説明

心筋形成を誘発するための方法

本発明は、幹細胞または前駆細胞の集団において心筋形成および心臓前駆体の増加を誘発する方法を提供するものであり、この方法は概して、幹細胞または前駆細胞において古典的Wntシグナル伝達経路を誘発することを伴うものである。本発明は、幹細胞または前駆細胞の集団から心筋細胞または心臓前駆体の集団を生成する方法を提供するものであり、この方法は概して、幹細胞または前駆細胞を、古典的Wntシグナル伝達を誘発する作用物質と接触させることを伴うものである。本発明の方法は、研究への応用および治療への応用に用いることができる心筋細胞または心臓前駆体の集団を生成するために有用である。

【発明の詳細な説明】
【背景技術】
【0001】
当技術分野において、研究への応用、および治療への応用のために、心筋細胞の生成方法が求められている。
【発明の概要】
【0002】
本発明は、幹細胞または前駆細胞の集団において心筋形成および心臓前駆体の増加を誘発する方法を提供するものであり、この方法は概して、幹細胞または前駆細胞において古典的Wntシグナル伝達経路を誘発することを伴うものである。本発明は、幹細胞または前駆細胞の集団から心筋細胞または心臓前駆体の集団を生成する方法を提供するものであり、この方法は概して、幹細胞または前駆細胞を、古典的Wntシグナル伝達を誘発する作用物質と接触させることを伴うものである。本発明の方法は、研究への応用および治療への応用に用いることができる心筋細胞または心臓前駆体の集団を生成するために有用である。
【図面の簡単な説明】
【0003】
【図1】図1A及び1B。図1Aは、組織特異的なnullおよび安定なβ−カテニンの生成を示す図である。図1Bは、Nkx2.5−cre、ctnnbltm2Kemのヘテロ接合体、ホモ接合体(左)、および野生型、Nkx2.5−cre、β−カテニン/loxP(ex3)のヘテロ接合体(右)の胚から得た心室のウェスタン・ブロットを示す図である。
【図2】短尾の発現プロフィールを示す図である。
【図3】図3A及び3Bは、初期および後期の心臓遺伝子の発現プロフィールを示す図である。
【図4】図4A〜4Eは、ES細胞における心臓の誘導および分化に対する古典的Wntシグナル伝達の効果を示す図である。
【図5】E9.5の、対照(Islet1−cre、左)、野生型(Rosa−YFP、Islet1−cre、中央)、および突然変異体(Islet1−cre、β−カテニン(ex3)loxP、右)の胚から得たYFP+細胞集団を示すヒストグラムを示す図である。
【図6】WT(Rosa−YFP、Islet1−cre、左のバー)およびMut(Rosa−YFP、Islet1−cre、β−カテニン(ex3)loxP、右のバー)の胚から選別したYFP+細胞から得た、表示した遺伝子の定量リアル・タイムRT−PCRを示す図である。
【図7】ヒトES細胞に対する古典的Wntの効果を示す図である。
【図8A】Wnt3aタンパク質のアミノ酸配列のアラインメントを示す図である。
【図8B】Wnt3aタンパク質のアミノ酸配列のアラインメントを示す図である。
【図9A】β−カテニンをコードしているヌクレオチド配列のアラインメントを示す図である。
【図9B】β−カテニンをコードしているヌクレオチド配列のアラインメントを示す図である。
【図9C】β−カテニンをコードしているヌクレオチド配列のアラインメントを示す図である。
【図9D】β−カテニンをコードしているヌクレオチド配列のアラインメントを示す図である。
【図9E】β−カテニンをコードしているヌクレオチド配列のアラインメントを示す図である。
【図9F】β−カテニンをコードしているヌクレオチド配列のアラインメントを示す図である。
【図9G】β−カテニンをコードしているヌクレオチド配列のアラインメントを示す図である。
【図9H】β−カテニンをコードしているヌクレオチド配列のアラインメントを示す図である。
【図10A】β−カテニンのアミノ酸配列のアラインメントを示す図である。
【図10B】β−カテニンのアミノ酸配列のアラインメントを示す図である。
【図10C】β−カテニンのアミノ酸配列のアラインメントを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0004】
定義
本明細書において用いる場合、「幹細胞」という用語は、増殖を誘発され得る未分化細胞を言う。幹細胞は自己維持が可能であり、このことは、各細胞が分裂すると、1つの娘細胞もまた幹細胞となることを意味する。幹細胞は胚組織、誕生後の組織、幼若組織、または成体組織から得ることができる。「前駆細胞」という用語は、本明細書において用いる場合、幹細胞に由来するがそれ自体は幹細胞ではない未分化細胞を言う。いくつかの前駆細胞は、2つ以上の細胞型に分化し得る子孫細胞を産生することができる。
【0005】
本明細書において用いる場合、「処理」、「処理する」などの用語は、所望の薬理学的および/または生理学的効果を得ることを言う。この効果は、疾患もしくはその症状を完全にもしくは部分的に防ぐという観点から予防的であり得、かつ/または疾患および/もしくは疾患に起因する悪影響を部分的にもしくは完全に治癒するという観点から治療的であり得る。本明細書において用いる場合、「治療」は、哺乳動物、特にヒトにおける疾患のあらゆる治療を網羅するものであり、(a)疾患に罹患しやすい可能性があるがまだ疾患を有しているとは診断されていない対象における疾患の発生を防ぐこと、(b)疾患を阻害すること、すなわち、疾患の発症を阻むこと、および(c)疾患を軽減すること、すなわち、疾患の退縮を生じさせることを含む。
【0006】
本明細書において同様の意味で用いられる「個体」、「対象」、「宿主」、および「患者」という用語は、限定するものではないが、ネズミ(ラット、マウス)、ヒト以外の霊長類、ヒト、イヌ科の動物、ネコ科の動物、有蹄動物(例えば、ウマ、ウシ、ヒツジ、ブタ、ヤギ)などを含む哺乳動物を言う。
【0007】
「治療有効量」または「効果的な量」は、疾患を治療するために哺乳動物または他の対象に投与した際に、疾患に対するそのような治療を達成するために十分である化合物の量または細胞の数を意味する。「治療有効量」は、化合物または細胞、疾患およびその重篤度、ならびに治療する対象の年齢、体重などによって変化する。
【0008】
本発明についてさらに記載する前に、本発明が、記載される特定の実施形態に限定されるものではなく、したがって当然のことながら変化し得ることを理解されたい。また、本明細書において用いる用語は特定の実施形態のみを記載する目的のためのものであり、本発明の範囲は添付の特許請求の範囲によってのみ限定されるものであるため、前記用語は限定するためのものではないことも理解されたい。
【0009】
値の範囲が示されている場合、文脈により別段の指示が明らかでない限り下限の単位の10分の1までの、その範囲の上限および下限の間に存在する各値、ならびにその規定された範囲内のあらゆる他の規定された値または間に存在する値が本発明に含まれることを理解されたい。これらのより狭い範囲の上限および下限は、独立してそのより狭い範囲に含まれ得、また、規定された範囲において具体的に除外されるあらゆる限界値に従って、本発明に包含される。規定された範囲が限界値の一方または両方を含む場合、これらの含まれる限界値の一方または両方を除外した範囲もまた本発明に含まれる。
【0010】
別段の定義がない限り、本明細書において用いる全ての技術用語および科学用語は、本発明が属する技術分野における当業者によって一般に理解されるものと同一の意味を有する。本明細書において記載するものと同様であるかまたは同等であるあらゆる方法および材料も、本発明の実施または試験において用い得るが、好ましい方法および材料を以下に記載する。本明細書において述べる全ての刊行物は、刊行物を引用する目的である方法および/または材料を開示および記載するために、参照により本明細書に組み込まれる。
【0011】
本明細書および添付の特許請求の範囲において用いる場合、単数形態である「1つの(a)」、「1つの(an)」、および「その(the)」は、文脈により別段の指示が明らかでない限り、複数形の指示対象を含むことに注意されたい。したがって、例えば、「幹細胞(a stem cell)」という言及は、複数のそのような幹細胞を含み、「心筋細胞(the cardiomyocyte)」という言及は、1つまたは複数の心筋細胞および当業者に知られているその同等物についての言及を含み、その他も同様である。特許請求の範囲があらゆる任意選択的な要素を排除するように記載され得ることもさらに注意されたい。したがって、この記述は、特許請求の範囲の要素の記載に関連して「のみ(solely)」、「のみ(only)」などのような排他的な用語を用いるための、または「負の」限定を用いるための先行詞としての役割を有することを意図するものである。
【0012】
本明細書において述べる刊行物は、本願の出願日より前の開示についてのみ提供されるものである。本明細書におけるいずれの刊行物も、本発明が、先行発明によりこのような刊行物に先行する資格を有さないということを承認するものとして解釈されるものではない。さらに、提供される刊行物の日付は実際の公開日とは異なり得、それは個別に確認する必要があり得る。
【0013】
詳細な説明
本発明は、幹細胞または前駆細胞の集団において心筋形成および心臓前駆体の増加を誘発する方法を提供するものであり、この方法は概して、幹細胞または前駆細胞において古典的Wntシグナル伝達経路を誘発することを伴うものである。本発明は、幹細胞または前駆細胞の集団から心筋細胞または心臓前駆体の集団を生成する方法を提供するものであり、この方法は概して、幹細胞または前駆細胞を、古典的Wntシグナル伝達を誘発する作用物質と接触させることを伴うものである。本発明の方法は、研究への応用および治療への応用に用いることができる心筋細胞または心臓前駆体の集団を生成するために有用である。
【0014】
心筋形成および心臓前駆体の増加を誘発する方法
本発明は、幹細胞または前駆細胞の集団において心筋形成を誘発する方法および心臓前駆体の増加(数の増大)のための方法を提供する。いくつかの実施形態において、この方法は概して、幹細胞または前駆細胞において古典的Wntシグナル伝達経路を誘発することを伴う。他の実施形態において、本方法は、幹細胞または前駆細胞においてβ−カテニンのレベルを増大させることを含む。
【0015】
いくつかの実施形態において、本発明の方法を用いると、少なくとも約10%の幹細胞または前駆細胞の集団が心筋細胞に分化する。例えば、いくつかの実施形態において、約10%から約50%の幹細胞または前駆細胞の集団が心筋細胞に分化する。他の実施形態において、少なくとも約50%の幹細胞または前駆細胞の集団が心筋細胞に分化する。例えば、いくつかの実施形態において、約50%から約60%、約60%から約70%、約70%から約80%、または約80%から約90%、またはそれ以上の幹細胞または前駆細胞の集団が心筋細胞に分化する。
【0016】
いくつかの実施形態において、本発明の方法により、心臓前駆体の数が増大する。例えば、いくつかの実施形態において、本発明の方法により、心臓前駆体における増殖が誘発され、それにより心臓前駆体の数が増大する。したがって、例えばいくつかの実施形態において、本発明の方法により、心臓前駆体の数が、少なくとも約25%、少なくとも約50%、少なくとも約100%(もしくは2倍)、少なくとも約5倍、少なくとも約10倍、少なくとも約25倍、少なくとも約50倍、または少なくとも約100倍、またはそれ以上増大する。
【0017】
いくつかの実施形態において、本発明の方法により、幹細胞または前駆細胞の集団から得られる、拍動を有する胚様体の数が増大し、例えば、本発明の方法により、約10%から約50%、約50%から約100%(もしくは2倍)、約2倍から約5倍、約5倍から約10倍、約10倍から約25倍、約25倍から約50倍、または約50倍から約100倍、または100倍以上、拍動を有する胚様体の数が増大し得る。
【0018】
いくつかの実施形態において、本発明の方法により、Isl1(Islet1)、トロポミオシン、Nkx2.5、Tbx5、Hand2、およびサルコメア遺伝子の1つまたは複数を発現する、集団における細胞の数が増大する。いくつかの実施形態において、本発明の方法により、約10%から約50%、約50%から約100%(もしくは2倍)、約2倍から約5倍、約5倍から約10倍、約10倍から約25倍、約25倍から約50倍、または約50倍から約100倍、または100倍以上、Isl1(Islet1)、トロポミオシン、Nkx2.5、Tbx5、Hand2、およびサルコメア遺伝子の1つまたは複数を発現する、集団における細胞の数が増大する。
【0019】
幹細胞または前駆細胞が心筋細胞に分化しているかは、容易に判定することができる。例えば、いくつかの実施形態において、心筋細胞への分化は、細胞により産生される心筋細胞特異的マーカーを検出することにより確認される。適切な心筋細胞特異的細胞表面マーカーには、限定するものではないが、トロポニンおよびトロポミオシンが含まれる。
【0020】
いくつかの実施形態において、本発明の方法はインビトロで実施される。他の実施形態において、本発明の方法はインビボで実施される。本発明の方法がインビトロで実施される場合、いくつかの実施形態において、心筋細胞はその後、生存している生物内に導入される。
【0021】
いくつかの実施形態において、幹細胞または前駆細胞がマトリクス内に存在している状態で、本発明の方法が実施される。これらの実施形態のいくつかにおいて、本発明の方法は、人工心臓組織の生産に適している。
【0022】
古典的Wntシグナル伝達経路の誘発
本発明は、幹細胞または前駆細胞の集団において心筋形成および/または心臓前駆体の増加を誘発する方法を提供する。いくつかの実施形態において、本方法は、幹細胞または前駆細胞において古典的Wntシグナル伝達経路を誘発することを伴うものである。古典的Wnt経路は、WntリガンドがFrizzledファミリーの細胞表面受容体に結合した時に生じる一連の事象を表すものであり、それにより、受容体がDishevelledファミリー・タンパク質を活性化し、最終的には、核に到達するβ−カテニンの量が変化する。Smalleyら((2005)、J.Cell Sci.、118:5279ページ);LoganおよびNusse、(2004)、Annu Rev Cell Dev Biol、20:781〜810ページ;Bejsovec、(2005)、Cell、120:11〜14ページ。
【0023】
いくつかの実施形態において、古典的Wntシグナル伝達経路は、幹細胞または前駆細胞を、Wntリガンド、例えばWntアゴニストと接触させることにより誘発される。適切なWntアゴニストには、Wnt1、Wnt2、Wnt2b/13、Wnt3、Wnt3a、Wnt4、Wnt5a、Wnt5b、Wnt6、Wnt7a、Wnt7b、Wnt7c、Wnt8、Wnt8a、Wnt8b、Wnt8c、Wnt10a、Wnt10b、Wnt11、Wnt14、Wnt15、またはWnt16のうちの1つまたは複数のアゴニストが含まれる。例えば、米国特許出願公開第2006/0147435号を参照。いくつかの実施形態において、Wntリガンドは可溶性のWnt3aである。いくつかの実施形態において、Wntアゴニストはwntポリペプチド、dishevelledポリペプチド、またはβ−カテニン・ポリペプチドである。いくつかの実施形態において、誘発段階または接触段階は中胚葉の運命決定の前に行われる。
【0024】
いくつかの実施形態において、本発明の方法は、幹細胞または前駆細胞の集団をWnt3aポリペプチドと接触させることを伴う。Wnt3aポリペプチドは当技術分野において知られており、古典的Wntシグナル伝達経路の誘導因子として機能し得るあらゆるWnt3aポリペプチドを用いることができる。いくつかの実施形態において、本発明の方法における使用に適しているWnt3aポリペプチドは、配列番号1で示されるアミノ酸配列と少なくとも約75%、少なくとも約80%、少なくとも約85%、少なくとも約90%、少なくとも約95%、少なくとも約98%、または100%のアミノ酸配列同一性を有しているアミノ酸配列を含む。いくつかの実施形態において、本発明の方法における使用に適しているWnt3aポリペプチドは、配列番号1で示されるアミノ酸配列の約250個のアミノ酸から約275個のアミノ酸、約275個のアミノ酸から約300個のアミノ酸、約300個のアミノ酸から約325個のアミノ酸、約325個のアミノ酸から約350個のアミノ酸の連続した長さと、少なくとも約75%、少なくとも約80%、少なくとも約85%、少なくとも約90%、少なくとも約95%、少なくとも約98%、または100%のアミノ酸配列同一性を有しているアミノ酸配列を含む。いくつかの実施形態において、本発明の方法における使用に適しているWnt3aポリペプチドは、配列番号1で示されるアミノ酸配列の25〜352番アミノ酸と少なくとも約75%、少なくとも約80%、少なくとも約85%、少なくとも約90%、少なくとも約95%、少なくとも約98%、または100%のアミノ酸配列同一性を有しているアミノ酸配列を含み、ここでWnt3aポリペプチドは、シグナル配列(例えば、配列番号1で示されるアミノ酸配列の1〜24番アミノ酸に対応するシグナル配列)を欠いている。いくつかの実施形態において、本発明の方法における使用に適しているWnt3aポリペプチドは、配列番号1の25〜352番アミノ酸で示されるアミノ酸配列の約250個のアミノ酸から約275個のアミノ酸、約275個のアミノ酸から約300個のアミノ酸、または約300個のアミノ酸から約328個のアミノ酸の連続した長さと、少なくとも約75%、少なくとも約80%、少なくとも約85%、少なくとも約90%、少なくとも約95%、少なくとも約98%、または100%のアミノ酸配列同一性を有しているアミノ酸配列を含む。
【0025】
ヒト(GenBank登録番号NP_149122、配列番号1)、マウス(GenBank登録番号NP_033548、配列番号2)、ニワトリ(GenBank登録番号AAY87456、配列番号4)、およびカエル(GenBank登録番号NP_001079343、配列番号3)のアミノ酸配列のアラインメントを図8Aおよび8Bに示す。下線を引いた配列はシグナルペプチドである。23個の保存されたシステイン残基は太字で示されている。このアラインメントは、ヒト、マウス、ニワトリ、およびカエルのWnt3aの間で保存されているアミノ酸を示している。所与のWnt3aタンパク質において変化し得るアミノ酸には、例えば、132番アミノ酸(例えば、132番アミノ酸がスレオニンまたはセリンであり得る場合)、134番アミノ酸(例えば、134番アミノ酸がアラニンまたはスレオニンであり得る場合)、140番アミノ酸(例えば、140番アミノ酸がスレオニンまたはセリンであり得る場合)、143番アミノ酸(例えば、143番アミノ酸がリジンまたはグルタミンであり得る場合)、194番アミノ酸(例えば、194番アミノ酸がセリンまたはアラニンであり得る場合)、230番アミノ酸(例えば、230番アミノ酸がチロシンまたはフェニルアラニンであり得る場合)、260番アミノ酸(例えば、260番アミノ酸がチロシンまたはフェニルアラニンであり得る場合)、272番アミノ酸(例えば、272番アミノ酸がイソロイシンまたはバリンであり得る場合)、300番アミノ酸(例えば、300番アミノ酸がスレオニンまたはセリンであり得る場合)、320番アミノ酸(例えば、320番アミノ酸がスレオニンまたはアラニンであり得る場合)、および330番アミノ酸(例えば、330番アミノ酸がイソロイシンまたはバリンであり得る場合)が含まれる。
【0026】
いくつかの実施形態において、適切なWnt3aポリペプチドは融合タンパク質であり、ここで、Wnt3a融合タンパク質は、異種タンパク質(融合パートナー)に融合したWnt3aポリペプチドを含む。適切な異種タンパク質には、エピトープタグ、Wnt3a融合タンパク質を可溶性にするポリペプチド、Wnt3a融合タンパク質の安定性を増大させるポリペプチド、検出可能なシグナルを付与するポリペプチドなどが含まれる。検出可能なシグナルを付与するポリペプチドには、例えば、発光生成物、着色生成物、蛍光生成物などのような直接検出することが可能な生成物を得るための基質に作用する酵素や、蛍光タンパク質などが含まれ、蛍光タンパク質としては、例えば、緑色蛍光タンパク質、黄色蛍光タンパク質、赤色蛍光タンパク質などである。
【0027】
いくつかの実施形態において、Wnt3aポリペプチドは、細胞培養培地1ml当たり約5ngから培養培地1ml当たり約5000ngの濃度で幹細胞および/または前駆細胞が存在する細胞培養培地に含められる。例えば、いくつかの実施形態において、幹細胞および/または前駆細胞は、細胞培養培地1ml当たり約5ngから約10ng、約10ngから約25ng、約25ngから約50ng、約50ngから約100ng、約100ngから約250ng、約250ngから約500ng、約500ngから約750ng、約750ngから約1000ng、約1000ngから約2000ng、約2000ngから約3000ng、約3000ngから約4000ng、または約4000ngから約5000ng、または5000ng以上の濃度でWnt3aポリペプチドを含む培地において培養される。
【0028】
β−カテニンのレベルの増大
本発明は、幹細胞または前駆細胞の集団において心筋形成および/または心臓前駆体の増加を誘発する方法を提供する。いくつかの実施形態において、本方法は、幹細胞または前駆細胞におけるβ−カテニンのレベルを増大させることを含む。
【0029】
いくつかの実施形態において、本方法は概して、幹細胞または前駆細胞を、β−カテニンをコードするヌクレオチド配列を含む発現構築物で遺伝的に修飾することを伴い、ここで、コードされるβ−カテニンは幹細胞または前駆細胞において産生され、遺伝的に修飾された幹細胞または前駆細胞におけるβ−カテニンのレベルは、発現構築物で遺伝的に修飾されていない幹細胞または前駆細胞におけるβ−カテニンのレベルよりも高く、高いレベルのβ−カテニンは心筋形成を誘発する。いくつかの実施形態において、発現構築物はウイルス構築物、例えば、組換えアデノ随伴ウイルス構築物、組換えアデノウイルス構築物、組換えレンチウイルス構築物などである。
【0030】
β−カテニンをコードするヌクレオチド配列は当技術分野において知られており、機能的なβ−カテニンをコードするあらゆるヌクレオチド配列が使用に適している。いくつかの実施形態において、適切なポリヌクレオチドは、配列番号5(GenBank登録番号X87838、図9A〜H)で示されるヌクレオチド配列と少なくとも約75%、少なくとも約80%、少なくとも約85%、少なくとも約90%、少なくとも約95%、少なくとも約98%、少なくとも約99%、または100%のヌクレオチド配列同一性を有しているヌクレオチド配列を含む。いくつかの実施形態において、適切なポリヌクレオチドは、配列番号5で示されるヌクレオチド配列の約1500個のヌクレオチドから約1750個のヌクレオチド、約1750個のヌクレオチドから約2000個のヌクレオチド、または約2000個のヌクレオチドから約2346個のヌクレオチドの連続した長さと、少なくとも約75%、少なくとも約80%、少なくとも約85%、少なくとも約90%、少なくとも約95%、少なくとも約98%、少なくとも約99%、または100%のヌクレオチド配列同一性を有しているヌクレオチド配列を含む。
【0031】
図9A〜Hは、ヒトβ−カテニン(GenBank登録番号X87838、配列番号5)、マウスβ−カテニン(GenBank登録番号BC053065、配列番号6)、ニワトリβ−カテニン(GenBank登録番号U82964、配列番号7)、およびカエルβ−カテニン(BC108764、配列番号8)をコードするヌクレオチド配列のヌクレオチド配列アラインメントを示す。この配列のアラインメントから、ヌクレオチド配列に生じ得る変化が一目で明らかである。
【0032】
図10A〜Cは、ヒトβ−カテニン(GenBank登録番号CAA61107、配列番号9)、マウスβ−カテニン(GenBank登録番号AAH53065、配列番号10)、ニワトリβ−カテニン(GenBank登録番号AAB80856、配列番号11)、およびカエルβ−カテニン(GenBank登録番号AAI08765、配列番号12)のアミノ酸配列のアミノ酸配列アラインメントを示す。
【0033】
いくつかの実施形態において、適切なポリヌクレオチドは、配列番号9で示されるアミノ酸配列と少なくとも約75%、少なくとも約80%、少なくとも約85%、少なくとも約90%、少なくとも約95%、少なくとも約98%、少なくとも約99%、または100%のヌクレオチド配列同一性を有しているポリペプチドをコードするアミノ酸配列を含むものである。いくつかの実施形態において、適切なポリヌクレオチドは、配列番号9で示されるアミノ酸配列の約600個のアミノ酸から約650個のアミノ酸、約650個のアミノ酸から約700個のアミノ酸、約700個のアミノ酸から約750個のアミノ酸、または約750個のアミノ酸から約781個のアミノ酸の連続した長さと、少なくとも約75%、少なくとも約80%、少なくとも約85%、少なくとも約90%、少なくとも約95%、少なくとも約98%、少なくも約99%、または100%のヌクレオチド配列同一性を有しているポリペプチドをコードするアミノ酸配列を含むものである。
【0034】
いくつかの実施形態において、発現構築物はウイルス構築物、例えば、組換えアデノ随伴ウイルス構築物(例えば、米国特許第7,078,387号を参照)、組換えアデノウイルス構築物、組換えレンチウイルス構築物などである。
【0035】
適切な発現ベクターには、限定するものではないが、ウイルス・ベクター、例えば、ワクシニア・ウイルス、ポリオウイルス、アデノウイルスに基づいたウイルス・ベクター(例えば、Liら、Invest Opthalmol Vis Sci、35:2543〜2549ページ、1994;Borrasら、Gene Ther、6:515〜524ページ、1999;LiおよびDavidson、PNAS、92:7700〜7704ページ、1995;Sakamotoら、H Gene Ther、5:1088〜1097ページ、1999;WO94/12649;WO93/03769;WO93/19191;WO94/28938;WO95/11984;ならびにWO95/00655を参照)、アデノ随伴ウイルスに基づいたウイルス・ベクター(例えば、Aliら、Hum Gene Ther、9:81〜86ページ、1998;Flanneryら、PNAS、94:6916〜6921ページ、1997;Bennettら、Invest Opthalmol Vis Sci、38:2857〜2863ページ、1997;Jomaryら、Gene Ther、4:683〜690ページ、1997;Rollingら、Hum Gene Ther、10:641〜648ページ、1999;Aliら、Hum Mol Genet、5:591〜594ページ、1996;SrivastavaによるWO93/09239;Samulskiら、J.Vir.、(1989)、63:3822〜3828ページ;Mendelsonら、Virol.、(1988)、166:154〜165ページ;およびFlotteら、PNAS、(1993)、90:10613〜10617ページを参照)、SV40に基づいたウイルス・ベクター、単純ヘルペス・ウイルスに基づいたウイルス・ベクター、ヒト免疫不全ウイルスに基づいたウイルス・ベクター(例えば、Miyoshiら、PNAS、94:10319〜10323ページ、1997;Takahashiら、J Virol、73:7812〜7816ページ、1999を参照)、レトロウイルス・ベクター(例えば、ネズミ白血病ウイルス、脾臓壊死ウイルス、ならびに、ラウス肉腫ウイルス、ハーベイ肉腫ウイルス、トリ白血病ウイルス、レンチウイルス、ヒト免疫不全ウイルス、骨髄増殖性肉腫ウイルス、および乳腺腫瘍ウイルスのようなレトロウイルスに由来するベクター)などが含まれる。
【0036】
多くの適切な発現ベクターが当業者に知られており、多くは市販されている。例として、真核性の宿主細胞には、pXT1、pSG5(Stratagene)、pSVK3、pBPV、pMSG、およびpSVLSV40(Pharmacia)といったベクターが提供されている。しかし、宿主細胞に適合している限り、あらゆる他のベクターが使用可能である。
【0037】
用いる宿主/ベクター・システムに従って、構成的プロモーターおよび誘導プロモーター、転写エンハンサー・エレメント、転写ターミネーターなどを含む、いくつかの適切な転写調節エレメントおよび翻訳調節エレメントの全てを、発現ベクターにおいて用いることができる(Bitterら、(1987)、Methods in Enzymology、153:516〜544ページを参照)。
【0038】
適切な真核性のプロモーター(真核細胞において機能的なプロモーター)の非限定的な例には、CMV前初期プロモーター、HSVチミジン・キナーゼ・プロモーター、初期および後期のSV40のプロモーター、レトロウイルスのLTRのプロモーター、ならびにマウス・メタロチオネイン−Iプロモーターが含まれる。適切なベクターおよびプロモーターの選択は、当業者のレベルで良好に行われる。発現ベクターはまた、翻訳開始のためのリボソーム結合部位および転写ターミネーターも含み得る。発現ベクターはまた、発現を増幅させるための適切な配列も含み得る。
【0039】
いくつかの実施形態において、β−カテニンをコードするヌクレオチド配列は、心臓特異的転写調節エレメント(TRE)に機能可能に連結しており、TREは、プロモーターおよびエンハンサーを含んでいる。適切なTREには、限定するものではないが、ミオシンの軽鎖−2、α−ミオシンの重鎖、AE3、心臓トロポニンC、および心臓アクチンの遺伝子に由来するTREが含まれる。Franzら、(1997)、Cardiovasc.Res.、35:560〜566ページ;Robbinsら、(1995)、Ann.N.Y.Acad.Sci.、752:492〜505ページ;Linnら、(1995)、Circ.Res.、76:584〜591ページ;Parmacekら、(1994)、Mol.Cell.Biol.、14:1870〜1885ページ;Hunterら、(1993)、Hypertension、22:608〜617ページ;およびSartorelliら、(1992)、Proc.Natl.Acad.Sci.USA、89:4047〜4051ページ。
【0040】
宿主細胞に核酸を導入する方法は当技術分野において知られており、あらゆる既知の方法を、幹細胞または前駆細胞に核酸(例えば、β−カテニン・ポリペプチドをコードするヌクレオチド配列を含む発現構築物)を導入するために用いることができる。適切な方法には、例えば、感染、リポフェクション、エレクトロポレーション、リン酸カルシウム沈殿、DEAE−デキストランを用いたトランスフェクション、リポソームを用いたトランスフェクションなどが含まれる。
【0041】
混合細胞集団からの心筋細胞の分離
いくつかの実施形態において、本発明の方法は、a)幹細胞または前駆細胞の集団において心筋形成を誘発し、未分化幹細胞および/または未分化前駆細胞と心筋細胞との混合集団を生成すること、ならびにb)未分化細胞(非心筋細胞)から心筋細胞を分離することを含む。いくつかの実施形態において、分離段階は、細胞を、心筋細胞特異的細胞表面マーカーに特異的な抗体と接触させることを含む。適切な心筋細胞特異的細胞表面マーカーには、限定するものではないが、トロポニンおよびトロポミオシンが含まれる。
【0042】
分離は、例えばあらゆる様々な選別方法、例えば蛍光活性化細胞選別(FACS)、負の選択方法などを含む、周知の方法を用いて行うことができる。選択された細胞を選択されていない細胞から分離し、選択された(「選別された」)細胞の集団を生成する。選択された細胞集団は、少なくとも約75%、少なくとも約80%、少なくとも約85%、少なくとも約90%、少なくとも約95%、少なくとも約98%、少なくとも約99%、または99%以上の心筋細胞であり得る。
【0043】
細胞選別(分離)方法は、当技術分野において周知である。分離の手順には、抗体で被覆した磁気ビーズを用いた磁気分離、アフィニティー・クロマトグラフィー、および例えばプレートなどの固体マトリクスに付着した抗体との「パニング」、または他の都合の良い技術が含まれ得る。正確な分離を得るための技術には、複数の色チャネル、ロー・アングルかつ鈍角の光散乱検出チャネル、インピーダンスチャネルなどのような、精巧さの程度が様々であり得る蛍光活性化細胞選別装置が含まれる。死細胞は、死細胞に関連する色素(ヨウ化プロピジウム[PI]、LDS)での選択によって排除され得る。選択された細胞の生存能力に対して過度に有害ではない、あらゆる技術を採用することができる。選択において1つまたは複数の抗体を用いる場合、抗体は、特定の細胞型の分離を容易にするために標識と結合していてもよく、標識は例えば、磁気ビーズ、アビジンまたはストレプトアビジンに対して高い親和性で結合するビオチン、蛍光活性化細胞選別装置と共に用い得る蛍光色素、ハプテンなどである。多色分析を、FACSと共に、または免疫磁気分離およびフロー・サイトメトリーと組み合わせて採用することができる。
【0044】
有用性
本発明の方法は、心筋細胞または心臓前駆体の集団を生成するために有用であり、この心筋細胞または心臓前駆体は、人口心臓組織を生成するための研究への応用、および治療方法において使用することができる。
【0045】
研究への応用
本発明の方法は、研究への応用のための心筋細胞または心臓前駆体を生成するために用いることができる。研究への応用には、例えば、心筋細胞または心臓前駆体をヒト以外の動物の疾患(例えば心臓病)モデルに導入し、疾患の治療における心筋細胞または心臓前駆体の有効性を決定すること、スクリーニング方法において心筋細胞を用いて、心臓障害の治療における使用に適している候補作用物質を同定することなどが含まれる。例えば、本発明の方法を用いて生成された心筋細胞または心臓前駆体を試験作用物質と接触させることができ、また、心筋細胞または心臓前駆体の生物学的活性に対する試験作用物質の効果がもしある場合には、それを評価することができ、この場合、心筋細胞または心臓前駆体の生物学的活性に対する効果を有する試験作用物質は、心臓障害を治療するための候補作用物質である。別の実施例として、本発明の方法を用いて生成された心筋細胞または心臓前駆体を、ヒト以外の動物の心臓障害モデルに導入することができ、障害の改善に対する心筋細胞または心臓前駆体の効果をヒト以外の動物モデルにおいて試験することができる。
【0046】
治療方法
本発明の方法は、人工心臓組織を生成するために、例えば、それを必要とする哺乳動物対象に移植するために有用である。本発明の方法は、損傷した心臓組織(例えば虚血性心臓組織)を取り替えるために有用である。本発明の方法は、心臓に固有の内因性幹細胞を刺激して心筋形成を生じさせるために有用である。本発明の方法が、個体に心筋細胞を導入する(移植する)ことを伴う場合、同種移植または自家移植を実施し得る。
【0047】
本発明は、個体における心臓障害を治療する方法を提供するものであり、本方法は概して、それを必要としている個体に、治療有効量の、a)古典的Wntシグナル伝達を誘発する作用物質、b)β−カテニンをコードするヌクレオチド配列を含む発現構築物、c)本発明の方法を用いて調製した心筋細胞の集団、d)本発明の方法を用いて調製した心臓前駆体の集団、およびe)本発明の方法を用いて調製した人工心臓組織の1つまたは複数を投与することを伴う。本発明を用いた治療を必要とする個体には、限定するものではないが、先天性心臓欠陥を有する個体、例えば冠動脈疾患を有する個体といった虚血性心臓組織をもたらす病気を有している個体などが含まれる。本発明の方法は、変性性筋肉疾患、例えば、家族性心筋症、拡張型心筋症、肥大型心筋症、拘束型心筋症、または虚血性心疾患をもたらす冠動脈疾患を治療するために有用である。
【0048】
本発明の方法を用いた治療に適している個体には、例えば虚血性心臓組織をもたらす病気といった心臓の病気を有している個体(例えば哺乳動物対象、例えば、ヒト、ヒト以外の霊長類、マウスやラットなどの実験用のヒト以外の哺乳動物対象)、例えば、冠動脈疾患を有する個体などが含まれる。本発明の方法を用いた治療に適している個体には、変性性筋肉疾患、例えば、家族性心筋症、拡張型心筋症、肥大型心筋症、拘束型心筋症、または虚血性心疾患をもたらす冠動脈疾患を有する個体が含まれる。
【0049】
哺乳動物宿主への投与のために、本発明の方法を用いて生成された心筋細胞集団または心臓前駆細胞集団を薬学的組成物として処方することができる。薬学的組成物は、生理学的に許容される担体(すなわち、心筋細胞の活性に干渉しない無毒性の物質)をさらに含む、無菌の水溶液または非水溶液、懸濁液または乳濁液であり得る。当業者に知られているあらゆる適切な担体を本発明の薬学的組成物に採用することができる。担体の選択は、部分的には、投与される物質(すなわち、細胞または化合物)の性質に依る。代表的な担体には、生理食塩水、ゼラチン、水、アルコール、天然もしくは合成の油、糖溶液、グリコール、オレイン酸エチルのような注射可能な有機エステル、またはこのような物質の組み合わせが含まれる。場合によっては、薬学的組成物は、防腐剤、ならびに/または、例えば抗菌剤、抗酸化剤、キレート剤、および/もしくは不活性ガスのような他の添加物、ならびに/または他の活性成分をさらに含み得る。
【0050】
いくつかの実施形態において、心筋細胞集団または心臓前駆体集団は、マイクロカプセル化(米国特許第4,352,883号、米国特許第4,353,888号、および米国特許第5,084,350号を参照)を含む既知のカプセル化技術に従ってカプセル化される。心筋細胞または心臓前駆体がカプセル化されている場合、いくつかの実施形態において、心筋細胞または心臓前駆体は、米国特許第5,284,761号、米国特許第5,158,881号、米国特許第4,976,859号、米国特許第4,968,733号、米国特許第5,800,828号、および公開されたPCT特許出願WO95/05452に記載されているようなマイクロカプセル化によってカプセル化される。
【0051】
いくつかの実施形態において、心筋細胞集団または心臓前駆体集団は、以下に記載するように、マトリクス内に存在している。
【0052】
心筋細胞集団または心臓前駆体集団の単位投与形態は、約10個の細胞から約10個の細胞、例えば、約10個の細胞から約10個の細胞、約10個の細胞から約10個の細胞、約10個の細胞から約10個の細胞、約10個の細胞から約10個の細胞、約10個の細胞から約10個の細胞、または、約10個の細胞から約10個の細胞を含み得る。
【0053】
心筋細胞集団は、通常の手順に従って凍結保存し得る。例えば、凍結保存は、適切な増殖培地、10%BSA、および7.5%ジメチルスルホキシドを含み得る「冷凍」培地において、約100万から1000万個の細胞に対して実施することができる。細胞を遠心分離する。成長培地を吸引し、冷凍培地で置き換える。細胞を球体として再懸濁する。例えば−80℃の容器内に置くことで、細胞を緩やかに冷凍する。細胞を37℃の浴において回転させながら解凍し、新鮮な増殖培地内に再懸濁し、上述したように成長させる。
【0054】
人工心臓組織
いくつかの実施形態において、本発明の方法は、a)インビトロで幹細胞または前駆細胞の集団における心筋形成を誘発すること、例えば、幹細胞または前駆細胞がマトリクス内に存在し、このマトリクスにおいて心筋細胞の集団を生成させること、およびb)個体における既存の心臓組織内に、またはこの心臓組織上に、心筋細胞の集団を移植することを含む。したがって、本発明は、インビトロで人工心臓組織を生成し、人工心臓組織をインビボで移植するための方法を提供する。
【0055】
人工心臓組織は、それを必要とする個体への同種移植または自家移植に用いることができる。人工心臓組織を産生するために、幹細胞または前駆細胞と接触させるためのマトリクスを用いることができ、このマトリクスにおいて、上述したように、本発明の方法を用いて幹細胞または前駆細胞が心筋形成するよう誘発する。このことは、(増加した幹細胞または前駆細胞の分化の前または最中に)このマトリクスが適切な血管内に運ばれること、および細胞を含む培地の層が最上部に位置することを意味している。「マトリクス」という用語は、この関連においては、細胞が付着または接着して、対応する細胞複合体、すなわち人工組織を形成することができる、あらゆる適切な担体材料を意味していると理解されたい。いくつかの実施形態において、マトリクスまたは担体材料はそれぞれ、その後の応用に望ましい3次元形態で既に存在している。例えば、ウシの心膜組織を、コラーゲンで架橋され、脱細胞化され、かつ光固定されたマトリクスとして用いる。
【0056】
例えば、マトリクス(「生体適合性基材」とも呼ばれる)は、細胞集団を堆積し得る対象への移植に適している物質である。生体適合性基材は、対象内に一度移植されると、毒作用または損傷作用を生じさせない。一実施形態において、生体適合性基材は、修復または取り替えを必要とする所望の構造に成形され得る表面を有するポリマーである。ポリマーはまた、修復または取り替えを必要とする所望の構造の一部に成形することもできる。生体適合性基材は、細胞がそれに付着することおよびその上で成長することを可能にする、支持骨格を提供する。培養された細胞集団は、その後、細胞間の相互作用に必要な適切な間質距離を提供する生体適合性基材上で成長し得る。
【実施例】
【0057】
以下の実施例は、本発明を実施する方法および使用する方法について完全な開示および記載を当業者に提供するためのものであり、本発明者らが本発明であると考える範囲を限定することを意図したものではなく、以下の実験が、実施された実験の全てまたは唯一のものであることを示すことを意図したものでもない。用いた数字(例えば、量、温度など)に関しての正確さを確実なものとするための尽力はしたが、ある程度の実験上の誤差および偏差は考慮されたい。別段の指示がない限り、割合は重量による割合であり、分子量は重量平均分子量であり、温度は摂氏温度であり、かつ圧力は大気圧かそれに近いものである。標準的な略語を用いている場合があり、例えば、bpは塩基対、kbはキロベース、plはピコリットル、sまたはsecは秒、minは分、hまたはhrは時間、aaはアミノ酸、kbはキロベース、bpは塩基対、ntはヌクレオチド、i.m.は筋肉内、i.p.は腹腔内、s.c.は皮下、などである。
【0058】
実施例1:胚性幹細胞における心筋形成の誘発
幹細胞または前駆細胞を異なる系に導くことは、依然として、幹細胞の生物学において基本的な課題である。Wnt経路のメンバーは胚における多くの極めて重要な事象を制御し(JessenおよびSolnica−Krezel、Cell、120、736〜737ページ、(2005);Olson、Cell、125、593〜605ページ、(2006);Karnerら、Semin Cell Dev Biol、17、214〜222ページ、(2006))、古典的Wntのリガンドはいくつかの種において中胚葉前駆体が心筋細胞に分化することを阻害すると考えられている(SchneiderおよびMercola、Genes Dev、15、304〜315ページ、(2001);Marvinら、Genes Dev、15、316〜327ページ、(2001);TzahorおよびLassar、Genes Dev、15、255〜260ページ、(2001))。しかし、古典的Wntシグナル伝達の、必須の転写メディエーターであるβ−カテニンを介した細胞自立的な役割は知られていない。ここで、初期心臓前駆体がインビボでβ−カテニン・タンパク質に富んでいること、および心臓前駆細胞においてβ−カテニンを欠いているマウスがより少ない心筋細胞および心室低形成を有していることが示されている。β−カテニンを欠いている心筋細胞は増殖の欠陥を有しており、Wnt/β−カテニン標的遺伝子であるサイクリンD2は突然変異体の心臓において下方調節された。逆に、心臓におけるβ−カテニンの安定化により、筋細胞の過剰な増殖およびサイクリンD2の上方調節が生じた。胚性幹細胞における発生の離散窓において、古典的Wntシグナル伝達の活性化により心筋形成が促進され、古典的Wntの阻害により心臓の分化が抑制された。これらの所見は、古典的Wntシグナル伝達が、心臓形成の最初期の事象のいくつかを促進し、胚性幹細胞における心筋の分化を正に調節することを示すものである。
【0059】
材料および方法
マウス系統および遺伝学。Nkx2.5−cre、ctnnbltm2KemまたはIslet1−cre、ctnnbltm2Kemのホモ接合体の胚を、Nkx2.5−cre、ctnnbltm2Kem flox/+系統またはIslet1−cre、ctnnbltm2Kem flox/+系統をそれぞれctnnbltm2Kem flox/flox系統と交配することで得た。Nkx2.5−cre、β−カテニン/loxP(ex3)のヘテロ接合体の胚を、Nkx2.5−cre系統とβ−カテニン/loxP(ex3)flox/+系統とを交配することで得た。野生型の胚および突然変異体の胚を、記載されているように同定した。Jaspardら、Mech Dev、90、263〜267ページ、(2000);およびBraultら、Development、128、1253−1264ページ、(2001)。
【0060】
免疫組織化学およびin situでのハイブリダイゼーション。胚の全体または凍結切片およびEBを以下の抗体で染色した。マウス抗−Islet1(1:200)および抗トロポミオシン(1:100)(DSHB)、ヤギ抗Wnt8a(15μg/ml、R&D Systems)、ヤギ抗β−カテニン(1:50)およびラット抗サイクリンD2(1:100)(Santa Cruz Biotechnology)、ウサギ抗ホスホ・ヒストンH3(1:100、Upstate)、ならびにセイヨウワサビ・ペルオキシダーゼ結合(TSA plus Fluorescent Systems、PerkinElmerを用いた)二次抗体(The Jackson Laboratory)。mRNAのin situでのハイブリダイゼーションを、示したアンチセンス・プローブを用いて、記載されているように実施した。Srivastavaら、Science、270、1995〜1999ページ、(1995)。
【0061】
ES細胞の培養および遺伝子発現分析。ネズミのES細胞を、10%ウシ胎児血清(FBS、Hyclone SH30071.03)、1mMのβ−メルカプトエタノール(Sigma M7522)、2mMのL−グルタミン(Gibco−BRL 25030−081)、1mMのピルビン酸ナトリウム(Gibco−BRL 11360−070)、非必須アミノ酸を含む0.1mMの最小必須培地、およびLIF−調整培地(1:1000)を補ったGlasgow MEM(Sigma G5154)からなる維持培地において、未分化のまま増殖させた。EBを、超低付着性の6ウェル・プレート(Costar 07200601)において、維持培地と同一の構成要素を含むが20%FBSを有しておりLIFを有していない分化培地(DM)においてES細胞(6×10個/ウェル)を3日間培養することにより形成した。初期の処理では、4日目の開始時に、Wnt3a(150ng/ml、R&D systems)またはDkk1(500ng/ml、R&D systems)を含むDMで培地を置き換え、6日目に、培地を新鮮なDMで置き換えた。後期の処理では、7日目の開始時に、Wnt3aまたはDkk1を含むDMでDMを置き換え、9日目に新鮮なDMに切り替えた。各培地を、初期の処理をしたEB、後期の処理をしたEB、および未処理のEBについて3日毎に交換した。8〜12日目に、拍動についてEBを観察した。3日目から12日目の間に、一定の時間間隔でEBを回収した。遺伝子発現分析のために、全RNAを単離し、リアル・タイムPCRをABI Prism system(7900HT、Applied Biosystems)を用いて行った。この研究において用いたTaqManプライマーを表1に羅列する。全てのサンプルを3回ずつ実施した。リアル・タイムPCRのデータはSDS2.2ソフトウェアを用いて正規化および標準化した。
【0062】
【表1】


【0063】
結果
原腸形成が開始するとすぐに、脊椎動物の心臓形成が、誘導性シグナルおよび抑制性シグナルの相互作用によって刺激された前中胚葉において開始する。OlsonおよびSchneider、Genes Dev、17、1937〜1956ページ、(2003);ZaffranおよびFrasch、Circ Res、91、457〜469ページ、(2002)。隣接する内胚葉および外胚葉からのシグナルに応じて、中胚葉前駆体の2つのドメイン、すなわち第一および第二の心臓野が、心臓への分化を決定し、各々は異なる心臓領域に寄与する。Buckinghamら、Nat Rev Genet、6、826〜835ページ、(2005);Srivastava、Cell、126、1037〜1048ページ、(2006)。種を超えて心臓発生経路が保存されているにも関わらず、心臓形成におけるWntシグナル伝達の相反する役割が報告されている。
【0064】
ハエにおいて、古典的Wntファミリーの創始メンバーであるWinglessは、心臓系統の決定に必要である(Wuら、Dev Biol、169、619〜628ページ、(1995);Jaglaら、Development、124、91〜100ページ(1997))。しかし、カエルおよびヒヨコにおいて、古典的Wntの過剰発現は、おそらく内胚葉への作用を介して、心筋細胞の運命決定または分化を阻害する。(SchneiderおよびMercola、Genes Dev、15、304〜315ページ、(2001);Marvinら、Genes Dev、15、316〜327ページ、(2001);TzahorおよびLassar、Genes Dev、15、255〜260ページ、(2001))。WntリガンドがFrizzled膜貫通受容体に結合し、それにより、転写因子のTCF/LEFファミリーと相互作用してWnt標的遺伝子を活性化する転写コ・アクチベーターである、β−カテニンのタンパク質レベルが安定化すると、古典的Wntシグナル伝達経路が開始される。LoganおよびNusse、Annu Rev Cell Dev Biol、20、781〜810ページ、(2004);Bejsovec、Cell、120、11〜14ページ、(2005)。中胚葉前駆体におけるいずれのWnt経路の細胞自立的な役割も知られていないが、Gタンパク質結合受容体に依存する細胞内カルシウムの変化が介在する、古典的でないWntシグナル伝達は、心臓形成を促進し得る(Pandurら、Nature、418、636〜641ページ、(2002))。
【0065】
古典的Wntシグナル伝達が心臓形成領域において活性であるかを決定するために、β−カテニン・タンパク質の発現をマウスの胚において調べた。胚期(E)8.5日目において、心筋層はβ−カテニンに富んでおり、このことは、心臓前駆体における活性な古典的Wntシグナル伝達を示唆している。発生している心臓において発現している古典的Wnt分子(Wnt2、Wnt7a、Wnt8a)のうち(Monkleyら、Development、122、3343〜3353ページ、(1996);Bondら、Dev Dyn、227、536〜543ページ、(2003);Jaspardら、Mech Dev、90、263〜267ページ、(2000))、E8.5の心臓前駆体においてWnt8aが最も特異的に発現していることが明らかとなった。β−カテニンおよびWnt8aの発現は発生のその後の段階でも持続した。
【0066】
心筋細胞における古典的Wntシグナル伝達の細胞自立的な役割を試験するために、ctnnbltm2Kemマウス(Braultら、Development、128、1253〜1264ページ、(2001))またはβ−カテニン/loxP(ex3)マウス(Haradaら、EMBO J、18、5931〜5942ページ、(1999))をそれぞれ用いて、心臓中胚葉前駆体においてβ−カテニンの発現を妨害するかまたは安定化させた。ctnnbltm2Kemマウスにおいて、Creレコンビナーゼ介在性のエキソン2〜6の削除により、β−カテニン−null対立遺伝子が生じ、β−カテニン/loxP(ex3)マウスにおいては、creの発現により、安定なβ−カテニンが生じることでWnt/β−カテニン・シグナル伝達が活性化する(図1Aおよび1B)。Nkx2.5−cre系統を用いて、初期の心臓の運命決定の事象が開始した直後に、E8.0で始まる心室の心臓形成前駆体におけるcreの発現を促進した。McFaddenら、Development、132、189〜201ページ、(2005)。Cre−介在性の削除事象をウェスタン・ブロット分析で確認したところ、ほぼ完全なものであった(図1B)。
【0067】
Nkx2.5−cre、ctnnbltm2Kemのホモ接合体の胚は、心臓の機能不全によって約E12.5で死亡し、心室、とりわけ右心室(RV)のサイズが著しく減少しており、心室壁における心筋細胞が減少していた。逆に、安定化したβ−カテニンを有する、Nkx2.5−cre、β−カテニン/loxP(ex3)のヘテロ接合体の胚は、心室壁が異常に厚くなった肥大した心臓を有しており、このことは、古典的Wntシグナル伝達が心筋細胞の数を調節することを示唆している。
【0068】
心筋の変化の原因を同定するために、細胞周期の制御における変化を検出するための抗ホスホ・ヒストンH3(PH3)抗体を用いた免疫染色か、またはアポトーシスを検出するためのTUNELアッセイによって心臓を分析した。PH3染色は、Nkx2.5−cre、ctnnbltm2Kemの心臓において減少し(38%、P<0.01)、Nkx2.5−cre、β−カテニン/loxP(ex3)の心臓において増大した(132%、P<0.01)。細胞周期を促進する(Kioussiら、Cell、111、673〜685、(2002);Huangら、Oncogene、(2007)、26:2471ページ)Wnt/β−カテニン・シグナル伝達の既知の標的であるサイクリンD2のレベルは、Nkx2.5−cre、β−カテニン/loxP(ex3)の心臓において増大し、Nkx2.5−cre、ctnnbltm2Kemの心臓において減少した。アポトーシスは影響を受けなかった。したがって、Wnt/β−カテニンは、左心室または右心室にそれぞれ寄与する第一および第二の心臓野の誘導体において、心臓前駆体を細胞自立的な増殖状態に維持するために必要である。
【0069】
Nkx2.5−creは未分化の中胚葉前駆体においては活性化されないため、前記の結果は、中胚葉前駆体が心臓系統に運命決定した後の、Wnt/β−カテニン・シグナル伝達についての比較的後期の役割を示すと考えられる。その初期の役割を評価するために、ctnnbltm2Kemマウスを、RVおよび流出路を生じさせる中胚葉前駆体においてE7.0〜7.5にcreが発現するIsle1−creマウスと交配させることにより、β−カテニンを、心臓分化の前の第二の心臓野の前駆体において欠失させた。Caiら、Dev Cell、5、877〜889ページ、(2003)。Islet1−cre、ctnnbltm2Kemのホモ接合体の胚において、第二の心臓野はRVを形成し得なかったが、左心室(LV)は比較的正常なサイズであった。LV特異的な転写産物であり、流出路でも発現するHand1(Srivastava、Trends Cardiovasc Med、9、11〜18ページ、(1999))を認識するプローブを用いたIn situでのハイブリダイゼーションによって、心室腔の同一性を確認した。突然変異体の心臓の切片により、縮小したRVおよび流出路ドメインにおける薄い心筋層が明らかになり、このことは、Nkx2.5−Creでの後期の欠失よりもより重度のRV前駆体の欠陥を示している。咽頭弓中胚葉におけるIslet1−Creの活性と一致して、β−カテニンの欠失によりこれらの構造の形成不全も同様に引き起こされた。したがって、第二の心臓野の中胚葉前駆体は、分化決定または増加のためにWnt/β−カテニン・シグナル伝達を必要とすると考えられる。Islet1の発現は正常であり、このことは、中胚葉前駆体は存在していたがRVに寄与する心筋への分化は行われなかったことを示唆している。
【0070】
Wnt/β−カテニンは心臓前駆細胞の発生に必要であったが、本発明者のインビボでのデータは、Wnt/β−カテニン・シグナル伝達が初期心臓前駆体の誘導に必要であるかどうかを明らかにするものではなく、また、Wntにより調節される初期の分子事象に対処し得るものでもない。これらの疑問に答えるために、発生の所定の段階の前駆体を利用可能にする、胚性幹(ES)細胞の分化システムを用いた。懸滴において成長させたES細胞は胚様体(EB)を形成し、この胚様体は、3つの胚葉の誘導体にランダムに分化し、頻度は低いながらも、拍動を有する心筋を形成し得る。頻度は、技術的に非常に容易でありES細胞からの心筋細胞の生成量を高める懸濁液においてEBを成長させた場合に、さらに低い。
【0071】
古典的Wntシグナル伝達を標的化するための最良の時間を決定するために、ESの分化の際の中胚葉および心臓遺伝子の発現のプロフィールを明らかにした。初期中胚葉マーカーである短尾(Bry)はEBの分化の3日目(EB3)に強く誘発されたが、その後下方調節され、このことは、EB3までの中胚葉の運命決定を示唆している(図2)。転写因子Nkx2.5、Tbx5、Gata4、およびMesp1を含む他の初期心臓中胚葉マーカーは、EB4〜6の間で強く誘発された。サルコメア遺伝子Myh6、Myh7、Mlc2a、およびMlc2vを含む後期心臓マーカーは、EB7〜9までに誘発された(図3Aおよび3B)。
【0072】
古典的Wntシグナル伝達はインビボ(Haegelら、Development、121、3529〜3537ページ、(1995);Liuら、Nat Genet、22、361〜365ページ、(1999))およびEB(Lindsleyら、Development、133、3787〜3796ページ、(2006))での通常の中胚葉形成に必要である。心臓の分化に特異的な、Wntシグナル伝達の効果の解釈を容易にするために、古典的Wntシグナル伝達を、中胚葉の運命決定(EB3)の後、かつ初期心臓遺伝子(EB4〜5)の誘導の前に標的化した。利用可能な可溶性の古典的Wntリガンドである可溶性Wnt3a、および古典的Wntの阻害剤であるdickopff1(Dkk1)を、Wnt/β−カテニン・シグナル伝達を促進または妨害するために用いた。Bryの発現は変化せず(図4A)、このことは、EB3の後の古典的Wntシグナル伝達の刺激または阻害が中胚葉前駆体の数を変化させなかったことを示唆している。逆に、EB4〜6の間に可溶性Wnt3aでWnt/β−カテニンを刺激すると、細胞を懸濁液において成長させた場合、EB12での拍動を有するEBの数が10%から50%超まで増大した(図4B、左、P<0.01)。EB4〜6の間にDkk−1で古典的Wntシグナル伝達を阻害すると、拍動を有するEBは全く存在せず(図4B、右)、このことは、古典的Wntシグナル伝達がES細胞の分化システムにおける心筋細胞の形成に必要であることを示唆している。心臓前駆体はWntシグナル伝達によって同様に影響を受け、EBにおけるIsl1陽性細胞およびトロポミオシン陽性細胞の数は、Wntアゴニストにより増大し、Wntアンタゴニストによって減少した(図4Cおよび4D)。
【0073】
中胚葉前駆体を心臓系統に移行させる、Wntの正の役割と一致して、初期心臓遺伝子Nkx2.5およびTbx5の発現は、EB4〜6のWnt3aへの暴露によって上方調節され、Dkk−1への同様の暴露によって下方調節された(図4E、上)。第二の心臓野のマーカーであるIslet1、およびRVマーカーであるHand2(Srivastava、Trends Cardiovasc Med、9、11〜18ページ、(1999))は、Wnt3aおよびDkk−1に対して、心臓サルコメア遺伝子と同様の応答を示した(図4E、上)。
【0074】
初期心臓中胚葉の誘導後の古典的Wntシグナル伝達の効果を評価するために、EBをEB7〜9の間にWnt3aまたはDkk−1で処理した。Wnt3aで処理し懸濁液内で成長させたEBのほぼ50%がEB12までに拍動を有しており(図4B、左、P<0.01)、初期および後期の心臓マーカーのほとんどが上方調節され(図4E、下)、このことは、Wntが、この比較的後期の段階であっても、心臓中胚葉の分化に対して正の効果を有していたことを示唆している。Dkk−1で処理したEBの約10%が拍動を有しており(対して、対照EBでは13%、図4B、右、P>0.2)、心臓遺伝子の発現は変化しなかった(図4E、下)。したがって、心臓中胚葉の運命決定の後には、古典的Wntシグナルは完全な心臓分化には必須ではないと考えられるが、依然として中胚葉前駆体を集めるかまたは心臓前駆体を増加させる可能性がある。
【0075】
モデル・システムにおける古典的Wntシグナル伝達アゴニストの異所性発現または過剰発現により、古典的Wntシグナル伝達の阻害が脊椎動物の心臓形成に必要であるという一般的見解に至った(OlsonおよびSchneider、Genes Dev、17、1937〜1956ページ、(2003);EisenbergおよびEisenberg、Dev Biol、293、305〜315ページ、(2006))。この理論を試験するために、時空間的に制限され、かつ細胞自立的な方法で、古典的Wntシグナル伝達の機能喪失および機能獲得の研究を行った。一般的見解とは異なり、Wnt/β−カテニン・シグナル伝達は、マウス胚およびES由来細胞における心臓前駆体の発生に必要であり、ここで、前記シグナル伝達は、中胚葉前駆体における心臓遺伝子の発現の最初期の兆候にさえも必要であった。これらの所見と一致して、古典的Wntシグナル伝達は、ショウジョウバエにおける心臓前駆体の誘導および分化に必要である(ZaffranおよびFrasch、Circ Res、91、457〜469ページ、(2002);Buckinghamら、Nat Rev Genet、6、826〜835ページ、(2005))。逆に、Wnt/β−カテニン・シグナル伝達を刺激すると、より増殖した心臓細胞を有する肥大した心臓となり、このことは、おそらく部分的にはサイクリンD2に対する効果を介した、心臓細胞の増殖における指示的な役割を示唆している。懸濁液において成長させたEBからの拍動を有する心筋細胞の効果的な生成および心臓遺伝子の発現の誘導はさらに、心臓形成の促進における古典的Wntシグナル伝達の正の役割を裏付けるものである。したがって、ここにおいて、Wnt/β−カテニン・シグナル伝達が哺乳動物における心臓形成に必須であること、および古典的Wntシグナル伝達がES細胞における心臓の決定および分化を調節するべく操作され得ることが示されている。
【0076】
図1Aおよび1B:組織特異的なnullおよび安定なβ−カテニンの生成。b:E12.0の、Nkx2.5−cre、ctnnbltm2Kemのヘテロ接合体、ホモ接合体(左)、および野生型、Nkx2.5−cre、β−カテニン/loxP(ex3)のヘテロ接合体(右)の胚から得た心室の、β−カテニンおよびGAPDHに対する抗体(それぞれ1:50および1:100、Santa Cruz Biotechnology)を用いたウェスタン・ブロット。GAPDH抗体を対照として用いた。
【0077】
図2:短尾の発現プロフィール。心臓遺伝子の発現における倍率の変化(y軸)は、未分化ES細胞に関するものである。誤差のバーは標準偏差を示す。
【0078】
図3Aおよび3B:初期および後期の心臓遺伝子の発現プロフィール。a:WTのEBにおいて6日目までに明らかに異なる、初期心臓遺伝子の発現レベル(Nkx2.5、Tbx5、Gata4、およびMesp1)。b:WTのEBにおいて9日目までに顕著に増大する後期心臓遺伝子(Myh6、Myh7、Mlc2a、およびMlc2v)の発現。心臓遺伝子の発現における倍率の変化(y軸)は、未分化ES細胞に関するものである。誤差のバーは標準偏差を示す。
【0079】
図4A〜E:古典的Wntシグナル伝達はES細胞における心臓の誘導および分化を調節する。a:対照と比較した、0日目の未分化ES細胞、ならびに初期のWnt3a処理またはDkk−1処理の3、6、および9日後に採取したEBの、定量リアル・タイムPCR(qPCR)によって決定した、短尾の発現プロフィール。b:懸濁液において成長させた拍動を有するEBを8〜12日目に計数した。Wnt3a(左)またはDkk−1(右)を用いた初期(4〜6日目)または後期(7〜9日目)の処理後の、拍動を有するEBのパーセンテージ。アステリスクは、未処理のEBに対する処理群の、拍動を有するパーセンテージの有意な差を示している(P<0.01)。c、d:抗Islet1(c)または抗トロポミオシン(d)を用いた、12日目のEBの免疫組織化学。e:Wnt3aまたはDkk−1を用いた初期(4〜6日目、上)または後期(7〜9日目、下)の処理後の心臓遺伝子の発現。EBを3、6、および9日目(初期の処理)または6、9、および12日目(後期の処理)に採取した。未分化ES細胞に関する、ESにおける全ての表示した遺伝子の発現における倍率の変化(y軸)を、qPCRによって評価した。NSは有意ではないことを示す。P<0.01である。
【0080】
実施例2:安定化したβ−カテニンの影響を受ける遺伝子の同定
安定化したβ−アクチンの影響を受ける第二の心臓野(SHF)の遺伝子についてゲノム全体の研究を行うために、Rosa−YFP+/−、Islet1−cre+/−、β−カテニン(ex3)loxPloxP/+の胚を生成した。これらの胚は、SHF前駆体およびそれらの誘導体において黄色蛍光タンパク質(YFP)の発現を示した。胚期(E)9日目において、これらの胚を切開し、不必要な細胞(頭部および尾部の組織)を除去するように切り取った。この胚期は、心不全の後に生じ得る第二の遺伝子変化を避けるために選択された。YFP細胞を、Gladstone Flow Cytometry Labにおいて蛍光活性化細胞選別(FACS)によって精製した(図5)。Rosa−YFP陰性胚組織をゲーティングの対照として用いた(図5、左)。
【0081】
図5:E9.5の、対照(Islet1−cre、左)、野生型(Rosa−YFP、Islet1−cre、中央)、および突然変異体(Islet1−cre、β−カテニン(ex3)loxP、右)の胚から得たYFP+細胞集団を示すヒストグラムである。選別に用いたYFP+細胞は長方形内のものである。
【0082】
各E9.5胚で3000個までのYFP細胞および約10ngの全RNAが得られた。RNAの量(10ng)はAffymetrixアレイのための1つのサンプルを精製するには十分であった。このマイクロアレイ分析では3回の実験反復を行った。全RNAを、WT−Ovation Pico RNA Amplification Systemを用いて増幅し、FL−Ovation cDNA Biotin Module V2(Nugen)を用いて断片化および標識した。簡潔に述べると、DNA/RNAヘテロ二本鎖の二本鎖cDNAを、RT−PCRおよびPCRによって全RNAから合成した。cDNAをSPIA等温線形増幅によってさらに増幅した。精製後、得られたcDNAを、Affymetrix GeneChipsとのハイブリダイゼーションのために断片化および標識した。Affymetrix GeneChipsのハイブリダイゼーション、染色、およびスキャンは、Gladstone Genomics Core Lab.にて行った。生データをさらに分析し、潜在的な候補の数を絞り込んだ。表2は、このアレイにおいて有意に調節異常であった、選択された遺伝子を示す。
【0083】
【表2】

【0084】
Dkk、Wif1、Apcdd1、およびAxin2のような、古典的Wntの多くのフィードバック標的遺伝子(Wntシグナル伝達の構成要素)が、突然変異体において上方調節され、このことは、一連のデータの質を裏付けるものである。とりわけ、Ndrg1、Ndrl、およびMyct1のような、細胞周期に関連する遺伝子は、突然変異体において非常に良く上方調節された。N−myc下流調節遺伝子1(Ndrg1)は、細胞の分化に関与する新規なタンパク質をコードする。Kokameら、J Biol Chem、1996、271:29659〜29665ページ;van Belzenら、Lab Invest、1997、77:85〜92ページ。myc標的1(Myct1)は癌遺伝子であるc−Mycの直接的な標的であり、癌に関与する遺伝子を調節する。CohenおよびProchownik、Cell Cycle、2006、5:392〜393ページ。同様に、Fgf、Tgf、およびBMPのような、成長因子をコードする遺伝子も高度に上方調節された。SRY−boxを含む遺伝子であるSox17、18、および10もまた上方調節された。古典的Wntシグナル伝達は、ES細胞における心臓の分化決定に必須であるSox17を正方向に調節する。Liuら、Proc Natl Acad Sci USA、2007、104:3859〜3864ページ。上方調節された遺伝子の組において、塩基性ヘリックス・ループ・ヘリックス・ドメイン含有クラスB2(Bhlhb2)は、配列特異的な転写抑制因子をコードし、その相同体は、細胞周期、分化、および概日リズムの調節のプロセスに関与する。Zawelら、Proc Natl Acad Sci USA、2002、99:2848〜2853ページ;Boudjelalら、Genes Dev、1997、11:2052〜2065ページ;Sunら、Nat Immunol、2001、2:1040〜1047ページ;Honmaら、Nature、2002、419:841〜844ページ。多くの上方調節された遺伝子の遺伝子座において保存されたLef/Tcf結合部位が見られ、このことは、それらがWnt/β−カテニン・シグナル伝達の直接的な標的であり得ることを示唆している。突然変異体においては、わずかな遺伝子が有意に下方調節されると考えられる。これらには、Isl1、Shh、Myocd、およびSmydlが含まれる。Isl1はSHFマーカーであり、SHFの発生に必要である。Caiら、Cell、(2003)、5:877〜889ページ。Shhは心臓の形態形成に必要であり、Islet1の下流標的である。Linら、Dev Biol、2006、295:756〜763ページ。したがって、Shhの下方調節は、Islet1の発現の減少によるものであり得る。しかし、保存されたBhlhb2結合部位がShh遺伝子座において見られ、このことは、Wnt/β−カテニン・シグナル伝達がBhlhb2を介してShhの発現も抑制し得ることを示唆している。Myocardin(Myocd)は筋形成に関与する転写コ・アクチベーターである。Pipesら、Genes Dev、2006、20:1545〜1556ページ。SETおよびMYNDドメイン含有1(Smyd1)は、心臓の形態形成に重要なヒストン・メチルトランスフェラーゼである。Gottliebら、Nat Genet、2002、31:25〜32ページ。興味深いことに、Smyd1ノックアウト(KO)胚は、安定化したβ−カテニンを有する胚の心臓と同様の、肥大した心臓(上記のGottliebら(2002))を示す。Kwonら、Proc Natl Acad Sci USA、2007、104:10894〜10899ページ。候補遺伝子のいくつかは、定量リアル・タイムPCRによるものであった(図6)。
【0085】
図6:WT(Rosa−YFP、Islet1−cre、左のバー)およびMut(Rosa−YFP、Islet1−cre、β−カテニン(ex3)loxP、右のバー)の胚から選別されたYFP+細胞から得た、表示した遺伝子の、定量リアル・タイムRT−PCR。誤差のバーは標準偏差を示す。
【0086】
実施例3:
分化しているヒトの胚性幹(ES)細胞(H9)をWnt−3aで処理した。図7に示すように、Wnt−3aは、拍動を有するhES細胞の数を有意に増大させた。したがって、古典的Wntは、心筋細胞へのヒトES細胞の分化を促進する。
【0087】
本発明の特定の実施形態を参照して本発明を記載してきたが、当業者には、本発明の実際の趣旨および範囲から逸脱することなく、様々な変化がなされ得、同等のものが代用され得るということを理解されたい。加えて、特定の状況、材料、物の組成、プロセス、プロセスの段階、または段階を、本発明の目的、趣旨、および範囲に適合させるために、多くの変更がなされ得る。全てのこのような変更は、本明細書に添付する特許請求の範囲の範囲内にあることを意図するものである。




【特許請求の範囲】
【請求項1】
幹細胞または前駆細胞の集団において心筋形成を誘発する方法であって、幹細胞または前駆細胞において古典的Wntシグナル伝達経路を誘発することを含む方法。
【請求項2】
前記古典的Wntシグナル伝達経路が、幹細胞をWntリガンドと接触させることにより誘発される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
Wntリガンドが可溶性のWnt3aである、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記誘発が中胚葉の運命決定の前に行われる、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
少なくとも約10%の幹細胞集団が心筋細胞に分化する、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
約10%から約50%の幹細胞集団が心筋細胞に分化する、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
少なくとも約50%の幹細胞集団が心筋細胞に分化する、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
幹細胞または前駆細胞の集団から心筋細胞の集団を生成する方法であって、幹細胞または前駆細胞を、古典的Wntシグナル伝達を誘発する作用物質と接触させることを含む方法。
【請求項9】
作用物質がWntリガンドである、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
Wntリガンドが可溶性のWnt3aである、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記接触がインビトロで行われる、請求項8に記載の方法。
【請求項12】
少なくとも約10%の幹細胞集団が心筋細胞に分化する、請求項8に記載の方法。
【請求項13】
約10%から約50%の幹細胞集団が心筋細胞に分化する、請求項8に記載の方法。
【請求項14】
少なくとも約50%の幹細胞集団が心筋細胞に分化する、請求項8に記載の方法。
【請求項15】
非心筋細胞から心筋細胞を分離することをさらに含む、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
前記分離が、細胞を、心筋細胞特異的細胞表面マーカーに特異的な抗体と接触させることを含む、請求項15に記載の方法。
【請求項17】
心筋細胞特異的細胞表面マーカーがトロポニンおよびトロポミオシンから選択される、請求項16に記載の方法。
【請求項18】
細胞がマトリクス内に存在する、請求項8に記載の方法。
【請求項19】
幹細胞または前駆細胞の集団において心筋形成を誘発する方法であって、幹細胞におけるβ−カテニンのレベルを増大させることを含む方法。
【請求項20】
幹細胞または前駆細胞を、β−カテニンをコードするヌクレオチド配列を含む発現構築物で遺伝的に修飾することを含む、請求項19に記載の方法であって、コードされるβ−カテニンが幹細胞または前駆細胞において産生される方法。
【請求項21】
発現構築物がウイルス構築物である、請求項20に記載の方法。
【請求項22】
発現構築物が組換えアデノ随伴ウイルス構築物である、請求項21に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8A】
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【図8B】
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【図9A】
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【図9B】
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【図9C】
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【図9D】
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【図9E】
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【図9F】
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【図9G】
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【図9H】
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【図10A】
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【図10B】
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【図10C】
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【公表番号】特表2010−508846(P2010−508846A)
【公表日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−536303(P2009−536303)
【出願日】平成19年11月9日(2007.11.9)
【国際出願番号】PCT/US2007/023588
【国際公開番号】WO2008/060446
【国際公開日】平成20年5月22日(2008.5.22)
【出願人】(505458304)
【Fターム(参考)】