手段を含む。
【0034】
本発明の第11の好ましい局面によれば、蘇生処置を受けるヒトに対して、心停止作用を緩和する医薬品、例えば、国際公開第02/11741号に開示される心停止液、および/または、循環の再確立を支援する医薬品、例えば、アドレナリンまたはノルアドレナリン、バソプレッシン、コルチゾン、インスリン、シクロスポリンAを投与するための投与手段がさらに提供される。この投与手段は、気管チューブまたはその他の呼吸ガス導入手段と結合または一体化され、医薬品を含む水性噴霧またはスプレーを生成することが可能である。
【0035】
本発明によれば、さらに心停止下のヒトに対して循環を再確立するための装置が開示される。この装置は、圧縮呼吸ガスの供給源;陽圧下の前記呼吸ガスを前記ヒトの気道に供給するための手段;1分当たり60サイクルから200サイクルの頻度で胸郭を反復的に圧迫および脱圧迫することによって、前記ヒトの心臓を機械的に刺激するための空気圧式往復手段;心臓に対してペーシングおよび/または除細動の形で電気刺激を供給するための電気的手段を含み、圧縮呼吸ガスは前記空気圧式往復手段を駆動するのに用いられ、空気圧式往復手段から排出される呼吸ガスは、陽圧下の呼吸ガスを前記ヒトの気道に供給するために用いられることを特徴とする。
【0036】
患者に対して呼吸ガスを供給する手段は、好ましくは、顔面呼吸マスクまたは、患者の気道に挿管するための装置を含む。一方また、呼吸ガスは、経気管挿管によって患者に供給されてもよい。
【0037】
電気刺激を供給するための電気手段は、2本の電極、すなわち、患者の胸部において、往復手段のパッド、プレート、または円板と隣接して接着される、あるいは、パッド、プレート、または円板と一体化される前面電極、および、患者の背中に接着される背面電極を含む。胸部電極は好ましくはディスポーザブルである。背面電極は、好ましくは患者が横たわる背面プレートと一体化されている。背面電極は、患者が背面プレートの適正位置に仰臥している場合、胸骨のほぼ垂直下に配されるように一体化される。電気刺激を与える電気手段は、ECG信号を分析する手段を含んでいると好都合である。その際、ECG信号は電極によって採取され、そのECG分析手段に伝達される。
【0038】
先ず、ペーシング周波数は、機械的圧迫/脱圧迫の頻度を追随するように適応され、それに応じて調節される。これは、患者の(ペーシングを受けない)心拍数が機械的圧迫/脱圧迫の頻度よりも遅いものである場合には特に重要である。しかしながら、患者の心拍数が、機械的圧迫/脱圧迫の設定頻度を越えたならば、電気手段を、その頻度を調節するために使用してもよい。機械的圧迫を心拍頻度で供給することは、心臓収縮をさらに活発にする。無脈性電気活動(PEA)の場合は、機械的圧迫/脱圧迫の頻度は、例えば、パルスオキシメトリによって患者の血液の酸素飽和度が最適化されるように調節することが可能である。さらに、数回の心臓サイクルに渡って選択された時点で電気刺激の作用を経験的に追跡することによって、心臓サイクル内における、心臓に対する最適電気刺激時点を確定することも本発明の範囲内にある。一方、PEAの場合ECGのQT相で心臓を刺激する理由はない。さらに、本発明の装置に、心臓の収縮を視像化するための超音波画像装置を設けるのも本発明の範囲内にある。あるいは別に、この情報を用いて、心臓に対する電気的除細動またはペーシング信号の適用を調節することも可能である。
【0039】
本発明によれば、圧縮呼吸ガスによって駆動される、救急蘇生用圧迫/脱圧迫往復装置に連結するバルブマニフォールドの下流側に直接または間接的に接続が可能な、ディスポーザブルな、屈曲性プラスチックチューブを設けた顔面マスクも開示される。
【0040】
さらに、本発明によれば、救急蘇生用圧迫/脱圧迫往復装置に連結するバルブマニフォールドの下流側に直接または間接的に接続が可能な屈曲性プラスチックチューブをその近位端に設けた、ディスポーザブルな、気管内チューブも開示される。
【0041】
さらに、圧縮呼吸ガスによって駆動される、ヒトの救急蘇生処置用圧迫/脱圧迫往復装置が開示される。この装置は、1分間以上、特に5分間以上の期間に渡って、前記ヒトの気道に対し、装置の駆動に消費される呼吸ガスの一部を陽圧下に導入するための、取り外し可能な手段を含む。好ましくは、呼吸ガスは、容量にして少なくとも5%の酸素を含む。この取り外しが可能な手段は、顔面マスク、気管内チューブ、または気管外挿管用チューブの中から選ばれる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0042】
次に、本発明を、図面に描かれる好ましい実施態様を参照しながらさらに詳細に説明する。
【実施例1】
【0043】
心停止下のヒトにおいて循環を再確立するための装置
心停止下のヒトにおいて循環を再確立するための本発明による装置を、図1aおよび1bに模式的に示す。この装置は、Lucas(商標)圧迫/脱圧迫携帯システム(TCDCシステム、JolifeAB、ランド、スウェーデン)に基づき、かつ、該システムを含む。TCDCシステムは、背面プレート2および、ヨークまたは前面部分3を含む。心停止にある患者1は、仰臥位で背面プレート2の上に、背面プレート2の中心が胸骨Sの下に配置されるように置かれる。背面プレート2は、側方、患者の両側に延長する。延長部の一方にはスナップロック23が設けられる。これによって、他方の延長部(24)においてヒンジを介して取り付けられるヨーク3の自由端を、背面プレート2に素早く固定することが可能になる。これによって、患者の胸郭は、横断面(図1b)で見ると鐙(あぶみ)に似ているTCDCユニットによって取り囲まれることになる。ヨーク3の中央セクションは、胸骨Sからある距離隔てられて配置される。ヨーク3の中央セクションは、空気圧式圧迫/脱圧迫ユニットを含む。このユニットは、気圧シリンダーの二重チェンバー8,9のピストン6にロッド7を介して接続される圧迫/脱圧迫パッド5を含む。ガスシリンダー10、またはそのようなガス線管から送られる圧縮空気または酸素またはその他の呼吸ガスは、屈曲性の、プラスチック強化チューブ11およびバルブマニフォールド12の入力バルブを通じて、気圧シリンダーのチェンバー8,9に交互に送り込まれる。マニフォールド12の流入口および対応する流出口は、再充電可能なバッテリーとマイクロプロセッサーを含む主コントロールユニット13によって制御される。主コントロールユニットは、特に、ピストン6および圧迫/脱圧迫パッド5の往復頻度を制御する。ピストンおよびパッドは、1分当たり60ストロークから1分当たり150ストロークまで変動が可能な所望の頻度で、背側/腹側方向に往復するように配置される。パッド5の、患者の胸部と接する面の周囲には、その面を皮膚に接着させるため(図示せず)の接着材料が設けられる。このために、往復運動の腹側方向運動相の間、胸郭が生理的に脱圧迫される。気圧シリンダーのチェンバー8,9を離れる酸素ガス圧は、図5に描かれる呼吸ガス圧調節回路によって調節される、すなわち、所望の陽圧にほぼ一定に維持される。図5については下記でさらに精しく説明する。マニフォールド12の流出バルブから、呼吸ガスは、屈曲性チューブ14を通じて、鼻および口を含む患者の顔の中心部を被って配され、出口16を持つ顔面マスク15に伝えられる。このようにして、患者には、必要なら僅かな陽圧の下で新鮮な呼吸ガスが供給される。図5の配置によって完全に調節された陽圧下において呼吸ガスを供給することは、呼吸ガスが挿管を通じて適用される場合は特に重要である。一方、呼吸マスクを通じて呼吸ガスを適用する場合には、図5の調節回路は、もしもマスク内の圧が、マスクの出口の幅によって、ないしは同様のやり方で調節可能ならば、部分的に、または完全に無しで済ませることも可能である。
【0044】
パッド5に隣接して、患者の胸部に当接し、接着剤によって確保される前面(胸部)電極17が配される。前面電極は、上記以外にも、あるいは、上記に加えてさらに、ヨーク3に取り付けられるバネまたは類似の弾性要素によって胸部に確保されてもよい。また、前面電極17を、患者の胸部に当接するパッド5の面に一体的に組み込むことも考えられる。第2の、後部(背面)電極18は、背面プレート2の上(内側)面に取り付けられる。電極17,18は、ECG電極として、かつ、ペーシングおよび除細動電極として使用される。これらの電極は、電気伝導体20,21を介して電極調節ユニット26に接続される。電極調節ユニット26は、収縮不全と心室細動を区別する簡単なECG測定、電気エネルギーの除細動バーストの発射、心臓を所望の頻度で刺激するペーシングを実行することが可能である。電極17,18は、ECG測定、除細動、およびペーシングのための電極として働く。電極調節ユニット26はまた、再充電可能なバッテリーの形の電気エネルギー供給源を含む。電極調節ユニットは、この電気エネルギー供給源を主コントロールユニット13と共有してもよい。安全策として、コントロールユニットは、組み込み型トランス/整流ユニットを介して主幹配電盤から電気を支給されてもよい。
【0045】
頚部サポート19を備える背面プレート2は、患者の頚部の下に配される。頚部サポート19の高さは、患者の頭が垂下して背面プレート2の上端部に静置されることを可能にするのに十分なものである。後述するように、このように患者の頭を配置することは安全な挿管をやり易くする。
【実施例2】
【0046】
気管内チューブ
本発明において使用が好適な気管内チューブが国際公開第94/00174号に開示されている。これは、屈曲性プラスチックチューブ、該屈曲性チューブに軸的に接合される、成形材料でできた屈曲性管状先端部、気管内チューブおよびチューブ先端部に配置される管状スリーブから成る膨張可能なバルーンを含み、バルーンは、気管内チューブの近位端近傍のバルーン膨張/萎縮システムと連通し、膨張可能なバルーンとバルーン膨張/萎縮システムは、該屈曲性チューブの壁を長軸方向に貫いて延長するチャンネルを介して連通する。このような設計の気管内チューブは、Laboratories Pharmaceutiques VYGON、Ecouen、フランスによって「Boussignac成人用気管内チューブ」という商品名の下に市販されている。チューブの外径と比較してできるだけ広い、例えば、横断面においてチューブ面積の90%以上を含む呼吸ガスチャンネル腔を持つ気管チューブを準備することが重要である。
【0047】
生理的脱圧迫位置へ積極的に脱圧迫する場合には(すなわち、過度の脱圧迫を避けるために)、気管チューブを通じて呼吸ガスの肺への活発な流入が観察される。これは、受動的(手動またはその他の)脱圧迫で見られるゼロから約−5mmHgの陰圧と比べると、Lucas(登録商標)装置によって脱圧迫した場合、心臓において約8mmHgの陽圧(呼吸ガスの流速が約15L/分において)を生ずる。気管チューブを通過する流れが約25L/分に上昇すると、脱圧迫時における陽圧は約15mmHgに上昇する。圧迫時、Lucas(登録商標)装置そのものは約15から20mmHgの陽圧を誘起する。肺は、呼吸ガス圧が40mmHg以上になると損傷を被る可能性があるので、Lucas(登録商標)装置による積極的脱圧迫では、気管チューブを通過する呼吸ガス流は20L/分に限定しなければならない。
【実施例3】
【0048】
蘇生処置
ここで図2Aのフローシート200を参照する。心停止状態の患者201に対しては、停止開始後できるだけ速やかに機械的胸郭圧迫術202が適用される。圧迫術202は最初人手で適用してもよい。本発明の装置が患者に取り付けられた場合には、機械的圧迫が直ちに開始される。それと同時に、またはそれから間もなく、心臓の電気的活動の測定が、電極17,18を装着する203ことによって開始される。電極17,18によって受容される電気信号はCPUによって処理され、ECG203によって、患者の心臓は収縮不全(EMD、電気・機械解離)であるのか、心室細動(VF)状態であるのか、または、無脈性電気活動であるのか、あるいは、正常状態にあるのか(この文意では、「正常」状態は、除細動またはペーシングを必要としないが、必ずしも健康状態ではない状態を示す)が検出される。その後、患者は、要すれば、挿管される204。ECG診断によって、患者が心室細動(VF)を患っているのか、PEA(無脈性電気活動)なのか、あるいは、収縮不全なのかが明らかにされる。第1の場合には206a、電極17,18を通じて、機械的圧迫/脱圧迫が続けられる一方で除細動電気パルスが印加される。第2の場合には206b、機械的圧迫/脱圧迫が続けられる一方で電極17、18を通じてペーシング電気パルスが印加される。治療効果を監視し、以後の治療決定の基盤を形成するために、ECG診断205は断続的に繰り返される。
【0049】
心室細動の場合、生理的脱圧迫および除細動付きの206a、または無しの圧迫術が、自発性循環の復帰(ROSC)があるまで適用される。その後も、要すれば随意にペーシングを伴って206b、圧迫術202が続けて適用される。本発明の装置に組み込みが可能な適当な除細動器は、Heartstart FR2AED(Leardal Medical A/S,Stavanger、ノルウェー)である。
【0050】
収縮不全/PEAの場合、生理的脱圧迫付きの、または無しの圧迫術202が、ペーシングと組み合わせて206b少なくともROSCが観察されるまで、好ましくは実質的にはそれより長時間、例えば、患者が病院のケアを受けられるまで適用される。
【0051】
状況に応じて、例えば、挿管を実施できる204人物の有無に応じて、患者は挿管されるし、あるいは挿管されない。挿管204を用いて、患者に薬剤、例えば、塩化カリ水溶液を投与してもよい。実質的に室温以下の、例えば、10oC以下の冷却状態にある、前記、またはその他の薬理学的活性因子の水溶液を供給することも可能である。
【実施例4】
【0052】
治療決定
本発明の方法に関連する治療決定順序については、図3のフローシートを参照する。本発明の装置の活性化301後、すなわち、圧迫/脱圧迫の適用202中、患者のECG信号を測定し302、分析する303。第1治療決定304は、患者が心停止下にあるかどうかに基づく。なぜなら、患者によっては、心停止下にある様に見えるが、実際は単に心臓の拍動が弱い状態、例えば、患者の体温が正常体温よりも数度低い状態にある場合があるからである。
【0053】
具体的に言うと、図3に示されるように、ECG信号は心停止の有無に関して分析される。もしも徐脈ではあるが「正常」な脈が検出された場合には、心停止ではなく、従って、圧迫/脱圧迫は直ちに停止される305。もしも心停止であるならば、次のステップで停止のタイプが判定される。すなわち、次のステップでは心室細動の有無に関してECG信号が分析される306.心室細動に特有なECG信号パターンが検出307されたならば、患者に対し除細動が行われる310。そのような信号パターンが検出されない場合には、ペーシング電気パルス308が患者に印加される。
【0054】
前述の治療決定は、要すれば、装置によって自動的に実行させることも可能である。これは、十分な医学的トレーニングを欠く人々の手の有用性を増すことになる。一方、装置は、各ステップの診断結果のディスプレーを提供し、それによって、ユーザーが特定の状況でのもっとも十分な治療に着手することを可能にする。除細動術の間310、蘇生に関わる医療担当者は患者に触れてはならない310。
【実施例5】
【0055】
装置コントロールおよび駆動
装置コントロールおよび駆動の原理は図4に示される。装置は、マイクロプロセッサー(CPU)420によって制御される。マイクロプロセッサーは、適当なソフトウェア、例えば、電極信号をディジタル化するソフトウェア、ディジタル化信号を様々なタイプの心臓活動を表す信号と比較するソフトウェア、および、装置の気圧および電気手段を調節するソフトウェアを保存するデータ保存手段を含む。コントロールユニット410は、内部電源440、例えば、再充電可能なバッテリーによって電力補給される。コントロールユニット410は、電極測定およびその他のデータを読み取るためのユーザーディスプレー450を含む。コントロールユニットは、CPU420によって、医療担当者に、標準的な指示、例えば、呼吸ガス供給源の交換の必要等に関する指示が与えられるように音声インターフェイス460を含んでもよい。
【0056】
コントロールおよび駆動ユニット410はさらに、トランスを含む除細動およびペーシングモジュールを含む。ECG分析機能は、この除細動およびペーシングモジュールに組み込まれる。ペーシングユニットを備えた市販の除細動器、例えば、Cardio−Aidモデル200除細動器(Artema Medical AB、ストックホルム、スウェーデン、これはCardiac Science社、米国によって買収された会社である)を、本発明の装置に組み込むのは好適である。
【0057】
さらに、コントロールおよび駆動ユニットは、その機能的設計が図5に示される空気圧式駆動モジュール430を含む。このモジュールは、呼吸ガス級酸素フラスコ100から加圧酸素ガスを補給される。圧低下および調節バルブユニット101によって、呼吸ガスの圧は下げられ、ほぼ一定に維持される。そこから、加圧ガスは、バルブマニフォールド102に伝えられる。マニフォールドのバルブは、装置コントロールユニット120(例えば、CPU420)によって調節される。あるいは別に、加圧酸素ガスは、ライン108、109を通じて、気圧シリンダー107中のピストン103の片側(105、106)に供給され、ピストン103の往復運動を引き起こす。ロッド104によって、ピストン103の運動はパッドに伝えられ、患者の胸郭(図示せず)を交互に圧迫および脱圧迫する。完全にではないが、実質的には脱圧迫されたガスは、マニフォールド102の排気バルブを通じて気圧シリンダー107のチェンバー105,106を離れ、そこから、ガスライン112を通じて挿管のチャンネルの内の一つの近位端(110)に伝えられる。チャンネルは、減衰器114、安全バルブ113、および貯留槽111を含む。マニフォールド110に供給される酸素ガス圧は、コントロールユニット120によって、減衰回路116、117、118を通じてさらに調節されてもよい。なお、これら減衰回路のこれ以上の説明は省略する。
【実施例6】
【0058】
気管内チューブ
本発明において使用が好適な気管内チューブが国際公開第94/00174号に開示されている。これは、屈曲性プラスチックチューブ、該屈曲性チューブに軸的に接合される、成形材料でできた屈曲性管状先端部、気管内チューブおよびチューブ先端部に配置される管状スリーブから成る膨張可能なバルーンを含み、バルーンは、気管内チューブの近位端近傍のバルーン膨張/萎縮システムと連通し、膨張可能なバルーンとバルーン膨張/萎縮システムは、該屈曲性チューブの壁を長軸方向に貫いて延長するチャンネルを介して連通する。このような設計の気管内チューブは、Laboratories Pharmaceutiques VYGON、Ecouen、フランスによって「Boussignac成人用気管内チューブ」という商品名の下に市販されている。
【実施例7】
【0059】
図6の概略図は、成人に施した、機械的圧迫の時間変化、および、ペーシングまたは除細動(PC−ペーシング電気刺激、DF−除細動電気刺激、CP−圧迫相、DCP−脱圧迫相、DNCP−圧迫相の動的部分、STCP−圧迫相の静的部分、STDCP−脱圧迫相の静的部分)の同時適用を示す。圧縮曲線600は台形波形を取る。
【0060】
下記の三つの症例は、本発明の様々な要素をさらに具体的に説明するために示される。
【0061】
症例報告1号: 女性、73歳。5年前に冠状動脈バイパス手術を受け、3年前に心筋梗塞を患った。コンサート中に倒れた(下記では、時間の表示はこの発作時点に対するものとする)。たまたま居合わせた医師が脈診したが触れなかった。医師は直ちにCPRを開始した(1分当たり15回の胸郭圧迫と2回のマウス・ツー・マウス吸気)。心肺蘇生チーム同乗の救急車が6分時に到着した。チームは患者をLUCAS装置に設置し、胸郭圧迫を開始した。7.5分時、ECGは心室細動を示した。次に、患者の口から気管チューブ(Boussignacチューブ)を挿管し、チューブの酸素チャンネルをLUCAS(登録商標)装置の酸素供給チューブに接続した。1分当たり15Lのガスを、Boussignacチューブの遠位側から酸素の連続吸入(CIO)として与えた。8.5分時、パルスオキシメーターが1本の指の先端部に接続された。100%の酸素飽和度のパルスが観察され、患者の皮膚は赤みを帯び、皮膚循環が良好であることを示した。総頚動脈、および鼠頚部においても良好な脈動を触れることができた。ECGディスプレーでは、心室細動が次第に粗大になるのが観察された。LUCAS−CPRの9分時、圧迫進行中に1回の除細動刺激(360J)が施された。患者は収縮不全となったが、約10秒後、1分あたり60回の頻度を持つ洞リズムが見られた。この頻度が、12分時に1分当たり90回に上昇するまで機械的圧迫を継続した。次に、装置の電源を切った。1分以内に脈は弱まり、オキシメーター値は100から70に下がった。再び、圧迫術を適用した。LUCAS−CPRおよびCIO処置を続行したまま、患者をストレッチャーに移動し、救急車に運んだ。病院の救急室に到着した時点で(約25分時)、脈のオキシメトリ飽和度は100%に上昇した。動脈針を撓骨動脈に挿入し、中心静脈カテーテルを、セルディンガー法を用いて外頚静脈を通じて所定の場所に設置した。血液ガスから、動脈の酸素飽和度は正常以上(PaO=49)、pH7.45、PaCO3.5であることが示された。塩基性過度−1。ここで装置の電源を切った。患者の洞リズムは90回の頻度であり、血圧は110/70、平均90を維持した。患者は集中治療室に運ばれ、24時間厳重な観察下に置かれた。心筋梗塞の兆候は観察されなかった。患者は安定しており意識も完全であった。翌日、患者は救急監視を解除され、1週間後通常のケアの下で帰宅させられた。その後、患者は、1ヶ月に1回のコントロールで元気に暮らしている。
【0062】
症例報告2号: 男性、36歳。気温−1oCの早朝の公園で生気の全く無い状態で発見された。救急車が約5分後に到着した。患者には脈が無かった。呼吸も見られなかった。ECGは、1分間2−3拍動という極端な徐脈を示した。患者の体温は22oCであった。救急主任医師が自宅から電話で呼び出された。医師は、LUCAS(登録商標)装置を持って現場へ駆けつけた。患者の瞳孔の縮小を見て、医師は、患者を装置に設置し圧迫術を開始することによって蘇生処置を始めることを決心した。次に、患者にBoussignacチューブを挿管し、チューブの酸素チャンネルを、LUCAS(登録商標)装置の酸素排気ラインに接続することによって、チューブの遠位端におけるCIOが確立された。装置の低電圧ECGによって、患者の洞リズムは1分当たり3から5回の頻度であることが示された。この頃には総頚動脈では良好な脈を触れることができた。患者を動作する装置につけたまま病院に輸送し、そこで直接手術室に運び、大腿血管を介して心肺装置に接続した。患者をゆっくりと32oCまで暖めた。この段階で、患者の心臓は1分間70回で活発に拍動し、110/60の血圧を形成した。心肺装置による養生を終えて、患者は集中治療室に運ばれ、その後6時間、自発的に温まって正常体温に戻るように放置された。1週間後、患者は完全に障害無く元のままで退院した。
【0063】
症例報告3号: 男性、48歳。午前10時仕事場で倒れた。直ちに心臓救急車が呼ばれ、4分後に到着した。その時まで蘇生術は行われなかった。救急職員は2名のパラメディックと1名の運転手から成っていた。パラメディック主任は直ちに総頚動脈の脈をチェックしたが否定的な結果であった。皮膚を圧迫すると青白い斑点が形成され、循環の停止を示した。患者は直ちにLUCAS(登録商標)装置に設置され、胸郭の機械的圧迫が30秒内に開始した。ECGは患者が収縮不全であることを示した。一人のパラメディックが患者の両頬を持ち上げ、気道の開放を確保し、Lucas(登録商標)装置の酸素排気チャンネルに接続したRubensの自己拡張型バッグを用いて換気を開始した。Rubensのバッグを1分当たり15Lの酸素で膨張させた。Rubensバッグは、バッグ内の圧が30cm水柱を越えないように調節する圧安全バルブを持つ。このようにして、患者は、1分当たり100回頻度の圧迫/脱圧迫を受けながら100%酸素によって換気された。指の先端に設置された脈オキシメーターは、酸素飽和度98%の良好な脈を示した。次に、換気をさらに活発に行った。このため飽和度は100%に上昇した。ECGは、患者が依然として収縮不全であることを示した。ここで、LUCAS(登録商標)装置のペースメーカー機能を活性化し、各圧迫時に心臓にペーシング刺激を与えた。間もなく、頚動脈の脈が簡単に触れるようになった。蘇生処置の開始時、患者の瞳孔は拡大していたが、今では縮小していた。圧迫術を停止し、ペースメーカー機能だけを維持した。脈が弱くなり始め、飽和度が下がり出したので、装置を再びスタートさせたところ、酸素飽和度は直ちに100%に戻った。麻酔チーム(医師と看護士)同乗の救急車が約7分遅れで到着したが、装置の1分当たり100回の圧迫/脱圧迫、100サイクルのペースメーカーECG操作によって患者の酸素飽和度および循環状態が良好であることを観察した。装置を停止すると直ちに酸素飽和度に低下が見られた。装置を再びスタートし、マスク換気を停止し、患者にBoussignacチューブを挿管した。チューブの酸素チャンネルは、LUCAS(登録商標)装置の酸素排気チューブに接続されている。1分当たり25リットルの酸素流が、Boussignacチューブの遠位端から気管チューブに供給された。ペーシングを1分当たり100回で続ける一方、圧迫の頻度を1分当たり120回に増した。5分後ペーシングを停止し、圧迫頻度を1分当たり80回に下げた。ここで、1分当たり約65回頻度を持つ洞リズムが観察された。動脈針を撓骨動脈に挿入し、圧迫術を停止し、115/80の動脈圧を測定した。取り付けた装置を脱圧迫状態に維持し、ECG監視を続けながら患者をストレッチャーに載せた。病院までの輸送中、極端な徐脈が観察された。収縮血圧は60未満に落ちた。圧迫術(1分当たり100回)を、100回の頻度で再開し、ペースメーカー機能を活性化した。病院に到着した時に、圧迫術を始めペーシングも停止した。この時点で、ECGは、心停止第III等級を示し、脈頻度は約35であった。圧迫とペーシング(1分当たり約100回)を直ちに再開した。動脈圧は急速に120/80に上昇し、一方酸素の最高飽和度が実現された。患者を手術室に搬送し、右心室に経静脈ペースメーカーを右心房に1本の電極を設け、直ちに体内ペーシングをスタートさせた。ペースメーカー電極挿入時、装置は1分当たり100回圧迫および100回拍動で活動していた。上述のように恒久的ペースメーカーを埋め込んだ後、Lucas装置による圧迫術とペーシングを停止した。この時点で患者は、ペースメーカーリズムは1分間100回で安定状態にあった。患者は集中治療室に運ばれ、翌日まで呼吸器の調整下に置かれた。気管チューブ除去後、患者は完全に目覚めたが、この事態に関しては完全に記憶喪失していた。1週間後、患者は完全に障害なく元のままで退院した。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1a】図1aは、心停止下のヒトに対して適用される本発明の装置の模式的側面図である。
【図1b】図1bは、図1の装置のA−Aに沿った模式的断面図である。
【図2】図2は、本発明による心停止治療法を具体的に説明するフローシートである。
【図3】図3は、本発明によって実行されるECG診断、および診断結果を考慮して利用可能な治療選択を実施するためのフローシートである。
【図4】図4は、ブロックダイアグラムの形で表した、装置の駆動および調節について表す模式図である。
【図5】図5は、ブロックダイグラムの形で表した、空気圧式往復手段の駆動、および、患者の気道に対して陽圧で供給される、該往復手段から排気される呼吸ガスの圧調節を表す模式図である。
【図6】図6は、成人に対する機械的圧迫の付与、および、ペーシングまたは除細動の同時的適用を表す概略図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
心停止下のヒトにおいて十分な循環を再確立する非侵襲的方法であって、
前記ヒトの気道に陽圧下の呼吸ガスを供給すること、
冠状動脈環流陽圧を確立するのに十分な期間前記ヒトに呼吸ガスの陽圧に対して吸気および呼気させながら、胸郭を1分当たり60サイクルから1分当たり200サイクルで反復的に圧迫および脱圧迫することによって該ヒトの心臓を機械的に刺激すること、
前記呼吸ガスの供給開始および前記圧迫および脱圧迫に続けて、ペーシングおよび/または除細動の形で心臓に対して電気刺激を与えること、ただし、電気刺激は冠状動脈陽性血圧の確立の後にのみ印加されることを前提条件とし、機械的刺激および陽圧ガスの供給を続けること、
機械刺激のみの工程、および、電気刺激と同時に機械刺激を実施する工程を任意に繰り返すこと、
を含む前記方法。
【請求項2】
請求項1の方法であって、心臓の機械的刺激は、気圧往復手段によって誘起され、この手段は、該方法で使用される呼吸ガスによって駆動されることを特徴とする前記方法。
【請求項3】
前記機械刺激の際に患者によって吸引される呼吸ガスは、実質的に前記気圧往復手段を駆動するために消費される呼吸ガスであることを特徴とする、請求項2の方法。
【請求項4】
圧迫および脱圧迫は、完全圧迫状態から完全脱圧迫状態まで、および完全脱圧迫状態から完全圧迫状態までの時間が、圧迫/脱圧迫サイクルの約6分の1から約10分の1に相当する期間となるように行われることを特徴とする、請求項1から3のいずれか1項による方法。
【請求項5】
呼吸ガスの陽圧は、脱圧迫時の患者の肺において維持されることを特徴とする、請求項1から4のいずれか1項による方法。
【請求項6】
呼吸サイクルの脱圧迫相(DC)における肺の呼吸ガスの前記陽圧の代数平均は、1mmHgから30mmHgであることを特徴とする、請求項5の方法。
【請求項7】
10mmHgの冠状動脈環流陽圧が実現された場合に、電気刺激の実施が開始されることを特徴とする、請求項1から6のいずれか1項による方法。
【請求項8】
15mmHg以上の環流陽圧が実現された場合に、電気刺激の実施が開始されることを特徴とする、請求項1から6のいずれか1項による方法。
【請求項9】
除細動電気刺激(DF)が圧迫相の静的部分(STCP)の最後の3分の1に実施されることを特徴とする、請求項1から8のいずれか1項による方法。
【請求項10】
ペーシング電気刺激(PC)が、圧迫相(CP)の開始から脱圧迫相(DCP)の開始までの期間内に実施されることを特徴とする、請求項1から8のいずれか1項による方法。
【請求項11】
ペーシング電気刺激(PC)が、動的圧迫相(DNCP)の終わりから0.10から0.15秒までの期間内に実施されることを特徴とする、請求項10の方法。
【請求項12】
機械的刺激の頻度は、80サイクル/分から200サイクル/分であることを特徴とする、請求項1から11のいずれか1項による方法。
【請求項13】
患者の胸部の圧迫抵抗を断続的に推定することを含む、請求項1から12のいずれか1項による方法。
【請求項14】
前記推定の結果は、ヒトの胸部に適用される圧迫力の調節に使用されることを特徴とする、請求項13の方法。
【請求項15】
冠状動脈環流陽圧を確立するのに必要な期間は、その前に起きた収縮不全が、例えば10秒から50秒持続する短期の収縮不全であった場合には30秒以上であり、その前に起きた収縮不全が、例えば、2分以上持続する長期の収縮不全であった場合には最大5分以上であることを特徴とする、請求項1の方法。
【請求項16】
電気刺激の実施および循環の再確立後も機械的刺激が継続されることを特徴とする、請求項1から15のいずれか1項による方法。
【請求項17】
電気刺激は除細動によるものであることを特徴とする、請求項1から16のいずれか1項による方法。
【請求項18】
電気刺激はペーシングによるものであることを特徴とする、請求項1から16のいずれか1項による方法。
【請求項19】
ペーシング頻度は、最大80サイクル/分の圧迫/脱圧迫頻度において1分当たり約80ビートであり、圧迫頻度が基本頻度を越えた場合には、ペーシング頻度を圧迫頻度に追随させることを特徴とする、請求項18の方法。
【請求項20】
呼吸ガスは、挿管を通じて供給される場合、周囲温よりも5oC以上低い温度を有することを特徴とする、請求項1から19のいずれか1項による方法。
【請求項21】
前記呼吸ガス温は、周囲温よりも10oC以上低いことを特徴とする、請求項20の方法。
【請求項22】
冷却性の水性スプレー、例えば、冷却生食液が、担体として作用する呼吸ガスを通じて患者に投与されることを特徴とする、請求項1から21のいずれか1項による方法。
【請求項23】
心停止作用を緩和し、および/または、循環の再確立を支援する医薬品が、担体として作用する呼吸ガスおよび/または水性スプレーを介して患者に投与されることを特徴とする、請求項1から22のいずれか1項による方法。
【請求項24】
成人の場合は最低20ml以上の血液、子供の場合はそれに相当する容量の血液が左室に蓄積した場合に、電気刺激の実行を開始することを特徴とする、請求項1の方法。
【請求項25】
機械的圧迫/脱圧迫によって、収縮不全または心室細動時における右心房血液の時間平均容量が50%以上低下した場合に、電気刺激の実行を開始することを特徴とする、請求項1の方法。
【請求項26】
心停止下のヒトを蘇生させる装置であって、心臓を機械的に刺激するための往復手段;心臓を電気刺激するための手段;期間にわたって機械的刺激と電気刺激の実施を制御する手段であって、収縮不全または心室細動時における右心房の時間平均血液容量が50%以上低下した場合、および/または、成人の場合は20ml以上の血液が、子供の場合はそれに相当する容量の血液が左室に蓄積した場合、および/または、冠状環流陽圧、特に、10mmHg,より好ましくは15mmHg、さらに好ましくは25mmHg以上の冠状環流陽圧が得られた場合、電気刺激を実施するように制御する手段;加圧呼吸ガスを前記ヒトの気道に導入するための気管チューブ、または顔面マスク、またはその他の手段、および、蘇生術を受けるヒトに呼吸ガスを供給するための圧縮呼吸ガス供給源であって、気管チューブまたはその他の呼吸ガス導入手段と結合された呼吸ガス供給源、および、該ヒトに供給される呼吸ガス圧を調節する手段、
を含む前記装置。
【請求項27】
圧縮呼吸ガス供給源は、往復手段を駆動するガスを供給するように設計されることを特徴とする請求項26の装置。
【請求項28】
機械的および電気的刺激実施の制御手段は、患者に供給される呼吸ガスの圧を調節するための手段を含むことを特徴とする、請求項26または27の装置。
【請求項29】
蘇生処置を受けるヒトに対して、心停止作用を緩和する、および/または、循環の再確立を支援する医薬品を投与するための投与手段であって、気管チューブまたはその他の呼吸ガス導入手段と結合または一体化され、医薬品を含む水性噴霧またはスプレーを生成することが可能である投与手段を含むことを特徴とする、請求項26から28のいずれか1項による装置。
【請求項30】
心停止下のヒトにおいて循環を再確立するための装置であって、圧縮呼吸ガスの供給源;陽圧下の前記呼吸ガスを前記ヒトの気道に供給するための手段;1分当たり60サイクルから1分当たり200サイクルの頻度で胸郭を反復的に圧迫および脱圧迫することによって、前記ヒトの心臓を機械的に刺激するための空気圧式往復手段;心臓に対してペーシングおよび/または除細動の形で電気刺激を実施するための電気的手段を含み;圧縮呼吸ガスは前記空気圧式往復手段を駆動するのに用いられ、空気圧式往復手段から排出される呼吸ガスは、陽圧下の呼吸ガスを前記ヒトの気道に供給するために用いられることを特徴とする前記装置。
【請求項31】
患者に対して呼吸ガスを供給する手段は、顔面呼吸マスクまたは、患者の気道に挿管するための装置を含むことを特徴とする、請求項30の装置。
【請求項32】
空気圧式往復手段は、患者の胸部に当接するように配置することが可能なパッド、プレート、円板、または類似の要素を含み、電気刺激を実行するための電気手段は、2本の電極、すなわち、患者の胸部に接着され、往復手段のパッド、プレート、円板、または類似要素に隣接して配置され、あるいは、該要素と一体化され、その配置あるいは一体化は、電極が胸部に直面し、パッド、プレート、円板、または類似要素と組み合わさって胸部に当接可能となるようになっている前面電極、および患者の背部に当接可能となるように配置される後部電極を含むことを特徴とする、請求項30または31の装置。
【請求項33】
電気刺激を与える電気手段は、ECG信号分析手段であって、前記電極によって採取され、該ECG分析手段に伝達されるECG信号を分析する手段を含むことを特徴とする、請求項32の装置。
【請求項34】
ペーシング周波数は、機械的圧迫/脱圧迫の頻度に追随するように調節されることを特徴とする、請求項30から33の装置。
【請求項35】
ヒトの気道に供給される呼吸ガスは、空気圧式往復手段の駆動に使用されることを特徴とする、請求項30から34の装置。
【請求項36】
屈曲性プラスチック・ディスポーザブルチューブを含む顔面マスクであって、該チューブは、圧縮呼吸ガスによって駆動される、ヒト救急蘇生用圧迫/脱圧迫往復装置に連結するバルブマニフォールドの下流側に直接的または間接的に接続可能であることを特徴とする、顔面マスク。
【請求項37】
ディスポーザブル気管内チューブであって、圧縮呼吸ガスによって駆動される、ヒト救急蘇生用圧迫/脱圧迫往復装置に連結するバルブマニフォールドの下流側に直接的または間接的に接続が可能な屈曲性プラスチックチューブをその近位端に設けたことを特徴とする、気管内チューブ。
【請求項38】
圧縮呼吸ガスによって駆動される、ヒトの救急蘇生用圧迫/脱圧迫往復装置であって、1分以上、特に5分以上の期間に渡って、前記ヒトの気道に対し、装置の駆動に消費される呼吸ガスの一部を陽圧下に導入するための、取り外し可能な手段を含むことを特徴とする装置。
【請求項39】
前記呼吸ガスは、容量にして少なくとも50%の酸素を含むことを特徴とする、請求項38の装置。
【請求項40】
前記取り外し可能な手段は、顔面マスク、気管内チューブ、または気管外挿管用チューブから選ばれることを特徴とする、請求項38の装置。
【請求項41】
心肺蘇生術の過程においてヒトに対して複数の工程を実施するシステムであって、
該ヒトの心臓に対して機械的刺激を実施するための胸郭圧迫装置、
該心臓に対して電気刺激を実施するためのモジュール、および、
心肺蘇生の過程を通じて心臓に対する機械的および電気的刺激の実施を協調させるためのコントロールユニット
を含む前記システム。
【請求項42】
コントロールユニットは、心肺蘇生術の過程のあいだヒトの心臓の状態を評価するための分析ユニットをさらに含むことを特徴とする、請求項41のシステム。
【請求項43】
分析ユニットは、心電図記録器/分析器であることを特徴とする、請求項42のシステム。
【請求項44】
コントロールユニットは、分析ユニットによって提出される評価に応じて、心肺蘇生術過程における工程を自動的に修正するためのプログラムを含むことを特徴とする、請求項42または43のシステム。
【請求項45】
心肺蘇生術の過程のあいだヒトの肺に加圧呼吸ガスを供給するための手段をさらに含むことを特徴とする、請求項41−44のいずれか1項によるシステム。
【請求項46】
ヒトの肺に加圧呼吸ガスを供給する手段は、ヒト投与用に呼吸ガスを医薬品処理する手段を含むことを特徴とする、請求項41−45のいずれか1項によるシステム。
【請求項47】
胸郭圧迫装置はガスで作動する空気圧式装置であり、かつ、加圧呼吸ガスの供給手段は、該空気圧式装置の作動のために使用されるガスをリサイクルすることを特徴とする、請求項41−46のいずれか1項によるシステム。

【図1a】
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【図1b】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公表番号】特表2006−528903(P2006−528903A)
【公表日】平成18年12月28日(2006.12.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−532179(P2006−532179)
【出願日】平成16年5月11日(2004.5.11)
【国際出願番号】PCT/SE2004/000712
【国際公開番号】WO2004/112683
【国際公開日】平成16年12月29日(2004.12.29)
【出願人】(505418836)ジョライフ エービー (1)
【Fターム(参考)】