説明

抗菌性物質、防カビ剤、食品保存料、酵母エキス、殺菌剤、カビ及び/又は酵母の増殖を阻害する方法、酵母及び/又は細菌の生育を阻害する方法

【課題】抗菌性物質、防カビ剤、食品保存料、酵母エキス、殺菌剤、カビ及び/又は酵母の増殖を阻害する方法、酵母及び/又は細菌の生育を阻害する方法の提供。
【解決手段】一般式(1)で表される抗菌性物質(式中、Rは炭素数0〜3のアルキル基であり、Rは炭素数3〜9のアルキル基であり、nは0又は1である);キャンディダ(Candida)属菌、サッカロマイセス(Saccharomyces)属菌、ピキア(Pichia)属菌、ロドトルラ(Rhodotorula)属菌、クラビスポラ(Clavispora)属菌、及びトルラスポラ(Torulaspora)属菌からなる群より選ばれる1の酵母が産生する揮発性の抗菌性物質;該抗菌性物質を含有する防カビ剤及び食品保存料;該抗菌性物質又は該酵母を用いるカビ及び/又は酵母の増殖を阻害する方法。
[化1]

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な抗菌性物質、該抗菌性物質を含有する防カビ剤、食品保存料、酵母エキス、殺菌剤、該抗菌性物質を用いる、カビ及び/又は酵母の増殖を阻害する方法、及び酵母及び/又は細菌の生育を阻害する方法に関する。また、本発明は、キャンディダ(Candida)属菌、サッカロマイセス(Saccharomyces)属菌、ピキア(Pichia)属菌、ロドトルラ(Rhodotorula)属菌、クラビスポラ(Clavispora)属菌、及びトルラスポラ(Torulaspora)属菌からなる群より選ばれる1の酵母が産生する、揮発性の抗菌性物質、該抗菌性物質を含有する防カビ剤、食品保存料、酵母エキス、殺菌剤、該抗菌性物質又は該酵母を用いる、カビ及び/又は酵母の増殖を阻害する方法、及び酵母及び/又は細菌の生育を阻害する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
微生物による腐敗や変敗を防止し、食品の保存性を高めるため、様々な抗菌性物質が、食品保存料として用いられている。食品の保存性を向上させることにより、流通過程における食品の腐敗等が効率的に防止されるため、製造コストの改善が期待でき、また、食品の安全性上も好ましい。このため、優れた抗菌性物質の開発が望まれている。ここで、抗菌性物質は、主に、化学合成物質と、微生物等から得られた天然由来の物質とに分類できるが、食品保存料として用いる場合には、安全性の点から、天然由来の物質であることが好ましい。
【0003】
近年、天然由来の抗菌性物質として、ナイシン等の、乳酸菌由来の様々な種類のバクテリオシンが知られている(例えば、非特許文献1参照。)。バクテリオシンは、通常、ペプチド若しくはタンパク質であり、消化酵素等により容易に分解されるため、非常に安全性が高い。また、主にグラム陽性菌に対し優れた抗菌活性を有することが知られている。
【0004】
その他、グラム陽性菌とグラム陰性菌の両方に対し優れた抗菌活性を有する抗菌性物質を含む食品保存料の製造方法として、例えば、(1)酵母の増殖に必要な栄養素、無機塩類と炭素源としてグルコースを含む培地で酵母を定常期に達するまで増殖させた後、酵母を除去した培地に必要ならば炭素源を加え、再び定常期に達するまで増殖させる繰り返し培養を2回以上行って得られた水溶液であることを特徴とする酵母が産生する抗菌性物質を含む食品保存料の製造方法が開示されている(例えば、特許文献1参照。)。
また、天然由来の抗菌性物質として、カビ由来の揮発性抗菌物質も開示されている(例えば、非特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第2545739号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】園元ら、食品と開発、41巻3号、p73〜75、2006年
【非特許文献2】Strobelら、Microbiology、147号、p2943〜2950、2001年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
グラム陽性菌等のバクテリア(細菌)のみならず、カビや酵母等の真菌も、食品の腐敗等を引き起こす。特にカビは、多くの食品の腐敗の主要な要因であることから、カビの増殖を抑制することができる抗真菌活性を有する物質を、食品保存料や抗菌剤として使用できることが好ましい。
また、空気中には種々のカビ胞子が浮遊しているため、カビ胞子の付着を完全に防ぐことは困難である。そこで、特に食品では、製造段階又は食品開封後の、食品へのカビ胞子の付着を防ぐことと同時に、喫食時点まで、付着したカビ胞子の発芽を抑制できることが好ましい。
しかしながら、ナイシン等のバクテリオシンは、一般にグラム陽性菌にのみ抗菌活性を示し、カビや酵母等の真菌の増殖を抑制することができないという問題がある。また、上記(1)の方法で得られる食品保存料は、酵母由来の抗菌性物質であるため、食品に対し安全に使用することができ、また、耐熱性も有しているが、特許文献1には、カビに対する抗菌活性については一切記載がない。
一方、非特許文献2に開示された抗菌性物質は、カビ由来であるため、食品に対して安全に使用することができるかどうかは定かではない。また、上記のように胞子の発芽を抑制することは食品等の分野において非常に重要であるにも関わらず、非特許文献2には、菌糸の成長を阻害するとの記載はあるが、胞子の発芽を阻害するかどうかについては一切記載がない。
【0008】
本発明は、安全であり、且つ、中性においてカビや酵母等の真菌の胞子の発芽及び増殖や、酵母や細菌の生育を抑制することのできる、新規な抗菌性物質を提供することを目的とする。
また、本発明は、該抗菌性物質を含有する防カビ剤、食品保存料、酵母エキス及び殺菌剤、並びに、該抗菌性物質又は該抗菌性物質を産生する微生物を用いるカビ及び/又は酵母の増殖を阻害する方法及び酵母及び/又は細菌の生育を阻害する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、食品由来の微生物が産生する抗真菌性物質であれば、食品保存料としても安全に用いることができると考え、様々な種類のチーズから分離した微生物の中から、pH7.0において、アスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger)又はリゾパス・ストロニファー(Rhizopus stolonifer)の増殖を抑制することのできる抗真菌活性を有する微生物を見出し、さらに、該微生物が産生する抗真菌性物質、及び、同様の抗真菌活性を有する該抗真菌性物質の類縁体を見出すことにより、本発明を完成させた。
さらに、本発明者らは、該抗真菌性物質が、抗真菌活性のみならず、酵母や細菌の生育を阻害する抗菌活性を有することを見出し、本発明を完成させた。
【0010】
すなわち、本発明の第一の態様は、下記(1)〜(4)の特徴を有する抗菌性物質である。
(1)下記一般式(1)で表される抗菌性物質。
【0011】
【化1】

[式中、Rは炭素数0〜3のアルキル基であり、Rは炭素数3〜9のアルキル基であり、nは0又は1である。]
【0012】
(2)前記一般式(1)において、Rが炭素数7〜9のアルキル基である前記(1)の抗菌性物質。
(3)前記抗菌性物質が、酢酸n−オクチル、2−ノナノン、2−デカノン、又は2−ウンデカノンである前記(2)の抗菌性物質。
(4)前記抗菌性物質が、揮発により胞子の発芽を阻害する前記(1)〜(3)のいずれかの抗菌性物質。
(5)前記抗菌性物質が、揮発により酵母及び/又は細菌の生育を阻害する(1)〜(3)のいずれかの抗菌性物質。
本発明の第二〜第七の態様は、それぞれ、下記(6)〜(11)の特徴を有する防カビ剤、食品保存料、酵母エキス、殺菌剤、カビ及び/又は酵母の増殖を阻害する方法、酵母及び/又は細菌の生育を阻害する方法である。
(6)前記(1)〜(5)のいずれかの抗菌性物質を含有する防カビ剤。
(7)前記(1)〜(5)のいずれかの抗菌性物質を含有する食品保存料。
(8)前記(1)〜(5)のいずれかの抗菌性物質を含有する酵母エキス。
(9)前記(1)〜(5)のいずれかの抗菌性物質を含有する殺菌剤。
(10)前記(1)〜(5)のいずれかの抗菌性物質を用いることを特徴とする、カビ及び/又は酵母の増殖を阻害する方法。
(11)前記(1)〜(5)のいずれかの抗菌性物質を用いることを特徴とする、酵母及び/又は細菌の生育を阻害する方法。
本発明の第八の態様は、下記(12)〜(19)の特徴を有する抗菌性物質である。
(12)キャンディダ(Candida)属菌、サッカロマイセス(Saccharomyces)属菌、ピキア(Pichia)属菌、ロドトルラ(Rhodotorula)属菌、クラビスポラ(Clavispora)属菌、及びトルラスポラ(Torulaspora)属菌からなる群より選ばれる1の酵母が産生する、揮発性の抗菌性物質。
(13)前記抗菌性物質が、酢酸イソアミルである前記(12)の抗菌性物質。
(14)前記キャンディダ属菌が、キャンディダ・マルトーサ(Candida maltosa)、キャンディダ・トロピカリス(Candida tropicalis)、又はキャンディダ・シュードインターメディア(Candida pseudintermedia)である前記(12)又は(13)の抗菌性物質。
(15)前記キャンディダ属菌が、キャンディダ・マルトーサO9−NP9(受託番号 NITE BP−297)、キャンディダ・マルトーサIAM12247、キャンディダ・マルトーサIAM12248、キャンディダ・トロピカリスIAM4965、又はキャンディダ・シュードインターメディアIAM12510である前記(12)又は(13)の抗菌性物質。
(16)前記サッカロマイセス属菌がサッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)であり、前記ピキア属菌がピキア・フェルメンタス(Pichia fermentans)であり、前記ロドトルラ属菌がロドトルラ・アクタ(Rhodotorula acuta)であり、前記クラビスポラ属菌がクラビスポラ・ルシタニエ(Clavispora lusitaniae)であり、前記トルラスポラ属菌がトルラスポラ・デルブレッキー(Torulaspora delbrueckii)である前記(12)又は(13)の抗菌性物質。
(17)前記ピキア属菌がピキア・フェルメンタスJCM1824であり、前記ロドトルラ属菌がロドトルラ・アクタJCM9494であり、前記サッカロマイセス属菌がサッカロマイセス・セレビシエH−1(受託番号 NITE BP−473)であり、前記クラビスポラ属菌がクラビスポラ・スピーシーズP−5(Clavispora sp. P−5、受託番号 NITE BP−474)又はクラビスポラ・ルシタニエNBRC10059であり、前記トルラスポラ属菌がトルラスポラ・デルブルッキーNBRC0955である前記(12)又は(13)の抗菌性物質。
(18)前記抗菌性物質が、揮発により胞子の発芽を阻害する(12)〜(17)のいずれかの抗菌性物質。
(19)前記抗菌性物質が、揮発により酵母及び/又は細菌の生育を阻害することを特徴とする(12)〜(17)のいずれかの抗菌性物質。
さらに、本発明の第九〜第十四の態様は、それぞれ、下記(20)〜(27)の特徴を有する防カビ剤、食品保存料、酵母エキス、殺菌剤、カビ及び/又は酵母の増殖を阻害する方法、及び酵母及び/又は細菌の生育を阻害する方法である。
(20)前記(12)〜(19)のいずれかの抗菌性物質を含有する防カビ剤。
(21)前記(12)〜(19)のいずれかの抗菌性物質を含有する食品保存料。
(22)前記(12)〜(19)のいずれかの抗菌性物質を含有する酵母エキス。
(23)前記(12)〜(19)のいずれかの抗菌性物質を含有する殺菌剤。
(24)前記(12)〜(19)のいずれかの抗菌性物質を用いることを特徴とする、カビ及び/又は酵母の増殖を阻害する方法。
(25)前記(12)〜(19)のいずれかの抗菌性物質を用いることを特徴とする、酵母及び/又は細菌の生育を阻害する方法。
(26)前記(12)〜(19)のいずれかの抗菌性物質を産生する酵母を用いることを特徴とする、カビ及び/又は酵母の増殖を阻害する方法。
(27)前記(12)〜(19)のいずれかの抗菌性物質を産生する酵母を用いることを特徴とする、酵母及び/又は細菌の生育を阻害する方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明の第一の態様及び第八の態様の抗菌性物質は、効果的にカビや酵母等の真菌の胞子の発芽及び増殖を抑制することができる。
本発明の第一の態様及び第八の態様の抗菌性物質により、胞子の発芽を阻害することで、食品等の保存期間を安全に延長することができるため、製造コストの改善も期待される。また、本発明の第一の態様及び第八の態様の抗菌性物質は、揮発によりカビや酵母等の真菌の活性を抑制するため、様々な用途に用いることができる。
また、本発明の第一の態様及び第八の態様の抗菌性物質により、酵母や細菌の生育を阻害することで、食品等の保存期間を安全に延長することができるため、製造コストの改善も期待される。また、本発明の第一の態様及び第八の態様の抗菌性物質は、揮発により酵母や真菌等の菌類の生育を抑制するため、様々な用途に用いることができる。
さらに、本発明の第六の態様及び第十二の態様のカビ及び/又は酵母の増殖を阻害する方法により、安全かつ簡便に、カビや酵母等の真菌の増殖を抑制することができる。
本発明の第七の態様及び第十三の態様の酵母及び/又は細菌の生育を阻害する方法により、安全且つ簡便に、酵母や細菌の生育を阻害することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】実施例2において、O9−NP9株培養シャーレ由来の気相サンプルを、ガスクロマトグラフ(GC)法により分析した結果を示した図である。
【図2】実施例3において、O9−NP9株培養シャーレ由来の気相サンプルを、ガスクロマトグラフ(GC)法により分析した結果を示した図である。
【図3】実施例2において、O9−NP9株培養シャーレ由来の気相サンプルを、ガスクロマトグラフ(GC)法により分画して得られたリテンションタイム4.48分のピークを、質量分析(MS)法により分析した結果を示した図である。
【図4】実施例2において、O9−NP9株培養シャーレ由来の気相サンプルを、ガスクロマトグラフ(GC)法により分画して得られたリテンションタイム7.46分のピークを、質量分析(MS)法により分析した結果を示した図である。
【図5】実施例2において、O9−NP9株培養シャーレ由来の気相サンプルを、ガスクロマトグラフ(GC)法により分画して得られたリテンションタイム29.32分のピークを、質量分析(MS)法により分析した結果を示した図である。
【図6】実施例5における、酢酸イソアミル及び酢酸イソアミルの酸側構造の類縁体の胞子発芽阻害最小添加量(MID)と、酢酸イソアミル及び酢酸イソアミルの酸側構造の類縁体の揮発量と、酢酸イソアミル及び酢酸イソアミルの酸側構造の類縁体のアルキル基(R)の長さとを示した図である。
【図7】実施例5における、酢酸イソアミル及び酢酸イソアミルのアルコール側構造の類縁体(酢酸エステル類)の胞子発芽阻害最小添加量(MID)と、酢酸イソアミル及び酢酸イソアミルのアルコール側構造の類縁体(酢酸エステル類)の揮発量と、酢酸イソアミル及び酢酸イソアミルのアルコール側構造の類縁体(酢酸エステル類)のアルキル基(R)の長さとを示した図である。
【図8】実施例5における、酢酸イソアミル類縁体(2−ケトン類)の胞子発芽阻害最小添加量(MID)と、酢酸イソアミル類縁体(2−ケトン類)の揮発量と、酢酸イソアミル類縁体(2−ケトン類)のアルキル基(R)の長さとを示した図である。
【図9】実施例7における、(a)酢酸イソアミルに曝露せずに培養したアスペルギルス・ニガー胞子、(b)酢酸イソアミルに曝露した状態で培養したアスペルギルス・ニガー胞子、(c)酢酸イソアミルに曝露した後、酢酸イソアミルを除去して培養したアスペルギルス・ニガー胞子の、培養開始から0時間後、5時間後、7時間後、及び48時間後の電子顕微鏡写真である。
【図10】実施例8における、エスケリキア・コリ又はサッカロマイセス・セレビシエの、(a)培養開始時点、(b)48時間通常培養を行った後、及び(c)酢酸イソアミルに曝露した状態で48時間培養を行った後の、電子顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明における抗真菌活性とは、カビや酵母等の真菌の増殖を抑制する活性のうち、胞子の発芽を阻害する活性を意味する。胞子の発芽を阻害することにより、効果的にカビ等の発生及び増殖を防止することができる。
本発明における抗菌活性とは、上記抗真菌活性と、酵母等の真菌や、細菌の生育を阻害し、殺菌する活性との両方を意味する。
【0016】
本発明の第八の態様の抗菌性物質は、食品から得られた微生物が産生するものであって、pH7.0において、抗真菌活性及び抗菌活性を有するものである。このような抗菌性物質であれば、食品等に安全に使用することができ、かつ、中性の食品等に対しても効果を発揮することができるためである。
【0017】
本発明の抗菌性物質を産生する微生物は、例えば、各種の食品から分離した微生物の中から、pH7.0において、カビ等の増殖を抑制することができる抗菌活性を有する菌株を選択することにより得ることができる。pH7.0において抗真菌活性及び抗菌活性を有する菌株は、本発明の抗菌性物質を産生していると考えられるためである。以下、本発明の第一の態様及び第八の態様の抗菌性物質、及び該第八の態様の抗菌性物質を産生する微生物を得る方法を、さらに詳細に説明する。
【0018】
1.抗真菌性物質を産生する微生物の取得
本発明者らは、抗真菌性物質を産生する微生物を食品中から取得するにあたり、良好な発酵食品の一つであるチーズに着目し、常法により、14種類の市販されているチーズから微生物を分離したところ、カスピアンチーズ(イラン製)由来のO−9菌群中に、アスペルギルス・ニガー等の増殖を抑制する抗真菌性物質を産生する菌が存在していることを見出した。そして、アスペルギルス・ニガーを用いた抗真菌活性の測定の結果、O−9菌群には、pH7.0において抗真菌活性を有する菌、すなわち、本発明の抗真菌性物質を産生する菌が存在していることがわかった。
O−9菌群から単離された、本発明の抗真菌性物質を産生する菌として、キャンディダ・マルトーサO9−NP9株(受託番号 NITE BP−297)、及びクラビスポラ・スピーシーズP−5株(受託番号 NITE BP−474)が同定された。また、上記と同様にして、別のロットのカスピアンチーズから、本発明の抗真菌性物質を産生する菌として、サッカロマイセス・セレビシエH−1株(受託番号 NITE BP−473)が同定された。上記菌株は、独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに寄託された。上記菌株の遺伝学的性質及び菌学的性質は、特開2008−239604号公報に開示された通りである。
【0019】
2.抗真菌性物質の形体の検討
上記1で得られた菌の産生する抗真菌性物質の形体を、キャンディダ・マルトーサO9−NP9株を用いて、後記実施例1に記載の方法により検討した。
この結果、コントロールでは、アスペルギルス・ニガーの増殖が観察されたが、O9−NP9株の気相と接していたサンプルでは、アスペルギルス・ニガーの胞子の発芽及び増殖は観察されなかった。したがって、O9−NP9株の産生する抗真菌性物質は、該O9−NP9株と真菌とが気相を介して接触した際に抗真菌活性を有するものであり、揮発性の抗真菌性物質であることが明らかである。
【0020】
3.抗真菌性物質候補の同定
上記2において揮発性の抗真菌性物質を産生することが判明したO9−NP9株を用いて、後記実施例2及び実施例3に記載の方法により、O9−NP9株の産生する揮発性物質を同定した。
この結果、O9−NP9株が産生する抗真菌性物質候補として、酢酸イソアミル、イソアミルアルコール、フェネチルアルコール、及びn−ペンタノールが同定された。
【0021】
4.抗真菌性物質候補の抗真菌活性の測定
上記3で得られた抗真菌性物質候補の抗真菌活性を、後記実施例4に記載の方法により検討した。
この結果から、少なくとも標準品の酢酸イソアミルは、マイクロカップに添加した20μLが全て揮発した際に、抗真菌活性を有することが分かった。
【0022】
5.酢酸イソアミル類縁体の抗真菌活性の測定
酢酸イソアミル類縁体が、酢酸イソアミルと同様の抗真菌活性を有するかどうかを、後記実施例5に記載の方法により検討した。
図6〜8は、酢酸イソアミル及び/又は酢酸イソアミル類縁体の、胞子発芽阻止最小添加量と、該最小添加量における揮発量と、ケト基又はエステルに結合したアルキル基の長さとを示した図である。図6は、酢酸イソアミルの酸側構造の類縁体、図7は、酢酸イソアミルのアルコール側構造の類縁体(酢酸エステル類)、図8は、酢酸イソアミル類縁体(2−ケトン類)の結果を示す。
図6〜8及び後記実施例5に示すように、酢酸イソアミルのみならず、酢酸イソアミルの類縁体である、蟻酸イソアミル、プロピオン酸イソアミル、n−酪酸イソアミル、酢酸n−プロピル、酢酸イソブチル、酢酸n−ブチル、酢酸2−メチルブチル、酢酸n−ペンチル、酢酸n−ヘキシル、酢酸n−ヘプチル、酢酸n−オクチル、2−ペンタノン、2−ヘキサノン、5−メチル−2−ヘキサノン、2−ヘプタノン、2−オクタノン、2−ノナノン、2−デカノン、及び2−ウンデカノンが、本発明の抗真菌活性を有することが明らかである。また、酢酸n−オクチル、2−ノナノン、2−デカノン、及び2−ウンデカノンは、添加量が少なく、揮発量が少ない場合にも真菌の胞子の発芽及び増殖を阻害するため、本発明の抗真菌活性が高いことが明らかである。
また、これら本発明の抗真菌活性を有する酢酸イソアミル及び酢酸イソアミル類縁体の構造から、下記一般式(1)で表される化合物が、本発明の抗真菌活性を有することが分かった。
【0023】
【化2】

[式中、Rは炭素数0〜3のアルキル基であり、Rは炭素数3〜9のアルキル基であり、nは0又は1である。]
【0024】
6.種々の真菌及び細菌に対する抗菌性の検討
酢酸イソアミルが、アスペルギルス・ニガーと同様に、他の真菌や細菌に対して抗菌活性を有するかどうかを、後記実施例6〜8に記載の方法により検討した。
その結果、酢酸イソアミルは、検討に用いたアスペルギルス・ニガーを含む糸状菌(カビ)15種、酵母5種、グラム陽性細菌7種、及びグラム陰性細菌2種の全てに対して、抗菌活性を有することが分かった。
【0025】
また、酢酸イソアミルが各種菌類に与える影響を検討すべく、酢酸イソアミルに曝露したアスペルギルス・ニガー、エスケリキア・コリ(Escherichia coli)及びサッカロマイセス・セレビシエの形態を観察した。
その結果、アスペルギルス・ニガーでは、酢酸イソアミルに曝露下において胞子の発芽が阻害されるものの、酢酸イソアミルを除去すると胞子が発芽することから、酢酸イソアミルは胞子自体を死滅させる殺菌効果ではなく、胞子の発芽のみを阻害する静菌効果を有することが分かった。一方、エスケリキア・コリ及びサッカロマイセス・セレビシエでは、酢酸イソアミルにより細胞内構造の変化や崩壊が認められたことから、酢酸イソアミルはこれらの菌に対して細胞を死滅させる殺菌効果を有することが分かった。
さらに、蛍光ディファレンスゲル二次元電気泳動(2D−DIGE)を用いて、通常培養のエスケリキア・コリと、酢酸イソアミルに曝露したエスケリキア・コリとのタンパク質発現量解析を行ったところ、分子量20kDa以上、且つ、酸性の領域に多くのタンパク質スポットが検出され、それらタンパク質スポットの中には、通常培養と酢酸イソアミル曝露とで発現量の異なるタンパク質スポットが複数観察された。
【0026】
本発明の第一の態様の抗菌性物質は、上記一般式(1)で表される抗菌性物質であって、胞子の発芽を阻害し、且つ、酵母や細菌の生育を阻害し、殺菌する抗菌性物質である。
上記式(1)中、Rは炭素数0〜3のアルキル基であり、炭素数1〜3であることが好ましい。該アルキル基は直鎖状であっても、分岐鎖状であってもよい。
上記式(1)中、Rは炭素数3〜9のアルキル基であり、炭素数4〜9であることが好ましく、炭素数5〜9であることがより好ましく、炭素数7〜9であることがさらに好ましい。該アルキル基は直鎖状であっても、分岐鎖状であってもよい。
また、本発明者らの検討により、上記式(1)中のケト基(C(=O))は抗真菌活性及び抗菌活性に必須であり、ケト基を有しない同様の鎖長の炭化水素基(例えば、C8〜C12の直鎖状又は分岐鎖状の炭化水素基)は、抗菌活性を有しないことが分かった。
【0027】
本発明の第一の態様の抗菌性物質は、酢酸イソアミル、蟻酸イソアミル、酢酸イソアミル、プロピオン酸イソアミル、n−酪酸イソアミル、酢酸n−プロピル、酢酸イソブチル、酢酸n−ブチル、酢酸2−メチルブチル、酢酸n−ペンチル、酢酸n−ヘキシル、酢酸n−ヘプチル、酢酸n−オクチル、2−ペンタノン、2−ヘキサノン、5−メチル−2−ヘキサノン、2−ヘプタノン、2−オクタノン、2−ノナノン、2−デカノン、及び2−ウンデカノンからなる群から選ばれる1種以上であることが好ましく、酢酸n−オクチル、2−ノナノン、2−デカノン、又は2−ウンデカノンであることがより好ましい。
本発明の第一の態様の抗菌性物質は、揮発により胞子の発芽を阻害する。抗菌性物質を揮発させる方法は特に限定されるものではなく、該抗菌性物質を含む溶液を常温下で静置する方法や、適度な熱をかけて揮発を促進する方法等の公知の方法により行うことができる。
本発明の第一の態様の抗菌性物質は、防カビ剤や食品保存料として用いることもできる。また、本発明の第一の態様の抗菌性物質は、殺菌剤として用いることもできる。
【0028】
本発明の第六の態様のカビ及び/又は酵母の増殖を阻害する方法は、本発明の第一の態様の抗菌性物質を用いる方法であって、好適にカビ及び/又は酵母の増殖を阻害できる方法であれば特に限定されるものではない。例えば、該抗菌性物質を揮発させ、食品等に原料として付着させる方法や、製造された食品に噴霧し揮発させる方法等がある。また、該抗菌性物質を産生する生物(菌体、植物等)を用いて、該生物の産生した揮発性物質を、食品等に原料として付着させる方法や、製造された食品に噴霧し揮発させる方法も用いることができる。また、抗菌性物質を産生する生物が食品添加物となり得るものの場合は、該生物自体や該生物の抽出エキス(例えば酵母エキス)を食品等に原料として添加し、産生された揮発性の抗菌性物質を利用してもよい。
【0029】
本発明の第七の態様の酵母及び/又は細菌の生育を阻害する方法は、本発明の第一の態様の抗菌性物質を用いる方法であって、好適に酵母及び/又は細菌の生育を阻害し、殺菌できる方法であれば特に限定されるものではなく、上記第六の態様と同様に行うことができる。
【0030】
本発明の第八の態様の抗菌性物質は、キャンディダ属菌、サッカロマイセス属菌、ピキア属菌、ロドトルラ属菌、クラビスポラ属菌、及びトルラスポラ属菌からなる群より選ばれる1の酵母が産生する、胞子の発芽を阻害する揮発性の抗菌性物質である。
【0031】
本発明の第八の態様の抗菌性物質を産生するキャンディダ属菌は、キャンディダ・マルトーサ、キャンディダ・トロピカリス、又はキャンディダ・シュードインターメディアであることが好ましく、キャンディダ・マルトーサであることが特に好ましい。該キャンディダ・マルトーサには、例えば、キャンディダ・マルトーサO9−NP9、キャンディダ・マルトーサIAM12247、及びキャンディダ・マルトーサIAM12248等がある。該キャンディダ・トロピカリスには、例えば、キャンディダ・トロピカリスIAM4965等がある。該キャンディダ・シュードインターメディアには、例えば、キャンディダ・シュードインターメディアIAM12510等がある。
【0032】
本発明の第八の態様の抗菌性物質を産生するピキア属菌は、ピキア・フェルメンタスであることが好ましく、ピキア・フェルメンタスJCM1824であることが特に好ましい。また、本発明の抗菌性物質を産生するロドトルラ属菌は、ロドトルラ・アクタであることが好ましく、ロドトルラ・アクタJCM9494であることが特に好ましい。また、本発明の抗菌性物質を産生するサッカロマイセス属菌は、サッカロマイセス・セレビシエであることが好ましく、サッカロマイセス・セレビシエH−1であることが特に好ましい。また、本発明の抗菌性物質を産生するクラビスポラ属菌は、クラビスポラ・ルシタニエであることが好ましく、クラビスポラ・スピーシーズP−5又はクラビスポラ・ルシタニエNBRC10059であることが特に好ましい。また、本発明の抗菌性物質を産生するトルラスポラ属菌は、トルラスポラ・デルブレッキーであることが好ましく、トルラスポラ・デルブルッキーNBRC0955であることが特に好ましい。
【0033】
本発明の酵母、すなわち、本発明の第八の態様の抗菌性物質を産生するキャンディダ属菌、サッカロマイセス属菌、ピキア属菌、ロドトルラ属菌、クラビスポラ属菌、及びトルラスポラ属菌は、常法により培養することができ、培地や温度等の培養条件は、通常、キャンディダ属菌等の酵母を培養する条件であれば、特に限定されるものではない。該培地として、例えば、YPD培地、PD培地、YM培地、10%(w/w)スキムミルク培地等がある。本発明の抗菌性物質の活性が阻害されるおそれが少ないため、YPD培地、PD培地、又は10%(w/w)スキムミルク培地であることが好ましい。また、培養温度は、27〜30℃が好ましい。
【0034】
本発明の第八の態様の抗菌性物質は、本発明の酵母を培養することにより得ることができる。例えば、本発明の酵母を培養したシャーレ等の培養容器中の気相を回収することにより、得ることができる。気相を回収する方法は、該気相中の抗菌性物質を回収できる条件であれば、特に限定されるものではないが、他の物質の混入を避けるため、密閉したシャーレ等の培養容器中からシリンジ等を用いて回収する方法や、密閉容器に多数のシャーレを入れ、真空ポンプで気相を吸引し途中に設置した吸着剤に吸着させる方法が好ましい。また、公知の方法により、回収された気相から抗菌性物質のみを濃縮することもできる。このようにして回収された気相中の抗菌性物質は、防カビ剤、食品保存料、該抗菌性物質を含有する殺菌剤等として用いることもできる。
【0035】
また、本発明の第八の態様の抗菌性物質は、該抗菌性物質を含む酵母エキスの形態で、上記防カビ剤、食品保存料、殺菌剤等として用いることもできる。
本発明において酵母エキスとは、酵母が有する様々な成分を抽出したものであり、アミノ酸やペプチド、核酸、ミネラル等が含まれている。また、酵母の種類や培養条件、抽出条件によって、各種成分の含有比を調整することができる。
酵母エキスの抽出方法は、特に限定されるものではなく、酵母等の生物原料からエキスを抽出する際に通常用いられる方法のうち、いずれの方法を用いてもよい。該抽出方法として、例えば、自己消化法、酵素分解法等がある。ここで、自己消化法とは、酵母が本来有している酵素の働きにより、酵母を可溶化し、抽出する方法であり、遊離アミノ酸含有量の多い酵母エキスを得ることができる。一方、酵素分解法とは、熱処理等により、酵母が有する酵素等を不活性化した後、分解酵素を添加して酵母を可溶化し、抽出する方法である。外部から適当な酵素を添加することにより、酵素反応を簡便に制御し得るため、遊離アミノ酸や核酸の含有量を調整することができる。酵素分解法において用いられる酵素は、通常生体成分を分解する際に用いられる酵素であれば、特に限定されるものではなく、任意の酵素を用いることができる。該酵素として、例えば、酵母の細胞壁を分解し得る酵素、タンパク質分解酵素、核酸分解酵素等があり、これらを適宜併用することにより、酵母から各種成分を効率よく抽出することができる。
【0036】
本発明の第八の態様の抗菌性物質が、喫食可能な食品(例えば、チーズ等)由来の酵母が産生する抗菌性物質である場合、該抗菌性物質を食品に対して安全に用いることができるのみならず、化粧品や医薬品等にも用いることができる。
また、第八の態様の抗菌性物質が、中性の食品由来の酵母、又は、中性で生存可能な酵母が産生する抗菌性物質である場合、中性の食品等においても効果的に抗菌活性を示すことができる。
【0037】
本発明の第十三の態様のカビ及び/又は酵母の増殖を阻害する方法は、本発明の抗菌性物質又は本発明の抗菌性物質を産生する酵母を用いる方法であって、本発明の抗菌性物質の抗真菌活性及び抗菌活性が得られる方法であれば、特に限定されるものではない。本発明の抗菌性物質を用いる方法として、例えば、該抗菌性物質を産生する酵母の培養液の気相を、食品等に原料として付着させる方法や、製造された食品に噴霧して揮発させる方法等がある。また、本発明の酵母を用いる方法として、例えば、発酵性食品の製造において、原料に本発明の酵母を添加した後、発酵させる方法等がある。該発酵性食品は、加熱処理を含まない発酵性食品であることが好ましい。
【0038】
本発明の第十四の態様の酵母及び/又は細菌の生育を阻害する方法は、本発明の抗菌性物質又は本発明の抗菌性物質を産生する酵母を用いる方法であって、本発明の抗菌物質の抗真菌活性や抗菌活性が得られる方法であれば、特に限定されるものではなく、上記第十三の態様と同様に行うことができる。
【実施例】
【0039】
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0040】
[参考例1]
アスペルギルス・ニガーの胞子懸濁液を調整した。
アスペルギルス・ニガーNBRC9455株は、PDA(ポテトデキストロース寒天)平板培地に塗布した後、28℃で3日間培養して得られた胞子を、0.05%tween80添加生理食塩水に懸濁し、懸濁液を綿濾過後、−80℃で凍結保存したものを用いた。該凍結保存後のアスペルギルス・ニガーNBRC9455株を、生理食塩水を用いて希釈した後、サブロー培地を用いて、1.0×10spores/mLのアスペルギルス・ニガー胞子懸濁液を調製した。
【0041】
[実施例1]
キャンディダ・マルトーサO9−NP9株の産生する抗真菌性物質の形体を検討した。
まず、キャンディダ・マルトーサO9−NP9株を、YPDアガー平板培地に塗布して28℃で48時間培養して、キャンディダ・マルトーサO9−NP9株が生育しているYPDアガー平板培地(以下、「酵母混釈寒天培地」という。)含有シャーレを作製した。
一方、参考例1に記載の方法で調整した1.0×10spores/mLのアスペルギルス・ニガーNBRC9455株胞子懸濁液を混釈したPDA(ポテトデキストロースアガー)平板培地(以下、「胞子混釈寒天培地」という。)含有シャーレを作製した。
次に、酵母混釈寒天培地、及び胞子混釈寒天培地の気相同士が接触するように、それぞれのシャーレのふたを開け、胞子混釈寒天培地含有シャーレを上下逆にして、酵母混釈寒天培地含有シャーレの上に重ね合わせ、パラフィルムを用いて固定及び密閉し、28℃で2日間培養した。コントロールとして、酵母混釈寒天培地の代わりにPDA培地のみを添加したシャーレを用いた。
この結果、コントロールでは、アスペルギルス・ニガーの増殖が観察された。一方、O9−NP9株を用いたサンプルでは、アスペルギルス・ニガーの増殖は観察されなかった。
該観察の結果から、O9−NP9株の産生する抗真菌性物質は、該O9−NP9株と真菌とが気相を介して接触した際に、真菌に対して抗真菌活性を有するものであるため、該抗真菌性物質は、揮発性であることが分かった。
【0042】
[実施例2]
O9−NP9株由来の揮発性の抗真菌性物質を同定するために、O9−NP9株の産生する揮発性物質を同定した。
まず、塗布後に28℃で24時間培養した以外は、上記実施例1と同様に調整した酵母混釈寒天培地含有シャーレを作製した。また、YPD平板培地のみを含有するシャーレを作製した。その後、上記実施例1と同様に、これらのシャーレを重ね合わせて固定し、28℃で48時間培養した。このとき、YPD平板培地のみ含有するシャーレを上下逆にして固定した。
次に、重ね合わせたシャーレの間から、SPMEファイバーアセンブリー(PDMS膜厚100μm)を挿入し、2枚のシャーレの間の気相内の揮発性物質を該ファイバーアセンブリーに15分間吸着させた後、該ファイバーアセンブリーを用いて、ガスクロマトグラフィ−質量分析法(GC−MS法)による分析を行った。
ガスクロマトグラフィ、質量分析の条件はそれぞれ以下の通りである。
[ガスクロマトグラフィ]
・カラム:DB−WAX(商品名、アジレント・テクノロジー社製、長さ30m、内径0.32mm、膜厚0.25μm)、
・注入口温度:220℃
・検出器温度:220℃
・オーブン温度:50℃(5分間)〜4℃/分〜220℃(12.5分間)
・キャリアガス:He
[質量分析]
・イオン化:EI
・イオン源温度:230℃
・イオン化エネルギー:70eV
ガスクロマトグラフィによる分析の結果、図1に示すように、リテンションタイム4.48分、7.46分、29.32分において主要なピークが検出され、図3〜5に示す質量分析の結果、これらのピークは、それぞれ、酢酸イソアミル、イソアミルアルコール、フェネチルアルコールであった。
この結果から、O9−NP9株が、揮発性物質として、酢酸イソアミル、イソアミルアルコール、及びフェネチルアルコールを産生していることが分かった。
【0043】
[実施例3]
実施例2の揮発物質の回収方法を変更し、O9−NP9株由来の揮発性の抗真菌性物質の同定を再度試みた。
まず、上記実施例2と同様に調整した酵母混釈寒天培地含有シャーレ11枚を、球形ガラス容器内に格納し、28℃で48時間培養した。
次に、球形ガラス容器内の気相をシリンジで5mL吸引し、GS−MS法により分析した。ガスクロマトグラフィ、質量分析の条件は上記実施例2と同様である。
ガスクロマトグラフィによる分析の結果、図2に示すように、リテンションタイム3.08分においてピークが検出され、質量分析の結果、このピークはn−ペンタノールであった。
この結果から、O9−NP9株はさらに、揮発性物質として、n−ペンタノールを産生していることが分かった。
【0044】
[実施例4]
上記実施例2及び実施例3で得られた抗真菌性物質候補の、抗真菌活性を検討した。
上記実施例1と同様に、胞子混釈寒天培地を調整し、該培地を滅菌済みの型を用いてくりぬき、胞子が混釈されたアガープラグを作製した。該アガープラグは、縦、横、高さ共に3mmの立方体状とした。
次に、直径90mmのガラスシャーレ内にPDA平板培地を作製し、該PDA培地の中心点上に、滅菌済みのマイクロカップを設置して、その中に表1に示す抗真菌性物質候補の標準品を20〜80μL添加した。また、マイクロカップの周囲に、上記アガープラグを3つ設置し、ガラスシャーレを密閉して28℃で48時間培養した後、アガープラグ及びアガープラグ周囲のアスペルギルス・ニガーの胞子発芽及び増殖を観察した。
【0045】
【表1】

【0046】
表1は、観察の結果に基づき、各抗真菌性物質候補において真菌(アスペルギルス・ニガー)の増殖抑制が観察されたサンプルのうち、最も少ない溶液添加量、すなわち、胞子発芽阻害最小添加量を示したものである。表中、「20μL」の記載は、抗真菌性物質候補溶液を20μL以上添加したサンプルにおいて、真菌の増殖抑制が観察されたことを示している。また、表中の「−」の記載は、80μLの抗真菌性物質候補溶液を添加した場合においても、抗真菌活性が観察されなかったことを示している。
また、上記検討において、マイクロカップ中の酢酸イソアミル20μLは全て揮発していることを確認した。
この結果から、標準品の酢酸イソアミルは、少なくとも、マイクロカップに添加した20μLが全て揮発した際に、抗真菌活性を有することが分かった。
【0047】
[実施例5]
酢酸イソアミル類縁体が、酢酸イソアミルと同様の抗真菌活性を有するかどうかを検討した。
上記実施例4と同様に、ガラスシャーレ内のマイクロカップの中に、表2に示す酢酸イソアミル類縁体の標準品を5〜80μL添加し、28℃で48時間培養した後、アガープラグ及びアガープラグ周囲のアスペルギルス・ニガーの胞子発芽及び増殖を観察した。表2中、「<5μL」の記載は、マイクロカップに5μLの試料を添加した場合に、十分に胞子の発芽が阻害されたことを意味する。
また、揮発量は、上記実施例4と同様のガラスシャーレ内のマイクロカップに試料を一定量添加し、28℃で48時間静置することにより試験を行った。試験終了後マイクロカップの重量を秤量し、試験前後の重量差から容積差を算出し、揮発量とした。表2中、「>80μL」の記載は、マイクロカップ中の80μLが全て揮発したことを意味する。
【0048】
【表2】

【0049】
表2の結果から、酢酸イソアミルのみならず、酢酸イソアミルの類縁体である、蟻酸イソアミル、プロピオン酸イソアミル、n−酪酸イソアミル、酢酸n−プロピル、酢酸イソブチル、酢酸n−ブチル、酢酸2−メチルブチル、酢酸n−ペンチル、酢酸n−ヘキシル、酢酸n−ヘプチル、酢酸n−オクチル、2−ペンタノン、2−ヘキサノン、5−メチル−2−ヘキサノン、2−ヘプタノン、2−オクタノン、2−ノナノン、2−デカノン、及び2−ウンデカノンが、本発明の抗真菌活性を有することが明らかである。また、酢酸n−オクチル、2−ノナノン、2−デカノン、及び2−ウンデカノンは、添加量が少なく、揮発量が少ない場合にも真菌の胞子の発芽及び増殖を阻害するため、本発明の抗真菌活性が高いことが分かった。
【0050】
[実施例6]
酢酸イソアミルの様々な真菌や細菌に対する抗菌活性について検討した。
具体的には、上記実施例4におけるアスペルギルス・ニガーに代えて表3記載の糸状菌(真菌)の胞子懸濁液、又は、酵母又は細菌の懸濁液を用い、且つ、酢酸イソアミルの標準品を表3に示す量添加した以外は実施例4と同様にして、アガープラグ及びアガープラグ周囲の糸状菌、酵母又は細菌の増殖を観察し、以下の評価条件にて評価を行った。
−:糸状菌の胞子の発芽、又は、酵母若しくは細菌の生育が全く阻害されなかった。
−/+:糸状菌の胞子の発芽、又は、酵母若しくは細菌の生育がほぼ阻害されなかった。
+/−:糸状菌の胞子の発芽、又は、酵母若しくは細菌の生育が僅かに阻害された。
+:糸状菌の胞子の発芽、又は、酵母若しくは細菌の生育の一部が阻害された。
++:糸状菌の胞子の発芽、又は、酵母若しくは細菌の生育の大部分が阻害された。
+++:糸状菌の胞子の発芽、又は、酵母若しくは細菌の生育が完全に阻害された。
【0051】
【表3】

【0052】
表3の結果から、酢酸イソアミルは表3記載の糸状菌15菌株の全てにおいて胞子の発芽を阻害し、且つ、表3記載の酵母5菌株、グラム陽性菌7菌株、及びグラム陰性菌2菌株の全てにおいてその生育を阻害した。よって、本発明の抗菌物質は、カビ、酵母、グラム陽性細菌、及びグラム陰性細菌等の菌類に対して、広く抗菌活性を有することが分かった。
【0053】
[実施例7]
酢酸イソアミルによる真菌胞子の発芽阻害に関して、その形態の経時変化を観察した。
上記実施例4と同様に、アスペルギルス・ニガーの胞子混釈アガープラグを作製し、
160μLの酢酸イソアミル標準品が添加されたマイクロカップとともにガラスシャーレ内に静置した。28℃で48時間培養した後、一方のサンプルでは酢酸イソアミルをガラスシャーレ内から取り除き、他方のサンプルでは酢酸イソアミルをそのままシャーレ内に残し、いずれのサンプルもその後さらに48時間培養し、培養開始から0時間後(培養開始時)、5時間後、7時間後、及び48時間後にアガープラグ表面の胞子および菌糸の状態を電子顕微鏡で観察した。また、コントロールとして、酢酸イソアミルを用いずに培養した菌についても同様に観察を行った。
図9に、(a)酢酸イソアミルに曝露せずに通常培養したアスペルギルス・ニガー胞子、(b)酢酸イソアミルに曝露した状態で培養したアスペルギルス・ニガー胞子、(c)酢酸イソアミルに曝露した後、酢酸イソアミルを除去して培養したアスペルギルス・ニガーの、培養開始から0時間後、5時間後、7時間後、及び48時間後の観察結果を示す。
【0054】
図9の結果から、通常培養の(a)では胞子の発芽が認められたが、酢酸イソアミルに曝露した状態で培養を行った(b)では、48時間後においても胞子の発芽が見られなかった。
また、酢酸イソアミルに曝露した後、酢酸イソアミルを除去した(c)では、酢酸イソアミル除去後に胞子の発芽が認められた。この結果からから、酢酸イソアミルはアスペルギルス・ニガーの殺菌効果ではなく、胞子の発芽を阻害する静菌効果を有することが分かった。
【0055】
[実施例8]
酢酸イソアミルによる細菌及び酵母の生育阻害関して、その形態の経時変化を観察した。
具体的には、まず、エスケリキア・コリを、NBアガー平板培地に塗布して28℃で24時間培養して、エスケリキア・コリが生育しているNBアガー平板培地を作製した。また、サッカロマイセス・セレビシエを、YMアガー平板培地に塗布して28℃で24時間培養して、サッカロマイセス・セレビシエが生育しているYMアガー平板培地を作製した。
得られたそれぞれの培地を滅菌済みの型を用いてくりぬき、細菌又は酵母が混釈されたアガープラグを作製し、実施例4と同様にガラスシャーレ内にNBまたはYM平板培地上に、該アガープラグと、160μL酢酸イソアミル入りのマイクロカップとを設置し、28℃で48時間培養した後、アガープラグ及びアガープラグ周囲のエスケリキア・コリ又はサッカロマイセス・セレビシエの生育を電子顕微鏡で観察した。
図10に、エスケリキア・コリ(E.coli)又はサッカロマイセス・セレビシエ(S.cerevisiae)の、(a)通常培養開始時点(0時間後)、(b)48時間通常培養を行った後、及び(c)酢酸イソアミルに曝露した状態で48時間培養を行った後の、観察結果を示す。
【0056】
図10の結果から、酢酸イソアミルに曝露したエスケリキア・コリでは、細胞内構造に変化が認められた。また、酢酸イソアミルに曝露したサッカロマイセス・セレビシエでは、細胞内小器官の崩壊が認められた。
これらの結果から、酢酸イソアミルは細菌や酵母の細胞内に影響を及ぼすことにより、その生育を阻害していることが推察された。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明の抗菌性物質は、特にカビ、酵母、細菌等の菌類の増殖や生育が問題となる食品分野等で利用が可能である。
【受託番号】
【0058】
NITE BP−297
NITE BP−473
NITE BP−474

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表される抗菌性物質。
【化1】

[式中、Rは炭素数0〜3のアルキル基であり、Rは炭素数3〜9のアルキル基であり、nは0又は1である。]
【請求項2】
前記一般式(1)において、Rが炭素数7〜9のアルキル基であることを特徴とする請求項1記載の抗菌性物質。
【請求項3】
前記抗菌性物質が、酢酸n−オクチル、2−ノナノン、2−デカノン、又は2−ウンデカノンであることを特徴とする請求項2記載の抗菌性物質。
【請求項4】
前記抗菌性物質が、揮発により胞子の発芽を阻害することを特徴とする請求項1〜3のいずれか記載の抗菌性物質。
【請求項5】
前記抗菌性物質が、揮発により酵母及び/又は細菌の生育を阻害することを特徴とする請求項1〜3のいずれか記載の抗菌性物質。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか記載の抗菌性物質を含有する防カビ剤。
【請求項7】
請求項1〜5のいずれか記載の抗菌性物質を含有する食品保存料。
【請求項8】
請求項1〜5のいずれか記載の抗菌性物質を含有する酵母エキス。
【請求項9】
請求項1〜5のいずれか記載の抗菌性物質を含有する殺菌剤。
【請求項10】
請求項1〜5のいずれか記載の抗菌性物質を用いることを特徴とする、カビ及び/又は酵母の増殖を阻害する方法。
【請求項11】
請求項1〜5のいずれか記載の抗菌性物質を用いることを特徴とする、酵母及び/又は細菌の生育を阻害する方法。
【請求項12】
キャンディダ(Candida)属菌、サッカロマイセス(Saccharomyces)属菌、ピキア(Pichia)属菌、ロドトルラ(Rhodotorula)属菌、クラビスポラ(Clavispora)属菌、及びトルラスポラ(Torulaspora)属菌からなる群より選ばれる1の酵母が産生する、揮発性の抗菌性物質。
【請求項13】
前記抗菌性物質が、酢酸イソアミルであることを特徴とする請求項12記載の抗菌性物質。
【請求項14】
前記キャンディダ属菌が、キャンディダ・マルトーサ(Candida maltosa)、キャンディダ・トロピカリス(Candida tropicalis)、又はキャンディダ・シュードインターメディア(Candida pseudintermedia)である、請求項12又は13記載の抗菌性物質。
【請求項15】
前記キャンディダ属菌が、キャンディダ・マルトーサO9−NP9(受託番号 NITE BP−297)、キャンディダ・マルトーサIAM12247、キャンディダ・マルトーサIAM12248、キャンディダ・トロピカリスIAM4965、又はキャンディダ・シュードインターメディアIAM12510である、請求項12又は13記載の抗菌性物質。
【請求項16】
前記サッカロマイセス属菌がサッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)であり、前記ピキア属菌がピキア・フェルメンタス(Pichia fermentans)であり、前記ロドトルラ属菌がロドトルラ・アクタ(Rhodotorula acuta)であり、前記クラビスポラ属菌がクラビスポラ・ルシタニエ(Clavispora lusitaniae)であり、前記トルラスポラ属菌がトルラスポラ・デルブレッキー(Torulaspora delbrueckii)である、請求項12又は13記載の抗菌性物質。
【請求項17】
前記ピキア属菌がピキア・フェルメンタスJCM1824であり、前記ロドトルラ属菌がロドトルラ・アクタJCM9494であり、前記サッカロマイセス属菌がサッカロマイセス・セレビシエH−1(受託番号 NITE BP−473)であり、前記クラビスポラ属菌がクラビスポラ・スピーシーズP−5(Clavispora sp. P−5、受託番号 NITE BP−474)又はクラビスポラ・ルシタニエNBRC10059であり、前記トルラスポラ属菌がトルラスポラ・デルブルッキーNBRC0955である、請求項12又は13記載の抗菌性物質。
【請求項18】
前記抗菌性物質が、揮発により胞子の発芽を阻害する請求項12〜17のいずれか記載の抗菌性物質。
【請求項19】
前記抗菌性物質が、揮発により酵母及び/又は細菌の生育を阻害することを特徴とする請求項12〜17のいずれか記載の抗菌性物質。
【請求項20】
請求項12〜19のいずれか記載の抗菌性物質を含有する防カビ剤。
【請求項21】
請求項12〜19のいずれか記載の抗菌性物質を含有する食品保存料。
【請求項22】
請求項12〜19のいずれか記載の抗菌性物質を含有する酵母エキス。
【請求項23】
請求項12〜19のいずれか記載の抗菌性物質を含有する殺菌剤。
【請求項24】
請求項12〜19のいずれか記載の抗菌性物質を用いることを特徴とする、カビ及び/又は酵母の増殖を阻害する方法。
【請求項25】
請求項12〜19のいずれか記載の抗菌性物質を用いることを特徴とする、酵母及び/又は細菌の生育を阻害する方法。
【請求項26】
請求項12〜19のいずれか記載の抗菌性物質を産生する酵母を用いることを特徴とする、カビ及び/又は酵母の増殖を阻害する方法。
【請求項27】
請求項12〜19のいずれか記載の抗菌性物質を産生する酵母を用いることを特徴とする、酵母及び/又は細菌の生育を阻害する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2011−148775(P2011−148775A)
【公開日】平成23年8月4日(2011.8.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−283626(P2010−283626)
【出願日】平成22年12月20日(2010.12.20)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り http://share.dynacom.jp/bmb2010abst/sw/ http://share.dynacom.jp/bmb2010abst/login.php?ml_type=1 http://share.dynacom.jp/bmb2010abst/index.php?p_no=1P−1133&btn_syousai=on (BMB2010(第33回日本分子生物学会年会・第83回日本生化学会大会 合同大会)オンライン要旨公開システム、平成22年11月19日掲載)
【出願人】(000140650)テーブルマーク株式会社 (55)
【Fターム(参考)】