説明

抵抗スイッチング素子及び界面抵抗型不揮発性メモリ素子

【課題】 強相関電子系物質の電界誘起相転移現象を用いた、低コストなスイッチング素子と、低コスト、大容量の不揮発性メモリを提供する。
【解決手段】 チタンマグネリ相化合物やバナジウムマグネリ相化合物は強相関電子系物質であり、印加電界によって絶縁体相から金属相に、金属相から絶縁体相に可逆的に相転移する。絶縁体相と金属相の抵抗の違いを利用すれば、抵抗スイッチング素子が実現できる。金属相は、電界を除去することによって絶縁体相に戻るので、このままでは不揮発性メモリとならないが、マグネリ相化合物相と酸化物半導体を接合することにより、スイッチして形成された金属相が電界を除去しても保持されるようになり、不揮発性メモリを実現することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規の動作原理に基づく、抵抗スイッチング素子及び界面抵抗型不揮発性メモリ素子に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、小型・高速コンピュータを用いての画像処理や通信等においては、大量のデータの書き込み・読み出し・消去ができる不揮発性メモリが必要とされている。このようなメモリとして、フラッシュメモリが盛んに使用され、例えば、パーソナルコンピュータ用リムーバブルディスク、カメラ付携帯電話、あるいはデジタルカメラに搭載され、その需要が急増している。しかしながら、フラッシュメモリは書き込み速度が遅い、書き込み回数に限界がある、コストが高い、といった課題があり、書き込み・読み出しがさらに高速に行なえ、大容量であり、書き込み可能回数がさらに大きく、且つ、低コストな、次世代の不揮発性メモリが求められている。
【0003】
このような状況の中で、RRAM(Resistance Random Access Memory)が注目されている(非特許文献1参照)。RRAMは、電圧パルスにより材料の抵抗値を不揮発的に変化させて記憶するメモリであり、FRAM(Feroelectric RAM)、MRAM(Magnetic RAM)に比べて構造が簡易であるため高密度記録が可能であり、また、抵抗値の変化が大きいので、多値記憶が可能であるという特徴も有している。また、強相関電子系物質の電界誘起相転位を利用したものであるので、微小な電界で、高速に動作させることができる。このため、RRAMは主記憶用メモリ、ビデオ・バッファ用メモリ、また、ファイル・ストレージ用メモリ等、従来、動作速度、コストの点から使い分けが必要であった全てのメモリに使用可能であり、コンピュータ技術に革新をもたらすものと期待されている。
【0004】
RRAMは、従来、巨大磁気抵抗物質として知られていたPr1-x Cax MnO3 (PCMO)薄膜を上下電極でサンドイッチした構造を有し、上下電極に印加する電圧パルスによる不揮発性の抵抗変化現象を利用して不揮発性メモリとするものである。上下電極間に特定の極性の電圧パルスを印加するとPCMO薄膜の抵抗が一桁以上変化し、変化した抵抗値は、電圧パルスを取り除いた後、及び、同極性の電圧パルスを印加しても保持される。また、反対極性の電圧パルスを印加すると元の抵抗値に戻り、この戻った抵抗値は、電圧パルスを取り除いた後、及び、この反対極性の電圧パルスを印加しても保持される。しかも、この現象は室温で生じ、また、印加電圧がしきい電圧を越えた際に前駆現象を伴わずに急激に生ずるので、動作速度が極めて速い不揮発性メモリとして使用できる(非特許文献2参照)。
【0005】
PCMOは強相関電子系物質と呼ばれる物質に属する。強相関電子系物質とは、その物質の格子点に価電子が局在する物質であり、そのため、これらの電子の相互作用が強く、電場、磁場、圧力と言った外場からの刺激に対して、系全体の物性の変化が劇的に生ずる物質である。強相関電子系物質の絶縁体相とは、各格子点の強相関電子が結晶化した状態であり、金属相とはこの電子結晶が融解した状態と考えられており(非特許文献3参照)、それ故、僅かな電界によって絶縁体相と金属相間の相転移が極めて高速に生ずる。このような相転移は、電界誘起相転移と呼ばれている。PCMOの上記の現象は、強相関電子系物質に特有な電界誘起相転移現象に基づくものと考えられている。
【非特許文献1】http://www.atmarkit.co.jp/fsys/zunouhoudan/031zunou/next_memory.htm 2004/07/01 p2〜3.
【非特許文献2】S.Q.Liu,J.Wu,and A.Ignatiev “Electric−pulse−induced reversible resistance change effect in magnetoresistive films” Applied Physics Letters Vol.76 No.19 p2749〜2751.
【非特許文献3】日本物理学会編 「電子と物性(量子力学的粒子のふるまい)」 丸善株式会社 平成10年7月30日発行 p124.
【非特許文献4】Ueda H,Kitazawa K,Matsumoto T,“Strong carrier concentration dependence of pressure effect on bipolaronic transitions in Magneli phase Tin O2n-1(n=4,5,6)” JOURNAL OF THE PHYSICAL SOCIETY OF JAPAN 71(6);1506−1510(2002).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記の説明から理解されるように、強相関電子系物質の電界誘起相転移現象を利用することにより、不揮発性メモリが劇的な進歩を遂げようとしている。
ところで、PCMOは組成式Pr1-x Cax MnO3 で表されるように希土類元素を含む物質である。希土類元素は埋蔵量が少なく、コストが高い。この現象を利用した不揮発性メモリに使用できる材料が希土類元素を含む材料のみであっては、この不揮発性メモリの本格的な普及は望めない。この現象を発現する他の、コストの低い材料の開発が必要不可欠である。
【0007】
本発明者らは、PCMOの示す不揮発性メモリ現象は希土類元素を含む物質に限られる現象ではなく、強相関電子系物質に属する他の物質でも発現可能であると考え、他の強相関電子系物質を探査した結果、強相関電子系物質であるマグネリ相化合物において、電界を印加することで抵抗がヒステリシスを有して劇的に変化する抵抗スイッチング現象を見いだした。さらにまた、このスイッチング現象は電界を取り除いた際に元の抵抗に戻る揮発性の現象であるが、この物質と特定の酸化物半導体とをエピタキシャル界面を介して接合すると、印加電界を除去した後でも、スイッチされた抵抗値が保持される、すなわち、スイッチされた抵抗変化を不揮発化できることを見いだした。
【0008】
本発明者らは、上記発見に基づき、強相関電子系物質の電界誘起相転移現象を用いた、低コストなスイッチング素子、及び、低コストで大容量の不揮発性メモリを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために本発明の抵抗スイッチング素子は、マグネリ相化合物層と、この化合物層の上面に設けた上部電極と、下面に設けた下部電極とを有し、上部電極と下部電極との間に第1の電圧を印加することにより、マグネリ相化合物層の電気抵抗を高抵抗から低抵抗又は低抵抗から高抵抗にスイッチし、第1の電圧を保持することにより、低抵抗又は高抵抗を保持し、第1の電圧から第2の電圧まで連続して電圧を下げることにより又は上部電極と下部電極との間に印加される電圧を除去することにより、マグネリ相化合物層の電気抵抗を低抵抗から高抵抗又は高抵抗から低抵抗にスイッチすることを特徴とする。
上記構成において、高抵抗から低抵抗又は低抵抗から高抵抗へのスイッチは、マグネリ相化合物の、絶縁体相から金属相又は金属相から絶縁体相への電界誘起相転移に基づくことを特徴とする。上記第1の電圧は、マグネリ相化合物の、絶縁体相から金属相又は金属相から絶縁体相への電界誘起相転移が生ずるしきい電圧以上の電圧であり、前記第2の電圧は、マグネリ相化合物の、金属相から絶縁体相又は絶縁体相から金属相への電界誘起相転移が生ずるしきい電圧以下の電圧である。マグネリ相化合物は、チタンマグネリ相化合物又はバナジウムマグネリ相化合物であれば好ましい。
【0010】
この構成によれば、第1の電圧を印加することによって、マグネリ相化合物層が絶縁体相から金属相又は金属相から絶縁体相へ電界誘起相転移をおこし、この電圧を保持する間、金属相又は絶縁体相が保持されて低抵抗状態又は高抵抗状態が保持される。この電圧を保持した状態から第2の電圧まで連続して下げるか又は印加電圧を除去する、すなわち、上部電極と下部電極を2端子とした場合、この2端子間を開放することにより、マグネリ相化合物層が金属相から絶縁体相又は絶縁体相から金属相に戻るので、高抵抗状態又は低抵抗状態に戻る。
マグネリ相化合物の絶縁体相と金属相間の電界誘起相転移は、従来知られていた構成原子が再配列する相転移と異なり、強相関電子の配列が変化する相転移、すなわち、電子相転位であるため、僅かな電界強度で生起することができ、また、スイッチング時間が極めて短い。また、マグネリ相化合物層と上下電極のみで機能する極めて単純な構成であり、また、高抵抗状態と低抵抗状態との抵抗比が大きいので、この素子を薄膜化した場合には、高速、高集積、高精度の集積回路の抵抗スイッチング素子として最適である。また、希土類元素等の高コストな元素を使用しないので低コストである。
【0011】
上記目的を達成するために本発明の界面抵抗型不揮発性メモリ素子は、マグネリ相化合物層と、この層とエピタキシャル界面を介して接合する酸化物半導体層と、エピタキシャル界面以外のマグネリ相化合物層表面と、酸化物半導体層表面にそれぞれ設けた上部電極と、下部電極とを有し、上部電極と下部電極との間に特定の極性の電圧パルスを印加することにより、マグネリ相化合物層の抵抗を低抵抗から高抵抗、又は高抵抗から低抵抗にスイッチし、上記特定の極性とは反対の極性の電圧パルスを印加することにより、マグネリ相化合物層の抵抗を高抵抗から低抵抗、又は低抵抗から高抵抗にスイッチし、マグネリ相化合物層の高抵抗と低抵抗を、不揮発性の記録情報とすることを特徴とする。
上記構成において、低抵抗から高抵抗又は高抵抗から低抵抗へのスイッチは、マグネリ相化合物の、金属相から絶縁体相への又は絶縁体相から金属相への電界誘起相転移に基づき、このスイッチして形成された絶縁体相又は金属相は、特定の極性の電圧パルスの印加終了後においても保持されることを特徴とする。特定の極性の電圧パルスの電圧は、マグネリ相化合物の、金属相から絶縁体相、又は絶縁体相から金属相への電界誘起相転移が生ずるしきい電圧以上の電圧である。また、酸化物半導体層は、n型又はp型導電性の遷移金属酸化物半導体であれば好ましい。
さらに、マグネリ相化合物は、Crをドープしたバナジウムマグネリ相化合物であり、酸化物半導体層はn型導電性のTiO2 半導体層であれば、この界面抵抗型不揮発性メモリ素子は、室温で動作するので好ましい。
【0012】
この構成によれば、マグネリ相化合物層と酸化物半導体層とがエピタキシャル界面を介して接合することにより、電界除去に伴う、スイッチして形成したマグネリ相化合物の絶縁体相が金属相、又は金属相が絶縁体相に戻る現象が防止されるので、スイッチして形成した抵抗状態が、電界が無くとも保持される。従って、不揮発性メモリとして機能し、極めて単純な構成であり、高抵抗状態と低抵抗状態との抵抗比が大きいので、大容量の不揮発性メモリ素子が実現できる。また、希土類元素等の高コストな元素を使用しないので、低コストである。
【0013】
酸化物半導体層による作用は以下のように考えられる。すなわち、酸化物半導体はマグネリ相化合物と比べて一般に仕事関数が小さく、そのため、マグネリ相化合物と酸化物半導体を接合し、酸化物層側を負電位としたしきい電圧以上の電圧パルスを印加すると、金属相が絶縁体相、又は絶縁体相が金属相に相転移すると共に酸化物半導体からマグネリ相化合物中に電子が注入される。注入された電子はエピタキシャル界面からマグネリ相化合物膜中に向かって分布を形成し、この電子分布により、マグネリ相化合物膜中に印加電圧パルスの電界方向と同方向の電界、すなわち、界面電界が発生する。この電界はスイッチして形成した絶縁体相が金属相に、又は金属相が絶縁体相に戻る現象を阻止するので、不揮発性となる。酸化物半導体側を正とした電圧パルスを印加すると、上記の注入された電子がマグネリ相化合物膜から掃き出されるので、スイッチして形成した相を保持していた電界が消失し、絶縁体相が金属相に、または、金属相が絶縁体相に戻る。
【0014】
また、酸化物半導体とマグネリ相化合物との界面に、欠陥等による界面準位が存在すると、界面準位の充放電に要する時定数が大きく、スイッチング速度が遅くなり、又、この界面準位によって電位降下が発生するのでスイッチングに必要な電圧が大きくなる。このため、酸化物半導体とマグネリ相化合物との界面は、欠陥等による界面準位が存在しないエピタキシャル界面とするのが好ましい。
また、印加電圧パルスの電圧値を下げるために、n型又はp型導電性を有する酸化物半導体が好ましく、n型又はp型不純物が高濃度にドープされた酸化物半導体であればさらに好ましい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。
初めに、本発明の第1の実施の形態である、抵抗スイッチング素子を説明する。
マグネリ相化合物とは、Mを遷移金属原子とし、組成式Mn 2n-1(但し、nは正の整数)で表される化合物であり、ルチル型、又は、コランダム型結晶構造を有する。チタンマグネリ相化合物は、組成式Tin 2n-1(n=2〜10)で表され、バナジウムマグネリ相化合物は、組成式Vn 2n-1(n=2〜8)で表される。
先ず、マグネリ相化合物が強相関電子系物質であり、絶縁体相と金属相とを有することを示す。Ti4 7 単結晶に2端子のオーミック電極を取り付け、液体窒素温度から室温までの比抵抗を測定した。測定した比抵抗はルチル型結晶構造のb軸方向である。
図1は、Ti4 7 単結晶の比抵抗の温度依存性を示す図であり、横軸は温度、縦軸は比抵抗を示す。図から、Ti4 7 単結晶は、温度によって比抵抗が劇的に変化することがわかる。130K以下の比抵抗の大きい領域はバイポーラロン固体状態(非特許文献4参照)により強相関電子が秩序配列して形成される絶縁体相であり、130Kから150Kの間の比抵抗が中間的な大きさを示す領域は電子対が形成される半導体相であり、150K以上の比抵抗が極めて小さい領域は強相関電子により形成される金属相である。
図から、Ti4 Oマグネリ相化合物は、強相関電子系物質に特有な相転移を示すことがわかる。本発明の抵抗スイッチング素子、及び、界面抵抗型不揮発性メモリ素子は、絶縁体相と金属相との間の電子相転移を電界によって誘起するものである。
【0016】
次に、本発明の抵抗スイッチング素子の構造を説明し、また、実施例を用いて、マグネリ相化合物としてTi4 7 単結晶を用いた場合の抵抗スイッチング特性を説明する。
図2は、本発明の抵抗スイッチング素子の構造を模式断面図で示すものであり、本発明の抵抗スイッチング素子1は、マグネリ相化合物相2と、マグネリ相化合物相2の上面及び仮面に設けた上部電極3及び下部電極4とから構成される。
図3は、マグネリ相化合物としてTi4 7 単結晶を用いた場合の本発明の抵抗スイッチング素子の抵抗スイッチング特性を示し、横軸は印加電圧、縦軸は抵抗である。抵抗スイッチング素子1を77Kに保持し、上部電極3及び下部電極4間に電圧を印加し、電圧を連続して増加させながら、また、増加させた電圧から連続して降下させながら、上部電極3及び下部電極4間の抵抗を測定することにより抵抗スイッチング特性を測定した。また、電圧はステップ状に変化させ、ステップ間隔を変えて測定した。上部電極3及び下部電極4間の距離、すなわち、Ti4 7 単結晶2の厚さは0.22mmである。
【0017】
図3中、(1)で示したスイッチング特性曲線は、単結晶2に初めて電圧を印加した場合の特性曲線であり、0voltから電圧を上昇させると、約930voltで急激に抵抗が約5桁減少し、930voltから約1000voltの範囲でこの抵抗値が持続した。約1000voltから電圧を降下させると、約250voltで急激に抵抗値が約2桁増加し、250voltから0voltの範囲でこの抵抗値が持続した。
図3において、(2)、(3)で示したスイッチング特性曲線は、単結晶2に印加した電圧履歴が2回目以降の場合の特性曲線であり、(2)は電圧ステップ幅が100msec、(3)は電圧ステップ幅が200msecの場合である。(2)、(3)の測定において、0voltから電圧を上昇させると、約400voltで急激に抵抗が約3桁減少し、400vから約1000voltの範囲でこの抵抗値が持続した。約1000voltから電圧を降下させると、約250voltで急激に抵抗値が約2桁増加し、約200voltから0voltの範囲でこの抵抗値が持続した。この特性は、印加電圧履歴回数が2回目以降であれば、何回測定しても同じであり、また、電圧ステップ幅にもよらなかった。
また、抵抗が減少した印加電圧範囲において、印加電圧を取り除く、すなわち、上部電極3と下部電極4を開放端状態とすると、抵抗値は元の高抵抗値に戻った。
このように、Ti4 7 単結晶は、2回目以降の印加電圧履歴において、電圧上昇過程で高抵抗から低抵抗にスイッチする約400voltの第1のしきい電圧と、電圧降下過程で低抵抗から高抵抗にスイッチする約250voltの第2のしきい電圧を有したヒステリシス特性を示すことがわかる。また、印加電圧を取り除くと、低抵抗が高抵抗に戻ることがわかる。上記結晶の厚さは0.22mmであるので、結晶を1μm厚さの薄膜とすれば、上記第1のしきい値は約2volt、上記第2のしきい値は約1voltとなり、集積回路の電源電圧と整合する値となる。
【0018】
次に、上記の抵抗スイッチング特性は、チタンマグネリ相化合物、バナジウムマグネリ相化合物に共通する性質であることを示す。
図4は、種々の組成のチタンマグネリ相化合物及びバナジウムマグネリ相化合物の抵抗スイッチング特性を示すもので、横軸は印加電圧、縦軸は電流値を示す。測定方法は図2と同様である。図4(a)はTi4 7 、同(b)はTi6 11、同(c)はV4 7 、同(d)はV6 11の抵抗スイッチング特性を示す。
図4から、図3に示した抵抗スイッチング特性は、チタンマグネリ相化合物、バナジウムマグネリ相化合物に共通する性質であることがわかる。なお、図4では、いずれも、高電圧で安定な相が金属相であり、印加電圧がない場合に安定な相が絶縁体相であるマグネリ相化合物の例を示しているが、下記に例を示すように、マグネリ相化合物の種類、組成によって、高電圧で安定な相が絶縁体相であり、印加電圧がない場合に安定な相が金属相であるマグネリ相化合物も存在する。
【0019】
上記の抵抗スイッチング特性は、マグネリ相化合物の絶縁体相と金属相との間の電界誘起相転移に基づくものである。すなわち、第1のしきい電圧以上の印加電圧が印加されるとマグネリ相化合物の相が絶縁体相から金属相に相転移し、この電圧を保持する間、金属相が保持されて低抵抗状態が保持される。この電圧を保持した状態から第2のしきい電圧以下の電圧まで連続して下げる、又は、電圧を印加しないことによって、マグネリ相化合物相が金属相から絶縁体相に戻り、高抵抗状態に戻る。
高抵抗状態と低抵抗状態とのスイッチングが、強相関電子系物質の電子相の相転移、すなわち、電界誘起相転移によるものであるので、微小な電界強度によって、また、極めて高速にスイッチできる。また、極めて単純な構成であり、高抵抗状態と低抵抗状態との抵抗比が極めて大きいので、この素子を薄膜化した場合には、高速、高集積、高精度の集積回路の抵抗スイッチング素子として最適である。また、希土類元素等の高コストな元素を使用しないので、低コストである。
【0020】
次に、本発明の第2の実施形態である、界面抵抗型不揮発性メモリ素子を説明する。
第1の実施形態で説明した抵抗スイッチング特性は、結晶に印加する電界を取り去った場合には、スイッチして形成した相がスイッチ前の相に戻ってしまうので、スイッチして形成した抵抗状態が保持されず、不揮発性メモリとならない。本発明者らは、マグネリ相化合物上に酸化物半導体をエピタキシャル成長することによって、または、酸化物半導体上にマグネリ相化合物をエピタキシャル成長することによって、マグネリ相化合物と酸化物半導体とをエピタキシャル界面を介して接合することにより、スイッチして形成した相が、電界を取り除いても元の相に戻ることが無く、抵抗状態が保持されることを見いだし本発明の界面抵抗型不揮発性メモリ素子に到った。
図5は、本発明の界面抵抗型不揮発性メモリ素子の構成を模式断面図で示す図である。図において、本発明の界面抵抗型不揮発性メモリ素子5は、マグネリ相化合物層2と、マグネリ相化合物層2とヘテロエピタキシャル接合する酸化物半導体層6と、上部電極3と、下部電極4とからなる。図1に示した抵抗スイッチング素子の構成と比べると、酸化物半導体層6を有する点のみが異なる。
【0021】
以下に、実施例を用いて、この素子を説明する。
TiO2 n型半導体(101)面基板上に、PLD(Pulse Laser Deposition)法により、CrドープV2 3 薄膜をエピタキシャル成長した。CrドープV2 3 エピタキシャル薄膜の組成式は(Cr0.007 0.993 2 3 である。TiO2 n型半導体基板下面にInGaから成る下部電極を形成し、CrドープV2 3 薄膜上にAgからなる上部電極を形成した。
以下の説明では、この構造を(Cr0.007 0.993 2 3 /TiO2 構造、又は界面抵抗型不揮発性メモリ素子とよぶ。
【0022】
図6は、(Cr0.007 0.993 2 3 マグネリ相化合物の比抵抗の温度依存性を示す図であり、横軸は温度、縦軸は比抵抗を示す。図中、(1)で示した曲線は(Cr0.007 0.993 2 3 マグネリ相化合物の膜厚が400nmの場合であり、(2)の曲線は膜厚が100nmの場合である。
図から、CrをドープしたV2 3 マグネリ相化合物においては、約200K付近で比抵抗が極小になり、約350K付近で比抵抗が極大になることがわかる。従って、CrをドープしたV2 3 マグネリ相化合物においては、約200K付近で金属相が形成され、約350K付近で第2の絶縁体相が形成されることがわかる。金属相と絶縁体相が300K付近に存在するので、室温において電界誘起による相転移を生起することができる。また、このマグネリ相化合物においては、スイッチして形成した絶縁体相が、電界の除去に伴い、金属相に戻る。
【0023】
図7は、(Cr0.007 0.993 2 3 /TiO2 構造の電流−電圧特性を示す図であり、横軸は印加電圧、縦軸は電流を示す。図において、(1)は、−20volt付近から0voltまで電圧を上昇させた場合の電流−電圧特性を示し、(2)は、引き続いて0voltから、15volt以上まで電圧を上昇させた場合の電流−電圧曲線を示し、(3)は、引き続いて15volt以上から0voltまで電圧を降下させた場合の電流−電圧曲線を示し、(4)は、引き続いて0voltから−20volt付近まで電圧を降下させた場合の電流−電圧曲線を示す。
【0024】
図から、0voltから約15voltの範囲において、電圧上昇過程の曲線(2)と、電圧降下過程の曲線(3)とが一致しないことがわかる。すなわち、−20volt付近から0voltまで電圧を上昇させた際にスイッチして形成された金属相が、反対極性の印加電圧でも保持されていることを示しており、これは、印加電圧を除去しても金属相が保持されることを意味する。また、0voltから約−15voltの範囲においても、電圧上昇過程の曲線(1)と電圧降下過程の曲線(4)とが一致せず、特に0voltから−7voltに亘って高抵抗状態が保持されていることがわかる。すなわち、約15volt以上の電圧によってスイッチして形成された絶縁体相が反対極性の印加電圧でも保持されることを示しており、これは、印加電圧を除去しても絶縁体相が保持されることを意味する。
すなわち、マグネリ相化合物単独では、印加電圧を除去すると、スイッチして形成された絶縁体相は金属相に戻ってしまうが、マグネリ相化合物と酸化物半導体をエピタキシャル界面を介して接合することにより、絶縁体相が電圧を除去しても保持されるようになることを示している。従って、不揮発性メモリとして使用することができる。
【0025】
次に、本発明の界面抵抗型不揮発性メモリの不揮発性メモリ作用を説明する。
上記図5で説明した(Cr0.007 0.993 2 3 /TiO2 構造の上下電極間に、電圧15volt、パルス幅1secの電圧パルスと、電圧−15volt、パルス幅1secの電圧パルスを交互に印加し、各パルス印加後の抵抗値を室温で測定した。
図8は、本発明の界面抵抗型不揮発性メモリ素子の不揮発性メモリ作用を示す図で、横軸は時間、左側の縦軸は界面抵抗型不揮発性メモリ素子の抵抗を示し、右側の横軸は、印加したパルスの電圧を示す。図の下部に、印加した電圧パルスの種類と印加時刻を示しており、正極性の電圧パルスは、酸化物半導体側を負電位とするパルスであり、負極性の電圧パルスは、酸化物半導体側を正とするパルスである。図中の●(黒丸)は、測定した各時刻における界面抵抗型不揮発性メモリ素子の抵抗値を示す。
この図から、正の極性の電圧パルスを印加すると、界面抵抗型不揮発性メモリ素子の抵抗は約1200Ωとなり、この抵抗値は、電圧パルス印加後も保持され、負の極性の電圧パルスを印加すると約600Ωとなり、この抵抗は電圧パルス印加後も保持されていることがわかり、不揮発性メモリ素子として動作することがわかる。また、同一極性の電圧パルスを引き続いて印加しても抵抗値が変化しないことがわかる。
【0026】
この現象は、以下のように考えられる。すなわち、酸化物半導体はマグネリ相化合物と比べて一般に仕事関数が小さく、そのため、マグネリ相化合物と酸化物半導体を接合し、酸化物層側を負電位としたしきい電圧以上の電圧パルスを印加すると、金属相が絶縁体相に相転移すると共に酸化物半導体からマグネリ相化合物中に電子が注入される。注入された電子はエピタキシャル界面からマグネリ相化合物膜中に向かって分布を形成し、この電子分布により、マグネリ相化合物膜中に印加電圧パルスの電界方向と同方向の電界、すなわち、界面電界が発生する。この電界はスイッチして形成した相が元の相に戻る現象を阻止するので、不揮発性となる。酸化物半導体側を正とした電圧パルスを印加すると、上記の注入された電子がマグネリ相化合物膜から掃き出されるので、相を保持していた電界が消失し、スイッチして形成した相は元の相に戻る。上記のメカニズムを図8に説明した界面抵抗型不揮発性メモリ素子を例に図を用いて説明する。
【0027】
図9は、本発明の界面抵抗型不揮発性メモリ素子の不揮発性メモリ作用を説明する図であり、横軸は電界強度、縦軸は界面抵抗型不揮発性メモリ素子の抵抗を表している。
図において、Eeは絶縁体相を形成する電界以上の電界から電界を減少させた場合に、絶縁体相から金属相に相転移するしきい電界であり、Ewは金属相を形成する電界以下の電界から電界を増加させた場合に、金属相から絶縁体相に相転移するしきい電界であり、図の太い矢印は絶縁体相にスイッチした際に酸化物半導体からマグネリ相化合物に注入された電子によって形成されたマグネリ相化合物中の界面電界Esを表す。EsがEeよりも大きければ、スイッチして形成した絶縁体相は、電圧パルス印加後であってもEsによって金属相への転移が阻止され、不揮発性となる。また、酸化物半導体側を正とした電圧を印加すると、上記の注入された電子がマグネリ相化合物膜から掃き出されるので、絶縁体相を保持していたEsが消失し、絶縁体相が金属相に戻る。
【0028】
また、酸化物半導体とマグネリ相化合物との界面に、欠陥等による界面準位が存在すると、界面準位の充放電に要する時定数が大きく、スイッチング速度が遅くなり、また、この界面準位によって電位降下が発生するのでスイッチングに必要な電圧が大きくなる。このため、酸化物半導体とマグネリ相化合物との界面は、欠陥等による界面準位が存在しないエピタキシャル界面とするのが好ましい。
また、印加電圧パルスの電圧値を下げるために、高濃度にドープしたn型又はp型酸化物半導体が好ましい。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明の抵抗スイッチング素子は、強相関電子の電界誘起相転移に基づいた抵抗変化型のスイッチング素子であるので、スイッチング速度が速く、また、極めて単純な構成でよく、従って、高集積化に適しており、また、希土類元素等の高コストな元素を使用しないので低コストである。高速、高集積、高精度の集積回路の抵抗スイッチング素子として使用すれば極めて有用である。
また、本発明の界面抵抗型不揮発性メモリ素子は、強相関電子の電界誘起相転移による抵抗変化と、電子注入による不揮発化に基づいた抵抗変化型の不揮発性メモリであるので、極めて単純な構成でよく、従って、高集積化に適しており、また、希土類元素等の高コストな元素を使用しないので、低コストである。小型・高速コンピュータを用いての画像処理や通信等において、大量のデータの書き込み・読み出し・消去ができる、低コストの不揮発性メモリとして使用すれば極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】Ti4 7 単結晶の比抵抗の温度依存性を示す図である。
【図2】本発明の抵抗スイッチング素子の構造を断面模式図で示す図である。
【図3】マグネリ相化合物としてTi4 7 単結晶を用いた場合の本発明の抵抗スイッチング素子の抵抗スイッチング特性を示す図である。
【図4】種々の組成のチタンマグネリ相化合物、及び、バナジウムマグネリ相化合物の抵抗スイッチング特性を示す図である。
【図5】本発明の界面抵抗型不揮発性メモリ素子の構成の断面模式図である。
【図6】(Cr0.007 0.993 2 3 マグネリ相化合物の比抵抗の温度依存性を示す図である。
【図7】(Cr0.007 0.993 2 3 /TiO2 構造の電流−電圧特性を示す図である。
【図8】本発明の界面抵抗型不揮発性メモリ素子の不揮発性メモリ作用を示す図である。
【図9】本発明の界面抵抗型不揮発性メモリ素子の不揮発性メモリ作用を説明する図である。
【符号の説明】
【0031】
1 抵抗スイッチング素子
2 マグネリ相化合物層
3 上部電極
4 下部電極
5 界面抵抗型不揮発性メモリ素子
6 酸化物半導体層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マグネリ相化合物層と、この化合物層の上面に設けた上部電極と、下面に設けた下部電極とを有し、
上記上部電極と下部電極との間に第1の電圧を印加することにより、上記化合物層の電気抵抗を高抵抗から低抵抗、又は、低抵抗から高抵抗にスイッチし、上記第1の電圧を保持することにより、上記低抵抗又は高抵抗を保持し、
上記第1の電圧から第2の電圧まで連続して電圧を下げることにより、又は、上記上部電極と下部電極との間に印加される電圧を除去することにより、上記化合物層の電気抵抗を低抵抗から高抵抗、又は、高抵抗から低抵抗にスイッチすることを特徴とする、抵抗スイッチング素子。
【請求項2】
前記高抵抗から低抵抗又は低抵抗から高抵抗へのスイッチは、前記マグネリ相化合物の、絶縁体相から金属相又は金属相から絶縁体相への電界誘起相転移に基づくことを特徴とする、請求項1に記載の抵抗スイッチング素子。
【請求項3】
前記第1の電圧は、前記マグネリ相化合物の、絶縁体相から金属相又は金属相から絶縁体相への電界誘起相転移が生ずるしきい電圧以上の電圧であり、
前記第2の電圧は、前記マグネリ相化合物の、金属相から絶縁体相又は絶縁体相から金属相への電界誘起相転移が生ずるしきい電圧以下の電圧であることを特徴とする、請求項1に記載の抵抗スイッチング素子。
【請求項4】
前記マグネリ相化合物は、チタンマグネリ相化合物又はバナジウムマグネリ相化合物であることを特徴とする、請求項1に記載の抵抗スイッチング素子。
【請求項5】
マグネリ相化合物層と、この層とエピタキシャル界面を介して接合する酸化物半導体層と、上記エピタキシャル界面以外のマグネリ相化合物層表面と、酸化物半導体層表面にそれぞれ設けた上部電極と、下部電極とを有し、
上記上部電極と下部電極との間に特定の極性の電圧パルスを印加することにより、上記マグネリ相化合物層の抵抗を低抵抗から高抵抗、又は、高抵抗から低抵抗にスイッチし、 上記特定の極性とは反対の極性の電圧パルスを印加することにより、上記マグネリ相化合物層の抵抗を高抵抗から低抵抗、又は、低抵抗から高抵抗にスイッチし、
上記マグネリ相化合物層の高抵抗と低抵抗を、不揮発性の記録情報とすることを特徴とする、界面抵抗型不揮発性メモリ素子。
【請求項6】
前記低抵抗から高抵抗又は高抵抗から低抵抗へのスイッチは、前記マグネリ相化合物の、金属相から絶縁体相への又は絶縁体相から金属相への電界誘起相転移に基づき、このスイッチして形成された絶縁体相又は金属相は、前記特定の極性の電圧パルスの印加終了後においても保持されることを特徴とする、請求項5に記載の界面抵抗型不揮発性メモリ素子。
【請求項7】
前記特定の極性の電圧パルスの電圧は、前記マグネリ相化合物の、金属相から絶縁体相又は絶縁体相から金属相への電界誘起相転移が生ずるしきい電圧以上の電圧であることを特徴とする、請求項5に記載の界面抵抗型不揮発性メモリ素子。
【請求項8】
前記酸化物半導体層は、n型又はp型導電性の遷移金属酸化物半導体であることを特徴とする、請求項5に記載の界面抵抗型不揮発性メモリ素子。
【請求項9】
前記マグネリ相化合物は、Crをドープしたバナジウムマグネリ相化合物であり、前記酸化物半導体層はn型導電性のTiO2 半導体層であり、室温で動作することを特徴とする、請求項5に記載の界面抵抗型不揮発性メモリ素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図4】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−86310(P2006−86310A)
【公開日】平成18年3月30日(2006.3.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−269038(P2004−269038)
【出願日】平成16年9月15日(2004.9.15)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2004年3月22日 社団法人日本セラミックス協会発行の「2004年年会講演予稿集」に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2004年3月28日 社団法人応用物理学会発行の「2004年(平成16年)春季 第51回 応用物理学関係連合講演会講演予稿集 第2分冊」に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2004年9月1日 社団法人応用物理学会発行の「2004年(平成16年)秋季 第65回 応用物理学会学術講演会講演予稿集 第2分冊」に発表
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.FRAM
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】