説明

抗PAF活性を有するビオチニル化ペプチド化合物

【課題】PAFのPAF作動性受容体結合を原因とする各種の炎症性疾患に対する有効かつ安全な予防、回復、改善または悪化・再発予防のための手段を提供する。
【解決手段】Tyr-Lys-Asp-Gly、Tyr-Lys-Asp-Lys-GluまたはTyr-Lys-Gly-Lysのアミノ酸配列を有するペプチドにビオチンが付加されており、生体内において血小板活性化因子(PAF)およびリゾPAFと結合してPAFのPAF作動性受容体結合を阻害するビオチニル化ペプチド化合物と、このビオチニル化ペプチド化合物を有効成分とする抗炎症剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体内において血小板活性化因子(PAF)およびリゾPAFと結合して、PAFのPAF作動性受容体結合を阻害し、PAFの受容体結合に起因する各種炎症性疾患の予防、治療などに有用なビオチニル化ペプチド化合物と、この化合物を含有する抗炎症剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
血小板活性化因子(1-O-アルキル-2-アセチル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン、platelet- activating factor : PAF)は、血小板や好中球、好酸球など種々の細胞種より産生され、特異的なGタンパク質受容体に結合することで強力な炎症反応を惹起する脂質メディエーターである。PAFの過剰産生により引き起こされる病態としては、リウマチ性関節炎(非特許文献1)や気管支喘息(非特許文献2)、皮膚炎(非特許文献3)、腎炎(非特許文献4)、歯周炎(非特許文献5)など多くの炎症性疾患がある。従って、PAF濃度を測定することによってこれらの疾患の診断や治療効果の評価を行なうことが試みられている(例えば特許文献1)。一方、PAFの過剰産生を抑制すること、あるいは受容体との結合を阻害することによるPAFの不活性化はこれら病態の予防、治療、改善または悪化防止・再発予防に極めて有益なものとなる。しかしながら、PAF分子またはPAF受容体を標的とした、PAF活性に起因する抗炎症剤については未だ実用化されていない。
【0003】
PAFとその受容体との結合を拮抗的に阻害する物質(PAF受容体拮抗剤)としては、例えばWEB-2086(thieno-triazolodiazepine)(非特許文献6、特許文献2)やCV-3988(特許文献2)が知られており、これらのPAF受容体拮抗物質が抗アレルギー剤や抗喘息剤として臨床試験段階にある。しかし、これらPAF受容体拮抗剤はPAF受容体に対するリガンドであり、PAF分子と直接結合しないため、局所投与では効果を示すものの全身投与では効果不十分である。さらにはPAF受容体以外のリゾリン脂質/酸化リン脂質受容体にもリガンドとして作用するために予期しない副作用が発現するおそれがあるといった問題点も有している。
【0004】
一方、動脈硬化の初期病変形成に関与する酸化低密度リポタンパク質(Low Density Lipoprotein: LDL)にはPAF様脂質が多く含まれているが、本願発明者らはこの酸化LDLと特異的に結合する複数種のペプチドと、これらのペプチドを用いた酸化LDLの検出法および動脈硬化の診断剤を開発している(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2004-527770号公報
【特許文献2】特開平06-305981公報
【特許文献3】特許第4017326号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Vergne, P. et al., Mediators Inflamm., 6: 241-242, 1997
【非特許文献2】月岡ら, アレルギー, 42: 167-171頁, 1993
【非特許文献3】Czarnetzki, B., Clin. Exp. Immunol., 54: 486-492, 1983
【非特許文献4】Denizot, Y. et al., Nephrol. Dial. Transplant., 15: 1344-1347, 2000
【非特許文献5】Garito, M.L., J. Dent. Res., 74: 1048-1056頁, 1995
【非特許文献6】Casals-Stenzel, J., The Journal of Pharmacology, 241: 974-981, 1987
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、PAFおよびリゾPAFと結合してPAFの受容体結合を特異的に阻害することによって、PAFのPAF作動性受容体結合に起因する各種炎症性疾患に対する予防、回復、改善または悪化・再発予防のための有効かつ安全な手段を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記の課題を解決するため、本発明者らは、特許文献3に記載の酸化LDL認識ペプチドについて鋭意研究を行なった結果、以下の知見を得た。
(A)酸化LDL認識ペプチドがPAFの用量に依存した結合性を示すこと。
(B)上記ペプチドが培養血管内皮細胞においてPAFによる細胞障害誘導活性を強く抑制すること。
(C)上記ペプチドがPAFの前駆物質であり代謝物でもあるリゾPAF(1-O-アルキル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン)の用量に依存して結合すること。
(D)ラットを用いて上記ペプチドのPAF誘発炎症抑制試験(in vivo試験)を行ったが、生体内での抗炎症効果は不十分であり、満足すべき結果は得られなかったこと。
【0009】
これらの知見を踏まえ、本発明者らは、生体内においても上記ペプチドが抗炎症作用を発揮できるようなペプチド修飾について検討した結果、ビオチンの付加(ビオチニル化修飾)によって上記ペプチドが生体内において優れた効果を有することを確認して、本発明を完成させた。
【0010】
すなわち本発明は、前記の課題を解決するものとして、以下を提供する。
(1)Tyr-Lys-Asp-Gly(配列番号1)、Tyr-Lys-Asp-Lys-Glu(配列番号11)またはTyr-Lys-Gly-Lys(配列番号12)のアミノ酸配列を有するペプチドにビオチンが付加されており、生体内において血小板活性化因子(PAF)およびリゾPAFと結合してPAFのPAF作動性受容体結合を阻害するビオチニル化ペプチド化合物。
(2)Tyr-Lys-Asp-Gly(配列番号1)のアミノ酸配列を有するペプチドが、配列番号2における第12-15位配列(Tyr-Lys-Asp-Gly)の少なくとも前後1アミノ酸残基を含む請求項1のペプチド化合物。
(3) 請求項1または2記載のビオチニル化ペプチド化合物を有効成分とする抗炎症剤。
【0011】
なお、「ペプチド」とは、アミド結合(ペプチド結合)または非天然の残基連結によって互いに結合した複数個のアミノ酸残基から構成された分子を意味する。本発明のペプチドは、前記のとおり最短で4アミノ酸残基(配列番号1)、最長で29アミノ酸残基(配列番号2)からなる分子である。
【0012】
また「ビオチニル化」とは、ペプチドのN末端またはC末端のいずれかにビオチンが結合した状態を言う。
【0013】
本願発明におけるその他の用語や概念は、発明の実施形態の説明や実施例において詳しく規定する。また本願発明を実施するために使用する様々な技術は、特にその出典を明示した技術を除いては、公知の文献などに基づいて当業者であれば容易かつ確実に実施可能である。例えば、本願発明の薬剤(医薬組成物)の調製はRemington's Pharmaceutical Sciences, 18th Edition, ed. A. Gennaro, Mack Publishing Co., Easton, PA, 1990などに、遺伝子工学および分子生物学的技術はSambrook and Maniatis, in Molecular Cloning-A Laboratory Manual, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York, 1989; Ausubel, F. M. et al., Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons, New York, N.Y, 1995などに記載されている。さらに、この発明における用語は基本的にはIUPAC-IUB Commission on Biochemical Nomenclatureによるものであり、あるいは当該分野において慣用的に使用される用語の意味に基づくものである。
【発明の効果】
【0014】
前記発明(1)(2)によれば、生体内においてPAFおよびリゾPAFと結合してPAFのPAF作動性受容体結合を特異的に阻害するビオチニル化ペプチド化合物が提供される。
【0015】
また前記発明(3)によれば、PAFのPAF作動性受容体結合に起因する各種炎症性疾患を予防、回復、改善または悪化・再発予防するための有効かつ安全な薬剤が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】実施例で使用したN末端ビオチニル化P21、N末端ビオチニル化P4の配列およびビオチンの構造を示す。
【図2】時間分解蛍光法を用いたN末端ビオチニル化P21のPAF(A)またはリゾPAF(B)に対する結合性を示した。横軸は各脂質の濃度(μM)、縦軸は各脂質とペプチドの結合による蛍光強度変化を平均値 ± S.D.(n = 3)として示した。
【図3】実施例2においてN末端ビオチニル化P21の皮下投与による抗PAF作用を試験した結果であり、各処置後の足浮腫容積を平均値 ± S.D. (ml)として示した。
【図4】実施例2においてN末端ビオチニル化P21およびP4の静脈内投与または皮下投与による抗PAF作用を試験した結果であり、各処置後の足浮腫容積を平均値 ± S.D. (ml)として示した。
【図5】実施例2においてペプチドまたはN末端ビオチニル化P21およびP4の投与量と抗PAF活性の相関を試験した結果であり、横軸には各ペプチドの1個体あたりの投与量(nmol)を、縦軸は各処置後の足浮腫容積の変化を平均値 ± S.D.(ml)として示した。
【図6】N末端ビオチニル化ペプチド化合物のPAF活性50 %阻害量(ID50)の算出根拠であり、横軸にはそれぞれN末端ビオチニル化P21、N末端ビオチニル化P4の投与量(nmol)をlog対数で示し、縦軸には各対照群の足浮腫容積変化を100 %としたときの、各投与量における足浮腫容積変化(%)を平均値 ± S.D. (ml)として示した。
【図7】実施例3においてN末端ビオチニル化P21とPAF受容体拮抗剤の抗PAF作用を比較した結果であり、各処置後の足浮腫容積を平均値 ± S.D. (ml)として示した。
【図8】実施例4において、YKDKE配列ペプチドからなるN末端ビオチニル化PET3およびYKGK配列ペプチドからなるN末端ビオチニル化PCD36の静脈内投与による抗PAF作用を試験した結果であり、各処置後の足浮腫容積を平均値± S.D. (ml)として示した。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明のビオチニル化ペプチド化合物を構成するペプチドの一つは、基本的には特許文献3に開示された酸化LDL認識ペプチドであり、少なくとも配列番号1のアミノ酸配列(Tyr-Lys-Asp-Gly:以下、「YKDG配列」と記載することがある)を有するペプチドである。特許文献3には、PAF様脂質を含む酸化LDLを特異的に認識し、結合するペプチドとして以下が記載されている(下線部がYKDG配列)。
P29:IKNASLSWGKWYKDGDKDAEITSEDVQQK(配列番号2)
P24: LSWGKWYKDGDKDAEITSEDVQQK(配列番号3)
P21:IKNASLSWGKWYKDGDKDAEI(配列番号4)
P16: LSWGKWYKDGDKDAEI(配列番号5)
P11: WGKWYKDGDKD(配列番号6)
P9: WGKWYKDGD(配列番号7)
P6: WYKDGD(配列番号8)
P4: YKDG(配列番号1)
一方、特許文献3によれば、以下のペプチド(P15、P7)は酸化LDLに対する認識・結合能を持たない。
P15:IKNASLSWGKWYKDG(配列番号9)
P7: YKDGDKD(配列番号10)
すなわちこれらのペプチドP15、P7はYKDG配列のN末端側またはC末端側のいずれか一方にのみ他のアミノ酸残基を有するペプチドであるのに対して、酸化LDL認識・結合能を有するペプチドP29、P24、P16、P11、P9、P6、P4は、YKDG配列単独または配列番号2におけるYKDG配列の少なくとも前後1アミノ酸残基を含むペプチドである。従って、本発明に使用するペプチドは、最短でYKDG配列からなるペプチド(P4)、または配列番号2におけるYKDG配列の少なくとも前後1アミノ酸残基を含む、最長で29アミノ酸残基からなるペプチド(P29)である。
【0018】
本発明のビオチニル化ペプチド化合物を構成する別のペプチドは、配列番号11のアミノ酸配列(Tyr-Lys-Asp-Lys-Glu:以下「YKDKE配列」と記載することがある)および配列番号12のアミノ酸配列(Tyr-Lys-Gly-Lys:以下「YKGK配列」と記載することがある)を有するペプチドである。すなわち、前記YKDG配列を有するペプチドがAspergillus fumigatusのタンパク質毒素であるAsp-hemolysinの部分ペプチドであるのに対して、YKDKE配列およびYKGK配列はヒトタンパク質の部分ペプチドである。本発明者らは、多くのヒト生理活性タンパク質のアミノ酸配列を解析した結果、Asp-hemolysinの部分ペプチドYKDGと類似する配列(エンドセリン-3のYKDKE配列およびスカベンジャー受容体CD36のYKGK配列)を見出し、これらをビオチニル化したペプチド化合物が生体内においてPAFおよびリゾPAFと結合してPAFのPAF作動性受容体結合を阻害することを確認した。以下、エンドセリン-3(ET3)のYKDKE配列ペプチドを「PET3」、CD36のYKGK配列ペプチドを「PCD36」と記載することがある。
【0019】
またPET3およびPCD36は、それぞれYKDKE配列およびYKGK配列の前後に少なくとも1アミノ酸残基を付加した全長29アミノ酸配列程度のペプチドであってもよい。すなわち、ヒト・エンドセリン-3の全アミノ酸配列は公知であり(例えばGenBank:AAP35748)、YKDKE配列は全アミノ酸配列の第102-106位に存在する。またヒトCD36の場合、YKGK配列は公知の全アミノ酸配列(例えばGenBank:EAW7700)の第230-233位に存在する。PET3ペプチドおよびCD36ペプチドはこれらの公知のアミノ酸配列に従って前後にアミノ酸残基を付加することができる。
【0020】
これらのペプチドは、遺伝子組換え技術を用いて組換えペプチドとして調製することもできるが、好ましくは市販のペプチド合成機(例えば、Applied Biosystems A431またはA433など)を使用して化学的に合成することができる。合成は公知の方法にしたがって、例えばアミノ酸誘導体を用いてペプチドのC末端から実施する。アミノ酸誘導体としては、結合に必要とされるアミノ末端基がフルオレニルメチルオキシカルボニル(Fmoc)基で誘導体化されているものを用いることが好ましい。用いるアミノ酸の反応性側基は、ペプチド合成の完了後に容易に切断可能な保護基、例えば、トリフェニルメチル(Trt)、t-ブチルエーテル(tBu)、t-ブチルエステル(0 tBu)、t-ブトキシカルボニル(Boc)または2,2,5,7,8-ペンタ- メチルクロマン-6- スルホニル(Pmc)などを含むようにする。またこれらのペプチドは、20種類の天然アミノ酸に加えて、非天然のアミノ酸やアミノ酸アナログなど(例えば、Hunt, The Non-Protein Amino Acids: Chemistry and Biochemistry of the Amino Acids, Barrett, Chapman and Hall,1985を参照)を含んでいてもよい。
【0021】
合成したペプチドは、例えばNHS-ビオチン、NHS-SS-ビオチン(スルフォサクシンイミジル2−(ビオチンアミド)エチル−1,3−ジチオプロピネート)などのビオチン導入試薬を用いた公知の方法によりビオチニル化する。ビオチンの付加は、ペプチドのN末端でもC末端でもよい。
【0022】
本発明の抗炎症剤は、前記のビオチニル化ペプチド化合物を有効成分として含有する。この薬剤が対象とする疾患は、PAFの受容体結合により発症するリウマチ性関節炎、気管支喘息、皮膚炎、腎炎、歯周炎などのPAFが起因物質として関与する各種炎症性疾患である。本発明の薬剤は、これらの疾患の予防、緩和、回復、または別途病状からの保護に有効に作用する。
【0023】
この抗炎症剤は、前記のビオチニル化ペプチド化合物それ単独で製剤化することもできるが、通常は薬理学的に許容される1つあるいはそれ以上の担体と一緒に混合し、製剤学の技術分野においてよく知られる任意の方法により製造した医薬製剤として投与するのが望ましい。
【0024】
投与経路は、治療に際し最も効果的なものを使用するのが望ましく、経口投与、または口腔内、気道内、直腸内、皮下、筋肉内および静脈内などの非経口投与をあげることができ、望ましくは静脈内投与をあげることができる。
【0025】
経口投与に適当な製剤としては、乳剤、シロップ剤、カプセル剤、錠剤、散剤、顆粒剤などがあげられる。乳剤およびシロップ剤のような液体調製物は、水、ショ糖、ソルビトール、果糖などの糖類、ポリエチレングリコール、プロピレングリコールなどのグリコール類、ごま油、オリーブ油、大豆油などの油類、p-ヒドロキシ安息香酸エステル類などの防腐剤、ストロベリーフレーバー、ペパーミントなどのフレーバー類などを添加剤として用いて製造できる。カプセル剤、錠剤、散剤、顆粒剤などは、乳糖、ブドウ糖、ショ糖、マンニトールなどの賦形剤、デンプン、アルギン酸ナトリウムなどの崩壊剤、ステアリン酸マグネシウム、タルクなどの滑沢剤、ポリビニルアルコール、ヒドロキシプロピルセルロース、ゼラチンなどの結合剤、脂肪酸エステルなどの界面活性剤、グリセリンなどの可塑剤などを添加剤として用いて製造できる。
【0026】
非経口投与に適当な製剤としては、注射剤、坐剤、噴霧剤などがあげられる。注射剤は、塩溶液、ブドウ糖溶液あるいは両者の混合物からなる担体などを用いて調製される。坐剤はカカオ脂、水素化脂肪またはカルボン酸などの担体を用いて調製される。また、噴霧剤は受容者の口腔および気道粘膜などの正常組織や器官を刺激せず、かつ有効成分を微細な粒子として分散させ吸収を容易にさせる担体などを用いて調製される。
【0027】
担体として具体的には乳糖、グリセリンなどが例示される。さらには、用いる担体の性質により、エアロゾル、ドライパウダーなどの製剤が可能である。また、これらの非経口剤においても経口剤で添加剤として例示した成分を添加することもできる。
【0028】
投与量または投与回数は、目的とする治療効果、投与方法、治療期間、年齢、体重などにより異なるが、有効な投薬量は、例えば1日当たり約1μg〜約10mg/キログラム体重、好ましくは、約10μg〜5mg/キログラム体重である。またこの総1日量は、単一投与または分割投与(例えば2〜6回程度)される。
【0029】
以下、実施例を示して本発明をさらに詳細かつ具体的に説明するが、本発明は以下の例に限定されるものではない。
【0030】
なお、以下の例で使用した材料は次のとおりである。
N末端ビオチニル化ペプチド化合物:
P21ペプチド(配列番号4)およびP4ペプチド(配列番号1)のそれぞれのN末端をビオチニル化したペプチド化合物(以下、N末端ビオチニル化P21、N末端ビオチニル化P4)を合成し、純度95 %以上として精製した(高速液体クロマトグラフィーおよび質量分析により確認)。図1にN末端ビオチニル化P21、N末端ビオチニル化P4の配列およびビオチンの構造を示した。
【0031】
また、PET3(配列番号11)およびPCD36(配列番号12)のそれぞれのN末端をビオチニル化したペプチド化合物(以下、N末端ビオチニル化PET3、N末端ビオチニル化CD36)を同様に合成、精製した。
PAFおよびリゾPAF:
PAFは1-O-ヘキサデシル-2-アセチル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン(PAF C-16、Enzo Life Sciences(BIOMOL)、L-100)を用い、またリゾPAFは1-O-ヘキサデシル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン(C-16、Cayman Chemical Company、60906)を用いた。
【実施例1】
【0032】
N末端ビオチニル化P21のPAFおよびリゾPAFに対する結合性の評価
N末端ビオチニル化P21のPAFおよびリゾPAFに対する結合解析を、時間分解蛍光法を用いて行った。具体的には、96ウェルマイクロプレートに各濃度のPAFまたはリゾPAF(各0〜30 μM)を100 μlずつ添加して4℃で1晩静置した後、各ウェルをpH 7.4のPBSで3回洗浄した後、PAF、リゾPAF固定化プレートの各ウェルをSuperBlockR Blocking Buffer (サーモサイエンティフィック社)によりブロッキングした。さらに各ウェルをPBSで3回洗浄し、N末端ビオチニル化P21(1 μM)各100 μlを添加して37℃で30分間反応した後、PBSで1,000倍に希釈したユーロピウム標識化ストレプトアビジン(パーキンエルマー社)各100 μlを添加し、室温で30分間反応させた。PBSで8回洗浄した後、DELFIA enhancement solution(パーキンエルマー社)を各ウェル100 μlを添加し、ユーロピウムの時間分解蛍光をWallac ARVOsx 1420 Multilabel counter(パーキンエルマー社)を用いて測定した(励起波長340 nm、測定波長615 nm)。
【0033】
結果は図2に示したとおりであり、N末端ビオチニル化ペプチドP21はPAFおよびリゾPAFの用量に依存した結合性を示した。
【実施例2】
【0034】
in vivoにおけるN末端ビオチニル化ペプチド化合物のPAF活性に対する効果
in vivoにおけるN末端ビオチニル化ペプチド化合物のPAF生理活性に対する効果を検討するため、ラットの足浮腫モデル(Henriquesら, Br. J. Pharmacol., 106:579-582, 1992)を用いてペプチド化合物のPAF誘発炎症抑制試験を行った。
1)足浮腫の誘発と定量化
150-200グラム重量の、5〜8週令雄性Wistarラット(日本クレア)を、ジエチルエーテル吸入により麻酔した。エタノールに溶解した10 mM PAF溶液を150 mM塩化ナトリウム、10 mM トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン(以下、トリス、pH 7.5)および0.25% ウシ血清アルブミンの溶液で500倍に希釈し、5分間超音波処理してPAF溶液を調製した。50 μlのPAF溶液(最終濃度20 μM、1 nmol)をラット後足肉趾間へ皮下投与し、PAFによる浮腫が最大となる1時間後の足浮腫を測定し評価した。
【0035】
PAFの投与直前および投与から1時間後におけるラットの足容量を測定することによって浮腫を定量化した。なお、浮腫は足を水に浸けたときに増大する水容量をミリリットル(ml)単位で測定した。また、各時点で足を浸けることでその差を正確に比較できるように、後足の毛の生え際と踵の境界に油性ペンで印を付けた。
2)各種ペプチドおよびN末端ビオチニル化ペプチド化合物の投与経路
各種ペプチドまたはN末端ビオチニル化ペプチド化合物を、<1>ラットの後足肉趾間へ局所的に、または<2>尾静脈内へ、それぞれ注射により投与した。具体的には、<1>ではラットの後足肉趾間へPBS(pH 7.4)で各濃度に調製した100 μlのペプチド溶液を皮下投与し、<2>では尾静脈より上記と同様にPBSで各濃度に調製した100 μlのペプチド溶液を静脈内投与した。<1>、<2>ともに、対照群では同量のPBSを各経路より投与した。
3)N末端ビオチニル化P21の皮下投与による抗PAF作用
ラット(1群当たりn = 3)に、PBSに溶解した100 μlのN末端ビオチニル化P21(10 nmol)または担体を後足肉趾間へ皮下投与し、その15分後に50 μlのPAF(1 nmol)または担体溶媒(150 mM塩化ナトリウム、10 mM トリス(pH 7.5)および0.25% ウシ血清アルブミン)を同部位へ投与して、1時間後の足浮腫を測定し評価した。
【0036】
結果は図3に示したとおりであり、各足浮腫容積は溶媒(vehicle)のみで0.11 ± 0.035 ml、PAFのみで0.52 ± 0.14 ml、N末端ビオチニル化P21のみで0.12 ± 0.033 ml、N末端ビオチニル化P21とPAFの併用で0.15 ± 0.12 mlとなり、N末端ビオチニル化P21は浮腫を発現せず、PAFによる足浮腫を顕著に抑制した。
4)N末端ビオチニル化ペプチド化合物の静脈内投与と皮下投与による抗PAF作用の比較
ラット(1群当たりn = 3)に、PBSに溶解した100 μlのN末端ビオチニル化P21(10 nmol)、N末端ビオチニル化P4(10 nmol)またはPBSを静脈内投与または皮下投与し、その15分後に50 μlのPAF溶液(1 nmol)を同部位に皮下投与して、1時間後の足浮腫を測定し評価した。
【0037】
結果は図4に示したとおりである。各足浮腫容積は、溶媒(vehicle)のみで0.083 ± 0.047 ml、PAFのみで0.52 ± 0.14 mlに対し、N末端ビオチニル化P21の静脈内または皮下投与によりそれぞれ0.16 ± 0.073 ml、0.15 ± 0.12 ml、N末端ビオチニル化P4の静脈内、皮下投与によりそれぞれ0.15 ± 0.038 ml、0.13 ± 0.025 mlとなり、いずれのビオチニル化ペプチド化合物も静脈内投与、皮下投与によってPAFによる足浮腫を顕著に抑制した。
5)ペプチドまたはN末端ビオチニル化ペプチド化合物の投与量と抗PAF活性の相関
ペプチド(P21、P4)と、各種N末端ビオチニル化ペプチド化合物(N末端ビオチニル化P21、N末端ビオチニル化P4)の投与量と抗PAF活性の相関について検討を行った。具体的には、ラット(1群当たりn = 3)に、PBSに溶解した100 μlの各モル量のペプチド(0.625、1.25、5、10または20 nmol)またはPBSを静脈内投与し、その15分後に50 μlのPAF(1 nmol)または担体溶媒を後足肉趾間へ皮下投与して、1時間後の足浮腫変化を測定し評価した。
【0038】
結果は図6に示したとおりであり、P21、P4ともにPAF誘発浮腫の抑制は認められるものの、効果は不十分であった(最大50 %程度の抑制)。これに対して、各種ビオチニル化ペプチド化合物はその用量に依存して抗PAF活性を示しており、安定した抑制効果が認められた。
6)N末端ビオチニル化ペプチド化合物のPAF活性50 %阻害量(50% inhibitory dose : ID50)の算出
5)の結果から、N末端ビオチニル化ペプチド化合物のID50値を算出した。結果は図6に示したとおりであり、N末端ビオチニル化P21、N末端ビオチニル化P4のID50値はそれぞれ1.62 nmol、2.00 nmolと算出された。
【実施例3】
【0039】
N末端ビオチニル化ペプチド化合物とPAF受容体拮抗剤の抗PAF作用の比較
in vivoにおける、N末端ビオチニル化ペプチド化合物と既知のPAF受容体拮抗剤の抗PAF作用の効果を比較検討した。ラット各群(n = 3)に対し、公知のPAF受容体拮抗剤(CV-3988 :和光純薬037-14381、アルプラゾラム:和光純薬016-17171)、またはN末端ビオチニル化P21をそれぞれ前処置した。具体的には、各PAF受容体拮抗剤については1個体あたり各2 mg(CV-3988:3.4 μmol、アルプラゾラム:6.5 μmol)をエタノール200 μlに溶解して腹腔内投与し、その30分後にPAFを後足肉趾間へ皮下投与した。一方、N末端ビオチニル化P21については1個体あたり20 nmol(100 μl PBSに溶解)を静脈内投与し、15分後にPAFを皮下投与した。一方、対照群のラットにはPAFのみを投与した。いずれの処置においても、PAF投与から1時間後の足浮腫を測定し評価した。
【0040】
結果は図7に示したとおりであり、各足浮腫容積は、溶媒(vehicle)のみで0.083 ± 0.047 ml、PAFのみで0.52 ± 0.14 mlに対し、N末端ビオチニル化P21処置で0.17 ± 0.029 ml、CV-3988処置で0.22 ± 0.076 ml、アルプラゾラム処置で0.18 ± 0.077 mlとなり、N末端ビオチニル化P21は各PAF受容体拮抗剤の150-300分の1と極めて低用量の投与モル量でも顕著な抗PAF活性を示した。
【実施例4】
【0041】
N末端ビオチニル化PET3およびPCD36のPAF活性に対する効果
実施例2と同様のラット足浮腫モデルを用いて、N末端ビオチニル化PET3およびPCD36のPAF誘発炎症抑制試験を行った。
【0042】
ラット(1群当たりn = 3〜4)に、PBSに溶解した100 μlのN末端ビオチニル化PET3(20 nmol)、N末端ビオチニル化PCD36(20 nmol)またはPBSのみを尾静脈より静脈内投与し、その15分後に50 μlのPAF(1 nmol)または担体溶媒(150 mM塩化ナトリウム、10 mM トリス(pH 7.5)および0.25% ウシ血清アルブミン)を後足肉趾間へ皮下投与して、1時間後の足浮腫を測定し評価した。
【0043】
結果は図8に示したとおりであり、各足浮腫容積は溶媒(vehicle)のみで0.083 ± 0.047 ml、PAFのみで0.35 ± 0.11 ml、N末端ビオチニル化PET3とPAFの併用で0.063 ± 0.025 ml、N末端ビオチニル化PCD36とPAFの併用で0.16 ± 0.024 mlとなり、いずれのN末端ビオチニル化ペプチド化合物もPAFによる足浮腫を顕著に抑制した。
【産業上の利用可能性】
【0044】
PAFのPAF作動性受容体結合を原因とする各種の炎症性疾患に対する有効かつ安全な予防、回復、改善または悪化防止・再発予防のための手段が提供される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Tyr-Lys-Asp-Gly(配列番号1)、Tyr-Lys-Asp-Lys-Glu(配列番号11)またはTyr-Lys-Gly-Lys(配列番号12)のアミノ酸配列を有するペプチドにビオチンが付加されており、生体内において血小板活性化因子(PAF)およびリゾPAFと結合してPAFのPAF作動性受容体結合を阻害するビオチニル化ペプチド化合物。
【請求項2】
Tyr-Lys-Asp-Gly(配列番号1)のアミノ酸配列を有するペプチドが、配列番号2における第12-15位配列(Tyr-Lys-Asp-Gly)の少なくとも前後1アミノ酸残基を含む請求項1のペプチド化合物。
【請求項3】
請求項1または2記載のビオチニル化ペプチド化合物を有効成分とする抗炎症剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−193166(P2012−193166A)
【公開日】平成24年10月11日(2012.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−35540(P2012−35540)
【出願日】平成24年2月21日(2012.2.21)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度 独立行政法人科学技術振興機構 研究成果最適展開支援事業産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(500132214)学校法人明星学苑 (23)
【Fターム(参考)】