説明

抗ケルセチンモノクローナル抗体、その産生細胞、ケルセチンの検出方法および検出試薬

【課題】ケルセチン代謝産物の検出を正確かつ簡便に行う手段を提供する。
【解決手段】ケルセチン代謝産物に対するモノクローナル抗体産生細胞株;該細胞株により産生され、ケルセチン代謝産物と特異的に反応するモノクローナル抗体;該モノクローナル抗体を含有する検出試薬;および該試薬を利用した試料中のケルセチンを免疫学的に検出する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ケルセチンの主要な生体内代謝産物であるグルクロン酸抱合体に対する新規なモノクローナル抗体、該抗体の産生能を有する細胞株、該抗体を利用したケルセチン配糖体の免疫学的検出方法および検出試薬に関する。
【背景技術】
【0002】
ケルセチン(Quercetin)は、日常生活で摂取される食品(主として、リンゴ、タマネギ、緑茶等)中に幅広く含まれているフラボノイドの一種であり、その大部分は生体内で代謝されて抱合体等の代謝産物として血漿中等に存在している。このものは、抗酸化作用、抗炎症作用、脂質吸収抑制作用、脳細胞伝達物質の強化作用等を有することが知られている。従って、ケルセチンの摂取によれば、生活習慣病(ガン、糖尿病、動脈硬化、高脂血症等)や老化の予防効果が期待できる。特に、これら生活習慣病の主要な発症要因の一つとしては、生体内における過剰な活性酸素(反応性の強い有害な酸素)の影響が考えられる。ケルセチン(代謝産物)は、抗酸化作用によって、このような活性酸素を除去する作用を奏し得る。
【0003】
血中や尿中に代謝産物の形で存在するケルセチンの測定によれば、生体内の抗酸化度、例えば生体の有する上記活性酸素の除去(消去)能力を知ることができる。
【0004】
これまで、生体内ケルセチンの検出(測定)には、電気化学検出器や質量分析計等を接続した高速液体クロマトグラフィ(HPLC)やガスクロマトグラフィーが用いられてきた。
【0005】
しかしながら、上記従来の方法は、分析前のサンプル処理に時間、労力、熟練等を必要とするうえ、共存物質によるクロマトグラフィの妨害等により、検出が困難となったり、検出結果が正確でなかったりする場合があった。また、これらの方法は、比較的高価な機器やカラムが必要なため、その更新にも多額の費用を要する不利があった。
【0006】
従って、ケルセチン、特に生体内代謝産物として生体内に存在しているケルセチンを、より迅速かつ簡便に、しかも正確にかつ精度よく行う検出できる技術の開発が当業界で望まれている。
【0007】
上記技術の開発のためには、まずケルセチン代謝産物に対して特異的な抗体の確立が考えられる。そのような抗体が得られれば、該抗体を利用した免疫検出技術によって、生体サンプル中のケルセチン代謝産物を容易に同定、定量することができる。しかしながら、ケルセチン代謝産物に対して特異的にこれを認識し得る抗体は現在知られていない。
【非特許文献1】Moon et al., “Identification of quercetin 3-O-beta-D-glucuronide as an antioxidative metabolite in rat plasma after oral administration of quercetin.” Free Radic Biol Med., 2001, 30(11), 1274-85.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、当業界で要望されているケルセチン代謝産物の検出技術を提供することを目的とする。また本発明は、上記検出技術に利用できるケルセチン代謝産物に対するモノクローナル抗体および該抗体を産生する細胞株を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、研究を重ねた結果、上記目的を達成し得る新しいモノクローナル抗体の産生能を有するハイブリドーマを確立し、該ハイブリドーマから所望のモノクローナル抗体の収得に成功した。本発明はこの成功を基礎として更に研究を重ねた結果、完成されたものである。
【0010】
本発明は、下記項1〜7に記載の発明を提供する。
【0011】
項1. ケルセチンのグルクロン酸抱合体を含む配糖体を認識し、ケルセチン並びにそのメチル抱合体および硫酸抱合体とは実質的に交差反応しない抗ケルセチンモノクローナル抗体。
【0012】
項2. ケルセチン-3-グルクロニドをハプテンとする抗原で免疫したマウス脾細胞と同系マウスミエローマ細胞との融合細胞から産生される抗ケルセチンモノクローナル抗体。
【0013】
項3. ケルセチン-3-グルクロニドをハプテンとする抗原で免疫したマウス脾細胞と同系マウスミエローマ細胞との融合細胞株であって、抗ケルセチンモノクローナル抗体産生能を有する融合細胞株。
【0014】
項4. 項3に記載の細胞株を培養し、ケルセチンのグルクロン酸抱合体および配糖体を認識し、ケルセチン並びにそのメチル抱合体および硫酸抱合体とは実質的に交差反応しない抗ケルセチンモノクローナル抗体を採取することを特徴とする、抗ケルセチンモノクローナル抗体の製造方法。
【0015】
項5. 項1又は2に記載の抗ケルセチンモノクローナル抗体を含有することを特徴とする、ケルセチン配糖体の免疫学的検出のための検出試薬。
【0016】
項6. ケルセチン配糖体を含有する試料と項1又は2に記載のモノクローナル抗体とを接触させて免疫複合体を生成させる工程を含むことを特徴とする、上記試料中のケルセチン配糖体を免疫学的に検出する方法。
【0017】
項7. ケルセチン配糖体の免疫学的検出が、サンドイッチELISA法により行われる項6に記載の検出方法。
【0018】
本明細書において、モノクローナル抗体について「実質的に交差反応しない」とは、例えば実施例に記載する競合ELISA法において、0.1-10μM(測定感度範囲)の濃度におけるB/B0が0.8以上であることを言う。
【0019】
また、本明細書において、「免疫学的検出」等として記載する「検出」なる用語は、ケルセチン代謝産物の存在の有無を確認することのみならず、ケルセチン代謝産物が存在する場合にはその存在の程度(量)を測定すること(定量すること)をも含めた広義の意味で用いられるものとする。
【発明の効果】
【0020】
本発明は、ケルセチン代謝産物に対する高い結合活性を有し、またこれに対する特異性の高い抗ケルセチンモノクローナル抗体、該抗体の産生能を有する細胞株及びこれらの製造方法を提供する。
【0021】
本発明モノクローナル抗体を利用すれば、検体中に存在する主要なケルセチン代謝産物であるケルセチンのグルクロン酸抱合体を、高感度、高精度で容易に検出できる。しかも、この検出結果は、他のケルセチン類縁体、例えばメチル抱合体、硫酸抱合体等の混入による誤差を伴わないケルセチンのグルクロン酸抱合体に特異的なものである。また、この特異性は、日常的に摂取され得るイソフラボン、カテキン類などのケルセチンと類似構造を有する物質をも明確に区別できるものであり、更に、通常生体内に存在する他の抗酸化性物質であるビタミン類やグルタチオン類などとも十分に区別できるものである。従って、本発明抗体の利用によれば、生体内ケルセチンの検出を容易に且つ正確に実施することができる。本発明は、本発明モノクローナル抗体を利用したケルセチンの免疫学的検出用試薬及び検出方法をも提供する。
【0022】
殊に、本発明の免疫学的検出方法は、抗酸化物質としてのケルセチン代謝物(グルクロン酸抱合体)の体内での評価を可能とする利点がある。即ち、該グルクロン酸抱合体は、ラット及びヒト血中における主要なケルセチン代謝物の一つであり、さらに抗酸化性を強く発揮するB環のカテコール構造を保持した代謝物である(Moon et al., Free Radic. Boil. Med, 30, 1274-1285, 2001)ことから、ケルセチン摂取後の血中抗酸化性に最も寄与する代謝物であると考えられる。一方、同様に血中に見出される硫酸抱合体やメチル化体は、B環3’位が抱合されたものをも含む(Day et al., Free Radic. Res. 35, 941-952, 2001)ことから、これらの抗酸化性への寄与はそれほど高くないとされる。このことから、ケルセチングルクロン酸抱合体を測定することは、ケルセチン摂取によってもたらされる抗酸化性の評価に極めて有効であると考えられる。
【0023】
また、本発明抗ケルセチンモノクローナル抗体は、ケルセチンの体内動態解析や抗酸化性発現メカニズムの解析などの基礎研究にも有用であると考えられる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、本発明の抗ケルセチンモノクローナル抗体について、その作製手順に沿ってこれを説明し、次いで本発明抗体を利用した免疫学的検出法(測定法)について詳述する。
【0025】
(1) ハプテン抗原
ケルセチン及びその代謝産物は、それら自体では免疫原性をもない低分子化合物である。本発明では、ケルセチンの主要な生体内代謝産物の一つであるケルセチングルクロン酸抱合体、より詳しくはケルセチン-3-グルクロニド(Quercetin-3-glucuronide, 以下「Q3GA」という)をハプテンとして、蛋白質等の適当な高分子物質(キャリア)と結合させて得られる結合体を免疫原(ハプテン抗原)とする。
【0026】
入手が容易で安価なキャリアとしては、例えば、牛血清アルブミン、卵白アルブミン、ヘモシアニン等のキャリア蛋白質が挙げられる。これらの内では、キーホールリンペットヘモシアニン(陣笠貝ヘモシアニン、Keyhole limpet hemocyanin, KLH)が好適である。このようなキャリア蛋白質とケルセチンとの結合は、一般的な架橋剤、例えば、マレイミドベンゾイルオキシスクシンイミド、1-エチル-3-(3-メチルアミノプロピル)カルボジイミド、N-ヒドロキシスクシンイミド、グルタルアルデヒド等を用いて、常法に従って実施することができる。より詳しくは、先ず、ハプテンに適当な緩衝液中で上記架橋剤を結合させ、次いで、得られる架橋物にキャリア蛋白質を結合させることにより所望のハプテン抗原を得ることができる。
【0027】
特に、Q3GAは、そのグルクロン酸部分に遊離のカルボキシル基を有しているため、これとキャリア蛋白質との結合は、該カルボキシル基を利用して直接蛋白質のアミノ基をペプチド結合させることもでき、また、更に適当な結合試薬、例えばカルボジイミド試薬等を利用して該カルボキシル基にアミノ基を結合させ、このアミノ基を介して、キャリア蛋白質をペプチド結合させることもできる。本発明ではこのようなカルボジイミド試薬を利用してキャリア蛋白質を結合させたハプテン抗原が特に好適である。
【0028】
(2) 免疫化前処理
ハプテン抗原は、これを免疫原として、適当な哺乳動物に投与することによって、該哺乳動物を免疫化することができる。この免疫の前に、ハプテン抗原は、その免疫応答を増強させるために、適当なアジュバントと混合することができる。アジュバントの例としては、油中水型乳剤(例えば、不完全フロイントアジュバント)、水中油中水型乳剤、水中油型乳剤等のいずれの形態であってもよい。より具体的には、該アジュバントには、水酸化アルミニウムゲル、シリカアジュバント、粉末ベントナイト、タピオカアジュバント等が含まれる。更に、これらの他に、BCG、Propionibacterium acnes等の菌体および細胞壁、トレハロースダイコレート(TDM)等の菌体成分;グラム陰性菌の内毒素であるリポ多糖体(LPS)およびリピドA画分;βグルカン(多糖体);ムラミルジペプチド(MDP);ベスタチン;レバミゾール等の合成化合物;胸腺ホルモン、胸腺ホルモン液性因子、タフトシン等の生体成分由来の蛋白質乃至ペプチド性物質;それらの混合物(例えば、完全フロイントアジュバント)等もアジュバントとして利用することができる。これらのアジュバントは、市販品としても容易に入手できる。該アジュバントは、免疫原の投与経路、投与量、投与時期等に依存して免疫応答の増強又は抑制に効果を示す。更に利用するアジュバントの種類によって、得られる抗体は、免疫原に対する血中抗体産生、細胞性免疫の誘導、免疫グロブリンのクラス等に差が生じる。それゆえ、目的とする免疫応答に応じて、アジュバントを適切に選択することが好ましい。選択されたアジュバントの取扱い、例えばハプテン抗原との混合方法等は、各アジュバントについて当該分野で公知の方法に従うことができる。
【0029】
(3) 免疫化
哺乳動物の免疫化は、慣用されるモノクローナル抗体製造技術に従って実施することができる。
【0030】
ここで、哺乳動物は、特に制限されないが、一般には、マウス、ラット、ウシ、ウサギ、ヤギ、ヒツジ、モルモット等を用いることができる。好ましい哺乳動物はマウスおよびラットであり、より好ましくはマウスである。これらの哺乳動物は、本発明抗体の製造のために引き続き細胞融合される形質細胞腫細胞との適合性を考慮して選択することができる。マウスの例としては、A/J系統、Balb/c系統、DBA/2系統、C57BL/6系統、C3H/He系統、SJL系統、NZB系統、CBA/JNCrj系統が挙げられる。これらのうちで、Balb/c系統のマウスは、免疫後に血清中に高い抗体力価を示すので、その利用によれば、ケルセチンとの親和性が極めて高いモノクローナル抗体を得ることが可能である。血中抗体力価が、特異的なハイブリドーマの出来易さと関係していることは公知である。また、細胞株の確立後の腹水による抗体大量作製においては、Balb/c系統マウスが一般によく使用される。従って、そのような抗体の大量作製が望まれる場合は、Balb/c系統のマウスの利用が好ましい。実験動物の齢は、用いる動物種により異なり特に限定されないが、マウス又はラットの場合、代表的には約4週齢〜約12週齢、好ましくは約6〜約10週齢、より好ましくは約7週齢である。
【0031】
哺乳動物の免疫は、当該分野で公知の方法に従って行われる。例えば、ハプテン抗原を常法に従って生理食塩水、緩衝液等に溶解(懸濁)し、必要に応じて適当なアジュバントを混合した溶液を、哺乳動物の皮下、皮内、静脈又は腹腔内に注射投与することによって行われる。免疫応答は、免疫される哺乳動物の種類および系統によって異なるので、免疫スケジュールは、使用される動物に合わせて適切に変更され得る。免疫原の投与は、一般には、最初の免疫後に、何回か繰り返される。追加免疫は、例えば、最初の免疫から2週間後、4週間後、6週間後及び8週間後に行われ得る。より具体的には、例えば免疫原を生理食塩水含有リン酸緩衝液(PBS)、生理食塩水等で適当濃度に希釈し、所望により前記アジュバントと併用して、供試動物に2-14日毎に数回投与し、例えばマウスの場合は、免疫原の総投与量が約100-500μg/マウス程度になるようにするのが好ましい。より好ましくは、供試動物としてマウスを利用し、2週間毎に4-5回又はそれ以上免疫原を投与し、免疫原の総投与量を約100μg/マウス以上とする。
【0032】
かくして、哺乳動物体内において所望の抗体産生細胞を調製できる。免疫細胞(形質細胞)としては、上記最終投与の約3日後に摘出した脾細胞が好ましい。
【0033】
(4) 抗体産生の確認
免疫後、哺乳動物から採血し、得られた血液について、これらがケルセチン代謝産物に対する結合活性(以下、この活性を単に「ケルセチン結合活性」ということがある)を有するか否かをアッセイすることにより、哺乳動物の体内でケルセチン(代謝産物)に対する抗体が産生されているか否かを確認する。適切なアッセイ法の例としては、酵素免疫測定法(ELISA法, Immunochemistry, 8, 871-874 (1971); Engvall, E., Meth. Enzymol., 70, 419-439 (1980))、放射免疫アッセイ法(RIA)、蛍光抗体法等が挙げられる。特に高いケルセチン結合活性を有する抗体を得るためには、上記アッセイ法等によって高い抗体価を示す抗血清を選択するのが望ましい。
【0034】
(5) ブースト
ケルセチン結合活性を有する抗体の産生が確認された哺乳動物は、更に、その脾臓を肥大させるために、ブースト(免疫原の追加注射)を行い得る。ブーストとして投与される免疫原の量は、最初に投与される免疫原の量の約4〜5倍とするのが望ましいが、これを目安として適宜増減することができる。ブーストは、代表的には、免疫原と不完全フロイントアジュバントとのエマルジョンを用いて行われる。ただし、最終免疫(細胞融合数日前の免疫原の追加注射)で投与される免疫原は、アジュバントを加えない純粋品であるのが好ましい。投与経路は、皮下、皮内、静脈および腹腔内のいずれでもよい。
【0035】
(6) 細胞融合
最終免疫後、免疫した哺乳動物から形質細胞(免疫細胞)としての脾細胞を摘出し、これを骨髄腫由来の細胞(形質細胞腫細胞、ミエローマ細胞)と細胞融合させる。
【0036】
融合細胞(ハイブリドーマ、hybridoma)の増殖能力は、利用するミエローマ細胞の種類に依存するので、細胞融合には、増殖能力の優れたミエローマ細胞を用いるのが好ましい。また、ミエローマ細胞は、これと融合させる免疫細胞が由来する哺乳動物と適合性のある同系統の哺乳動物に由来するものであるのが好ましい。ミエローマ細胞は、新たに調製してもよいし、市販のものを使用してもよい。マウスのミエローマ細胞株としては、P3U1 (P3-X63-Ag8-U1)、Sp2/O Ag14 、FO・1、S194/5.XX0 BU.l、P3/NS1/1 Ag4 1等が挙げられる。これらのうちではP3U1が好ましい。ラット由来のミエローマ細胞株としては、210.RCY3.Ag.1.2.3 、YB2/0等が挙げられる。
【0037】
細胞融合は、当該分野で公知の方法に従って行われる(例えばケーラーとミルステインの方法 (KoehlerおよびMilstein, Nature, 256: 495 (1975))、コスバーらの方法 (Kosbor et al., (1983), Immunol. Today, 4: 72)、コッテらの方法 (Cote et al., (1983), Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 80: 2026)、コーレらの方法 (Cole et al., Monoclonal antibodies and cancer therapy, Alan, R. Liss Inc., New York,NY, 77-96頁(1985)等参照)。細胞融合法の例としては、融合促進剤として、例えばポリエチレングリコール(PEG)を用いる方法、センダイウイルス(HVJ)を用いる方法、電流を利用する方法等が挙げられる。これらのうちでは、ポリエチレングリコールを用いる方法が好ましい。
【0038】
免疫細胞とミエローマ細胞との使用比は、通常のこの種の抗体の製造方法におけるそれと変りはない。例えばミエローマ細胞に対して免疫細胞を約1-10倍程度用いるのが普通である。融合反応時の培地としては、上記ミエローマ細胞の増殖に通常使用される各種のもの、例えばRPMI-1640培地、DMEM培地、MEM培地、その他のこの種細胞培養に一般に利用されるものを例示できる。通常これらの培地はウシ胎仔血清(FCS)等の血清補液を抜いておくのがよい。融合は上記免疫細胞とミエローマ細胞との所定量を、上記培地中でよく混合し、予め37℃程度に加温したPEG溶液、例えば平均分子量1000-6000程度のものを、通常培地に約30-60W/V%の濃度で加えて混ぜ合せることにより行われる。以後、適当な培地を逐次添加して遠心分離し、上清を除去する操作を繰り返すことにより所望のハイブリドーマを調製できる。
【0039】
(7) ハイブリドーマのスクリーニングおよびクローニング
ハイブリドーマの分離は、通常の選別用培地、例えばHAT培地(ヒポキサンチン、アミノプテリンおよびチミジンを含む培地)で培養することにより行われる。該HAT培地での培養は、目的とするハイブリドーマ以外の細胞(未ハイブリドーマ等)が死滅するのに充分な時間、通常数日〜数週間行えばよい。得られるハイブリドーマは、所望抗体産生能を指標にしてスクリーニングおよびクローニングに供される。
【0040】
スクリーニングの指標とする、所望抗体産生能は、該抗体の有するケルセチン代謝産物に対する特異的結合活性を当該分野で公知の方法に基づいてアッセイすることにより求められる。より具体的には、このアッセイは、抗体産生の確認に関して上述した方法と同様の方法、即ち、ELISA法、RIA法、蛍光抗体法等の方法に従い実施することができる。これらのうちでは、簡便に感度よく抗体を検出し得ることから、ELISA法が好ましい。この方法の具体例は、後記実施例において詳述する。尚、このスクリーニングには前記免疫抗原が利用できる。
【0041】
ハイブリドーマのクローニングには、当該分野で公知の方法が用いられ得る。クローニングの方法の例としては、よく知られている限界希釈法、軟寒天法等が挙げられる。これらのうちでは、操作も容易で数多くの実績があり、再現性が高いため、限界希釈法が好ましい。
【0042】
細胞融合により得られた多くのハイブリドーマの中から、効率よく所望の細胞を選択するために、細胞選別は、クローニングの初期の段階から行うことが好ましい。
【0043】
クローニングされたハイブリドーマは、インビボおよびインビトロにおける培養法により大量培養することができる。インビトロ培養法は、ハイブリドーマを適当な血清培地若しくは無血清培地中で培養することにより実施でき、所望のハイブリドーマは培地中に産生される。この培養によれば、比較的高純度の所望抗体を培養上清として得ることができる。また、インビボ培養法は、ハイブリドーマと適合性のある哺乳類動物、例えばマウス等の腹腔内に、ハイブリドーマを注射接種して増殖させ、所望抗体をマウス腹水として大量に回収する。
【0044】
所望のモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマは、通常の培地で継代培養することができ、また液体窒素中で半永久的に保存することができる。
【0045】
上記ハイブリドーマの一具体例としては、後述する実施例に記載された方法に従って得られ、「14A2」と命名されたハイブリドーマを例示することができる。
【0046】
(8) 抗体の精製
抗体産生ハイブリドーマの培養上清およびマウス等の腹水は、そのまま粗製抗体液として用いることができる。またこれらは常法に従って、例えば、DEAE陰イオン交換クロマトグラフィ、アフィニティークロマトグラフィ、硫安分画法、PEG分画法、エタノール分画法等を適宜組合せることにより精製して、精製抗体とすることができる。精製抗体は、通常約90%以上の純度、好ましくは約95%以上の純度、より好ましくは約98%以上の純度であるのが望ましい。
【0047】
本発明抗体は、ケルセチン代謝産物、即ち、ケルセチンのグルクロン酸抱合体、例えばQ3GAと反応するが、アグリコンであるケルセチン並びにケルセチンのメチル抱合体及び硫酸抱合体とは実質的に反応しないとう特有の免疫学的性質(特異性)を有している点において特徴づけられる。
【0048】
従って、本発明抗体は、生体内に代謝産物の形で存在するケルセチンの免疫学的検出のための検出試薬として特に有用である。本発明はこのような本発明抗体を利用した検出試薬および該試薬を利用して試料中のケルセチン(代謝産物)を免疫学的に検出する方法をも提供する。
【0049】
(9) 本発明抗体を利用した免疫学的検出法
ケルセチン(代謝産物)を標的とする免疫学的検出(測定)法は、例えば、酵素免疫測定法(EIA)、酵素イムノメトリックアッセイ法(ELISA)、蛍光免疫測定法(FIA)、放射線免疫測定法(RIA)、発光免疫測定法、イムノブロット法、ウエスタンブロット法等の常法に従うことができる。
【0050】
ウエスタンブロット法は、例えば、試料液をアクリルアミドゲル電気泳動させた後、メンブランに転写し、本発明抗体と反応させ、生成する反応物(免疫複合体)を、標識第二抗体を用いて検出(複合体と結合する標識第二抗体の標識量を測定)することにより実施できる。
【0051】
本発明抗体を用いる免疫学的検出の好ましいひとつの具体的方法としては、ELISA法が挙げられる。このELISA法は、一般的な競合法、サンドイッチ法等の手法に従って実施でき、更に液相系でも、固相系でも実施できる。
【0052】
好ましいELISA法の一例は、次のようにして実施される。即ち、まず標準抗原(ケルセチン-Q3GA結合体)を適当な担体に固定化し、ブロッキングする。次いで、検出が望まれるケルセチン代謝産物を含有する試料および本発明抗体を、上記固定化標識抗原と接触させて、本発明抗体-ケルセチン代謝産物免疫複合体および本発明抗体-標準抗原免疫複合体を競合的に生成させる。生成した本発明抗体-ケルセチン代謝産物免疫複合体の量を測定し、予め作製した検量線から試料中のケルセチン代謝産物量を決定することができる。
【0053】
検量線等により本発明抗体と標準抗原との反応性が予め判っている場合には、上記において固定化した標準抗原の代わりに、ケルセチン代謝産物を含有する試料を固定化して用いることもできる。
【0054】
上記好ましいELISA法においては、また本発明抗体を第一抗体として用い、この第一抗体に対する第二抗体を標識して用いることもできる。この場合は本発明抗体-ケルセチン代謝産物免疫複合体の量は、これに結合した標識第二抗体の標識量を測定することにより容易に求めることができる。上記方法の変法として、標識した第二抗体を用いることなく、第一抗体を例えば酵素で標識して利用することもできる。更に、第一抗体をビオチンで標識し、第二抗体の代わりにアビシン又はストレプトアビシンに酵素を結合させたものを用いる方法も、前記方法の変法として採用することができる。
【0055】
本発明免疫学的検出法によれば、ケルセチン代謝産物を、高精度、高感度で特異的に検出することができる。この検出および測定結果は、例えば食事由来のケルセチンによる体内抗酸化度の評価に役立つものであり、これによって生体の有する活性酸素の除去(消去)能を知ることができ、ひいてはケルセチンの摂取による生活習慣病(ガン、糖尿病、動脈硬化、高脂血症等)や老化の予防効果を予測する有効な指標を得ることができる。
【0056】
また、本発明抗体は、植物中に含まれるケルセチン配糖体をも認識することができるものであるため、例えば野菜などの食品成分中に含まれるケルセチン量の測定にこれを応用することができ、これにより単位食品あたりの抗酸化力価を評価することも可能である。
【0057】
本発明免疫学的検出法の実施に際しては、本発明抗体を含有する検出試薬を含むキット(検出キット)の利用が簡便である。かかるキットには、本発明抗体(検出試薬)に加えて、当該検出(測定)を実施するに際して必要な任意の他の試薬成分等を更に包含させ得る。その例としては、例えば標準抗原、標識抗体、アッセイ緩衝液、発色試薬、基質、安定化剤等を例示できる。
【0058】
本発明免疫検出法を適用してケルセチンの検出(定量を含む)を行い得る試料には、血液(血清、血漿等)、尿などの生体試料の他、野菜およびその他の植物(食用)、それらの抽出液等が含まれる。
【0059】
以下、本発明抗体を利用してケルセチンを免疫学的に検出する方法の好ましい一実施態様につき詳述すれば、この態様においては、固相に結合させた第1の抗体および移動相に含められて用いられる第2の抗体を含む本発明キットを利用する。ここで、固相に結合させた第1の抗体としては、本発明抗体、特に後記実施例に示す細胞株14A2が産生するモノクローナル抗体を有利に使用することができる。また、第2の抗体としては、特に上記モノクローナル抗体に限定されず、ケルセチン代謝産物に結合能を有するものであれば、ポリクローナル抗体であっても、モノクローナル抗体であってもよい。これらは常法に従い製造することができる。第2の抗体は、モノクローナル抗体、特に第1の抗体と同一のモノクローナル抗体であるのが好ましい。
【0060】
これらケルセチン結合活性を有するポリクローナル抗体およびモノクローナル抗体の製造は、例えば、後記実施例1に詳述した方法に従うことができ、ポリクローナル抗体としては該方法により得られる抗血清を利用することができる。
【0061】
第2の抗体は、当該分野で公知の方法により任意に標識できる。標識の例としては、酵素標識、色素標識、磁性標識、放射性標識、色の付いた粒子(金コロイド、ラテックス等)による標識等が挙げられる。
【0062】
本発明キットは、上記第1の抗体および第2の抗体を入れた1またそれ以上の容器と共に、ケルセチン代謝産物のサンドイッチアッセイにおける、抗体の使用を記載した仕様書等をも含み得る。更に該キットは、標識の検出のための、又は陽性コントロールおよび陰性コントロールの検出のための適切な試薬、洗浄溶液、希釈緩衝液等を含み得る。
【0063】
上記好ましい一実施態様によれば、まず、第2の抗体を液相でケルセチン代謝産物を含む検体試料と反応させ、標識-抗体-ケルセチン代謝産物複合体を形成させる。次いで、この複合体を含む反応液を移動相として、固定化された第1の抗体と反応させる。その結果、第1の抗体および第2の抗体は、ケルセチン代謝産物を介してサンドイッチ状に結合する。従って、検体試料中にケルセチン代謝産物が存在する場合にのみ、ケルセチン代謝産物を介して固相上に標識が固定化される。
【0064】
更に、本発明抗体の利用によればヒト体内におけるケルセチン代謝物の局在性を観察することができ、これによって、例えば動脈硬化などの疾患の発症とケルセチン代謝物の該動脈硬化作用作用への関与等を検討することができる。上記局在性の観察は、病巣部などの任意の組織切片について、常法(例えばKawai et al., J Biol Chem. (2003)278, 21040-9参照)に従う免疫組織染色法を実施することによって、これを行うことができる。
【0065】
実施例
以下、本発明を更に詳しく説明するため、実施例を挙げるが、本発明は以下の実施例によって限定されるものではない。
【0066】
尚、以下の実施例において得られる抗血清、培養上清およびモノクローナル抗体の評価に利用する酵素免疫測定法(ELISA法)は、以下のようにして実施した。
【0067】
酵素免疫測定法(ELISA法
(A)免疫原のコーティング
Q3GA-HSA(ヒト血清アルブミン) (Sigma-Aldrich社製)を、リン酸塩緩衝生理食塩水(PBS)に0.001 mg/mLの濃度となるように懸濁させて抗原溶液を調製した。マイクロプレート(ポリスチレン製高結合型平底#442404、ヌンク社製)の各ウエルに上記抗原溶液を50μL/ウエル注入し、室温で飽和水蒸気中にて一晩保存した。実験直前に、アスピレータで余分な抗原溶液を除去した。
【0068】
(B)ブロッキング
上記(A)で調製したマイクロプレートの各ウエルに、4%「ブロックエース」(ブロッキング剤、大日本製薬社製)水溶液を200μL/ウエル注入し、60分間、37℃で放置した。その後、ブロックエース溶液を除去した。以降の実験を即日に行わないときは、この状態で、飽和水蒸気中に4℃で保存した。なお、ブロックエース溶液の代わりに、1%BSA-PBS溶液を用いても同様の結果を得ることができる。
【0069】
(C)抗体の反応
上記(B)で調製したウエルに、1%HSA-PBSで種々の濃度に希釈した抗体溶液(抗血清、培養上清、精製抗体等)を100μL/ウエルそれぞれ注入した。37℃で1.5時間放置した後、0.05%ツイーン(Tween-20)(Bio-Rad社製)を含むPBS(以下「TPBS」と省略する)で3回洗浄して残存するTPBSを除去した。
【0070】
(D)第2抗体の反応
第2抗体として、5000倍希釈した西洋わさびペルオキシダーゼ標識抗マウスIgG抗体(Chemicon international社製)をTPBS溶液に溶解したものを用いた。上記第2の抗体の溶液を前記(C)で調製した各ウエルに100μL/ウエル注入し、37℃で1時間放置した。TPBSで3回洗浄してTPBSを除去した。
【0071】
(E)基質の反応と停止
テトラメチルベンジジン(TMB)発色試薬(BD Bioscience社製)を100μL/ウェル注入した。2N 硫酸を50μL/ウエル注入することで発色反応を停止させた。
【0072】
(F)測定
マイクロプレートリーダ(Bio-Rad model 450, Bio-Rad社製)を用いて、前記(E)で調製したウエルについて、その450nmにおける吸光度を測定した。
【0073】
なお、本実施例では免疫測定法として酵素免疫測定法を用いたが、他にRIA法、蛍光抗体法等を用いてもよい。
【実施例1】
【0074】
免疫原の調製
ケルセチン-3-グルクロニド(Q3GA)は、ムーンらの方法(Moon, JH., et al., "Identification of quercetin 3-O-beta-D-glucuronide as an antioxidative metabolite in rat plasma after oral administration of quercetin", Free Radical Biology and Medicine, 2001, June 1; 30(1), 1271-1285)に従って合成した。即ち、Koenings-Knorr法(Knoenings and Knorr, Ber., 34, 957, 1901, Flowers, Carbohydr. Res. 18, 211-218, 1971)に従って、ケルセチンの持つ水酸基にグルクロン酸を導入させ、得られるグルクロニド中、3位にグルクロン酸が結合したQ3GAをHPLCを用いて精製した。
【0075】
得られたQ3GAをハプテンとし、その11μmolをジメチルホルムアミド(DMF) 200μLに溶解し、これにそれぞれ11μmolの1-エチル-3-(3-メチルアミノプロピル)カルボジイミド(EDC) (Pierce社製)およびN-ヒドロキシスクシンアミド(NHS) (Pierce社製)を加え、室温で24時間反応させた。HSAおよびキーホールリンペットヘモシアニン(KLH) (Pierce社製)をそれぞれ10mg/mLの濃度となるようにPBSに溶解した溶液360μLに、上記で得られた反応物100μLずつを加え、室温で4時間反応させた。反応終了後、PBSに対して2日間透析を行って、それぞれ免疫原としてのハプテン結合蛋白質を回収した。これらをそれぞれQ3GA-HSAおよびQ3GA-KLHという。
【0076】
免疫
この例においてはBALB/C系統マウス(Blb/c, 雌性、6週齢)を免疫に使用した。
【0077】
上記で調製した各免疫原をフロインドの完全アジュバント(FCA, Sigma-Aldrich社製)に懸濁させて調製した懸濁液を、一回の免疫原の投与量が60μg/マウスとなるように、マウスの腹腔内に注射投与した(1回目)。また、各免疫原をフロインド不完全アジュバント(FIA, Sigma-Aldrich社製)に懸濁させて調製した懸濁液を、第1回目の投与から2週間毎に、1回の免疫原の投与量が2μg/マウスとなるようにマウスに4-5回繰り返し注射投与した(2〜6回目)。最終投与後、50μg/マウスとなるようにPBS溶液を眼窩静脈より投与して、免疫マウスを作成した。上記免疫過程におけるマウスの抗体産生は前記ELISA法にて確認した。
【0078】
細胞融合
PBS溶液の眼窩投与3日後に、免疫マウスから脾臓を摘出し、脾細胞を採取した。
【0079】
平均分子量1500のポリエチレングリコールを用いて、常法(例えばNature, Vol.256, pp495-497(1975)参照)に従って、脾細胞とマウスミエローマ細胞株(P3-X63-Ag8-U1)とを、10%牛胎児血清(FBS)含有ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM) (Sigma-Aldrich社製)にて細胞融合させて、ハイブリドーマを得た。
【0080】
96穴プレート(Nunc社製)を用いて、ハイブリドーマをヒポキサンチン/アミノプテリン/チミジン(HAT)培地で選択的に増殖させた。細胞の培養は、全てCO2インキュベータ(CO2濃度:5体積%、温度:37℃、湿度:95%)内で実施した。以下の培養では他に示さない限り上記と同条件で培養を行った。
【0081】
細胞選別およびクローニング
選択的増殖の確認されたハイブリドーマから培養上清を採取し、この培養上清について、ELISA法によって所望抗体の一次スクリーニングを行った。固相抗原としては250ngのQ3GA-HSAを用いた。抗体液としては、細胞培養上清を使用した。第2の抗体としてペルオキシダーゼ標識抗マウスIgG抗体を使用した。
【0082】
ELISA法に従う結果から、抗体価の確認された14ウエルの培養上清を提供したハイブリドーマを選別し、これらを24穴プレートに移して更に15%FCSを含むHT培地にて培養を行った後、ELISA法により同様にして2次スクリーニングを行って、最も顕著な抗体産生が認められた1ウエルを選別した。このウエルのハイブリドーマを限界希釈法によりクローニングし、繰り返しスクリーニングを行い、コロニーを形成した全てのウエルにおいて同様の抗体価が認められた段階で、このものをものクローンと判断した。かくして、「14A2」と命名した所望のモノクローナル抗体産生クローンを得た。以下、この14A2株の産生するモノクローナル抗体を、「14A2抗体」と称する。
【0083】
本発明者らは、上記選別された細胞株を、遠心分離後、1×107細胞/mLの濃度でFCS:ジメチルスルフォキシド=9:1(体積比)の溶液1mLに浮遊させ、-80℃で予備凍結し、液体窒素中に移して長期保存状態として、分譲可能な状態で保存している。
【0084】
尚、上記培養上清50mLに、氷冷下に攪拌しながら、15.65gの硫酸アンモニウムを少しずつ加え、全量加え終わった後、更に5分間攪拌を続け、次いで、1時間氷上に放置した後、10,000回転/分で10分間遠心分離し、沈殿した蛋白質を少量(1mL程度)のPBSに溶解し、このものに対して、飽和硫酸アンモニウム溶液1mLを数分かけて加え、氷上に30分放置した。再度、10,000回転/分で10分間遠心分離して得られた沈殿蛋白質を少量のPBSに溶解した。以後の実験には、かくして得られた硫安分画画分を14A2抗体(溶液)として用いた。このものは更に以下に示すような方法によって精製することができる。
【0085】
抗体の精製
選択した14A2抗体の培養上清を、プロテインA結合ゲル(プロテインAセファロース4FF、ファルマシア製)を用いたアフィニティークロマトグラフィにかけ、以下の操作によりモノクローナル抗体(14A2抗体)を精製する。
【0086】
プロテインA結合ゲルを充填したカラムを、結合緩衝液(1.5Mグリシンおよび3MNaCl、pH8.9)で平衡化する。培養上清を、結合緩衝液で約3倍に希釈した後、平衡化したカラムにアプライする。カラムからの溶出液を吸光光度計を用いて280nmの吸光度をモニターしながら、不純物の溶出が終了するまで、カラムを結合緩衝液で洗浄した。洗浄後、溶出緩衝液(100mMクエン酸、pH4)をカラムにアプライ(線流速:約20cm/時間)し、IgG含有溶出液(モノクローナル抗体液)を回収する。回収したIgG含有溶出液について、吸光光度計を用いて280nmの吸光度を測定し、測定された吸光度を吸光係数で換算することにより、抗体の濃度を決定する。
【0087】
抗体の交差反応性
14A2抗体について、Q3GA-HSAとHSAとの各希釈系列を用いて、前記ELISA法を実施して、14A2抗体とこれら蛋白質抗原との交差反応性(14A2抗体の特異反応性)の評価を行った。
【0088】
より詳しくは、種々の濃度に希釈した蛋白質抗原をELISA用プレート(Nunc社製)に固相化した。ブロッキング剤(「ブロックエース」、大日本製薬社製)によりウエルの非コート部分をブロッキングした後、これに一定量の西洋わさびベルオキシダーゼ標識抗マウスIgG抗体とテトラメチルベンジジン(TMB)発色試薬BD Bioscience社製)で検出した後、450nmの吸光度をマイクロプレートリーダ(Bio-Rad model 450)にて測定した。
【0089】
その結果を図1に示す。図1は、縦軸に450nmにおける吸光度(O.D.450nm)を、横軸に抗体の希釈濃度(mg/mL)をとり、14A2抗体の各濃度におけるQ3GA-HSA(図中、黒丸にて表示)およびHSA(図中、白抜き丸にて表示)に対する結合能を吸光度測定により求めた結果をプロットしたグラフである。
【0090】
図1に示される結果から明らかなとおり、14A2抗体はQ3GA-HSAとは強く反応したが、HSAとは反応しなかった。
【0091】
抗体に対する阻害性
次に、種々のケルセチン類縁体および関連化合物を競合物として用いた競合ELISA法により、これらの競合物による14A2抗体の反応性阻害(抗体の特異性)を検討した。
【0092】
競合ELISA法は、各濃度に希釈した種々のケルセチン類縁体およびその関連化合物(競合物)を14A2抗体溶液(ELISA法での1次抗体希釈液に準じる)に添加して同様にして1次抗体反応を行い、固相抗原(Q3GA-HSAをELISA用プレート(Nunc社製)に固相化したもの)に対する14A2の反応性を各競合物が阻害する程度を評価した。
【0093】
ケルセチン類縁体およびその関連化合物(競合物)としては、以下のものを試験した。
【0094】
ケルセチン
Q3GA(ハプテンとしたケルセチン-3-グルクロニド)
Q4'GA(Q3GAの異性体でありQ3GAと同様に生体内に見出される主要な代謝物の一つ、ケルセチン-4'-グルクロニド)
イソラムネチン(isorhamnetin、ケルセチンの3-メチル化体)
ケルセチン-3-O-サルフェート(Quercetin-3-O-sulfate、ケルセチンの硫酸抱合体)
ルチン(Rutin、ケルセチン配糖体)
ハイペロシド(Hyperoside、ケルセチン配糖体)
Q3G(イソケルシトリン、ケルセチン配糖体)
(-)-エビカテキン(Epicatechin)
(-)-エビカテキンガレート(Epicatechin Gallate)
(-)-エビガロカテキン(Epigallocatechin)
(-)-エビガロカテキンガレート(Epigallocatechin Gallate)
α-トコフェロール(tocopherol)(ビタミンE)
アスコルビン酸(Ascorbic acid, ビタミンC)
GSH(グルタチオン類)
GSSG(グルタチオン類)
β-カロチン(carotene)(カロテノイド類)。
【0095】
結果を図2〜図5に示す。各図は、縦軸にB/B0を、横軸に競合物の濃度(competitor (μMまたはmM))をとり、各競合物の14A2抗体の阻害効果を市販のグラフソフトを用いて横軸を対数軸としてプロットしたグラフである。各図中の各曲線は、次の競合物を用いたものである。
図2の曲線(1):ケルセチン
図2の曲線(2):Q3G
図2の曲線(3):Q4'GA
図2の曲線(4):isorhamnetin
図2の曲線(5):Quercetin-3-O-sulfate
図3の曲線(1):ケルセチン
図3の曲線(2):Q3G
図3の曲線(3):Rutin
図3の曲線(4):Hyperoside
図4の曲線(1):(-)-Epicatechin
図4の曲線(2):(-)-Epicatechin Gallate
図4の曲線(3):(-)-Epigallocatechin
図4の曲線(4):(-)-Epigallocatechin Gallate
図5の曲線(1):α-tocopherol
図5の曲線(2):Ascorbic acid
図5の曲線(3):GSH
図5の曲線(4):GSSG
図5の曲線(5):β-carotene
ここでB/B0は、[ODs−ODc]/ODs (ODs:競合物無添加の場合の吸光度及びOdc:競合物添加時の吸光度)を示す。
【0096】
図2-5に示される結果から、次のことが明らかである。
【0097】
(1) 14A2抗体の結合性は、Q3GAおよび4'位抱合体であるQ4'GAによって阻害され、その阻害効果はおよそ200nM〜50μMの間で濃度依存的であることが判る。このことから、14A2抗体はこれらと交差反応性を示すことが判る(図2参照)。
【0098】
(2) 14A2抗体の反応性は、上記濃度範囲において、ケルセチン(アグリコン)やケルセチンの硫酸抱合体およびメチル化体によっては、阻害されない。従って、14A2抗体は200nM〜50μMの間の濃度範囲において、これらとは交差反応しないことが判る(図2参照)。
【0099】
(3) ケルセチン配糖体は、14A2抗体の反応性を阻害することから、14A2抗体によって認識されることが判る(図3参照)。
【0100】
(4) カテキン類、ビタミン類、グルタチオン類は、0.25mMの高濃度においても14A2抗体の反応性を全く阻害しない(図4参照)。
【0101】
以上のように、本発明モノクローナル抗体は、糖鎖が結合したケルセチン類を特異的に認識するものであることが明らかとなった。
【0102】
(5) 以上のことから、競合ELISA法におけるケルセチン配糖体の測定感度は、約0.1〜10μMであると考えられる。
【0103】
食事性ケルセチンの生体内摂取後における血中ケルセチン濃度は、通常数μMであることから、本発明抗体を用いたELISA法によれば、ヒト血中ケルセチンの定量が十分に可能であると考えられる。
【0104】
免疫染色法による組織内局在性の検討
ヒト粥状動脈硬化病巣組織切片を用いた免疫組織染色を以下の通り実施した。免疫組織染色は、Kawai et al., J Biol Chem. (2003)278, 21040-9に示された方法に従って行った。即ち、パラフィン包埋切片をキシレンにより脱パラフィン処理し、次いで、エタノールおよびPBSに浸すことで親水化処理した後、前記ELISA法と同様にして、二次抗体動物種と同一の動物種に由来する血清を含んだPBSでブロッキング処理(4℃、一晩)し、PBSにて洗浄し、1%BSAを含むPBSで希釈した一次抗体を、室温で1時間反応させた。洗浄後、抗マウスIgGビオチン化抗体(DAKO社)を二次抗体として用いて、同様にして、室温で1時間作用させた。さらに、洗浄後、ABC(avidin-biotin complex)試薬(Vector社)を室温で50分間作用させた。洗浄後、ABC-AP キット(Vector社)を用いて発色反応を行った。
【0105】
また、マクロファージ染色は、0.5μg/mLのCD68抗体(Dako社)を1次抗体として作用させた。ヘマトキシリン-エオシン(H&E)染色は、脱パラフィンした切片に対し、ヘマトキシリン溶液で10分間処理し流水で洗浄後、アンモニア処理を行った。流水で水洗後、塩酸エオシンで2分間処理した。Q4'GA共存による吸収試験では、100μMとなるようにQ4'GAを1次抗体溶液(14A2抗体溶液)に添加し、4℃で一晩前処理したものを1次抗体溶液として染色に用いた。染色後は、PBSにて洗浄後、エタノール、キシレンと順次浸漬後、脱水処理を施し、封入し永久標本とした。
【0106】
得られた結果を図6に示す。
【0107】
図6中、A-Dは試験した動脈硬化病巣組織切片の染色像を示す写真であり、E-Fは対照とする正常動脈部位組織切片の染色像を示す写真である。各染色像は、位相差顕微鏡(ニコン社製)を用いて撮影されたもの(倍率×4)である。また、図中の各写真A-Fは、以下のものをそれぞれ示す。
【0108】
A: 病巣組織切片をヘマトキシリン−エオシン(H&E)染色した染色像、
B: マクロファージマーカーであるCD68を認識するモノクローナル抗体(Dako社)を一次抗体として用いたときの病巣組織切片の染色像、
C: 病巣組織切片について、14A2抗体を一次抗体として用いて前記免疫染色法を実施して得られた染色像、
D: 抗体認識物質であるQ4'GA共存による吸収試験(上記Cと同様にして実施)により得られた染色像、
E: 前記Aにおいて、病巣組織切片に替えて正常部位組織切片を用いて同様にして得られたH&E染色像、および
F: 前記Cにおいて病巣組織切片に替えて正常部位組織切片を用いて同様にして得られた染色像。
【0109】
図6に示される結果より、以下のことが明らかである。即ち、
(1) 図6のAおよびBに認められる泡沫化マクロファージが集積した動脈硬化病巣の局在性と一致する染色が、14A2抗体を用いた染色において認められる(図6のC参照)。
【0110】
(2) 14A2抗体はQ3GA及びQ4'GAのグルクロン酸抱合体と顕著に結合する性質を有している。本抗体の認識化合物の一つであるQ4'GAの共存下での染色像(図6のD参照)では、上記図6のCにおいて観察される動脈硬化病巣の局在性と一致する染色像が消失していることから、本染色における認識特異性が確認される。即ち、ケルセチングルクロニドであるQ4'GA共存下では、14A2抗体は共存したQ4'GAと結合することによって病巣部の染色が阻害されることから、本病巣部においてはケルセチングルクロニドが特異的に染色されると考えられる。
【0111】
(3) また、動脈硬化が認められない正常動脈部位の染色像(図6のEおよびF)においては、14A2抗体による陽性染色は認められない。このことから、ヒト血管内においてケルセチン代謝物は動脈硬化を発症しうるような血管障害部位に集積して、抗酸化性をはじめとするその機能を発揮している可能性が示される。
【産業上の利用可能性】
【0112】
本発明抗体は、ケルセチンの主要な生体内代謝物であるグルクロン酸抱合体等のケルセチン代謝産物を特異的に認識するものであり、例えば体内ケルセチンの定量によって、ケルセチンに由来する体内抗酸化性の診断が可能であり、また、ケルセチンの体内動態の免疫学的評価、例えばケルセチンの抗動脈硬化作用への関連の解明等にも利用可能である。また、本発明抗体は食品としての植物体などに配糖体の形で存在するケルセチン(配糖体)の定量にも有用である。
【図面の簡単な説明】
【0113】
【図1】本発明抗体(14A2抗体)と抗原との反応性を免疫検出法(ELISA法)に従って求めた結果を示すグラフである。
【図2】本発明抗体(14A2抗体)と抗原との反応性を阻害する競合物の作用を競合免疫検出法(ELISA法)に従って求めた結果を示すグラフである。
【図3】本発明抗体(14A2抗体)と抗原との反応性を阻害する競合物の作用を競合免疫検出法(ELISA法)に従って求めた結果を示すグラフである。
【図4】本発明抗体(14A2抗体)と抗原との反応性を阻害する競合物の作用を競合免疫検出法(ELISA法)に従って求めた結果を示すグラフである。
【図5】本発明抗体(14A2抗体)と抗原との反応性を阻害する競合物の作用を競合免疫検出法(ELISA法)に従って求めた結果を示すグラフである。
【図6】本発明抗体(14A2抗体)などを反応させた、動脈硬化病巣組織切片及び正常組織切片の免疫組織染色像を示す電子顕微鏡写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ケルセチンのグルクロン酸抱合体を含む配糖体を認識し、ケルセチン並びにそのメチル抱合体および硫酸抱合体とは実質的に交差反応しない抗ケルセチンモノクローナル抗体。
【請求項2】
ケルセチン-3-グルクロニドをハプテンとする抗原で免疫したマウス脾細胞と同系マウスミエローマ細胞との融合細胞から産生される抗ケルセチンモノクローナル抗体。
【請求項3】
ケルセチン-3-グルクロニドをハプテンとする抗原で免疫したマウス脾細胞と同系マウスミエローマ細胞との融合細胞株であって、抗ケルセチンモノクローナル抗体産生能を有する融合細胞株。
【請求項4】
請求項3に記載の細胞株を培養し、ケルセチンのグルクロン酸抱合体および配糖体を認識し、ケルセチン並びにそのメチル抱合体および硫酸抱合体とは実質的に交差反応しない抗ケルセチンモノクローナル抗体を採取することを特徴とする、抗ケルセチンモノクローナル抗体の製造方法。
【請求項5】
請求項1又は2に記載の抗ケルセチンモノクローナル抗体を含有することを特徴とする、ケルセチン配糖体の免疫学的検出のための検出試薬。
【請求項6】
ケルセチン配糖体を含有する試料と請求項1又は2に記載のモノクローナル抗体とを接触させて免疫複合体を生成させる工程を含むことを特徴とする、上記試料中のケルセチン配糖体を免疫学的に検出する方法。
【請求項7】
ケルセチン配糖体の免疫学的検出が、サンドイッチELISA法により行われる請求項6に記載の検出方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−106696(P2007−106696A)
【公開日】平成19年4月26日(2007.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−298972(P2005−298972)
【出願日】平成17年10月13日(2005.10.13)
【出願人】(304020292)国立大学法人徳島大学 (307)
【Fターム(参考)】