説明

抗菌方法及び抗菌装置

【課題】イオンを用いた抗菌剤の抗菌力を高める方法を提供する。
【解決手段】イオンを用いて微生物の発育を阻止する抗菌方法であって、特定の光を微生物に照射した後に、又は照射しつつ、当該微生物にイオンを接触させる。前記特定の光としては、好ましくはピーク波長300〜600nmの光を用い、かつその照射強度を500〜5000μW/cmとする。また、イオンとして、銀イオン、銅イオン、亜鉛イオン等の金属イオンを用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオンを用いて微生物(特に菌類)の発育を阻止する抗菌方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、家電製品、台所用品、トイレタリー用品、文具用品、家具・装飾品などの生活用品の分野;紙・パルプ用スライムコントロール剤、木材防腐分野などの産業分野;白衣、カーテン、建材、医療用器具などの医療分野等のさまざまな分野において、微生物(原核生物や真核生物等)を除去する方法や増殖を防止する方法が求められている。これらの用途において用いられている抗菌性化合物としては、有機系(合成化合物、天然化合物など)と、無機系(銀、銅、亜鉛等の金属、酸化チタン等の光触媒など)とに大別される。
【0003】
従来は有機系化合物が主流であり、幅広い抗菌スペクトルを有し且つ優れた即効性と殺菌性を有することから、農薬や医薬品に開発された有機系化合物やその類似化合物が用いられてきた。しかし、これらの有機系化合物は、人体や環境に対する影響が大きく、安全性に問題がある。このため、近年では、銀、銅、亜鉛などの抗菌性を有する金属を含有する化合物や、酸化チタンなどの光触媒作用により抗菌する無機系抗菌性化合物が用いられるようになって来ている。
【0004】
このような無機系抗菌性化合物に含まれる金属に着目すると、銀イオンと水銀イオンが特に細菌増殖抑制能力に優れ、亜鉛イオン、銅イオン、カドミウムイオンがこれに続くことが判る。しかし、水銀やカドミウムは、環境に与える悪影響が大きいので、抗菌材料として広く使用するのには適さない。これらに対し銀イオン、銅イオン、亜鉛イオンなどは前者に比べ環境等に与える悪影響が小さく、特に銀イオンの抗菌活性は銅の200倍、亜鉛の1000倍であり、環境に与える悪影響を一層小さくできる。よって、近年、銀など環境への悪影響の小さい金属を使用した無機系抗菌性化合物の利用が拡大している。
【0005】
しかしながら、これらの無機系抗菌性化合物が広範囲に使用されると、環境中への流出機会が増え、やはり環境汚染等の問題が生じる。特に銀は抗菌力が強いことから、環境中に微量の銀イオンが流出した場合であっても、生態系に悪影響を及ぼす恐れがある。
【0006】
それゆえ、飲料水中の銀イオン濃度に対する規制も強まりつつあり、例えば米国では飲料水中の銀イオン濃度が100ppb以下に規制されており、更に規制が厳しくなりつつある。
【0007】
そこで、環境保全の観点、健康な生活を守る観点、法的規制への対応を図る観点からして、無機系抗菌剤の含有金属量を減少させ、無用な金属イオンの流出を極力減少させることが必要である。そのためには、同一の金属イオン濃度において、より大きな抗菌効果を発揮させることのできる技術を開発する必要がある。
【0008】
なお、以上の課題から本明細書における「抗菌」は、微生物を死滅させずその増殖を阻止する場合に限られず、“滅菌(全ての微生物を殺滅)”、“殺菌(微生物を一部でも殺すこと)”、“消毒”、“除菌”、“制菌(微生物の増殖阻止)”、“防かび”、“防腐”などの全ての概念を含む用語として使用されている。
【0009】
ところで、無機系抗菌剤の先行技術文献としては、例えば下記特許文献1〜3があり、特許文献1は、金属類を用いるのではなく光を用いた殺菌技術を提案している。この技術は、青色発光ダイオードの閃光パルスを用いて殺菌する技術である。しかし、光のみで殺
菌を行うこの技術では、その光自体が人体に有害である危険性があるという問題がある。また、光によって装置を構成する部材が劣化してしまう恐れもある。
【0010】
また、特許文献2、3は、光触媒を用いて殺菌を行う技術を提案している。
【0011】
特許文献2は、酸化チタン等の光触媒に180〜480nmの波長範囲を含む電磁波を照射して殺菌を行う技術であり、特許文献3は、抗菌活性金属化合物を有するアクリロニトリル繊維をpH1〜6の範囲で熱処理してなる抗菌性アクリロニトリル繊維を用いる技術である。
【0012】
しかし、これらの技術によっても、微量の金属イオンでもって十分な抗菌力を発揮させるには至っていない。
【0013】
【特許文献1】特開2004−275335号公報
【特許文献2】特開11−47738号公報
【特許文献3】特開2001−259012号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意研究を行った。その結果、特定の光を微生物に照射することにより微生物体内に吸収されるイオン量が増加することを知った。また、特定の光を微生物に照射することにより、従来の方法では抗菌が難しかった、細胞壁の厚い真核生物をも小さいイオン濃度でもって抗菌できることを見出した。
【0015】
本発明は、これらの知見に基づき完成されたものであって、本発明は微生物に対し従来に比較して小さいイオン濃度及び少ないイオン量で同等以上の抗菌作用を発現させることのできる抗菌方法、及びこの方法を簡便に実施することのできる抗菌装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題を解決するための抗菌方法にかかる本発明は、イオンを用いて微生物の発育を阻止する抗菌方法において、特定の光を微生物に照射した後に、又は照射しつつ、当該微生物にイオンを接触させることを特徴とする。
【0017】
この構成では、微生物にイオンを接触させる前又は接触させつつ、特定の光を照射するが、前記特定の光の照射により、イオンの膜透過が容易になる。この結果、微生物体の近傍に存在する抗菌性イオンが効率よく微生物体内に取り込まれ、その作用効果を発揮する。
【0018】
よって、上記構成であると、従来法に比較し、より多くのイオンを微生物体内に取り込ませることができ、また短時間にそれを実現させることができるので、微生物に接触させるイオン量を少なくしても(この手段の一つは、微生物の周囲に存在させるイオン濃度を小さくすることである)、従来と同等乃至それ以上の微生物発育阻止効果を得ることができる。また、このようにすることにより、環境に悪影響を与えない抗菌が可能になる。また、細胞壁の厚い真核生物に対しても、イオンを細胞壁や細胞膜を透過させて真核生物体内により多くのイオンを取り込ませることができ、真核生物体内に取り込まれたイオンにより、真核生物を効果的に抗菌できる。
【0019】
上記構成において、イオンが、金属イオンであるとすることができる。
【0020】
金属イオンは、抗菌活性が高いため、イオンとして金属イオンを用いることが好ましい。
【0021】
上記構成において、前記特定の光が、生体膜のイオン透過チャンネルに作用する光であるとすることができる。
【0022】
この構成を採用すると、特定の光の照射により、微生物のイオン透過チャンネルが開放され、イオンの膜透過が容易になる。この結果、微生物体の近傍に存在する抗菌性イオンが効率よく微生物体内に取り込まれ、その作用効果を発揮する。
【0023】
ここで、生体膜のイオン透過チャンネルとは、例えば微生物生体膜の膜輸送タンパク質膜を指すが、これに限られるものではなく、微生物のイオン取り込みに関与する全ての機構を含む概念である。
【0024】
上記構成において、前記金属イオンが、金属イオン含有溶液に含まれる金属イオンである構成とすることができる。この構成では、微生物に金属イオンを含む金属イオン含有溶液を接触させることになるが、この方法であると金属イオンを簡便かつ確実に微生物に接触させることができる。
【0025】
上記構成において、前記特定の光が、300nm以上600nm以下の範囲にピーク波長を有する光である構成とすることができる。
【0026】
前記特定の光のピーク波長が600nmよりも大きいと、効果的にイオンを微生物体内に取り込ませることができない。他方、300nm未満であると、この光自体が微生物のDNAを破壊するため、人体に悪影響が大きく、また装置の劣化を早めさせるので好ましくない。よって、上記範囲内に規制することが好ましい。
【0027】
上記構成において、前記特定の光の照射強度が500〜5000μW/cmである構成とすることができる。
【0028】
特定の光の照射強度が500μW/cm未満であると、十分にイオンを微生物体内に取り込ませることができない。他方、5000μW/cmよりも大きくしても、イオンを微生物体内に取り込ませる作用がほぼ上限に達するので、コストパフォーマンスが悪くなる。よって、上記範囲内に規制することが好ましく、より好ましくは、800〜4000μW/cmとし、さらに好ましくは1000〜3000μW/cmとする。
【0029】
また、本発明に用いる金属イオンとしては、抗菌作用と環境への影響を少なくする観点から、銀イオン、銅イオン、亜鉛イオンからなる群より選択された1種以上のイオンとすることが好ましい。
【0030】
また、前記金属イオン含有溶液中の金属イオンの濃度は、同上の観点から、10ppm以下とし、かつ最低限効果の得るために1ppb以上とすることが好ましい。また、より好ましくは5ppb〜1ppmとし、さらに好ましくは10ppb〜900ppbとする。
【0031】
また、本発明を適用しうる微生物としては、大腸菌、光合成細菌、乳酸菌、放線菌、黄色ブドウ球菌のような原核生物、カンジダ菌のような酵母類、クロカワカビ、白癬菌などの真核生物を例示することができる。
【0032】
上記した本発明抗菌方法を実施することのできる抗菌装置にかかる本発明は、300〜
600nmの範囲にピーク波長を有し、且つ照射強度が500〜5000μW/cmである光を出力する光源部と、微生物にイオンを接触させる接触部と、微生物に前記光源部が出力した光を照射する照射部と、を備えることを特徴とする。
【0033】
この構成によると、光源部より出力された300〜600nmの範囲にピーク波長を有し且つ照射強度が500〜5000μW/cmである光が、照射部により制御されて、接触部でイオンと接触させられた微生物に対して照射される。よって、この構成の装置を用いると、簡便な操作で、より多くのイオンを微生物体内に取り込ませて迅速に微生物の抗菌を行うことができ、かつ環境へのイオンの漏れも生じない。
【発明の効果】
【0034】
本発明によると、抗菌剤中に含有させる抗菌性イオン量を増加させることなくして、微生物に対する抗菌作用を顕著に増強させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0035】
(初めに)
微生物に対する抗菌作用を有するイオンとしては、金属イオンが挙げられ、具体的には銀イオン、銅イオン、亜鉛イオン、カドミウムイオン、水銀イオンを挙げることができ、これらの金属イオンのなかで銀及び/又は銅が人体への安全性の高さから好ましいが、本発明は、特定のイオンに限られることなく、抗菌作用を有する種々のイオンに適用できる。
【0036】
また、本発明の適用対象としての微生物は、特定の種に限定されないが、金属イオンを選択的に通過させる特異的な膜結合タンパク質を有する微生物において特に顕著な効果が期待できる。本発明の適用対象となる微生物としては、例えば大腸菌、光合成細菌、乳酸菌、放線菌、黄色ブドウ球菌のような原核生物、例えばカンジダ菌のような酵母類、クロカワカビ、白癬菌などの真核生物(真菌類)が挙げられ、また病原性ウイルスにも適用できる。なお、本発明は、複数種が含まれた対象物に対しても適用できることは勿論である。
【0037】
上記膜結合タンパク質とは、膜内外のイオン類の濃度勾配または電位勾配によりイオン類を選択的に通過させる性質を有する生体膜であり、このようなものとしては、例えば膜輸送タンパク質を挙げることができる。膜輸送タンパク質は、普段は外界に対し機能的に閉じており、一定の刺激があると開いて、特定の分子やイオンを透過させる。膜輸送タンパク質は、その電位的な選択性により取り込む(輸送できる)ことのできるイオンの種類が決まっており、この膜輸送タンパク質の種類により、膜を通過できるイオンと、通過できないイオンが存在する(選択性が生まれる)と考えられる。また、イオンの種類により膜を通過する速度が異なる。
【0038】
本発明は、特定の光を照射し、イオンを短時間で微生物体内に取り込ませることにより、イオンの抗菌作用を格段に高めさせる点に特徴があるが、このような本発明で用いる光源としては、LED(発光ダイオード)、LD(レーザダイオード)などの固体照明や、ブラックライト、ハロゲン光源などの管球型照明等を例示することができ、好ましくはLEDやLDを用いる。LEDやLDは、光の波長を制御することができ、抗菌装置への組み込みが容易であり、コスト的にも有利であるという利点を有するからである。
【0039】
微生物に対するイオンの接触時間については、使用するイオンの種類、微生物の種類およびイオン濃度や微生物量により適当に選択すればよい。例えば銀イオンを用いて大腸菌を抗菌する場合、通常1分〜24時間程度とし、好ましくは1分〜3時間程度とする。
【0040】
以下、実験群により本発明を実施するための最良の形態を説明する。
(第1実験群)
抗菌性のイオンとして銀イオンを用意した。銀は、イオン化傾向が小さく、電子を放出しにくく、酸化され難いという特徴を持ち、標準単極電位が+0.8Vで陽イオンになり
にくい。このため、金属状態の銀を水中に入れても容易に溶出しないので、銀イオン溶液の調製方法として、銀に電界をかける方法を用いた。すなわち、図1に示す銀イオン生成装置2を用い、二枚の純銀プレート1の間に10〜50mAの電流がかかるように電圧(〜50V程度)を制御し、溶液中に銀イオンを溶出させた。この方法によると、例えば12.5mAで30秒間通電することにより、900ppbの銀イオン溶液を得ることができる。
【0041】
上記銀イオン生成装置2は、銀イオン含有溶液に対して不活性である材質のものが好ましく、このような材質として、例えばガラス、テフロン(登録商標)、ステンレスなどが挙げられる。
【0042】
また、抗菌対象となる微生物としては、初期菌数として1×10〜1×10個程度のCladosporium cladosporioides(NBRC 6348)標準株(真核生物)を用意した。この菌
体をリン酸バッファー(濃度50mM)に分散させ、胞子懸濁液3を調製した。胞子懸濁液調製用の容器としては、ガラス、テフロン(登録商標)、ステンレスなどの容器を用いる。
【0043】
また、微生物に金属イオンを接触させる接触部と、前記光源部が出力した光を微生物に照射する照射部とを兼ねる装置として、試験容器7を用いた。
図1の2つの試験容器7の一方に900ppbの銀イオン溶液9mLと上記胞子懸濁液3の菌液1mLとを混合した溶液を入れ(これを試験液Aとする)、もう一方の試験容器7に、銀イオン溶液に代えて純水9mLと上記胞子懸濁液3の菌液1mLとを混合した溶液を入れた(これを試験液Bとする)。そして、これらの試験容器は、自然光や蛍光灯など光の影響を完全に取り除くため、直ちに暗箱5内に配置し、しかる後に、ピーク波長が365nm、照射強度1800μW/cmの紫外光を照射し、紫外光照射15分後、30分後、60分後に試験液を採取した。
【0044】
なお、図1の符号4が光源部に相当し、この光源部は、紫外LED4(ナイトライドセミコンダクター社製)を14個組み合わせた構造となっている。このLED4に電圧3.8V、総電流21mAを印加することにより上記紫外光を出力させた。
【0045】
更に、上記試験液AおよびBとは別に、900ppbの銀イオン溶液9mLと上記胞子懸濁液3の菌液1mLとの混合液(これを試験液Cとする)と、純水9mL(銀イオンを含まない)と上記胞子懸濁液3の菌液1mLとを入れた試験液(これを試験液Dとする)を用意した。これらの試験液の試験容器を、自然光や蛍光灯など光の影響を完全に取り除くため、直ちに暗箱5内に配置し、光を照射せずに静置し、15分後、30分後、60分後に試験液を採取した。
【0046】
以上の各試験液において、〔菌体+銀イオン+特定光照射〕の3つの要件を全て充足する上記試験液Aが本発明抗菌方法にかかる試験液となる。他方、〔菌体+特定光照射〕の2条件のみを充足する上記試験液B、〔菌体+銀イオン〕の2条件のみを充足する上記試験液C、〔菌体〕に対し銀イオンの接触および特定光照射の何れをも行わない試験液Dが、比較例となる。
【0047】
なお、上記各試験液の調製においては、紫外LED4が生体膜のイオンの膜透過を容易とさせる特定の光を出力する光源部として機能し、試験容器7が微生物に金属イオンを接
触させる接触部と、微生物に光源部が出力した光を照射する照射部として機能することになる。
【0048】
上記で調製した試験液A〜Dのそれぞれから試料液100μLを採取し、これを図1に示すポテト寒天培地6に塗抹し、25℃で7日間培養した後、培地上のコロニー数をカウントする方法により、その抗菌効果を確認した。この結果を図2に示した。
【0049】
図2から、Cladosporium cladosporioidesに銀イオンを接触させた状態で紫外光照射を行った試験液A(図中○)は、紫外光の照射を行わずに銀イオンを接触させた試験液C(図2中●)よりも1桁高い殺菌効果を奏することが認められた。
【0050】
また、試験液B(図中▲)と試験液D(図中△)との比較から、紫外光の照射のみでは全く抗菌効果が認められないことがわかった。
【0051】
これらの結果から、次のことが結論できる。上記実験で用いた紫外光の照射強度は、菌類を抗菌することのできる強度よりも十分に低い。よって、試験液A(○)と試験液C(●)における抗菌力の差は、紫外光自体の殺菌効果に起因するものではなく、この差は、紫外光照射によって菌体内への金属イオン取り込みが促進された結果と考えられる。すなわち、ピーク波長365nm、照射強度1800μW/cmの光の照射により、Cladosporium cladosporioides体内に銀イオンが取り込まれ易くなった結果、銀イオンの抗菌力が増加したものと考えられる。
【0052】
上述の結果から明らかなように、菌体に照射する特定の光は、菌類に抗菌作用を及ぼさない程度の弱い光強度で足りる。よって、本発明抗菌方法は人や動物の皮膚に繁殖した菌類を抗菌する方法としても利用可能である。更に、本発明抗菌方法を適用する際の安全性を高める観点からして、特定光はその光自体が菌体に抗菌作用を及ぼさない程度の照射強度及び/又は照射時間とするのが好ましい。
【0053】
(第2実験群)
上記Cladosporium cladosporioides(NBRC 6348)に代えて、Escherichia coli (NBRC-3972、大腸菌)を用いたこと以外は、上記第1実験群と同様にして4種類の試験液を調製
し、これらの試験液について抗菌試験を行った。なお、第2実験群で調製した試験液は、上記試験液A〜Dに対応させ、試験液2A〜2Dとする。
【0054】
抗菌試験結果を図3に示した。図3の▲−▲(試験液2A)は、〔菌体+銀イオン+特定光照射〕の3つの要件を全て充足するものであり、これは本発明例に該当する。他方、図3の●−●(試験液2C)は〔菌体+銀イオン〕の2条件のみを充足するものであり、△−△(試験液2B)は〔菌体+特定光照射〕の2条件のみを充足するものであり、○−○(試験液2D)は〔菌体〕に対し銀イオンの接触および特定光照射の何れをも行わないものであるので、これらは上記本発明例に対する比較例群となる。
【0055】
図3の結果から明らかなように、特定光の照射と銀イオン接触とを組み合わせると、特定光を照射しないで銀イオンと接触させた場合に比較し、3桁程度高い大腸菌抗菌効果が得られた(▲−▲、●−●参照)。また、特定光を照射したが銀イオンとは接触させなかった場合(△−△)、及び特定光を照射させず、銀イオンとも接触させない場合(○−○)の抗菌傾向は、上記真菌類(試験液B〜D)における場合と同様であった。
【0056】
(第3実験群)
ここでは、365nm、525nm、660nmのピーク波長が異なる3種類の特定光を用いて、特定光の種類と抗菌効果との関係を調べた。
具体的には、菌体として上記第1実験群と同じCladosporium cladosporioides(NBRC 6348)を用いた。光源としては、シップス社製LEDユニット(ピーク波長が365nm
・照射強度1800μW/cm,ピーク波長が525nm・照射強度2800μW/cm,ピーク波長が660nm・照射強度4000μW/cm)でそれぞれ出力させた。銀イオン濃度は600ppbとし、照射強度が525nmのものについては、菌体を1日間栄養分のないリン酸緩衝液に静置したもの(一日飢餓状態)を用い、その他の事項については上記第1実験群と同様とした。
【0057】
図4に抗菌試験結果を示した。図4から、波長365nm(○)および波長525nm(田)においては、高い抗菌力増強効果があることが認められた。他方、波長660nm(◇)では、抗菌力増強効果が殆ど認められなかった。
【0058】
波長660nmで抗菌力増強効果が認められないのは、この波長光では微生物体内に効率よく銀イオンを取り込ませることができないためと考えられる。
【0059】
上記結果から、特定の光としては、660nm以上であるものは好ましくない。よって、好ましくはピーク波長が660nm未満の光を使用し、より好ましくはピーク波長が600nm以下の光を使用する。ただし、ピーク波長が300nm未満の光は、生体細胞のDNAに損傷を与え、人や動物にも害を与えるため好ましくない。また、300nm未満の光は、抗菌装置(ハウジングなど)の早期劣化を招くので好ましくない。よって、抗菌力を増強するために使用する光として、好ましくはピーク波長が300〜600nmの光を用いるのがよい。
【0060】
(第4実験群)
上記第1実験群の試験液A(Cladosporium cladosporioides 特定光照射+銀イオン)、試験液C(光照射なし+銀イオン)、上記第2実験群の試験液2A(Escherichia coli
特定光照射+銀イオン)及び試験液2C(光照射なし+銀イオン)について、光照射後60分後に試験液をそれぞれ採取し、遠心分離法により試験液中の菌体を回収した。これらの菌体を0.1Mカコジル酸緩衝液と2%グルタルアルデヒドとを用いて4℃の環境で前固定した後、4℃の0.1Mカコジル酸緩衝液で3回洗浄し、さらに4℃で2%四酸化オスミウム水溶液に3時間浸透する方法により後固定処理した。
【0061】
次いで、上昇アルコール列で各10〜15分間処理した後、プロピレンオキサイドで10分間、3回処理し、さらにプロピレンオキサイド+エポキシ樹脂で1時間置換し、エポキシ樹脂(主剤Epon812、硬化剤DDSA、NMA、加速剤DMP-3060℃)で2日間包埋処理(樹脂を生体試料に浸透させるために、エポキシ樹脂内に2日間放置(処理温度60℃))を行った。
【0062】
このようにして得られた試料を、ウルトラミクロトームを用いて薄片化し、チャージアップ防止のためにカーボン膜で補強を行い、エネルギーフィルター型透過型電子顕微鏡(EF-TEM)観察用試料を作製した。この試料を、EDAX社製R−TEM Super UTWを用いて、電子顕微鏡観察及びエネルギー分散型エックス線分析を行った。
【0063】
その結果、Cladosporium cladosporioidesにかかる試料Aついては、電子顕微鏡観察において銀の結晶を確認できなかったが、エックス線分析において細胞膜付近ではなく、菌体内部の特定箇所に銀が偏在していることが確認された。Escherichia coliにかかる試料2Aついては、銀が細胞膜周囲ではなく、細胞の中央部分に存在することが確認された。また、光照射を行わなかった試料C、2Cについては、顕微鏡観察、エックス線分析ともに、細胞内部に銀は検出できなかった。
【0064】
これらの結果から、銀イオンは、特定光照射により、菌体の内部に取り込まれて抗菌作用を発揮するものと考えられ、特定光の照射により銀イオンの取り込みが顕著に促進されるため、より強い抗菌効果を発現するものと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明にかかる抗菌方法によると、抗菌性イオン濃度が同じであっても確実かつ迅速に微生物の生育を阻止できる。このような本発明抗菌方法を用いると、自然環境への汚染が少なく、人に優しい抗菌を実現することができる。よって、その産業上の意義は大きい。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】図1は、本発明抗菌方法を説明する図である。
【図2】図2は、Cladosporium cladosporioides (NBRC 6348)を用いた場合における抗菌試験結果を示す。
【図3】図3は、Escherichia coli (NBRC-3972)を用いた場合における抗菌試験結果を示す。
【図4】図4は、特定光の波長と抗菌効果との関係を説明する抗菌試験結果である。
【符号の説明】
【0067】
1 銀プレート
2 容器
3 菌溶液
4 LED(光源部)
5 暗箱
6 寒天培地
7 試験容器(接触部且つ照射部)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオンを用いて微生物の発育を阻止する抗菌方法であって、
特定の光を微生物に照射した後に、又は照射しつつ、当該微生物にイオンを接触させる、
ことを特徴とする抗菌方法。
【請求項2】
前記イオンが、金属イオンである、
ことを特徴とする請求項1に記載の抗菌方法。
【請求項3】
前記特定の光が、生体膜のイオン透過チャンネルに作用する光である、
ことを特徴とする請求項1に記載の抗菌方法。
【請求項4】
前記金属イオンが、金属イオン含有溶液に含まれる金属イオンである、
ことを特徴とする請求項2に記載の抗菌方法。
【請求項5】
前記特定の光が、300nm以上600nm以下の範囲にピーク波長を有する光である、
ことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の抗菌方法。
【請求項6】
前記特定の光の照射強度が500〜5000μW/cmである、
ことを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の抗菌方法。
【請求項7】
前記金属イオンは、銀イオン、銅イオン、亜鉛イオンからなる群より選択された1種以上のイオンである、
ことを特徴とする請求項2〜6のいずれか1項に記載の抗菌方法。
【請求項8】
前記金属イオン含有溶液に含まれる金属イオンの濃度が1ppb以上10ppm以下である、
ことを特徴とする請求項4に記載の抗菌方法。
【請求項9】
前記微生物が、原核生物である、
ことを特徴とする請求項1〜8のいずれか1項に記載の抗菌方法。
【請求項10】
前記微生物が、真核生物である、
ことを特徴とする請求項1〜8のいずれか1項に記載の抗菌方法。
【請求項11】
300〜600nmの範囲にピーク波長を有し、且つ照射強度が500〜5000μW/cmである光を出力する光源部と、
微生物にイオンを接触させる接触部と、
微生物に前記光源部が出力した光を照射する照射部と、
を備えることを特徴とする抗菌装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−220967(P2008−220967A)
【公開日】平成20年9月25日(2008.9.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−90328(P2008−90328)
【出願日】平成20年3月31日(2008.3.31)
【分割の表示】特願2007−51829(P2007−51829)の分割
【原出願日】平成19年3月1日(2007.3.1)
【出願人】(000005049)シャープ株式会社 (33,933)
【Fターム(参考)】