説明

抗酸化剤及び血圧改善剤

【課題】 体内に過剰に産生される活性酸素を抑制する抗酸化剤又は高血圧症を改善する高血圧改善剤を提供すること。
【解決手段】 酒粕の疎水性有機溶媒抽出物を含有する抗酸化剤又は高血圧改善剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、活性酸素を抑制する抗酸化剤、酸化ストレス改善剤及び血圧改善剤に関する。
【背景技術】
【0002】
現代人は、生活習慣(食習慣、運動習慣、休養、喫煙や飲酒等)が乱れることが多く、この生活習慣の乱れは、インスリン非依存性糖尿病(成人型糖尿病)、肥満、高脂血症(家族性を除く)、高尿酸血症、循環器疾患(先天性を除く)、大腸癌(家族性を除く)、高血圧症、肺扁平上皮癌、慢性気管支炎、肺気腫、アルコール性肝障害又は歯周病等を発症・進行させると考えられており、これら疾患群を生活習慣病と総称している。
このような疾患群のうち、がん、心疾患、脳血管疾患は、日本人の3大死因であり、病死全体の60%を占めている。そして、これら高血圧、動脈硬化、糖尿病、癌といった生活習慣病を含む様々な病態を引き起こす一因として、体内で産生される活性酸素が深く関与しているといわれている(非特許文献1)。
【0003】
当該活性酸素は、適当であれば生体調節、抗菌活性、抗ウィルス活性等の生体の恒常性維持に利用される一方で、ストレス、紫外線等によって産生が過剰になると、核酸分解、タンパク質変性、脂質過酸化等を引き起こして細胞にダメージを与え、様々な病態の誘引の一因となってしまう。生体内の過剰な活性酸素産生を抑制することは活性酸素過剰産生によって誘発又は助長される症状及び疾患、例えば生活習慣病の予防、改善や治療につながると考えられ、このため活性酸素の産生を抑制する物質に関する研究開発が進められている。
【0004】
ところで、酒は、水とアルコールを主成分とする飲料であるが、健康に有用な成分も含まれていることから、百薬の長とされ、適度な飲酒は健康によいとされている。
日本酒は、麹菌を利用して原料を醸造発酵させたもろみを圧搾して製造されるものであるが、圧搾する工程で、酒粕(酒絞り粕もいう)と呼ばれる副生成物が生じる。酒粕は、粕取焼酎、奈良漬、粕酢等の製造原料に用いられることもあるが、殆どが有効利用されずに廃棄されているのが現状である。従って、その有効利用が求められている。
【0005】
斯かる、状況の下、甘酒の抗肥満作用、血圧降下作用や健忘症抑制作用(特許文献1)、酒粕のエタノール等のアルコール系溶媒による抽出物のスーパーオキシドアニオン消去作用(特許文献2)、酒粕又は米焼酎残査の水又はエタノール抽出物の活性酸素除去作用(特許文献3)、酒粕の水抽出物のNK細胞活性促進、インスリン様作用、アミラーゼ阻害やトキソホルモン-L阻害の生理活性作用(特許文献4)、酒粕から水で抽出されたタンパク質の抗高脂血症作用(非特許文献2)、酒粕を蛋白質酵素により分解したものから単離したペプチドのアンギオテンシン変換酵素阻害作用(特許文献5及び非特許文献3)及びこれによる抗高血圧作用(非特許文献4及び5)等が報告されている。
しかしながら、酒粕の疎水性有機溶媒抽出物に、抗酸化作用や血圧低下作用があることは知られていない。
【特許文献1】特開2004−261119号公報
【特許文献2】特開2002−284632号公報
【特許文献3】特開平5−310590号公報
【特許文献4】特開平10−146166号公報
【特許文献5】特開平5−294844号公報
【非特許文献1】板倉 弘重、Eiyo-Hyouka To Tiryo. Vol. 19, No. 3, 293-298, 2002
【非特許文献2】Tsutsui N, Yamamoto Y, Iwami K., J Nutr Sci Vitaminol. 1998 Feb;44(1):177-86.
【非特許文献3】斉藤義幸、中村圭子、川戸章嗣、今安聰、Nippon Nogeikagaku Kaishi. Vol. 66, No. 7, 1081-1087, 1992
【非特許文献4】Saito Y, Wanezaki K, Kawato A, Imayasu S. Biosci Biotechnol Biochem. 1994 58(10):1767-71
【非特許文献5】Saito Y, Wanezaki K, Kawato A, Imayasu S. Biosci Biotechnol Biochem. 1994 58(5):812-816
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、体内に過剰に産生される活性酸素を抑制する抗酸化剤及び酸化ストレス改善剤又は高血圧症を改善する高血圧改善剤を提供することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、活性酸素抑制作用又は血圧低下作用を有する物質の探索を行ったところ、意外にも酒粕の疎水性有機溶媒抽出物が優れた活性酸素抑制作用及び血圧上昇抑制作用を示し、抗酸化効果又は高血圧改善効果を発揮する医薬品、食品等として有効であることを見出した。
【0008】
すなわち、本発明は以下に係る発明を提供するものである。
(1)酒粕の疎水性有機溶媒抽出物を有効成分とする抗酸化剤。
(2)酒粕の疎水性有機溶媒抽出物を有効成分とする酸化ストレス改善剤。
(3)酒粕の疎水性有機溶媒抽出物を有効成分とする高血圧改善剤。
(4)酒粕の疎水性有機溶媒抽出物を含有する酸化ストレス改善用食品。
【発明の効果】
【0009】
本発明の抗酸化剤、酸化ストレス改善剤又は高血圧改善剤は、体内の過剰な活性酸素を抑制することができ、又は血圧を低下させることができ、高血圧、動脈硬化、糖尿病、高脂血症、癌等の生活習慣病の予防、治療及び/又は改善効果を発揮する医薬品又は食品等として有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
日本酒(清酒)は、一般に蒸した米と米麹に水と酵母を加えて発酵させた清酒もろみを作り、熟成後、圧搾して清澄した酒を得、これを更にろ過、火入れすることにより、製造される。ここでいう、日本酒(清酒)は、一般的には原料や製法によって普通酒や特定名称酒(本醸造酒、吟醸酒、純米酒等)に分けられるが、これらを全て含むものである。本発明に用いられる酒粕は、圧搾して清澄した酒を得た際に残った副産物であり、絞り粕、残渣ともいわれる。
【0011】
本発明の酒粕の抽出物は、前記酒粕を、常温又は加温下にて疎水性有機溶媒で抽出することにより得られる。
【0012】
当該抽出方法は、液々分液、固液分液、浸漬、煎出、浸出、還流抽出、超音波抽出、マイクロ波抽出、攪拌等の公知の方法であればいずれでもよい。
また、抽出の際、酒粕は、適宜、懸濁液(水及び/又は水溶性有機溶媒等)、ペースト状、濃縮乾固物、乾燥粉体等の状態に調製してもよい。
【0013】
当該疎水性有機溶媒としては、例えばクロロホルム、ジクロロメタン、ジエチルエーテル、石油エーテル、ベンゼン、シクロヘキサン、n−ヘキサン等が挙げられ、2種以上組み合わせてもよく、好ましくはn−ヘキサンである。
【0014】
酒粕1質量部に対して、1/2〜10質量部のヘキサンを用い、0〜40℃、好ましくは15〜25℃の温度で、1/10時間〜12時間、特に1/2〜5時間抽出するのが好ましい。
【0015】
得られた酒粕の疎水性有機溶媒抽出物は、抽出液、その希釈液、濃縮液又は乾燥物等の状態に適宜調整してもよい。また、適宜公知の分離・精製技術、例えば液々分液、固液分液、濾過膜、活性炭、吸着樹脂、イオン交換樹脂等の方法によって不活性な不純物を除去し、更に精製してもよい。
【0016】
後記実施例に示すように、酒粕のヘキサン抽出物に、白血球における優れた活性酸素抑制作用及び高血圧自然発症モデルラットにおいて血圧低下作用が認められたことから、酒粕の疎水性有機溶媒抽出物は抗酸化剤、酸化ストレス改善剤又は高血圧改善剤(以下、抗酸化剤等とする)として使用することができ、抗酸化剤等の製造のために使用することができる。すなわち、本発明の抗酸化剤等は、生体内において活性酸素によって引き起こされる高血圧、動脈硬化、糖尿病及び癌等の生活習慣病を予防、改善又は治療する効果を発揮する、医薬部外品、医薬品、食品等として使用することができる。
「酸化ストレス」とは、生体の活性酸素産生系と消去系のバランスが崩れ、過剰な活性酸素が産生されるようになった、生体にとって好ましくない状態をいう。これより、「酸化ストレスを改善する」というのは、このバランスを正常に戻すことをいう。体内で過剰に産生されるようになった活性酸素は、タンパク質酸化、脂質酸化、核酸分解等の原因となり、細胞にダメージを与え、機能不全を引き起こし、病態の進行に影響する。現在、活性酸素の過剰産生によって誘発又は助長される疾患としては、例えば、循環器疾患、脳神経系疾患、消化器系疾患、腎疾患、呼吸器系疾患、代謝・内分泌疾患、アレルギー疾患、眼疾患、老化・老人性疾患等が挙げられる。
ここで、食品としては、一般飲食品の他、抗酸化、生活習慣病の予防・改善等をコンセプトとする飲食品、機能性食品、病者用食品及び特定保健用食品が包含される。これらの食品は、ベッドレスト者、高血圧、動脈硬化、糖尿病及び癌等の生活習慣病予備軍(生活習慣病に至っていないがその状態に近い(境界領域期)集団)に対して有用である。
【0017】
本発明の抗酸化剤等を医薬品として使用する場合の形態としては、例えば、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、シロップ剤等の経口投与又は注射剤、座剤、吸入剤、経皮吸収剤、外用剤等による非経口投与が挙げられる。またこのような種々の剤形の各製剤を調製するには、本発明の酒粕の疎水性有機溶媒抽出物を単独で、又は他の薬学的に許容される賦形剤、結合剤、増量剤、崩壊剤、界面活性剤、滑沢剤、分散剤、緩衝剤、保存剤、矯味剤、矯臭剤、香料、被覆剤、担体、希釈剤、着色剤等を適宜組み合わせて用いることができる。
本発明の上記製剤における抗酸化剤等の総配合量は、乾燥物として通常、全組成の0.0001〜20質量%、特に0.0002〜5質量%が好ましい。
【0018】
本発明の抗酸化剤等を食品として使用する場合の形態としては、例えば、パン類、ケーキ類、麺類、米飯類、スープ類、菓子類(各種スナック類、焼菓子、揚菓子、チョコレート、ガム、飴等)、ゼリー類、冷凍食品、乳製品、飲料等の他、トリグリセリド及びジグリセリドからなる中性脂質、大豆、菜種油等の食用油、バターやマーガリン等の脂肪等の油脂を配合した油脂組成物、例えばショートニング類、ピーナッツバター類等の加工油脂食品、マーガリン類、スプレッド類等の油中水滴型食品、アイスクリーム類、ドレッシング類、トッピング類、マヨネーズ類等の水中油滴型等、の各種食品の他、上述した経口投与製剤と同様の形態(錠剤、カプセル製剤、シロップ等)が挙げられる。また、本発明の抗酸化剤等をペットフードとして使用してもよい。
【0019】
種々の形態の食品を調製するには、本発明の酒粕の疎水性有機溶媒抽出物を単独で、又は他の食品材料や、溶剤、軟化剤、油脂、乳化剤、防腐剤、香料、安定化剤、着色剤、酸化防止剤、保湿剤、増粘剤等を適宜組み合わせて用いることができる。当該食品又はペットフード等にする場合、本発明の当該抽出物の含有量は、通常、全組成の0.0001〜20質量%、特に0.0002〜5質量%が好ましい。
【0020】
本発明の酒粕の疎水性有機溶媒抽出物の投与量(有効摂取量)は、一日当り60〜60000mg/60kg体重とするのが好ましく、特に600〜6000mg/60kg体重とするのが好ましい。
【実施例】
【0021】
実施例1 (酒粕からの試料調製)
酒粕(小林酒造)湿重量25gにヘキサンを25mL加えて攪拌し濾過して得られたヘキサン相を濃縮することによって酒粕ヘキサン抽出物(14.3mg)を得た。
同様に、水、50%エタノール水溶液、100%エタノールによって酒粕水抽出物(889.0mg)、酒粕50%エタノール抽出物(646.3mg)、酒粕100%エタノール抽出物(283.1mg)を得た。
【0022】
実施例2 (酒粕抽出物の活性酸素抑制効果)
動物は、SDラット(10〜16週齢、雄)を使用した。フォーレン(アボットジャパン)麻酔下で、頚動脈採血を行った。この血液サンプルを、血球分離用試薬(SIGMA)に重層して遠心分離した後、白血球画分を回収した。回収した白血球に各抽出物(10μg/mL)PBS溶液を加え、室温で1時間反応させた後、蛍光試薬10μM 5,6−CM−H2DCFDA(Invitrogen)を室温で20分、10%(v/v)固定試薬(BECKMAN COULTER)を室温で20分添加し、細胞内の活性酸素をFlow cytometry(Becton Dickinson)にて測定した。
【0023】
図1に示すように、コントロールを100%としたとき、酒粕の、水抽出物、50%エタノール抽出物、100%エタノール抽出物は、活性酸素を抑制しなかったが、ヘキサン抽出物は73.2%有意に抑制した。
そこで、図2に示すように、さらに、酒粕ヘキサン抽出物0.1μg/mL、1μg/mL、10μg/mL濃度における活性酸素量を測定した。
活性酸素は、各濃度の酒粕ヘキサン抽出物によって、コントロールと比べて、濃度依存的に、0.1μg/mLで21.5%、1μg/mLで45.6%、10μg/mLで75.8%有意に抑制された。
【0024】
実施例3(酒粕ヘキサン抽出物単回投与によるin vivoでの活性酸素抑制効果)
SHRラット(10週齢、雄:n=3)に対し、酒粕ヘキサン抽出物溶液を100mg/Kgの用量で単回投与した。投与前、投与後60分、120分後に採血を行って、白血球から産生される活性酸素量を実施例2に準じて測定した。
SHRラットは、活性酸素産生が通常ラットより多いことが知られている。
酒粕ヘキサン抽出物溶液は、酒粕ヘキサン抽出物を10mg/mLでメチルセルロースに懸濁したものである。
図3に示すように、酒粕ヘキサン抽出物投与群では、コントロール群に比べて白血球の活性酸素量が有意に低下した。活性酸素は、投与後60分に23.6%、120分に33.0%抑制された。
【0025】
実施例 4 (酒粕ヘキサン抽出物の長期連続投与による活性酸素抑制効果)
SHRラット(10週齢、雄:n=3)に対して、酒粕ヘキサン抽出物溶液を10mg/Kg、100mg/Kg投与し、これを1日1回、7日間連続投与した。投与前、投与後4日、7日目に採血を行って白血球を分画し、実地例3と同様に活性酸素量を測定した。なお、採血は前日の投与の12時間後に行った。SHRラットは、生体内における活性酸素量が通常ラットより多いことが知られている。
酒粕ヘキサン抽出物溶液は、酒粕ヘキサン抽出物を1mg/mL、10mg/mLでメチルセルロースに懸濁したものである。
【0026】
図4に示すように、酒粕ヘキサン抽出物を投与した場合と、投与していない場合の活性酸素量を測定した結果、酒粕ヘキサン抽出物はコントロールと比べて活性酸素を、4日目に、10mg/Kg投与群で22.4%、100mg/Kg投与群で18.1%、7日目に、100mg/Kg投与群で26.2%有意に抑制した。
【0027】
実施例 5 (酒粕ヘキサン抽出物単回投与による血圧低下作用)
SHRラット(9週齢、雄:n=6)に対して、酒粕ヘキサン抽出物溶液を100mg/Kgの用量で単回投与した。投与前、投与後1時間、3時間、6時間、24時間目に、ラット用非観式血圧測定装置(ソフトロン社製)にて血圧を測定した。SHRラットは、高血圧自然発症モデルラットである。
図5に示すように、酒粕ヘキサン抽出物を投与したラットの血圧は、コントロールに比べ、投与後1、3、6時間後に有意に低下した。各時間における血圧変化は表1に示した。
酒粕ヘキサン抽出物溶液は、酒粕ヘキサン抽出物を10mg/mLでメチルセルロースに懸濁したものである。
【0028】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】酒粕の各抽出物(水、50%エタノール水、エタノール、n−ヘキサン)における活性酸素抑制効果を示す(コントロール:抽出物無添加)。
【図2】各濃度(0.1,1,10μg/mL)における酒粕のヘキサン抽出物の活性酸素抑制効果を示す(コントロール:抽出物無添加)
【図3】SHRラットにおけるヘキサン抽出物1回投与後の白血球が産生する活性酸素の量を示す。(コントロール:抽出物無添加)。
【図4】SHRラットにおけるヘキサン抽出物1日1回7日間連続投与後白血球が産生する活性酸素の量を示す。(コントロール:抽出物無添加)。
【図5】SHRラットにおけるヘキサン抽出物1回投与後の血圧値を示す。(コントロール:抽出物無添加)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酒粕の疎水性有機溶媒抽出物を有効成分とする抗酸化剤。
【請求項2】
酒粕の疎水性有機溶媒抽出物を有効成分とする酸化ストレス改善剤。
【請求項3】
酒粕の疎水性有機溶媒抽出物を有効成分とする高血圧改善剤。
【請求項4】
疎水性有機溶媒が、ヘキサンである請求項1記載の抗酸化剤、請求項2記載の酸化ストレス改善剤又は請求項3記載の高血圧改善剤。
【請求項5】
酒粕の疎水性有機溶媒抽出物を含有する酸化ストレス改善用食品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−13110(P2009−13110A)
【公開日】平成21年1月22日(2009.1.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−176247(P2007−176247)
【出願日】平成19年7月4日(2007.7.4)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】