説明

成分分布分析方法および成分分布分析装置

【課題】励起・蛍光マトリクス(EEM)に基づき測定対象物と当該測定対象物から抽出されたサンプル間の成分分布の差異を分析する場合であっても、測定対象物とサンプル間における溶媒含有率の影響を除去することができ、測定対象物の特定の成分をより明確に分析することができる、成分分布分析方法および成分分布分析装置を提供することを課題とする。
【解決手段】本発明は、測定対象物およびサンプルのEEMを測定し、主成分分析を用いて解析し、主成分分析の結果である主成分得点プロットにおいて、溶媒軸と直交する成分軸を抽出し、成分軸上で測定対象物およびサンプルの成分分布の差異の判別し、この成分軸に色軸を対応させて各プロットを色軸に沿って着色することによって測定対象物およびサンプルの成分分布を可視化する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、成分分布分析方法および成分分布分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、蛍光染色された測定対象物を蛍光観察することにより測定対象物の内部構造を可視化する技術が報告されている。
【0003】
例えば、特許文献1および2に記載の組織構造の解析方法では、澱粉、蛋白質、脂質等を含有する多成分分散系食品を蛍光色素(例えば、コンゴレッド、フルオレスカスミン、ナイルブルー等)で染色した後、蛍光観察することにより、多成分分散系食品の組織構造を立体的画像として解析している。
【0004】
また、特許文献3に記載の小麦粉製品観察方法では、脂質と蛋白質をそれぞれ異なる染色液(例えば、オイルレッドO、ヘマトキシリン等)で別色に染色する二重染色を行うことにより、小麦粉製品中のグルテン骨格、油滴、澱粉粒の状態を光学顕微鏡により同時に観察している。
【0005】
また、特許文献4に記載の組織構造画像の形成方法では、トリフェニルメタン骨格を有する蛍光染色剤(例えば、マゼンタII等)で染色した加工食品または加工食品の製造原料を励起照射し、染色した加工食品または加工食品の製造原料を、少なくとも3種の観察光を用いて観察し、観察結果に基づいて加工食品の内部組織の微細構造を示す鮮明な画像を形成している。
【0006】
ここで、図1を参照し、蛍光染色による蛋白質の可視化の一例について説明する。測定対象物の一例として、小麦粉食品(例えば、パン類、麺類、菓子類等)は世界中で食されており、小麦粉食品のおいしさを考慮する上で食感が重要な要素となっている。小麦粉食品の食感に対して大きな影響を与えるグルテンは、小麦粉と水を捏ねたときに生成する粘弾性のあるタンパク性の物質であり、小麦粉生地を捏ねていくことによって形状が変化する。したがって、グルテンの形状によって小麦粉食品のおいしさにつながる食感が決定される。そこで、蛍光染色により蛋白質を可視化する技術(特許文献1〜4等)においては、図1に示すような測定対象物であるパン生地の断面を観察していた。図1において、染色された部分は測定対象物の成分のタンパク質を示し、白い部分は測定対象物の成分のデンプン粒を示している。
【0007】
しかし、従来の蛍光染色により蛋白質を可視化する技術(特許文献1〜4等)においては、染色を行うことで人工物が添加されるため製造ラインで使用することができなかった。また、図1に示すように、タンパク質のみを染色する試薬を用いているため、測定対象物の特定の成分(例えば、グルテン等)だけでなく、測定対象物の小麦粉中に含まれる他のタンパク質も染色されてしまい、測定対象物の特定の成分のみを可視化することができなかった。
【0008】
そこで、近年、測定対象物を染色することなく測定対象物の特定の成分をより明確に分析する手法の開発が望まれていた。
【0009】
例えば、本出願人による特許文献5に記載の成分分布可視化方法は、測定対象物を染色することなく、測定対象物に対して照射する励起波長、および、測定対象物から観測する蛍光波長を段階的に変化させながら蛍光強度を測定することにより取得した励起・蛍光マトリクス(Excitation Emission Matrix:EEM)を統計解析処理で圧縮して蛍光特性を抽出し、抽出した蛍光特性に対応する色を用いてカラーマッピングすることにより測定対象物の複数成分を同時に画像表示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特許第3762308号公報
【特許文献2】特許第3771861号公報
【特許文献3】特開2008−122401号公報
【特許文献4】国際公開第2008/078752号
【特許文献5】特許第3706914号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、従来技術(特許文献5等)においては、測定対象物を染色することなく、励起・蛍光マトリクス(EEM)に基づき測定対象物の複数成分を同時に画像表示できるものの、測定対象物(例えば、パン生地等)および測定対象物から抽出されたサンプル(例えば、グルテンやプライマリースターチ(パン生地から抽出した純粋な澱粉分)等)を一緒に分析する場合、サンプルの抽出過程において水等の溶媒が追加される操作が入るため、測定対象物中の抽出前のサンプル(例えば、澱粉等)の水分含量と、抽出されたサンプル単体(例えば、プライマリースターチ等)の水分含量とが異なってしまい、水分含量を合わせた上で測定対象物とサンプル間の成分分布の差異を明確に分析することが困難であるという問題点を有していた。
【0012】
すなわち、従来技術(特許文献5等)においては、測定対象物および当該測定対象物から抽出されたサンプル間における溶媒含有率の影響を除去できないため、励起・蛍光マトリクス(EEM)に基づき測定対象物とサンプル間の成分分布の差異を分析する際、測定対象物の特定の成分に関しては明確に分析できないという問題点を有していた。
【0013】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたもので、励起・蛍光マトリクス(EEM)に基づき測定対象物と当該測定対象物から抽出されたサンプル間の成分分布の差異を分析する場合であっても、測定対象物とサンプル間における溶媒含有率の影響を除去することができ、測定対象物の特定の成分(例えば、グルテン等)をより明確に分析することができる、成分分布分析方法および成分分布分析装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
このような目的を達成するため、本発明の成分分布分析方法は、測定対象物および当該測定対象物から抽出されたサンプルの成分分布を分析する成分分布分析方法であって、所定の励起波長範囲および所定の蛍光波長範囲で、照射する励起波長および観測する蛍光波長を段階的に変化させながら、前記測定対象物および前記サンプル上の複数の測定箇所における蛍光強度を測定することにより、前記測定対象物および前記サンプル上の各測定箇所の励起・蛍光マトリクス情報を取得する励起・蛍光マトリクス情報取得工程、および、前記励起・蛍光マトリクス情報取得工程にて各測定箇所ごとに取得した前記励起・蛍光マトリクス情報に対して主成分分析を行い、主成分にて表される前記測定対象物および前記サンプルの成分の値である主成分得点を座標としてプロットすることにより主成分得点プロットを作成し、当該主成分得点プロット上で、前記サンプルに含まれる溶媒含有率の異なる溶媒軸決定用サンプルの成分を示すプロット群のうち、当該溶媒含有率の高い第1のプロット群の重心と当該溶媒含有率の低い第2のプロット群の重心とを通る軸、または、前記溶媒軸決定用サンプルのプロット群の近似直線を、溶媒軸として設定し、当該溶媒軸に直交する軸を前記溶媒含有率の影響を受けない成分軸として設定し、前記測定対象物および前記サンプルの成分を示すプロットを前記成分軸上に投影することにより、各測定箇所の前記成分の違いをパラメータ化するデータ解析工程、を含むことを特徴とする。
【0015】
また、本発明の成分分布分析方法は、上記記載の成分分布分析方法において、前記データ解析工程にて前記成分軸上に投影された前記プロットに基づいて各測定箇所に彩色すべき色を決定する色決定工程、および、前記色決定工程にて決定された前記各測定箇所に彩色すべき色をカラーマッピングすることにより、前記測定対象物および前記サンプルの前記成分分布を可視化する成分分布可視化工程、を更に含むことを特徴とする。
【0016】
また、本発明の成分分布分析方法は、上記記載の成分分布分析方法において、前記励起・蛍光マトリクス情報取得工程において、前記測定対象物および前記サンプルについて、前記照射する励起波長および前記観測する蛍光波長の異なる複数の蛍光画像を撮影し、前記蛍光画像における各画素の前記蛍光強度から、前記測定対象物および前記サンプル上の各測定箇所における前記励起・蛍光マトリクス情報を取得することを特徴とする。
【0017】
また、本発明の成分分布分析方法は、上記記載の成分分布分析方法において、前記測定対象物は、穀粉製品を少なくとも含むことを特徴とする。
【0018】
また、本発明の成分分布分析方法は、上記記載の成分分布分析方法において、前記成分は、タンパク質、澱粉、多糖類、ミネラル、脂質からなる群より選ばれる少なくとも1つを含むことを特徴とする。
【0019】
また、本発明の成分分布分析方法は、上記記載の成分分布分析方法において、前記溶媒は、水、アルコールからなる群より選ばれる少なくとも1つを含むことを特徴とする。
【0020】
また、本発明の成分分布分析装置は、測定対象物および当該測定対象物から抽出されたサンプルに所定の励起波長を照射する分光照明装置と、所定の蛍光波長で前記測定対象物および前記サンプルを観察する分光撮影装置とを備えた、前記測定対象物および前記サンプルの成分分布を分析する成分分布分析装置であって、少なくとも前記測定対象物および前記サンプル上の複数の測定箇所において、励起・蛍光マトリクス情報を取得する励起・蛍光マトリクス測定部、および、前記励起・蛍光マトリクス測定部により各測定箇所ごとに取得した前記励起・蛍光マトリクス情報に対して主成分分析を行い、主成分にて表される前記測定対象物および前記サンプルの成分の値である主成分得点を座標としてプロットすることにより主成分得点プロットを作成し、当該主成分得点プロット上で、前記サンプルに含まれる溶媒含有率の異なる溶媒軸決定用サンプルの成分を示すプロット群のうち、当該溶媒含有率の高い第1のプロット群の重心と当該溶媒含有率の低い第2のプロット群の重心とを通る軸、または、前記溶媒軸決定用サンプルのプロット群の近似直線を、溶媒軸として設定し、当該溶媒軸に直交する軸を前記溶媒含有率の影響を受けない成分軸として設定し、前記測定対象物および前記サンプルの成分を示すプロットを前記成分軸上に投影することにより、各測定箇所の前記成分の違いをパラメータ化するデータ解析部、を備えたことを特徴とする。
【0021】
また、本発明の成分分布分析装置は、上記記載の成分分布分析装置において、前記データ解析部により前記成分軸上に投影された前記プロットに基づいて各測定箇所に彩色すべき色を決定し、当該各測定箇所に彩色すべき色をカラーマッピングすることにより、前記測定対象物および前記サンプルの前記成分分布を可視化する成分分布可視化部、を更に備えたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0022】
この発明によれば、励起・蛍光マトリクス(EEM)に基づき測定対象物と当該測定対象物から抽出されたサンプル間の成分分布の差異を分析する場合であっても、測定対象物とサンプル間における溶媒含有率の影響を除去することができ、測定対象物の特定の成分をより明確に分析することができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】図1は、従来の蛍光染色による蛋白質の可視化の一例を示す図である。
【図2】図2は、励起・蛍光マトリクス(EEM)の一例を示す図である。
【図3】図3は、本発明の成分分布分析方法の基本処理を示すフローチャートである。
【図4】図4は、測定対象物およびサンプルの作成工程の一例を示す図である。
【図5】図5は、測定対象物およびサンプルの一例を示す図である。
【図6】図6は、測定用セルの一例を示す図である。
【図7】図7は、蛍光画像の一例を示す図である。
【図8】図8は、各画素におけるEEMの一例を示す図である。
【図9】図9は、主成分プロット上の溶媒軸および成分軸の一例を示す図である。
【図10】図10は、色軸と成分軸上のプロットの一例の詳細を示す図である。
【図11】図11は、成分分布の可視化画像の一例を示す図である。
【図12】図12は、本実施形態の成分分布分析システムの構成の一例を示すブロック図である。
【図13】図13は、蛍光画像撮影装置の一例を示すブロック図である。
【図14】図14は、蛍光画像撮影装置の一例を示す斜視図である。
【図15】図15は、沈殿物の一例を示す図である。
【図16】図16は、F7000光学系の一例を示す図である。
【図17】図17は、分光蛍光光度計の測定条件の一例を示す図である。
【図18】図18は、塩無添加グルテンのEEMの一例を示す図である。
【図19】図19は、塩添加グルテンのEEMの一例を示す図である。
【図20】図20は、水を加えていないプライマリースターチのEEMの一例を示す図である。
【図21】図21は、粉対水比10:7のプライマリースターチのEEMの一例を示す図である。
【図22】図22は、パン生地のEEMの一例を示す図である。
【図23】図23は、主成分分析寄与率の一例を示す図である。
【図24】図24は、第1主成分の主成分付加量の一例を示す図である。
【図25】図25は、第2主成分の主成分付加量の一例を示す図である。
【図26】図26は、第3主成分の主成分付加量の一例を示す図である。
【図27】図27は、第1主成分と第2主成分の主成分得点プロットの一例を示す図である。
【図28】図28は、主成分得点プロットと「溶媒軸」の一例を示す図である。
【図29】図29は、第1主成分と第3主成分の主成分得点プロットの一例を示す図である。
【図30】図30は、励起・蛍光マトリクスイメージングの一例を示す図である。
【図31】図31は、EMM−ISの測定条件の一例を示す図である。
【図32】図32は、撮影範囲と解析範囲の一例を示す図である。
【図33】図33は、次元の調整の一例を示す図である。
【図34】図34は、「溶媒軸」と「成分軸」の一例を示す図である。
【図35】図35は、「成分軸」における座標の一例を示す図である。
【図36】図36は、色軸との対応の一例を示す図である。
【図37】図37は、励起波長/蛍光波長:350/500nmにおける蛍光画像の一例を示す図である。
【図38】図38は、励起波長/蛍光波長:430/710nmにおける蛍光画像の一例を示す図である。
【図39】図39は、グルテン、プライマリースターチ(加水)の主成分負荷量の寄与率の一例を示す図である。
【図40】図40は、第1主成分の主成分負荷量の一例を示す図である。
【図41】図41は、第2主成分の主成分負荷量と詳細図の一例を示す図である。
【図42】図42は、第3主成分の主成分負荷量と詳細図の一例を示す図である。
【図43】図43は、グルテン、PS(加水)の主成分得点プロットの一例を示す図である。
【図44】図44は、「溶媒軸」の計算の一例を示す図である。
【図45】図45は、パン生地、グルテン、プライマリースターチの画像の一例を示す図である。
【図46】図46は、パン生地の固有ベクトルの主成分寄与率を示す図である。
【図47】図47は、第1主成分の主成分負荷量の一例を示す図である。
【図48】図48は、第2主成分の主成分負荷量の一例を示す図である。
【図49】図49は、第3主成分の主成分負荷量の一例を示す図である。
【図50】図50は、パン生地の主成分得点プロットを示す図である。
【図51】図51は、「溶媒軸」の計算の別の一例を示す図である。
【図52】図52は、パン生地、グルテン、プライマリースターチの画像の別の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下に、本発明にかかる〔I〕成分分布分析方法および〔II〕成分分布分析システム並びにプログラムの好適な実施の形態の例を、図2〜図14を参照し詳細に説明する。なお、この実施の形態によりこの発明が限定されるものではない。
【0025】
〔I〕成分分布分析方法
まず、図2を参照し、励起・蛍光マトリクス(EEM)について説明する。本発明において、「励起・蛍光マトリクス」とは、図2の左図に示すように、試料(例えば、測定対象物およびサンプル等)に照射する励起波長λEx、試料から発する発光の蛍光波長λEm、試料の蛍光強度IEx,Emの3軸からなる3次元データの等高線状のグラフ(蛍光指紋)である。
【0026】
図2の右図に示すように、励起・蛍光マトリクス(EEM)は、横軸を蛍光波長、縦軸を励起波長として各ポイントの蛍光強度を等高線プロットすることにより平面的に表すことができる。励起・蛍光マトリクスは、試料に対し蛍光染色等の前処理をせずにキャラクタリゼーションが可能であること、操作が容易で短時間で測定できること、さらに紫外部吸光度に比べ感度が高いなどの長所を有することから、食品等の内部構造の分析や、大気中の浮遊物の測定や、染料の原料特定などに汎用されている手法である。本発明は、この励起・蛍光マトリクスを利用して、膨大な情報量から目的とする成分情報のみを抽出し、物質の内部の成分分布を可視化するものである。
【0027】
以下、一例として、測定対象物としてパン生地、および、サンプルとしてパン生地から抽出されるグルテンや水分含有率の異なるプライマリースターチの断面をEEMに基づいて計測・解析することによりパン生地中のグルテン分布を可視化する処理について、図3のフローチャートに沿って適宜図4〜図11を参照しつつ説明する。
【0028】
図3に示すように、本発明の成分分布分析方法において、まず前提として成分分布を分析する測定対象物およびサンプルが測定者により作成される(ステップS1)。
【0029】
本発明において、「測定対象物」とは、EEMを用いて成分分布を分析する際の測定対象である試料を意味し、例えば、測定対象物は、穀粉製品(例えば、パン生地、うどんやそば等の麺類、クッキーやケーキ等の菓子類など)を少なくとも含んでもよい。また、「サンプル」とは、後述する所定の処理により抽出される試料を意味し、例えば、サンプルは、測定対象物がパン生地の場合、パン生地から抽出されるグルテンや、パン生地から抽出した純粋な澱粉分であるプライマリースターチ(PS)などであってもよい。また、「
溶媒軸決定用サンプル」とは、サンプルのうち、溶媒軸を決定する際に用いる溶媒含有率の異なるサンプルを意味し、一例として、測定対象物がパン生地の場合、パン生地から抽出される水分含有率の異なるプライマリースターチ(例えば、70%加水PS、60%加水PS、50%加水PS、40%加水PS、30%加水PS、20%加水PS、無加水PS等)であってもよい。また、「溶媒」は、水、アルコールからなる群より選ばれる少なくとも1つを含んでもよい。また、「成分」は、タンパク質(例えば、グルテン等)、澱粉(例えば、プライマリースターチ等)、多糖類、ミネラル、脂質からなる群より選ばれる少なくとも1つを含んでもよい。
【0030】
ここで、図4および図5を参照し、ステップS1の測定対象物およびサンプルの作成処理の一例の詳細について説明する。
【0031】
図4に示すように、まず、測定者は、ミキサー等を用いて強力粉と水をミキシングすることにより測定対象物となるパン生地(図5(a)を参照)を作成する。そして、測定者は、作成したパン生地を水の中で揉み出すことにより、デンプン等を水とともに流出させて、サンプルとなるグルテン(図5(b)を参照)のみを抽出する。そして、測定者は、流出させたデンプン等を含んだ液を遠心分離する。そして、測定者は、遠心分離した主にデンプン(すなわち、プライマリースターチ)からなる沈殿部分を取り出し、凍結乾燥させる(図5(c)を参照)。そして、測定者は、凍結乾燥させたデンプンに水分を加えることにより、例えば加水率70%のデンプンを作成する(図5(d)を参照)。このように、ステップS1の測定対象物およびサンプルの作成処理において、測定者により、測定対象物となるパン生地、および、当該測定対象物から抽出されるサンプルとなるグルテンやプライマリースターチが作成される。
【0032】
図3に戻り、本発明の成分分布分析方法では、次に励起・蛍光マトリクス情報取得工程において、ステップS1にて作成された測定対象物及びサンプル断面のEEMを各画素ごとに測定する(ステップS2)。
【0033】
すなわち、ステップS2の励起・蛍光マトリクス情報取得工程において、所定の励起波長範囲および所定の蛍光波長範囲で、照射する励起波長および観測する蛍光波長を段階的に変化させながら、測定対象物およびサンプル上の複数の測定箇所における蛍光強度を測定することにより、測定対象物およびサンプル上の各測定箇所の励起・蛍光マトリクス情報を取得する。
【0034】
ここで、図5〜図8を参照し、ステップS2の励起・蛍光マトリクス情報取得工程の一例の詳細について説明する。
【0035】
図5に示すように、測定者は、作成された測定対象物となるパン生地(図5(a)を参照)、および、サンプルとなるグルテン(図5(b)を参照)やデンプン(図5(c),(d)を参照)に対しEEMを測定する。ここで、デンプンは、粉状のサンプル(図5(c)を参照)と、パン生地と同じ割合で水を加えた例えば加水率70%の団子状のサンプル(図5(d)を参照)の2種類を用意する。そして、測定者は、測定対象物およびサンプルを、図6に示すような測定用セルに詰め、四角で囲った例えば約1.9×1.5mmの長方形の範囲を測定箇所として蛍光画像を撮影することによりEEMを測定する。そして、測定者は、図7に示すように、撮影された例えば561枚の蛍光画像の測定範囲内における例えば1344×1024の画素(ピクセル)1つずつについてEEMを測定する。この際、測定者は、励起波長と蛍光波長の組み合わせを変えながら測定対象物およびサンプル断面を測定する。ここで、図8に示すように、例えばサンプルの断面から測定されたEEMデータは、1画素について見る場合、その画素におけるEEMになっている。
【0036】
すなわち、励起・蛍光マトリクス情報取得工程において、測定対象物およびサンプルについて、照射する励起波長および観測する蛍光波長の異なる複数の蛍光画像を撮影し、蛍光画像における各画素の蛍光強度から、測定対象物およびサンプル上の各測定箇所における励起・蛍光マトリクス情報を取得する。
【0037】
図3に戻り、本発明の成分分布分析方法では、次にデータ解析工程において、ステップS2にて画素数分だけ測定したEEMから、必要な情報だけを効率的にとりだすために、主成分分析を用いて解析を行う(ステップS3)。
【0038】
すなわち、ステップS3のデータ解析工程において、ステップS2の励起・蛍光マトリクス情報取得工程にて各測定箇所ごとに取得した励起・蛍光マトリクス情報に対して主成分分析を行い、主成分にて表される測定対象物およびサンプルの成分の値である主成分得点を座標としてプロットすることにより主成分得点プロットを作成し、当該主成分得点プロット上で、サンプルに含まれる溶媒含有率の異なる溶媒軸決定用サンプルの成分を示すプロット群のうち、当該溶媒含有率の高い第1のプロット群の重心と当該溶媒含有率の低い第2のプロット群の重心とを通る軸、または、溶媒軸決定用サンプルのプロット群の近似直線を、溶媒軸として設定し、当該溶媒軸に直交する軸を溶媒含有率の影響を受けない成分軸として設定し、測定対象物およびサンプルの成分を示すプロットを成分軸上に投影することにより、各測定箇所の成分の違いをパラメータ化(数値化)する。
【0039】
本発明において、「主成分分析」とは、一組の変量群(多変量データ)のもつばらつきを、なるべく少数の変量によって正確に表現する情報圧縮方法の1つである。情報圧縮方法には、変量間のどのような関係に着目するかによって様々な手法があるが、変量間の相関関係に着目したものが主成分分析であり、外的基準がない場合に用いられる。また、外的基準とは、予想対象としている事象を表す変量であり、具体的には成分含量(糖度、酸度、タンパク質含量など)や物理的指標(硬度、温度など)などを示す。
【0040】
ここで、図9を参照し、ステップS3のデータ解析工程の一例の詳細について説明する。
【0041】
図9に示すように、データ解析工程において、まず、多変量のデータを少数の主成分に要約する主成分分析を行い、第1主成分と第2主成分を軸とする平面上に各測定対象物およびサンプルを位置づけた主成分得点プロットを作成する。
【0042】
図9に示す主成分得点プロットにおいて、各測定対象物および各サンプルの相違が視覚的に表現される。具体的には、図9に示すEEM測定した測定対象物およびサンプルの主成分得点プロットにおいて、「サンプル」としてグルテン(図9において、十字印のプロット)と、粉状デンプンおよび加水デンプンを含む2種類のデンプン(図9において、丸印のプロット、および、四角印のプロット)と、「測定対象物」としてパン生地(図9において、バツ印のプロット)とが分布している。また、サンプルのうち、粉状デンプンと加水デンプンは、「溶媒軸決定用サンプル」に相当する。
【0043】
また、図9に示す主成分得点プロットにおいて、粉状デンプンと加水デンプンのプロットは直線上に並んでいる。図9に示すように、粉状デンプンと加水デンプンでは、溶媒含有率となる水分量のみが異なっており、この直線に沿って水分量が変化している。これにより、図9に示す主成分得点プロットにおいて、加水デンプンの分布(図9において、第1のプロット群)の重心と、粉状デンプンの分布(図9において、第2のプロット群)の重心を計算し、これらの重心を通る軸を引くことができる。すなわち、2つのデンプンサンプルの差異は水分量のみにあり、この軸が水分量の違いを表しているため、図9に示すように「溶媒軸」(水分軸)として設定することができる。また、本実施形態において、図9に示す主成分得点プロットにおいて、加水デンプンの分布(図9において、第1のプロット群)と、粉状デンプンの分布(図9において、第2のプロット群)とを通る近似直線を引き、この近似直線を「溶媒軸」として設定してもよい。ここで、近似直線は、一例として、含有率の高いプロット群および含有率の低いプロット群の高低2つのグループから引いてもよく、また、散在している様々な含有率のプロットから引いてもよい。
【0044】
続いて、図9に示すように、「溶媒軸」と直交する軸を「成分軸」(グルテン−デンプン軸)として設定することができる。これにより、溶媒軸と直交する成分軸では、溶媒である水分の影響が除去されているため、より明確にグルテンとデンプンの差を分析することができる。図9において、加水デンプン以外のパン生地、グルテン、粉状デンプンを示す各画素(ピクセル)のプロット(主成分得点)を成分軸上に投影することにより、溶媒である水分の影響を取り除いた成分の差異を求めることができる。
【0045】
このように、ステップS3のデータ解析工程において、各画素が持つ励起・蛍光マトリクス情報は、主成分分析により2次元の情報に圧縮されることが好ましい。各画素が持つ励起・蛍光マトリクス情報をn次元(例えば、図7において、561次元)から主成分分析を用いて2次元の情報に圧縮することにより、励起・蛍光マトリクス情報の特徴を保持しながら、後述するステップS4の色決定工程および成分分布可視化工程において、励起・蛍光マトリクス情報の違いを色の違いで可視化することが可能となる。
【0046】
図3に戻り、本発明の成分分布分析方法では、次に色決定工程において、ステップS3における主成分分析の結果から各画素の色を決定し、更に成分分布可視化工程において、決定された色に従って色づけを行うことにより、画像を作成する(ステップS4)。
【0047】
すなわち、ステップS4の色決定工程において、ステップS3のデータ解析工程にて成分軸上に投影されたプロットに基づいて各測定箇所に彩色すべき色を決定する。そして、ステップS4の成分分布可視化工程において、色決定工程にて決定された各測定箇所に彩色すべき色をカラーマッピングすることにより、測定対象物およびサンプルの成分分布を可視化する。
【0048】
ここで、図10および図11を参照し、ステップS4の色決定工程および成分分布可視化工程の一例の詳細について説明する。
【0049】
図10に示すように、色決定工程において、成分軸を取り出し、この成分軸に対して色軸を当てはめることにより、成分軸上のプロットの位置によって色を決定する。これにより、成分軸上に投影された溶媒軸決定用サンプルの第1のプロット群(図9において、加水デンプン)以外の測定対象物およびサンプルの各プロットに対して、EEMの主成分分析値(主成分得点)から色を決定できるので、図11に示すような同じ成分を同じ色で示した画像を作成することができる。
【0050】
したがって、図11に示すように、成分分布可視化工程において、パン生地、グルテン、デンプンの画像が得ることができる。図11(a)に示すパン生地の画像において、図11(b)に示すグルテンに近い青色を示す部分はグルテンが多く、図11(c),(d)に示すデンプンに近い赤色を示す部分はデンプンが多い。このように、本発明は、測定対象物のパン生地中の特定の成分であるグルテン分布を可視化することができる。
【0051】
以上、上述したように、本発明の成分分析方法は、グルテン、デンプン、パン生地のEEMを測定し、主成分分析を用いて解析し、主成分分析の結果である主成分得点プロットにおいて、溶媒軸と直交する成分軸を抽出し、成分軸上でグルテンとデンプンを判別し、この成分軸に色軸を対応させて各プロットを色軸に沿って着色することによってパン生地中のグルテン分布を可視化する。
【0052】
なお、本実施形態において、パン生地、グルテン、デンプンの切断面の成分分布の可視化を例に、本発明の成分分布分析方法について説明したが、測定対象物およびサンプル、励起・蛍光マトリクスの測定条件、主成分分析等の情報圧縮方法、カラーマッピング等の各種条件については、本発明の目的を逸脱しない範囲で適宜選択できる。
【0053】
〔II〕成分分布分析システム
次に、本発明の成分分布分析システムの構成について図12〜図14を参照し実施形態を例に挙げて説明する。なお、本発明の成分分布分析システムが備える蛍光画像撮影装置および成分分布分析装置は、前述の本発明の成分分布分析方法に好適に使用できるものであるが、本発明の成分分布分析方法に用いる測定装置はこれに限定されるものではない。
【0054】
ここで、図12は、本実施形態の成分分布分析システムの構成の一例を示すブロック図であり、該構成のうち本発明に関係する部分のみを概念的に示している。
【0055】
図12に示すように、成分分布分析システムは、蛍光画像撮影装置10および成分分布分析装置20を備えている。蛍光画像撮影装置10は、励起・蛍光マトリクス情報を取得する装置であり、分光照明装置11および分光撮影装置12を備えている。また、成分分布分析装置20は、蛍光画像撮影装置10で取得した励起・蛍光マトリクス情報から、測定対象物・サンプル13の成分分布を分析し可視化する装置であり、メモリ21、制御部23、計算処理部24を備えており、測定者はキーボード・マウス22により、成分分布分析装置20に測定条件等を入力する。
【0056】
すなわち、本発明において、分光照明装置11は、測定対象物および当該測定対象物から抽出されたサンプルに所定の励起波長を照射し、分光撮影装置12は、所定の蛍光波長で測定対象物およびサンプルを観察する。また、成分分布分析装置20は、分光照明装置11および分光撮影装置12を備えて構成され、測定対象物およびサンプルの成分分布を分析する。
【0057】
ここで、図13は、蛍光画像撮影装置10の一例を示すブロック図であり、該構成のうち本発明に関係する部分のみを概念的に示している。
【0058】
図13に示すように、蛍光画像撮影装置10は、分光照明装置11および分光撮影装置12を備えている。分光照明装置11は、測定対象物・サンプル13に、所定の波長の励起光を照射して測定対象物・サンプル13の成分から蛍光を生じさせる装置である。分光照明装置11は、照射する励起波長を任意に変える励起波長可変手段を有する。
【0059】
分光撮影装置12は、所定の蛍光波長において、測定対象物・サンプル13の蛍光画像を撮影し、画像情報を成分分布分析装置20に送信する装置である。分光撮影装置12は、測定対象物・サンプル13が発した蛍光のうち、特定の蛍光波長を選択的に捕えて、蛍光画像を撮影する。分光撮影装置12は、観察する蛍光波長を任意に変える蛍光波長可変手段を有する。
【0060】
ここで、図14に蛍光画像撮影装置10の一例を示す斜視図を示す。
【0061】
図14の例において、分光照明装置11は、光源110、分光装置112、励起波長調節部114、光ファイバー116、励起光照射部118を備えている。また、分光撮影装置12は、光学部120、分光装置122、画像撮影装置124を備えている。
【0062】
分光照明装置11の光源110としては、キセノンランプ、タングステンランプ、波長可変レーザー等を用いることができる。光源110から発した光は、分光装置112において、所定の波長を有する励起光に分光される。測定者は、励起波長調節部114を調節することにより、励起光を任意の波長に設定することができる。光源110として波長可変レーザーを用いる場合、直接光源から所望の波長を有する励起光が得られるので、分光装置112は不要である。
【0063】
分光装置112としては、AOTF(Acoustic Optical Tunable Filter)、液晶チューナブルフィルタ、干渉フィルタ、回折格子などを用いることができる。
【0064】
分光装置112において所定の波長を有する励起光に変換された光は、光ファイバー116を経由して励起光照射部118に送られ、励起光照射部118から測定対象物・サンプル13に照射される。所定の励起波長を有する励起光を照射することにより、測定対象物・サンプル13は、成分特有のパターンの蛍光を発する。
【0065】
光学部120により、測定対象物・サンプル13を画像撮影に適した大きさに拡大する。光学部120は、例えば、顕微鏡、ズームレンズ、マクロレンズ、広角レンズ等である。測定対象物・サンプル13が画像を撮影するために十分な大きさを有する場合は、光学部120を使用しなくても撮影可能である。
【0066】
励起光を照射することにより、測定対象物・サンプル13が発した蛍光は、分光装置122により所定の波長を有する光に分光される。分光装置122は、観測する蛍光波長を任意に設定する手段を有する。分光装置122としては、AOTF(Acoustic Optical Tunable Filter)、液晶チューナブルフィルタ、PGP(プリズム・グレーティング・プリズム)、干渉フィルタ、回折格子などを用いることができる。
【0067】
分光装置122を通過することにより、測定対象物・サンプル13が発した蛍光のうち所定の波長を有する光のみが画像撮影装置124によって画像として撮影される。画像撮影装置124としては、CCDカメラ、走査型画像カメラ等を用いることができる。
【0068】
画像撮影装置124により得られた画像の各画素の明度から、測定対象物・サンプル13上の各測定箇所における蛍光強度が判明する。すなわち、測定対象物・サンプル13上の各測定箇所について、各測定箇所の対応する位置の画素の明度から、特定の励起波長λEx(照射波長)および特定の蛍光波長λEm(観測波長)における蛍光強度IEx,Emの情報が得られる。したがって、蛍光画像撮影装置10を用いることにより、測定対象物・サンプル13上の全ての点(画素)において、特定の励起波長および蛍光波長における蛍光強度を、一度に測定することが可能となる。
【0069】
測定対象物・サンプル13上の各点においてn次元の励起・蛍光マトリクス情報を取得する場合は、励起波長および蛍光波長の組み合わせを変えながらn枚の蛍光画像を撮影する。画像撮影装置124によって撮影されたn枚の蛍光画像の画像情報は、成分分布分析装置20に転送される。
【0070】
照射する励起波長および観測する蛍光波長は、手動または自動で、測定者が任意に変えることができる。好ましくは、蛍光画像撮影装置10は、励起波長、蛍光波長を自動的に変更する手段を有する。
【0071】
ここで、図12に戻り、成分分布分析装置20について説明する。
【0072】
図12に示すように、成分分布分析装置20は、分光撮影装置12の画像撮影装置124によって撮影されたn枚の蛍光画像の画像情報から、各画素ごとに励起・蛍光マトリクス情報を取得する(図12において、励起・蛍光マトリクス測定部24−1による処理)。次いで、取得された励起・蛍光マトリクス情報を主成分分析して主成分プロットを作成し、主成分プロット上で溶媒軸と直交する成分軸を設定し、溶媒軸決定用サンプルのうち溶媒含有率の高い第1のプロット以外の測定対象物およびサンプルの成分を示すプロットを成分軸上に投影することにより各測定箇所の成分の違いをパラメータ化する(図12において、データ解析部24−2による処理)。次いで、成分軸上に投影されたプロットに基づいて各測定箇所に彩色すべき色を決定し、決定された色を各測定箇所に対応する画素で表示させてカラーマッピングすることにより、測定対象物の成分分布を可視化する(図12において、成分分布可視化部24−3による処理)。なお、励起・蛍光マトリクス測定部24−1、データ解析部24−2、成分分布可視化部24−3の詳細は計算処理部24の説明にて後述する。
【0073】
メモリ21は、画像撮影装置124から成分分布分析装置20へ転送され、計算処理部24の励起・蛍光マトリクス測定部24−1により取得された画像情報や、計算処理部24のデータ解析部24−2で主成分分析により抽出された蛍光特性からパラメータ化された各測定箇所の成分の違いを示すデータ(例えば、励起・蛍光マトリクス情報から抽出された目的とする成分情報)等を格納する。
【0074】
制御部23は、測定者の入力した励起波長範囲、蛍光波長範囲、波長ピッチで測定対象物・サンプルル13の蛍光画像を撮影するように、分光照明装置11が照射する励起波長、および、分光撮影装置12が観測する蛍光波長を調整する指示を出したり、得られた励起・蛍光マトリクス情報から目的とする成分情報を抽出するよう計算処理部24のデータ解析部24−2に主成分分析を行うよう命令する。
【0075】
計算処理部24の励起・蛍光マトリクス測定部24−1により、測定対象物・サンプル13上の複数の測定箇所において、取得された励起・蛍光マトリクス情報(すなわち、蛍光画像撮影装置10から転送されたn枚の蛍光画像の画像情報)は、成分分布分析装置20のメモリ21に格納される。測定者がキーボード・マウス22を通じて、計算処理部24のデータ解析部24−2に対して主成分分析を指示すると、計算処理部24のデータ解析部24−2は、メモリ21に格納されたn枚の蛍光画像の画像情報から、各画素ごとにn次元の励起・蛍光マトリクス情報を抽出する。次に、計算処理部24のデータ解析部24−2は、測定者が指定した主成分分析法により、各画素ごとに得られたn次元の励起・蛍光マトリクス情報を、好ましくは2次元に情報圧縮する。2次元に圧縮された励起・蛍光マトリクス情報は、メモリ21に格納される。
【0076】
すなわち、データ解析部24−2は、励起・蛍光マトリクス測定部24−1により各測定箇所ごとに取得した励起・蛍光マトリクス情報に対して主成分分析を行い、主成分にて表される測定対象物およびサンプルの成分の値である主成分得点を座標としてプロットすることにより主成分得点プロットを作成し、当該主成分得点プロット上で、サンプルに含まれる溶媒含有率の異なる溶媒軸決定用サンプルの成分を示すプロット群のうち、当該溶媒含有率の高い第1のプロット群の重心と当該溶媒含有率の低い第2のプロット群の重心とを通る軸、または、溶媒軸決定用サンプルのプロット群の近似直線を、溶媒軸として設定し、当該溶媒軸に直交する軸を溶媒含有率の影響を受けない成分軸として設定し、測定対象物およびサンプルの成分を示すプロットを成分軸上に投影することにより、各測定箇所の成分の違いをパラメータ化する。
【0077】
測定者がキーボード・マウス22を通じて制御部23にカラーマッピングするよう指示を入力すると、制御部23は、計算処理部24の成分分布可視化部24−3に、メモリ21に格納されている主成分分析により抽出された蛍光特性からパラメータ化された各測定箇所の成分の違いを示すデータ(例えば、励起・蛍光マトリクス情報から抽出された目的とする成分情報を示す成分軸上に投影されたプロット)を読み出し、測定者が指定したカラーインデックスに基づいて、各画素に彩色すべき色を指定するよう命令する。
【0078】
計算処理部24の成分分布可視化部24−3は、各画素に彩色すべき色が決定されると、ディスプレイ30に各画素に彩色すべき色の情報を送信する。ディスプレイ30上で各画素をカラーマッピングすることにより、測定対象物の成分分布が可視化される。なお、成分分布の可視化は、必ずしもディスプレイ30上で行う必要はなく、プリンターで成分分布可視化画像を印刷する等、測定対象物の成分分布を可視化できるいかなる手法を用いてもよい。
【0079】
すなわち、成分分布可視化部24−3は、データ解析部24−2により成分軸上に投影されたプロットに基づいて各測定箇所に彩色すべき色を決定し、当該各測定箇所に彩色すべき色をカラーマッピングすることにより、測定対象物・サンプル13の成分分布を可視化する。
【実施例】
【0080】
続いて、上述した本成分分布分析システムにおける実施例について、図5、図6、図8、図14〜図52を参照して説明する。
【0081】
[工程1.試料の作成]
(1−1.小麦粉画分の作成)
本実施例では、成分分析システムにおいて、測定対象物としてパン生地、および、サンプルとして小麦粉画分であるグルテンやプライマリースターチのEEMを測定する。そこで、工程1においては、測定者による測定対象物およびサンプルの作成処理の工程について説明する。なお、本工程1は、上述の図3のステップS1に対応する。
【0082】
本工程1において、サンプルの小麦粉画分を作成する際の元となる測定対象物のパン生地は、塩を2%添加したパン生地と、塩を添加しないパン生地の、2種類を作成した。塩を添加したパン生地は実際のパン生地に近いため、製造現場に近い測定対象物となる。また、塩無添加のパン生地はより単純な系となり、測定対象物から抽出されたサンプルのグルテンやデンプン等の対象物質の解析が容易になるという利点がある。
【0083】
以下にサンプルの小麦粉画分の作成方法を述べる。
【0084】
小麦粉(カメリヤ(商品名)、日清フーズ(会社名))2kgに水(水道水)1400mlを加え、塩添加のパン生地にはさらに40gの塩を添加し、ミキサー(エスケーミキサー(会社名)、D−TM−40(型番))を用いて低速(100rpm)で2分間、中低速(200rpm)で6分間ミキシングした。合計8分ミキシングしたところ、測定対象物のパン生地はディベロップ段階(後述の1−2を参照)の中間から後半にかけての弾力性が最大となる状態になった。
【0085】
ミキシングした測定対象物のパン生地を溶媒の水を張ったボールに入れ、30分休ませた後、水の中でパン生地を揉んだ。この作業により、サンプルとなるデンプンや可溶性のタンパク質などは測定対象物のパン生地から遊離し、サンプルとなるグルテンのみが残った。水を替えながら、測定対象物の塩無添加のパン生地および塩添加のパン生地をともに60分程度揉み出した。60分程度揉み出した後は、新たに水の中に入れて揉んでも水がデンプン粒で濁らなくなった。このようにして得られたサンプルのグルテンを、2cm四方程度の塊に切り、ラップで包み、−40℃の冷凍庫で凍結保存した。サンプルの作成の2週間ほど後に、−80℃の冷凍庫に移し、使用時まで保存した。
【0086】
測定対象物のパン生地を揉んだ際に溶媒の水の中に遊離したサンプルとなるデンプンなどの物質を遠心分離器にかけ、沈殿物と液体に分けた。遠心分離により、図15に示すように底に近い部分には純粋なデンプン分であるプライマリースターチ(PS)が沈殿した。沈殿上部には小デンプン粒とグルテン破片、破壊デンプン、脂質、灰分などを含んだゲル状のテーリングスターチが沈殿した。液体部分には可溶性タンパク質などが溶けこんでいた。沈殿物はサンプルとなるプライマリースターチとテーリングスターチに分け、それぞれを凍結乾燥させた。液体部分も凍結乾燥させ、サンプルとなる水溶性タンパク質を含む粉状の物質を得た。すべて使用時まで−20℃で冷凍保存した。
【0087】
以降、測定対象物のパン生地から分画したサンプルとなる純粋なデンプン分を「プライマリースターチ(PS)」とよび、成分としてのデンプンは「デンプン」とよぶ(例えば、測定対象物のパン生地中に存在する物質は「デンプン」であり、「プライマリースターチ」ではない)。
【0088】
上述の図5に、測定対象物のパン生地、サンプルのプライマリースターチおよびグルテンの写真を示す。図5(a)に示すパン生地と図5(b)に示すグルテンは一度凍結させたものを解凍した、測定直前の試料である。図5(d)に示すプライマリースターチは凍結乾燥させた粉状のサンプルに溶媒の蒸留水を加えて混ぜた状態である。サンプルのグルテンは強い弾力があり、伸ばしてもすぐ元の形に戻った。測定対象物のパン生地の弾力はグルテンより弱く、伸展性もあった。サンプルのプライマリースターチは水を加えても弾力はなく、少量の水を加えると粒状に固まる傾向があった。
【0089】
(1−2.パン生地試料の作成)
サンプルの小麦粉画分とは別に様々なミキシング段階における測定対象物のパン生地を作成した。グルテンの形状とパン生地の状態を比較するために作成した。
【0090】
小麦粉と水を質量比10:7で混ぜ、ミキサーを用いて捏ね、ピックアップ、クリーンアップ、ディベロップ(3段階)、ファイナル(2段階)、オーバー、レットダウンの計9段階における生地をサンプリングした。
【0091】
それぞれを7g程度の小片に分け、アルミトレーの上に並べて冷凍庫に入れ、固まったところでチャック付きのビニール袋に入れて−80℃の冷凍庫で保存した。
【0092】
以下にミキシングの各段階の測定対象物のパン生地の状態を述べる。
【0093】
ピックアップ段階は小麦粉に水が行きわたり、粉状の部分が見えなくなる段階であり、パン生地における水分分布は不均一であった。
【0094】
クリーンアップ段階では生地が均一になり、一つに纏まってミキシングボールから離れるようになった。しかし、グルテンがまだあまり発達していないので、引き延ばす方向に力を加えるとすぐ切れてしまった。
【0095】
ディベロップ段階を通じてグルテンが形成され、ディベロップ段階の後半からファイナル段階にかけて生地の粘弾性が最大となった。パン生地は膜のように薄く伸びた。
【0096】
ファイナルからオーバーにかけてパン生地はさらに伸びやすくなったが、徐々に弾力がなくなり、べたつくようになった。
【0097】
そしてレットダウン段階に到達するとべたつきがひどくなり、引っ張ると長く細く伸びた。
【0098】
(1−3.工程1のまとめ)
以上、上述したように、工程1において、測定者が強力粉と水を捏ねた測定対象物のパン生地を溶媒である水の中で揉み出すことにより、サンプルのグルテンを抽出した。そして、サンプル抽出の際に溶媒の水中に流れ出たデンプンは遠心分離器にかけ、底に沈殿した純粋なデンプンを凍結乾燥させ、サンプルのプライマリースターチとした。
【0099】
また、工程1において、強力粉と水を捏ね、ピックアップ、クリーンアップ、ディベロップ(3段階)、ファイナル(2段階)、オーバー、レットダウンの計9段階における測定対象物のパン生地をサンプリングした。
【0100】
以上で、工程1の説明を終える。
【0101】
[工程2.分光蛍光光度計によるEEM測定とグルテンの判別条件]
(2−1.工程2の目的)
本実施例の最終的な目的はサンプルのグルテンを可視化することであるため、まず、励起・蛍光マトリクス測定部24−1により取得されたEEMに基づいて、データ解析部24−2によりサンプルのグルテンが測定対象物のパン生地中の他の成分から判別可能かを調べる必要がある。そこで、工程2においては、サンプルのグルテンやプライマリースターチなどのパン生地画分のEEMを励起・蛍光マトリクス測定部24−1により個別に測定し、そのEEMをデータ解析部24−2により主成分分析で分析することによって、グルテンを他の成分から判別するための手法を確立することを目指した。なお、本工程2は、上述の図3の励起・蛍光マトリクス測定部24−1によるステップS2の処理、および、データ解析部24−2によるステップS3の処理に主に対応する。
【0102】
(2−2.工程2の材料と方法)
(2−2−1.分光蛍光光度計)
分光蛍光光度計は、特定の波長の励起光を試料に照射したときの蛍光スペクトルを測定するための装置である。本工程2において用いた分光蛍光光度計(F−7000(型番)、日立ハイテクノロジーズ(会社名):以降F7000)では、励起光の波長を変えながら各励起波長における蛍光スペクトルを測定し、EEMを測定することができる。測定対象物およびサンプル全体の蛍光スペクトルを測定するので、1つの測定対象物およびサンプルにつきEEMは1つ得られる。なお、本実施例の分光蛍光光度計は、蛍光画像撮影装置10に相当する。
【0103】
F7000の光学系を図16に示す。図16において、Lはレンズ、Sはスリット、BSはビームスプリッターを示す。光源として使用しているキセノンランプから出た光は、レンズL1、L2により励起側分光器の入射スリットS1に集光される。S1を通過した光は回折格子によって分光され、出射スリットS2から励起側分光器を出る。光の一部は、ビームスプリッターBSにより分離され、検知器に照射され励起光量が測定される。残りの励起光はレンズL3を通り、試料セルに集光される。なお、本実施例の励起側分光器は、分光照明装置11に相当する。
【0104】
試料(例えば測定対象物およびサンプル等)が発した蛍光は、レンズL4、L5により集光され、スリットS3から蛍光側分光器に入る。蛍光側分光器では回折格子により分光され、出射スリットS4を通り、最後に光電子増倍管(Photomultiplier Tube:以降ホトマル)に入り、増幅されるとともに強度が測定される。なお、本実施例の蛍光側分光器およびホトマルは、分光撮影装置12に相当する。
【0105】
F7000ではEEMを測定する際、測定条件を操作できる。以下に操作できる測定条件を述べる。
【0106】
ホトマルは、試料が発する微弱な蛍光を増幅させ検出する機械であり、ホトマルにかける電圧を上げることによって増倍率を上げられる。F7000では、ホトマル電圧は250V、400V、700V、950Vの4段階から選ぶことができる。ホトマル電圧400Vに対して、700Vでは増幅率は約100倍になる。しかし、試料の蛍光とともにノイズも増幅される。
【0107】
励起側スリットは図16のS1、S2、蛍光側スリットは図16のS3、S4である。スリットの幅は、1.0nm、2.5nm、5.0nm、10.0nm、20.0nmから選択できる。試料に照射される励起光量は、励起側スリット幅によって調節し、検出器に入る蛍光量は、蛍光側スリット幅によって調節できる。ホトマルの許容信号強度を超えない限り強い蛍光を測定できた方がよいが、蛍光側スリット幅が大きすぎると蛍光スペクトルの波長分解能が悪化したり、励起側スリット幅が大きく励起光が強すぎると試料が劣化したりする可能性がある。したがって、スリット幅とホトマル電圧を調整し、十分な蛍光強度が得られ、かつ精度も保てる条件を見つけ出す必要がある。
【0108】
励起光、蛍光の最大波長範囲は、いずれも200nm〜900nm、波長間隔は蛍光が1〜50nm、蛍光波長間隔は1〜10nmである。分光蛍光光度計の分光器やホトマルには波長特性があるため、試料固有のスペクトルを正確に測定するためには補正を行う必要があり、補正を行うための装置関数は波長帯によって異なる。したがって、測定波長範囲を大きくすると装置の特性や装置関数など純粋な試料の蛍光以外の要素を測定値に含めてしまう可能性が大きくなる。試料の特徴を十分に捉えるのに過不足ない波長帯を決定することが必要となる。
【0109】
スキャンスピードは、1分間に計測できる波長範囲を示し、30nmから60000nmまで設定できる。
【0110】
レスポンスは、試料に励起光を照射してから蛍光を測定するまでの時間であり、スキャンスピードに合わせて自動的に決定するか、0.002〜8.0秒の範囲で、手動で設定することもできる。
【0111】
(2−2−2.解析ソフト)
分光蛍光光度計の測定値の読み込みにはFL−Solutions(商品名)、データの記述にはMicrosoft Office Excel 2003(商品名)、データの解析にはMATLAB(登録商標)を用いた。FL−Solutionsは本工程2において用いた分光蛍光光度計F7000付属のソフトウェアであり、F7000の制御、スペクトルの補正、データの出力、ピーク検出などを行うことができる。本工程2ではF7000の制御とスペクトルの補正のみに用い、データはエクセル形式で出力した。なお、本解析ソフトの処理は、計算処理部24の励起・蛍光マトリクス測定部24−1およびデータ解析部24−2の処理に主に相当する。
【0112】
データの解析にはすべて数値解析ソフトウェア(MATLAB R2007b(商品名)、The MathWorks, Inc.(会社名))を用いた。MATLAB(登録商標)は数値計算用ソフトウェアであり、行列計算、データ解析、画像処理などの豊富なライブラリを持つ。Microsoft Excel(商品名)を用いて保存したデータを読み込み、主成分分析を行い、グラフなどで出力するまでの工程にMATLAB(登録商標)を用いた。主成分得点のグラフや、主成分負荷量の図などの出力データに合わせて、データの読み込みから結果の出力までを一連の流れとしてプログラムを組んだ。
【0113】
(2−2−3.測定試料)
励起・蛍光マトリクス測定部24−1により測定する試料(例えば測定対象物およびサンプル等)は、測定対象物のパン生地画分であるサンプルのグルテンやプライマリースターチ、および、測定対象物のパン生地そのものである。これらの試料を上述の図6に示すF7000の測定用セル(粉体ホルダー)に入れて測定した。
【0114】
サンプルのグルテンは、塩を添加した測定対象物のパン生地から抽出したグルテン(塩添加グルテン)と、塩を添加していない測定対象物のパン生地から抽出したグルテン(塩無添加グルテン)の2種類をそれぞれ5サンプルずつ用意した。−80℃の冷凍庫で冷凍保存したものを常温で解凍し、測定用セルに入れ、励起・蛍光マトリクス測定部24−1により測定を行った。
【0115】
サンプルのプライマリースターチは凍結乾燥させ、−20℃で保存したものを常温で解凍し、溶媒の水を加えない粉状のプライマリースターチ、及び、粉状のプライマリースターチと溶媒の蒸留水を10:2、10:3、10:4、10:5、10:6、10:7の割合で混合した7種類のサンプルを作成した。粉状のプライマリースターチと溶媒含有率(粉対水比)10:7のプライマリースターチはそれぞれ5サンプル、他は2サンプルずつ作成した。なお、粉対水比10:7はパン生地自体の小麦粉対水比と等しく、これ以上水を加えると水が分離してしまい、測定用セルの隙間からしみ出てしまう。
【0116】
測定対象物のパン生地は、十分にグルテンが発達しているファイナル段階の物(上述の1−2を参照)を用いた。−80℃の冷凍庫で冷凍保存したものを常温で解凍し、5サンプルを励起・蛍光マトリクス測定部24−1により測定した。
【0117】
(2−2−4.測定条件)
図17にF7000における測定条件を示す。
【0118】
サンプルのグルテンを構成するアミノ酸の蛍光スペクトルのピークは700nm以下の範囲で検出できることから、測定範囲を200−700nmとした。
【0119】
予備実験においてスリット幅を5nmと10nmに設定し、励起・蛍光マトリクス測定部24−1により測定を行ったところ、10nmスリットで測定したデータのほうが、サンプルのグルテンとプライマリースターチが明確に判別できた。そのため、本工程2では10nmスリットを採用した。
【0120】
ホトマル電圧は400Vと700Vの間で選択できるが、700Vでは蛍光強度が最大値を超えてしまう波長条件が存在したため、400Vとした。
【0121】
レスポンスは最短の0.002秒に設定した。
【0122】
(2−2−5.データの前処理)
F7000を用いて励起・蛍光マトリクス測定部24−1により測定したEEMは、そのままではデータ解析部24−2により主成分分析を行うことができないため、データに対して前処理を行うことが必要となる。前処理は、主に蛍光以外を由来とするデータの削除とデータの並び替えからなる。なお、前処理は、計算処理部24の励起・蛍光マトリクス測定部24−1において行われる。
【0123】
試料が励起光を吸収し蛍光を発するとき、その蛍光波長は吸収した励起光よりも長くなる。これは、Stokesの法則により分子の蛍光エネルギーは常に励起光エネルギー以下になるため、蛍光は励起光よりも長い波長を持つことになるからである。F7000を用いたEEM測定では、設定した波長範囲でのすべての励起光と蛍光について調べるため、蛍光波長のほうが励起波長よりも短波長側にあるデータも存在する。
【0124】
さらに、紛体などサンプルに励起光を当てると、その励起光と同じ波長の散乱光、および2倍、3倍の波長の2次光、3次光が観察されるが、データ解析においては、これらのデータを除いて解析を行った。
【0125】
励起・蛍光マトリクス測定部24−1により散乱光の影響を取り除いたデータは、そのままでは3次元データになるため、励起波長と蛍光波長の組み合わせを「波長条件」として扱い、データ解析部24−2により2次元データに展開した。これは、あるデータセットに対して主成分分析を行う場合、そのデータセットは(測定対象物・サンプル数)×(変量数)の2次元マトリクスで記述される必要があるからである。その結果、(101の励起波長)×(101の蛍光波長)からなる計10201の波長条件となった。
【0126】
(2−2−6.主成分分析)
上述の2−2−5において励起・蛍光マトリクス測定部24−1により前処理を行ったデータに対して、データ解析部24−2により主成分分析を行った。
【0127】
データ解析部24−2において行われる主成分分析は、データから変量ごとに固有ベクトルを計算する過程と、その固有ベクトルからデータの主成分得点を求める過程からなる。固有ベクトルの計算は、データを説明する「ものさし」を作成する過程、主成分得点の算出はその「ものさし」を使って各サンプルの位置を計算する過程ということができる。したがって、あるデータセットで固有ベクトルを計算して「ものさし」を作成し、測定変量(本実施例では波長条件)が同じであれば、その「ものさし」を別のデータセットに適用することが可能になる。
【0128】
本工程2では、励起・蛍光マトリクス測定部24−1により取得された、サンプルとなる塩無添加グルテン、塩添加グルテン、粉対水比10:7のプライマリースターチそれぞれ5サンプルの計15サンプルのEEMデータから、データ解析部24−2により主成分固有ベクトルを求め、その固有ベクトルを用いて2種類のサンプルのグルテン、7種類のサンプルのプライマリースターチ、測定対象物のパン生地の主成分得点を求めた。つまり、データ解析部24−2により、サンプルとなるグルテンとデンプンという測定対象物のパン生地を構成する主要成分から「ものさし」をつくり、その「ものさし」における各サンプルの位置づけを調べたことになる。
【0129】
(2−3.工程2の結果と考察)
(2−3−1.EEM)
励起・蛍光マトリクス測定部24−1により取得された、サンプルの塩無添加グルテン、塩添加グルテン、溶媒の水を加えていないプライマリースターチ、溶媒含有率(粉対水比)10:7のプライマリースターチと、測定対象物のパン生地のそれぞれについてEEMを図18〜図22に示す。
【0130】
図18および図19に示すように、励起・蛍光マトリクス測定部24−1により取得された、サンプルの塩無添加グルテンのEEMとサンプルの塩添加グルテンのEEMとは、ほぼ違いがなく、励起波長/蛍光波長:300nm/330−340nmに高い蛍光ピークが見られ、200−220nm/330−340nm、300nm/690nm低いピークが見られる。
【0131】
図20に示すように、励起・蛍光マトリクス測定部24−1により取得された、溶媒の水を加えていないプライマリースターチのEEMでは、励起波長/蛍光波長:280nm/330nmに低いピークが見られ、励起波長200nm付近に蛍光強度の高いピークの裾のようなものが見られる。特に、蛍光波長320nm付近では、励起波長200nm以下の範囲にピークが存在することが推測される。励起波長/蛍光波長:280nm/330nmのピークは、図18および図19に示したグルテンに比べ明確ではない。
【0132】
図21に示すように、励起・蛍光マトリクス測定部24−1により取得された、溶媒含有率(粉対水比)10:7のプライマリースターチのEEMは、ピークの位置は、図20に示した溶媒の水を加えていないプライマリースターチと同じだが、ピークの高さは低い。つまり、溶媒の水が加わることによって新たな蛍光ピークが現れるのではなく、単純にサンプルのプライマリースターチの蛍光が弱くなることを示している。
【0133】
図22に示すように、励起・蛍光マトリクス測定部24−1により取得された、測定対象物のパン生地のEEMは、図18および図19に示した、サンプルのグルテン類のEEMに近く、励起波長/蛍光波長:290nm/340nmに明確なピークが見られる。また、図18および図19に示したグルテン類のEEMに比べて、200−250nm/330nmの範囲の蛍光が強い。図20および図21に示したプライマリースターチのEEMでは、この範囲にピークの裾が見られることから、この蛍光ピークは、サンプルのプライマリースターチによるものだと考えられる。
【0134】
(2−3−2.寄与率)
データ解析部24−2により抽出された、各主成分によって説明されるデータの割合である寄与率を図23に示す。図23に示すように、第1主成分の寄与率は97%を超え、1つの軸によってデータの大部分が説明されている。逆に第3主成分以降は寄与率が1%以下となる。ここで、寄与率とは、主成分の分散、すなわち固有値をデータ全体の分散で除した値であり、寄与率が1に近いほど、その主成分は元のデータを良く表しているといえる。
【0135】
(2−3−3.主成分負荷量)
データ解析部24−2により抽出された、第1主成分から第3主成分までの主成分負荷量を図24〜図26に示す。ここで、主成分負荷量とは、主成分と元の変量との相関係数、すなわち固有ベクトルであり、主成分と元の変量の関連を示す。主成分負荷量を参照することにより、主成分の解釈を行うことができる。例えば、ある主成分の主成分負荷量が特定の波長範囲で大きな値をとり、その波長範囲がある物質の蛍光ピークが観察される波長範囲に一致するとき、その主成分と物質を関連づけることができる。
【0136】
図24に示すように、データ解析部24−2により抽出された、第1主成分の主成分負荷量では、励起波長/蛍光波長:300nm/340nmと300nm/690nmに負のピークがあり、励起波長200−230nmの範囲で正の相関が大きい。言い換えれば、サンプルのグルテンのEEMのピークに当たる波長帯は負の相関が大きく、サンプルのプライマリースターチのEEMが高い蛍光強度を示す波長帯は正の相関が大きいと言える。これらの波長帯がそれぞれグルテンとプライマリースターチの特徴になっていることが示されている。
【0137】
図25に示すように、データ解析部24−2により抽出された、第2主成分の主成分負荷量では、ピークの位置は図24に示した第1主成分と同じ位置にあるが、励起波長/蛍光波長:300nm/340nmのピークの中心は負の値をとり、まわりは正の値をとっている。
【0138】
図26に示すように、データ解析部24−2により抽出された、第3主成分の主成分負荷量では、図25に示した第2主成分のほぼ逆となっており、励起波長300nmにおいて長波長側に正のピーク、短波長側に負のピークが見られる。
【0139】
(2−3−4.主成分得点プロット)
図27に、データ解析部24−2により作成された、第1主成分と第2主成分の主成分得点を軸にとった各測定対象物およびサンプルの主成分得点プロットを示す。主に第1主成分によってサンプルのグルテンとプライマリースターチが分離でき、主に第2主成分により溶媒含有率(含水率)が説明される。ここで、主成分得点は、新たに求めた主成分という変量で表される測定対象物およびサンプルの値である。主成分得点プロットは、2つの主成分を軸とする平面上に、主成分得点を座標として各測定対象物およびサンプルを位置づけることにより、主成分により説明される測定対象物およびサンプル間の差異が視覚的に表現できる図である。
【0140】
より厳密には、主成分得点プロット上で、溶媒である水の水分割合を変えたサンプルのプライマリースターチの主成分得点は、図28の点線のようにある傾きをもった直線上に並ぶ。これらのプライマリースターチサンプル間の差は溶媒量(水分量)のみで説明されるため、データ解析部24−2によりこの直線は「溶媒軸」(水分軸)と定義することができる(図28の点線)。さらに、データ解析部24−2に設定された、溶媒軸に垂直な(すなわち、直交する)「成分軸」(図28の実線)では、溶媒である水分の影響が取り除かれるため、水分量を考慮せずに測定対象物およびサンプルの属性を考察することができると考えられる。
【0141】
サンプルのグルテンは、元々測定対象物のパン生地に含まれていた物質であるが、上述の工程1に示した抽出の過程で溶媒である水を加える操作が入るため、測定対象物のパン生地中のグルテンと、抽出されたグルテン単体の溶媒含有率(水分量)が異なっている可能性がある。サンプルのプライマリースターチの場合も、抽出されたサンプル単体として測定するプライマリースターチの水分含量を測定対象物のパン生地中のデンプンの水分含量に合わせることは困難である。したがって、抽出したサンプルのグルテンとプライマリースターチを測定対象物のパン生地中のグルテンやデンプンに対応させて考える上で、データ解析部24−2により、溶媒含有率(水分含量)を考慮せずに測定対象物およびサンプル間の差異を調べる本工程2の方法は大変有効である。
【0142】
データ解析部24−2により作成された、第1主成分と第3主成分の主成分得点プロットを図29に示す。図29に示すように、データ解析部24−2により作成された、第1主成分と第2主成分の主成分得点プロットに比べて、サンプルのプライマリースターチサンプルの並び方にばらつきが見られ、「溶媒軸」を見出すことは難しい。しかし、やはり第1主成分によって、サンプルのグルテン、測定対象物のパン生地、サンプルのプライマリースターチは分けることができる。
【0143】
なお、塩の有無はEEMに全く反映されなかったため、データ解析部24−2による主成分分析においても2種類のグルテンを分離することはできなかった。
【0144】
(2−4.工程2のまとめ)
以上、上述したように、工程2において、励起・蛍光マトリクス測定部24−1により取得されたEEMに基づいて、データ解析部24−2によりサンプルのグルテンと測定対象物のパン生地中の他の成分の判別可能性を調べ、判別のための手法を確立した。
【0145】
具体的には、工程2において、分光蛍光光度計は、特定の波長の励起光を試料に照射したときの蛍光スペクトルを測定するための装置であるF7000を用いて、励起・蛍光マトリクス測定部24−1によりEEMの測定も行うことができ、1試料(例えば測定対象物およびサンプル)につき1つのEEMが測定される。また、工程2において、サンプルのグルテン、プライマリースターチ、測定対象物のパン生地のEEMを励起・蛍光マトリクス測定部24−1により計測し、散乱光の除去や次元の調節を行った後、データ解析部24−2により主成分分析を用いて分析することにより、サンプルのグルテンと測定対象物のパン生地中の他の成分(主にプライマリースターチ)の判別が可能であった。また、工程2において、溶媒含有率(含水率)を変えた溶媒含有サンプルのプライマリースターチは、データ解析部24−2により第1主成分と第2主成分の主成分得点プロット上で1直線上に並んだ。
【0146】
以上で、工程2の説明を終える。
【0147】
[工程3.EEM イメージングシステムによるパン生地断面の撮影とグルテン分布の可視化]
続いて、工程3について以下に説明する。
【0148】
(3−1.工程3の目的)
上記工程2にて上述した通り、蛍光分光光度計を用いた励起・蛍光マトリクス測定部24−1によるEEM測定と、データ解析部24−2によるEEMデータの主成分分析によって、グルテンとプライマリースターチが判別可能であった。そこで、本工程3では、この工程2の手法を画像計測に応用し、成分分布可視化部24−3により測定対象物のパン生地断面の平面領域内を1画素ずつ分析することによって、測定対象物のパン生地断面におけるサンプルのグルテン分布を調べ、視覚的にわかりやすい画像という形で表示することを目指した。なお、本工程3は、上述の図3の成分分布可視化部24−3によるステップS4の処理に主に対応する。
【0149】
(3−2.工程3の材料と方法)
(3−2−1 励起・蛍光マトリクス)
励起・蛍光マトリクス測定部24−1により励起・蛍光マトリクス(EEM)を測定する方法は大別して2種類ある。1つ目の方法は、上述の図8に示すように、測定機器の素子の位置をxy方向に変えながら、試料断面の1画素にあたる領域の励起・蛍光マトリクスを順次測定していくXY走査法、ライン走査法などである。XY走査法では、単素子の検出器で試料断面の励起・蛍光マトリクスを測定し、ライン走査法では、単素子が1列に並んだ検出器で一度に複数の画素の励起・蛍光マトリクスを測定する。しかし、いずれの方法も試料断面が大きい場合は測定に時間を要する。
【0150】
2つ目の方法は、図30に示すように、励起・蛍光マトリクス測定部24−1により、試料断面全体を特定の励起波長の光で照射し、観察蛍光波長を次々に変えて撮影をおこなうという操作を,励起波長も変えながら繰り返していくイメージ撮影法であり、画像の取得が迅速なことが特徴である。本工程3においても、励起・蛍光マトリクス測定部24−1によりこのイメージ撮影法を用いている。しかし、試料を完全に均一な励起光で照らすことは難しく、照明ムラを取り除く作業が必要な場合もある。
【0151】
(3−2−2.EEMイメージングシステム)
以下に本工程3において用いた測定機器について説明する。励起・蛍光マトリクス測定部24−1により、イメージ撮影法によってEEMデータを測定するEEMイメージングシステム(EEM Imaging System:EEM−IS)の概要を上述の図14に示す。なお、EEMイメージングシステムは、蛍光画像撮影装置10に相当する。
【0152】
図14に示すように、EEM−ISは、分光照明装置11(分光照明部)と分光撮影装置12(分光観察部)によって構成されている。分光照明装置11は、光源110として150Wのキセノンランプ光源に、分光装置112としてグレーティング型分光器を取り付けた装置(相馬光学(会社名)製の特注品)であり、励起光の波長範囲は200−1000nm、波長誤差は±1nmである。また、半値幅(ピークの最大値に対して半分の強度となる波長範囲。ピークの幅を示す)は10nmである。
【0153】
分光撮影装置12は、光学部120として蛍光顕微鏡(BXFM(型番),オリンパス(会社名))、分光装置122として液晶チューナブルフィルタ(VS−VIS2−10−MC−35(型番),Cambridge Research and Instrumentation,Inc.(会社名))及び、画像撮影装置124としてCCDカメラ(浜松ホトニクス(会社名)製のORCA−ER−1394(型番))からなる。液晶チューナブルフィルタ(LCTF)は、内蔵された液晶チューニングエレメントに印加する電圧を変えることによってフィルタを透過する蛍光の波長を400−720nmの範囲、波長誤差1.25nmで変えることができる。蛍光の半値幅は20nmである。CCDカメラの画素数は1,344×1,024、階調度は12bit(4096段階)である。
【0154】
キセノンランプから発せられた光は分光器によって単一波長に分光され、測定対象物・サンプル13に照射される。測定対象物・サンプル13が発する蛍光スペクトルのうち、液晶チューナブルフィルタを透過した波長の光のみがCCDカメラに到達し、測定対象物およびサンプル13の断面の撮影が行われる。分光器を通る励起光の波長を一定に保ったまま、液晶チューナブルフィルタを透過可能な蛍光の波長を変えながら試料断面を撮影していくことにより、その励起光のもとでの蛍光スペクトルを測定できる。次に分光器を通る励起光の波長を変え、同じように蛍光スペクトルを測定する。これを繰り返すことにより、励起・蛍光マトリクス測定部24−1によりEEMを測定できる。
【0155】
(3−2−3.測定試料)
励起・蛍光マトリクス測定部24−1により測定する試料(例えば測定対象物およびサンプル等)には、サンプルとして塩を添加したグルテン、サンプルとして2通りの溶媒含有率(水分含量)に設定したプライマリースターチ、測定対象物としてディベロップ段階のパン生地を用いた。サンプルのグルテンと測定対象物のパン生地は、凍結保存されたものを常温に戻し、完全に解凍されてから測定用セルに入れて、励起・蛍光マトリクス測定部24−1により測定した。
【0156】
測定対象物のパン生地から抽出したサンプルのグルテンとプライマリースターチと、測定対象物のパン生地中のグルテンとデンプンを対応させるためには、サンプルのプライマリースターチを測定対象物のパン生地中のデンプンと同じ溶媒含有率(含水率)に調整する必要がある。本工程3では、2通りの溶媒含有率(水分量)に調整した。以下に2通りの水分量と、その水分量に決めた理由を述べる。
【0157】
Bakerらによると、測定対象物のパン生地中のデンプン粒は水和物として存在しており、デンプン粒が吸収している水分量は、デンプンを飽和蒸気圧下に放置したときに吸収する水分の量に等しい。そこで、本工程3では、1つ目のプライマリースターチのサンプルとして、凍結乾燥させたプライマリースターチを解凍して蒸発プレートに入れ、グルテンと同じ濃度(2.0%)の食塩水と共に密閉容器内で48時間放置し、励起・蛍光マトリクス測定部24−1により測定した。放置前と放置後では、放置前の質量を基準として1.91%質量が増加した。状態としては、多少湿っていたが、粉状であった。
【0158】
2つ目のプライマリースターチのサンプルでは、解凍したプライマリースターチと溶媒の水を10:7の割合で混合した。これは、測定対象物のパン生地作成の際の小麦粉と水の割合(溶媒含有率)に等しい。つまり、小麦粉に対して加えた溶媒の水分がデンプンにもグルテンにも均一に分布していることを前提としている。以降、1つ目のプライマリースターチは「PS(粉状)」、2つ目のプライマリースターチは「PS(加水)」と記述する。
【0159】
(3−2−4.測定条件)
励起・蛍光マトリクス測定部24−1による測定条件を図31にまとめる。
【0160】
図31に示すように、蛍光波長範囲は、一般的な液晶チューナブルフィルタにおいて測定可能な最大範囲である。散乱光の影響を取り除くため、測定蛍光波長を励起波長よりも50nm以上長波長側に設定している。
【0161】
ノイズの影響を最小化するためには、測定蛍光強度を大きくする必要がある。そのために、露光時間は最長の10秒に設定した。
【0162】
ビニングは、CCDカメラの画素を一定数ひとまとめにし、受光面積を大きくすることにより感度を上げることを表し、ビニング2×2とは、縦2画素、横2画素の計4画素をまとめることを意味する。ビニングを大きくすると、弱い蛍光をとらえることが可能になるが、解像度は下がる。EEM−ISのビニングは、1×1から最大8×8まで指定できる。本工程3では、蛍光強度はある程度犠牲にしても解像度を上げるため、ビニングを2×2に設定した。
【0163】
倍率は、結像レンズでは1倍、対物レンズでは2.5倍とした。
【0164】
カメラの画素数とビニング、顕微鏡倍率から、1視野の大きさは1.89mm×1.44mm、解像度は2.81μm/ピクセルとなった。ただし、データ量が多いこと、及び視野の縁部分は照明ムラの影響を受けやすいことから、実際に励起・蛍光マトリクス測定部24−1による測定に使ったものは、画像の中心の、縦・横の長さが元の画像の1/4となる範囲である(図32を参照)。
【0165】
(3−2−5.ダーク補正とフラット補正)
EEM−ISにおいて測定したデータには、カメラのノイズや装置の照明ムラが含まれてしまう。そこで、励起・蛍光マトリクス測定部24−1によりカメラのノイズを取り除くダーク補正と照明ムラを補正するフラット補正を行った。
【0166】
CCDカメラには熱雑音などにより発生する暗電流ノイズが存在する。暗電流ノイズの程度は露光時間や温度に依存する。これを補正するために、励起・蛍光マトリクス測定部24−1によりEEMと同じ露光時間・ビニングに装置を設定し、カメラのシャッターを閉じた状態でダーク画像を撮影した。励起・蛍光マトリクス測定部24−1により16枚のダーク画像を積算平均したものを最終的なダーク画像とし、各波長条件で撮影したサンプル画像からダーク画像を差し引いた。
【0167】
本工程3において用いる上述の図30に示したイメージ撮影法では、試料(例えば測定対象物およびサンプル等)表面に励起光が不均一に当たる照明ムラが生じることがある。これを補正するために、励起・蛍光マトリクス測定部24−1により標準白色板の反射光を撮影したフラット画像の輝度値で各測定対象物およびサンプルの画像を割った。具体的には、励起・蛍光マトリクス測定部24−1により、420nm−670nmの範囲で10nmごとに設定した励起光を標準白色板に当て、同波長での蛍光画像を各波長につき4枚撮影した。26波長条件×4枚、計104枚の画像を積算平均したものをフラット画像とした。
【0168】
以下の数式1に示すように、励起・蛍光マトリクス測定部24−1により各波長における補正サンプル画像を求め、EEMスペクトルデータ(励起・蛍光マトリクス情報に相当)とした。
補正サンプル画像=(サンプル画像−ダーク画像)/(フラット画像−ダーク画像)・・・(数式1)
【0169】
(3−2−6.次元の調整)
空間情報を含まない単純なEEMに対して主成分分析を行う際と同様、励起・蛍光マトリクス測定部24−1により取得されたEEMデータに対してデータ解析部24−2により主成分分析を行う際は、次元の調整を行う必要がある。EEMデータは、そのままでは(励起波長)×(蛍光波長)×(試料のx方向の画素数)×(試料のy方向の画素数)という4次元の形をしている。これを以下のように、データ解析部24−2により主成分分析で解析できる2次元の形に展開した。
【0170】
まず波長については、単純なEEMと同様、励起波長と蛍光波長を合わせて波長条件として扱った。位置情報については、データ解析部24−2により2次元画像を図33に示すように1画素の幅で切っていき、例えば1行目の右端の画素の次は2行目の左端画素というようにつなげ、1次元に展開した。結果として総画素数×波長条件の2次元データが得られ、各画素を1つずつの測定対象物およびサンプルとして、各波長条件を変量として扱うことにより、データ解析部24−2により主成分分析を行うことができた。
【0171】
(3−2−7.主成分分析)
本工程3では、データ解析部24−2により2通りの主成分固有ベクトルを用いて主成分分析を行った。すなわち、サンプルのグルテンとPS(加水)のEEMデータから計算した固有ベクトルと、測定対象物のパン生地のEEMデータから計算した固有ベクトルである。
【0172】
測定対象物のパン生地には、グルテンとデンプンが含まれているため、パン生地断面を十分な解像度で励起・蛍光マトリクス測定部24−1により測定すれば、グルテンが観察される画素とデンプンが観察される画素が存在するはずである。つまり、サンプルのグルテンとプライマリースターチを励起・蛍光マトリクス測定部24−1により別々に測定したデータと似たようなデータが得られるはずである。励起・蛍光マトリクス測定部24−1により取得されたEEMのデータは直接比べることができないため、データ解析部24−2により主成分分析から得られた結果を比べることになる。
【0173】
そこで、データ解析部24−2により、サンプルのグルテンとPS(加水)からの固有ベクトルと、測定対象物のパン生地からの固有ベクトルを求め、データ解析部24−2により各測定対象物およびサンプルにおける各画素の主成分得点を求めた。
【0174】
全画素の主成分得点を主成分得点プロットで表現することは、画素数が多すぎるため、データ解析部24−2により主成分得点プロットを作成する際、ランダムサンプリングを用いて、各測定対象物およびサンプル断面の画像から50画素を選び、画像全体を代表する点とした。
【0175】
(3−2−8.水分の影響の除去)
データ解析部24−2により主成分分析の結果として求まる主成分得点は、測定対象物およびサンプル間の溶媒含有率(水分含量)の差に影響を受ける(上述の2−3−4を参照)。一方、測定対象物のパン生地から抽出したサンプルのグルテンには抽出する際に使用された溶媒の水が残っているため、測定対象物のパン生地中のグルテンと溶媒含有率(含水率)が異なっている可能性がある。また、測定対象物のパン生地中のデンプンと同じ溶媒含有率(含水率)にするためにサンプルのプライマリースターチに加えるべき水の量に関して考察したが(上述の2−2−3を参照)、実際の溶媒含有率(含水率)は未知である。したがって、測定対象物のパン生地中のグルテンやデンプンと、測定対象物のパン生地から抽出したサンプルのグルテンやプライマリースターチを同列に扱うには溶媒の水分の影響を取り除く必要がある。本工程3では、データ解析部24−2により次に述べるような方法で主成分得点に対し溶媒の水分の影響を取り除く処理を行った。
【0176】
図34に示す第1主成分(x軸)と第2主成分(y軸)の主成分得点プロットを用いてデータ解析部24−2の処理を説明する。図34の上図に示すように、PS(粉状)とPS(加水)のサンプルの差異は溶媒含有率(水分含量)にある。したがって、データ解析部24−2により、サンプルのPS(粉状)とPS(加水)それぞれについて、主成分得点プロットにおける分布の重心を求め、2点を通る直線を引くと、この直線は溶媒含有率(水分含量)を表す軸ということができる(以降「溶媒軸」)。
【0177】
次に、データ解析部24−2により、「溶媒軸」と直交する方向に新たな軸をとった。「溶媒軸」と直交するということは、溶媒量(水分量)の影響を受けないということである。この軸を便宜上「成分軸」とよぶ。図34の下図に示すように、x軸を「成分軸」、y軸を「溶媒軸」とする新たな直交座標系を考えると、y座標は測定対象物およびサンプルの溶媒含有率(水分含量)を表し、x座標は溶媒の水分以外の測定対象物およびサンプルの差を表す。
【0178】
ここで、図35に「成分軸」における座標の一例として、重心座標(xG1,yG1)、(xG2,yG2)を示す。
【0179】
(3−2−9.主成分得点の画像化)
成分分布可視化部24−3により、図36に示すように青〜黄色〜赤の色軸を「成分軸」に当てはめ、「成分軸」における座標を色に変換した。
【0180】
具体的な計算方法を示す。
【0181】
上述の3−2−8にてデータ解析部24−2により求めた「成分軸」における座標Wについて、成分分布可視化部24−3によりすべてのピクセルの平均値をμ、標準偏差をσとする。図36に示すように、成分分布可視化部24−3により、青〜黄色〜赤の色が連続的に並ぶ色軸に対して、(μ−σ)から(μ+σ)の範囲の値を対応させた。座標Wが(μ−σ)となる点は濃青、(μ+σ)となる点は濃赤、その間の点は位置に応じた色となった。また、座標Wが(μ−σ)未満の場合は濃青、(μ+σ)より大きい場合は濃赤となった。
【0182】
以上の成分分布可視化部24−3の処理により、一つ一つの画素の主成分得点によって色が決まり、成分分布を反映した画像が得られた。
【0183】
(3−3.工程3の結果と考察)
(3−3−1.単一励起蛍光波長による試料断面撮影画像)
図37および図38に、成分分布可視化部24−3により可視化された、励起波長/蛍光波長:380/500nm、430/710nmの単一励起蛍光波長による各試料の断面撮影画像を示す。単一波長による撮影なので、その励起蛍光波長における蛍光強度が明暗として現れる。ここで選択した波長48条件は、主成分分析固有ベクトルの絶対値が大きい波長帯である(後述する3−3−2および3−3−3を参照)。
【0184】
図37に示すように、励起波長/蛍光波長:350/500nmでは、サンプルのグルテンが最も暗く写り、サンプルのプライマリースターチ(粉状)が最も明るい。測定対象物のパン生地の明度はサンプルのグルテンとプライマリースターチ(粉状)の中間である。サンプルのプライマリースターチ(加水)の明度は測定対象物のパン生地に近い。測定対象物のパン生地断面の明度は概ね均一であり、単一波長による測定ではサンプルのグルテンの分布は観察できない。
【0185】
図38に示すように、励起波長/蛍光波長:430/710nmにおける断面画像も測定対象物およびサンプル間では明度に違いが見られる。この波長帯でも、サンプルのプライマリースターチ(粉状)の画像は他よりも明るい。しかし、励起波長/蛍光波長:350/500nmに比べて、測定対象物およびサンプル間の差は小さい。
【0186】
(3−3−2.グルテン、プライマリースターチ(加水)の固有ベクトルによる主成分分析)
励起・蛍光マトリクス測定部24−1により取得された、サンプルのグルテンとPS(加水)のEEMデータを用いた、データ解析部24−2による主成分分析結果から示す。まず、第1から第6主成分の寄与率を図39に示す。図39に示すように、第1主成分の寄与率が大きいことがわかる。
【0187】
データ解析部24−2により得られた、第1主成分から第3主成分の主成分負荷量を図40〜図42に示す。図40〜図42において、主成分負荷量はEEMの形で表示されてお、各波長条件の主成分に対する寄与率が色で表されている。工程2では、データ解析部24−2により測定対象物およびサンプルのEEMパターンを反映した主成分負荷量が得られたが、EEM−ISによる測定データではピークのようなものは見られなかった。
【0188】
図39に示すように、第1主成分によりデータの95%以上が説明されるため、第1主成分に大きく寄与している励起波長・蛍光波長の組み合わせは結果を左右する波長条件といえる。図40に示すように、データ解析部24−2により得られた第1主成分の主成分負荷量では、励起波長400nm前後の範囲ですべての蛍光波長において相関が高い。この原因として、EEM−ISの分光照明が400nm前後で高い強度の励起光を照射する装置特性をもつことが考えられる。励起光強度が高ければ、当然蛍光強度も高くなるため、蛍光波長に関わらず高い相関が見られるのだと考えられる。F7000による測定のような成分の蛍光ピークを得るには、装置関数などを導入して分光装置の特性を補正する必要がある。
【0189】
図41および図42に示すように、データ解析部24−2により得られた第2、第3主成分の主成分負荷量では、ある1波長条件を除いて主成分との相関は低い。主成分と負の相関が高いのは励起波長/蛍光波長:430nm/710nmの組み合わせである。つまり、第2主成分、第3主成分の主成分得点は、この波長条件での蛍光強度によって決まることになる。
【0190】
図43にデータ解析部24−2により作成された第1主成分と第2主成分の主成分得点プロットを示す。前述の通り、励起・蛍光マトリクス測定部24−1により取得された各測定対象物およびサンプル画像から50画素を選び、データ解析部24−2により作成されたその主成分得点を示した。図43に示すように、第1主成分と第2主成分の主成分得点プロットでは、サンプルのPS(粉状)が他の試料から大きく離れて分布する。他の3種類の試料は分布範囲が近いが、サンプルのグルテンとPS(加水)の分布はお互いに重ならない。測定対象物のパン生地の分布は、サンプルのグルテンとPS(加水)の中間あたりに位置する。
【0191】
図44に示すように、上述の3−2−8および3−2−9におけるデータ解析部24−2の処理により、溶媒含有率(含水率)の影響を取り除いた。まず、データ解析部24−2により、サンプルのPS(粉状)とPS(加水)の重心と求めたところ、サンプルのPS(粉状)の第1主成分の主成分得点平均は2.04、第2主成分の主成分得点平均は−0.0691となった。同様に、データ解析部24−2により得られた、サンプルのPS(加水)の第1主成分得点平均は1.03、第2主成分の主成分得点平均は−0.0325となった。なお、平均の値は主成分得点プロット上の点だけでなく、全画素の主成分得点から求めている。データ解析部24−2により得られた、サンプルのPS(粉状)とPS(加水)の主成分得点の平均から、溶媒軸の傾きは、下記の数式2のようになる。なお、数式2において、x軸は第1主成分軸、y軸は第2主成分軸である。
0.0366x + 1.01y・・・(数式2)
【0192】
したがって、第1主成分の主成分得点がX、第2主成分の主成分得点がYである画素の「成分軸」上の座標は、下記の数式3のようになる。なお、ここでは「溶媒軸」と「成分軸」の交点を0としている。
0.0366X + 1.01Y・・・(数式3)
【0193】
成分分布可視化部24−3により主成分得点を画像化した結果を図45に示す。図45に示すように、サンプルのグルテンとPSは、それぞれ色軸の両端の色である青と赤で表示され、測定対象物のパン生地は青から赤までの色がまだらになっている。測定対象物のパン生地の画像の中で、青に近い色で表示されている部分はグルテンに近い成分が、赤に近い色で表示されている部分はデンプンに近い成分が存在すると考えられる。
【0194】
図45に示すように、測定対象物のパン生地の画像全体に水色〜緑のまだらが見られ、デンプン粒だと考えられるが、その輪郭は明確ではない。原因としては、まず解像度が足りなかったことが考えられる。1画素にデンプンとグルテンが両方含まれると、データ解析部24−2により得られた主成分得点はグルテンとデンプンの中間になってしまい、デンプン粒とグルテンの境は曖昧になる。これを解決するには、ビニングを小さくするか、顕微鏡倍率を大きくすることが考えられる。
【0195】
もう一つの原因として、励起光が測定対象物およびサンプルの表面だけでなくある程度の深さ迄透過し、その間の物質の蛍光が励起・蛍光マトリクス測定部24−1によりすべて観察されているということが考えられる。測定対象物およびサンプルの断面の表面にグルテンが存在する場合も、そのすぐ下にデンプン粒がありデンプン粒にも励起光が達すれば、観察される蛍光はグルテンとデンプンの中間となる。これを防ぐためには、試料を薄片化して観察するか、励起光の強度を上げすぎないことが考えられる。
【0196】
(3−3−3.パン生地の固有ベクトルによる主成分分析)
励起・蛍光マトリクス測定部24−1により取得された、測定対象物のパン生地のEEMデータから、データ解析部24−2により求めた主成分分析結果を示す。
【0197】
データ解析部24−2により得られた、第1主成分から第6主成分の主成分寄与率を図46に示す。励起・蛍光マトリクス測定部24−1により取得されたサンプルのグルテンとPC(加水)のEEMから、データ解析部24−2により求めた固有ベクトルの寄与率に比べ第1主成分の寄与率は小さいが、第2主成分以降の寄与率に比べ大きい。
【0198】
データ解析部24−2により得られた、第1主成分から第3主成分の主成分負荷量図を図47〜図49に示す。励起・蛍光マトリクス測定部24−1により取得されたサンプルのグルテンとプライマリースターチのEEMから、データ解析部24−2により求めた主成分固有ベクトルと同様、励起波長400nm前後における蛍光強度が大きく、分光照明装置11の特性を反映していると考えられる。励起・蛍光マトリクス測定部24−1により取得されたサンプルのグルテンとプライマリースターチのEEMから、データ解析部24−2により求めた固有ベクトルでは、第2、第3主成分の主成分負荷量は第1主成分の主成分負荷量と全く異なる分布をもつが、図47〜図49に示すように、ここではどれも励起波長400nm前後に特徴をもつ。
【0199】
図50は、データ解析部24−2により作成された、第1主成分と第3主成分の主成分得点プロットである。図50に示すように、測定対象物のパン生地画像中の画素の値の分散を最大化する計算となるため、励起・蛍光マトリクス測定部24−1により取得されたサンプルのグルテンとPS(加水)のEEMデータから、データ解析部24−2により求めた主成分分析の結果に比べて測定対象物のパン生地中の画素が広い範囲に広がっている。サンプルのPC(粉状)が他の試料と離れて分布している点や、サンプルのグルテンとPC(加水)の分布が重なっていない点は、励起・蛍光マトリクス測定部24−1により取得されたサンプルのグルテンとPS(加水)のEEMデータから、データ解析部24−2により求めた主成分分析の結果と一致する。
【0200】
ここで、図51にデータ解析部24−2により作成された第1主成分と第3主成分の主成分得点プロットを示しているのは、図44に示すように、データ解析部24−2により作成された第1主成分と第2主成分の主成分得点プロットでは、サンプルのグルテンとPS(加水)の分布が重なってしまったからである。データ解析部24−2における主成分分析では、単純に寄与率の大きい主成分を選択するのではなく、目的とする成分が検出できるように主成分を組み合わせる必要がある。
【0201】
図51に示すように、励起・蛍光マトリクス測定部24−1により取得されたサンプルのグルテンとPS(加水)の固有ベクトルから、データ解析部24−2により主成分分析により溶媒含有率である含水率の影響を取り除いた。データ解析部24−2により、サンプルのPS(粉状)とPS(加水)の重心と求めたところ、サンプルのPS(粉状)の第1主成分の主成分得点平均は2.05、第2主成分の主成分得点平均は−0.0216となった。同様に、サンプルのPS(加水)の第1主成分得点平均は1.03、第2主成分の主成分得点平均は−0.0076となった。サンプルのPS(粉状)とPS(加水)の主成分得点の平均から、溶媒軸の傾きは、下記の数式4にようになる。なお、数式7において、x軸は第1主成分軸、y軸は第2主成分軸である。
0.014x + 1.02y・・・(数式4)
【0202】
したがって、データ解析部24−2により得られた、第1主成分の主成分得点がX、第2主成分の主成分得点がYである画素の「溶媒軸」上の座標は、下記の数式5にようになる。上述の3−3−2と同様、「溶媒軸」と「成分軸」の交点を0としている。
0.014X + 1.02Y・・・(数式5)
【0203】
図52に、データ解析部24−2により得られた測定対象物のパン生地の主成分固有ベクトルから、成分分布可視化部24−3により求めた4サンプルの画像を示す。励起・蛍光マトリクス測定部24−1により取得されたサンプルのグルテンとプライマリースターチのEEMから、データ解析部24−2により計算した主成分固有ベクトルを用いて、成分分布可視化部24−3により可視化した画像と比べて、測定対象物のパン生地における画素ごとのコントラストが明確である。
【0204】
図52に示すように、図45と同様に、サンプルのグルテンの画像はおおむね青、サンプルのプライマリースターチの画像はおおむね赤で表示され、測定対象物のパン生地中の青い部分はグルテンが多く、赤い部分はデンプンが多いと考えられる。画像の解像度はやはり低く、デンプン粒の輪郭が見られる画像を得るためには工夫が必要だと思われる。
【0205】
図52に示すように、励起・蛍光マトリクス測定部24−1により取得されたサンプルのグルテンとプライマリースターチのEEMから、データ解析部24−2により計算した固有ベクトルを成分分布可視化部24−3により可視化した画像と、励起・蛍光マトリクス測定部24−1により取得された測定対象物のパン生地のEEMから、データ解析部24−2により計算した固有ベクトルを成分分布可視化部24−3により可視化した画像とは、コントラストの違いはあるものの、グルテンやデンプンの大体の分布は似ている。これは、データ解析部24−2により得られた第1主成分の固有ベクトルが似ているからだと考えられる。寄与率が大きい第1主成分の固有ベクトルが似ているという性質を用いることにより、測定対象物のパン生地中のグルテンを成分分布可視化部24−3により可視化する際、測定対象物から抽出することでサンプルのグルテンやプライマリースターチを用意しなくても、測定対象物パン生地のEEMデータだけで同じような結果が得られる可能性がある。これは測定や解析の簡便化を考える上で重要である。
【0206】
(3−4.工程3のまとめ)
以上、上述したように、工程3において、励起・蛍光マトリクス測定部24−1により取得された光学的情報と試料断面上の位置情報を合わせもつ励起・蛍光マトリクスを用い、データ解析部24−2により測定対象物のパン生地断面の平面領域内を1点ずつ分析することによって、測定対象物のパン生地断面におけるグルテン分布を調べ、成分分布可視化部24−3により可視化した。
【0207】
また、工程3において、EEMをEEMイメージングシステムを用いて、励起・蛍光マトリクス測定部24−1により測定した。分光器を通る励起光の波長を一定に保ったまま、蛍光の波長を変えながら試料断面を撮影していくことにより、その励起光のもとでの励起・蛍光マトリクスを励起・蛍光マトリクス測定部24−1にて測定できる。次に分光器を通る励起光の波長を変え、同じように励起・蛍光マトリクスを励起・蛍光マトリクス測定部24−1により測定する。このように様々な励起光・蛍光の組み合わせで測定対象物およびサンプルを撮影することにより励起・蛍光マトリクス測定部24−1にて励起・蛍光マトリクスを得た。
【0208】
また、工程3において、励起・蛍光マトリクス測定部24−1により取得されたサンプルのグルテンとプライマリースターチ(加水)のEEMデータから、データ解析部24−2により計算した固有ベクトルと、励起・蛍光マトリクス測定部24−1により取得された測定対象物のパン生地のEEMデータから、データ解析部24−2により計算した固有ベクトルから主成分得点を求めた。
【0209】
また、工程3において、溶媒含有率が異なる2つのプライマリースターチのサンプルについて、データ解析部24−2によりそれぞれの主成分得点の分布の重心を通る直線を「溶媒軸」と定義し、「溶媒軸」と直交する「成分軸」を成分分布可視化部24−3にて画像作成に用いることにより、溶媒の影響を取り除いた。データ解析部24−2により設定された「溶媒軸」と直交する「成分軸」に対して、成分分布可視化部24−3により色軸を対応させることにより各画素の色を決め、測定対象物のパン生地中のグルテンとデンプンの分布を可視化することに成功した。
【0210】
また、工程3において、データ解析部24−2により得られた異なる2つの固有ベクトルから、成分分布可視化部24−3により求めた画像では、グルテンやデンプンの分布が似ており、測定対象物のパン生地のみのデータで、測定対象物のパン生地中の成分分布が可視化できる可能性が示唆された。
【0211】
また、工程3において、励起・蛍光マトリクス測定部24−1にて取得される画像の解像度を上げるためには、カメラの解像度を上げることや、励起光強度を調節する必要がある。
【0212】
以上で、工程3についての説明を終える。
【0213】
[他の実施の形態]
さて、これまで本発明の実施の形態について説明したが、本発明は、上述した実施の形態以外にも、特許請求の範囲に記載した技術的思想の範囲内において種々の異なる実施の形態にて実施されてよいものである。
【0214】
また、実施の形態において説明した各処理のうち、自動的に行われるものとして説明した処理の全部または一部を手動的に行うこともでき、あるいは、手動的に行われるものとして説明した処理の全部または一部を公知の方法で自動的に行うこともできる。
【0215】
このほか、上記文献中や図面中で示した処理手順、制御手順、具体的名称、各処理の登録データや検索条件等のパラメータを含む情報、画面例、データベース構成については、特記する場合を除いて任意に変更することができる。
【0216】
また、成分分布分析システムに関して、図示の各構成要素は機能概念的なものであり、必ずしも物理的に図示の如く構成されていることを要しない。
【0217】
例えば、成分分布分析装置20の各装置が備える処理機能、特に計算処理部24にて行われる各処理機能については、その全部または任意の一部を、CPU(Central Processing Unit)および当該CPUにて解釈実行されるプログラムにて実現してもよく、また、ワイヤードロジックによるハードウェアとして実現してもよい。尚、プログラムは、後述する記録媒体に記録されており、必要に応じて成分分布分析装置20に機械的に読み取られる。すなわち、ROMまたはHDなどのメモリ21などは、OS(Operating System)として協働してCPUに命令を与え、各種処理を行うためのコンピュータプログラムが記録されている。このコンピュータプログラムは、RAMにロードされることによって実行され、CPUと協働して制御部を構成する。
【0218】
また、このコンピュータプログラムは、成分分布分析装置20に対して任意のネットワークを介して接続されたアプリケーションプログラムサーバに記憶されていてもよく、必要に応じてその全部または一部をダウンロードすることも可能である。
【0219】
また、本発明に係るプログラムを、コンピュータ読み取り可能な記録媒体に格納することもできる。ここで、この「記録媒体」とは、フレキシブルディスク、光磁気ディスク、ROM、EPROM、EEPROM、CD−ROM、MO、DVD等の任意の「可搬用の物理媒体」、あるいは、LAN、WAN、インターネットに代表されるネットワークを介してプログラムを送信する場合の通信回線や搬送波のように、短期にプログラムを保持する「通信媒体」を含むものとする。
【0220】
また、「プログラム」とは、任意の言語や記述方法にて記述されたデータ処理方法であり、ソースコードやバイナリコード等の形式を問わない。なお、「プログラム」は必ずしも単一的に構成されるものに限られず、複数のモジュールやライブラリとして分散構成されるものや、OS(Operating System)に代表される別個のプログラムと協働してその機能を達成するものをも含む。なお、実施の形態に示した各装置において記録媒体を読み取るための具体的な構成、読み取り手順、あるいは、読み取り後のインストール手順等については、周知の構成や手順を用いることができる。
【0221】
メモリ21に格納される各種のデータベース等は、RAM、ROM等のメモリ装置、ハードディスク等の固定ディスク装置、フレキシブルディスク、光ディスク等のストレージ手段であり、各種処理やウェブサイト提供に用いる各種のプログラムやテーブルやデータベースやウェブページ用ファイル等を格納する。
【0222】
また、成分分布分析装置20は、既知のパーソナルコンピュータ、ワークステーション等の情報処理装置を接続し、該情報処理装置に本発明の方法を実現させるソフトウェア(プログラム、データ等を含む)を実装することにより実現してもよい。
【0223】
更に、装置の分散・統合の具体的形態は図示するものに限られず、その全部または一部を、各種の付加等に応じて、または、機能負荷に応じて、任意の単位で機能的または物理的に分散・統合して構成することができる。
【産業上の利用可能性】
【0224】
以上詳述に説明したように、本発明によれば、励起・蛍光マトリクス(EEM)に基づき測定対象物と当該測定対象物から抽出されたサンプル間の成分分布の差異を分析する場合であっても、測定対象物とサンプル間における溶媒含有率の影響を除去することができ、測定対象物の特定の成分をより明確に分析することができる、成分分布分析方法および成分分布分析装置を提供することができるので、食品等の内部の構造の分析など様々な用途に好適に利用できる。
【符号の説明】
【0225】
10 蛍光画像撮影装置
11 分光照明装置
110 光源
112 分光装置
114 励起波長調節部
116 光ファイバー
118 励起光照射部
12 分光撮影装置
120 光学部
122 分光装置
124 画像撮影装置
13 測定対象物・サンプル
20 成分分布分析装置
21 メモリ
22 キーボード・マウス
23 制御部
24 計算処理部
24−1 励起・蛍光マトリクス測定部
24−2 データ解析部
24−3 成分分布可視化部
30 ディスプレイ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定対象物および当該測定対象物から抽出されたサンプルの成分分布を分析する成分分布分析方法であって、
所定の励起波長範囲および所定の蛍光波長範囲で、照射する励起波長および観測する蛍光波長を段階的に変化させながら、前記測定対象物および前記サンプル上の複数の測定箇所における蛍光強度を測定することにより、前記測定対象物および前記サンプル上の各測定箇所の励起・蛍光マトリクス情報を取得する励起・蛍光マトリクス情報取得工程、および、
前記励起・蛍光マトリクス情報取得工程にて各測定箇所ごとに取得した前記励起・蛍光マトリクス情報に対して主成分分析を行い、主成分にて表される前記測定対象物および前記サンプルの成分の値である主成分得点を座標としてプロットすることにより主成分得点プロットを作成し、当該主成分得点プロット上で、前記サンプルに含まれる溶媒含有率の異なる溶媒軸決定用サンプルの成分を示すプロット群のうち、当該溶媒含有率の高い第1のプロット群の重心と当該溶媒含有率の低い第2のプロット群の重心とを通る軸、または、前記溶媒軸決定用サンプルのプロット群の近似直線を、溶媒軸として設定し、当該溶媒軸に直交する軸を前記溶媒含有率の影響を受けない成分軸として設定し、前記測定対象物および前記サンプルの成分を示すプロットを前記成分軸上に投影することにより、各測定箇所の前記成分の違いをパラメータ化するデータ解析工程、
を含むことを特徴とする、成分分布分析方法。
【請求項2】
前記データ解析工程にて前記成分軸上に投影された前記プロットに基づいて各測定箇所に彩色すべき色を決定する色決定工程、および、
前記色決定工程にて決定された前記各測定箇所に彩色すべき色をカラーマッピングすることにより、前記測定対象物および前記サンプルの前記成分分布を可視化する成分分布可視化工程、
を更に含むことを特徴とする、請求項1に記載の成分分布分析方法。
【請求項3】
前記励起・蛍光マトリクス情報取得工程において、
前記測定対象物および前記サンプルについて、前記照射する励起波長および前記観測する蛍光波長の異なる複数の蛍光画像を撮影し、
前記蛍光画像における各画素の前記蛍光強度から、前記測定対象物および前記サンプル上の各測定箇所における前記励起・蛍光マトリクス情報を取得することを特徴とする、請求項1または2に記載の成分分布分析方法。
【請求項4】
前記測定対象物は、穀粉製品を少なくとも含むことを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項に記載の成分分布分析方法。
【請求項5】
前記成分は、タンパク質、澱粉、多糖類、ミネラル、脂質からなる群より選ばれる少なくとも1つを含むことを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1項に記載の成分分布分析方法。
【請求項6】
前記溶媒は、水、アルコールからなる群より選ばれる少なくとも1つを含むことを特徴とする、請求項1〜5のいずれか1項に記載の成分分布分析方法。
【請求項7】
測定対象物および当該測定対象物から抽出されたサンプルに所定の励起波長を照射する分光照明装置と、所定の蛍光波長で前記測定対象物および前記サンプルを観察する分光撮影装置とを備えた、前記測定対象物および前記サンプルの成分分布を分析する成分分布分析装置であって、少なくとも
前記測定対象物および前記サンプル上の複数の測定箇所において、励起・蛍光マトリクス情報を取得する励起・蛍光マトリクス測定部、および、
前記励起・蛍光マトリクス測定部により各測定箇所ごとに取得した前記励起・蛍光マトリクス情報に対して主成分分析を行い、主成分にて表される前記測定対象物および前記サンプルの成分の値である主成分得点を座標としてプロットすることにより主成分得点プロットを作成し、当該主成分得点プロット上で、前記サンプルに含まれる溶媒含有率の異なる溶媒軸決定用サンプルの成分を示すプロット群のうち、当該溶媒含有率の高い第1のプロット群の重心と当該溶媒含有率の低い第2のプロット群の重心とを通る軸、または、前記溶媒軸決定用サンプルのプロット群の近似直線を、溶媒軸として設定し、当該溶媒軸に直交する軸を前記溶媒含有率の影響を受けない成分軸として設定し、前記測定対象物および前記サンプルの成分を示すプロットを前記成分軸上に投影することにより、各測定箇所の前記成分の違いをパラメータ化するデータ解析部、
を備えたことを特徴とする、成分分布分析装置。
【請求項8】
前記データ解析部により前記成分軸上に投影された前記プロットに基づいて各測定箇所に彩色すべき色を決定し、当該各測定箇所に彩色すべき色をカラーマッピングすることにより、前記測定対象物および前記サンプルの前記成分分布を可視化する成分分布可視化部、
を更に備えたことを特徴とする、請求項7に記載の成分分布分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【図27】
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【図28】
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【図29】
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【図30】
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【図31】
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【図32】
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【図33】
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【図34】
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【図35】
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【図36】
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【図37】
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【図38】
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【図39】
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【図40】
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【図41】
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【図42】
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【図43】
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【図44】
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【図45】
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【図46】
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【図47】
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【図48】
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【図49】
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【図50】
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【図51】
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【図52】
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【公開番号】特開2010−266380(P2010−266380A)
【公開日】平成22年11月25日(2010.11.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−119296(P2009−119296)
【出願日】平成21年5月15日(2009.5.15)
【出願人】(501203344)独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 (827)
【Fターム(参考)】