説明

抗腫瘍剤

【課題】 ERas遺伝子発現抑制作用を有する抗腫瘍剤を提供する。
【解決手段】 ERas遺伝子の発現抑制作用を有するテトラヒドロイソキノリン誘導体(例えば2-(4-アセチル-フェニルアゾ)-2-(3,3-ジメチル-3,4-ジヒドロ-2H-イソキノリン-1-イリデン)-アセトアミドなど)または生理学的に許容されるその塩を有効成分として含む抗腫瘍剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ERas遺伝子に対する抑制作用を有するテトラヒドロイソキノリン誘導体を有効成分として含む抗腫瘍剤に関する。
【背景技術】
【0002】
生体内には、多数の低分子量G蛋白質が存在し、多様な細胞機能を制御するシグナル伝達のスイッチとして機能している。細胞の癌化という観点からみると、低分子量G蛋白質の中でもRasファミリーが最も重要である。Ras遺伝子はラット肉腫ウイルスの癌遺伝子として発見されたが、その後、ヒトゲノムが同様の遺伝子をもつことが示され、また、その点突然変異が大腸癌や膵臓癌の少なくとも一つの原因である事が明らかにされている。すなわち、エクソン2のコドン12,13あるいは61のアミノ酸置換をもたらす点突然変異により、正常遺伝子が細胞癌化に関わる癌遺伝子へと活性化される。これらのコドンでのアミノ酸置換は、正常蛋白質のもつGTPase活性を低下させ、その結果、変異Ras蛋白質はGTPを結合した活性型として安定に存在することになり、恒常的な細胞増殖へと繋がる。ヒト癌におけるras遺伝子の異常について、例えば、大腸癌では、K-ras-2遺伝子の点突然変異が27〜56%の頻度で、ヒト膵臓癌においてはc-K-ras2遺伝子の点突然変異が57〜95%の高頻度で存在しており、細胞癌化に深く関わっている(例えば、実験医学別冊 メディカル用語ライブラリー 癌、羊土社、1996年)。
【0003】
最近になり、新たなRasファミリーとしてERasが同定された。ERasはアミノ酸レベルでH-Ras、K-Ras、N-Rasと約40%の相同性を有し、Rasの機能に必須のG1〜G5のドメインが高度に保存されている。また膜局在に必要とされるCAAXモチーフも保持している。H-Rasの12番目、59番目、63番目のアミノ酸が一つでも他のアミノ酸に変異すると、先に述べた恒常活性型になるが、マウスERasでは3箇所、ヒトERasでは2箇所のアミノ酸が変異していることが明らかになっている。実際にマウス及びヒトERasを発現させたNIH3T3細胞をヌードマウスの皮下に注入すると、腫瘍形成が認められた。また、ジーンターゲティングにより、ERasのノックアウトES細胞をヌードマウス皮下に注射すると、多重組織からなる奇形種の形成が著しく抑制された(Takahashi et al., Nature, 423, p.541, 2003)。
【0004】
以上の点から、Ras癌遺伝子産物の作用を阻害する物質が癌治療薬として有効であると期待されている。これまでに、そのような阻害物質として例えば、オキザノシン(Ito et al., Cancer Research, 49, p.996, 1989; Shimada et al., J. Antibiotics, 34, p.1216, 1981)が知られており、K-Rasにより癌化した腎臓細胞の正常化を誘導することが知られている。
【0005】
ERasは、前述のように恒常活性型として存在しているが、これまでにERas遺伝子の発現を抑制する低分子化合物は知られていない。さらに、ERas遺伝子抑制作用を有する化合物が癌細胞の増殖を抑制することも知られていない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、ERas遺伝子の発現を抑制する作用を有する抗腫瘍剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討した結果、テトラヒドロイソキノリン誘導体がRas遺伝子の発現抑制作用を有しており、特にERas遺伝子の発現を強力に抑制することを見出した。また、本発明者らは、上記の作用を有するテトラヒドロイソキノリン誘導体が癌細胞の増殖を顕著に抑制することができ、抗腫瘍剤の有効成分として極めて有用であることを見出した。本発明はこれらの知見を基にして完成されたものである。
【0008】
すなわち、本発明により、ERas遺伝子の発現抑制作用を有するテトラヒドロイソキノリン誘導体または生理学的に許容されるその塩を有効成分として含む抗腫瘍剤が提供される。また、本発明により、ERas遺伝子発現の抑制剤であって、ERas遺伝子の発現抑制作用を有するテトラヒドロイソキノリン誘導体または生理学的に許容されるその塩を有効成分として含む抑制剤が提供される。
【0009】
別の観点からは、癌の治療及び/又は予防方法であって、ERas遺伝子の発現抑制作用を有するテトラヒドロイソキノリン誘導体または生理学的に許容されるその塩の治療及び/又は予防有効量をヒトを含む哺乳類動物に投与する工程を含む方法が提供される。さらに、本発明により、上記の抗腫瘍剤の製造のためのERas遺伝子の発現抑制作用を有するテトラヒドロイソキノリン誘導体または生理学的に許容されるその塩の使用も提供される。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、ERas遺伝子の発現を抑制する抗腫瘍剤が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の抗腫瘍剤の有効成分として用いられるテトラヒドロイソキノリン誘導体としては、テトラヒドロイソキノリン骨格(本明細書においてテトラヒドロイソキノリンとは1,2,3,4-テトラヒドロイソキノリンを意味する)を有しており、かつERas遺伝子の発現を抑制する作用を有するものであれば、その種類は特に限定されない。テトラヒドロイソキノリンの環上には任意の置換基が1又は2個以上存在していてもよい。また、テトラヒドロイソキノリンを構成する2つの環の片方又は両方には、1又は2個以上の任意の環が縮合していてもよい。縮合する環は飽和、部分飽和、又は芳香族のいずれであってもよく、縮合する環を構成する環構成原子は炭素原子のほか1又は2種以上の任意のヘテロ原子(例えば窒素原子、酸素原子、又は硫黄原子など)であってもよい。
【0012】
テトラヒドロイソキノリン誘導体の生理学的に許容される塩の種類も特に限定されず、酸付加塩、塩基付加塩のほか、アミノ酸の付加塩などを用いてもよい。酸付加塩としては、例えば、塩酸塩、硫酸塩、リン酸塩、臭化水素酸塩などの鉱酸塩、酢酸塩、マレイン酸塩、フマル酸塩、コハク酸塩、メタンスルホン酸塩、p−トルエンスルホン酸塩、クエン酸塩、酒石酸塩などの有機酸塩を挙げることができ、塩基付加塩としては、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩などの金属塩、アンモニウム塩、メチルアミン塩などの有機アミン塩などを挙げることができる。もっとも、塩の形態は上記のものに限定されることはない。
【0013】
遊離形態のテトラヒドロイソキノリン誘導体又はその生理学的に許容される塩のほか、任意の水和物又は溶媒和物を本発明の抗腫瘍剤の有効成分として用いることができる。テトラヒドロイソキノリン誘導体に1又は2以上の不斉炭素が存在する場合には、純粋な形態の光学異性体又はジアステレオ異性体などの立体異性体、立体異性体の任意の混合物、あるいはラセミ体などを本発明の抗腫瘍剤の有効成分として用いてもよい。任意の幾何異性体又はそれらの混合物を用いることもできる。上記の有効成分はシクロデキストリンなどに包接された形態で提供されてもよく、またリポソームに内包するなどの手段でドラッグデリバリシステムを用いた製剤として調製されていてもよい。
【0014】
さらに、テトラヒドロイソキノリン誘導体をプロドラッグ化した誘導体を本発明の抗腫瘍剤の有効成分として用いてもよい。本明細書において、プロドラッグとは、それ自体のERas遺伝子の発現抑制作用は弱いか全くないものの、生体内に投与後に酵素反応や胃酸などにより加水分解され、あるいは酵素的に代謝されて、ERas遺伝子の発現抑制作用を有するテトラヒドロイソキノリン誘導体を生成可能な化合物を意味している。例えば、アミノ基を有するテトラヒドロイソキノリン誘導体の場合には、該アミノ基がアシル化、アルキル化、リン酸化された化合物(例えば、アミノ基がエイコサノイル化、アラニル化、ペンチルアミノカルボニル化、(5−メチル−2−オキソ−1,3−ジオキソレン−4−イル)メトキシカルボニル化、テトラヒドロフラニル化、ピロリジルメチル化、ピバロイルオキシメチル化、tert−ブチル化された化合物など);カルボキシル基を有するテトラヒドロイソキノリン誘導体の場合には、カルボキシル基がエステル化、アミド化された化合物(例えば、カルボキシル基がエチルエステル化、フェニルエステル化、カルボキシメチルエステル化、ジメチルアミノメチルエステル化、ピバロイルオキシメチルエステル化、エトキシカルボニルオキシエチルエステル化、フタリジルエステル化、(5−メチル−2−オキソ−1,3−ジオキソレン−4−イル)メチルエステル化、シクロヘキシルオキシカルボニルエチルエステル化、メチルアミド化された化合物など)等が挙げられる。これらの化合物は公知の方法によって製造することができる。また、プロドラッグは、広川書店1990年刊「医薬品の開発」第7巻分子設計163頁から198頁に記載されているような生理的条件でERas遺伝子の発現抑制作用を有するテトラヒドロイソキノリン誘導体に変化するものであってもよい。
【0015】
プロドラッグは遊離形態の化合物であっても、生理学的に許容される塩の形態であってもよい。塩の形態のプロドラッグとしては、上記に説明した塩を用いることができる。プロドラッグは水和物又は溶媒和物であってもよい。また、任意の立体異性体又は任意の立体異性体の混合物、あるいは任意の幾何異性体又は任意の幾何異性体の混合物であってもよい。また、プロドラッグは任意の放射性又は非放射性同位元素で標識されていてもよい。プロドラッグはシクロデキストリンなどに包接された形態で提供されてもよく、またリポソームに内包するなどの手段でドラッグデリバリシステムを用いた製剤として調製されていてもよい。
【0016】
本発明の抗腫瘍剤の有効成分として好適なテトラヒドロイソキノリン誘導体として、例えば、下記の一般式(1):
【化1】

[式中、R1a〜R13aは、同一または異なった電子吸引基、電子供与基、又は水素原子を示す。]で表される化合物を挙げることができる(式中、波線は化合物がsyn又はantiのいずれか又は両者の混合物であることを示す。以下、本明細書及び特許請求の範囲において同様である。)。電子供与基とは、ベンゼン環へ電子を供与し得る置換基、電子吸引基とはベンゼン環上のπ電子を吸引する性質を有する置換基をいう。また、Hammettの置換基定数σを用いてσ<0を電子供与基、σ>0を電子吸引基と定義することもできる(基礎有機反応論、橋本静信ら著、三共出版、1997年)。好ましくは、R1a〜R13aは、それぞれ、アルキル基、アシル基、アルコキシ基、ニトロ基、ヒドロキシカルボニル基、ニトリル基、アルコキシカルボニル基、アミノカルボニル基、ハロゲン原子、及び水素原子よりなる群から選ばれる基または原子である。
【0017】
本発明の抗腫瘍剤の有効成分として好適な別のテトラヒドロイソキノリン誘導体として、例えば、下記の一般式(2):
【化2】

[式中、R1b〜R12bは、同一または異なった電子吸引基、電子供与基、又は水素原子を示す。]で表される化合物を挙げることができる。好ましくは、R1b〜R12bが、アルキル基、アシル基、アルコキシ基、ニトロ基、ヒドロキシカルボニル基、ニトリル基、アルコキシカルボニル基、アミノカルボニル基、ハロゲン原子、及び水素原子よりなる群から選ばれる基または原子である。
【0018】
より具体的には、本発明の抗腫瘍剤の有効成分として好適なテトラヒドロイソキノリン誘導体として、例えば、下記の一般式(3):
【化3】

[式中、A1及びA2は同一であってもよい低級アルキル基を示し、A3は、下記の式:
【化4】

で表される基又はニトリル基を示し、A4は、水素原子又は下記の式:
【化5】

で表される基を示し、A5は、水素原子、低級アルキル基、ハロゲン原子、ニトロ基、アセチル基、及び低級アルコキシ基からなる群から選ばれる基を示し、A6は、水素原子、低級アルキル基、アセチル基、及び低級アルコキシ基からなる群から選ばれる基を示す。]で表される化合物を挙げることができる。低級アルキル基としては、例えばメチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ブチル、イソブチル、sec−ブチル、tert−ブチル、ペンチル、ヘキシルなどが挙げられる。特に好ましくはメチルである。ハロゲン原子としては、例えば、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素などが挙げられるが、特に好ましくは塩素及び臭素である。低級アルコキシ基としては、例えばメトキシ、エトキシ、プロポキシ、イソプロポキシ、ブトキシ、イソブトキシ、sec−ブトキシ、tert−ブトキシ、ペンチルオキシ、ヘキシルオキシなどが挙げられるが、特に好ましくはメトキシである。
【0019】
式(1)ないし(3)で表される化合物において、波線部に関して幾何異性体が存在する。これらの幾何異性体の配置は特に限定されず、それぞれ独立に、E体又はZ体のいずれであってもよく、本発明の抗腫瘍剤の有効成分としては、これらの幾何異性に基づく純粋な形態の幾何異性体、又はそれらの任意の混合物のいずれを用いてもよい。また、式(1)ないし(3)で表される化合物の互変異性体を任意の比率で含んでいてもよい。さらに、例えば、一般式(1)ないし(3)で表される化合物のエステルを本発明の抗腫瘍剤の有効成分として用いることもできる。エステルとしては、例えば、カルボン酸エステル、スルホン酸エステル、無機酸エステルなどが挙げられる。
【0020】
より好ましい化合物として、例えば、
2-(4-アセチル-フェニルアゾ)-2-(3,3-ジメチル-3,4-ジヒドロ-2H-イソキノリン-1-イリデン)-アセトアミド(化合物A)、
2-(3-クロロ-フェニルアゾ)-2-(3,3-ジメチル-3,4-ジヒドロ-2H-イソキノリン-1-イリデン)-アセトアミド(化合物B)、
2-(3,3-ジメチル-3,4-ジヒドロ-2H-イソキノリン-1-イリデン)-2-(3-メトキシ-フェニルアゾ)-アセトアミド(化合物C)、
2-(3,3-ジメチル-3,4-ジヒドロ-2H-イソキノリン-1-イリデン)-2-(3-ニトロ-フェニルアゾ)-アセトアミド(化合物D)、
2-(3,3-ジメチル-3,4-ジヒドロ-2H-イソキノリン-1-イリデン)-2-(4-メトキシ-フェニルアゾ)-アセトアミド(化合物E)、
2-(3,3-ジメチル-3,4-ジヒドロ-2H-イソキノリン-1-イリデン)-2-m-トリルアゾ-アセトアミド(化合物F)、
2-(3-アセチル-フェニルアゾ)-2-(3,3-ジメチル-3,4-ジヒドロ-2H-イソキノリン-1-イリデン)-アセトアミド(化合物G)、
2-シアノ-2-(3,3-ジメチル-3,4-ジヒドロ-2H-イソキノリン-1-イリデン)-N-p-トリル-アセトアミド(化合物H)
を挙げることができる。もっとも、本発明の抗腫瘍剤の有効成分は上記に具体的に示した化合物に限定されることはない。
【0021】
テトラヒドロイソキノリン誘導体を有効成分として含む本発明の抗腫瘍剤が所望の癌細胞増殖抑制作用及びERas遺伝子発現抑制作用を有することは、下記に説明する方法、及び本明細書の実施例に具体的に説明した方法に従って当業者が容易に確認することができる。
【0022】
本発明の抗腫瘍剤を用いて培養した幹細胞、好ましくは胚性幹細胞、癌細胞の細胞数はMTSアッセイを行うことにより確認することができる。テトラゾリウム塩(Owen's試薬)は生細胞によって生物的に還元され、組織培養液に加溶な発色性のホルマザン産物へと変換される。この変換は、代謝活性がある細胞のデヒドロゲナーゼによって産生されるNADPHまたはNADHによって行われていると考えられ、490nmの吸光度として表される変換されたホルマザンの量は、生細胞数と直接的に比例することが知られている(Barltrop et al., Bioorg. & Med. Chem. Lett., 1, p.661, 1991; Berridge et al., Arch. Biochem. Biophys., 303, p.474, 1993)。
【0023】
一つの実施態様において、分光学的測定法によりMTSアッセイを測定することができる。培養ディッシュ上の細胞に3-(4,5-ジメチルチアゾール-2-イル)-5-(3-カルボキシメトキシフェニル)-2-(4-スルフォフェニル)-2H-テトラゾリウム(MTS)と化学的な安定性を高めるために電子輸送試薬であるフェナジンメトサルフェートとを混合した溶液を直接添加し、1〜4時間インキュベートする。MTSから還元されたホルマザン産物は培養液に可溶であるために溶液の490nmの吸光度を測定することにより細胞数を定量することができる。実施例1に記載の方法により、本発明の抗腫瘍剤を添加して各種癌細胞の490nmの吸光度を測定すると、抗腫瘍剤を含まない培地にて培養した値に比べて、有意に低い490nmの吸光度が得られる。また、ES細胞(正常細胞)では抗腫瘍剤の有無に関わらず有意な差異が得られない。これらの結果により、本発明の抗腫瘍剤が癌細胞の増殖を抑制していることが確認される。
【0024】
また、胚性幹細胞の腫瘍抑制能はERas遺伝子の発現量を測定することによって確認することができる。ERas遺伝子は原癌遺伝子HRas、KRas及びNRasとアミノ酸レベルで約45%の相同性を有しており、X染色体上に存在している。マウス及びヒトのERasはRasの機能に必須のG1からG5のドメインは高度に保持されており、膜局在に必要なCAAXモチーフも有している。ERas遺伝子の発現量を測定する一つの実施態様としては定量的PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)法を用いることができる。
【0025】
一つの実施態様においてはリアルタイムPCR法が用いられ、幅広いダイナミックレンジをもち、簡便で信頼性のある定量測定が可能である。リアルタイムPCR技術には、ABIPRISM7700TM (Applied Biosystems)を使用したTaq Manプローブを用いる方法や、LightCyclerTM(ロシュ・ダイアグノスティック)を用いた方法がある。特に後者の場合はPCRの温度サイクルが数十分で終了する高速反応サイクルのもとで、サイクルごとに合成されるDNAの増幅量変化をリアルタイムに検出できる。リアルタイムPCR法のDNA検出法としては、DNA結合色素(インターカレーター)、ハイブリダイゼーション・プローブ(キッシングプローブ)、TaqManプローブおよびSunriseユニプライマー(モレキュラー・ビーコン)を利用する4種類の方法がある。また、DNA結合色素、例えばSYBR GreenIを利用してERas遺伝子の発現量を解析することができる。SYBR GreenIはDNAの二本鎖特異的に結合色素であり、二本鎖に結合することで本来の蛍光強度が増強される。PCR反応時にSYBR GreenIを加え、伸張反応の各サイクルの終わりに蛍光強度を測定すれば、PCR産物の増加が検出できる。ERas遺伝子を検出するには通常のPCRと同様にERas遺伝子の配列をもとに、市販の遺伝子解析ソフトウェアなどを用いてプライマーを設計する。SYBR GreenIは非特異的産物も検出してしまうため最適なプライマーの設定が必要となる。設計基準としては、オリゴマーの長さ、配列の塩基組成、GC含量、およびTm値などに留意が必要である。
【0026】
多くの場合、定量PCRにおいて明らかにすることを目的とするのは、サンプル一定量当たりの目的DNA量である。このためには最初に反応系に加えたサンプル量の評価が必要である。この場合サンプル量を反映するような内部標準となる別のDNAを目的DNAとは別に測定し、最初に反応系に加えたサンプル量を補正することができる。サンプル量を補正する目的で用いる内部標準には、通常、組織によって発現量に差がないと考えられているハウスキーピング遺伝子を用いることができる。例えば、解糖系の主要酵素であるグリセロアルデヒドリン酸脱水素酵素(GAPDH)、細胞骨格の構成成分であるβアクチンまたはγアクチン、リボゾームの構成蛋白質であるS26などの遺伝子が挙げられる。ERas遺伝子の発現レベルは、本発明の抗腫瘍剤に暴露された細胞について決定することができる。抗腫瘍剤に暴露されていない、即ち、コントロール細胞のERas遺伝子発現量にくらべ、有意にERas遺伝子の発現量を低下させることができる活性を有する化合物を本発明の抗腫瘍剤の有効成分として用いることができ、この化合物は胚性幹細胞の腫瘍形成を抑制する抗腫瘍剤であると判定される。
【0027】
本発明の抗腫瘍剤は、優れた癌細胞増殖抑制能を有することから、悪性腫瘍の治療剤として用いることができる。対象となる悪性腫瘍としては、膀胱癌、乳癌、胆管癌、大腸癌、子宮内膜癌、白血病、肺癌、悪性黒色腫、神経芽腫、卵巣癌、膵臓癌、前立腺癌、腎細胞癌、精上皮腫、胃癌、甲状腺癌、子宮頸部癌、子宮体癌などが挙げられるが、これらに限定されない。また、本発明の抗腫瘍剤は白血病や悪性リンパ腫などの非固形癌や、神経芽細胞腫のような肉腫に対しても用いることができる。さらに、本発明の抗腫瘍剤は、悪性腫瘍の予防剤として用いることができ、あるいは悪性腫瘍を良性腫瘍に誘導するための治療剤として用いることもできる。
【0028】
本発明の抗腫瘍剤は、上記の悪性腫瘍の予防及び/又は治療剤として、ヒトを含む哺乳類動物に対して経口的又は非経口的に投与することができる。一般的には、薬学的に許容される1種又は2種以上の製剤用添加物と混合して医薬組成物として投与することができる。経口投与に適する医薬組成物としては、例えば、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤などの固形製剤を挙げることできる。また、非経口投与に適する医薬組成物としては、例えば、静脈内、皮下、若しくは筋肉内投与用の注射剤、点滴剤、坐剤などを挙げることができる。舌下錠やマイクロカプセルなどの徐放製剤として、舌下、皮下、又は筋肉内などに投与してもよい。一日の投与量は、症状の程度;患者の年齢、性別、体重、又は感受性差;投与の時期又は間隔;医薬組成物の形態や投与経路;有効成分の種類などによって適宜選択可能であり、特に限定されないが、一般的には、哺乳類動物1kg体重あたり約0.01〜100mg、好ましくは約0.02〜20mg、更に好ましくは0.1〜10mg、最も好ましくは0.5〜10mg程度である。上記の投与量を一般的には1日1〜4回に分けて投与することができる。本発明の抗腫瘍剤の医薬組成物中の含有量は、組成物全体の約0.01ないし98重量%であることが好ましい。
【0029】
製剤用添加物としては、当業界で使用可能な各種有機又は無機担体などが用いられる。例えば、固形製剤における賦形剤、滑沢剤、結合剤、崩壊剤;液状製剤における溶剤、溶解補助剤、懸濁化剤、等張化剤、緩衝剤、無痛化剤などを具体例として挙げることができる。また必要に応じて、防腐剤、抗酸化剤、着色剤、甘味剤などの製剤用添加物を用いることもできる。
【0030】
製剤用添加物として用いられる賦形剤および担体の種類は特に限定されず、当業界で使用可能なものを適宜選択できる。例えば、液状担体としては水、アルコール類、又はジメチルスルホキシド(DMSO)などの溶媒、又は動植物油や合成油などが用いられる。固体担体としては、例えば、乳糖、マルトース、シュクロースなどの糖類、アミノ酸類、ヒドロキシセルロースなどのセルロース誘導体、ステアリン酸マグネシウムなどの有機酸塩などが使用できる。また、本発明の抗腫瘍剤の組成物中にはpH調整等の目的で酸やアルカリまたは適量の緩衝剤などを加えてもよい。
【0031】
賦形剤の好適な例としては、例えば乳糖、白糖、D-マンニトール、デンプン、結晶セルロース、軽質無水ケイ酸などが挙げられる。滑沢剤の好適な例としては、例えばステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸カルシウム、タルク、コロイドシリカなどが挙げられる。結合剤の好適な例としては、例えば結晶セルロース、白糖、D-マンニトール、デキストリン、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドンなどが挙げられる。崩壊剤の好適な例としては、例えばデンプン、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースカルシウム、クロスカルメロースナトリウム、カルボキシメチルスターチナトリウムなどが挙げられる。溶剤の好適な例としては、例えば注射用水、アルコール、プロピレングリコール、マクロゴール、ゴマ油、トウモロコシ油などが挙げられる。溶解補助剤の好適な例としては、例えばポリエチレングリコール、プロピレングリコール、D-マンニトール、安息香酸ベンジル、エタノール、トリスアミノメタン、コレステロール、トリエタノールアミン、炭酸ナトリウム、クエン酸ナトリウムなどが挙げられる。
【0032】
懸濁化剤の好適な例としては、例えばステアリルトリエタノールアミン、ラウリル硫酸ナトリウム、ラウリルアミノプロピオン酸、レシチン、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、モノステアリン酸グリセリンなどの界面活性剤;例えばポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシメチルセルロースナトリウム、メチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロースなどの親水性高分子などが挙げられる。等張化剤の好適な例としては、例えば塩化ナトリウム、グリセリン、D-マンニトールなどが挙げられる。緩衝剤の好適な例としては、例えばリン酸塩、酢酸塩、炭酸塩、クエン酸塩などの緩衝液などが挙げられる。無痛化剤の好適な例としては、例えばベンジルアルコールなどが挙げられる。防腐剤の好適な例としては、例えばパラオキシ安息香酸エステル類、クロロブタノール、ベンジルアルコール、フェネチルアルコール、デヒドロ酢酸、ソルビン酸などが挙げられる。抗酸化剤の好適な例としては、例えば亜硫酸塩、アスコルビン酸などが挙げられる。
【0033】
本発明の抗腫瘍剤は分散剤(例えば、ツイーン(Tween)80(アトラスパウダー社製、米国)、HCO60(日光ケミカルズ製)、ポリエチレングリコール、カルボキシメチルセルロース、アルギン酸ナトリウムなど)、保存剤(例えば、メチルパラベン、プロピルパラベン、ベンジルアルコールなど)、等張化剤(例えば、塩化ナトリウム、マンニトール、ソルビトール、ブドウ糖など)などと共に注射用蒸留水などの水性媒体に溶解又は懸濁して水性注射剤として調製することができ、あるいはオリーブ油、ゴマ油、綿実油、コーン油などの植物油、プロピレングリコールなどに溶解又は懸濁あるいは乳化して油性注射剤として調製することができる。
【0034】
典型的な経口剤は、公知の方法に従い、上記の有効成分を、例えば、賦形剤(例えば、乳糖、白糖、デンプンなど)、崩壊剤(例えば、デンプン、炭酸カルシウムなど)、結合剤(例えば、デンプン、アラビアゴム、カルボキシメチルセルロース、ポリビニールピロリドン、ヒドロキシプロピルセルロースなど)または滑沢剤(例えば、タルク、ステアリン酸マグネシウム、ポリエチレングリコール6000など)などとともに圧縮成形し、次いで必要によりマスキング性や腸溶性を付与し、あるいは持続性を付与する目的で適宜のコーティングを施して、錠剤の形態の経口投与製剤として調製することができる。コーティング剤としては、例えば、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、エチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリオキシエチレングリコール、ツイーン80、プルロニックF68、セルロースアセテートフタレート、ヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート、ヒドロキシメチルセルロースアセテートサクシネート、オイドラギット(ローム社製、ドイツ、メタアクリル酸・アクリル酸共重合)および色素(例えば、ベンガラ、二酸化チタンなど)などが用いられる。腸溶性製剤とする場合、腸溶相と薬剤含有相との間に両相の分離を目的として中間相を設けることもできる。
【0035】
また、本発明の抗腫瘍剤を固体状、半固体状、又は液状の外用剤として調製することができる。例えば、上記固体状の外用剤は、上記の有効成分に必要に応じて賦形剤(例えば、グリコール、マンニトール、デンプン、微結晶セルロースなど)、増粘剤(例えば、天然ガム類、セルロース誘導体、アクリル酸重合体など)などを添加及び混合して、粉状の組成物として調製することができる。液状の外用剤は、注射剤の場合とほとんど同様に油性または水性懸濁剤として調製することができる。半固体状の外用剤は、水性または油性のゲル剤、あるいは軟膏状の外用剤として調製することが好ましい。これらの外用剤の調製には、pH調節剤(例えば、炭酸、リン酸、クエン酸、塩酸、水酸化ナトリウムなど)、防腐剤(例えば、パラオキシ安息香酸エステル類、クロロブタノール、塩化ベンザルコニウムなど)などを用いてもよい。
【0036】
さらに、本発明の抗腫瘍剤を水性の固体状、半固体状あるいは液状の坐剤として調製することができる。上記の坐剤の調製に用いる油性基剤としては、例えば、高級脂肪酸のグリセリド〔例えば、カカオ脂、ウイテプゾル類(ダイナマイトノーベル社製,ドイツ)など〕、中級脂肪酸〔例えば、ミグリオール類(ダイナマイトノーベル社製,ドイツ)など〕、あるいは植物油(例えば、ゴマ油、大豆油、綿実油など)などが挙げられる。また、水性基剤としては、例えば、ポリエチレングリコール類、プロピレングリコール、水性ゲル基剤としては、例えば、天然ガム類、セルロース誘導体、ビニール重合体、アクリル酸重合体などが挙げられる。
【実施例】
【0037】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は下記の実施例に限定されることはない。
実施例1
ES細胞培地の作製
ES細胞を増殖させる目的で、Dulbecco's Modified Eagle Medium(以下DMEM)(GIBCOBRL社製 Cat.No.11995)に、以下に示す最終濃度で因子を添加してES細胞培地を調製した。15% ウシ胎仔血清(GIBCO BRL社製)、0.1mM β−メルカプトエタノール(SIGMA社製)、1×非必須アミノ酸ストック(GIBCO BRL社製Cat.No.11140-050)、2mM L-G1utamine(GIBCO BRL社製Cat.No.25030-081)、103unit/ml ESGRO(CHEMICON International Inc.,社製)。ただし、ESGROはマウスLIFを有効成分として含有する。ES細胞分化抑制アッセイ用の培地として、上記のES細胞培地からESGROを除いたアッセイ培地を作製した。
【0038】
ES細胞の培養
直径10cmの細胞培養用ディッシュに、蒸留水に0.1%の濃度でGelatin(SIGMA社製 TypeA:from porcinESkin、G2500)を溶解し、滅菌した0.1%ゼラチン水溶液5mlを添加し、37℃で30分以上静置した。ゼラチン水溶液を除いて、マイトマイシンC(協和発酵社製)処理したマウス胚性初代培養細胞(ライフテックオリエンタル社 Cat.No. YE9284400)2×106個を播種し、10%ウシ胎児血清(GIBCO BRL社製)を含むDMEM 5mlで、37℃、5%CO2インキュベーター(タバイエスペック社製)で5時間以上培養した。マウス胚性幹細胞株D3ES細胞(Rolf Kemler、Max Planck Institut fur ImmunbiologiEStuheweg51、D-79108Freiburg、Germanyより入手可能)を直径6cm繊維芽細胞フィーダー層上に播種し、5mlのES培地で、37℃、5% CO2インキュベーターで2日間培養して増殖させた。
【0039】
マウス胚性癌細胞株(以下「F9EC細胞」)の培養
F9EC細胞を増殖させる目的で、DMEM (SIGMA社製 Cat.No.D6780)を蒸留水で溶解し、孔径0.22μmのフィルターを用いて濾過滅菌後、以下に示す最終濃度で因子を添加してF9EC細胞培地を調製した。10% ウシ胎仔血清(GIBCO BRL社製)、1.5g/L炭酸水素ナトリウム(GIBCO BRL社製 Cat.No.25080-094)。直径10cmの細胞培養用ディッシュに、蒸留水に0.1%の濃度でGelatin(SIGMA社製 TypeA:from porcinESkin、G2500)を溶解し、滅菌した0.1%ゼラチン水溶液10mlを添加し、37℃で30分以上静置した。ゼラチン水溶液を除いて、F9EC細胞(ATCC社、No.CRL-1720)を播種し、10mlのF9EC培地で、37℃、5% CO2インキュベーターで2日間培養して増殖させた。
【0040】
ヒト胚性癌細胞株(以下NCCIT EC細胞)の培養
NCCIT EC細胞を増殖させる目的で、RPMI Medium 1640(GIBCOBRL社製 Cat.No.22400)に、以下に示す最終濃度で因子を添加してNCCIT EC細胞培地を調製した。20% ウシ胎仔血清(GIBCO BRL社製)。直径10cmの細胞培養用ディッシュに、NCCIT EC細胞(ATCC社、No.CRL-2073)を播種し、10mlのNCCIT EC細胞培地で、37℃、5% CO2インキュベーターで2日間培養して増殖させた。
【0041】
HeLa細胞株の培養
HeLa細胞を増殖させる目的で、Minimum Essential Medium(以下MEM)(GIBCO BRL社製 Cat.No.11090)に、以下に示す最終濃度で因子を添加してHeLa細胞培地を調製した。10% ウシ胎仔血清(GIBCO BRL社製)、0.1mM非必須アミノ酸 (GIBCO BRL社製Cat.No.11140-050)、2mM L-G1utamine(GIBCO BRL社製Cat.No.25030-081)、1mM ピルビン酸ナトリウム(GIBCO BRL社製 Cat.No.11360-070)。直径10cmの細胞培養用ディッシュにHeLa細胞(ATCC社、No.CCL-2)を播種し、10mlのHeLa細胞培地で、37℃、5% CO2インキュベーターで2日間培養して増殖させた。
【0042】
HL60細胞の培養
HL60細胞を増殖させる目的で、Iscove's Modified Dulbecco's Medium(以下IMDM)(GIBCOBRL社製 Cat.No.12440)に、以下に示す最終濃度で因子を添加してHL60細胞培地を調製した。20% ウシ胎仔血清(GIBCO BRL社製)、4mM L-G1utamine(GIBCO BRL社製Cat.No.25030-081)。直径10cmの細胞培養用ディッシュに、HL60細胞(ATCC社、No.CCL-240)を播種し、10mlのHL60細胞培地で、37℃、5% CO2インキュベーターで2日間培養して増殖させた。
【0043】
ES細胞増殖アッセイ1
培養したD3ES細胞をPBSで2回洗浄した。0.25%トリプシン溶液(GIBCOBRL社製)を加え、37℃で5分間インキュベートし、未分化のD3ES細胞のコロニーをフィーダーから脱離させた。5mlのES細胞培地を添加し、小径ピペットを使用して細胞コロニーを分散させ、50mlの滅菌チューブに移し、卓上遠心機(トミー精工)で1000 rpm、約5分間遠心してペレット化した。上清を除き、細胞を20mlの新鮮なES細胞培地に再懸濁し、0.1%のゼラチン水溶液で予めコートした直径15cmの細胞培養用ディッシュに播種し、37℃で20分間インキュベートした。20分後、浮遊細胞を含む培地をピペットで回収し、50mlの滅菌チューブに移し、卓上遠心機で1000 rpm、約5分間遠心してペレット化した後、上清を除き、5mlのES細胞アッセイ培地に再懸濁した。予め0.1%のゼラチン水溶液でコートした96穴細胞培養用ディッシュ(FALCON社製 Cat.No.3072、米国)に、1ウェルあたり320個の細胞を、1ウェル当たりのES細胞アッセイ培地が100μlになるように播種した。各ウェルに0.4〜40μg/mlとなるようにジメチルスルホキシド(DMSO)又は水、あるいはその混合物に溶解した本発明の抗腫瘍剤(上記に好ましい化合物として示した化合物AないしH:化合物AないしC及びHはASINEX社(ロシア)、化合物D及びEはPHARMEKS社(ロシア)、化合物FはIBS社(ロシア)から購入)、を10μl添加し、37℃、5% CO2インキュベーターで7日間培養した。DMSOの培地中への持ち込みは最終濃度0.1%以下となるようにした。またコントロールウェルには、DMSOのみを最終濃度で0.1%となるように加えた。化合物AないしGの構造を以下の表1に、化合物Hの構造を表2に示した。
【0044】
【表1】

【0045】
【表2】

【0046】
F9EC細胞増殖アッセイ2
培養したF9EC細胞をPBSで2回洗浄した。0.25%トリプシン溶液(GIBCOBRL社製)を加え、37℃で5分間インキュベートし、脱離させた。5mlのF9EC細胞培地を添加し、小径ピペットを使用して細胞コロニーを分散させ、10mlの滅菌チューブに移し、卓上遠心機(トミー精工)で1000 rpm、約5分間遠心してペレット化した。上清を除き、5mlのF9EC細胞アッセイ培地に再懸濁した。予め0.1%のゼラチン水溶液でコートした96穴細胞培養用ディッシュ(FALCON社製 Cat.No.3072、米国)に、1ウェルあたり320個の細胞を1ウェル当たりのF9EC細胞アッセイ培地が100μlになるように播種した。各ウェルに0.4〜40μg/mlとなるようDMSO又は水、あるいはその混合物に溶解した本発明の抗腫瘍剤(化合物AないしH)を10μl添加し、37℃、5% CO2インキュベーターで4日間培養した。DMSOの培地中への持ち込みは最終濃度0.1%以下となるようにした。またコントロールウェルには、DMSOのみを最終濃度で0.1%となるように加えた。
【0047】
NCCIT EC細胞増殖アッセイ
培養したNCCIT EC細胞をPBSで2回洗浄した。0.25%トリプシン溶液(GIBCOBRL社製)を加え、37℃で5分間インキュベートし、脱離させた。5mlのNCCIT EC細胞細胞培地を添加し、小径ピペットを使用して細胞コロニーを分散させ、15mlの滅菌チューブに移し、卓上遠心機(トミー精工)で1000 rpm、約5分間遠心してペレット化した。上清を除き、5mlのNCCIT EC細胞アッセイ培地に再懸濁した。96穴細胞培養用ディッシュ(FALCON社製 Cat.No.3072、米国)に、1ウェルあたり320個の細胞を1ウェル当たりのF9EC細胞アッセイ培地が100μlになるように播種した。各ウェルに0.4〜40μg/mlとなるようにDMSO又は水、あるいはその混合物に溶解した本発明の抗腫瘍剤(化合物AないしH)を10μl添加し、37℃、5% CO2インキュベーターで4日間培養した。DMSOの培地中への持ち込みは最終濃度0.1%以下となるようにした。またコントロールウェルには、DMSOのみを最終濃度で0.1%となるように加えた。
【0048】
HeLa細胞増殖アッセイ
培養したHeLa細胞をPBSで2回洗浄した。0.25%トリプシン溶液(GIBCOBRL社製)を加え、37℃で5分間インキュベートし、脱離させた。5mlのHeLa細胞細胞培地を添加し、小径ピペットを使用して細胞コロニーを分散させ、15mlの滅菌チューブに移し、卓上遠心機(トミー精工)で1000 rpm、約5分間遠心してペレット化した。上清を除き、5mlのHeLa細胞アッセイ培地に再懸濁した。96穴細胞培養用ディッシュ(FALCON社製 Cat.No.3072、米国)に、1ウェルあたり320個の細胞を1ウェル当たりのHeLa細胞アッセイ培地が100μlになるように播種した。各ウェルに0.4〜40μg/mlとなるようにDMSO又は水、あるいはその混合物に溶解した本発明の抗腫瘍剤(化合物AないしH)を10μl添加し、37℃、5% CO2インキュベーターで4日間培養した。DMSOの培地中への持ち込は最終濃度0.1%以下となるようにした。またコントロールウェルには、DMSOのみを最終濃度で0.1%となるように加えた。
【0049】
HL60細胞増殖アッセイ
培養したHL60細胞を、小径ピペットを使用して15mlの滅菌チューブに移し、卓上遠心機(トミー精工)で1000 rpm、約5分間遠心してペレット化した。上清を除き、PBSで2回洗浄後、5mlのHL60細胞アッセイ培地に再懸濁した。96穴細胞培養用ディッシュ(FALCON社製 Cat.No.3072、米国)に、1ウェルあたり320個の細胞を1ウェル当たりのHL60細胞アッセイ培地が100μlになるように播種した。各ウェルに0.4〜40μg/mlとなるようにDMSO又は水、あるいはその混合物に溶解した本発明の抗腫瘍剤(化合物AないしH)を10μl添加し、37℃、5% CO2インキュベーターで4日間培養した。DMSOの培地中への持ち込みは最終濃度0.1%以下となるようにした。またコントロールウェルには、DMSOのみを最終濃度で0.1%となるように加えた。
【0050】
MTS アッセイ
MTSアッセイはCellTiter 96 Aqueous OnESolution Cell Proliferation Assay キット(Promega社製、Cat No. G3580)を用いて行なった。7日間培養したES細胞及びそれぞれ4日間培養したF9EC細胞、NCCIT EC細胞、HeLa細胞、及びHL60細胞の各ウェルにCellTiter 96 Aqueous OnESolution Reagentを20μlずつ加え、37℃、5% CO2インキュベーターで1時間インキュベートした。溶液の490nmの吸光度(O.D.490)と690nmの吸光度(O.D.690)を吸光度計(Molecular DevicES社製、型式:SPECTRA MAX190)により測定し、O.D.405-O.D.690で算出される値を細胞増殖活性とした。定量結果をグラフ化したものを図1ないし4に示した。本発明の抗腫瘍剤(化合物A〜H)はコントロールであるDMSO(0.1%)に比べて有意に細胞増殖を阻害した。さらにES細胞では増殖抑制が認められないことから、本発明の抗腫瘍剤は癌細胞に対して選択的な増殖抑制効果を有することがわかった。
【0051】
実施例2
ES細胞増殖アッセイ2
実施例1で培養したD3 ES細胞をPBSで2回洗浄した。0.25%トリプシン溶液(GIBCO BRL社製 15090-046)を加え、37℃で5分間インキュベートし、未分化のD3 ES細胞のコロニーをフィーダーから脱離させた。5mlのES細胞培地を添加し、小径ピペットを使用して細胞コロニーを分散させ、50mlの滅菌チューブに移し、卓上遠心機(トミー精工)で1000rpm、約5分間遠心してペレット化した。上清を除き、細胞を20mlの新鮮なES細胞培地に再懸濁し、0.1%のゼラチン水溶液で予めコートした直径15cmの細胞培養用ディッシュに播種し、37℃で20分間インキュベートした。20分後、浮遊細胞を含む培地をピペットで回収し、再度、0.1%のゼラチン水溶液でコートした直径15cmの細胞培養用ディッシュに播種し、37℃で20分間インキュベートした。20分後、浮遊細胞を含む培地をピペットで回収し、50mlの滅菌チューブに移し、卓上遠心機で1000rpm、約5分間遠心してペレット化した後、上清を除き、5mlのES細胞アッセイ培地に再懸濁した。予め0.1%のゼラチン水溶液でコートした直径10cmの細胞培養用ディッシュに8×104個の細胞を、ES細胞アッセイ培地が10mlになるように播種し、37℃、5% CO2インキュベーターで1日間培養した。一日後、各ディッシュに40μg/mlとなるようにDMSO又は培地、あるいはその混合物に溶解した本発明の抗腫瘍剤(化合物AないしH)を1ml添加し、37℃、5% CO2インキュベーターで6時間〜2日間培養した。DMSOの培地中への持ち込みは最終濃度0.1%以下となるようにした。
【0052】
F9 EC細胞増殖アッセイ2
実施例1で培養したF9 EC細胞をPBSで2回洗浄した。0.25%トリプシン溶液(GIBCO BRL社製 15090-046)を加え、37℃で5分間インキュベートし、脱離させた。5mlのF9 EC細胞培地を添加し、小径ピペットを使用して細胞コロニーを分散させ、50mlの滅菌チューブに移し、卓上遠心機(トミー精工)で1000rpm、約5分間遠心してペレット化した。上清を除き、5mlのF9 EC細胞アッセイ培地に再懸濁した。予め0.1%のゼラチン水溶液でコートした直径10cmの細胞培養用ディッシュに8×104個の細胞を、F9 EC細胞アッセイ培地が10mlになるように播種し、37℃、5% CO2インキュベーターで1日間培養した。一日後、各ディッシュに40μg/mlとなるようにDMSO又は培地、あるいはその混合物に溶解した本発明の抗腫瘍剤(化合物AないしH)を1ml添加し、37℃、5% CO2インキュベーターで6時間培養した。DMSOの培地中への持ち込みは最終濃度0.1%以下となるようにした。
【0053】
RNAの単離
前記「ES細胞増殖アッセイ2」及び「F9 EC細胞増殖アッセイ2」に示す方法で培養したES細胞及びF9 EC細胞からRNeasy(QIAGEN,独国)を用い、添付の方法に従ってトータルRNAを抽出した。即ち、培地を除去し、PBSを5ml添加し、スクレイパーを用いて15mlの滅菌チューブに回収し、卓上遠心機(トミー精工)で1,000rpm、約5分間遠心してペレット化した。上清を除き、PBS 1.5mlで懸濁し、1.5mlのエッペンドルフチューブに移した。微量遠心機(トミー精工)で4℃、10000rpmで10秒間遠心し、上清を除き、細胞をペレット化した。Buffer RLT(β-メルカプトエタノール添加済み)を350μlずつ添加し、その都度ピペッティングした。QIAshredderスピンカラムをセットし、先の溶液を添加し、2分間、微量遠心機で遠心した(室温、15000rpm)。溶出した溶液に70%エタノールを350μl添加し、その都度ピペッティングした。RNeasyスピンカラムをセットし、先の溶液(700μl)を添加し、15秒間、微量遠心機で遠心した(室温、13000rpm)。溶出した溶液を捨てた。Buffer RW1 350μlを添加し、15秒間、遠心した(室温、13000rpm)。溶出した溶液を捨て、DNaseIストック溶液を130μlとり、BufferRDDを910μl加えたDNaseI溶液を80μl添加し、15分間室温に静置した。Buffer RW1 350μlを添加し、15秒間、遠心した(13000rpm)。溶出した溶液とチューブを捨て、新しい2mlのチューブをセットし、Buffer RPE 500μlを添加し、5分間室温で放置し、15秒間、遠心した(13000rpm)。溶出した溶液を捨て、Buffer RPE 500μlを添加し、5分間室温で放置した。2分間、遠心し(15000rpm)、溶出した溶液とチューブを捨て、1.5mlのチューブをセットし、30μlのD.W.を添加し、1分間、遠心した(13000rpm)。さらに溶出した溶液をとり、添加し、1分間、遠心した(13000rpm)。
【0054】
cDNA合成
このようにして得られたトータルRNAの2μg を鋳型に、SuperScript III First-Strand SynthESis System for RT-PCR(Invitrigen 社, 18080-051)を用い添付のプロトコールに従ってcDNAを合成した。2μgのトータルRNAに1μlの50mM Oligo(dT)20プライマー、1μlの10mM dNTP Mixを加え、65℃で5分間インキュベートした。氷中に1分間置いた後、2μlの10×RT Buffer、4μlの25 mM MgCl2、2μlの0.1 M DTT、1μlのRNaseOUT(Invitrogen社)、1μlのSuperScript III RTを加えて50℃で50分間インキュベートした。続いて85℃で5分間インキュベートした後、氷中に1分間置いた。1μlのRNaseHを加え、37℃で20分間インキュベートしてcDNAを得た。このようにして得た合成cDNAの一部を蒸留水で5倍に希釈し、その2μlを鋳型として、ライトサイクラーファーストスタートDNA マスターSYBRグリーンI キット(ロシュ・ダイアグノスティック社製)を用い添付のプロトコールに従ってPCR を行った。ERas遺伝子、並びに内部標準としてグリセロアルデヒド三リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)遺伝子の発現量を測定した。ERas遺伝子の増幅には、センスプライマーERas up(配列表配列番号1)、およびアンチセンスプライマーERas down (配列表配列番号2)を用い、GAPDH 遺伝子の増幅には、センスプライマーGAPDH up (配列表配列番号3)、およびアンチセンスプライマーGAPDH down(配列表配列番号4)を用いた。PCR 反応液の組成を表3に、また反応条件を表4にそれぞれ示した。
【0055】
【表3】

【0056】
【表4】

【0057】
図5にはD3 ES細胞におけるERas遺伝子の発現量に対する本発明の抗腫瘍剤の作用、図6にはERas遺伝子の遺伝子発現量の時間変化に対する本発明の抗腫瘍剤の作用、及び図7にはF9 EC細胞におけるERas遺伝子発現量に対する本発明の抗腫瘍剤の作用を示した。本発明の抗腫瘍剤がERas遺伝子の発現を抑制することが明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】本発明の抗腫瘍剤のF9 EC細胞を用いたMTSアッセイの結果を示した図である。
【図2】本発明の抗腫瘍剤のNCCIT EC細胞を用いたMTSアッセイの結果を示した図である。
【図3】本発明の抗腫瘍剤のHeLa細胞を用いたMTSアッセイの結果を示した図である。
【図4】本発明の抗腫瘍剤のHL60細胞を用いたMTSアッセイの結果を示した図である。
【図5】本発明の抗腫瘍剤のD3 ES細胞におけるERas遺伝子発現量に対する作用を示した図である。
【図6】本発明の抗腫瘍剤のD3 ES細胞におけるERas遺伝子発現量の時間変化に対する作用を示した図である。
【図7】本発明の抗腫瘍剤のF9 EC細胞におけるERas遺伝子発現量に対する作用を示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ERas遺伝子の発現抑制作用を有するテトラヒドロイソキノリン誘導体または生理学的に許容されるその塩を有効成分として含む抗腫瘍剤。
【請求項2】
テトラヒドロイソキノリン誘導体が、下記の一般式(1):
【化1】

[式中、R1a〜R13aは、同一または異なった電子吸引基、電子供与基、又は水素原子を示す。]で表される化合物である請求項1に記載の抗腫瘍剤。
【請求項3】
1a〜R13aが、それぞれ、アルキル基、アシル基、アルコキシ基、ニトロ基、ヒドロキシカルボニル基、ニトリル基、アルコキシカルボニル基、アミノカルボニル基、ハロゲン原子、及び水素原子よりなる群から選ばれる基または原子である請求項2に記載の抗腫瘍剤。
【請求項4】
テトラヒドロイソキノリン誘導体が、下記の一般式(2):
【化2】

[式中、R1b〜R12bは、同一または異なった電子吸引基、電子供与基、又は水素原子を示す。]で表される化合物である請求項1に記載の抗腫瘍剤。
【請求項5】
1b〜R12bが、それぞれ、アルキル基、アシル基、アルコキシ基、ニトロ基、ヒドロキシカルボニル基、ニトリル基、アルコキシカルボニル基、アミノカルボニル基、ハロゲン原子、及び水素原子よりなる群から選ばれる基または原子である請求項4に記載の抗腫瘍剤。
【請求項6】
テトラヒドロイソキノリン誘導体が、下記の一般式(3):
【化3】

[式中、A1及びA2は同一であってもよい低級アルキル基を示し、A3は、下記の式:
【化4】

で表される基又はニトリル基を示し、A4は、水素原子又は下記の式:
【化5】

で表される基を示し、A5は、水素原子、低級アルキル基、ハロゲン原子、ニトロ基、アセチル基、及び低級アルコキシ基からなる群から選ばれる基を示し、A6は、水素原子、低級アルキル基、アセチル基、及び低級アルコキシ基からなる群から選ばれる基を示す。]で表される化合物である請求項1に記載の抗腫瘍剤。
【請求項7】
テトラヒドロイソキノリン誘導体が、
2-(4-アセチル-フェニルアゾ)-2-(3,3-ジメチル-3,4-ジヒドロ-2H-イソキノリン-1-イリデン)-アセトアミド、
2-(3-クロロ-フェニルアゾ)-2-(3,3-ジメチル-3,4-ジヒドロ-2H-イソキノリン-1-イリデン)-アセトアミド、
2-(3,3-ジメチル-3,4-ジヒドロ-2H-イソキノリン-1-イリデン)-2-(3-メトキシ-フェニルアゾ)-アセトアミド、
2-(3,3-ジメチル-3,4-ジヒドロ-2H-イソキノリン-1-イリデン)-2-(3-ニトロ-フェニルアゾ)-アセトアミド、
2-(3,3-ジメチル-3,4-ジヒドロ-2H-イソキノリン-1-イリデン)-2-(4-メトキシ-フェニルアゾ)-アセトアミド、
2-(3,3-ジメチル-3,4-ジヒドロ-2H-イソキノリン-1-イリデン)-2-m-トリルアゾ-アセトアミド、
2-(3-アセチル-フェニルアゾ)-2-(3,3-ジメチル-3,4-ジヒドロ-2H-イソキノリン-1-イリデン)-アセトアミド、又は
2-シアノ-2-(3,3-ジメチル-3,4-ジヒドロ-2H-イソキノリン-1-イリデン)-N-p-トリル-アセトアミド
である請求項1に記載の抗腫瘍剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−36671(P2006−36671A)
【公開日】平成18年2月9日(2006.2.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−217276(P2004−217276)
【出願日】平成16年7月26日(2004.7.26)
【出願人】(000000033)旭化成株式会社 (901)
【Fターム(参考)】