説明

振動型角速度センサ

【課題】角速度の検出精度を高める。
【解決手段】錘と、前記錘を支持する弾性体と、y軸においてはy軸の固有振動数に応じた第一振動数で前記y軸に直交するz軸においてはz軸の固有振動数に応じた前記第一振動数と異なる第二振動数で前記錘を2軸同時に励振する励振手段と、前記y軸において前記錘の変位を検出するy軸変位検出手段と、前記y軸と前記z軸とに直交するx軸において前記錘の変位を検出するx軸変位検出手段と、前記錘の前記x軸の変位から前記第一振動数の成分と前記第二振動数の成分とを離散フーリエ変換によって導出するとともに前記錘のy軸の変位から前記第二振動数の成分を離散フーリエ変換によって導出する軸分離手段と、を備える振動型角速度センサ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は振動型角速度センサに関し、特にMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)として構成される振動型角速度センサに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、MEMSとして構成される振動型角速度センサが知られている(例えば特許文献1参照)。振動型角速度センサでは、質点に速度を与えるために弾性体を振動させ、その振動方向に直交する方向に働くコリオリ力による変位を検出することによって角速度を検出する。質点に速度を与えるための振動を参照振動という。コリオリ力は速度に比例するため、角速度が生ずるとコリオリ力による変位が検出される方向においても振動が発生する。したがって、角速度が生じている状態では質点は直交する二軸の方向において振動する。従来の振動型角速度センサでは、一般に参照振動の方向の振動数とコリオリ力を検出する方向の振動数とを一致させることによって感度を高めている。2軸の振動数が一致した状態を双共振という。3軸の角速度成分を検出するためには、直交する2軸において参照振動が必要である。双共振する質点の参照振動は円運動又は楕円運動となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2004−294450号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、直交する2軸の振動数を正確に一致させて双共振を実現することは製造技術上困難であるため、質点を円運動させることも楕円運動させることも困難である。
また、たとえ特定の1軸において弾性体を励振したとしても、製造公差等があるためコリオリ力に伴う変位が検出される他の軸においても角速度0の状態で振動してしまう。このような励振の他軸への漏れをメカニカルカップリングという。メカニカルカップリングにより漏れる振動の振幅はコリオリ力による振動の振幅よりも相当大きい。また一般に、3軸の角速度成分を検出するためには、励振される軸においてもコリオリ力に伴う変位が検出される。また、励振そのものの振幅やメカニカルカップリングによる励振の漏れの振幅はコリオリ力による振動の振幅よりもかなり大きい。したがって、質点の変位から参照振動成分と参照振動の漏れ成分を除去することが重要であるが、これらを完全には除去できないことが検出精度を高める上での大きな問題となっている。
【0005】
本発明はこれらの問題を解決するために創作されたものであって角速度の検出精度を高めることを目的の1つとする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
(1)上記目的を達成するための振動型角速度センサは、錘と、前記錘を支持する弾性体と、y軸においてはy軸の固有振動数に応じた第一振動数で前記y軸に直交するz軸においてはz軸の固有振動数に応じた前記第一振動数と異なる第二振動数で前記錘を2軸同時に励振する励振手段と、前記y軸において前記錘の変位を検出するy軸変位検出手段と、前記y軸と前記z軸とに直交するx軸において前記錘の変位を検出するx軸変位検出手段と、前記錘の前記x軸の変位から前記第一振動数の成分と前記第二振動数の成分とを離散フーリエ変換によって導出するとともに前記錘のy軸の変位から前記第二振動数の成分を離散フーリエ変換によって導出する軸分離手段と、を備える。
【0007】
第一振動数でy軸において励振すると同時に第二振動数でz軸において励振する場合、錘のx軸の変位の第一振動数の成分を離散フーリエ変換によって導出すると、z軸周りの回転によってx軸に生ずるコリオリ力成分とy軸において錘を励振することによって生ずるy軸の参照振動のx軸への漏れ成分とが抽出されるとともに、z軸において錘を励振することによって生ずるz軸の参照振動のx軸への漏れ成分とy軸周りの回転によってx軸に生ずるコリオリ力成分とが除去される。z軸周りの回転によってx軸方向に生ずる変位のコリオリ力成分は、z軸周りの角速度を表す。またこの場合、錘のx軸の変位の第二振動数の成分を離散フーリエ変換によって導出すると、y軸周りの回転によってx軸に生ずるコリオリ力成分とz軸において錘を励振することによって生ずるz軸の参照振動のx軸への漏れ成分が抽出されるとともに、y軸において錘を励振することによって生ずるy軸の参照振動のx軸への漏れ成分とz軸周りの回転によってx軸に生ずるコリオリ力成分とが除去される。y軸周りの回転によってx軸方向に生ずる変位のコリオリ力成分はy軸周りの角速度を表す。また、錘のy軸の変位の第二振動数の成分を離散フーリエ変換によって導出することによって、x軸周りの回転によってy軸に生ずるコリオリ力成分とz軸において質点を励振することによって生ずるy軸への参照振動の漏れ成分とが抽出されるとともに、y軸において質点を励振することによって生ずる参照振動成分が除去される。x軸周りの回転によってy軸方向に生ずる変位のコリオリ力成分はx軸周りの角速度を表す。したがって本発明によると、角速度の検出精度を高めることができる。
【0008】
(2)xyz各軸の変位における1軸分のコリオリ力成分と1軸分の参照振動の漏れ成分との分離はどのような方法を用いても良いが、錘の変位の特定の周波数成分においては位相差に着目することによって精度良くこれらを分離することが可能である。
すなわち上記目的を達成するための振動型角速度センサにおいて、複素平面におけるベクトル演算によって、前記錘の前記x軸の変位の前記第一振動数の成分から予め計測された前記第一振動数の参照振動の漏れ成分を除去し、前記錘の前記x軸の変位の前記第二振動数の成分から予め計測された前記第二振動数の参照振動の漏れ成分を除去し、前記錘の前記y軸の変位の前記第一振動数の成分から予め計測された前記第二振動数の参照振動の漏れ成分を除去する漏れ成分除去手段を備えてもよい。
参照振動の変位とコリオリ力による変位とでは90度の位相差が生じるため、参照振動の漏れの変位とコリオリ力による変位とには位相差が生ずる。このため特定の軸方向の変位に含まれるコリオリ力成分と参照振動の漏れ成分とは位相が異なる。したがって複素平面におけるベクトル演算によって、参照振動の漏れ成分を精度良く除去して変位のコリオリ力成分を精度良く抽出することが可能である。すなわち本発明によると、角速度の検出精度をさらに高めることができる。
【0009】
(3)上記目的を達成するための振動型角速度センサにおいて、前記y軸変位検出手段によって検出される前記y軸における前記錘の変位を表すアナログ検出信号と予め計測された前記y軸の変位の前記第一振動数の参照振動成分を表すアナログ信号との差分を増幅し、前記錘のy軸の変位として前記軸分離手段へ出力する増幅手段を備えてもよい。
y軸方向の変位の参照振動成分はy軸への参照振動の漏れ成分よりもy軸方向の変位のコリオリ力成分よりも遙かに大きい。本発明によると、デジタル信号に変換する前にy軸の変位の参照振動成分を除去してy軸方向の変位のコリオリ力成分を増幅するため、角速度の分解能を高めることができる。
【0010】
(4)上記目的を達成するための振動型角速度検出方法は、y軸においてはy軸の固有振動数に応じた第一振動数で前記y軸に直交するz軸においてはz軸の固有振動数に応じた前記第一振動数と異なる第二振動数で質点を2軸同時に励振し、前記y軸において前記質点の変位を検出し、前記y軸と前記z軸とに直交するx軸において前記質点の変位を検出し、前記質点の前記x軸の変位から前記第一振動数の成分と前記第二振動数の成分とを離散フーリエ変換によって導出するとともに前記質点のy軸の変位から前記第二振動数の成分を離散フーリエ変換によって導出する、ことを含む。
本発明によると、角速度の検出精度を高めることができる。
【0011】
尚、請求項に記載された動作の順序は、技術的な阻害要因がない限りにおいて記載順に限定されず、同時に実行されても良いし、記載順の逆順に実行されても良いし、連続した順序で実行されなくても良い。また請求項に記載された各手段の機能は、構成自体で機能が特定されるハードウェア資源、プログラムにより機能が特定されるハードウェア資源、又はそれらの組み合わせにより実現される。また、これら各手段の機能は、各々が物理的に互いに独立したハードウェア資源で実現されるものに限定されない。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】図1Aおよび図1Bは本発明の実施形態にかかる波形図。図1Cは本発明の実施形態にかかる模式的な波形図。
【図2】本発明の実施形態にかかる模式的な波形図。
【図3】図3Aおよび図3Bは本発明の実施形態にかかる波形図。
【図4】図4Aおよび図4Bは本発明の実施形態にかかる模式的な波形図。
【図5】図5Aおよび図5Bは本発明の実施形態にかかる模式的な波形図。
【図6】図6A、図6Bおよび図6Cは本発明の実施形態にかかる模式的な波形図。
【図7】図7A、図7Bおよび図7Cは本発明の実施形態にかかるベクトル図。
【図8】図8Aは本発明の実施形態にかかる斜視図。図8Bは本発明の実施形態にかかるブロック図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態を添付図面を参照しながら説明する。尚、各図において対応する構成要素には同一の符号が付され、重複する説明は省略される。
1.参照振動
直交する2軸において同時に参照振動を得るため、各軸の固有振動数に応じた互いに異なる振動数で直交する2軸において同時に質点が励振される。2軸の励振は同時に進行するため質点の軌跡は原理的には2次元の軌跡となる。ここで質点が励振される2軸の一方をy軸とし他方をz軸とし、y軸及びz軸に直交する軸をx軸とし、y軸における励振の振動数を第一振動数としz軸における励振の振動数を第二振動数とする。図1Aおよび図1Bはy軸及びz軸について質点の変位に含まれる参照振動成分と時間の関係を示している。図1Cは図1Aおよび図1Bをまとめて立体的に示した模式図である。y軸、z軸のそれぞれにおいて、固有振動数と励振の振動数とが一致するとき参照振動の振幅は極大になる。励振によって生ずる参照振動の振幅が大きいほど感度が高まる。したがって第一振動数は質点のy軸の固有振動数と近い値に設定される。また第二振動数は質点のz軸の固有振動数と近い値に設定される。
【0014】
励振される2軸のそれぞれにおいて質点の固有振動数は異ならせることが好ましい。例えば錘を支持する弾性体は、両端が固定された2つの梁を十字形に結合し2つの梁が結合された部分に錘が結合される形態や、周囲全体が固定され中央部に錘が結合された膜の形態とする。このような形態の場合、2軸の固有振動数を異ならせるには、十字形に結合した同一形態の2つの梁に平行な平面に直交する軸と2つの梁の一方に平行な軸とにおいて錘を励振しても良いし、2つの梁の長さや幅や厚さを異ならせ2つの梁がそれぞれ延びる方向において錘を励振しても良い。あるいは、全体が固定される周囲が楕円や長方形や菱形である膜に平行で互いに直交する2軸において錘を励振しても良い。また例えば錘を長方形や楕円形の底面を有する柱体としてもよい。すなわち、弾性体の剛性に異方性を持たせ弾性体と平行な2軸において励振しても良いし、弾性体の剛性が等方性であっても弾性体と直交する軸と弾性体と平行な1軸とにおいて励振しても良いし、励振される2軸と平行な方向において錘の質量分布を異ならせても良い。
【0015】
質点を構成する錘と弾性体とに製造公差がある以上は励振による参照振動が他軸に漏れることは不可避である。y軸およびz軸において錘を励振すると図2および図3において破線で示すように各軸の参照振動が他軸に漏れる。励振による参照振動の他軸への漏れは、励振される軸と他軸との固有振動数の差が小さいほど大きい。したがって励振される2軸のそれぞれにおいて錘と弾性体とによって構成される質点の固有振動数は異ならせることが好ましい。
【0016】
錘を励振する手段は、錘を支持する弾性体と一体の圧電素子、錘と一体の電極を可動電極とするキャパシタ、錘と一体の磁性体と磁気回路を構成する電磁石などからそれぞれ構成されるy軸駆動手段とz軸駆動手段と、これらの駆動手段を制御する回路として構成される駆動制御手段とで構成される。
【0017】
2.コリオリ力
次式(1)によって示されるコリオリ力Fは、参照振動の軸と回転軸とに直交する軸と平行な方向に、参照振動の速度vと角速度Ωと質量mとに比例した大きさで作用する。
F=2mΩv・・・(1)
したがって特定の1軸について励振されている質点についてその軸に直交する軸における変位を検出すると、励振の軸と変位が検出されている軸とに直交する角速度の大きさと向きを特定できる。
【0018】
振動する質点の速度に応じたコリオリ力は振動する。したがって参照振動の振動数とコリオリ力に伴う質点の変位の振動数とは一致し位相がずれる。コリオリ力による変位の振幅は、その変位が検出される軸における質点の固有振動数と励振される軸における質点の固有振動数との関数であり、具体的にはこれらの2軸の振幅倍率の積に比例する。図4Aはy軸の励振によるy軸の参照振動によって生ずるコリオリ力に伴う質点の変位と時間の関係を模式的に表している。y軸の振動を参照振動とするとき、x軸周りの回転に伴うコリオリ力によってz軸において質点が変位し、z軸周りの回転に伴うコリオリ力によってx軸において質点が変位する。図4Bはz軸の励振によるz軸の参照振動によって生ずるコリオリ力にともなう質点の変位と時間の関係を模式的に表している。z軸の振動を参照振動とするとき、x軸周りの回転に伴うコリオリ力によってy軸において質点が変位し、y軸周りの回転にともなうコリオリ力によってx軸において質点が変位する。
【0019】
錘と弾性体に相当する質点の変位を検出する手段は、錘を支持する弾性体と一体の圧電素子またはピエゾ抵抗素子、錘と一体の電極を可動電極とするキャパシタ、錘と一体の磁性体と磁気回路を構成する電磁石などでそれぞれ構成されるx軸変位検出手段とy軸変位検出手段とで構成される。
【0020】
3.質点の変位の周波数成分の抽出
y軸の励振とz軸の励振は同時に印加されるため、x軸における質点の変位と時間の関係は図5Aに示すとおりとなる。すなわちx軸における質点の変位は、y軸の参照振動のx軸への漏れ成分と、z軸の参照振動のx軸への漏れ成分と、z軸周りの回転のコリオリ力による成分と、y軸周りの回転のコリオリ力による成分との和である。また、y軸における質点の変位と時間の関係は図5Bに示すとおりとなる。すなわちy軸における質点の変位は、y軸の参照振動の成分と、z軸の参照振動のy軸への漏れ成分と、x軸周りの回転のコリオリ力による成分との和である。本実施形態においては、xyz軸周りのコリオリ力を個別に特定するため、離散フーリエ変換と周波数成分の複素平面におけるベクトル演算が用いられる。
【0021】
図5に示すように、y軸の参照振動の振動数と、x軸周りの回転によってz軸に生ずるコリオリ力成分の振動数と、z軸周りの回転によってx軸に生ずるコリオリ力成分の振動数と、y軸の参照振動のx軸への漏れ成分の振動数は、第一振動数である。また、z軸の参照振動の振動数と、z軸の参照振動のx軸への漏れ成分の振動数と、z軸の参照振動のy軸への漏れ成分の振動数と、y軸周りの回転によってx軸に生ずるコリオリ力成分の振動数とは、第二振動数である。
【0022】
したがって、x軸における質点の変位の第一振動数の成分を離散フーリエ変換によって導出すると、図6Aに示すように、z軸周りの回転によってx軸に生ずるコリオリ力成分とy軸の参照振動のx軸への漏れ成分とが抽出されるとともに、z軸の参照振動のx軸への漏れ成分とy軸周りの回転によってx軸に生ずるコリオリ力成分とが除去される。
【0023】
また、x軸における質点の変位の第二振動数の成分を離散フーリエ変換によって導出すると、図6Bに示すように、y軸周りの回転によってx軸に生ずるコリオリ力成分とz軸の参照振動のx軸への漏れ成分が抽出されるとともに、y軸の参照振動のx軸への漏れ成分とz軸周りの回転によってx軸に生ずるコリオリ力成分とが除去される。
【0024】
また、y軸における質点の変位の第二振動数の成分を離散フーリエ変換によって導出すると、図6Cに示すように、x軸周りの回転によってy軸に生ずるコリオリ力成分とz軸の参照振動のy軸への漏れ成分とが抽出されるとともに、y軸の参照振動成分が除去される。
【0025】
ところで、離散フーリエ変換の前には質点の変位を表す信号をアナログからデジタルに変換することが必要である。しかし、y軸の参照振動成分はx軸周りの回転によって生ずるコリオリ力成分に比べて遙かに大きい。したがって参照振動成分を含んだ状態でy軸の変位を表す信号をアナログからデジタルに変換すると、角速度の分解能が低くなる。そこで、y軸における質点の変位を表す信号をアナログからデジタルに変換する前にy軸の参照振動成分を除去しておくことが望ましい。y軸の参照振動成分は、角速度0の状態においてy軸においてのみ質点を励振するときにy軸における質点の変位として計測される。すなわちy軸において質点を励振することによって生ずるy軸の参照振動成分は予め計測しておくことができる。したがって、その成分もしくはその成分の逆位相に相当するアナログ信号をアナログ参照信号として出力する回路をセンサに組み込むことができる。
【0026】
4.参照振動の漏れ成分の除去
図6Aに示すように、x軸における質点の変位の第一振動数の成分には、z軸周りの回転によってx軸に生ずるコリオリ力成分と、y軸の参照振動のx軸への漏れ成分とが含まれており、これらの位相は異なり振動数は一致する。したがって、複素平面におけるベクトル演算によって、x軸における質点の変位の第一振動数の成分からy軸の参照振動のx軸への漏れ成分を除去するとともに、z軸周りの回転によってx軸に生ずるコリオリ力成分を抽出することができる。y軸の参照振動のx軸への漏れ成分は、角速度0の状態においてy軸においてのみ質点を励振するときにx軸における質点の変位として計測される。そこでy軸の参照振動のx軸への漏れ成分を予め計測し、これに相当するデジタル信号をデジタル参照信号として発生させるための情報をセンサのメモリに記憶することができる。そして複素平面におけるベクトル演算によってx軸における質点の変位の第一振動数の成分Sx1からy軸の参照振動のx軸への漏れ成分SLyxを除去する。その結果、図7Aに示すようにz軸周りの回転によってx軸に生ずるコリオリ力成分SCZが得られる。コリオリ力成分SCZの振幅はz軸周りの角速度の大きさを表す。z軸周りの角速度の向き(正負)は、コリオリ力成分SCZの実数部の正負、虚数部の正負、位相、あるいは、SLYとSx1との位相差、SCZとSLyxとの位相差のいずれかによって特定される。
【0027】
x軸における質点の変位の第二振動数の成分には、y軸周りの回転によってx軸に生ずるコリオリ力成分と、z軸の参照振動のx軸への漏れ成分とが含まれており、これらの位相は異なり振動数は一致する。したがって、複素平面におけるベクトル演算によって、x軸における質点の変位の第二振動数の成分からz軸の参照振動のx軸への漏れ成分を除去するとともに、y軸周りの回転によってx軸に生ずるコリオリ力成分を抽出することができる。z軸の参照振動のx軸への漏れ成分は、角速度0の状態においてz軸においてのみ質点を励振するときにx軸における質点の変位として計測される。そこでz軸において質点を励振することによって生ずるx軸への参照振動の漏れ成分を予め計測し、これに相当するデジタル信号をデジタル参照信号として発生させるための情報をセンサのメモリに記憶することができる。そして複素平面におけるベクトル演算によってx軸における質点の変位の第二振動数の成分Sx2からz軸の参照振動のx軸への漏れ成分SLzxを除去する。その結果、図7Bに示すようにy軸周りの回転によってx軸に生ずるコリオリ力成分SCyが得られる。コリオリ力成分SCyの振幅はy軸周りの角速度の大きさを表す。y軸周りの角速度の向き(正負)は、SCyの実数部の正負、虚数部の正負、位相、あるいは、Sx2とSLzxとの位相差、SCyとSLzxとの位相差のいずれかによって特定される。
【0028】
y軸における質点の変位の第二振動数の成分には、x軸周りの回転によってx軸に生ずるコリオリ力成分と、z軸の参照振動のy軸への漏れ成分とが含まれており、これらの位相は異なり振動数は一致する。したがって、複素平面におけるベクトル演算によって、y軸における質点の変位の第二振動数の成分からz軸の参照振動のy軸への漏れ成分を除去するとともに、x軸周りの回転によってy軸に生ずるコリオリ力成分を抽出することができる。z軸の参照振動のy軸への漏れ成分は、角速度0の状態においてz軸においてのみ質点を励振するときにy軸における質点の変位として計測される。そこでz軸の参照振動のy軸への漏れ成分を予め計測し、これに相当するデジタル信号をデジタル参照信号として発生させるための情報をセンサのメモリに記憶することができる。そして複素平面におけるベクトル演算によって、y軸における質点の変位の第二振動数の成分Sからz軸の参照振動のy軸への漏れ成分SLzyを除去する。その結果、図7Cに示すようにx軸周りの回転によってy軸に生ずるコリオリ力成分SCxが得られる。コリオリ力成分SCxの振幅は、x軸周りの角速度の大きさを表す。x軸周りの角速度の向き(正負)は、SCxの実数部の正負、虚数部の正負、位相、あるいはSとSLzyとの位相差、SCxとSLzyとの位相差のいずれかによって特定される。
【0029】
5.実施例
以上述べた形態によってxyz各軸の周りの角速度の成分を検出するための具体的構成例を図8に示す。図8Aは振動型角速度センサの機械的構成を示し、図8Bは振動型角速度センサの電気的構成を示している。MEMSとして構成される振動型角速度センサは、単結晶シリコン、ガラス等を母材として構成されるダイ100と、ダイ100に形成されている駆動手段13、15及び検出手段14,16に接続される駆動検出回路200とを備えている。
【0030】
ダイ100は、公知の半導体製造プロセスを用いて製造されるものであって、単結晶シリコン層、二酸化シリコン層、白金層、圧電層等を含む積層構造体である。ダイ100には、矩形枠形態の支持部10と、十字形に結合された2つの梁からなる弾性体11と、弾性体11の中央部に結合している四角柱体の錘12と、弾性体11の表面に結合している複数の圧電素子13a,13b,14a,14b,15a,15b,16a,16bとが形成されている。なお、圧電素子13a,13b,14a,14b,15a,15b,16a,16bと駆動検出回路200とを接続するための導線や端子は図8Aにおいて省略されている。ダイ100とxyz軸との関係は図8Aに示すとおりであって、弾性体11を構成している2つの梁が延びている方向にx軸およびy軸が定義される。
【0031】
十字形の弾性体11の4つの端部は支持部10と結合している。錘12は弾性体11によって支持部10の内側に支持されている。弾性体11の質量は錘12の質量に比べて無視できるほどに小さい。弾性体11と一体に設けられた圧電素子13a,13b、15a,15bが弾性体11とともに歪むことによって錘12が変位する。錘12が変位することによって弾性体11と一体に設けられた圧電素子14a,14b、16a,16bが弾性体11とともに歪む。錘12を間に挟んでx軸方向の両側において弾性体11に設けられた圧電素子14a、14bはx軸における錘12の重心の変位に応じて歪む。すなわち圧電素子14a、14bはx軸変位検出手段14を構成する。錘12を間に挟んでy軸方向の両側において弾性体11に設けられた圧電素子16a、16bはy軸における錘12の重心の変位に応じて歪み、y軸における錘12の変位を表すアナログ検出信号を出力する。すなわち圧電素子16a、16bはy軸変位検出手段16を構成する。
【0032】
駆動検出回路200はダイ100に形成されても良いし、ダイ100とともに1つのパッケージに収容される別のダイに形成されても良いし、ダイ100が収容されるパッケージとは別のパッケージに収容されるダイに形成されても良い。駆動検出回路200は駆動制御手段20、アナログ参照信号発生手段21、デジタル参照信号発生手段22、加算器23、増幅器24a,24b,A/D変換器(ADC)25a、25b、離散フーリエ変換手段(DFT)26、漏れ成分除去手段27、変換手段28などを構成している。離散フーリエ変換手段(DFT)26、デジタル参照信号発生手段22、漏れ成分除去手段27、変換手段28等のデジタル信号処理部はASIC(Application Specific Integrated Circuit)によって構成しても良いし、特定のプログラムを組み込んだ汎用マイクロコンピュータによって構成しても良い。
【0033】
駆動制御手段20は弾性体11のy軸方向の両端部に設けられた圧電素子15a、15bに第一振動数において振動する駆動信号を位相をずらして印加することによって錘12をy軸において第一振動数で励振する。駆動制御手段20は弾性体11のx軸方向の両端部に設けられた圧電素子13a、13bに第二振動数において振動する駆動信号を位相を一致させて印加することによって錘12をz軸において第二振動数で励振する。これらの駆動信号はx軸変位検出手段14とy軸変位検出手段16の出力に基づいて生成される。y軸駆動手段15を構成する圧電素子15a、15bとz軸駆動手段13を構成する圧電素子13a、13bと駆動制御手段20とは励振手段に相当する。
【0034】
ここに錘12の固有振動数と励振の振動数の一例を記す。
x軸・・・固有振動数:13.74kHz
y軸・・・固有振動数:13.58kHz、第一振動数:13.317kHz
z軸・・・固有振動数:13.74kHz、第二振動数:13.951kHz
【0035】
x軸変位検出手段14の出力は増幅器24aによって増幅されてアナログデジタル変換器25bに入力される。
y軸変位検出手段16の出力とアナログ参照信号発生手段21の出力とは加算器23に入力される。アナログ参照信号発生手段21は、y軸において質点を励振することによって生じて予め計測されたy軸の変位の参照振動成分の逆位相に相当するアナログ信号をアナログ参照信号として出力する回路である。y軸変位検出手段16の出力とアナログ参照信号発生手段21の出力とが加算器23によって加算されることによって、y軸における錘12の変位を表すアナログ検出信号とy軸の変位の第一振動数の参照振動成分を表すアナログ信号との差分が得られる。この差分は増幅器24aによって増幅されてアナログデジタル変換器25aに入力される。すなわち、y軸における錘12の変位を表すアナログ検出信号からy軸の変位の第一振動数の参照振動成分が除去されることによって残った成分であるz軸参照振動のy軸への漏れ成分とx軸周りの回転に伴うコリオリ力成分とが増幅され、アナログデジタル変換器25aによってデジタル信号に変換される。
【0036】
離散フーリエ変換手段26は、アナログデジタル変換器25aからの入力の第一振動数の成分と第二振動数の成分とを離散フーリエ変換によってそれぞれ導出するとともに、アナログデジタル変換器25bからの入力の第二振動数の成分を離散フーリエ変換によって導出する。離散フーリエ変換手段26は、離散フーリエ変換の前に例えば10個のデータの同期加算平均を導出することによってノイズを低減することが好ましい。
【0037】
ここに離散フーリエ変換の条件の一例を記す。
サンプリング周波数:81.169kHz
サンプリング周期:12.3μsec
サンプル数:128
サンプリング時間:サンプリング周期×サンプル数≒1.57msec
周波数分解能:≒0.62kHz
【0038】
漏れ成分除去手段27には離散フーリエ変換手段26とデジタル参照信号発生手段22の出力が入力される。デジタル参照信号発生手段22は、y軸において錘12を励振することによって生じて予め計測されたx軸への参照振動の漏れ成分に相当するデジタル信号をデジタル参照信号として発生させる。また、デジタル参照信号発生手段22は、z軸において錘12を励振することによって生じて予め計測されたx軸およびy軸への参照振動の漏れ成分に相当するデジタル信号をデジタル参照信号として発生させる。漏れ成分除去手段27は、複素平面におけるベクトル演算によって、錘12のx軸の変位の第一振動数の成分から第一振動数の参照振動の漏れ成分を除去する。その結果、z軸周りの回転に伴うコリオリ力成分が得られる。また、漏れ成分除去手段27は、複素平面におけるベクトル演算によって、錘12のx軸の変位の第二振動数の成分から第二振動数の参照振動の漏れ成分を除去する。その結果、y軸周りの回転に伴うコリオリ力成分が得られる。また、漏れ成分除去手段27は、複素平面におけるベクトル演算によって、錘12のy軸の変位の第二振動数の成分からz軸の参照振動のy軸への漏れ成分を除去する。その結果、x軸周りの回転に伴うコリオリ力成分が得られる。
【0039】
変換手段28には、漏れ成分除去手段27の出力が入力される。変換手段28は、入力に基づいてxyz軸周りの角速度の大きさと向きとを導出する。すなわち、x軸周りの回転に伴うコリオリ力成分からx軸周りの角速度の大きさと向きを導出する。またy軸周りの回転に伴うコリオリ力成分からy軸周りの角速度の大きさと向きを導出する。またz軸周りの回転に伴うコリオリ力成分からz軸周りの角速度の大きさと向きを導出する。
【0040】
以上説明した本発明の実施形態によると、直交する2軸において励振の振動数を異ならせ、離散フーリエ変換によって励振の振動数に応じた2種類の振動数の成分を抽出し、それぞれの振動数の成分について複素平面におけるベクトル演算を行って漏れ成分を除去するため、精度良く角速度を検出することができる。またアナログ信号からデジタル信号に変換する前に参照振動の成分除去するため、高い分解能で角速度を検出することができる。
【0041】
6.他の実施形態
尚、本発明の技術的範囲は、上述した実施の形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々変更を加え得ることは勿論である。
【符号の説明】
【0042】
10:支持部、11:弾性体、12:錘、13:x軸駆動手段、13a:圧電素子、13b:圧電素子、14:x軸変位検出手段、14a:圧電素子、14b:圧電素子、15:y軸駆動手段、15a:圧電素子、15b:圧電素子、16:y軸変位検出手段、16a:圧電素子、16b:圧電素子、20:駆動制御手段、21:アナログ参照信号発生手段、22:デジタル参照信号発生手段、23:加算器、24a:増幅器、24b:増幅器、25a:アナログデジタル変換器、25b:アナログデジタル変換器、26:離散フーリエ変換手段、27:漏れ成分除去手段、28:変換手段、100:ダイ、200:駆動検出回路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
錘と、
前記錘を支持する弾性体と、
y軸においてはy軸の固有振動数に応じた第一振動数で前記y軸に直交するz軸においてはz軸の固有振動数に応じた前記第一振動数と異なる第二振動数で前記錘を2軸同時に励振する励振手段と、
前記y軸において前記錘の変位を検出するy軸変位検出手段と、
前記y軸と前記z軸とに直交するx軸において前記錘の変位を検出するx軸変位検出手段と、
前記錘の前記x軸の変位から前記第一振動数の成分と前記第二振動数の成分とを離散フーリエ変換によって導出するとともに前記錘のy軸の変位から前記第二振動数の成分を離散フーリエ変換によって導出する軸分離手段と、
を備える振動型角速度センサ。
【請求項2】
複素平面におけるベクトル演算によって、前記錘の前記x軸の変位の前記第一振動数の成分から予め計測された前記第一振動数の参照振動の漏れ成分を除去し、前記錘の前記x軸の変位の前記第二振動数の成分から予め計測された前記第二振動数の参照振動の漏れ成分を除去し、前記錘の前記y軸の変位の前記第二振動数の成分から予め計測された前記第二振動数の参照振動の漏れ成分を除去する漏れ成分除去手段を備える、
請求項1に記載の振動型角速度センサ。
【請求項3】
前記y軸変位検出手段によって検出される前記y軸における前記錘の変位を表すアナログ検出信号と、予め計測された前記y軸の変位の前記第一振動数の参照振動成分を表すアナログ信号との差分を増幅し、前記錘のy軸の変位として前記軸分離手段へ出力する増幅手段を備える、
請求項1又は2に記載の振動型角速度センサ。
【請求項4】
y軸においてはy軸の固有振動数に応じた第一振動数で前記y軸に直交するz軸においてはz軸の固有振動数に応じた前記第一振動数と異なる第二振動数で質点を2軸同時に励振し、
前記y軸において前記質点の変位を検出し、
前記y軸と前記z軸とに直交するx軸において前記質点の変位を検出し、
前記質点の前記x軸の変位から前記第一振動数の成分と前記第二振動数の成分とを離散フーリエ変換によって導出するとともに前記質点のy軸の変位から前記第二振動数の成分を離散フーリエ変換によって導出する、
ことを含む振動型角速度検出方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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