説明

抗菌性ポリエステル繊維及びその製造方法

【課題】環境問題がなく染色や繰り返しの洗濯によっても抗菌性能の低下がなく優れた抗菌性能を発揮し、耐摩耗性に優れ、経時的な変色がない抗菌性ポリエステル繊維と、それを安定に製造する方法を提供する。
【解決手段】少なくとも一部が銀成分である抗菌性金属成分が担持された無機系抗菌剤を含有したポリエステル繊維であって、該ポリエステル繊維中の銀成分含有率が30〜200ppmで、亜鉛含有率が10ppm以下であり、かつ、繊維―繊維間動摩擦係数が0.20〜0.35である抗菌性ポリエステル繊維。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗菌性に優れたポリエステル繊維に関するものである。更に詳しくは、環境問題がなく優れた抗菌性を有するとともに、経時的な変色がない優れた抗菌性ポリエステル繊維、及び、紡糸安定性に優れた抗菌性ポリエステル繊維の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ポリエステル繊維は優れた力学特性、化学特性、加工性、イージーケアー性を有することから、衣料用、寝装具用、インテリア用、産業用資材用等に広く使用されている。
近年、これらの繊維用途において、快適性機能の一つとして抗菌性を付与した繊維に対する要望が高まってきている。
一般に、繊維に抗菌性を付与する方法として、芳香族ハロゲン化合物、有機シリコーン系第4アンモニウム塩、有機窒素化合物等を繊維に付着させる方法が採用されているが、これらの化合物は洗濯などにより脱落しやすいため、洗濯耐久性に問題があった。
洗濯耐久性を向上させる目的で、銀、亜鉛、銅イオンを担持させたゼオライト粒子などの無機系抗菌剤を繊維中に含有させた抗菌性ポリエステル繊維が多数知られている。
(特許文献1参照)。
無機系抗菌剤を繊維中に含有させた抗菌性ポリエステル繊維が抗菌性能を発現する機構は、繊維表面に存在する銀、亜鉛、銅イオンが溶出し細菌に作用することによると推定されている。
【0003】
ポリエステル繊維は、繊維内部から繊維表面へのイオンの移動が少ないことと、精練や染色加工時に繊維表面に存在する抗菌剤が浴中へ溶出するために、所望の抗菌性能を得るには無機系抗菌剤をあらかじめ多量に含有することで、繊維表面に抗菌剤を存在させることが必要である。
このため、無機系抗菌剤を繊維中に含有させた抗菌性ポリエステル繊維は、以下に示す課題があることが明らかになった。
製糸性・耐摩耗性において、以下のような問題がある。
一般に、繊維用途に用いられる無機系抗菌剤の製造は、ゼオライトを微粉砕して平均粒子径が10μm以下にした後、イオン交換により抗菌性を付与される。このような粒子径の大きい無機系抗菌剤を繊維に含有すると、繊維の紡糸や延伸時に糸切れが生じるばかりか、繊維のタフネスが低下したり、ポリエステル繊維表面に抗菌剤粒子径に相応する突起が多数発生する。繊維表面に多数の突起が存在すると繊維―繊維間の摩擦係数が著しく低下し、巻取時にパッケージやパーンの巻き崩れを起こし、安定した巻取が困難となることが明らかになった。更に、抗菌剤粒子径に相応する突起が繊維表面に存在すると、編織物にした際に耐磨耗性が著しく低下する欠点が生じることが明らかとなった。
【0004】
無機系抗菌剤の粒子径を小さくすれば、繊維製造時の糸切れや後加工時のトラブルが減少することが予想されるが、従来の無機系抗菌剤の平均粒子径は5μm〜2μm程度が限界であった。このために、繊維製造時の糸切れや巻取安定性課題の解消には至らず、これらの課題を回避して安定に製造するには、繊維中に含有する無機系抗菌剤の比率を少なくすることが必要であった(特許文献2参照)。
経時変色については以下のような問題がある。
無機系抗菌剤として銀イオンを用いた場合、繊維加工で使用される各種加工剤の影響や、酸素や大気中に含まれる酸性ガスと紫外線、水分などの作用により銀イオンが酸化され、繊維が経時的に黒褐色に変色するという問題がある。この現象は繊維中に含有される抗菌剤の濃度が高いほど顕著である。
銀系無機系抗菌剤を含有した繊維の変色防止対策として、メルカプト基を有しないアゾール化合物を紡糸油剤に混ぜて付与する方法(特許文献3)や、ヒンダートフェノールを含有させる方法(特許文献4)等が開示されているが、繊維中の銀濃度を高くすると、その効果が不足する問題があり、課題の解消には至っていない。
経時変色を抑制する他の方法として、無機系抗菌剤に銀イオンと等量乃至過剰の亜鉛酸化物を含有させることが知られているが、繊維製品の後加工工程で亜鉛酸化物が排水中に溶出し、後述する環境問題となる。
【0005】
環境問題については以下のような問題がある。
近年環境への配慮から染色などの繊維加工時に排出される排水への規制が厳しくなり、特に亜鉛イオンの低減が求められている。特に、銀系無機系抗菌剤は、上記経時変色抑制を目的に亜鉛酸化物が多量に配合されていることから、精練・染色加工時の浴中への溶出は避けられない。亜鉛酸化物は、抗菌性能と経時変色を防止する効果があることが知られている。従って、無機系抗菌剤を非亜鉛系とした場合には、変色防止効果が低減することから、変色を抑制するにあたっては、繊維中に含有する無機系抗菌剤の比率を少なくする必要があった。このために、抗菌性能の低下は否めない。即ち、非亜鉛系の銀系無機系抗菌剤の使用にあっては、抗菌性能発現と変色抑制とが二律背反の課題となることが明らかになった。
十分な抗菌性能を得るのに必要な程度の、高い銀イオン含有割合においても、亜鉛酸化物を含有することなく経時変色を抑制することは極めて重要な課題であった。
上記のように、抗菌性能を向上させることと、製糸性・耐摩耗性、経時変色を抑制すること、更には環境問題を解決することとは、相互に相反する課題であった。
従って、環境問題がなく、染色や繰り返しの洗濯によっても抗菌性能の低下がなく優れた抗菌性能を発揮し、耐摩耗性に優れ、経時的な変色がない抗菌性ポリエステル繊維と、それを安定に製造する方法の出現が強く求められていた。
【0006】
【特許文献1】特公昭63−054013号公報
【特許文献2】特開2004−360091号公報
【特許文献3】特許2849017号公報
【特許文献4】特開平8−325844号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、環境に優しく、染色等、優れた抗菌性能を発揮し、耐摩耗性に優れ、経時的な変色がない抗菌性ポリエステル繊維と、それを安定に製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するにあたり、銀成分を含む無機系抗菌剤の粒子径分布と含有率を特定範囲とし、両者を反映した繊維―繊維間動摩擦係数を特定範囲とすることにより、ポリエステル繊維において、環境問題を生じることなく、抗菌性の維持と、経時的な変色抑制を達成することができ、さらに、それを安定して製糸できることを見出し、発明を完成するに至った。
すなわち本発明は、以下のとおりである。
(1)少なくとも一部が銀成分である抗菌性金属成分が担持された無機系抗菌剤を含有したポリエステル繊維であって、該ポリエステル繊維中の銀成分含有率が30〜200ppmで、亜鉛含有率が10ppm以下であり、かつ、繊維―繊維間動摩擦係数が0.20〜0.35であることを特徴とする抗菌性ポリエステル繊維。
【0009】
(2)50日保持後の白度保持率が70%以上であり、SEK試験法による抗菌性が3以
上であることを特徴とする(1)に記載の抗菌性ポリエステル繊維。
(3)糸長方向のタフネス変動が、12(cN/dtex・%0.5)以下であることを特徴とする(1)又は(2)のいずれかに記載の抗菌性ポリエステル繊維。
(但し、タフネス=[強度]×[伸度]0.5であり、その最大値と最小値の差をタフネス変動とする。)
(4)単糸断面がW字状で、扁平度が2〜5であることを特徴とする(1)〜(3)のいずれかに記載の抗菌性ポリエステル繊維。
(5)ポリエステル成分が、ポリエチレンテレフタレート、ポリトリメチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレートの少なくとも1種から選ばれたポリエステルであることを特徴とする(1)〜(4)のいずれかに記載の抗菌性ポリエステル繊維。
【0010】
(6)(1)〜(5)のいずれかに記載の抗菌性ポリエステル繊維を用いることを特徴とする織編物。
(7)少なくとも一部が銀成分である抗菌性金属成分が担持された無機系抗菌剤をポリエステルに配合するにあたり、亜鉛成分が10ppm以下であり、平均粒子径が0.1〜1.0μmで、かつ、粒子径が1.2μm以上の粒子の比率が20重量%以下である無機系抗菌剤を、ポリエステル成分に対し0.5〜2重量%混合した後、繊維化することを特徴とする(1)に記載の抗菌性ポリエステル繊維の製造方法。
(8)無機系抗菌剤の含有率が5〜30重量%のマスターペレットとポリエステルペレットを溶融混合することを特徴とする(7)に記載の抗菌性ポリエステル繊維の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、亜鉛の含有率を10ppm以下と極微とすることが可能となり、環境問題がなく、染色などによっても抗菌性能の低下がなく優れた抗菌性能を発揮し、耐摩耗性に優れ、経時的な変色がない抗菌性ポリエステル繊維と、それを安定に製造する方法を提供できるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明について、以下に詳細に説明する。
本発明における無機系抗菌剤は、少なくとも一部が銀成分である抗菌性金属成分を担持された無機系抗菌剤である。銀成分を担持させる無機化合物としては、例えば以下のものがある。
すなわち活性炭、活性アルミナ、シリカゲル等の無機系吸着剤、ゼオライト、ヒドロキシアパタイト、リン酸ジルコニウム、リン酸チタン、チタン酸カリウム、含水酸化アンチモン、含水酸化ビスマス、含水酸化ジルコニウム、含水酸化チタン及びハイドロタルサイト等の無機イオン交換体がある。
特にゼオライトに銀成分を担持させた抗菌剤は、銀成分の担持性に優れており、抗菌性能の安定性及び耐久性に優れ、ポリエステルに練り込んだ際の変色が少ない利点を有しているので好ましい。
【0013】
これらの無機化合物に本発明でいう銀成分を担持させる方法には特に制限はなく、例えば物理吸着又は化学吸着により担持させる方法、イオン交換反応により担持させる方法、結合剤により担持させる方法、金属化合物を無機化合物に打ち込むことにより担持させる方法、蒸着、溶解析出反応、スパッタ等の薄膜形成法により無機化合物の表面に金属化合物の薄層を形成させることにより担持させる方法等がある。
また、ゼオライトに銀成分を担持させた抗菌剤中には、抗菌剤の凝集防止や銀イオンの過度のイオン溶出抑制を目的として、分散剤や隠蔽剤が併用されているのが好ましい。更に、抗菌剤中には変色防止安定剤として、リン酸化合物やアルカリ土類金属酸化物が配合されているのが好ましい。
【0014】
本発明では、ポリエステル繊維中の銀成分の含有率をコントロールすることが、抗菌性能を損なうことなく、経時的な変色の抑制効果を向上させる上で、特に重要であり、ポリエステル繊維中の銀成分の含有率は、30〜200ppmであることが必要である。
一般に、抗菌性を高めるために、銀成分の含有率を高めると、経時的な変色が生じやすく、抗菌性の維持と経時的な変色の抑制効果とは、二律背反の関係にある。そのため、変色防止剤として、亜鉛などの化合物を用いることとなり、その結果環境問題を生じやすい。
本発明は、この問題を解決し、亜鉛の含有率を10ppm以下という極微量としても、SEK値で3以上の抗菌性で、かつ白度保持率70%以上とすることが出来、抗菌性能を損なうことなく、経時的な変色を抑制する効果を向上させうるポリエステル繊維を見出した。
【0015】
図1に、本発明における、銀成分と抗菌性の関係、図2に銀成分と白度保持率の関係を示した。図1に示す通り、銀成分の含有率が20ppm以上で、顕著な抗菌性を示し、銀成分の含有率が30〜200ppmの範囲で、SEK法による抗菌性が3以上を示す。銀成分が50〜150ppmの比較的低濃度域において、抗菌性の特性が大きいという特徴を示す。
更に、図2に示すとおり、銀成分の含有率が多くなると白度保持率は低下傾向を示すものの、銀成分の含有率が30〜200ppmの範囲で、白度保持率は70%を維持でき、優れた経時的変色を抑制する効果を有する。
銀成分濃度が30ppm未満では、経時変色は抑制されるものの、抗菌性能の洗濯耐久性が低下する。銀成分濃度が200ppmを超えると、抗菌性能は向上するものの、経時変色が大きくなる。ポリエステル繊維に含有される好ましい銀濃度は、40〜150ppm、より好ましくは50〜130ppmである。
【0016】
本発明の抗菌性ポリエステル繊維は、亜鉛含有率が10ppm以下であることが必要である。
亜鉛含有率が10ppm以下であれば、繊維表面から抗菌剤の一部が浴中に溶出したとしても、浴中の亜鉛濃度が極めて低く、環境への影響がない。
亜鉛含有率は、好ましくは皆無である。
本発明の抗菌性ポリエステル繊維は、繊維―繊維間動摩擦係数(以下、F/F動摩擦係数という)が0.20〜0.35であることが必要である。
F/F動摩擦係数は、一般に仕上げ剤の選択等によっても変化するが、抗菌性ポリエステル繊維に含有される無機系抗菌剤が繊維表面に微少な突起を形成することの影響が大きい。即ち、無機系抗菌剤の粒径分布と含有率に強く影響を受けることが、本発明者らの検討によって初めて明らかになった。
【0017】
F/F動摩擦係数が、0.2未満では繊維表面に粒子径の大きな無機系抗菌剤が多数突起しており、抗菌性能は優れるものの、経時変色が大きく、しかも、繊維製造時に糸切れや巻き形状異常が生じ安定した製造が困難となる。F/F動摩擦係数が0.35を超えると、繊維表面に無機系抗菌剤がほとんど存在せず、繊維製造時の巻き形状は正常となり、経時変色も抑制されるが、抗菌性能が不足する。
繊維―繊維間動摩擦係数が本発明の範囲であれば、繊維製造が安定して可能となると同時に、経時変色も抑制され、しかも優れた抗菌性能が発現される。
F/F動摩擦係数は、後述するように、繊維に含有する無機系抗菌剤の平均粒子径、含有率によって設定される。好ましい繊維―繊維間動摩擦係数は、0.21〜0.30である。
【0018】
本発明の抗菌性ポリエステル繊維は、後述する白度保持試験による白度保持率が70%以上であることが好ましい。白度保持率は、高いほど経時変色が少ない。白度保持率が7
0%以上であれば、染色編織物では実用上使用可能である。白色度保持率が75%以上であれば、抗菌性ポリエステル繊維と他の繊維との交編交織された場合には、実質的に経時変色が問題になることは少ない。より好ましい白色度保持率は80%以上である。
本発明の抗菌性ポリエステル繊維は、糸長方向のタフネス変動が、12(cN/dtex・%0.5)以下であることが好ましい。但し、タフネスおよび、タフネス変動は後述する方法で測定される。
【0019】
更に、ポリエステル繊維中に粒子径が数ミクロン以上と大きい無機系抗菌剤を多量に含有した場合には、ポリエステル繊維のタフネスがその糸長方向で周期的に変動することが、本発明者らの検討で明らかになった。この理由は明らかではないが、無機系抗菌剤の完全な均一混合が困難であることから、無機系抗菌剤の含有率斑がタフネス斑を生じせしめているものと推定される。本発明では、後述する製造法に基づいて、無機系抗菌剤の粒子径の制御と、繊維への分散方法を見出したことにより、繊維の糸長方向のタフネス変動を縮小することを可能とした。糸長方向のタフネス変動は10(cN/dtex・%0.5)以下が好ましく、更に好ましくは8(cN/dtex・%0.5)以下である。
【0020】
本発明でいうポリエステルとは、ポリエチレンテレフタレート、ポリトリメチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレートなどの繊維形成性ポリエステルをいう。より、汎用的には、ポリエチレンテレフタレートが用いられる。これらのポリエステルには、ジカルボン酸成分としてイソフタル酸、ナフタレンジカルボン酸、アジピン酸などのジカルボン酸や、プロピレングリコール、ブタンジオール、シクロヘキサンー1,4−ジメタノール、ポリエチレングリコールなどのジオール成分を共重合させてもよい。また、艶消し剤、制電剤、安定剤等の添加剤を含んでいても良い。
繊維の単糸断面形状は、特に限定されないが、丸断面以外にW、Y、I、X字状などが採用される。特に単糸断面形状がW字で、扁平度(外接長方形の短辺と長辺の長さ比)が2〜5の場合は、繊維―繊維間動摩擦係数が本発明の範囲に設定することが容易であり、好ましい。更に、W字状断面のポリエステル繊維に抗菌性能に加えて毛細管現象を利用して吸水性を付与するには、単糸の扁平度が2.0〜4.0であることが好ましい。
また抗菌性能、吸水性能を安定化させるため単糸断面形状はW字状で、各凹部の開口角度が100〜150度であることが好ましい。このことにより、単糸断面形状が吸水性を有するW字状断面となり、少量の抗菌剤の含有で優れた抗菌性能を有するとともにソフトな風合を有したポリエステル繊維が得られる。
本発明の抗菌性ポリエステル繊維は、長繊維のまま編織物に使用してもよく、また、短繊維として他の繊維と混用してもよい。
【0021】
以下、本発明の抗菌性ポリエステル繊維の製造方法について説明する。
無機系抗菌剤のポリエステルへの配合方法としては、ポリエステル重合時に無機系抗菌剤をエチレングリコール等に分散して添加し、重合完了後チップ化し、溶融紡糸する方法がある。また、ポリエステルチップに無機系抗菌剤を直接練り込んで溶融紡糸する方法、マスターチップ化しポリエステルとポリエステルチップと混合した後、紡糸する方法等がある。重合時に銀成分を含む無機系抗菌剤を添加した場合、高温度に長時間保持され、ポリエステル重合に際して使用される触媒や添加剤により銀成分が変色し、ポリマー色調を悪化させることとなる。また、ポリエステルチップに無機系抗菌剤を直接練り込んで溶融紡糸する方法では無機系粒子のポリエステルへの分散が不十分であり、紡糸フィルター圧力の上昇や糸切れ等の欠点が顕在化することとなる。
【0022】
一方、マスターチップによる無機系抗菌剤の練り込み方法はマスターチップ化される段階でのポリエステルへの練り込みに加え、紡糸工程で更にポリエステルとの混練が成され、2段階でポリエステルへの無機系粒子の練り込みが行われるため、無機系粒子の微分散が他の方法に比べ優れている。また、練り込み時間が短時間であることからポリエステル
の色調変化が少なく色調が良好で均染な繊維が得られる。従って、ポリエステル繊維の物性、色調、生産性等の安定性の面から、マスターチップによる練り込み方法が最も好ましい方法といえる。
本発明で使用されるマスターチップ中の無機系抗菌剤濃度は5〜30重量%であり、好ましくは10〜20重量%である。30重量%を越えると無機系粒子の分散性が不十分であり、5重量%未満では効率が低下するため好ましくない。
【0023】
本発明では、少なくとも一部が銀成分である抗菌性金属成分が担持された無機系抗菌剤をポリエステルに配合するにあたり、該無機系抗菌剤中の亜鉛成分の含有率が10ppm以下であることが必要である。無機系抗菌剤に実質的に亜鉛成分を含有しないことにより、抗菌性ポリエステル繊維加工時における環境への亜鉛成分の排出を回避できる。
本発明の製造に用いる無機系抗菌剤は、平均粒子径が0.1〜1.0μmで、かつ、粒子径が1.2μm以上の粒子の含有率が20重量%以下であることが必要である。
無機系抗菌剤の平均粒子径は紡糸時の安定性や巻取安定性、更には、編織物の耐摩耗性を良くする目的から、平均粒子径が0.1〜1.0μmで、かつ、粒子径が1.2μm以上の含有率が20重量%以下であることが必要である。
無機系抗菌剤の平均粒子径が1.0μmを超えると、紡糸時の糸切れが増加して安定した製造が困難となる。また、ポリエステル繊維の繊維―繊維間動摩擦係数が0.20未満となり、繊維が非常に滑りやすくなるために、パッケージやパーンの巻き崩れが発生し、安定した巻取が困難となる。更には、ポリエステル繊維を編織した製品の耐摩耗性が低下し、商品性が低下する。無機系抗菌剤の平均粒子径は小さい程好ましいが、現状の技術水準では0.1μm未満とするのに多大なコストを要するので、工業的には0.1μmが限界である。
【0024】
無機系抗菌剤の平均粒子径の好ましい範囲は、0.3〜0.8μmである。
無機系抗菌剤は、平均粒子径が0.1〜1.0μmであると同時に、粒子径が1.2μm以上の粒子の含有率が20重量%以下であることが必要である。
粒子径が1.2μmを超える粒子の含有率が20重量%を超えると、上記糸切れや巻取安定性、更には耐摩耗性が低下する。1.2μmを超える粒子の含有率は、10重量%以下であることが好ましい。
無機系抗菌剤の繊維への配合量は、ポリエステル成分に対し0.5〜2重量%であることが必要である。
配合量が0.5重量%以下では、ポリエステル繊維中の銀成分含有率を30ppmとするのに、無機系抗菌剤に担持させる銀成分を多量とすることが必要となり、無機系抗菌剤自体の熱安定性や変色安定性が不良となる。
【0025】
配合量が2重量%を超えると、無機系抗菌剤の平均粒子径を小さくしても、繊維―繊維間動摩擦係数が0.2未満となり、繊維製造の安定性や磨耗性が不良となる。
好ましい配合量は、0.6〜2重量%、より好ましくは、0.7〜1.5重量%である。
本発明の抗菌性ポリエステル繊維の繊維化は、ポリエステルを溶融さえ紡糸ノズルから紡糸し固化させた後、一旦巻き取って延伸熱処理する二段階法か、一旦巻き取ることなく連続して延伸熱処理する一段階法、または高速で巻き取って繊維化する高速紡糸などが可能である。
【実施例】
【0026】
以下に本発明を実施例により説明するが、本発明はこれら実施例により何ら限定されるものではない。なお、本発明で用いられる特性値の測定法を以下に示す。
(1)扁平度
扁平度は、次式にて繊維の単糸横断面における外接長方形の長辺Aと短辺Bの比にて求
めた。
扁平度=長辺A/短辺B
(2)繊維―繊維間動摩擦係数
690mの繊維を円筒の周りに、綾角15度で約15gの張力を掛けて巻き付け、上述と同じ繊維30.5cmの繊維を巻き付けた円筒に掛けた。この時、この繊維は円筒の軸と垂直方向となるように掛けた。そして、円筒上に掛けた繊維の総デニールの0.04倍になる加重(g)を有する重りを円筒に掛けた繊維の片方の端に結び、他方の端にはストレインゲージを連結させた。次にこの円筒を18m/分の周速度で回転させ、張力をストレインゲージで測定する。こうして測定した張力から繊維−繊維間動摩擦係数fを次式より求めた。
f=1/π×ln(T2/T1)
ここで、T1は繊維に掛けた重りの重さ(g)、T2は少なくとも25回測定したときの平均張力(g)、lnは自然対数、πは円周率を示す。なお、測定は25℃で行った。
【0027】
(3)抗菌性評価
繊維製品衛生加工評議会(SEK)の統一試験法に準じて行った。滅菌後クリーンベンチ内で乾燥した検体(約18mmの正方形の試験片0.4g)に、予め高圧蒸気減滅菌し氷冷した1/20濃度のニュートリエントブロスで、生菌数を1±0.3×10個/mlに調整した試験菌懸濁液0.2mlを検体全体に均一に浸みるように接種し、滅菌したキャップを締め付ける。これを37±1℃で18時間培養し、培養後の生菌数を測定した。検体は、標準布(抗菌防臭加工製品の加工効果評価試験マニュアルに規定された布)と加工布の2種類であり、試験菌としては、黄色ブドウ状球菌(Staphylococcus aureus ATCC 6538P)を用い、下記の方法で抗菌性の指標である静菌活性値を算出した。
静菌活性値:LogB−LogC
但し、試験成立条件(LogB−LogA)>1.5を満たすものとする
A:標準布の接種直後に回収した菌数平均値
B:標準布の18時間培養後の菌数平均値
C:試験布の18時間培養後の菌数平均値
静菌活性値が2.2以上のものを抗菌性ありと判断した。
【0028】
(4)耐摩耗性
JIS−L−1096マーチンデ−ル摩耗法において、衣料用押し圧荷重で、摩耗布はそ毛布を用い10000回摩耗したときの減耗の程度を5段階で評価した。5級では減耗が少なく耐摩耗性に優れており、1級では耐摩耗性に劣ることを示す。通常は3級以上であれば、実用上使用可能である。
(5)白度及び白度保持率
布帛を下記条件にて精練、乾燥後、温度が24〜28℃、湿度が40〜50%RHの環境室内で測定した。精練・乾燥直後と、布帛を直射日光が当たらない南側の窓際に置き50日間置いたときの白色度を分光測色計(Gretagmacbeth社製、形式Color−Eye7000A)を使用し、Lab表色系より白色度を測定した。白色度は数値が高いほど白度が高い。
50日間置いた後の白色度を精練・乾燥直後の白度で除した値に100を掛けた値を白度保持率とした。
精練条件
界面活性剤:スコアロールFC−250(北広ケミカル社製)2g/リットル
炭酸ナトリウム: 1g/リットル
浴 比: 1:50
処理温度、時間: 80℃、20分
処理完了後、湯洗、水洗を行い、脱水、乾燥した。
本試験で、白度保持率が高いほど経時変色が少ないことを意味する。白度保持率が70%以上であれば合格である。
【0029】
(6)タフネス変動 (単位:cN/dtex・%0.5
JIS−L−1013に基づいて、糸長方向に約0.5mごとに強度と伸度を50回測定し、下記の式によりタフネスを算出し、その最大値と最小値の差をタフネス変動とした。
タフネス=[強度]×[伸度]0.5
(7)粒径分布
使用する無機系抗菌剤の粒径分布を、堀場製作所(株)製レーザ回折/散乱式粒度分布測定装置LA−920により測定した。
測定結果は、測定装置に内臓されたコンピューターにより粒子径分布が算出され、粒子径と存在比率(容積)分布頻度のヒストグラム及び平均粒子径が表示される。この表示から平均粒子径を読み取る。また、ヒストグラムから粒子径が1.2μmを超える粒子の比率(容積)を読み取った。
【0030】
(8)巻取安定性
1錘8エンドの巻取で、巻き重量6kgの巻取パッケージを各条件について40個採取し、この巻取パッケージの巻き崩れの有無とパッケージ側面の糸落ち欠点の有無を3段階で評価した。
◎;巻き崩れも側面の糸落ち欠点もなく良好
○;巻き崩れはないが、微少な糸落ちあり。
×;巻き崩れ、もしくは、著しい糸落ち欠点あり。
(9)総合評価
◎ ; 製糸性、抗菌性、耐摩耗性、経時変色、亜鉛成分溶出量の全てが良好。
○ ; 製糸性、抗菌性、耐摩耗性、経時変色、亜鉛成分溶出量の全てがほぼ良好
× ; 製糸性、抗菌性、耐摩耗性、経時変色、亜鉛成分溶出量のいずれかが不
良。
【0031】
[実施例1〜4、比較例1〜2]
酸化チタン0.4重量%含有し、固有粘度 [η] が0.60(オルソクロロフェノール中、1重量%で測定)のポリエチレンテレフタレートと、無機系抗菌剤Aとして、ゼオライトに銀成分を0.90重量%担持させ、平均粒子0.5μm、粒子径が1.2μm以上の粒子の比率が2重量%、亜鉛含有率が1ppm以下で、変色防止安定剤としてMgO、P2O3、TiO2を含有した抗菌性ゼオライト(富士ケミカル製;商品名FK−68)を20重量%含有したマスターペレットを、それぞれ個別に連続乾燥を行い、チップ水分率を50%以下とした後粉体計量混合機(松井製作所製:ジェットカラー)にて無機系抗菌剤が表1の含有率(重量%)となるように混合し、バリアタイプスクリュー(Maddock型)が挿入された押し出し機に供給した。一定比率で混合されたチップは押し出し機で溶融されたのちケニックス社製スタティックミキサーが10エレメント設置されたポリマー配管を通過し、濾過層を有した紡糸パックに導入する。
【0032】
無機系抗菌剤を含有した上記ポリマーは、W型に穿孔された、紡糸孔30個を有する紡糸ノズルより紡糸温度(スピンヘッド温度)290℃で押出し、冷却風により冷却固化した後、引取り速度2000m/分で回転する第1延伸ロールに巻き取った後、該延伸ロールで100℃にフィラメントを加熱し、130℃の第2延伸ロール間で延伸熱セットを行い、伸度が30〜40%となるように延伸を行い、単糸断面形状がW字状断面を有した84デシテックス/30フィラメントの延伸糸を得た。巻取は、帝人製機(株)製AW−909を用いて巻き取った。
得られたポリエステル繊維の単糸断面は、凹部内側の開口角度130度、扁平率3.3
であった。
【0033】
次に得られた無機系抗菌剤含有各原糸を、22ゲージ、20インチの編機にて、通常の編成条件にてスムース編地を調製した。この編地の目付は98g/mであった。
この編地を80℃にて精練を行い、190℃でプレセットを行い、下記の染色条件で染色した。尚、染料濃度、ポリエステル樹脂濃度はポリエステル繊維重量に対する濃度とした。
染色条件
染料:ニッカブライト 8720−V01S 1.0%omf
(日化社製)
助剤:ニッカサンソルト RM−340(日華化学(株)製)
0.5g/リットル

酢酸: 0.5cc/リットル
酢酸ナトリウム: 1g/リットル
水溶性ポリエステル樹脂:SR−1000(高松油脂社製) 3%omf
(固型分0.3%)
(180℃の減量率:0.4%、カルボキシル基量:15モル/t)
浴 比 : 1:25
染色温度、時間: 130℃、30分
染色完了後、湯洗、水洗を行い、脱水、乾燥後、160℃にて1分間の乾熱セットで仕上げた。
仕上げた混用染色品の抗菌性、耐摩耗性、経時による白度変化の評価結果を表1に示す。
比較例1は無機系抗菌剤の含有率が少なく、抗菌性が乏しかった。比較例2は無機系抗菌剤の含有率が過多のため、F/F動摩擦係数が本発明外となり、製糸性が不良で白度保持率も不良であった。
【0034】
[比較例3〜6]
実施例1〜3と同様にして、比較例3、4には、無機系抗菌剤Bとして、ゼオライトに銀成分を0.6重量%、変色防止剤として亜鉛成分を3.0重量%担持させ、平均粒子0.5μm、粒子径が1.2μm以上の粒子の比率が7重量%含有率が1ppm以下である抗菌性ゼオライト(富士ケミカル製;商品名FC−66)を20重量%含有したマスターペレット用い、繊維中の銀イオン濃度が表2に示すように繊維に含有させた。
一方、比較例5、6は、無機系抗菌剤Cとして、ゼオライトに銀成分を0.45重量%、亜鉛成分を19重量%担持させ、平均粒子2.0μm、粒子径が1.2μm以上の粒子の比率が72重量%を含有した抗菌性ゼオライト(富士ケミカル製;商品名FK−43)を10重量%含有したマスターペレットを用い、繊維中の銀イオン濃度が表2に示すように繊維に含有させた。
製糸性と、仕上げた混用染色品の抗菌性、耐摩耗性、経時による白度変化の評価結果を表2に示す。
無機系抗菌剤Bを使用した比較例3、4は、製糸性、抗菌性、耐摩耗性、経時による白度変化は良好であったが、精練・染色時に亜鉛成分が染色液中に溶出した。
無機系抗菌剤Cを使用した比較例5は、製糸性や、抗菌性能と耐摩耗性が不良であった。比較例6は、抗菌性能は良好であったが、製糸性、耐摩耗性が不良であった。
【0035】
【表1】

【0036】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明は、環境問題がなく優れた抗菌性を有するとともに、経時的な変色がない優れた抗菌性ポリエステル繊維、及び、紡糸安定性に優れた抗菌性ポリエステル繊維の製造方法に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】本発明における、銀成分と抗菌性の関係を示す。
【図2】本発明における、銀成分と白度保持率の関係を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも一部が銀成分である抗菌性金属成分が担持された無機系抗菌剤を含有したポリエステル繊維であって、該ポリエステル繊維中の銀成分含有率が30〜200ppmで、亜鉛含有率が10ppm以下であり、かつ、繊維―繊維間動摩擦係数が0.20〜0.35であることを特徴とする抗菌性ポリエステル繊維。
【請求項2】
50日保持後の白度保持率が70%以上であり、SEK試験法による抗菌性が3以上であることを特徴とする請求項1に記載の抗菌性ポリエステル繊維。
【請求項3】
糸長方向のタフネス変動が、12(cN/dtex・%0.5)以下であることを特徴とする請求項1又は2のいずれかに記載の抗菌性ポリエステル繊維。
(但し、タフネス=[強度]×[伸度]0.5であり、その最大値と最小値の差をタフネス変動とする。)
【請求項4】
単糸断面がW字状で、扁平度が2〜5であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の抗菌性ポリエステル繊維。
【請求項5】
ポリエステル成分が、ポリエチレンテレフタレート、ポリトリメチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレートの少なくとも1種から選ばれたポリエステルであることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の抗菌性ポリエステル繊維。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の抗菌性ポリエステル繊維を用いることを特徴とする織編物。
【請求項7】
少なくとも一部が銀成分である抗菌性金属成分が担持された無機系抗菌剤をポリエステルに配合するにあたり、亜鉛成分が10ppm以下であり、平均粒子径が0.1〜1.0μmで、かつ、粒子径が1.2μm以上の粒子の比率が20重量%以下である無機系抗菌剤を、ポリエステル成分に対し0.5〜2重量%混合した後、繊維化することを特徴とする請求項1に記載の抗菌性ポリエステル繊維の製造方法。
【請求項8】
無機系抗菌剤の含有率が5〜30重量%のマスターペレットとポリエステルペレットを溶融混合することを特徴とする請求項7に記載の抗菌性ポリエステル繊維の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−108435(P2009−108435A)
【公開日】平成21年5月21日(2009.5.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−281150(P2007−281150)
【出願日】平成19年10月30日(2007.10.30)
【出願人】(303046303)旭化成せんい株式会社 (548)
【Fターム(参考)】