心房リモデリング抑制剤
【課題】心房リモデリングによりイオンチャンネルであるKv1.5蛋白が減少して抗不整脈薬が効かなくなる慢性心房細動の予防および治療のための心房リモデリング抑制剤の提供。
【解決手段】心筋におけるKv1.5蛋白を増加させる、低用量のエイコサペンタエン酸を含む心房リモデリング抑制剤であって、エイコサペンタエン酸が患者に経口的に慢性投与されるもので、心房細動から生じる心収縮力低下、血栓や塞栓、あるいは脳卒中などを防止することもできる心房リモデリング抑制剤。
【解決手段】心筋におけるKv1.5蛋白を増加させる、低用量のエイコサペンタエン酸を含む心房リモデリング抑制剤であって、エイコサペンタエン酸が患者に経口的に慢性投与されるもので、心房細動から生じる心収縮力低下、血栓や塞栓、あるいは脳卒中などを防止することもできる心房リモデリング抑制剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は心房リモデリング抑制剤に関する。詳細には、本発明は、心房リモデリングによりイオンチャンネルであるKv1.5蛋白が減少して抗不整脈薬が効かなくなる慢性心房細動の予防および治療のための、エイコサペンタエン酸(EPA)を含む心房リモデリング抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
不整脈は多くのタイプがあり、多種多様な薬剤や治療方法が開発されている。不整脈のなかでも心房細動は60歳代の全人口の1〜2%、70歳代の全人口の5〜7%、80歳代の全人口の10%に発症し、発症から10年以内に約50%の患者が、慢性的に抗不整脈薬が効かない心房細動(薬剤不応性心房細動)に移行する。その原因は、心房リモデリングによる電位依存性カリウムチャンネルKv1.5蛋白(6回膜貫通型の蛋白である)の減少である(非特許文献1)。上述のような薬剤不応性心房細動ではKv1.5チャンネル蛋白が減少しているために、単にチャンネルの活性を上昇させるのでは効果が無く、Kv1.5チャンネル蛋白そのものを根本的に増加させる技術が必要である。
【0003】
心房リモデリングにより生じる慢性的な薬剤不応性心房細動に対する典型的な処置としては、ワーファリンのような抗凝固薬を投与して、不整脈に起因する脳卒中を予防することであるが、これは不整脈自体の根本的な処置ではない。そのうえ、抗凝固薬で処置を継続している場合には、青物野菜や納豆などのビタミンKを含む食品の摂取を控えなくてはならず、患者への負担も大きい。
【0004】
Kv1.5蛋白のような機能性蛋白を増加させる薬剤の概念として化学シャペロンがある。化学シャペロンは小胞体での蛋白プロセッシング過程に作用して蛋白を持続的に安定化させるものである。しかし、これまでに種々の化学シャペロンが報告されているが人に使用できる有効なものは明らかにされていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Varro A et al. Curr Med Chem 2004;11:1-11
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
したがって、心房リモデリングを抑制することによりKv1.5チャンネル蛋白を増加させ、あるいはその減少を抑制する薬剤、特に化学シャペロンを開発して、心房細動、特に薬剤不応性心房細動の予防および治療に資することが必要である。しかも、安全で、副作用の問題がない薬剤が望まれている。かかる必要性を満たすことが本発明の課題である。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記課題を解決せんと鋭意研究を重ね、特定の用量でしかも低用量のEPAを慢性投与すると、EPAが化学シャペロン作用を発揮して心房リモデリングを抑制し、Kv1.5蛋白を増加させることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、心房リモデリング抑制剤が提供され、従来治療不可能であった薬剤不応性心房細動を治療および予防することができる。具体的には、安全性の高い物質であるEPAを低用量で慢性的に経口投与することによりKv1.5蛋白が増加し、あるいはKv1.5蛋白の減少が抑制され、心房リモデリングが抑制される。したがって、本発明は、患者に対して安全性が高く効果的な慢性心房細動の予防および治療に資するものである。かかる予防および治療に伴って、心房細動から生じる心収縮力低下、血栓や塞栓、あるいは脳卒中などを防止することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】図1は、病気のない心臓および不整脈(心房細動)のある心臓の心筋におけるKv1.5蛋白およびアクチンの量を調べた結果を示す図である。上パネルは心筋のKv1.5蛋白量およびアクチン量を調べた結果である。S1〜S4は正常対象、Af1〜Af4は不整脈を有する患者のサンプルである。下パネルは正常(洞調律)および不整脈(僧帽弁膜疾患合併心房細動)の心筋におけるKv1.5蛋白の相対量を調べた結果を示す図である。
【図2】図2は、EPAの急性効果をパッチクランプ法にて調べた結果を示す図である。図2aは、EPAならびにDHA(いずれも50μM)による、IKurのピーク電流と脱分極パルス中の電流をパッチクランプ法にて調べた結果である。図2bは、EPAならびにDHA(いずれも50μM)の、IKur電流−電圧関係に及ぼす効果を示す。図2cは、EPAの用量反応曲線である。controlはEPAあるいはDHAを添加しなかったことを意味する。
【図3】図3は、高濃度のEPAおよびDHAのKv1.5蛋白量に対する慢性効果を調べた結果を示す図である。左パネルはEPA、左パネルはDHAの場合の結果である。正規化Kv1.5−FLAG蛋白量はウェスタンブロットで分析後にデンシトメトリーにより算出した。
【図4】図4は、低濃度のEPAおよびDHAのKv1.5蛋白量のKv1.5蛋白量に対する慢性効果を調べた結果を示す図である。
【図5】図5は、シクロヘキシミド存在下における低濃度のEPAによるKv1.5蛋白の安定化を調べた結果を示す図である。上パネルは細胞中のKv1.5蛋白量を経時的(0時間後、3時間後、6時間後、12時間後)に調べたものである。下パネルは細胞中のKv1.5タンパク量を経時的に定量し、プロットしたものである。横軸は反応時間(時)、縦軸はKv1.5の蛋白量を示す。vechicleはEPAでの前処理なしを意味する。白四角は1μMのEPAでの前処理なし、黒四角は1μMのEPAでの前処理ありの場合を示す。
【図6】図6は、低濃度EPAによるKv1.5蛋白の安定化の局在性を示す、共焦点レーザー顕微鏡での観察結果である。左パネルは、ER(小胞体)での結果を示す。右パネルはGolgi(ゴルジ体)での結果を示す。VechicleはEPAを投与しなかった系である。
【図7】図7は、低濃度EPAによるKv1.5蛋白の安定化の結果、細胞膜表面のKv1.5蛋白が経時的に増加したことを示す、共焦点レーザー顕微鏡での観察結果である。上段は、EPA非存在下での結果を示す。下段は、1μMのEPAを投与した場合の結果である。上段、下段とも、左から、12時間後のKv1.5蛋白の局在、12時間後の細胞膜マーカーの局在、12時間後のKv1.5蛋白と細胞膜マーカーの局在を示す。
【図8】図8は、低濃度EPAによる、ゴルジ体(a)、小胞体(b)および細胞膜表面(c)におけるKv1.5蛋白の増加効果を示すグラフである。Kv1.5蛋白量は各パネルの縦軸に示す蛋白に対する密度の比で示す。Golgi−EYFPはゴルジ体のマーカー、ER−EYFPは小胞体のマーカー、AcGFP−Memは細胞膜のマーカーである。VechicleはEPA未処理群である。*はP<0.05であることを示す。
【図9】図9は、低濃度のEPAのKv1.5蛋白活性に対する慢性効果を示す図である。上パネルは、EPA添加および対照(EPA無添加)による、IKurのピーク電流と脱分極パルス中の電流をパッチクランプ法にて調べた結果である。下パネルは、EPAの、IKur電流−電圧関係に及ぼす効果を示す。controlはEPA未処理群である。
【図10】図10は、低用量のEPAおよびDHAのKv1.5蛋白量をラットに内服させた場合の心房筋のKv1.5蛋白およびアクチン量をウェスタンブロットにて調べた結果を示す。Vechicle群はEPAを内服していないラットである。
【図11】図11は、魚油のKv1.5蛋白量に及ぼす影響を調べた結果を示すウェスタンブロットである。
【図12】図12は、低濃度のEPAがSAP97蛋白を増加させることによりKv1.5蛋白を増加させることを示すウェスタンブロットである。図12Aは、培養COS7細胞に内在性に存在するSAP97蛋白の発現を抗PSD95抗体を用いたウェスタンブロットにより検出した結果を示す。図12Bは、SAP97遺伝子を導入したCOS7細胞に発現したSAP97蛋白の発現を抗PSD95抗体を用いたウェスタンブロットにより検出した結果を示す。図12Cは、Kv1.5遺伝子とSAP97遺伝子を共に遺伝子導入したCOS7細胞に発現したKv1.5蛋白とSAP97蛋白の発現を抗FLAG抗体と抗PSD95抗体を用いたウェスタンブロットにより検出した結果を示す。
【図13】図13は、高濃度(60mg/kg)のEPAをラット(n=3)に経口摂取させ、48時間後にラット心房筋を摘出してそのKv1.5蛋白量およびアクチン量をウェスタンブロットにより確認した結果を示す。
【図14】図14は、アプリジン60mgを投与したが心房細動が持続した症例に、EPAを200mg追加投与した場合の効果を示す心電図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
Kv1.5、蛋白の減少が心房細動、特に薬剤不応性心房細動の原因であることはわかっていたが、これまで根本的な予防および治療手段がなかった。しかも上述のごとく、このタイプの不整脈の患者数は多い。しかも、人種や地域を問わず同様の頻度で、このタイプの不整脈が発症する。かかる状況下において、本発明者らは、EPAを低用量で慢性投与した場合に、小胞体やゴルジ体でEPAの効果が発揮されることによりKv1.5蛋白が安定化され、細胞膜表面のKv1.5が増加することを見出した。したがって、本発明は、1の態様において、心筋におけるKv1.5蛋白を増加あるいはKv1.5蛋白の減少を抑制する心房リモデリング抑制剤であって、低用量のエイコサペンタエン酸(EPA)を含み、EPAが患者に経口的に慢性投与されるものである、心房リモデリング抑制剤を提供する。
【0011】
このようなEPAのシャペロンとしての効果、すなわち、低用量で経口的に慢性投与されるEPAのKv1.5蛋白減少防止効果および増加効果は、本発明者らが初めて見出したものである。
【0012】
本発明において、患者は心房リモデリングによってKv1.5蛋白が減少した者、および心房リモデリングによってKv1.5蛋白が減少するおそれのある者の両方を包含する。さらに、本明細書において患者とは、ヒトはもちろん、他の哺乳動物も包含する。例えば、イヌ、ネコなどのペット、家畜なども患者に包含されるが、本明細書において特に断らないかぎり、患者はヒト患者である。
【0013】
本発明の心房リモデリング抑制剤の有効成分はEPAである。本発明の心房リモデリング抑制剤の特徴は低用量のEPAを含有することであり、しかも、EPAが慢性的に投与されることである。低用量のEPAとは、患者血中EPA濃度(自然摂取の場合には約120μMは通常レベルである)を約120μM〜約800μM増加させる量のEPAである。好ましい低用量のEPAは、患者血中EPA濃度を約120μM〜約500μM増加させる量のEPAである。血中EPA濃度の上昇幅濃度が上記範囲に維持されるように、本発明のリモデリング抑制剤を慢性的に投与することができる。
【0014】
例えば、患者血中EPA濃度を約120μM〜約800μM増加させるEPA経口用量は、患者にもよるが、通常、1回分の投与量として、患者体重1kgあたり約3mg〜45mgである。また例えば、患者血中EPA濃度を約120μM〜約500μM増加させるEPA経口用量は、患者にもよるが、通常、1回分の投与量として、患者体重1kgあたり約3mg〜約30mgである。かかる量のEPAを含む本発明の心房リモデリング抑制剤を患者に慢性投与することができる。これらのEPA経口用量は、常套的な検査方法にて患者血中EPA濃度を測定することにより、容易に決定することができる。なお、このような検査の際には、EPA摂取前後で患者に同様あるいは同一の食事を与えることが好ましい。
【0015】
本発明の心房リモデリング抑制剤の有効成分はEPAであり、主に魚油に含まれている安全性の高い物質である。しかしながら、EPAを含む食品を摂取することによってEPAを摂取したのでは、食品に含まれるDHAなどの不純物によって所望のEPAの効果が得られない。実施例5に示したように、DHAを含む魚油を投与した場合、DHAがKv1.5蛋白を減少させるのでEPAの効果が相殺される。したがって、食品からではなく、なるべく純度の高いEPAを経口投与によって患者に摂取させることが必要である。本発明の心房リモデリング抑制剤に用いるEPAの純度は、好ましくは約90%以上、より好ましくは約95%以上、さらに好ましくは99%以上であり、最も好ましくは、本発明の心房リモデリング抑制剤に用いるEPAはDHA等の他の成分が検出されないものである。したがって、好ましい本発明の心房リモデリング抑制剤としてはDHAを含まないものが挙げられる。本発明の心房リモデリング抑制剤がDHAを含まないとは、ガスクロマトグラフ法などの通常用いられる分析手段にて本発明の心房リモデリング抑制剤において検出されないことを意味する。
【0016】
慢性投与とは、医学および薬学分野で通常に使用される意味に解される。すなわち、慢性投与とは、投与後一定時間(例えば12時間またはそれ以上)を経過した時点で所望の効果が現れるような投与を意味する。本発明の心房リモデリング抑制剤を約半日〜約2日に1回の割合にて、例えば1日1回の割合にて、数日、数週間、数ヶ月、数年あるいはそれ以上にわたって慢性的に投与することにより効果を発揮しうる。
【0017】
本発明の心房リモデリング抑制剤の剤形は、経口投与に用いられるものであればいずれの剤形であってもよく、例えば、錠剤、顆粒、粉末などの固形の剤形、溶液、懸濁液などの液体の剤形、あるいは練り物のような半固形の剤形であってもよい。これらの経口投与用の剤形の製造には、製薬分野でよく知られた担体または賦形剤を用いることができる。
【0018】
本発明の心房リモデリング抑制剤の患者における効果は、患者心筋のKv1.5蛋白が増加したかどうか、あるいはその減少が抑制されたかどうかを調べることにより確認することができる。このような確認は、当業者に公知の手段・方法、例えば、通常使用される抗不整脈薬の効果が改善または増強することを、例えば心電図などで確認することによって行うことができる。
【0019】
本発明の心房リモデリング抑制剤の効果は、EPAが心筋細胞中の小胞体やゴルジ体で作用してKv1.5蛋白を安定化させて分解を防止し、その結果、心筋細胞膜表面のKv1.5蛋白が増加することにより発揮される。未だ心房リモデリングが起こっていない患者に本発明の心房リモデリング抑制剤を慢性投与することにより、心筋におけるKv1.5蛋白の減少が抑制され、あるいはKv1.5蛋白が増加し、心房細動、特に薬剤不応性心房細動が予防される。かかる予防的使用において、患者は約60歳以上の者であってもよい。また、心房リモデリングによりKv1.5蛋白が減少し、心房細動、特に薬剤不応性心房細動を発症している患者に本発明の心房リモデリング抑制剤を慢性投与することにより、心筋におけるKv1.5蛋白が増加することにより、心房リモデリングが抑制される。このようにして本発明の心房リモデリング抑制剤によりKv1.5蛋白が増加すれば抗不整脈薬が効く状態となり、抗不整脈薬を投与することにより心房細動、特に薬剤不応性心房細動を治療することができる。
【0020】
このように、本発明の心房リモデリング抑制剤を、他のリモデリング治療薬または予防薬(例えば、アンジオテンシン受容体拮抗薬など)や不整脈治療薬または予防薬(例えば、アプリンジンなどの第一群抗不整脈薬など)と組み合わせて用いることができる。組合せはいずれの様式であってもよい。好ましくは上述のように、慢性投与によりKv1.5蛋白量が増加した時点で不整脈治療薬を投与し、薬剤不応性心房細動を効果的に治療することができる。
【0021】
また本発明は、低用量のEPAを含み、慢性的に患者に摂取されるサプリメントであって、Kv1.5蛋白を増加させることにより心房モデリングを抑制するサプリメントを提供する。該サプリメントは錠剤、カプセル、ドリンクなどの剤形とすることができる。該サプリメントに関し、EPAの用量に関する説明のほか、上記説明があてはまる。
【0022】
本発明は、もう1つの態様において、心筋におけるKv1.5蛋白を増加させることによる心房リモデリングの抑制方法であって、EPAを低用量で慢性的に患者に投与することを特徴とする、心房リモデリングの抑制方法を提供する。EPAの用量に関する説明のほか、上記説明は本発明の心房リモデリングの抑制方法にもあてはまる。さらに、上記の本発明の心房リモデリングの抑制方法において、他のリモデリング治療薬または予防薬あるいは不整脈治療薬または予防薬を組み合わせて用いてもよい。
【0023】
本発明は、さらにもう1つの態様において、心筋におけるKv1.5蛋白を増加させる心房リモデリング抑制用医薬であって、低用量のエイコサペンタエン酸(EPA)を含み、EPAが患者に経口的に慢性投与されるものである医薬の製造における、EPAの使用を提供する。本発明は、さらにもう1つの態様において、心筋におけるKv1.5蛋白を増加させて心房リモデリングを抑制するために低用量で慢性投与されるEPAに関する。EPAの用量に関する説明のほか、上記説明はこれらの発明にもあてはまる。さらに、上記の本発明のEPAの使用において、他のリモデリング治療薬または予防薬あるいは不整脈治療薬または予防薬を組み合わせて用いてもよい。
【0024】
以下に実施例を示して本発明をさらに詳細かつ具体的に説明するが、実施例はあくまでも例示説明であり、本発明を限定するものと解してはならない。
【0025】
なお、実施例2〜4における一般的実験手法は以下のとおりである。COS細胞にFLAGのepitope−tagをN末端につけたFLAG−Kv1.5を発現させ、Western blot、免疫沈降、免疫組織染色、共焦点レーザー顕微鏡、パッチクランプ法を用いてEPAの作用を膜蛋白Kv1.5チャンネルの安定化作用に関して検討した。
【実施例1】
【0026】
実施例1:心房細動患者と正常対象の心筋におけるKv1.5蛋白量の比較
ヒト心房細動患者(4人、Af1〜Af4)および正常な心臓を有する洞調率ヒト対象(S1〜S4)の心筋のKv1.5蛋白およびアクチンの量を比較した。実験は、同意を得た開心術手術を受けた心房細動を有する患者と有さない患者心房筋を摘出し蛋白を抽出してKv1.5とアクチンに対する抗体を使用してその発現量を、Western blot法を用いて測定した。
図1の上パネルに示すように、病気のない心臓ではKv1.5およびアクチンともに十分量が存在していた。しかし、不整脈(心房細動)のある心臓ではアクチンの量は正常対象の心臓と変わらないのに対し、Kv1.5の量が極めて少ないか、あるいは検出不可能なレベルであった。
【0027】
さらに正常な心臓(洞調律)を有する対象7人および僧帽弁膜疾患合併心房細動を有する患者7人の心臓におけるKv1.5蛋白の相対量を比較した。実験は、Western blot法を用いて測定したそれぞれの蛋白の発現量をデンシトメーターを用いて定量化してグラフに表した。
図1の下パネルに示すように、僧帽弁膜疾患合併心房細動を有する患者の心臓におけるKv1.5蛋白は正常な心臓の3分の1以下であった。
これらの結果から、心房細動の心臓ではKv1.5蛋白が減少あるいは消失していることが判明した。したがって、Kv1.5蛋白を増加させること、あるいはKv1.5蛋白の減少を抑制することが心房細動の予防および治療のために必要であることがわかった。
【実施例2】
【0028】
実施例2:Kv1.5蛋白を安定化させるEPA濃度の検討
COS細胞にKv1.5を発現させた系での高濃度(50μM)のEPAならびにDHAのKv1.5電流(IKur)におよぼす急性効果を調べた。実験は、Kv1.5チャンネルの遺伝子(Roberds, S.L. and Tamkun, M.M. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 88(5), 1798-1802 (1991))を培養COS細胞にリポフェクタミン法を用いて導入し、その発現したKv1.5電流(IKur)をパッチクランプ法により測定した(Kato M et al., Biochem Biophys Res Commun. 2005 Nov 11; 337(1):343-8)。なお、以下の実施例におけるCOS細胞へのKv1.5チャンネルの遺伝子の導入はこの方法にて行った。
図2aに示すように、EPAならびにDHA(いずれも50μM)はIKurのピーク電流と脱分極パルス中の電流の減少を引き起こすことが確認された。図2bはEPAならびにDHA(いずれも50μM)の、IKur電流−電圧関係に及ぼす効果を示す。0mVより脱分極側でIKurの電流が抑制されることがわかった。EPAの用量反応曲線を図2cに示す。EPAはKd値が30μMでIKur電流を抑制することがわかった。
【0029】
次に、EPAならびにDHAをCOS細胞に12時間作用させたときのKv1.5蛋白に対する濃度依存的な慢性作用を検討した。実験は、COS細胞にKv1.5を遺伝子導入により発現させ、特定の濃度のEPAならびにDHAを12時間作用させた後、蛋白を抽出してKv1.5とアクチンに対する抗体を使用してその発現量を、Western blot法を用いて測定した。
図3に結果を示す。EPAは慢性投与(12時間作用)した場合、10μMでは有意にKv1.5蛋白を増加させるが30μM以上ではKv1.5蛋白を減少させることがわかった。一方、DHAは用量依存性にKv1.5蛋白量を減少させることがわかった。
【実施例3】
【0030】
実施例3:低濃度のKv1.5蛋白の慢性効果
COS細胞にKv1.5を発現させた系において、低濃度のEPAを12時間作用(慢性投与)させたときのKv1.5蛋白に対する濃度依存的な作用を検討した。実験は、COS細胞にKv1.5を遺伝子導入により発現させ、特定の濃度のEPAならびにDHAを12時間作用させた後、蛋白を抽出してKv1.5とアクチンに対する抗体を使用してその発現量を、Western blot法を用いて測定した。
結果を図4に示す。0.1μM〜20μMのEPAの慢性投与によりKv1.5蛋白が増加することがわかった。EPA濃度を上昇させる好ましいEPA濃度は0.3μM〜10μMであった。上記のような濃度範囲のDHAでは、Kv1.5蛋白の増加効果は見られなかった。
【0031】
次に、1μMのEPAをCOS7細胞に慢性的に前投与し、Kv1.5蛋白を発現させその後シクロヘキシミド(濃度60mg/dl)で処理して、一度合成されたKv1.5蛋白が分解される過程を観察した。実験は、COS細胞にKv1.5を遺伝子導入により発現させ、Kv1.5蛋白の分解速度を測定するためにサイクロフォスファミドにより蛋白合成を遮断し、時間経過中のKv1.5蛋白量の減少速度をEPA添加群と非添加群でWestern blot法により測定した。
VehicleはEPA無添加系である。結果を図5に示す。図5上パネルおよび下パネルに示すように、Vehicleに比べて1μMのEPAを慢性的に前投与するとKv1.5蛋白の時間依存的な減少が遅延することがわかった。図5下パネルにKv1.5蛋白の減衰過程を示すが、低用量のEPAによる処理で減衰時定数が増加し蛋白分解が遅延することがわかった。
【実施例4】
【0032】
実施例4:EPAをCOS細胞に慢性投与した場合のKv1.5蛋白の細胞内局在および量の検討
COS細胞にKv1.5と細胞小器官マーカーを発現させた系を用いてKv1.5蛋白の細胞内局在とその蛋白量を定量化した。実験は、COS細胞にKv1.5を遺伝子導入により発現させ、EPA添加群と非添加群で抗体により細胞内ならびに細胞膜のKv1.5蛋白を染色し、その様子を共焦点レーザー顕微鏡で観察した。さらに細胞小器官のマーカーとの比較を行うことでKv1.5蛋白の細胞内での局在を定量化した。
図6および図7は共焦点レーザー顕微鏡での観察結果を示す。
次に、COS細胞にKv1.5を遺伝子導入により発現させ、EPA添加群と非添加群で抗体により細胞内ならびに細胞膜のKv1.5蛋白を染色し、その様子を共焦点レーザー顕微鏡で観察した。さらに細胞小器官のマーカーとの比較を行うことでKv1.5蛋白の細胞内での局在を定量化した。
図6左パネルではKv1.5蛋白はERマーカーと共発現し、1μM EPA処理でそのシグナルは増加した。図6右パネルではKv1.5蛋白はゴルジマーカーと共発現し、1μM EPAの処理によりそのシグナルは増加した。これらの結果より、低濃度EPAによるKv1.5蛋白の安定化は小胞体やゴルジ体で発揮されることがわかった。図7の上段からわかるように、Kv1.5蛋白は細胞膜マーカーとはほとんど共局在していなかったが、図7の下段に示すように、EPAを1μM投与するとKv1.5蛋白が細胞膜で経時的に増加した。図8はEPA(1μM)未処理群と処理群でそれぞれの細胞内局在を定量的に比較したものである。EPAは小胞体、ゴルジ、細胞膜でのKv1.5蛋白の局在を有意に増加させた。以上より、低濃度のEPAにより小胞体やゴルジ体においてKv1.5蛋白が安定化され、その結果、細胞膜表面のKv1.5蛋白量が増加することがわかった。
【0033】
次に、低用量(1μM)のEPAの慢性投与が細胞膜のチャンネル活性を増加させるかどうか検討した。実験は、COS細胞にKv1.5を遺伝子導入により発現させ、EPA添加群と非添加群で抗体により細胞内ならびに細胞膜のKv1.5蛋白を染色し、その様子を共焦点レーザー顕微鏡で観察した。さらに細胞小器官のマーカーとの比較を行うことでKv1.5蛋白の細胞内での局在を定量化した。
図9の上パネルに示すようにパッチクランプ法により細胞膜でのKv1.5チャンネルの活性であるIKur電流を観察すると1μM EPAの慢性投与により各電位でのIKur電流が有意に増加したことが確認された。図9の下パネルに示すように、電位が0mVから+80mVの範囲で1μM EPAの慢性投与によりIKur電流が有意に増加した。これらの結果から、低用量のEPAの慢性投与がKv1.5蛋白をER(小胞体)で安定化させ、その後にゴルジ体を経て細胞膜への輸送を促進することで機能的なIKurを増加させることが明らかとなった。
【実施例5】
【0034】
実施例5:インビボでのEPAのKv1.5蛋白増加作用と魚油の作用との比較
体重1kgあたり30mg(30mg/kg)のEPAをラット(n=3/群)に経口摂取させ、48時間後にラット心房筋を摘出してそのKv1.5蛋白の増加をウェスタンブロットにより確認した。30mg/kgのEPAの経口摂取により、ラット血中EPA濃度は摂取前よりも500μM増加した。30mg/kgのEPAはin vivoにおいて慢性効果としてKv1.5蛋白を安定化し増加できることが判明した(図10)。一方、EPAはアクチン量に対しては影響しなかった。
【0035】
同様の効果が魚油の経口摂取で再現できるかを検討した。実験は、COS細胞にKv1.5を遺伝子導入により発現させ、0.01%のエタノールにそれぞれの濃度の魚油を12時間作用させた後、蛋白を抽出してKv1.5とアクチンに対する抗体を使用してその発現量を、Western blot法を用いて測定した。実験に用いた魚油の濃度は培養液中0%(図11ではCと表示)、0.1%および0.2%であった。
図11に示すようにサバやシルバの魚油ではEPAのKv1.5蛋白増加作用を再現できなかった。その理由として、サバやシルバの魚油に含まれるDHAがEPAの効果を相殺するためと考えられた。以上の結果から魚の摂取でKv1.5蛋白の増加を期待することはできず、EPAの純度の高いもの(最も好ましくは、少なくともDHAが存在しないもの)を摂取する必要があると考えられる。
【実施例6】
【0036】
実施例6:EPAによる心筋におけるKv1.5蛋白の増加
SAP97はPDZドメインを持ったタンパク質でイオンチャンネルを細胞膜に固定するのみならず、細胞内のシグナルをイオンチャンネルに伝達する作用や受容体からのシグナル伝達の役割を担っている。SAP97はシャペロンとしてKv1.5に作用することが知られている。
そこで、低濃度のEPAがSAP97蛋白を増加させることによりKv1.5蛋白を増加させるかどうかについて、ウェスタンブロットを用いて調べた。実験は、SAP97蛋白が内在性に存在するCOS7細胞、SAP97遺伝子を導入したCOS7細胞、およびKv1.5遺伝子とSAP97遺伝子を共に導入したCOS7細胞をDMEM培地(10%牛胎児血清添加)中0μM、1μM、10μM、30μM、100μMおよび300μMのEPA存在下で培養し、12時間後に抗PSD95抗体および抗FLAG抗体を用いて、それぞれKv1.5蛋白およびSAP97蛋白量を調べた。
結果
図12Aに示すように、SAP97蛋白が内在性に存在する培養COS7細胞において、EPA 10μMまではSAP97蛋白が増加したが、それ以上のEPA濃度ではSAP97蛋白が減少した。
図12Bに示すように、SAP97遺伝子を導入した培養COS7細胞において、EPA 10μMまではSAP97が増加したが、それ以上のEPA濃度ではSAP97蛋白が減少した。
図12Cに示すように、Kv1.5遺伝子とSAP97遺伝子を共に導入した培養COS7細胞において、EPA 10μMまではKv1.5とSAP97蛋白が増加したが、それ以上のEPA濃度ではKv1.5、SAP97蛋白がともに減少した。
【実施例7】
【0037】
実施例7:高濃度EPAによってはKv1.5蛋白は増加しない
体重1kgあたり90mg(90mg/kg)のEPAをラット(n=3/群)に経口摂取させ、48時間後にラト心房筋を摘出してそのKv1.5蛋白の増加をウェスタンブロットにより調べた。EPAを蒸留水で溶解し、ゾンデを用いてラットの胃内に経口的に投与した。
90mg/kgのEPAの経口摂取により、ラット血中EPA濃度は摂取前よりの1000μM増加した。しかし、90mg/kgのEPAはインビボにおいて慢性効果としてKv1.5蛋白に対して影響しなかった(図12)。
【実施例8】
【0038】
実施例8:ヒト心房細動患者への本発明のEPAの適用
アプリンジン60mgを投与したが心房細動が持続した症例に、EPAを200mg(4mg/kg)追加投与することにより、図13の心電図に示すように心房細動の波形が正常洞調律の波形に変化した。この結果は、薬剤不応性心房細動の患者に、抗不整脈薬と組み合わせて本発明のEPAを含むリモデリング剤を投与することにより、薬剤不応性不整脈を治療できることを示すものである。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明は、不整脈治療薬の開発および製造の分野ならびに不整脈研究試薬の開発および製造などの分野において利用可能である。
【技術分野】
【0001】
本発明は心房リモデリング抑制剤に関する。詳細には、本発明は、心房リモデリングによりイオンチャンネルであるKv1.5蛋白が減少して抗不整脈薬が効かなくなる慢性心房細動の予防および治療のための、エイコサペンタエン酸(EPA)を含む心房リモデリング抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
不整脈は多くのタイプがあり、多種多様な薬剤や治療方法が開発されている。不整脈のなかでも心房細動は60歳代の全人口の1〜2%、70歳代の全人口の5〜7%、80歳代の全人口の10%に発症し、発症から10年以内に約50%の患者が、慢性的に抗不整脈薬が効かない心房細動(薬剤不応性心房細動)に移行する。その原因は、心房リモデリングによる電位依存性カリウムチャンネルKv1.5蛋白(6回膜貫通型の蛋白である)の減少である(非特許文献1)。上述のような薬剤不応性心房細動ではKv1.5チャンネル蛋白が減少しているために、単にチャンネルの活性を上昇させるのでは効果が無く、Kv1.5チャンネル蛋白そのものを根本的に増加させる技術が必要である。
【0003】
心房リモデリングにより生じる慢性的な薬剤不応性心房細動に対する典型的な処置としては、ワーファリンのような抗凝固薬を投与して、不整脈に起因する脳卒中を予防することであるが、これは不整脈自体の根本的な処置ではない。そのうえ、抗凝固薬で処置を継続している場合には、青物野菜や納豆などのビタミンKを含む食品の摂取を控えなくてはならず、患者への負担も大きい。
【0004】
Kv1.5蛋白のような機能性蛋白を増加させる薬剤の概念として化学シャペロンがある。化学シャペロンは小胞体での蛋白プロセッシング過程に作用して蛋白を持続的に安定化させるものである。しかし、これまでに種々の化学シャペロンが報告されているが人に使用できる有効なものは明らかにされていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Varro A et al. Curr Med Chem 2004;11:1-11
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
したがって、心房リモデリングを抑制することによりKv1.5チャンネル蛋白を増加させ、あるいはその減少を抑制する薬剤、特に化学シャペロンを開発して、心房細動、特に薬剤不応性心房細動の予防および治療に資することが必要である。しかも、安全で、副作用の問題がない薬剤が望まれている。かかる必要性を満たすことが本発明の課題である。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記課題を解決せんと鋭意研究を重ね、特定の用量でしかも低用量のEPAを慢性投与すると、EPAが化学シャペロン作用を発揮して心房リモデリングを抑制し、Kv1.5蛋白を増加させることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、心房リモデリング抑制剤が提供され、従来治療不可能であった薬剤不応性心房細動を治療および予防することができる。具体的には、安全性の高い物質であるEPAを低用量で慢性的に経口投与することによりKv1.5蛋白が増加し、あるいはKv1.5蛋白の減少が抑制され、心房リモデリングが抑制される。したがって、本発明は、患者に対して安全性が高く効果的な慢性心房細動の予防および治療に資するものである。かかる予防および治療に伴って、心房細動から生じる心収縮力低下、血栓や塞栓、あるいは脳卒中などを防止することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】図1は、病気のない心臓および不整脈(心房細動)のある心臓の心筋におけるKv1.5蛋白およびアクチンの量を調べた結果を示す図である。上パネルは心筋のKv1.5蛋白量およびアクチン量を調べた結果である。S1〜S4は正常対象、Af1〜Af4は不整脈を有する患者のサンプルである。下パネルは正常(洞調律)および不整脈(僧帽弁膜疾患合併心房細動)の心筋におけるKv1.5蛋白の相対量を調べた結果を示す図である。
【図2】図2は、EPAの急性効果をパッチクランプ法にて調べた結果を示す図である。図2aは、EPAならびにDHA(いずれも50μM)による、IKurのピーク電流と脱分極パルス中の電流をパッチクランプ法にて調べた結果である。図2bは、EPAならびにDHA(いずれも50μM)の、IKur電流−電圧関係に及ぼす効果を示す。図2cは、EPAの用量反応曲線である。controlはEPAあるいはDHAを添加しなかったことを意味する。
【図3】図3は、高濃度のEPAおよびDHAのKv1.5蛋白量に対する慢性効果を調べた結果を示す図である。左パネルはEPA、左パネルはDHAの場合の結果である。正規化Kv1.5−FLAG蛋白量はウェスタンブロットで分析後にデンシトメトリーにより算出した。
【図4】図4は、低濃度のEPAおよびDHAのKv1.5蛋白量のKv1.5蛋白量に対する慢性効果を調べた結果を示す図である。
【図5】図5は、シクロヘキシミド存在下における低濃度のEPAによるKv1.5蛋白の安定化を調べた結果を示す図である。上パネルは細胞中のKv1.5蛋白量を経時的(0時間後、3時間後、6時間後、12時間後)に調べたものである。下パネルは細胞中のKv1.5タンパク量を経時的に定量し、プロットしたものである。横軸は反応時間(時)、縦軸はKv1.5の蛋白量を示す。vechicleはEPAでの前処理なしを意味する。白四角は1μMのEPAでの前処理なし、黒四角は1μMのEPAでの前処理ありの場合を示す。
【図6】図6は、低濃度EPAによるKv1.5蛋白の安定化の局在性を示す、共焦点レーザー顕微鏡での観察結果である。左パネルは、ER(小胞体)での結果を示す。右パネルはGolgi(ゴルジ体)での結果を示す。VechicleはEPAを投与しなかった系である。
【図7】図7は、低濃度EPAによるKv1.5蛋白の安定化の結果、細胞膜表面のKv1.5蛋白が経時的に増加したことを示す、共焦点レーザー顕微鏡での観察結果である。上段は、EPA非存在下での結果を示す。下段は、1μMのEPAを投与した場合の結果である。上段、下段とも、左から、12時間後のKv1.5蛋白の局在、12時間後の細胞膜マーカーの局在、12時間後のKv1.5蛋白と細胞膜マーカーの局在を示す。
【図8】図8は、低濃度EPAによる、ゴルジ体(a)、小胞体(b)および細胞膜表面(c)におけるKv1.5蛋白の増加効果を示すグラフである。Kv1.5蛋白量は各パネルの縦軸に示す蛋白に対する密度の比で示す。Golgi−EYFPはゴルジ体のマーカー、ER−EYFPは小胞体のマーカー、AcGFP−Memは細胞膜のマーカーである。VechicleはEPA未処理群である。*はP<0.05であることを示す。
【図9】図9は、低濃度のEPAのKv1.5蛋白活性に対する慢性効果を示す図である。上パネルは、EPA添加および対照(EPA無添加)による、IKurのピーク電流と脱分極パルス中の電流をパッチクランプ法にて調べた結果である。下パネルは、EPAの、IKur電流−電圧関係に及ぼす効果を示す。controlはEPA未処理群である。
【図10】図10は、低用量のEPAおよびDHAのKv1.5蛋白量をラットに内服させた場合の心房筋のKv1.5蛋白およびアクチン量をウェスタンブロットにて調べた結果を示す。Vechicle群はEPAを内服していないラットである。
【図11】図11は、魚油のKv1.5蛋白量に及ぼす影響を調べた結果を示すウェスタンブロットである。
【図12】図12は、低濃度のEPAがSAP97蛋白を増加させることによりKv1.5蛋白を増加させることを示すウェスタンブロットである。図12Aは、培養COS7細胞に内在性に存在するSAP97蛋白の発現を抗PSD95抗体を用いたウェスタンブロットにより検出した結果を示す。図12Bは、SAP97遺伝子を導入したCOS7細胞に発現したSAP97蛋白の発現を抗PSD95抗体を用いたウェスタンブロットにより検出した結果を示す。図12Cは、Kv1.5遺伝子とSAP97遺伝子を共に遺伝子導入したCOS7細胞に発現したKv1.5蛋白とSAP97蛋白の発現を抗FLAG抗体と抗PSD95抗体を用いたウェスタンブロットにより検出した結果を示す。
【図13】図13は、高濃度(60mg/kg)のEPAをラット(n=3)に経口摂取させ、48時間後にラット心房筋を摘出してそのKv1.5蛋白量およびアクチン量をウェスタンブロットにより確認した結果を示す。
【図14】図14は、アプリジン60mgを投与したが心房細動が持続した症例に、EPAを200mg追加投与した場合の効果を示す心電図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
Kv1.5、蛋白の減少が心房細動、特に薬剤不応性心房細動の原因であることはわかっていたが、これまで根本的な予防および治療手段がなかった。しかも上述のごとく、このタイプの不整脈の患者数は多い。しかも、人種や地域を問わず同様の頻度で、このタイプの不整脈が発症する。かかる状況下において、本発明者らは、EPAを低用量で慢性投与した場合に、小胞体やゴルジ体でEPAの効果が発揮されることによりKv1.5蛋白が安定化され、細胞膜表面のKv1.5が増加することを見出した。したがって、本発明は、1の態様において、心筋におけるKv1.5蛋白を増加あるいはKv1.5蛋白の減少を抑制する心房リモデリング抑制剤であって、低用量のエイコサペンタエン酸(EPA)を含み、EPAが患者に経口的に慢性投与されるものである、心房リモデリング抑制剤を提供する。
【0011】
このようなEPAのシャペロンとしての効果、すなわち、低用量で経口的に慢性投与されるEPAのKv1.5蛋白減少防止効果および増加効果は、本発明者らが初めて見出したものである。
【0012】
本発明において、患者は心房リモデリングによってKv1.5蛋白が減少した者、および心房リモデリングによってKv1.5蛋白が減少するおそれのある者の両方を包含する。さらに、本明細書において患者とは、ヒトはもちろん、他の哺乳動物も包含する。例えば、イヌ、ネコなどのペット、家畜なども患者に包含されるが、本明細書において特に断らないかぎり、患者はヒト患者である。
【0013】
本発明の心房リモデリング抑制剤の有効成分はEPAである。本発明の心房リモデリング抑制剤の特徴は低用量のEPAを含有することであり、しかも、EPAが慢性的に投与されることである。低用量のEPAとは、患者血中EPA濃度(自然摂取の場合には約120μMは通常レベルである)を約120μM〜約800μM増加させる量のEPAである。好ましい低用量のEPAは、患者血中EPA濃度を約120μM〜約500μM増加させる量のEPAである。血中EPA濃度の上昇幅濃度が上記範囲に維持されるように、本発明のリモデリング抑制剤を慢性的に投与することができる。
【0014】
例えば、患者血中EPA濃度を約120μM〜約800μM増加させるEPA経口用量は、患者にもよるが、通常、1回分の投与量として、患者体重1kgあたり約3mg〜45mgである。また例えば、患者血中EPA濃度を約120μM〜約500μM増加させるEPA経口用量は、患者にもよるが、通常、1回分の投与量として、患者体重1kgあたり約3mg〜約30mgである。かかる量のEPAを含む本発明の心房リモデリング抑制剤を患者に慢性投与することができる。これらのEPA経口用量は、常套的な検査方法にて患者血中EPA濃度を測定することにより、容易に決定することができる。なお、このような検査の際には、EPA摂取前後で患者に同様あるいは同一の食事を与えることが好ましい。
【0015】
本発明の心房リモデリング抑制剤の有効成分はEPAであり、主に魚油に含まれている安全性の高い物質である。しかしながら、EPAを含む食品を摂取することによってEPAを摂取したのでは、食品に含まれるDHAなどの不純物によって所望のEPAの効果が得られない。実施例5に示したように、DHAを含む魚油を投与した場合、DHAがKv1.5蛋白を減少させるのでEPAの効果が相殺される。したがって、食品からではなく、なるべく純度の高いEPAを経口投与によって患者に摂取させることが必要である。本発明の心房リモデリング抑制剤に用いるEPAの純度は、好ましくは約90%以上、より好ましくは約95%以上、さらに好ましくは99%以上であり、最も好ましくは、本発明の心房リモデリング抑制剤に用いるEPAはDHA等の他の成分が検出されないものである。したがって、好ましい本発明の心房リモデリング抑制剤としてはDHAを含まないものが挙げられる。本発明の心房リモデリング抑制剤がDHAを含まないとは、ガスクロマトグラフ法などの通常用いられる分析手段にて本発明の心房リモデリング抑制剤において検出されないことを意味する。
【0016】
慢性投与とは、医学および薬学分野で通常に使用される意味に解される。すなわち、慢性投与とは、投与後一定時間(例えば12時間またはそれ以上)を経過した時点で所望の効果が現れるような投与を意味する。本発明の心房リモデリング抑制剤を約半日〜約2日に1回の割合にて、例えば1日1回の割合にて、数日、数週間、数ヶ月、数年あるいはそれ以上にわたって慢性的に投与することにより効果を発揮しうる。
【0017】
本発明の心房リモデリング抑制剤の剤形は、経口投与に用いられるものであればいずれの剤形であってもよく、例えば、錠剤、顆粒、粉末などの固形の剤形、溶液、懸濁液などの液体の剤形、あるいは練り物のような半固形の剤形であってもよい。これらの経口投与用の剤形の製造には、製薬分野でよく知られた担体または賦形剤を用いることができる。
【0018】
本発明の心房リモデリング抑制剤の患者における効果は、患者心筋のKv1.5蛋白が増加したかどうか、あるいはその減少が抑制されたかどうかを調べることにより確認することができる。このような確認は、当業者に公知の手段・方法、例えば、通常使用される抗不整脈薬の効果が改善または増強することを、例えば心電図などで確認することによって行うことができる。
【0019】
本発明の心房リモデリング抑制剤の効果は、EPAが心筋細胞中の小胞体やゴルジ体で作用してKv1.5蛋白を安定化させて分解を防止し、その結果、心筋細胞膜表面のKv1.5蛋白が増加することにより発揮される。未だ心房リモデリングが起こっていない患者に本発明の心房リモデリング抑制剤を慢性投与することにより、心筋におけるKv1.5蛋白の減少が抑制され、あるいはKv1.5蛋白が増加し、心房細動、特に薬剤不応性心房細動が予防される。かかる予防的使用において、患者は約60歳以上の者であってもよい。また、心房リモデリングによりKv1.5蛋白が減少し、心房細動、特に薬剤不応性心房細動を発症している患者に本発明の心房リモデリング抑制剤を慢性投与することにより、心筋におけるKv1.5蛋白が増加することにより、心房リモデリングが抑制される。このようにして本発明の心房リモデリング抑制剤によりKv1.5蛋白が増加すれば抗不整脈薬が効く状態となり、抗不整脈薬を投与することにより心房細動、特に薬剤不応性心房細動を治療することができる。
【0020】
このように、本発明の心房リモデリング抑制剤を、他のリモデリング治療薬または予防薬(例えば、アンジオテンシン受容体拮抗薬など)や不整脈治療薬または予防薬(例えば、アプリンジンなどの第一群抗不整脈薬など)と組み合わせて用いることができる。組合せはいずれの様式であってもよい。好ましくは上述のように、慢性投与によりKv1.5蛋白量が増加した時点で不整脈治療薬を投与し、薬剤不応性心房細動を効果的に治療することができる。
【0021】
また本発明は、低用量のEPAを含み、慢性的に患者に摂取されるサプリメントであって、Kv1.5蛋白を増加させることにより心房モデリングを抑制するサプリメントを提供する。該サプリメントは錠剤、カプセル、ドリンクなどの剤形とすることができる。該サプリメントに関し、EPAの用量に関する説明のほか、上記説明があてはまる。
【0022】
本発明は、もう1つの態様において、心筋におけるKv1.5蛋白を増加させることによる心房リモデリングの抑制方法であって、EPAを低用量で慢性的に患者に投与することを特徴とする、心房リモデリングの抑制方法を提供する。EPAの用量に関する説明のほか、上記説明は本発明の心房リモデリングの抑制方法にもあてはまる。さらに、上記の本発明の心房リモデリングの抑制方法において、他のリモデリング治療薬または予防薬あるいは不整脈治療薬または予防薬を組み合わせて用いてもよい。
【0023】
本発明は、さらにもう1つの態様において、心筋におけるKv1.5蛋白を増加させる心房リモデリング抑制用医薬であって、低用量のエイコサペンタエン酸(EPA)を含み、EPAが患者に経口的に慢性投与されるものである医薬の製造における、EPAの使用を提供する。本発明は、さらにもう1つの態様において、心筋におけるKv1.5蛋白を増加させて心房リモデリングを抑制するために低用量で慢性投与されるEPAに関する。EPAの用量に関する説明のほか、上記説明はこれらの発明にもあてはまる。さらに、上記の本発明のEPAの使用において、他のリモデリング治療薬または予防薬あるいは不整脈治療薬または予防薬を組み合わせて用いてもよい。
【0024】
以下に実施例を示して本発明をさらに詳細かつ具体的に説明するが、実施例はあくまでも例示説明であり、本発明を限定するものと解してはならない。
【0025】
なお、実施例2〜4における一般的実験手法は以下のとおりである。COS細胞にFLAGのepitope−tagをN末端につけたFLAG−Kv1.5を発現させ、Western blot、免疫沈降、免疫組織染色、共焦点レーザー顕微鏡、パッチクランプ法を用いてEPAの作用を膜蛋白Kv1.5チャンネルの安定化作用に関して検討した。
【実施例1】
【0026】
実施例1:心房細動患者と正常対象の心筋におけるKv1.5蛋白量の比較
ヒト心房細動患者(4人、Af1〜Af4)および正常な心臓を有する洞調率ヒト対象(S1〜S4)の心筋のKv1.5蛋白およびアクチンの量を比較した。実験は、同意を得た開心術手術を受けた心房細動を有する患者と有さない患者心房筋を摘出し蛋白を抽出してKv1.5とアクチンに対する抗体を使用してその発現量を、Western blot法を用いて測定した。
図1の上パネルに示すように、病気のない心臓ではKv1.5およびアクチンともに十分量が存在していた。しかし、不整脈(心房細動)のある心臓ではアクチンの量は正常対象の心臓と変わらないのに対し、Kv1.5の量が極めて少ないか、あるいは検出不可能なレベルであった。
【0027】
さらに正常な心臓(洞調律)を有する対象7人および僧帽弁膜疾患合併心房細動を有する患者7人の心臓におけるKv1.5蛋白の相対量を比較した。実験は、Western blot法を用いて測定したそれぞれの蛋白の発現量をデンシトメーターを用いて定量化してグラフに表した。
図1の下パネルに示すように、僧帽弁膜疾患合併心房細動を有する患者の心臓におけるKv1.5蛋白は正常な心臓の3分の1以下であった。
これらの結果から、心房細動の心臓ではKv1.5蛋白が減少あるいは消失していることが判明した。したがって、Kv1.5蛋白を増加させること、あるいはKv1.5蛋白の減少を抑制することが心房細動の予防および治療のために必要であることがわかった。
【実施例2】
【0028】
実施例2:Kv1.5蛋白を安定化させるEPA濃度の検討
COS細胞にKv1.5を発現させた系での高濃度(50μM)のEPAならびにDHAのKv1.5電流(IKur)におよぼす急性効果を調べた。実験は、Kv1.5チャンネルの遺伝子(Roberds, S.L. and Tamkun, M.M. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 88(5), 1798-1802 (1991))を培養COS細胞にリポフェクタミン法を用いて導入し、その発現したKv1.5電流(IKur)をパッチクランプ法により測定した(Kato M et al., Biochem Biophys Res Commun. 2005 Nov 11; 337(1):343-8)。なお、以下の実施例におけるCOS細胞へのKv1.5チャンネルの遺伝子の導入はこの方法にて行った。
図2aに示すように、EPAならびにDHA(いずれも50μM)はIKurのピーク電流と脱分極パルス中の電流の減少を引き起こすことが確認された。図2bはEPAならびにDHA(いずれも50μM)の、IKur電流−電圧関係に及ぼす効果を示す。0mVより脱分極側でIKurの電流が抑制されることがわかった。EPAの用量反応曲線を図2cに示す。EPAはKd値が30μMでIKur電流を抑制することがわかった。
【0029】
次に、EPAならびにDHAをCOS細胞に12時間作用させたときのKv1.5蛋白に対する濃度依存的な慢性作用を検討した。実験は、COS細胞にKv1.5を遺伝子導入により発現させ、特定の濃度のEPAならびにDHAを12時間作用させた後、蛋白を抽出してKv1.5とアクチンに対する抗体を使用してその発現量を、Western blot法を用いて測定した。
図3に結果を示す。EPAは慢性投与(12時間作用)した場合、10μMでは有意にKv1.5蛋白を増加させるが30μM以上ではKv1.5蛋白を減少させることがわかった。一方、DHAは用量依存性にKv1.5蛋白量を減少させることがわかった。
【実施例3】
【0030】
実施例3:低濃度のKv1.5蛋白の慢性効果
COS細胞にKv1.5を発現させた系において、低濃度のEPAを12時間作用(慢性投与)させたときのKv1.5蛋白に対する濃度依存的な作用を検討した。実験は、COS細胞にKv1.5を遺伝子導入により発現させ、特定の濃度のEPAならびにDHAを12時間作用させた後、蛋白を抽出してKv1.5とアクチンに対する抗体を使用してその発現量を、Western blot法を用いて測定した。
結果を図4に示す。0.1μM〜20μMのEPAの慢性投与によりKv1.5蛋白が増加することがわかった。EPA濃度を上昇させる好ましいEPA濃度は0.3μM〜10μMであった。上記のような濃度範囲のDHAでは、Kv1.5蛋白の増加効果は見られなかった。
【0031】
次に、1μMのEPAをCOS7細胞に慢性的に前投与し、Kv1.5蛋白を発現させその後シクロヘキシミド(濃度60mg/dl)で処理して、一度合成されたKv1.5蛋白が分解される過程を観察した。実験は、COS細胞にKv1.5を遺伝子導入により発現させ、Kv1.5蛋白の分解速度を測定するためにサイクロフォスファミドにより蛋白合成を遮断し、時間経過中のKv1.5蛋白量の減少速度をEPA添加群と非添加群でWestern blot法により測定した。
VehicleはEPA無添加系である。結果を図5に示す。図5上パネルおよび下パネルに示すように、Vehicleに比べて1μMのEPAを慢性的に前投与するとKv1.5蛋白の時間依存的な減少が遅延することがわかった。図5下パネルにKv1.5蛋白の減衰過程を示すが、低用量のEPAによる処理で減衰時定数が増加し蛋白分解が遅延することがわかった。
【実施例4】
【0032】
実施例4:EPAをCOS細胞に慢性投与した場合のKv1.5蛋白の細胞内局在および量の検討
COS細胞にKv1.5と細胞小器官マーカーを発現させた系を用いてKv1.5蛋白の細胞内局在とその蛋白量を定量化した。実験は、COS細胞にKv1.5を遺伝子導入により発現させ、EPA添加群と非添加群で抗体により細胞内ならびに細胞膜のKv1.5蛋白を染色し、その様子を共焦点レーザー顕微鏡で観察した。さらに細胞小器官のマーカーとの比較を行うことでKv1.5蛋白の細胞内での局在を定量化した。
図6および図7は共焦点レーザー顕微鏡での観察結果を示す。
次に、COS細胞にKv1.5を遺伝子導入により発現させ、EPA添加群と非添加群で抗体により細胞内ならびに細胞膜のKv1.5蛋白を染色し、その様子を共焦点レーザー顕微鏡で観察した。さらに細胞小器官のマーカーとの比較を行うことでKv1.5蛋白の細胞内での局在を定量化した。
図6左パネルではKv1.5蛋白はERマーカーと共発現し、1μM EPA処理でそのシグナルは増加した。図6右パネルではKv1.5蛋白はゴルジマーカーと共発現し、1μM EPAの処理によりそのシグナルは増加した。これらの結果より、低濃度EPAによるKv1.5蛋白の安定化は小胞体やゴルジ体で発揮されることがわかった。図7の上段からわかるように、Kv1.5蛋白は細胞膜マーカーとはほとんど共局在していなかったが、図7の下段に示すように、EPAを1μM投与するとKv1.5蛋白が細胞膜で経時的に増加した。図8はEPA(1μM)未処理群と処理群でそれぞれの細胞内局在を定量的に比較したものである。EPAは小胞体、ゴルジ、細胞膜でのKv1.5蛋白の局在を有意に増加させた。以上より、低濃度のEPAにより小胞体やゴルジ体においてKv1.5蛋白が安定化され、その結果、細胞膜表面のKv1.5蛋白量が増加することがわかった。
【0033】
次に、低用量(1μM)のEPAの慢性投与が細胞膜のチャンネル活性を増加させるかどうか検討した。実験は、COS細胞にKv1.5を遺伝子導入により発現させ、EPA添加群と非添加群で抗体により細胞内ならびに細胞膜のKv1.5蛋白を染色し、その様子を共焦点レーザー顕微鏡で観察した。さらに細胞小器官のマーカーとの比較を行うことでKv1.5蛋白の細胞内での局在を定量化した。
図9の上パネルに示すようにパッチクランプ法により細胞膜でのKv1.5チャンネルの活性であるIKur電流を観察すると1μM EPAの慢性投与により各電位でのIKur電流が有意に増加したことが確認された。図9の下パネルに示すように、電位が0mVから+80mVの範囲で1μM EPAの慢性投与によりIKur電流が有意に増加した。これらの結果から、低用量のEPAの慢性投与がKv1.5蛋白をER(小胞体)で安定化させ、その後にゴルジ体を経て細胞膜への輸送を促進することで機能的なIKurを増加させることが明らかとなった。
【実施例5】
【0034】
実施例5:インビボでのEPAのKv1.5蛋白増加作用と魚油の作用との比較
体重1kgあたり30mg(30mg/kg)のEPAをラット(n=3/群)に経口摂取させ、48時間後にラット心房筋を摘出してそのKv1.5蛋白の増加をウェスタンブロットにより確認した。30mg/kgのEPAの経口摂取により、ラット血中EPA濃度は摂取前よりも500μM増加した。30mg/kgのEPAはin vivoにおいて慢性効果としてKv1.5蛋白を安定化し増加できることが判明した(図10)。一方、EPAはアクチン量に対しては影響しなかった。
【0035】
同様の効果が魚油の経口摂取で再現できるかを検討した。実験は、COS細胞にKv1.5を遺伝子導入により発現させ、0.01%のエタノールにそれぞれの濃度の魚油を12時間作用させた後、蛋白を抽出してKv1.5とアクチンに対する抗体を使用してその発現量を、Western blot法を用いて測定した。実験に用いた魚油の濃度は培養液中0%(図11ではCと表示)、0.1%および0.2%であった。
図11に示すようにサバやシルバの魚油ではEPAのKv1.5蛋白増加作用を再現できなかった。その理由として、サバやシルバの魚油に含まれるDHAがEPAの効果を相殺するためと考えられた。以上の結果から魚の摂取でKv1.5蛋白の増加を期待することはできず、EPAの純度の高いもの(最も好ましくは、少なくともDHAが存在しないもの)を摂取する必要があると考えられる。
【実施例6】
【0036】
実施例6:EPAによる心筋におけるKv1.5蛋白の増加
SAP97はPDZドメインを持ったタンパク質でイオンチャンネルを細胞膜に固定するのみならず、細胞内のシグナルをイオンチャンネルに伝達する作用や受容体からのシグナル伝達の役割を担っている。SAP97はシャペロンとしてKv1.5に作用することが知られている。
そこで、低濃度のEPAがSAP97蛋白を増加させることによりKv1.5蛋白を増加させるかどうかについて、ウェスタンブロットを用いて調べた。実験は、SAP97蛋白が内在性に存在するCOS7細胞、SAP97遺伝子を導入したCOS7細胞、およびKv1.5遺伝子とSAP97遺伝子を共に導入したCOS7細胞をDMEM培地(10%牛胎児血清添加)中0μM、1μM、10μM、30μM、100μMおよび300μMのEPA存在下で培養し、12時間後に抗PSD95抗体および抗FLAG抗体を用いて、それぞれKv1.5蛋白およびSAP97蛋白量を調べた。
結果
図12Aに示すように、SAP97蛋白が内在性に存在する培養COS7細胞において、EPA 10μMまではSAP97蛋白が増加したが、それ以上のEPA濃度ではSAP97蛋白が減少した。
図12Bに示すように、SAP97遺伝子を導入した培養COS7細胞において、EPA 10μMまではSAP97が増加したが、それ以上のEPA濃度ではSAP97蛋白が減少した。
図12Cに示すように、Kv1.5遺伝子とSAP97遺伝子を共に導入した培養COS7細胞において、EPA 10μMまではKv1.5とSAP97蛋白が増加したが、それ以上のEPA濃度ではKv1.5、SAP97蛋白がともに減少した。
【実施例7】
【0037】
実施例7:高濃度EPAによってはKv1.5蛋白は増加しない
体重1kgあたり90mg(90mg/kg)のEPAをラット(n=3/群)に経口摂取させ、48時間後にラト心房筋を摘出してそのKv1.5蛋白の増加をウェスタンブロットにより調べた。EPAを蒸留水で溶解し、ゾンデを用いてラットの胃内に経口的に投与した。
90mg/kgのEPAの経口摂取により、ラット血中EPA濃度は摂取前よりの1000μM増加した。しかし、90mg/kgのEPAはインビボにおいて慢性効果としてKv1.5蛋白に対して影響しなかった(図12)。
【実施例8】
【0038】
実施例8:ヒト心房細動患者への本発明のEPAの適用
アプリンジン60mgを投与したが心房細動が持続した症例に、EPAを200mg(4mg/kg)追加投与することにより、図13の心電図に示すように心房細動の波形が正常洞調律の波形に変化した。この結果は、薬剤不応性心房細動の患者に、抗不整脈薬と組み合わせて本発明のEPAを含むリモデリング剤を投与することにより、薬剤不応性不整脈を治療できることを示すものである。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明は、不整脈治療薬の開発および製造の分野ならびに不整脈研究試薬の開発および製造などの分野において利用可能である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
心筋におけるKv1.5蛋白を増加あるいはKv1.5蛋白の減少を抑制する心房リモデリング抑制剤であって、血中エイコサペンタエン酸(EPA)濃度を120μM〜800μM増加させる量のEPAを含み、かかる血中EPA濃度の増加が維持されるように患者に経口的に慢性投与されるものである、心房リモデリング抑制剤。
【請求項2】
血中EPA濃度を120μM〜500μM増加させる量のEPAを含む請求項1記載の心房リモデリング抑制剤。
【請求項3】
心筋におけるKv1.5蛋白を増加あるいはKv1.5蛋白の減少を抑制する心房リモデリング抑制剤であって、1回分の投与量として、患者体重1kgあたり3mg〜45mgのEPAを含み、患者に経口的に慢性投与されるものである、心房リモデリング抑制剤。
【請求項4】
1回分の投与量として、患者体重1kgあたり3mg〜30mgのEPAを含む請求項3記載の心房リモデリング抑制剤。
【請求項5】
半日〜2日に1回投与される、請求項1〜4のいずれか1項記載の心房リモデリング抑制剤。
【請求項6】
DHAを含まない請求項1〜5のいずれか1項記載の心房リモデリング抑制剤。
【請求項7】
薬剤不応性心房細動の予防のために用いられる、請求項1〜6のいずれか1項記載の心房リモデリング抑制剤。
【請求項8】
薬剤不応性心房細動の治療のために、抗不整脈薬と組み合わせて用いられる、請求項1〜7のいずれか1項記載の心房リモデリング抑制剤。
【請求項1】
心筋におけるKv1.5蛋白を増加あるいはKv1.5蛋白の減少を抑制する心房リモデリング抑制剤であって、血中エイコサペンタエン酸(EPA)濃度を120μM〜800μM増加させる量のEPAを含み、かかる血中EPA濃度の増加が維持されるように患者に経口的に慢性投与されるものである、心房リモデリング抑制剤。
【請求項2】
血中EPA濃度を120μM〜500μM増加させる量のEPAを含む請求項1記載の心房リモデリング抑制剤。
【請求項3】
心筋におけるKv1.5蛋白を増加あるいはKv1.5蛋白の減少を抑制する心房リモデリング抑制剤であって、1回分の投与量として、患者体重1kgあたり3mg〜45mgのEPAを含み、患者に経口的に慢性投与されるものである、心房リモデリング抑制剤。
【請求項4】
1回分の投与量として、患者体重1kgあたり3mg〜30mgのEPAを含む請求項3記載の心房リモデリング抑制剤。
【請求項5】
半日〜2日に1回投与される、請求項1〜4のいずれか1項記載の心房リモデリング抑制剤。
【請求項6】
DHAを含まない請求項1〜5のいずれか1項記載の心房リモデリング抑制剤。
【請求項7】
薬剤不応性心房細動の予防のために用いられる、請求項1〜6のいずれか1項記載の心房リモデリング抑制剤。
【請求項8】
薬剤不応性心房細動の治療のために、抗不整脈薬と組み合わせて用いられる、請求項1〜7のいずれか1項記載の心房リモデリング抑制剤。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
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【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2010−13440(P2010−13440A)
【公開日】平成22年1月21日(2010.1.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−125456(P2009−125456)
【出願日】平成21年5月25日(2009.5.25)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度、文部科学省都市エリア産学官連携促進事業「染色体工学技術等による生活習慣病予防食品評価システムの構築と食品等の開発」に係る委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受けるもの
【出願人】(504150461)国立大学法人鳥取大学 (271)
【出願人】(307016180)地方独立行政法人鳥取県産業技術センター (32)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年1月21日(2010.1.21)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年5月25日(2009.5.25)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度、文部科学省都市エリア産学官連携促進事業「染色体工学技術等による生活習慣病予防食品評価システムの構築と食品等の開発」に係る委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受けるもの
【出願人】(504150461)国立大学法人鳥取大学 (271)
【出願人】(307016180)地方独立行政法人鳥取県産業技術センター (32)
【Fターム(参考)】
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