説明

成形部品の脆性クリープ破壊余寿命予測法

【課題】有機高分子材料からなる成形部品のクリープ破壊余寿命を、簡易且つ効率的に予測する方法を提供する。
【解決手段】有機高分子材料からなる成形部品の脆性クリープ破壊の余寿命を予測するに当たり、予め経過時間と小角X線回折法で測定したミクロボイド量の関係を求めておくことで、目的とする試料のミクロボイドの存在量から余寿命を予測する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機高分子材料からなる成形部品の脆性クリープ破壊余寿命を予測する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
有機高分子材料は、様々な手段や方法で成形・加工された後、様々な用途で使用されているが、これら成形部品のクリープ破壊寿命は、試験片に一定の大きさの荷重を負荷して、特定の温度や雰囲気に曝し、その試験片が破断するまでの時間を実測することによって見積もられる。クリープ破壊寿命は環境条件の影響を大きく受けるため、精度良く破壊寿命を見積もるために、使用環境に合わせた環境条件で同様の試験を繰り返し行なうことが一般的であり、ラーソン・ミラーの関係式を利用して、異なる温度における荷重とクリープ破壊寿命の関係を統一的に整理することも試みられている。
【0003】
しかしながら、使用中の有機高分子材料からなる成形部品におけるクリープ破壊余寿命を予測する事は困難であり、一定温度で一定負荷がかかる条件において使用され、これからも使用されると仮定した上で、クリープ破壊寿命から使用された時間を差引くことにより推定するしかなかった。
【0004】
実用されている有機高分子材料からなる成形部品は、使用条件も時間的に一定ではなく、ある期間実用された成形部品が、これまでにどれだけの時間使用されてきたか分かったとしても、残りどの程度の破壊余寿命を持っているか予測することは困難である。この問題に関しては、ある部品がどの程度の破壊の進行度にあるか特定の指数付けができれば、現在以降、一定の環境条件下にあると想定した場合の残りの寿命を予測することが可能となる。そのためには、現在以降成形部品がおかれる環境条件下でのクリープ破壊寿命を予測すること、破壊進行度の指数付けが必要である。
【0005】
一方、金属材料においては、クリープ時に発生するボイドの大きさを、電子顕微鏡で観察し、クリープ破壊寿命と関連付けて、クリープ破壊余寿命を予測する方法が紹介されているが、この手法をそのまま有機高分子材料に応用することは難しい。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
有機高分子材料からなる成形部品のクリープ破壊余寿命を予測する方法は、現在何ら提案されておらず、効率的なクリープ破壊余寿命予測方法が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、効率的なクリープ破壊余寿命予測方法を提供すべく鋭意検討した結果、予め経過時間と小角X線回折法で測定したミクロボイド量の関係を求めておくことで、目的とする試料のミクロボイドの存在量から余寿命を予測することが可能であることを見出し、本発明を完成した。
【0008】
即ち本発明は、有機高分子材料からなる成形部品の脆性クリープ破壊の余寿命を予測するに当たり、予め経過時間と小角X線回折法で測定したミクロボイド量の関係を求めておくことで、目的とする試料のミクロボイドの存在量から余寿命を予測する脆性クリープ破壊余寿命予測法である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
有機高分子材料からなる成形部品におけるクリープ破壊寿命において、ラーソン・ミラーの関係式が成り立つことが知られている。例えば、ポリアセタール樹脂においては、クリープ破壊寿命と負荷荷重の大きさとの間には対数の関係が成り立っており、勾配の大きさが異なる二種類の領域が存在することから、高荷重で破壊寿命の短い領域を延性クリープ、低荷重で破壊寿命の長い領域を脆性クリープ領域と呼んでいる。
【0010】
このように二種類の領域が存在する材料の場合、実用上の観点からすると、有機高分子材料からなる成形部品においては、低荷重条件下で数百ないし数千時間の期間を経て破壊する脆性クリープが重要である。しかしながら、このクリープ領域においては、寿命予測を行うに対して困難がある。すなわち、加速試験のために荷重を大きくすれば延性クリープとなり、脆性クリープ破壊の加速試験とは言えなくなる。またクリープ変形量が小さいと、クリープ歪の大きさを正確に測定することは困難であり、かつクリープ変形量の小さいままクリープ破壊が起こるため、クリープ歪の大きさと破壊寿命を関連付けることは困難である。このような場合は、ラーソン・ミラーの関係式を利用してクリープ破壊寿命を予測する事が効果的であることを見出した。
【0011】
上記の延性クリープ、脆性クリープの両者について、荷重σが負荷されたときのクリープ破壊寿命tfとの間には経験的に得られたラーソン・ミラーの関係式
【0012】
【数2】

【0013】
あるいはアイリングの化学反応速度式から導かれたアイリング・ジューコフの関係式
【0014】
【数3】

【0015】
が成り立つ。(II)式は(I)式の理論的内容である。ここで、Rは気体定数R = 8.31J/K mol、Tは試験時の絶対温度(T K)である。活性化エネルギーΔH (J/mol)は異なる温度で測定した応力対寿命直線のシフトファクターから求められる。活性化体積ν (m3)は、寿命対応力直線の勾配から求められ、反応速度の圧力依存性に対応している。(I)式におけるσ0は試験温度および有機高分子材料の強度(ほぼ弾性率)に依存する定数、cは有機高分子材料の分子量と温度に依存する定数、またt0は有機高分子材料の分子量に依存する定数である。単一の温度の試験に限定されれば(I)式を用い、複数の温度で試験された場合には活性化エネルギーが求まって式(II)を用いることができる。あらかじめ複数の負荷荷重条件下でクリープ破壊寿命を測定しておけば、負荷荷重と試験温度が指定されれば、クリープ破壊寿命は予測可能となる。
【0016】
クリープには、クリープ破壊とクリープ変形との二種類の現象が認められる。それらのうち、クリープ変形はミクロボイドの発生と深く関連する現象である。クリープ変形についてはこれまでに多くの記述がなされており、荷重の大きさおよび負荷時間に依存して、異なる種類の機構によってクリープ変形が起こる。本発明で取り扱う脆性クリープは、クリープの分類では遷移クリープに属し、有機高分子鎖の粘弾性的な緩和挙動によるものである。そのクリープ変形の大きさの時間変化については数種類の式が提案されており、主なものとしては、
スプリング・ダッシュポットモデルに基づき、遷移クリープを緩和で表した式
【0017】
【数4】

【0018】
などが用いられている。これらの式においてε0は初期弾性変形であり、τiは緩和における遅延時間、Dは緩和の振幅、α,βは定数である。
【0019】
ここで遷移クリープを表す式として、単純な力学モデルに基づく式(1)は良い近似でないという指摘があり[深堀 美英著 「設計のための高分子の力学」 技報堂]、またべき乗則(2)は長時間領域において、実測と合わない。脆性クリープにおける初期弾性変形以外のクリープ歪の大きさは試験片の元々の大きさに対して小さく、その時間変化を精確に測定することは容易ではない。これに対して、クリープ過程で発生するミクロボイドはクリープ過程で初めて現れるものであり精密な測定が可能である。
【0020】
本発明者らは、有機高分子材料の脆性クリープ破壊領域においては、金属材料と同様にクリープ時に発生するミクロボイドが重要な役割を果たしてはいるが、ボイドの大きさではなく発生量が重要であることを見出した。しかしながら、有機高分子材料の場合、金属のようにミクロボイドが結晶粒界面で発生し大きく成長するわけでなく、立体的に広く分散しており、またミクロボイドサイズが10nm程度と小さく、特にポリアセタールのような高エネルギー線で分解したり変質したりしやすい材料においてはその電子線に対する不安定性から高倍率の電子顕微鏡を用いることはできず、脆性クリープに関連するミクロボイドの発生量を電子顕微鏡で測定することが困難である。
【0021】
本発明者らは、このような有機高分子材料のクリープ進展挙動を検出するにおいては小角X線回折法が有効であることを見出し、電子顕微鏡で観察できないような微細なミクロボイドの存在を小角X線散乱によって検出することにより、その散乱強度の時間変化とクリープ破壊進展との間に定量的関係を見出した。
【0022】
本発明者らは、クリープ過程におけるミクロボイドの発生について、小角X線散乱および走査型電子顕微鏡を用いて、鋭意研究した。延性クリープ破壊においては、電子顕微鏡で観察可能なサイズのミクロボイドの発生がクリープ破壊において重要であるのに対して、脆性クリープ破壊過程においては、電子顕微鏡で観察可能なサイズのミクロボイドの発生は極少量ないし不明であった。一方、小角X線回折により、径が10nm程度のミクロボイドの発生が確認された。脆性クリープ破壊が起こる条件下で、ミクロボイド量の時間変化は、負荷時間に対して対数関数的
【0023】
【数5】

【0024】
に増加することが分かった。この変化は式(3)に対応している。(II)および(III)式から、脆性クリープ破壊時におけるミクロボイド密度は、
【0025】
【数6】

【0026】
となり、荷重σと一次の関係にある。従って、種々の温度・荷重条件に対して、これらの式からクリープ破壊寿命と破壊時のミクロボイド発生密度、ミクロボイド発生密度量の時間変化を予測することができる。
【0027】
ミクロボイドの発生量密度の測定は以下の手順で行う。
【0028】
小角X線散乱強度は、X線強度と、試料厚みの影響を受ける。従って、ミクロボイドの発生量密度を定量的に測定するには、試料厚みを比較試料と同じくしておく必要がある。試料部品を平行に切り出すか、あるいは研磨して平行平板とする。このとき、試料厚みは、ポリアセタール樹脂においては、X線の吸収と、散乱強度の兼ね合いから0.5mmから2mmの間、望ましくは1mmから1.5mm厚みとするのが好ましい。X線散乱強度は、照射X線の強度に依存し、また検出器の感度に依存するので、常に比較対象となる共通試料をその都度測定し、散乱強度を補正する必要がある。
試料平板は通常の小角X線散乱測定装置で測定することができる。X線散乱の検出はPSPC(Position Sensitive Proportional Counter)やシンチレーションカウンターなどの一元検出器、イメージングプレートや二次元PSPC、CCD(Charge Coupled Device)などの二次元検出器を用いることができる。別途測定した、無負荷試料の散乱プロフィルを用いて結晶由来の成分を引き去れば目的とするミクロボイドによる散乱プロフィルを得ることができる。
【0029】
この散乱プロフィルの強度からミクロボイド発生量を計算できるが、小角X線散乱においてはピーク中央部がビームスプリッタのため欠けるので、ガウス関数によって関数近似でピーク強度を求める必要がある。
ミクロボイドの形状を、荷重負荷方向に配向した円柱で近似すると、それぞれ直径Dおよび高さHに対して、散乱プロフィルは
【0030】
【数7】

【0031】
で近似的に与えられる。ここで、s =2πsinθ/λは散乱ベクトルで、2θは回折角度、λはX線の波長であり、Cu-K の場合、0.1542nmである。円柱の体積V0 =πH(D/2)2とミクロボイド発生量密度Nに対して散乱強度はNV02に比例し[Ulrich Lode et al., Macromol. Rapid Commun., 19, 35(1998)]、散乱強度からミクロボイド発生量密度を計算できる。
【0032】
ただし、この測定では、標準試料を基準とした値であり、標準試料が異なる場合の測定結果との比較は困難であることから、標準試料における測定値との比を発生密度と呼び、この発生密度をもってミクロボイドの発生量の指標とする。
【0033】
ポリアセタール樹脂の場合、脆性クリープ条件下ではミクロボイドサイズは10nm前後で揃っており、散乱強度は概ねミクロボイド発生量密度に比例しているとみなせる。
【0034】
現在以降、どのような条件(温度および負荷荷重の大きさ)でクリープ負荷を行うか、その条件下において、あらかじめ、標準試験片を用いて種々のクリープ負荷時間に対してミクロボイド発生量測定を行い、ミクロボイド発生量密度の時間変化の検量線を作成する。
【0035】
一方、クリープ履歴が不明あるいは一定でない試験片に対して、同様の解析を行い、現在のミクロボイド発生量密度を測定する。
【0036】
すると、検量線上で、この試験片がどれだけのクリープ負荷時間に相当するのかを読み取り、またこの条件におけるクリープ負荷寿命は式(I)あるいは(II)によって分かっているから、両者の差から残りの余寿命を計算できる。
【0037】
クリープ負荷温度が異なる場合、あらかじめ試験温度を変えて、クリープ破壊寿命測定を行い、活性化エネルギーΔHおよび活性化体積の温度変化νを求めておく必要がある。しかる後には任意の温度において、(II)および(IV)式により、破壊寿命の予測を行うことができる。
【0038】
本発明における有機高分子材料とは、脆性クリープ破壊する有機高分子材料であり、特にポリアセタール樹脂において有益に用いられる。ここで言うポリアセタール樹脂とは、ポリオキシメチレンおよびその共重合体を含む。ポリオキシメチレンとは、ホルムアルデヒドおよびそのオリゴマー、あるいはトリオキソンをモノマーとする重合体である。共重合体を製造する際のコモノマーとしては、エチレンオキシド、ジオキソラン、ブタンジオールホルマール、ジエチレンオキシド、ジオキセパンなどが挙げられる。
【0039】
また、有機高分子材料には、X線散乱強度測定に著しい影響を及ぼすものでなければ、各種添加物が配合されていても構わない。
【実施例】
【0040】
本発明の内容を以下に実施例を挙げて説明する。実施例は、発明の具体的説明のためであり、本発明の内容は実施例に限定されない。
【0041】
実施例1
(1)ポリアセタール樹脂(ポリプラスチックス社製 ジュラコンM90)を射出成形にて、4mm厚みISOダンベル型引っ張り試験片に成形した。本試験片を恒温槽を備える東洋精機製引っ張りクリープ試験機を用いて、温度80 Cにて、種々の負荷荷重の大きさにてクリープ破壊寿命を測定した。その結果をまとめたものが、図1である。荷重の大きさが22MPaより小さい領域では勾配が変化し、この領域が脆性クリープ領域である。図1に挿入した検量線から、特定の荷重の大きさにおけるクリープ破壊寿命が予測できる。荷重の大きさが13、14、15、16MPaにおけるクリープ破壊寿命は表1に示す値となる。
(2)上記試験片を上記クリープ試験機中、80 Cの温度で、13、14、15、16MPaの一定荷重を掛けた。0.1時間から50時間の範囲の複数の時間で、試験片をクリープ試験機からはずし、1.5mm厚みにの平行平板に切削し、リガク社製 X線回折装置で小角X線散乱の測定を行った。このとき、カメラ長は500mm、検出はフジフィルム製イメージングプレートを用い、15分間X線を照射した。得られた二次元散乱パターンの一例を図2に示す。
(3)図2の散乱パターンの散乱中心を通り、荷重に平行な一次元の散乱プロフィルは図3に示すとおりである。別途、荷重を負荷しない試験片の小角X線散乱測定を(2)と同様に行い、クリープ試験片の一次元散乱プロフィルから、無負荷試験片のそれを差し引くとクリープによるミクロボイドに起因する散乱プロフィルを得ることができる。その例を図3に示す。
(4)得られた散乱プロフィルをガウス関数でフィットさせることにより、そのピーク高さを散乱強度とした。負荷荷重の大きさを13MPaから16MPaまで変化させたときの散乱強度の時間変化を図4に示す。その変化は式(III)に従う。図4には、負荷荷重の値が変化した時のクリープ破壊寿命を白丸で示す。この白丸について、破壊時点のミクロボイド量と、荷重の大きさをプロットすると図5に示すように式(IV)に従って一次の関係が成立する。
(5)負荷荷重の大きさの履歴が不明の引っ張り試験片を4mm厚みに切り出し、ミクロボイド量を上記(2)〜(4)に従って測定した。その結果、ミクロボイド量は0.039であった。各荷重の大きさに相当する荷重負荷相当時間は表2に示すとおりであり、計算されたクリープ破壊余寿命は15MPaで1100時間、16MPaで1300時間と予測される。
【0042】
【表1】

【0043】
【表2】

【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】負荷荷重と負荷時間との関係による破壊寿命を示すグラフである。
【図2】試験片の散乱パターンを示す図である。
【図3】荷重に平行な一次元の散乱プロフィルを示す図である。
【図4】負荷荷重の大きさを13MPaから16MPaまで変化させたときの散乱強度の時間変化を示す図である。
【図5】負荷荷重の大きさと破壊時のミクロボイド量の関係を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機高分子材料からなる成形部品の脆性クリープ破壊の余寿命を予測するに当たり、予め経過時間と小角X線回折法で測定したミクロボイド量の関係を求めておくことで、目的とする試料のミクロボイドの存在量から余寿命を予測する脆性クリープ破壊余寿命予測法。
【請求項2】
脆性クリープ領域において、経過時間とミクロボイド発生量密度を、
【数1】

(式中、aは相関係数、s0は定数である。)の式で相関付け、この式を用いて計算することを特徴とする、請求項1記載の脆性クリープ破壊余寿命予測法。
【請求項3】
有機高分子材料がポリアセタール樹脂である請求項1記載の脆性クリープ破壊余寿命予測法。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−128331(P2009−128331A)
【公開日】平成21年6月11日(2009.6.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−306871(P2007−306871)
【出願日】平成19年11月28日(2007.11.28)
【出願人】(390006323)ポリプラスチックス株式会社 (302)
【Fターム(参考)】