説明

患者由来の代謝物を使用したがんの検査方法

【課題】患者の負担が少なくかつ迅速にがんの検査を行うことができる方法の提供。
【解決手段】下記の工程を含むがんの検査方法;(1)MS解析にて患者由来の試料中の代謝物のマススペクトルデータを取得する工程、(2)前記取得したマススペクトルデータと予め作成したがん患者由来の試料中の代謝物又は癌組織の外科的切除後の患者由来の試料中の代謝物のマススペクトルデータを比較してマススペクトルデータの変動を検出する工程、(3)上記変動の検出により、当該患者由来の試料ががん患者由来の試料であるかを判定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、患者由来の代謝物を使用したがんの検査方法に関し、特にがん患者の代謝産物の変動を解析することによりがんの検査を行う方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の疾患診断、特にがん疾患診断は、血液、尿中のバイオマーカー測定による生化学的検査、カメラ、内視鏡等による画像検査が主体である。しかし、現状では、疾患特異的なバイオマーカーが発見されていないものや画像検査が評価の対象とならない疾患も数多く存在し、早期診断や治療効果の判定、予後診断を困難にしている。
【0003】
現在、癌の検査は血液中の腫瘍マーカー[例えば、CA19-9(糖鎖抗原19-9),CEA(がん胎児性抗原), AFP(α-フェトプロテイン), PIVKA-II, PSA(前立腺特異抗原), CA125(糖鎖抗原125)]などの数値を指標に一次検査が行われている。
一次検査で陽性であった場合、組織生検の顕微鏡検査により、がんの確定診断と悪性度が調べられる。しかし、がん特異的な腫瘍マーカーはなく、偽陽性率が高い。したがって、がんの臨床検査のための新規な方法は、がんの総合判断にとって大いに有益である。
【0004】
一方、大腸がんは我が国でも増加の一途をたどっており、克服すべき最重要疾患の一つである。しかしながら、大腸がん患者の外科的切除後の予後判断に有用な分子マーカーはまだ確立されていないのが現状である。大腸がん患者の外科的切除後の予後を客観的に判断できない現状では、多くの大腸がん患者に対して化学療法などの画一的な治療を施していた。一方、化学療法を施しても、その効果は患者によりばらつきがあった。
【0005】
外科的切除後の患者の予後が客観的に判断できれば、外科的切除後の治療方法を適切に選択することが可能となり、患者への負担や治療費の軽減化が図られるなどのメリットは非常に大きい。
【0006】
一方、創薬、薬理学、毒性学、診断に供する知見を得るための新たな研究手法として、メタボロームの解析が行われている。
また、メタボロームの解析方法として、例えば、主成分分析(PCA)および部分最小自乗法(PLS)などの統計解析を用い、取得したスコアの座標配置による群分けを行い、ローディングプロットによる化合物を同定してマーカーを選別する方法が報告されている。
【0007】
加えて、上記メタボロームを解析する方法に関する特許文献が公開されている。
特開2009−57337は、「多数のメタボロームデータを同時に解析してデータマイニングを行う手段を提供すること」を開示している。
また、特開2007−315852は、「被験物質が薬剤誘発性リン脂質症などの脂質代謝異常症を誘発する可能性があるか否かを簡便かつ確実に予測又は診断する方法を提供すこと」を開示している。
しかし、上記文献では、がんの検査方法に関しては開示又は示唆がない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2009−57337
【特許文献2】特開2007−315852
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従来のがん診断、特に大腸がんの診断は、血中腫瘍マーカーの測定、並びに内視鏡による画像診断が主である。しかし、大腸がん診断に用いる腫瘍マーカーは大腸がん特異的ではなく、他のがんにおいても変動するものであるので、患者に大きな負担をかける内視鏡診断が必要であった。
これにより、患者の負担が少なくかつ迅速にがんの検査を行うことができる方法の開発が望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、上記状況を鑑み、代謝物特に血液中の代謝物の変動を解析することにより、がん特に大腸がんの検査を迅速かつ容易に行うことができることを見出し、本発明を完成した。
【0011】
本発明は、すなわち以下よりなる。
1.下記の工程を含むがんの検査方法;
(1)MS解析にて患者由来の試料中の代謝物のマススペクトルデータを取得する工程、
(2)前記取得したマススペクトルデータと予め作成したがん患者由来の試料中の代謝物又は癌組織の外科的切除後の患者由来の試料中の代謝物のマススペクトルデータを比較してマススペクトルデータの変動を検出する工程、
(3)上記変動の検出により、当該患者由来の試料ががん患者由来の試料であるかを判定する工程。
2.前記判定は、癌組織の有無、がんの種類、がんの進行度、治療効果又は予後状態の判定である前項1に記載のがんの検査方法。
3.前記変動は、以下のいずれか1以上から選ばれる前項1又は2に記載のがんの検査方法。
(1)マススペクトルの消失
(2)マススペクトルの出現時間の変化
(3)マススペクトルのピーク強度の上昇又は減少
4.前記予め作成したがん患者由来の試料中の代謝物又は癌組織の外科的切除後の患者由来の試料中の代謝物のマススペクトルデータは、健常者由来の試料中の代謝物のマススペクトルデータとがん患者由来の試料中の代謝物又は癌組織の外科的切除後の患者由来の試料中の代謝物のマススペクトルデータの差異を分析し、さらに該マススペクトルデータの差異が主成分分析又はSIMCA法を使用して解析して得られることを特徴とする前項1〜3のいずれか1に記載のがんの検査方法。
5.前記試料は、採取した血液、血液由来成分、尿、糞便、唾液又は汗である前項1〜4のいずれか1に記載のがんの検査方法。
6.大腸がんの診断において、以下のいずれか1以上のマススペクトルを前記マススペクトルデータとして使用する前項1〜5のいずれか1に記載のがんの検査方法。
(1)分子量280.00〜284.00(m/z)内のマススペクトル
(2)分子量239.00〜244.00(m/z)内のマススペクトル
(3)分子量336.00〜341.00(m/z)内のマススペクトル
(4)分子量299.00〜303.00(m/z)内のマススペクトル
(5)分子量389.00〜393.00(m/z)内のマススペクトル
(6)分子量411.00〜415.00(m/z)内のマススペクトル
(7)分子量694.00〜699.00(m/z)内のマススペクトル
7.試料中の代謝物の分子量280.00〜284.00(m/z)及び/又は分子量239.00〜244.00(m/z)内のマススペクトルのピーク強度が、大腸がん患者由来の試料中のマススペクトルのピーク強度と比較して、20〜50%である場合には大腸がんではないと判定する前項6に記載のがんの検査方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明は、代謝物特に血液中の代謝物の変動を網羅的に解析することにより、がん特に大腸がんの検査を迅速かつ容易に行う検査方法を提供することができた。さらに、本発明は、患者への負担が非常に小さい代謝物を使用するので有用ながんの検査方法である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】血液から試料を調製する例
【図2】大腸癌組織の外科的切除前後における主成分分析結果
【図3】大腸癌組織の外科的切除前後におけるマススペクトルの変動があった分子量
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明を以下に詳細に説明する。
【0015】
(本発明の概要)
本発明の概要は、以下の通りである。
哺乳動物から採取した代謝物を、質量分析計特に液体クロマトグラフ質量分析計により網羅的に分析する。
そして、上記分析により得られたマススペクトルの消失、出現時間、保持時間、及び/又はピーク強度の上昇若しくは減少のデータを健常者、がん患者又は癌組織の外科的手術後の患者の代謝物から得られたマススペクトルデータと比較することで、癌組織の有無、がんの種類、がんの進行度、予後状態、治療効果を判定する。さらに、該治療効果の判定により、患者に適した抗癌剤を選択することも可能である。
なお、本発明のがんの検査方法は、一つのバイオマーカーによるものではなく、マルチマーカーによる検査を主体としたものであり、患者の病態をより詳しく反映することができる。これにより、各種がんの早期診断、治療効果の判定、予後診断などを行うことができると考えられる。
【0016】
(メタボローム)
「メタボローム」は、生体内や生体に由来する血液、尿、細胞等に含まれる代謝物質の総称を意味する。
また、メタボローム解析は、代謝経路から産生される代謝物を解析することによって、創薬等に有用な代謝経路の探索または、生態の生理的変化を指標する化合物を見出すことに応用されている。
加えて、メタボロームの測定法としては、キャピラリー電気泳動・質量分析法、ガスクロマトグラフィー・質量分析法、高速液体クロマトグラフィー・質量分析法、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析法、核磁気共鳴分析法(NMR)などが知られている。
なお、メタボロームのデータの解析方法としては、例えば、主成分分析(PCA)、部分最小自乗法(PLS)などの統計解析を用い、取得したスコアの座標配置による群分けを行い、ローディングプロットによる化合物を同定してマーカーを選別する等が行われる。
【0017】
(MS解析)
「MS解析」とはタンパク質等の質量分析を意味する。分析する試料をイオン化させて導入し,電気力や磁気力により質量ごとの差をつくり、イオンの質量を分析することである。
上記分析を行う装置である質量分析計を含め以下MSと略する場合がある。
MSには、イオントラップ型MS、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析(FT-ICR/MS)、イオンスキャン法、 Q-TOF型MSなどが挙げられる。これらは、1方法だけで分析しても複数のMSを連結させて分析(以下MS/MS解析)させても良い。
また、前記MS解析結果に基づいてタンパク質の同定も行うことができる。なお、タンパク質を同定するには、MSデータから分子量が合致するペプチドフラグメントの候補を検出し、さらに前記フラグメントからペプチド全体を予測することで行うことができる。さらに、タンパク質を同定するソフトウエアが市販されている。例えば、Mascot、Sonar MS/MS等が挙げられる。
【0018】
(マススペクトル)
「マススペクトル」は、タンパク質の質量分析の結果得られる、横軸に質量(m/z 値)、縦軸に検出強度をとったスペクトルを指す(図3参照)。
【0019】
(代謝物)
本発明の代謝物は、採取した血液、血液由来成分、尿、糞便、唾液、汗に含まれる産物を対象とする。特に、好ましい代謝物は、採取した血液又は血液由来成分である。
【0020】
(変動)
患者ががん疾患の症状を示す場合には、代謝物特にタンパク質の濃度等に変動が生じる。
「変動」は、例えば、代謝物特にタンパク質の濃度上昇若しくは濃度減少、消失、出現などの1種又は2種以上を含む概念であり、いかなる意味においても限定的に解釈されない。
この変動は、対象患者由来の代謝物のマススペクトルデータと健常者、がん患者又は癌組織の外科的切除後の患者由来の代謝物のマススペクトルデータとを比較することにより、容易に確認することができる。
一般的には、健常者由来の代謝物のマススペクトルデータをコントロール群とすることにより容易に変動を確認することができる。また、健常者由来の代謝物のマススペクトルから得た測定結果を標準結果とし用意しておき、その標準結果と比較して有意差の有無を判定してもよい。このような態様も本発明の方法に包含される。
【0021】
(予め作成したマススペクトルデータ)
本発明のがんの検査方法には、予め健常者、がん患者、又は癌組織の外科的切除後の患者由来の代謝物のマススペクトルデータを取得しておくことが好ましい。
対象患者由来の代謝物のマススペクトルデータと上記マススペクトルデータとの対比により、マススペクトルの変動結果から、がんの判定(癌組織の有無、がんの種類、がんの進行度、予後状態、治療効果)を行うことができる。
【0022】
(マススペクトルデータの解析方法)
本発明のマススペクトルデータの解析方法は、得られたマススペクトルデータ中における特定のマススペクトルの消失、出現時間、保持時間、及び/又はピーク強度の上昇若しくは減少を解析することによって、がんの判定を行う。なお、本発明ではこの解析方法を解析モデルと称する場合がある。
【0023】
解析モデルは測定前に予め作成しておくことが望ましいが、測定時に取得するマススペクトルデータを解析モデル作成用と検定用とに2分割し、解析モデル作成用データをもとに得られた解析モデルを使用して検定を行ってもよい。
例えば、大量の検体を一斉に検査する場合、検体の一部を解析モデル作成用とする。この場合は、測定時に解析モデルを作成することになる。この手法では教師データが無くても解析モデルを作成できる。定量および定性モデルの両方に対応可能である。
【0024】
解析モデルは多変量解析によって作成可能である。代謝物の分析によって、がんの判定をする場合、マススペクトル測定により取得した全マススペクトルを格納するデータ行列を特異値分解によりScoreとLoadingとに分解し、がんの変動を要約する主成分を抽出する(主成分分析)。主成分は分散(つまり、データ群のばらつき)が大きい順に主成分1、主成分2、主成分3・・・・とする。
これにより、マススペクトルの変動を定性的に解析することができる。また、これにともない、共線性(=説明変量間の相関が高いこと)の少ない独立な成分を重回帰分析に使用できるようになる。そして説明変量をScoreあるいはLoading、目的変量をがんの関連物質量とする重回帰分析を適用する。これにより、取得したマススペクトルからがん疾患関連物質量を推定する解析モデルを作成できる。
これら一連の作業(多変量解析)は主成分回帰法(PCR: Principal Component Regression)あるいはPLS(Partial Least Squares)回帰法として確立されている(参考文献:尾崎幸洋、宇田明史、赤井俊男「化学者のための多変量解析−ケモメトリックス入門」、講談社、2002年)。
回帰分析法としてはこのほかにCLS(Classical Least Squares)法、クロスバリデーション法などが挙げられる。
【0025】
さらに、患者の病態、画像検査、生化学検査の結果を上記解析結果に組み合わせることにより、精度の高い解析モデルが作成可能である。
【0026】
多変量解析を使用した解析モデルの作成は、自作ソフトや市販の多変量解析ソフトを用いて行うことができる。また、使用目的に特化したソフトの作成により、迅速な解析が可能になる。
例えば、市販されているメタボロミクス解析ソフトウェア ProfilerTM AM+、メタボノミクス用UPLC(登録商標)/SynaptTMHDMSTMシステム(販売元:日本ウォーターズ株式会社)等を利用することができる。
【0027】
このような多変量解析ソフトを用いて組み立てられた解析モデルをファイルとして保存しておき、患者由来の代謝物の試料の測定時にこのファイルを呼び出し、当該試料に対して解析モデルを用いた定量的または定性的な検定を行う。
これにより、簡易迅速ながんの判定が可能になる。なお解析モデルは、定量モデル、定性モデルなど複数の解析モデルをファイルとして保存しておき、各モデルは適宜更新されることが好ましい。
このように、本発明のがんの検査方法では、解析モデル作成、更新、あるいは作成した解析モデルを用いて試料のスペクトルデータから各臨床疾患に関する検査・診断・判定をコンピュータに実行させることも可能である。
【0028】
(試料の調製方法)
試料の調製方法は、マススペクトル解析に利用できる試料であればどのような調製方法でも良い。
例えば、採取した血液、組織、尿、糞便等に存在する水溶性生体分子又は脂溶性生体分子をそれぞれ、有機溶媒と水とを用いた液相抽出により抽出する。そして、水溶性生体分子を含む画分又は脂溶性生体分子を含む画分を試料とする。なお、好ましくは内部標準を試料に添加する。
特に、血液を試料とする場合には、図1に記載のように処理することが好ましい。
さらに、特開2008-5778(細胞からの代謝物の抽出方法)に記載の方法のように、代謝物に超音波処理をしても良い。
【0029】
(患者)
本発明の患者の対象は、ヒトを含む哺乳類である。例えば、ヒト以外の哺乳類として、イヌ、ネコ、馬特に競馬ウマ、ウシ等を対象とする。
また、本発明の患者の状態は、がんの疾患が疑われる状態の患者、すでに何らかのがんを患っている患者、癌組織の外科的切除後の患者等を対象とする。
【0030】
(大腸がんの検査方法)
本発明の大腸がんの検査方法では、下記実施例の結果より、以下のいずれか1以上のマススペクトルの変動を検出することにより、大腸がんの判定を行うことができる。
(1)分子量280.00〜284.00(m/z)内のマススペクトル
(2)分子量239.00〜244.00(m/z)内のマススペクトル
(3)分子量336.00〜341.00(m/z)内のマススペクトル
(4)分子量299.00〜303.00(m/z)内のマススペクトル
(5)分子量389.00〜393.00(m/z)内のマススペクトル
(6)分子量411.00〜415.00(m/z)内のマススペクトル
(7)分子量694.00〜699.00(m/z)内のマススペクトル
好ましくは、前記マススペクトルは、282.22を含む281.22〜283.22の範囲、241.07を含む240.07〜242.07の範囲、338.34を含む337.34〜339.34の範囲、301.14を含む300.14〜302.14の範囲、391.28を含む390.28〜392.28の範囲、413.23を含む412.23〜414.23の範囲、696.77を含む695.77〜697.77の範囲である。
さらに、好ましくは、前記変動はマススペクトルのピーク強度を検出する。より好ましくは、ピーク強度が大腸がん患者のピーク強度に対して何割(何%)になることを検出する。
例えば、対象患者由来の試料中に含まれる分子量280.00〜284.00(m/z)、分子量239.00〜244.00(m/z)、分子量336.00〜341.00(m/z)、分子量299.00〜303.00(m/z)、分子量389.00〜393.00(m/z)、及び/又は分子量411.00〜415.00(m/z)内のマススペクトルのピーク強度が、大腸がん患者由来の試料中のマススペクトルのピーク強度と比較して、20〜50%である場合には大腸ガンではないことを判定することができる。
加えて、対象患者由来の試料中に含まれる分子量694.00〜699.00(m/z)内のマススペクトルのピーク強度が、大腸がん患者由来の試料中のマススペクトルのピーク強度と比較して、120〜150%である場合には大腸ガンではないことを判定することができる。
【0031】
本発明の理解を助けるために、以下に実施例を示して具体的に本発明を説明するが、本
発明は本実施例に限定されるものでないことはいうまでもない。
【実施例1】
【0032】
進行大腸がん患者又及び癌組織の外科的切除後の患者の血清から水溶性代謝産物を抽出し、それらの抽出液を液体クロマトグラフ質量分析計に供することで、代謝産物を測定した。そして、測定により得られたマススペクトルの精密質量、ピーク強度のデータを主成分分析による解析を実施することで、大腸がん患者に特異的な代謝産物の存在パターンを決定した。詳細は以下の通りである。
なお、神戸大学倫理委員会の承認を得て、下記実施例を行っている。
【0033】
上記進行大腸がん患者の状況を以下の表1で示す。
【0034】
【表1】

【0035】
(試料の調製)
上記患者から採取した血液を遠心分離(3000rpm、10分間、4℃)して血清を得た。該血清は、使用時まで−80℃で保存した。
次に、溶解した上記血清10μlをエッペンドルフチューブに分注し、メタノール0.5mlと内部標準として50μg/mlの2-イソプロピルリンゴ酸50μlを添加して、混合した。さらに、蒸留水0.25mlを添加して混合した。
続いて、クロロホルム0.5mlを添加して混合した。次に、1200rpmの速度で混合しながら、37℃で60分間インキュベートして混合液を得た。該混合液を遠心分離(15000rpm、20分間、4℃)し、上清を200μl回収して、新しいエッペンドルフチューブに移した。遠心濃縮機により該混合液を濃縮した後に凍結乾燥機により水分を完全に除去した。そして、5%アセトニトリル溶液75μlに再溶解し、その溶液をポアサイズが0.22μmのフィルターを用いてろ過した溶液を試料とした。
【0036】
(試料中の測定)
島津株式会社製LCMS-IT-TOFを用いて上記試料中のマススペクトルを測定した。なお、詳細は、以下の通りである。
ろ過溶液のインジェクション容量は15μlで、Discovery HS F5カラムを用いた。溶離液としてはA液(0.1%ギ酸を含む蒸留水)とB液(0.1%ギ酸を含むアセトニトリル)を用い、0分から30分まででA液95%から5%までのグラジエントを設定した。
【0037】
(マススペクトルの解析)
上記測定で得られたマススペクトルのデータを数値化し、該マススペクトルの精密質量及びピーク強度のデータを用いて主成分分析を実施し、がん疾患特異的な代謝産物の変動パターンを決定した。
【0038】
(マススペクトルの解析結果)
上記解析結果(変動パターンの決定)を図2に示す。図2は、縦軸にPC2(主成分2のScore)、横軸にPC1(主成分1のScore)を各試料のPC1&PC2プロット位置で大腸がん患者のマススペクトルと癌組織の外科的切除後の患者のマススペクトルでの分布分析をしたものである。
図2から明らかなように、大腸がん患者のマススペクトルは左側に分布し、癌組織の外科的切除後の患者のマススペクトルは右側に分布している。よって、大腸がん患者由来の代謝物は、癌組織の外科的切除後の患者の代謝物と比較して、明らかに異なることが言える。
【0039】
また、上記主成分1及び主成分2のマススペクトルの変動を図3に示す。
図3から明らかなように、大腸がん手術後の患者由来の分子量282.22(m/z)及び分子量241.07(m/z)を示す物質のマススペクトルは、手術後には減少していた。
さらに、大腸がん手術後の患者由来の分子量301.14(m/z)、338.34(m/z)、413.23(m/z)及び391.28(m/z)を示す物質のマススペクトルも、手術後には減少していた。
加えて、大腸がん手術後の患者由来の分子量696.77(m/z)を示す物質のマススペクトルは、手術後には上昇していた。
【0040】
以上の結果により、上記2つの分子量を示すマススペクトルの変動を患者由来の代謝物から検出することにより、大腸がんの判定を行うことができる。
【産業上の利用可能性】
【0041】
以上、詳述したように、本発明のがんの検査方法では、血液等に存在する複数の物質の変動を網羅的に解析することにより、複数の物質の変動をがん疾患の総体として捉えて検査する手法であり、ひとつのバイオマーカーで検査する結果と比較して、迅速かつ容易に精度の高い検査を行うことができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の工程を含むがんの検査方法;
(1)MS解析にて患者由来の試料中の代謝物のマススペクトルデータを取得する工程、
(2)前記取得したマススペクトルデータと予め作成したがん患者由来の試料中の代謝物又は癌組織の外科的切除後の患者由来の試料中の代謝物のマススペクトルデータを比較してマススペクトルデータの変動を検出する工程、
(3)上記変動の検出により、当該患者由来の試料ががん患者由来の試料であるかを判定する工程。
【請求項2】
前記判定は、癌組織の有無、がんの種類、がんの進行度、治療効果又は予後状態の判定である請求項1に記載のがんの検査方法。
【請求項3】
前記変動は、以下のいずれか1以上から選ばれる請求項1又は2に記載のがんの検査方法。
(1)マススペクトルの消失
(2)マススペクトルの出現時間の変化
(3)マススペクトルのピーク強度の上昇又は減少
【請求項4】
前記予め作成したがん患者由来の試料中の代謝物又は癌組織の外科的切除後の患者由来の試料中の代謝物のマススペクトルデータは、健常者由来の試料中の代謝物のマススペクトルデータとがん患者由来の試料中の代謝物又は癌組織の外科的切除後の患者由来の試料中の代謝物のマススペクトルデータの差異を分析し、さらに該マススペクトルデータの差異が主成分分析又はSIMCA法を使用して解析して得られることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1に記載のがんの検査方法。
【請求項5】
前記試料は、採取した血液、血液由来成分、尿、糞便、唾液又は汗である請求項1〜4のいずれか1に記載のがんの検査方法。
【請求項6】
大腸がんの診断において、以下のいずれか1以上のマススペクトルを前記マススペクトルデータとして使用する請求項1〜5のいずれか1に記載のがんの検査方法。
(1)分子量280.00〜284.00(m/z)内のマススペクトル
(2)分子量239.00〜244.00(m/z)内のマススペクトル
(3)分子量336.00〜341.00(m/z)内のマススペクトル
(4)分子量299.00〜303.00(m/z)内のマススペクトル
(5)分子量389.00〜393.00(m/z)内のマススペクトル
(6)分子量411.00〜415.00(m/z)内のマススペクトル
(7)分子量694.00〜699.00(m/z)内のマススペクトル
【請求項7】
試料中の代謝物の分子量280.00〜284.00(m/z)及び/又は分子量239.00〜244.00(m/z)内のマススペクトルのピーク強度が、大腸がん患者由来の試料中のマススペクトルのピーク強度と比較して、20〜50%である場合には大腸がんではないと判定する請求項6に記載のがんの検査方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−266386(P2010−266386A)
【公開日】平成22年11月25日(2010.11.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−119405(P2009−119405)
【出願日】平成21年5月18日(2009.5.18)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2009年3月20日に財団法人日本消化器病学会により発行された「日本消化器病学会雑誌 第106巻臨時増刊号(総会)」A281ページに記載
【出願人】(504150450)国立大学法人神戸大学 (421)
【Fターム(参考)】