説明

抗中皮腫用剤の殺細胞効果増強剤

【課題】中皮腫の主な治療方法には、外科手術、放射線治療、抗中皮腫用剤であるシスプラチンによる化学療法などがあるが、治療方法は確立しておらず、一般的に予後は極めて不良であった。中皮腫は既存の抗中皮腫用剤に対しても非常に強い抵抗性を示し、又これら抗中皮腫用剤は、化学合成品であり何らかの副作用を引き起こす。このため治療は効果と副作用のバランスを鑑みながら進める必要があり、制限が多いため、副作用が少ない中皮腫の治療方法が求められていた。
【解決手段】大豆中に天然成分としても存在する極めて毒性の少ないBBIを用いることで、抗中皮腫用剤による副作用を増幅することなくその殺細胞効果を上げることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗中皮腫用剤の殺細胞効果増強剤に関する。
【背景技術】
【0002】
がんは、心疾患、脳血管疾患と共に日本の3大生活習慣病の一つである。がんの死因順位は1981年以降第一位で、死亡総数に対する割合も増加の一途をたどっている。がんの発生部位によっても異なるががん治療法は、外科的治療法(手術)、放射線治療法、抗がん剤による化学療法の3つに大別され、これらの治療法を組み合わせて行われる。
【0003】
一方、疫学的解析から、大豆製品の積極的な摂取は低発がんと低がん死亡率と密接に関係していることが判明した。実際、実験的研究からいくつかの大豆由来成分ががんの予防成分として有用であることが報告されている(非特許文献1、非特許文献2)。また米国のNCI(National Cancer Institute)は、1990年にがん予防に有効とされるがん予防食品群のリスト(デザイナーフーズ計画)を発表したが、その中で大豆が最も強いがん予防作用を持つ食品群に分類された。また大豆に多く含まれているserine protease inhibitorの1種であるボウマンバーク型プロテアーゼインヒビター (以下、BBI)にも強いがん抑制作用があることが報告されて以来、そのがん予防作用について精力的に研究され、毒性がほとんど認められないことから、臨床応用が可能ながん予防成分として期待されている(非特許文献3)。
【0004】
こうしたBBIのがん予防に関する研究の中で、最近BBIがコネキシンの一種であるCx43を誘導することで腫瘍細胞の増殖抑制に働くことを示唆する研究結果が報告された(非特許文献4、5)。コネキシンは、隣接する細胞間をつなぐギャップ結合を構成する蛋白質の総称である。ギャップ結合を介して細胞間の情報伝達が行われるが、がん細胞は同様な組織起源を持つ正常細胞に比べて、このギャップ結合仲介性の細胞間情報伝達が低下している。
【0005】
ところで腫瘍の一種である中皮腫は、胸膜、心膜、腹膜などの表面を覆っている中皮細胞由来の腫瘍であり、最も悪性度が高いものの一つである。胸膜及び腹膜中皮腫の多くはアスベストの吸引により発生する。我が国のアスベスト輸入量のピークは70年代半ばであり、潜伏期間が平均40年とされていることを考慮すると、今後、日本の中皮腫の罹患および死亡は増加することが予想される。中皮腫は悪性度が高いがほとんど自覚症状がなく、進行した段階で診断されるために治療が困難である。主な治療方法には、外科手術、放射線治療、抗中皮腫用剤であるシスプラチンによる化学療法などがあるが、治療方法は確立しておらず、一般的に予後は極めて不良であった。
【0006】
中皮腫はまた既存の抗中皮腫用剤に対しても非常に強い抵抗性を示すが、最近になって、ペメトレキセドをシスプラチンと併用することで、ある程度の効果が確認されている。しかしペメトレキセドはシスプラチンとの併用療法において、悪心・嘔吐、食欲不振、倦怠感、白血球・好中球・ヘモグロビンの減少などの副作用が報告されており、肺炎が悪化し死亡したケースについてはその因果関係が完全に否定されていない。ひきつづき、副作用が少ない中皮腫の治療方法が求められていた。
【0007】
【非特許文献1】American Journal Clinical Nutrition, 68, 1437S-1443S(1998)
【非特許文献2】Cancer Epidemiol Biomarker Rev, 5, 901-906(1996)
【非特許文献3】American Journal Clinical Nutrition, 68, 1406S-1412S(1998)
【非特許文献4】大豆たん白質研究 Vol.8(2005),113-116
【非特許文献5】大豆たん白質研究 Vol.9(2006),120-125
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、ボウマンバーク型プロテアーゼインヒビターを用いることで、抗中皮腫用剤の殺細胞効果を増強し、中皮腫の治療に役立てることである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、ヒト中皮腫表皮型細胞株を用いてBBIの殺細胞効果について検証したところ、BBI単独では細胞増殖を抑制するのみで、殺細胞効果は認められなかった。しかしながら既存の抗中皮腫用剤と併用したところ、有意にその殺細胞効果を増幅することを見出し、遂に本発明を完成させた。従来、中皮腫の治療に用いられる抗中皮腫用剤は、化学合成品であり何らかの副作用を引き起こす。このため治療は効果と副作用のバランスを鑑みながら進める必要があり、制限が多い。しかし大豆中に天然成分としても存在する極めて毒性の少ないBBIを用いることで、抗中皮腫用剤による副作用を増幅することなくその殺細胞効果を上げることができる。即ち、本発明は、
(1)ボウマンバーク型プロテアーゼインヒビターを有効成分とする、抗中皮腫用剤の殺細胞効果増強剤、
(2)抗中皮腫用剤が白金製剤である(1)記載の殺細胞効果増強剤、
(3)ボウマンバーク型プロテアーゼインヒビターを含むことを特徴とする抗中皮腫用剤、
(4)白金製剤である(3)記載の抗中皮腫用剤、
に関するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、食品成分であるBBIを中皮腫細胞の殺細胞効果を有する抗中皮腫用剤と併用することで、その殺細胞効果を増強することができる。化学合成品と異なりBBIは毒性が極めて低いため、重篤な副作用原因となることなく、抗中皮腫用剤の殺細胞効果を増幅させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明を具体的に説明する。
本発明におけるBBIは、大豆等から分画したもの、及びこれを限定分解して尚BBI固有の活性を保持するもの、並びにこれらをの化学的、生物学的方法(細胞培養、遺伝子組替等)により合成して得たものを包含する。大豆由来のBBIは、大豆ホエー等に含まれる分子量約8000、等電点pH4.2のキモトリプシン阻害活性を有する蛋白画分である。BBIはキモトリプシン阻害活性が失活するほどの熱履歴を受けない限り、従来公知の方法で調製できる。例えば大豆、脱脂大豆、大豆ホエーなどを原料にし、これらから、水性媒体または極性有機溶剤(例えばエタノール、アセトンなど)による抽出、膜分離、等電点沈澱、塩析等による濃縮,分画によって粗精製物を得、これをさらに所望により、ゲル濾過、イオン交換、物理的若しくは化学的吸着手段などにかけさらに精製された標品を得ることができる。特許文献1(特開2004-313170)、特許文献2(特開2005-213213)等に開示の方法は、工業的にBBIを調製可能な優れた方法である。
【0012】
本発明における抗中皮腫用剤の殺細胞効果増強剤は、BBIを有効成分とするものであり、BBI由来のキモトリプシン阻害活性を有する。本発明における該活性の測定法は後述した。殺細胞効果増強剤中のBBIの含有量には特に制限はないが、該含有量をキモトリプシン阻害活性を指標として表すと、好ましくは1 CIU/mg以上、より好ましくは10 CIU/mg以上であり、活性が高い方が少量で効果を得ることができ効率が良い。従って上限はない。
【0013】
本発明における殺細胞効果増強剤は、抗中皮腫用剤と共に用いられる。抗中皮腫用剤は、中皮腫の治療に用いられるものであれば特に限定なく含まれるが、中でも白金製剤が好ましい。白金製剤は、シスプラチン、カルボプラチン、ネダプラチン、オキサリプラチンがあり、中でもシスプラチンが効果に優れ好ましい。
【0014】
本発明における殺細胞効果増強剤の投与量は、上記抗中皮腫用剤の投与量に制限されない。BBIは毒性が極めて低く、日に約1100 CIUの投与で毒性がないことが報告されている(非特許文献6 Clinical Cancer Research vol.6, 4684-4691, December 2000)。殺細胞効果増強剤の投与量は一律ではないが、キモトリプシン阻害活性を指標として、好ましくは200CIU以上、より好ましくは500CIU以上であればより効果的である。また投与量に上限はないが、経済性等を考慮すると1000CIU以下、より好ましくは800CIU以下である。
【0015】
中皮腫の臨床投与スケジュールにおけるシスプラチンの投与量は、体表面積1 m2当たり75 mgを1日1回投与し、少なくとも20日の休薬期をおく(これを1クールとする)。従って、日本人の基準体格である身長170 cm、体重60 kgの人(体表面積、1.76)には、一回につき132 mgのシスプラチンを投与する。本発明における殺細胞効果増強剤の投与方法には特に制限はないが、キモトリプシン阻害活性で1日最大1000 CIUの量を、目安として2−3週間にわたり投与し、Cx43の誘導を行ってからシスプランチンを投与するのがより効果的である。
【0016】
本発明はまた、BBIを含むことを特徴とする抗中皮腫用剤であり、その殺細胞効果がBBIによって増強されている。また該抗中皮腫用剤は白金製剤であるのが好ましい。該抗中皮腫用剤中のBBIの含有量は、その殺細胞効果を増幅できるよう自由に設定できる。一例を挙げれば、抗中皮腫用剤がシスプラチンの場合、抗中皮腫用剤中にキモトリプシン阻害活性が好ましくは1000CIU以下、より好ましくは800CIU以下であり、好ましくは200CIU以上、より好ましくは500CIU以上となるようにBBIを含有させれば良い。
【0017】
(キモトリプシン阻害活性測定法)
キモトリプシン活性1Unitは、50mM Tris-HCl buffer(pH 7.8)、25℃で1分間に1 μmoleのN-benzoyl-L-Tyrosine ethyl ester (BTEE) (Sigma)を分解する量と定義した。
キモトリプシン(40 Unit/mg protein) 0.25 mg, 1mM BTEEを含んだ50mM Tris-HCl buffer(全量1 ml;反応条件, pH 7.8、25℃;測定吸光度、253nm)の反応系で、キモトリプシン活性を50%阻害するBBIのキモトリプシン阻害活性を10 CIUとした。
【実施例】
【0018】
以下に実施例を記載するが、この発明の技術思想がこれらの例示によって限定されるものではない。
【0019】
(製造例1)
分離大豆蛋白製造工程で得られた大豆ホエー80kg(固形分3.0重量%)をUF膜にて20倍濃縮した。これの33-67v/v%アセトンで沈殿する蛋白画分を回収した。該沈殿を透析膜にて透析し、得られた蛋白溶液を陰イオン交換体(DEAEセルロース)のカラムに添加し、pH7付近にて、濃度0〜0.3Mの食塩濃度勾配にて溶出した。低イオン強度側から概ね5つのピークに分かれたが、そのうち1乃至3番目のBBIを含むピークを硫酸アンモニウムで塩析して蛋白を回収した。これを透析により脱塩して、粗BBI溶液を得た。これをpH4に調整した陽イオン交換体(CMセルロース)に添加し、濃度0〜0.25Mの食塩濃度勾配により溶出し、キモトリプシン阻害活性、紫外吸収パターン及びTrypsin inhibitor活性等によりBBIを主成分とする画分を決定し、これを分画した。なお紫外吸収パターンはA280/A260<1.2のものがBBIを多く含む画分とした。塩析により濃縮し脱塩後、凍結乾燥し精製BBIを得た。精製BBIをHPLCゲルろ過法によって純度解析をしたところ、純度90%以上であった。またキモトリプシン阻害活性は10 CIU/mgであった。これを以後の検討に用いた。
【0020】
(実験例)
上記製造例で調製したBBIを用い、ヒト中皮腫細胞であるH28細胞に対する殺細胞効果の有無、及びBBIによるシスプラチンの殺細胞効果の増強効果について調べた。殺細胞効果は、DNAの断片化(アポトーシスのマーカー)を指標とし、次の方法で検証した。
H28細胞を6cmプレートに播き(300,000 cells/dish)、一晩培養した(培地、10%牛胎児血清を含むRPMI-1640;培養条件、37℃、CO25%)。ついでBBI を含まない培地、又は400μg/ml含む培地(1%牛胎児血清および1%牛血清アルブミンを含むRPMI-1640)で48時間培養(37℃、CO25%)した。これらの培地(BBIを含まない又は400μg/mlを含む)にシスプラチン10 μMとなるよう加え、さらに48時間培養(37℃、CO25%)後、次に示すFACS分析法によりSubG1期の細胞の比率を求め、DNA断片化(アポトーシス)の評価を行った。
【0021】
(FACS 分析法)
1. 細胞は、培養終了後0.25%Trypsin-1mM EDTA溶液により剥離し、遠心分離 (1000rpm, 5分間、4℃)し上精を除去し、Phosphate-buifferized saline (PBS)で2回洗浄する。
2. 70%冷エタノール1 ml加え、攪拌後、4℃で30分以上静置し、細胞を固定する。
3. 細胞を固定後、遠心(3000rpm、5分間、室温)し、上精を約0.2 ml残して除去し、細胞を十分に懸濁する。
4. PI染色液(10μg/ml PI+100 Unit RNase)1mlを加え、よく攪拌した後、遮光して60分間室温で軽く振とうする。
5. Polystyrene round bottom tube(BD Falcon)を使って、PI染色した細胞懸濁液を自然ろ過し、凝集している細胞塊を除く。
6. このろ過液をFACS Calibur(BD Falcon)にかけ、PI検出波長を使って、細胞あたりのDNA含量からSubG1期に属する細胞数および細胞周期(G1、S、G2、M期)に属する全細胞数を計測する。
7. 最終的に細胞周期(G1、S、G2、M期)に属する全細胞数に対するSubG1期の細胞数の比率を計算する。
【0022】
結果を図1に示す。シスプラチンを含む培地で培養した細胞では、SubG1期の細胞の占める割合(SubG1 fraction)がコントロールに比べて有意に高く(p<0.05)、殺細胞効果が確認された。一方、BBIを含む培地で培養した細胞では、SubG1 fractionにコントロールと有意差は認められず、BBI単独ではヒト中皮腫細胞の殺細胞効果を有しないことが示された。ところがBBIとシスプラチンを併用することで、SubG1 fractionがコントロールに比べp値<0.001で有意に大きく、シスプラチン単独の場合に比べても顕著に大きかった。このことはBBIはそれ自体は殺細胞効果を有しないが、シスプラチンの殺細胞効果を増強する効果があることを示している。
(実施例1)
【0023】
ヒト中皮腫細胞であるH28細胞を96穴のプレートに播き(10,000 cells/well)、10%牛胎児血清を含むRPMI-1640培地で一晩培養した(37℃、CO2 5%)。培地を除去し、新たに異なる濃度のBBIを含むRPMI-1640培地(1%牛胎児血清および1%牛血清アルブミンを含む)を添加し、さらに48時間培養した(37℃、CO2 5%)。添加後の倍地中のBBI濃度は、0、 200、又は400μg/mlのいずれかとした。この培地にシスプラチン0、 1、 10又は50 μMとなるように濃度を変えて加え、さらに48時間培養した(37℃、CO2 5%)。その後、WST-1試薬を用いて、吸光度(450 nm)の平均値から、生存細胞数を測定した。
【0024】
結果を図2に示す。*はp<0.01 、**はp<0.005、***はp<0.001であり、各BBI濃度(0、 200、又は400μg/ml)、シスプラチン濃度0μMの時の生存細胞数を基準とするものである。
シスプラチン単独では殺細胞効果が確認できない濃度においても、BBIが共存することで、殺細胞効果が有意に増強されることが示された。またその効果はBBI濃度が増すほど強くなった。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】BBIによるシスプラチンの殺細胞効果の増強作用(その1)。
【図2】BBIによるシスプラチンの殺細胞効果の増強作用(その2)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ボウマンバーク型プロテアーゼインヒビターを有効成分とする、抗中皮腫用剤の殺細胞効果増強剤。
【請求項2】
抗中皮腫用剤が白金製剤である請求項1記載の殺細胞効果増強剤。
【請求項3】
ボウマンバーク型プロテアーゼインヒビターを含むことを特徴とする抗中皮腫用剤。
【請求項4】
白金製剤である請求項3記載の抗中皮腫用剤。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−73794(P2009−73794A)
【公開日】平成21年4月9日(2009.4.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−246535(P2007−246535)
【出願日】平成19年9月25日(2007.9.25)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 1.財団法人 不二たん白質研究振興財団、第10回研究報告会講演要旨集、平成19年5月24日発行
【出願人】(000236768)不二製油株式会社 (386)
【出願人】(501379384)独立行政法人国立健康・栄養研究所 (4)
【Fターム(参考)】