抗血栓性材料及びその製造方法
【課題】血小板の粘着及び血液凝固因子の活性化の両方を低減した抗血栓性材料を実現できるようにする。
【解決手段】抗血栓性材料は、基材の表面に形成された炭素質薄膜からなる抗血栓性材料を対象とし、炭素が互いに結合した膜本体を備えている。膜本体を構成する炭素と結合したアミノ基及びカルボキシル基が存在している。
【解決手段】抗血栓性材料は、基材の表面に形成された炭素質薄膜からなる抗血栓性材料を対象とし、炭素が互いに結合した膜本体を備えている。膜本体を構成する炭素と結合したアミノ基及びカルボキシル基が存在している。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗血栓性材料及びその製造方法に関し、特に血液と直接接触する医療器具等に用いる抗血栓性材料及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
医療技術の進歩に伴い、医療器具と血液とが接触する機会が増加している。このため、血液及び生体組織との適合性(生体適合性)の重要度が高くなっている。中でも、血液の凝固を防ぐ抗血栓性が、血液と接触する医療器具においては非常に重要である。医療器具に抗血栓性を付与する方法として、現在のところ親水性の高分子材料による医療器具の被覆が主に行われている。また、医療器具の表面にヘパリン等の抗血栓性の材料を固定したり、ヘパリンを除放する高分子材料を固定したりする方法も知られている。
【0003】
しかし、医療器具を高分子材料により被覆する場合には、医療器具と高分子材料とを十分密着させることが困難であるという問題がある。医療器具の基材は金属製である場合が多く、基材から高分子材料が剥がれ落ちてしまうことが多い。また、ヘパリン等を固定する場合にも同じ問題が生じる。特に、ヘパリンを用いる場合には、動物由来のため感染症の問題が生じたり、過剰投与による血量の増大等の問題が生じたりすることが知られている。
【0004】
これらの問題を解決する方法として、ダイヤモンド様薄膜(DLC膜)に代表される炭素質薄膜による医療器具の被覆が注目を集めている。炭素質薄膜は、金属及びその他の材料の表面に強固な皮膜として形成できる。このため、高分子材料と比べて医療器具の基材から剥がれにくいという効果が得られる。さらに、炭素質薄膜は、耐摩耗性及び耐蝕性に優れているため、医療器具の耐久性を向上させることができるという特徴を有している。
【0005】
炭素質薄膜は、平滑で不活性な材料であるため、それ自体もある程度の生体適合性を有している。炭素質薄膜の抗血栓性をさらに向上させる方法として、医療器具を被覆する炭素質薄膜にプラズマを照射することにより、炭素質薄膜に反応性の部位を形成し、形成した反応性の部位を用いて炭素質薄膜に親水性を付与する方法が知られている(例えば、特許文献1を参照。)。
【特許文献1】国際公開第2005/97673号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、前記従来の炭素質薄膜を親水性とすることによる抗血栓性の向上には、以下のような問題があることを本願発明者らは見いだした。
【0007】
血栓の原因となる血液の凝固は、血小板の凝集による血液凝固因子の活性化と、異物による血液凝固因子の活性化とが関係している。このため、医療器具に抗血栓性を付与するためには、医療器具の表面への血小板の粘着の防止と、医療器具による血液凝固因子の活性化の防止とが必要となる。
【0008】
本願発明者らの検討の結果、親水性を付与した炭素質薄膜は、血小板の粘着量を低減する効果は非常に高いが、血液凝固因子の活性化を防止する効果が低いことが明らかとなった。
【0009】
本発明は、本願発明者らが見いだした前記の知見に基づいてなされたものであり、血小板の粘着及び血液凝固因子の活性化の両方を低減した抗血栓性材料を実現できるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記の目的を達成するため、本発明は抗血栓性材料を、アミノ基及びカルボキシル基を有する構成とする。
【0011】
具体的に本発明に係る抗血栓性材料は、基材の表面に形成された炭素質薄膜からなる抗血栓性材料を対象とし、炭素が互いに結合して形成された膜本体と、膜本体に導入されたアミノ基及びカルボキシル基とを備えていることを特徴とする。
【0012】
本発明の抗血栓性材料は、アミノ基及びカルボキシル基を備えている。このような両性イオン構造とすることにより、血小板の粘着と血液凝固因子の活性化との両方を抑えることができる。従って、優れた抗血栓性材料を実現することが可能となる。
【0013】
本発明の抗血栓性材料は、カルボキシル基の存在比率が0.02以下である構成としてもよい。また、アミノ基の存在比率が0.05以上である構成としてもよい。
【0014】
本発明の抗血栓性材料は、アミノ基とカルボキシル基との比率が2.5以上である構成としてもよい。なお、アミノ基とカルボキシル基との比率は、X線光電子分光分析(XPS)法により求めた値である。
【0015】
本発明の抗血栓性材料において、酸素の存在比率は0.1以下であることが好ましい。
【0016】
本発明の抗血栓性材料において、膜本体はシリコンを含み、シリコンの存在比率が0.0375以下であってもよい。
とが好ましい。
【0017】
本発明に係る抗血栓性材料の製造方法は、基材の表面に炭素質薄膜を形成する工程(a)と、炭素質薄膜にプラズマを照射することにより炭素質薄膜にアミノ基及びカルボキシル基を導入する工程(b)とを備えていることを特徴とする。
【0018】
本発明の抗血栓性材料の製造方法は、炭素質薄膜にプラズマを照射することにより炭素質薄膜にアミノ基及びカルボキシル基を導入する工程を備えている。このため、炭素質薄膜の表面においてマイナスのチャージを持つ官能基とプラスのチャージを持つ官能器とのバランスにより血小板に対する適合性と、血液凝固因子に対する適合性との両方を向上させることができる。
【0019】
本発明の抗血栓性材料の製造方法において工程(b)では、アミノ基の存在比率を0.05以上とすると共に、カルボキシル基の存在比率を0.02以下とする構成としてもよい。
【0020】
本発明の抗血栓性材料の製造方法において、工程(b)では、アミノ基とカルボキシル基との比率を2.5以上とする構成としてもよい。
【0021】
本発明の抗血栓性材料の製造方法において、工程(b)では、アンモニアのプラズマを照射してもよく、酸素のプラズマとアンモニアのプラズマとを順次照射してもよい。
【0022】
本発明の抗血栓性材料の製造方法において、工程(a)では、Siを含む炭素質薄膜を形成し、Siの含有量が0.0375以下である構成としてもよい。
【発明の効果】
【0023】
本発明に係る抗血栓性材料及びその製造方法によれば、血小板の粘着及び血液凝固因子の活性化の両方を低減した抗血栓性材料を実現できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
本発明に係る抗血栓性材料は、基材の表面に形成された炭素質薄膜である。炭素質薄膜は、SP2(グラファイト)結合した炭素及びSP3(ダイヤモンド)結合した炭素を含む炭素骨格を主成分とし、いわゆるダイヤモンド様薄膜(DLC膜)に代表される薄膜である。
【0025】
炭素質薄膜にプラズマを照射することにより、炭素−炭素結合等が開裂し、反応性の部位ができる。この反応性の部位と酸素とが反応することによりカルボキシル基が生成する。これにより、炭素質薄膜の表面は親水性となる。従来は、炭素質薄膜の表面を親水性とすることにより、抗血栓性を向上させようとしていた。
【0026】
炭素質薄膜の表面を親水性とすることにより、血小板の粘着を抑えることができ、血小板に対する適合性は向上する。しかし、本願発明者らの検討の結果、トロンビン−アンチトロンビンIII複合体(TAT)の産生量が増大し、血液凝固因子に対する適合性が低下してしまうことが明らかとなった。
【0027】
また、後で詳細に説明するが、血液凝固因子に対する適合性を向上するためには、炭素質薄膜にカルボキシル基成分(O=C−O)とアミノ基成分(−NH2)が導入されており、−NH2とO=C−Oとの比率(−NH2/O=C−O)が2.5以上であることが好ましいことを見いだした。
【0028】
以下に、本発明に係る抗血栓性材料について、実施例を用いてさらに詳細に説明する。
【0029】
(一実施例)
−炭素質薄膜の形成−
本実施例において基材には、ステンレス(SUS316)板を用いた。血小板粘着試験用には、6mm角の試料を作成し、トロンビン・アンチトロンビンIII複合体の定量用には、直径46mmの試料を作成した。
【0030】
基材をイオン化蒸着装置のチャンバ内にセットし、チャンバーにアルゴンガス(Ar)を圧力が10-1Pa〜10-3Pa(10-3Torr〜10-5Torr)となるように導入した後、放電を行うことによりArイオン発生させ、発生したArイオンを基材の表面に衝突させるボンバードクリーニングを約30分間行った。
【0031】
続いて、チャンバにテトラメチルシラン(Si(CH3)4)を3分間導入し、珪素(Si)及び炭素(C)を主成分とするアモルファス状で膜厚が20nmの中間層を形成した。
【0032】
中間層を形成した後、C6H6ガスをチャンバーに導入し、ガス圧を10-1Paとした。C6H6を30ml/分の速度で連続的に導入しながら放電を行うことによりC6H6をイオン化し、イオン化蒸着を約2分間行った。厚さ30nmのDLC膜である炭素質薄膜を基材の表面に形成した。
【0033】
炭素質薄膜を形成する際のターゲット電圧は1.5kV、ターゲット電流は50mA、フィラメント電圧は14V、フィラメント電流は30A、アノード電圧は50V、アノード電流は0.6A、リフレクタ電圧は50V、リフレクタ電流は6mAとした。また、形成時における基材の温度は約160℃であった。
【0034】
なお、中間層は基材と炭素質薄膜との密着性を向上させるために設けており、基材とDLC膜との密着性を十分に確保できる場合には省略してもよい。
【0035】
本実施例においては、基材に金属を用いたが、どのような材質であってもよい。具体的には、特に限定されるものではないが例えば、鉄、ニッケル、クロム、銅、チタン、白金、タングステン又はタンタル等の金属を基材として用いることができる。また、これらの合金である、SUS316L等のステンレス鋼、Ti−Ni合金若しくはCu−Al−Mn合金等の形状記憶合金、Cu−Zn合金、Ni−Al合金、チタン合金、タンタル合金、プラチナ合金又はタングステン合金等の合金を用いることもできる。また、アルミ、シリコン若しくはジルコン等の酸化物、窒化物若しくは炭化物等の生体不活性なセラミックス又はアパタイト若しくは生体ガラス等の生体活性を有するセラミックスでもよい。さらに、ポリメタクリル酸メチル(PMMA)、高密度ポリエチレン若しくはポリアセタール等の高分子樹脂又はポリジメチルシロキサン等のシリコンポリマー若しくはポリテトラフルオロエチレン等のフッ素系ポリマー等であってもよい。
【0036】
また、形状も板状に限らずどのような形状であってもよく、医療器具等の状態に成形されたものであっても、成形前の材料の状態であってもよい。
【0037】
炭素質薄膜の形成は、スパッタ法に代えて、DCマグネトロンスパッタ法、RFマグネトロンスパッタ法、化学気相堆積法(CVD法)、プラズマCVD法、プラズマイオン注入法、重畳型RFプラズマイオン注入法、イオンプレーティング法、アークイオンプレーティング法、イオンビーム蒸着法又はレーザーアブレーション法等を用いてもよい。
【0038】
炭素質薄膜の膜厚は、特に限定されるものではないが、0.005μm〜3μmの範囲が好ましく、より好ましくは0.01μm〜1μmの範囲である。
【0039】
また、炭素質薄膜は、シリコン(Si)を含有していてもよい。炭素質薄膜を形成する際に、炭素源に加えてシリコン源を同時に供給すれば、Siを含む炭素質薄膜が形成できる。
【0040】
また、炭素質薄膜は、フッ素(F)を含有していてもよい。炭素質薄膜を形成する際に、炭素源に加えてフッ素源を同時に供給すれば、Fを含む炭素質薄膜が形成できる。
【0041】
中間層は、基材の種類に応じて種々のものを用いることができるが、シリコン(Si)と炭素(C)、チタン(Ti)と炭素(C)又はクロム(Cr)と炭素(C)からなるアモルファス膜等の公知のものを用いることができる。その厚みは特に限定されるものではないが、0.005μm〜0.3μmの範囲が好ましく、より好ましくは0.01μm〜0.1μmの範囲である。
【0042】
中間層はスパッタ法に代えて、CVD法、プラズマCVD法、溶射法、イオンプレーティング法又はアークイオンプレーティング法等を用いて形成してもよい。
【0043】
−プラズマ照射−
次に、得られた炭素質薄膜の抗血栓性を向上させるため、プラズマ照射を行った。プラズマ照射は、図1に示すような平行平板型のプラズマ照射装置により行った。プラズマ照射装置のチャンバ10内に炭素質薄膜を形成した基材11をセットした後、チャンバ10内の圧力を所定の圧力まで排気した。チャンバ10内の圧力を高真空状態とする場合には、ターボ分子ポンプを用いて排気を行った。次に、チャンバ10内にガスを所定の流量で導入し、平行平板電極12Aと12Bとの間に高周波電力を印加することによりプラズマを発生させた。高周波電力は、マッチングボックス14を介して接続された高周波電源15を用いて印加した。ガス流量の調整はマスフローコントローラ13により行った。
【0044】
本実施例においては、アルゴン(Ar)、酸素(O2)、アセチレン(C2H2)、アンモニア(NH3)及びC2H2とO2との混合ガス(Ar/O2)の5種類のガスを用い、表1に示すような7種類の条件についてプラズマ照射を行った。なお、プラズマの照射時間は1つのガスにつき15秒とした。
【0045】
【表1】
【0046】
表1において、高真空とは、ターボ分子ポンプを用いて一旦チャンバ内を高真空状態とした後、ガスを導入したことを示している。本実施例においては、高真空状態の場合における到達真空度は5×10-3Paであり、通常のプラズマ照射における到達真空度は2Paであった。
【0047】
なお、プラズマ照射装置は、どのような構造のものを用いてもよい。また、放電形式についても、どのようなものを用いてもよく、例えば平行平板方式、アフターグロー放電方式、電磁誘導型及び有磁場型等を用いればよい。プラズマ照射条件は特に限定されない。例えば、プラズマ発生用の電源としては、商用周波数(50Hz又は60Hz)、高周波(ラジオ周波数)又はマイクロ波領域等の各種の電源周波数を用いることができる。さらに、原料ガスの圧力制御方法や供給構造についても特に限定するものではない。しかし、であまりエッチングレートが大きいプラズマ照射条件を用いると、炭素質薄膜にダメージを与えるおそれがある。
【0048】
−組成評価−
得られた、プラズマ照射炭素質薄膜の組成は、X線光電子分光分析(XPS)法を用いて評価した。測定には、日本電子株式会社製の光電子分光装置JPS−9010MCを用いた。X線源にはAlを用い、加速電圧が12.5kVで、エミッション電流が17.5mAの条件でX線を発生させた。試料中から任意に選択した直径5mmのエリアについて測定を行った。また、X線を試料に対して垂直に入射させ、検出角度を0度とすることにより、5nm程度の深さまでの組成を測定している。
【0049】
結合エネルギの測定領域は、274eV〜294eV、389eV〜409eV及び522eV〜542eVとし、それぞれC1s、N1s及びO1sのピークを得た。得られたピークの面積比を比較することにより炭素に対する酸素の存在比O/C及び炭素に対する窒素の存在比N/Cを求めた。また、C1sピークは、カーブフィッテングによりC−C成分、C−O成分、C=O成分及びO=C−O成分に分割した。O=C−O成分のC1sピークに対する面積比を求めることによりカルボキシル基成分(O=C−O)の全炭素に対する存在比O=C−O/Cを求めた。
【0050】
−血小板に対する適合性評価−
血小板に対する適合性は、血小板を材料表面に所定時間接触させ、試料表面に粘着した血小板数の大小により適合性の良否を判定した。
【0051】
血小板の試料への粘着量は、以下のようにして測定した。まず、6mm×6mmに調整した試料の表面に血小板浮遊血漿130μlを置く。続いて、プラスチックシャーレで蓋をした常態で、37℃にて60分間インキュベートした。インキュベート終了後、試料をpH7.4のリン酸バッファー(PBS)にて3回洗浄した。次いで1%グルタルアルデヒド/PBSに試料を浸漬し、4℃にて60分間静置することにより、粘着した血小板を固定した。続いてこの試料をPBS、PBS/蒸留水(75/25)、PBS/蒸留水(50/50)、PBS/蒸留水(25/75)及び蒸留水を順に用いて3回ずつ洗浄した。洗浄済みの試料を凍結乾燥した後、試料に対し白金蒸着を行った。白金蒸着を行った試料の表面を走査型電子鏡(日本電子、SEM−840)を用い拡大率1000倍にてランダムに5視野について写真撮影し、5視野の粘着血小板数を合計し、単位面積あたりの血小板数を求めた。
【0052】
血小板浮遊血漿は、以下のようにして調整した。健常者から採取した全血を、クエン酸加血(全血/3.8%クエン酸ナトリウム溶液=95/5 vol/vol)とし、これを室温にて1500rpmで10分間遠心し、上澄から血小板多血漿(PRP)を1ml採取した。残りの血液をさらに3000rpmで10分間遠心し、上澄から血小板貧血漿(PPR)を1mlを採取した。次いで血球カウンター(シスメックス社、Sysmex K-1000)にてPRP及びPPP中の血小板数を計測した。PRPをPPPにより希釈することにより血小板数が10万個/μlの血小板浮遊血漿を調製した。
【0053】
−血液凝固因子に対する適合性評価−
血液凝固因子に対する適合性は、トロンビン・アンチトロンビンIII複合体(TAT)の生成量を定量することにより行った。
【0054】
血液凝固因子(凝固系)が活性化することにより産生され、血液凝固反応を主に司る酵素となるトロンビンはアンチトロンビンIIIによって速やかにトロンビン・アンチトロンビンIII複合体(TAT)となって失活する。そのため、産生トロンビン量を直接定量することは困難なことが知られており、TATの血中濃度を求めることで、産生トロンビン量を見積もることが一般的に行われている。従って、凝固系に対する適合性は、試料と全血とを所定時間接触させた際のTATの産生量から判断した。
【0055】
アクリル製のC形スペーサ(内径:40mm、外径:46mm、厚さ:0.8mm)の片面にpoly(2-methoxyethyl acylate)をコートしたポリエチレンテレフタレート(PET)製のシート(φ=46mm)を両面接着テープにより接着する。C型スペーサのもう一方の面には、直径46mmの試料を両面接着テープにより貼り付け、容積1000μlの試料チャンバを作製する。
【0056】
健常人より採血したヘパリン化全血(2IU/ml)を試料チャンバに1000μl注入し、セロファンテープにて封をした。血球沈降を防ぐため、このチャンバーを垂直回転ローターに取り付けて回転(約4.7rpm)させながら37℃で120分間インキュベートした。インキュベート終了後、チャンバーから全血を回収し3.8%クエン酸Na水溶液110μlを加え、10℃、3000rpm、10分の条件で遠心分離した。
【0057】
上澄みとして得られた血漿中のTAT濃度を市販のTAT用酵素免疫定量法キット(Enzyme Research Laboratories社製TAT−EIA)とマイクロプレートリーダー(Molecular Device社製、Thermo Max)とを用いて定量した。ELISAの操作はキット付属のマニュアルに従って実施した(測定波長450nm)。なお、C型スペーサの両面にpoly(2-methoxyethyl acylate)をコートしたPETフィルムを接着した場合をコントロールとした。
【0058】
−炭素質薄膜の評価結果−
図2は、得られた試料について、血小板に対する適合性を評価した結果を示している。プラズマ照射を行った炭素質薄膜の他に、対照試料として、プラズマを照射していない未処理の炭素質薄膜、PETフィルム及びステンレス(SUS316)板についても測定を行った。
【0059】
図2に示すように、炭素質薄膜にプラズマを照射することにより、未処理の炭素質薄膜と比べて血小板の粘着量が大きく低下している。このことから、プラズマ照射により炭素質薄膜の血小板に対する血液適合性が向上することが明らかである。また、プラズマ照射を行った試料の中では、O2プラズマの照射が行われている場合に、血小板に対する適合性が高くなる傾向を示している。これは、プラズマ照射により、炭素質薄膜の表面にカルボキシル基及び水酸基等の官能基が導入されたことによるのではないかと考えられる。
【0060】
図3は、血液凝固因子に対する適合性を評価した結果を示している。図3において縦軸は、評価前後の血液中のTAT量の比を示している。図3に示すように、プラズマ照射を行った炭素質薄膜は、TAT産生量が非常に多いものと、少ないものとに別れた。Arプラズマを照射した場合(Ar)、ArプラズマとNH3プラズマとを順次照射した場合(Ar+NH3)、C2H2プラズマとO2プラズマとを順次照射した場合(C2H2+O2)及びC2H2とO2との混合ガスのプラズマとO2プラズマとを順次照射した場合(C2H2/O2+O2)には、TAT産生量が非常に多かった。一方、一旦高真空状態とした後、NH3プラズマを照射した場合(NH3(高真空))及びO2プラズマとNH3プラズマとを順次照射した場合(O2+NH3(高真空))には、TAT産生量が少なく、優れた適合性を示した。
【0061】
図4は、各試料について、XPSにより求めた酸素の炭素に対する存在比率(O/C)及び窒素の炭素に対する存在比率(N/C)を示している。血液凝固因子に対する適合性が高い試料は、比較的O/Cの値が小さく、血液凝固因子に対する適合性が低い材料は、比較的O/Cの値が大きい傾向が認められた。また、血液凝固因子に対する適合性が高い試料は、N/Cの値が高い傾向も認められた。
【0062】
そこで、O/C及びN/Cの内容についてさらに詳細に検討を行った。図5及び図6は、得られた試料についてXPS測定を行った結果の一例を示している。図5は、プラズマ照射がO2+NH3の場合の結果を示し、図6は、C2H2+O2の場合の結果を示している。
【0063】
図5に示すように、O2+NH3では、N1sピーク及びO1sピークが観察され、炭素質薄膜に窒素及び酸素が導入されていることが明らかである。N1sピークは、398.9eVに出現している。これは、アミン及びアミドのN1sの束縛エネルギ(400±1eV)からずれており、NH3プラズマを照射した場合に導入された窒素は、アミノ基(−NH2)成分の状態になっていると考えられる。このため、N/Cの値をアミノ基の存在比率とみなして以後の検討を行った。C1sピークをカーブフィッティングによりC−C、C−O、C=O及びO=C−Oの各成分に分解すると、O=C−O成分はほとんど導入されていないことがわかる。
【0064】
一方、図6に示すように、C2H2+O2プラズマの場合には、N1sピークは観察されず、大きなO1sピークが観察された。また、C1sピークのカーブフィッティングの結果から、O=C−O成分がかなり含まれていることが明らかとなった。
【0065】
このように、同じO2プラズマを照射する工程を含んでいても、種類及び順序等の他のプラズマとの組み合わせ方によって、炭素質薄膜へのO=C−O成分の導入量は大きく変化する。このため、以下においては、各試料へのO=C−O成分の導入量に着目して抗血栓性を評価する。
【0066】
図7は、各試料について、XPSにより求めたO=C−O成分の炭素に対する存在比率O=C−O/Cを示している。血液凝固因子に対する適合性が高い試料はO=C−O/Cの値が比較的小さく、適合性が低い試料はO=C−O/Cの値が比較的大きいことがわかる。
【0067】
図8は、O=C−O/Cの値に対してTAT生成量及び血小板粘着量をプロットしている。図8に示すように血小板粘着量は、O=C−O/Cの値にほとんど影響されない。しかし、TAT産生量は、O=C−O/Cの値が大きくなると急激に増大する。このため、血小板に対する適合性と、血液凝固因子に対する適合性との両方を実現するためには、O=C−O/Cの値を小さくする必要があり、O=C−O/Cの値を0.02以下とすることが好ましい。また、O=C−O/Cの値は、O/Cの値が小さいほど小さくなる傾向があるため、O/Cの値は、0.1以下とすることが好ましい。
【0068】
一方、図4に示すように、N/Cの値が大きい試料は、N/Cの値が低い試料よりも血液凝固因子に対する適合性が高い傾向が認められている。そこで、アミノ基の導入量の指標となるN/Cの値に着目した観点からの抗血栓性の評価も行った。
【0069】
図9は、各試料についてN/C(−NH2/C)とTAT産生量及び血小板粘着量との関係を示している。血小板粘着量は、N/Cの値にほとんど影響されない。しかし、TAT産生量は、N/Cの値が大きくなると次第に低下している。従って、血小板と血液凝固因子との両方に対して適合性を有するためには、N/Cの値が大きいことが必要であり、N/C(−NH2/C)の値が0.05以上であることが好ましい。
【0070】
O=C−O/Cの値が小さく且つ−NH2/Cの値が大きい場合に、血小板と血液凝固因子との両方に対して優れた適合性を示す理由は明確ではない。しかし、O=C−O/Cは負の電荷を有する官能基であり、−NH2/Cは正の電荷を有する官能基である。従って、炭素質薄膜の表面における、正負の電荷のバランスが影響しているのではないかと考えられる。
【0071】
図10は、−NH2成分とO=C−O成分との比率と血液凝固因子に対する適合性との関係を示している。図10において−NH2成分とO=C−O成分との比率−NH2/O=C−Oは、(N/C)/(O=C−O/C)により求めている。図10に示すように、−NH2/O=C−Oの値が大きいほど、血液凝固因子に対する適合性が向上し、少なくとも−NH2/O=C−Oの値が2.5以上であることが好ましい。
【0072】
−NH2成分の導入率つまり、N/Cの値は、プラズマの照射時間、プラズマ密度及び高周波電力等の条件を変えることにより変更することが可能である。また、チャンバ内の酸素の影響も受けると考えられる。ガスを導入する前の、チャンバ内の真空度を2Pa程度とした場合の方が、高真空状態(5×10-3Pa)とした場合よりもN/Cの値を高くすることができた。但し、チャンバ内の真空度が低い場合には、O=C−O成分の導入量も上昇する傾向にあった。
【0073】
以上説明したように、炭素質薄膜に対して、NH3プラズマ又はO2プラズマの後にNH3プラズマを照射することにより、カルボキシル基とアミノ基とを炭素質薄膜に導入した場合には、血小板及び血液凝固因子の両方に対する適合性に優れた抗血栓性材料を得ることができた。この場合、カルボキシル基の導入量を示すO=C−O/Cの値が0.02以下であり且つアミノ基の導入量を示すN/Cの値が0.05以上であることが好ましい。また、アミノ基とカルボキシル基との比率を示す(N/C)/(O−C−O/C)の値が2.5以上であってもよい。
【0074】
また、プラズマを照射する炭素質薄膜をSiを含む炭素質薄膜としてもよい。但し、Siの含有量が増加するとプラズマを照射した際に、Siの酸化が促進され、官能基が導入しにくくなる。図11は、Siの存在比率と血小板に対する適合性との関係を示している。Siの存在比率(Si/C)の値が大きくなると、官能基の導入量が低下するため、血小板に対する適合性は低下する。このため、Siの存在比率は、0.0375以下とすることが好ましい。なお、図11において、Siの存在比率とは、XPS法により測定した炭素質薄膜中の全炭素に対するSiの割合である。
【0075】
本発明の抗血栓性材料は、血小板及び血液凝固因子の両方に対して優れた適合性を有するため、血液と接触する医療器具の表面を覆う材料として非常に有用である。具体的には、ステント、カテーテル、バルーンカテーテル、ガイドワイヤ、ペースメーカーリード、体内留置用器材、注射針、メス、真空採血管、輸液バッグ、プレフィルドシリンジ及び傷口保持部品等の表面を覆うことにより、これらの医療器具に優れた抗血栓性を付与できる。また、人工心臓弁膜、人工透析膜、人工心臓、人工肺、人工関節等の人工臓器にも同様に優れた抗血栓性を付与できる。
【0076】
医療器具及び人工臓器等を形成する基材(母材)には、金属材料、セラミックス材料、ゴム及び樹脂等の高分子材料並びにこれらの複合体等の様々なものが用いられている。しかし、どのような材料の表面にも実施例において示した炭素質薄膜を形成することができ、抗血栓性材料とすることが可能である。さらに、本発明の抗血栓性材料は医療器具表面への処理のみならず、医療器具に用いるワイヤ、チューブ及び平板等の素材並びにこれらの素材を医療器具に形成したもの及び途中形成のものであってもよい。
【産業上の利用可能性】
【0077】
本発明に係る抗血栓性材料及びその製造方法は、血小板の粘着及び血液凝固因子の活性化の両方を低減した抗血栓性材料を実現でき、特に生体内で使用する医療器具等に用いる抗血栓性材料及びその製造方法等として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0078】
【図1】本発明の一実施例において用いたプラズマ照射装置を示す概略図である。
【図2】本発明の一実施例において得られた各試料の血小板に対する適合性を示すグラフである。
【図3】本発明の一実施例において得られた各試料の血液凝固因子に対する適合性を示すグラフである。
【図4】本発明の一実施例において得られた各試料の窒素の存在比率と酸素の存在比率とを示すグラフである。
【図5】本発明の一実施例においてO2プラズマとNH3プラズマとを順次照射することにより得られた試料のX線光電子分光分析の結果である。
【図6】本発明の一実施例においてC2H2プラズマとO2プラズマとを順次照射することにより得られた試料のX線光電子分光分析の結果である。
【図7】本発明の一実施例において得られた各試料のカルボキシル基の存在比率を示すグラフである。
【図8】本発明の一実施例において得られた各試料について、カルボキシル基の存在比率と抗血栓性との関係を示すグラフである。
【図9】本発明の一実施例において得られた各試料について、窒素の存在比率と抗血栓性との関係を示すグラフである。
【図10】本発明の一実施例において得られた各試料について、アミノ基とカルボキシル基との比率と、抗血栓性との関係を示すグラフである。
【図11】本発明の一実施例において、シリコンの存在比率と抗血栓性との関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0079】
10 チャンバ
11 基材
12A 平行平板電極
12B 平行平板電極
13 マスフローコントローラ
14 マッチングボックス
15 高周波電源
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗血栓性材料及びその製造方法に関し、特に血液と直接接触する医療器具等に用いる抗血栓性材料及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
医療技術の進歩に伴い、医療器具と血液とが接触する機会が増加している。このため、血液及び生体組織との適合性(生体適合性)の重要度が高くなっている。中でも、血液の凝固を防ぐ抗血栓性が、血液と接触する医療器具においては非常に重要である。医療器具に抗血栓性を付与する方法として、現在のところ親水性の高分子材料による医療器具の被覆が主に行われている。また、医療器具の表面にヘパリン等の抗血栓性の材料を固定したり、ヘパリンを除放する高分子材料を固定したりする方法も知られている。
【0003】
しかし、医療器具を高分子材料により被覆する場合には、医療器具と高分子材料とを十分密着させることが困難であるという問題がある。医療器具の基材は金属製である場合が多く、基材から高分子材料が剥がれ落ちてしまうことが多い。また、ヘパリン等を固定する場合にも同じ問題が生じる。特に、ヘパリンを用いる場合には、動物由来のため感染症の問題が生じたり、過剰投与による血量の増大等の問題が生じたりすることが知られている。
【0004】
これらの問題を解決する方法として、ダイヤモンド様薄膜(DLC膜)に代表される炭素質薄膜による医療器具の被覆が注目を集めている。炭素質薄膜は、金属及びその他の材料の表面に強固な皮膜として形成できる。このため、高分子材料と比べて医療器具の基材から剥がれにくいという効果が得られる。さらに、炭素質薄膜は、耐摩耗性及び耐蝕性に優れているため、医療器具の耐久性を向上させることができるという特徴を有している。
【0005】
炭素質薄膜は、平滑で不活性な材料であるため、それ自体もある程度の生体適合性を有している。炭素質薄膜の抗血栓性をさらに向上させる方法として、医療器具を被覆する炭素質薄膜にプラズマを照射することにより、炭素質薄膜に反応性の部位を形成し、形成した反応性の部位を用いて炭素質薄膜に親水性を付与する方法が知られている(例えば、特許文献1を参照。)。
【特許文献1】国際公開第2005/97673号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、前記従来の炭素質薄膜を親水性とすることによる抗血栓性の向上には、以下のような問題があることを本願発明者らは見いだした。
【0007】
血栓の原因となる血液の凝固は、血小板の凝集による血液凝固因子の活性化と、異物による血液凝固因子の活性化とが関係している。このため、医療器具に抗血栓性を付与するためには、医療器具の表面への血小板の粘着の防止と、医療器具による血液凝固因子の活性化の防止とが必要となる。
【0008】
本願発明者らの検討の結果、親水性を付与した炭素質薄膜は、血小板の粘着量を低減する効果は非常に高いが、血液凝固因子の活性化を防止する効果が低いことが明らかとなった。
【0009】
本発明は、本願発明者らが見いだした前記の知見に基づいてなされたものであり、血小板の粘着及び血液凝固因子の活性化の両方を低減した抗血栓性材料を実現できるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記の目的を達成するため、本発明は抗血栓性材料を、アミノ基及びカルボキシル基を有する構成とする。
【0011】
具体的に本発明に係る抗血栓性材料は、基材の表面に形成された炭素質薄膜からなる抗血栓性材料を対象とし、炭素が互いに結合して形成された膜本体と、膜本体に導入されたアミノ基及びカルボキシル基とを備えていることを特徴とする。
【0012】
本発明の抗血栓性材料は、アミノ基及びカルボキシル基を備えている。このような両性イオン構造とすることにより、血小板の粘着と血液凝固因子の活性化との両方を抑えることができる。従って、優れた抗血栓性材料を実現することが可能となる。
【0013】
本発明の抗血栓性材料は、カルボキシル基の存在比率が0.02以下である構成としてもよい。また、アミノ基の存在比率が0.05以上である構成としてもよい。
【0014】
本発明の抗血栓性材料は、アミノ基とカルボキシル基との比率が2.5以上である構成としてもよい。なお、アミノ基とカルボキシル基との比率は、X線光電子分光分析(XPS)法により求めた値である。
【0015】
本発明の抗血栓性材料において、酸素の存在比率は0.1以下であることが好ましい。
【0016】
本発明の抗血栓性材料において、膜本体はシリコンを含み、シリコンの存在比率が0.0375以下であってもよい。
とが好ましい。
【0017】
本発明に係る抗血栓性材料の製造方法は、基材の表面に炭素質薄膜を形成する工程(a)と、炭素質薄膜にプラズマを照射することにより炭素質薄膜にアミノ基及びカルボキシル基を導入する工程(b)とを備えていることを特徴とする。
【0018】
本発明の抗血栓性材料の製造方法は、炭素質薄膜にプラズマを照射することにより炭素質薄膜にアミノ基及びカルボキシル基を導入する工程を備えている。このため、炭素質薄膜の表面においてマイナスのチャージを持つ官能基とプラスのチャージを持つ官能器とのバランスにより血小板に対する適合性と、血液凝固因子に対する適合性との両方を向上させることができる。
【0019】
本発明の抗血栓性材料の製造方法において工程(b)では、アミノ基の存在比率を0.05以上とすると共に、カルボキシル基の存在比率を0.02以下とする構成としてもよい。
【0020】
本発明の抗血栓性材料の製造方法において、工程(b)では、アミノ基とカルボキシル基との比率を2.5以上とする構成としてもよい。
【0021】
本発明の抗血栓性材料の製造方法において、工程(b)では、アンモニアのプラズマを照射してもよく、酸素のプラズマとアンモニアのプラズマとを順次照射してもよい。
【0022】
本発明の抗血栓性材料の製造方法において、工程(a)では、Siを含む炭素質薄膜を形成し、Siの含有量が0.0375以下である構成としてもよい。
【発明の効果】
【0023】
本発明に係る抗血栓性材料及びその製造方法によれば、血小板の粘着及び血液凝固因子の活性化の両方を低減した抗血栓性材料を実現できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
本発明に係る抗血栓性材料は、基材の表面に形成された炭素質薄膜である。炭素質薄膜は、SP2(グラファイト)結合した炭素及びSP3(ダイヤモンド)結合した炭素を含む炭素骨格を主成分とし、いわゆるダイヤモンド様薄膜(DLC膜)に代表される薄膜である。
【0025】
炭素質薄膜にプラズマを照射することにより、炭素−炭素結合等が開裂し、反応性の部位ができる。この反応性の部位と酸素とが反応することによりカルボキシル基が生成する。これにより、炭素質薄膜の表面は親水性となる。従来は、炭素質薄膜の表面を親水性とすることにより、抗血栓性を向上させようとしていた。
【0026】
炭素質薄膜の表面を親水性とすることにより、血小板の粘着を抑えることができ、血小板に対する適合性は向上する。しかし、本願発明者らの検討の結果、トロンビン−アンチトロンビンIII複合体(TAT)の産生量が増大し、血液凝固因子に対する適合性が低下してしまうことが明らかとなった。
【0027】
また、後で詳細に説明するが、血液凝固因子に対する適合性を向上するためには、炭素質薄膜にカルボキシル基成分(O=C−O)とアミノ基成分(−NH2)が導入されており、−NH2とO=C−Oとの比率(−NH2/O=C−O)が2.5以上であることが好ましいことを見いだした。
【0028】
以下に、本発明に係る抗血栓性材料について、実施例を用いてさらに詳細に説明する。
【0029】
(一実施例)
−炭素質薄膜の形成−
本実施例において基材には、ステンレス(SUS316)板を用いた。血小板粘着試験用には、6mm角の試料を作成し、トロンビン・アンチトロンビンIII複合体の定量用には、直径46mmの試料を作成した。
【0030】
基材をイオン化蒸着装置のチャンバ内にセットし、チャンバーにアルゴンガス(Ar)を圧力が10-1Pa〜10-3Pa(10-3Torr〜10-5Torr)となるように導入した後、放電を行うことによりArイオン発生させ、発生したArイオンを基材の表面に衝突させるボンバードクリーニングを約30分間行った。
【0031】
続いて、チャンバにテトラメチルシラン(Si(CH3)4)を3分間導入し、珪素(Si)及び炭素(C)を主成分とするアモルファス状で膜厚が20nmの中間層を形成した。
【0032】
中間層を形成した後、C6H6ガスをチャンバーに導入し、ガス圧を10-1Paとした。C6H6を30ml/分の速度で連続的に導入しながら放電を行うことによりC6H6をイオン化し、イオン化蒸着を約2分間行った。厚さ30nmのDLC膜である炭素質薄膜を基材の表面に形成した。
【0033】
炭素質薄膜を形成する際のターゲット電圧は1.5kV、ターゲット電流は50mA、フィラメント電圧は14V、フィラメント電流は30A、アノード電圧は50V、アノード電流は0.6A、リフレクタ電圧は50V、リフレクタ電流は6mAとした。また、形成時における基材の温度は約160℃であった。
【0034】
なお、中間層は基材と炭素質薄膜との密着性を向上させるために設けており、基材とDLC膜との密着性を十分に確保できる場合には省略してもよい。
【0035】
本実施例においては、基材に金属を用いたが、どのような材質であってもよい。具体的には、特に限定されるものではないが例えば、鉄、ニッケル、クロム、銅、チタン、白金、タングステン又はタンタル等の金属を基材として用いることができる。また、これらの合金である、SUS316L等のステンレス鋼、Ti−Ni合金若しくはCu−Al−Mn合金等の形状記憶合金、Cu−Zn合金、Ni−Al合金、チタン合金、タンタル合金、プラチナ合金又はタングステン合金等の合金を用いることもできる。また、アルミ、シリコン若しくはジルコン等の酸化物、窒化物若しくは炭化物等の生体不活性なセラミックス又はアパタイト若しくは生体ガラス等の生体活性を有するセラミックスでもよい。さらに、ポリメタクリル酸メチル(PMMA)、高密度ポリエチレン若しくはポリアセタール等の高分子樹脂又はポリジメチルシロキサン等のシリコンポリマー若しくはポリテトラフルオロエチレン等のフッ素系ポリマー等であってもよい。
【0036】
また、形状も板状に限らずどのような形状であってもよく、医療器具等の状態に成形されたものであっても、成形前の材料の状態であってもよい。
【0037】
炭素質薄膜の形成は、スパッタ法に代えて、DCマグネトロンスパッタ法、RFマグネトロンスパッタ法、化学気相堆積法(CVD法)、プラズマCVD法、プラズマイオン注入法、重畳型RFプラズマイオン注入法、イオンプレーティング法、アークイオンプレーティング法、イオンビーム蒸着法又はレーザーアブレーション法等を用いてもよい。
【0038】
炭素質薄膜の膜厚は、特に限定されるものではないが、0.005μm〜3μmの範囲が好ましく、より好ましくは0.01μm〜1μmの範囲である。
【0039】
また、炭素質薄膜は、シリコン(Si)を含有していてもよい。炭素質薄膜を形成する際に、炭素源に加えてシリコン源を同時に供給すれば、Siを含む炭素質薄膜が形成できる。
【0040】
また、炭素質薄膜は、フッ素(F)を含有していてもよい。炭素質薄膜を形成する際に、炭素源に加えてフッ素源を同時に供給すれば、Fを含む炭素質薄膜が形成できる。
【0041】
中間層は、基材の種類に応じて種々のものを用いることができるが、シリコン(Si)と炭素(C)、チタン(Ti)と炭素(C)又はクロム(Cr)と炭素(C)からなるアモルファス膜等の公知のものを用いることができる。その厚みは特に限定されるものではないが、0.005μm〜0.3μmの範囲が好ましく、より好ましくは0.01μm〜0.1μmの範囲である。
【0042】
中間層はスパッタ法に代えて、CVD法、プラズマCVD法、溶射法、イオンプレーティング法又はアークイオンプレーティング法等を用いて形成してもよい。
【0043】
−プラズマ照射−
次に、得られた炭素質薄膜の抗血栓性を向上させるため、プラズマ照射を行った。プラズマ照射は、図1に示すような平行平板型のプラズマ照射装置により行った。プラズマ照射装置のチャンバ10内に炭素質薄膜を形成した基材11をセットした後、チャンバ10内の圧力を所定の圧力まで排気した。チャンバ10内の圧力を高真空状態とする場合には、ターボ分子ポンプを用いて排気を行った。次に、チャンバ10内にガスを所定の流量で導入し、平行平板電極12Aと12Bとの間に高周波電力を印加することによりプラズマを発生させた。高周波電力は、マッチングボックス14を介して接続された高周波電源15を用いて印加した。ガス流量の調整はマスフローコントローラ13により行った。
【0044】
本実施例においては、アルゴン(Ar)、酸素(O2)、アセチレン(C2H2)、アンモニア(NH3)及びC2H2とO2との混合ガス(Ar/O2)の5種類のガスを用い、表1に示すような7種類の条件についてプラズマ照射を行った。なお、プラズマの照射時間は1つのガスにつき15秒とした。
【0045】
【表1】
【0046】
表1において、高真空とは、ターボ分子ポンプを用いて一旦チャンバ内を高真空状態とした後、ガスを導入したことを示している。本実施例においては、高真空状態の場合における到達真空度は5×10-3Paであり、通常のプラズマ照射における到達真空度は2Paであった。
【0047】
なお、プラズマ照射装置は、どのような構造のものを用いてもよい。また、放電形式についても、どのようなものを用いてもよく、例えば平行平板方式、アフターグロー放電方式、電磁誘導型及び有磁場型等を用いればよい。プラズマ照射条件は特に限定されない。例えば、プラズマ発生用の電源としては、商用周波数(50Hz又は60Hz)、高周波(ラジオ周波数)又はマイクロ波領域等の各種の電源周波数を用いることができる。さらに、原料ガスの圧力制御方法や供給構造についても特に限定するものではない。しかし、であまりエッチングレートが大きいプラズマ照射条件を用いると、炭素質薄膜にダメージを与えるおそれがある。
【0048】
−組成評価−
得られた、プラズマ照射炭素質薄膜の組成は、X線光電子分光分析(XPS)法を用いて評価した。測定には、日本電子株式会社製の光電子分光装置JPS−9010MCを用いた。X線源にはAlを用い、加速電圧が12.5kVで、エミッション電流が17.5mAの条件でX線を発生させた。試料中から任意に選択した直径5mmのエリアについて測定を行った。また、X線を試料に対して垂直に入射させ、検出角度を0度とすることにより、5nm程度の深さまでの組成を測定している。
【0049】
結合エネルギの測定領域は、274eV〜294eV、389eV〜409eV及び522eV〜542eVとし、それぞれC1s、N1s及びO1sのピークを得た。得られたピークの面積比を比較することにより炭素に対する酸素の存在比O/C及び炭素に対する窒素の存在比N/Cを求めた。また、C1sピークは、カーブフィッテングによりC−C成分、C−O成分、C=O成分及びO=C−O成分に分割した。O=C−O成分のC1sピークに対する面積比を求めることによりカルボキシル基成分(O=C−O)の全炭素に対する存在比O=C−O/Cを求めた。
【0050】
−血小板に対する適合性評価−
血小板に対する適合性は、血小板を材料表面に所定時間接触させ、試料表面に粘着した血小板数の大小により適合性の良否を判定した。
【0051】
血小板の試料への粘着量は、以下のようにして測定した。まず、6mm×6mmに調整した試料の表面に血小板浮遊血漿130μlを置く。続いて、プラスチックシャーレで蓋をした常態で、37℃にて60分間インキュベートした。インキュベート終了後、試料をpH7.4のリン酸バッファー(PBS)にて3回洗浄した。次いで1%グルタルアルデヒド/PBSに試料を浸漬し、4℃にて60分間静置することにより、粘着した血小板を固定した。続いてこの試料をPBS、PBS/蒸留水(75/25)、PBS/蒸留水(50/50)、PBS/蒸留水(25/75)及び蒸留水を順に用いて3回ずつ洗浄した。洗浄済みの試料を凍結乾燥した後、試料に対し白金蒸着を行った。白金蒸着を行った試料の表面を走査型電子鏡(日本電子、SEM−840)を用い拡大率1000倍にてランダムに5視野について写真撮影し、5視野の粘着血小板数を合計し、単位面積あたりの血小板数を求めた。
【0052】
血小板浮遊血漿は、以下のようにして調整した。健常者から採取した全血を、クエン酸加血(全血/3.8%クエン酸ナトリウム溶液=95/5 vol/vol)とし、これを室温にて1500rpmで10分間遠心し、上澄から血小板多血漿(PRP)を1ml採取した。残りの血液をさらに3000rpmで10分間遠心し、上澄から血小板貧血漿(PPR)を1mlを採取した。次いで血球カウンター(シスメックス社、Sysmex K-1000)にてPRP及びPPP中の血小板数を計測した。PRPをPPPにより希釈することにより血小板数が10万個/μlの血小板浮遊血漿を調製した。
【0053】
−血液凝固因子に対する適合性評価−
血液凝固因子に対する適合性は、トロンビン・アンチトロンビンIII複合体(TAT)の生成量を定量することにより行った。
【0054】
血液凝固因子(凝固系)が活性化することにより産生され、血液凝固反応を主に司る酵素となるトロンビンはアンチトロンビンIIIによって速やかにトロンビン・アンチトロンビンIII複合体(TAT)となって失活する。そのため、産生トロンビン量を直接定量することは困難なことが知られており、TATの血中濃度を求めることで、産生トロンビン量を見積もることが一般的に行われている。従って、凝固系に対する適合性は、試料と全血とを所定時間接触させた際のTATの産生量から判断した。
【0055】
アクリル製のC形スペーサ(内径:40mm、外径:46mm、厚さ:0.8mm)の片面にpoly(2-methoxyethyl acylate)をコートしたポリエチレンテレフタレート(PET)製のシート(φ=46mm)を両面接着テープにより接着する。C型スペーサのもう一方の面には、直径46mmの試料を両面接着テープにより貼り付け、容積1000μlの試料チャンバを作製する。
【0056】
健常人より採血したヘパリン化全血(2IU/ml)を試料チャンバに1000μl注入し、セロファンテープにて封をした。血球沈降を防ぐため、このチャンバーを垂直回転ローターに取り付けて回転(約4.7rpm)させながら37℃で120分間インキュベートした。インキュベート終了後、チャンバーから全血を回収し3.8%クエン酸Na水溶液110μlを加え、10℃、3000rpm、10分の条件で遠心分離した。
【0057】
上澄みとして得られた血漿中のTAT濃度を市販のTAT用酵素免疫定量法キット(Enzyme Research Laboratories社製TAT−EIA)とマイクロプレートリーダー(Molecular Device社製、Thermo Max)とを用いて定量した。ELISAの操作はキット付属のマニュアルに従って実施した(測定波長450nm)。なお、C型スペーサの両面にpoly(2-methoxyethyl acylate)をコートしたPETフィルムを接着した場合をコントロールとした。
【0058】
−炭素質薄膜の評価結果−
図2は、得られた試料について、血小板に対する適合性を評価した結果を示している。プラズマ照射を行った炭素質薄膜の他に、対照試料として、プラズマを照射していない未処理の炭素質薄膜、PETフィルム及びステンレス(SUS316)板についても測定を行った。
【0059】
図2に示すように、炭素質薄膜にプラズマを照射することにより、未処理の炭素質薄膜と比べて血小板の粘着量が大きく低下している。このことから、プラズマ照射により炭素質薄膜の血小板に対する血液適合性が向上することが明らかである。また、プラズマ照射を行った試料の中では、O2プラズマの照射が行われている場合に、血小板に対する適合性が高くなる傾向を示している。これは、プラズマ照射により、炭素質薄膜の表面にカルボキシル基及び水酸基等の官能基が導入されたことによるのではないかと考えられる。
【0060】
図3は、血液凝固因子に対する適合性を評価した結果を示している。図3において縦軸は、評価前後の血液中のTAT量の比を示している。図3に示すように、プラズマ照射を行った炭素質薄膜は、TAT産生量が非常に多いものと、少ないものとに別れた。Arプラズマを照射した場合(Ar)、ArプラズマとNH3プラズマとを順次照射した場合(Ar+NH3)、C2H2プラズマとO2プラズマとを順次照射した場合(C2H2+O2)及びC2H2とO2との混合ガスのプラズマとO2プラズマとを順次照射した場合(C2H2/O2+O2)には、TAT産生量が非常に多かった。一方、一旦高真空状態とした後、NH3プラズマを照射した場合(NH3(高真空))及びO2プラズマとNH3プラズマとを順次照射した場合(O2+NH3(高真空))には、TAT産生量が少なく、優れた適合性を示した。
【0061】
図4は、各試料について、XPSにより求めた酸素の炭素に対する存在比率(O/C)及び窒素の炭素に対する存在比率(N/C)を示している。血液凝固因子に対する適合性が高い試料は、比較的O/Cの値が小さく、血液凝固因子に対する適合性が低い材料は、比較的O/Cの値が大きい傾向が認められた。また、血液凝固因子に対する適合性が高い試料は、N/Cの値が高い傾向も認められた。
【0062】
そこで、O/C及びN/Cの内容についてさらに詳細に検討を行った。図5及び図6は、得られた試料についてXPS測定を行った結果の一例を示している。図5は、プラズマ照射がO2+NH3の場合の結果を示し、図6は、C2H2+O2の場合の結果を示している。
【0063】
図5に示すように、O2+NH3では、N1sピーク及びO1sピークが観察され、炭素質薄膜に窒素及び酸素が導入されていることが明らかである。N1sピークは、398.9eVに出現している。これは、アミン及びアミドのN1sの束縛エネルギ(400±1eV)からずれており、NH3プラズマを照射した場合に導入された窒素は、アミノ基(−NH2)成分の状態になっていると考えられる。このため、N/Cの値をアミノ基の存在比率とみなして以後の検討を行った。C1sピークをカーブフィッティングによりC−C、C−O、C=O及びO=C−Oの各成分に分解すると、O=C−O成分はほとんど導入されていないことがわかる。
【0064】
一方、図6に示すように、C2H2+O2プラズマの場合には、N1sピークは観察されず、大きなO1sピークが観察された。また、C1sピークのカーブフィッティングの結果から、O=C−O成分がかなり含まれていることが明らかとなった。
【0065】
このように、同じO2プラズマを照射する工程を含んでいても、種類及び順序等の他のプラズマとの組み合わせ方によって、炭素質薄膜へのO=C−O成分の導入量は大きく変化する。このため、以下においては、各試料へのO=C−O成分の導入量に着目して抗血栓性を評価する。
【0066】
図7は、各試料について、XPSにより求めたO=C−O成分の炭素に対する存在比率O=C−O/Cを示している。血液凝固因子に対する適合性が高い試料はO=C−O/Cの値が比較的小さく、適合性が低い試料はO=C−O/Cの値が比較的大きいことがわかる。
【0067】
図8は、O=C−O/Cの値に対してTAT生成量及び血小板粘着量をプロットしている。図8に示すように血小板粘着量は、O=C−O/Cの値にほとんど影響されない。しかし、TAT産生量は、O=C−O/Cの値が大きくなると急激に増大する。このため、血小板に対する適合性と、血液凝固因子に対する適合性との両方を実現するためには、O=C−O/Cの値を小さくする必要があり、O=C−O/Cの値を0.02以下とすることが好ましい。また、O=C−O/Cの値は、O/Cの値が小さいほど小さくなる傾向があるため、O/Cの値は、0.1以下とすることが好ましい。
【0068】
一方、図4に示すように、N/Cの値が大きい試料は、N/Cの値が低い試料よりも血液凝固因子に対する適合性が高い傾向が認められている。そこで、アミノ基の導入量の指標となるN/Cの値に着目した観点からの抗血栓性の評価も行った。
【0069】
図9は、各試料についてN/C(−NH2/C)とTAT産生量及び血小板粘着量との関係を示している。血小板粘着量は、N/Cの値にほとんど影響されない。しかし、TAT産生量は、N/Cの値が大きくなると次第に低下している。従って、血小板と血液凝固因子との両方に対して適合性を有するためには、N/Cの値が大きいことが必要であり、N/C(−NH2/C)の値が0.05以上であることが好ましい。
【0070】
O=C−O/Cの値が小さく且つ−NH2/Cの値が大きい場合に、血小板と血液凝固因子との両方に対して優れた適合性を示す理由は明確ではない。しかし、O=C−O/Cは負の電荷を有する官能基であり、−NH2/Cは正の電荷を有する官能基である。従って、炭素質薄膜の表面における、正負の電荷のバランスが影響しているのではないかと考えられる。
【0071】
図10は、−NH2成分とO=C−O成分との比率と血液凝固因子に対する適合性との関係を示している。図10において−NH2成分とO=C−O成分との比率−NH2/O=C−Oは、(N/C)/(O=C−O/C)により求めている。図10に示すように、−NH2/O=C−Oの値が大きいほど、血液凝固因子に対する適合性が向上し、少なくとも−NH2/O=C−Oの値が2.5以上であることが好ましい。
【0072】
−NH2成分の導入率つまり、N/Cの値は、プラズマの照射時間、プラズマ密度及び高周波電力等の条件を変えることにより変更することが可能である。また、チャンバ内の酸素の影響も受けると考えられる。ガスを導入する前の、チャンバ内の真空度を2Pa程度とした場合の方が、高真空状態(5×10-3Pa)とした場合よりもN/Cの値を高くすることができた。但し、チャンバ内の真空度が低い場合には、O=C−O成分の導入量も上昇する傾向にあった。
【0073】
以上説明したように、炭素質薄膜に対して、NH3プラズマ又はO2プラズマの後にNH3プラズマを照射することにより、カルボキシル基とアミノ基とを炭素質薄膜に導入した場合には、血小板及び血液凝固因子の両方に対する適合性に優れた抗血栓性材料を得ることができた。この場合、カルボキシル基の導入量を示すO=C−O/Cの値が0.02以下であり且つアミノ基の導入量を示すN/Cの値が0.05以上であることが好ましい。また、アミノ基とカルボキシル基との比率を示す(N/C)/(O−C−O/C)の値が2.5以上であってもよい。
【0074】
また、プラズマを照射する炭素質薄膜をSiを含む炭素質薄膜としてもよい。但し、Siの含有量が増加するとプラズマを照射した際に、Siの酸化が促進され、官能基が導入しにくくなる。図11は、Siの存在比率と血小板に対する適合性との関係を示している。Siの存在比率(Si/C)の値が大きくなると、官能基の導入量が低下するため、血小板に対する適合性は低下する。このため、Siの存在比率は、0.0375以下とすることが好ましい。なお、図11において、Siの存在比率とは、XPS法により測定した炭素質薄膜中の全炭素に対するSiの割合である。
【0075】
本発明の抗血栓性材料は、血小板及び血液凝固因子の両方に対して優れた適合性を有するため、血液と接触する医療器具の表面を覆う材料として非常に有用である。具体的には、ステント、カテーテル、バルーンカテーテル、ガイドワイヤ、ペースメーカーリード、体内留置用器材、注射針、メス、真空採血管、輸液バッグ、プレフィルドシリンジ及び傷口保持部品等の表面を覆うことにより、これらの医療器具に優れた抗血栓性を付与できる。また、人工心臓弁膜、人工透析膜、人工心臓、人工肺、人工関節等の人工臓器にも同様に優れた抗血栓性を付与できる。
【0076】
医療器具及び人工臓器等を形成する基材(母材)には、金属材料、セラミックス材料、ゴム及び樹脂等の高分子材料並びにこれらの複合体等の様々なものが用いられている。しかし、どのような材料の表面にも実施例において示した炭素質薄膜を形成することができ、抗血栓性材料とすることが可能である。さらに、本発明の抗血栓性材料は医療器具表面への処理のみならず、医療器具に用いるワイヤ、チューブ及び平板等の素材並びにこれらの素材を医療器具に形成したもの及び途中形成のものであってもよい。
【産業上の利用可能性】
【0077】
本発明に係る抗血栓性材料及びその製造方法は、血小板の粘着及び血液凝固因子の活性化の両方を低減した抗血栓性材料を実現でき、特に生体内で使用する医療器具等に用いる抗血栓性材料及びその製造方法等として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0078】
【図1】本発明の一実施例において用いたプラズマ照射装置を示す概略図である。
【図2】本発明の一実施例において得られた各試料の血小板に対する適合性を示すグラフである。
【図3】本発明の一実施例において得られた各試料の血液凝固因子に対する適合性を示すグラフである。
【図4】本発明の一実施例において得られた各試料の窒素の存在比率と酸素の存在比率とを示すグラフである。
【図5】本発明の一実施例においてO2プラズマとNH3プラズマとを順次照射することにより得られた試料のX線光電子分光分析の結果である。
【図6】本発明の一実施例においてC2H2プラズマとO2プラズマとを順次照射することにより得られた試料のX線光電子分光分析の結果である。
【図7】本発明の一実施例において得られた各試料のカルボキシル基の存在比率を示すグラフである。
【図8】本発明の一実施例において得られた各試料について、カルボキシル基の存在比率と抗血栓性との関係を示すグラフである。
【図9】本発明の一実施例において得られた各試料について、窒素の存在比率と抗血栓性との関係を示すグラフである。
【図10】本発明の一実施例において得られた各試料について、アミノ基とカルボキシル基との比率と、抗血栓性との関係を示すグラフである。
【図11】本発明の一実施例において、シリコンの存在比率と抗血栓性との関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0079】
10 チャンバ
11 基材
12A 平行平板電極
12B 平行平板電極
13 マスフローコントローラ
14 マッチングボックス
15 高周波電源
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の表面に形成された炭素質薄膜からなる抗血栓性材料であって、
炭素が互いに結合して形成された膜本体と、
前記膜本体に導入されたアミノ基及びカルボキシル基とを備えていることを特徴とする抗血栓性材料。
【請求項2】
前記カルボキシル基の存在比率は、0.02以下であることを特徴とする請求項1に記載の抗血栓性材料。
【請求項3】
前記アミノ基の存在比率は、0.05以上であることを特徴とする請求項1又は2に記載の抗血栓性材料。
【請求項4】
前記アミノ基とカルボキシル基との比率は、2.5以上であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の抗血栓性材料。
【請求項5】
前記膜本体は、酸素を含み、
酸素の存在比率は、0.1以下であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の抗血栓性材料。
【請求項6】
前記膜本体は、シリコンを含み、
前記シリコンの存在比率は0.0375以下であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の抗血栓性材料。
【請求項7】
基材の表面に炭素質薄膜を形成する工程(a)と、
前記炭素質薄膜にプラズマを照射することにより前記炭素質薄膜にアミノ基及びカルボキシル基を導入する工程(b)とを備えていることを特徴とする抗血栓性材料の製造方法。
【請求項8】
前記工程(b)では、前記アミノ基の存在比率を0.05以上とすると共に、前記カルボキシル基の存在比率を0.02以下とすることを特徴とする請求項7に記載の抗血栓性材料の製造方法。
【請求項9】
前記工程(b)では、前記アミノ基と前記カルボキシル基との比率を2.5以上とすることを特徴とする請求項7に記載の抗血栓性材料の製造方法。
【請求項10】
前記工程(b)では、アンモニアのプラズマを照射することを特徴とする請求項7〜9のいずれか1項に記載の抗血栓性材料の製造方法。
【請求項11】
前記工程(b)では、酸素のプラズマとアンモニアのプラズマとを順次照射することを特徴とする請求項7〜9のいずれか1項に記載の抗血栓性材料の製造方法。
【請求項12】
前記工程(a)では、Siを含む前記炭素質薄膜を形成し、前記Siの含有量は0.0375以下とすることを特徴とする請求項7〜11のいずれか1項に記載の抗血栓性材料の製造方法。
【請求項1】
基材の表面に形成された炭素質薄膜からなる抗血栓性材料であって、
炭素が互いに結合して形成された膜本体と、
前記膜本体に導入されたアミノ基及びカルボキシル基とを備えていることを特徴とする抗血栓性材料。
【請求項2】
前記カルボキシル基の存在比率は、0.02以下であることを特徴とする請求項1に記載の抗血栓性材料。
【請求項3】
前記アミノ基の存在比率は、0.05以上であることを特徴とする請求項1又は2に記載の抗血栓性材料。
【請求項4】
前記アミノ基とカルボキシル基との比率は、2.5以上であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の抗血栓性材料。
【請求項5】
前記膜本体は、酸素を含み、
酸素の存在比率は、0.1以下であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の抗血栓性材料。
【請求項6】
前記膜本体は、シリコンを含み、
前記シリコンの存在比率は0.0375以下であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の抗血栓性材料。
【請求項7】
基材の表面に炭素質薄膜を形成する工程(a)と、
前記炭素質薄膜にプラズマを照射することにより前記炭素質薄膜にアミノ基及びカルボキシル基を導入する工程(b)とを備えていることを特徴とする抗血栓性材料の製造方法。
【請求項8】
前記工程(b)では、前記アミノ基の存在比率を0.05以上とすると共に、前記カルボキシル基の存在比率を0.02以下とすることを特徴とする請求項7に記載の抗血栓性材料の製造方法。
【請求項9】
前記工程(b)では、前記アミノ基と前記カルボキシル基との比率を2.5以上とすることを特徴とする請求項7に記載の抗血栓性材料の製造方法。
【請求項10】
前記工程(b)では、アンモニアのプラズマを照射することを特徴とする請求項7〜9のいずれか1項に記載の抗血栓性材料の製造方法。
【請求項11】
前記工程(b)では、酸素のプラズマとアンモニアのプラズマとを順次照射することを特徴とする請求項7〜9のいずれか1項に記載の抗血栓性材料の製造方法。
【請求項12】
前記工程(a)では、Siを含む前記炭素質薄膜を形成し、前記Siの含有量は0.0375以下とすることを特徴とする請求項7〜11のいずれか1項に記載の抗血栓性材料の製造方法。
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図1】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図1】
【公開番号】特開2009−153586(P2009−153586A)
【公開日】平成21年7月16日(2009.7.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−332486(P2007−332486)
【出願日】平成19年12月25日(2007.12.25)
【出願人】(000125369)学校法人東海大学 (352)
【出願人】(391003668)トーヨーエイテック株式会社 (145)
【出願人】(504184721)株式会社日本ステントテクノロジー (28)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年7月16日(2009.7.16)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年12月25日(2007.12.25)
【出願人】(000125369)学校法人東海大学 (352)
【出願人】(391003668)トーヨーエイテック株式会社 (145)
【出願人】(504184721)株式会社日本ステントテクノロジー (28)
【Fターム(参考)】
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